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2016年2月

2016/02/27 Sat *渚にて / The Rolling Stones

20160227therollingstonesno2


渚にて。
ホテルのレストランで。
ランチをとりながら。
窓の外に広がる。
海を眺めている。

海は。
広いな。
大きいな。
そんな歌を。
つい、口ずさんでしまいそうになる。

陽光の下。
青く広がる海。
打ち寄せる波。
鳥が風に乗り。
大小の船が行き交う。

遠く目を凝らせば。
対岸の街の様子が見える。
あの街にも。
人がいて。
こちらに目を凝らしているのかも。

漠然と。
そんなことを考えながら。
微睡の誘惑に誘われながら。
身も心も。
弛緩させてゆっくりと時を過ごす。

渚にて。
暫し。
いつもの。
流れから。渦から。
離れて。気を解放させている。

『The Rolling Stones 2』'69年リリース。
何でもありだったキング・レコード時代のローリング・ストーンズ。
既に日本でもリリース済だったアルバムをシリーズ化して再リリースするに際して。
何を思ったのか。ジャケットをサイケと言うかアートと言うか。
何ともキッチュなデザインで統一してしまったと。如何に自由な時代だったとは言え。
これはやり過ぎでしょとか言いながら。楽しんでいる自分も確かにいたりします。
このアルバムはそのシリーズの2枚目で。中身は『12×5』のステレオ盤です。
シリーズ共通の特典として内ジャケットにミニ・ポスターが綴じ込まれていて。
このアルバムにはキース・リチャーズの雄姿?を捉えたものが付いています。
さて。『12×5』ですから曲目はA面が「Around And Around」で軽快に始まって。
「Confessin' The Blues」「Empty Heart」「Time Is On My Side」「Good Times, Bad Times」
そして「It's All Over Now」で軽快に締めくくられると。さて。ひっくり返してB面へ、
「2120 South Michigan Avenue」でクールに始まって。「Under The Boardwalk」
「Congratulations」「Grown Up Wrong」「If You Need Me」そして「Susie Q」で粗雑に締めくくり。
一見無造作な選曲、曲順の様に見えて、思わせておいて。これはこれで計算されていて。
軽快なロックンロールと無骨なブルースで荒々しいストーンズを印象付けて。
後半はクールに、スタイリッシュにR&Bを決めてみせるストーンズを引き出して。
最後に、如何にもって粗雑さで、粗暴な問題児としてのイメージを強烈に焼き付けてみせると。
センスと言うか、戦略と言うか。アンドリュー・ルーグ・オールダムらしいなぁと。
批判的な見方をされることの多いアンドリューですが貢献も多かったのですよ。
さて。もうどれほど聴いたかわからないこのアルバム・・・ってか『12×5』ですが。
ここ最近はB面の頭の2曲、「2120 South Michigan Avenue」「Under The Boardwalk」の流れがいいなと。
クールでスタイリッシュ。でもどこか、いなたい。それもまたこの時代のストーンズの魅力なのです。

渚にて。
遊歩道に下りて。
散歩をしながら。
目の前に広がる。
海を眺めている。

海は。
広いな。
大きいな。
そんな歌を。
つい、口ずさんでしまって、苦笑する。

陽光の下。
青く透き通った海。
打ち寄せては砕ける波。
鳥が風を翼に受けて悠々と。
大型船がゆっくりと通り過ぎる。

遠く目を凝らせば。
靄の向こうに霞んで見える。
あの街から。
ここまで来たのだなと。
遠い様で近くて。近い様で遠くてと。

漠然と。
そんなことを考えながら。
微睡の誘惑に誘われながら。
身も心も。
弛緩した時の中を歩いている。

渚にて。
暫し。
いつもの。
流れから。渦から。
離れて。気を呼吸している。

渚にて。
非日常の。
風景。
空気。
時の流れ。

そいつに。
触れ。
抱かれ。
弛緩して。
解放して。呼吸して。

毒気を。
吸い取られたかの様に。
新鮮な気が。
身と心に。
流れ始める。巡り始める。

脱皮。
再生。
どうやら。
定期的な。
メンテナンスが。浄化が。必要なのだろう。

渚にて。
再生したら。
さぁ。
あの街に戻って。
新たなビートを響かせよう。

渚にて。
新たな気を。
纏い。
充満させて、循環させて。
また、新たな日々を転がり始めるのだ。



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2016/02/26 Fri *すぐ、もうすぐ / The Beatles

20160226thebeatlessecondalbumjp


すぐ。
もうすぐ。
そう。
すぐ。
もうすぐ。

やっと辿り着いた。
金曜日。
今週も色々あった。
長かった。
でも。ここまで来たら。

もう。
そこまで来ている。
もう。
そこまで見えている。
なんだけど。

ここからが。
案外と。
なかなかに。
簡単には。
いかなかったりもする。

そう。
ならない様にと。
願いながら。
仕上げにかかる。
落ち着かせにかかる。

すぐ。
もうすぐ。
そう。
すぐ。
もうすぐ。

『The Beatles'Second Album』'64年リリース。
独自に編集されたビートルズの日本での2ndアルバム。
『A Hard Day's Night』以降は英国オリジナル盤に準拠したアルバムとなった日本。
しかし。最初の2枚のアルバムは、ジャケットは米国盤を基本して加工して。
選曲は日本独自のものを収録したアルバムがリリースされていたのですね。
ここらは英国や米国でのリリースから遅れるのが当たり前だった当時の状況を味方にして。
更には今では考えられませんが。ビートルズでさえ各国で自由にアルバムを編集できたと。
そんないい時代だからこその産物だってことになるのでしょうね。いいよなぁ。
で、このアルバム。全14曲収録されているのですが。その選曲、曲順が素晴らしくて。
A面が、「Can't Buy Me Love」「Do You Want To Know A Secret」「Thank You Girl」
「A Taste Of Honey」「It Won't Be Long」「I Wanna Be Your Man」「There's A Place」で。
B面が、「Roll Over Beethoven」「Misery」「Boys」「Devil In Her Heart」「Not A Second Time」
「Money」「Till There Was You」ですからね。もう。何とも絶妙だなぁと。
曲名を書き連ねているだけで。何だか楽しくなってきますからね。聴けば尚更なわけで。
誰だかは存じ上げませんが。この選曲をした担当者の方のセンスには脱帽かな。
しかも当然の様にモノラル盤で。確かこのアルバムにはステレオ盤は存在しないのかな。
そこに拘りがあったかどうかはわかりませんが。それもね、嬉しかったりするわけですね。
自分が大好きな、ブリティッシュ・ビート・バンドとしてのビートルズの魅力。
荒々しく荒削りなサウンド、甘過ぎないメロディ、そして抜群のカヴァー・センス。
その三位一体攻撃にさらされていると。なんて幸せなことなのだろうと感じるのですね。
特に『With The Beatles』収録曲の「It Won't Be Long」と「Money」の位置が。
何とも言えないタイミングで出てくるところが、自分としては堪らなく好きだったりして。
まぁ、要はここぞ、のタイミングでジョンのヴォーカルが聴けるのが御機嫌ってことなのですけどね。

すぐ。
もうすぐ。
そう。
すぐ。
もうすぐ。

やっと辿り着いた。
日暮れ時。
今日も色々あった。
長かった。
でも。ここまで来たら。

もう。
ほんのそこまで来ている。
もう。
ほんのそこに見えている。
なんだけど。

ここからが。
存外と。
なかなかに。
無難とは。
いかなかったりもする。

そう。
ならない様にと。
祈りながら。
仕上げを進める。
まとめにかかる。

すぐ。
もうすぐ。
そう。
すぐ。
もうすぐ。

否。
本当に。
すぐ。
もうすぐ。
なんだよ。

否。
そうでないと。
そうとでも思わないと。
ラストスパートも。
利かないしさ。
すぐ。
もうすぐ終わるのだと。
すぐ。
もうすぐ始まるのだと。
そう言い聞かせるのさ。

もうすぐ。
今日も、今週のお勤めも終わる。
もうすぐ。
明日の、今週のお楽しみが始まる。
そうなのさ。

どんなに。
頼まれても。
大金を積まれても。
だからこれ以上は御免だね。
営業終了。

早く。
お楽しみの為の。
時間を始めたいのさ。
時は金なりだからさ。
だから。

すぐ。
もうすぐ。
そう。
すぐ。
もうすぐ。



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2016/02/25 Thu *扉はいつでも / Bobby Bland

20160225membersonly


そんなに。
固くなる必要はない。
別に。
難しい事でもない。
簡単なことさ。

輪に加わりたければ。
加わればいい。
輪から出ていきたければ。
出ていけばいい。
来る者拒まず。さる者追わず。

特別な資格も。
特別な技能も。
免許とか証明書も。
いらない。
求めもしない。

ただ。
胸のどこか。
柔らかいところ。
深いところ。
そこに痛みを抱えていて。

その痛みを。
ひと時でも。
和らげたいなら。
忘れたいのなら。
扉を開けて入ってくればいい。

きっと。
同じ様に。
痛みを抱えていて。
それでも。生きている皆が。
笑顔で迎えてくれるさ。

『Members Only』'85年リリース。
ボビー・(ブルー)・ブランドのマラコ移籍第一弾となったアルバム。
'50年代からブルース界の大スターだったブランドが約三十年に及ぶキャリアを経て。
辿り着いた、否、新たな一歩を切り拓いたのが、このアルバムから始まったマラコ時代。
何て知ったかぶりをしていますが。つい最近までブランドは'50年代でしょ。
何と言ってもデューク時代のアルバムに尽きるでしょうと。そう思い込んでいたので。
実はこの時代のブランドは聴かず嫌いじゃないけど、殆ど聴いていなかったのですが。
某、魂の台所の如何わしくて胡散臭い店主(笑)がやたらと絶賛して薦めるので。
またまたぁと思いながらも。その耳と感覚には信頼を置いているので。
騙されて元々と探し始めて。そうしたらなかなか無くて。漸く古都のレコ屋で出会って。
何回か針を落としているうちに、恋に落ちたと言うか、情にほだされたと言うか。
なんとまぁ、懐の深いと言うか、包容力に充ちた歌声なのだろうと。涙腺崩壊寸前になって。
若き日の、俺は男だぜ、ブランドもいいけれど。熟年に差し掛かった、私も一人の男です、ブランドも。
角が取れて丸くなったと言うよりは。その熱気、迫力を胸の内に秘めて迫ってくる。
そんなブランドもいいじゃないかと、否、素晴らしいじゃないかと。確信したのです。
ブルーの異名をとる、その歌声の艶と深みが増して。極上の味わいとなっているのです。
ミドルからアップなナンバーでの迫力も相変わらずの素晴らしさなのですが。
何と言っても。スロー・バラードにおけるその表現力の温かさと優しさには痺れっぱなしで。
特に、タイトル・ナンバーの「Members Only」には背筋に震えが走って。
それが全身に伝わり、胸の内へと染み込むうちに温かな気持ちになっていると言う。
資格なんていらないさ、傷ついた思いがあればそれでいい、君も仲間なのさ、なんてね。
そんなこと歌われたら。男でもイチコロですからね。ご婦人方はさぞやと。
歳を重ねたら重ねたで。迫り方、口説き方ってものがあるよと教えられもする思いです(笑)。
もっと早くに出会いたかったな。しみじみとそう思いながら繰り返し針を落とすのです。

そんなに。
恐れる必要はない。
別に。
大した事でもない。
単純なことさ。

輪に加わりたい時に。
加わればいい。
輪から出ていきたい時には。
出ていけばいい。
いつでも出入り自由さ。

特別な資質も。
特別な技術も。
紹介状とか許可証も。
いらない。
求めもしない。

ただ。
胸のどこか。
柔らかいところ。
深いところ。
そこから血が流れていて。

その辛さを。
ひと時でも。
癒したいなら。
止めたいのなら。
扉を開けて入ってくればいい。

きっと。
同じ様に。
血を流しながら。
それでも。生きている皆が。
笑顔で迎えてくれるさ。

痛みを抱えているのも。
血を流しているのも。
一人だけじゃないのだ。
そうは見えなくても。
そうと見せなくても。

誰もが。
痛みを感じ。
傷口が疼き。
それでも。
生きている。生き続けようとしている。

自分の痛みは。
自分の傷口は。
自分だけのもの。
自分で立ち向かい。
自分で治さなきゃいけないもの。

でも。
時には。
誰かと。
共に。
あることで。あれることで。

癒されるなら。
潤うものがあるなら。
その輪の中に。
加わってみるのも。
悪くはない。それでいい。

そうして。
ひと時でも。
開放され。
和らげて。
忘れられて。笑えればいい。

性別も年齢も。
国籍も人種も。
目や髪の色も。
関係ない。
差別などしない。

ただ。
誰かの。
痛みや。
傷口から流れる血と。
共にありたいと思えればいい。

それだけでいい。
それが。
唯一の。
求められる資格。
そうさ。扉はいつでも開かれているのさ。



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2016/02/24 Wed *夜の底 / Etta James

20160224deepinthenight


夜の底。
真夜中。
天辺過ぎ。
深い闇の中。
その底に座って。

揺れる。
巡る。
思いのままに。
思いに任せて。
時を見送っている。

闇の中を。
舞い落ちて。
積もっていく。
心の欠片。
その様を見つめている。

今夜。
この夜の底。
座り。
見送り。
見つめている。

答えのでない。
答えなどない。
それは知りながら。
眠るでもなく。
ただ過ごしている。

夜の底。
真夜中。
天辺過ぎ。
深い闇の中。
その底に座って。

『Deep In The Night』'78年リリース。
チェスを離れたエタ・ジェイムスの初めてのアルバム。
デビュー当初から抱えていた薬物中毒の治療とリハビリ。
そして出産を経ての録音となった言わば復帰作とも言えるアルバム。
そんな経緯もあってか。収録されているナンバーの殆どがカヴァーで。
ジャニス・ジョプリンで有名な、アーマ・フランクリンの「Piece Of My Heart」もあれば。
イーグルスの「Take It To The Limit」果てはアリス・クーパーのナンバーまでと。
この選曲は復帰にかけるエタの意欲・・・と言うよりも新しく所属することとなった。
ワーナー・ブラザースの企画、戦略であったのではないかと思うのですが。どうでしょう。
チャック・レイニーやコーネル・デュプリーなどの豪華な面子を迎えてのサウンドも。
ファンキーであり、更には何やら当時流行っていたロックのサウンドを意識しているかな。
そんなややオーヴァー・プロデュースな状態で歌うエタ。少し心配になったりもしますが。
そこは、エタはエタ。時にやや力み過ぎかなと思わされる瞬間もあるにはありますが。
エタならではの緩急の効いた歌声。熱く激しく迫りくるかと思えば。
温かく大らかに包み込みもする。アップでもスローでも聴く者を震わせる。
そして。どうにも濃厚な咽かえる様な夜の匂いを感じさせてくれる歌声は健在なのです。
これで選曲をもう少し丁寧に考えていたらね。傑作の名を手にできたのかも知れないかな。
流石にアリスとか、キキ・ディーのカヴァーってのはなぁ。エタの調理にも限界があると。
その中で一際黒く輝いているのが、自らの代表作である「I'd Rather Go Blind」で。
このアルバムでは「Blind Girl」と改題されていますが。その染み入る様な味わいの深さに。
やはりエタはエタ、ブルース、そしてR&Bのビッグ・ヴォイス・ママなのだなと。
真夜中、その歌声に浸り、耽りながら。そんな思いを新たにしたりもするのです。

