カテゴリー「017 RC サクせション」の記事

2016/12/16 Fri *日本人である / HIS

20161216his


日本人である。
日本の人である。
意識しようと。
意識がなかろうと。
そうなのである。

十二月の。
師走の。
声を耳にすれば。
何となく。
咳かされて、浮かれて。

お歳暮とか。
煤払いとか。
忘年会とか。
仕事納めとか。
大掃除とか。

そんな。
諸々が。
する、しない。
そいつは別にして。
気にかかる。

別に。
普通に。
月が替わるだけの話。
しかし。
そこに特別な意味を見出そうとする。

除夜の鐘。
紅白。
ゆく年くる年。
もう随分。
縁が無かったりするのだけれど。

『日本の人』'91年リリース。
細野晴臣、忌野清志郎、坂本冬美によるユニット、HISの唯一のアルバム。
このたび、坂本冬美のデビュー30周年を記念してめでたくアナログ盤になりました。
元々はロックの日とかってイベントから派生したユニットだったかと。
RCサクセションが活動休止状態となって、清志郎が積極的に活動し始めた時期だったと。
細野晴臣はともかくとして。なんで坂本冬美と思ったのですが。
よく考えたら既にRCの『Covers』に参加して清志郎と共演経験があったのですよね。
それでも。三者三様の異種格闘技戦であったことに変わりはないのですけど。
結果的には非常に上手くいったと言うか、手が合ったと言うか、名勝負になったかなと。
サウンドクリエイターとしての細野、ソングライターとしての清志郎、歌手としての坂本。
各々の個性と才能が静かに火花を散らしながらも、一つの作品へと緩く昇華されていく。
何故だか。そんな制作風景が目に浮かぶ様な、そんな気分にもさせられます。
(細野の作業の遅さに、清志郎が業を煮やして辟易としたとの話もありますが・・・)
オリジナル、カヴァー共々。清志郎の言葉選びの上手さ、言語感覚の鋭さは流石の一言で。
それに対応して。それを見事に歌い上げる坂本の歌手としての底力が聴きもので。
美空ひばりも、都はるみも、ジャズやブルースを歌わせてもとんでもなく素晴らしいのは。
それは子供の頃に観たテレビとかで知っていましたが。その域に近いものがあるなと。
日本の歌、日本語の歌として捉えれば。ロックも歌謡曲も演歌もみな同じであって。
要は、大切なのは才能や実力やセンス、そして共感、共鳴できる心の余裕なのですね。
元々、日本的なものが大きな割合を占めている清志郎の世界ですが。
坂本によって歌われることによって、そのどうしようもなく愛しい日本が鮮明になったと。
「夜空の誓い」「500マイル」「アンド・アイ・ラヴ・ハー」と名曲ぞろいですが。
坂本にセーラー服を着させて。う~ん、いじわる~、まだいっちゃだめ~と歌わせる清志郎。
この確信犯で、愉快犯なセンス。それが失われたことは、本当に・・・悔しいなぁ。

日本人である。
日本の人である。
好きであろうと。
好きでなかろうと。
そうなのである。

十二月の。
師走の。
声を耳にすれば。
訳もなく。
バタバタして、ウキウキして。

街を歩いても。
電車に乗っていても。
遊んでいても。
働いていても。
どこか落ち着かなくて。

そんな。
空気が。
あるか、ないか。
そいつは別にして。
そんな気になってしまう。

別に。
普通に。
年が暮れるだけの話。
しかし。
そこに特別な意義を見出そうとする。

御飾り。
神棚。
あいさつ回り
もう随分。
縁が無かったりするのだけれど。

今年の内に。
あそこと、あそこ。
行っておきたいな。
あの人、この人。
会っておきたいな。

来年の干支は何だっけ。
そろそろデザイン考えようか、
年賀欠礼も確認して。
年賀はがきも。
プリンターのインクも買って。

年末ジャンボ。
発売はいつまでだっけ。
そろそろ。
今年こそ。
順番が回ってきてもいいよな。

プラスチックのミカン。
重ね餅の形をしたプラスチック。
中には切り餅。
それで十分だから。
玄関にくらいは飾らないと。

年越しそばは。
いつも混んでいる。
知る人ぞ知る。
あの日本酒も美味しい。
あの店に久し振りに。

年越しは。
初めての。
あの店かな。
初詣は。
どこのお社に行こうかな。

日本人である。
日本の人である。
自覚があろうと。
自覚がなかろうと。
そうなのである。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/06 Sat *八月の週末がやって来た / RC サクセション

