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2016年6月

2016/06/28 Tue *伸びしろ / Donny Hathaway

20160628extensionofaman


伸びしろ。
そいつは。
どこまで。
あるのだろう。
いけるのだろう。

平凡で。
普通で。
だからこそ。
伸びしろ、そいつが。
まだあるのだと。

そう。
信じている。
否。
そう。
信じていたい。

もう。
ここから先は。
無いのだと。
そう。
思ったら終わってしまう。

だから。
伸びしろ。
そいつに。
もう一度。
賭けてみるかと。

まだ。
諦めきれない。
何かが。
ある以上。
そう思ってみる。

『Extension Of A Man』'73年リリース。
ダニー・ハサウェイの生前にリリースされた最後のオリジナル・アルバム。
邦題は『愛と自由を求めて』、原題は人間の可能性の伸びしろとでも訳すのが相応しいかと。
大学でクラシック音楽を学び、卒業後はカーティス・メイフィールド等の下で働いて。
その才能を磨き、開花させ。そのカーティスやマーヴィン・ゲイと並んで。
ニュー・ソウルの旗頭とも称されて高い評価を受けていたダニーです。
このアルバムでも、熱く味わい深くソウルフルなナンバーもあれば。それだけに止まらず。
ジャージーなインストもあれば、ファンキーに弾けるナンバーもあると。
ダニーの才能の幅広さ、奥深さを感じさせるものとなっています。その輝き煌く様に。
針を落として、流れてくる歌声、サウンドに耳を傾けているだけで。その光跡が見えるかと。
そんな感覚、錯覚を抱かせてくれるのです。それに包まれた時、全身が震える思いがします。
ダニーは明らかに、新しいソウルの世界への扉を開けて。その向こうへと踏み出していて。
その一方で。ルーツでもあるゴスペルやソウルをより深く解釈して咀嚼もしていたと。
そう。新しい世界へ踏み出しながら、その足下を強固なものとしてもいたのです。
その姿勢に。ダニーの次のステップ、ダニーの伸びしろ、それを多くの人が確信したかなと。
そう感じるのですが。残念ながら。ダニーの物語はこのアルバムで事実上、終わったのです。
精神に異常をきたしたダニー。闘病しながらも創作活動や演奏活動を続けたものの。
徐々に散発的となり。そして先細りとなり。終には自ら命を絶ってしまいます。
何がダニーを追い詰めたのか。それは分かりませんが。このアルバムにも感じられる繊細さ。
その才能故に、様々なものが見えてしまった、聴こえてしまった。そんな敏感さが仇したか。
自分の様な凡人には想像も及びませんが。なんともね。遣る瀬無い気持ちにさせられます。
ダニー、こんなに輝いていたじゃないか、生き生きしていたじゃないかと。
それで、もう十分だと思ったとしても。誰も貴方を責めはしなかったのではないかと。
でもね。わかるのですよね。次のステップ、伸びしろ。それを求めてしまう気持ちはね。
自分の様な凡人でも。それを失ったら終わりだと思うから。そうなのですよね。
だから。震えるほど素晴らしいアルバム、そして震えるほど切ないアルバムなのです・・・

伸びしろ。
そいつは。
いつまで。
あるのだろう。
いけるのだろう。

平凡で。
普通で。
だからこそ。
伸びしろ、そいつで。
まだいけるのだと。

そう。
願っている。
否。
そう。
願っていたい。

もう。
ここから向こうは。
いけないのだと。
そう。
思ったら終わってしまう。

だから。
伸びしろ。
そいつに。
何度でも。
挑んでみるかと。

まだ。
終わりにできない。
何かが。
ある以上。
そう思ってみる。

愛も。
自由も。
もう。
瀕死の。
いまだからこそ。

伸びしろ。
そいつを。
信じたい。
信じていたい。

伸びしろ。
そいつに。
賭けたい。
賭け続けたい。

一人や。
二人。
何処かの。
誰かの。
才や力に頼るのではなくて。

ここにもいる。
そこにもいる。
どこにもいる。
平凡で普通な。
我々。

そこに。
あるはずの。
あるだろうはずの。
伸びしろ。
そいつを信じ、そいつに賭ける。

平凡で。
普通で。
だから。
まだ見えていない。
まだ聞こえていない。

そんな。
我々の。
伸びしろ。
そいつを。
伸ばしでもしない限り。
瀕死の。
愛も。
自由も。
二度と求められない。
二度と救えない。

だから。
伸びしろ。
そいつを信じて。
そいつに賭ける。
それしかないのだろう。



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2016/06/27 Mon *覚悟はいいかい / The Impressions

