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2016年1月

2016/01/29 Fri *穴があったら、風が吹いたら / The Searchers

20160129itsthesearchers


穴があったら。
入りたい。
なんてことに成らぬ様に。
穴があったら。
入れたい。

兎に角。
穴があったら。
穴が空いていたら。
何が何でも。
入れなきゃならない。

入れて。
埋めて。
総てが円滑に。
動きが潤滑に。
誰もが幸せに。

そいつを。
成し遂げることが。
その為に。
知恵を絞って。
動かすことが。

与えられた。
使命なのだ。
突然、空く。
思わぬところで、空く。
見逃してはならない。

だから。
穴があったら。
入れたい。
その心意気で。
挑むのだ。

『It's The Searchers』'64年リリース。
ビートルズと同郷、リヴァプール出身のサーチャーズの英国での3rdアルバム。
デビュー直後からシングル・ヒットを放ち、アルバムもチャートの上位に進出と。
リヴァプール出身のバンドとしては珍しく、ビートルズに続くことが出来たと言う。
ビートルズや、ストーンズほどには黒くもなく。さりとて。
ジェリー&ペースメイカーズやハーマンズ・ハーミッツほどには真っ白でもない。
その程よさ加減が受けたのでしょうかね。デイヴ・クラーク・ファイヴと似た位置づけかな。
このアルバムにも「Needles And Pins」「Don't Throw Your Love Away」と。
2曲の全英チャートのトップに入ったナンバーが収められていて。
このアルバム自体も全英4位にまでチャートを駆け昇っています。なかなかのものです。
面白いのは。当時、英国ではシングル・ヒット曲はオリジナル・アルバムには収録しない・・・
それが普通だったのですが。それとは異なる戦略を採っていることで。
この辺りは、正直に言えばサーチャーズの実力、魅力がどう評価されていたかがわかるかな。
さて。デル・シャノンが手掛けた「Needles And Pins」、サーチャーズを代表するナンバー。
ところが、このナンバーを巡っては実は一悶着があった模様で。
それまで主にリード・ヴォーカルを担っていたのはトニー・ジャクソンだったのですが。
「Needles And Pins」はレコード会社の判断で声質が合うマイク・ベンダーが歌ったと。
これに対してジャクソンが臍を曲げたらしく。アルバム全体でも1曲しか歌っていないと。
結果、このアルバムを最後にジャクソンが脱退。以後はベンダーがリード・ヴォーカルにと。
適材適所と人は簡単に言うけれど。組織の思惑と個人の思い、意向は必ずしも一致しない。
それでも、穴を空けるとか、風に飛ばされるとかは許されない。音楽業界も例外ではないと。

風が吹いたら。
飛ばされる。
なんてことに成らぬ様に。
針でもピンでもあったら。
挿したい。

兎に角。
風が吹いても。
飛んでいかない様に。
何が何でも。
挿さなきゃならない。

挿して。
留めて。
総てが円満に。
動きが心地よく。
誰もが気持ちよく。

そいつを。
果たすことが。
その為に。
策略を練って。
動いてもらうことが。

課せられた。
任務なのだ。
突然、飛ぶ。
思わぬところで、飛ぶ。
手をこまねいていてはならない。

だから。
針でもピンでもあったら。
挿したい。
その心意気で。
臨むのだ。

一丸となって。
団結して。
協力し合って。
譲り合って。
そうは言っても。

実のところは。
一人、一人。
思惑も。
意向も。
十人十色。

百人ともなれば。
百人百色。
一人一人に配慮しながら。
決める時には。
遠慮はなしで決めきるのみ。

あの子がほしい。
あの子じゃわからん。
相談しましょう。
そうしましょう。
それで八方丸く収まればいいけれど。

そうはいかない。
そうなれば。
相談が依頼になり。
依頼が指示になる。
入れなきゃ、挿さなきゃしかたない。

穴があったら。
入れたい。
挿したい。
まぁ、別の話では。
まさしく望むところなのだけど(笑)



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2016/01/28 Thu *ここは / Thin Lizzy

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微笑みを絶やさず。
心に余裕を持ち。
常に話に耳を傾け。
頷いてみせる。
されど。水面下では。

頭を動かし。
計算をしながら。
感情は押し殺し。
如何に有効な。
戦略を立てられるか。

何処に。
誰を投入すれば。
何処に。
どれだけ投下すれば。
効果が得られるか。

それのみを。
冷徹に考えている。
それを。
如何に納得させるか。
それのみに注力している。

人情の柵も。
感情の揺れも。
内に秘めて。
受け止めた振りをして。
受け流すことに努める。

何故ならば。
ここは戦場なのだ。
闘いに。
勝つ為には。生き残る為には。
冷静でなければならない。

『Fighting』'75年リリース。
シン・リジィのヴァーティゴでの2枚目、通算5枚目のアルバム。
ブライアン・ロバートソンとスコット・ゴーハムのツイン・ギター。
2本のレスポールによる太く厚く、そして華麗なツイン・リードが牽引する。
言わば、シン・リジィとしてのスタイルを確立したとも言えるアルバムです。
シン・リジィのギタリストと言うと。どうにもゲイリー・ムーアのイメージが強くて。
確かにごく短期間の在籍ながらその印象は強烈なものだったのですが。
ムーアはどうしても唯我独尊で弾きまくっちゃいますからね。それが魅力なのですが。
ツイン・ギター、ツイン・リードによる美しさ、完成度と言った点では。
このアルバムで2枚目となったロバートソンとゴーハムのコンビがベストだったかなと。
ヴァーティゴへ移籍した理由が米国も含む世界的なマーケットへの進出だったからか。
A面の1曲目がボブ・シーガーのカヴァー「Rosalie」だったり。
フィル・リノットの書くナンバーを従来に比べて、シンプルでストレート。
明らかに世界を相手闘う姿勢が選曲やサウンドにも反映されているのですが。
リノットの本来の資質の一部である。抒情的な側面は隠しようもなく、滲み出ていて。
それが結果的にはハードで華麗なサウンドを彩るアクセントとして効いている。
その抒情、哀感の存在こそが実はシン・リジィのシン・リジィたる故でもあるので。
リノットの本意は別として。その滲み出ちゃうところにファンは惹かれるのですよね。
それが失われてしまった(様に感じられる)'80年代のアルバムは面白く無いかな。
因みに今回載せている、ジャケットは米国盤のもので。
英国盤と日本盤は別ジャケットで、メンバーが凶器(?)を持っているのですよね・・・

微笑みを浮かべ。
余裕を漂わせ。
聞く姿勢を見せ。
同意する素振りで。
されど。その裏では。

表情一つ変えず。
秒単位で。
思考を組立。
如何に確実に。
論破し説得できるか。

こちらの。
思いのままに投入すれば。
こちらの。
思うがまま投下すれば。
戦果が期待できるか。

それのみを。
冷徹に考えている。
それを。
如何に否定させないか。
それのみに注力している。

流されず。
角が立つことを恐れず。
思いは秘めて。
理解を示す振りをして。
理解しないことに努める。

何故ならば。
ここは戦場なのだ。
闘いに。
負けない為には。生き延びる為には。
冷徹でなければならない。

勿論。
情も。
思いも。
感情も。
大切。

そいつを。
蔑ろに。
するつもりはない。
踏みにじる。
気持ちもない。

ただ。
そこを。
堪えて。
耐えて。
物事を判断して推し進める。

そいつが。
そんな役割が。
戦場では。
必要で。
不可欠だと言うこと。

後は。
それでも。
滲み出るものを。
感じてくれたなら。
それだけでいい。



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2016/01/27 Wed *週の半ば / Rubettes

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週の初めは初めで。
なかなかその気にならないし。
週の終わりは終わりで。
もうそんな気にもならないし。
残るは週の半ばなのだけど。

それも、また。
なかなかに難しく。
漸くエンジンがかかりつつも。
先を考えると全開にするのも躊躇われると。
どうにも中途半端だったりする。

そんな状況を打開するには。
沈み込みそうになる気持ちを上げるには。
何か、思わず微笑んでしまう様な。
そんな楽しいことを考えるしかない。
そんな空想に暫し耽るしかない。

思わず微笑んでしまう。
それは、もう。
それしかない。あれしかない。
砂糖菓子の様に甘い。
あの娘への思い以外に何もない。

その笑顔。
その黒髪。
その佇まい。
そいつを瞼の裏に思い浮かべて。
胸に秘めた思いでも呟いてみる。

何とも中途半端な。
週の半ば。
上げるには。
乗り切るには。
そんな思い、呟き、囁きが必要なのだ。

『Wear It's 'At』'74年リリース。
グラムの時代に、爽やかなハーモニーでオールディーズ、古き良き時代を標榜して。
高い人気を得ることになったバンド、ルーベッツのデビュー・アルバム。
何と言っても、今も日本で(そして恐らく世界中で)愛されCMにも繰り返し使われる。
全英1位となった永遠の名曲「Sugar Baby Love」で知られるルーベッツです。
(曲名も、バンド名もご存じない方も聴けば、あぁ、あの曲と膝を打つかと)
この。何とも甘く切なく懐かしい「Sugar Baby Love」それだけで聴く価値があるのですが。
実は複雑な裏話があって。先ずはそもそもルーベッツなるバンドは存在していなくて。
「Sugar Baby Love」のデモを制作する為に6人のスタジオ・ミュージシャンが呼ばれて。
録音を繰り返すうちに、自分達でこの曲を世に問いたいとプロデューサーに直訴。
プロデューサーも承諾し、ルーベッツが結成されて「Sugar Baby Love」が発売されたと。
ところが、印象的なファルセットでリード・ヴォーカルを務めていたポール・ダ・ヴィンチ。
そのポールがアルバム制作前に脱退してしまい。急遽、後任のヴォーカルを加えたと。
つまり、このアルバムの内ジャケットに写っているメンバーの中にポールは存在せず。
しかし既に大ヒットしていた「Sugar Baby Love」はポールのヴォーカルのまま収録されと。
如何にも芸能界らしい話ですが。それにしても何故にポールは脱退したのでしょうね。
どうしても腑に落ちないくらい素晴らしい曲なのですよね、「Sugar Baby Love」は。
もう、そのイントロを耳にするだけで胸が甘酸っぱい思いで締め付けられて。
いつでも、どこでも、耳にすると笑顔になって微笑んで一緒に口ずさまずにはいられないと。
気持ちを上げるには、これ以上の曲は無いのではないかと思えるほどなのですよね。
その他の収録曲も、'50年代~'60年代への憧憬と敬意に充ちていて胸を撃つのですが。
アルバムとしての完成度を考えると「Sugar Baby Love」が抜けすぎていますかね・・・

週の初めは初めで。
いきなり飛ばす気にならないし。
週の終わりは終わりで。
今更飛ばしてどうすると思っちゃうし。
飛ばすなら週の半ばなのだけど。

それも、また。
そうは単純ではなくて。
週の初めで何かが引っ掛かってしまうと。
そのまま飛んでいいものかと懐疑的になって。
どうにも踏み切れなかったりする。

そんな状況を打破するには。
止まりそうになる気持ちを押すには。
何か、思わず踊ってしまう様な。
そんな素敵なことを考えるしかない。
そんな幻想に暫し逃れるしかない。

思わずステップを踏んでしまう。
それは、もう。
それしかない。あれしかない。
砂糖菓子の様に切ない。
あの娘への思い以外に何もない。

その眼差し。
その声。
その後ろ姿。
そいつを頭の中に思い浮かべて。
胸に秘めた思いでも呟いてみる。

何とも遣り切れない。
週の半ば。
飛ぶには。
かっ飛ばすには。
そんな思い、呟き、囁きが必要なのだ。

甘く。
切なく。
懐かしい。
砂糖菓子の様な。
この思い。

口を。
つけたら。
崩れてしまう。
砂糖菓子の様な。
この思い。

口に。
含んだら。
溶けてしまう。
砂糖菓子の様な。
この思い。

それを。
思い浮かべて。
呟いて。
囁いて。
口ずさんで。

上げよう。
乗り切ろう。
飛ぼう。
かっ飛ばそう。
週の半ばを。

大声で。
叫び出したいのを。
歌いたいのを。
伝えたいのを。
堪えながら思いの中に耽溺しよう。

週の半ばに。



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2016/01/26 Tue *覚悟を胸に / Roxy Music