20160806thetearsofaclown


今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏の。
週末がやって来た。

暑く。
熱く。
切なく。
寂しい。
週末がやって来た。

今でも。
未だ。
嘘だろうと。
そうだよなと。
信じられないのだ。

あの。
わけもなく。
楽しくて。
熱かった。
週末は続いている。

あの。
どうしようもなく。
昂って。
大声で叫んでいた。
夏の週末は続いているのだ。

青い空の下での。
あの熱狂と興奮は。
いまも。
いつも。
この胸の中に息づいているのだ。

『The Tears Of A Clown』'86年リリース。
日比谷野音で収録されたRCサクセションの2枚組ライヴ・アルバム。
同年に4日間行われたライヴから選ばれたナンバーが14曲収められています。
夏の、真夏の、8月のRCの野音って12月の武道館と共に恒例だった。
そう思っていたのですけどね。この年が久し振りの開催だったそうです。
なんだかね。毎年、毎夏、野音でRCを観ていた様な記憶があるのですけどね。
全部で何回ぐらい、野音でやったのかな?そのうちの何回ぐらい客席にいたのかな?
夏の、真夏の、8月の、週末の、野音のRC。あまりにも自然な光景になっていたので。
どうもね。この季節に野音に行かないと言うのが。その事実に馴染めないのですよね。
そんな時は。このアルバムに針を落として。「In The Midnight Hour」で一挙に昂って。
「Sweet Soul Music~Strawberry Fields Forever」でもうタイム・スリップしてね。
あの野音の光景、空気、匂い・・・それがまざまざと蘇ってくるのです。
そうなのだよな。日本の夏には、真夏には、8月の、週末にはRCがいないと駄目なのです。
この年の野音、このアルバムでは「君はそのうち死ぬだろう」と「ヒッピーに捧ぐ」がね。
意表を突いたというか、度肝を抜いたというか。客席を唖然とさせたのですよね。
あまりに客席が静まりかえったからか。「君はそのうち死ぬだろう」は一旦外されて。
多少アレンジをポップに変えて再登場。それでも十分にヘビーでしたけどね。
この2曲を敢えて演奏したのは。RCの、清志郎の思い、メッセージがあったと思われて。
安易に死を選ぶ若者達への痛烈な一撃だったのかなと。甘えるなよと。そして、それは。
ただ馬鹿騒ぎをする為だけにライヴにやってきていた一部のファンにも向けられていたと。
そう感じるのですけどね。たかがロックンロール、されどロックンロール。
その、されどに。拘った、拘り続けていたのが清志郎だったのだと。それがあったからこそ。
RCは特別な存在であり続けて。野音のRCはその象徴だった気がしてならないのです。
『Covers』発売中止騒動時の野音のRCだけがメッセージを放っていたわけではないと。
そして。いまこの時、この国に。RCの野音が、RCが、清志郎がいないこと。
この季節。その重みを今更ながらに思い知らされて。だから、諦めるには早いなと思うのです。

今年も。
また。
あの季節が来た。
苛まれる夏の。
週末がやって来た。

暑く。
熱く。
切なさと。
寂しさを隠し切れない。
週末がやって来た。

今でも。
未だ。
嘘だろうと。
そうに、決まっていると。
信じたくないのだ。

あの。
わけもなく。
楽しくて。
そして、切ない。
週末は続いている。

あの。
どうしようもなく。
胸が詰まり。
涙を流しながら歌っていた。
夏の週末は続いているのだ。

青い空の下での。
切なさと刹那さは。
いまも。
いつも。
この胸の中で渦巻いているのだ。

八月の。
週末が。
来れば。
思い出すのは。
それは。

二度と。
戻らない。
手にできない。
感じられない。
純度100%の高揚感。

年々。
強くなる。
強烈になる。
その高揚感への。
憧憬。

未だに。
消えないどころか。
強まる。
一方の。
重苦しい感じ。

年々。
暗くなり。
圧し掛かる。
低く垂れこめる空への。
焦り。

青い空の下。
熱い空気の中。
振り上げた拳は。
叫んだ言葉は。
行き先を見失ったまま。

だから。
この季節。
この夏。
八月の週末。
陽光の下、陽炎の向こう。

あの頃の様に。
あの歌声に。
胸をときめかせるのだ。
憧憬を抱くのだ。
切なくて、儚くて、刹那に終わったとしても。

今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月の週末がやって来た。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/05 Fri *八月がやって来た / 仲井戸麗市

