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2016年3月

2016/03/29 Tue 特効薬 / The Clovers

20160329lovepotionnumbernine_4

特効薬を。
その種類を。
その番号を。
教えてくれないか。
お願いだから。

どうにも。
堪らないんだ。
耐え難いんだ。
この病。
この症状。

なんだったら。
劇薬でも。
場合によっては。
非合法でも。
構いはしないから。

特効薬が。
今すぐに。
必要なんだ。
早く。
この症状を止めないと。

暴発する。
暴走する。
最後には。
どうなるか。
自分でもわからない。

だから。
投薬でも。
処方箋でも。
何でもいいから。
出してくれないか。

『Love Potion Number 9』'60年リリース。
数多のカヴァーを生んだ名曲をタイトルに冠したクローヴァーズのアルバム。
結成は'40年代だと言われ。'50年代にはアトランティックと契約して。
コーラス・グループの最高峰として活躍していたクローヴァーズですが。
だんだんと失速して。マンネリにも陥っていたのでしょうかね。
打開策としてユナイテッド・アーティスツへ移籍して。そこで生まれたのが。
起死回生のヒットとなった名曲、「Love Potion Number 9」だったと言うわけですね。
このアルバムは移籍後2枚目となるアルバムで。
当然目玉は「Love Potion Number 9」で。全12曲が収録されています。
時代を経るごとに当然の様に、そのスタイル、その音楽性に変化は生じるもので。
デビュー当初は相当にディープだったらしいクローヴァーズも。
この頃になると、かなりスウィートに、そしてスマートになっていて。
まぁ、ここらは後発のドゥー・ワップ・グループへの対抗意識があったのは確かでしょうね。
更にはノベルティーな味わいもブレンドされていて。それが新しい魅力になってるなと。
兎にも角にも、「Love Potion Number 9」に尽きたりもするのですが。
この曲の作者はリーバー&ストーラーで。そうなると。
彼等の作品をより多く歌っていたコースターズ辺りに提供されるのが普通かなと思うのですが。
どう言う経緯かはわかりませんがクローヴァーズの持ち歌となって。
ノヴェルティながらも、いい塩梅でディープな匂いも漂わせているところ。
そこがヒットに繋がったのかなと。コースターズだとコミカルに過ぎたかもなので。
そうなんですよね。スウィート、スマート、ノベルティ。だけどディープさも失っていない。
その実にいい塩梅のクローヴァーズの歌声。これがね、効きそうな感じがするのですね。

特効薬を。
その種類を。
その番号を。
教えてくれないか。
お願いだから。

どうにも。
堪らないんだ。
耐え難いんだ。
この病。
この症状。

なんだったら。
劇薬でも。
場合によっては。
非合法でも。
構いはしないから。

特効薬が。
今すぐに。
必要なんだ。
早く。
この症状を止めないと。

暴発する。
暴走する。
最後には。
どうなるか。
自分でもわからない。

だから。
投薬でも。
処方箋でも。
何でもいいから。
出してくれないか。

いま。
そう。
いまのうちに。
止めておかないと。
治しておかないと。

これ以上。
症状が。
進んだら。
深刻になったら。
悪化したら。

もう。
どうにも。
ならない。
どうしようも。
できない。

だから。
特効薬の。
種類を。
その番号を。
教えてくれないか。

そいつが。
効くのなら。
投薬してくれないか。
処方箋を書いてくれないか。
薬局に飛び込むから。

早く。
一刻も早く。
この症状だけでも。
抑えないと。
止めないと。

また。
新たな。
症状が。
出てきてからでは。
手遅れになってしまう。

特効薬を。
その種類を。
その番号を。
教えてくれないか。
お願いだから。

何の病かって。
花粉症・・・
否。
所謂。
恋の病ってやつかな。

まぁ。
そう。
恋の病なら。
治らなくても。
いいっちゃいいんだけどね(笑)。



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2016/03/28 Mon *ブルースを蹴飛ばせ / Little Walter

20160328thebestoflittlewaltervoltwo


憂鬱なんて。
ものは。
いつでも。
どこでも。
いとも簡単に。

降ってくる。
下りてくる。
そして。
あっという間に。
総てを。

飲み込まれて。
しがみつかれて。
憑依されて。
途端に。
暗闇の中へと。

時を選ばず。
予告も無しに。
不意に襲われて。
手を打つ暇も。
与えてはくれない。

そうなったら。
もう。いけない。
右へ、左へ。
上へ、下へ。
引っ掻き回され、振り回され。

なんとか。
こいつを。
打破しないと。
ここから。
脱出しないと。

『The Best Of Little Walter Volume Two』'89年リリース。
リトル・ウォルターの'52年~'60年にかけての録音から編集されたアルバム。
恐らくはチェスの権利がMCAに移ったのを機に企画されたものと思われて。
それ以前に編集されたアルバムに収録されなかったシングルの曲と未発表曲。
合わせて全10曲、全編で30分強に凝縮されたウォルターの魅力が炸裂しています。
アルバムに収められたのが遅かったから、あるいは未発表だったから。
だからと言って。決して残りものや、捨て曲ではないと。甘く見ちゃいけませんよと。
何といっても。ウォルターですからね。その切れ味、カッコ良さは不変なのです。
幅広い年代の録音。しかし主にその短いキャリアの晩年の録音が多くて。
より濃厚なブルースへと醸成はされてはいますが。決してただ重くなる様なことはなく。
危うく、刹那的なウォルターならではのスピード感、それは些かも衰えていないのです。
まるで。剃刀を鉈に持ち替えたのに。振り回すスピード、切れ味はそのままと言う。
この、ある意味でキャッチーとも言えるブルース、それをカッコ良く決めてしまうと。
それこそがウォルターの真骨頂かなとも思わされるのですよね。他にはいないかな。
粋で伊達で。肩で風を切って歩いている様なウォルターその人そのもののブルース。
そこに、どうにも、やさぐれている、チンピラな風情が漂ってしまうのも、またね。
これぞウォルターのブルース。そいつにね、痺れてしまうのですよね。堪らないのです。
「Mellow Down Easy」「Crazy Mixed Up World」「Key To The Highway」とかね。
バックにはウィリー・ディクソンやオーティス・スパンやロバート・ロックウッド・Jr。
それに。ルイスとデヴィッドのマイヤーズ兄弟にフレッド・ビロウのジ・エイシズと。
シカゴ・ブルースの黄金時代の錚々たる面子が。マディ・ウォータズも1曲に参加していて。
如何にウォルターが、人気があったか、必要とされていたか、愛されていたかの証明かなと。
特にジ・エイシズとの呼吸はばっちりで。「Boogie」なるナンバーのカッコ良さときたら。
なんで、これが未発表だったのかと。驚かされるばかりなのです。
ブルースでありながら、ブルースを蹴飛ばす、蹴散らすカッコ良さに溢れています。

憂鬱なんて。
ものは。
いつだろうが。
どこだろうが。
関係なしに。

降ってきやがる。
下りてきやがる。
そして。
気づいた時には。
総てが。

飲み込まれた後で。
しがみつかれたままで。
憑依されてしまって。
完全な。
暗闇の中へと。

場所を選ばず。
予告も無しに。
不意に襲われて。
頭を回す暇も。
与えられはしない。

そうなったら。
もう。いけない。
低く、高く。
奥へ、奥へと。
引っ掻き回され、引き摺られ。

なんとか。
こいつを。
打ち破らないと。
ここから。
抜け出さないと。

ブルースを。
蹴飛ばせ。
ブルースを。
蹴散らせ。
それしかない。

強引でも。
無理やりでも。
打破して。
脱出して。
突破するのだ。

憂鬱から。
その魔の手から。
逃れる。
逃れられる。
ハイウェイへ。

その入り口を。
抉じ開ける。
鍵を手に入れて。
一気に。
駆け抜けるのだ。

刹那とも。
思われるほどに。
加速して
一気に。
加速するのだ。

だから。
粋に。伊達に。
肩で風を切って。
カッコつけて。
ブギーでも口ずさみながら。

ブルースを。
蹴飛ばせ。
ブルースを。
蹴散らせ。
それしかないのだ。



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2016/03/27 Sun *鼠、溝鼠 / The Stranglers

20160327xcerts


鼠で。
溝鼠で。
構わない。
別に。
美しいとは思わないけど。

薄汚く。
嫌われ。
邪魔にされ。
それでも。
しぶとく。

誰にも従わず。
何処にも属せず。
這い回り。
抜け目なく。
立ち回り。

その手を汚そうが。
ずる賢く立ち回ろうが。
己の意思に。
己の志向に。
忠実に生きている。

小奇麗な。
格好にも。
場所にも。
縁など無くて。
底辺とやらを歩いていても。

矜持だけは。
失わず。
野垂れ死ぬ。
覚悟を持っている。
そんな。
存在でありたい。
『X Certs』'79年リリース。
ストラングラーズの初めてのライヴ・アルバム。
'77年~'78年のツアーで収録されていて。既発の3枚のオリジナル・アルバム。
そこからストラングラーズを象徴するナンバーが選ばれていてベスト・アルバムの性格も。
この鼠ジャケットは確か日本盤だけのオリジナルで。ボーナス・シングル盤も付いていて。
昔、実家の部屋に貼っていて無くなってしまったけど。ポスターも付いていてと。
確か初来日を控えていての日本先行発売でレコード会社も力入っていたのですよね。
何で。そんな細かいことまで覚えているか。大好きだったのです、ストラングラーズ。
そのクールな様で熱いサウンド。そしてラジカルな思想や発言、その姿勢に痺れていて。
ヒュー・コーンウェルやジャン・ジャック・バーネルのインタビューなんて。
何度も何度も読み返して。暗記しちゃうほどに共鳴したりしていて。
田舎のガキなので。来日公演には行けず。代わりにこのアルバムは本当によく聴いていて。
ライヴだと激しさが増すと言うか。大胆不敵に我が道を行く姿勢がより鮮明に感じられて。
ストラングラーズってパンク勢の中では演奏技術も高くて。ちょっと大人のバンドで。
実際にメンバーの平均年齢も高いのですが。そのサウンドはその姿勢を体現していて。
そう。ライヴだとスピード感がますのですよね。この切り込んでいく勢いは、そうだなぁ。
スタイルはともかくとして、ドクター・フィールグッドなんかと相通じるかな。
あまりに過激すぎてジャン・ジャックがクラッシュのポール・シムノンと喧嘩したのかな。
それ以来、パンクの連中から嫌われていたとか。そんな我を通すところも好きだったな。
鼠、溝鼠の様に。何ものにも依らず、囚われず。独自路線で這い回り、毒を撒き散らす。
このアルバムは、そんなストラングラーズの集大成のアルバムだったのですよね。
ただ。ここまでだったなぁ。この次のアルバムから急速につまらなく感じられて。
ヒューが脱退(解雇だったかな?)してからは全然、聴いてないのですよね。
因みに。ドラマーのジェット・ブラックはあのチャーリー・ワッツより三歳年長だったりします。

鼠で。
溝鼠で。
結構だ。
別に。
誰も敵わないとも思わないけど。

不気味で。
毒づかれ。
唾棄されても。
そんなこと。
気にも止めず。

誰も従えず。
何処にも根を張らず。
蠢き。
大胆不敵に。
動き回り。

汚い手を使おうが。
策を弄しようが。
己の主義に。
己の嗜好に。
誠実に生きている。

流行の。
格好にも。
場所にも。
縁など無くて。
辺境とやらを歩いていても。

自由な心だけは。
失わず。
野垂れ死にすら。
笑って受け入れる。
そんな。
存在でありたい。

鼠みたいに。
溝鼠みたいに。
生きたい。
別に。
素晴らしいとも思わないけど。

美しくなくても。
小奇麗でなくても。
洒落てなくても。
時代遅れでも。
構わない。

薄汚く。
忌み嫌われ。
唾棄されて。
阻害されても。
構わない。

己に。
その意思に。
その志向に。・
その主義に。
その嗜好に。

忠実であれば。
誠実であれれば。
それでいい。
それだけでいい。
他には何も求めない。

その為には。
手も汚す。
ずる賢く立ち回る。
汚い手も使う。
策など幾らでも弄する。

矜持と。
自由な心。
そいつの為には。
笑って。
野垂れ死にを受け入れる。

鼠みたいに。
溝鼠みたいに。
生きたい。
別に。
特別だとも思わない。



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2016/03/26 Sat *コンクリート・ジャングル / 999

20160326concrete


コンクリート。
固く。
冷たく。
でも。
罅割れだらけ。

そんな。
無機質で。
脆い。
コンクリートで。
形作られた街。

言わば。
コンクリート・ジャングル。
その中で。
生きるのは。
生きていくのは。

なかなかに。
きつくて。
しんどくて。
時には。
膝を折ってしまいそうにもなる。

そんな時。
コンクリートをも。
砕く。
鋭いものに。
救われる。

そんな夜。
コンクリートをも。
溶かすと。
感じさせるものに。
助けられる。

『Concrete』'81年リリース。
ブリティッシュ・パンク、999の4枚目のアルバム。
999を、このアルバムを教えてくれたのは友人のギタリストで。
確か二年程前に今は無い横浜のロック・バーでDJをした時だったのかな。
持参してくれたこのアルバムに針を落としたらカッコ良くて驚いたのですが。
何で、こんなにカッコ良いのに売れなかったのだろうって話になって。
結論としてはルックスが地味だったからと言う、身も蓋も無いものになったと。
まぁ、このジャケットを見て頂ければ。あながち間違った結論では無いかなと。
スピード感もあってキャッチーで。クラッシュとかセックス・ピストルズとか。
そうだなぁ、バズコックスとかと比較しても遜色ないと思うのですけどね。
人は見た目が総てとは思わないですけど。パンクも人気商売ですからね。
後は、パンクで括ってしまうにはそのキャッチーなメロディーとかセンス。
それがパワー・ポップとやらに近い様にも思われて。そこも損しているかもですね。
カッコいいのですけどね。鋭く伸びるギターの音色もご機嫌だし。
そして。ヴォーカルも含めて全体的に。決して無機質には陥らないものがあって。
生身の人間がやっている生身のバンドの音が、息遣いが感じられて。
ロンドンって街にも。無機質で殺伐とした街角、そこで生きる人達もいるわけで。
そんな街角、風景の中で。999を聴いて。心が軽く、温かくなった人達もいただろうと。
そう思うのですけどね。「Fortune Teller」とかストーンズよりいいしなぁ。
恐らく余程のパンク好きじゃないと聴いたことのある人も少ないとは思いますが。
是非、聴いてみて。そのカッコ良さ、その温かさに接してほしいなと。
幸いにして(?)お手頃価格で手に入れられますしね。なかなか出会わないかもだけど。
コンクリート・ジャングルで生きる身としては、手放せないアルバムではあります。

コンクリート。
重く。
息苦しく。
でも。
薄汚れている。

そんな。
圧迫感が強く。
危うい。
コンクリートで。
形作られた街。

言わば。
コンクリート・ジャングル。
その中で。
生きるのは。
生き抜いていくのは。

なかなかに。
寂しくて。
哀しくて。
時には。
心が折れてしまいそうにもなる。

そんな時。
コンクリートをも。
貫く。
伸びやかなものに。
救われる。

そんな夜。
コンクリートにも。
息遣いを。
感じさせるものに。
助けられる。

コンクリート・ジャングル。
その。
無機質な。
密林の中。
生きている、生きていく。

抑圧され。
圧迫され。
息苦しく。
重苦しく。
膝を折りそうになる。

阻害され。
排除され。
苛まれ。
見失い。
心が折れそうになる。

そんな時。
そんな夜。
コンクリートをも。
貫く様な。
溶かす様な。

そんな。
鋭くて。
伸びやかで。
温かくて。
熱い。

そんな。
息遣いを。
感じさせてくれるもの。
感じさせてくれる場所。
感じさせてくれる人達。

それが。
あること。
それを。
知っていること。
共にあれること。

コンクリート・ジャングル。
その真ん中で。
その幸せを。
思う時。思う夜。
そいつに。救われる。助けられる。



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2016/03/25 Fri *ラ、ラ、ラ、ララララ~! / T. Rex

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ラ、ラ、ラ、ララララ~!