20160126vivaroxymusic


覚悟を胸に。

いつ。
その時が。
来るか。
訪れるか。
そいつはわからない。

だが。
いつかは。
その時が。
来るのは。訪れるのは。
間違いないのだから。

常に。
この懐に。
その思いを。
抱いて。
臨んでいよう。

勿論。
簡単に。
諦めはしない。
止めはしない。
しぶとくやり続ける。

それでも。
常に。
その時が。
来た時の、訪れた時の。
覚悟を胸に。

挑んでいよう。
踊っていよう。
謳っていよう。

『Viva ! Roxy Music』'76年リリース。
ロキシー・ミュージックの初めてのベスト・アルバム。
'73年~'75年の間の三回のライヴでの録音から編集されていて。
オリジナル・アルバム未収録だった「Pyjamarama」を収録するなど。
ベスト・アルバム的な性格も帯びているアルバムです。
何故ならば。このアルバムを以ってロキシー・ミュージックは一度解散したのですね。
結果的にはご存じの様に'70年代後半には再結成しているので。
今では解散ではなく休止扱いとも言われていますが。当時は間違いなく解散だったのです。
キング・クリムゾンの初期メンバーだったピート・シンフィールドのアイデアで生まれて。
ブライアン・フェリーと、イーノ。2人のノン・ミュージシャンを擁して。
デカダンスでキッチュ。そしてレトロでと。人工的なイメージを創造する為に結成されて。
それ故にメンバーの個性や自我などは必要とされていなかった筈で。
極端な言い方をすれば。デビュー・アルバムを発表した時点で役割は終えていたと。
勿論、その役割を演じ続けることで得られる成果。それは魅力的ではあったのですが。
各メンバーのフラストレーションは、活発なソロ活動でも解消されることはなく。
解散を決断したと。そしてある意味、人形であった自分達の活動に落し前をつけたと。
冷静に分析するとそんな背景があるアルバムなのですが。これが熱いのですよね。
特に'75年のライヴはウェンブリー・アリーナで収録されたもので。
1万人を収容する会場での盛り上がり、熱気がそのままに捉えられており。
女性コーラスも加わったライヴが如何に熱狂的な人気を博していたかが感じられます。
最初から、ある程度終わりの時、その訪れを覚悟して。胸に秘めていたからこその。
退廃的でありながらも、その瞬間、その瞬間に賭けていた証が刻まれたアルバムなのです。

覚悟を胸に。

いつ。
その時が。
来ても。
訪れても。
それでも構わない。

だが。
いつかの。
その時が。
来るまでは。訪れるまでは。
思い悩みも、迷いもなく。

常に。
この懐に。
その思いを。
抱いて。
歩み続けよう。

勿論。
簡単に。
行きはしない。
進めはしない。
諦めてしまいたくもなる。

それでも。
常に。
その時が。
来るまでは、訪れるまでは。
覚悟を胸に。

挑み続けよう。
踊り続けよう。
謳い続けよう。

決められた時間。
限られた時間。
終りを迎えることを。
その始まりから。
避けることのできない定め。

期限。
有限。
遥か先ではない。
そこに見える。
終焉。

ならば。
その時まで。
そこまで。
いくだけ。
やるだけ。

その覚悟を胸に。
挑み続けよう。
踊り続けよう。
謳い続けよう。
道化であろうとも、人形であろうとも。

その覚悟故に。
その挑みは。
その踊りは。
その謳いは。
何かを焼き付けるだろう。

覚悟を胸に。



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2016/01/25 Mon *一流でも、A級でもない / Jet

20160125jet


間違っても。
エースではない。
切り札でもない。
一流でも、A級でもない。
そいつは確かなのだ。

選ばれなかった。
なれなかった。
問題は。
それでも。
人生は続くと言うことだ。

ないなら。
ないなりの。
人生を。
どう生きるか。
どう生き残るのか。

深刻になる必要は無い。
しかし。
真剣には考えなきゃならない。
どうやるか。
どうするか。

そうだね。
エースがやらない。
切り札もやらない。
一流も、A級もやらない。
そこを突くしかないかな。

二流には。
二流の。
B級には。
B級の。
やり方ってものがあるのだな。

『Jet』'75年リリース。
出来の悪いアメコミみたいなジャケット。
もう。それだけでB級な匂いが漂うジェットの1stにして唯一のアルバム。
元スパークスやら、元ジョンズ・チルドレンやらのメンバーにより結成されて。
クイーンで知られるロイ・トーマス=ベイカーをプロデューサーに迎えてと。
もうこの段階で、狙いやサウンドがわかってしまいそうな感じですが・・・
たぶん、皆さんが想像された通りの狙いとサウンドのバンドです。
主に曲を書いているのが元スパークスのマーティン・ゴードンなる人なので。
ポップでキャッチーなのですが。それ以上にキッチュな匂いがプンプンで。
そいつをベイカーがクイーンを意識したコーラス等を用いて装飾を施してと。
そいつが奇跡的な化学反応を起こした・・・ならばアルバム1枚で終わらないと(笑)。
ほどほどの反応を起こしたものの。爆発はしなかった。弾けはしなかったと。
但し、スパークスのひねくれ具合とクイーンの華麗さがそれなりに同居はしているので。
スパークスのファンも、クイーンのファンもそれなりに楽しめると言う。
フレディ・マーキュリーがスパークスのヴォーカリストだったらとか。
ブライアン・メイがスパークスのギタリストだったらとか。その手の発想が楽しめれば。
それなりに楽しめるアルバムではあるのです。そして実際に楽しいのですけどね。
だって、スパークス・・・は兎も角として。クイーンは絶対にやらないだろうなって。
そんなセンスに溢れたナンバーを、クイーンっぽいサウンドで聴けるのですからね。
まぁ、そんなサウンドを、そんな楽しみ方を求めている人間がどれ程いるのかって話で。
それ程、数多く存在する筈もないのですけど。それでもいるにはいるもので(笑)。
そんなマイノリティの為に。こんなB級なバンドがいてくれないと困るのです。

今更だけど。
エースではない。
切り札でもない。
一流でも、A級でもない。
そいつは現実なのだ。

選ばれる努力も。
なれる努力も足りなかった、怠った。
問題は。
そこで。
人生は終わらないと言うことだ。

なれなかったなら。
なれなかったなりの。
人生を。
どうするか。
どうやり過ごすのか。

深刻になる程の問題ではない。
しかし。
ある程度は真剣に向き合わなきゃならない。
どうするか。
どうやるか。

そうだね。
エースがやれない。
切り札もやれない。
一流も、B級もやれない。
そこを行くしかないかな。

二流には。
二流の。
B級には。
B級の。
過ごし方ってものがあるのだな。

一流も。
A級も。
数は限られる。
所詮。
需要は満たせない。

一流を。
A級を。
その恩恵を。
手にする者は。
実際、ごく限られる。

ならば。
そこが狙い目。
そいつがチャンス。
供給が間に合わないところ。
伸ばした手が空を掴んでいるところ。

そこを。
突けばいい。
そこを。
行けばいい。
そこで拾えばいい。

選ばれし者に。
成れなかった者に。
選ばれし者から。
与えられなかった者に。
差し出してみせればいい。

ちょっと足りないかも。
ちょっと違うかも。
ちょっと変わっているかも。
でもそいつも。
ありですよ。面白いですよとね。

何故ならば。
この世の中は。
所詮。
一流でも、A級でもない。
そんな我々で成り立っているのだから。



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2016/01/24 Sun *何処へでも / T. Rex

20160124futuristicdragon


銀河系へでも。
未来へでも。
過去へでも。
幻想の中へでも。
何処へでも。

飛んできゃいいのに。
誰がって。
この自分なのだけど。
此処にあることが。
不思議でならなくなる時。

妙に。
違和感が生じて。
現実感も失せて。
何もかもが色褪せて。
何もかもが遠のいて。

ぽつんと。
独り。
座って。
周りを。
眺めているだけ。

誰かが話している。
何かが動いている。
ハッキリとは聞えない。
ボンヤリとしか見えない。
実感がどこにもない。

何処かへ。
何処へでも。
飛んできゃ。
この感覚から。
逃れられるのかなと。

『Futuristic Dragon』'76年リリース。
T.レックスの最後から2枚目となるオリジナル・アルバム。
当時の邦題は『銀河系よりの使者』だったそうですが。
多分にジャケットからの連想ですかね。原題からすると未来よりの何々になりそうですが。
実はこのアルバムのリリース後にマーク・ボランはT.レックスの解散宣言をして。
ソロとして全英ツアーを行ったのだとか。つまりは実質的なラスト・アルバムとも思えて。
確かに次作の『Dandy In The Underworld』はソロ・アルバム的な色彩が強かったかなと。
さて。このアルバム。殆ど語られない、評価されていないどころか。
下手したらその存在をT.レックスのファンですら認識していないのでは無いかと思われて。
確かに。流石のTレクスタシーもすっかり下火になった頃のアルバムでもあるし。
何よりも。ボラン自身が。恐らくはもはや電気の武者や鋼の伝道師であることに飽きて。
自らの求める、新しいサウンドと世界を構築しようと試行錯誤していた時期でもあって。
それが、前述の解散宣言とかソロ名義でのツアーに繋がったのかなと。
その新しい要素、それはズバリ、ソウル・ミュージックへの憧憬と傾倒であったと。
後の、運命の自動車事故時に同乗して運転していたグロリア・ジョーンズ。
アフリカ系米国人のソウル・シンガーであるグロリアと愛人関係になっていたボラン。
その影響もあったのか。従来のボランの世界に新たにソウルが加わることによる化学反応。
それを何よりも、ボラン自身がどうなるのかと楽しんでいる様な雰囲気が支配しています。
ボラン・ブギーとファンキーなソウルとの出会い。それは従来以上にポップなものとなり。
皮肉なことにアルバム・タイトルとは異なり、懐かしさを感じさせるものとなっていて。
ボランが従来から身に纏っていた幻想的な嗜好を前面へと押し出したかの様にも思えます。
「New York City」「Dreamy Lady」に代表される、夢みる様なメロディーとサウンド・・・
世間は好まず。ボラン自身がどう思ったかもわかりませんが。これはこれでいいかなぁと。

銀河系からでも。
未来からでも。
過去からでも。
幻想の中からでも。
何処からでも。

飛んでくればいいのに。
誰がって。
この自分を連れ去ってくれる者が。
此処にあることを。
肯定したくない、否定したくなる時。

妙に。
違和感に納得して。
現実感が失せても。
何もかもが色褪せても。
何もかもが遠のいても。

ぽつんと。
独り。
座って。
それを。
受け入れているだけ。

誰かが話そうが。
何かが動こうが。
聞こうとも思わない。
見ようとも思わない。
実感など求めようと思わない。

何処からでも。
飛んできて。
何処へでも。
連れ去ってくれたら。
逃れられるのかなと。

そう。
何処でもいい。
此処でなければ。
何処へでも。
飛んでいきたい。

そう。
何処でもいい。
此処でない何処かへ。
何処へでも。
連れ去ってほしい。

此処にあることが。
不意に。
不思議に思え。
違和感を抱き。
現実感さえも失せ。

此処にあることを。
普通に。
肯定したくなくなり。
否定してたまらなくなり。
生々しさも失い。

銀河系へでも。
未来へでも。
過去へでも。
幻想の中へでも。
何処へでも。

飛んでいきたい。
連れ去られたい。
そんな思いに。
囚われて。
夜空を見上げる、夜もある。



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2016/01/23 Sat *酔いしれてしまえばいい / Joe Liggins And Honeydrippers

20160123joeligginsandhoneydrippers


土曜日。
その夜。
そこには。
何も無くても。
何かがある。

休日特有の。
緩やかな空気。
弛緩した時間。
そいつも。
終りに差し掛かり。

だけども。
そうなのだ。
明日は。
日曜日。
未だ休日が残っている。

それは。
なんとも。
言えない。
細やかで貴重な。
幸福感。

そいつは。
まるで。
甘い。
お酒の様に。
豊饒で繊細で。

それさえあれば。
他には。
何も無くてもいい。
酔いしれてしまえば。
それでいい。

『Joe Liggins And His Honeydrippers』'81年リリース。
オクラホマ出身で、ウェスト・コーストで活動を始めたジョー・リギンス。
その名もハニードリッパーズなるバンド、楽団を率いてヒットを飛ばし。
特に「Pink Chanpange」は、甘味と幸福感に溢れた名曲で。
繰り返し聴いている内に、自然と口ずさまずにはいられない魅力を秘めています。
そんなジャンプ・ナンバーに、ジョーの優しい歌声と甘いサックスの絡み合うバラード。
そのどちらもが。何とも言い表せない、ちょっといいなと思える幸せで包んでくれます。
ところが。名門スペシャルティに在籍し、それなりにヒット曲も放っていたにも拘らず。
単独でのアルバムは制作も編集もされずに。業を煮やした(?)日本のヴィヴィッドが。
全盛期である'50年~'54年の録音から14曲を選んで世界初のアルバムを編集したと。
(但しうち7曲は弟のジミー・リギンスとの抱き合わせで英国ではアルバム化済みでした)
本当に日本のブルース関係者の熱意と言うのは世界に誇るものがあると思います。
確か、後に本家のスペシャルティは、このアルバムをそのままリリースしていました・・・
さてと。その完熟した果実、そしてその果実を用いたカクテルを思わせるが如くの甘さ。
その口当たり。軽くは無く、さりとて重すぎもせず。程よい酸味も感じさせる。
そんなジャンプ・ナンバーと、アダルトなバラード。そのもたらす幸福感。
どれだけの男女が、ダンス・ホールやクラブで酔いしれたことかと。
その様を思い浮かべながら聴いていると。タイム・スリップしそうで。堪らないのです。
酒に、幸福に酔いしれて。その甘い時間はまだまだ終わらないと。
そう信じながら、そう願いながら。細やかな幸福を精一杯、味わいたいと。
そんな聴く者たちの願いを、その一夜だけでも叶えてくれそうな、そんなサウンドです。
あまりにも芸能、ダンス・ミュージックに過ぎる?それでいいのです。それもR&Bです。