20160805thenakaidoreichibook


今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月がやって来た。

暑く。
蒼く。
苦しく。
切ない。
八月がやって来た。

今でも。
未だ。
苦しいのだ。
怒れるのだ。
悲しいのだ。

あの。
わけもなく。
楽しみで。
楽しかった。
夏休みは続いている。

あの。
どうしようもなく。
苦しくて。
ナイフを忍ばせた。
夏の日々も続いているのだ。

青い空の下での。
蒼い日々の思いは。
いまも。
いつも。
この胸の中に息づいているのだ。

『The Nkaido Reichi Book』'85年リリース。
仲井戸麗市、チャボの初めてとなるソロ・アルバム。
暑い夏に。八月に。そう8月31日にリリースされたのですね。
永遠の少年のイメージがある、少年の日々、そこでの出会い。
そんなものを慈しみ、愛しているチャボらしいなと感じた記憶があります。
この頃、RCは明らかに煮詰まった状態になって。その打開策って意味もあったのかな。
チャボとしてはRCに対する苛立ちもあっただろうし、複雑な気持ちもあっただろうし。
リリース直前に行われたオール・ナイトのイベントでのチャボのライヴ。
その怒りのエネルギーは凄まじく。でも同時にとても痛々しかったのですよね。
そのライヴには清志郎も飛び入りで参加して。一挙に会場のボルテージを上げていたけど。
このアルバム。その世界、その完成度。そいつは清志郎にとってはショックだった筈で。
そこからまたRCの新しい物語が始まったのかなと思っているのですけどね。
この時チャボって三十代半ばかな。そうか。そこまでいっても怒れるし、苦しいのかなと。
若造だった自分は疑問にも感じたのだけれど。今となってはよくわかると言うか。
幾つになろうが。怒りも、息苦しさも、悲しさも、切なさも消えてはくれないし。
逆に言えば。その様なものを感じられなくなったら。そこで終わりなのだな、だと。
勿論、それだけではなくて。ワクワクする楽しさとか、どうしようもない愛しさとか。
そんなものも。どこまでいっても。かわりはしないのだとも教えられて。
そう。結局。ティーエイジャーの頃と、あの夏と。何も変わりはしないのだと。
ただ。問題はより複雑になるし。状況はより悪くなるし。だから怒りを忘れちゃいけないし。
そして。だからこそ。愛するもの、愛する人への思いはより強くなりもするのだと。
そうやって。僕らは永遠に続くあの夏の続きを駆け抜けて、生き抜いていくしかないのだと。
あまりにも切なくて、時に痛々しくて。でも優しくて。だからチャボは信頼できるのです。

今年も。
また。
あの季節が来た。
苛まれる夏が。
八月がやって来た。

暑く。
蒼く。
息苦しく。
汗で涙を隠す。
八月がやって来た。

今でも。
未だ。
重苦しいのだ。
怒りは消えていないのだ。
胸は切り裂かれたままなのだ。

あの。
楽しみだけ。
それだけが。
感じられた。
夏休みは続いている。

あの。
いつからか。
息が詰まり。
拳を血だらけにした。
夏の日々も続いているのだ。

青い空の下での。
蒼い日々の思いは。
いまも。
いつも。
この胸の中で渦巻いているのだ。

夏が。
八月が。
やって来れば。
思い出すのは。
それは。

二度と。
戻らない。
手にできない。
感じられない。
純度100%の幸福感。

年々。
強くなる。
強烈になる。
その幸福感への。
憧憬。

未だに。
消えないどころか。
強まる。
一方の。
息苦しさ。

年々。
重くなる。
圧し掛かる。
その閉塞感への。
怒り。

青い空の下。
蒼い日々の中。
ぶん殴った拳は。
抜き放ったナイフは。
収める機会を失ったまま。

だから。
この季節。
この夏。
八月の。
陽光の下、陽炎の向こう。

あの頃の様に。
あの娘に。
胸をときめかせるのだ。
憧憬を抱くのだ。
切なく、儚い、幻だなどと承知の上で。

今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月がやって来た。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/02 Fri *わかってもらえなくても / RC サクセション

20140502eplp


なんだか。
どんどんと。
世の中が悪くなっていく。
酷い時代に。
なってしまいそうだ。

声を上げる人間。
異を唱える人間。
巧妙に排除されて。
何も変わらない様に見えて。
坂道を転げ落ちてる。

こうなっちまったら。
ブレーキの壊れたダンブカー。
もう行くとこまで行って。
ぶっ壊れちまわない限り。
止めることなどできないのかもな。

右向け右。
みんな同じ。
はみ出るな。
違うことはするな。
そうやって飼い馴らされてきたしな。

『Ep Lp』'81年リリース。
RCサクセションの'76年~'80年のシングル盤。
その5枚のA面B面全10曲を収録した編集アルバム。
『Rhapsody』『Please』に続いてリリースされて。次が『Blue』と。
RCが一番勢いに乗ってた頃でもあって。普通にオリジナル・アルバムとして聴いてたかな。
メンバーが過渡期の録音もあって。中には清志郎以外はスタジオ・ミュージシャンとかも。
だからよく聴くとサウンドに整合性は欠けてたりするんだけど。そんなものものともしない勢いがあったもんな。
自分も含めて多くの人がRCを意識しだしたのは『Rhapsody』からだった筈なので。
「雨あがりの夜空に」にしてもオリジナル・ヴァージョンは初めてこのアルバムで聴いたって人も多かったかと。
しかし。本当によく聴いたなぁ。それこそ本当に授業サボって聴いてたもんなぁ。
当然の結果として浪人してからも。予備校サボって街をうろつきながら聴いてたし。
いまでもよく聴くけど。あの二年間くらいはそれこそ毎日毎日何回も繰り返し聴いてたんじゃないかな。
あぁ、そうなんだと。こんな世界もあるんだと。こんな気持ちを歌ってくれるバンドもあるんだと。
本当に。RCに、清志郎に救われて。手を取って立ち上げさせてもらって。背中蹴られて生きてたんだよな。
「トランジスタ・ラジオ」はあの頃抱えてた気持ちそのままだったし。
「わかってもらえるさ」や「君が僕を知っている」には。そうだな。そんな日も来るよな、そんな奴等に会えるなよと。
それを信じて。心の支えにしてたんだよな。時間はかかったけど。そんな日が来て。そんな奴等にも出会えて。
だから、何があっても。RCが、清志郎が歌ってくれてる以上は。大丈夫だと思ってた。甘えてたんだな・・・
それが。まさかね。あんなに早く旅立っちゃって。なんかジョンと同じ様に祀り上げられちゃって・・・
うん。だから俺は俺で。俺なりに。これからもRCを、清志郎を聴いていくんだ。他人なんか知っちゃこっちゃねぇ。

