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2015年11月

2015/11/27 Fri *先達 / Jimi Hendrix Experience

20151127smashhitsjp


そう。
言ってしまえば。
もう。
会う前から。
話をする前から。

想像していた。
予想していた。
ことでは。
あるのだけれども。
それにしても。

ここまで。
自分の疑問に。
きちんと。
向き合って。
回答を導きだしてくれる。

それも。
こちらの。
胸の内や。
置かれている立場。
そんなものまで察して。

それも。
踏まえた。
的確な回答を。
穏やかに。しかし流れる様に。
連発してくれる。

そこには。
ただの回答以上の。
ただの面会以上の。
ものがある。
それを聞きたくて会いに来ている。

『Smash Hits』'68年リリース。
ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス、初のベスト・アルバム。
そして今や粗製乱造されているジミの生前に唯一リリースされたベスト・アルバム。
デビューしてから僅か1年半程の間に、ベスト・アルバムを編集できるだけのヒット曲、代表曲を生み出した。
その驚異的な才能と、旺盛な創造意欲、その結晶としての各曲の放つ不滅の輝き。
改めて、何ものかに選ばれたとしか思われないジミの存在の特別であることに驚きを隠せません。
英国盤と米国盤で選曲が異なっていて。この独自ジャケットの日本盤は英国盤と同一の内容となっています。
(厳密に言うと、この日本盤のリリースは'69年になるのですけどね・・・)
「Purple Haze」「Fire」「The Wind Cries Marry」「Can You See Me」・・・と。
針を落とした瞬間にジミの目くるめく世界に惹き込まれて。そのまま共に弾けて飛翔して。
その一方で雲の上か、大海原をたゆたう如く浮揚感と、漂泊の思いにも囚われてと。
気付けば針が上がった後も。ラストの「Foxy Lady」の妖しく艶やかな余韻に耽溺している自分に気づきます。
勿論、このアルバムだけでジミを語ることは出来ないのですが。このアルバムに収められた12曲。
それだけを聴くだけでも。ジミはジミでしかないと。如何なるジャンルにも属してはいない。
言わば、ジミ・ヘンドリックス、そのものが一つのジャンルであるとさえ思えてくるのです。
特にロックの世界に於いては、ジミ以前とジミ以降で。何かが大きく変わってしまったと。
その登場以前に欠けていたもの、答えを必要としていたもの。それをジミは次々と埋め、そして回答を示したと。
更には、その回答がジミ自身も含め、多くのアーティストに次なる世界への一歩へのヒントにもなったと。
残念ながら、ジミ自身はまるで役目を終えたかの様に間もなく旅立ってしまいましたが。
ジミに直接、そして間接的に背中を押されたアーティスト達の中には未だ格闘を続けている者もいるのだと・・・
しかも。ジミの音楽は決して難解で無く。まさしくキャッチーなスマッシュを決めるが如くのナンバーだったと。
そこに。また、何とも。言葉にならない唯一無二の魅力を感じざるを得ないのです。

そう。
言ってしまえば。
もう。
会った瞬間に。
話し始めた瞬間に。

間違いないと。
確信できる。
毎度のことでは。
あるのだけれども。
それにしても。

ここまで。
自分の志向に。
きちんと。
寄り添って。
背中を押してくれる。

それも。
こちらの。
視線の先や。
目指している世界。
そんなものまで察して。

それも。
踏まえた。
明確な示唆を。
穏やかに。しかし流れる様に。
連発してくれる。

そこには。
ただの示唆以上の。
ただの面会以上の。
ものがある。
それに触れたくて会いに来ている。

例え。
直接的な。
関係も。
利害も。
無くても。

例え。
自分から。
偶に連絡をして。
一方的に。
会いに行っても。

その昔。
同じ釜の飯を。
食べながら。
同じ道を目指していた。
その時と変わらず。

聞いてくれる。
話してくれる。
答えてくれる。
示してくれる。
背中を押してくれる。

その。
的確さ。
その。
明確さ。
そして。

いつでも。
連発できる。
その懐の広さと。
弛まなく学ぶ姿。
そんな先達がいてくれる。

それはとても心強いものなのです。



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2015/11/26 Thu *老兵は / Ian Hunter

20151126shortbacknsides


どうも。
この時代とか。
この風潮とか。
そんなものは。
好きになれない。

たぶん。
そいつはこっちが。
時代に。
流行に。
追いついていけてない。

そんな部分も。
あるのだろうが。
知ったことではない。
それが流行だから。
そんな時代だから。

それが。
どうした。
そんなもの。
関係ない。
恐れもしない。

流行にも。
時代にも。
変えられない。変わってはいけない。
焦ることのない。
そんなものもあるのだぞと。

老兵は。
ただ。
死には。
しないぞと。
心、静かに決意する。

『Short Back N’ Size』'81年リリース。
『双璧のアウトサイダー』なる邦題が冠されていたイアン・ハンターのアルバム。
双璧ねぇ。おそらくはハンターとミック・ロンンソンを指しているのかな。
確かに一連のハンターのアルバムは、ハンター・ロンソン・バンドのアルバムとも言えますからね。
(原題は、トレードマークだった長髪を切り落としたハンターの姿を意味するのかな・・・)
このアルバムでは、そのロンソンに加えてミック・ジョーンズ、トッパー・ヒードンが参加していて。
ジョーンズに至ってはロンソンと共にプロデュースも担当していて。
ご存じの様にモット・ザ・フープルの大ファンだったジョーンズは夢見心地だったのだろうなと。
他に、ハンターとロンソンが世に出して、当時はミックの彼女だったエレン・フォーリーも参加していて。
1曲のみですが。トッド・ラングレンも参加しています。尤もハンターは気に入らなかったみたいですが。
そんな豪華メンバーを従えて、如何にも'80年代なサウンドをバックに歌うハンター。
このサウンドが曲者で。ミックスがボブ・クリアマウンテンで。豪華な様で安っぽいと。
まさにバブルなサウンドなのですが。我、関せずと己のスタイルを貫くハンターの歌声、その姿勢。
それがアルバム全体を引き締め、地に足をつけ、血の通ったものにしていると。
流石は根っからの反逆者、アウトサイダー足るハンターの真骨頂がここにあると。
ボブ・ディランに憧れて歌い始めたハンターです。浮かれることも流されることもなく、時代と対峙しています。
その最たるものが「Old Records Never Die」で。昔のレコードは決して死にはしない。
音楽は絶えることなく生き続けるのだと。そう歌われるこのナンバーにハンターの思い、心意気を感じるのです。
実はキース・リチャーズやミック・ジャガーよりも年長なハンター。
今も現役で歌い続ける背景には、そんなハンターの筋金入りの反骨精神があるのではないかと。
相棒であるロンソンを失っても尚、闘い続ける老兵の意地、矜持。好きなのですよねぇ。

そうよ。
どの時代でも。
どんな風潮でも。
そんなものとは。
関わりなく。

たぶん。
こっちがそいつに。
時代に。
流行に。
盾突いてでも貫く。

そんなことも。
必要なのだろう。
知らないでは済まされないのだろう。
これが流行だから。
こんな時代だから。

それが。
どうした。
そんなもの。
関係ない。
恐れもしない。

流行にも。
時代にも。
変わらない。変えてはいけない。
燃え尽きることのない。
そんなものもあるのだぞと。

老兵は。
未だ。
死には。
しないぞと。
心、密かに決意する。

老兵は。
死なず。
ただ。
去るのみ。
だとしても。
いつかは。
去るにしても。
残すものは。
遺していくぞと。

この時代にあっても。
この風潮にあっても。
変わらないもの。
忘れてはならないもの。
そいつは刻んでやるぞと。

流行りも。
廃りも。
関係なく。
変えてはならないもの。
そいつは染み込ませてやるぞと。

どうせ。
異端だ。
アウトローだ。
アウトサイダーだ。
今更、恐れるものなどなし。

大切なものは。
絶えることなく。
生き続けるのだと。
老兵は。
最後の闘いに挑むのみなのだ。



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2015/11/25 Wed *駄目だと、いけないと / Suzi Quatro

20151125yourmamawontlikeme


駄目だと。
言われるから。
いけないと。
言われるから。
惹かれるのだよね。

駄菓子屋の店頭。
色とりどりの。
甘そうで。安っぽい。
着色料と甘味料だらけの。
お菓子の数々とかさ。

造成中の。
裏山に掘られた。
今にも。崩れ落ちそうな。
穴の中にガラクタを持ち込んだ。
秘密基地とかさ。

気になる。
あの娘が。
あまりにも。
無防備で。眩し過ぎて。
スカートを・・・とかさ。

駄目だとか。
いけないとか。
大人が言うってことは。
何か。絶対に。
楽しいこと、いいことなのだって。

ガキは。
ガキなりに。
考えもするし。
勘も働くし。
誤魔化されはしないぞってね。

『Your Mama Won’t Like Me』'75年リリース。
『ママに捧げるロック』ってとんでもない邦題が印象的だった。
そんなスージー・クアトロの3枚目に当るアルバム。
邦題は兎も角。このジャケットのクアトロは相変わらずのカッコ良さで。
しかも見開きジャケットの内側がカッコ可愛いスージーの写真満載でね。
それだけで。買った野郎どもも随分いたのだろうなと想像するに難くはないですね。
それにしても。シングルでもヒットした「Your Mama Won’t Like Me」はさ。
「ママのファンキー・ロックン・ロール」って更に訳の分からない邦題にされていて。
私はカッコも派手で、胸も見えそうだし、ロックも大好きだから、あんたのママには会わせないでねって。
そんな、ロックな娘の切ない女心を歌った歌なのに。邦題が総てをぶち壊していますよね。
ファンキーなママがロックンロールで踊っている歌にされちゃっているものなぁ。
それはそれで。楽しげな画ではありますが。古き良き洋楽の時代ならではの話ですね。
米国出身。本国で活動するも芽が出ずに。英国に渡って。女伊達らに革ジャンにベースでロックンロールする。
そのスタイルで大ブレイクを果たしたスージーです。今からすると考えられませんが。
当時としては女の娘がロックンロールをやるなんて、それも革ジャンで野郎どもを従えて。
それだけでセンセーショナルと言うか、いけないもの扱いされるのは間違い無かった筈で。
その戦略を考えたマネージメントも切れ者ですが、それに乗っかってみせたスージーの覚悟が素晴らしいなと。
色眼で見られるのは端から分かっていて。敢えてそれを利用して自分のやりたいロックンロールをやる為に。
そいつで、表舞台に立つ為に。ベースをかき鳴らして、時にはギリギリな歌詞の歌をシャウトしてと。
そこに。決して操り人形ではないスージーの覚悟と意志を感じるのですよね。
自分がロックンロールを好きになったのは、魅せられたのは、何かいけない匂いを嗅ぎ取ったからで。
それを自分が、更に強力に打ち出せば、必ずや好きにさせられる、魅せられるとの確信もあったろうなと。
ハッタリと言えば、ハッタリなのだけど。そのハッタリに漂う、いけない感じもまたロックンロールの魅力だと。
着色料とか甘味料にも通じる、その魅力、それは洋楽ならではの魅力でもあるのだとスージーは教えてくれたのです。

駄目だと。
言われても。
いけないと。
言われても。
好きになったんだよね。

ラジオから流れてくる。
御機嫌で。
カッコ良くて。いかした。
ちょっと悪そうな。
ロックンロールがさ。

レコード屋の。
棚に並べられた。
如何にも。危なそうな。
そして妖しいジャケットに包まれた。
レコードがさ。

気になる。
あの娘を。
勇気を出して誘って。
学校をサボって。出かけた。
ライヴの熱気や空気とかさ。

駄目だとか。
いけないとか。
世間が言うってことは。
何か。絶対に。
楽しいこと、いいことなのだって。

ガキは。
ガキなりに。
考えもするし。
勘も働くし。
舐めるんじゃないぞってね。

キラキラで。
ギラギラで。
甘くって。
毒々しくって。
何よりもカッコ良くて。

そんなものが。
目の前にあるのに。
差し出されているのに。
手を出さないなんて。
手に入れないなんて。

そんな。
馬鹿げたこと。
ふざけたこと。
出来るわけない。
我慢なんか出来ない。

体に悪い。
心に悪い。
それがどうした。
そいつは。
自分で決めること。

常識を外れている。
常軌を逸している。
世間体が悪い。
そんなことは。
何の問題にもならない。

駄目だと。
言われるもの。
いけないと。
されるもの。
そんなものこそ。

カッコ良くて。
刺激的で。
楽しくて。
惹かれるのだ。
好きになるのだ。

それでいいのだ。それがいいのだ。



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2015/11/24 Tue *夢、幻の如くなり / Queen

20151124anightattheoperaukorg


一夜。
今夜限り。
夢幻の宴を。
儚き祝祭を。
繰り広げん。

過ぎてしまえば。
あの夜も。
この夜も。
この先に訪れる夜も。
夢、幻の如くなり。

さりとて。
日々に。
その営みに。
追われる中にては。
夢も幻も。遠くにあり。

その。
欠片さへも。
感じている。
追っている。
余裕さへも無く。

なれば。
偶に。
この魔の時に。
夢幻の宴へと。
誘われん。

回る回転木馬。
煌めく灯り。
歓声と嬌声。
眩いばかりの光の向こうへ。
いざ行かん。

『A Night At The Opera』'75年リリース。
クイーンの4枚目にして代表作、最高傑作とも言われるアルバム。
最高傑作かどうかに関しては異論も多々あるとは思われますが。
少なくともクイーンが英国を制覇して、米国でも認知されたのはこのアルバムからで。
このアルバムの成功なしに、クイーンを語ることができないのは確かだと思われます。
3枚のアルバムをリリースした時点で。商業的な成功の規模は別として。
音楽的には、ほぼやりたいことはやり尽した感があったと思われて。
逆に言えば。デビュー前からの構想、アイデアを一旦は総て出し尽くしてもいたのかなと。
もっと正直に言ってしまえば。正統派のブリティッシュ・ハード・ロック・バンドとしては。
既に。2枚目の『Queen Ⅱ』で完成を見てしまったとも言えるのではないかと。
では。どうすると。ブリティッシュ・ロックとしての本流、原点からは外れることなく。
多種多様な要素を取り入れることで幅を広げる、更にはそれを華やかに彩って展開させる。
それがクイーンの出した結論であり。その為に当時としては常識を超える製作費を投入し。
開発されたばかりの24トラックのレコーダーまでをも駆使して総力を挙げて臨んだと。
元々、フレディー・マーキュリーを始めとして個性豊かで、志向性も異なっていた4人が。
その個性と志向性を前面に出して、それぞれがその類まれなる才能を解き放ってみせたと。
華麗にして芸能の人、フレディ。ギター・マニアックなブライアン、ハード・ロックなロジャー。
そしてポップでダンサンブルなジョンと。4人がその本性を表してみせたと。
それでいて。統一感を失わず、コンセプト・アルバムも言えるほどの起承転結も鮮やかに描いてみせたのは。
上り調子だったが故の一体感と、やはり類まれなフレディの個性が支柱になっていたからなのでしょう。
この眩いばかりに煌びやかで。一方で儚さをも漂わせる。まさに夢幻の宴の世界はクイーンだからこそのもの。
それも。厳密に言えば。このアルバムでのみ成し得たものであると。
その集大成が「Bohemian Rhapsody」であることは周知のところであると思います。