20160627peoplegetready


覚悟はいいかい。

これは。
もう。
戦争だ。
些か物騒だと言うのなら。
喧嘩だ。

喧嘩にも。
色々ある。
負けてもいい喧嘩。
引き分けに持ち込む喧嘩。
そして。勝たなきゃならない喧嘩。

勝たなきゃならない。
そいつにも。
程度があって。
正々堂々と挑めばいい時と。
何が何でも勝たなきゃならない時と。

その時によって。
その程度は。
勝ち方は。
その為の作戦も。
その為の手段も変わってくるのだ。

そして。
今回は。
何が何でも勝たなきゃならない。
だったら。
何でもありだ。

その、覚悟はあるかい。

『People Get Ready』'65年リリース。
インプレッションズの4枚目となるアルバム。
そしてカーティス・メイフィールドの才能が一気に開花したアルバム。
全12曲、総てがカーティスによるもので。その多彩な楽曲の完成度の高さ。
カーティスがいかに優れたソングライターであったかを物語っています。
その中の白眉は言うまでもなく「People Get Ready」で。
数多のカヴァーが生まれましたが。オリジナルを超えるものは未だに無いかなと。
公民権運動とも連動して、自由を求める人々、願う人々のアンセムともなり。
またゴスペルのナンバーとしてもスタンダードとなり教会でも歌い継がれている。
それだけの力、人々を鼓舞し高揚させ、同時に慰撫し安寧を与える名曲です。
はっきり言って。この1曲の為に、このアルバムは存在しているのかも知れません。
僅か2分30秒程の。決して声高に叫ぶでもないこの曲。
それが聴く者の胸に深く刺さり、震わせるのは。そこに強く深い願いと祈りがあるから。
そして。用意はいいかい?覚悟はいいかい?そう問いかけるその歌詞には。
カーティスに揺るぎない決意と強靭な精神があってこそ生まれたのだと思うのです。
時代背景を考えれば。直接的では無いにしろ。これだけのことを歌ってしまう。
そこには相当な覚悟が必要だったと思われて。これはあくまでも推測に過ぎませんが。
「A Change Is Gonna Come」を歌ったサム・クックの志を継ぐものだったのかなと。
そう思って耳を傾けていると。感動すると共に、冷水を浴びせられた思いにもなって。
自分にはそれだけの決意や覚悟があるのか。自分はそこまで強靭でいられるのかと。
それを己が胸の内に向かって問いかけずにはいられなくなるのです。
だからこそ。これまでも針を落としてきたし。これからも落とし続けるでしょう。

覚悟はあるかい。

これは。
そう。
戦争だ。
言い様が不適切なのなら。
喧嘩だ。

喧嘩にも。
色々あるが。
負けられない喧嘩。
引き分けでは済まない喧嘩。
そうだ。勝たなきゃならない喧嘩だ。

勝たなきゃならない。
そいつにも。
程度があるが。
正々堂々と挑んでも負けては意味がない。
勝たなくては何の意味もないのだ。

そんな喧嘩は。
そこまでの喧嘩は。
勝ち方など。
なんでも、どうでもいいのだ。
どうにでも勝ちにいくのだ。

だから。
今回は。
勝つためには何でもありなのだ。
表裏者と呼ばれようが。
後ろ指を指されようが。

その、覚悟はできたのかい。

守るべきものがある。
求めるべきものがある。
ならば。
それ相応の。
覚悟が必要とされるのだ。

その覚悟を。
表明する。
行動に移す。
それだけの。
決意が必要とされるのだ。

諦めずに。
粘り強く。
勝てるまで。
その日まで。
貫く強靭さが必要とされるのだ。
それだけの。
覚悟。
いいのかい。
あるのかい。
できたのかい。

いいなら。
あるなら。
できたなら。
もう、何も迷うことはない。
勝ちにいくだけだ。

ありとあらゆる。
策を弄して。
ありとあらゆる。
武器を用いて。
仁義なき喧嘩の始まりだ。

躊躇うな。
踏み出せ。
これは。
生殺与奪権の争いだ。
何が何でも勝たなければならないのだ。

覚悟はいいかい。



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2016/06/26 Sun *心の中に傘をさして / The Beatles

20160626numberfive


心の中に傘をさして。

いつも。
雨がふっている。
そう。
いつも。
いまも。

空模様の。
加減なんか。
関係なくて。
心の中には。
雨がふっている。

そうさ。
心には。
胸の内の。
深いところには。
雨がふっている。

だから。
目には見えなくても。
手にはしていなくても。
傘をさしているのだ。
いつも。いまも。

あの。
報せを。
聞いた時から。
しとしとと。
雨がふり続いているから。

心の中に傘をさして。

『Beatles No.5』'65年リリース。
日本独自編集のビートルズのアルバム。
タイトル通りに日本での5枚目となるアルバムで。
ジャケットは米国独自編集の『Beatles '65』を流用していますが。
選曲は別物、あくまでも独自で。シングル盤でしか手に入らなかったナンバー中心で。
目玉としては「Sie Liebt Dich」と「Komm, Gib Mir Deine Hand」の2曲。
そう、ドイツ語版の「She Loves You」と「I Wanna Hold Your Hand」の収録で。
おそらく、このアルバムが日本での初出だったのではないかと思われます。
シングル盤まで手の回らないファンをターゲットに。さらにはシングル盤を揃えていても。
手を出したくなる曲を入れてと。当時の東芝音楽工業もなかなかの戦略家だった様で。
ただし。これが最後の日本編集アルバムとなったのかな。それはそれで残念かなと。
やはり。国によって好みとかは異なったりするので。独自編集盤も面白いと思うのですけど。
尤も。この後のビートルズの場合は、英国オリジナル・アルバムの完成度に隙が無いので。
独自編集の余地が無くなっていたのも確かではあると思いますけどね。
このアルバムはモノラル盤しか存在していなくて。その礫が飛んでくる様な音もいいかな。
まぁ、今となってはその存在に意味や価値が見出しにくいアルバムではありますが。
「Long Tall Sally」「Anna」「Matchbox」「You've Really Got A Hold On Me」ときて。
「Chains」「Slow Down」とカバーの妙手としてのビートルズが味わえるのがなかなかで。
ジョンの名曲、「I Call Your Name」が収録されているのも自分としては嬉しいかな。
ジャケットの影響か。梅雨時とかに、思い出した様に針を落とすことが多いのですが。
ドイツ語バージョンやカバーでのはっちゃけ振りに、元気をもらえるアルバムかな。
しかし、「Slow Down」とか「I Call Your Name」とか。ジョンの歌声はやっぱりいいのだよなぁ。

心の中に傘をさして。

いまも。
雨がふっている。
そう。
いまも。
いつも。

天気図の。
前線なんか。
関係なくて。
心の中には。
雨がふっている。

そうさ。
心には。
胸の内の。
柔らかいところには。
雨がふっている。

だから。
目には見えないけれど。
手にはしていないけれど。
傘をさしているのだ。
いまも。いつも。

あの。
話を。
知った時から。
しとしとと。
雨がふり続いているから。

心の中に傘をさして。

上がらない。
雨はない。
晴れない。
日は続かない。
そうなのだろう。

だから。
心の中の。
雨も。
いつかは。
上がるのだろう。

だから。
胸の内も。
いつかは。
晴れる。
その日が来るのだろう。

でも。
いまは。
雨ふりで。
それで。
構わない。

ふり続いて。
くれて。
それでいい。
傘をさして。
歩いているから。

だって。
それが。
本音で。
本心で。
だから雨がふっている。

それでいい。
それがいい。
雨を見つめながら。
名前を呟いて。
思いを馳せる。

心の中に傘をさして。

もうすぐ。
きっと。
上がるだろう。
晴れるだろう。
その時を、その日を待ちながら。

心の中に傘をさして。



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2016/06/25 Sat *暑い夜 / The Rolling Stones