なんだか。
どんどんと。
世の中が追い込まれていく。
酷い時代が。
やってくるんだろうな。

疑問を感じる人間。
真実を求める人間。
強引に阻害されて。
誰の目にも見える様になって。
断崖絶壁に追い込まれてる。

そうなっちまったら。
もう袋小路。逃げ場はない。
もうバンザイとでも叫んで。
飛び込んで流されるしか。
できなくなってるんだるな。

同じ方向を見ろ。
同じことだけしろ。
外れるな。
違うことは考えるな。
そうやって飼い馴らされてきたしな。

そんなんで。
そんなことで。
言いのかよって。
絶対おかしいだろって。
ガキの頃から言ってきたんだ。

違う方向を見て。
違うやり方をして。
道草食って回り道して。
鵜呑みにしないで。
甘い言葉は疑ってきたんだ。

そらみろ。
酷いことになりそうじゃないか。
空がまた暗くなりそうじゃないか。
大人だって。
泣きたくなりそうじゃないか。

わかってもらえなくてもいい。
わかっていてくれなくてもいい。
知っていてくれなくてもいい。
一人ぼっちでいい。
上を向いてあるいていくんだ。

わかってもらえなくても。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/16 Fri *この夏の憂鬱 / RC サクセション

20130816covers


ねぇ。
聞いておくれよ。
もう。
大変なんだな。
困ったもんなんだな。

ねぇ。
そう思うだろう。
もう。
馬鹿みたいに暑いし。
何もかも面倒になるし。

ねぇ。
それだけじゃなくてさ。
そう。
あっちでも。こっちでも。
嫌な風が吹き始めてるじゃないか。

ねぇ。
そう思わないか。
ほら。
あっちからも。こっちからも。
このままじゃ息がつまりそうじゃないか。

この夏の憂鬱。

『Covers』'88年リリース。
一旦は素晴らしすぎて発売を見送られたRCサクションのカヴァー・アルバム。
いつの世も。真に素晴らしい表現ってのは“ある種”の人々には脅威足りえるのですね。
発売中止の広告が載った朝刊を目にした時のことは未だに鮮明に覚えています。
そこから大騒動になって。古巣であるキティの英断で無事に発売されたものの清志郎の怒りは収まらず。
後に『コブラの悩み』としてリリースされた野音に居合わせましたが。清志郎の怒りのパワーは凄まじかったです。
RC、清志郎のライヴはそれなりの回数観ていますが。やっぱりあの野音が今でも一番強烈に焼き付いてます。
おかしいなと思ったら、間違ってるなと思ったら。そのままにしちゃいけない、黙ってちゃいけないんだと。
理不尽な思いをさせられたり、潰されそうになったら。引き下がっちゃいけない、闘わなくちゃいけないんだと。
そんな真っ当で、当たり前で。大切で。でもその実。勇気のいることを清志郎は身を以て教えてくれたのです。
あまりにも。反核、反原発のイメージが独り歩きする様になってしまって。カヴァー・アルバムとしての魅力が。
清志郎の豊かな想像力や、詩の素晴らしさが。限られた範囲でしか語られないきらいがあるのは残念ですが。
それだけ。このアルバムでの清志郎の歌の力が如何に大きかった証でもあるのでしょうね。
逆説的に言えば。「ラヴ・ミー・テンダー」も「サマータイム・ブルース」も歌われなくなる、忘れ去られてしまう。
そんな時代が来ること、そんな世界を作ること。それこそが理想なのでしょうが。それはまだまだ遠い未来で。
まだまだ歌い継いでいかなきゃならないみたいで。その事に。時に絶望して諦めてしまいたくもなるのですが。
この夏の熱気の中。嫌な風を感じる度に。それじゃ駄目だと。敵わないまでも諦めたらそこで終わりなんだと。
このアルバムに針を落として。清志郎に、ボスに背中に蹴りを入れてもらっているのです。
自分も限られた範囲で語ってしまったな。当然。最高に御機嫌なRCのロックンロール・アルバムでもあります。