夜の底。
真夜中。
天辺過ぎ。
深い闇の中。
その底に座って。

震える。
流れる。
思いのままに。
思いに任せて。
時を見失っている。

闇の中を。
舞い散りながら。
重なっていく。
心の欠片。
その様を見続けている。

今夜。
この夜の底。
座り。
見失い。
見続けている。

答えは出ている。
ただ認められないだけ。
それを承知で。
眠ろうとも思わず。
ただ過ごしている。

夜の底。
真夜中。
天辺過ぎ。
深い闇の中。
その底に座って。

そうなのだ。
答えはないのではなく。
答えは出ている。
それを認められない。
それを見たくない。

認めるくらいなら。
見ざるを得ないなら。
いっそのこと。
この目など。
見えなくなってしまえばいい。

そんな思いが。
心の欠片となって。
舞い踊り。
ちり積もって。
支配しようとする。

そうなのだ。
その答えなど。
目にしたくないのだ。
ならば。
いっそのことと。

濃厚な。
咽かえる様な。
夜の匂い。
その中に蘇る。
微かで甘美な匂い。

夜の底。
真夜中。
天辺過ぎ。
深い闇の中。
その底に座って。

このまま殉じてしまいたい。



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2016/02/23 Tue *腹半分 / Little Milton

20160223gritsaintgroceries


これじゃ。
この程度じゃ。
腹の足しにはなりゃしない。
物足りない。
そいつはそうだが。

まぁ。
未だ先があるしな。
あまり。
ここで食い意地はっても。
しかたがないか。

余計な。
あまり。
旨くも無いものを。
押しつけられても。
それはそれで困るし。

ここは。
少し物足りない。
その程度で。
良しとして。
涼しい顔して。

この先への。
布石として。
この程度じゃ。
満足しないぞと。
そう匂わせて。

大人しく。
与えられた範囲で。
与えられた量で。
その中で。
そいつで。手を打っておこう。

『Grits Ain't Groceries』'69年リリース。
リトル・ミルトンのチェス(チェッカー)での3枚目のソロ・アルバム。
ミルトンと言うと。どうしてもこの後のスタックス時代に注目してしまいますが。
その基礎となったとも言える。チェス時代もなかなかのもので。
それが証拠に確か、ソロ・アルバムを4枚程残していて。人気も高かったと。
どうも。この時代のミルトンは灰汁の強さ、個性と言う点では大人しい感もあって。
それで。B.B.キングやボビー・ブランドの後塵を拝していたってのが。
一般的な評価の様で。まぁ、確かにスタックス時代と比較すると素直と言うか。
芝居がかった表現が少なくはあって。これが正統派シンガーとしての素顔なのかなと。
スタックス以降の感情表現は素晴らしいのですが。あざとさと紙一重って感じもあるので。
思いのままに。思いの丈を隠そうともせずに牙を剥いている様な。ここでのミルトンには。
こちらの体も素直に反応して。構えることなく。その歌声に揺さぶられ、酔いしれると。
アップでも、ミディアムでも、スローでも。何でも聴かせてしまうその実力に加えて。
やがて。スタックスでブルーズン・ソウルとして大きく花開き。その代名詞ともなった。
ソウルに対する鋭い嗅覚の芽生えも感じられて。しかもファンクの要素さえ感じさせると。
この進取の気質こそが。ミルトンの大きな武器だったのだろうなと感じます。
ともすれば。正統派のブルースからの逸脱ととられかねなくて。批評の対象にもなったと。
しかしながら。新しいものに取り組めるだけの、正当な実力もあったこそのものだと。
そう胸を張って言える。そんな確かなものがミルトンの歌声には宿っていたのです。
それに。アルバム・タイトルが象徴する様に。貪欲で食欲旺盛なミルトン。
そして。あくまでも主催でありたいと。つなぎや調味料には甘んじないぜとの心意気。
その意気こそが、ミルトンの男気。その男気に溢れたブルースが胸を熱くさせるのです。

これじゃ。
この程度じゃ。
腹の足しにもならないでしょう。
物足りなくありませんか。
ついついしゃしゃりでたくなるが。

まぁ。
未だ先は長そうだしな。
あまり。
ここで出しゃばっても。
しかたがないか。

余計な。
あまり。
大きな期待を。
勝手に抱かれても。
それはそれで困るし。

ここは。
少し物足りないかと。
その程度で。
止めておいて。
一言だけ印象に残して。

この先への。
布石として。
この程度じゃ。
満足させませんよと。
そう漂わせて。

大人しく。
与えられた範囲で。
与えられた量で。
その中で。
そこまでで。手を退いておこう。

これじゃ。
この程度じゃ。
腹の足しにはなりゃしない。
物足りない。
それはそうだ。

まだまだ。
持っているものの。
その半分も。
本気になっていない。
貪欲さを押し殺している。

これじゃ。
この程度じゃ。
腹の足しにもならないでしょう。
物足りないでしょう。
それはそうだ。

まだまだ。
持っているものの。
その半分も。
見せてはいない。
欲望を押し殺している。

今は。
未だ。
総てを見せる時じゃない。
あざとく迫る時じゃない。
逆の芝居をする時だ。

大人しく。
控え目に。
牙を磨いていればいい。
目立たぬ様に。
されど。埋没しない様に。

その時。
つなぎじゃなくて。
主役になって。
満足し、満足させる。
その時が来るまでは、腹八分、否、腹半分。



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2016/02/22 Mon *本質も、根源も / Otis Spann

20160222thebottomoftheblues


なぜ。
突然。
渦に飲み込まれ。
もがくことになるのか。
その理由が。

わかるのならば。
予想も。
対策も。
それなりには。
打ち様があるのだが。

幾ら。
考えたところで。
その理由など。
わからない。
思い当たりもしない。

そうなると。
お手上げで。
ある日。ある朝。
突然やってくる。
渦に飲み込まれるしかない。

もがいても。
詮無いことは。
わかっているから。
そのままに。
なるがまま。そうするしかない。

理由など。
その本質など。
探ったところで。
襲われる時は襲われる。
そんなものもあるのだ。

『The Bottom Ob The Blues』'68年リリース。
シカゴ・ブルースを代表するピアニスト、オーティス・スパンのアルバム。
今回載せているのは日本で'70年に初め発売された時の日本独自ジャケットのものです。
スパンと言えば。名ピアニストでありながら。マディ・ウォーターズの右腕として。
そのレコーディングやライヴに於いて、頼れるサイド・マンとしての活動も長く。
また、リトル・ウォルターや、ジュニア・ウェルズ、ボ・ディドリー等のサポートも務め。
どうしても。その印象が強いからか。なかなかソロ・アーティストとしては評価され難いと。
どうも。スパン自身があまり前面に出たがらない人だったらしいのですが。
これだけの腕の持ち主をレコード会社もいつまでも放っておくわけもなく。
件のマディのニューポートでのライヴ・アルバムを締めくくるナンバーを披露してからは。
遂にスパン自身を前面に出したソロ・アルバムが録音、制作される様になりました。
それでもスパンはあまり気乗りがしなかったなんて話もあるのですが。
その割にはコンスタントにアルバムがリリースされていて。人気の程を物語っています。
面白いのは、ソロ・アーティストとして一枚看板になった後もマディの録音に参加していて。
そして。マディも時には契約の関係からか変名を使いながらスパンの録音に参加していて。
2人の強い絆を感じます。従兄弟だったとの話もありますが。次郎長と大政みたいなね。
当然、このアルバムでもマディならではのギターを聴くことができるのですが。
それに加えて。スパンの奥さん、ルーシー・スパンがヴォーカルで参加していて。
スパンとのデュエットも含め、そのブルースに花を添える、味のある歌を聴かせています。
スパンのブルースは、その華麗とも思われる指さばきとは裏腹に、否、それ故なのかな。
力強く鍵盤を叩き、猥雑な内容を歌っていても。どこかに悲哀と言うか、諦念が感じられて。
まぁ、人生なんて言うのは、そんなものだと。達観している風でもあって。
飄々と鍵盤に向かいながら。何かと戦い、何かを感じ取っていたのだろうかなと思われて。
それが40歳で夭折してしまう運命を薄々感じていたのか、どうかは別として。
スパンのブルースの本質、根源に流れていたものかなと思うことが多々あるのです。

なぜ。
突然。
濁流に流され。
なすすべもなくなるのか。
その原因が。

わかるのならば。
予防も。
対応も。
それなりには。
立て様があるのだが。

幾ら。
悩んだところで。
その原因など。
わからない。
思い当たる節など限がない。

そうなると。
どうしようもなくて。
ある日。ある夜。
突如、発生する。
濁流に流されるしかない。

逆らっても。
無駄なことは。
わかっているから。
そのままに。
なるがまま。そうしているしかない。

原因など。
その根源など。
掘り下げたところで。
憑りつかれる時は憑りつかれる。
そんなものもあるのだ。

なぜ。
なんで。
こんな気持ちに。
こんな状態に。
陥るのか。

なぜ。
なんで。
こんな気持ちから。
こんな状態から。
抜け出せないのか。

なぜ。
なんで。
こんな気持ちを。
こんな状態を。
何度も繰り返し味わうのか。

理由は?
原因は?
その本質は?
その根源は?
問うてみても答えはない。

ある日。
ある朝。
ある夜。
それは他でもない。
自分自身のもの。

渦。
濁流。
それも他でもない。
自分自身が向き合っているもの。
他の誰も知る由もない。

本質も。
根源も。
自分以外に知る由は無い。
知っている自分にもやる術は無い。
その諦念と向き合い、生きるのみなのだ。



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2016/02/21 Sun *変えられない / Howlin' Wolf

20160221changemyway


やり方を。
少しばかり。
変えてみるかと。
ふと。
考えてみないでもない。

それで。
事が。
上手く運ぶのなら。
円滑に進むのなら。
変えてみるのも悪くはないかと。

固執して。
これしかないと。
決めてかかっても。
そいつが。
どうにも理解されずに。

運ばないのなら。
進まないのなら。
譲ってみても。
変えてみても。
いいかなと。

そもそもが。
別に。
理解されなくても。
上手くいきさえすれば。
それでいい。

その程度のものに。
そこまで。
頑なにならなくても。
良いのではないかと。
考えてみないではない。

『Change My Way』'75年リリース。
'58年から'66年の録音から編集されたハウリン・ウルフのアルバム。
確か、総てのナンバーがシングルとしてリリースされたものだったかな。
そうするとこのアルバムに収められているだけで15曲のシングル盤があったと。
その意味でウルフがやはりチェスの看板となるスターの1人だった証かなと。
そして全曲に、ヒューバート・サムリンが参加していて。
そのギターが十二分に堪能出来るって言うのも、いいところかな。
やはりウルフの濁声には、サムリンの剃刀の如く鋭いギターが合うと言うか。
ウルフ親分の隣には、その背後にはサムリンがいないとね。画にもならないしねと。
特に年代順に並べて収録されているわけでは無いので。一度や二度ではわからないけど。
濁声で吠えるスタイルは不変なものの。年代が進むにつれてR&Bの影響も窺えて。
シャープさを増していくウルフのブルース。それを彩り支えていたサムリンのギター。
そのしなやかさがあってこその、ものだったのだろうと感じさせられます。
長い間、ウルフに従って。サイド・マンに徹していたが為に。知名度が低いのですが。
ロック界に与えた影響も相当なものがあると思われるサムリンなのです。
そして。ウルフ親分。ジャケットでは珍しく笑顔を見せている、使われていますが。
もう、一節唸るだけで。その迫力で有無をも言わせず総てを自らの世界にしてしまう。
その濁声で。自らのブルースの虜にしてしまう。やはりその存在感は圧倒的です。
兎に角。頑固で。終生、白人観衆だけを対象にしたライヴは一度もやらなかったウルフ。
その頑ななまでに自分の信義、スタイルを貫く姿勢に、それが顕著に表れている歌声に。
やはり。痺れざるを得ないのですよね。サウンドには多少の変化は見られたとしても。
その芯となる、核の部分には。些かの揺るぎも無かったウルフ親分。男が惚れる男です。

見せ方を。
少しばかり。
変えてみるかと。
まぁ。
考えてみないでもない。

それで。
事が。
上手く行くのなら。
円満に片付くのなら。
変えてみるのも悪くはないかと。

固執して。
これしかないと。
言葉を重ねても。
そいつが。
どうにも受容されずに。

止まってしまうのなら。
片付かないのなら。
歩み寄ってみても。
変えてみても。
いいかなと。

そもそもが。
別に。
受容されなくても。
片付きさえすれば。
それでいい。

その程度のものに。
そこまで。
拘らなくても。
良いのではないかと。
考えてみないではない。

少し。
譲って。
変えて。
それで。
上手く行くのなら。

さっさと。
進んで。
纏まって。
片付いて。
終りにできるのなら。

頑なさも。
拘りも。
暫しの間。
横に置いておいて。
変えてみせる。

それも。
悪くはないかと。
良いのではないかと。
ありかと。
考えてみないではない。

所詮。
その程度のもの。
理解も。
受容も。
必要としていない。

やれば。
終わらせれば。
いいだけのもの。
ならば。
変えてみるのもありだなと。

なんだけど。
どうにも。
譲る。
変える。
そいつに抵抗があるのだな。

芯まで。
核まで。
変えなければ。
それでいい。
それも一つの方便。

それは。
そうなのだが。
どうにも。
この頑固で頑な大馬鹿者は。
納得がいかないでいるのだな。

変えられないのだな。



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2016/02/20 Sat *周りは皆 / Muddy Waters

20160220muddysingsdeltablues


周りは。
皆、いい人ばかり。
とても優しくしてくれる・・・
多分、否、間違いなく。
そんなところだろう。

だから。
それに慣れちゃ。
そいつに馴染んじゃ。
駄目だぞと。
囁く声がする。

忘れるなと。
お前は。
何処から来たのかを。
何処へ行きたかったのかを。
声がそう囁く。

一人の部屋。
一人の時間。
虚空に向かって答える。
忘れちゃいないさ。
わかっているさ、と。

いい人。
優しい人。
感謝している。
共にいるのも。
心地良くて堪らない。

だからこそ。
一人ではなくて
独りであることを。
忘れてはならないのだ。
それはいつも胸の奥にある。

『Muddy Sings Delta Blues』'75年リリース。
副題に『The Best Of Muddy Waters Vol.3』とある通りの。
日本独自編集のマディ・ウォーターズの編集アルバムの第3段。
アルバム・タイトル通りにマディのチェスでの録音の中でも。
マディのルーツであるデルタ・ブルース・スタイルでのナンバーを。
'46年~'49年の各セッションから選曲しています。
中には、当時としてはこのアルバムが世界初出となるナンバーもあったとか。
そうなのですよね。マディと言うとどうもシカゴ・ブルース・バンドの祖として。
その親分としてのイメージが強いのですが。最初のヒットが「I Can’t Be Satisfied」で。
それがデルタ・スタイルのナンバーだった為に。その後も同様のナンバーを望まれて。
結構な数のナンバーを録音しているのですよね。その中から14曲を選んだと。
(シカゴ・バンド・スタイルではリトル・ウォルターが先行していたのですよね)
元々サン・ハウスからの影響が強くて。実際にも親交があったらしく。
そのスタイルを引き継いでいったのがマディで。変革させたのがロバート・ジョンソンで。
そこに2人の分かれ道があったのですが。ロバートが夭折して。
生き残ったマディが、デルタ・ブルースの伝統を引き継ぎながらシカゴ・ブルースへと。・
昇華させていったと。その過程の中で。チェスの意向を受けていたとは言え。
自らの出自、ルーツであるデルタ・ブルース・スタイルを忘れることなかったのだと。
そこに。マディの矜持や気骨。ルーツに対する揺るぎなき誇りと信頼を感じるかな。
ギタリストとしてのマディのプレイ、その辣腕振り、凄みも伝わってきて。
実は決してシカゴ・ブルースのボスの位置に安住はしていなかったとも思えるマディ。
その心の奥底にあったものが窺える様な、そんな好編集アルバムだと思います。