苦戦した。
引っ掻き回された。
どんでん返しも食らった。
ちょいとミスも犯した。
それでも目途はつけた。

さぁ。
もういいだろう。
もう終わりにしよう。
今日は。今週は。
ここまでにいたしとうござります。

ほら。
電報が。
届いたし。
白鳥も。
迎えに来たし。

早く。
家に帰って。
仮面と仮想を。
脱いで。
一息ついたら。

革命の。
子供に戻って。
十代の夢を。
再びと。
老骨に鞭を入れ始めるのだ。

熱く。
明るく。
愛する。
ブギーを口ずさみながら。
行動に移すのだ。

ラ、ラ、ラ、ララララ~!

『Golden Greats』’87年リリース。
日本独自編集のT.レックスの編集アルバム。
ちょうどマーク・ボラン没後10年に当たる年で。
当時権利を所有していたSMSなるレコード会社が。
オリジナル・アルバムの再発だけに止まらず。ここぞとばかりに。
数多くの編集アルバムやら12インチ・シングルを乱発していて。
記憶にあるだけでも片手では足りない程だったのですが。その中の一枚です。
やたらとCMにT.レックスが使われていた頃なので。まぁ、便乗商法ですね。
「Ride A White Swan」に始まって「I Love To Boogie」で終わる13曲を収録。
そのうちの10曲が全英TOP5内に入っていると言う。レクスタシーの軌跡。
しかも、「Hot Love」「Get It On」「Telegram Sam」「Metal Guru」は全英1位と。
いやぁ、本当に神憑り、否、魔女憑りか。凄まじいものがあったのですね。
「Children Of Revolution」「20th Century Boy」「The Groover」もカッコいいし。
「Jeepstar」「Solid Gold Easy Action」「Teenage Dream」「Light Of Love」もね。
結局、全曲列記してしまいましたが。本当に光り輝く軌跡、そして奇跡なのです。
恐らくは、生来は繊細で内向的だったと思われるボランなのです。
ブローニュの魔女との有名な逸話は、よくあるロック都市伝説だとしても。
アコギをエレキに持ち替えて。呪術的だったブギを、キャッチーなブギーに再生してと。
そこには相当な覚悟と決意、清水の舞台並みのものがあったのだろうなと。
だからこそ英国中を巻き込んでのケからハレへの渡し守、越境者になれたのですよね。
いま、聴いても。これほどに。一瞬にして空気を、空間を飛び越える瞬発力の。
その輝きと凄まじさはいささかも衰えていないなと感じさせられるのです。
自力だけでは越境できない時、これほど強力な援軍、魔力もそうそう無いと思うのです。

ラ、ラ、ラ、ララララ~!

苦慮した。
心苦しい展開もあった。
嬉しいけど、慌てさせられる話も飛び込んだ。
ちょいと見過ごしもした。
それでも目処はつけた。

でも。
もういいのだ。
もう終わったのだ。
今日は。今週は。
ここまでとさせていただきます。

ほら。
グルーヴが。
届いたし。
ジープも。
迎えに来たし。

早く。
家に帰って。
虚飾と虚構を。
剥がして。
一息つけたら。

二十世紀の。
少年に戻って。
十代の夢を。
手に入れに。
老体に喝をいれてやるのだ。

熱く。
明るく。
愛する。
ブギーを口ずさみながら。
導師へと変身するのだ。

ラ、ラ、ラ、ララララ~!

ハレの世界。
ハレの時間。
そこでは。
仮面も仮想も。
虚飾も虚構も。

必要ない。
通じやしない。
素顔に戻って。
ありのままに。
ふるまうだけ。

清水の舞台からなど。
とうの昔に。
飛び降りてしまっている。
今更。
覚悟も決意もありゃしない。

革命の子供なのだ。
二十世紀の少年なのだ。
十代の夢を手に入れる為に。
白鳥に乗って。
ブギーを口ずさむだけなのだ。

そう。
熱く。
明るく。
愛するブギーを。
ブチかますだけなのだ。

鋼の導師となって。
十代の夢を。
愛の明かりを。
皆に配達する。
それだけのことなのだ。

子供の様に。
少年の様に。
この老体に。
流れる血が。
騒ぎ始める金曜日の夜なのだ。



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2016/03/24 Thu *各駅停車 / David Bowie

20160324stationtostation


急行とは。
言わないまでも。
せめて。
快速には。
乗ったつもりだったのだが。

一駅ごとに。
止められて。
ドアを開けられて。
乗る人がいる。
降りる人もいる。

その上。
あーでもない。
こーでもないと。
五月蠅いこと。
この上ない。

あちらを立てれば。
こちらが立たず。
自明だったのだから。
止めなければ。
ドアを開けなければ。

それで。
押し切ってしまえば。
ぶっちぎってしまえば。
良かったのにと。
文句を言いつつも。

仕方がない。
言うだけ言わせて。
聞くだけ聞いて。
先は長そうだな。
この各駅停車の一日は。

『Station To Station』'76年リリース。
マネジメントのトラブルによる事務所移籍、初の主演映画の撮影。
そんな慌ただしい状況下で制作されたデヴィッド・ボウイのアルバム。
この時期のボウイは薬物に耽溺していたとも言われるのですが。
その悪影響は一切感じさせずに。実に充実した内容を誇るものとなっています。
大作が多く、全6曲しか収録されていないのですが。
どのナンバーも冗長に過ぎず、緩慢にも陥らずに。輝きを放っている。
前作辺りから始まったソウル、ファンクへの接近、傾倒に本腰を入れる一方で。
比例するかの様に、欧州的な重厚さへの接近の萌芽も感じられるものとなっていて。
その真ん中、狭間。そこでの融合が素晴らしい成果となって結実しているのです。
そもそもは前述の映画、『地球に落ちてきた男』のサウンド・トラック企画だったのか。
ジャケットは映画のワン・シーンから流用されたものだと記憶していますが。
録音、制作が進むうちにそれだけでは済まされない、治まらない発想。
それがボウイの中で生まれて、育っていったのだろうなと想像されるのです。
そしてその発想を歌詞に、歌声に、サウンドに昇華させるだけの創作意欲に満ちていたと。
故に「Station To Station」の歌詞に出てくるシン・ホワイト・デュークが。
ボウイの新たなキャラクターに成り得たのだと。その様に感じるのです。
このアルバムで聴ける、言わば究極のホワイト・ファンクを至高にまで高める。
シン・ホワイト・デュークとして歩み続ける、そのまま駆け抜けてしまう。
そんな手も、道もあったと言うか。並みのアーティストなら迷わずにそうするであろうと。
しかし。そこはボウイです。そうはならない、そうはできない、変容し続ける宿命にあると。
それを十分に覚悟していたからこそ、長い旅路を意識してのアルバム・タイトルだったかな。
尤も。その速さは各駅停車ではなくて、特急、超特急の様でもあったかな。
今更になってしまいますが。生き急いでしまったのかなと。ふと、そんな思いが過ります。

急行とは。
言わないまでも。
せめて。
快速には。
乗せたつもりだったのだが。

一駅ごとに。
緊急停止させられて。
ドアを抉じ開けて。
乗ってきやがる。
降りていきやがる。

その上。
あっちへ行けと。
こっちへ行けと。
煩わしいこと。
この上ない。

あちらへ向かえば。
こちらからは遠ざかる。
予測していたのだから。
見なければ。
耳を貸さなければ。

そのまま。
押し等してしまえば。
ぶっ飛ばしてしまっても。
良かったのだけどなと。
ぼやきつつも。

仕方がない。
言わせて。聞いて。
使えるとこだけ使って。
先は長くなるだろうな。
この各駅停車の日々は。

本当は。
走り始めたら。
そうそう。
簡単に。
止まりたくは無いのだが。

本当は。
路線が決まったら。
そうは。
簡単に。
外れたくも無いのだが。
有機的に。
動かすこと。
活かすこと。
そいつが。
この集団の生命線。

そうともなれば。
一方的に。
一方向で。
進めると。
それなりに支障はあるし。

ましてや。
密室での。
謀議の結果。
それを。
押し付けていると、思わせられないし。

ここは。
ある程度。
長くなるのは。
覚悟して。
各駅停車でいきますかね。

もっとも。
いつか。
ある日。
どこかで。
快速に、急行に、特急に乗り換えてもらうけど(笑)。


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2016/03/23 Wed *びっくりポンや / Lynsey De Paul

20160323surprise


サプライズ。

初めて。
観る人には。
その姿。
その歌声とサウンド。
その世界。

総てが。
驚きかなと。
凛として。
艶やかで。
華麗で。

両立どころか。
三つ揃い。
そこから。
生みだされる。
ものが、また。

パワフルで。
ハードで。
グラムで。
グリッターで。
キッチュで。

そのうえ。
ポップで。
キュート。
こんな味わい。
こんな世界。

あるようでいて。
実は。
なかなかない。
そうは見当たらない。
そうは感じられない。

サプライズ。

『Surprise』'73年リリース。
グラム・ロック・シーンに華麗に咲いた花一輪。
凛として妖しい、リンジー・デ・ポールの1stアルバム。
このルックスで、甘いウィスパー・ボイス。ついついキワモノか一発屋かと。
さに、あらず。実はリンジー、ソングライターとして活躍していて。有望視されていたと。
実際に他のアーティストに提供したナンバーがシングルとしてヒットもしていて。
従ってデビューに際しても。女性版、ギルーバート・オサリバンとか、英国のキャロル・キングとか。
そんな路線での売り出しが計画されていた・・・と言うか。そんなキャッチも存在したとか。
それが。何故か。レコード会社の戦略だったのか。突然、セクシー路線に転向して。
ちょいとお堅いイメージのあった本名をリンジー・デ・ポールと改名して。
更には金髪に染めてと。ジェーン・バーキンとカトリーヌ・ドヌーヴの合体(?)みたいな。
そして。グラムでセクシーなナンバー「Sugar Me」が最初のシングルとなって。
こいつが狙い通りに大ヒットして。英国ばかりか欧州各国で一躍スターになったと。
その華々しく、艶やかなシーンへの登場は驚きをもって迎えられ、歓迎されたのですね。
その勢いにのってかモット・ザ・フープルの「Roll Away The Stone」の録音にも参加。
あのセクシーな囁き声は、そう、リンジーによるものなのですよね。
「Sugar Me」と同一路線の「Getting A Drag」も続いて大ヒット、グラムの女王に君臨。
ところが3枚目のシングル「Won't Somebody Dance With Me」では一転、静かな曲調に。
思うに。自らの変身、そしてブレイクはリンジー自身にとっても驚きだったのではと。
だから。これだけじゃないのよと。細やかな抵抗を試みたのかなとも思います。
このアルバムには前述した3曲の内「Sugar Me」だけが含まれていますが。
アルバム全曲がリンジーの手によるオリジナルであり。その完成度、そして幅広い音楽性。
グラムと言うキッチュでセクシーなコーティングを施されても。
決してキワモノとしては語れない、凛とした芯の強さをも感じさせてくれるアルバムです。

サプライズ。

何回も。
足を運んでいる見には。
その姿。
その歌声とサウンド。
その世界。

総てが。
更に凛として。
更に艶やかになり。
更に華麗にと。
驚いたなと。

ステップ・アップどころか。
三段跳びほどで。
そうして。
生みだされる。
ものが、また。

よりパワフルに。
よりハードで。
よりグラムに。
よりグリッターで。
よりキッチュに。

そのうえ。
ポップさや
キュートさは三倍増し。
こんな味わいの変化。
こんな世界の深化。

転がっていそうで。
その実。
なかなか落ちてない。
そうは見当たらない。
そうは感じられない。

サプライズ。

一足す一が。
二じゃなくて。
三や四になったら。
それは。
驚きなのだけど。

三や四じゃ収まらなくて。
五にも六にもなって。
更には七にも、八にもと。
それは。
望外の驚きと言うほか無くて。

凛として。
艶やかで。
華麗で。
そこに芯が通って。
土台が固まってきて。

パワフルで。
ハードで。
グラムで。
グリッターで。
キッチュで。

そのうえ。
ポップで。
キュート。
そんな味わい。
そんな世界。

その。
望外の。
変化と深化。
それを目の当たりにしている。
それを共に楽しんでいられる。

サプライズ。

びっくりポンや(笑)。



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2016/03/20 Sun *風の中 / Paul Kossoff