ねぇ。
止めにしちゃおうか。
もう。
大変だしさ。
どうにも困っちゃったし。

ねぇ。
そう思うだろう。
もう。
この暑さは殺人的だし。
何もかも億劫になるし。

ねぇ。
それだけじゃなくてさ。
そう。
あっちでも。こっちでも。
嫌な空気が支配し始めてるじゃないか。

ねぇ。
そう思わないか。
ほら。
あっち見ても。こっち見ても。
袋小路で逃げ道なんか無いんじゃないか。

この夏の憂鬱。

あのさ。
これでもさ。
それなりに。
俺なりには。
頑張ってきたんだ。

なんとかさ。
それでもさ。
震える膝に力を込めて。
立ち向かってきたんだ。
闘ってきたんだ。

でもさ。
もうさ。
暑さの中で。
立眩みがするんだ。
頭痛が治まらないんだ。

嫌な風に吹かれて。
嫌な空気に包まれて。
寄ってしまいそうなんだ。
巻かれてしまいそうなんだ。
諦めてしまいそうなんだ。

この夏の憂鬱。

こいつは。
ちょいとばかり。
しつこくて。
手強くて。
挫けてしまいそうで。

それでも。
なんとか。
両膝に手をついて。
顔を上げて。
目を逸らさずに、機を窺ってる。

この夏の憂鬱。

諦めるわけにはいかないからさ!



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/06/19 Wed *お願いだから / RCサクセション

20130619please


そう。
そうさ。
この歌を。
この歌声を。
聴いてきたんだ。

場所は違えど。
風景は違えど。
同じ季節に。
同じ空気の中で。
繋がっていたんだ。

この歌声を。
あの頃も。
いつも。
いまも。
聴いているんだ。
感じているんだ。

離れていても。
近くにいても。
共鳴して。
共感して。
どこにいても。
わかっていてくれる。

だから。
お願いだから。

『Please』'80年リリース。
RCサクセションの通算5枚目にして4枚目のスタジオ・アルバム。
所謂エレキになったRCの、そして黄金の5人のメンバーによる初めてのスタジオ・アルバム。
たぶん。この頃に。ラジオから流れてきた音に、歌に衝撃を受けて慌てて名前を書きとめて。
それがRCとの出会いだったと。『Rhapsody』、このアルバム、『EPLP』と立て続けにリリースされて。
一気にRCの、清志郎の、チャボの世界へと惹きつけられ、引きこまれていったのでした。
とうとう、このつまらなくてくだらない、退屈な国にも最高に御機嫌なロックンロール・バンドが表れたんだと。
暗黒時代の話とか。そんな話は知らずに。ただただその駆け上がっていく勢いに驚きながら快哉を叫んでたな。
だってさ。ねぇ。こんな、“わかっていてくれる”バンドがさ。まさか、この最低な日常にやってくるなんてさ。
胸の中のもやもやしたものとか、ドキドキすることとか。言葉に、歌にしてくれるなんてさ。なんて最高なんだと。
FM雑誌で調べてさ。RCの名前見つけると線引いて。ラジオの前に座ってエア・チェックしてね。
で、本当に。高校とか予備校とかサボってさ。屋上でラジオ聴いてる時に流れてきたりしたらさ、もうね!
そう。ガキだから金無くてさ。ラジオとかレンタル・レコードとか。RCってそうやって聴いてたんだよね。
だから。一回一回真剣だし。繰り返し聴いてるし。思いが入ってるから。風景も空気も匂いも褪せないんだよね。
屋上から見た空の色とか。あいつの顔とか。あの娘のスカートの裾とか。パチンコ屋の煙草の煙とか・・・ね。
このアルバムも。エア・チェックしたテープが伸びちゃって駄目になってから手に入れたんだったよな。
言われてる様に音が細くて。特に中低域は迫力不足で。清志郎とかも最低だと。録音やり直したかってたと。
でも。そんな音質なんかものともしない、気にもさせない勢いが、思いが溢れてるから。これはこれでいいかなと。
もう耳に馴染んじゃって愛着あるし。下手にリマスターとかされてもなぁ。大切なものが薄れてしまいそうでね。
そうそう。ロックンロールなだけじゃなくて、ソウルでもあるんだと。何度も何度も聴いてるうちに感じてきて。
ガキの頃には解らなかったことも。色んな経験して感じられる様になってきて。年々沁みてくる様になってきて。
まったく「いい事ばかりはありゃしない」し、「あきれてものも言えない」し、なんだけど。そうなんだけど。でもね。
こうして。いつも。いまも。「Sweet Soul Music」が傍にあるんだと。それはやっぱり幸せなんだと思うのです。

そう。
そうさ。
この歌と。
この歌声と。
共に歩いてきたんだ。

異なる場所に立ち。
異なる風景の前で。
同じ季節を。
同じ空気の中を。
ここまで歩んできたんだ。

この歌声に。
あの頃も。
いつも。
いまも。
背中を押されているんだ。
強く抱きしめられているんだ。

離れていたのが。
近づくほどに。
共鳴して。
共感して。
こんなにも。
わかっていてくれる。

だから。
お願いだから。

この。
いい事を。
スウィートで。
ソウルな。
時間を。
あともう少しだけ。

この。
いい事が。
スウィートで。
ソウルな。
時間が。
いつまでも。

この。
いい事を。
スウィートで。
ソウルな。
時間を。
また近いうちにと。

背中まるめて。
帰り道。
坂の途中で。
立ち止まって。
空に向かって。
雨に濡れながら。
祈るんだ。

お願いだから。

この思い。
いまも。
いつも。
これからも。
空にとけていけ!



