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2015年9月

2015/09/29 Tue *自分だけ / Duff McKagan

20150929believeinme


だから。
言ったじゃないか。
そんなに甘くないと。
そんなに容易くはないと。
忘れたのか。

そもそも。
これで何度目だ。
同じ過ちを犯すのは。
学習能力がないのか。
ただの甘ちゃんなのか。

この世の中に。
信じられるものなど。
心を許せるものなど。
ありはしないと。
思い知らされてきただろう。

何度。
躓けば。
何度。
踏み潰されれば。
気が済むんだ。

お前が入れる。
防空壕など。
この世の。
何処にも。
ありはしない。

お前が入れる。
共同体など。
この世の。
何処にも。
存在する筈もない。

『Believe In Me』'93年リリース。
ダフ・マッケイガンの1stソロ・アルバム。
この年代のアルバムのアナログ盤は結構貴重かも。
'93年なので。未だガンズ・アンド・ローゼズに在籍していたのかな。
そのガンズ・アンド・ローゼズやスキッド・ロウのメンバーとか。
レニー・クラヴィッツとか。果ては何故かジェフ・ベックまで。
ダフの、アルバムの佇まいには似合わない豪華な面子が参加していて。
(言うまでもないが。アクセル・ローズだけは不参加)
それでも。ダフのパンクなアティチュードは失われていない。
このシンプルな潔さがダフならではの魅力。ぶれないんだよな。
ダフは本来、マルチなプレイヤーなので。一人でもやれるところを。
敢えて仲間達を呼んで(押しかけられたのかな)録音している。
そこに。ダフらしい男気をも感じてしまう。番長ってよりは気のいい兄貴分。
だけど。皆とワイワイやって楽しんでいそうで。実は一人少し距離を置いている。
そんな。孤高な空気を纏っている、その匂いがアルバム全編に漂っていて。
アルバム・タイトルも、タイトル・ナンバーの「Believe In Me」ってのも。
誰かへの呼びかけでは無く。自分を見失わない為に自分に言い聞かせている。
多分に、自分の勝手な感傷込ではあるけれど。そう強く感じるし。それが好きだ。
如何にもダフな縦ノリのナンバーだけでなく、横ノリのナンバーも。
さらりと決めてみせる。そのパブリック・イメージと反する幅広い音楽性。
まぁ。ガンズ・アンド・ローゼズではやれなかった。それもあるだろうけど。
世間がどう見てようが、どう思っていようが。関係ないぜと言っている様でもあり。
やはり。その孤高を貫く姿勢に。惹かれる。憧れる。それだけ。

だから。
言ったのに。
また甘く見たな。
また容易いと舐めたな。
忘れたんだな。

毎度毎度。
同じ過ちを犯して。
同じ思いをして。
いい加減、学んだらどうだ。
甘さを捨てたらどうだ。

あれほど。何度も。
思い知らされたのに。
また。
信じるとは。心を許すとは。
呆れて。ものも言えない。

何度目だ。
躓いたのは。
何度目だ。
踏み潰されたのは。
目を覚ましたらどうだ。

お前を受け入れる。
防空壕など。
この世の。
何処にも。
ありはしない。

お前を受け入れる。
共同体など。
この世の。
何処にも。
存在する筈もない。

あぁ。
そうだったな。
そもそも。
防空壕も。
共同体も。

窮屈で。
大嫌いで。
自分から。
飛び出して。
捨ててきたのだったな。

何度も。
何処でも。
躓かされ。
踏み潰され。
裏切られ。

そう。
だから。
なにも。信じるなと。
絶対に。心など許すなと。
誓ったのだったな。

また。
調子に乗って。
忘れたのさ。
何度目かな。
自分でも。呆れ果てるな。

だが。
大丈夫。
それでも。
信じるものがあるからな。
心を許せるものがあるからな。

自分自身。
それのみを。
信じればいい。
自分にだけは。
心を許せばいい。

信じられるものは。
自分だけ。
心を許せるものも。
自分だけ。
まだ覚えているじゃないか。

そうさ。
それで十分。
ちょいと。
贅沢をしたくなった。
それだけのこと。それも終わりだ。

自分だけを信じる。それでいい。それで十分。もう大丈夫。



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2015/09/28 Mon *その他大勢 / Iggy Pop

20150928blahblahblah


その他大勢。
そこに埋没するのも。
そこに安住するのも。
そこで上手く泳ぐのも。
一つの手ではある。

あるのだが。
埋没したまま。
安住したまま。
いつまでも。泳ぎ続ける。
そいつは。退屈で。

ましてや。
自ら招いたとも。
言えないことも無いけれど。
このままだと。いつまでも。
その他大勢。

何を言っても。
何を行っても。
今までと同じ攻め方では。
握りつぶされ。塩漬けにされ。
永遠にその他大勢。

ならば。
攻め方を変えて。
一旦は矛を収める振りをして。
表面上は穏やかに。
羊の皮でも被ってみるかと。

その他大勢に。
暫く。
紛れて。落ち着いて。
密かに牙を研いで。
その時をこちらから招く、準備を進めよう。

『Blah Blah Blah』'86年リリース。
イギー・ポップが従来のスタイルを変えて。
(あくまでもイギーにしては、ですが)ポップな側面を前面に出して。
それまでの。薬物まみれの危ないカリスマから、危険な香りもする硬派なシンガーとして。
イメージ・チェンジに成功し、広く世の中にその名前を知らしめたアルバム。
MTVの効果もあってか。「Real Wild Child」がシングルとしてヒットして。
何とイギーにとっては初の全米チャートにランクしたと言う“事件”もありました。
このイギーの転身、復活に手を貸したのがプロデュースも担当したデヴィッド・ボウイで。
実に鮮やかに。シンガーとしてのイギーの実力と魅力を引き出して。
大衆に対して分かり易く、受け入れ易く提示してみせています。
(その他大勢の意を持つアルバム・タイトルに。ボウイらしい策略を感じます)
まぁ、当時のボウイ自身の路線そのまま、なところもあって。安易と言えば安易ですが。
しかし。モット・ザ・フープルといい、ルー・リードといい、そしてイギーと。
ボウイって人は義理堅いと言うか、友情に厚いと言うか、面倒見が良いと言うか。
確かにやや強引にボウイの色に染めてしまう傾向はあると言えばありますが。
揉め事ばかり起こす感のあるトッド・ラングレンよりよほど有能なプロデューサーかなと。
イギー自身に話を戻すと。薬物や金銭の問題もあって。ミュージシャン生命の危機にあって。
ボウイの提言を受けざるを得なかった部分もあるとは思いますが。
(実際、このアルバムが成功しなかったら、その時点で止めを刺される状況にあった様です)
イギー自身も腹を括ったからこその。新しいイメージと戦略の確立。
そしてイメージや戦略が変わってもイギーはイギーでしかないと知らしめるだけの。
その実力と魅力を。このアルバムにて発揮できたことは間違いないかなとおもいます。
そりゃ、まぁ。ストゥジーズ時代に比較すると危なさも、迫力も。物足りなくはありますが。
ここで。一旦戦略変更してでも。世に広く知られ、その知名度を確たるものにしたからこそ。
その後、直ぐに元の危ない、何をしでかすかわからない。そんなイギーに戻っても。
その他大勢に埋没することなく、ストゥジーズの再評価も得たのだと思われるのです。

その他大勢。
そこに埋没するにしても。
そこに安住するにしても。
上手く泳げる、その場所は。
自分で選びたい。

撰びたいのだが。
埋没させたまま。
安住させたまま。
いつまでも。ここで。泳がせておこうと。
そんな。思惑が働いていたりもして。

ましてや。
自ら、その思惑を知りながら。
挑発してしまった感もあって。
このままだと。ここで。
その他大勢。

何を言っても。
何を行っても。
今までと同じ攻め方では。
握りつぶされ。塩漬けにされ。
そのうちに。その他大勢からも・・・

ならば。
攻め方を変えて。
一旦は振りかざした剣を下して。
表面上は穏やかに。
羊の皮でも被っておいて。

その他大勢に。
暫く。
紛れて。落ち着いて。
密かに牙を研いで。
その時を向こうから誘う、餌を蒔き始めよう。

攻め方も。
表情も。
それこそ。
話し方も。
振る舞いも。

封印してきた。
ものを。
少しずつ。
小出しにしながら。
事を運ぼう。

荒ぶる魂も。
危ない顔も。
過激な言葉も。
封印して。
しおらしくして。

少しずつ。
搦手から。
忍び寄り。
近づき。
懐に入ったところで。

向こうから。
動かざるを得ない。
乗らざるを得ない。
誘わざるを得ない。
手を打っていこう。

それまでは。
ここで。
その他大勢に。
紛れて。
決定機を逃さぬ様に。

ここで。上手く泳ぎながら。
自分の望むところへと。
泳ぐ場所を変えられる様に。
その他大勢に。紛れていよう。
野望を胸に抱いたままで。



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2015/09/26 Sat *従ってみる / Margie Joseph

20150926herethewordsfeelthefeeling


見たもの。
聞えたもの。
それを。
そのままに。
受け止めて。

見ているもの。
聞いているもの。
その動きを。
寄り添いながら。
受け止めて。

その時。
自分の。
心と。
体が。
どう反応したか。

何を思い。
何を感じたか。
それだけを。
信じて。
そのままに。

思い。
動く。
抗うことなど。
放棄して。
自然のままに。

難しいが。
そいつに。
それだけに。
集中して。
聞き取る、感じ取る。
それだけに賭ける。

『Hear The Words, Feel The Feeling』'76年リリース。
その眼と唇に。思わず魅入られ、吸い寄せられそうになってしまう。
そんなジャケットも印象的なマージー・ジョセフのアルバム。
通算では6枚目、アトランティック傘下のコティリオンでは4枚目のアルバム。
元々、幼いころからゴスペルを歌い。若くしてスタックス傘下のヴォルトでデビュー。
そこでは商業的な成功には恵まれなかったものの。その歌声が誰かの耳に残ったのか。
埋もれさせるのは惜しいと。移籍の話が纏まって。言わば再デビューを果たして。
その移籍第一弾(何故かアトランティック名義)のアルバムと。
シングルとしてリリースされたアル・グリーンのカヴァー、「Let’s Stay Together」が。
マージーにとっては初めてのヒットとなって。一躍アレサ・フランクリンの後継者にと。
しかしながら。アレサの壁は高すぎたと言うか。そもそも個性が異なっていてと。
その辺りは周囲が、もっとちゃんとマージーの歌声を素直に感じてればと思いますが・・・
マージーも勿論、基礎のしっかりとしたシンガーで、その歌声はソウルフルですが。
その歌声に、どこか斜に構えた様なところが感じられて。蓮っ葉と言う奴ですかね。
それが個性で。アルバムを、歳を重ねる毎に、そこに妖しい色香が加わってと。
その独特な歌声、雰囲気、存在感。それを生かすのはメロウでアダルトなサウンドだと。
このアルバムではラモン・ドジャー(モータウンのH=D=HのDだった人ね)が。
プロデュース及び、総てのナンバーのライティングに関わって全面的にバックアップして。
マージーを最大限に生かすサウンドとナンバーで、マージーの世界を演出しています。
ちょっと演出過多、ちょっと洗練さ過ぎ。そんな感じもあるのですが。面白いことに。
それによって。本来のマージーのソウルフルな歌声と、そのストレートに届く側面が。
表に出てきて感じられると。ひょっとしてドジャーさん、そこまで狙っていたのかな。
兎に角。マージーの魅力を素直に感じることのできる、素晴らしいアルバムです。
(素直に、聴いて、感じるならばの話ですよ。勿論。このアルバムに、マージーに限りませんが・・・)

見たものまま。
聞えたまま。
それを。
そのままに。
受け止める。

見ているまま。
聞いているまま。
その動きを。
共に歩みながら。
受け止める。

その時。
自分の。
心と。
体が。
どう反応するのか。

何を思い。
何を感じるか。
それだけを。
楽しみに。
そのままに。

思ってみる。
動いてみる。
予見とか。
先入観とか。
放棄してみる。

難しいが。
そいつに。
それだけに。
集中して。
聞き取ってみる、感じ取ってみる。
それだけに託してみる。

目の前で。
身の周りで。
起きていること。
動いていること。
ありのままに。

目の前に。
身の周りに。
語られるもの。
感じられるもの。
そのままに。

ただ。
受け止め。
従い。
聞いてみる。
感じてみる。

それが。
真に。
受け止められた時。
従うことができた時。
その時。

自分は。
何を思い。
何を感じ。
何を語るのか。
それを待ってみる。

自然に。
思いのままに。
感じたままに。
溢れ出してくるであろうもの。
そいつに。

それだけに従ってみる。
そいつも悪くは無いだろう。



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2015/09/25 Fri *女性達よ / Ssm & Dave

20150925soulsisterbrownsugar


魂は。
熱く。
強く。
逞しく。
そして。優しく。

賑やかで。
華やかで。
大胆で。
剛毅で。
そして。時に静かに。

通りを。
街を。
社会を。
世の中を。
その美しい脚で。

闊歩していく。
その姿が。
その内に秘めた魂が。
我が身を。
我が心を。

惹きつけて。
止まない。
そう。
惹きつけられる。
病は治らない。

熱い。
魂が宿る。
熱い。
美しい姿。
魅了されて止むことは無い。

『Soul Sister Brown Sugar』'82年リリース。
ダブル・ダイナマイト、サム&デイヴの日本独自編集のベスト・アルバム。
恐らくは同年の8月に横浜スタジアムでRCサクセションが主体となったイベント。
《The Day Of R&B》に出演するためにサム・ムーアが来日したのに便乗したもの。
何でも元々はサム&デイヴを招聘する予定が解散してしまってサムのみになったとか。
そうか。だから元々はサム&デイヴの来日記念盤的な位置づけだったのかも知れません。
(因みに。チャック・ベリーもブルース・ブラザースの代役だったのだとか)
さて。サム&デイヴはスタックス在籍時に黄金期を迎えて。数々のヒットを放ち。
そのライヴの熱さは、オーティス・レディングをして共演を渋らせたと言う。
ところが。スタックスを配給していたアトランティックとスタックスの関係が悪化すると。
アトランティックへ移籍・・・と言うか引き抜かれてしまうことになります。
実は契約上はアトランティックからスタックスへのレンタルとの形になっていて。
サム&デイヴの人気に目をつけていたアトランティックが契約を盾に強奪したのだとも。
スタックスは言わばインディーで。各アーティストとの信頼関係を契約よりも重視してた。
その脇の甘さを、大手のアトランティックに突かれたのだとか。何だかね・・・
このアルバムはA面がスタックス時代、B面がアトランティック時代と分けられていて。
それぞれのスタイル、サム&デイヴに対するスタンスの違いが明確に聴き分けられます。
人により好みは異なるとは思いますが。ポテンシャルを最大に引き出しているのは。
サム&デイヴの魅力が爆発しているのは明らかにA面、スタックス時代かなと。
それだけの。サム&デイヴに対する理解や信頼、何より情熱がスタックスにはあったと。
勿論、アルバム・タイトルに関された「Soul Sister Brown Sugar」の様な。
魅力的なナンバーがアトランティックでも制作はされていますが。やっぱりなぁと。
オーティスの死に続いたサム&デイヴの離脱。スタックス倒産の引き金であったと共に。
サム&デイヴと言う、稀代の男性デュオの終焉の始まりでもあったのだと思います。

魂は。
熱く。
強く。
逞しく。
そして。甘く。

賑やかで。
華やかで。
大胆で。
剛毅で。
そして。時に艶やかに。

通りを。
街を。
社会を。
世の中を。
その煌めく輝きと共に。

闊歩していく。
その姿が。
その内から放たれる匂いが。
我が身を。
我が心を。

惹きつけて。
止まない。
そう。
惹きつけられる。
病は治らない。

妖しい。
匂いを纏った。
熱い。
輝く姿。
魅了されて止むことは無い。

魂の女性達よ。
運命の、宿命の女性達よ。
その熱さで。
その逞しさで。
その優しさで。

男達を虜にしてほしい。

輝く女性達よ。
運命の、宿命の女性達よ。
その華麗さで。
その剛毅さで。
その包容力で。

男達を蕩けさせてほしい。

妖しく。
甘く。
漂う。
その匂いに。
その香りに。

誘われて。
惑わされて。
引き寄せられる。
その愚かさを。
笑い飛ばしながら。

男達を包んでほしい。

本当に。
この世の中に。
素敵な女性達が。
いてくれること。
それこそが史上の喜びなのだ。

馬鹿な男達を許してほしい。愛してほしい。

ソウル・シスター!ブラウン・シュガー!