20160320leavesinthewind


風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
そう。
自分の存在なんて。

所詮。
その程度のもの。
風が吹けば。
宙に舞い。
あてもなくフラフラと。

色々と。
拘りとか。
譲れないものとか。
あるのは。
確かだが。

一旦。
風が吹けば。
風に晒されれば。
フラフラと。
彷徨ってしまう。

そんなもの。
その程度。
それが。
歯がゆくもあり。
当然の様でもあり。

風の中に。
この身を晒し。
風の中を。
舞いながら。
己が居場所を探しているのか。

『Leaves In The Wind』'82年リリース。
ポール・コゾフの死後に編集された数多くのアルバムの中の一枚。
コゾフ名義にはなっていますが。コゾフ最後のバンド、バック・ストリート・クロウラー。
そのコゾフ在籍時の2枚のアルバムからのナンバーと。そして。
後に『Live At Croydon Fairfield Halls 15/6/75』としてまとめられることになる。
そのバック・ストリート・クロウラーとしてのライヴからの4曲が収められていると。
当然、リリース時にはこのライヴの4曲が目玉だったのでしょうね。
コゾフと言えば。その啼きのギター、その繊細で哀愁を帯びたビブラート。
有名な逸話ですが。あのクラプトンが。感嘆して。その奏法を尋ねにきたという。
唯一無二の、その啼きのギター。それに尽きるのかなと思うのですが。
このアルバムでも。兎に角。ギターを啼かせています、ビブラートで空気を震わせています。
決して手数が多いわけでなく。速弾きをするわけでもなく。器用なタイプでもなく。
当然、ギターの音数も多くはなく。言わば、間と啼きだけで聴かせてしまうのがコゾフです。
間が多いと言えば。フリーそのものが間で聴かせるバンドだったので。
その点でも。コゾフはフリーに欠かせない、フリーのギタリストはコゾフしか考えられない。
それは間違いなかったと。しかしフリーはメンバー間の確執であっさり解散。
自らにもその一因があったとは言え。繊細なコゾフは薬物に耽溺してしまい。
見かねた他のメンバーがコゾフの為にフリーを再結成。しかしコゾフの不調で長続きせず。
それでも。ソロ、バック・ストリート・クロウラーと。不安定な自らと付き合いつつも。
その繊細で哀愁、哀感漂うギターを聴かせていたコゾフ。着実に復帰への道を歩んでと・・・
しかし、米国ツアーに向かう飛行機の機中で薬物中毒による心臓麻痺により25歳で夭逝。
言わば、コゾフの最後の輝き、羽ばたきを捉えたアルバムの中の一枚であるのです。
「Leaves In The Wind」…風に舞い、風に翻弄されたコゾフを象徴するかのナンバー。
そのギターの啼きを聴くたびに。その人生、生き様に思いを馳せざるを得ないのです。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
そう。
自分のそんざい道程なんて。

所詮。
その程度のもの。
風が吹けば。
吹かれるままに。
あてもなくフラフラと。

それなりに。
目的とか。
辿り着きたいところとか。
あるのは。
確かだが。

一旦。
風が吹けば。
風向きが変われば。
フラフラと。
流離ってしまう。

そんなもの。
その程度。
それが。
口惜しくもあり。
自然の様でもあり。

風の中に。
この身を晒し。
風の中を。
漂いながら。
己が進む道を探しているのか。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
それが。
自分の存在。

その根源。
その根本。
我、関せずと。
大樹に寄って。
しがみついてと。
それは。
それで。
安心出来るのだろうが。
それを。
望まなくもないが。

その為に。
拘りや。
譲れないもの。
それを。
曲げなければならないのであれば。

風の中で。
風に舞ってしまう。
それでいいと。
思ってしまう。
感じてしまう。

目的や。
辿り着きたいところ。
明確ではなくても。
強制されるのなら。
いっそのこと。

風の中。
風に吹かれてしまう。
それでいいと。
思ってしまう。
感じてしまう。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
実はそれを。
望んでいるのだろう。



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2016/03/19 Sat *満足、不満足 / The Rolling Stones

20160319satisfaction


満足。
不満足。
その。
境目。
そこにあるもの。

同じもの。
同じこと。
その筈なのに。
何かが異なる。
そこにあるもの。

そいつは。
結局。
真摯な思い。
熱い姿勢。
そんな様なもの。

言葉にすれば。
他愛もないが。
そいつを。
持つのは。
持ち続けるのは。

並大抵じゃない。
そのことを。
嫌と言うほどに。
知っているから。
感じているから。

持っているもの。
持ち続けているもの。
それを、感じたとき。
それに、出会えたとき。
満ち足りた思いになるのだろう。

『Satisfaction』'73年リリース。
ローリング・ストーンズのデッカ時代のアルバムを一挙に再発したフランス盤のシリーズ。
このアルバムは、『Out Of Our Heads』の再発となるアルバムで。
曲目や曲順は米国版『Out Of Our Heads』に準拠したものとなっています。
それにしても。このジャケット。ピンボケのキースとビルの後ろ姿。どんなセンスなのだか。
このシリーズ、凄く美麗なジャケットがあるかと思えば。疑問符だらけのものも多くて。
その統一感の無さに再発シリーズの位置づけ、その悲哀を感じたりもします。
どうにも。仕事が粗いというか、徹底されてないというか。勿体ない、満足できないかなと。
中身に関しては。もう語ることも無いかなと。そうは思いますが。
「The Last Time」「(I Can't Get No) Satisfaction」2曲のヒット・シングルを目玉にして。
英国版EP『Got Live If You Want It!』から「I'm Alright」も収めてと。
米国でのオリジナル・アルバムと位置付けられているものの実際は編集アルバムに近く。
そこらは『December's Children (And Everybody's)』と同様の米国の状況によるものかな。
漸く、米国でもヒット・チャートのトップに立つヒット曲を放って。勢いに乗り始めた。
その若く荒々しいストーンズならではのサウンド、魅力が凝縮されています。
まぁ、アルバムの性格上。やや統一感には欠けて散漫。やっつけ感があるのは致し方なし。
そのやっつけ感すらも。当時のストーンズの性急さ、疾走する様と結びつけられる様で。
埋め草的なナンバーがあるのも事実なのだけど。そこは勢いと熱さで押し切っているので。
良しと、しておきましょうかって。そんなところに落ち着くのかな。甘いかもしれないけど。
ブルースやR&Bを演奏できれば良かった、楽しかった。その楽しさを、魅力を伝えたいと。
そんな真摯な熱い思い。それはそのままに。より広い世界へと羽ばたこうとしている。
そんなストーンズの姿を。偶には、この様なアルバムで味わってみるのもいいかなと。

満足。
不満足。
その。
境界。
それを隔てるもの。

同じもの。
同じこと。
そう見えても。
何かが違う。
そこにあるもの。

そいつは。
結局。
熱い思い。
真摯な姿勢。
そんな様なもの。

言葉にするのは。
容易いが。
そいつを。
保つのは。
保ち続けるのは。

生半可じゃない。
そのことを。
嫌と言うほどに。
知っているから。
感じているから。

保っているもの。
保ち続けているもの。
それを、感じたとき。
それに、出会えたとき。
満たされた思いになるのだろう。

満足。
不満足。
その。
境目。境界。
そいつを超えたければ。

熱く。
真摯な。
思いと姿勢。
そいつで。
臨む。
臨み続ける。

結局。
とどのつまりは。
そいつに。
そこに。
掛かっているのだと。

どこまで。
熱くなれるか。
どこまで。
真摯でいられるか。
それだけだと。

どこまで。
熱くいられるか。
どこまで。
真摯でいられるか。
それだけだと。

簡単な様で。
難しい。
それでも。
そいつを。
感じさせてくれる。

そんなもの。
そんなこと。
そいつを知っているのだから。
そいつを目に、耳にしているのだから。
そいつを全身で、魂で感じているのだから。

己にも。
自らにも。
そいつを。
求めるのだ。
満足をこの手にいれるのだ。



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2016/03/18 Fri *暗黙の / Van Halen

20160318womenandcildrenfirst

そりゃ。
各人。
それぞれに。
事情も。
理由もあるでしょうが。

基本的な。
お約束は。
そいつだけは。
守ってもらわないと。
駄目ですね。

別に。
難しい。
要求をしているわけじゃなし。
ごくごく。
簡単なこと。

筋は通すと。
横槍とか。
無理強いとか。
そんな真似はしないでねと。
それだけ。

どこにも書いてないって。
いやいや。
書かれてなくても。
そいつは当然の。
常識なのですよ。

公正に。
公平に。
勝負に臨みましょう。
そういうことで。
ご了承下さいね。

『Women And Children First』’80年リリース。
『暗黒の掟』なる邦題がついていたヴァン・ヘイレンの3rdアルバム。
「Could This Be Magic?」なるナンバーの邦題が。「戦慄の悪夢」だったり、して。
まぁ、ハード・ロック・バンドの日本における宿命、お約束みたいなところでかね。
さてと。このアルバムの最大の魅力はエディ・ヴァン・ヘイレンのギターが堪能出来ると。
そりゃ、そうだろうと言われるかもしれませんが。それが意外とそうでもなくて。
敢えてエディのギターを抑えていたり、エディがギターでなく鍵盤に力を入れていたりと。
そんなアルバムも創ったりしているのがヴァン・ヘイレンだったりするのですよね。
その最たるものが『1984』で。それを象徴するナンバーが「Jump」だったと。
あれは、あれで魅力的なのですけどね。ギタリストとしてのエディを聴くのなら1stとか。
このアルバムになるのかなと。簡単に。シンプルに。ただギターを弾きまくるエディ。
それが故に。そのテクニック、その手腕、その素晴らしさ、その凄さに魅せられるのです。
そして。それ以上に。ギターを弾くことを心から楽しむエディのその姿に魅せられるのです。
実質8曲、コンパクトに凝縮されたアルバムの中で弾けるエディ、そして他のメンバー達。
デヴィッド・リー・ロス、アレックス・ヴァン・ヘイレン、マイケル・アンソニーも。
エディに煽られ、またエディを盛り立て。一丸となって弾けている。その様が。
まさに。行くぞ、ヴァン、来い、ヘイレンと。これぞヴァン・ヘイレンだと感じるのです。
あまりイメージのないエディのスライドが聴けるのも楽しいし。いいのですよねぇ。
ただ。確かにキャッチーなメロディーを持つナンバーが無いかなとは思われて。
そこら辺りが、このアルバムがヴァン・ヘイレンのアルバムの中で地味な印象になっている。
それは否めないかな。でも。その過剰な装飾の施されていないところ。
それこそ。ヴァン・ヘイレンの本線、基本となるところ。それを感じられるのも好きだなぁ。

そりゃ。
各人。
それぞれに。
思惑も。
背景もあるでしょうが。

基本的な。
決まり事は。
そいつにだけは。
従ってもらわないと。
駄目ですね。

別に。
難しい。
要請をしているわけじゃなし。
ごくごく。
単純なこと。

筋は守ると。
ゴリ押しとか。
横取りとか。
そんな行為はしないでねと。
それだけ。

いままで言われなかったって。
いやいや。
言われてなくても。
そいつは当然の。
倫理なのですよ。

公正に。
公平に。
勝負に臨みましょう。
そういうことで。
ご了承下さいね。

書かれてなくても。
言われてなくても。
当然の事として。
守るべきことはある。
従うべきこともある。

暗黒の。
否。
暗黙の掟。
暗黙の了解。
そう言うものがある。

議論も。
討論も。
大いに結構。
自由な意見。
自由な発言。

それは。
自然な事。
それは。
当然の事。
それはその通り。

但し。
それは。
公正に。
公平に。
行われなければならない。

それだけは守りましょう。
それだけには従いましょう。
それが。
そうだな。唯一の。
暗黙の掟、了解かな。

女性や子供。
高齢者や。
色々な事情を抱えてる人達。
そんな方々には。
何かの時にはきちんと配慮する。

それと同じこと、かな。



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2016/03/17 Thu *この街のグルーヴ / Ace Frehley

20160317acefrehley


この街には。
この街の。
グルーヴが。
活気が。喧騒が。
やっぱりあるのだなと。

街並みも。
行き交う人も。
そう。
風景も空気も。
変わってはしまったけれど。

この街を。
訪れて。
少し歩けば。
その独特の。
懐かしい匂いの。

その残り香が。
感じられてもして。
ましてや。
その真只中にいた。
その時間を共に過ごした。

同志とも。
仲間とも。
否。
それ以上の。
特別な絆の誰かと。

ほんの。
ひと時でも。
顔を合わせていれば。
直ぐに。
この街の、あの頃のグルーヴが蘇る。

『Ace Frehley』'78年リリース。
キッスのギタリスト、エース・フレイリーの初のソロ・アルバム。
キッスのメンバー4人が同時にソロ・アルバムを制作してリリースすると言う。
当時はキッスらしい面白い企画だなと。単純に面白がっていたのですが。
実は、この頃のキッス、人間関係が最悪で解散の危機に瀕していて。
エース、そしてピーター・クリスが、ソロ・アルバムを作れないなら脱退すると。
ジーン・シモンズとポール・スタンレーに迫った結果の窮余の作だったと。
要は、キッスのアルバムでは出番が少ないとエースとピーターが不満を溜めていたと。
ジーンに言わせれば、それは才能、そしてビジネスに対する姿勢の差で当然だと。
それが本音だったみたいですが。そこは計算高いジーンですから。
この時点ではエースとピーターを切るのはリスクが高いと判断して要求を飲んだのかな。
かくして。前代未聞のメンバー4人のソロ・アルバムが同時に出揃って。
さて、誰のアルバムが一番売れるのかと。ファンも楽しんでいたのですが。
予想に反して(?)、一番売れたのがこのエースのアルバムだったのですね。
ハローのカヴァーである「New York Groove」なるシングル・ヒットまで放ってしまったと。
確かにね。いいアルバムなのですよ。自己主張しただけに気合も十分に入っていて。
エースらしい伸びのあるギター、そしてリフも次から次へと飛び出してね。
俺は、こいつがやりたかったのだって思いが4人の中で一番、前面に出ていたかな。
何でも。エースってジミー・ペイジのファンだったらしくて。あぁ、なるほどと。
レス・ポールのサウンドを生かして、フックのあるリフで勝負するスタイル。
如何にもギタリストの、ハード・ロック好きなギター小僧がそのまま成長して。
好き勝手に、思う存分楽しんで作ったのだなと。そして、その楽しさを伝えたいのだと。
その楽しさを共有したいのだとの思いが感じられて。心地よいグルーヴを生み出していて。
そうだな。こと。エースのプレイに限れば、このアルバムに一番良さが表れているかな。

この街には。
この街の。
グルーヴが。
活気が。喧騒が。
今でもあるのだなと。

街並みも。
行き交う人も。
そう。
景観も雰囲気も。
変わってはしまったけれど。

この街を。
訪れて。
少し過ごせば。
あの独特の。
懐かしい輝きの。

その残滓が。
感じられてもして。
ましてや。
その真只中にいて。
その輝きを共に感じていた。

同志であり。
仲間であり。
否。
それ以上の。
特別な思いの誰かと。

こうして。
ひと時でも。
会話を交わせば。
直ぐに。
この街の、あの頃のグルーヴが蘇る。

この街の。
この街ならではの。
グルーヴ。
活気。
喧騒。

その真只中で。
時に輝き。
時に疼き。
そんな季節を。
過ごしていたのだ。
それは。
もう。
遠い昔の。
記憶。
思いでではあるけれど。

例え。
残り香に過ぎないにしても。
残滓に過ぎないとしても。
それが。
幻影だったとしても。

精一杯に。
伸び伸びと。
活気を呼び起こして。
駆け抜けた。
過ごした。

そんな時間を。
共有した
誰かが。
いる限りは。
繋がっている限りは。

この街を。
訪れる度に。
あのグルーヴが。
胸を過るのだ。
それは、それで、いいのだろう。



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2016/03/16 Wed *ごちゃ、ごちゃ / Cheap Trick