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/04/03 Wed *青い気持ち / RC サクセション

20130403blue


まぼろし。
幻影。
残像。
なんでもいいさ。
なんでも構わない。

そうだな。
きっと。
美化してる。
都合よく書き換えてる。
それでもいいじゃないか。

いま。
まだ。
こうして。
ここに。
この胸に。
この思いがあるのなら。
それで。
もう十分じゃないか。

『Blue』'81年リリース。
その生々しさがいまも鮮烈なRCサクセションのアルバム。
『Please』の音質に納得がいかなくて。普段練習で使っていたスタジオに機材を持ち込んで録音したとか。
定評のあったライヴでの勢いを再現するには自分達自らで手掛けるのが一番良いとの判断だったのかな。
確かこのアルバムからプロデュースのクレジットもRCサクセションと明記されたんだと記憶しています。
その目論見は見事に当たって。生々しく、そして荒々しいサウンドが実に鮮やかに胸に突き刺さってきます。
所謂ヒット曲は無いものの。収められているナンバーそれぞれが個性的で魅力的で名曲揃いなのも最高で。
数多いRCのアルバムの中でも針を落とす機会が多いかな。このアルバムが一番好きだって友人も多いです。
いつ聴いても涙が滲んでしまう「多摩蘭坂」を始めとして。ロックンロールなナンバーにも切なさが漂っていて。
その切なさはどこから来るのだろうと考えると。アルバム・タイトル通りに青いからかなのかなと。
なんともやり切れない、なんともわり切れない、漠然とした不安と焦燥、そして確かな憧憬と情熱みたいなもの。
そんな言い表せないもやもやしたもの。それを鮮やかに切り取ってみせている。その青さを曝け出している。
その青さ、切なさ、青い気持ちこそがロックンロールで、ブルースで、ソウルなんだと。それでいいんだと。
解ったふりをしたり、無理やり折り合いをつけたりする必要は無いんだと。青く、切なくていいんだと。
青く、切なく。震える膝に力を込めて、拳を握りしめて。好きなものや人に一生懸命になればいいんだと。
納得できないものや人に精一杯立ち向かえばいいんだと。舌でも出して、笑い飛ばして走り出せばいいんだと。
そしてそして。いつも、いまも見果てぬ夢だろうと追い続けるんだと、叶えるために足掻きつづければいいんだと。
そんな大切なことを教えてくれた、感じさせてくれた、背中を蹴飛ばしてくれたアルバムだったりするのです。
自分にとってはあの『傷だらけの天使』と同じ匂いがして、同じくらいに大きな意味合いを持っていたりします。
「ロックン・ロール・ショー」から「あの娘のレター」まで。本当にね総てが愛おしくて大切なんですよね。

まぼろし。
幻影。
残像。
それでもいいさ。
それでも構わない。

そうだな。
わざと。
間違えてる。
都合よく思い込んでいる。
それでもいいじゃないか。

いま。
まだ。
こうして。
いまも。
この胸に。
この気持ちがあるのなら。
それが。
もう答えじゃないか。

あの頃と。
同じ。
あの頃と。
変わらない。
あの頃より。
鮮やかな。

青い思い。
青い気持ち。
それは嘘じゃない。
ならば。
まだ。
一生懸命になれる。
立ち向かえる。
夢中になれる。
追いかけられる。

そうさ。
逃げられっこないんだから。
ならば。
この。
青い気持ち。
震わせて。
求め続けよう。
追い続けよう。
足掻きつづけよう。

青い気持ち。



web拍手 by FC2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/03/09 Sat *それでも春は / 古井戸