土曜日。
その夜。
そこには。
何も無くても。
何かがある。

休日特有の。
緩やかな空気。
弛緩した時間。
そいつも。
終りに差し掛かり。

だけども。
そうなのだ。
明日は。
日曜日。
未だ休日が残っている。

それは。
なんとも。
言えない。
細やかで貴重な。
幸福感。

そいつは。
まるで。
甘い。
お酒の様に。
豊饒で繊細で。

それさえあれば。
他には。
何も無くてもいい。
酔いしれてしまえば。
それでいい。

甘く。
豊かで。
酸っぱくて。
繊細で。
ほどよく酔わせてくれる。

そんな。
お酒に。
空気に。
ただただ。
甘えていればいい。酔っていればいい。

そいつは。
この一時。
この一夜。
それ限りの。
魔法なのだから。

その魔法に。
酔いしれる。
特権を与えられたなら。
遠慮なく。
酔いしれてしまえばいい。

その為の。
酒が。
食事が。
音楽が。
空気がある。

ならば。
他には。
何も無くていい。
何かがあるのだから。
酔いしれてしまえばいい。



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2016/01/22 Fri *立ち止まるな、振り向くな / John Lee Hooker

20160122dontturnmefromyourdoor


立ち止るな。
振り向くな。
出ていくのなら。
さっさと。
出ていってくれ。

どんなに。
俺が願っても。
どんなに。
俺が望んでも。
出ていくと決めたのだろう。

だったら。
ドアを開けたのなら。
そのまま。
足を止めずに。
出ていってくれ。

立ち止られたら。
その背中に。
その項に。
微かな期待を抱いてしまう。
ましてや振り向かれたら。

その背中を。
その項を。
抱きしめたくなる。
掻き抱きたくなる。
そんな虚しい期待を抱かせないでくれ。

だから。
立ち止るな。
振り向くな。
そのまま。
真直ぐに出ていってくれ。

『Don't Turn Me From Your Door』'63年リリース。
ジョン・リー・フッカーのアトコ移籍後の1stアルバム。
ご存じの様に。ジョン・リーはその録音の数が半端じゃ無くて。
その音源の権利も色々と散らばっていて。その全貌は掴めないと。
何せ、本人自ら数々の変名を使って同時に複数のレコード会社に録音しているので。
(ジョン・リー・ブッカーなんてバレバレの名前でも録音していると・・・)
自分で所持していた音源もあったのか。このアルバムに収録されているのも。
実のところ'53年録音の音源であると。まぁ、如何にもジョン・リーなアルバム。
先ずは。この苦悩するジョン・リーのジャケットがいいと。愛する女にでもさられたのか。
確かに、結構暗いトーンの多いジョン・リーのアルバムのジャケットの中でも白眉かなと。
しかもそれが。ジョン・リーのブギと両輪となる魅力、黒く暗いスロー・ブルース。
それを象徴していると言われるのですが。どうかなぁと。ジョン・リーですからねぇ。
狙っている、演じている気がしないでもないと言うか。恐らくそうなのだろうなと。
まぁ、それが確かに狙い通りの効果を上げているのだから。それだけのブルースだと。
そいつを身の内から捻り出し、唸るジョン・リー。やはり傑物なのです。
弾き語りと、足踏み(フット・スタンピング)だけでそのブルースを成立させてしまう。
この荒業、力技が出来るところがジョン・リーの底力、懐の深さの証左かなと。
したたかになるには、したたかになるだけの理由があると。その理由が何なのか。
そいつはわかりかねますが。その重さ、深さははんぱなものでないのだろうなと。
そう感じさせられている段階で。ジョン・リーのブルースの魔力に捉えられているのかな。
偶には、そのブルースと共に落ちるだけ落ちて。開き直るのも良いかなと思わされます。

立ち止るな。
振り向くな。
出ていくのなら。
さっさと。
出ていくのだ。

どんなに。
俺が求めても。
どんなに。
俺が手に入れたくても。
拒絶されたのだ。

だったら。
ドアを開けたのなら。
そのまま。
足を止めずに。
出ていくのだ。

立ち止まったら。
あの背中に。
あの項に。
未練が残ってしまう。
ましてや振り向いてしまったら。

その背中を。
その項を。
抱きしめてしまう。
掻き抱いてしまう。
そんな惨めな行いをしてなるものか。

だから。
立ち止るな。
振り向くな。
そのまま。
真直ぐに出ていくのだ。

出ていくのは。
どちらでもいい。
ただ。
出ていくと。
決めたのなら。

立ち止ってはならない。
振り向いてはならない。
ドアを開けたら。
そのまま。
出ていくのだ。

微かな。
期待は。
惨めな。
未練に変わる。
それがわかっているのなら。

迷っていても。
後ろ髪をひかれていても。
素振りも見せずに。
さっさと。
真直ぐに出ていくのだ。

後ろ手で。
ドアを閉めて。
溜息を一つだけ。
ついたなら。
後は。

立ち止るな。
振り向くな。
出ていくのなら。
さっさと。
出ていってくれ。出ていくのだ。



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2016/01/21 Thu *名優たれ / Son House

20160121sonhouselegendaryrecordings


名優たれ。

表と裏。
虚と実。
そいつを。
巧みに。
使い分けろ。

その。
台詞で。
身のこなしで。
指先で。
演じてみせろ。

その。
演技に。
惹きつけ。
魅入らせ。
忘れさせてみせろ。

そうだ。
素顔など。
本音など。
見せる必要は無い。
気取らせる必要は無い。

過去において。
何者であったとしても。
そいつは関係ない。
これから何者でありたいか。
そいつを印象付けてしまえ。

その為に。
生き残る為に。
名優たれ。

『The Legendary 1941-1942 Recordings In Chronological Sequence』'72年リリース。
ロバート・ジョンソンの師であったとも言われるデルタ・ブルースの始祖、サン・ハウス。
そのハウスのアラン・ロマックスによる国会図書館用の録音による編集アルバム。
タイトル通りに'41年~'42年に録音された14曲が収められています。
ナショナル・スチール・ギターを激しくかき鳴らし、唸る様に歌う、唯一無比のスタイル。
いつ針を落としても。その凄みに震えると共に。何故にここまでと感じるのですが。
ハウス、その人生は数奇な歩みを辿っていて。そこから生まれたのかなとも。
熱心なバプテスト教の信者だったというハウス。10代にして牧師となって。
そこでは当然、神の教えを説いていたものの。いつしか悪魔の音楽、ブルースに魅せられ。
20代半ばにはギターをマスターとしてブルース・マンとして生計を立てていたのだとか。
ところが。何と正当防衛だったらしいのですが拳銃による殺人を犯して服役してしまい。
模範囚だったので一年で出獄したと。とにかく。これでもかの波乱万丈振りなのです。
出所したのが'30年とのことなので。その頃にジョンソンと知り合ったのか。
そのギター・スタイルを教えたのか。盗み取られたのか。その辺りの真相は闇の中。
ジョンソンが初めて録音の機会に恵まれたのが'36年、亡くなったのが'38年ですから。
このアルバムで聴けるハウスのブルースはジョンソンに伝えられてから数年後のもの。
そう考えると。一層、興味をそそられるものがあります。確かにジョンソンを思わせる。
リズム感の素晴らしさと。とても一人で弾いているとは思えないギターの迫力。
そしてブルースを歌いながらも、時に牧師の説教を思わせる聴く者に語りかけるかの歌声。
悪魔の囁きであろうと、神のお告げであろうと。ものの見事に弾き語ってみせる。
その見事な様は。そうですね。名優による芝居を観ている感覚に近いかな。
余談ですが。この録音を最後に一時その消息を絶つものの'60年代半ばに再発見され。
録音も残し、'88年まで存命だったにも関わらず。ジョンソンに関しては語っていなくて。
誰も訊ねなかったのか。それともハウスが語りたがらなかったのか。どうなのでしょうね。

名優たれ。

夢と現。
本音と建前。
そいつを。
巧みに。
操れ。

その。
囁きで。
身体の動きで。
指の一本、一本で。
演じてみせろ。

その。
見得で。
唸らせ。
黙らせ。
塗り替えてみせろ。

そうだ。
素顔だと。
本音だと。
見せておけばいい。
思わせておけばいい。

過去において。
何があったとしても。
そいつは関係ない。
これから何を成そうとするのか。
そいつを刷り込んでしまえ。

その為に。
生き延びる為に。
名優たれ。

紆余曲折。
波乱万丈。
道草。
回り道。
それが必然であったと。

そう。
思うのであれば。
そいつを。
生かさない手はない。
生かしてこそ生きられる。
真直ぐに。
歩めなかった。
だからこそ。
一筋縄ではいかない。
そいつを武器に。

仮面を被り。
衣装を纏い。
脚本を描き。
演出を施し。
舞台に立て。

幕が上がれば。
もう迷うな。
ただひたすら。
思いのままに。
操り。手玉に取れる様に。

名優たれ。



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2016/01/20 Wed *君の名を呼ぶ / Buster Brown

20160120thenewkingoftheblues


君の名を呼ぶ。
それで。
どうにかなるとは。
思わない。
応えてもくれないだろう。

それでも。
君の名を呼ぶ。
呼び続ける。
その行為そのもので。
己が平衡を保つ。

いま。
ここで。
この。
追い込まれたかの。
状況で。

それでも。
未だ野望は捨てきれない。
新たな力と。
新たな手法で。
生き残らなきゃならない。

その為には。
権力とやらを。
利用することも。
獲ることも。
必要となってくる。

意にそぐわなくても。
疑いを抱いていても。
手段として。
割り切るしかない。
それは百も承知でも。

平衡が崩れそうになる。
己を見失いそうになる。
だから。
応えが無かろうと。
君の名を呼ぶ。

『The New King Of The Blues』'60年リリース。
ジョージア出身のブルース・シンガーにしてハーピスト、バスター・ブラウン。
'40年代から録音の機会に恵まれながら。なかなか陽の目を見なかったブラウン。
'59年に意を決してニュー・ヨークヘと進出。幸運にもレコード会社の目に留まり。
吹き込まれ、シングルとして発売したら大ヒットとなったり、一世一代の大傑作となったと。
そのナンバーが「Fannie Mae」で。愛しの可愛いメイに、切々と訴える内容なのですが。
それを何とも、乗りのよいビートに乗って陽気に歌って。ストーンズがまんまパクってオリジナルとして発表したと。
(「The Under Assistant West Coast Promotion Man」を聴いてみれば、まぁ言い訳できないかな)
それくらいにその爆発的な影響力は凄まじくてR&Bチャートのみならず。
ポップ・チャートのTOP50位圏内にもチャート・インして。その後も同様のナンバーを連発。
そこそこの成績を残して。一気にニューヨーク・ブルース・シーンの新たな王様になったと。
そんな昇り調子の、イケイケの、躁状態のブラウンの姿を捉えたアルバム。御機嫌なんですよね。
この徹底した、陽気でジャンプする感覚。行ける時に行けるところまで行ってしまえと。
そんな腹の括り方。それがちっとも悲壮感を漂わせずに、ひたすら陽気に謳い上げているとろがね。
幾らなんでも調子に乗りすぎ、緩くないか、ワン・パターンだろうと感じさせながらも。
その豪気な陽気さ、楽しさに乗せられてしまうとね。はいはい。もう言ううことはありませんよと。
只管に、何も考えずに一緒にドンチャン騒ぎして楽しもうと、そう感じざるを得ないのです。
しかしながら。そんな絶頂期にあっても一抹の不安はあったらしく。
ブルースのナンバーではよく使われるメイという女性の固有名詞を使って語りかける「Fanny Mae」が。
既に。歌詞としては。思えの名を呼んでも返答も無い。頼むから帰って来てくれよなんてもので。
そこに一抹の不安を既に感じていたのだろうなと感じざるを得ないのです。
実際に、絶頂期は続かず。このアルバムを制作したファイアとの契約が切れてからは凋落の一途。
何度か。再起を図るも。再び陽の目を見ることは無く。'76年に亡くなる頃には忘れ去られていたと。
それを思うと。愛しきメイ嬢に呼びかけた。その時から不退転の決意と覚悟があったのだろうなとね。