一夜。
今夜限り。
夢幻の宴に。
儚き祝祭に。
身を投じん。

終ってしまえば。
あの夜も。
この夜も。
この先に訪れる夜も。
夢、幻の如くなり。

さりとて。
時の流れに。
その早さに。
追われる身としては。
夢も幻も。遠くにあり。

その。
一端さへも。
感じられる。
触れられる。
機会さへも無く。

なれば。
偶に。
この魔の刻に。
夢幻の宴へと。
投じよう。

回る走馬灯。
煌めく輝き。
歓喜と狂喜。
妖しいばかりの光の向こうへ。
いざ行かん。

夢、幻の如くなり。
振り返れば。
人の生など。
その程度の。
ものなれば。

一夜。
今夜。
振り返る。
その時が。
訪れるその前に。

夢に溺れ。
幻に遊び。
舞い踊り。
宴の中に。
その生を感じたい。

煌めけば。
煌めくほど。
輝けば。
輝くほど。
我を忘れ。

妖しければ。
妖しいほど。
婀娜なれば。
婀娜なほど。
我を滅し。

その。
眩くも。
妖しい。
光が。
消えるその時まで。

悦びに溺れ。
歓びに遊び。
舞い踊り。
歌い奏で。
宴の中に生と死を感じたい。

夢、幻の如くなり。



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2015/11/21 Sat *皿回し稼業も / Them

20151121them


そう。
そうなのだ。
誰かを。
ほんのひと時でも。
喜ばせられたら。

笑顔に。
なってもらえたら。
楽しい気分に。
なってもらえたら。
それでいい。

それで。
あぁ。
ロックって。
音楽って。
いいよなと。

感じてくれたなら。
思ってくれたなら。
そんな。
空気が感じられたのなら。
十分なのだ。

誰かを。
ロックで。
音楽で。
お皿で。
レコードで。

笑顔に。
陽気に。
することができるのであれば。
皿回し稼業も。
悪くは無いってものなのだ。

『Them』'84年リリース。
英国の廉価盤レーベルによるゼムの編集アルバム。
如何にも安っぽいジャケットと安易なアルバム・タイトルに不安になりますが。
正式にデッカかとライセンス契約を結んだ正規音源を収録したアルバムです。
A面、B面それぞれに10曲、全20曲を詰め込んでしまったので。
音質は兎も角として。音圧が低いのは玉に疵ですが。廉価盤ですからね。致し方なし。
若き日のヴァン・モリソンの熱唱をまとめて聴けるだけで価値ありってところですかね。
「Baby Please Don’t Go」も「Here Comes The Night」も「Mystic Eyes」も。
そして勿論、「Gloria」も収録されていますしね。ゼムってバンドの何たるかの概要は感じられるかな。
そもそも。どうしてもヴァンの存在がずば抜けて、飛び抜けていたので。
デッカとしても。最初からヴァンを、その熱い歌声を如何に世間に知らしめるか、だけに注力していた様で。
他のメンバーはレコーディングに参加させてもらえないとか、ヴァン以外は全員スタジオ・ミュージシャンとか。
そんな背景もあって・・・そんな背景を知らずとも。ヴァンの歌声に自然と集中して惹きつけられていて。
なんか。そうなると。どうも。ゼムってバンド名も安易につけられたのかなと想像してしまいますが。
それでも。ヴァンの歌声、熱唱。そして顔触れはどうであれそれを支えたサウンドが、ビートが。
男女問わず、多くの若者達の心を捉えて、熱くさせたのは事実であって。
そして。それから約半世紀を経た今も。そのナンバーが我々の心を捉えて、熱くさせている訳で。
当時のブリティッシュ・ビート・シーンの一翼を支えたバンドとして。今後もその熱さは伝えられていくだろうと。
因みに。あまり知られてはいませんが。ヴァン脱退後も残されたメンバーは'70年代も活動を続けて。
サイケデリックなサウンドのアルバムをリリースしたりして。一部でカルト的な人気を博していたとのこと。
実は、そちらが本来のゼムだったのかもしれませんね・・・

そう。
そうなのだ。
誰かと。
ほんのひと時でも。
喜びを共有できたら。

笑顔に。
させてもらえたら。
楽しい気分に。
させてもらえたら。
それがいい。

それで。
あぁ。
ロックって。
音楽って。
いいよなと。

感じられたなら。
思えたのなら。
そんな。
空気が感じられたのなら。
十分なのだ。

誰かと。
ロックで。
音楽で。
お皿で。
レコードで。

笑顔で。
陽気に。
共鳴することができるのであれば。
皿回し稼業も。
悪くは無いってものなのだ。

誰かに。
喜んでもらいたい。
楽しんでもらいたい。
それは。そのまま。
自分に向かってもいて。

自分が。
喜びたい。
楽しみたい。
だから。
これでも。結構、真剣に選曲して。

お皿探して。
ケースに詰めて。
キャリーに載せて。
老骨に鞭打って。
時代遅れのレコードを運ぶ。

そう。
そうなのだ。
誰かを。
ほんのひと時でも。
喜ばせられたら。

そう。
そうなのだ。
誰かと。
ほんのひと時でも。
喜びを共有できたら。

皆で。
ロックを。音楽を。
その楽しさを。その喜びを。
分かち合い、笑いながら、語り合い。
それも。この世の中に対する、細やかな抵抗の証でもあるのだ。

皿回し稼業も悪くは無い。



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2015/11/20 Fri *いつまでも、どこまでも / Stevie Winwood

20151120thebestofsteviewinwood


誰にも。
何かを。
求めはしない。
強いもしない。
何故ならば。

自分も。
何かを。
求められたくはない。
強いられたくもない。
それだけだ。

元より。
怠け者で。
努力とか。
克己とかとは。
無縁だし。

ましてや。
人から。
何かを。
押しつけられるなど。
性に合わないこと、このうえない。

だから。
怠けはするし。
努力はしないし。
克己心など持ちあわせないが。
それだから。

自分の。
歩き方は。
自分の。
行く先は。
自分で決める。その結果は受け入れる。それだけだ。

『The Best Of Stevie Winwood』'67年リリース。
独自の選曲、編集によるオランダ盤のスティーヴ・ウィンウッドのベスト・アルバム。
副題に(With The Spencer Davis Group)とある様に。
実際はスペンサー・デイヴィス・グループのベスト・アルバムなのですが。
ご存じの様に、スペンサー・デイヴィス・グループの売り、人気の源泉は。
天才少年と謳われたウィンウッドの才能、特にその優れた歌唱力によるものだったので。
このアルバム・タイトルは実に的を獲ていると言わざるを得ませんね。
全12曲、総てウィンウッドのリード・ヴォーカルと言う選曲の潔さが清々しくあります。
「Keep On Running」「I’m A Man」「Gimme Some Lovin’」「Somebody Help me」と。
オリジナル・ナンバーでの黒さ、弾け方は最早、語るまでも無いくらい素晴らしく。
「When A Man Loves A Woman」「Georgia On My Mind」と言った超有名曲のカヴァーも臆することなく。
真正面から挑んで。見事に咀嚼して自分の歌として聴かせてしまうウィンウッド。やはり恐るべき、です。
どうにも、時に生真面目が過ぎるのではないかと感じるところもあるウィンウッドなのですが。
この時代は、その生真面目さ故の蒼く、そして黒い疾走感に溢れた精気漲る歌声の素晴らしさが。
そんな些細なことなど問題にならないとばかりに、こちらも巻き込んで熱くさせてくれる。
そこに。不変の魅力があるなと。いつ針を落としても。瑞々しさを失わない。永遠の輝きがあるかなと。
だからなのか。トラフィック以降のウィンウッドも素晴らしいと思うし、好きなのですが。
どうも。あまりにもその才能が早くに開花して、一気に上り詰めてしまったからなのか。
どこか。早くして悟りを開いて老成してしまった様な、その落ち着き方が物足りなかったりもするのかな。
まぁ、いつまでも。どこまでも。駆け抜ける、走り続けるのは無理だとしてもね。
どうしても。この時代のウィンウッドの輝きを求めてしまうのですね。勝手な願いとは重々承知ですけどね。

誰かに。
何かを。
求めるつもりはない。
強いるつもりもない。
何故ならば。

自分も。
誰かに。
求められても知ったことではない。
強いられても知ったことではない。
それだけだ。

元より。
飽き性で。
根性とか。
精神論とかとは。
無縁だし。

ましてや。
人から。
何かを。
期待されるなど。
面倒なこと、このうえない。

だから。
放り出すし。
根性は見せないし。
精神論など聞く耳も持たないが。
それだから。

自分の。
やり方は。
自分の。
闘う場所は。
自分で決める。その結果は受け入れる。それだけだ。

誰が。
何を言おうと。
誰に。
どう見えようと。
知ったことではない。

自分は。
自分の。
歩き方で。
やり方で。
進み続ける。

誰が。
先に行こうと。
誰に。
おいていかれようと。
関するところではない。

自分は。
自分の。
歩き方で。
やり方で。
自分であり続ける。

いつまでも。
どこまでも。
自分なりに。
駆け抜ける。
走り続ける。

落ち着いてたまるか。
物分りなぞよくなってたまるか。
老成なぞしてたまるか。
人格者になぞなってたまるか。
いつまでも。どこまでも。

這い蹲ってでも。
噛みついてやる。
吠えてやる。
天邪鬼のままで。
自分であり続けてやるのだ。



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2015/11/19 Thu *多義性 / Clarence Gatemouth Brown

20151119onemoremile


見えてはいる。
だが。
今のままでは。
届かない。
何かが足りない。

縮まってはいる。
だが。
今のままでは。
追いつけない。
何かが欠けている。

目を離さずに。
足を止めずに。
その何かに。
思いを巡らす。
きっとあると信じて。

ここで見失うのは。
ここで引き離されるのは。
勿体ない。
否。
それは不甲斐ない。

追い続ける為に。
差を縮める為に。
考えられる策を。
試し得る手段を。
様々な角度から仕掛ける。

答えは。
一つではないはずだ。
ならば。
今こそ。
真っ当じゃない歩みが生きるはず。

『One More Mile』'83年リリース。
ブルース界きっての奇人才人、クラレンス・ゲイトマウス・ブラウン。
とにかく、ブルースマンと呼ばれることを嫌い。
俺のやっているのはブルースじゃない、アメリカン・ミュージックなのだと宣言し。
'50年代にはそのジャンプ・ブルースで早くもヒット曲を出したものの。
そこに安住するのをよしとせず。彷徨い続けたゲイトマウスです。
'60年代にはオーソドックスなブルースの録音もそれなりに残していて。
それはそれで。一級品だと思われるのですが。それにも満足せずに。
貪欲に、旺盛に、雑食に。様々な試みを続けて。遂に評価されない米国を離れて。
'70年代の殆どを欧州での録音とライヴ活動に費やしていました。
もうこのまま、米国では浮上せずに終わってしまうのかと思われましたが。
ところが。どっこい。'80年代に入るやいなやラウンダーとの契約を獲得。
グラミー賞まで獲得して。劇的な復活を遂げたと。遂にその執念が実を結んだと。
そのラウンダーでの2枚目のこのアルバムでは、ますます調子に乗って本領発揮。
ブルース、カントリー、ブルーグラス、ケイジャン・・・何でもありで何でも吸収すると。
そして吸収したもの、アメリカン・ミュージックをゲイトマウス・ミュジーックに昇華して奏でてみせると。
故にギタリストとしても一流でありながら、このアルバムでもフィドルをも華麗に弾き熟して。
本当に多種多様なナンバーをゲイトマウスのブルース、否、ミュージックとして鮮やかに奏でていて。
一歩間違えれば、統一感が失われそうなところを、見事に纏め上げて聴かせてしまう。
その才能、その力量にはただただ驚かされるのみです。その源となっているのがあくなき探求心と深い愛情で。
アルバム・タイトルに表れている様に。未だ先がある、未だ行ける筈だと。生涯、貪欲に音楽を追求し。
また常に、素晴らしい音楽を聴いている人達に愛してもらうのが自分の役目だと語っていたと言うゲイトマウス。
奇を衒っただけに終わらず、器用貧乏にもならず。その多義性が支持され、愛されたのだと思うのです。

見えていても。
さて。
現状維持では。
遠ざかりかねない。
何かが足りない。

縮まっていても。
さて。
安全走行では。
離されかねない。
何かが欠けている。

目を切らずに。
足を緩めずに。
その何かに。
思いを馳せる。
きっとあると信じて。

ここで見失うのは。
ここで引き離されるのは。
やる瀬ない。
否。
それは受け容れ難い。

遠ざからない為に。
離されない為に。
考えられる企みで。
試し得る方策で。
あらゆる方向から挑んでみる。

的外れで無ければ。
数撃つ価値はあるはずだ。
ならば。
今こそ。
道草してきた道程が生きるはず。

真っ当に。
ただ。それだけで。
歩んできた。
そんな者では。
思いも及ばない。

策を。
取らざるを得なかった。
手段を。
講じざるを得なかった。
その歩みを。

道草もせずに。
ただ。決められた。
道程を経てきた。
そんな者では。
思いもつかない。

企みを。
仕掛けざるを得なかった。
方策を。
選ばざるを得なかった。
その道程を。

その歩みで。
その道程で。
生き残る為に。
身につけてきた。
雑食で旺盛な多様性。

それを。
いま。
生かさなくて。
どうする。
どうかしている。

猥雑でも。雑多でも。
それでもいい。
その拘らない多義性こそが。
届かない、縮まらないもどかしさを解決する。
最後の距離。それを引き寄せる何か、なのかもしれない。