20160316allshookup


上も下も。
右も左も。
何かに。
振り回されたかの如く。
ごちゃ、ごちゃ。

外圧。
盲従。
無策。
無責任。
無自覚。

それでも。
過っては。
ごちゃ、ごちゃ、てのも。
その混沌としたものを。
受け容れる土壌や文化があったから。

その様を。
皆で。
何とかできて。
皆で。
楽しんでいられた。

だが。
ある時から。
ごちゃ、ごちゃ、のまま。
混沌は混乱へと変質し。
放置されて。

理由や原因。
そいつを考えると。
絶望しそうになるのだが。
そう言ってもいられない。
少しずつでも立ち向かわなければ。

『All Shook Up』'80年リリース。
チープ・トリックの通算で5枚目となるスタジオ・アルバム。
例の武道館でのライヴ・アルバムが驚異的な売り上げを記録した為に。
既に完成していた『Dream Police』の発売が延期されたのは有名な話で。
つまりこのアルバムが、米国で大ブレイクを果たした後の初めての作品だったと。
想像するに。あまりの環境の変化に大いに戸惑っていただろうし。プレッシャーも相当にと。
それに立ち向かう、それを克服する一策がジョージ・マーティンの起用だったのでしょう。
チープ・トリックはビート・グループとしてのビートルズの後継者とも言われていたので。
そう考えると奇策では無くて、正攻法で新しい環境に挑もう、乗り出そうとしたのかな。
マーティンはプロデュースだけでなく一部のナンバーではアレンジャーも務めていて。
更にはエンジニアがジョフ・エメリックと。ここまでくるともう明らかに意識しているし。
それ以上に、ビートルズに対するリスペクトがそうさせたのかもしれないなと感じます。
さて。マーティンがアレンジしたナンバーが、もろにビートルズなのはご愛嬌として。
ロビンの野太いヴォーカル、リックのハードなギターと。チープ・トリックの本来の持ち味。
それを最大限に生かしながら、巧みにキャッチーなアルバムに仕上げている。
そこにマーティンの類まれな才能、そしてそれに呼応するリックの才能も感じるのです。
あくまでもハードに、激しいビートに乗って突き進む。ポップなエッセンスをスパイスにと。
そう。これこそがチープ・トリックの真の姿なのだと思うのですが。売れなかったのですね。
それでも全米で50万枚は売れたみたいですが。何せ『At Budokan』は300万枚以上・・・
チープ・トリックにしてみれば当然の流れもファンにとっては混沌、混乱でしかなかったと。
そして。トム・ピーターソンがこのアルバムを最後に暫く、離脱することになるのですが。
確かにこのアルバムではトムは一曲も曲作りに参加していなくて。一説によれば。
悪妻の影響で。他のメンバーと疎遠になったと。内部も混沌、混乱していたと。
それでも。いま改めて針を落とすと。決して見過ごしにできないアルバムではあって。
(自分も含めて)当時のファンに受け容れられる度量があればと。惜しまれのですよねぇ。

上も下も。
右も左も。
力づくで。
振り回されていて。
ごちゃ、ごちゃ。

屈して。
従って。
考えなしで。
丸投げで。
恥ずかしいとも思わない。

それじゃぁ。
過っては。
ごちゃ、ごちゃ、であっても。
混沌としていようが。
受け容れた土壌も文化も失われてしまう。

その様を。
もう一度。
何とかして。
再び。
取り戻さないと。

そう。
ある時から始まった。
ごちゃ、ごちゃ、のままで。
混沌が混乱へと変質しようが。
放置したままの流れを止めないと。

対応や対策。
そいつを考えると。
気が遠くなりそうになるのだが。
そう言ってもいられない。
少しずつでも抗わねば。

こんな筈じゃない。
これで良いわけがない。
おかしい。
問題だ。
そう感じたら声を上げよう。

声が上がらないなら。
上げさせよう。
上も下も。
右も左も。
ごちゃ、ごちゃ、の中でも。

その声に耳を傾け。
その声を拾い上げ。
本質を見失わない様に。
頭を働かせ。
心を震わせ。

立ち向かう。
抗う。
策を練ろう。
策を講じよう。
打って出よう。

ごちゃ、ごちゃ、に。
混沌に。
目を奪われずに。
その中でも見失わずに。
輝くものを見つけよう。

多種多様。
多義性。
それを受け容れて。
そいつを楽しむ。
土壌や文化を何とかして守るのだ。繋ぐのだ。



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2016/03/15 Tue *熱く / The Joe Perry Project

20160315letthemusicdothetalking


どうせなら。
語るなら。
やるなら。
熱くなれねば。
熱くさせねば。

俺が。
やる必要も無い。
他の誰かで済むのなら。
わざわざ引き受けない。
出向きもしない。

陰に潜んで。
裏に回って。
都合のよい程度に。
程々に。
調整して終わりだ。

だけど。
そうでは無くて。
熱さを。
熱意を求めている。
そんな相手がいるならば。

それを誰も。
受け止めないなら。
出ていくしかない。
熱く語って。
熱く煽って。

少しでも。
火をつけて。
何かが変わるなら。
そうだな。
独り芝居でも構わないのだ。

『Let The Music Do The Talking』'80年リリース。
スティーヴン・タイラーとの確執が原因でエアロスミスを脱退したジョー・ペリー。
当時としてはかなり驚きましたが。直ぐにメンバーを集めてバンドを立ち上げて。
このアルバム・タイトルに、タイトル曲も「Let The Music Do The Talking」ときて。
しかもジョー以外のメンバーは丸で無名のメンバーを揃えてと。
ここらには、ジョーの熱意、意気込み、頑固さ、対抗心がストレートに出ているかなと。
アルバム全編を通してジョーらしいロックンロールがさく裂していて。
そのギターも鬱憤を晴らすが如くに弾きまくり、弾けていて。
ジョーのギターを、その熱い魂を感じるのには十分なアルバムです。なのです、が。
他のメンバーとの力量差は明らかで。やっぱりエアロスミスでないと。
ジョーの傍らでシャウトするのはスティーヴンしか考えられないとも実感させられたかな。
現に「Let The Music Do The Talking」エアロスミスで再録音されていますからね。
でもね。恐らくはジョーもそんなことは百も承知で。それでも敢えて挑んだのではないかと。
エアロスミスが骨抜きに成るなら、他にそのロックンロール魂を引き継ぐ者がいないなら。
自分が、熱く語ってやる、熱くブチかましてやる。独り芝居でも構いわしないと。
それで。少しでも。誰かが熱くなってくれれば、続いてくれればいいのだと。
なんか。そんな捨身なジョーの心意気と覚悟を感じるのですが。思い過ごしかな。
それでも。ジョーは当時のロック・シーンに、何よりエアロスミス、スティーヴンに対して。
ありったけの思いを、熱さを語らずにはいられなかったのではと思うのですよね。
凡百のロックンロール・アルバムと比較したら十分に勝っているとおもうのですよ。
それがエアロスミスと比較されて、叩かれるのは承知の上で勝負に打って出たと。
多少、贔屓が過ぎるかもしれませんが。そんなジョーの熱さを感じるのですね。

例え答えは見えていても。
それでも。語るなら。
それでも。やるなら。
己が熱くなれねば。
誰か一人でも熱くさせねば。

俺が。
今、この時にやる必要も無い。
他の誰かでやってくれるのなら。
わざわざ出しゃばりはしない。
見向きもしない。

陰に潜んだまま。
裏に回ったまま。
当たり障りのない言葉を。
適当に。
発信して終わりだ。

だけど。
どうやら。
熱さを。
熱意を感じることを欲している。
そんな相手が一人でもいるならば。

それを誰も。
受け止めようとしないなら。
出ていかざるを得ない。
熱く語って。
熱く煽って。

少しでも。
火をつけて。
何かを感じてくれるなら。
そうだな。
大袈裟な芝居でも構わないのだ。

ハッタリかまして。
大見得切って。
やるのだと。
やってみせるのだと。
口にしてしまえばいい。

独り芝居にとられても。
大袈裟だと煙たがれても。
怯まずに。
熱い思いを。
熱く語ってしまえばいい。

それが。
少しでも。
誰かの心に。
小波でも立てて。
小さな波紋でも広がれば。

お調子者だと。
大言壮語だと。
鬱陶しいと。
思われようが。
いっこうに構いわしない。

熱くなれるなら。
熱くさせられるなら。
幾らでも。
熱く語ってやろう。
どう思われようが。

それで。
少しでも。
何かが。
変わり始めるのなら。
幾らでも熱く、煽ってやるだけなのだ。



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2016/03/14 Mon *兎に角、少なくとも / Southside Johnny & The Jukes

20160314atleastwegotshoes


兎に角。
少なくとも。
新しい道を。
選んだ道を。
歩み続けること。

その為の。
靴は、武器は。
資格は。
なんとか。
手に入れられた。

後は。
どう歩いていくのか。
何処へ歩いていくのか。
そいつを。
見失わないこと。

資格を。
自由を。
手に入れた。
当然、背中合わせに。
責任も背負った。

そんなところだ。
思わぬことから。
思いもせずに。
でも。自分で選んだ道。
歩み続けるしかない。

さて。
靴紐を締めて。
爪先と踵とで。
路上の感触を確かめたら。
出かけよう。

『At Least We Got Shoes』'86年リリース。
このジャケットのセンス、それだけで信頼できる。
ご機嫌なロックンロールが聴けると確認できる。
そんなサウスサイド・ジョニー&ザ・ジュークスのアルバム。
サウスサイド・ジョニー、本名はジョン・ライオン。アズベリー・パーク出身。
ブルース・スプリングスティーンとの親交でも知られ。若い頃は共に活動もしていて。
サウスサイド・ジョニー、その名付け親はスプリングスティーンであるとか。
一時、アズベリー・パークを離れていたジョニーが故郷に戻ってきて。
結成したバンド、それがサウスサイド・ジョニー&ザ・アズベリー・ジュークスだったと。
このアルバムは通算で確か10枚目となるアルバムで。色々と節目となったアルバムです。
先ずは北米以外でRCAへ移籍して初めてのアルバム。そして。バンド名の変更。
アズベリーが取れて、ザ・ジュークスになったと。更にはギタリストも交代していると。
10枚って区切りだからって訳ではないでしょうが。色々と変化が起きていて。
それがジャケットと、アルバム・タイトルにも表れている様に、心機一転。再スタート。
そんな意気込みが感じられる中身になっているのです。
味わいのあるジョニーの歌声に、ホーン・セクションも加わった小気味の良いサウンド。
そいつが一体となって弾き出す、小粋でご機嫌なロックンロール。その本質はそのままに。
よりキャッチーにと言うか、より弾ける感覚が加わっていて。それがまたいい感じで。
特に「Walk Away Renee」と「I Only Want To Be With You」の2曲のカヴァー。
その見事に自分達のナンバーとして聴かせてしまうアレンジのセンスの良さ。
ブルースが大好きなことでも知られるジョニーですが。それとはまた別の顔。
ポップな側面も披露していて。その甘さに流れ過ぎず粋に決めているところが憎いのです。
なんで。こんないいバンド、いいアルバムが過小評価されているのか。不思議ですよね。

兎に角。
少なくとも。
新しい道を。
選んだ道を。
駆けだすこと。

その為の。
靴は、武器は。
信頼は。
なんとか。
手に入れられた。

後は。
いつ駆けだすのか。
何を目指して駆けていくのか。
そいつを。
見失わないこと。

信頼を。
権利を。
手に入れた。
当然、背中合わせに。
使命も背負った。

そんなところだ。
思わぬままに。
半信半疑できたが。
でも。自分で信じた道。
駆けだすしかない。

さて。
靴紐を締め直して。
足首を回して。
スタートポジションについたら。
合図を待とう。

一年前。
否、半年前。
否、3ヶ月前。
そこまで。
思いもしなかった。

まさか。
自分が。
この道を。
歩むとは。
駆けだすことになるとは。

そんな。
資格も。
信用も。
自分とは無縁だと。
そう思っていた。

ところが。
試しに。
挑んでみたら。
案外に。
いけそうだなと。

何よりも。
手応えを感じ。
遣り甲斐もあって。
そして。
楽しんでいる。

そのことに。
気づいた時。
初めて。
資格が。信用が。
自由が欲しくなった。

そして。
兎に角。
少なくとも。
そいつは手に入れた。
新しい靴を履いた。新しい武器を持った。

さぁ、後は粋に決めるだけだ!



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2016/03/13 Sun *あの娘が / Maria Muldaur

20160313waitressinadonutshopukorg


そう。
そうだな。
もし。
もしもだ。
あの娘が。

何処かの。
お店の。
ウェイトレスであったなら。
今日も。
こんな日も。

食事に来た。
そんな振りをして。
その。
顔を見られるのに。
声を聞けるのに。

勿論。
その顔も。
その声も。
すぐに思い浮かべられる。
忘れることなんかあり得ない。

だけど。
それでも。
それでは。
満足できない。
辛抱できない。

そんな日。
そんな時。
勝手に思うのだ。
あの娘が。
ウェイトレスであったなら、と。

『Waitress In A Donut Shop』'74年リリース。
なんとも魅惑的なジャケットのマリア・マルダーの2枚目のソロ・アルバム。
イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド。
そしてジェフ&マリア・マルダーとしての活動を経てソロ・デビューを果たして。
前作『Maria Muldaur』から「Midnight at the Oasis」が大ヒット。
順調にソロのキャリアを歩みだしたマリア。その勢いが感じられるアルバムです。
ゴスペル、R&B。ジャズやカントリー、更にはマリアッチ、テックス・メックスまで。
その幅広い音楽性。ジャンルもカテゴリーも、ふわりと、ひらりと跳び越えて。
まさに米国音楽そのものを歌って、聴かせてくれるマリアのその歌声の魅力。
少し愁いを含んで、またどこか聴く者をからかっている様な雰囲気も漂わせて。
そして、なによりも。なんとも表現のしようがない艶やかな色香を振りまくその歌声に。
惹きつけられ、魅せられ。その虜になってしまうのです。その残り香も濃厚で。
ふとした瞬間に。その歌声が蘇り。どうしてもその歌声を聴きたくて堪らなくなるのです。
昔、何かの雑誌に。このアルバムをリリースした時期にマリアのライヴを体験した人の。
その手記が載っていましたが。マリアの色香に会場中の男どもがメロメロになっていたと。
さもありなん。このアルバムを聴いているだけでも。骨抜きにされますからね。
快活に歌い上げたと思ったら、囁く様に、耳元に語りかける様に歌われもして。
その技巧も素晴らしく。本当に敵わないよなぁと。蕩けてしまうに任せることになるのです。
そんなマリアをサポートするメンバーも素晴らしく。旦那(元旦那?)のジェフ・マルダー。
エイモス・ギャレット、ジム・ゴードン。更にドクター・ジョン、デヴィッド・リンドレー。
歴戦のつわもの達がマリアの下に集って。素晴らしいサウンドを聴かせてくれています。
どこかオールドタイミーでノスタルジック。でも間違いなく今を生きているリアリティ。
それらを自由に操って、それらの間を自在に行きかって魅了してくれるマリアなのです。