周りは。
皆、いい人ばかり。
心開いて接してくれる・・・
多分、否、間違いなく。
そうなのだろう。

だけど。
それに甘えるのは。
そいつに安住を求めるのは。
許されないぞと。
囁く声がする。

忘れるなと。
お前は。
何処から来たのかを。
何処へしか行けないのを。
声がそう囁く。

一人の部屋。
一人の世界。
辺土に向かって答える。
忘れちゃいないさ。
わかっているさ、と。

いい人。
受け容れてくれる人。
感謝している。
共にいられる。
幸せを忘れたことも無い。

だからこそ。
一人ではいられなくても。
独りではいられることを。
忘れてはならないのだ。
それはいつも胸の奥にある。

確かに。
いま。
この時。
俺の周りは。
いい人ばかり。

何故か。
皆が優しくしてくれる。
心を開いて。
受け容れてくれる。
感謝している。

何故って。
そいつは。
俺にとっては。
奇跡の様な。
環境だからだ。

でも。
それは。
そこは。
俺のいるべきところでは無い。
俺がいて許されるところでも無い。

慣れることも。
馴染むことも。
甘えることも。
安住を求めることも。
あってはならない。

お前は誰だ。
お前は何者だ。
お前は何処から来た。
お前は何処へ行こうとしている。
そいつは忘れてはならない。

俺は。
俺が許せるのは。
一人じゃなくなるそこまで。
独りでなくなることは。
許されないのだ。

周りは。
皆、いい人ばかり。
とても優しくしてくれる。
だから、ここにはいられない。
だから、ここには長居しちゃいられない。



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2016/02/19 Fri *恋をしましょう、恋をして / Frankie Miller

20160219fallinginlove


恋をしましょう。
恋をして。
浮いた。
浮いたで。
暮らしましょう。

なんて。
いつも。
いつまでも。
そんなので。
いいのかなと。

思わないでも。
無いけれど。
恋なくて。
何が己の桜かな。
なぞとも思うしと。

そもそも。
ときめきとか。
ドキドキとか。
焦がれて、切なくて。
そんなものが無かったら。

生きていても。
毎日が。
味ない、味ないと。
やっぱり。
恋はするものでしょうと。

人として。
乾きたくないからさ。
いつまでも。
艶っぽくないとね。
楽しくないものね。

『Falling In Love』'79年リリース。
米国では『A Perfect Fit』とのタイトルが冠されたフランキー・ミラーのアルバム。
白いオーティス・レディングとの異名をとり。かのロッド・スチュワートをして。
白人最高のシンガーと言わしめたともされるミラー。6枚目となる、このアルバム。
いい感じに肩の力が抜けて。その歌声の魅力が素直にわかりやすく伝わってくるかな。
その反面。昔からのファンからは。迫力が足りない、甘すぎる、売れ線狙いと。
当時は結構叩かれたらしいです。確かに初期のアルバムに比較すると、抑え目で。
骨太で、ゴツゴツとしたロックな感じは後退していて。そこは好き嫌いが分かれるのかな。
でも。抑えているから伝わる、その甘くも渋く切ないミラーの歌声の魅力。
抑えて、軽く歌っていても。聴く者の胸を打ち、震わせることのできるその力量。
ミラーがブルー・アイド・ソウル・シンガーとして傑出した存在であることの証明だと。
そう感じるのですけどね。哀感、哀愁。そんなものをあざとくならずに表現できる。
その点では。マーキュリー時代のロッドと双璧、決して引けをとりはしないと思うのです。
ミラーの不幸は。その実力が何故か商業的成功になかなか結び付かなかったことで。
レコード会社は、それこそ第二のロッドに仕立て上げようとしていた節が強くて。
そうなると。どうしても。バックのサウンドやアレンジが過剰に甘く、派手になると。
けれど。このアルバムから、生まれた待望の全英TOP10入りを果たしたナンバー。
「Darlin'」も「When I'm Away From You」もミラーの抑え気味の歌声を前面に出した。
シンプルなサウンドとアレンジのナンバーだったと。ミラーはミラーのままで良かったと。
その辺りにもっと早く気づける、そんな環境が整っていればね。知る人ぞ知る存在などで。
終わらなかった。そこに留まる様なレベルのシンガーでは無かったのにと。惜しいなと。
「Is This Love」「If I Can Love Somebody」「Falling Love With You」…
その歌声に宿る艶っぽさ。それを耳にして恋に落ちない、焦がれないなんて嘘だろう。
そう感じさせてくれる、思わせてくれるミラー。うん。やっぱり大好きなのです。

恋をしましょう。
恋をして。
浮いた。
浮いたで。
暮らしましょう。

なぞと。
いつも。
いつまでも。
こんな調子で。
いるのだろうかと。

思うことも。
あるけれど。
恋なくて。
花も実もありゃしない。
なぞとも思うしと。

そもそも。
ときめきも。
ドキドキも。
焦がれもせず、切なくもならなかったら。
そんなことになったら。

呼吸するだけの。
毎日なんて。
栓ない、栓ないと。
やっぱり。
恋はするものでしょうと。

人として。
干されたくないからね。
いつまでも。
艶っぽくないとね。
面白くないものね。

恋をしましょう。
恋をして。
浮いた。
浮いたで。
暮らしましょう。

恋は。
愚か者の。
落ちるもの。
ならば。
愚かで構わない。

恋は。
死ぬまで。
治らない。
ならば。
不治の病で構わない。

誰かに。
恋が出来るのなら。
恋が出来る。
誰かがいるのなら。
それで構わない。

そう。
恋は神代の昔から。
思うだけで。
叶わなくて。
涙を流しても。

それも。
また。
恋のうち。
恋をせずには。
生きられはしないのだから。

恋をしましょう。
恋をして。
浮いた。
浮いたで。
暮らしましょう。

だから。今夜も恋の中。



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2016/02/18 Thu *超常であるからこそ / Van Morrison

20160218asenseofwonder


言葉とか。
表情とか。
仕草とか。
聞こえるもの。
見えるもの。

そいつを。
頼りに。
そいつを。
根拠に。
何事かを判断する。

それが。
普通で。
それが。
自然で。
通常はそれに従うのだけど。

偶に。
聞こえるものや。
見えるものではない。
何か別のもの。
言葉にはならない様なもの。

何とも。
捉えどころは。
無いのだけれど。
引っ掛かるもの。
感じられるもの。

それを。
頼りに。
それを。
根拠に。
判断してみたくなる。

『Sense Of Wonder』'85年リリース。
ヴァン・モリソンのマーキュリー移籍後2枚目にして初のスタジオ・アルバム。
(厳密には北米以外では数年前にマーキュリーに移籍していたのですけどね)
通算では、おそらく15枚目のスタジオ・アルバムになったかと思います。
その孤高のイメージからか。どうも寡作な人と思い込みがちなのですが。
実は着実に創作活動を続けているのですよね。その点でも偉大な人だと思います。
何故か、前々作に当たるスタジオ・アルバムを最後に音楽活動から引退すると。
そんな報道が日本ではあって。前作のライヴ・アルバムは引退記念興行の記録だと。
そう宣伝されて売られていたのですが。実はこれが海外のデマに引っ掛かったのか。
あるいは何らかの意図があって日本のレコード会社がデマを流したのか。
いずれにせよ。事実無根だった様で。日本盤のライナーには訂正と謝罪が載っています。
確かに。このアルバムに針を落として。演奏が始まって。ヴァンの歌声が聴こえてくる。
もう、その瞬間に。こんなに充実感を漂わせて音楽に取り組んでいるヴァンが引退なんて。
どこをどう考えてもあり得ないよなと。納得させられたのを覚えています。
繊細で神経質で。ある意味では奇人とも言えるヴァン。時にはそれが前面に出過ぎて。
とっつきにくい感じのアルバムもありましたが。'79年の『Into The Music』において。
何かを感じ、掴み取ったのか。吹っ切れた様が明らかになって。足取りが軽くなって。
神や宗教。自然と、その神秘。その様な壮大なテーマを歌い上げつつも。小難しくはなく。
温かく、そして優しく。聴く者を包み込んで共に歩もうとする。そんな姿が目に浮かぶ様で。
その一先ずの集大成的な位置づけになるのが、このアルバムじゃないかなと感じます。
アルチュール・ランボーや、ウィリアム・ブレイクの影響を感じさせる幻想的なナンバー。
それですら。陽気に軽快に聴かせるヴァン。2曲のインストでのハミングにも歌心が宿り。
恐らく、この時期のヴァンは明らかに。音楽の世界の超感覚的なものを得ていたのだろうと。
それが神憑り的な突飛な表現にはならずに。ごく自然に歌われ、表現されているからこそ。
ヴァンに宿ったもの、ヴァンが得たものを、自分も感じたいな、信じたいなと思うのです。

言葉とか。
表情とか。
仕草とか。
聞こえるもの。
見えるもの。

そいつを。
頼らずに。
そいつを。
当てにせずに。
何事かを判断する。

それは。
特別で。
それは。
不自然で。
通常は思いもしないのだけど。

稀に。
聞こえるものや。
見えるものではない。
何か別のもの。
言葉にはならない様なもの。

何とも。
漠然とは。
しているのだけれど。
触れるもの。
震わされるもの。

それを。
頼みに。
それを。
信じて。
判断してみたくなる。

聴覚や。
視覚ではない。
触覚や嗅覚も。
普段は使わない。
部分を機能させて。

言わば。
第六感を働かせて。
否。
第六感が働かせられる。
そんなものを感じたら。

捉えどころがなく。
漠然としていても。
それでも。
震えるもの。響くもの。
それがあるならば。

それが。
微かなものだとしても。
感じられたのなら。
信じられたのなら。
賭けてみてもいいのではないかと。

見えるもの。
聞こえるもの。
それを閉ざしたとしても。
尚、心の襞に。
触れられる。匂ってくる。

そんな。
感覚があったなら。
超常であったとしても。
超常であるからこそ。
信じてみたい。

霊感。
山勘。
第六感。
時にはそれらが。
真実を教えてくれることもあるのだと思う。



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2016/02/17 Wed *ないしょ、の話は / Robert Palmer

20160217secrets


ないしょ。
ないしょ。
ないしょ、の話は。
あの、ねのね。
なんですね。やっぱり。

隠し事。
重大機密。
そんな大それた。
話では無いにしても。
そこはですね。やっぱり。

他人には。
特に。
周囲の人間には。
明かしたくない。
見せたくない。

そんなものも。
幾つかはあるわけで。
そいつに関わる話。
そいつは。
ちょいと、いい距離のある人と。

二人で。
話すのが相応しい。
その人だけに。
持ちかけるのが。
案配がいい。

そこでのみ。
話せる。
聞ける。
考えられることもある。
ないしょ、の話。それが必要。

『Secrets』'79年リリース。
ブリティッシュ・ロックを代表する伊達男の一人、ロバート・パーマー。
ブルー・アイド・ソウル・シンガーとしても稀有な存在だったパーマーの5thアルバム。
MTVの幕開けと共に大ヒットを飛ばしたせいか。そのクリップのせいか。
どうも。浮ついた、気障にカッコつけただけのシンガー、そんなイメージも強いみたいで。
(まぁ、これはどうやっても伊達にも気障にもなれない男性陣のやっかみでしょうが)
その実力や、幅広い音楽性がそれほど世間に知られていないのが少々気の毒かなと。
何でも学生時代にオーティス・レディングのライヴ見たさで。その一心で。
学校をサボって。スタックスのヨーロッパ・レヴューの追っかけをしていたと言うパーマー。
根っからのソウル・ファンだったのですね。当然、卒業後はプロの歌手を目指してと。
ヴィネガー・ジョーなる知る人ぞ知る、ブリティッシュ・スワンプなバンドでデヴュー。
エルキー・ブルックスと並んでリード・ヴォーカルを務めるも。ド迫力の女傑シンガー。
そのブルックスの陰に隠れる形となってしまって。脚光を浴びることは少なかったと。
忸怩たる思いもあったと思うのですが。どこかクールと言うか飄々としているのも持ち味。
ソロに転向してからは、ニューオーリンズやファンク、レゲエにと雑食的に食いついては。
軽やかに消化してみせて。地道に全英チャートを、それなりに賑わせたりもしていて。
飄々と軽やかに。しかし食欲・・・好奇心旺盛に活動してみせたのですね。
決して暑苦しく、脂ぎってはいなくて。と言って軽いだけのAORに陥ることもなく。
どうも常に謎めいた微笑みを浮かべて。手の内は明かさずに。どこかでいつの間にか。
ブルー・アイド・ソウル・シンガーとしての奥義や極意を伝授されたのかの様に。
言ってみれば。ちょっと雑食過ぎて散漫なところも神秘的な漂白感にして聴かせると。
そんなパーマーのアルバムの中でも。このアルバムは。一本筋が通っていると言うか。
アンディ・フレーザーの手によるナンバーや、トッド・ラングレンのカヴァーなどを。
様々な色合いをつけながらも、パーマーならではのソウル、ロックとして示している。
そうだな。伝授され、学んだものを。その謎めいた微笑みの陰から陽の当たる場所へと。
出してみたアルバムでしょうかね。それでも。未だ鼻歌程度に思えもするのが憎いけど。

ないしょ。
ないしょ。
ないしょ、の話は。
あの、ねのね。
なんだよね。やっぱり。

裏の顔。
極秘事項。
そんな大それた。
モノでは無いにしても。
そこはだよね。やっぱり。

他人には。
特に。
親しい人間には。
明かせはしない。
知られたくはない。

そんなモノも。
あって当たり前なわけで。
そいつに関わる話。
そいつは。
ちょいと、いい間柄である人と。

二人で。
話すのが相応しい。
その人だけに。
問いかけるのが。
具合がいい。

そこでのみ。
話せる。
聞ける。
思わぬ収穫もある。
ないしょ、の話。それが必要。

ないしょ。
ないしょ。
ないしょ、の話は。
あの、ねのね。
でいかないとね。やっぱり。

秘密の内に。
誰にも見られず。
誰にも知られず。
密かに。
陰に回って。

秘訣。
秘儀。
秘伝。
そいつを。
この手に入れるのだ。

極意。
奥義。
奥の手。
そいつを。
授けてもらうのだ。

そいつを。
練って。
捏ねて。き
咀嚼して。
自分のモノに変えるのだ。

ないしょ。
ないしょ。
ないしょ、の話は。
あの、ねのね。
必要なのだよね。やっぱり。

自分だけの。
秘めたる。
決め手。
その引き出しの数は。
多いほうが、そして隠したままが、いいからね。



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2016/02/16 Tue *外しちゃいけない / Joe Cocker