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2015/11/18 Wed *金が欲しくて働いて / Albert Collins

20151118coldsnap


割り切る。
そいつが。
肝要だ。
そうでもしなければ。
どうして耐えられる。

貴重な。
時間を。
拘束され。
奪われて。
満足などできる筈もない。

だが。
その時間が。
その拘束が。
生活の為の糧になる。
早い話が金になる。

そう。
考えたら。
食う為。飲む為。遊ぶ為。
致し方の無いことだと。
腹を決めて。

冷静に。
そして。
冷やかに。
その為だけなのだと。
言い聞かせて。

その。
拘束される間だけ。
その。
縛られる時間を。
やり過ごすだけ。それだけ。

『Cold Snap』'86年リリース。
テキサスからやってきた冷酷、凶悪なブルースマン、ブルース界のテレキャス・マスター。
その変則チューニングとフィンガー・ピッキングで名を馳せたアルバート・コリンズ。
そのコリンズのアリゲイターにおける最後のオリジナル・アルバム。
'70年代前半~中頃までは低迷し、レコーディングの機会にも恵まれなかったコリンズ。
そんなコリンズに再起の機会を与えたのが新興レーベルのアリゲイターで。
コリンズも期待に応えて。アリゲイターの看板の一人として大活躍をしてみせたと。
'80年代のブルース・ブームはスティヴィー・レイ・ヴォーンやロバート・クレイ。
そしてコリンズ等の活躍があってこそのものだったのだと思われます。
(因みにクレイはハイスクールの文化祭でコリンズのライヴを観てブルースを志したとか)
さて。約10年に渡ったアリゲイターでの活動での集大成とも言えるこのアルバム。
レギュラー・バンドのアイスブレイカーズをそのまま起用することなく。
コリンズの憧れだったと言う、ジミー・マックグリフをオルガン奏者として招き。
更にはアップ・タウン・ホーンズをも起用してと。相当な気合の入りようだったかなと。
その氷の様に冷たく、刃物の様に鋭いと評されたサウンドは変わらずに。
凍る思いをさせられればさせられるほど、深く抉られれば抉られるほど、何故か熱くなる。
そんなコリンズならではのブルース。そこにオルガンやホーン・セクションの加勢もあって。
いつも以上に熱く、そしてファンキーであること。そのことは。
A面1曲目の「Cash Talkin' (The Workingman's Blues)」を聴き終える頃にはハッキリと体感させられるのです。
決して器用なタイプでは無く、華麗なフレーズやテクニックをひけらかすでもなく。
ただただ愚直とまで言えるほどに。一筋に突撃を繰り返すそのスタイル。
ライヴでの暴れ振りとは異なり、謹厳実直な感すらあって。何だかね。変な話、憧れたりもするのです。

割り切り。
そいつが。
必用だ。
それができなければ。
どうして乗り切れる。

有限の。
時間を。
消費され。
使われて。
充足など感じられる筈もない。

だが。
その時間が。
その消費が。
生活の為の糧である。
早い話がそれで稼いでいる。

そう。
考えたら。
起きる為。寝る為。生きる為。
必要不可欠なのだと。
腹に落として。

冷静に。
時には。
冷酷に。
その為だけなのだと。
納得させて。

その。
消費される間だけ。
その。
費やさせられる時間を。
やり過ごすだけ。それだけ。

だから。
冷静に。
熱くならずに。
冷酷に。
切り離して。

淡々と。
己が役目を。
黙々と。
それなりに。
全うするだけ。
それだけだと。
割り切る。
割り切り。
それだけが。
肝要で。必要だと。

ところが。
どうにも。
それでは済まなくて。
ついつい。
熱くなってしまって。

ただの経済活動の。
範囲を逸脱してまで。
踏み込んでしまう。
のめり込んでしまう。
己には何の見返りもありゃしないのに。

必要ないと。
無駄だとわかっていながら。
燃焼して。消耗して。
何の為だかと。
何をしているのだかと。

我に返って。
愚痴りながら。
経済活動に。
生活の為だけに。
専念するのだと言い聞かせる。

減っていく時間を。
必要以上に。
他人の為に使う余裕など。
無いのだからと。
それでも時に。

食う為。飲む為。遊ぶ為。
起きる為。寝る為。生きる為。
それだけ。それだけだと。
言い聞かせて。余計なことは考えず。
そうなのだけど。

金が欲しくて働いて。
ただ。それだけの。
その。筈なのだけど。
それだけだと。
何かが。凍って折れそうな気もするんだよなぁ。



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2015/11/17 Tue *世につれず人につれず / Howlin' Wolf

20151117messagetotheyoung


時代が変われば。
街も変わり。
モノも変わり。
人も変わり。
歌も世につれ人につれと。

その変りようが。
いいことばかりなら。
こちらも流れのままにだが。
そうとばかりは限らない。
故に。流れに掉さしてもみたくなる。

進化は必要。
進歩も必要。
それらに助けられている。
そいつも事実。
それはそうなのだが。

時代が変わろうが。
何が変わろうが。
変っちゃいけないものも。
あるのではないかと。
そう感じることも、ままあって。

時代遅れなのだろうと。
古い人間なのだろうと。
自覚はしつつも。
変っちゃいけない。
変えてはいけない。

そんなものに関しては。
きちんと。
話しておかないと。
記しておかないと。
遺しておかないといけないかなと。

『Message To The Young』'71年リリース。
ハウリン・ウルフが、その晩年に遺した異色のアルバム。
何が異色なのかと言えば。サウンドがブルースじゃなくて。ブルース・ロックなこと。
そんなもの区別がつくのかと。言われるかもしれないけれど。何がどうと具体的に説明できないけれど。
針を落とせばわかるのだけど。明らかにそれまでウルフの歌声を支えてきたブルースではなくて。
そこで鳴っているものはブルース・ロックとしか表現のしようのないサウンドなのです。
多分に。ここらはレコード会社、チェス主導の企画であると思われて。
チェスにおけるウルフのオリジナル・アルバムでは唯一ヒューバート・サムリンも不参加なのです。
それは、そうだよなと。サムリンがワン・フレーズでも弾いたらブルースになるからなと。
頑固一徹で知られたウルフがよく、こんな企画を承知したものだと驚きますが。
(何せ前作では企画に納得せず。ジャケットに、俺はこのアルバムが嫌いなんだと表記させた前歴あり・・・)
何か思うところがあったのか。引き受けたからにはと言うことなのか。兎にも角にも。
いつも通りのウルフ節で歌い、吠えています。どんな企画だろうが、どんなサウンドをバックにしようが。
俺の歌は、叫びは、ブルースは変わるようなものじゃない。そんな軟なものじゃないぜと言う矜持を感じます。
その変らないウルフと、ブルース・ロックの取合せ。それをミス・マッチとして。駄作の一言で片づける。
そんな評価が大勢なのですが。果たしてそれだけかなと。これはこれで聴くに値するアルバムではないかと。
先ず、第一に。ウルフの歌声とブルース・ロック。言われるほどミス・マッチではなくて。
その新たな出会いが、組み合わせが結構スリリングで楽しめることと。
そして、何よりも。ウルフの歌声、姿勢自体は何も変わっていないこと。それが素晴らしいなと。
ブルースを歌う、表現する、生きるということは。周りが変わったからと言って。そう簡単に変わるものじゃないし。
変えてはいけないものであるのだと。その歌声ひとつで。知らしめ、諭しているかの様な気がするのです。
そう感じると。異色作ではありますが。ウルフの矜持、その揺ぎ無き意思に耳を傾ける価値は十分にあると。
そう思えてならないのです。尤も。ウルフを初めて聴く人には勧めようとは思いませんけど。

時代は変わった。
街も変わった。
モノも変わった。
人も変わった。
歌も世につれ人につれて変わっていく。

その変ったことが。
いいことばかりもたらすなら。
こちらも眺めるままにだが。
そうとばかりでもないわけで。
故に。口のひとつも出したくなる。

進化は止まらない。
進歩も止まらない。
つれて助けられることも多くなる。
そうであってほしい。
それはそうなのだが。

時代が変わろうが。
何が変わろうが。
変わらずにあるものも。
必用なのではないかと。
そう感じることも、ままあって。

時代遅れと言われようと。
古い人間だと言われようと。
気にならない。
変っちゃいけない。
変えてはいけない。

そんなものに関しては。
きちんと。
見せておかないと。
正しておかないと。
遺しておかないといけないかなと。

世につれ人につれ。
そうではないものも。
あるのだと。
そうではないものの。
必用なのだと。

未だ。
それを。
覚えているうちに。
その事を。
訴えられるうちに。

時代遅れでも。
古くても。
頑固でも。
依怙地でも。
なんでもいいから。

行間を読むとか。
遠慮は必要なくても。
配慮は必要だとか。
多様性と多義性。
それを受け容れることの大切さとか。

譲ってはいけないこととか。
守らなくてはいけないこととか。
侵してはならないものとか。
敬意を払いつつも矜持を保つ。
その過程で得られるものの愛しさとか。

世につれては。
人につれては。
ならないもの。
それが自分から失われる前に。
遺していかなければならないのだろう。



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2015/11/16 Mon *人の中 / Ray Charles

20151116inperson


実際に。
自分で。
自分自身で。
経験しなければ。
感じなければ。

意味がない。
見えてこない。
聞こえてこない。
分らない。
考えることもできない。

だから。
可能な限り。
その場に赴き。
人の中に身を投じ。
その中で五感を働かせ。

目を逸らさず。
耳を塞がず。
心を閉ざさず。
頭を働かせて。
向き合うこと。

それが。
礼儀であり。
それが。
真摯であること。
そうなのだが。

時に。
どうにも。
人の中より。
自分の思いの中。
それが心地よいのが・・・困りもの。

『In Person』'60年リリース。
レイ・チャールズの2枚目となるライヴ・アルバム。
前年の地元ジョージアでの公演で収録されたもの(1曲を除く)で。
恐らく、当初はラジオ局の放送用として収録された音源と思われます。
「What'd I Say」が初のミリオン・セラーとなった直後と思われる。
熱く、勢いに溢れるレイの渾身、入魂のライヴを耳に出来る。それだけで価値があると。
収録時間が30分弱ってのが。何とも惜しまれるのですが。それでも十分に熱くさせられるものがあります。
ここで、レイが、ホーン・セクションを含むそのバンドが、そしてコーラスのレイレッツが一体となって奏でる音楽。
それはゴスペルでもあり、ブルースでもあり、R&Bでもあり、ジャズでもあり、ラテンでさえもあると。
ジャンルなど、カテゴライズなど何の意味も持たない。ただの歌としての、ただの音楽としての力。
それだけが、それだけで人々の心を揺さぶり、魂を震わせ、体を熱く出来るのだということ。
それ以外に。何か必要なものがあるのか。何かが必要とされるのかと。思わず、そう呟いてしまうのです。
レイとレイレッツ、そしてレイと観客の間で交わされるコール&レスポンス。
それはゴスペルであれば神と人の交感であり、ブルースやR&Bであれば人と人、男と女の交歓であり。
聖と俗とは相反するものではなく。表裏一体で切り離せないもの。時には交差するもの。だから生は素晴しいと。
そんな、ところまで感じさせてくれるレイの歌声であり、ライヴなのです。その場に居合わせたかったなと。
聖と俗を同等に歌える、感じさせられる。リトル・リチャード、サム・クック、オーティス・レディングに受け継がれた。
この力、この感覚こそがレイの存在を特別なものにしたのであり。それは、その生い立ちから音楽活動まで。
その中で、常に自らが現場にいて。自ら感じ取ったからこその賜物だと思わざるを得ないのです。
元が放送用の音源だった為なのか、レイと交感、交歓して狂喜乱舞、恍惚状態にあったと思われる観客席。
その歓声が控え気味にミックスされていて。やや臨場感に欠けるのが、このアルバムの最大の欠点かな。
それでも、針を落とすと。レイとの交感や交歓を疑似体験出来るのですから。贅沢は言えないかな。

実際に。
自分で。
自分自身で。
体験しなければ。
臨まなければ。

納得いかない。
見えるはずもない。
聞こえるはずもない。
分りはしない。
考えるまでもない。

だから。
可能な限り。
その場に立ち。
人の中に身を置き。
その中で五感を澄ませ。

目を開いて。
耳を傾けて。
心を平らげて。
頭を回転させて。
対峙すること。

それが。
仁義であり。
それが。
信義に足ること。
そうなのだが。

時に。
どうにも。
人の中より。
自分の辺土の中。
それが安らぐのが・・・惑いもの。

人の中で。
生きる。
その楽しさも。
その喜びも。
知ってはいるが。

人の中で。
生きてこそ。
助けられる。
救われる。
身に沁みながら。

時に。
否。
いつでも。
一人であることを。
欲してしまう。

一人。
思いの中。
辺土の中。
その心地よさ。
その安らぎ。

そこから。
離れられず。
そこから。
起き上がれず。
耽溺してしまう。

だから。
せめて。
惹かれる人達。
響く人達。
その中にだけは。
例え。
幽体離脱に似た。
感覚を拭えなくても。
身を投じている。
身を置いている。

そう。
感じている。
臨んでいる。
人の中にあり。
直に触れている・・・

それでも。
時に。
否。
いつでも。
もう一人の自分が辺土の中にもいるけれど。



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2015/11/15 Sun *違うだろう / Etta James