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2015/09/24 Thu *少しでいい / The Staple Singers

20150924beatituderespectyourselfuso


高く。
昨日より今日。
今日より明日。
明日より・・・
そう。高く。

力むことなく。
急ぐことなく。
ただ。
視線は。意思は。
常に。いつでも。

ちょっとだけ。
今よりも。
現状よりも。
高く見据えて。
無理せぬ程度に。

足元にも。
注意しながら。
昨日届かなかった。
あの枝に。
手が届かないかと。

挑んでみる。
変に意気込まず。
下手な意識もせず。
ただ。自分への。
ほんの僅かの。敬意と自信を胸に。

さて。
跳んでみるか。
手が。指先が。
僅かでも。それに触れられれば。
自分を少しは褒めてみるか。

『Be Altitude : Respect Yourself 』'72年リリース。
ソウル界を代表する、ファミリー・グループ、ステイプル・シンガーズ。
ゴスペルの世界で頂点を極めて。新たにソウルの世界での飛躍を目指して。
スタックスに移籍し。メンバーチェンジもあり。父親と三人の娘のグループとなり。
そして。スタックスでの4名目となる。このアルバムで大きな飛躍を遂げました。
アルバム・タイトルに感じられるニュー・ソウルの台頭や人権運動への連帯感。
その時代の昂揚感も作用したのか。熱く、高く、そして深い歌声とサウンドが刺さります。
原点にあるゴスペル。その同じリズムを繰り返し、それに歌声を乗せて。
徐々にアップテンポとなるリズムと同期しながら徐々に熱くなっていく歌声。
その様を聴いていると。聴く者の身体と精神も熱くなってきます。この一体感を生み出す。
そのリズムを奏でているのがマッスルショールズのミュージシャン達。
そう、黒人では無く白人であること。そして、そのタイトなリズムに乗って歌うのが。
ステイプル・シンガーズと言う黒人のグループであること。そこに時代の変化を。
僅かかもしれませんが。ス年前に。キング牧師の死によってスタックスにおいてさえ。
人種間に緊張が生まれ。制作されたデラニー&ボニーの『Home』も、お蔵入りになった。
そこから。再び。原点に回帰し、また新たな時代へと進み始めたのだと。
そんな思いも。ステイプル・シンガーズの歌声を一層、熱いものにさせているかなとも。
そして。そんな背景、思いに共感していたであろう、マッスルショールズの腕利きの面々。
そのサウンド、リズム。それに乗って大きく羽ばたき。結果、大ヒットに繋がった。
より多くの人々の心を捉えるに至ったのだと。そこに、このアルバムの意義を思うのです。
ゴスペル、ソウル。そしてブルースにファンクにレゲエと。貪欲な吸収力と、見事な咀嚼力。
ステイプル・シンガーズだからこそ成し得たことで。その力の程を世界が認めたのです。

深く。
昨日より今日。
今日より明日。
明日より・・・
そう。深く。

力むことなく。
急ぐことなく。
ただ。
重心は。意思は。
常に。いつでも。

ちょっとだけ。
今よりも。
現状よりも。
深みを目指して。
無理せぬ程度に。

頭上にも。
注意しながら。
昨日届かなかった。
あの底に。
手が届かないかと。

挑んでみる。
変に意気込まず。
下手な意識もせず。
ただ。自分への。
ほんの僅かの。敬意と自信を胸に。

さて。
伸ばしてみるか。
手が。指先が。
僅かでも。それに触れられれば。
自分を少しは褒めてみるか。

ちょっとだけ。
少しだけ。
僅かでも。
高く。
深く。

昨日と今日。
今日と明日。
明日とその先。
その日に。
日を重ねるごとに。

届くものが。
触れられるものが。
感じられるものが。
異なり始めて。
異なる風景を目にできる。

高く。
深く。
異なる風景は。
異なる心象を生み出し。
異なる真理の可能性を引き出す。

同じ日に。
同じ場所に。
止まることを。
急かずに。荒らさずに。
ゆっくりと。穏やかに。

しかし。
明確な。
意思として。
求めること。
その精神と身体を。

感じられたら。
動き出せたら。
少しでいい。
自分に誇りを持ってみよう。
自分を褒めてみよう。



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2015/09/23 Wed *ここは / The Damned

20150923damneddamneddamned


神様が。
神様とやらが。
いれば。
確かに。
いいだろうな。

安心できるし。
安らげるし。
何たって。
言い訳にできるから。
便利だよな。

神様の。
言う通り。
それを免罪符に。
何だって。
できちゃうもんな。

あれも。
これも。
それも。
全部。
神様の指示なんだもんな。

一人じゃ。
できないことも。
同じ神様の名の下に。
集えば。
恐いものなしで。できちゃうもんな。

だからなんだろうな。
いつまでも神様とやらは。
この世に居坐ってるし。
それどころか。
増殖までしていやがる。

ここは天国か。

『Damned Damned Damned』'77年リリース。
セックス・ピストルズ、クラッシュと並んで英国三大パンク・バンドと呼ばれたダムド。
そのダムドの1stアルバム。何でも史上最初のパンク・ロックのアルバムなんだとか。
(因みに史上最初のパンク・ロックのシングルもダムドの「New Rose」らしい)
邦題は『地獄に堕ちた野郎ども』で。これはヴィスコンティの映画、『地獄に堕ちた勇者ども』にかけたもので。
勿論、実際は映画とは何も関係はないものの。アルバムに針を落とすとなるほどねと。
確かにダムドのサウンドに漂う退廃と暴力の匂いは通ずるものがあるかなと。
ヴィスコンティが莫大な製作費と、膨大なフィルムを費やして描いたものを。
遥かに安価(であろう)製作費で、遥かに短い時間で駆け抜けて描いてみせたと。
そう考えると。実に痛快で。その安っぽくて性急な退廃と暴力。こいつはパンクだなと。
何で。ダムドを聴くと痛快なのかが。わかった気がして。妙に嬉しかったりもするんだな。
実際にピストルズは、そのキャラクターがパンクで。クラッシュはその姿勢がパンクで。
じゃぁ、ダムドはとなったら。そのサウンドがパンクだと。
実は三大パンク・バンドの中で最もパンクだったのは、パンクに忠実だったのはダムドだと。そうも言えるかな。
尤も。三大パンク・バンド自体が、三大とか御三家とか、三人娘が大好きな日本だけの呼称だと思いますが。
兎に角。その駆け抜ける疾走感。訳の解らない退廃、享楽的な快感。
自分にとっては凄い快感を感じるので。そうね。ダムドと一緒なら地獄に堕ちるのも楽しいかなと。
そんな気分にさせられるだけで。それだけで。十分に価値があって。聴き続けているアルバムなのです。
地獄は楽しいいところだぜ!おっと、そいつは別のバンドだったな(笑)。

悪魔が。
悪魔とやらが。
いれば。
確かに。
いいだろうな。

力強いし。
誘惑してくれるし。
何たって。
生贄にできるから。
便利だよな。

悪魔の。
囁いた通り。
それを口実に。
何だって。
できちゃうもんな。

あれも。
これも。
それも。
全部。
悪魔の仕業なんだもんな。

一人じゃ。
できないことも。
同じ悪魔の名の下に。
集えば。
恐いものなしで。できちゃうもんな。

だからなんだろうな。
いつまでも悪魔とやらは。
この世に降誕して来るし。
それどころか。
増殖までしていやがる。

ここは地獄か。

まったく。
お笑い草だぜ。
天国も。地獄も。
自分達で。自分達の都合に合わせて。
人間自身が作ってんじゃねぇの。

まったく。
馬鹿馬鹿しいぜ。
神様も。悪魔も。
自分達で。自分達の都合の良い様に。
人間自身がでっちあげてんじゃねぇの。

神様も。悪魔も。
いい迷惑だな。
実在もしないのに。
言い訳に。口実に。
使われて。総てを背負わされてな。

あんたの。
あんたらの。
神様とやらに。
会わせてくれよ。
会わせられるものならな。

あんたの。
あんたらの。
悪魔とやらに。
会わせてくれよ。
会わせられるものならな。

一人じゃ。
何も出来ない。
烏合の衆が。
神様の名の下に。
悪魔の名の下に。

好き勝手に。
やりたい放題。
傍若無人。
ここは。天国か。
ここは。地獄か。

ここは。現実。
これが。現実。
そいつに。気づいているか。
そいつを。直視できているか。
これは。唯の現実。それだけなんだぜ。



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2015/09/22 Tue *それでいいのだ / Original Soundtruck

20150922thegreatrockandrollswindle


たかだか。
人生。
寝て。
起きて。
小便して。

働いて。
飯食って。
糞して。
一発やって。
寝て。また起きて。

それだけ。
その繰り返し。
喜んで。怒って。
泣いて。笑って。
そんなもの。

疑問を感じて。
答えを探しても。
宗教も。哲学も。
心理学も。化学も。
役になんかたちゃしない。

誰も。
救世主には。
女神には。
神様には。
会ったことがない。

おいおい。
こいつは。
詐欺じゃねぇのと。
思いもするが。
たかだか。人生。そんなもの。

『The Great Rock ‘N’ Roll Swindle』'80年リリース。
セックス・ピストルズの結成から解散までを描いたドキュメンタリー映画。
そのサウンド・トラック・アルバムを2枚組から1枚に再編集したアルバム。
ドキュメンタリーと言っても。その内容は相当にいい加減で。
殆どマルコム・マクラーレンは如何にしてセックス・ピストルズをでっち上げて。
そして大衆を騙し、操り、ぼろ儲けしたか。その虚虚実実の物語ってところで。
ジョニー・ロットン(既にジョン・ライドンだったかな)は制作段階で激怒して。
故に殆どジョニー在籍時の音源は使用されず。シド・ヴィシャスや。
かのロナルド・ヒッグスや。果ては素人が代わり代わりに歌ってるナンバーばかりと。
流石に2枚組では売れなかったのか、映画公開の翌年にこのアルバムが編集されたと。
実に。いい加減で。ほとんとインチキみたいなもんですが。それもロックンロールだと。
後にピストルズ自身のメンバーが関わったドキュメンタリーも制作されていて。
当然そちらが正史として扱われてるし。実際に現実には近いのでしょうが。
どちらが面白いかと言えば・・・まぁ、断然こっちのインチキ・ドキュメンタリーだったりして。
だから。ロックンロールは。人生は。涙が出る程面白おかしいのだと。それでいいのだと。
そう思えない、そう感じられない人は間違っても手を出さないのが無難なアルバムです。
しかし、無難な人生なんて。何処が面白いんですかね?誰かわかるなら教えて欲しいもんだなと。
そんな、いい加減でインチキな自分の様な人間にとっては御機嫌なアルバムなのです。
シドですら相当なものなのに。ド素人の大列車強盗を引っ張り出してきて歌わせる。
まぁ、本当にロナルドが歌ったのかも疑わしいですが。それらも含めての。このインチキ。
胡散臭さも、如何わしさも。ここに極まれりと。だけど。所詮こんなもの。それでいいのだと。
いい加減で。インチキな世界でこそ。生き生きと生きられる自分は嬉しくなってくるのです。
生真面目な人々には一生わからないんだろうな。それだけでも自分は得してるなと。それでいいのだ(笑)。

たかだか。
人生。
寝て。
起きたけど。また寝て。
小便するのも忘れて。

働く気もないので。
飯も食わずに。
糞するのも忘れて。
あの娘にお世話になって。
寝ぼけ眼で。街へと繰り出す。

それだけ。
その繰り返し。
喜んでも。怒っても。
泣いても。笑っても。
そんなもの。

疑問を感じても。
答えなど探すのも馬鹿らしい。
書物にも。ネットにも。
占いにも。人生相談にも。
何もありゃしない。

何処にも。
救世主も。
女神も。
神様も。
いたためしがない。

そうか。
始めから。総て。
詐欺じゃねぇのと。
今更、気づいたふりもするが。
たかだか。人生。そんなもの。

嘘ついて。
でっち上げて。
騙して。
煽って。
儲かりはしないが。

インチキで。
目くらまして。
煙に巻いて。
ケツを叩いて。
舌を出して。嘲け笑って。

相手が。
救世主だろうが。
女神だろうが。
神様だろうが。
構いはしない。

胡散臭く。
如何わしく。
インチキ街道を。
ひた走る。

そいつが。
人生。
たかだか。
人生。
それでいいのだ。

それでいい。
それでいい。
それでいい。
それでいい。
それでいいのだ。

でなけりゃ。
生きてられるかよ。



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2015/09/21 Mon *魂に刻め! / The Clash