20160216joecocker


まぁ。
そりゃさ。
いつでも。
どこでも。
どんな時でも。

襟を正して。
背筋を伸ばして。
正しい行いをと。
品行方正でと。
言うつもりは無いけれど。

襟は草臥れていて。
俯き加減で。
斜に構えていて。
品行方正とは程遠い。
俺が言うのもあれだけど。

世の中には。
外しちゃならない時。
外しちゃならない処。
外しちゃならない道。
そいつがあるのも確かで。

ちょいと。
この時に。
ここで。
そいつをやっちまったのは。
外しちまったかなと。

品行方正でと。
言うつもりは無いけれど。
時と場合で。
何を行うのか。何を求められているのか。
そいつは間違っちゃならないのだな。

『Joe Cocker』'72年リリース。
ジョー・コッカーの4枚目となるアルバム。
2枚目のアルバムのタイトルも同じだったので(考えないのですかね?)。
収録曲の「Something To Say」の名前が通称として使われていたりします。
デビューから成功して。マッド・ドッグス&イングリッシュメンも大当たりで。
その直後にリリースされたせいなのか。あまり評判を耳にしないと言うか。
コッカーのアルバムの中でも特に地味な扱いを受けている感じのアルバムですが。
確かにレオン・ラッセルとかジミー・ペイジとかのゲストも参加していないし。
「With A Little Help From My Friends」の様なヒット曲も収録されていないし。
盟友であるグリース・バンドの面々と共に淡々と録音されたのだろうなと思われて。
でも。それが故に。ともすればオーバー・アクション気味になってしまうコッカーの。
その等身大の姿が捉えられたアルバムだとも言えるかなと。それも悪くないなとね。
コッカーとグリース・バンドのクリス・ステイントンとの共作によるオリジナル。
それを主としたオリジナルをA面に配して。B面は反対にカヴァーを主とした構成で。
ロンドンと、マッスル・ショールズでの録音に。ライヴ・テイクも2曲入っていてと。
かなり自由に、好き勝手に制作しているなとの印象もあって。やはり売れると強いのかな。
コッカーが、とにかくリラックスして心地良さそうに歌っている姿も目に浮かぶ様で。
コッカーの暑苦しさが苦手だって人にも、奨められる。その歌声の素晴らしさ。
その節回しの巧みさとか、抑揚のつけかたとか。ただ、シャウトしているだけじゃないと。
それが素直に伝わってくる名盤、好盤として評価したいなぁと思います。
勿論、ライヴでの「Do Right Woman」なぞはパワフルで、迫力たっぷりで。
思わず、居住まいを正したくなる様な勢いで迫ってきて。背筋が伸びる気持ち良さです。
歌詞の内容はね、実は意味深で、セクシュアルなナンバーなのですけどね。何かね。
コッカーの歌声で聴くと。こう、お行儀よくしたくなる様なストレートさがあったりしてね。

まぁ。
そりゃさ。
いつでも。
どこでも。
どんな時でも。

なんでもかんでも。
真面目にやることも。
真剣になることも。
必ずしも無いだろうと。
それはそう思うけれど。

なんでもかんでも。
不真面目で。
ふざけていて。
勤勉実直とは程遠い。
俺が言うのもあれだけど。

世の中には。
やらなきゃならない時。
やらなきゃならない処。
通らなきゃならない道。
そいつがあるのも確かで。

ちょいと。
この時に。
ここで。
そいつをやらなかったのは。
問題あるかなと。

勤勉実直でと。
言うつもりは無いけれど。
時と場合で。
何を行うのか。何を求められているのか。
そいつは感じなきゃならないのだな。

欲しいもの。
辿り着きたい場所。
そいつがあるのなら。
間違えちゃならない。
感じなきゃならない。

いつでも。
どこでも。
どんな時でも。
品行方正。
勤勉実直。

そいつは。
肩がこる。
そいつは。
疲れちまう。
面白みにも欠ける。

そんなことは。
望まない。
求めない。
俺だって。
できやしない。やろうとも思わない。

ただ。
外しちゃならない時。
外しちゃならない処。
外しちゃならない道。
そこだけは。

間違えずに。
感じて。
そこだけは。
外さずに。
やらなきゃならないのさ。

そうしないと。
痛い目を見る。
面白く無い思いをする。
そいつだけは。
覚えておいた方がいい。

だから。
敢えて。
言うしかないな。
品行方正でと。
謹厳実直でと。
似合わない。下らない。だが、事実は事実ってことさ。



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2016/02/15 Mon *古い缶の中に / Chicken Shack

20160215inthecan


古い。
缶の中。
何が入っているのか。
何を入れたのか。
とうに忘れてしまっていたものを。

ふと。
急に。
確かめたくなって。
止まらなくなって。
開けてみる。

食べ物か。
飲み物か。
それとも。
何か別の。
特別のものなのか。

期待と不安。
綯交ぜになりながら。
恐る恐る。
開けて。
取り出してみる。

撮られた写真。
録音されたテープ。
撮影されたフィルム。
記録されたもの。
記憶されたもの。

捉えられた。
捕らわれた。
空気や匂い。
それが蘇る。
それが呼び起こすものがある。

『In The Can』'80年リリース。
チキン・シャックの初期の4枚のアルバムから選曲されたベスト・アルバム。
初期の4枚、そうマイク・ヴァーノンのブルー・ホライゾンに所属していた時代。
'68年~'70年にリリースされたアルバムに収録された音源が収められていると。
さて。チキン・シャックと言えばスタン・ウェッブ、ウェッブと言えばチキン・シャック。
度重なるメンバー・チェンジや、活動休止を経ながらも今でもチキン・シャックとして。
一人で看板を背負って活動しているウェッブこそがチキン・シャックそのものなのだと。
それはキム・シモンズとサヴォイ・ブラウンの関係にもよく似ているのですが。
(余談ですが。ウェッブは一時的にサヴォイ・ブラウンに加入したこともありましたが・・・)
しかし。ブルー・ホライゾン時代には、その最初の3枚のアルバムには。
ウェップと共に。チキン・シャックの看板を背負っていたメンバーがいて。
それがキーボードとヴォーカルを担当していたクリスティン・マクヴィーだったのですね。
このアルバムにもマクヴィーが歌った代表曲「I'd Rather Go Blind」が収められていて。
その情感あふれる歌声が、スロー・ブルースに乗って胸に沁み渡っていきます。
あくまでも。中心となるのはウェッブのギターと、ぶっきらぼうなヴォーカル。
そこに時折、クリスティンの歌声が花を添えるところも特徴、魅力の一つだったのですが。
何と、クリスティンはこともあろうにライヴァルのフリートウッド・マックに移籍して。
更には。ジョン・マクヴィーと結婚してしまったと。そうなのです。
‘70年代後半以降のポップなフリートウッド・マックでスティーヴィー・ニックスと共に。
花として活躍したクリスティン・マクヴィーとなってしまったのですね。
片やクリスティンの脱退後は商業的には下降線を辿る一方となったチキン・シャック。
片やクリスティンの加入後に方向性を変え続けて成功を収めたフリートウッド・マック。
その対照的な物語の原点、分岐点が記録されているアルバムなのです。
時期的に新生フリートウッド・マックの大成功に便乗したアルバムかなと思われますが。
当時メジャー落ちしていたウェッブの心境や如何に。我関せず、我が道を行っていたかな。
それでも。ここに収められたウェッブ、クリスティン並び立つ姿は色褪せていないのです。

古い。
缶の中。
何が収められているのか。
何を収めたのか。
とうに封じ込めてしまっていたものを。

ふと。
急に。
解き放ちたくなって。
我慢できなくなって。
開けてみる。

食べ物でも。
飲み物でも。
ありはしない。
何か別の。
特別なものなのだ。

期待と不安。
綯交ぜになりながら。
覚悟を決めて。
封印を切って。
放り出してみる。

撮られた写真。
録音されたテープ。
撮影されたフィルム。
記録に残ったもの。
記憶に残ったもの。

捉えられた。
捕らわれた。
風景や時間。
それが蘇る。
それが呼び覚ますものがある。

確かに。
もはや。
戻れない。
過去の遺物。
そのことに変わりは無い。

だが。
その遺物が。
生々しく。
瑞々しく。
刺激的であったりもする。

失われたもの。
消え去ったもの。
戻ってはこないもの。
その中に。
探しものが、答えがある。

時の流れに逆らって。
否、時が流れたからこそ。
輝きを放つものが。
目を開いてくれるものが。
缶の中から現れる。

最新の技術とか。
最新の流行とか。
時代の潮流とか。
時代の趨勢とか。
それらが追い付かない、それらが消し去れない。

時代に囚われてしまう。
時代に殉じてしまう。
そう揶揄されたとしても。
その中にしか存在しえない。
輝きも確かに存在するのだ。

撮られた写真。
録音されたテープ。
撮影されたフィルム。
缶の中。
記録が記憶として残ったもの。それらが愛しい夜もある。



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2016/02/14 Sun *癖者 / Fleetwood Mac

20160214mrwonderfulukorgmono


無くても。
七癖らしいから。
差し詰め。
自分なぞは。
癖だらけに違いない。

本人としては。
意識もしてないし。
分ってもいないのだが。
相当に。
癖も灰汁も強いらしい。

そんなものかねと。
自分は。
自分で。
感じるまま。思うまま。
生きているだけなのだが。

それだけで。
癖者と見なされる程に。
灰汁が、個性が強いらしい。
なるほどね。
道理で時折、社会と噛み合わないわけだ。

何を今更で。
気づかされたところで。
変わりもしないし。
変えるつもりもない。
それでも生き残ってきた。

それが。
細やかな。
驚異だとするならば。
それはそれで。
誰かの悪い見本にでもなれればいい。

『Mr. Wonderful』'68年リリース。
フリートウッド・マックの英国に於ける2ndアルバム。
ジャケットに写る、如何にも癖の強そうな風変わりな風体の人物。ミック・フリートウッド。
そのミックとジョン・マクヴィー、そしてピーター・グリーンがジョン・メイオールと別れ。
ジェレミー・スペンサーを加えて結成されたのがフリートウッド・マックだった訳で。
その中心人物、リーダーはグリーンで。ブルース・ロック・・・ブルースを奏でていたと。
‘70年代以降のフリートウッド・マックしかご存知の無い方にとっては。
まったく別物のバンドと思ってもらって、接してもらうのが良いかとすら感じさせる程に。
B.B.キングの影響を受けたグリーンと、エルモア・ジェイムスそのままのスペンサー。
2人の個性も持ち味も大いに異なるギターを看板にしたブルースがのたうち回るアルバム。
このブルースを英国人の、白人の若者4人がありったけの熱量で聴きとして奏で、歌い。
またそれを英国の若者達が諸手を上げて受け入れて全英TOP10に入ってしまったと。
今から思うと。些か奇異な感じも受けるのですが。それ程に、ブルースが。
その放たれる魅力は人種や年代の壁などものともしないだけのものであったのだと。
そんな熱い坩堝にあった当時の英国のロック・シーンを象徴するアルバムでもあるのかな。
面白いのは。当然、自分達が黒人で無いことへの悩みや、葛藤もあったと思われるのですが。
何処か。それは吹っ切っていると言うか。好きなのだから仕方ないじゃない。
好きなのだから、好きな様にやればいいじゃない。その様な感覚も感じられるところで。
それ故か、本当にエルモアそっくり。それだけが命みたいなスペンサーも存在感を発揮し。
B.B.キングを意識しながら自らの意思も出そうと格闘するグリーンも存在感を発揮しと。
それぞれの個性、癖が生かされているのが。ブルース一色でありながら濃淡があるなと。
まぁ、尤も。実は一番癖が強かったのは後々まで生き残りいつの間にかリーダーに収まった。
フリートウッド、その人なのかも知れませんけどね。まぁ、このジャケットだからなぁ。
「Stop Messin' Round」「Dust My Bloom」「Need Your Love Tonight」「If You Be My Baby」...
名曲揃なのですねぇ。痺れるなぁ。堪らないなぁ。スペンサーは物真似に近いけど。

無くても。
七癖らしいから。
それは、もう。
自分なぞは。
癖だけで出来ている様なもの。

本人としては。
気にもしてないし。
感じてもいないのだが。
相当に。
癖も灰汁も目立つらしい。

そんなものかねと。
自分は。
自分の。
感じるまま。思うまま。
譲れないものは確かにあるのだが。

それだけで。
癖者と称される程に。
灰汁が、個性が強いらしい。
なるほどね。
道理で時折、世間と折り合いがつかないわけだ。

何を今更で。
気づいたところで。
変わるものなぞ何もないし。
変えるつもりもがあっても、変えられないし。
それでも未だ生き残っている。

それが。
些かでも。
驚異に映るのであれば。
それはそれで。
誰かの悪い手本にでもなれればいい。

そうだよな。
確かに。
集団とか。
団体とか。
居心地悪い・・・嫌いだから。

うろちょろされたくないし。
ちょっかいを出されたくないし。
放っておいてくれよと。
周囲を蹴飛ばして・・・
掃き清めたくなりもするし。

そのくせ。
一人はいいけど。
独りは耐えられなくて。
今すぐ恋に落ちたいと。
今夜、あの娘が欲しいと。

そんな。
欲望に掻き立てられて。
悶々として。
叫んで。
火をつけたくなりもするし。

それが。
短い間隔で。
交互に表れる時もあれば。
それこそ。
同時に表れる時もあるし。

何が。
何だかで。
取りあえず。
誰かの真似をしてやり過ごそうとしても。
直ぐに個性を主張したくて収まらなくなるし。

あぁ。
でも。
そうなのだ。
それが、どんなに。奇異に見えようが、思われようが。
それが、自分だからと腹を括ってしまえるのだ。

癖者。
厄介ではあるが。
存外にしぶとく。
危うくはあるが。
意外に楽しくもある。



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2016/02/13 Sat *土曜の夜に / Mott The Hoople