20130309poesy


まったく。
いきなり。
こられても。
困るよな。
心と体のさ。
準備ってのもあるしな。

だいたい。
ついこの間まで。
気配も無かったよな。
寒くて。寒くて。
それが。何だよ。
この陽気はさ。

それでも春は。
悪くはないよな。
そう。なんだかんだで。
いつも。きっと。
心待ちにしてはいるんだな。
いつも。どんな時もね。

『ぽえじー』'73年リリース。
ジャケットのチャボが妙に可愛らしい(笑)、古井戸の3rdアルバム。
仲井戸麗市、チャボと加奈崎芳太郎のデュオだった古井戸。
リアルタイムでは「さなえちゃん」くらいしか知らなくて。
「さなえちゃん」は当時の小学生の間でも流行ってて(流行ってましたよね?)。
意味も分からずに口ずさんでいましたが。いま、後追いで古井戸のアルバムに針を落とすと。
どうしたって。チャボを中心に聴いてしまいます。どんな曲を書いてたんだろう、どんな歌を歌ってたんだろうと。
まぁ、RCから遡った身としては仕方ないですよね。その流れで捉えて、その流れで聴いてしまってもね。
このアルバムにはチャボがソロのライヴでも取り上げてる「おいてきぼり」「びしょぬれワルツ」が収めれれていて。
更には清志郎との共作である「コーヒーサイフォン」に「あの娘が結婚してしまう」も入ってるんですよね。
フォーマットとしてはフォークなんですけど。その骨格や世界観は。今のチャボと変わらないよねと。
それだけ。チャボはデビューしてから今に至るまで。一貫してぶれない視点からその心模様や世の中を見てたと。
そう言うことになるのかな。加奈崎が歌ってる曲もあって。表情は異なって見えることもありますが。
ジャケットやライナーの写真が可愛らしいせいもあって、チャボの歌声も凄く甘く聴こえることがあって。
それも相俟って。凄く優しく温かく穏やかな印象も受けるのですが。その実、ブルーだったりヘヴィーだったりも。
そのブルーだったりヘヴィーだったりこそが。実はチャボをチャボ足らしめてる要素だったりするんですよね。
埋めようも無い喪失感だったり、その失われたものに対する断ち切ることのできない憧憬だったりとか。
どんなに輝いて見える日々にも、どんなに幸福に感じられる時間にも。つきまとうものがあることを知っていて。
それに囚われてしまう、自身も含んだ人々への温かい眼差し。あぁ、やっぱりチャボだよなと、好きだよなと。

まったく。
いきなり。
来なくても。
いいだろうに。
準備もなにも。
ありゃしないじゃないか。

だいたい。
いつも。いつもだよ。
気配を消して忍び寄って。
いきなり。いきなりだよ。
表れて。姿を見せて。
その気になれったってさ。

それでも春は。
好きなんだよな。
そう。なんだかんだで。
いつも。きっと。
心待ちにしてはいるんだな。
いつも。どんな時もね。

優しく。
暖かく。
穏やかに。
そんな顔をしてみせる。
春だけど。
いつも。
喪失感や。
果たせない憧憬や。
消しようもないやるせなさ。
そんなものから逃れられない。
そんなものに囚われてる。

結構。
ブルーで。
ヘヴィーなんだな。
それでも春は。
春の訪れは。
まぁ、悪くはない。
そう、好きではある。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/12/30 Sun *かすかな呟きだとしても / 麗蘭

20121230reiran


かすかな。
呟きだとしても。

やっと。
ここに。
この場所に。
足を運べたよ。
帰って来れたよ。

どうしても。
その気になれなくて。
どうやっても。
そんな気分になれなくて。
待たせちゃったね。

この季節。
この街角。
この路地。
このライヴハウス。
このギター。この歌声。

かすかな。
呟きだとしても。

『麗蘭』'91年リリース。
仲井戸麗市、チャボと土屋公平、蘭丸による麗蘭の1stアルバム。
このアナログ盤2枚組はプロモーション用に制作されたものだったのかな。
以前、載せた時にも書きましたが。とにかくチャボと蘭丸。
2人の音楽に対する、深く熱い思いが込められた素晴らしい世界がここにあります。
特に、ブラック・ミュージック、ソウル・ミュージック、リズム&ブルースに対する畏敬と憧憬。
それを素直に純化して。時にきめ細やかに、時に大胆に。描いてみせるチャボと蘭丸です。
RCサクセションとストリート・スライダーズ。両方とも大好きで。チャボのギターも蘭丸のギターも大好きで。
それが絡み合う様が、何とも絶妙で最高で。どれだけ聴いたか、どれだけ魅せられたか。
このアルバムより先に出たライブ・ビデオ『Welcome Home!』をMD(!)に落として聴いたりもしてて。
それだけ待望のアルバムだったわけで。当然、ライヴにも足を運ぶ様になって。追いかけて。追いかけ続けて。
10年ほど前からは。とうとう年末恒例の京都は磔磔でのライヴにも毎年駆けつけていました。
チャボのサンキュ~磔磔~!の一声を耳にすると。一年が終わるんだな、新しい年が来るんだなと実感できて。
そんな年末が何年か続いていたんですけどね。そう。数年前まではね・・・
今夜、7年振りに足を運んだ磔磔。変わらないチャボと蘭丸のギターの絡み。そしてチャボのサンキュ~磔磔~!
「今夜R&Bを・・・」と「ミュージック」はやっぱり特別だなと。ちょっとこみ上げるものがあったりもしました。
この世界に。今年も。来年も。リズム&ブルースを始めとするミュージックが、音楽があること、あり続けること。
その事に。どれだけの力を与えられているか、どれだけの温かさで抱きしめられているか。感謝です。