20150921hitsback


肌に刻むのも。
腕でも。脚でも。
首筋でも。背中でも。
それこそ。
全身でも。

別に。
構いはしない。
否定などしない。
それが。
己の意志ならば。

そこまでの。
それだけの。
決意があるのだと。
覚悟をしたいのだと。
誇示することで。

踏み出せるなら。
闘えるなら。
愛せるなら。
幾らでも。
好きなだけ。刻めばいい。

その。
華の。
棘の。
毒で表現できる。
ものもあるだろう。

ただ。
一つだけ。
訊いていいか。
同じだけの。決意と覚悟。
魂にも刻んでいるんだろうな。

『Hit’s Back』'13年リリース。
ボックスの発売に合わせて編集されたクラッシュのベスト・アルバム。
現時点で最新のベスト・アルバムなのかな。アナログ盤は3枚組となっています。
(ひっくり返すのが面倒だと言えば。面倒だけど。その“間”がいいんですよね)
選曲と曲順は。よくある年代順に並べてみましたって単純なものではなくて。
'82年7月10日のブリクストンでのライヴのセットリストを再現した24曲に。
そのライヴでは演奏されなかったものの、クラッシュを語る上で外せない8曲を加えて。
全30曲と言う、かなりの聴き応えのあるものとなっています。
流石は半端な事を嫌うクラッシュのベスト・アルバムと言える企画と規模なのです。
なので。半端なクラッシュ・ファンや、ファッション・パンクの方々は聴かない・・・
否、聴くことを拒否されるアルバムと言えるかな。3枚組、30曲。クラッシュ続けて聴けますかと?
その決意と覚悟を聴く者に問う。闘いを挑まれる。踏み絵を踏まされる。アルバムかな。
しかも。実際のライヴの再現、しかも'82年とのライヴともなれば。
クラッシュを単なる、俺は怒ってんだ、この野郎だけのパンクだと思い込んでる方々には。
相当、辛いよなと。パンク、レゲエ、スカ、ロックンロール、ダブ、ポップスまで。
総てに挑み、総てを愛し、総てを抱合してみせたクラッシュ。ついてこれるかなとね。
クラッシュに限らず、ピストルズもラモーンズも。記号化されファッションになって。
それに乗せられて。形だけ真似て、意気がって、タトゥー入れて、中指突き立てて。
まぁ、いいけど。ご苦労さんと。あなた方には一生涯、クラッシュの目指していたもの。
その鋭さや、優しさ、大きさは感じられないだろうねと。特にジョー・ストラマーが。
どれだけ世界や人々を愛していたか。その為に壮絶な決意と覚悟で闘っていたか。
故に。理解できない輩に避難されながら。貪欲に音楽の可能性を、表現の可能性を追求し続けたか。
そのジョーの身体だけでなく。魂に刻まれた決意と覚悟を。感じてみろよと。少なくとも感じようと挑んでから。
クラッシュのファンだ、俺は、私はパンクだと名乗りやがれ。じゃないと蹴り入れるぞと。
いい歳こいた。自分を未だに奮い立たせるんだから。クラッシュってのは、まったく大したもんだぜと。
再認識させられたアルバムなのです。だからね。魂に刻んでないならね。
気安く聴いちゃいけないんですよ。わかったかな。そこの坊ちゃん、お嬢ちゃんよ。

肌に刻むのも。
腕でも。脚でも。
首筋でも。背中でも。
それこそ。
全身でも。

別に。
構いはしない。
否定などしない。
それが。
己の思いならば。

そこまでの。
それだけの。
決意があるのだと。
覚悟をしたいのだと。
主張することで。

踏み出せるなら。
闘えるなら。
愛せるなら。
幾らでも。
好きなだけ。刻めばいい。

その。
華の。
棘の。
毒で表現できる。
ものもあるだろう。

ただ。
一つだけ。
訊いていいか。
同じだけの。決意と覚悟。
魂にも刻んでいるんだろうな。

表面にだけ。
身体にだけ。
どれだけ。
刻んでも。
誇示しても。主張しても。

肝心の。
魂に刻めてない。
肝心の。
魂は何も感じてない。
だとしたら。

その。
ご自慢の。
タトゥーも。
ピアスも。
ただのお飾り。

他人に。
見せつけて。
空虚に誇るより前に。
己の。
魂を見てみろよ。

己が為。
人が為。
世界に闘いを挑み。
世界を愛する。
その決意と覚悟。

そいつが。
己の。
魂に。
刻まれてるか。
見てみろよ。

魂にも。
刻まれてこそ。
初めて。
身体に刻んだ。
決意も覚悟も。本物になるんだよ。

魂に刻め!



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2015/09/20 Sun *遺してきたから / The Allman Brothers Band

20150920idlewaidesouth


何処へ。
行くのか。
何処まで。
行くのか。
さてな。

そいつは。
自分でも。
わからんのよ。
本当に。
わからんのよ。

ただ。
いま。
行かないと。
行動しないと。
闘わないと。

絶対に。
後悔するなと。
それだけは。
不思議と。
感じるのよ。

元々。
反省はしても。
後悔はしたくない質だからね。
だから。
行くのさ。

大切なものは。
思いでも。
ブルースも。
魂も。
遺してきたから。
行くだけさ。
『Idlewild South』’70年リリース。
オールマン・ブラザーズ・バンドの2ndアルバム。
オールマン・ブラザーズ・バンドって、特にデュアン・オールマンの存命時は。
『At Fillmore East』の印象が余りにも鮮烈で強烈な為もあって。
オリジナル・アルバムについては殆ど語られないし。
実際、デュアンが在籍していた時期のオールマン・ブラザーズ・バンドはライヴが命で。
特にデュアンのあの 天に翔け昇るスライドはライヴでこそその魅力が爆発するのだけど。
そんな。オールマン・ブラザーズ・バンドのオリジナル・アルバムの中では。
一番、その魅力が素直に、純粋に捉えられているアルバムかな。
あの「In Memory Of Elizabeth Reed」のオリジナル・ヴァージョンも聴けるしね。
サザン・ロックを代表するバンドなんだけど。サザン・ロックってのは。
ブルースとカントリーを根っ子にして。その二つが融合したものと考えればいいのかな。
ブルースを弾かせたら天才だったデュアンと。カントリーを器用に弾きこなすディッキー・ベッツ。
この全くタイプの異なる、天才ギタリストと秀才ギタリストを擁していたこと。
それこそがオールマン・ブラザーズ・バンドの最大の強みであり、魅力であり。
だからこそ。例えばレーナード・スキナードは乗り越えようとトリプル・ギターになったと。
そこら辺りのサウンドの構成、秘密なんかは。このアルバムに針を落とすとよく感じられると。
特にデュアンの傑物であること。それが如何に素晴らしく凄まじかったかは。スタジオ録音でも変わりなく。
故に。あのバイク事故で失われたのは。ただのバンドのギタリストだけのものでは無かったと改めてね。
B面ラストの「Leave My Blues At Home」なんてのは。タイトルだけで感傷的になってしまいます。
だから。ベッツには申し訳ないけど。『Brothers & Sisters』ってのは代表作に挙げられないんですよね。
いいアルバムではあるものの。何だろう。音楽に対する姿勢と覚悟の違いがやっぱり感じられちゃうんだよな。

何処へ。
行けるのか。
何処まで。
行けるのか。
さっぱりと。

自分でも。
わからんのよ。
本当に。
わからんのよ。
でも。それでいいだろうと。

ただ。
いま。
行かなきゃならないんだ。
行動しなきゃならないんだ。
闘わなきゃならないんだ。

絶対に。
後悔だけはしたくないと。
それだけは。
不思議と。
覚悟できちゃったのよ。

元々。
単細胞だからな。
敵が見えてき易くなると。
そうね。
勝手に。行っちゃうんだよね。

大切なものは。
思いでも。
ブルースも。
魂も。
遺してきたから。
行くだけさ。

それでいい。
もう。
そう感じちゃったんだから。
そいつを。
信じちゃってるんだから。

きっと。
迷うし。
反省もするし。
後ろ髪も惹かれるし。
それでもな。

行くのだな。
行ってみるのだな。
闘うのだな。
闘ってみるのだな。
それしかないんだな。

思いつきと。
感と。
気分。
そいつだけで。
やってきたんだから。

これからも。
そいつらと共に。
少し熱い思いでも。
仲間に加えて。
行くしかないんだな。

大切なものは。
思いでも。
ブルースも。
魂も。
遺してきたから。
行くだけさ。

不器用だからな。
小器用な秀才の真似はできん。
間違っても出来ん。
不器用なまま。
そのまま。思うがままに行くんだな。

後悔などしたくないんだ。



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2015/09/19 Sat *悪夢が来たりて / J. Geils Band

20150919nightmaresukorg


追われる。
追い詰められる。
必死に。
逃げる。
逃げているのだが。

何故か。
足が空回り。
気持ちだけ前へ。
身体がついてこない。
もどかしい、なんてものじゃない。

探す。
出口を探す。
必死に。
見回す。
見回しているのだが。

何故か。
どの扉も。塞がっている。
どのエレベーターも。上がってこない。
どの回廊も。迷路になっている。
焦る、なんてものじゃない。

いつの間にか。
繋いでいた手が離れている。
手を繋いでいたあの娘が消えている。
なのに。誰かがしがみついている。
混乱する、なんてものじゃない。

遂に。
行き止まり。
袋小路。
断崖絶壁。
それでも。観念する気にはなれない・・・

『Nightmares…And Other Tales From The Vinyl Jungle』'74年リリース。
何やら不気味で意味あり気なタイトルとジャケットが嫌でも印象に残る。
そんなJ.ガイルズ・バンドのアルバム。何だか“らしくない”気がしもするのですが。
'70年代中頃は。他のアルバムでもジャケットに趣向をこらしていたりもしますし。
何よりも。肝心の中味は。いつものJ.ガイルズ・バンドなので。いいんですけどね。
(当時の邦題は『悪夢とヴィニール・ジャングル』だったかな。B級ホラーだなぁ・・・)
さて。'70年代中頃、アトランティック時代のJ.ガイルズ・バンドとくれば。
そりゃもう、ブルースやソウルをベースにした御機嫌なロックンロールをビシッと決めて。
そのダンディで男臭いカッコ良さったら、他の追随を許さないところがあったんですよね。
しかし。ライヴは大評判で。ライヴ・アルバムはそれなりに売れるんだけど。
どうも。オリジナル・アルバムがいま一つセールス的には伸び悩み続けて。それが原因で。
後にEMIに移籍して。だんだんと。洗練され過ぎちゃって。大ヒットは放ったものの。
毒にも薬にもならないサウンドに嫌気がさしたピーター・ウルフが脱退。やがて解散と。
遡って考えると。このバリバリにカッコいい時代に何故か売れなかったのが不幸の始まり。
既に悪夢は忍び寄っていたと。まったく洒落にもなりゃしないってのはこう言うことかな。
中身はね。くどいですけど。カッコいいんですよ。もう、最高に御機嫌でね。
針を落としてA面頭の「Detroit Breakdown」が始まった瞬間に勝負ありってくらいににね。
「Must Of Got Lost」なんてのもいいしね。よくストーンズと比較されてましたが。
ハッキリ言うと。ストーンズと比較したらスケールは落ちる、その面ではB級バンド。
でも。同時期のストーンズに無いB級ならではの。決め過ぎなくらいの洒落者の小粋さ。
街角の顔役のカッコ良さがね。この頃のJ.ガイルズ・バンドには満ち溢れているのです。
そのフロントで歌もMCもアクションも抜群の伊達男だったのがピーターで。
あのフェイ・ダナウェイを落としたんですからね。それだけで。そのカッコ良さは保証付きってもんです。

追う。
追い詰める。
必死に。
走る。
走っているのだが。

何故か。
足がもつれて。
背中が見えていたのに。
距離が遠のいていく。
もどかしい、なんてものじゃない。

探す。
行方を探す。
必死に。
見回す。
見回しているのだが。

何故か。
どの部屋にも。そいつはいない。
どのエレベーターからも。出てこない。
どの回廊を。何周しても影も見えない。
焦る、なんてものじゃない。

いつの間にか。
聞えていた声が消えている。
共に追っていたあの娘が消えている。
なのに。何処かから笑い声がする。
混乱する、なんてものじゃない。

遂に。
行き止まり。
袋小路。
断崖絶壁。
それでも。諦念する気にはなれなくて・・・

追いつかれてたまるか。
絶対に逃げてみせる。
出口を見つけて。
エレベーターに乗って。
回廊を抜けて。出口を開けて。

あの娘の手を離さずに。
あの娘を見失わずに。
そいつから。
その手から。
逃げおおせてみせる。なのに・・・

追いついてみせる。
絶対に捕まえてみせる。
影を見つけて。
エレベーターから降りてきたところを。
回廊を走っているところを。抑えてやる。

あの娘と共に。
あの娘を見失わずに。
そいつを。
その手を。
掴んでみせる。なのに・・・

気づくと。
誰もいない。
あの娘も。
そいつも。
闇の中にただ一人。

薄明り。
笑い声。
その扉を。
開けたいのに。
手が滑って力が入らない。

ふっと。
扉が開いて。
一瞬、何かが過ぎって。
次の瞬間。
あっ!あぁっ!あぁぁっ・・・

そいつの足音。
そいつの背中。
あの娘の手の感触。
あの娘の笑い声。
あの娘の白い肌と・・・

夢で良かった。
ほっと一息。
もう一度。
寝ようとして。
躊躇する。

白い肌だけならいいのだけれど・・・



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2015/09/18 Fri *海賊王は目指さねど / Rickie Lee Jones

20150918pirtates


終りだ。
誰が。
何を言おうと。
今日は。
そして暫くは。終りだ。

ちょいと。
長めの束の間の。
休息だ。
のんびりと。
ゆっくりと。

しかし。
ちょいと。
脱け出して。
何処かを。
目指して。

ちょいと。
日常は。
置いといて。
少しばかり。
非日常の中へ。

いつかは。
帰還するにしても。
楽しみに出かけよう。
ひょっとしたら。
そのままに。

そいつは。
そいつも。
その時に。
感じるままに。
赴くままに。

『Pirates』'81年リリース。
リッキー・リー・ジョーンズの2ndアルバム。
ブラッサイの“Lovers”を使用したジャケット。
そのモノクロームの一葉が、このアルバム、そしてリッキーの音楽を。
あまりにも見事に捉えているので。それ以上、語ることも無いのですが。
このアルバム1stアルバムから2年半の間隔が空いているのですね。
今では別に驚くことではありませんが。当時としては珍しいと言うか。
幾ら1stが大ヒットしたとは言え。未だ新人の部類なのにそれが許された。
そこにリッキーに対するレコード会社の期待と信頼が窺えます・・・なんて。
きっとね。レコード会社は焦れてたと思うのですが。リッキーが我関せずだったと。
それが真相だと思うのですね。凛として悠然と。納得するまで録音していたと。
その頑固とも言える、独自のタイム感、そいつがね。リッキーの音楽の魅力でもあると。
物憂げで、ジャージーで。なんて紋切型では片づけられないものがあるのです。
スローなナンバーにも躍動感があり。逆にアップなナンバーにもダウナーな感覚がある。
そして。地に足が着いている様で。実はいつも。どのナンバーでも漂っている。
そうした漂泊者、流離うものとしての魂を宿して。日常に留まることを良しとはしない。
その、軽々とハレとケの境界を飛び越える自由さ。それを支える頑固で強靭な心。
それが。リッキーを他の女性シンガーと隔てているものだと思います。
もう20年以上前ですが。来日公演のステージ上で生き生きと歌い踊るリッキー。
その姿に我を忘れて見惚れていたのを思い出します・・・
見惚れると言えばその美脚。このアルバムのインナー・スリーブなど陶然とさせられます。
特に男性諸氏。是非、アナログ盤を入手してご覧になることをお勧めします(笑)。