20160213rockandrollqueen


土曜の夜に。
必要なもの。
欠かせないもの。
そいつを。
知っているだろうか。

それは。
美味い酒と。
旨い料理と。
ご機嫌なロックンロール。
そして。飛びっきりの女の娘さ。

そう。
そうなのだ。
それだけなのだ。
飛びっきりの。
ロックンロールの女王様。

それさえ。
そこに。
その場所に。
いてくれたのなら。
降臨してさえくれれば。

その。
土曜の夜は。
特別な。
土曜の夜に。
変わるのさ。

だから。
飛びっきりの。
女の娘を。
ロックンロールの女王様を。
探しに行くのさ。

『Rock And Roll Queen』'72年リリース。
モット・ザ・フープルのアイランド・レコード時代のベスト・アルバム。
世間一般ではCBSレコード移籍後のグラム時代のみが有名と言うか知られていませんが。
実は'60年代後半から活動していたモット・ザ・フープルです。
そのグラムになる前のラフで、タフで、ワイルドなロックンロールを愛するファンも多いと。
尤も。そのライヴの評判のわりには、オリジナル・アルバムの評価は芳しくなかったらしく。
ライヴでの勢い、熱気をスタジオに上手く持ち込めなかったと言うことなのか。
リリースされた数枚のスタジオ・アルバムはどれも商業的には成功には程遠くて。
遂に解散同前・・・と言うか解散。ベーシストのオヴァレンド・ワッツが就職活動を始めて。
デヴィッド・ボウイに会いに行ったら、勿体ないから続けなよとか言われて。
それで、レコード会社を移籍、あのナンバーを譲り受け、アルバムもボウイがプロデュース。
そこから先の華やかな物語は、有名なところだと思います。まぁ、良かったよねと。
さて。このアルバムは。前述の通りに商業的には成功しなかった4枚のアルバム。
そこからのナンバーを中心に8曲が選曲されて収録されています。
リリースの背景は、移籍後の大ブレイクへの便乗商法だとは思われますが。これがねぇ。
捨てたものでは無いのです。実にご機嫌でカッコいいロックンロールを浴びられるのです。
ラフで、タフで、ワイルド。硬質で骨太なモット・ザ・フープルのロックンロール。
その魅力が黒光りしている様な、実にまぁ、堪らないアルバムとなっているのです。
これでライヴでの魅力が発揮できてないとなると、一体どんなライヴをやっていたのか。
ますますもって。想像が膨らんで。それも加味されて。より堪らなくなるのですよね。
さぞや、ライヴ会場では数多くのロックンロール・クイーンをKOしていたのだろうなとね。
シルヴァーヘッドと同様に。本来はストーンズ、そしてフリーの系譜にあるバンドなのです。

土曜の夜に。
不可欠なもの。
絶対にいるもの。
そいつを。
わかっているだろうか。

それは。
居心地の良い店と。
気の置けない連中と。
ご機嫌なロックンロール。
そして。飛びっきりの女の娘さ。

そう。
そうなのだ。
それだけでいいのだ。
飛びっきりの。
ロックンロールの女王様。

それさえ。
ここに。
この場所に。
現れてくれたのなら。
降臨してさえくれれば。

その。
土曜の夜は。
忘れられない。
土曜の夜に。
変わるのさ。

だから。
飛びっきりの。
女の娘を。
ロックンロールの女王様を。
見つけなきゃならないのさ。

土曜の夜。
飛びっきりの。
女の娘を探して。
飛びっきりの。
ロックンロールの女王様を探して。

飛び回る。
うろつき回る。
飛び交う情報。
数多い誘惑。
そんなものを見極めながら。

あの娘は。
女王様は。
どこに。
どの街に。
どの店に。

現れるのか。
降臨するのか。
間違えちゃならない。
見逃しちゃならない。
すれ違ってもならない。

皆を。
笑顔に。
ハッピーに。
してくれる。
ロックンロールの女王様。

土曜の夜。
そいつだけが。
俺達には。
俺には。
必要なのだ。

飛び回り。
うろつき回り。
この街の。
この店の。
ドアを開けてみる・・・

土曜の夜。
今夜は特別な夜になる。
今夜は忘れられない夜になる。
そうさ。
飛びっきりの女の娘、ロックンロールの女王様を見つけたのさ!



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2016/02/12 Fri *白黒、黒白 / Tony Joe White

20160212blackandwhite


白黒。
否。
別に。
黒白でも。
構わないけど。

ケリをつけるなら。
つける。
しめるなら。
しめる。
ハッキリさせよう。

そこを。
曖昧にさせておくから。
物事が。
纏まらない。
進まない。

いい顔ばかり。
してもいられない。
そんな時と場合も。
あるだろうと。
ビシッと言ってやりたい。

まぁ。
背景も。
経緯も。
それなりにあるのだろうから。
一旦は。

腹に収めはするけど。
黒白、否、白黒。
いずれハッキリと。
つけさせて頂きますので。
覚えておいてもらいますかね。

『Black And White』'69年リリース。
ルイジアナ出身のスワンプ・ロッカー、トニー・ジョー・ホワイト。
その代名詞ともなった「Pork Salad Annie」を含む1stアルバム。
何でも「Pork Salad Annie」は当初ヨーロッパ、特にフランスでヒットして。
その結果、逆輸入に近い形でこのアルバムが本国、アメリカで制作されたとか。
まさに名刺代わり、覚えておいてもらいましょうかの一枚となったわけです。
(「Pork Salad Annie」はエルヴィス・プレスリーの欠かせないレパートリーとなったしね)
兎に角。ルイジアナ、ポーク・サラダが群生し、ワニが生息する。
そんな土地で生まれ育ったトニー・ジョー。そのままの野趣あふれる歌声。
熱気と土の臭いが染み込んだ様なその男臭い歌声。それこそがトニー・ジョーの魅力で。
その歌声で。時に荒々しく、時に朴訥にと歌われるメロディーがじわじわと沁みてくると。
何とも抗しがたいものがあるのですよね。決して歌が上手いとも思えませんが。
その様なことなどモノともしない。図太さと真摯さが、トニー・ジョーにはあるのです。
一説では十代で出会ったブルースに刺激されて音楽にのめり込み、ギターを手にしたと。
そんなトニー・ジョーですから。音楽に白も黒も、否、黒も白も無かったと。
寧ろ、どちらかと言えば黒い音楽、黒い歌を愛し、自ら奏でること。
そこには些かの迷いも無かったのだろうなと想像して。嬉しかったり、心強かったりして。
ハッキリしている、筋が通っている。逆に言えば頑固で融通が利かないのだろうなと。
でもね。そうでもなきゃ。熱いロックを奏でたり、熱い歌声を聴かせたりは出来ないよな。
アルバム全体としてはA面が総てオリジナルで。B面が総てカヴァーって言うのが。
如何にも急増な感じを与えなくもなくて。カヴァーの出来には差がありもしますが。
スリム・ハーポのブルースが一番こなれているのが、流石だなと思わされます。

白黒。
否。
別に。
黒白でも。
良いのだけれど。

ケジメをつけるなら。
つける。
つめるなら。
つめる。
ハッキリさせよう。

そこを。
いい加減にしておくから。
何事にも。
一体感が無い。
熱いものが生まれない。

いい事ばかり。
口にしてもいられない。
そんな時と場合が。
来ているのだよと。
ビシッと言ってやりたい。

まぁ。
事情も。
思惑も。
それなりにあるのだろうから。
取敢えずは。

口出しはしないでおくけれど。
黒白、否、白黒。
いずれハッキリと。
つめさせて頂きますので。
覚えておいてもらいますかね。

白なら白。
黒なら黒。
線引きを。
しっかりと。
ハッキリとさせなきゃならない。

そんなものも。
あるのだぜ。
そいつは。
忘れちゃならないし。
曖昧にしちゃならない。

引っ張りたいなら。
纏めたいなら。
先へと進みたいなら。
舐められちゃならない。
示しはつけなきゃならない。

そいつが。
出来ないなら。
やれないなら。
その意志が無いのなら。
代わってもらいましょうかね。

ハッキリと。
筋を通して。
白か黒か。
そいつで。
ケジメをつけさせてもらいますので。

その時には。
徹底的に。
頑固で。
融通も利きませんので。
覚えておいてもらいましょうか。

黒でも白でも。どっちでもいいのだけど。ハッキリとはさせないとね(笑)。



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2016/02/11 Thu *堕天使 / Gram Parsons And The Fallen Angels

20160211live1973


堕天使でも。
構わない。
否、むしろ。
堕天使にこそ。
傍にいてほしい。

そんな夜も。
あると言うことだ。
そうなのだ。
特に。こんな。
淀んだ空気に包まれた夜。

自分の。
思いすらも。
見定められない様な。
靄に包まれてしまって。
足元も怪しい夜。

ふと。
誰かの視線を感じて。
見上げたら。
妖しい微笑みと共に。
舞い下りてきて。

艶めかしく。
踊りながらでも。
靄の中。
手を引いてくれたらなと。
そのまま共に堕ちてもいいのにと。

定まらない。
思い。
止まらない。
心。
感じながら、そんな空想に耽っている。

『Live 1973 Featuring Emmylou Harris』'82年リリース。
夭折したグラム・パーソンズが遺した唯一のライヴ・アルバム。
グラムの初めてのアルバム『GP』のプロモーションの為に行われた短いツアー。
そのツアー終了後には2枚目のソロ・アルバムとなる『Grievous Angel』の録音が始まり。
その録音を終えると程なくしてグラムは亡くなってしまったので。
その短いツアーが結果的にはグラムのソロとしては唯一のツアーになってしまった訳です。
そのツアー中にニューヨークの放送局で行われたスタジオ・ライヴの模様を収録したと。
故に純粋なライヴ・アルバムとは言い難いものでもあるのですが。貴重な音源であり。
初回盤にのみ付けられていたアンコールを収めたEP盤も含めて募るものがあります。
(何故、死後約10年を経たこの時期にリリースされたかは不明なのですが・・・)
バックのフォーリン・エンジェルスにはアルバム・タイトルにもある様にエミルー・ハリスも加わっていて。
スタジオ録音と変わらぬ、グラムとエミルーによるハーモニーがやはり美しいなと。
通常のライヴとは異なるので、熱狂とか、興奮とか、坩堝とか。そう言った世界とは異なり。
どちらかと言えば。大人しいと言うか、落ち着いた佇まいを感じさせるものになっていて。
しかし。だからこそ。グラムの歌声が淡々と、しかしじんわりと染み入ってくると。
その歌声。ある意味ではエミルーよりも美しいと言うか、艶めかしいと言うか。
グラムの声に宿っている艶やかとさえ感じられる色気。それが何とも堪らないのです。
落ち着いているとは言え。そこはライヴならではのラフな感じも当然あるので。
端正さと粗雑さ。そのどちらもがグラムの場合は、男が聴いても色っぽいのですよねぇ。
そうだよな。エミルーは正統派?の天使で、堕天使はグラムだよなと思わざるを得ないかな。
情感を漂わせつつも。どこか諦念にも近いものも感じさせるところも。
まさか自らの死期を予感していたとは思いませんが。そのどこか妙に醒めていたりもする。
その空気、匂いも。聴く者を世捨て人へと誘っている感じがあって・・・惹かれるのですね。

堕天使でも。
構わない。
否、むしろ。
堕天使にこそ。
囁いてほしい。

そんな夜も。
あると言うことだ。
そうなのだ。
特に。こんな。
沈んだ空気に包まれた夜。

自分の。
意思すらも。
見失ってしまう様な。
霧が垂れ込めってしまって。
足元も覚束ない夜。

ふと。
誰かの気配を感じて。
振り向いたら。
妖しい吐息と共に。
圧し掛かってきて。

艶めかしい声で。
口ずさみながらでも。
霧の中。
背を押してくれたらなと。
そのまま共に堕ちてもいいのにと。

失った。
志し。
止めらない。
心。
感じながら、そんな想像に耽っている。

堕ちるなら。
堕ちられるならば。
それも。
また幸せだと思う。
そんな夜もある。

時の過ぎ行くままに。
夜の更けていくままに。
情念と諦念の間を。
彷徨いながら。
何処へ行く当ても無いのなら。

堕天使に。
誘われるままに。
醒めたまま。
溺れて。
靄の中。霧の中。

引かれるままに。
押されるままに。
惹きつけられるままに。
堕ちていくのも。
一つの幸せなのかと。

定まらず。
失った。
そんな夜は。
そんな妄想に耽ったまま。
そのままに。

夜明けなど。
来なくていい。
迎えられなくていい。
そのままで。
このままでと。

そんな願いを。
掛けるのならば。
託すのならば。
やはり。
堕天使に舞い下りてきて欲しいのだ。



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2016/02/10 Wed *彼等の未来 / Steve Miller Band

20160210childrenofthefuture


彼等の。
未来が。
取引されている。
それも。
あまり宜しくない取引だ。

どう。
考えても。
何度。
考えても。
間違いではなさそうだ。

厭な。
臭いがする。
空気が支配する。
そんな未来に。
向っている。

否。
そんな未来を。
自ら。
手招きしてやがる。
奴等が蠢いている。

どんよりとした。
抑圧的で。
息苦しい。
そんな未来の。
足音が聞える。

残念ながら。
この手の。
予感は。
当たる確率が。
高いのだ。

『Children Of The Future』'68年リリース。
サイケなジャケが時代を感じさせるスティーヴ・ミラー・バンドの1stアルバム。
当時の邦題は『未来の子供達』だったとか。それはスティーヴ・ミラー・バンドそのもの。
新しい胎動が始まっていた米国西海岸のロック・シーン。そこから出てきたバンドの中で。
実は、最も期待されていたのがスティーヴ・ミラー・バンドだったとの話もあって。
レコード会社との契約金も破格のものだったとスティーヴ自ら語っていたとか。
元々はスティーヴ・ミラー・ブルース・バンドと名乗って活動していたとかで。
後年のポップなイメージからは想像がつかない程のブルース・マニアだったスティーヴ。
何でも父親がかのレス・ポールと知りあいだったとかで。幼い頃に手ほどきを受けて。
その本格的なブルース・ギターは地元では早くから評判をとっていたとか。
そして。フラワー・ムーブメント、サイケデリックの影響を受けて。新しい時代に対応し。
ブルースとサイケデリックの出会いとも言われた、そのサウンドを確立させて。
鳴り物入りで世に打って出たバンドだったのです。恐るべき子供達でもあったのかな。
このアルバムはA面がサイケデリックで、B面がブルースでと。色分けされている感じで。
融合とまではいってないものの。ブルースとサイケデリックの共鳴は感じられるかな。
タイトル・ナンバーでもある「Children Of The Future」等の浮遊感溢れるサウンドと。
カヴァーにおけるキャンド・ヒートにも匹敵するかの本格的なブルースと。
その両面を兼ね備えていたのは間違いが無くて。確かに、新しい何かを感じさせるかなと。
西海岸組としては後発に当るせいか。その描く未来像も手放しで能天気では無いところ。
明るい未来が必ずやって来るとは思っていなくて。掴み取らなければいけないとの意志・・・
その様なものが一本の筋として通っている様に感じられる骨太さが、いい感じなのです。
そうそう。このアルバムと次作にはボズ・スキャッグスがギタリストとして参加していて。
AORに堕落する前のボズも。かなりのブルース・マニアだったことを窺わせてくれます。