20160625hotrocksusorg


暑い。
夜だから。
熱く。
そしてクールに。
決めよう。

熱く。
ロックして。
クールに。
ロールして。
過ごそう。

暑い。
夜だから。
熱い。
ロックで。
ぶっ飛ばそう。

暑い。
夜だから。
クールな。
ロールで。
駆け抜けよう。

暑さ。
なんかに。
負けては。
いられない。
へばっていられない。

暑いなら。
負けずに。
熱くなれ。
熱い。
夜にしてしまえ。

『Hot Rocks 1964-1971』'71年リリース。
米国アブコ編集のローリング・ストーンズの2枚組ベスト・アルバム。
悪名高いアレン・クラインのアブコ。ストーンズと法廷闘争を繰り広げて。
ローリング・ストーンズ・レコードを設立したストーンズから新曲2曲。
「Brown Sugar」「Wild Horses」の権利を奪って。ちゃっかりこのアルバムにも収録。
アブコ・・・デッカ、ロンドン時代のヒット曲、代表曲に当時の新曲が2曲。
それは売れないわけがなくて。全米で4位(だったかな?)まで駆け上がり。
今までに通算で600万枚以上の売り上げを誇るベスト・セラーとなったのですね。
選曲、編集の特色としては1枚目が'60年代半ばまでのナンバー。
そして2枚目が'60年代後半のナンバーで。全米1位のナンバーは総て収録されていて。
『Their Satanic Majesties Request』からのナンバーは1曲も収録されておらず。
「Midnight Rambler」は『Get Yer Ya-Ya's Out !』からのライヴ・テイクで収録と。
アルバム・タイトル通りに、熱い、ホットなロック・バンドとしての側面を強調していて。
この選曲、そして曲順が。なかなかに的を射ていて。侮れないのですよね。
このアルバム以降に様々な国で、夫々にリリースされた2枚組以上のベスト・アルバム。
その選曲の指針になったのではないかなと。だから。いま聴くと。まさに王道なのですよね。
このアルバムだけでストーンズを語れませんが。'60年代の歩みをざっと振り返れるかな。
本当にストーンズは熱い時代を、更に熱く駆け抜けて、ぶっ飛ばしてきたのだなとね。
さて。米国初回プレス(の一部かな)の「Brown Sugar」「Wild Horses」は別テイクで。
別テイクと言うよりはデモ・テープを間違ってストーンズがアブコに渡したって話かな。
これが結構、凄くて。「Wild Horses」は兎も角。「Brown Sugar」がねぇ・・・
どう聴いてもデモでしかないのですよね。ストーンズはわざと送りつけたのかなと。
それをそのままリリースしてしまうクラインは更に一枚上手と言うのは穿った見方かな。

暑い。
夜なんて。
熱く。
そしてクールに。
攻めてしまおう。

熱く。
ロックして。
クールに。
ロールして。
生きてしまおう。

暑い。
夜なんて。
熱い。
ロックで。
ぶっ飛ばしてしまおう。

暑い。
夜だから。
クールな。
ロールで。
駆け抜けていこう。

暑さ。
なんかを。
理由に。
言い訳なんかに。
してはいられない。

暑いなら。
なおさらに。
熱くなれ。
熱く。
生き抜いてしまえ。

暑い。
夜だから。
熱く。
クールに。
いきたい。

暑い。
夜なんて。
熱く。
クールに。
いけばいい。

暑い。
夜を。
熱い。
夜に。
変えてしまえばいい。

熱い。
夜を。
熱く。
クールに。
ぶっ飛ばしてしまえばいい。

熱い。
夜を。
熱く。
クールに。
楽しんでしまえばいい。

暑い。
夜だから。
熱い。
夜にして。
生きてしまおう。

暑い。
夜なんて。
熱く。
クールに。
生き抜いてしまおう。



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2016/06/24 Fri *やっちまったなぁ / The Kinks

20160624kinkdom


帝国の。
栄誉とか。
尊厳とか。
その。
名残、残り香。

そいつが。
他の何物よりも。
大切なのだと。
愛しいのだと。
そういうことかな。

もう。
その。
気障とすら言えない。
嫌味にすら近い。
伝統に対する偏愛。

まったく。
どこまで。
偏屈なのだか。
呆れて。
ものも言えないけど。

その実。
そんな。
国民の。
そんな。
国だから。

惹かれて。
止まないし。
好きさ。好きさ。好きさ。
なのだが。
やっちまったなぁ。

『Kinkdom』'65年リリース。
キンクスの米国での4thアルバム。
ビートルズやストーンズも同様ですが。
この頃は英国と米国では異なる選曲、編集のアルバムがリリースされるのが通例で。
共通している特徴としては。米国ではシングル・ヒット曲を惜しげもなく収録する。
ユニオンの協定だとか、なんだとかで。米国ではアルバム収録曲は12曲まで。
そんなところかな。なので、正統は英国盤で。音質も英国盤が勝ると思いつつも。
兎に角。その時々のヒット曲をぶち込んで。後は限度まで何でもいいから入れとけな。
そんな、米国盤は米国盤で楽しかったり、面白かったりもするのですね。
さて。帝国を皮肉った様なタイトルを冠されたこのアルバムの中身ですが。
「A Well Respected Man」と「Who'll Be The Next In Line」、この2曲が当時のヒット曲。
そいつを入れておいて。後は前述の曲数制限の影響やらなんやらで。
この段階で米国では未発表となっていた曲をぶちこみました、そんな、やっつけ感で。
詳しくは調べていませんが。英国での発表時期からするとバラバラな選曲で。
思わず苦笑いしたくもなるのですが。それが何故だか。キンクスのガレージな側面。
そいつを引き立てる作用を果たしているようにも聴こえてくるから不思議なもので。
実際にキンクスってストーンズと並んで米国のガレージ・バンドには人気だったみたいで。
その影には、全米チャートの50位以内に入ったこのアルバムの存在もあったかなと。
「Dedicated Follower Of Fashion」とか「I’m Not Like Everybody Else」とかね。
その歌詞の内容も含めてガレージ・・・パンクですからねぇ。改めていいよなと。
またモノラル盤のザラザラしたラウドな音質も。相乗効果を生んでいるかな。
「I Need You」は誰かさんのせいで「うな重」に聴こえてしまうのですけどね(笑)。
そうそう。キンクスは当時ライヴで問題を起こして。米国には入国禁止だったのかな。
やっちまったなぁの最中だったわけですね。レイがどう思っていたかはわかりませんが。