始まりだ。
誰が。
何を言おうと。
今夜から。
そう今から。始まりだ。

ちょいと。
長めの束の間の。
休暇だ。
急くことはない。
焦ることもない。

しかし。
ちょいと。
漂流して。
何処かに。
辿り着いて。

ちょいと。
ケは。
置いといて。
少しばかり。
ハレの中へ。

いつかは。
帰還するにしても。
遊びに出かけよう。
もしかしたら。
そのままに。

そいつは。
そいつも。
その時に。
聞えるままに。
誘われるままに。

海でも。
空でも。
路上でも。
何処でも。
構わない。

ちょいと。
踏み出して。
ひょいと。
乗り越えて。
後は。

流れのままに。
漂い。
流離い。
遊んで。
楽しんで。

束の間。
ちょいと長めに。
此処から。
離れて。
何処かへと。

帆を上げて。
舫いを解いて。
岸壁を蹴って。
手を振って。
寝転がろう。

そう。
帰還する。
その時まで。
でも。もしかしたら。
そのままに・・・



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2015/09/17 Thu *この日、この夜 / Neil Young

20150917tonight


この夜。
雨の中。
大切なものが。
死出の旅路についた。
おそらく。呼び戻しはできないだろう。

独善的で。
独裁的な。
黒い雲が広がり。
黒い雨を降らせながら。
人々の声を無視し。

己の。
幼稚で。
稚拙な。
欲望を満たす。
その為にだけ。

この国の。
根幹を。
姿を。
思うが儘に。
変えようとしている。

その為に。
手段を選ばず。
暴挙を強行し。
この国の誇るべきものを。
死地へと追いやろうとしている。

この夜。
この雨。
そいつを。
先ずは。
胸に刻もう。

『Tonight’s The Night』'75年リリース。
ニール・ヤングのアルバムの中でも。際立って赤裸々で悲痛なアルバム。
'73年にニールは二人のかけがえのない友人を相次いで亡くすことになります。
一人はクレイジー・ホースのメンバーのダニー・ウィットン。
もう一人はローディのブルース・ペリー。死因はどちらもドラッグによるもものでした。
(因みにダニーはあの名曲「I Don’t Wanna Talk About It」の作者でもあります)
衝撃を受けたニールは残されたクライジー・ホースのメンバーやニルス・ロフグレン等と。
二人の追悼アルバムを制作しようとスタジオに入ります・・・入りはしたのですが。
しかし予想以上の衝撃の大きさと重さに。思う様にレコーディングは進まず。
疲弊し荒んだニールは。あるとんでもない手段を思いつきます。
それはニールも含むメンバー全員が泥酔するまでテキーラを飲んで。その状態で録音する。
その極限状態の中からしか二人を追悼する歌は生まれてこないと。そう考えて。
そして実行してしまったのですね。そこが実にニールらしいと言うか、凄いところですが。
曲そのものは素晴らしく。特に「Tonight’s The Night」と「Mellow My Mind」は。
ニールの作品の中でも特筆されるものですが。何せ泥酔状態の歌声と演奏ですからね。
否、それこそが。本当の追悼の意が込められた鎮魂歌であり、決意表明でもあるのですが。
レコード会社からは商品として発売できるレベルに無いとしてお蔵入りさせられてしまい。
陽の目を見ることは無くなった筈ですが。偶々そのテープを聴いたミュージシャン達。
リック・ダンコとかだったかな。その援助もあって。録音されてから2年の歳月を経て。
ダニー存命時のライヴ音源なども加えてようやくリリースに至ったと。
確かにヘロヘロな部分もあるし。何よりもあまりにも痛ましい魂の記録でもあり。
しかし。そこに刻まれた真に悲痛な追悼の叫びと。泥酔しながらも真摯な決意表明と。
逝ってしまったものを心から悼み、心に刻み。そしてそれを抱えて傷だらけで進み続ける。
そんなニールの魂の歌声は、一度は耳にすべきだと思います。繰り返し聴くのは辛いですけどね。


この夜。
部屋の中。
死出の旅路に追いやられた。
大切なものの背中を見送りつつ。
沸き上がる。怒りを胸の内に溜め込む。

独善的で。
独裁的で。
人々の声を無視し。
誰にも止めることができない。
黒雲の広がり。降りしきる黒い雨。

その。
幼稚で。
稚拙な。
欲望の前に。
なす術を持たない現実。

この国の。
根幹を。
姿を。
思うが儘に変えられても。
遠くから叫ぶしかできない現実。

手段を選ばず。
暴挙を強行し。
この国の誇るべきものを。
死地へと追いやろうとしている奴等の。
高笑いをただ耳にするしかない屈辱。

この夜。
この雨。
この屈辱を。
先ずは。
胸に刻もう。

この黒い雲を。
この黒い雨を。
この愚行を。
この蛮行を。
呼び起こしたのは誰だ。

お前は。
その気配に気づきながら。
足音を耳にしながら。
見ようとしなかった。
聞こうとしなかった。

お前は。
無自覚に。
加担したのではない。
自覚しながら。
加担したのだ。

ならば。
その責任は。
そのけじめは。
自分自信で。
つけなきゃならない。

この夜。
この雨。
その責任を。
先ずは。
胸に刻んだら。

後は。
挑むだけだ。
闘うだけだ。
終わるまで。
最後まで。

何でもありの。
仁義なき闘いを。
仕掛けられたのだ。
ならばこちらも。
何でもありだ。仁義もなしだ。

今夜。
しでかしたことの。
重さを。代償を。
刺し違えてでも思い知らせてやる。
それのみが。自分の罪を償う手立てなのだ。

この夜。
この雨。
この屈辱を。
先ずは。
胸に刻もう。

後は、仁義なき闘いを始めるだけだ。



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2015/09/16 Wed *二人。だけでなく / Hot Tuna

20150916finalvinyl


再会。
懐かしく。
しかし。
壁などなく。
昔のままに。

話し始めれば。
互いの。
言葉の。
その行間まで。
読めてしまい。

時のたつのも忘れ。
語り。
聞き。
語り合い。
笑い合い。

変わらぬ。
信頼と親愛。
それが。
一人ではないと。
確認させてくれる。

それだけで。
また。
止まりかけていた。
針が時を刻みだす。
まだ行ける筈だよと。

ここに。
いるのは。
二人。
でも。
それだけではないのだから。

『Final Vinyl』’79年リリース。
ジェファーソン・エアプレインから派生したホット・ツナ。
ヨーマ・コウコネンとジャック・キャサディの2人がブルースを演奏する為にと。
別ユニットとして活動を始めて。’70年代中頃には本家から分離独立して。
ホット・ツナに専念する様になったのでした。兎に角、ブルースへの愛に溢れてて。
この初めてのベスト・アルバムはA面がアコースティック、B面がエレクトリックで。
これでもかと愛情のこもったブルースを聴かせてくれています。
‘70年~’77年の間にリリースした8枚のアルバムからバランスよく選曲されていて。
ライヴならではの“ホット”な演奏も楽しめるので。入門版としても最適かも。
アルバム・タイトルが意味深なのですが。この時期に一度解散でもしたのかな。
その辺りの事情は不勉強にして疎いのですが。いま現在も活動していて。
確か、’14年には来日もしてたと記憶しています。さてと。一聴すると地味ですが。
聴けば聴くほど味が出てくるのが。ホット・ツナならではの魅力で。
コウコネンとキャサディのコンビネーションも。初めは少し手探り。やがて火花散らして。
そして。実に息の合ったいい塩梅になっていくと。そこらの変遷と言うか。
2人のコンビネーション、その時々の練れ具合とか、絡み具合も楽しめるのがいいかな。
米国のホワイト・ブルースと言うと。どうしてもポール・バターフィールドとか。
マイケル・ブルームフィールドとか。キャンド・ヒートとの名前が先に挙がりますが。
どうして。どうして。コウコネンとキャサディの信頼と親愛。その強固で柔軟な関係。
そこから生み出されるブルースの行間まで楽しませてくれるホット・ツナの存在も。
忘れてもらっちゃこまいますぜと。そしてそんな2人を生み出した。
ジェファーソン・プレインも含むシスコのシーンや、独立後も支援し続けたファンの存在。
2人でありながら。2人だけじゃない。そんな力強さを感じさせてもくれたりするのです。

出会い。
ぎこちなく。
しかし。
徐々に解れて。
新鮮に。

話し始めれば。
お互いの。
言葉の。
その行間まで。
読み取りたくて。

ふと気がつけば。
語り。
聞き。
語り合っている。
笑い合いっている。

生まれる。
信頼と親愛。
それが。
一人ではないと。
認識させてくれる。

それだけで。
また。
錆びかけていた。
螺子が時を刻みだす。
まだ先もある筈だと。

ここに。
いるのは。
二人。
でも。
それだけとは限らないのだから。

再会。
旧知。
そこには。
懐かしさがあり。
安心して行けよと見守ってくれる。

出会い。
知り合い。
そこには。
新鮮さがあり。
刺激と共に行きましょうよと見詰めてくれる。

一人では。
動かせなかった針が動きだし。
巻く気も無かった螺子も巻き戻し。
新たな時を刻もうと。
そんな気持ちにさせてくれる。

その。
顔合わせが。
取り合せが。
奇妙でも。
新奇でも。

それだからこそ。
力が。思いが。
何倍にもなる。
予想もしないものを生み出す。
そいつが面白い。

それが。
より広い世界を呼び起こしもするし。
元の世界の変化を引き起こしもする。
そいつがある筈だと知っているから。
生きることをなかなか止められないでいるのかな。



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2015/09/15 Tue *化粧と素顔と / Flower Travellin' Band

20150915makeup


今日は今日の。
顔がある。姿がある。
そいつを。
見極め。創り上げ。
覚悟を決めて外へと出る。

今日は今日の。
相手がいる。闘いがある。
そいつと。
少なくとも。互角以上に。
渡り合えなければ意味がない。

仮面を被り。
衣装を纏い。
素顔を隠し。
精神も隠し。
その場へと向かう。

今日を。
生きる為。
今日を。
生き延びる為。
メイクアップが必要だ。

メイクして。
武装して。
己のみのスタイルで。
今日一日と言う。
闘いの場に臨む。

千の仮面。
それでも足りない。
日々、異なる。
顔と姿。
そいつをどこまで用意できるか。鍵はそこにある。

『Make Up』'73年リリース。
フラワー・トラベリン・バンドの4thにしてラスト・アルバム。
(ご存じの様に。30年以上の時を経て再結成されていますが)
元々はタイガースをナベプロに強奪された内田裕也がその代償として。
‘60年代後半の欧米への遊行を許されて(体のいい海外追放とも言う)。
そこで全盛期のロックを、その身を以て体感して帰国して。
さぁ、逆襲とばかりにフラワーズを結成して活動を開始するも。
ヴォーカルの麻生レミとギタリストが脱退して渡米してしまい・・・
残党となったジョー山中や石間秀樹等と共に新たに結成した本格的なロック・バンド。
それがフラワー・トラベリン・バンドの始まりで。
大阪万博のライヴで共演したカナダのバンド、エジソン・ライトハウスに誘われて。
カナダに渡って地道に活動を続け。2ndアルバム『Satori』がカナダでチャートに入り。
日本のロックの海外進出に先鞭をつけて意気揚々と帰国してみたらフォーク・ブームの真っ只中で。
孤軍奮闘するも。認めてもらえず。契約枚数消化の為とも言われるこのアルバムを制作と。
どうにも。こうにも。悲劇と言うか、悲運に見舞われ続けたのではありますが。
その実力が当時の欧米のロック・バンドにも一歩も引けを取らないものであったことは。
このスタジオ録音とライヴ録音が雑然と配置されただけの2枚組アルバムからも。
十分に伺うことができます。ジョーのヴォーカルも。バンドのサウンドも。
その鋼の如き輝きと、強靭さ、重厚さは世界でもトップ・クラスだったのだろうと。
恐らく。バンド名を伏せて聴かせたら。間違いなく日本のバンドとは思われないだろうと。
それだけの表の顔、武器、メイクアップを成し遂げた。その壮大な破壊力は凄まじいなと。
一方で。何故か。漂う東洋の、日本の残り香。そこに裏の顔、日本人としての素顔と矜持。
それを見失わなかったからこその。個性も感じられて。実に素晴らしいアルバムとなっています。
今の時代、洋楽も邦楽も無い時代に。世界で勝負させたかったと。そう思わずにいられないのです。

今日は今日の。
顔がいる。姿がいる。
そいつを。
見定め。造り直し。
覚悟も新たに外へと出る。

今日は今日で。
相手にも出方が、闘い方がある。
そいつを。
可能な限り。予測して。
何手かでも先をいかなければ意味がない。

仮面を被り。
衣装を纏い。
表情を隠し。
心内も隠し。
その場へと向かう。

今日を。
生きる限り。
今日を。
明日につなげる為。
メイクアップが必要だ。

メイクして。
武装して。
己のみのスタンスで。
今日一日と言う。
闘いの場に挑む。

千の仮面。
それでも満たされない。
日々、異なる。
顔と姿。そして心。
そいつをどこまで駆使できるか。鍵はそこにある。

己のみの。
己だけの。
仮面と衣装。
己の。
メイクアップ。

そいつを。
用意した時に。
そいつを。
駆使する時に。
どこまで自信を保てるか。

己のみの。
己だけの。
素顔と精神。
表情と心内。
仮面の、衣装の、メイクアップの裏側。

そいつを。
どこまで信じられるか。
そいつを。
どれだけ変化させられるか。
どこまで強化できるか。

メイクアップの。
外側と内側。
その足並みが揃い。
共鳴させられた時。
初めて明日の朝陽を見れると確信できるのだ。



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2015/09/14 Mon *殺すなら / Sheena & The Rokkets

20150914newhippies


同じ。
刺激なら。
悪意や。
独善から。
生まれたものでなく。

同じ。
刺激でも。
愛情や。
共感から。
生まれたものがいい。

そう思わない?
そう感じない?