彼等の。
未来が。
売り飛ばされ様としている。
それも。
あまり宜しくない相手に。

どう。
分析しても。
何度。
分析しなおしても。
答えは変わらなさそうだ。

厭な。
風が吹いている。
雰囲気に押し潰される。
そんな未来が。
やって来る。

否。
そんな未来を。
喜んで。
築こうとしてやがる。
奴等がのさばっている。

光も射さない。
暴力的で。
空恐ろしい。
そんな未来の。
喘ぎが聞える。

残念ながら。
この手の。
予見は。
そうそう。
外れたためしが無いのだ。

彼等。
未来の。
子供達。
その生きる。
生きざるを得ない。

社会は。
世界は。
今のままでは。
とてもじゃないが。
明るいものにはなりゃしない。

いま。
この瞬間にも。
彼等の。
未来の。
子供達の。

その。
行く手には。
巨大な黒雲が。
勢いを増して。
広がりつつある。

それを。
止められるのは。
例え。
それが。
微かな希望に過ぎないとしても。

その。
一縷の光を。
残す為には。
我々、一人一人。
そうは思わないか。

何故なら。
過っては。
我々も。
彼等と同じく。
未来の子供達だったのだから。

彼等の。
そして。
我々の。
未来を。
諦めるのは未だ早い。だから、今こそ立ち上がるのだ。



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2016/02/09 Tue *どうにもならない恋の歌 / Nazz

20160209nazz


そうさ。
そうだよ。
いつだって。
君を思っているんだ。
そう。出逢ったあの日から。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
僕は。
恋に落ちたんだ。

そうさ。
そうだよ。
いつだって。
君を見ているんだ。
そう。出逢ったあの日から。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
僕は。
恋に落ちたのだから。

ひと時も。
君を忘れたことなんか無いんだ。
君を思わなかったことは無いんだ。
そう。きっと。
君は気づいていなかっただろうけど。

あの日から。
あの時から。
あの瞬間から。
僕は。
恋に落ちたままなのだから。

『Nazz』'68年リリース。
奇才にして変人、トッド・ラングレンが結成したナッズ。
その才能を見込んだ人物に依って創立されたレーベルからの1stアルバム。
(その人物はモンキーズを売り出した人物でもあったとか・・・)
トッドの名が世間に知れ渡るのはずっと後の事なのですが。
既にこの頃から、その才能に気付く勘の鋭い人間はいたと言うことなのですね。
何でもブリティッシュ・ビートに対抗するアメリカからの回答として名高い・・・
そんな位置づけをされているアルバムなのですが。ちょっと待てよと。
時代がおかしくないかと。'68年ですからね。フラワー・ムーブメントも始まって。
サイケデリックだ、ハード・ロックだとの時代です。そこにこのポップなサウンド。
そこが如何にもトッドらしいなと。時代に敏感な様でいて。実は自身の嗜好に忠実で。
それに合わないものには見向きもしない。そこがトッドのトッドたる所以ではないかと。
後にプロデューサーとしても引っ張りだこになるトッドですが。必ずしも万能ではなくて。
合う、合わないがハッキリと分れると。そうその場面でも自身の嗜好を優先してしまうと。
ですから。奇才であることは否定しないものの。変人でもあるかなと感じられるのです。
さて。このアルバム。もう前面にトッドの嗜好、趣味が出ていて。所謂パワー・ポップ。
その元祖とも言えるサウンドとメロディー。軽快で、ポップで、キャッチーで、キッチュで。
そして。もうどうしようもないくらいセンチメンタルだったりするのですね。
まぁ、ブリティッシュ・ビートに対抗しているがゆえに(笑)、後のソロやユートピア。
それらと比較するとビートが強調されていて。ガレージな側面も感じられますけどね。
そしてあの名曲「Hello It's Me」が実はこのアルバムで披露されていて。
後年の『Anything / Something?』でのヴァージョンと聴き比べるのも面白いかなと。
このどうしようもなく美しく、でも情けない恋の歌を壮大に展開してみせる、トッドの感性。
ある種のオタク、偏執狂とも言えるのですが。だからこそ、その切なさが胸を打つのかなと。
結局ナッズでは3枚のアルバムを制作するも。商業的な成功には至らずに。そして。
プロデュース稼業も務めながら名を上げて、渾身のアルバム『Anything / Something?』で。
再度採り上げた「Hello It's Me」・・・多彩なトッドの本質が凝縮されたナンバーかなと。

そうさ。
そうだよ。
いつだって。
君を感じているんだ。
そう。出逢ったあの日から。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
僕は。
恋の魔法にかかったんだ。

そうさ。
そうだよ。
いつだって。
君を呼んでいるんだ。
そう。出逢ったあの日から。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
僕は。
恋の魔法にかかったんだから。

ひと時も。
君を忘れることなんて出来なかったんだ。
君を思わずにはいられなかったんだ。
そう。きっと。
君は今も半信半疑なんだろうけど。

あの日から。
あの時から。
あの瞬間から。
僕は。
魔法にかかったままなのだから。

ねぇ。
今夜も。
君を思っているんだ。
この思いが。
届かなくてもね。

ねぇ。
今夜も。
君を見ているんだ。
視線に。
気づいてくれなくてもね。

ねぇ。
今夜も。
君を感じているんだ。
君は。
感じてくれなくてもね。

ねぇ。
今夜も。
君を呼んでいるんだ。
この声が。
届かなくてもね。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
恋に落ちて。
恋の魔法にかかって。

それから。
ずっと。
離れていても。
隣にいても。
僕は君の傍にいるんだ。

それから。
ずっと。
遠くにいても。
近くにいても。
僕は君の心の扉をノックしているんだ。

ほら。
ここだよ。
ここにいるよ。
僕だよ。
僕はここにいるよ・・・

どうにもならない恋の歌。



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2016/02/08 Mon 変拍子 / Talking Heads

20160208remaininlight


ある日。
目覚めたら。
身体の。
精神の。
リズムが変わっていた。

慣れ親しんでいたリズムに。
どこからか。
新しいリズムが加わり。
聴いたこともない。
複雑なリズムを刻んでいた。

そんな日が。
何故か。
周期的に訪れて。
その度に。
戸惑って。間誤付いて。

変な。
おかしな。
動作や。
思考が。
表に出ていくことがある。

ひょっとしたら。
他人には。
わからない程度の。

些細なものかもしれないが。
本人は結構当惑して。

どうにも。
ぎこちないなと。
思いながらも。
その複雑なリズムをも。
受け入れようとしたりする。

『Remain In Light』'80年リリース。
トーキング・ヘッズの通算4枚目のアルバム。
そしてブライアン・イーノと組んだ3枚目にして最後のアルバム。
既に前作辺りからその兆候はあったのですが。このアルバムの最大の特徴は。
当時としては革新的だったアフリカン・ファンクのロックへの融合を試みたこと。
そのことによって生じるポリリズムの独特のグルーヴが全体を支配していることで。
未だ、アフリカン・ミュージックが今ほど世界中で知られていない当時としては。
あまりにも革新的と言うか、斬新な取組だったと思われて。
果たして、どれほどの人間がこのアルバムの意味合いを理解していたか、感じていたか。
かく言う自分も。初めて耳にした時は。どうにも違和感が強くて馴染めなかった記憶が。
確か。音楽評論家や音楽雑誌の間でも擁護派と批判派で論争になっていた様な。
要はアフリカン・ファンクを、アフリカン・ミュージックを、そのリズムやビートを。
米国のバンドであるトーキング・ヘッズが奏でることは受容、融合なのか。搾取なのかと。
そこが論点だったのだと思いますが。メンバーとイーノ、それにエイドリアン・ブリュー等。
彼等だけで果敢に挑戦した点で、前者として捉えても良いのかなと思います。
(ライヴでは多くのアフリカン・ミュージシャンを起用していた模様ですけどね)
そして何よりも重要なのは。そんな論争は別として。よく分りはしないのだけれど。
今までにない心地良さ、快感を得られるサウンドとして。アルバムがそれなりに売れた事。
そのことかなと。つまり聴衆は理屈とか理由は抜きにして、このサウンドを受け入れたと。
それがあったからこそ。今では普通に。アフリカン・ミュージックも世界で聴かれていると。
その意味で。非常に意義の大きかったアルバムと言うことになるのでしょうか。
逆に、当時はロックしか聴いてなくて。その後に、節操なく色々と聴いてみてから。
このアルバムの良さ、独特なファンキーなリズムやビートの良さに初めて気が付いたと。
そんな自分の様な聴き手も結構いるのではないかなとも思うのです。

ある日。
目覚めたら。
身体の。
精神の。
ビートが変わっていた。

慣れ親しんでいたビートに。
どこからか。
新しいビートが加わり。
聴いたこともない。
複雑なビートを弾き出していた。

そんな日が。
何故か。
周期的に訪れて。
その度に。
狼狽えて。粟を食って。

妙な。
不思議な。
仕草や。
思想が。
表に流れていくことがある。

ひょっとしたら。
他人には。
わからない程度の。
微妙なものかもしれないが。
本人は結構困惑して。

どうにも。
ぎこちないなと。
むず痒いながらも。
その複雑なビートをも。
受け入れようとしたりする。

日々の。
単調な。
単純な。
リズムでさえ。
ビートでさえ。

続くうちに。
重ねるうちに。
独特の。
鼓動を生み出し。
知らず知らずに、染まっている。
そこに。
新たな。
リズムが。
ビートが。
加わってくれば。尚更に。

独特の。
ポリリズムや。
シンクロや。
それが。新たな鼓動となり。
知らず知らずに、染まろうとする。

変化する。
変化し続ける。
生活のリズム、ビート。
それに馴染めるか否か。
それを乗りこなせるか否か。

そこに。
いつまでも。
光の中にあり続ける。
ファンキーに踊り続ける。
鍵があるのかも知れない。



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2016/02/07 Sun *いつかの夜、この夜 / Eagles

20160207oneofthesenights


いつかの夜。
この夜。
また。
いつかの夜。
その夜。

その。
繰り返し。
その。
連鎖。
そうである様に。

いつかの夜。
胸に抱いた思い。
熱く燃えたもの。
激しく滾ったもの。
打ち震えたもの。

そんなものに。
出会った夜。
そんなものと。
共にあった夜。
忘れ難き夜。

それが。
この夜。
再び訪れて。
熱く。激しく。
震わされる。

そんな夜が。
また。
いつの日か。
再びと。
早くも願う夜。

『One Of These Nights』'75年リリース。
『呪われた夜』の邦題で知られるイーグルスの4thアルバム。
邦題は多分にこの呪術的とも言えるジャケットのイメージに引っ張られたかな。
エンボス加工の施されたその丁寧な仕事はアナログ盤の大きさでこそ価値があると。
まぁ、そのジャケットが象徴している様に。確かに従来に比較して暗く、重く。
そんなイメージを新たにそのサウンドに得たアルバムではあるのかな。
正式にメンバーとなったドン・フェルダーのギターが全編に渡って活躍していて。
入れ替わる様にバーニー・レドンの出番が激減していると。
そう。イーグルスが完全に生まれ変わって次の段階へと羽ばたいたアルバム。
もっと言ってしまえば。今までとは異なるバンドへと生まれ変わったアルバムかな。
確かに。重厚さを増したそのサウンドと、変わらずに美しいコーラスとの対比。
それが闇も光もよりクッキリとさせ。輪郭が明確になり。実にロックなアルバムだなと。
そのカッコ良さは認めつつも。それ以前のサウンドに対する郷愁も残るかな。
しかし。既に勝手の民主的なバンドでは無く。グレン・フライトドン・ヘンリー。
その2人がリーダーとして実験を握り。より高いところを目指し始めた時点で。
その日は、その夜は、いつか来るべきものであって。それがこのアルバムだったと。
そして。「One Of These Nights」「Lyin' Eyes」「Take It To The Limit」が大ヒットして。
アルバムも全米1位となり。いよいよ米国を代表するバンドになり、目標は達成されたと。
その意味で。ここが、このアルバムがイーグルスのキャリアに於ける頂点だったかなとも。
何故なら。イーグルスには、二度とその夜は訪れなかった。呼び寄せられなかった。
一般的は傑作と称される『Hotel California』はイーグルスそのものが既に。
その活力も、その源泉たる精神をも失ってしまったことの吐露に異ならないと感じられて。
その正直な吐露が故に傑作と呼ぶことも可能なのでしょうけどね・・・

この夜。
いつかの夜。
また。
いつかの夜。
その夜。

その。
巡りあい。
その。
輪廻。
そうである様に。

いつかの夜。
胸に溢れた思い。
熱く焦がれたもの。
激しく昂ったもの。
優しく慰撫されたもの。

そんなものに。
巡り会えた夜。
そんなものと。
共に生きた夜。
忘れ得ぬ夜。

それが。
この夜。
再び訪れて。
熱く。激しく。
慰撫される。

そんな夜が。
また。
いつの日か。
再びと。
早くも願う夜。

この夜も。
あの夜も。
いつかの夜。
だけど。
特別な夜。

この夜も。
その夜も。
いつかの夜。
だけど。
特別な夜。

こんな夜を。
何度か。
何度も。
過ごしてこられた。
幸せを噛みしめ。

そんな夜が。
何度か。
何度も。
これからも過ごしたいと。
強く願う。

いつかの夜。
それが。
あの夜に。
この夜に。
その夜に。

特別な夜に。
変わる。
そんな夜が。
いつかの夜が。
繰り返し、巡りあい。訪れ、巡り会えんことを。



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2016/02/06 Sat *簡単なこと / Linda Ronstadt

20160206lindaronstadtgreatesthitsvo


簡単なこと。
そう。
難しく考えることなど。
必要ではない。
少なくとも俺にとってはね。

簡単過ぎる。
短絡的だ。
直情的だ。
軽率だ。
愚か者のすることだ。

それが。
どうした。
そもそも。
賢者になど生まれていない。
なろうとも思わない。

感じるままに。
赴くままに。
信じるままに。
転がって行くのが。
愚かだと言うのなら。

愚かで構わない。
愚かであるから。
愚か者でいられるが故に。
越えていけるもののもあると。
呟きながら。

風の吹くまま。
気の向くまま。
賽の目の示すまま。
簡単に。
転がり続けるだけ。それだけさ。

『Greatest Hits Volume Two』'80年リリース。
リンダ・ロンシュタットの2枚目となるベスト・アルバム。
単純明快に'77年~'80年の間に放ったシングル・ヒット曲を。
その11曲を簡単に、無造作に並べただけの様にも思われるアルバム。
ところが。決して年代順などで曲を並べていない、配置していないところ。
そこにレコード会社、リンダの隠された意図が実は潜んでいるのではないかと。
ハードなナンバーも、スローなナンバーも。それぞれが見事に映えて。
聴き慣れた筈のナンバーも実に瑞々しく聴こえて、まるでオリジナル・アルバムの如くと。
やはり、そこには簡単なようでいて用意周到な計算があったのではと。
それでありがら、簡単に見せてしまう、聴かせてしまうところがリンダなのだろうなと。
ロッド・スチュワートと並んで、カヴァーの名手、その選曲、その解釈が素晴らしいと。
それは当時から言われていて。プロデューサーのピーター・アッシャーの貢献もあって。
このアルバムでもバディ・ホリーの「It's So Easy」とかミラクルズやホリーズとか。
そしてストーンズの「Tumbling Dice」までを見事に歌いこなして。
新たな命を吹き込んで、自らの魅力として開花させ、聴く者を虜にしてしまうのです。
どうも。じゃじゃ馬と言うか、その奔放なイメージ故か。軽く見られがちでもありますが。
簡単に見えること、思えること。実はそこには意図もあれば、挑む強い意志も必要だと。
数々のカヴァーを軽々と自分の歌として聴かせるその様に改めて感じさせられます。
ところで。当時のライナーによるとミック・ジャガーがリンダに会った時に。
もっとロックを歌うべきだと言って「Tumbling Dice」の歌詞を書き換えてプレゼントして。
それに対しリンダは臆せずにミックに、あなたはもっとバラードを歌うべきと言ったと。
恐らくはロック都市伝説の一つでしょうが。その場面を想像すると、微笑ましいかな。