君の名を呼ぶ。
それで。
どうになるとも。
思わない。
応えてくれなくて当然。

それでも。
君の名を呼ぶ。
呼び続ける。
その心の叫びそのもので。
己が覚悟を確かめる。

いま。
ここで。
この。
退路を断たれつある。
状況で。

それでも。
未だ希望は捨てきれない。
新たな術とと。
新たな策略で。
生き伸びなきゃ/ならない。

その為には。
権威とやらを。
楯にすることも。
示すことも。
必要となってくる。

意に反していようが.。
疑いが確信に限ろうが。
利用させて貰って。
割り切るしかない。
それは百も承知でも。

平衡が崩れそうになる。
己を見失いそうになる。
だから。
応えが無かろうと。
君の名を呼ぶ。

君の名を呼べば。
その名を口にすれば。
それだけで。
己が中の。
何かが緩む。

君の名を呼べば。
その名を思い浮かべれば。
しれだけで。
己が中の。
何かが氷解する。

君の名を呼べば。
その一音、一音が。
その響きが。
己の中の。
何かを引き戻してくれる。

君の名を呼べば。
そこに漂う匂いを思えば。
その引力が。
己を基の世界で。
包んでくれる。

君の名を呼ぶ。
それで。
どうにかなるとは。
思わない。
応えてくれなくてもいい。

君の名を呼ぶ。
己が平衡が保たれる。
それだけでいい。
だから。お願いだ。許して欲しい。
君の名を呼ぶ。



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2016/01/19 Tue *いつの日か / Phillip Walker

20160119somedayyoullhavetheseblue_2


そうか。
そうだろうな。
この気持ち。
わからないか。
伝わらないか。

でも。
いつの日か。
きっと。
わかるだろう。
伝わるだろう。

悪夢に魘されて。
もがいて。
叫んで。
伸ばした手が届かなくて。
失って。

目覚めても。
深い。
喪失と絶望の中。
夢と現。その谷間。
這い上がれないでいる。

その。
暗くて。
どうにも。
拭えない。
遣り切れなさ。

そんなものと。
共に始まる。
一日があることを。
そんな一日が。
如何に重いかを。

『Someday You'll Have These Blues』'77年リリース。
ルイジアナ出身のモダン・ブルース・ギタリスト、フィリップ・ウォーカー。
その2枚目のソロ・アルバム。録音は'75年~'76年に行われたとか。
若くしてそのキャリアをスタートさせて、様々なバンド、レコーディングに参加。
特にザディコの王様、クリフトン・シェニエのバンドには長らく在籍して。
その片腕として多くのレコーディングにも参加していたウォーカー。
他にもリトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、エテ・ジェイムス等の録音にも参加。
その後もコンスタントに活動を続けるも。なかなか自らの名義での録音機会に恵まれず。
'73年に名盤と名高い『Bottom Of The Top』で漸くソロ・デビュー。
それに続くのがこのアルバムだと。まぁ、なかなかの苦労人だったりもするわけです。
それ故か。派手さは無いものの。実に、何と言うか。こうじんわりと染み込んでくる・・・
知らず知らずに虜にされてしまう様な。そんなギターと歌声の持ち主なのです。
ルイジアナ出身ではありますが。長いキャリアの中で活動拠点も転々としていますし。
様々なブルースマンとの共演で様々なものを吸収して、自分のスタイルを構築してと。
故に、ルイジアナと言うよりはシカゴ・ブルースに近いものになっているかなと。
ギターの鳴らせ方、啼かせ方にはB.B,キングの影響が色濃く感じられもします。
ツアーで、レコーディングで叩き上げられた確かな技術を感じさせるギター。
その一方で。辛いことも多かったと思われる日々の影をあまり感じさせないと言うか。
どこか淡々と歌われる、描かれるそのブルース。それが徐々に伝わってくるのでしょうか。
まぁ、こんなものだよと。楽観的な諦念とでも例えられそうなブルースなのですよね。
一日の終りに。今日もなんとかなったかなと。グラスを傾けながら針を落としたくなるのです・・・

そうか。
そうだろうな。
この気持ち。
わからないかだろう。
伝わらないだろう。

でも。
いつの日か。
きっと。
わからざるを得ない。
伝わらざるを得ない。

悪夢に魘されて。
闘って。
逃げて。
背中がどんどん遠ざかって。
消えて。

目覚めても。
深い。
狼狽と失望の中。
夢と現。その狭間。
飛び越えられないでいる。

その。
暗くて。
どうにも。
払えない。
言い知れない孤独。

そんなものと。
共に過ごす。
一日があることを。
そんな一日が。
如何に辛いかを。

でも。
間違いなく。
そんな朝が。
そんな一日が。
あんたにもやって来る。

前触れも無く。
ある朝。
突然。
囚われて。
憑りつかれて。

喪失。
絶望。
狼狽。
失望。
そいつらから逃れられない。

そう。
いま。
この時も。
少しずつ。
侵食されているのだから。

いつの日か。
そいつの姿を。
目の当たりにした時。
わかるだろう。
伝わるだろう。

いつの日か。
そんな朝が。
そんな一日が。
間違いなく。
あんたにもやってくる。

でも。
心配はいらない。
あんた一人じゃないからだ。
淡々と受け止めて、受け流して。
生きていく術もわかるだろう、伝わるだろうから。



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2016/01/18 Mon *己で / Freddy King

20160118takincareofbusiness


やりたいこと。
やるべきこと。
どっちにしろ。
己の意志で。
己で手を下して。

きっちりと。
決める。やる。
かたをつける。
とどのつまりは。
そこに尽きるのだなと。

やりたいなら。
望むなら。
求めるなら。
手に入れたいなら。
そうするだけ。

やならなきゃいけないなら。
望まれるなら。
求められるなら。
それで手に入るのなら。
そうするだけ。

やりたい。
やるべき。
同じではない。
異なる。
そんなものだが。

どのみち。
己が決めて。
己が動かなきゃ。
足下でも掬われて。
何も手に入らない。そんなところ。

『Takin' Care Of Business』'85年リリース。
'60年代のフェデラル音源によるフレディ・キングの英国盤の編集アルバム。
フレディのキャリアにおいて最も脂の乗っていたのがフェデラル時代で。
「Have You Ever Loved A Woman」「Hide Away」「San-Ho-Zay」…
そいて「Takin’ Care Of Business」とヒット曲も数多く量産していて。
このアルバムに収められている全16曲、どれもが素晴らしいものばかりです。
大雑把に言うと。切れ味の鋭いスピーディーでスリリングなインストのナンバー。
そしてしっとりと迫ってくる、やや線の細い歌声も魅力的なスロー・ブルース。
その同居。その両面を兼ね備えているところがフレディの最大の魅力かなと思います。
何故か、ディープなブルース・ファンには人気が無いとも言われるフレディ。
いち早く、ロック・シーンに受け入れられて、交流を持ったことからも感じられる。
そのブルースの解かり易さが、ともすれば軽さとして受け取られることもあった様で。
クラプトンが積極的に、そのナンバーを取り上げたのも、逆効果だったりしたのかと。
確かに。先にクラプトンとかチキン・シャックとかを聴いていたので。
解かり易いと言うか、すんなりと聴くことが、その世界に入っていくことは出来ましたが。
だからと言って。軽いかと言うと。そんなことは無くて。十分に重いと言うか・・・
当然のことながら黒いのですよね、それも墨汁が滴り落ちる様な黒さを感じるかな。
多分に、映像で目にするその姿からの影響も大きいかなとは思いますが。
兎に角。額に汗して。時には目を閉じて。ひた向きに一心不乱にギターを弾きまくる。
その巨体がリズムを取って揺れる度に、黒い汗が飛び散る、そんなブルースかな。
特にこの時代は。己がやりたいこと、やるべきこと。それに真正面から対峙している。
そんな緊張感が張り詰めていて。その糸がピンと伸びきった感覚にゾクッとします。
残念ながら夭折してしまって。余裕、貫禄のあるフレディのブルースも聴いてみたかったなとも、ね。

やりたいこと。
やるべきこと。
どっちにしろ。
己が決断して。
己で実行して。

きっちりと。
括る。臨む。
かたにはめる。
とどのつまりは。
そこに尽きるのだなと。

やりたいなら。
望むなら。
求めるなら。
モノにしたいなら。
そうするだけ。

やならなきゃいけないなら。
望まれるなら。
求められるなら。
それでモノにできるのなら。
そうするだけ。

やりたい。
やるべき。
等しくはない。
違う。
そんなものでも。

どのみち。
己が決めて。
己が動けば。
足下を掬われても。
立ち上がれる。そんなところ。

やりたいなら。
やるだけ。
但し。
他の誰でもない。
己の意志で。

欲しいなら。
求めるだけ。
但し。
他の誰でもない。
己の決断で。
手に入れたいなら。
モノにするだけ。
但し。
他の誰でもない。
己の手を下して。

やるべきなら。
そう思えるなら。
やるだけ。
但し。そいつも。
己で決めて、己で動いて、己で手を下す。

それが嫌なら。
傍に腰掛けて。
高みの見物を決め込んで。
眺めていればいい。
無責任に口を挟んでいればいい。

但し。
そいつは。
何も手に入らない。
何もモノにできない。
ボチボチでさえありゃしない。

そんな。
状況に。
そんな。
己の姿に。
耐えられる自信があるならだけど、ね。



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2016/01/17 Sun *電話ボックスの夜 / Albert King

20160117iminaphoneboothbaby


古い話を。

もう。
遥か昔の。
寒い冬の夜。
公衆電話のボックスの中。
十円玉を握りしめて。

何度も。
受話器を。
取っては。
戻してを。
繰り返して。

漸く。
受話器を取って。
番号を。
プッシュしても。
発信する前に受話器を戻して。

そんな。
傍から見たら。
不審な行為を。
何回、繰り返したか。
目を瞑って。意を決して。

反応が無かったら。
出なかったら。
切ればいいのだと。
そう言い聞かせて。
受話器の向こうのコール音に耳を澄ませて。

ガチャ。
もしもし。
あの娘の声。

『I'm In A Phone Booth, Baby,』'84年リリース。
スタックスの倒産に伴いファンタジーへ移籍したアルバート・キング。
電話ボックスに置かれたトレード・マークのフライングVを描いたジャケットが印象的・・・
そんなアルバートのファンタジーでの2枚目となるオリジナル・アルバム。
勘の鋭いブルース・ファンの方ならこのタイトルとジャケットだけでお察しの通りに。
ロバート・クレイの「I’m In A Phone Booth, Baby,」をアルバートがカヴァーしたと。
(このアルバムでの表記は「Phone Booth」となっていますが)
それもアルバム・タイトルにまで冠して。A面の1曲目に配置したこと。
未だ駆け出しだったクレイと、既に大御所だったアルバート。その意外さが話題になったと。
尤も。親分肌でもあり。またスタックスで柔軟にソウルやファンクも取り入れたアルバート。
実のところは、そんなに意外でもなく。アルバート自身は自然にやったことだと思われます。
当然のことながら、同じ曲でもクレイよりは豪快で貫録たっぷりに弾いてみせて。
それでいながら、そのスタイルのモダンさもさり気なく端々に感じさせる辺りは流石で。
言ってみれば。歴戦のつわものならではの余裕としたたかさを同時に感じられるのです。
アルバートにしては珍しく(?)、エルモア・ジェイムスの2曲のカヴァー。
「Dust My Broom」と「Sky Is Cryin'」も収録されていますが。そこはアルバート。
スライドで挑むのではなく、自身の持ち味、武器である変則チューニングのチョーキング。
そいつで、その2曲も聴かせていて。その独特なサウンド、味わいが珍しくも堪らないなと。
ワン・パターンと言えば、ワン・パターンなのでしょうが。それもここまでくると。
それこそエルモアから、クレイまで自らの内に取り込んで咀嚼してしまう。
その強靭な消化力が、アルバートのアルバートたる所以なのだと、感服してしまいます。
まぁ、それが故に。悲しい愛の歌である、「I’m In A Phone Booth, Baby,」が。
振られちまったよ、はっはっはと。笑い飛ばす歌になるのが。どうなのかとも言えますが。
それもまた、ブルースならではの表現ではありますからね。こっちも笑っちゃおうとね。