そう。
そうだよ。
もし。
もしもさ。
あの娘が。

何処かの。
お店の。
ウェイトレスであったなら。
今夜も。
こんな夜も。

一杯飲みに来た。
そんな振りをして。
その。
笑顔を見られるのに。
笑い声を聞けるのに。

勿論。
その笑顔も。
その笑い声も。
すぐに思い浮かべられる。
忘れることなんかあり得ない。

だけど。
それでも。
それでは。
どうにもならない。
どうしようもできない。

そんな夜。
そんな時。
独り、思うのだ。
あの娘が。
ウェイトレスであったなら、と。

どうにも。
どうしても。
満足できずに。
辛抱できずに。
会いたくて堪らない。

そんな日。
そんな夜。
そんな時。
考えてしまうのだ。
あの娘が。

何処かの。
お店の。
ウェイトレスであったなら、と。
直ぐにでも。
会いに行くのにと。

理由など。
口実など。
幾らでも。
考えられるのに。
作れるのに。

あの顔を見られるのなら。
あの声を聞けるのなら。
何処に。
その店があろうとも。
駆けつけるのにと。

あの笑顔を目にできるのなら。
あの笑い声を耳にできるのなら。
どんな。
店であろうとも。
その扉を開けるのにと。

欠乏症に罹りそうな。
禁断症状が出そうな。
そんな日、そんな夜は。
独り、勝手に妄想するのだ。
あの娘がウェイトレスだったなら、と。



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2016/03/12 Sat *装填 / Lynyrd Skynyrd

20160312gimmebackmybulletsusorg


装填しないと。
充填しないと。
今のうちに。
この週末に。
回復に努めないと。

例え。
裏家業とは言え。
真っ当な相手には。
真っ当に対応していれば。
それなりに疲れるし。

何より。
対応には。
時によっては。
実弾が必要で。
撃てば撃っただけ。

減ったものは。
足りなくなったものは。
その分だけ。
元に戻しておかないと。
ならないからな。

この週末。
この二日間。
弾倉も。
銃身も。
手入れして。磨いて。

再び。
一発、一発。
装填できる様に。
整えて。
充ちるのを待つのだ。

『Gimme Back My Bullets』'76年リリース。
レイナード・スキナードのアルバムの中でも異彩を放つ4枚目のアルバム。
何が異彩か。その原因か。それはアルバム制作時の環境にあって。
デビュー以来のプロデューサーであったアル・クーパーと袂を分かって。
更にはトリプル・ギターの一角であったエド・キングも脱退してと。
大きな転換期を迎えた中で制作に臨まざるを得なかったのですね。
また、レイナード・スキナードそのものが転換を図っていたとの解釈もできるかな。
エドの脱退は望んだものでは無いとはしても。成功をもたらしてくれたアルとの決別。
そこには。マンネリの打破と言うか。新しい要素を取り入れようとの意思もあったかなと。
そんなことも考えてしまうのです。故に名手のトム・ダウトを新たに迎えたと。
その結果が吉と出たのか、そうでもなかったのか。それは見解の分かれるところで。
一般的に、それまでのダイナミックさやキャッチーさが失われたと言う意見が多いらしく。
確かに地味と言うか、少なくともそれまでの勢いのままに突っ走る感じでは無くて。
落ち着いて。ゆっくり、じっくりと地に足をつけて歩んでいこうとしている。
そんな印象を抱かせるナンバーが多いかなと。元々ブリティッシュ・ロックの影響もあって。
そう、フリーを思わせるところもあって。正攻法、正統派のサウンドに仕上がっていると。
その点では、アーティストの意向を正面から受け止めて生かすダウドの起用も効いていて。
これはこれで。悪くはないなと。ただ。サザン・ロックにしてキャッチーであるのが。
レイナード・スキナードの大きな魅力でもあるので。その点では物足りないかな。
恐らくは、このアルバムに対して否定的な意見の根本はそこに立脚しているかもです。
エドの代役を立てないで制作した。その点も見逃せなくて。トリプル・ギターを捨てて。
新境地を開拓したかった。新しい武器を欲していた。その考えがあったのだろうなと。
成功したが故の不安もあったのか。アルバム・タイトルを深読みしたくもなるのです。
結局はこのアルバムのリリース後にスティーヴ・ゲインズを迎え入れて。
再びトリプル・ギターに戻るのですが。このアルバムで一度、色々と考えることができた。
その点でデビュー以来、走り続けて枯渇しかけていたものを補填できたのではないかなと。

装填するのさ。
充填するのさ。
今のうちに。
この週末に。
回復に努めるのさ。

例え。
本音はどうであれ。
真摯な相手には。
真摯に対応していれば。
それなりに消耗するし。

何より。
対応には。
大概の場合は。
実弾が飛び交って。
撃てば撃っただけ。

減ったものは。
空になったものは。
その分だけ。
元に戻してやらないと。
ならないからな。

この週末。
この二日間。
弾倉も。
銃身も。
動作を。確認して。

再び。
一発、一発。
装填できる様に。
備えて。
充ちるのを待つのだ。

充ちるのを。
充ちてくるのを。
待ち構えて。
静かに。
その時を待ちながら。

波が来たら。
そいつを感じたら。
逃さずに。
捉えて。
握りしめて。

一発。
一発。
丁寧に。
気持ちを込めて。
弾倉に装填していく。

装填できたら。
充填でききたら。
後は。
その気になるのを。
銃身が反応数するのを。

確かめてみる。
銃を抜き。
構えて。
撃鉄を起こして。
狙いを定めて。

そいつを。
繰り返して。
その気が。
充ちていれば。
それでいい。

空砲じゃ。
立ち向かえない。
狙いが定まらなきゃ。
闘えない。
だから弾倉一杯に。

装填しなきゃならないのだ。



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2016/03/11 Fri *謳歌 / Billy Preston

20160311billylive


その日が。
どんな一日でも。
何かがあったり。
特別な意味を帯びていたり。
そうだとしても。

一日は。
一日。
元気でも。
そうじゃなくても。
兎にも角にも。

生きる。
生ききる。
生き抜く。
謳歌する。
それ以外にはないのだ。

生きている。
生かされている。
ならば。
それを心ゆくまで。
楽しまなくてどうする。

生きてるだけで。
丸儲けなのだから。
もっと、もっとと。
欲をかかなくて。
どうするのだ。

未だだ。
未だ未だだ。
行けるところまで。
行きたいのだ。
止まってなんかいられるか。

『Live European Tour』'74年リリース。
'73年のローリング・ストーンズのツアーに同行したビリー・プレストン。
自らのバンド、ゴッド・スクォードを率いてオープニング・アクトも務めていて。
そのツアーでの演奏が収録されたライヴ・アルバムとなります。
この頃のプレストンはソロ・アーティストとしても成功していて。
その絶好調な、飛びっきりに生き生きとしたライヴが堪能できます。
兎に角にも、ファンキーで。底抜けに明るく陽気で。弾けまくっています。
元々、十代でデビューして。モスト・エキサィティング・オルガンと称されて。
そのワイルドなプレイには定評があったプレストン。キャリアを重ねて。
腕も上がって、貫禄も十分。しかし、そこで落ち着いたりはせずに。
変に小難しい方向へ進むこともなくて。だだひたすらに弾きまくる。
これでもかと、観客を煽り、火をつけ、興奮の坩堝に叩き込んでいる。
この、目一杯音楽を、そして生を楽しんでいる、謳歌しているその姿勢。
それがストレートに反映しているサウンドと歌声が堪らなくご機嫌なのです。
プレストンを始めとする3人のキーボード奏者にドラマーと言う編成。
そこにミック・テイラーが加わって全編に渡ってギターを弾きまくってます。
この頃のテイラーはもう弾きたくて、弾きたくて仕方なかったんでしょうね。
ストーンズのライヴだけでは満足できなかったんでしょうねぇ。
時に、ストーンズでのプレイ以上に乗っているとさえ思えるフレーズも(笑)。
オープニング・アクトのプレストンにここまでやられてしまったら。
そりゃ、ストーンズも負けられないと、燃えるよなと。
'73年のストーンズのライヴが凄まじかった一因ともなっていたかなと。
そう感じさせられるだけの、生命力の躍動を感じさせられるアルバムです。

その日が。
どんな一日でも。
何にも無かったり。
何の意味も帯びていなくても。
そうだとしても。

一日は。
一日。
調子が良くても。
そうじゃなくても。
兎にも角にも。

生きる。
生ききる。
生き抜く。
謳歌する。
それ以外に何があるのだ。

生きている。
生かされている。
それを。
肝に命じて。
楽しまなくてどうする。

生きてるだけで。
奇跡なのだから。
もっと、もっとと。
求めなくて。
どうするのだ。

未だだ。
未だ未だ。
掴めるものは。
掴みたいのだ。
諦めなんていられるか。

生きる。
生きてやる。
それも。
楽しみながら。
生きてやる。

沈むことも。
狂わされることもある。
それでも。
生きる。
生きてやる。

丸儲けだぜ。
奇跡だぜ。
弾んで。
踊って。
謳歌してやるのだ。

肝に命じて。
腹を据えて。
覚悟を決めて。
楽しんでやる。
謳歌してやるのだ。

例え。
何者かが。
希望を奪おうとしても。
絶望だけを見せたとしても。
関係ない。

興奮の。
坩堝に。
飛び込んで。
全身全霊で。
謳歌してやるのだ。

どんな一日でも。
どんなひと時でも。
どんな瞬間でも。
兎にも角にも。
謳歌してやるのだ。



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2016/03/10 Thu *偶にはあの頃の / Martha And The Vandellas

20160310comeandgetthesememories


さぁ。
来いよ。
遠慮せずに。
久し振りに。
集まるのだから。

あのさ。
忙しい振りをするのは。
いまどき。
流行りもしないし。
なんとかなるだろう。

時間は。
自分で。
作る。
生みだす。
そんなものだぜ。

それとも。
なにか。
実は。
顔を出せない。
後ろめたいことでもあるのかな。

あったとしても。
そいつは。
もう。
とっくに。
時効だろうよ。

偶には。
あの頃の。
思い出話を。
皆でするのも。
悪くは無いと思うのだけどな。

『Come And Get These Memories』'63年リリース。
モータウンを代表するガールズ・グループ、マーサ&ヴァンデラス。
マーベレッツ、シュープリームスと並び称されたヴァンデラスの1stアルバム。
マーベレッツよりは後輩で。シュープリームスとはほぼ同期ながら先に売れたと。
その位置が、このアルバムで聴かれるヴァンデラスのスタイルに表れているかなと。
マーサ・リーヴスは元々はモータウンで秘書として働いていて。
たまたま他のアーティスト用のデモ・テープの為に歌う機会を得て。
その歌声を評価されてデビューすることになったって言うのは有名な逸話ですが。
先ずはマーヴィン・ゲイのバック・コーラスを務めて。その後に満を持してデビュー曲をリリース。
ところが、その「I'll Have To Let Him Go」は一説によると4枚しか売れなかったとも言われていて。
(何でもマーサー本人がそう語ったそうです。誇張してるんでしょうけどね・・・)
そこで新たにホーランド=ドジャー=ホーランドがヴァンデラスを担当することになって。
書き下ろした「Come And Get These Memories」がヒットして。このアルバムがリリースされたと。
まさしくホーランド=ドジャー=ホーランドが救世主となった訳で。ここから快進撃が始まると。
ただ。このアルバムでは未だヴァンデラス最大の魅力である弾ける感覚は希薄で。
どちらかと言うと、じっくりと聴かせるタイプのナンバーが多くて。
先輩のマーベレッツ、更に言えばシュレルズ等にも通じる泥臭い感覚も残っていて。
でも、どこかに。特にマーサの歌声には次の展開を期待させる輝くものも感じられて。
それが、前述した。このアルバムの特徴的なスタイル。その位置を表す要因になっているのかな。
ソウルそのもの、ガールズ・グループそのもののスタイルの転換点に位置していたと。
言わばR&Bからソウルへと変わっていく。その先頭に位置したのがヴァンデラスかなと感じるのです。
そして。このアルバムをリリースした時には。それをモータウンとしても意識していたと。
故に、アルバム・タイトルを擬えたと思われるジャケットで敢えてノスタルジックなイメージを強調して。
このアルバムにおけるヴァンデラスを思い出としてしまう。そんな戦略もあったのかなと思うのです。

おいでよ。
恥ずかしがらずに。
久し振りに。
集まれるのだから。

あのね。
昔と変わったからなんて。
いまさら。
誰も気にしないし。
なんでもないだろう。

時間は。
皆に。
平等に。
流れる。
そんなものだぜ。

それとも。
なにか。
実は。
顔を出せない。
秘め事でもあるのかな。

あったとしても。
そいつは。
もう。
今となっては。
笑い話だよ。

偶には。
あの頃の。
思い出を。
皆で振り返るのも。
悪くは無いと思うのだけどな。

つい。
この間の様で。
もう。
十年以上・・・
二十年近くになるのかな。

その間に。
皆、それぞれ。
道を選んで。
時を過ごして。
ついつい疎遠になって。

個別には。
顔を合わせることも。
偶には飲むことも。
あったけれど。
集まれはしなかった。

このままでも。
構いはしないけど。
このままに。
しておいたら。
また十年、二十年。

その頃には。
空の上か。
冷たい土の下か。
深い海の底か。
それじゃ手遅れだから。

絶好の。
機会を。
与えてくれたのだから。
これを。
逃さずに。

集まって。
思い出話でもして。
振り返ってみる。
そんなひと時が。
あっても悪くは無いと思うのさ。

そして。
その思い出を。
手にして。
胸に抱きしめて。
またそれぞれの道を歩み始める。

それでいい。
だから。
来いよ。
おいでよ。
集まろうぜ。



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2016/03/09 Wed *温かく、そして・・・ / Garnet Mimms