簡単なもの。
そう。
難しくすることなど。
意味はない。
少なくとも俺にとってはね。

そんなに簡単じゃない。
短絡的で済むわけがない。
直情的に過ぎる。
軽率で許されるものじゃない。
だから愚か者なのだ。

それが。
どうした。
そもそも。
賢者になど興味はない。
目指そうとも思わない。

感じたままに。
赴くだけが。
信じたままに。
転がり続けていくのが。
愚かだと言うのなら。

愚かで上等だ。
愚かであるから。
愚か者でいられるが故に。
感じられるもののもあると。
口ずさみながら。

風の吹く方へと。
気の向く方へと。
賽の目の出方次第で。
気儘に。
転がり続けるだけ。それだけさ。

簡単なこと。
そう。
難しく考えることなど。
出来ないんだ。
俺はね。

簡単過ぎるのだろう。
短絡的なのだろう。
直情的なのだろう。
軽率なのだろう。
愚か者なのだろう。

だから。
それなりの。
選択をしたのだ。
賢者になどなれない。
なりたくてもなれない。

ならば。
愚か者は。
愚か者の。
生き方を。転がり方を。
闘い方をするだけだ。

風の吹くまま。
気の向くまま。
賽の目の示すまま。
簡単に。
転がり続けるだけ。それだけさ。

簡単さ。
やってしまう。
挑んでしまう。
その意志だけが。
あればいいのだから。

簡単なこと。



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2016/02/05 Fri *二律背反にして / Sam Cooke With The Soul Stirrers

20160205thebestofsamcookewiththesou


右手を差し出して。
握手をしながら。
左手で匕首を抜いて。
脇腹に突き付けよう。
微笑みながら冷や汗をかかせよう。

追い込むのが。
追いつめるのが。
務めならば。
笑顔で油断させておいて。
断崖に立たせるのだ。

優しい言葉。
美味しい餌。
語り掛け。
見せつけて。
誘いをかけて。

話に乗せよう。
首を突っ込ませよう。
舞台に上げたら。
脚本通りに。
奈落の端に導こう。

後は。
軽く。
背中を。
押してやるだけ。
それだけでいい。

笑顔と。
甘言で。
ひょっとしたら。
落ちる先は。
天国かもと思わせたまま。

『The Best Of Sam Cooke With The Soul Stirrers』'82年リリース。
サム・クック、その若き日、ソウル・スターラーズ時代のベスト・アルバム。
権利関係に問題があったのか。それともこの時代のサムの人気が高かったのか。
当時の日本ではソウル・スターラーズ時代が、ソロ転向後より数多くリリースされていて。
遂には日本独自でベスト・アルバムが編集されたと。それがこのアルバムなのです。
‘51年のサムのソウル・スターラーズでの初めての録音となった4曲を始めとして。
‘57年にソロとして独立し、ソウル・シンガーになるまでに歌い録音されたナンバー。
ゴスペル・シンガーとしてのサムの姿、素晴らしさを見事に浮き上がらせたアルバムです。
その影響力の大きさにおいて、他のソウル・シンガーの追随を許さないサム。
数多の後に続いたソウル・シンガー達の目標であり、憧れであり、アイドルだったサム。
その最大の魅力、その凄味は。優雅さと荒々しさ、温かさと冷たさが共存しているところ。
それを一枚のアルバム、一曲の中にさり気なく同居させて。気づかせないところにあると。
そう思っているのですが。要は天使の様に微笑みながら悪魔の様に冷酷な仕打ちを下す。
そんな二律背反的なものがサムの歌声には潜んでいて。時に背筋が寒くなるのですが。
その天使の側面は、ソウル・スターラーズ時代に培われたもので。
先達から学び、盗みながら。ファルセットや、時にヨーデルをも思わせる唱法を駆使して。
サム独自のスタイルが成立していく過程もこのアルバムには捉えられています。
一方で。やはりゴスペルでは。その楽曲や歌詞には限界があって。
それでも凄いのですが。それを超えようとするのなら、抜けるしか、転向するしか無かった。
それも感じられます。天使としての階段を上り詰めたサムは。いよいよ悪魔としての道へ。
それを選ぶことができたのも。この段階で天使としては極めていたからだと。
そう思わせる甘く美しいサムの歌声。未だ酔っていられる・・・否、既にその中に恐ろしさの片鱗があるかな・・・
もう。この頃からサムの戦いは始まっていた。唯一無比の怪物は産声を上げていたのだな。

右手で肩を抱いて。
抱き寄せながら。
左手で匕首を抜いて。
首筋に突き付けよう。
微笑みながら脂汗を流させよう。

追い込んででも。
追いつめてでも。わからせる。それが。
使命ならば。
笑顔で懐柔しておいて。
断崖絶壁に臨ませるのだ。

美味しい話。
ぶら提げる人参。
耳に入れ。
目に入れ。
惑わせて。

話で持ち上げ。
首根っこを押さえて。
舞台に上げたら。
脚本通りに。
奈落の端に導こう。

後は。
軽く。
背中を。
押してやるだけ。
それだけでいい。

笑顔と。
甘言で。
ひょっとしたら。
落ちる先は。
極楽かもと思わせたまま。

静と濁。
聖と俗。
微笑みと冷笑
抱擁と拒絶。
天使と悪魔。

それらは。
二律背反にして。
表裏一体なのだ。
己が意思を。
己が志向を。

通したいなら。
貫きたいなら。
それで。
動かしいたいなら。
操りたいなら。

飛びっきりの。
親愛の情の裏に。
匕首を隠し持て。
柔らかい表情の裏に。
怜悧な本音を隠し持て。

そこまでして。
初めて。
動かせる。
操れる。
伝えられるものもある。

それを。
成さねばならぬと信じるならば。
己を殺してでも。
天使と悪魔を。
己が内に誕生させるのだ。同居させるのだ。



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2016/02/04 Thu *出逢いと別れ今日も重ねる / Bobby Womack & The Valentinos

20160204bobbywomackandthevalentinos


出会いと別れ。
今日も重ねる。

彼の日に。
彼の地で。
何の縁か。
偶然にも。
出会い。

短いながらも。
それなりに。
充実した時間を。
彼の地で。
共に過ごし。

また。
何の縁か。
偶然にも。
相前後して。
彼の地を離れ。

別々に。
それぞれの道へと進み。
別れ。
暫くは会うこともなく。
しかし。どこか近くを歩み。

再び。
道が交差して。
この日。
この地で。
再び出会い。そして。

出会いと別れ。
今日も重ねる。

『Bobby Womack & The Valentinos』'83年リリース。
ラスト・ソウル・マンとして日本でも親しまれたボビー・ウォーマック。
一昨年、惜しまれつつも世を去ったボビーのキャリアのスタートとなったのが。
他の4人の兄弟と組んだ、ウォーマック・ブラザーズ、そしてヴァレンティノズでした。
兄弟の父親は悪魔の音楽であるブルースや、ソウルを歌うなどとんでもないと。
あくまでもゴスペルのみを歌わせようとした様ですが。兄弟の思いは募るばかりだったと。
その時に一つの出会い、一人の男との出会いがあり。兄弟は救われることになると。
それこそが、その男、サム・クックとの出会いであったと言うことになります。
既にサムのレーベル、スーでゴスペルを録音していたウォーマック・ブラザーズに対して。
ソウルを録音する機会を与えて、新たにヴァレンティノズと言うグループ名も授けたと。
期待に応え「Lookin' For A Love」「It's All Over Now」をヒットさせたヴァレンティノズ。
サムのツアーにも同行。更に、ボビーはギタリストとしてサムのバンドにも加入してと。
ところが好事魔多し。'64年にサムが射殺され突然の別れが訪れてしまい。
当然、スーとの契約も失って。しかし直ぐに新たな出会い、そして新たな道を求めて。
'65年にはチェス(チェッカー)と契約し。先ずボビーのソロとしてシングルをリリース。
それに続けてヴァレンティノズとして3枚のシングルをリリースと。精力的に活動します。
当時、録音されながらリリースされなかった音源を発掘して、全11曲を収録した。
この日本独自編集のアルバムが世界初のヴァレンティノズ単独のアルバムとなったのです。
ソロ名義の4曲はボビーのリード・ヴォーカルで、既に後年の姿を彷彿とさせる貫録があり。
ヴァレンティノズ名義の4曲は兄であるカーティスがリード・ヴォーカルを務めていて。
ボビーよりもやや高い声で、ボビー以上にサムの影響を感じさせる瞬間があります。
そして当然のことながら、ボビーとカーティスの歌声には兄弟ならではの絆が感じられ。
兄弟、そしてサムとの出会いの中で、あのボビーの歌声が育まれていったことを窺わせます。
この後、ソロとして様々な出会いと別れを繰り返しながら登りつめていったボビーの原点が刻まれているのです。

出会いと別れ。
今日も重ねる。

この日に。
この地で。
何の縁か。
再び。
出会い。

短いながらも。
それなりに。
刺激し合う会話を。
この地で。
共に交わし。

また。
何の縁か。
偶然にも。
お互いの。
思うところ重なり。

別々に。
それぞれの道を進みながら。
交差し。
また暫くは会うこともなく。
しかし。どこか近くに感じ。

再び。
道が交差する。
その日。
その地で。
再び出会い。そして。

出会いと別れ。
明日も重ねる。

出会い。
交差し。
切磋し。
琢磨し。
別れる。

彼の日。
彼の地。
この日。
この地。
繰り返す。

これからも。
出会いと別れの。
繰り返し。
いつか来る。
その日。
その地。

その時。
共に過ごすかもしれない。
共に会話するかもしれない。
そして。やはり。
また、それぞれの道へと。

それでも。
何かの縁が。
あるならば。
その先も。
繰り返すだろう。

故に。
どこか近くを歩み。
どこか近くに感じ。
出会いと別れ。
今日も重ねる。



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2016/02/03 Wed *燃やしておけばいい / Neville Brothers

20160203fire_2


慌てず。
焦らず。
奔流とならず。
ゆっくりと。
ゆったりと。

流れていこう。
流されていこう。
もし。
思い定めたことが。
必要ならば。

いつか。
その時が来る。
その地へと流れ着く。
恐らくは。
そんなもの。

無理に。
流れを。
作らず。
広げず。
早めず。

今は。
火の酒でも。
口にして。
己が内で。
燃やしておけばいい。

慌てず。
焦らず。
奔流とならず。
ゆっくりと。
ゆったりと。

『Fiyo On The Bayou』'81年リリース。
ネヴィル・ブラザーズの2枚目となるアルバム。
アート、チャールズ、アーロン、シリルのネヴィル4兄弟。
アートは'50年代初頭から音楽活動を始め。アーロンは大ヒット曲を放っていて。
チャールズ以外の3人はミーターズでの活動歴もあってと。実績十分ながら。
4人が全員揃ったのはネヴィル・ブラザーズが初めてで。
伯父にあたるビッグ・チーフ・ジョン・リー率いるワイルド・チョピトウラス。
そのバックを務めたことをきっかけにして家族の絆を再確認して結成されたと。
確かこのアルバム制作前にそのジョン・リーが亡くなり、彼に捧げられたのかな。
そんな背景や経緯もあり。当然、そのサウンドの骨格となり土台を成しているのは。
ニューオーリンズ特有のセカンドライン・ファンクなのですが。
それだけに収まらないところがネヴィル・ブラザーズの魅力でもあって。
ミーターズのナンバー、「Hey Pocky Way」「Fire On The Bayou」で跳ね捲ると共に。
「Sitting In Limbo」や「Mona Lisa」ではアーロンの甘い歌声で滔々と聴かせると。
このアーロンの歌声は、本当に素晴らしくて。ただただ聴き惚れるしかなくて。
強力なリズム、グルーヴで火をつけて。甘く美しいバラードで蕩けさせるのです。
ただ。その魅力は両刃の剣でもあって。ニューオーリンズ・ファンクの真髄。
そいつにぶっ飛んでいると。いきなり静謐な世界へと誘われると。
それが。多分に統一感の無さ、焦点の甘さと感じられなくもないのですよね。
そう。ニューオーリンズ・ファンクだけを求めるならミーターズを聴くよねと。
これを言っちゃうと身も蓋も無いのですが。でもそれが事実であって。
その代わりに。ミーターズよりも。ゆっくりと、ゆったりと包んでくれるのです。
ただ。それでも。そのライヴを何回となく生で体験している身からすると・・・
物足りないかな。どうも作り込み過ぎちゃうのですね。それでも素晴らしいけれど。

急がず。
走らず。
濁流とならず。
ゆっくりと。
ゆったりと。

流れていよう。
流されていよう。
もし。
思い願うことが。
必然ならば。

いつか。
その時が訪れる。
その地へと流れ着く。
大概は。
そんなところ。

変に。
流れを。
曲げず。
濁さず。
堰き止めもせず。

今は。
火の酒でも。
楽しみながら。
己が内で。
燃やしておけばいい。

急がず。
走らず。
濁流とならず。
ゆっくりと。
ゆったりと。

ある瞬間。
ある時。
ある日。
急激に。
燃え上がり。

思いのままに。
溢れるままに。
流されるかと。
昂ぶりも。
するけれど。
ある瞬間。
ある時。
ある日。
急激に。
静謐が訪れて。

思いを沈めて。
胸に秘めさせて。
流れに浮かんで。
穏やかにも。
なったりする。

その繰り返し。
それがいつまで。
続くのか。
その時がくるのか。
その地に流れ着くのか。

わからない。
わからなくてもいい。
ゆっくりと。
ゆったりと。
弾み、跳ねることだけ忘れずに。

ゆっくりと。ゆったりと。燃やしておけばばいい。



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2016/02/02 Tue *強がってみせる / Four Tops