古い話だ。

もう。
遠い昔の。
凍える冬の夜。
公衆電話のボックスの中。
受話器を握りしめて。

漸く。
耳にした。
あの娘の声に。
上の空で。
相槌を打ちながら。

早く。
要件を切り出そうと。
機会を。
探りながらも言い出せずに。
手に汗して受話器を握りしめている。

そんな。
傍から見たら。
滑稽な姿で。
どれほど、耳を傾けていたか。
目を開いて。意を決して。

答えが無かったら。
断られたら。
吹っ切ればいいのだと。
そう言い聞かせて。
受話器の向こうのあの娘に話しかける。

あのさ。
なに?どうかした。
あの娘の声。

言いたいことは。
伝えたいことは。
胸いっぱいの思いは。
溢れてきているのに。
柄にもなく言葉にならない。

もしもし。
どうしたの。
何か言ってよ。
変だよ。
黙っているなんて。

あの娘の。
唇の動きが。
漏れる吐息が。
目の前に浮かぶ様で。
飲んだ息が吐き出せない。

なんだかな。
似合わないよ。
言いたいことがあるなら。
はっきり言いなよ。
何でも聞くよ。

あの娘の。
長い髪が。
つぶらな瞳が。
熱い唇が。
凛とした姿が見えている。

唾を飲み込む。
いや。
何でもないよ。
またさ。
飲みに行けるといいね。

行けるでしょ。
また皆で集まるって約束したし。
ほら。どこだっけ。
あの店に行ってみようって。
この間も皆で話したじゃない・・・

そう。
皆で。
それでいい。
それでも。
あの娘を失うよりはいい・・・

そう。
言い聞かせて。
じゃぁ、またねと。
電話を切って。
暫く曇るガラスを見ていた。

遥か。
遠い。
昔の。
電話ボックスが普通にあった時代の。
古い話。



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2016/01/16 Sat *いつでも、どこでも、どんな時でも / B.B. King

20160116liveattheregal


いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
何かがある。
何かはある。

そんな時を。
そんな日を。
ここまで。
どれだけ。
過ごしてきたことか。

数えたところで。
思い出したところで。
どうにかなるものでもないし。
そんなことは思いもしないし。
ただ。そう。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
起きる何かを。
出会う何かを。

楽しめるか。
面白がれるか。
そんな思いで。
その時を。その日を。
迎えたい。過ごしたい。

それが。
伝わって。
広がって。
誰かと共に。皆で。
楽しめれば。面白くなれば。それでいい。

『Live At The Regal』'65年リリース。
ブルースの名盤を選ぶ時には、必ず名前が挙がる一枚。
B.B.キングのABC移籍第二弾にして、キャリア初のライヴ・アルバム。
MC、そしてバンドの演奏に続いて登場してきたB.B.がギターを弾いて。
アップ・テンポの「Every Day I Have The Blues」が客席を一気に沸かせる。
もはや、この瞬間に勝負あった。そう言っても過言ではないかなと。
シカゴの劇場での熱いブルース・ショウ。その模様を余すところなく伝えてくれると。
B.B.のライヴ・アルバムには他にも素晴らしいものが何枚もあるのですが。
ブルース・ショウの本質を初めて世に知らしめた。その意義は非常に価値が高かったと。
そう。ブルースも。ゴスペルと同様に。魂の解放の場であるのだと言う事を。
そのギターと歌声で、観客に語りかけ、観客を揺さぶり。熱い反応を引き出して。
幾重にも重ねられた、コール&レスポンスにより観客を昂らせて導いていくその様。
それこそが、B.B.をブルースの王座に就かせた、そのブルースの魅力なのだと。
それはもう。観客だけではなく。このアルバムを聴く者総てを惹きつけてやまないのです。
このスタイルをB.B.が完成させたことで。ブルースは今もライヴの場で生き続けている。
そして。それは。それこそ毎日の様に。いつでも。どこでも。どんな時でも。
ブルースを、ライヴを演奏し続けたB.B.ならではの、その実力があってこそ成し得たと。
そのことは、B.B.のみならず。互角に渡り合ってみせるバンドにも言えることかな。
そう。観客とコール&レスポンスしながら。B.B.とバンドもコール&レスポンス・・・
真剣勝負を繰り広げて。それを楽しんでいる。面白がっている。その懐の深さ。
そいつを感じると。毎日ブルースに憑りつかれるのも悪くはないかなと思うのです。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
何かがある。
何かはある。

そんな時を。
そんな日を。
これからも。
どれだけ。
過ごすのだろうか。

数えたところで。
思い巡らしたところで。
どうにかなるものでもないし。
そんなことは考えもしないし。
ただ。そう。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
起きる何かと。
出会う何かと。

楽しくやれるか。
面白くやれるか。
そんな思いで。
その時を。その日を。
迎えられればいい。過ごせればいい。

それが。
震えて。
触れ合って。
誰かと共に。皆で。
楽しくやれれば。面白くやれれば。それがいい。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
憂鬱な時も。
そうじゃない時も。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
沈みそうな時も。
そうでもない時も。

声に出して。
笑い。泣き。
歌い。踊り。
何だかしらないが。
楽しいなと。

肩を叩き合い。
笑い。泣き。
歌い。踊り。
何だかしらないが。
面白いなと。

抱きしめ合い。
笑い。泣き。
歌い。踊り。
何だかしらないが。
温かいなと。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
それがいい。
それでいい。



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2016/01/15 Fri *さりげなくギンギラギンに / Gary Glitter

20160115glitterukorg


そうね。
今は。
未だ。
急かず。
焦らず。

大人しく。
さりげなく。
何でも無い。
何も無い。
変わってない。

そんな。
素振りを。
見せながら。
自分の中で。
少しずつ。

その時に。
その日に。
向けて。
燃える思いを。
消さない様に。

密かに。
灯し続けよう。
薪をくべ。
息を吹きかけ。
掌で包み。

胸の内で。
心の中で。
ギンギラギンに。
育んでいよう。
備えていよう。

『Glitter』'72年リリース。
ある意味で最もグラム・ロックを象徴したスター、ゲイリー・グリッター。
唯一無比のキャラクターとサウンドで駆け抜けた、その1stアルバム。
実は'60年にはそのキャリアをスタートさせていたものの一向に芽が出ず。
ビートルズのカヴァーに挑むも。話題にもならずに。長い下積みの末に。
英語で、ギンギラを意味するグリッターに芸名を変えて。
折からのグラム・シーンに合わせたキャクターを演じたところ、これが大成功。
既に30歳に近かった小太りの男が一躍、国民的スターになってしまったと。
アメリカン・ドリームならぬ、ブリティッシュ・ドリームを実現させたのでした。
スレイドにも通じるビートを強調したシンプルなサウンド。メロディーもシンプルで。
皆で一緒に大声で歌おうぜと呼びかけるスタイル。これが英国民の共感を呼んだと。
フーリガンの母国ですからねぇ。ライヴとかでは肩組んで大いに盛り上がったのでしょう。
そのスタイルは、応援団ロックと呼ばれていたのだとか。なんかよくわかりませんが(笑)。
オリジナルの「Rock And Roll Part1」は全英1位、全米でも7位の大ヒットですから。
オラオラと、そしてギラギラと。一体感を醸成して昂揚させるロックンロール。それは。
国も、時代も問わず常に需要があると思うのですが。ものの見事にハマったのですね。
チャック・ベリー他のオールディーズなナンバーのカヴァーも多数含まれていますが。
どれも、これも。見事な応援団スタイルで。確かについつい手拍子して口ずさんでいるか。
単純と言えば単純。マンネリと言えばマンネリ。でも、決して一発屋ではなくて。
この後も全英チャートを賑わせているのですよね。思うに、その半端無い吹っ切れ方。
中年の小太りの小父さんが、ギンギラにがむしゃらにロックンロール・スターを演じる。
その姿勢に対する共感、応援する心情も人気を後押ししたのかなと。うん。応援団ロックですね(笑)。

そうさ。
今は。
未だ。
慌てず。
走らず。

大人しく。
目立たず。
何でも無い。
何も無い。
動いていない。

そんな。
素知らぬ。
顔をしながら。
自分の中で。
ゆっくりと。

その時に。
その日に。
向けて。
燃える思いが。
揺るがぬ様に。

密かに。
灯しておこう。
薪を絶やさず。
空気を送り。
掌で守り。

胸の内で。
心の中で。
ギンギラギンに。
慈しんでいよう。
整えておこう。

その時。
その日。
そいつが。
やってくるまで。
さりげなく。

その時。
その日。
そいつが。
やってきたら。
ギンギラギンに。

吹っ切って。
目一杯。
がむしゃらに。
力の限り。
燃え上がる為に。

その時。
その日。
そいつが。
やってきたら。
声の枯れるまで応援できる様に。

その時。
その日。
そいつが。
やってくるまで。
裏声で静かに応援していよう。

さりげなくギンギラギンに。



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2016/01/14 Thu *やさぐれ者の帰還 / Savoy Brown

20160114savagereturn


そうだ。
そうだ。
心が踊り。
胸が騒ぐ。
この感じだ。

ちょいとばかり。
事情もあって。
遠ざかっていたが。
やはり。
この手の話が好きなのだ。

この。
弾む様な、やり取り。
この。
確かな、手応え。
こいつが好きだったのだ。

そう。
道を外れていると。
先を急ぎすぎると。
流れに逆らいすぎると。
どう言われても。

やはり。
この話に。
噛んでいたい。
喰らいついていたい。
その気持ちは隠せない。

ちょいとばかり。
立ち位置が変わり。
動きも制限されはするが。
帰還する道は。
探せばあるはずだから。

『Savage Return』'78年リリース。
B級な匂いが漂うジャケットに、思わず引きそうになるサヴォイ・ブラウンのアルバム。
それこそアルバム毎にメンバー・チェンジを繰り返しながらも。
リーダー、キム・シモンズの岩をも通す一念で長い息を保っているサヴォイ・ブラウン
この14枚目のアルバムの制作前にも予定通り(?)メンバー・チェンジがあり。
ギターのキムに、ベース&ヴォーカルとドラムスのトリオでのアルバムとなっています。
その始まりは'60年代後半、ブリティッシュ三大ブルース・バンドの一翼を担い。
(因みに、後の二つはフリートウッド・マックとチキン・シャック)
2ndアルバムにしてキム以外のメンバーは全員入れ替わると言う荒業を披露し。
クリス・ユールデンなる知る人ぞ知るブルー・アイド・ブルース・シンガーを輩出し。
その後もキム以外のメンバーが揃って脱退して、フォガットを結成する危機にも見舞われ。
ある時はなんとチキン・シャックのスタン・ウェッブをメンバーに迎えるウルトラCを披露。
兎にも角にも。キムさえいれば。キムのギターを中心とした。
ブルースを、それをベースとしたブルース・ロック、ハード・ロックをやり続けていれば。
それがサヴォイ・ブラウンであると。何たって今でも現役ですからねぇ。大したものです。
パンクの嵐の真只中にリリースされたこのアルバムでも。時流や風潮などお構いなし。
とにかくブルージーに。ひたすらハードに。その徹底した頑固さ。感服するしかありません。
珍しくヘヴィーなバラードをやったりもしていますが。どことなくフォガットに通じる・・・
そこは皮肉にもフォガットもサヴォイ・ブランも米国でより支持された結果かなと。
ただトリオ編成になった(ならざるを得なかった)その反動からか。
アルバム・タイトル通りに。開き直った結果なのか、野性に回帰したような荒々しさもあり。
その牙をむいた、刺激に溢れたサウンドが。キムの本性にも思えて興奮させられます。

そうだ。
そうだ。
血が湧き。
肉が躍る。
この感じだ。

ちょいとばかり。
時間も経って。
忘れかけていたが。
やはり。
この手の企みが好きなのだ。

この。
軽やかな、キャッチボール。
この。
阿吽の、呼吸。
こいつが好きだったのだ。

そう。
正攻法では無かろうと。
先陣を駆けすぎていようと。
主流派では無かろうと。
どう思われても。

やはり。
この企みに。
絡んでいたい。
暗躍していたい。
その気持ちは抑えられない。

ちょいとばかり。
取り巻く環境も変わり。
動きも牽制されはするが。
帰還する道は。
作ってしまえばいいのだから。

眠ろうと。
眠らせようと。
していた。
こころみた。
本性。

どうにも。
疼くので。
試しに。
ちょいとばかり。
刺激を与えてみたら。

思いのほか。
素早く。
素直に。
目を覚ました。
蠢きだした。

まぁ。
それは。
ある程度。
承知の上での。
確信犯だったのだから。

後は。
少しでも。
形を変えてでも。
噛めるように。
絡めるように。

探すだけ。
作るだけ。
企んで。
先ずは密かに。
動き始めるだけ。

粗にして野だが卑にあらず。

やさぐれ者の帰還。



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2016/01/13 Wed *賽を投げた / Bad Company