どうせなら。
楽しく。
どうせなら。
愉快に。
どうせなら。
甘い夢を見ながら。

苦労とか。
困難とか。
挫折とか。
苦い思いとかは。
どうせ味わうのだから。

だから。
尚更。
楽しく。愉快に。
愛情や共感から生まれる。
刺激を味わおう。

悪夢は見せるな。甘い夢を見ていたい。

『New Hippies』'84年リリース。
シーナ&ザ・ロケッツのビクター移籍第一弾のアルバム。
アルファからの移籍が決まったものの。シーナが妊娠して。
先ずは妊婦のシーナのソロ・アルバムがリリースされて。
続いてシーナ抜きのロケッツのアルバムがリリースされて。
そして満を持してこのアルバムがリリースされたのでした(だと思います・・・)。
産休明けのシーナの体調を気遣ったのか。それともシーナ抜きで録音を始めていたのか。
誠ちゃんとシーナが交互にリード・ヴォーカルを取っています。
(ジョンとヨーコのアルバムを。ジョンの育休明けのアルバムを意識したのかも・・・)
兎に角。そんな訳で。数あるシナロケのアルバムの中でも異色ではあるのですが。
シーナの歌う「スイート・インスピレーション」とか「プリティ・リトル・ボーイ」とか。
誠ちゃんの歌う「夢のパラダイス」とか「バックドア・マン」とか。
後年までライヴのレパートリーとなったナンバーが収められているアルバムでもあります。
特に「スイート・インスピレーション」と「プリティ・リトル・ボーイ」がですね。
もう。その弾ける楽しさ、その砂糖菓子の様な甘さ。シーナの魅力全開の。
そんな御機嫌なロックンロールで。これに刺激を受けなきゃ、何かを感じなきゃ。
それはロックンロール不感症だぜと。そこまで言いたくなってしまうんですよね。
ハッキリ言って。シーナの声ってのは決して美声じゃ無いし。歌も格別上手くないけど。
それとは関係なく。人を惹きつける、人を魅了する力を備えていたんですよね。
それは何か。多少大袈裟に言えば。人に夢を見せて、その夢に共感させる。
そんな巫女(あるいは魔女かな)の様な力が宿っていたんですよね。
皆で、夢を見ようよ。一緒に楽しもうよ。頑張ろうよ。ロックンロールしようよってね。
それが。大きな力に、勇気に繋がるであろうと。シーナは強く信じていたんだろうなぁ・・・

同じ。
感応なら。
敵意や。
排他や。
そんなものでなく。

同じ。
感応でも。
敬意や。
受容や。
そんなものに応じたい。

そう思わない?
そう感じない?

どうせなら。
お互いに。
どうせなら。
手を取り合い。
どうせなら。
甘い思いを抱きながら。

批判とか。
非難とか。
差別とか。
してないつもりでも。
ついつい陥ってしまうのだから。

だから。
尚更。
お互いに。手を取り合って。
敬意や受容から生まれる。
ものに感応しよう。

独りにさせるな。
共に並んで歩きたい。

何故。
わざわざ。
敵を作る。
必要以上に。
危機をあおる。

何故。
そんなに。
言を弄して。
策を弄して。
欺こうとする。

何故。
そこまで。
稚拙に。
横暴に。
事を急ぐ。

そこに。
あるのは。
悪意や独善。
感じられるのは。
敵意や排他。

そんなものに与したい?
そんなものに徒みしたい?

誰かを。
射止めたいなら。
仕留めたいなら。
権力でも。武力でもなく。
惹きつけてみろ。魅了してみろ。

銃弾で殺すな。
甘いキッスで殺せ。

そう思いません?
そう感じません?



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2015/09/12 Sat *親父、爺様、曾爺様、大親分 / Muddy Waters

20150912thebestofmuddywatersjp


その子が。
泥水を。
産湯に使ってでも。
生まれてこなかったら。
そうだな。

たぶん。
この世の中は。
まぁ。
今でも。
退屈で下らないけれど。

もっと。もっと。
どうしようもない。
世の中で。
何の救いもない。
そんな真っ暗闇だったかも。

無事に育った。
その子が。
綿花畑で働きながら。
歌い始めた時。
この世の中に。

今までにない。
新しい。
一筋の光が。
一つの希望が。
生まれたのだな。

そんなことは。
俺の知ったことじゃねぇやと。
あんたは。
照れ笑いを浮かべながら。
どんなもんだいと笑うのだろうな。

『The Best Of Muddy Waters』'69年リリース。
生誕100年を迎えた。ブルースの親分、マディ・ウォーターズ。
そのマディが(恐らく)日本で初めて紹介されたアルバム。
日本ビクターのブルース・シリーズの1枚として日本独自編集。
そして日本独自のジャケット。日本のブルース・ファンが待ち望んだアルバム。
数多くのファンが。繰り返し、繰り返し針を落とし。擦り切れるまで聴いたアルバム。
そのファンの中から日本のロック、ブルースの黎明期を支えたつわもの達が現れたと。
そう。だから。当然のことながら。マディは日本のブルースやロックの生みの親でもある。
内容は黄金のチェス時代。その’40年代末から’50年代中頃の録音から。
ヒット曲、名曲。選りすぐられたマディを象徴する12曲が収録されています。
今では同名のチェスのオリジナル・アルバムも日本盤で気軽に入手できるので。
先ずはそちらを聴くのが筋だとは思いますが(収録曲は殆どダブっているしね)。
この見事にマディのブルースの何たるかを描いたジャケットも含めて。
日本版の『The Best Of Muddy Waters』もチェスのオリジナル・アルバムに負けない。
日本が世界に誇るべきブルース・アルバムの名盤、傑作と呼んでもいいのではないかと。
確かオリジナル・アルバムが国内盤としてP-VINE初めてリリースされたのは十数年後で。
その年月を考えると。確かに今では価値を見出しにくいアルバムであったとしても。
その功績は。多大なるものとして称賛され、記憶されるに値するものだと思うのです。
改めて聴くと。ストレートで、エロくて、エグくて、真っ黒なマディのブルース。
しかし。そこに戦後のシカゴ・ブルースならではの洒脱な感覚も持ち合わせていて。
だからこそ。ゲットーの黒人達だけでなく。海を渡って英国の若者達の。
そして。この東洋の島国の若者達のアンテナにも引っ掛かって。燻る魂に火をつけたと。
そこから生まれ。今に続く。延々と転がり続けているものから我々が受けた恩恵。
それを思う時。マディの偉大さに改めて、敬意を払い。謝意を伝えたくなるのです。

その男が。
煮え湯を。
飲まされながらも。
転がり続けなかったら。
そうだな。

たぶん。
この世の中は。
まぁ。
未だに。
退屈で下らないままで。

もっと。もっと。
どうしようもない。
世の中のままで。
何の救いもない。
お先真っ暗な世の中だったかも。

綿花畑から脱け出した。
その男が。
シカゴの街角で。
歌い始めた時。
この世の中に。

今までにない。
新しい。
一筋の光が。
一つの希望が。
輝き始めたのだな。

そんなことは。
俺は考えたこともねぇやと。
あんたは。
正直に振り返りながら。
大したものだろうと胸を張るのだろうな。

凍てつく。
シカゴの街角。
その片隅から。
転がり始めて。
やがてアメリカ中を転がり、転がして。

苔むす暇もないくらい。
街から街へと転がりながら。
エロくて、エグくて。
でも。ストレートな思いを。
熱く叫びながら。転がり続けて。

やがては。
海をも渡り。
世界を股にかけて。
種をつけながら.
転がって。転がり続けて。

気がついたら。
世界の。
あらゆる。
街角と言う街角に。
子供が生まれていて。

親譲りの。
時には親以上の。
エロくて、エグくて、ストレートな。
子供達も。
世界に向かって熱く叫びながら。

親の背を追う様に。
その魂を引き継ぐ様に。
世界を股にかけて。
種をつけながら。
転がって。転がり続けて。

今じゃ。
世界中の街角で。
その親の。
子供達が。孫達が。曾孫達が。
世界に向かって熱く叫んでいる。

それが。
退屈で下らない世界に。
残された。
最後の。唯一の。
希望になろうとしている。

そうかい。
俺も少しは世の中の役に立ったみてぇだなと。
あんたは。
皮肉交じりに笑いながらも。
親父の。祖父の。曽祖父の顔を見せるのだろうな。

親父。
爺様。
曾爺様。
大親分。
ありがとう。俺達もまだまだ転がり続けるぜ。



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2015/09/11 Fri *貫禄負け / Koko Taylor

20150911anaudiencewiththequeen


貫禄負け。

まぁ。
その一言。
端から。
勝てるなどとは。
思ってもいないので。

結果について。
文句は無いが。
こうも。
見事に。
やられてしまうと。

そりゃ。
まぁ。
多少なりとも。
悔しくもある。
あるけど。

どうやったって。
逆立ちしたって。
勝てっこ無いのだから。
いいんじゃないのと。
笑ってしまうしかない。

しかし。
同じ人間の筈なのに。
何故に。
かくも。
女性と言う生き物は逞しいのか。

悔しいが。
どうしたところで。
貫禄負けである。

『An Audience With The Queen』'87年リリース。
シカゴ・ブルース界の女王、ココ・テイラーのライヴ・アルバム。
ココと言うと。ウィリー・ディクソンにより見いだされ。
'60年代半ばにチェスからデビューしたことで知られて。
チェスで数多くのアーティストを手掛けた中でも。一番の秘蔵っ子だったと。
そのチェスでのヒット曲「Wang Dang Doodle」が代名詞ともなって。
男勝りのシャウターとして、その名を轟かせたと。
その点ではシカゴに留まらず。ビッグ・ママ・ソーントンに代わる。
ブルース界の女王と言ってもいいのかもしれません。うん、そうかな。
そんなココ。実はチェスよりも。'75年に移籍したアリゲータ時代こそが。
よりその真価を発揮した時代だったかなとも思います。そうだな。
ディクソンの下を離れて独り立ちを果たして。バックのサウンドもモダンになって。
そのモダンに、豪快になっていくブルースの波を上手く捉えて。より深みを増した歌声。
そいつを駆使して、熱く豪快にシャウトし。熱くディープに泣かせてみせる。
ハッキリ言って。チェスには既にココの成長を支えるだけの力が残って無かったと。
故に新興レーベルのアリゲーターの勢いが必要だった、水が合ったのだと思われます。
それにしても。なんと力強く、貫禄に溢れ。そして慈愛まで感じさせる歌声であることか。
やや単調なきらいもありますが。それでも。その歌声には抱きしめられたくなります。
このライヴの翌年ココは大怪我をして九死に一生を得ますが。復帰までに数年間を要しています。
その意味でも。アリゲーター移籍後、脂の乗り切っていたココのライヴ。貴重なのです。

貫禄負け。

まぁ。
一言に尽きる。
一度も。
勝てる気がしたことなど。
ありもしないので。

結果は見えていて。
癖のつけようもないが。
こうも。
見事に。
やられ続けてると。

そりゃ。
まぁ。
多少なりとも。
情けなくもある。
あるけど。

どうやったって。
何をどうしたって。
勝ったことが無いのだから。
もう。いいかなと。
笑っているのが関の山。

しかし。
同じ人間なのは間違いないのに。
何故に。
かくも。
女性と言う生き物は美しいのか。

悔しいが。
どう足掻いたところで。
貫禄負けである。

かしましく。
賑やかで。
笑い飛ばして。
逞しく。
生き抜いている。

か細く。
慎ましやかで。
したたかな笑みを浮かべて。
逞しく。
生き抜いてみせる。

哀しみも。
憎しみも。
怒りも。
魂からの声にして。
下手な同情など寄せ付けない。

それでいて。
いつも。
美しく。
時に妖しく。
歌い、舞い踊ってみせる。

その。
意志の強さ。
懐の深さ。
心根の温かさ。
生命の源として輝きながら。

酒焼けしようが。
千鳥足になろうが。
顔で笑って。
心で泣いて。
それでも大地を踏みしめ前進している。

その逞しさ。
その美しさ。
やはり。
完全に。
貫禄負けである。

でも。
だから。
愛しくて。愛して止まないんだよな。馬鹿だね、男ってのは(苦笑)。



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2015/09/10 Thu *相棒 / Buddy Guy & Junior Wells

20150910playsblues


その。
二人の。
息の。
手の。
合いかた。

そいつに。
いつもの様に。
魅せられ。
魅入られながらも。
溜息が漏れる。

言葉も。
何もいらない。
信頼関係。
阿吽の呼吸。
その自然な様。

こいつが。
好きなのだと。
こいつが。
生み出す。
共鳴が好きなのだと。

改めて。
感じながら。
今夜は。
やはり。
思い出さずにはいられない。

俺にも。
あんな。
相棒が。
いた。いてくれた。
そんな時もあったのだと。

『Play The Blues』'72年リリース。
元祖ブルース・ブラザーズ、バディ・ガイとジュニア・ウェルズ。
'50年代から活動を共にしながら。意外にも連名による初めてのアルバム。
全10曲中8曲がエリック・クラプトンもプロデュースに名を連ねた'70年の録音。
残る2曲がJ.ガイルズとマジック・ディックが参加した'72年の録音。
バディとウェルズで。それぞれほぼ均等にリーダーを務めていて。
ウェルズのセッションにはバディが、バディのセッションにはウェルズが絡んでいます。
('72年の録音にはマジック・ディックがいるのでウェルズは不参加です)
別々にキャリアをスタートさせた。バディとウェルズ。どこで接点が生まれたのか。
まぁ、'50年代のシカゴで共に期待の若手ギタリスト、ハーピストとして。
互いに騒がれていたので。ジャムやセッションをする機会は数多くあったと思いますが。
決定打となったのはジュニアの『Hoodoo Man Blues』だったと思われ。
ジュニアのハープや歌に。時に執拗に絡みつき、時に鋭く挑みかかる。
手のあいかた、阿吽の呼吸は見事なもので。『Hoodoo Man Blues』を傑作とすると共に。
お互いをベストの相棒として強く意識させ。また世間にも強烈に印象付けたと。
故にお互いにゾロ活動を続けながら。セッションやライヴでコンビとして活躍し続けたと。
どちらかと言うと。陰性で。ほっておくと何処までも深く陰湿なギターを弾くバディと。
陽性で、時にはしゃぎ過ぎて脱線する傾向のあったウェルズ。その2人が組むと。
上手い具合に刺激し合って、牽制し合って。時に嗾け、時に手綱を引き締め。
それが。言葉を必要としない。それこそ音を出しさえすれば。総てが解りあえてしまう。
そんな。ブルース史上にも稀な名コンビを生み出したのでしょうかね。
このアルバムは。ロック・ファンを意識し過ぎたかスッキリし過ぎてるかなと思いますが。
随所で。流石と思わせる絡みを披露して。聴く者の心を捕らえてしまう瞬間が堪りません。
ウェルズが言って十数年。今もブルースをやり続けるバディの背負ってるもの・・・ね。