20151115songsforlovers


違うだろう。
それだけじゃないだろう。
何で。
そうなるの。
違う表現もあるだろう。

誰か。
自分と。
何かが。
異なる。
誰か。

その誰かに。
抱く感情は。
掛ける言葉は。
取る行動は。
一つじゃないだろう。

生まれたところ。
信じるもの。
目の色。肌の色。
性別。人種。
異なっていたとしても。

憎しみだけが。
大嫌いだけが。
暴力だけが。
異なるものへの。
接し方じゃないだろう。

性格が。
嗜好が。
異なるだけでも。
憎むのかな。嫌うのかな。暴力に訴えるのかな。
それだけじゃないだろう。

『Songs For Lovers』'62年リリース。
エタ・ジェイムスの4名目となるアルバム。
アルバム・タイトル。白人と思われる恋人たちのシルエットを使ったジャケット。
ジャズやポピュラーのスタンダードばかりの選曲。
ストリングスも含んだオーケストラによる演奏・・・チェスがエタに望んでいたもの。
既に売れっ子となっていたエタを、どの様に扱い、育てようとしていたか。
その目論見が、これほどあからさまなプロダクションも珍しいと言うか、安易と言うか。
そして。その目論見をものの見事に超越して、破壊してしまったのがエタ自身であると。
その迫力、その情感。あくまでもブルージーにソウルフルに歌い上げるエタ。
アルバムに針を落として。聴こえてくる最初の一声で。総てはブルースに変わる・・・
否、ジャンルを超越して。エタと言う、一人の素晴らしい、特別な黒人シンガーの歌に変わってしまう。
会社が、誰を購買層に想定して、仕掛けようと。お構いなしに。その圧巻の歌声で空間を支配してしまう。
その歌声の力は、ジャンルとかプロダクションとか。そして人種の壁さえも軽々と乗り越えてみせて。
結果として。今も色褪せることの無い、普遍の愛を謳う不変の歌になっているのです。何と素晴らしいことか。
エタが会社の目論見に敢えて逆らったのかどうかはわかりかねますが。
自分が歌えば、その生み出す黒いグルーヴがどんな結果をもたらすか。それは十分承知していて。
その上で。余裕綽々、貫録十分にマイクの前に立って歌ったのだろうなと。それだけで十分だったと。
以降、チェスは二度とエタに対して、同様のアルバムの制作は要求しなくなったと。痛快な話です。
それにしても。この時、エタは未だ二十代前半だったのですよね。とても信じられない味わいの深い歌声。
円熟味と可愛らしさを同居させて、実に見事に愛を歌い上げるエタ。聴く者を愛で包み込んでしまうエタ。
やはり、ビヨンセとはモノが違うのだと。残酷かもしれませんが。そう感じざるを得ないのです。
心が刺々しく、寒々しい。そんな夜にはこのアルバムに針を落としたくなるのです・・・

違うだろう。
それだけじゃないだろう。
何で。
そうなるの。
違う表現もあるだろう。

誰か。
自分と。
何かが。
異なる。
誰か。

その誰かに。
抱く感情は。
掛ける言葉は。
取る行動は。
一つじゃないだろう。

生まれたところ。
信じるもの。
目の色。肌の色。
性別。人種。
異なっていたとしても。

憎しみだけが。
大嫌いだけが。
暴力だけが。
異なるものへの。
接し方じゃないだろう。

性格が。
嗜好が。
異なるだけでも。
憎むのかな。嫌うのかな。暴力に訴えるのかな。
それだけじゃないだろう。

愛しさも。
大好きだも。
抱擁も。
異なる者への。
接し方だろう。

生まれたところ。
信じるもの。
目の色。肌の色。
性別。人種。
異なっていたとしても。

愛しいものは。
誰がなんと言おうと愛しい。
大好きなものは。
誰になにを言われようと大好き。
力の限りの、心からの抱擁は引き裂けない。

誰か。
自分と。
何かが。
異なる。
誰か。

だからこそ。
異なるからこそ。
愛しくて。
大好きで。
抱きしめて、離したくなくて。

だからこそ。
性格が。
嗜好が。
異なっても。
好きになって。愛して。抱き合うのだろう。
そいつを忘れてどうするのだ。

口にするなら。
歌うのなら。
愛しさを。愛を。
大好きで、大好きで。抱きしめ合いたい。
そんな思いを、口にしよう。歌にしよう。行動に移そう。

そうは思いませんかね。



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2015/11/14 Sat *根源へ / Various Artists

20151114darkmuddybottomblues


根源へ。

何故。
こんな事が起きている。
こんな事が続いている。
こんな事に終わりが来ない。
何故。何故。何故。

見えない。
聞えない。
知らない。
分からない。
それはそうだろう。

表面。
表層。
それも。
ほんの薄皮一枚。
その程度。

そんなものだけ。
見せない。
聞かせない。
知らせない。
分からせようなどと思わない。
そんな世界に生きているのだ。

何が。
真実か。
何が。
答えか。
分かりたければ。

自分で。
見にいくのだ。
聞きにいくのだ。
学びにいくのだ。
答えを導きだしにいくのだ。

根源へ。

『Dark Muddy Bottom Blues』'72年リリース。
スペシャルティ原盤のブルース・オムニバス・アルバム。
'50年代に録音されながらお蔵入りとなっていたものを発掘したもので。
ジョン・リー・フッカーやライトニン・ホプキンスと言った大御所から。
フランキー・リー・シムズやビッグ・ジョー・ウィリアムス。
果てはこのアルバムでしか、その名前を耳にしない様なブルース・マンまで。
その素晴らしいアルバム・タイトルとジャケットが象徴する様に。
暗く、黒く、深いブルース。聴く者の胸の奥に、心の底に、体の芯に。
直に響いてくる様な根源的なブルース。そいつが問答無用に迫ってきます。
針を落とした瞬間に、エレキを弾き語りながらジョン・リーの“あの声”で始まって。
その後に続くブルース・マン達総て。その声の独特の味わいと、声の良いこと。
勿論、美声と言う意味では無くて。ブルースを歌う為の声と言うのか。
ブルースを歌い続けてからこそのこの声なのか。兎に角、その声にやられます。
殆どが弾き語りか、それに近い最小限の編成によるブルースなのですが。
その迫力、生々しいが故の、息遣いまでもが迫ってくる様に思われるブルース。
そこに込められた喜怒哀楽。憎悪、諦念、哀感、愛欲、そして愛情と。
ここにこそ。ブルースの何たるか、人の生き様の何たるかが感じられる気すらしてきます。
テキサス、ミシシッピー・・・その荒野、その綿花畑。そこで繰り返される人々の営み。
そこから生まれた根源的な叫び、歌、それこそがブルースだったのだと思わされます。
その中でも。ジョン・リーと並んで。やはりライトニン。この2人はやはりモノが違うと。
声にしろ、ギターにしろ。そのプリミティブな響きには、やはり魂が震えるのです。

根源へ。

何故。
こんな事が起きるのか。
こんな事が続くのか。
こんな事に終わりが来ないのか。
何故。何故。何故。

見てない。
聞いてない。
知ろうとしない。
分かろうとしない。
それじゃ、当然だろう。

表面。
表層。
それも。
ほんの薄皮一枚。
その程度。

そんなものだけ。
見せられるのなら。
聞かせられるのなら。
知らされるのなら。
分からない様に謀れるのなら。
そんな世界に生きている自覚をもって。

何が。
真実か。
何が。
答えか。
分かろうとするのみだ。

自分で。
見にいけばいい。
聞きにいけばいい。
学びにいけばいい。
答えを導きだせるのは自分だけなのだ。

根源へ。

惑わされるな。
眩まされるな。
目を見開いて。
足下を。
見失うな。

諦めるな。
放棄するな。
唇を噛みしめて。
足下に。
力を入れろ。

起きている事の。
本質を。
真実を。
知らずに。
知ろうともせずに。

騒ぐな。
集うな。
寄るな。
巻かれるな。
そこには何も無い。

起きている事の。
本質に。
真実に。
少しでも近づき。
少しでも知ること。

そこから。
総ては始まる。
その時。
初めて闘いうるのだ。
だから。いま。

根源へ。
向おう。
立ち返ろう。
思い出そう。
学びとろう。



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2015/11/13 Fri *ガス欠 / Jr. Walker & The All Stars

20151113agasssss


ガス欠。
完全に。
スタミナ切れ。
エネルギー切れ。
にっちもさっちもいかない。

ガスを。
スタミナを。
エネルギーを。
入れないと。
補充しないと。

このまま。
ここで。
草臥れて。
果てて。
しまうには。

未だ。
行かないのだ。
そうは。
出来ないのだ。
だから。

ハイオクとか。
そんな高級なモノで無くていい。
純度100%などで無くてもいい。
とにかく。
早く。熱く。燃え上がる。

昂らせ。
奮わせ。
走り出したくなる。
走り出さざるを得なくなる。
そんなモノが欲しい。欲しくて堪らない。

『A Gasssss』'70年リリース。
モータウンにおいては異色の猥雑な魅力を一手に担って発揮していた男。
そのジュニア・ウォーカー率いるオール・スターズをジョニー・ブリストルが手掛けたアルバム。
先ずは、何と言っても。このジャケット。ブロウしまくるサックス、ファンカーであるウォーカー。
その猥雑な魅力と、そのエネルギーの源たる雑食性を見事に表現しつつ。ブリストルによるモダンなセンス。
それらが見事に表現されているかなと。モータウンらしい、キャッチーなデザインです。
さて。兎に角。大衆が望む音楽を届けることを至上命題としていたモータウン。
ヒットして、世間を賑わせている曲ならば、ロックだろうがポップスだろうが何でもカヴァーさせて。
所属する別のアーティストのナンバーも遠慮会釈なしに、他のアーティストにもやらせることも多く。
(まぁ、ソウル界全体にその傾向はありますけど。モータウンは特に顕著だったかなと)
ウォーカーとオール・スターズも、その例に漏れないのですが。一味、違うのは決して甘くならないところで。
ウォーカーのバリバリ、ブイブイ鳴りまくるサックスに象徴される様に。そのワイルドなサウンドで。
言ってみれば。ともすれば甘ったるいだけの存在に見られかねない、モータウンの最後の砦として。
モータウンは、ブラック・ミュージックを、ソウルを世の中に発信しているのだと。
その無尽蔵とも思われるエネルギーで、常にエンジン全開でブッ飛ばしていたのですよね。
勿論、ただブッ飛ばすだけじゃなくて。先述のカヴァーにしろ、オリジナル・ナンバーにしろ。
一度耳にしたら忘れられない。フックの効いた印象的なフレーズを、ここぞの、場面で見事に決めていて。
その影響は、特にモータウンの人気の髙かった英国では。ブリティッシュ・ビートのギタリスト達にも及んだと。
このアルバムでの「Hey Jude」の見事な換骨奪胎振りからも。その雑食に成らざるを得なかった故の。
消化力の凄さ、素晴らしさを存分に感じさせてくれます。多分にイメージで損をしているのでしょうが。
あのキング・カーティスにも劣らない才人だったと。そう言っても過言では無いと思うのですけどね。

ガス欠。
完全に。
スタミナ尽きて。
エネルギー尽きて。
どうにもこうにもならない。

ガスを。
スタミナを。
エネルギーを。
喰らわないと。
充填しないと。

このまま。
ここで。
萎れて。
くたばって。
しまうには。

未だ。
行かないらしいから。
そうは。
出来ないらしいから。
だから。

ハイオクとか。
そんな高級なモノじゃ無いのがいい。
純度など低くても構わない。
とにかく。
早く。熱く。炎を巻き上げる。

昂らせ。
奮わせ。
ブッ飛んでしまう。
ブッ飛ばざるを得なくなる。
そんなモノが欲しい。欲しくて堪らない。

品も。
質も。
あったものじゃない。
何でもいいから。
何でも構わないから。

エネルギーに。
なるものなら。
何でもいいから。
何でも構わないから。
片端から。

噛り付いて。
噛み切って。
咀嚼して。
呑み込んで。
溜め込んで。

少しの。
刺激でも。
僅かな。
熱でも。
燃え上がる。爆発する。

そんな。
エネルギーに。
なるものなら。
雑食で構わない。
節度なんか必要ない。

ガス欠。
それを。
解決できるのは。
自分の欲求の強さ。自分の消化力の強さ。
それしかないのだ。ガス欠、そいつ自体を喰い尽くせ。



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2015/11/12 Thu *解放し開放させ / Graham Central Station

20151112release


解き放てるか。
己を。
その。
身を。心を。
縛り付ける総てのものから。

自然で。
自然体で。
過ごそうと。
するならば。
ここから。そこから。

離れられなければ。
飛びたてられなければ。
呪縛から。
因果から。
逃れなければ。そうしなければ。

迷いも。
躊躇いも。
消えることは無い。
結局。
見えない糸に絡め取られて。

身動き取れず。
心晴れず。
引き摺りながらの。
時間の中、日々の中。
消耗してしまう。

解き放てるか。
己を。
その。
身を。心を。
縛り付ける総てのものから。

『Release Yourself』'74年リリース。
ラリー・グラハム率いるグラハム・セントラル・ステーションの2ndアルバム。
チョッパー・ベースの本家、師匠とも言われるグラハム。
実はプロデュースを依頼されたバンドを乗っ取る形で誕生したのがグラハム・セントラル・ステーションで。
この2枚目にしていよいよ本領発揮と言うか。完全に主導権を握って飛躍への階段を上ったかなと。
チョッパーを効果的に、ここぞと言ったところでかましながら、ファンキーなグルーヴを生み出すグラハム。
曲によってはタワー・オブ・パワーのホーン・セクションも迎えて。高みを目指そうとしている。
その目指す先にあったもの、見えていたのは。実はスライ&ザ・ファミリー・ストーンでは無かったかと。
それも。解雇されたグラハムが。もし自分が残っていたら、こうやって上り、高みに至ったのだと。
自らの手で異なるメンバーと表現してみせたと。当然、スライを、その視線を意識していたのだと。
一説では未だに何故、解雇されたか解からないと語っているらしいグラハム。
スライに対しては複雑な思いもあり。また、共に新しいファンクの道を開拓したとの自負もあった筈で。
どうしても。それをやらなければ。表して、世に問わなければ。様々なものを断ち切れなかったと。
決して、扇動的ではないものの。生き生きとした昂揚感に溢れたサウンド。そこにグラハムの決意。
落とし前をつけて、ハッキリさせて。自らを解放して新たな地平へと向かう決意を示したアルバムかなと。
そして。聴いている我々にも。共に自分自身を解放して。自由に新たな道、世界へと飛翔する。
その可能性に賭けてみようと。そう語りかけてくる様な気がするのです。その様が実に心地良いかな。
グラハムとチョコのヴォーカルの掛け合いも、実に息が合っていて。それもまた素晴らしくて。
そこに。ゴスペル、ソウル、ファンクと繋がる、ブラック・ミュージックならではの聴く者を巻き込んで。
そして昂揚させて、高みへと上り詰めていく。そんな芸能としての血が受け継がれていることを感じます。