20160113straightshooterdeluxe


賽は投げられた。
否、賽を投げた。
自ら手にし。
自ら振って。
自ら投げた。そうなのだ。

いかさまを。
する様な腕はない。
思う目が出る様な。
強運など持っていない。
ただ、投げた。それだけのこと。

後は。
投げた賽の。
その転がり方次第。
その出目次第。
そいつに賭けるしかないのだ。

丁が出るか。
半が出るか。
吉と出るのか。
凶と出るのか。
それはもう出たとこ次第なのだ。

こいつに。
賭けよう。
こいつで。
勝負に出よう。
そう決めたのだから。

後は。
もう。
ただひたすらに。
この勝負を、このゲームを。
如何に楽しんでみせるか。それだけだ。

『Straight Shooter』'75年リリース。
カジノで行われるゲームをタイトルに関したバッド・カンパニーの2ndアルバム。
この鮮やかで人目を惹かずにおかないジャケットはヒプノシスによるものです。
なかなかね。これほど鮮やかにロックを印象付けるジャケットも無いかなと。
そして。勿論、その内容も。これぞロックと言わざるを得ない素晴らしいものなのです。
バッド・カンパニー、バドカンと言うとどうしても1stアルバムが傑作と名高くて。
自分も1stアルバム、大好きなのですが。このアルバムも負けず劣らずの双璧かなと。
1stには荒削りな、そしてこのアルバムには洗練、繊細なバドカンの魅力を感じます。
ともすれば。ポール・ロジャースとサイモン・カーク。2人の元フリー組が注目されますが。
ギターのミック・ラルフスは元モット・ザ・フープル。ベースのボズ・バレルは元キング・クリムゾン。
メンバー4人それぞれに。華やかな栄光と、また鬱屈した思いを抱えて終結したと。
ロジャースとカークはフリーでは成し得なかった米国での成功を。
ラルフスはイアン・ハンターの独裁の呪縛からの解放と自由を。
ボズ・バレルは神経質で気難しく口煩いロバート・フィリップからの逃避(?)を求めてと。
そんな4人が集まり。賭けに出た、勝負に出たら、その勢いだけで傑作となった1st。
それから僅か半年余り。勢いはそのままに。チームワークはこなれて曲作りにも反映され。
突き抜ける開放感、爽快感は残しつつ。土の香りを漂わせたり、より繊細に震わせてみたり。
およそ。ブルース・ロックから発展したブリティッシュ・ハード・ロック・バンドとして。
求められる、そして武器に、魅力に出来る要素は総て詰まっているのではないかと。
そんなことを感じさせられる程のアルバムなのです。ちょっとほめ過ぎかなとも思いつつ。
フリー時代のアンディ・フレイザーに代わり、ラルフスがロジャースの相棒として。
そのプレイでも、ソングライティングでも実力を発揮し出したのが大きかったのでしょう。
「Good Lovin'」も「Feel Like Makin' Love」も歌詞はただの、やりたいソングですけどね。
(「Feel Like Makin' Love」の邦題が「熱い叫び」ってのは。言いえて妙なのかな・・・)
ロックスターの生き様を流れ星に例えた「Shooting Star」はポール・コゾフを思わせて。
哀歓漂うメロディーとロジャースの情感溢れる歌声に。つい涙腺が緩くなってしまいます。
今回載せているのは'15年にアナログ盤2枚組でリリースされた改訂デラックス版なのですが。
没テイクはあれども。未発表曲が無い。そこに。当時のバドカンの研ぎ澄まされた集中力を感じます。

賽は投げられた。
否、賽を投げた。
自らの手で。
自らの意思で振って。
自らの思いを込めて投げた。そうなのだ。

いかさまを。
する余裕もなく。
思う目が出てくれと。
願うのが精一杯の状況で。
ただ、投げた。それだけのこと。

後は。
投げた賽の。
その転がり方次第。
その出目次第。
そいつに乗るしかないのだ。

丁が出ようが。
半が出ようが。
吉と出ようが。
凶と出ようが。
それはもう出たとこ勝負なのだ。

こいつに。
乗ろう。
こいつで。
勝負をかけよう。
そう決めたのだから。

後は。
もう。
ただひたすらに。
この勝負を、このゲームを。
如何に遊んでみせるか。それだけだ。

振り向きはせずとも。
経験が無くとも。
投げられた賽が。
呼ぶもの。
呼び起こすであろうもの。
そいつは。
過去の手筋から。
嗅ぎ取ったもので。
幾多の修羅場を。
乗り切ったもので。

読める。
臨める。
そいつが当たるか。
そいつを当てられるか。
それを楽しもう。

教えられなくても。
情報が無くとも。
転がる賽が。
連れてくるもの。
呼び込んでしまうであろうもの。

そいつは。
己が感覚を。
信じることで。
幾多の修羅場で。
盗み、換骨奪胎したもので。

挑める。
闘える。
そいつが効くか。
そいつで決められるか。
それを遊ぼう。

賽を投げた。匙は投げるな。



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2016/01/12 Tue *愚直 / Status Quo

20160112onthelevelukorg


愚直なまでに。
正直に。
誠実に。
真っ当に。
やってみるしかない。

特に。
自分の。
自分の中の。
バランスが。
崩れかけている様に思われて。

目に映るもの。
耳に入ってくるもの。
そいつが歪んで思われて。
どうにも信用できない。
そんな疎外感に包まれる。

自分の目。
自分の耳。
自分の言葉。
そいつも信じたいのに信じきれない。
そんなもどかしさに付き纏われる。

そんな時には。
その歪みのただ中に。
真正面から
まともに突っ込んで。
やってみるしかない。

その結果。
起きること。
見えるもの。聞こえるもの。
どう感じて。どう受け止めるか。
やってみるしかない。

『On The Level』'75年リリース。
ステイタス・クォーの通算8枚目にして2枚目の全英チャート首位を獲得したアルバム。
因みにこのアルバムを首位の座から追い落としたのは『Physical Graffiti』だったとか。
レッド・ツェッペリンとチャートで争える程の人気と実力を兼ね備えたバンドであること。
ここにも何故、ステイタス・クォーが英国の国民的バンドと称されるかの証左があります。
あまり知られていませんが。元々は'60年代末にサイケデリックなサウンドでデビューし。
ヒット曲も放っていたと。しかし、それはあくまでレコード会社主導のギミックだったのか。
直ぐにブルースをベースにしたハードなブギーを奏でスタイルへの回帰を図り。
以来、四十数年。ひたすらにブギーし続け。その熱さとひたむきさで聴く者の心を鷲掴み。
今なお、現役で。ひたすらにブギーをブチかましながら前進しているのです。
あのライヴ・エイドでは英国側のトップ・バッターとして大観衆の心に火をつけて。
ロンドンにあるロック版の蝋人形館では入場者を出迎える大役を担っていたと。
兎にも角にも。米国や日本では想像し難い絶大なる人気と信頼を誇っているのです。
そんなステイタス・クォーの絶頂期とも言える'70年代中頃のアルバム、もう最高の一言。
チャック・ベリーの「Bye Bye Johnny」のカヴァーを含む全10曲。40分弱。
熱く、ひたむきな、ブギーの連発に。その波に、その嵐に。身も心も焦がされるのです。
ヒプノシスによる平衡感覚や遠近感を狂わされそうなジャケット。その、違和感に。
一瞬、不安が頭を過りもしますが。針を落として。最初の一音が弾き出される、その瞬間。
総ての杞憂は無産解消します。歪んだ世界にあっても。閉じ込められたとしても。
オン・ザ・レベル、正直に誠実にブギーをブチかましてくれます。信頼は裏切られません。
AC/DCと同様にステイタス・クォーもまた金太郎飴と言えば金太郎飴。しかし。
その金太郎飴がことさら食べたくなる、美味しく感じられる。そんな時もあるのです。

愚直だろうが。
正直に。
誠実に。
真っ当に。
当たってみるしかない。

特に。
自分の。
自分の中の。
バランスが。
失われている様に思われて。

目に映るもの。
耳に入ってくるもの。
そいつが偏って思われて。
どうにも信用信頼できない。
そんな猜疑心に苛まれる。

自分の目。
自分の耳。
自分の言葉。
それだけは信じたいのに信じきれない。
そんな危うさから逃れられない。

そんな時には。
その偏りのただ中に。
真正面から
まともに突っ込んで。
当たってみるしかない。

その結果。
起きること。
見えてくるもの。聞こえてくるもの。
どう感じられるか。どう受け止められるか。
当たってみるしかない。

身も蓋も無いが。
考えても。
答えが出ない時もある。
迷っていても。
埒が明かない時もある。

どんな。
作戦も。
戦略も。
策略も。
浮かばない。
浮かんでも自信がもてない。

そうなったら。
腹を据えて。
愚直に。
正直に。
誠実に。

真っ当に。
真正面から。
正攻法で。
やってみるしかない。
当たってみるしかない。

やってみれば。
何かは動く。
当たってみれば。
何かは響く。
やってみなきゃ始まらない。

そんな。
開き直った。
自分の心。
そいつがもたらすもの。それこそが。
信頼できるものなのだから。

愚直に。
正直に。
誠実に。
真っ当に。
それでいい。

但し。
一匙くらいの。
ユーモア。
そいつも。
忘れずにね。



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2016/01/11 Mon *いっそのこと / David Bowie

20160111themanwhosoldtheworld


いっそのこと。
もう。
手放してしまったらどうだ。
もう。
売り払ってしまったらどうだ。

だって。
ここは。
この世界は。
この地球は。
その姿を大きく変えてしまった。

否。
変えられてしまった。
誰に?
決まっているじゃないか。
あんた方に。そして我々に。

空も。
海も。
大地も。
汚され、穢され。
いびつに歪められ。

穿たれ。
削られ。
拭いきれない血で染まり。
数多の命が失われ。
それでも未だ回らされている。

そろそろ。
止めてやったらどうだ。
終わりにしてやったらどうだ。
解放してやったらどうだ。
帰してやったらどうだ。

『The Man Who Sold The World』'71年リリース。
デヴィッド・ボウイの通算3枚目にして、実質的には2枚目とも言えるアルバム。
このアルバムの制作に入る前にミック・ロンソンと出会い。新たにバンドに加えて。
またこのアルバムリリース後にはトニー・ヴィスコンティがボウイの下を離れてと。
そんな出会いと別れ、運命の交差する、ボウイを語るのに欠かせないアルバム。
ロンソンがギターを、ヴィスコンティがベースを弾いたそのバンド、ハイプこそが。
後のスパイダース・フロム・マースの基盤となったサウンドを生み出して。
プロデュースも兼ねたヴィスコンティがそのサウンドを磨き、装飾を施してみせたと。
そう、このアルバムを支えているバンド、彩っているサウンドこそが。
後の、ジギー・スターダストの、そしてグラム・ロックの出発点だったとも言えるかなと。
ヒット曲を含んでいないせいか。どうにもボウイのアルバムの中では軽視されがちですが。
そのメタリックでヘヴィー、そしてギラギラとした触感が、新しい時代の幕開けを感じさせ。
一方でどこか心ここにあらずとも感じさせる、ボウイの歌声の隠し切れない退廃の匂い。
サウンド的にはハードであり、その迫力と存在感に圧倒されながらも。
手を伸ばしても、届かない、浮遊する感覚に阻まれ存在を確かめられない。
まるで、生々しい幽体としてのボウイが半透明の繭の中から、こちらを眺めている
それは。この世界のものの様であり、この世界のものでは無い様でもあり。
そして。未だなにものにも成っていない、なにものを演じるかを決めかねている。
そんな繭の中のボウイに、バンドが刺激を与えながら孵化の瞬間を待っていると。
やがて。その繭の中ら。心を定めた新たな生命体の鼓動が響き、大きくなっていく過程。
その瞬間が捉えられた、重要で且つ貴重なアルバムではないかと思えてならないのです。
タイトル・ソングである、「The Man Who Sold The World」そこで歌われる世界とは。
この地球、この世界であると同時にボウイ自身でもあり。自らを売り払い。その代償として。
新たな自分を手に入れる。そしてこの地球、この世界をも手に入れようとする。
そんなボウイの、決意、意思表明の歌だとも解釈できるのではないかなと。そんなこともね。
因みに、この女性用ドレスを身に纏ったジャケット。刺激が強すぎるとの理由で変更され。
翌年には、一般的に知られている片足を高く上げたジャケットに変更されたのだとか。
更には、米国オリジナル盤は全く別物のアメコミ風のジャケットだったりもして。
そんなボウイのコレクター泣かせのアルバムであったりもします。