帝国の。
栄誉とか。
尊厳とか。
その。
名残、残り香。

そいつが。
他の何物よりも。
大切なのだと。
愛しいのだと。
そういうことかな。

もう。
その。
気障とすら言えない。
嫌味にすら近い。
伝統に対する偏愛。

まったく。
どこまで。
偏屈なのだか。
呆れて。
ものも言えないけど。

その実。
そんな。
国民の。
そんな。
国だから。

惹かれて。
止まないし。
好きさ。好きさ。好きさ。
なのだが。
やっちまったなぁ。

米国主導の。
グローバリズムとやらには。
屈しないぜって。
そんな。
気骨のある主張なら。

それならば。
支持したいのだけれど。
どうも。
それよりは。
内を向いた理由が大きそうで。
懐古的で。
排他的な。
そんな匂いが。
どうにも強くて。
如何なものかと思ってしまう。

英国人の血なんて。
一滴も流れていないのに。
ユニオンジャックが大好きで。
目にするだけで。
血が騒いだりする質なので。

その実。
わからないでもないなと。
あの古き良き街並みに。
米国資本の。
ファストフードやカフェは似合わないと。

そりゃ。
フィッシュ&チップスだろうと。
紅茶だよ、紅茶と。
パブでギネスだろうと、
そう思いはするのだけど。

それこそ。
大英帝国が復活して。
米国とか。ロシアとか。中国とか。
その暴走を食い止めてくれるのなら。
歓迎もするけど。だけどねぇ。

それで。次はどの国の番なのかな・・・



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2016/06/23 Thu *孤高、孤高、普遍 / Van Morrison

20160623commonone


何を。
もってして。
普通だと。
常識だと。
するのか。

誰が。
何の権限で。
普通とか。
常識とか。
決めるのか。

わからない。
そもそも。
一人は一人。
独りは独り。
そうなのだから。

自分の普通は。
誰かの普通じゃなくて。
自分の常識は。
誰かの非常識。
そんなところ。

だから。
普通とか。
常識とか。
そいつには。
意味などなくて。

それを。
超えて。
感ずるもの。
通ずるもの。
そいつが大切なのだろう。

『Common One』'80年リリース。
ヴァン・モリソンの所謂、宗教三部作(?)の最初のアルバム。
確かにこの頃のヴァンは故郷アイルランドの民話やら神話やらに接近して。
そこから妙に神、宗教へと接近をしていた時期だったのかな。
元来、解釈の難しかった歌詞はいよいよ難解になっていって。
もう、なんだかねと。神秘的というか、ラインを遥か向こうへと超えてしまって。
これって。英語を母国語とする人でも理解できないのではないかなと。
もともと。そういう人ではあったけれど。どんどん孤高の人になっていったと。
恐らく、世間一般には殆ど相手にされず。熱心なファンもさほど聴いてはいない。
それがこの時期のヴァン、このアルバムに対する普通、常識的、一般的な評価かなと。
で、それがどうしたと。それを鵜呑みにして。聴かずに判断するなかれと。
それは確かに、15分を超える曲が2曲もあって。その内の1曲は御詠歌みたいだしと。
けして聴き易くはないし、ロック、ポピュラーのアルバムとしてはどうなのかと。
それでも。ここでもヴァンの歌声は。いつもの、あのヴァンの歌声であって。
その歌声に宿るもの、その届けてくれるもの、その包んでくれるものは変わらないと。
どんな曲調で。どんな歌い方をしようと。温かさ、深さ、厳しさ、そして優しさ。
ヴァンの歌声を耳にする度に感じられるものは、このアルバムにも現としてあるのです。
だからこそ。そうであるからこそ。ヴァンの歌声はあらゆる垣根を超えて。
高い評価を博し、愛されているのではないかなと。そう感じられるのですけどね。
ジャケットの独り山道を登る人物はヴァンその人なのか、どうかは分かりませんが。
孤高の道をいくヴァン。しかし実は。人は皆それぞれ独りで道を歩き、登っていて。
それは誰にも共通する、普遍の事実。それが故に誰もが共感できることであると。
そう考えると。実はヴァンの歌声、音楽というのは難しくもなんともないと感じるのです。

何を。
もってして。
普通じゃないと。
常識じゃないと。
するのか。

誰が。
何様のつもりで。
普通じゃないとか。
常識じゃないとか。
決めるのか。

わからない。
そもそも。
自分は自分。
誰かは誰か。
そうなのだから。

誰かの普通は。
自分の普通じゃなくて。
誰かの常識は。
自分の非常識。
そんなところ。

だから。
普通とか。
常識とか。
そいつには。
定型などなくて。

それを。
超えて。
震えるもの。
触れ合うもの。
そいつが大切なのだろう。

普通を。
疑え。
常識を。
疑え。
鵜呑みにするな。

普通に。
囚われるな。
常識に。
囚われるな。
鵜呑みにされるな。

一人を。
恐れるな。
独りを。
恐れるな。
徒に同調するな。

一人に。
立ち返れ。
独りに。
立ち返れ。
徒に巻かれるな。

一人で。
歩いてきただろう。
独りで。
登ってきただろう。
憶えているだろう。

一人で。
歩いてきたのだろう。
独りで。
登ってきたのだろう。
感じられるだろう。

普通を。
常識を。
超えて。
震えるもの。
触れ合うもの。

そいつを。
求めよう。
信じよう。
育てていこう。
それを普遍の事実にしていこう。



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2016/06/22 Wed *下書き、下絵、素描、デッサン / Pete Townshend

20160622scoopthree


下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
先ずはそこから。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先を急いでしまうと言うか。