断ち切れるか。
己を。
その。
身を。心を。
縛り付けている総てのものから。

自然に。
自由に。
行きようと。
するならば。
ここを。そこも。

断ち切らなければ。
捨て去らなければ。
束縛からも。
因縁からも。
離れなければ。そうしなければ。

悩みも。
困惑も。
消えることは無い。
結局。
見えない巣に囚われて。

身動きならず。
心浮かず。
沈みながらの。
時間の中、日々の中。
埋没してしまう。

断ち切れるか。
己を。
その。
身を。心を。
縛り付ける総てのものから。

解き放てるか。
断ち切れるか。
そう考える前に。
感じるままに。
反応するままに。

そのままに。
動いてしまえば。
跳んでしまえば。
自然に。自由に。
なれるのだと。

それは。
分かっているのだが。
分かってしまったが故に。
感じる前に。反応する前に。
身も心も動けない。

叶うなら。
いま、一度。
まっさらにして。
そこへ立ち戻って。
感じるところから始めたい。

感じるままに。
解き放って。
断ち切って。
反応するままに。
自然に。自由に。

歩いて。
愛して。
自分自身を。
解放したい。
開放させたいのだ。



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2015/11/11 Wed *乗り越えなければ / Don Bryant

20151111precioussoul


一人一人の。
命は勿論。
心も。思いも。
その宿りし魂も。
大切なのだと。

それは。
当然のことでありながら。
一方で。
その扱いや。
その価値に。

差がある。
差がつけられている。
それも。
また厳然とした事実で。
如何ともしがたい。

だから。
せめて。
己、だけでも。
平等に。
公平に接したいと思うのだが。

思う端から。
自然に。
順番とか。序列とか。
そんなものを意識している。
そんな自分に絶句しもする。

何故。
ただ大切に思い。
ただ尊重する。
それが出来ないのかと。
絶望に近い気持ちを抱く。

『Precious Soul』'69年リリース。
メンフィス出身のソウル・シンガー、ドン・ブライアント。
その1stにして唯一のオリジナル・アルバム。
ウィリー・ミッチェルとの行動を共にし。ミッチェルがハイを設立すると。
ごく自然にハイの所属となったブライアント。
しかし、シングル盤を何枚リリースしても、南部のごく一部でしか売れなかったとか。
それ故に。このアルバム。A面がアップ・テンポ。B面がミディアムからスローで構成されているのですが。
但し、全曲が他のシンガーの、それもかなり有名なナンバーのカヴァーだけを歌わされていると言う。
あまりと言えばあまりの扱いにも思えるかなと。アルバム・タイトル通りに素晴らしいソウルではあるものの。
ブライアントの思いを考えると、少しは尊重しろよと。何だか皮肉にも感じられるタイトルかなとも。
ソングライターとして優れていたブライアントに。その道に専念させる為にミッチェルが仕掛けたとも言われ。
事実、このアルバムも商業的成功とは無縁で。シンガーとしてのブライアントは引導を渡されたと。
凄く深い素晴らしい歌声なのですけどね。妙に洗練されてなくて。いなたく。その実直さが伝わってきて。
曲によってはオリジナルよりも素晴らしいと言うか、ブライアントの解釈がより深く胸を打つと言うか。
ただ。オリジナルを歌った、ジェイムス・ブラウン、ウィルソン・ピケット、サム&デイヴ等々・・・
彼等と比較すると。確かに地味と言うか。ハッキリ言えば華は無いよなと。そこが魅力だったりするのですが。
そうだなぁ。聴き手じゃ無かったら。ハイの、ミッチェルの判断は間違って無かったとも言えるかなと。
現に、数々の名曲を書いて。後に妻となるアン・ピーブルズの成功はブライアント無くしては無かった筈で。
人には、その才能や、その魂の輝かせ方、輝く場所には、色々あるのかなと感じなくもありません。
どうしても。枕詞に。アンの夫とついてしまう宿命をブライアントがどう思っていたかはわかりませんが。
それでも。シンガーとして認められたいとの思いは常にあったのではと思うのですけどね。どうかな。

一人一人の。
命は勿論。
心も。思いも。
その宿りし魂も。
掛け替えのないものなのだと。

それは。
当然のことでありながら。
一方で。
その歩み道程や。
その与えられる評価に。

違いがある。
違いがつけられている。
それも。
また厳然とした事実で。
歯軋りをしたくもなる。

だから。
せめて。
己、だけでも。
平等で。
公平でありたいと思うのだが。

思う端から。
無意識に。
順位とか。見返りとか。
そんなものを優先させている。
そんな自分に呆然としもする。

何故。
ただ大事に思い。
ただ敬意を持って接する。
それが出来ないのかと。
絶望に近い気持ちで頭を抱える。

命。
心。
思い。
魂。
その重さに。

命。
心。
思い。
魂。
その値に。

差など。
違いなど。
存在して。
いい道理など。
どこにもない。

そう思いながら。
そう感じながら。
何故。
人と人を。
己と人を。

比較してしまうのか。
競争させてしまうのか。
自然に。無意識に。
そんな行いを。
してしまうのか。

一人一人の。
輝き方は。
一人一人の。
輝く場所は。
異なってもいい。

ただ。
それを。
差別なく。
貴賤など思いもせず。
受け容れられる己でありたいのだが。

そいつが。
どうして。
なかなか難しい。
だが乗り越えなければ。
この不公平な世界に対峙する資格も得られないのだ・・・



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2015/11/10 Tue *風を、流れを / Bonnie Raitt

20151110slipstream


風を。
流れを。
利用する。
それが必要な。
時間もある。

そう。
思えれば。
感じられれば。
強風や。
濁流も。

受け流す。
やり過ごす。
そんな自分を。
許せる。
認められる、かもしれない。

風を。
流れを。
真面に受けない様に。
何かを。時には誰かを。
利用する。

それすらも。
必用な。
そんな時間もある。
そんな時期もある。
そこまで吹っ切れれば。

隠れて。
盾にして。
時が来るまで。
後をついていく。
そんな自分を受け容れられる、のだろうか。

『Slipstream』'12年リリース。
前作から7年の間隔が空いた、ボニー・レイットの2枚組オリジナル・アルバム。
発売直後に。偶々、アナログ盤を目にして。久し振りだなと入手しましたが。
ボニーのオリジナル・アルバムを新譜で手に入れたのはそれこそ二十年振りくらいで。
'70年代前半~中頃のアルバムには、割と頻繁に針を落としていたものの。
そうか、未だ現役だったのかと。妙に感傷的な気分で針を落としたのですが・・・
もう。枯れるとか、懐古的になるとかとは無縁の。元気なボニーのギターと歌声に驚かされたと。
何しろ、'00年以降は活動のペースも落ちて。あまり情報も耳に入ってこないし。
このアルバムがオリジナル・アルバムとしてはやっと3枚目だったとのかな。そんな状況だったので。
正直、あまり期待していなかった分、ブッ飛ばされたと言うか、嬉しさのあまり顔がほころんだと言うか。
ボニーならではの、ブルースをベースにしたアーシーなロックと、テンダーなバラード。
変わらぬ魅力に、いい塩梅で年輪が刻まれてと。いい意味での余裕、マイ・ペースの成果としてのアルバム。
それを届けてくれたボニーに、感謝するとともに。改めて御見それしましたと脱帽したのでした。
ハウリン・ウルフや、ジュニア・ウェルズとも親交があり。フレッド・マクダウェルに師事したボニー。
女性のスライド・ギタリストの先駆者として名高い、その腕前はこのアルバムでも遺憾なく発揮されていて。
しかも、どうやら今回はそのスライド・ギター(とヴォーカル)に専念したとのことで。
ボニーならではの、柔らかな温かみも感じさせるスライドの響きに存分に酔いしれることが出来るのです。
録音には知る人ぞ知る名鍵盤奏者のマイク・フィニガンの名前もあって。その鍵盤の響きも心地よいなと。
考えてみれば。長らくその実力や評価に見合う成功には恵まれなかったボニーです。
キャリア20年にして、漸く全米チャートを制してグラミー賞も獲得。成功と名声を手にした苦労人です。
雌伏の時、逆風の時の対応は否が応でも身に付いた筈で。故に、成功や名声に溺れることも無く。
風の避け方、風の利用方法も熟知した上でのマイ・ペースかなと。アルバム・タイトルを深読みしたり、ね。

風も。
流れも。
無視する。
それが必要な。
時間もある。

そう。
思えれば。
感じられれば。
逆風や。
泥流からも。

目を逸らして。
身もかわして。
そんな自分を。
許せる。
認められる、かもしれない。

風に。
流れに。
呑み込まれてしまわない様に。
何かを。時には誰かを。
風除けにする。

それすらも。
必用な。
そんな時間もある。
そんな時期もある。
そこまで割り切れれば。

隠れて。
盾にして。
時が来るまで。
後に潜んでいる。
そんな自分を受け容れられる、のだろうか。

風に向かって。
流れに逆らって。
前に進む。
闘いを挑む。
その意志はあれども。

風を受けても。
流れに飲まれても。
揺るがない。
真面に立ち向かう。
その矜持はあれども。

時には。
雌伏を余儀なくされ。
意志も。矜持も。
流されそうな。飲み込まれそうな。
そんな時には。

ひとまず。
兎に角。
風を避けて。
流れを逸らして。
身を守り。

時を待つ間は。
何かを。誰かを。
盾にして。
後を追いながら。
後に潜みながら。

その時までは。
マイ・ペースを貫いて。
その時が来たら。
一気に前に出るのだと。
一気に抜きに出るのだと。

そこまで。
吹っ切れれば。
割り切れれば。
自分を。
許せるのだろうか。認められるのだろうか。
受け容れられるのだろうか・・・



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2015/11/09 Mon *手綱 / Crazy Horse

20151109crazymoon


身の内で。
胸の内で。
何かが。
蠢き。
暴れはじめる。

こいつと。
上手く付き合えれば。
こいつの手綱を。
上手く操れれば。
良いのだが。

そいつが。
どうにも。
難しく。
厄介で。
己を危うくする。

抑え込めず。
と言って。
解放もできず。
煮えたぎったまま。
身を焦がし始める。

何が。
狂わすのか。
何を。
感じて。
狂うのか。

大人しかった馬が。
突然、暴れ馬に変貌するかの如く。
穏やかだった筈の己も。
突然、狂気に支配されてしまう。
抑え込めず、解放もできぬままに。

『Crazy Moon』'78年リリース。
ニール・ヤングとの活動でも知られるクレイジー・ホース。
単独のアルバムとしては6年振りとなった4枚目のアルバム。
メンバー・チェンジ等により3人編成となった新生クレイジー・ホース。
ビリー・タルボット、ラルフ・モリーナ、フランク・サンペドロと。
ニールのアルバムでもお馴染みのメンバーに。ニールを始めとしたゲストが加わって。
今まで以上に、ハードなギターがうねる、暴れるサウンドを聴かせています。
'60年代の終りからニールと親交があり、ニールを支えてきたクレイジー・ホースですが。
確か、'70年代に入ってからは暫くニールとの活動にブランクがあって。
このアルバムの制作される数年前から再び、ニールとの活動を再開したのかな。
それもあってか。当時のニールのアルバムと共通した匂い、肌触りがするのは自然な流れかなと。
ニールは5曲に参加して。ギターを弾いていて。クレジットは無いもののそれらの曲ではプロデュースも行いと。
積極的にバック・アップしています。面白いのはそのギターの音色はまさしくニールのそれなのですが。
それでも、不思議とクレイジー・ホースのメンバーとしての音に聴こえるところで。
この溶け込み具合、その阿吽の呼吸こそが。クレイジー・ホースとニールとの絆の強さを感じさせます。
自分が好きなニールのアルバムって。殆どがクレイジー・ホースと組んでいるもので。
ニールはその好奇心の強さで、後にはあのMGズとアルバムを制作したりもしていますが。
一番、相性がいいと言うか、刺激されるのは、何と言っても。この〝暴れ馬“達と組んだ時だと思います。
激しく、時には穏やかに思わせながら、怒りに満ちている時、闘いを挑む時。
そんな時にはニールも、殆どクレイジー・ホースを指名していますからね。ニール自身もわかっていると。
派手なギター・ソロとか、激しいシャウトが無くても。ハードに、暴れるサウンドを聴かせるクレイジー・ホース。
このアルバムを聴いていると。何故、ニールが、このバンドに拘っているのかが腑に落ちるのです。

身の内で。
胸の内で。
何かが。
ざわめき。
嘶き始める。

こいつと。
上手く付き合える時。
こいつの手綱を。
上手く操れる時。
そんな時は、良いのだが。

そいつが。
そんな時ばかりでなく。
端から。
上手くいかない、操れない時。
己を見失いそうになる。

抑え込む、意志の強さも無く。
と言って。
解放する、覚悟も無く。
燻り続けて。消えることは無く。
心を闇が支配し始める。

何が。
狂わすのか。
何を。
感じて。
狂うのか。

大人しかった馬が。
突然、暴れ馬に変貌するかの如く。
安らいでいた筈の己も。
突然、暗黒面に支配されてしまう。
抑え込めず、解放もできぬままに。

いっそ。
遺志をもって。
抑え込めればと。
思いはするが。
そいつは恐ろしい。
いっそ。
覚悟をもって。
解放してしまえばと。
思いもするが。
そいつも恐ろしい。

どっちつかずで。
煮えたぎり。煮詰まり。
燻り。焦がし。
己が危うさを。己を。
見失う。

目に見えない。
何かが。
その満ち欠けが。
その潮目が。
狂わせるのか。

それとも。
元々。
己が中に。
狂気が宿っていて。
制御できなくなってきているのか。

付き合うことなど。
手綱を操ることなど。
諦めてしまえば。
暴れるままに任せてしまえば。
楽になれるのだろうか。

そんな。
囁きに。誘惑に。
勝てなくなる時が。
いつか来る、きっと来る。
そんな思いに支配されていく。



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2015/11/07 Sat *絶滅危惧種 / George Thorogood And The Destroyers