その。
二人の。
奏でる。
二人ならではの。
ブルース。

そいつに。
今更の様に。
惹かれ、痺れ。
引きこまれながら。
思わず妬ましくなる。

言葉を。
必要としない。
会話、やり取り。
無言の絆。
その自然な強靭さ。

こいつに。
焦がれているのだと。
こいつが。
呼び起こす。
共感が好きなのだと。

改めて。
確信しながら。
今夜は。
やはり。
頭の中から離れない。

俺にも。
あんな。
相棒が。
いた。いてくれた。
そう。感じられた時もあったのだと。

毎晩の様に。
扉を開け。
カウンターを挟んで。
語るとも無しに。
グラスを傾けながら。

心の内を。
見透かした様な。
選曲に。
惹かれ。
くすぐられ。

負けるものかと。
先を読み。
リクエストして。
そうきますかとの。
顔を見て喜んで。

お互いの。
言葉よりも。音楽で。
会話を。駆け引きを楽しみ。
時に慰められ。
時に励まし。

そうして。
無言のうちに。
絆が生まれ。
その素顔に接し。
同じ匂いを嗅ぎ取り。

そう。
相棒だったのだ。
楽器を手にせずとも。
お互いの心で。
ブルースを、ロックンロールを奏でていたのだ。

あの人が。
あいつが。
自分の意志で。
逝っちまった後。
雨後の筍の様に。

いきなり現れて。
大切な友人だった。
大切な後輩だった。
大切な先輩だった。
ほざきやがった奴等。

おい。どれだけ。
扉を開けた。
カウンターを挟んで。
グラスを傾けた。
どれだけ。言葉で構わない。会話をした。

ふざけるな。
お前達に。
何が分かる。
お前達に、何が語れる。
俺達の世界に気安く触れるな、消えて失せろ。

あぁ。
言っちまった。
まぁ、いいか。
もう。時効だよな。
止むを得んよな。

勝手に逝きやがって。暴言くらい吐かせろ。
遺された身にもなりやがれ。傷口も塞がらねぇ。
幾ら覚悟しても。背負いきれなくなりそうになる。
そんな瞬間が、そんな時間が増えていく。
時の流れなんか。総てを流してはくれないのさ。

より深く愛したものは。
より深く罰せられるか。
泣けてくるな。笑っちまうな。
俺にはその気は無いのにさ。
大の女好きの、この俺が何で罰を受けるのかね。

相棒。
あんたの為の。
涙なんか枯れちまった。枯れたことにしてきた。
だけど。今夜だけは少しはいいよな。
それしか。一人でブルースを奏でられないからな。

映画みたいに。
誰かがエンド・マークを出してはくれない。
ならば。そろそろ。
自分の手で。
エンド・マークを出す頃合いを見極めないとな。



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2015/09/09 Wed *雨の中の / Clifton Chenier

20150909louisianabluesandzydecojp


また雨。
毎日、雨。
何だか。
もう。こうなると。
湿地帯に生息しているみたいなもので。

ジメジメ。
ジトジト。
泥沼に足を取られて。
鬱々と。悶々と。
そんな時には。

心だけでも。
気分だけでも。
晴れやかに。
過ごせないものかと。
考えて。

色々と。
口に出せることも。
口に出せないことも。
楽しいことを。
あれやこれやと考えて。

想像。
妄想。
その世界に逃げ込んで。
笑って過ごしていようかなと。
怪しい人間に思われても。

元々が。
怪しいのだから。
今更でもあるしなと。
想像。妄想。膨らんで。
しまいには踊りだしたくなる程に。

『Louisiana Blues And Zydeco』'65年リリース。
ザディコの王様、クリフトン・シェニエのアーフリーにおける初めてのアルバム。
因みにザディコとはルイアジアナのケイジャン・ミュージックの一種で。
ルイジアナに移住してきたフランス人達が歌っていたフランス民謡と。
カントリー&ウェスタンが時に流れの中で融合されて独特の音楽になっていったと。
やがて。そこにブルースが入り込んで。混ざって。煮込まれて。ザディコが誕生したと。
元々ザディコとはケイジャン料理にも使われる、塩のきいてないインゲン豆を指す言葉。
それが訛ったものと言われていて。そしてザディコを代表する楽器がアコーディオンだと。
そのアコーディオンを駆使してザディコを世に広めたのがシェニエだったのです。
‘40年代後半から活動していて。素晴らしい録音も残しているシェニエですが。
米国でもその名が、ザディコが広く認知されたのはこのアルバム以降のことらしく。
まぁ、それだけアコーディオンとブルースとがイメージ的に結びつかなかったのかな。
(日本だと。未だに真っ先に思い出されるのはのど自慢の伴奏をされていた横森さんかな)
ところが。実のところ。アコーディオンとブルースの相性の良さときたら。
何故、シェニエ以前に誰も思いつかなかったのかと思われるほどに抜群で。
踊らずにいられない、楽しさが溢れ出すナンバーも。哀感漂うブルージーなナンバーも。
実に見事に奏でられるのです。こいつを思いつき、奏でてみせたシェニエ。実に見事で。
あの鍵盤と蛇腹を自在に操り、にこやかに弾きながら歌う姿が思い浮かぶのです。
そして。兄のクリーブランド・シェニエの奏でるウォッシュ・ボードの音色。
要は金属製の洗濯板を引っ掻く様に奏でる、その何ともチープな音色がまたご機嫌で。
ザディコを、シェニエを聴いて。踊りたくならないとしたら、それはつまらないなと。
それこそ。沼地のザリガニも、鯰も。何もかもを踊らせてしまう魅力に溢れているのです。

未だ雨。
明日も、雨。
何だか。
もう。こうなると。
湿地帯に生息しているも同じなので。

ジメジメも。
ジトジトも。友達にして。
泥沼に足を取られても。
危機と思わず。喜々として。
こんな時にも。

心も。
体も。
晴れやかに。
過ごしてしまえばこちらのものと。
考えて。

色々と。
明るみにできることも。
明るみにできないことも。
喜ばしいことを。
あれやこれやと考えて。

想像。
妄想。
その世界に飛び込んで。
踊って過ごしてみようかと。
怪しい人間に見えようとも。

元来が。
怪しいのだから。
今更でもあるしなと。
想像、妄想。膨らませて。
リズムに乗って踊ってしまえと。

鯛や鮃じゃないけれど。
海老や蟹に。
ザリガニに鯰も。
怪しくも、妖しく。
舞い踊り。

呪術のリズムが。
雨の中。
祝祭のリズムへと。
生まれ変わり。
踊りへと誘い始める。

足元の悪さも。
跳ねる泥も。
ものともせずに。
喜々として。
驚喜が狂喜に変わる時。

怪しくも。
妖しい。
リズムとダンス。
その熱気が冷たい雨を。
温かい湯気へと変える。

その時。
そのダンスの中心で。
その輪を密かに離れて。
リズムはそのままに。
茂みの中へ・・・

雨の日の妄想は。
実に心地良かったりするのです・・・



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2015/09/08 Tue *こんな雨の日には / Earl Hooker

20150908sweetblackangel


雨。
雨ね。
別に。
嫌いじゃないけど。
好きでもないか。

特に。
気温も含めて。
何だかハッキリしない。
季節の変わり目の雨は。
どうにもスッキリはしないかな。

空から。
落ちてくる雨粒や。
窓ガラスを。
滑っていく雨垂れを。
見るとはなしに見ていると。

何だか。
訳もなく。
我が心にも雨ぞ降るなどと。
呟いて。
憂鬱になったりもして。

こんな時。
何処からともなく。
天使でも現れて。
微笑みかけてくれればいいのにと。
それだけで。

雨垂れみたいな。
憂鬱も。
一発で。
拭い去れるのにと。
思って。溜息また一つ。

『Sweet Black Angel』'69年リリース。
シカゴのスライド・マスター、アール・フッカー。
アイク・ターナーをプロデューサーに迎えて制作されたアルバム。
雨の日に愛車(?)に乗り込もうとするフッカー。
ブルースマンにはやはりキャディラックがお似合いってとこでしょうか。
さて。ロバート・ナイト・ホークやエルモア・ジェイムスの影響を受けて。
その鋭く器用なスライドでミュージシャンズ・ミュージシャンとして。
絶大な人気を得て。数々のセッションでもその妙技を披露していたフッカー。
一方で。ジミヘンより速くワウワウを使い。
ジミー・ペイジより速くダブル。ネックギターを手にしていたと言う。
流行に敏感と言うか。新しもの好きな一面も強かった様で。
このアルバムでもワウワウを踏みまくっています。ちょっと踏み過ぎなくらいで。
自身のヴォーカルがあまり好きじゃ無かったとも言われていて。
殆どがインスト・ナンバーだったりもして。どうも軽く扱われがちなアルバムですが。
そもそも。フッカーのアルバム用のセッションなんてかぞえるほどしか無かったので。
いいんじゃない。好きにさせてあげればと。フッカー贔屓の自分なぞは思ってしまいます。
確かに物足りない部分もあるけれど。「Sweet Black Angel」なんかをサラリと。
しかも情感たっぷりに演奏されると。あぁ、やっぱりフッカーはいいなぁと。
肩入れしてしまうんですよね。暗く繊細なナイトホーク、ワイルドでタフなエルモア。
比較すると。洗練されてるのかな。それが淡泊ととられることもあるのでしょうが。
その飄々とした佇まいがそのまま表れた様なそのギター。そのサウンドが。
雨の日の憂鬱なんかを拭い去り、忘れさせてくれる様に思われたりもするのです。

雨。
雨ね。
別に。
好きでもないけど。
嫌いにもなりきれないか。

特に。
公私ともども。
何だかスッキリしない。
そんな日々の雨には。
何とかハッキリさせてほしいなと。

空の下。
色とりどりの傘の花。
黒く塗りつぶされたかの。
歩道や車道を。
見るとはなしに見下ろしていると。

何だか。
訳もなく。
我が心の雨が重く感じられて。
花の中に飛び降りてみるかなと。
呟いていたりもして。

こんな時。
気配も感じさせずに。
女神でも近寄ってきて。
不意に口づけでもしてくれればいいのにと。
それだけで。

魅入られそうな。
衝動も。
一撃で。
忘れ去れるのにと。
思って。溜息また一つ。

白衣でも。
黒衣でも。
天使でも。
女神でも。
構わない。

そうだな。
できれば。
艶やかな唇で。
妖しく裾を翻した。
女神が。

空から。
雨粒を従えて。
降ってきて。
雨垂れの様に。
その指先で我が心を撫でてくれれば。

少しは。
この憂鬱も。
晴れるのかな。
この衝動も。
抑えられるのかな。

そう。
女神も。天使も。
美しさの裏に。笑顔の裏に。
恐ろしく冷たい何かを秘めている。
それでもいい。

雨。
こんな雨の日は。
天使の様な女神の。
細い腕で。
殺められてみたくなる。



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2015/09/07 Mon *宿酔、二日酔い / Charles Brown

20150907driftingblues


うん?
未だ。
揺れている。
浮いている。
漂っている。

こいつは。
いつもの。
あいつだね。
抜け切れてない。
覚めてない。

所謂。
宿酔。
尤も。
昨夜は。
一滴も口にしてないのだが。

宿酔の原因。
その対象は。
何も。
いつも。
酒とは限らないから。

昨日までの。
終末の。
余韻の。
その酔いが。
未だ残っている。

そんな。
ところ。
そんな。
もの。
月曜日はそんなもの。

『Drifting Blues』'57年リリース。
ウェスト・コースト・ブルースの黎明期に。
そのスタイルの確立に大きく寄与したチャールズ・ブラウン。
代表曲であるタイトル・ナンバーの「Drifting Blues」を始めとして。
ヒット曲「Black Nite」等の’50年代前半の録音を集めたアルバム。
美女が波に揺れながらひと夏の思い出に浸っている、そんな連想をさせる。
このジャケットは勿論、「Drifting Blues」から想を得ているのでしょうが。
曲の内容は揺れ動き、浮き沈み、漂い続ける鬱々とした心情を歌ってるんですけどね。
まぁ、当時としては白人層にも買ってもらうには致し方ない商法だったと。
さて。甘く、そして哀愁を誘う様な歌声と歌唱法が独特なブラウン。
その魅力が最大の魅力を発揮するのは。都会の喧騒に疲れ果てた人々が。
一夜の息抜きを求めて集まる夜のしじまに流れる時かなとも思われて。
まるで。都会生活による疲弊と。それでも酔わずにいられない都会の魅力。
その間で迷い揺れて。結局は漂う心情を甘く切なくブルージーに歌うブラウン。
その歌声と歌唱法は絶大な人気を得ただけでなく。当然、影響も大きかったらしく。
ブラウン自身はブルース界のナット・キング・コール等とも称されて。
実際に意識していた様ですが。そのブラウンのスタイルを意識していたのが。
デビュー直後のレイ・チャールズで。確かにブラウンよりもより黒さを感じさせつつ。
聴く者を酔わせるバラード等には明らかにブラウンの影響が感じられます。
長い低迷期を経て。’80年代になって復活を果たすブラウンですが。
一番心地良く酔えるのは、やはり’50年代の甘く切なくブルージーなブラウンかな。

おや?
未だ。
揺れが収まらない。
浮いたまま。
漂い続けている。

こいつは。
いつもより。
あいつだね。
抜けるまで少しばかり。
覚めるまでかなり時間がかかるかな。

所謂。
二日酔い。
しかし。
昨夜は。
一滴も口にしてないのだから。

二日酔いの対応。
その方策は。
何も。
難しくは無い。
そいつは重々知りながら。

昨日までの。
週末の。
余韻の。
その酔いを。
未だ忘れたくない。

そんな。
ところ。
そんな。
もの。
月曜日はそんなもの。

まぁ。
そいつが。
月曜日だけで。
終われば。対応してしまえば。
いいのだが。

こいつが。
終わらない。
知りながら。
処置しないで。
浸っていたりもする。

そのまま。
浸ったまま。
揺れて。
浮いて。
漂っている。

そいつが。
断ち切れない。
そいつを。
断ち切らない。
漂い続け何処までも。

何処かで。
終止符を打たねばならない。
そいつを。
知りながら。
打とうとしないで。うとうとと。

宿酔。
二日酔い。
浸ったまま。漂い続けたくなる。
そいつは。
何に酔っているのかにも寄るけれど。

まぁ。あまり。早く覚めたくはないのだな・・・



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2015/09/04 Fri *神や仏は信じねど / Ben E. King