頭に浮かぶのは。
頭の中で描けるのは。
完成形。
見せるもの。
聞かせるもの。

そう。
相手がいて。
披露するもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えて。
詰めて。
計算して。
組み立てては不得手で。

演じる。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る道筋とかには。
興味が沸かないらしい。

『Scoop 3』'01年リリース。
ピート・タウンゼントのデモを集めた第三弾となるアルバム。
実にアナログ盤三枚組、全31曲と言うボリュームとなっています。
ザ・フーのレコーディングに際しては実に緻密で完成形に近い。
そんなデモを持参して臨むことで知られているピートですが。
確かに、ソロ・アルバムに録音されたナンバーも含めて。
その完成度の高さはデモの域を超えているかなと感じずにはいられません。
しかも1曲の共作を含んで、当然ながら総て自らの筆によるもので。
更にはギターやシンセサイザーなど総ての楽器をピート一人で奏でていると。
何ともはや、緻密な下書き、下絵、素描、デッサンの集まりなのですね。
ここまで出来ているなら、やれるなら。他のメンバーいらないでしょうと。
そんな感想を抱きもしますが。実際に楽曲の骨組は変えようが無いのでしょうが。
繊細に過ぎると言えば過ぎる、このピートの世界に実体を与える為には。
ロジャー、ジョン、そしてムーニーの圧倒的な技量とその肉体性が不可欠だったのだと。
逆説的にその事実を証明しているアルバムとも言えなくはないかな。
それ程に。ここに収められているピートの世界は繊細、そして緻密に過ぎるのです。
過ぎるからこその線の細さ、それが唯一無二の魅力であることは言うまでもありませんが。
兎に角。これだけのデモを聴いていて。飽きるということが全くないのですからね。
この繊細で緻密な世界、その設計図があってこそのザ・フーだったのですよね。
様々なコンプレックスを抱えているピート。それを克服するが為の緻密さなのかな。
これだけの創作、作業をしていたら。窒息するのではないかとも思われるのですが。
その反動が、あのライヴでの荒々しさとなって表れているのでしょうね。
自分には決して描けない、下書き、下絵、素描、デッサン。故に憧れて止まないのです。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
なにはなくとも。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先だけが見えてしまうと言うか。

心に浮かぶのは。
心の内が描こうとするのは。
未来形。
見せたいもの。
聞かせたいもの。

そう。
相手がいて。
伝えたいもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えたり。
詰めたり。
計算したり。
組み立てたりは不得手で。

伝える。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る過程とかには。
興味が沸かないらしい。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
そいつを飛び越して。

最初から。
書いて。
描いて。
脚色して。
着色して。

そのまま。
それだけで。
直ぐにも。
舞台に上がって。
幕を開けてしまう。

演じて。
伝えて。
兎にも角にも。
やってしまえば。
なんとかなると。

そんな。
舞台度胸。
芝居根性。
備わっている。
それだけを頼りに。

出たとこ勝負の。
一発勝負。
それに賭けている。
それには長けている。
否、それしかできない。

だから。
リスクが高い。
周りが。
あたふたしてしまう。
そうなのだけど。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
どうにも、不得手なのだよね(苦笑)。



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2016/06/21 Tue *始まりの / Lightnin' Hopkins

20160621inthebening


今朝から。
目覚めた時から。
薄々。
感じてはいたけれど。
まぁ、そうなのだな。

これで。
何度目か。
考えたところで。
意味はない。
それなら、それまでだ。

もう一度。
原点に。
始めに。
戻って。
一からやるまでだ。

懐かしくも。
新鮮で。
悪くはないだろう。
思い新たに。
挑めばいいだけだ。

それに。
振り出しに。
戻るってことは。
また。
挑戦できるってことで。

新たに。
どうにでも。
創れるってこと。
そいつは望むところ。
また転がってやるさ。

『In The Beginning』'74年リリース。
日本独自編集のライトニン・ホプキンスのアルバム。
ジャケットはデビュー・アルバム『Strums The Blues』のものを使用しつつ。
そのアルバムからは代表的なナンバー「Katie Mae」など5曲が選ばれて。
そこに同年代の録音から中村とうようが選んだ9曲を追加した全14曲。
録音された年代は'46年~'49年で。所謂、再発見前のライトニンの。
その貴重かつ重要なライトニンの原点たるブルース。もう、これが凄いのです。
殆ど、総てがライトニンの弾き語り。せいぜいピアノとドラムスがついている。
それも、なんだか申し訳程度で。ライトニンの超絶な個性の影に隠れていると。
デビュー・アルバム(尤も、その前にSP盤は何枚かリリースされていたのですが)の。
そのタイトルにある様に。ただ弾いている、ただかき鳴らしているだけのブルース。
しかし。それだからこそライトニンの魅力、その何たるかがわかるのですね。
デヘデヘと、ドロドロと。歌っている、弾いている。そのエグさ、その凄味。
本当に。ただ歌っている、ただ弾いている。なのに、何かが違う、異なっている。
それがライトニンの生来のものなのか。貧困生活の中で身についたものなのか。
そのどちらともかな。兎に角。この時点で既にライトニンのブルースは成熟していたと。
勿論、再発見後の『Mojo Hand』もとてつもなく素晴らしいけれど。
そのブルースは。ここに。この原点に。その振り出しに。既にあったものなのです。
そう。ライトニンは。その生涯で膨大な録音を残していますが。
何度も、ここに立ち返り、それをぶれることなくやり続けた。それがライトニンなのです。
ブルース名盤シリーズの中の一枚だった。このアルバム。その名に恥じない名盤です。

今朝から。
目覚めた時から。
はっきりと。
見えてはいたのだな。
まぁ、そう言うことだ。

これで。
何度目か。
考えることもない。
定めなら。
それなら、それだけだ。

もう一度。
あの場所に。
始まりに。
戻って。
一から転がるまでだ。

懐かしさよりも。
新鮮さが。
勝るうちは。
その思いのままに。
挑み続けるだけだ。

それに。
振り出しに。
戻るってことは。
また。
創造できるってことで。

それこそ。
どうにでも。
破壊してもいいってことで。
それこそ望むところ。
またやってやるさ。

最初に。
やったのは。
転がったのは。
もう。
遥かな昔。

最初に。
転がったのは。
やったのは。
そう。
あの場所。

それから。
何度も。
何度も。
やってきた。
転がってきた。

そこから。
離れても。
何回も。
転がってきた。
やってきた。

さて。
ならば。
この時。
ここで。
原点回帰。

始まりの時を。
始まりの地を。
思い出して。
もう一度。
いま一度。

始まりの時に。
始まりの地に。
立ち返って。
もう一度。
いま一度。

振り出しに。
戻って。
新たな。
始まりの時を。
始まりの地を。



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2016/06/20 Mon *こんな週の始まり / Tuts Washington