20151107georgethorogoodandthedestro


どうやら。
俺だけでなく。
ここに集っている。
連中は皆が。
絶滅危惧種らしい。

未だに。
この時代に。
ロックンロールが。
ブルースが。
大好きで。

しかも。
生の音が。
生の歌が。
その熱気が。
大好きで。

週末の夜だと言うのに。
いつもの様に。
いつもの顔が。
どこからともなく集まって。
バーボンだ、スコッチだ、ビールだと。

飲んで。
騒いで。
汗だくになって。
酸欠になりそうになりながら。
ロックンロールに、ブルースに震えている。

純粋なのだか。
愚直なのだか。
どちらにしろ。
世の流れとやらからは、とり残されているらしい。
そうか。絶滅危惧種なのだな。俺達は。

『George Thorgood And The Destroyers』'77年リリース。
きっと今夜も。この世界の何処かの街角で。御機嫌なライヴをやっている。
そんな気にさせてくれるジョージ・サラグッド・アンド・デストロイヤーズ。
全米一、愚直なロックンローラー、サラグッドが率いるデストロイヤーズの1stアルバムです。
このアルバムにサラグッドとデストロイヤーズの総てがあると言い切って構わないかなと思える程。
この後も、そして今も。基本的に何も変わらない。その頑固一徹なところ、その逞しさ、しぶとさ。
それこそが、サラグッドとデストロイヤーズの真骨頂にして最大の魅力と言えます。
兎に角、ロックンロールとブルースが大好きで。そいつをやることにしか興味が無いと言う潔さ。
この世には素晴らしいロックンロールやブルースがある。だから、オリジナル・ナンバーなんか必要ないと。
そう言い放ったらしいサラグッド。レコード会社に説得されたのかオリジナルが2曲ほど収録されていますが。
ハッキリ言って、どれがオリジナルで、どれがカヴァーか区別がつきません。まぁ、それ程までに。
ロックンロールやブルースが、既にこの段階で血肉になっていたってことの証とも言えるのかな。
特にジョン・リー・フッカーで知られる「One Bourbon, One Scotch, One Beer」のタフで、ラフで、ワイルドな様。
この1曲だけで。奴等、サラグッドとデストロイヤーズが〝本物“であることが明らかなのですよね。
確か、’81年だったか、ストーンズの全米ツアーのオープニング・アクトに選ばれて。
一時は日本でもある程度の人気を博したものの。大きなブレイクには繋がらず。知る人ぞ知る存在のまま。
けれども。たぶん。サラグッドって人は、そんなことは気にも留めて無くて。今夜もどこかでライヴがやれれば。
アルコールと、煙草と、人いきれ。そんな猥雑な空気を切り裂くロックンロールとブルースを。
ビシッと決められれば。それだけでいいと。それだけに総てをかけて生きている様な気がして。
そこが、好きと言うか、信じられると言うか。要は今や貴重なその愚直な様に、自分と同じ匂いを感じて。
勝手に、同じ絶滅危惧種同士としての親近感を抱いているだけなのかもしれませんが。

なんだよ。
俺だけかと思ったら。
ここにいるのは。
一人残らず。
絶滅危惧種らしい。

未だに。
この世界で。
ロックンロールに。
ブルースに。
魅せられて。

しかも。
生の音の。
生の歌の。
その思いが。
大好きで。

土曜の夜だと言うのに。
いつもの様に。
いつもの顔が。
ごく当たり前の様に集まって。
ギネスだ、ジャックだ、ダブルだと。

飲んで。
踊って。
声を枯らして。
頭が真っ白になりそうになりながら。
ロックンロールを、ブルースを感じている。

純粋なのだか。
愚直なのだか。
どちらにしろ。
世界の趨勢とやらからは、とり残されているらしい。
そうさ。絶滅危惧種なのだな。俺達は。

どうやら。
音楽って言うのは。
趣味とやらの一部で。
熱くなるとか、燃えるとか。
そんなものでは無いらしい。

流行りは。
ダウンロードとやらで。
好きな曲だけを。
ヘッドホンで。
一人で楽しむことらしい。

別に。
誰とも。
共有することも。
共感することも。
必要ないらしい。

ましてや。
わざわざ。
部屋から外へ出て。
ライヴなんかに。
行くことなど想像もしないらしい。

酒の匂いも。
煙草の煙も。
人いきれも。
そこに溢れる熱気も。思いも。
そんなものには用は無いらしい。

なるほどね。
俺達は。
確かに。
愚直なまでに。
絶滅への道を歩んでいるらしい。

中でも。
アナログ盤になど。
拘って。
生活も、命も。
賭けている、このロック馬鹿は。

間違いなく。
絶滅への道を。
先頭切って。喜々として。
歩んでいる。
転がっているに違いない。

絶滅危惧種。
まぁ、構わないか。
どうやら人類そのものが。
絶滅の危機に瀕しているのだから。
明るく、楽しく、先頭を切って転がっていってやろう。

ロックンロールと共に。
ブルースと共に。
そいつに憑つかれて。
そいつを愛して。
滅びるなら本望だからな。それでいい。



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2015/11/06 Fri *独りなのだから / Ron Wood

20151106ivegotmyownalbumtodo


その思いは。
その考えは。
今も。
変わることなく。
自分の根源にある。

独りなのだと。

何処でも。
いつでも。
誰といても。
とどのつまりは。
独りなのだと。

どんなに。
心安らぐ空間であっても。
どんなに。
気の置けない間柄であっても。
消えるのだと。いなくなるのだと。

いつもの夜。
いつもの会話。
いつもの笑顔。
じゃぁ、またねと。
扉を閉めた。

その時には。もう決意していたのだろう。
またね、の。そのまたは。その日は。
二度と訪れることは無いと。
これが永遠の別れになると。
なんて、残酷な。またね、だったのだろう。

共にあって。
共に心安らいで。
共に気を置けないで。
それでも。そんな別れもあるのだ。できるのだと。
そうか。やっぱり。俺は間違っていなかったと思い知らされた。

独りなのだと。

『I’ve Got My Own Album To Do』'74年リリース。
邦題『俺と仲間』がなんとも、その内容を言い当てているロン・ウッドの1stソロ・アルバム。
当時はフェイセスのメンバーだったロン。ストーンズとの親交も既に深くて。
そのフェイセス、ストーンズのメンバーが大挙して参加。ミックとロッドはロンとデュエットを披露し。
キースに至っては、他人様のアルバムでリード・ヴォーカルをとると言う暴挙(?)に出ています。
何でもデヴィッド・ボウイも参加していて。ストーンズの「It’s Only Rock ‘N Roll」の原曲はその際に録音されたとか。
録音はロンの自宅だかスタジオで行われて。キースなんかは居座っちゃって。スタジオ代より酒代が嵩んだと。
そんな。如何にも陽性な、誰からも好かれる、誰をも仲間にしてしまうロンの人柄が素直に表れたアルバムで。
針を落とすと。ロックンロールだ、ソウルだとか言う前に。その居心地の良い空気の匂い。
心安らぐ空間で、気の置けない連中が集まって音楽を楽しんでいる。その匂いが堪らないアルバムなのです。
そうそう。後にその名を轟かす、ウィリー・ウィークスとアンディ・ニューマーク。そのリズム隊も。
このアルバムでの録音時で初めて組んでいるのですよね。あの御機嫌なうねりと弾みの生みの親はロンだったと。
このアルバムを聴いてスティーヴ・ウィンウッドが自身のソロ・アルバムで起用して名声が広まったと。
キースに言わせると、ロンは最高のカウンセラーで、死にたい奴はロンに会えばその気も失せるらしいですが。
何の根拠もありませんが。このアルバムを聴いていると。そうかも知れないなと感じたりもして。
大体、アルバム・タイトルでやっと俺のアルバムを創ったぜと、そう高らかに宣言しながらも。
キースにリード・ヴォーカルをとらせてしまう。普通はしないよなと、思いつきもしないよなと。
それだけ。ロンにとっても。録音の過程が、本当に楽しくてしかたのないアルバムだったのだろうなと。
スタジオ代と酒代を考えると。恐ろしくもなるのですが(笑)、そんなことなど問題外だったのでしょうね。
決して、ロック史に残る名盤とか傑作ではありませんが。ロック史上、これだけ陽気で御機嫌なアルバムも無いだろうと。
記録では無くて、聴く者の心に、記憶に残り続けるアルバムであると。そう確信して止まないのです。
一度、針を落とすと。いつまでも、その空気に、匂いに包まれていたくなってしまうのです。

その思いは。
その考えは。
この先も。
変わることなく。
自分の根源にあり続けるだろう。

独りなのだと。

何処へ行っても。
いつであっても。
誰と出逢っても。
とどのつまりは。
独りなのだと。

どんなに。
心安らぐ空間を見つけても。
どんなに。
気の置けない間柄になったとしても。
消えるのだと。いなくなるのだと。

ある夜。
いつもの会話。
いつもの笑顔。
じゃぁ、またねと。
扉を閉めて。手を振って。

その時には。わからなくても。
またね、の。そのまたは。その日は。
二度と訪れることは無いこともあるのだと。
それが永遠の別れになることもあるのだと。
なんて、残酷な。またね、が存在することを。

共にあって。
共に心安らいで。
共に気を置けないで。
それでも。そんな別れもあるのだ。起きてしまうのだと。
そうさ。やっぱり。俺は間違っていないのだと確信してしまっている。

独りなのだと。

消えるのだ。
いなくなるのだ。
ある日突然。
何の前触れも無く。
空間も、人も、空気も、匂いも。

そして。
その残り香の中に。
とり残されて。
もがき苦しむのだ。
苛まれ続けるのだ。

独りなのだと。

その残り香が。
強ければ強いほど。
どうしようもなく。
打ちのめされて。
蹲ってしまう。

誰にも誰かの代わりはできない。
残された匂いは。
失われた欠片は。
抉られた傷口は。
他の誰にも埋められはしないのだ。

残り香の中。
歪に欠けた心を抱えて。
傷口から血を流し続けて。
年を経る程。歳を重ねる程。
堪えられなくなっている。

独りなのだ。

なのに。
悪戯好きの何ものかが。
偶然を装って。
必然の出逢いを。
忘れた頃に、また仕組みやがる。

心、安らげば、安らぐほど。
気、置けなければ、置けないほど。
愛すれば、愛するほど。
ふと、慄然とするのだ。
また、新たな喪失の始まりに過ぎないではないかと。

独りなのだ。

それでも。
性懲りも無く。
その仕組まれた悪戯に。
乗ってしまう。
そうさ、もうここまで来てしまったのだ。

濃厚な残り香の中で。
最後の一片になって崩れ落ちて。
溢れ出た血だまりの中で溺れて。
朽ち果てる。その覚悟を決めていればいいのだから。
独りなのだから。



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2015/11/05 Thu *この羽ばたき / Hummingbird

20151105hummingbirdukorg_2


小さな。
羽で。
小さな。
体で。
羽ばたき続ける。

羽ばたき続けなければ。
飛んでいられない。
生きてはいかれない。
優雅に見えるものほど。
その実、必死でもがいていたりもする。

未だ。
羽ばたき始めたばかり。
漸く。
止まり木を見つけたばかり。
ここに縄張りを張るのであれば。

この。
羽ばたきが止まらぬ様に。
この止まり木を失わぬ様に。
そして。
縄張りを張って。得るものを得られる様に。

羽ばたかなければならない。
闘わなければならない。
落とさなければならない。
だからといって。
見透かされてもならない。

故に。
羽ばたきを優雅に見せて。
もがく、焦る心はひた隠し。
熱意だけは羽ばたきの隙間から垣間見せ。
眼前で飛んで、舞ってみせるのだ。

『Hummingbird』'75年リリース。
所謂、第二期ジェフ・ベック・グループの残党(?)を中心に結成されたハミングバードの1stアルバム。
元々第二期ジェフ・ベック・グループ自体が、妥協の産物と言うか、何と言うか。
ティム・ボガートとカーマイン・アピスと(ロッド・スチュワートと)バンド結成を目論んでいたベックが。
自動車事故を起こして。休養している間にボガートとアピスはカクタスを結成(ロッドはフェイセスに加入)。
そこで新たにマックス・ミドルトン等に声を掛けて結成されたのが第二期ジェフ・ベック・グループでした。
ところが。ボガートとアピスがカクタスを脱退するとベックは彼等と合流してベック、ボガート&アピスを結成。
残されたミドルトン、ボブ・テンチ、クライブ・チャーマンが新たにメンバーを加えてハミングバードを結成したと。
ソウルフルで。スリリングで。ハードなサウンドが実にカッコ良かった第二期ジェフ・ベック・グループ。
そのソウルフルな感覚をより高め、そこにジャージーで温かく繊細な感覚を持ち込んだサウンド。
バンド名が象徴するようにハミングバード、ハチドリの美しく素早く羽ばたく様をイメージさせられます。
その実力に比して知名度の低い、地味なメンバーばかりな為に知る人ぞ知るバンドではありますが。
ミドルトンの何とも鮮やかで、滑らかで、味わいのあるエレクトリック・ピアノの響きや。
テンチのソウルフルで、時にはブルージーですらある伸びのある歌声。
そして。アルバム全編に渡って漂う、洒落っ気と小粋さ。そのアダルトでありながらも、弾ける感覚。
確かに。万人受けはしないかも知れませんが。ブリティッシュ・ロックやソウルに魅せられた人間なら。
その中の何人に一人かの耳には必ず残るサウンド、羽ばたく音がツボにはまると堪らないアルバムなのです。
メンバー・チェンジを経ながら3枚のアルバムを制作して解散。その間にミドルトンは再びベックと組んで。
あの、ベックの『Blow By Blow』に多大なる貢献を果たすことになります。
言わば、ベックが一旦は放り出してしまった方向性を守り育てていたのはミドルトンだったわけで。
ハミングバード、その羽ばたきは微かなものの様で、実はとても大きなものだったのです。

小さな。
羽で。
小さな。
体で。
羽ばたき、挑み続ける。

挑み続けなければ。
飛ぶことさえままならない。
生きていく術を失いかねない。
優雅に思える時ほど。
その実、必死であがいていたりもする。

未だ。
羽ばたきは力強さに欠け。
漸く。
止まり木にしがみついている。
ここに縄張りを張るのであれば。

この。
羽ばたきが力を得る様に。
この止まり木を確かなものとする様に。
そして。
縄張りを守って。得たものを手放さぬ様に。

挑まなければならない。
闘わなければならない。
落とさなければならない。
だからといって。
見苦しくなってもならない。

故に。
羽ばたきを優美に見せて。
あがく、怯える心はひた隠し。
思いだけは羽ばたきの隙間から垣間見せ。
眼前で舞いながら、挑んでみせるのだ。
この羽ばたきが。
今は。
未だ始めたばかりの。
羽ばたきが。
続いた時、その時。