いっそのこと。
もう。
手離してしまったらどうだ。
もう。
買ってもらったらどうだ。

だって。
ここは。
この世界は。
この地球は。
その姿を失おうとしている。

否。
失う瀬戸際に追い込まれている。
誰が?
決まっているじゃないか。
あんた方だ。そして我々だ。

風も。
水も。
空気も。
汚され、穢され。
異様に消費され。

空けられ。
崩され。
傷口から流れ出る血は止まらず。
数多の命が滅びの列に並び。
それでも未だ走らされている。

そろそろ。
止めてやったらどうだ。
終わりにしてやったらどうだ。
解放してやったらどうだ。
還してやったらどうだ。

そもそも。
あなた方が。
そいて。
我々が。
異質なのだ。異物なのだ。

なのに。
適合せずに。
自然の。天界の。
摂理に。
従わずに。

逆さまに。
この世界を。
この地球を。
変えてまで。
追い詰めてまで。
従わせようとした。

その。
思い違いが。
思い上がりが。
夥しい血を流させ。
贖えない程の命を奪った。

空を。
海を。
大地を。
汚し、穢し。
いびつに歪めた。

風も。
水も。
空気も。
汚し、、穢し。
消費尽くそうとしている。

恵みへの。
感謝を忘れ。
より多くを望み。
生命の循環から逸脱し。
破壊と浪費に生きている。

略奪。
暴行。
侵略。
戦争。
核開発。

もう。
十分だろう。
もう。
いい頃合いだろう。
手遅れになる前に。その前に。

いっそのこと。
もう。
解放しばいか。
還さないか。
この世界を。この地球を。

この母なる宇宙に。



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2016/01/09 Sat *土曜の夜 / Lynyrd Skynyrd

20160109nuthinfancyusorg


土曜の夜。
そいつは。
いつでも。
いつだって。
特別なのさ。

きっとね。
何かの。
魔力でも。
宿っている。
そんなところ。

そいつが。
俺達に。
素晴らしい。
一瞬を。
もたらしてくれる。

躊躇う必要も。
戸惑う必要も。
ありはしない。
喜んで。
享受して。楽しめばいい。

会うべくして。
会って。
集うべくして。
集った。
そいつを喜ぼう。

それでいい。
それがいい。
それが自然で。
それが普通だと。
そう感じられる。それが特別なのだ。

『Nuthin' Fancy』'75年リリース。
レイナード・スキナードの3rdアルバムにして出世作。
アルバム冒頭に収録されている「Saturday Night Special」が映画主題歌になり。
その効果もあって全米TOP50内に入るヒット曲となって。
引っ張られる様にこのアルバムもチャートを駆け登り全米TOP10内へと。
この段階で名実ともにオールマン・ブラザーズ・バンドに代わって。
レイナード・スキナードがサザン・ロック・シーンの看板バンドになったのかなと。
元々ブリティッシュ・ロックの影響を濃く受けていたレイナード・スキナード。
それが故の。キャッチーながらも哀感漂うメロディーを特徴とした楽曲。
それとサザン・ロック故の豪快さ。それを併せ持っていたのが魅力だったので。
その魅力が集約された「Saturday Night Special」で人気に一気に火がついたと。
歌詞の内容は拳銃をぶっ放す殺人者に関して歌った重たいものなのですが。
メロディーとリフ、重厚なリズム。その取り合せのカッコいいことと言ったら。
まさしく、これぞレイナード・スキナードと思わず膝を打ちたくなるのです。
アルバムの最後に収録された「Whiskey Rock-a-Roller」、このナンバーもまた。
ロッカーの生き様を歌った歌詞の内容にピッタリの曲調が堪りません。
正直言うと。その2曲があまりにも出来が良すぎて。間に挟まれた他の曲が埋没・・・
アルバムとしての魅力は、1stや2ndに比べると劣るかなとも思うのですが。
そいつは贅沢ってものかな。トリプル・ギターが全体を牽引して。
土埃を巻き上げながら重量感たっぷりに、そして洒脱に前進していく。
ロニー・ヴァン・ザントの歌声も御機嫌で。結局は酔いしれてしまうのですからね。

土曜の夜。
そいつは。
いまでも。
いまだって。
特別なのさ。

きっとね。
誰かが。
魔法でも。
掛けている。
そんなところ。

そいつが。
俺達に。
素晴らしい。
一夜を。
もたらしてくれる。

躊躇う理由も。
戸惑う理由も。
ないのだから。
有難く。
肖って。騒げばいい。

会うべくして。
会っている。
集うべくして。
集っている。
そいつを祝おう。

それでいい。
それがいい。
それを自然に。
それを普通だと。
そう感じられる。それが特別なのだ。

土曜日の夜。
そこにある。
そこにだけある。
磁力に。
引きつけられる。

土曜日の夜。
そこにある。
そこにしかない。
引力に。
惹きつけられる。

それでいい。
それがいい。
それが自然で。
それが普通で。
引き合い。惹き合い。

会い。
集い。
楽しみ。
騒ぎ。
共に喜べる。

躊躇いも。
戸惑いも。
入り込む隙間の無い。
その一瞬。その一夜。

土曜の夜。
その魔力。
その魔法。
やっぱり。少し特別で。
そいつが堪らない。



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2016/01/08 Fri *パラノイア / Neil Young

20160108zuma


嫉妬。
執着。
失意。
絶望。
屈辱。

そんなものとは。
無縁でいたい。
無縁でいられればいい。
しかし。当然ながら。
そうはいかない。

誰かが羨ましい。
誰かに惹かれて止まない。
誰かに振り向いてもらえない。
誰かに挑んでも敵わない。
誰かに明らかな敗北を喫する。

それがどうしたと。
簡単に割り切って。
直ぐに立ち直れればいいが。
そんなに強くはできてない。
それでも生きていかなければならない。

だから。
思いのたけを。
言葉にする。
吐き出す。
心の底から絶叫する。

そうして。
また。
歩き出す。
生きていく。
繰り返される確かな予感があっても。

『Zuma』'75年リリース。
何とも脱力してしまうジャケットが印象的なニール・ヤングのアルバム。
アルバム・タイトルはアステカの王の名前からとられたとも、単に海岸の名前とも。
兎に角。一筋縄でいかないと言うか。逆にあまりにも正直と言うか。
『Harvest』の成功で名声を手にしたと思ったら。その潮流に流されるのを嫌って。
全曲、新曲のライヴ・アルバムとか、意味不明な映画のサウンドトラック・アルバムとか。
ことごとく。レコード会社やファンの期待を見事に裏切り続けてきたニール。
このアルバムの前年にはCSN&Yの再結成に参加しながら。さっさと離脱してしまい。
更にその前年にはクレイジー・ホースのダニー・ウィットンとCSN&Yのローディー。
2人の友人を亡くしたショックから。泥酔してレコーディングするもお蔵入りになってと。
(結局は『Tonight’s The Night』としてこのアルバムの前にリリースされましたが)
今に至る、我が道を行くが故の波瀾万丈振りを遺憾なく発揮していたニールですが。
新たにフランク・サンドロペをメンバーに迎えたクレイジー・ホースに触発されたか。
久々に真正面からロックしてみせたのが、このアルバムだったと言えるのでしょうか。
ハードなナンバーにしろ、スローなナンバーにしろ。あの、ニールならではの。
必殺の味のある、ヘタウマなギターが炸裂していて。その快感たるや何とも言えません。
また、それをこれでもかと絶妙に煽るクレイジー・ホース。最強の組み合わせです。
それでもって。離婚直後だったニール。前妻への愚痴や罵詈雑言を連発するかと思えば。
俺は寂しいのだ、愛が欲しいのだと。切々と嘆くと。生々しい叫びに満ちています。
西洋人による先住民の虐殺、支配を歌った「Cortez The Killer」に託して。
支配者、権力の横暴を糾弾した後に。何故か「Through My Sails」ではCSNを迎えて。
爽やかなコーラスで幕を下ろすと。情けなく絶望もし、雄々しく怒りを顕わにもし。
そして達観したかの様に去りゆくと。殆どパラノイア状態ですが。それが故に。
そうでもしなきゃ、そうでもしてでも生きるのだとの覚悟に震わされるアルバムなのです。

優越。
愛情。
希望。
絶頂。
高揚。

そんなものには。
踊らされたくない。
冷静でいられればいい。
しかし。当然ながら。
そうはいかない。

誰かを見下ろす。
誰かを縛り付ける。
誰かに過剰な期待を寄せる。
誰よりも優れていると思う。
誰よりも全治万能だと感じる。

そんなことはしない。
簡単にのぼせない。
いつでも周りが見えていればいいが。
そんなに賢くはできてない。
それでも生きていかなければならない。

だから。
思いのたけを。
言葉にして。
吐き出して。
叩かれて悲鳴を上げる。

そうして。
また。
歩き出す。
生きていく。
繰り返される確かな予感があっても。

嫉妬。
執着。
失意。
絶望。
屈辱。

優越。
愛情。
希望。
絶頂。
高揚。
交互に。
綯交ぜに。
繰り返しながら。
歩いている。
生きている。

綺麗ごとじゃ。
済まされない。
無傷でなど。
いられる筈もない。
取り繕ってもいられない。

だから。
心のままに。
感じたままに。
言葉にして。
吐き出して。

傷つけて。
傷つけられて。
愛して。
愛されて。
どこまでも。いつまでも。繰り返しながら。

パラノイアでも、正直に生き続ける。



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2016/01/07 Thu *風の中 / The Byrds

20160107sweetheartofrodeousorg


風の中。
ふと。
立ち止まる。
いま。
すれ違ったのは。

あの人では。
あの娘では。
なかったか。
風の中。
気配を探す。

そんなわけが。
あるはずはないのは。
十分に理解している。
だが。風の中。
見てしまう時がある。

いまの。
生活に。
状況に。
特段の不満があるわけではない。
だが。一部の欠落がないわけでもない。

風の中。
ふと。
その欠落を。その隙間を。
埋めるものを。
探し求めているのか。

いるはずのない。
人の。娘の。
気配に触れて。
風の中。
暫し、いまを離れる。

『Sweet Heart Of The Rodeo』'68年リリース。
バーズ史上最大の問題作とされる、『ロデオの恋人』・・・この邦題、好きだな。
このアルバム制作前にデヴィッド・クロスビー等が脱退。
メンバーの補充を迫られていたバーズ。ロジャー・マッギンにも考えがあったものの。
クーデターの機会を狙っていた(?)クリス・ヒルマンが連れてきた一人の男。
それが、かのグラム・パーソンズだったと。マッギンの要望に応じて。
オーディションではジャズ風のピアノを披露したと言うグラム。見事に合格したと。
そして。アルバムの制作が始まるとヒルマンと申し合わせて、一気に本領を発揮。
ロック史上初のカントリー・アルバムと称されるほどに、そのサウンドを変革したと。
収録されているのはグラムとヒルマンのオリジナル。ディランのカヴァー、そしてカントリーのカヴァー。
つまりは。リーダーであるマッギンのナンバーが1曲もないと。クーデター、見事に成功です。
従来のカントリーに、ロックの要素を持ち込んで。ポップにキャッチーに変化させながら。
郷愁や憧憬と言った。カントリーならではの心を震わせるものはそのままにして。
それをグラムが、あの独特の甘い歌声で聴かせる。斬新にして、本筋は外さない。
見事なまでのグラムの才能、そして手腕。やはり選ばれた者なのだと思わされます。
ただ。契約の問題なのか。急激な変化を恐れたレコード会社の意向なのか。
グラムのリード・ヴォーカルは数曲に抑えられ。マッギンに差し替えられている曲や。
マッギン、ヒルマンのコーラスが付け加えられたものもあったりします。
そのことをグラムがどう感じたのか。アルバムのリリース前に脱退の道を選び。
ヒルマンも後を追うように脱退して。フライング・ブリトー・ブラザーズが結成されます。
風の中から現れ。一陣の竜巻を巻き起こし。また風の中へと去っていったグラム。
その様の影響もあるのか。胸の中の郷愁や憧憬を強く意識させられるアルバムなのです。
しかし。それにしても。マッギンにしてみれば。忸怩たる思いだったのだろうなぁ。