20160620tuts


こんな。
週の始まり。
こんな。
月曜日。
それもいい。

湿った。
匂い。
澱んだ。
空気。
耐えられなくなったら。

匂いも。
空気も。
透き通るように。
輝かせてしまう。
魔法にかかりにいこう。

弾ませ。
転がせ。
たうたうように。
酔いしれている内に。
辺りが。包むものが。

少しずつ。
変わっていく。
異なっていく。
その様を。
感じにいこう。

そんな。
名人。
達人。
師匠。
作り出すものを感じにいこう。

『New Orleans Piano Professor』'86年リリース。
ニュー・オーリンズの名ピアニスト、タッツ・ワシントンの初めてのアルバム。
'07年生まれのタッツ。この時、既に79歳。何とも高齢にしてのデビューですが。
実は、知る人ぞ知る、と言うか。ニュー・オーリンズの音楽を語るには欠かせない人で。
あのプロッフェッサー・ロングヘアもアラン・トゥーサンも。そしてドクター・ジョンも。
皆が皆、タッツの弟子だったり薫陶を受けたりしているのですね。凄い人なのですね。
プロフェッサーは愛弟子らしいのですが。ドクターとかは孫弟子だったりするのかな。
なんでそんな凄い人が。アルバムを制作する機会に恵まれなかったのか疑問なのですが。
レコード会社に見る目、聴く耳が無かったのか。本人が無欲だったのか。
恐らくはその両方なのかな。そして恐らくはニュー・オーリンズのクラブ等では有名人で。
それこそ毎晩の様に、その華麗な指さばきで老若男女の心を弾ませ転がしていたと。
プロフェッサーは音楽では食えなくてギャンブラーを生業にしていた時期もあったそうで。
タッツも同様だったのかな。ただジャケットのこの表情、そしてそのピアノの音色。
そこには裏の顔と言った様な陰りが一切感じられないのもまた事実で。
そう。タッツのピアノ、その指先が奏でる、指先から弾き出される音は輝いているのですね。
ブルースでもありジャズでもあり。ラグタイムの如き演奏も聴かせるタッツ。
その技量の素晴らしさは言うに及ばず、その総てがまるで陽光の様に輝いている。
それこそがタッツのピアノの最大の特徴であり、最大の魅力なのです。
それはね。苦労をしてないわけがないだろうと。辛酸も舐めているだろうと思うのです。
それでも、いつも前を向いて真摯に、そして明るく楽しくピアノの前に座ってきたのだなと。
それが、その姿勢が指先に宿り、その音に宿ったのではないかと。そう感じざるを得なくて。
全編ピアノ・ソロのインスト(一曲だけ歌ってますが)にも関わらず。飽きることを知らないのです。

そんな。
週の始まり。
そんな。
月曜日。
それがいい。

沈んだ。
気分。
疲れた。
身体。
参ったなと思ったら。

気分も。
身体も。
浮き上がるように。
輝かせてしまう。
魔法にかかりにいこう。

弾まされ。
転がされ。
たうたうように。
酔わされている内に。
内側が。包まれたものが。

少しずつ。
蘇生されて。
再生していく。
その様を。
感じにいこう。

そんな。
名人。
達人。
師匠。
作り出すものに触れにいこう。

何も。
難しいことじゃない。
何も。
難しくすることはない。
簡単なこと。

ただ。
ちょっと。
足を延ばして。
扉を開けて。
椅子に座って。

後は。
感じるまま。
触れるまま。
そのままに。
そのままで。

弾んだり。
転がったり。
たゆたゆたったり。
趣き、趣くままに。
任せて。

輝きだすのを。
輝き始めるのを。
静かに。
自然のままに。
待てばいい。

こんな。
週の始まり。
こんな。
月曜日。
そこにも。

輝くものは。
あるのだと。
名人。達人。師匠。
教授は、先生は。
さり気なく示してくれるから。



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2016/06/19 Sun *どうせなら / Clifton Chenier