この羽ばたきが。
今は。
未だ力強さに欠ける。
羽ばたきに。
力が宿った、その時。

この羽ばたきが意味を持ち。
この挑戦が。
この戦闘が。
意義あるものへと変わる、その時。
得られるものが姿を現す。

その時まで。
この羽ばたきを。
優美に。
優雅に。
舞い踊る様に見せ続けられれば。

この羽ばたきに。
隠された。
もがきも。あがきも。
必死の思いも。
総てが報われる。総てが実を結ぶ。総てが粋として片づけられる。



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2015/11/04 Wed *濃度を・・・ / Silverhead

20151104silverheadukorg


濃度を上げよう。

どうにも。
こうにも。
上がらない。
上がってこない。
その気にならない。

放っておいても。
いいのだが。
一勝負を控えて。
このままでは。
少々、不味い。

かわして。
すかして。
目を眩ませて。
ひとまず。
やり過ごす。

その手が。
無いわけでは。
無いけれど。
リングに上がる機会。
手を合わせられる好機。

みすみす。
無駄にするのは。
勿体ないし、面白くない。
無理にでも。
戦闘モードに入るのだ。

上がれ。
上がってこい。
闘争本能を目覚めさせ。
アドレナリンを。
溢れさせるのだ。

『Silverhead』'72年リリース。
当時の邦題が『恐るべきシルヴァーヘッド』なる仰々しいものだったシルヴァーヘッドの1stアルバム。
蟹股の大股開きでジャケットを飾っている、マイケル・デ・バレス。
元来は俳優を目指していたらしいマイケルが何故かEMIとソロ歌手として契約を結んで。
音楽雑誌に、エロティックなミュージシャン求むみたいな広告を出してメンバーを募集したと。
恐らく、当初はマイケルとそのバック・バンドみたいな構想だったと思われますが。
結局はバンドとして、ディープ・パープルのパープル・レコーズからデビューを飾ることとなったと。
サウンド的には、重心の低い、グッと腰の落ちたハード・ロックで。ストーンズとかフリーの後継を思わせて。
その、腰の落ち具合が絶妙で。何ともカッコいい、如何にもブリティッシュな匂いのする魅力的なバンドで。
マイケルのルックスの良さ、華のある存在感も抜群で。これぞ大看板のヴォーカリストって雰囲気も素晴らしく。
普通に考えたら、絶対に売れるはず。少なくとも英国では人気が出るはずだと思うのですが・・・
これが、日本以外ではこけちゃったのですね。何故にと。後追いで聴いた身としては不思議なのですが。
時代が悪かったと言うか、何というか。グラム・ロックの全盛期ですからね。マイケルのルックスも裏目に出て。
その華やかさ、艶やかさ故に。グラム・ロックのブームに便乗した輩として十把一絡げにされたのかなと。
そうとでも思わないと。このロック濃度の濃い、ロックな昂揚感に溢れた、このカッコいいバンドが売れなかった。
その真価が問われなかった事への納得がですね。どうしてもいかないかな。
だってね。ストーンズやフリーと同様に。針を落とせば。そのサウンドを耳にすれば。
血中のロック濃度が濃くなり、ロックなアドレナリンが溢れだすこと間違いなしの、傑作アルバムなのですから。
唯一の救いは。日本では当時の東芝EMIが、マイケルのアイドル性に目をつけて大いにプッシュしたお蔭で。
結構、人気を博したらしく。今でも、その存在が忘れられてないことでしょうか。
尤も。マイケルがフランス貴族の末裔で、高貴な血が流れている云々みたいな話は、どうやらでっち上げの様で。
そんな話が罷り通る、そんな宣伝が許されていた。ある意味でとってもいい時代の逸話でもあって。
良くも悪くも。マイケルの存在に運命を左右されたシルヴァーヘッドだったのです。
くどいけど。本当にカッコいい、本物のロック、ロックンロール・バンドなんだよなぁ。大好きなのです。

濃度を濃くしよう。

どうにも。
こうにも。
濃くならない。
薄まったまま。
その気が起きない。

このままでも。
いいのだが。
一勝負を控えて。
このままでは。
やはり、旨くない。

肩透かし。
蹴たぐり。
打っ棄り。
猫だまし。
変わり手もあるけれど。

その手は。
出来る限り。
使いたくない。
土俵に上がる機会。
胸を借りられる好機。

真っ向勝負を。
避けるのは。
勿体ないし、面白くない。
無理にでも。
戦闘のスイッチを入れるのだ。

上がれ。
上がってこい。
戦闘意欲に火をつけて。
アドレナリンを。
溢れさせるのだ。

多少。
仰々しくても。
大袈裟でも。
盛ってでも。
上がればいい。

ある程度。
見得を張って。
ハッタリを利かせて。
自己暗示にかけてでも。
濃くなればいい。

勿論。
虚々実々の。
駆け引きも。
情報戦も。
あっていい。

あっていいが。
勝負の場に上がったら。
重心低く。
腰を落として。
真っ向からぶつかりたい。

それでこそ。
面白い。
楽しめる。
そこにこそ。
醍醐味がある。

血中の。
戦闘濃度を。
上げよう。
濃くしよう。
限界を超えて。

溢れ出る。
アドレナリンの。
その。
赴くままに。
真っ向勝負。

それでこそ。
その時にこそ。
己の。
真価が。
己でも問えるのだから。



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2015/11/03 Tue *彼の日も、今日の日も / Thunderclap Newman

20151103hollywooddreamorg


彼の日も。
こんな風に。
今日の様に。
陽光の下で。
空気が輝いて。

まるで。
特別な。
何かが。
空気の中に。
漂っている様で。

思わず。
足を止めて。
空を見上げて。
深呼吸をして。
微笑んだのではなかったか。

でも。
直ぐに。
また。
歩き出して。
そんなことは。
すっかり忘れて。

普通の。
日常の中の。
秋の一日を。
穏やかに。
過ごしたのではなかったか。

特別な。
何かが。
それでも。
包み込んで。
見守ってくれていたのではなかったか。

『Hollywood Dream』'70年リリース。
「Something In The Air」の大ヒットで知られるサンダークラップ・ニューマン。
その1stアルバムにして唯一のアルバム。
元々、バンドとして活躍していた訳ではなく。フーのピート・タウンゼントの友人であったスピーディー・キーン。
フーの「Armenia City In The Sky」の作者でもあるキーンがある日書き上げたのが「Something In The Air」で。
録音する為に急遽メンバーを集め。ピートのプロデュースで録音して。メンバーの1人の名前をバンド名にして。
それでシングル盤としてリリースしたら、なんと、なんと全英チャートの首位を獲得する大ヒットになったと。
それで、引き続きピートのプロデュースで制作することになったのが、このアルバムだったと。
キーンがヴォーカル、ギター、ドラムスを担当。アンディ・サンダー・クラップ・ニューマンがピアノを弾いて。
リード・ギターを弾いているのは後にウィングスにも参加したジミー・マッカロクで、当時15歳だったとか。
クレジットはされていないものの一部のナンバーではピートがベースを弾いていると言う説もあったりして。
要は本当に急造バンドだったので。そもそも長期的な活動は視野に無くて。'71年には自然消滅したと。
兎に角。「Something In The Air」があまりにも素晴らし過ぎて。そして前述の様に大ヒットしたので。
とかく一発屋として語られがちですが。アルバムに収められた他のナンバーも実に、こうキラキラと輝いていて。
それも。ただポップなだけでは無く。キャッチーなんだけどキッチュで。センチメンタルでもあって。
そうですね。’60年代中頃のフーからハードな部分を取り除いて、ポップな面を強調しながら捻ってみたと。
そんなナンバーがアルバム全編に渡ってキラキラと輝いていると。そうキラキラなのですよね。
ギラギラではなくて。キラキラ。ここがポイントで。好天の秋の日の午後の澄んだ空気の輝きの如くで。
それの集大成と言うか、究極の形が「Something In The Air」だったと。もう本当に畢生の名曲で。
いつ耳にしても。胸、躍りながらも。同時に、胸に募るものがこみ上げてくる最高のナンバーなのです。
キーンは後にソロ・アルバムもリリースしていますが。あまり話題に上ることも無く。
やがて裏方に回って、ハートブレイカーズやモーターヘッドのプロデュースを務めたりもしていました。
一発屋と言えば一発屋なのですが。その一発があまりにも素晴らしいが為に、永遠に忘れられることは無いと。
そんな曲を遺せた。遺してくれた。それだけで。十分に感謝したくなったりもするのです。

今日の日も。
こんな風に。
彼の日の様に。
陽光の下で。
空気が輝いて。

まるで。
特別な。
何かが。
空気の中に。
漂っている様で。

思わず。
足を止めて。
空を見上げて。
深呼吸をして。
微笑んでみたのだけれど。

でも。
直ぐに。
また。
歩き出して。
そんなことは。
すっかり忘れて。

普通の。
日常の中の。
秋の一日を。
穏やかに。
過ごしている。

特別な。
何かが。
それでも。
包み込んで。
見守ってくれているのだろう。

彼の日も。
今日の日も。
特別な何かが。
空気の中に。
漂っていて。

その。
キラキラと輝く様に。
足を止めて。
見惚れて。
特別な思いを感じて。

でも。
直ぐに。
忘れてしまえるほどに。
そんな日は。
普通の日でもある。

彼の日も。
今日の日も。
そんな風に。
穏やかに。
普通に過ごせている。

それが。
実は。
一番、特別で。
一番、大切なのだと。
ふと気づいて。

包み込んで。
見守っていてくれる。
その。
特別な何かに。
感謝をしたくなる。

また、すぐ忘れてしまうのだけれどね(笑)。



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2015/11/02 Mon *空虚な世界で / David Bowie

20151102letsdance


雨。
月曜日。
しかも。
この寒さ。
暗い日曜日ならぬ月曜日だ。

こんな日は。
暗い空に。
押し潰されそうで。
暗い空気に。
窒息させられそうで。

まともに。
向き合っていたら。
付き合っていたら。
考えていたら。
間違いなくビルから飛び降りてしまう。

だから。
そうなる前に。
屋上への扉を開ける前に。
別の世界への。
空想の世界への扉を開けて。

飛び込んで。
その。
煌びやかで。
空虚な世界に。
息を吹き込んで。

そこで。
躍り続ける。
そこで。
恋に堕ちる。
それ以外に逃げ場はない。

『Let's Dance』'83年リリース。
MTV効果もあってか売れに売れたデヴィッド・ボウイのアルバム。
メジャーなカルトだったボウイが本物のメジャーになったとか。
時代がボウイに追いついたとか。色々と言われていましたが。
当然ながら。時代を利用したのはボウイだった筈で。バカ売れするのも想定内だったと。
MTVが発揮する効果もボウイなら十分に予測できていたでしょうしね。
しかし。それにしても売れたよなぁ。なんか四六時中、何処でも流れていた様な記憶が。
明らかにボウイが売れる為に緻密な計算をして制作したことは間違いなくて。
ほら、俺が、こういう曲を書いて、こうやって歌えば、大衆を躍らせることなんて簡単なのだよと。
ポップで弾けるサウンドとメロディーの裏側に。ボウイのクールな視線を感じもするアルバムかな。
当然、従前からのボウイのファンからは批判もあって。遂にボウイまでもが商業主義に身を売ったかとか。
なかには、ボウイは死んだみたいな論調で語っていたメディアもあったし。コアなファンは複雑だったのかも。
自分も、どちらかと言うと。ボウイも転向したかと思ったくちでしたが。ただ、カッコ良かったのですよね。それでも。
「Let's Dance」も「China Girl」も「Modern Love」もね。圧倒的にカッコ良かった。
そこには。やはり。ボウイにしか出せない、ボウイにしか演じえないものがあるよなぁと。
ボウイのベスト・アルバム、代表作に選ぶかって言われたら。それは、まぁ、あり得ないのですけどね。
そして。未だ無名だったスティーヴィー・レイ・ヴォーンを起用しているところ。
この感覚。ボウイのアルバムで、アルバート・キングみたいなギターが聴けるとは誰も思いもしなかった。
そのギターが、煌びやかでありながら空虚でもある、このアルバムに息を吹きかけ、命を与えている。
売れ線狙いのアルバムでも、仕掛けは怠らない。その人を食った発想はやっぱりボウイならではだよなと。
聞くところによると。ボウイ自身は現在'80年代の自身に関しては沈黙を守っているらしく。
このアルバムも。真の狙いや、どんな思いがあったのかは測り知れませんが。
自分としては。虚無的にまで享楽を感じたい時には、針を落としてしばし空想の世界に逃避するのです。

雨。
月曜日。
しかも。
この冷たさ。
黒く塗りつぶされた月曜日だ。

こんな日は。
黒い空に。
押し潰されそうで。
黒い空気に。
窒息させられそうで。

まともに。
向き合ったりしたら。
付き合ったりしたら。
考えたりしたら。
間違いなく手首を掻っ切ってしまう。

だから。
そうなる前に。
剃刀を手に取る前に。
別の世界への。
空想の世界への切符を手に取って。

トンネルを抜けて。
その。
煌びやかで。
空虚な世界に。
命を与えて。

そこで。
躍り続ける。
そこで。
恋に堕ちる。
それ以外に逃げ場はない。

現実が。
殊更に。
重く感じられる。
耐えられそうもない。
そんな日には。

空想に。
息を吹きかけ。
命を与えて。
その世界に。
遊んでみる。

そこで。
踊り。
恋に堕ち。
余計な言葉は封じ。
ただ遊んでみる。

空に身を投げるより。
手首から血を流すより。
空虚であると知りながら。
躍りつづけられるなら。
遊び続けられるなら。

それがいい。
それでいい。
踊り。
遊び。
言葉のいらない恋に堕ちる。

暗い。
黒く塗りつぶされた。
月曜日。
煌びやかで空虚な空想。
それ以外に逃げ場はない。

ただ。
その。
空虚さを受け容れられ。
虚無感に晒される。
その現実に耐えられればではあるけれど。



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2015/11/01 Sun *密やかに / The Rolling Stones