風の中。
ふと。
振り返る。
いま。
過ったのは。

あの人の。
あの娘の。
匂いではなかったか。
風の中。
空気が揺らぐ。

そんなことが。
あるはずはないのは。
十分に理解している。
だが。風の中。
感じてしまう時がある。

いまの。
生き方に。
現況に。
特定の不満があるわけではない。
だが。欠落があるのも間違いはない。

風の中。
ふと。
その欠落を。その隙間を。
塞ぐものを。
追い求めているのか。

いるはずのない。
人の。娘の。
空気に触れて。
風の中。
暫し、現を離れる。

風の中。
一陣の竜巻と共に。
現れたのは。
過ったのは。
去っていったのは。

あの日の。
あの時の。
あの人なのか。
あの娘なのか。
その残像なのか。

あるはずもない。
おこるはずもない。
いるはずもない。
だが。
いま、この時。

確かに。
気配を感じた。
空気が揺れた。
何より。
匂いが漂った。

郷愁が。
憧憬が。
その残り香が。
風の中。
見せた一瞬の幻。

それは。
十分に理解している。
だが。風の中。
いまの自分へのクーデター。
そいつを試みたくなる時がある。



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2016/01/06 Wed *囚われ人群れ歌う / Asylum Choir

20160106paper


我等。
囚われ人。
群れ。
歌う。
叫ぶ。

まったく。
もう。
頭にくるし。
情けないし。
大概にしとけよと。

そりゃな。
簡単でも。
単純でも。
ないだろう。
わかるよ。わかるけど。

だからって。
なんで。
いつも。
いつまでも。
同じことを繰り返すのだろう。

排斥。
殺戮。
紛争。
戦争。
核開発。

もうさ。
人間は。
人類は。
自業自得で。
致し方ないかもしれないけど。だけどさ。

『Look Inside Asylum Choir』'68年リリース。
レオン・ラッセルとマーク・ベノによるユニット、アサイラム・クワイア。
スワンプ・ロックの大立者になる以前に既に業界では名を成していたレオン。
スタジオ・ミュージシャンとしてTV番組の音楽監督として大活躍。
それに目をつけたレコード会社から表舞台に立つことを提案されたレオン。
声をかけたのが、べノ。そしてカール・レイドルやジェシ・エド・ディヴィスで。
ドナルド・ダック・ダンも呼ばれてレコーディングに参加して言います。
その1stアルバム。リリース当時は、音楽雑誌等からは大絶賛されるものの。
商業的には大敗して。録音済みの2ndアルバムはお蔵入りになってしまったと。
確かに時代を反映してか、サイケやドラッグの匂いも濃厚な上に。
レオンの遊び心も全開で。多彩ではあるものの。取り留めの無さは否めないかも。
それでも、レオンとベノの歌声は既にこの頃から実に魅力的であって。
後にスワンプ・ロックの大立者といぶし銀として活躍することになるその片鱗はあって。
様々な装飾を排して集中して耳を傾けていると、その歌声だけでなく。
レオンとベノ。2人の創るメロディーにも既に確たる個性がハッキリと感じられます。
このアルバムが世間に受け入られなかった為に。脚光を浴びるには更なる時を要したと。
しかしながら。その基礎、基盤は。この時代に出来上がっていて。揺らぐことは無かった。
だから、続けること。歌い続けること。奏で続けることの大切さを感じるかな。
レオンがブレイク後に、再発された時にはジャケットは変更されていて。
不快に感じる人もいるとの判断だったのでしょうが。昔も今も洒落が通じない輩はいると。
レオンもねぇ、わざわざ“収容所合唱隊”なんて名前をつけるのですからねぇ。
その反骨心、天邪鬼振りは筋金入りだと言わざるを得ません。

我等。
囚われ人。
群れ。
歌い続ける。
叫び続ける。

まったく。
もう。
怒れるし。
悔しいし。
大概に終わらせないとな。

そりゃな。
至難で。
複雑で。
どうしようもないだろう。
ないだろう。ないだろうけど。

だからって。
なんで。
いつも。
いつまでも。
同じことしか出来ないのだろう。

差別。
略奪。
テロ。
空爆。
核競争。

もうさ。
人間は。
人類は。
袋小路で。
致し方ないかもしれないけど。だけどさ。

本当に。
そうなのか。
それでいいのかな。
人類だけ。
滅びておしまい。

そうは。
問屋が卸さない。
人類どころか。
他の生命まで。
それどころかこの地球まで。

道連れにしてしまう。
そんなことになったら。
どう責任を取ると言うのだろう。
そんな権利など。
どこの誰にあると言うのだろう。

時々。
本当に。
もう。
人類は退場して。
やり直すのがいいのではと。

そんな。
ことすら。
思ってしまう。
駄目だよな。
責任とらずに退場は。

それに。
ほんの。
微かな。
可能性が。
人類とやらにも。
あるかもしれないのだし。

だから。

我等。
囚われ人。
群れ。
歌い続けよう。
叫び続けよう。



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2016/01/05 Tue 再来 / Roy Buchannan

20160105roybuchanan


救世主が。
再び現れるだろうなどと。
そんなことは。
思いもしないし。
考えもしないが。

年末年始の。
お休みが。
何かの間違いで。
再び目の前に現れないかと。
そんなことは。

漠然と。
思っている。
考えている。
だってなぁ。
たかだか一週間。

それで。
身も心も。
蘇る。
生き返る。
そんなに都合よくはない。

未ださぁ。
ほろ酔いで。
甘い夢の中に。
漂って。
ギターの音色にでも酔いしれていたい。

なんだけど。
否応なしに。
目を覚まさせられる。
しかたねぇなぁ。なんとか時間作って。
頭の中であのフレーズを。

『Roy Buchanan』'76年リリース。
オリジナル・アルバムと間違えそうなタイトルが冠されていますが。
ロイ・ブキャナンの正式な。そして恐らくは初めてのベスト・アルバム。
ロイのアルバムって。なんか日本では長い間、ポリドールが発売していたのですが。
米国では4枚目をもって。ポリドールからアトランティックに移籍していたと。
そこで。去られたポリドールが契約枚数の関係からか企画して。
当然の如く、最初の4枚のアルバムから上手い具合にバランスよく選曲して編集したと。
それにしても。このタイトルは。どう考えてもオリジナル・アルバムと勘違いさせようと。
そんなポリドールのある意味、悪意のこもった企みが透けてみえるかな。
ジャケットもやる気があるのだか、ないのだか分からない感じだしねぇ。
まぁ、中身は名手ロイの初期の名演から選りすぐった全12曲。悪い訳もなく。
「Sweet Dreams」とか「The Messiah Will Come Again」を当然の様に含んで。
テレキャスターの魔術師と言われた。ロイ独特のトーンで奏でられるブルース。
そいつが。何とも。心の襞を慰撫すると言うか、柔らかいところを静かに震わせるのです。
ジェフ・ベックもロイの大ファンで、エリック・クラプトンに至っては。
何でもロイのブートレッグをコレクションしていたと言う。プロに惚れられるギタリスト。
あの、ストーンズでさえも。ミック・テイラーの後釜にと考えたとか、いないとか。
その凄腕を凄腕と感じさせない。世間ではなく業界の達人には感じさせられたロイ。
それが本人にとって心から満足のいく結果であったかどうかはわかりませんが。
少なくとも。このアルバムで聴ける、そのトーン、フレーズ、プレイには。
心のままに。自分の足取りで歩もうとする意志が感じられるんですけどね。
ただ、その足取りが時に千鳥足に過ぎたことが、ロイの不幸だったんでしょうけどね・・・
兎にも角にも。心の片隅、記憶の辺土で鳴り止まないロイのブルース、好きなのです。

救世主が。
再び現れるだろうなどと。
そんなことは。
望みもしないし。
求めもしないが。

学生時代の様な。
冬休みが。
何かの間違いで。
再び目の前に現れないかと。
そんなことは。

真剣に。
望んでいる。
求めている。
だってなぁ。
たかだか一週間。

それで。
身も心も。
存分に休まる。
浄化される。
そんな訳はないだろうと。

いま暫くさ。
千鳥足で。
甘い夢と共に。
浮かんで。
ブルースの音色にでも酔いしれていたい。

なんだけど。
否応なしに。
現実とやらを突き付けられる。
しかたねぇなぁ。なんとかサボって。
頭の中であのブルースを。

未ださぁ。
いま暫くさ。
休みをくれとは言わない。
そんな贅沢は言わない。
ただ、慣れるまで。戻るまで。

暫く。
ほろ酔い加減で。
千鳥足で。
心、ここにあらずで。
見果てぬ再来を妄想している。

そんな余韻が。
そんな余裕が。
あってもいいだろうと。
ギターのトーン。
溢れ出すブルース。

そいつに。
身も心も。
浸ったままで。
徐々に目覚めていく。
そんな程度でいいじゃないかと。

そうさ。
考えているのは。
思っているのは。
望んでいるのは。
求めているのは。

記憶の辺土の。
その懐かしくも。
温かい記憶の中の。
ブルースが再来することなのだから。
それでしかないのだから。



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2016/01/04 Mon *らしさ / Johnny Winter

20160104johnnywinter


この冬は。
などと言ったところで。
この気候。
この陽気。
冬らしくないねと。

少し前。
否。
随分と前までは。
なんだろうな。
冬は冬らしかった。

それが。
どうにも。
いけない。
この気候。
この陽気。

そいつだけじゃない。
師走とか。
年末とか。
年始とか。
そんな言葉と共にあった筈の。

風情も。
情景も。
どんどんと。
らしさを、失い。
感じられなくなってきて。

なにも。
総てが。
元のまま、昔のままが。
良いとは言わないが。
失っちゃならない。らしさ、そいつもあるよなと。

『Johnny Winter』'69年リリース。
ジョニー・ウィンターのメジャーでの1stアルバム。
CBSとの契約金が膨大で100万ドルのギタリストとして騒がれたと。
まぁ、実際には数十万ドル。それも100万ドルの三部の一ほどだったとか。
兎にも角にも。それだけ期待されていた訳で。その証では無いでしょうが。
ウィリー・ディクソンやビッグ・ウォルター・ホートンが参加したナンバーもあり。
フラワー・ムーブメントだ、サイケデリックだと大騒ぎして、浮かれてと。
そんな時代が終わり。言わば、祭りの後に現れたのが、このジョニーだったと。
レコード会社も、そして聴衆も。踊り疲れ、騒ぎ疲れて。原点に回帰したくなったと。
だからこそ。ストレートなブルースを、何の衒いも無くぶちかましてくれる。
そんなテキサスのギタリストに白羽の矢が立ったんだろうなと。そう感じるのです。
そして。見事にその期待に応えてみせたウィンター、否、応えすぎたとも言えて。
あまりにもストレートに、泥臭く、そして熱いブルースを真正面からぶちかましたと。
ジョニーとってはこれが普通だったのでしょうが。周囲にとっては重すぎたと。
どうにも。地味だとの評判で。セールス的には思う様に伸びなくて。
ご存じの様に、徐々にジョニーはロックンロールへと移行させられていくと。
ロックンロールなジョニーもカッコ良くて、大好きで。ジョニーも楽しんではいたと。
そう信じてはいますが。亡くなったいま。晩年のアルバムとこのアルバム。
約四十年以上の時を経て。その佇まい、その匂いのなんと似通っていることかと。
結局。ジョニーにとっての、らしさは、原点はこのアルバム、ブルースだったのだなと。
何か。それがとても嬉しく感じられたりもするのですよね。忘れなかったのだなと。
久々に針を落として。その事実が。無性に胸に迫ってきたりもする冬の夜なのです。

この冬は。
などと言ったところで。
この気温。
この陽射し。
冬らしくないねと。

少し前。
否。
随分と前なのだけど。
確かに。
冬は冬だったのだけど。

それが。
どうにも。
いけない。
この気温。
この陽射し。

そいつだけじゃない。
年の瀬とか。
年越しとか。
お正月とか。
そんな言葉と共にあった筈の。

空気も。
匂いも。
どんどんと。
らしさを、失い。
感じられなくなってきて。

なにも。
総てが。
元のまま、昔のままが。
良いとは言わないが。
忘れちゃならない。らしさ、そいつもあるよなと。

この冬。
そいつも。
また。
このままに。
らしさ、を感じられないままに。

過ぎていくのか。
終わってしまうのか。
そいつは。
どうにも。
遣り切れない気がするのだが。

冬だけでなく。
春だって。
夏だって。
秋だって。
みんな、そうなのだな。

風情。
情景。
空気。
匂い。
そいつを失って。忘れて。

季節も。
時効も。
時折々の。
らしさを。
感じられなくなって。

同じ様な。
無機質な。
日々がただ積み重なって。
気付いたら。
一年が過ぎているなんて。

味ない。
味気ない。
やっぱり。
らしさ、ってのは。
あってもいいと思うのだな。

失われていく。
忘れられていく。
その原因が。
我々にあるならば。
原点回帰、らしさを取り戻そう。



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