20160619redhot


どうせなら。
はっきりしてくれ。
降るのか。
降らないのか。
どっちなのか。

中途半端が。
そいつが。
一番、困るのだ。
切り上げ時が。
判断できないのが。

降るなら。
降るで。
いっそのこと。
天の底が抜けたほどの。
土砂降りで構わない。

涼しさも。
冷気も。
呼びはしない。
お湿り程度なんて。
一番、質が悪いのだ。

降るなら、降る。
濡らすなら、濡らす。
冷やすなら、冷やす。
そこのところ。
はっきりさせてくれ。

どうせなら。
半端な真似はしないで。
思いっきり。
振り切れてくれないか。
でないと。気持ちが悪いのだ。

『Live At The San Francisco Blues Festival』'85年リリース。
ザディコの王様、クリフトン・シェニエの'82年のライヴを収録したアルバム。
ブルース、R&Bにニューオーリンズならではのケイジャン・ミュージックを融合させ。
ザディコと呼ばれる音楽を創始したのがシェニエか、どうかは兎も角として。
その誕生、そして発展に一番の貢献をしたことは間違いのないところ。
故に、王様と称され。それに値するだけの活躍、活動を終生続けたのでした。
聴けば、耳にすれば。思わず踊りださずにはいられないのがザディコの特徴、いいところで。
その思いっきりのいい。半端のない吹っ切れ方がこの上なく心地が良いのです。
それがライヴともなると。尚のこと、聴く者を否応なく踊らせるその力が増すところで。
何枚かのライヴ・アルバムがリリースされていますが。その中でもよく知られた一枚です。
歓声がオフ気味で。やや臨場感に欠けるのが惜しまれるところではあるのですが。
ウォッシュボード担当の兄でもある(弟だったかな)クリーブランド・シェニエを始めとし。
三管のブラスセクションも含むレッド・ホット・ルイジアナ・バンドを従えて。
バンド名の如く、紅い炎の如く、熱い、熱いライヴを展開するシェニエなのです。
その音からも、アコーディオンを抱えて。蛇腹を開いたり閉じたりしながら。
奏で、歌い、そして踊り。観客を煽り興奮の渦に巻き込むシェニエの姿が目に浮かびます。
何とも言えないアコーディオンの音色、軽快に刻まれるウォッシュボードの響き。
ただ熱いだけではなく、哀愁、そして軽妙な味わい。それらも含んでのザディコ。
まさにケイジャン料理と同じく。そこには、ごった煮ならではの味わいが漂っているのです。
この決して上品とは言えない雑多で猥雑な味、匂い。そいつが堪らなく美味なのですよね。
味わいが増すなら、美味しくなるなら、何でもぶっこんでしまえ。その思いっきりの良さ。
これこそが。シェニエ、そしてザディコの最大の魅力です。一度味わったら病みつきです。

どうせなら。
はっきりしてくれ。
晴れるのか。
晴れないのか。
どっちなのか。

中途半端が。
そいつが。
一番、困るのだ。
覚悟のほどが。
判断できないのが。

晴れるなら。
晴れるで。
いっそのこと。
焼けつき、干上がるほどの。
カンカン照りで構わない。

暑さも。
湿気も。
纏わりつくだけ。
蒸し焼き程度なんて。
一番、質が悪いのだ。

晴れるなら、晴れる。
暑くなるなら、暑くなる。
焼くなら、焼き尽くす。
そこのところ。
はっきりさせてくれ。

どうせなら。
半端な心構えでなく。
思いっきり。
振り切ってくれないか。
でないと。居心地が悪いのだ。

そうさ。
確かに。
六月なんて。
梅雨だなんて。
中途半端な季節。

それは。
そうかも。
しれないが。
あまりにも。
どっちつかずじゃないか。

降るつもりが。
濡らすつもりが。
あるならば。
中途半端は止めて。
梅雨らしくしてくれないか。

降るつもりが。
濡らすつもりが。
ないならば。
中途半端は止めて。
梅雨も終わりにしてくれないか。

ただ。
じめじめ。
ただ。
しっとり。
纏わりつくだけ。

その。
中途半端な。
湿り気が。
湿り具合が。
どうにも気持ち悪い。

どうせなら。
思いっきり。
振り切れてみせて。
振り切ってくれないか。

こちらを。
もう。
どうしようもなくて。
踊るしかないくらいに。
させてくれないか。

どうせなら。



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2016/06/18 Sat *土曜日の夜 / Jimmy Liggins

20160618satudayniteboogiewoogieman


土曜日の夜。

なんだ。
かんだで。
今夜は。
そう。
土曜日の夜。

そいつは。
やっぱり。
普段と違う。
特別な。
意味を持っている。

なにが。
なくても。
なにも。
なくても。
土曜日の夜。

そいつは。
やっぱり。
いつもとは異なる。
特別な。
空気に包まれている。

そんな。
特別な。
夜だけに。
許される。
そんなものがあるのだろう。

土曜日の夜。

『Saturday Nite Boogie Woogie Man』'81年リリース。
ジミー・リギンスの'50年代録音からなる日本独自の編集アルバム。
ジョー・リギンスの弟として知られるジミー。
兄であるジョーよりも、いなたさ漂うジャンプ・ブルースが持ち味のジミー。
知る人ぞ知る存在のジョーよりも更に知名度の低いジミーです。
このアルバムが企画されなかったら。本当に誰にも知られずに。
このご機嫌なブグウギが永遠に忘れ去られるところだった。それを考えると。
ヴィッヴィドはいい仕事をしているなと。ジミーに、このアルバムに限らずですが。
さて。当初は音楽には興味を示さなったと言われるジミーです。
何でもボクサーとしてリングに立っていた時期もあるのだとか。それも廃業。
ジョーの運転手として働くようになって。やがてギターに興味を持って。
運転手の仕事の合間に独学でギターの練習を始めて、徐々に腕を上げて。
自分のレコードを録音したいと思うに至り、兄の所属するスペシャルティの社長に直訴。
社長は、兄のジョーにお伺いをたてて、ジョーは快諾して弟の背中を押したと。
こうして、一説では9人のミュージシャンを率いるバンドを編成して録音を始めたと。
デビュー曲「Drunk」、小ヒットとなった「Saturday Nite Boogie Woogie Man」など。
少なくとも十数曲は録音を残すものの。さしたる大ヒットを放つこともなくて。
やがて、人知れず表舞台から消えて行ってしまった模様です。
ジョーが、お洒落でソフィスケィテッドされていてドライヴするサウンドだったのに対し。
ジミーは、泥臭く、いなたく、そして力技でグイグイ乗せていくサウンドを持ち味として。
いきおい、下卑で、野卑な、そしてコミカルで飄々とした歌声が実に楽しいと。
死んじまったらそれまでよ、二度と生きられやしないぜ、だから俺についてこいよ。
俺はお前の土曜日のブギウギ・マン~ですからね。いやぁ、最高だよなと。
そんな思いで土曜日の楽しむしか、明日への活力を得ることができない。
そんな人々がね、昔も今も。世界中にいるってことです。自分自身も含めてね。

土曜日の夜。

なんとか。
かんとかで。
今夜は。
そう。
土曜日の夜。

そこには。
やっぱり。
普段と違う。
特別な。
意思が宿っている。

なにも。
ないけど。
なにも。
ないから。
土曜日の夜。

そこは。
やっぱり。
いつもとは異なる。
特別な。
思いに包まれている。

そんな。
特別な。
夜だけに。
許される。
そんなもので溢れている。

土曜日の夜。

飯も。
旨けりゃ。
酒も。
美味しい。
ご機嫌な夜。

音楽も。
歌も。
素晴らしく。
楽しい。
ご機嫌な夜。

ふわふわと。
酔いに任せて。
宵の中を。
漂ってしまえる。
ご機嫌な夜。

飲み足りないなと。
いつもの扉を開けて。
やっぱり、これだよなと。
グラスを重ねる。
ご機嫌な夜。

寂しい。
知らせに。
心が揺れて。
それでも繋がっている。
ご機嫌な夜。

揺れながら。
短い言葉に。
心と心、通わせて。
祈りを届ける。
ご機嫌な夜。

土曜日の夜。

今夜は。
今夜。
二度と。
来ない。
だから・・・ね。

土曜日の夜。



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2016/06/17 Fri *雨上がり / Muddy Waters