20150904supernatural


お天道様が。
見ているのか。
どうかは。
知らないけれど。
不思議なことに。

何故か。
色んな事が。
積み重なって。
あたふたしていたのに。
気づいてみたら。

なるように。
なっていた。
収まるところに。
収まっていた。
みたいな。

そんな時が。
稀にある。
いやいや。
そうはならないでしょう。
そんな筈。ないよね。

そう。
思うのだけど。
何故か。
結果的に。
それぞれが上手く補完し合って。

危機を回避。
悪くない結果で収まる。
予想外の減少で。
いい塩梅になってしまう。
不思議だよね。

『Supernatural』'75年リリース。
ベン・E.キングのアトランティック復帰第一弾となったアルバム。
‘70年代に入ると共に一旦はアトランティックを離れて。
心機一転を図ったベンですが。思う様な成果を上げることが出来ず。
あわや、そのまま懐メロ歌手への道を一直線に転落かとも思われましたが。
古巣であるアトランティックが手を差し伸べて。再起を図ることになったと。
そこで。当時流行の兆しを見せていたディスコのグルーヴも取り入れた。
そんな大胆なサウンドをバックに歌う新しいベンのスタイルが生まれたと。
ジャケットからして、今までの爽やかさを捨てて。ギラッと男臭さを強調。
なんか。無理してんじゃないかと。針を落とす前は不安が過ぎるのですが。
どうしてどうして。見事に新しいグルーヴをも乗りこなしてみせるベンがいます。
伊達にドリフターズの頃からダンス・ナンバーを歌ってたことじゃないってことで。
新しい魅力が炸裂。「Supernatural Thing Part.Ⅰ」「Supernatural Thing Part Ⅱ」と。
あの「Stand By Me」以来の大ヒットを記録することになるのです。
尤も。ベンの歌声自体には。あのどこまでも爽やかで懐かしい感じが漂っていて。
その歌声故に。バックのサウンドも抵抗なくソウル・ファンに受け入れられたのかなと。
どこまでも温かく優しく。聴く者の心の襞を慰撫する様な歌声。
それ故に愛されてきたキングです。その笑顔も魅力的で。
例えばこのジャケットも。よく見ると。その人柄の良さが滲み出てる気がするんですよね。
このアルバムのリリースから十数年後。来日公演を観に行きましたが。
声量は衰えていたものの。その歌声と笑顔で会場全体を包み込んで優しい気持ちにさせる。
ベンも。超自然的な力、精神の持ち主だったとのだなと感じるのです。

奴等が。
造形した。
不自然な神や仏など。
信じないけれど。
自然の力や流れは感じられる。

何故か。
色んな事が。
動き始めても。
慌てふためくこともなく。
落ち着いていられる。

なるように。
なると。
収まるところに。
収まるだろう。
みたいな。

そんな時が。
稀にある。
いやいや。
それは後から言えること。
それは結果論だよねと。

そう。
言われるのだけど。
何故か。
最初から。
この力の流れなら心配ないなと。

回避策をとるまでもなく。
流れのままに任せておけば。
案外、想定の範囲外だとしても。
いい加減に辿り着いている。
不思議だよね。

勿論。
そう。
いつも。
いつでも。
上手くいく訳でも無く。

積み重なって。
あたふたと。
そのままで。
何だかなって。
収まり方になってしまったり。

慌てず。
落ち着いて。
静観していたら。
流れが変わって。
予想もしないところに漂着してしまったり。

そんな時も。
あるけれど。
結果的には。
収まって。
辿り着いて。

やれやれと。
違うのではないかと。
誤ったのではないかと。
思い悩むのだが。
結局、いま。こうして。生きている。

ふと。
周囲を見渡して。
出逢いも。
巡り会いも。
この為だったのかと。

確かに。
別の収まり。
別の流れ。
それもあったのかも。
知れないが。

いま。
こうして。
いられる。
そこには。
自然の力と流れ。
それを司る自然を超えた何か。
自然を生み出した何かの意志があるなら。
まぁ、いいかなと思わないでもないのである。

納得いかない事、諦めきれない事・・・も。あるっちゃあるんだけどね(笑)。



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2015/09/03 Thu *垣根を越えて / Wilson Pickett

20150903heyjide


垣根を越えて。
扉をノックして。
扉が開かれ。
抱きしめ合い。
家へと迎え入れる。

そんな。
光景が。
普通になれば。
見慣れたものになって。
広がっていけば。

ひょっとして。
夢は夢で終わらずに。
理想は理想で終わらずに。
この嫌な感じの。
空気が変わるのかもしれない。

だとすれば。
先ずは最初の一歩。
勇気を出して。
垣根を越えて。
扉をノックする。

思いのほか。
頑固で。
依怙地で。
偏屈な。
自分の心を開けるか。

どうだろう。
踏み出せるだろうか。
どうだろう。
出来るだろうか。
躊躇いを振りきって。

『Hey Jude』'69年リリース。
ソウル界きっての伊達男、ウィルソン・ピケットの後期の代表作となるアルバム。
しかし。いつも思うのですが。ピケットほどの“ソウル顔”も滅多にいないなと。
なんか。見ているだけで。熱いソウルの匂いが漂ってくる様な・・・
さて。実はこのアルバム。曰くつきと言うか。制作当初は危機的な状況もあったと言うか。
今でこそ。例えばスタックスではMGズの様な白人も含むハウスバンドが存在した様に。
ソウル・ミュージック。そのサウンド創りには白人ミュージシャンも多大な貢献をしたと。
当たり前の様に語られていますが。人種差別の激しかった当時。余り知られることも無く。
また。ソウル・シンガーの中にもその事実をしって驚き。好まなかった人達もいて。
ピケットもそんな一人で。黒人ミュージシャンとのニュー・ヨーク録音を好んでいたと。
そんなピケット。レコード会社の意向もあって。南部はフェイム・スタジオに送られてと。
何で、既に成功を収めた大スターの俺様が、今更こんな綿花畑ばかりの南部に行くんだと。
しかも。ミュージシャンは白人ばっかりだと。相当、御立腹だったと本人も語ってました。
ところが。スタジオに入ったピケット。ミュージシャン達の演奏を聴いてブッ飛んだと。
そりゃ、何しろ。名うての名人達。フェイム・ギャングですからね。凄いの、凄くないの。
蟠りが解け、垣根を超えるピケット。そして止めを刺したのが、ある男の存在でした。
そう。自らのバンドでの活動が暗礁に乗り上げ。フェイム・スタジオで働いていた。
あの男、デュアン・オールマン。このオールマンが最終的にピケットの心を動かしたと。
タイトル・ナンバーでもある「Hey Jude」の録音を嫌がり、渋っていたピケット。
(因みに自分も「Hey Jude」は凡庸な、典型的なポールの失敗作だと思っています)
それが。デュアンがイントロのギターを爪弾き始めた瞬間に。何かが降りてきたと。
そしてピケットは迫真の歌声でもって、デュアンに応えてみせたと。
結果、凡庸なヒット曲が迫真のゴスペル・ソウルへと。姿を変えたのです。
垣根を越え、扉が開かれ。抱きしめ合い。お互いの方を叩き合い、笑顔で世界を変えたと。
そして。アルバムを締めくくるスロー・バラード「People Make The World Go Round」・・・
キング牧師に捧げられたとも言われるこのナンバーのピケットの歌声には。
体感した。世界が変わる、広がる瞬間。それを伝えようとの強い意志を感じるのです。

垣根を越えてきた。
誰かが扉をノックしたら。
扉を開いて。
手を握り。抱きしめ合い。
家へと迎え入れよう。

そんな。
光景を。
日常にできれば。
見慣れたものにできれば。
広められれば。

ひょっとして。
夢を夢で終わらせずに。
理想は理想として諦めずに。
この閉塞した。
気配を変えられるかもしれない。

だとすれば。
先ずは最初の一歩。
勇気を出して。
垣根を越えてきた。
扉をノックした誰か。

最初は。
頑固で。
依怙地で。
偏屈かもしれない。
そんな誰かを受け容れられるか。

どうだろう。
受け容れられるだろうか。
どうだろう。
勇気が持てるだろうか。
躊躇いを振りきって。

誰かと。
肩を叩き合い。
笑って。
出会いを。
喜びあえれば。

そんな。
出会いが。
増えれば。
広がれば。
空気も、気配も。

姿を変える。
嫌な匂いは霧散し。
閉塞感は解消され。
異なる世界と世界が。
歩み寄る意思を示す。

甘いかな。
夢は夢のまま。
理想は理想のまま。
そうだとしても。
それで終わるのだとしても。

垣根を超える。
扉をノックする。
抱きしめ合い。
迎え入れられる。受け容れてみせる。
そんな勇気は失いたくないんだな。



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2015/09/02 Wed *魂の奏でるもの / Arthur Conley

20150902sweetsoulmusicmono


魂が。
奏でる。
魂が。
踊りだす。
止まることなく。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
自分の魂を。
コントロールすることは出来ない。

魂が。
弾む。
魂が。
叩き出す。
駆け出していく。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
許される中で。
魂の赴くままに任せよう。

奏でられる。
メロディーに乗り。
叩き出される。
ビートに乗り。
弾んで。踊っていよう。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
許される中で。
魂を解放していよう。

『Sweet Soul Music』'67年リリース。
サザン・ソウルの爆弾小僧?アーサー・コンレイの1stアルバム。
サム・クックを敬愛し、オーティス・レディングに見いだされたアーサー。
もう、その経歴だけで。サザン・ソウル・ファンとしては堪らないものがあります。
そして。その若さ故の。実に小気味のいい。乗りの良さ、そのスピード感。
勿論、若さ特有の蒼臭さもあるのですが。それすら可愛く、痛快に感じられてしまう。
その典型がタイトル・ナンバーの「Sweet Soul Music」で。
敬愛するソウルマン達の名前と、代表曲のフレーズを織り込みながら乗りに乗りまくる。
その高性能エンジンを搭載して、足回りもチューンナップされた小型のスポーツ・カー。
その軽快な走りを連想させるアーサーの勢いが何とも、魂を弾ませてくれるのです。
(因みにアーサーとオーティスの共作とのことですが。サムの某ナンバーのパクリかな)
兎に角。アップテンポの、スピード感溢れるナンバーを歌わせたら絶品のアーサー。
実際、小柄だった様ですが。その全身から発せられるエネルギーの凄さ。
オーティスが見込んだだけのことはあるなと。そう思わされる弾ける様が最高です。
それ比べて、ミドルからスローバラードでは。深みに欠けるとも言われますが。
それも。若さ故の。甘さ、蒼臭く夢を見ている。その真直ぐな感じがいいかなと。
いつまでも。手垢のつきそうもない。純真でひた向きな歌声。
駆け引きも、打算もない、ストレートな甘さ。それもアーサーならではの魅力かなとも。
夢みて。魂、弾ませて、焦がして。純粋に。恋を、愛を歌い上げてみせる。
その時の。魂のドキドキ感まで伝わってくる様で。聴いていて、楽しくなってくるのです。
オーティスの突然の死によって後ろ盾を失って。失速して消えていったアーサー。
だからこそ。このアルバムの若い魂の輝きは、永遠のものになったのかもしれません。

魂が。
共鳴する。
魂が。
踊り続ける。
疲れることも知らず。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
自分の魂でも。
ブレーキをかけようとは思わない。

魂が。
歌う。
魂が。
叫ぶ。
喜びのメロディーが溢れだす。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
許される限り。
魂の赴くままに任せよう。

歌われる。
メロディーに共鳴し。
喜びを。
ビートに変えて。
弾んで、踊り続けていよう。

この瞬間。
この時間。
その間だけは。
許される限り。
魂の自由に任せよう。

たまさか。
訪れる。
この夜。
その間だけは。
酔いしれていよう。

甘く。
甘美な。
魂の。
揺れに。
総てを委ねていよう。

甘く。
切ない。
魂の。
喜びに。
総てを委ねていよう。

瞬く間に。
過ぎていく時間の中。
瞬きも惜しんで。
魂の歌声に。ビートに。
乗っていよう。

次は。
いつ。
訪れるかも。
知れず。
そして。

これ以上。
先へは進めないと。
わかっている。
だから。
今だけは。

甘く。甘美で。切ない。
魂の奏でる音楽と共に過ごしていよう。



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2015/09/01 Tue *必要とされた時、求められた時 / Otis Redding

20150901thedictionaryofsoul


必要とされるもの。
それがなんであるのか。
わかっているか?
知っているか?
何よりも。感じているか?

一から十まで。
十から百まで。
百から千まで。
千から万まで。
一言一句を暗記していることか。

それとも。

何かあった時に。
何か起きた時に。
一から万の何処に。
その対応のヒントが、方法が。
書かれているかを想起できることか。

どっちだ。

覚えること。
覚えていること。
丸暗記していること。
それは。
努力の結晶。一つの能力。

だからこそ。

必要とされた。その時。
それが。何であるか。
何を必要とされているのか。
感じられなければ。
宝の持ち腐れになりはしないか。

『Complete & Unbelievable: The Otis Redding Dictionary Of Soul』'66年リリース。
カーラ・トーマスとのデュエット・アルバム、『King & Queen』を別にすると。
オーティス・レディングの生前にリリースされた最後のアルバムです。
当時の邦題は『ソウル辞典』、そしてこのジャケット。オーティスの何たるかを。
そしてソウル界におけるオーティスの地位を見事に捉えていると思われてなりません。
MGズとメンフィス・ホーンズ、そしてアイザック・ヘイズを従えて。
いつもの様に熱く激しく。そして温かく優しく歌うオーティス。その歌声の素晴らしさ。
既に録音時には、後に手術することになる喉の病の兆候が表れていたのか。どうか。
やや声が掠れて聴こえる瞬間もあるのですが。それさえもオーティスにかかると。
哀愁や情感を感じさせる見事な表現の一部になってしまう。その歌唱の見事さに。
そこに、その歌に魂を込めて見せる技量に。キング・オブ・ソウルの呼称は間違いないと。
そう。感じずにはおれないのです。ソウルのA~Zまで。一から総てを知り尽くし。
曲に合わせて、必要とされる、求められるものを見事に引き出して表現してみせる。
それが天性のものだったのか。研鑽して身につけたものだったのか。それは問題ではなく。
決して期待を裏切らず。必ずそれを越えてみせる。やはり、オーティスこそがキングだと。
MGズやメンフィス・ホーンズのサウンドには新しい時代への対応も垣間見えて。
その発展するスタックス・サウンドとオーティスの更なる世界を聴きたかったと。
あの事故さえ無かったらと。詮無い事とは知りながら。思わずにはいられないのです。
「Fa-Fa-Fa-Fa-Fa(Sad Song)」、「Day Tripper」、「I’m Sick Y’all」、「My Lover’s Prayer」・・・
そして、「Try A Little Tenderness」と。オーティスの汗と涙が染み込んだ辞典なのです。
極論を言えば。他の辞典、他のソウル・アルバムは必要ない。
ソウルとは何かと問われたら、ここへ来れば。必要とするもの、求めるものは示される。
そんな素晴らしいアルバムなのです。針を落とせば落とす度に愛しさが増すのです。
尚、ステレオ盤はミックスが粗く、不自然で。モノラル盤で聴いてこそのアルバムです。

求められているもの。
それが何であるのか。
判断できているか?
理解できているか?
何よりも、感じているか?