20160309warmandsoulful


温かく。
そう。
温かく。
魂、焦がさなくても。
それはいいけれど。

でも。
きちんと。
心、込めて。
魂、見せて。
やらないと。

人と人。
だからね。
そりゃ。
損得で。
動きもするが。

本当に。
本気で。
動かしたかったら。
掴みたかったら。
温かく、ありったけの魂で。

受け容れて。
抱きとめて。
遠慮も。
心配も。
する必要はないぜと。

そう。
涙、流せる。
泣いてしまえる。
それくらいの。
心の広さ、懐の深さは感じてもらわないとね。

『Warm & Soulful』'84年リリース。
ウェストバージニア出身のソウル・シンガー、ガーネット・ミムズ。
その全盛期となった'60年代のヒット曲を集めた英国編集によるアルバム。
レッド・ツェッペリンが初期にライヴのレパートリーとしていた「As Long As I Love You」や。
ジャニス・ジョプリンのカヴァーで有名な「Cry Baby」「My Baby」など16曲が収録されています。
そうです。あの「Cry Baby」と「My Baby」のオリジネイターはこのミムズなのです。
フィラデルフィアで育ったミムズ。多くのソウル・シンガーと同様にゴスペルからスタートして。
やがて幾つかのドゥー・ワップ・グループに参加して徐々に力をつけて。
遂には。自らがリーダーとしてグループを結成する様になり。結成と解散を繰り返し。
'63年にガーネット・ミムズ&エンチャンターズとして放った初のヒット曲。
それこそが「Cry Baby」で。R&Bチャートでは首位を獲得。全米チャートでも4位となって。
その売り上げは100万枚を超えたのだとか。一躍スターとなったのですね。
続く「For Your Precious Love」もヒットするものの。'64年にミムズはソロに転向して。
'66年には「I'll Take Good Care Of You」をヒットさせていると。そんな経緯もあって。
このアルバムにはエンチャンターズとのナンバーが3曲、ソロとしてのナンバーが13曲。
全16曲が収められていて。アルバム・タイトル通りに温かく、ソウルフルなミムズの歌声。
その深い味わいのある歌声の魅力を十分に堪能することができるのです。
サム・クックよりは遅いものの、オーティス・レディングよりは早く脚光を浴びているので。
本来ならば。サムやオーティスと並んで語られても不思議はないと思うのですが。
今では殆ど語られることもなく。その知名度はサムやオーティスには遠く及ばないと。
最大のヒット曲、「Cry Baby」もジャニスのナンバーとしてしか知られていないですからね。
温かくてソウルフルな歌声。味わいも深くて。ただ、あまりにも温かすぎる、懐が深すぎて。
耳触りが良くて。穏やかで。それが時の経過と共に。強烈な個性としては残らなかった。
そう言うことなのかな。ミムズの歌声に。癒され。抱きとめられ。涙して。背中を押された。
そんな人も数多くいたと思うのですけどね。まぁ、それぞれの胸に残ってればそれでいいのかな。

温かく。
そう。
温かく。
魂、焦がすことも。
いざとは、なれば。

そう。
ちゃんと。
心、開いて。
魂、震わせて。
やらないと。

人と人。
だからね。
そりゃ。
損得で、しか。
動かない輩もいるが。

本当に。
本気で。
動かしたかったら。
共にありたかったら。
温かく、余すところの無い魂で。

受けとめて。
抱きしめて。
失策も。
失敗も。
いつでも取り返せるぜと。

そう。
涙、流したいなら。
泣いてもいいのだと。
自然に感じられる。
心の広さ、懐の深さは身に着けておかないとね。

別に。
大したことじゃない。
ましてや。
偉ぶる。
ことなどではない。

それでも。
一人でも。
頼ってくれるなら。
信じてくれるなら。
その背中を。

それが。
望まれて。
信用してくれて。
もっと多くにと言われるのなら。
一人、一人の背中を。

迷っている。
悩んでいる。
その背中を押す。
その為に心を溶かす。
その涙や、叫びを受け容れる。

そんな程度の。
ことでも誰かの役に立つなら。
誰かが前へ進むのに必要なら。
亀の甲より年の功。
重ねてきた道草や寄り道が。

足しになると言うのなら。
温かく。
心、開いて。
魂、見せて。
そんなことを引き受けるのも悪くは無い。



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2016/03/08 Tue *元始、そして今も / Aretha Franklin

20160308whoszoomingwho


誰が。
誰を見ているか。
誰を見つめているか。
そいつは。
簡単な話だな。

男が。
女を見ている。
女を見つめている。
そんな。
ものだろう。

美しく。
華やかに。
輝き。
生命力に満ちた。
女たち、女性たち。

そいつに。
目を奪われない。
目で追わない。
見つめない。
そんな男は、男じゃない。

いつだって。
いまだって。
男は。
女に。
魅せられている、惹きつけられている。

輝きを放つ。
その笑顔に。
その肢体に。
その魂に。
恋をして止まないのだ。

『Who's Zoomin' Who ?』'85年リリース。
アレサ・フランクリンのアリスタでの5枚目となるアルバム。
そしてアレサのアルバムの中でも最も売れることとなったアルバム。
流石のレディ・ソウル、アレサも'70年半ば以降は路線に迷いもみられ。
その影響もあってか。セールスも低迷して。アトランティックとの契約も解除。
心機一転、起死回生を狙ってアリスタと契約して。徐々に復活への道を歩み。
遂に。このアルバムで完全復活を遂げたと。まぁ、そんなストーリーになるのかな。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったナラダ・マイケル・ウォーデンがプロデュースを手掛けて。
言わば、'80年代型の最新のアレサを生み出した、創り上げたってところですね。
あまりにも。サウンドが件の無機質で平坦な'80年代サウンドで。
曲調も、所謂クラッシックでオーソドックスなソウルのスタイルから逸脱しているものも多く。
多くのアレサ・ファン、ソウル・ファンからは敬遠されてもいるらしいと。
確かに。アトランティック時代のアレサを思うと。その気持も解からないではないと。
しかし。それでも。どんなサウンドでも、どんなスタイルでもアレサはアレサ。
力技で捩じ伏せるだけでなく、柔軟に対応もできるのだと。それを示してみせたからこそ。
その後のアレサの道が開かれた。その意味では外せないアルバムではあるかなと。
ヒットした「Freeway Of Love」「Who's Zoomin' Who」そこでの伸びやかな歌声。
アニー・レノックスとのデュエット「Sister Are Doin' It For Themselves」での溌剌とした貫禄。
レディ・ソウルが再び太陽の如き輝きを取り戻した。否、その輝きに再び気づかせた。
そんな印象を抱かされます。いやぁ、アレサは、女性は強く、逞しく、魅力的であるとね。
クラレンス・クレモンズ、ピーター・ウルフ、カルロス・サンタナのゲスト参加が蛇足に思えるほどにね。
そんなアルバムにあって「Another Night」「Integrity」と。アレサ自らがプロデュースした2曲は。
アトランティック時代の残り香が濃厚で。時代に囚われない矜持を聴かせてくれている。
そのことも嬉しくなるのですよね。やっぱりね。身も蓋も無いけど本流はこっちだねと。

誰が。
誰を見ているか。
誰を見つめているか。
そいつは。
単純な話だな。

男が。
女を見ている。
女を見つめている。
そんなの。
当たり前だろう。

可愛らしく。
賑やかに。
弾け。
生命力を謳歌する。
女たち、女性たち。

そいつに。
目を奪われない。
心を奪われない。
見つめないでいられない。
そんな男は、男じゃない。

いつだって。
これからだって。
男は。
女に。
魅せられる、惹きつけられる。

輝きを放つ。
その眼差しに。
その唇に。
その魂に。
恋をして止まないのだ。

元始。
女性は太陽であった。
そして。
今も。
女性は太陽なのである。

優しくて。
激しくて。
繊細で。
大胆で。
何よりも艶やかで。

そんな。
女性にかかったら。
男なんて。
いつまでも。
ただの子供に過ぎやしない。

どんなに。
威勢が良くても。
見栄えが良くても。
カッコをつけて。
虚勢を張ろうとも。

総て。
御見通し。
掌の上を。
走り回って。
得意になっているに過ぎない。

ちょっかい、だして。
からかって。
そのくせ気の無い素振りをしながら。
気になって、気になって。
どうしようもない。

そんな。
男を。
掌の上で転がして。
悠然と微笑んでいる。
そんな女性達に敵うわけが無い。

だから。
いつでも。
いまも。
これからも。
恋に落ちずにいられない。



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2016/03/07 Mon *解放しても、放棄しても / Margie Joseph

20160307margie


横たわって。
解放して。
思考も。何もかも。
解放して。放棄して。
広がって。

天井でも。
眺めながら。
弛緩したままで。
時の流れも忘れて。
ただひたすらに。

心地良さだけを。
求めて。
心地良いものだけを。
感じて。
忘我の境地へと。

至れれば。
それはそれで。
幸せなのだろうけど。
なかなかに。
そうはいかない。

解いても。
棄てても。
纏わりつくものは。
あって。
離れて行きはしない。

それでも。
横たわって。
半径何メートルかに。
結界を張ろうとは。
試みているのだが。

『Margie』'75年リリース。
元々はヴォルトからデヴューして、そのソウルフルな歌声から。
アレサ・フランクリンの後継者とも見なされていたマージー・ジョゼフ。
ヴォルトからの2枚でのアルバムでは実力に見合った成功を手にすることは叶わず。
アトランティックに移籍して。その才能、個性が開花して。
アレサには、ない蓮っ葉とも言える歌唱スタイルで漸くブレイクを果たして。
このアルバムは、そのアトランティックでの2枚目だか、3枚目だかのアルバム。
蓮っ葉な魅力はそのままに。更に洗練されて。夜の匂いを濃厚に感じさせてと。
その夜の匂いが、何ともマージーの個性にマッチしていると言うか。
決して煌びやかなだけ、上辺だけの華やかさに流されることはなく。
確かな実力に裏打ちされた、その伸びやかな歌声が夜の四十万に溶け込んでいくが如く。
そこには。解放されて、思う存分羽を伸ばすことを許された喜びと共に。
その環境の中で自らを着飾ることも無く曝け出して、リラックスして横たわりながら。
それでいて。誰かに見られていることを常に意識して居るマージーのプロ意識。
そんなものをも感じさせて。そのプロフェッショナルな覚悟も宿っているからこその。
その歌声、その存在感が。深く、印象的に聴く者の胸に突き刺さるのかなと。
このジャケットの。何とも魅惑的な姿も含めて。愛せざるを得ないマージーなのです。
実のところ。アーシーな感覚すらあったヴォルト時代のマージーに魅せられた身としては。
いささか。洗練され過ぎ、お洒落になり過ぎと感じなくも無いのですが。
解放したい、放棄したい。そのまま寝転がって弛緩して溶け出してしまっても構わない。
そんな時には。このアルバムの。マージーの歌声が実に魅力的だったりするのです。
このジャケットのマージーを見つめていたい、寄り添いな、などと妄想に耽溺しながら。

横たわって。
解放して。
思念も。何もかも。
解放して。放棄して。
寝転がって。

天井に浮かぶ。
幻影と遊びながら。
耽溺したままで。
時の流れから離れて。
ただひたすらに。

愛おしさだけを。
求めて。
愛おしいものだけを。
感じて。
忘我の絶頂へと。

至れれば。
それはそれで。
幸せに違いないけれど。
なかなかに。
そうはいかない。

解いても。
棄てても。
染みついたものは。
あって。
消し去ることはできない。

それでも。
寝転がって。
半径何メートルかに。
結界を張っては。
いるつもりなのだが。

どこまで。
解放しても。
どれだけ。
放棄しても。
残るものは残る。

どこまで。
時を忘れて。
忘我の境地に。
耽溺しても。
離れないものは離れない。

心地良さや。
愛おしさ。
それまでも。
解き放たない限り。
突き放さない限り。

結局は。
逃れられない。
逃しはできない。
それならそれで。
そうだな。

いっそのこと。
せめてでも。
心地良さの中に。
愛おしさの隣に。
寝そべって。広がって。

それだけに。
寄り添って。
それだけを。
抱きしめて。
暫し眠るだけでも夢みていたい。



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2016/03/06 Sun *その先に、その上に / Curtis Mayfield

20160306curtis


その先に。
まだ。
何かがある。
その可能性が。
僅かでもあるのならば。

未だ。
ここで。
足を止めずに。
立ち止らずに。
進まねばならない。

その為に。
今日は。
今、暫くは。
ここに座って。
足を伸ばして。

その先へ。
視線をやりながら。
何かを。
可能性の兆しでも。
感じている。

ここまで来た。
だが。
ここでは未だ。
納得できない。
充足できない。

未だ。
面白がれる。
楽しめる。
そう思えるからこそ。
いま、一呼吸。

『Curtis』'70年リリース。
カーティス・メイフィルードの初めてのソロ・アルバム。
シカゴ出身で、インプレッションズのメンバーとして知られたカーティス。
かの名曲「People Get Ready」など順調に活動を続けていたものの。
更なる可能性を求めてインプレッションズを脱退し、ソロとしての活動を始めたと。
カーティスと言えば先述の「People Get Ready」を始めとして。
公民権運動ともリンクしたメッセージ色の強いナンバーの印象が非常に強いのですが。
時の流れは残酷で。敬愛していたと言うキング牧師の暗殺、ベトナム戦争の泥沼化。
そしてなによりも。黒人層の中でも貧富の差が生じ始め、対立が発生するなど。
ただ前向きに、熱いメッセージを訴えるだけではいられない、満足できなくなったと。
そこにカーティスがインプレッションズを脱退する必然性があったのだろうと思います。
より深く、より高く、より複雑な、しかし実のところより激しいメッセージを。
自己満足に終わらせること無く。如何に大衆に向けて届けることが出来るのか。
ソロになってからのカーティスの視線はその一点に向けられていたと言ってもいいかと。
サウンド的には、恐らくはスライ辺りからの影響を受けたのであろうファンクを取り入れ。
カーティスならではの繊細なメロディーとも相まって独特の躍動感を生み出しています。
歌詞の面においては、男女の愛を歌うラヴ・ソングと。そしてメッセージ・ソング。
直線的ではなく、より心の、魂の深いところを揺り動かして新しい世界への扉を。
その扉を共に開けさせようとする。新しい形での呼びかけがなされているのではないかと。
声高に直接的な言葉を発するのではなく、裏声で囁く様に間接的に気づかせようとする。
挫折もありながらも。進歩もあったかもしれない。でも。未だここでは無いよねと。
ヒット曲「Move On Up」にも。そんなカーティスの新たな挑戦の意志が漲っているかな。
この一聴するとソフトでエレガント。でもその実、ファンキーでホットなところ。
それこそが、カーティスが世に問うた、ニュー・ソウルだったと思うのですよね。

その上に。
まだ。
何かがある。
その可能性が。
僅かでもあるのならば。

未だ。
ここで。
足を止めずに。
立ち止らずに。
昇らねばならない。

その為に。
今日は。
今、暫くは。
ここで腰を下ろして。
手も足を伸ばして。

その上へ。
視線をやりながら。
何かを。
可能性の兆しでも。
感じられれば。

ここまで来た。
だが。
ここでは未だ。
納得がいかない。
満ち足りたとは言えない。

未だ。
面白がりたい
楽しみたい。
そう感じるからこそ。
いま、一呼吸。

ここで。
整えて。
急く思いを。
焦る心を。
沈めつつ。

行く先を。
探して。
定めて。
見つめて。
想像して。
昇る先を。
探して。
定めて。
見つめて。
想像して。

思いを。
心を。
落ち着けたなら。
進む、昇る手立てを。
想像から創造へと。

転化させたら。
昇華させられたら。
その時に。
その先へと。
その上へと。

進み始めよう。
昇り始めよう。
そう。
未だ。
ここでは無いのだから。



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2016/03/05 Sat *叩けよさらば / Eddie Floyd