20151101undercoverukorg


人には言えない。
誰にも言えない。
内なる変化の兆し。
膨らみ続けて。
今にも溢れだしそうで。

こいつは。
こいつだけは。
言えない。
表に出せない。
露呈させるわけにはいかない。

知られたくない。
知られたら困る。
誰かが傷つくからではなく。
周囲が困惑するからでもなく。
ただ、自分が、それを失うから。

こいつは。
この密やかな。
新しい楽しみは。
自分だけのもの。
誰にも知らせない。誰にも譲らない。

密やかに。
育てて。
愛でて。
今までにない快楽を。
得るのだ。その中で溺れるのだ。

だから。
秘密裏に。
密やかに。
潜航して。
独りで耽溺しながら進めるのだ。

『Undercover』'83年リリース。
ローリング・ストーンズ史上、稀にみる問題作とされるアルバム・・・なのかな。
この何ともセンスの無いジャケットからして問題と言えば問題で。
米穀オリジナル盤では女性の下腹部に貼られたステッカーが剥がせたと言う・・・
因みにこの英国オリジナル盤はステッカーでは無く、印刷で。流石は紳士の国だなと(笑)。
さて。このアルバムの録音が開始された頃からキースとミックの確執が顕になって。
まぁ、キースは自分でも認めている様に’70年代は殆ど薬漬けで。曲作りとギター弾く以外は興味無しと。
その間、マスコミ対応やらなんやらビジネス面はミックが一人で背負ってストーンズを継続させてきたと。
で、ある日目覚めたキースがアルバムや、バンドとしての方向性なんかに口を出し始めたと。
当然、ミックとしては面白い筈も無く。ふざけるなよ、人の苦労も知らないでとなるわけで。
で、当然アルバム出したらツアーだろうと思っているキースはストレートなロックンロールを書いてくるけど。
常に流行な、新好きなミックとしては。ストーンズは常に最先端であらねばならないとの自負も示さねばと。
ダブを取り入れ、ヒップホップの先鞭をつける様なナンバーにも密かに挑んでみたと。
そう。密かな個人作業。どうも、このアルバムの頃からキースとミックが共同で作業することが減ったのかなと。
それぞれが、曲を書くだけでなく。ある程度アレンジまで仕上げてスタジオに持ち込む様になったのかなと。
それで。キースのナンバーはロックンロールだから。特にミックが口出しをすることも無かったと思いますが。
ミックのナンバーの、その斬新さと言うか、奇抜さにはキースとしては一言も、二言もあった筈で。
特に、当時の技術じゃライヴでの再現は無理だろうと。現にこの後、ストーンズは暫くツアーに出ませんでしたし。
キースは相当、怒っていたと思うのですが。流石はミック。クリス・キムゼイと言う第三者を引き込んで。
プロデューサーとしては2対1になる様に根回しをしていたと。謀は密を以て行うべし。
ミックのしたたかな策士ぶりには、ロック馬鹿を地で行くキースじゃ適わなかったかなと。
何だか内部の勢力争いに関してばかり長々と書いてしまいましたが。音楽性に関しては。
当時としてはあまりにも先端を行き過ぎたと言うか、ストーンズのパブリック・イメージからはかけ離れすぎて。
ついていけなかったファンも多くて(自分もその一人)かなり酷評されていた記憶があるのですが。
30年以上経ったいまとなると。そのリズムの変化に富んだ、へヴィでファンキーなサウンドが心地よくて。
オーソドックスなロックンロールもやれれば、重量感と躍動感を併せ持ったファンクだってお手のもんだぜと。
そんな、ストーンズの底力を感じさせるアルバムとも言えるのかなと。自分の中では評価が変わったかな。
尤も。その底力を思い知らされつつ。それがストーンズの主流ではないよなとはいまもくぁらずに感じますが。
それにしても。ミックのしたたかさ。己が欲望を満たす為には密に事を進めることも厭わない。流石です。

人には見せられない。
誰にも見られてはならない。
内なる変化の蠢き。
暴れ出して。
今にも飛び出しそうで。

こいつは。
こいつだけは。
見せられない。
表に出してはならない。
表沙汰にするわけにはいかない。

知られたくない。
知られてたまるものか。
誰かを傷つけることも。
周囲が困惑することも関知しないが。
ただ、自分は、それを失いたくない。

こいつは。
この密やかな。
新しい欲望は。
自分だけのもの。
誰にも知らせない。誰にも邪魔させない。

密やかに。
飼いならし。
愛情を注いで。
今までにない悦楽を。
得るのだ。その中で沈むのだ。

だから。
秘密裏に。
密やかに。
潜伏して。
独りで夢想しながら進めるのだ。

夜の闇の。
更に深い。
漆黒の闇に紛れて。
密やかに。
謀を進める。

血の匂いが。
色濃く漂う。
その空気を吸い込み。
昂りながらも。
あくまで冷静に。

その熱さ。
その甘さ。
それを我が手に。
抱く瞬間の。
甘美な幸福を想像しながら。

それが。
己が身を。
地獄の炎に焦がすことに。
なったとしても。
それもまた悦びであると。

夜の闇の。
更に深い。
漆黒の闇に紛れて。
密やかに。
謀を進める。

お前が欲しい。
死ぬほど欲しい。
恋しくて。
恋しくて。
堪らない・・・

呪文の如く。
願望を唱えながら。
両手が血に染まる様を。
想像して昂りながら。
密やかに。密やかに。どこまでも。密やかに。



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2015/10/31 Sat *騒々しさの中で / U2

20151031rattleandhum


ざわめきが。
始まり。
蠢きが。
広がっていく。
胸の内で。

愛情。
友情。
感謝。
そんなものだけなら。
構いはしないのだが。

憎悪。
偏見。
嫉妬。
そんなものまでもが。
胎動し始めて。

鎮めようにも。
治めようにも。
動きの速さに。
ついていけずに。
呆然と、その様を眺めている。

またぞろ。
この。
心が。
精神が。
何かにひっかかりやがった。

こうなると。
なかなかに。
質が悪いのだよな。
まったくもって。
厄介な性分。他人事じゃないのだが。

『Rattle And Hum』'88年リリース。
『魂の叫び』なる邦題が冠されたU2の変則的な2枚組アルバム。
同名の映像作品があって。そのサウンド・トラック・アルバムであると。
誤解されがちですが。映像版には収められていないナンバー等もあり。
アルバムは、アルバムとして。独立した作品として捉えるのが正しいのかな。
原題は擬音を連ねたもので、騒々しい様を指す俗語であるとの事で。
カヴァーを中心としたライヴ音源やスタジオでの新曲。
更にはジミヘン等、他のアーティストの作品までも収録した。その混沌とした様を表しているのかな。
そこに、U2、ボノの苦悩を読み取ったが故の邦題なのか。そこまでは考えていないか。
しかし、結果的にはここで、混沌とした中でそれまでの総てを吐きだして、落とし前をつけて。
次の段階に進む。その為の総決算的な位置づけとなったアルバムなので、邦題は言い得て妙だなと。
青臭くも熱い正義感溢れる、愚直なロックンロール・バンドを出発点としていたU2。
世界的なスターとなって。アルバムを重ねる毎に音楽性も広がっていったと言うと。
聞えはいいのですけど。結構、広い世界へ出たことでの迷いや、戸惑いも強かった筈で。
その音楽性も揺るぎ始めた時に。結局のところ、’60年代ロックを経てソウルやゴスペルに答えを求めたと。
そしてB.B.キングとの共演をも経験して。迷いや戸惑いに支配されていた、その魂は。
吸収したものを吐きだして、叫ぶことで。漸く。その出口、行き先を見つけたと感じたと。
確かに。このアルバムでのU2は、ボノは圧倒的な迫力で聴く者を、そして自らをも鼓舞して。
その心の内の胎動、蠢動に打克ち、新たな道、新たな世界への希望との叫びを発していると感じられるかな。
ただ。その後のU2は。体制側に喰い込んで内から喰い破ろうとして、逆に飲みこまれてしまった感じもして。
そうすると。このアルバムでのソウルやゴスペルの接近が、咀嚼にまで至らなかった。
それが。その後の迷走に繋がっているかなと。まぁ、誰しもそう簡単に己が胸の内を御せはし無いですが・・・

ざわめきが。
高まり。
蠢きが。
激しくなっていく。
胸の内から飛び出ようと。

愛情もあれば。
友情もあれば。
感謝もある。
そんなものだけなら。
構いはしないのだが。

憎悪もあるし。
偏見もあるし。
嫉妬までもある。
そんなものまでもが。
蠢動を始めていて。

鎮めることも。
治めることも。
その速さに。
その激しさに。
呆然と、任せるままに。

またぞろ。
この。
心が。
精神が。
何かに反応しやがった。

こうなると。
相当に。
質が悪いどころじゃ。
済まなくなる。
厄介な性分。他人事じゃないのだが。

愛情と憎悪。
友情と偏見。
感謝と嫉妬。
綯交ぜになって。
混乱をきたして。
わけがわからない。
正体不明の。
渦の中に巻き込まれ。
臓腑の底へと。
堕ちていく。

混沌とした。
騒々しさの中で。
欲望が。
邪念が。
奇声を上げ始める。

そして。
耳元で。
囁き始める。
そろそろ。
仮面を脱げと。仮装を解けと。

憎いのだろうと。
嫌いなのだろうと。
妬ましいのだろうと。
どんな手段を用いても。
手に入れたいのだろうと。

それが。
真実なのだから。
それを。
叫べばいいと。
心の底から叫んでしまえと。

厄介な性分。
そうだな。
それが真実。それが本心。
誰もが仮面を被り、仮装をしている今夜。
独りで仮面を脱いで、仮装を解いて。

騒々しさの中で。
真実を。
本心を。
叫んでしまおう。
誰にも聞えない今夜に。

騒々しさの中で。
先も見えず。
先もわからず。
ただ蠢動に喰い破られた。
心のままに叫んでみる。



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2015/10/30 Fri *心配ご無用 / Mick Ronson

20151030playdontworry


金に困っているとか。
仕事に行き詰っているとか。
身体の調子が思わしくないとか。
精神も疲弊しているとか。
まぁ、とにかく色々あるだろう。

余程、恵まれているか。
余程、鈍感でない限り。
誰でも一つや、二つは思い当たるかな。
思い当たったら。
俺のところへ来いと。

俺なんか。
全部、思い当たるけど。
それでも。
なんとか、かんとか。生きている。
だから、誰でも生きていけるだろうと。

なんだ。
その。
最高でなくてもいいし。
勝たなくてもいいし。
なりたい自分なんか、なれなくてもいいし。

それでも。
生きている。
あんたが生きている。
それが必要な人や。
それを喜んでくれる人が。

一人でも。
いれば。
思い浮かべば。
それでいいのじゃありませんか。
心配しながら、生きるなんて。止めちまおう。

『Play Don't Worry』'75年リリース。
邦題は『ギターでぶっとばせ』だったらしい・・・ミック・ロンソンの2枚目となるソロ・アルバム。
デヴィッド・ボウイや、イアン・ハンターの盟友、片腕として知られるロンソン。
ボウイの下を離れて1枚目のソロ・アルバムを制作して。
その後、ハンターに誘われてモット・ザ・フープルに加入するもシングル盤1枚でハンターと共に脱退。
確か、その直後に録音、制作されたのがこのアルバムだったのだと思います。
針を落とすと、いきなりか細い歌声と、如何にもチープなシンセの音が流れてきて。思わずこけそうになって。
大丈夫かなと心配になるのですが。徐々に、あの繊細にして唸りを上げる、ロンソンのギターが炸裂しだして。
あぁ、良かったなと。ロンソンのソロ・アルバムなのだから。このギターが聴けないと、と安心するのです。
そうか、妙な邦題を考え出した当時のレコード会社の担当者も同じ様な思いだったのかもしれませんね。
繊細にして唸りを上げ、更に艶やかな妖気を漂わす。
ロンソンが手にすると、レスポールも妖刀村雨と化すのか。
そう思わせるギター、その切れ味は抜群で。文句のつけようは無く。それだけで、このアルバムはいいと。
そうなのですが。まぁ、ヴォーカルの線の細さと。録音かアレンジか何が原因かはわからないのですが。
どうもサウンド全体が痩せていると言うか、圧力、迫力に欠けるきらいはあって。
それ故に、このアルバム。ファンの間でも評価が二分されている様でもあります。
まぁ、満足いかないぜって人達も、それはロンソンを愛するが故の厳しい評価なのだと思いますが。
そうだな。それは言っても詮無いと。ロンソンはあくまで脇役の人、その立ち位置が似合っていたのだと。
だから。このアルバムは、ロンソンのソロ・アルバムとしては素晴らしいのだと。それは甘いですかね。
あのボウイやハンターが信頼を寄せて必要としたギタリストなのですよ。それで十分じゃないですかね。
少なくとも。自分にとっては愛しいアルバムで。ロンソンのギターを聴きたくなると。真っ先に針を落としますが。

正義の味方になれなかったとか。
プロ野球選手になれなかったとか。
好きなことで飯が食えてないとか。
望んだ仕事じゃないとか。
まぁ、とにかく色々あるだろう。

余程、才能に恵まれていて。
その上、運命とやらも味方してくれない限り。
誰でも、そんなもんじゃないのか。
それで悩んでいるのだったら。
俺のところへ来いと。

俺なんか。
バットマンになる筈が、今じゃジョーカーみたいだし。
小学生時代は四番でサードが、中学校で球拾いに転落。
大学はゼミしか行かずに、バンドと芝居だけやっていたけど。
御存じの様に。パート・タイムの皿回しにしかなれなかった。

だから。
その。
なれなかった自分が劣っていたのではなく。
なった奴等が特別に優れていたのだと。
そう思うようにした、納得させた。まぁ、今でも燻ってはいるが。

それでも。
生きている。
こんな俺でも生きていることを。
必要としてくれる人や。
それを喜んでくれる人が。

一人くらいは。
いそうだから。
その幸せを思えば。
それでいいのではないのかと。
心配しながら、生きるなんて。止めちまった。

だからだ。
金に困ろうが。
仕事に行き詰ろうが。
身体の調子が悪かろうが。
精神が疲弊しようが。
心配するな。

悪役になってしまおうが。
途中で試合放棄してしまおうが。
ロックスターになれなかろうが。
看板役者になれなかろうが。
心配するな。

それでも。
生きていけるのだと。
卑屈になんかなる必要はないのだと。
ましてや。
自分を卑下する、自傷する必要などありゃしないと。

俺が。
幾らでも。
話を聞く。話をする。
最高じゃなくて。最善でもなくて。
例え最低でも。生きていけるのだ。

心配ご無用。

ただ。
己の意思と。
己の誇りと。
他人に対する思い。
それだけありゃいい。結構なんとかなるものだ。

通算すると。
結構な期間。
あっち側へ行っちまって。
ついこの間までも行っていて。
それでも戻ってきた俺が言うのだ。

何者にもなれずとも。
勝者になれなくても。
誰かはあんたを必要としている。
誰かにあんたは喜びを与えている。

心配ご無用。



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