一から十まで。
十から百まで。
百から千まで。
千から万まで。
暗記した智識を披露することか。

それとも。

何かあった時に。
何か問われた時に。
一から万の中の。
その豊富な知識を生かして。
臨機応変な知恵を提供できることか。

どっちだ。

覚えたこと。
覚えていること。
丸暗記していること。
それは。
努力の結晶。一つの成果。

求められた。その時。
それが。何であるのか。
何を求められているのか。
感じられなければ。
生きたものにはならないのでないか。

その場。その場。
その人。その人。
それぞれに状況が異なる。
それぞれに事情が異なる。
正解は無いかもしれない。

しかし。
感じ取り。
読み取り。
呼び起こし。
結晶の中から。

必要とされているもの。
求められているもの。
それの。
ヒントを。知恵を。
どれだけ提供できるか。共に考えられるか。

それこそが。
本当の。
能力。成果。
それに気づけるか。気づけないか。
そこがプロとアマの違いなのかもしれないよ。



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2015/08/31 Mon *解禁するものは / Peter Tosh

20150831legalizeit


何を。
気にしている。
何を。
怯えている。
何が怖い。

他人の視線か。
他人の言葉か。
誤解、風評、本音。
それが。
何かを決めるのか。

他人に見られた程度で。
他人に聞かれた程度で。
他人に言われた程度で。
自分の中の。
決め事が。変わるのか。

ならば。
それは。
その程度のもの。
その程度の思い。
その程度の意志。

ならば。
そんなものに。
価値は無い。
そんな自分にも。
価値は無い。

気にするな。
怯えるな。
恐れるな。
先ずは。
一息ついて。他人を笑ってやれ。

『Legalize It』'78年リリース。
ウェイラーズを脱退したピーター・トッシュの初めてのソロ・アルバム。
スラム街で育ち。その気の短さから“歩く剃刀”なる異名があったと言うトッシュ。
ウェイラーズを脱退したのも。アイランドの社長クリス・ブラックウェルとの対立。
なんでも、ソロ・アルバムの制作を拒否されたのが原因だとも言われています。
尤も。このアルバムには同時に脱退したバーニー・ウェーラーを始めとして。
バレット兄弟や、リタ・マーリーにジュディ・モイワットも参加しているので。
直情径行ではあったものの。慕われていたのだろうなと思いますが。
さて。当時の邦題は『解禁せよ!』だったこのアルバム。何を解禁するのかと言うと。
それはジャケットを見れば一目瞭然。ガンジャ、大麻だった訳です。それにしても堂々と・・・
未だに誤解がある様ですが。ジャマイカでも大麻は法律で厳しく取り締まられていたので。
それに対して。ラスタファリアンとして日常的に大麻を服用していたトッシュとは言え。
真っ向から国に、政府を挑発した様なこのアルバム・タイトルにジャケット。
相当、勇気のいる行為と言うよりも。無謀とも言える自殺行為に近かったと思うのですが。
(因みに。ジャマイカでは2014年に少量に限って大麻の服用が解禁されたとか)
こう書いてくると。相当過激に。扇動する様な歌声とサウンドを想像されると思いますが。
然に非ず。タイトル・ナンバーの「Legalize It」を始めとして。
実に穏やかで。時に揺蕩う様に。自然とゆっくり揺れる様なナンバーが中心で。
その耳触りの良いサウンドと。囁くようでもある歌声は。とても心地良いのです。
勿論、過激な歌詞をオブラートで包む様な効果も狙ってはいたのでしょうが。
それ以上に。その主張自体が。実は自然なもの、当然のものだと語ってもいる様で。
大麻は解禁、解放のシンボルでしかなく。搾取されたり、虐げられたり。そうでなくても。
日々。自分を表に出すことを躊躇ってしまう人々の。人間性、精神の解放を願ったのだと。
そう。思えてならないのですよね。勿論、その為には強靭な精神が必要で。
厳しい闘いにもなる訳で。それを思うと。トッシュの非業の死の意味も重いなと・・・

何を。
気にしている。
何を。
怯えている。
何が怖い。

隠している手の中か。
秘している胸の内か。
見て見ぬふりをしている暗闇か。
それを。
白日の下に曝け出せぬ臆病さか。

他人に。どう見られようと。
他人に。どう採られようと。
他人に。何を言われようと。
自分の中の。
真の姿が。変わるものなのか。

ならば。
それは。
その程度のもの。
その程度の姿。
その程度の真。

ならば。
そんなものに。
真実はない。
そんな自分にも。
実体はない。

気にするな。
怯えるな。
恐れるな。
先ずは。
一息ついて。自分を笑ってやれ。

それでも。
気になるなら。
怯えるなら。
恐れるなら。
仕方がない。

いっその事。
総てを。
他人の前に。
白日の下に。
晒してしまえ。

何も隠さず。
何も秘さず。
小細工などせず。
暗闇さえも。
晒してしまえ。突き付けてしまえ。

何が起きるか。
何が生じるか。
何かが変わるか。
結果など考えずに。
晒してしまえ。見せつけてしまえ。

それでも。
変わらない。動じない。
決め事。思い。意思。
手の中。胸の内。暗闇。
それこそが真の自分。

解禁せよ。
戒めも。
律するものも。
定めも。
引き受けてしまえばいい。

それが。
出来るのであれば。
求める権利がある。
望む自由がある。
解禁せよ。



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2015/08/30 Sun *終わらない声、終わらない歌、その覚悟 / Bob Marley & The Wailers

20150830rebelmusic


声が聞える。
今まで聞えなかった声が。
歌が聴こえる。
今まで聴こえなかった歌が。
何かが変わり始める。

声なき声を。
聞く。
口ずさまれる歌に。
耳を澄ます。
それをすべき輩がしないのであれば。

黙ってはいられない。
鼻歌では終わらせられない。
届くまで。
声を上げ続ける。
歌い続ける。

小さな声が。
大きな声に。
鼻歌が。
大音量に。
変わる時。その時。

流れる筈の無いものが。
流れ始める。
動く筈の無いものが。
動き始める。
さぁ。重い扉を押し開けよう。

運命。
定め。
そうだとしても。黙って受け入れはしない。
自分達の意志は。
自分達で示すのだ。

『Rebel Music』'86年リリース。
ボブ・マーリー&ウェイラーズの編集アルバム。
アイランド移籍後の音源の中からアルバム・タイトル通りに。
社会や政治に対する疑問や怒りを主題としたナンバーを集めたアルバム。
リミックス・ヴァージョンを1曲、シングル盤のみの発売だった1曲を含んで。
全10曲が総てボブのシリアスなメッセージを伝えるナンバーばかり。
熱い怒りをストレートに感じさせるナンバーもあれば。
冷静に状況を観察しながら自問自答している様なナンバーもありと。
常に社会と対峙し続けたマーリーの姿勢や視点が浮かび上がってくる様です。
強烈なメッセージを発し続けたミュージシャンの死後の例に漏れず。
どうも。特に最近は祀り上げられ、記号化され。季節商品化されてしまった感が強く。
(ジョン・レノンも忌野清志郎も免れえなかった現象ですからね・・・)
どうも。そうした風潮には違和感が拭いきれず。つい、そのミュージシャン自身からも。
距離を置いてしまうことがあるんですよね。自由を求め、束縛を嫌う。
ロックもレゲエもそんな精神と共にある筈なのに。偶像化、神格化して喜んでいる。
何かね。腑に落ちないと言うか。ハッキリ言えば馬鹿かお前等はと思う輩も多く。
でもね。そんなことで。自分がボブを聴かなくなってしまうのは本末転倒だなと。
なので。今は普通に聴きたい時に針を落としていますが。あの風潮は大嫌いだな。
話が逸れてしまいましたが。このアルバムの編集方針、選曲。当然、偏りはでるのですが。
こんなアルバムもあっていいぞと。「No Woman, No Cry」だけがボブじゃないんだから。
目に見える敵、目に見えない敵。長い厳しい闘いを続けたボブです。
政治抗争に巻き込まれ、襲われて傷も負ったボブです。故にメッセージに真実味があり。
希望は捨てないながらも。甘い夢など見ない。シリアスなものとして突き刺さるのです。
長く厳しい闘いを続けるには。愛とユーモア。そして強靭な精神力が必要なんだとね。

声が大きくなる。
今まで小さかった声が。
歌が広がる。
今まで閉じこめられていた歌が。
何かを変えさせない為に。

声なき者を。
救う。
歌を口ずさむ自由を。
守る。
それをすべき輩が逆へと動くならば。

黙らされたままで終われるか。
歌いたいことを歌わずに終われるか。
響くまで。
声を上げ続ける。
歌い続ける。

微かな呟きが。
確かな声に。
ささやかな歌が。
力強く楽しい歌に。
変わる時。その時。

澱んでいた流れが。
流れ始める。
沈んでいた空気が。
動き始める。
さぁ、厚い壁を蹴破ろう。

運命。
定め。
そうだとしても。甘んじはしない。
自分達の思いは。
自分達で見せつけるのだ。

さぁ。
旗は掲げられた。
長い。厳しい。
道程だ。
闘いだ。

さぁ。
火蓋は切られた。
長い。厳しい。
航海だ。
闘いだ。

声は枯れても。
思いは絶やすな。
喉が潰れても。
歌は絶やすな。
続けることが。終わらせないことが。

そいつが。
重要だ。
そいつが。
効いてくるのだ。
じわじわと。重くなっていくのだ。

それを。
楽しんでやるのだ。
そいつが。
止めを刺すのだ。
徐々に。追い詰めるのだ。

終わらない声を上げよう。
終わらない歌を歌おう。

覚悟を決めて。



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2015/08/29 Sat *唯一の回答 / The Who

20150829tommyukfirstpress


目を閉じて。
耳を塞いで。
口も開かず。
ただひたすら。
独りの世界に。

その。
深淵へと。
向って。
潜っていく。
潜り続けている。

光は届かず。
音も無く。
漆黒の。
その世界の底の。
淵に腰掛けて。

ただひたすらに。
思索に。
思案に。
妄想に。
耽溺する。

世界をこの手にできたなら。
誰にも邪魔されない世界を創れたなら。
誰かを跪かせられたら。
誰もかもを支配できたら。
どんなにか。気持ちが良いだろうかと。

そう。
それは。
難しい様で簡単だ。
世界から。
自分以外の存在を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

『Tommy』'69年リリース。
ザ・フーの初の2枚組オリジナル・アルバム。
一般的に世界初のロック・オペラとして認識されている様ですが。
異論もあり。プリティ・シングスの『P.F. Sorrow』こそ、その名に相応しいとも。
またキンクスのレイ・デイヴィスはとっくの昔にキンクスがやっていたことと。
その皮肉の意もあって。ロック・オペラなる言葉が大嫌いなのだとか・・・
アナログ盤4面に渡って展開される物語。ピート・タウンゼンドによる物語は。
ピートが傾倒していた導師ミート・ババの影響も色濃く出たもので。
人間の内面と精神世界。人間の尊大と醜さ。宗教による救いと欺瞞など。
様々な要素が散りばめられ、入り乱れ。他のメンバーさえ理解不明だったとも。
ケン・ラッセルによる、かなりストーリーが改変され物議をかもした映画が製作され。
その映画によって。多くの人達がストーリーの大筋を把握し理解したのは確かかと。
目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない。三重苦の青年トミーを主役として。
ピート自身、あるいは当時の若者達の苦悩を投影していたとも言われていて。
どこまでがピートの実体験であったのかは不明ですが。かなり不安定な状態のピートが。
必死に救いを求めて彷徨っている様をそのまま描いている気がしないでもないかな。
精神的苦悩から解放されても。現実社会の醜さや矛盾とは無縁でいられず、翻弄され。
結局は、答えを、救いを得ることは出来ない。それがこの段階でのピートの回答かなと。
そして。それは。今も、多くの若者(に限らないな)が置かれている状況でもあると。
この複雑な内容のアルバムを傑作とし得たのは。ピート自身も含めたバンドの力で。
リリース直後のライヴから。このアルバムの殆ど総てを再現してみせたと言う凄さ。
ロジャー・ダルトリー、キース・ムーン、ジョン・エントウィッスル。
この3人はピートの描く世界に実態を与えられる、選ばれたメンバーだったのだなと。
改めて思い知らされ。故に。ムーンの死と共に。やはり終わってしまったのだなと・・・
因みに。英国盤の初回プレスは音圧が凄まじく。一度は体験してほしいなと思います。

目を開けてくれ。
耳を開いてくれ。
口を開かせてくれ。
独りの世界から。
救い出してくれ。

あの。
深淵から。
離れるのだ。
浮上するのだ。

ロープを、手を差し出してくれ。

光を目にしたい。
音を聞きたい。
漆黒の。
その世界の底の。
淵から這い上がるのだ。

ただひたすらに。
誰かのもたらす光に。
誰かの響かせる音に。
目を奪われ。耳を奪われ。
覚醒する。

世界は誰のものでもない。
誰とでも触れ合える世界にいたい。
誰も誰かに跪かず。
誰も誰かに支配されない。
どんなにか。素晴らしいことだろうかと。

そう。それは。
難しい様で簡単な筈だ。
世界から。
他人と言う概念を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

それだけのこと。
それが。
叶わない。
今も。この先も。
叶うことはない。

自分は自分。
他人は他人。
そこに。
差異が生まれ。
やがて差別になる。格差になる。

誰かが誰かを跪かせようとする。
誰かが誰かを支配しようとする。
誰かが世界を我がものにしようとする。
その為に。それだけの為に。
多くのものが失われていく。

これが。
世界なら。
これが。
現実なら。
これだけが。回答なら。

目を閉じて。
耳を塞いで。
口も開かず。
ただひたすら。
独りの世界に。

ただひたする。
思索に。
思案に。
妄想に。
耽溺する。

そう。
それは。
難しい様で簡単だ。
世界から。
自分以外の存在を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

独りの世界の。
その深淵に。
腰掛けて。
耽溺し続ける。
唯一の幸福への回答だと、道だと。思える時がある。それだけのことだ。



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