20160305knockonwood


音がする。
木霊する。
鳴り響く。
微かに。
だが。確かに。

叩いている。
叩き続けている。
なんだろう。
なんだと言うのだろう。
なにを告げているのだろう。

叩かれて。
刻まれて。
なにかが削られ。
なにかが剥がされ。
そんな音がする。

叩けよ。
されば開かれん。
そうとでも言いたげに。
音がする。
耳の奥で鳴り響く。

なにかが削られていく。
なにかが剥がされていく。
なにかが。
決定的に変わろうとしている。
その予兆が響いている。

この音は。
その宣告は。
真実なのか。
まやかしなのか。
耳を澄ませて感じ取ろうとしている。

『Knock On Wood』'67年リリース。
スタックスのスターの一人だったエディ・フロイド。
その最大のヒット曲「Knock On Wood」をフュチャーしたアルバム。
ジャケットの発想が洒落と言えば洒落なのだろうけど。安直だなぁと。
しかしながら。そこに感じられる飄々とした感じ。それがフロイドの持ち味で。
飄々と、淡々とした。軽い感じのある歌声。ついつい一緒に口ずさみたくなると。
そいつが、ソウル・シンガーとしての深みとか、熱さには欠けるとも言われるけど。
確かに、オーティス・レディングとかウィルソン・ピケットとかと比較できないけど。
MGズの奏でるサウンドとの相性も良くて。軽快にステップを踏んでいるかの様な。
そんなフロイドのスタイルって言うのも。それはそれでソウルなのだよなと。
まぁ、確かにスマートに過ぎるところはあるのだけれど。それも個性でしょうと。
「Knock On Wood」「Raise Your Hand」が数多のカヴァーを生んだのも。
その一緒に口ずさみたくなる様な感覚の故かなとも思えるし。しかもそれがオリジナルで。
そう、シンガーであると同時にライターやプロデューサーとしての才能にも恵まれていて。
このアルバムには収められていませんが「Things Get Better」もフロイドのナンバーで。
他にもウィルソン・ピケットやカーラ・トーマス、ソロモン・バーク、そしてオーティス。
フロイドの手によるナンバーを歌っている同僚(?)シンガーも数多くいるのですね。
このアルバムではピケットに書いた「634-5789」のセルフ・カヴァーを聴かせてくれます。
そうだなぁ。バラードも悪くは無いけれど。やっぱりミドルからアップ・テンポの。
一緒に歌わせて乗せていく様な。そんなナンバーでこそ、フロイドは生きるのかな。
その中でも。やはり。このアルバムではA面の頭とB面の頭。重要な位置にある。
「Knock On Wood」「Raise Your Hand」、この2曲が何と言っても素晴らしいかな。
因みにノック・オン・ウッドって言うのはテル・ザ・トゥルースのスラングだそうです。

音がする。
木霊する。
鳴り響く。
静かに。
だが。大きく。

叩いている。
叩き続けている。
なんだろう。
なにを言おうとしているのだろう。
なにを告げようというのだろう。

叩かれて。
刻まれて。
削られて、現れる。
剥がされて、晒される。
なにものかの音がする。

叩けよ。
されば開かれん。
それしか無いとでも言いたげに。
音がする。
胸の奥まで鳴り響く。

なにかが現れて。
なにかが晒されて。
なにかが。
間違いなく変わろうとしている。
その蠢動が響いている。

この音は。
その宣託は。
真実なのか。
まやかしなのか。
胸を開いて感じ取ろうとしている。

音がする。
木霊する。
鳴り響く。
微かに。
だが。確かに。

叩かれている。
叩き続かれている。
その音。その度に。
削られていく。
剥がされていく。

その音に。
共鳴するかの様に。
現れてくる。
晒されていく。
なにものか。

その。
予兆。
その。
蠢動。
それに慄きながらも。

それが。
確かなものであれば。
間違いないのであれば。
そう。
真実なのであれば。

そいつを。
両手を突き上げて。
受け容れてみる。
その時。
なにかが変わるのだろうと。

叩けよ。
さらば開かれん。



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2016/03/04 Fri *夜の街角で / UFO

20160304strangersinthenightukorg


多分。
思いは。
目指すところは。
そう。
核となるところは。

同じだと。
そう。
思いたい。
そう。
信じたい。

けれども。
時として。
どうにも。
歯痒い空気。
馴染めない匂い。

そいつを。
感じてしまって。
そいつを。
嗅ぎ取ってしまって。
不安になる。

夜の街角で。
その闇の中で。
気が付けば。
見知らぬ者達の中に。
ただ独り。

そんなことは無い。
そんな筈は無い。
頭では理解していても。
心が受け入れられない。
そんな瞬間もあるのだ。

『Strangers In The Night』'79年リリース。
‘78年の全米ツアーで収録されたUFOの2枚組ライヴ・アルバム。
マイケル・シェンカー在籍時の間違いなくUFO絶頂期のライヴを捉えていて。
やっぱり、UFOを聴くなら。このアルバムは絶対に外せないなと思うのです。
何しろ、マイケルのギターが恐ろしいまでにキレキレッで。凄まじいなと。
多分に神経症的な気配も窺い知れるその繊細でもあるギター、そのフレーズ。
敢えてカテゴライズすると。ここで聴けるのはブリティッシュ・ハード・ロックですが。
その延長線上に、ブリティッシュ・ニュー・ウェイブ・オブ・ヘヴィ・メタルがあると。
その一翼をマイケル・シェンカー・グループが担った。その原点がここにあるかなと。
それ程に、マイケルのギターは境界線上にあり、時に越境していると感じられるのです。
UFOの、マイケルの代名詞とも言える「Rock Bottom」も「Doctor Doctor」も。
勿論、オリジナルのスタジオ・ヴァージョンも十分に素晴らしいものでしたが。
このアルバムでは、また更なる進化を遂げている、飛翔していると。そう凄まじいのです。
これ程までに凄まじく、繊細なギター。その裏にはマイケルの精神的な葛藤があって。
ドイツ人で英語を殆ど話せなかったらしいマイケルの他のメンバーに対する違和感。
そこから生じる孤独感は相当なものだった様で。度々、レコーディングやライヴを欠席。
やがて神経を病んで、薬物にも走り、失踪騒ぎも起こす様になっていったと。
その時期のライヴなだけに。張りつめた細い一本の糸で何とか繋がっている状態。
そんな極限の緊張状態が生みだした、そんな緊張状態をぶつけたが故のプレイなのです。
そんな状態が長続きする筈もなく。このアルバムのリリース直後(だったかな?)に。
遂にマイケルはUFOを脱退。来日が決まっていた日本のファンを大いに落胆させたと。
そして。その後、暫くマイケルは沈黙の世界へと。それだけの代物だったのですね。
因みに、このアナログ盤、実はライヴの完全収録でもなく曲順も変えられていたのですね。
後に2曲追加されて曲順も実際のライヴ通りに戻したCDがリリースされました。
尤も。既に聴き込んでいた身としては。やはりアナログ盤の曲順がしっくりときますけど。

恐らく。
志しは。
目的の地は。
そう。
核とすべきところは。

同じだと。
そう。
思っている。
そう。
信じている。

けれども。
時として。
どうにも。
諦めに近い空気。
端から否定的な匂い。

そいつを。
感じてしまって。
そいつを。
嗅ぎ取ってしまって。
不安定になる。

夜の街角で。
その闇の中で。
気が付けば。
よそを見ている者達の中に。
ただ独り。

それは考え過ぎ。
それは思い込み。
そう理解していても。
猜疑心が囁く。
そんな瞬間もあるのだ。

事が。
大きければ大きいほど。
重ければ重いほど。
単純ではない。
簡単ではない。

理解し合い。
共同体として機能するまでには。
鬩ぎ合いもある。
凌ぎ合いもある。
一筋縄ではいかない。

それは。
理解している。
理解しているからこそ。
不安になる。
不安定になる。

思いは。
目指すところは。
そう。
核となるところは。
同じなのだろうなと。

志しは。
目的の地は。
そう。
核とすべきところは。
ずれてはいないだろうなと。

ねぇ。
先生。
ちょっと。
彼等の頭の中を、胸の内を。
診てもらえませんか。

でなけりゃ。
先生。
彼等の頭の中を、胸の内を。
覗ける様になる薬でも。
処方してもらえませんか。

そんな名医が現れたら、失業しちゃうけどさ(笑)。



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2016/03/03 Thu *ポジション / Rod Stewart

20160303leadvocalist


元々は。
そんなつもりは。
毛頭なくて。
他のポジションに。
憧れていて。

今でも。
好きなのは。
惹かれるのは。
そのポジション。
それは変わらなくて。

だけど。
適性と言うか。
才能と言うか。
そいつが。
どうにも欠けていて。

更には。
勝ち取る為の。
努力とか言うのが。
大の苦手だったりもして。
そうなると他のポジションへと。

そこでも。
どうも。
いま一つ。
マッチしないと言うか。
フィットしないと言うか。

それで。
流れ流れて。
何とか。
辿り着いただけ。
だったり、するのだけど。

『Lead Vocalist』'93年リリース。
ロッド・スチュワートの実に変則的なアルバム。
何が変則的かと言うと。A面がベスト・アルバムでB面がカヴァー・アルバムみたいな。
当時は何で、こんな中途半端なアルバムをリリースするのかと不思議だったのですが。
当初は『Once In A Blue Moon』なるタイトルのカヴァー・アルバムの企画だったもので。
それが、ロン・ウッドやイアン・マクレガンをゲストにしたアンプラグドの評判が良くて。
そちらをリリースすることを優先した結果、この変則的なアルバムに辿り着いたと。
その節操の無さと言うか、安易なところが如何にもロッドらしいなと妙に納得したりして。
確かに『Unplugged』は'90年代以降のロッドのアルバムの中では一番魅力的ですけどね。
だったら。このアルバムは没にしても良かったのではと。契約の問題でもあったのかな。
さて。A面にはジェフ・ベック・グループ、フェイセズ、ソロから1、3、3で7曲を収録。
ロッドのキャリアを駆け足で振り返る・・・駆け足過ぎてねぇ。なんじゃ、こりゃだな(笑)。
売りはB面でスティーヴィー・ニックス、ローリング・ストーンズ、ロイCに。
コントゥアーズときて、最後がトム・ウェイツの「Tom Traubert's Blues」の5曲を収録。
カヴァーのセンス、そしてその咀嚼力には定評のあるロッドですが、一貫性は無いかな。
それでも、そこはロッド。あの歌声と歌唱力で聴かせてしまうところが憎らしいところで。
'80年代以降目立ち始めた過剰な表現が顔を覗かせて。サウンドも華美に過ぎるとは言え。
「Tom Traubert's Blues」なんかは、やっぱり胸に募るものがあったりもします。
やっぱり。あの歌声は、その存在感はロッドならではの特別な味わいがありますからね。
結局ここでのカヴァーが、その後のシナトラの真似事みたいな路線のきっかけになったと。
それを考えると。複雑な思いもあるのですけどね。あの路線は無いよなと。
そう。実はA面の7曲のロッドこそが、ロッドだろうよと。そう思ってしまうので。
でも、まぁ。プロのフットボーラーを目指して。実際に短期間とは言えプロになって。
しかし挫折して。放浪の旅の末に。歌い始めたロッドのキャリアを思い起こせば。
このアルバム、そこまでの道程、そこからの道程。総てがありなのだろうなとは思えるかな。

元々は。
そんな主旨の。
企画じゃなくて。
いつも通りにと。
思っていて。

今でも。
それで。
そのままで。
その企画でいいかなとの。
そう思わないでも無いけれど。

だけど。
のせられたと言うか。
のってしまったと言うか。
それもまた。
悪くは無いかななどと。

要は。
断る程の。
熱意も無いと言うか。
実は好きだったりもして。
そうなると主旨も何もなくて。

そうだな。
もう。
こうなったら。
のせられてしまえと思い切って。
自らのってしまうことを望んで。

それで。
流れの中で。
勢いのせいにして。
言い訳しながら、楽しみにしている。
そんなところ。だったり、するのだけど。

ギタリストに憧れて。
手にして。
弾いてはみたものの。
とても。
モノには出来なかった。

ならばと。
弦を減らして(笑)。
ベースに持ち替えて。
弾いてはみたものの。
モノには出来なかった。

そんな。こんなの。
繰り返しで。
流れ流れて。
ひょんなきっかけで。
皿回しに辿り着いて。

そこに。
どうやら。
落ち着いて。
楽しんで。
十年以上の時は流れて。

ベースと。
皿回しの。
間に。
遊び心だけで。
やっていたポジション。

もう。
二度と。
やるまいと。
思ってはいたのだが。
のっちゃったのだから仕方がない。

一度だけ。
一夜だけ。
そのポジションに。
復帰してみるのも。
面白くはあるなよと。

はい。
そう言うことで。
近々。大胆不敵にも。
リード・ヴォーカリストとして。
皆様とお目にかかることと相成りそうです・・・



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2016/03/02 Wed *今が好機だと / Steve Winwood

20160302arcofdiver


ゆっくりと。
沈みゆく。
夕陽を眺めながら。
思いを巡らせて。
暫し佇んでいる。

どうするかな。
どうしようかな。
否。
そうじゃないな。
どうしたいかなだよな。

そう。
自分の思いは。
宙に浮いてもいる。
その描く弧を見つめて。
落ち行く先を想像してみる。

今が。
好機だと。
時が来てはいると。
その風向きは。
感じとっている。

逃す手は無い。
捉えなければならない。
そこに。
見えている間に。
掴まないとならない。

宙に浮いたままの。
思いを。
心を。
定めて。
飛び込むしかないのだ。

『Arc Of A Diver』'80年リリース。
スティーヴ・ウィンウッドの2枚目のソロ・アルバム。
ウィンウッドって意外に寡作なのですよね。精力的なイメージがあるのだけど。
ヴァン・モリソンのイメージに反する(?)多作振りと好対照かな。
さてと。10代で天才少年と騒がれて。その才能にトラフィックで磨きがかかり。
このアルバムでは総ての楽器を一人で奏でるマルチ・プレイヤー振りを発揮して。
勿論、アレンジやプロデュースも自ら行ってと。嫌味な程だったりします。
ルックスも良いしねぇ。言うまでもないあの歌声の持ち主ですし。
一体、神はウィンウッドにどれだけのものを与えたのかと。嫉妬したくなりますね。
このアルバムではシンセサイザーを縦横無尽に演奏していて。そう言う時代とは言え。
おいおいウィンウッドがテクノじゃ駄目でしょと突っ込みたくなるところなのですが。
これがウィンウッドの手に掛ると。テクノにならないと言うか。無機質にならなくて。
躍動感に溢れた、温かいサウンドになってしまうのですから。魔法使いかなとか。
やはり、その持ちあわせたソウルフルなスピリットみたいなものがそうさせるのかな。
ちゃんと人の温もり、人の心が宿っているのですよね。そして躍って、謳っていると。
そう。音楽って温かくて楽しいものなのだと。そのサウンドが語りかけてくるのです。
だから。シンセサイザーであろうが、何であろうが。そこは問題にはならないのかな。
そんなサウンドを背景に、あの歌声ですから。それはもう、心地良くて堪りません。
大ヒットした「While You See A Chance」を始めとして。「Arc Of A Diver」も。
そして「Slowdown Sundown」も「Night Train」もと。どのナンバーも御機嫌で。
自然と身も心も反応してしまう、こちらも躍り、謳い上げたくなってくるのですね。
やっぱり天才、そして素晴らしい魂、ソウルの持ち主なのですよね、ウィンウッドは。