かすかな。
呟きだとしても。

やっと。
ここまで。
この場所まで。
足を運んで。
この熱気の中に立ってるよ。

どうしても。
その気になれなかったけど。
どうやっても。
そんな気分になれなかったけど。
それじゃ。終われない。始まらない。続かない。

この季節。
この街角。
この路地。
このライヴハウス。
このギター。この歌声。

かすかな。
呟きだとしても。

なぁ。
いま。
今夜。
この熱気の中に。
君もいるんだろう。
笑っているんだろう。
歌っているんだろう。
下りてきてるんだろう。

このギター。この歌声。
変わらずにある。
鳴り続けている。
音楽はここにある。
それが力になってくれている。
温かく抱きしめていてくれる。
そして。
俺はいまここにいる。

ちょっと。
こみ上げてきて。
慌てて。
上を見上げたら。
君の笑顔が。
見えた気がした。
否、見えた。
君の声が。
聞こえた気がした。
否、聞こえた。

大丈夫。
終わらせないよ。
ここからまた始めるよ。
続けていくよ。
君の分まで。
音楽と共に。
いけるところまで。
転がっていくさ。

だから。
また音楽が。
鳴っていたら。
聴こえたなら。

かすかな。
呟きだとしても。
届いたなら。
下りてこないか。

かすかな。
呟きだとしても。
その気配が。声が。
俺の背中を押してくれるから。

そうさ。

かすかな。
呟きだとしても。



web拍手 by FC2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012/12/16 Sun *同じ時代、同じ国 / RCサクセション

20121216rhapsody


なんの。
因果か。
この時代に。
この国に。
生きている。

なんの。
為に。
この時代の。
この国に。
生きている。

なんの。
為でも。
なにが。
どうでも。
生きているなら。

楽しく。
面白く。
いかしてるぜと。
素敵に。
生きたいじゃないか。

『Rhapsody』'80年リリース。
新生RCサクセション、その誕生を高らかに告げたライヴ・アルバム。
'05年に完全版ともいえる『Rhapsody Naked』がリリースされて。それはそれで嬉しかったのですが。
やはり思い入れがあるのはオリジナルであるこのアルバム、それもアナログ盤でしょうか。
トランジスタ・ラジオから流れてきた「雨あがりの夜空に」を偶然耳にして。衝撃を受けて。
慌ててレコード屋さんに走ってこのアルバムに針を落として。もうぶっ飛んで。繰り返し繰り返し聴いて。
ついに日本に、退屈なこの国に。こんな凄い、こんなご機嫌なロックンロールバンドが表れたんだと。
帯のキャッチ・コピー、“こんなイカシタやつらと同じ時代、同じ国に生きてるなんて素敵じゃないか!”・・・
もう、本当に。その思いで胸が一杯になって。それからずっと。RCと、清志郎と、チャボと生きてきたんだと。
このアルバムに針を落とすと、いつも一瞬にして。あの時、あの頃の空気や思いまで鮮明に蘇ってきます。
実はリリースの直後に。ガキだった自分が住んでた田舎町でもライヴやってたんですよねぇ・・・
RCのライヴには何度も足を運んで。何度もぶっ飛ばされてるけど。何故、その時観に行かなかったのかと・・・
このアルバムが収録された久保講堂にいたって年上の友人と後に出会って。もう、凄く羨ましかったなぁ・・・
『Please』も『Blue』も、『EPLP』も大好きだけど。思い入れの強さで言えばこのアルバムなんだろうなぁ。
「エンジェル」が大好きだった、その歌詞のままの様だったあの娘はいまどうしてるんだろう・・・
アルバムの内容に関しては今更、もうなんやかやと触れるまでも無いね。ただ針を落とせばいい。それでいいと。
小川銀次のギターも好きだったけど。やっぱりここから清志郎とチャボの二枚看板のRCになったんですよね。
そしてRCと清志郎とまだまだこの時代、この国を生きたかったぜと。清志郎、今こそボスの出番だぜとね・・・

なんの。
因果か。
この時代に。
この国に。
生きている。

なんの。
為に。
この時代の。
この国に。
生きている。

なんの。
為でも。
なにが。
どうでも。
生きているなら。

楽しく。
面白く。
いかしてるぜと。
素敵に。
生きたいじゃないか。

そんな。
ささやかな。
希望さえも。
危うく感じられる・・・
危うくなってるんじゃないか。
空が崩れ落ちてくる。
足元が裂けていく。
どこへ行こうと言うのだろう。
こんな筈じゃ無かったよな。

同じ時代を。
共にしたい。
同じ国を。
託したい。
そんな想いを抱かせてくれる。
そんな奴等がどこにもいないんだ・・・

それでも。
この時代を。
この国で。
生きていく。
その行く末を。
見届けなきゃいけない。
その勇気を出さなきゃいけない。
目を逸らさない強さを持たなきゃいけない。
零れ落ちるものを抱きしめる優しさがなきゃいけない。

同じ時代。
同じ国。

バンドマン、ボス、歌ってよ・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