20160202fourtops


なんだかな。
この感じは。
どうにも。
ソワソワと。
落ち着かない。

何かが。
足りないのだろう。
その何かを。
求めているのだろう。
だからだろう。

朝から。
ずっと。
否。
このところ。
ちょっと前からか。

兆しはあって。
気付かぬ振りをしようかと。
その内に治まるだろうと。
思っていたのだけど。
高まるばかりで。

このままだと。
爆発して。
暴走して。
それだけは。
避けたいなと。

だから。
訊ねてみたりして。
求めてみたりして。
何とか。
需要と供給のバランスをと。

『Four Tops』'64年リリース。
フォー・トップスのモータウンからの1stアルバム。
既に'50年代中頃からグループとして活躍していたフォー・トップス。
R&Bだけではなく。本格的にジャズの世界での成功も目指していたとか。
あのチェスにも録音を残すなど数多くのレコード会社を渡り歩くも。
なかなか陽の目を見ずに。半ば拾われる形で'60年代初頭にモータウンへと。
そして、ホランド=ドジャー=ホランドと組んで歩むことになって。
遂に成功への足掛かりを掴むことになったのが「Baby I Need Your Loving」で。
R&Bチャートの4位まで上昇し、全米チャートでもTOP20以内に喰い込んで。
続く「Without The One You Love (Life's Not Worth While)」もヒットして。
このアルバムが制作され。シングル・カットされた「Ask The Lonely」がまたヒットして。
やがて訪れる、その全盛期の礎となったナンバー、スタイルが聴けるアルバムです。
リーダーで、リード・シンガーのリーバイ・スタッブスの男性的なヴォーカル。
それを支える、これまた男性的なコーラス。その鉄壁のチーム・ワーク。
流石はハイ・スクール時代の同級生4人で結成されただけのことはあるかなと感じます。
そして。ジャズを志向していただけに。スタイリッシュな雰囲気をも持ち合わせていて。
タフでウォームでありながら。クールなカッコ良さも漂ってくると。
その実はソウルの世界で成功したことに。疑念と言うか、自問自答を重ねたとも言われて。
微妙なものは感じていたのかもしれませんが。それを感じさせない自己を律した姿に。
テンプテーションズとはまた異なる、凛としたフォー・トップスならではの魅力があると。
スタイル的にはソウルになり切れていないR&Bの残り香が濃厚なナンバーもありますが。
それらを堂々と歌いこなせてしまう実力の高さを感じさせる要因にもなっているかな。
だからこそ。求愛の歌だけでなく、強がってみせる(?)歌も似合うのでしょうね。

なんだかな。
この感じは。
どうにも。
落ち着かないけど。
どこか醒めてもいる。

足りない。
何かを求めている。
でもその何かが。
求めているままに。
手に入らないことは知っている。

さっきから。
ずっと。
否。
ちょっと前から。
それもわかっていて。

兆しがあってから。
気付かぬ振りをしていても。
その内に治まればいいけれど。
思う様にはいかないだろうなとも。
案の定で。

このままだと。
噴火して。
奔流となって。
それだけは。
避けないと、なと。

だから。
知りながら。分かりながら。
訊ねてみたりして。
求めてみたりして。
精神と肉体のバランスをと。

何かが。
足りない。
何かを。
求めている。
それは確かだろうなと。

間違いないかと。
問いかければ。
間違いはないと。
答えが帰ってくる。
だから危ないのだと。

いまのままでも。
そのままでも。
耐えられるのかと。
問いかければ。
耐えられると。否、耐えてみせると。

でも。
それは。
爆発の。暴走の。
危機を孕んだまま。
歩み続けることになる。

だから。
求めている。
そのままでなくても。
いいから。
バランスを保てる程度にと。

訊ねてみたりして。
求めてみたりして。
それで何とか。
落ち着いて。
過ごしていけるだろうと、一息ついて。

やせ我慢。
強がってみせる。
そいつも。
必要なのだと。そう言い聞かせて。
そう。強がってみせる。



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2016/02/01 Mon *誘惑との・・・ / The Temptations

20160201meetthetemptations


あっ。
駄目だ。
やっぱり。
この手の話に。
弱い。

自然と。
顔が綻んで。
口も滑らかに。
誰がどう見ても。
興味津々。

抑えても。
抑えきれない。
虫が動き出す。
身も心も。
疼き始める。

まぁ。
端から。
見えていて。
分っていて。
感じていて。

それでも。
乗っている。
飛び込んでいる。
そんな。
確信犯でもあるけれど。

魅力的な。
誘い。
誘惑との出会い。
こいつは。
なかなか厄介なのだな。

『Meet The Temptations』'64年リリース。
テンプテーションズのモータウン(ゴーディ)での1stアルバム。
モータウンの看板コーラス・グループにして大スター、テンプテーションズ。
そんなテンプテーションズ、テンプスにも下積み時代はあって。
'50年代から活動するもなかなか大手のレコード会社との契約にはありつけず。
'61年にモータウンに入社してからも数年間はヒット曲に恵まれず。
ほぼ同期のコントゥアーズや、マーサ&ヴァンでラスの後塵を拝する形になっていたと。
(テンプスが下積みって。何だかその華やかなイメージとは似合わないのですけどね)
それでもスモーキー・ロビンソンによる.「The Way You Do The Things You Do」が。
スモーキー独特の曲調と節回しが魅力の、このナンバーがR&Bチャート1位を獲得して。
遂に殻を破ったと。そしてその勢いに乗ってこのアルバムの制作に漕ぎ着けたと。
そうは言っても。以前の不発に終わったシングル・ナンバーと。
急遽録音したナンバーを寄せ集めて並べてみましたみたいなものなのですけどね。
テンプスに限らず。モータウンのアルバムはその様な作られ方をしていた訳ですし。
それに。何よりも。アルバムを作れた、リリース出来たとの事実が重要だったのだろうなと。
これで一目置かれるようになって。スモーキーと言う稀代のライター、プロデューサー。
その支援を全面的に受けられる様になって。後の「My Girl」へと繋がっていったのだから。
面白いのはアルバム全体の統一感の無さ。制作過程を考えれば致し方無いのですが。
そこにテンプスの変化、歩みがしっかりと記録されていて。
ドゥー・ワップの残り香が濃厚な’50年代に片足を取られたままの様なナンバー。
それを十分に歌いこなす実力を備えていたテンプス。それはそれで魅力的ではあるものの。
華やかさや、甘さには欠けていたと。それがスモーキーとの出会いによって洗練された。
新しい、'60年代のコーラス・グループへと変化して新たな魅力を身に纏ったと。
そして新たな時代の誘惑者たるテンプスが誕生し、羽ばたいていくことになるのですよね。

あっ。
やばい。
やっぱり。
このタイプには。
弱い。

自然と。
話しているのに。
不意に言葉を見失ったり
見る人が見れば。
一目瞭然。

抑えても。
抑えきれない。
虫が顔を出す。
身も心も。
蠢き始める。

まぁ。
端から。
予感はあって。
その通りに。
導かれて。

それでも。
逆らわずに。
陥っている。
そんな。
確信犯ではあるけれど。

魅力的な。
誘い。
誘惑との出逢い。
こいつは。
なかなか面倒なのだな。

厄介で。
面倒で。
それが。
端からわかっているなら。
関わらなければいい。

されど。
それで。
済まされるなら。
疼きはしない。
蠢きはしない。
済まないから。
魅力的で。
魅惑的で。
惑わされる。
誘われる。

その結果も。
大筋は。
見えていて。
分っていて。
感じていて。

まぁ。
ひと時の。
一瞬の。
美味い話、夢物語。
そんなものだと。

それでも、尚。
その輝きは。
その甘さは。
魅惑されるには。
十分過ぎるほどだったりする。

誘惑との。
出会い。
出逢い。
どれだけ痛い目にあっても。
そいつは媚薬の如く魅惑的なのだ。



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2016/01/31 Sun *面倒な奴等 / Paul Jones

20160131lovemelovemyfriends


全く。
自分でも。
困ったものだと。
思うと言うか。
扱いかねると言うか。

頑固で。
我侭で。
癖が強くて。
天邪鬼で。
持て余すと言うか。

付き合いたくない。
付き合いきれない。
こんな面倒くさい奴は。
友達になんかしたくない。
自分なんて人間はね。

でも。
まぁ。
それが。
それら総てが。
自分だからね。

付き合うと言うか。
扱うと言うか。
受け容れると言うか。
自分で自分を。
好きになるしかない。

先ずは。
そこから。
そいつから。
この世界と。
向き合おうと思うならね。

『Love Me Love My Friends』'67年リリース。
マンフレッド・マンの初代ヴォーカリストだったポール・ジョーンズ。
そのポールの恐らく2枚目のソロ・アルバム・・・だったと思います。
このジャケットがポールと、そのフレンズなのでしょうかね。
可愛いと言うか、不気味と言うか・・・不気味ですよね。やっぱり。
さてと。マンフレッド・マン時代はそのソウルフルなヴォーカルが。
ブルージーでジャージーなサウンドとの絶妙なアンサンブルを生んでいたポール。
確か。もともと。R&B志向が強くて。そんなポールが。
ジャズ志向のバンドに加わったことによってマンフレッド・マンの個性が生まれたと。
そうなのですが。独立してソロになってからは。相変わらずソウルフルでありながら。
R&Bだけに拘らずより幅広いジャンルの楽曲に挑む様になっていって。
それは、まぁトラッドだったり、ポップスだったり、ヴォードヴィルだったりと。
ちょいとばかり手を広げ過ぎて。焦点がぼやけてしまったかなと。感じもしますが。
このアルバムでは。それらを組み合わせることによって。一編の物語に仕立てている。
そう思わせるところもあって。改めてポールの幅広い表現力に感心したりして。
どうも。過小評価されがちなポールのヴォーカリスト、アーティストとしての実力。
それがより幅広い世界で開花している様に思われて。何だか嬉しくなってしまいます。
英国固有の芸能の世界で活躍することができるだけの表現力の持ち主だったのだとね。
それでも「Bony Moronie」とか「Charlie Brown」辺りの“黒さ”が一番らしくて。
ポールの歌声にも一際張りがあるのは。まぁ、三つ子の魂百までもってとこですかね。
何にしろ。異彩のヴォーカリストによる愛すべきアルバムではありますね。

全く。
自分でも。
厄介なものだと。
思うと言うか。
取扱注意と言うか。

曲者で。
気儘で。
よそ見ばかりで。
言うこときかなくで。
手に余ると言うか。

付き合いたいかと訊かれたら。
付き合いたくないと答える。
こんな面倒くさい奴とは。
友達になんかなりたくない。
自分なんて人間とはね。

でも。
まぁ。
それでも。
それらひっくるめての。
自分でしかないからね。

付き合うと言うか。
手懐けると言うか。
受け容れると言うか。
自分は自分を。
好きになるしかない。

先ずは。
そこから。
そいつから。
この世界と。
闘おうと思うならね。

そもそも。
この世界と。
意識して向き合おう。
闘おう。
その発想からして。

何と言うか。
困ったもので。
手におえなくて。
厄介で。
面倒なのだけど。

何も。
考えずに。
何も。
感じずに。
生きていられればいいのに。

それが。
楽で。
一般的で。
困らなくて。
いいのだろうけど。

感じちゃって。
考えちゃって。
そうしたら。
隠しておけない。
言わずにはいられない。動かずにはいらえない。

納得いかねぇ。
腑に落ちねぇ。
腹が収まらねぇ。
そいつを。
そのままにしてはおけねぇ。

面倒くさいね。
うざったいね。
でも。
そんな奴が。そんな奴等が。
いないと。誰かのいいようにされるかもな。

だから。
面倒くさくても。
自分を。
仲間達を。
好きになろう。信じよう。愛しよう。

一緒にしないでくれって、か(笑)。



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2016/01/30 Sat *面白いんじゃないの / The Rolling Stones

20160130gotliveifyouwanyitusmono


どうにも。
認めたくないのだが。
どうやら。
当らずとも遠からず。
否、当たっているらしい。

理不尽とか。
無理強いとか。
強要とか。
抑圧とか。
その手のことに直面すると。

瞬間湯沸し器に。
点火するのだが。
怒りの為だけではなく。
どうやら。
喜ぶ気持ちもあるらしい。

勿論。
怒っているし。
腸が煮えくり返り。
頭に血が昇るのだが。
その一方で。

目が輝き。
微笑を浮かべ。
血沸き肉躍り。
面白いじゃないのと。
楽しんでしまう。

つまりだ。
喧嘩を売られるのが。
嫌いでは無い。
むしろ闘志が湧くらしい。
生命力が漲るのだ。

『Got Live If You Want It !』'66年リリース。
米国でのみリリースされたローリング・ストーンズの初めてのライヴ・アルバム。
尤もロンドン・レコードが勝手に企画したものだとしてメンバーは認めていないとの説も。
確かに実際と異なってロイヤル・アルバート・ホールでの録音として売り出されて。
(まぁ、'70年代まではそれを疑うファンなどもいなかったと思いますが・・・)
しかも実際のライヴ音源に、特にミックのヴォーカルを中心にかなり加工を施して。
更には「I’ve Been Loving You Too Long」「Fortune Teller」の2曲はスタジオ録音で。
それに歓声を被せた疑似ライヴだったりするので。完全なライヴ・アルバムではないと。
(まぁ、ストーンズの場合は殆どのライヴ・アルバムに手を加えていますけどね・・・)
そんな背景もあってか。少し前まではストーンズ関連の書籍や音楽雑誌でも評価が低く。
特にその音質の悪さが必要以上に喧宣された嫌いもあって・・・確かに悪いのですけどね。
ところが。この音質の悪さが、当時の荒らしいストーンズの魅力を倍加させていると。
そんな捉え方もあるのではないか。むしろそれが正しい聴き方なのではないかと。
特にオリジナルであるアナログのモノラル盤に繰り返し針を落としているうちに思えて。
ヴォーカルとサウンドだけでなく歓声もごっちゃになって一塊となって、音の礫となって。
スピーカから聴く者に襲いかかってくる。その混沌とした熱気と迫力こそが。
'60年半ばまでのストーンズの、ライヴにおける観客を惹きつけて止まない魅力であった。
もう殆ど、そう確信しているのですけどね。その生々しい臨場感はそれこそ。
前述の疑似ライヴである2曲にも乗り移っている感すらあります。それほどの勢い。
それを今に伝える貴重なアルバムであると。そう断言したくなるのです。断言しちゃおう。
実は綿密に計算された戦略の上とは言え、当時は世の大人達を敵に回していたストーンズ。
敵が増えれば増える程、叩かれればたたかれる程。それを面白がって、楽しんで。
生き生きとして、勢いを増していったで、あろうその姿に、やはり血沸き肉躍るのです。
そして。それは。現行の中途半端に整理されたCDの音源では味わえないと。
ここは。どうしてもモノラルのアナログ盤で聴かざるを得ないアルバムだと言えるのです。

どうにも。
自覚はないのだが。
どうやら。
知らぬは当人だけで。
皆、周知のことらしい。

理不尽にとか。
無理にとか。
強要されるとか。
抑圧されるとか。
その手に出てこられると。

瞬間湯沸し器に。
点火するのだが。
怒りの為だけではなく。
どうやら。
待ち望んでいる節もあるらしい。

勿論。
怒っているし。
腹が収まらなくて。
怒髪天をついているのだが。
その一方で。

目は爛々。
血色が良くなり。
血を沸かせ、肉躍らせて。
面白いんのじゃないと。
呼びこんでしまう。

つまりだ。
好んで喧嘩は仕掛けないが。
売られたら拒否はしない。
むしろ闘志に火がつくらしい。
生命力が蘇るのだ。

いいよ。
そっちには。
そっちの。
理屈も、理由も。
あるのだろうよ。

だけど。
それを。
きちんと。
説明したか。
筋を通したか。

何よりも。
今の今まで。
首尾一貫。
徹底していたか。
見逃していなかったか。

そちらも。
そして。
こちらも。
緩い部分はあったのだろうよ。
そいつが。続けば暗黙の了解だ。

そいつを。
いきなり。
一方的に破って。
強権的に。
仕掛けてきたのだから。

覚悟はあるよな。
抑えていたもの解き放って。
一塊となって。礫と化して。
野生のままに。銃声のままに。
相手してやるから。

そうさ。
そいつこそが。
俺が欲しかった。
生の実感、生そのものだ。
そいつを得ない手はないからな(笑)。



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