ゆっくりと。
流れゆく。
車窓から夜の街を眺めながら。
巡る思いを。
暫し持て余している。

どうするかとか。
どうしようかとか。
否。
そうじゃないのだ。
どうしたいかなのだとか。

そう。
自分の思いが。
宙に浮いてもいる。
その描く弧を見失いかけて。
落ち行く先など想像もできなくて。

今が。
好機だと。
潮目が来てはいると。
その匂いは。
感じとっている。

逃す手は無いのだろう。
捉えなければならないのだろう。
こちらに。
見えている間に。
掴まないとならないのだろう。

宙に浮いたままの。
思いを。
心を。
定めて。
飛び込むしかないのだろう。

夕陽を見送って。
夜の街を走りながら。
宙に浮いたままの。
思いの。
描く弧を探している。

その。
落ち行く先。
落ち着く先。
飛び込む先。
それを探している。

好機を。
もたらしてくれる。
女神の前髪が。
見えている。
その間に掴まなければ。

今が。
その時。
風向きを感じ。
潮目を感じ。
何よりもその匂いを感じ。

後は。
如何に。
しなやかに。
弧を描いて。
宙に浮きあがり。

そこから。
狙い定めた。
先へと。
飛び込めるか。
落ちていけるか。

それだけ。
それだけ、なのだから。
だからこそ。
誤れないと。
慎重になりもするのだな。

まぁ。
好機を。
逃してはならないことは。
レコード探しで。
痛いほど分かってるから、飛び込みはするけどね(笑)。



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2016/03/01 Tue 形として、成果として / Queen

20160301theworksukorg


思っているだけでは。
考えているだけでは。
呟いているだけでは。
何も始まらないし。
何も動き出しはしない。

思うことも。
考えることも。
呟くことも。
実は大事だったりするのだけど。
そこで止まっていては駄目なのだな。

思うところを。
考えていることを。
言葉にして。
きちんと伝えて。
そこから始まる。そこから動き出す。

そうなのだよな。
地下生活者じゃないのだから。
事をなそうとしたら。
否でも周囲を巻き込んで。
動かさなきゃならないのだから。

取りあえず。
きちんと。
言葉にして。文章にして。
意図を明らかにして。
自ら実践してみて。

耳目を引きつけ。
着目させ。
少しだけ感嘆させ。
そうして。
壮大な作品を創り始めるのだ。

『The Works』'84年リリース。
米国での所属をエレクトラからキャピトルへと変えたクイーンの初めてのアルバム。
当然、日本でも移籍となって。ワーナー・パイオニアから東芝EMIへと。
どうも。クイーンはワーナー・パイオニアのイメージが強くて違和感があったなぁと。
そんな思い出が付き纏うのですが。英国では一貫してEMI所属だったのですよね。
さて。前作である『Hot Space』がものの見事に大コケしてしまったクイーン。
起死回生を図らざるを得ず。その手段として取ったのが原点への回帰だったと言うことで。
実に、そこかしこに。過去のアルバムやナンバーの影が見え隠れしていたりするのですね。
あれ、このフレーズはとか。このリズムはとか。このギターはとかですね。
煮詰まっていたが故に、もう開き直るしかなかったのでしょうが。それが良くも悪くも。
クイーンらしさとして前面に出ているアルバムで。それを再起とするか、懐古とするか。
そこらで。評価が大きく分かれてしまうのかも知れないかな。
ただ懐古ではありながら。新しい部分もあって。メンバーのエゴも前面に出てきていて。
これはシングル・カットされるナンバーの印税を巡っての争いが発端で。
実は空中分解に近いくらいにメンバー間の亀裂は深かったそうなのですが。
それが故に。俺がやりたいのはこれだと。こいつをやるのだと夫々が個性を発揮していて。
それが「Radio Ga Ga」や「I Want To Break Free」「Hammer To Fall」「It's A Hard Life」
個性的なヒット曲として表出したと。思う、考えるだけでなく。口にして行動に移したと。
商業的成功も収め、やや惰性になりつつあったものが。緊張感から久し振りに本気になって。
更に、あのライヴ・エイドでの圧倒的存在感で完全復活を果たすわけですからね。
災い転じて福をなすと言うか。やはり形として、成果として残さなきゃ駄目だってことかな。
ただ。その緊張感と剥き出しのエゴ故に、何回か針を落としていると凭れる感じもあって。
ラストの「Is This The World We Created…?」に託されたフレディの心情もわかるかな。

思っているのならば。
考えているのならば。
呟いているのならば。
何かを始めてしまおう。
何かを動き出させよう。

思うことで。
考えることで。
呟くことで。
大事なのだとわかったのならば。
そこから先へと歩みを進めよう。

こう思っているのだ。
こんなこと考えているのだ。
言葉にして。口に出して。
主張して。会話して。
そこから始めよう。そこから動きだそう。

そうなのだよな。
隠遁者じゃないのだから。
事をなそうとしたら。
嫌がる周囲をも巻き込んで。
その気にさせなきゃならないのだから。

取りあえず。
明確に。
文言にして。宣言して。
意思を明らかにして。
自ら率先してみて。

周囲を振り向かせ。
括目させ。
少しだけ吃驚させ。
そうして。
壮大な成果を育て始めるのだ。

そもそも。
誰もが。
今の。この。
現状を。世界を。
望んではいなかっただろう。

だったら。
大人しく。
群れ集って。
陰で。
あれこれ言ってないで。

現状を打破して。
世界を破壊して。
その手に。
その心に。
自由を得る闘いを始めればいい。

誰かが。
口火を切らねば。
誰かが。
声を上げねば。
画を描かねばならないのなら。

取り敢えず。
切って。
上げて。
描いて。
大袈裟に拳を突き上げてやろう。

それに。
乗っかって。
形にしてくれれば。
成果を上げてくれれば。
もうけもの。

先ずは。
愚痴を。
鬱憤を。
聞くだけ聞いて。
そいつを意見に、意思に転嫁させて。

旗を上げて。
旗を振って。
後は下書きを描いたら。
勝手に。
皆が描いてくれれば。それでいい。

兎に角。成果を残しにかかろう。



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2016/02/29 Mon *あの鐘 / The Who

20190229thewhosingmygeneration


あの鐘を。
鳴らすのは。
誰なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

猫の首に。
鈴をつけるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当に。
鳴らさなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのは。
誰が見ても。
火を見るより明らかで。
見て見ぬふりをして過ごしては。

廃るよな。
やっぱり。
許せないよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

出番なのだと。
腹を括らざるを得ない。
そう言うことか。
そう言う定めか。
それが使命と言うやつか。

『The Who Sings My Generation』'66年リリース。
契約の関係からか英国より一年遅れでリリースされたザ・フーの米国での1stアルバム。
何と言ってもカッコいい英国での1stアルバム『My Generation』のあのジャケット。
しかしながら。ビッグ・ベンを背景にしたこのアルバムのジャケットもなかなかいいかな。
デビューしてから一貫としてセンスがいいのも、フーの大きな魅力なのですよね。
さてと。このアルバムにはモノラル盤と疑似ステレオ盤が存在していて。
ここに載せている、我家にあるのは疑似ステレオ盤なのですけど。音がね、悪いのですね。
モノラル盤はそうでも無いらしいのですが。なにせ高値が付いていて手も足も出ないし。
それに。まぁ、このアルバムはジャケット勝負。それでよしみたいなところもあるしなと。
それでも。その音の悪さをものともせずに聴かせてしまうフーのサウンドの魅力もあって。
とにかく。よくたったの3人で。このサウンド、この迫力を叩き出しているなと。
何せヴォーカルのロジャー・ダルトリーがあまりの五月蠅さに止めようと思った、なんて。
そんな都市伝説も存在しているくらいですからね。ドタバドタバタと騒がしいだけの様で。
ちゃんと一丸となって飛んでくる、突き刺さってくる。この演奏技術の高さ、底力。
デビューの時点での完成度って意味ではストーンズやビートルズを凌駕しているかなぁ。
そして。既にこのアルバムでカヴァーはジェームス・ブラウンの2曲だけであること。
残りの10曲がオリジナルで、9曲がピート・タウンゼント単独の作品であると。
この早熟とも言えるオリジナル志向、そしてそのクオリティの高さの半端の無さがですね。
その後のフーの歩み道筋を示していたかなと。駄作、駄曲が殆どと言っていい程に無くて。
ピートの描く世界を、他のメンバーが高いレベルで完成させ、大音量で鳴り響かせる。
それこそがフーの歩みであり、フーの魅力であり続けたわけですから。その最初の一歩を。
このアルバムで。ビッグ・ベンの鐘の如くに。鳴り響かせて世に知らしめたってことかなと思うのです。

あの鐘を。
鳴らすのは。
誰の為なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

馬の耳に。
念仏を唱えるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当の。
鐘の意を示さなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのに。
誰もがみな。
火中の栗など拾いたくはないから。
口を閉ざしたままで過ごしていては。

不貞腐れるよな。
やっぱり。
潰れてしまうよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

役目なのだと。
肝を据えざるを得ない。
そう言うことなら。
そう言う定めなら。
それを使命とするしかないか。

誰も。
鳴らさない。
鐘ならば。
誰よりも。
大音量で鳴らしてやろう。

誰も。
語らない。
意志ならば。
誰よりも。
大声で語ってやろう。

それが。
役目ならば。
それが。
定めなら。
それでいい。

使命とやらを。
感じられるのは。
悪いことじゃない。
喜んで。
引き受けることにしますかね。

ハッタリ。
効かせて。
大向うに。
大見得をと。
そうだな。そうなのだな。

エエカッコしいの。
大法螺吹きの。
何処かの誰かさんには。
ぴったりの。
役どころじゃございませんか。

あの鐘が呼んでいる・・・かな。



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2016/02/28 Sun *晴れていようが、そうでなかろうが / The Kinks

20160228sunnyafternoon


晴れていようが。
そうでなかろうが。
どのみち。
心地良くも気だるい。
そんな、日曜日の午後。

特に。
予定はない。
探せばあるけど。
急ぐ必要もない。
してもいいし、しなくてもいい。

心のまま。
体が反応するまま。
気持ちが動くまま。
そのままに。
時を過ごせばいい。

そんな、日曜の午後。
窓の外の天気とは関係なく。
そうだな。
心の中は。
陽光が輝き。欠伸の一つでも。

レコードに針を落として。
ご飯を炊きながら。
味噌汁でも作って。
レコードをひっくり返して。
箸休めは何にしようかなとか。

平和だね。
緩んでいるね。
伸びているね。
でも。いいよな。
何にもない日曜日の午後だしさ。

『Sunny Afternoon』'67年リリース。
廉価盤として編集されたキンクスのベスト・アルバム。
英国には昔からお土産物さんとかで売られる廉価なレコードがあって。
中にはメジャーなレコード会社が専門に廉価盤専門のレーベルを持っていたりもして。
このアルバムを編集したマーブル・アーチってのはパイの廉価盤専門レーベルなのですね。
そこは廉価盤ですので。収録曲数が少なかったり、微妙に大ヒット曲は外されてたりと。
それなりだったりは当然するのですが。それがまた微妙にいい味を出していたりとかして。
更に意外とジャケットのセンスが本家のベスト・アルバムを凌駕したりもしていて。
このアルバムも。先ずは如何にもスウィンギング・ロンドンなキンクスのジャケットが素晴らしいと。
マーブル・アーチってのは他のアルバムにもジャケットの素晴らしいものが多いのですけどね。
流石は本家直営だけのことはあるってことでしょうかね。その利点を生かしていると。
さて。全10曲とボリューム的には物足りないものの。その選曲はマニアックと言うか。
痒いところに手が届いていると言うか。A面頭に「Sunny Afternoon」を持ってきて。
恐らくは一般大衆でも知っていそうなヒット曲はそれのみ。それだけで引っ掛けて商売して。
後は、「鰻重」・・・じゃなかった「I Need You」とか、「Louie」「Louie」とかね。
更には「Dedicated Flower Of Fashion」「I'm Not Like Everybody Else」とか「Deadend Street」とか。
如何にもキンクス、如何にもレイ・ディヴィスの気怠くも、ひねくれて、諦念が滲み出ていて。
だけど。その根底には英国の、その街角の市井の人々への愛情に溢れていると。
このどうでもいいんじゃないと。日向ぼっこでもしながら時を無駄に過ごすことへの皮肉と。
その裏側に潜む人々の楽ではない日々への温かい、少し捻くれたエール。その表裏一体。
これがなぁ、キンクス、レイの真骨頂なんだよな。特にね。「I'm Not Like Everybody Else」なんかは。
敢えてデイヴに歌わせて。その反骨心。屋探れ感を前面に押し出していて習ってるなと。
陽光の中で弛緩させている様でいて。気骨は示して見せていると。廉価盤で弛緩しながらも締めているんだな。

晴れていようが。
そうでなかろうが。
どのみち。
気だるくも心地良い。
そんな、日曜日の午後。

特に。
計画はない。
立てれば立てられるけど。
無理する必要もない。
立ててもいいし、立てなくてもいい。

心のまま。
体が反応するまで。
気持ちが動くまで。
それを待ちながら。
時を見送ればいい。

そんな、日曜の午後。
窓の外の天気すら気に留めず。
どのみち。
心の中は。
陽光で満ちて。微睡の中へと。

レコードを聴きながら。
お腹も満たされて。
心も満たされて。半ば夢の中。
レコードが止まったら。
次は何に針を落とそうかなとか。

幸福だね。
緩んで、崩れて。
伸びて、伸びきって。
でも。いいよな。
何にもしない日曜日の午後だしさ。

いつでも。
どこか。
行き詰まり。
どこかで。
行き止まり。

いつでも。
何かに。
追われていて。
何かで。
追い込んでいて。

このまま。
どんどん。
進めば。
追われれば。
袋小路。

それに。
寄ってしまえば。
巻かれてしまえば。
群れてしまえば。
流されてしまえば。

ある意味。
楽なのだろうと。
わかりつつ。
そいつだけは。
許せなくて。

誰とも。
違うぞと。
異なるぞと。
自分は自分だと。
張りつめている。

だから。
何にもない。
何にもしない。
日曜日の午後。
晴れていようが。そうでなかろうが。どっちでもいい。



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