20160617aftertherain


雨上がりの。
夜空を。
見上げながら。
ため息をついて。
歩き出す。

やれやれと。
なんで。
今日に限って。
今夜に限って。
こうなるかねと。

本当に。
可哀想だよなと。
あの娘にも。
会えないしと。
呟きながら。

肩を落として。
すごすごと。
致し方ないことは。
致し方ないのだけど。
あんまりだなと。

雨上がりの。
路上に。
水たまりでも。
見つけたなら。
飛び込んでやろうかと。

やれやれと。
本当に。
今日でなくても。
今夜でなくても。
いいだろうにと。

『After The Rain』'69年リリース。
マディ・ウォーターズの異色作として知られるアルバム。
ずぶ濡れで蛙を握りしめたジャケットからして怪しい匂いが漂いますが。
『Electric Mud』に続く企画もので。マディを当時主流のロックに挑戦させようと。
そうすれば。便乗で売り上げも伸びるだろうと。如何にもチェスなアルバムだったと。
故に。当時は・・・今でもか。ブルース・マニアの間では散々な評価を受けていると。
確かに。あまりにロックでエレクトリックなサウンドをバックに歌うマディ。
異色といえば異色ですが。それが悪いかと言えば悪くはなくて。なかなかいいかなと。
『Electric Mud』に続いてジャズ界で名を馳せたギタリストが弾きまくっていて。
それに刺激を受けたのか。マディも正面から応戦。スライドも聴かせてくれています。
マディの全盛時代、それが'50年代であることは間違いないとは思いますが。
このアルバムのマディを、異色だからと否定してしまうのは勿体ないと感じるのです。
『Electric Mud』はサイケに過ぎたけど。このアルバムではそんなこともなくて。
あくまでもブルース・・・ブルース・ロックを堂々と歌い奏でるマディなのですね。
それが。実に堂々としていて。どうだ、本物って言うのは、こう言うことだぜと。
そう。まるで。鉛の飛行船にガチンコの凄さを示しているかの如くなのですよね。
マディが、それをやってしまったらおしまいだろうとの声も分かりますが。
だからこそ、そこが面白いとも言えて。既に降りた、退いた感のあったマディが。
久し振りに本気になっている。火をつけられて燃えていると。それはそれでいいかなと。
だってね。本家本元だからって。大御所然として構えているだけのマディなんてねぇ。
そうじゃなくて。まだまだ燃えるぞと、やれるぞと。そんな脂ぎったマディ。
そうこなくちゃ。ブルースじゃないじゃないですか。どこまでも異色作、例外ではあるけど。
このずぶ濡れ、びしょ濡れのマディ、そこに色気と凄みを感じるのですね。

雨上がりの。
夜道を。
歩きながら。
纏わりつく湿気も。
恨めしい。

やれやれだ。
なんで。
今日に限って。
今夜に限って。
こうなるのだろうと。

本当に。
寂しくて堪らない。
あの娘にも。
会えないしと。
愚痴りながら。

肩を竦めて。
とぼとぼと。
どうしようもないことは。
どうしようもないのだけど。
それでもだなと。

雨上がりの。
路上の。
水たまりを。
ひとつ残らず。
蹴散らしてやろうかと。

やれやれだ。
本当に。
今日でなくても。
今夜でなくても。
よかっただろうにと。

分かっているさ。
常じゃない。
いつもじゃない。
偶々。
こうなったのだってね。

でも。
だとしても。
その。
偶々が。
何で、今日、今夜なのか。

雨上がり。
ずぶ濡れに。
びしょ濡れに。
なる様な。
思いの中で。

雨上がり。
ずぶ濡れに。
びしょ濡れに。
なるのなら。
あの場所で。

まだまだ。
衰えない。
降りるつもりも。
退くつもりも。
全くありはしない。

そんな。
熱い。
燃える。
思いの中で。
濡れたかったなと。

雨上がりの。
夜空を。
見上げながら。
ため息ひとつ。
可哀想に。あの娘にも会えないし、さ。



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2016/06/16 Thu *胸が痛い / Tom Waits

20160616heartattackandvine


胸が痛い。

疼き。
侵され。
鈍く。
深く。
囁きかける。

どうしようもない。
どうにもならない。
だが。
忘れてはいけない。
忘れてはならない。

痛みを。
抑えようとも。
我慢しようとも。
それは。
誤魔化しに過ぎぬと。

そいつは。
してはならぬと。
それでは。
騙されぬと。
訴える。

見詰めるのだと。
対峙するのだと。
望もうと。
望むまいと。
事実から逃れられはしないのだと。

胸が痛い。

『Heartattack And Vine』'80年リリース。
トム・ウェイツの6枚目にしてアサイラムでの最後のアルバム。
酔いどれ詩人なる形容をされることの多いトムですが。
実のところ、その形容が似つかわしいのはアサイラム時代まで。
すなわち。このアルバムまでで。以降はその表現手法の変化が激しいかなと。
実際に、アサイラムと決別したのも次第に実験的になっていくトムの音楽性に関して。
アサイラムが、商業的ではないと難色を示した為だとか。
それを言ったら。そもそも最初から商業的では無い気もしますけどね。
恐らくは。ロック・シンガーとしては。このアルバムでやりたいことはやってしまったと。
トムとしては。そんな心境だったのではないかと思われるのですけどね。
有名な話ですが。私生活にも大きな変化があって。それが名曲を生み出してもいて。
新しい恋人、後の婦人キャスリーンに捧げた「Jersey Girl」がA面のラストで。
別れた恋人、リッキー・リー・ジョーンズに捧げた「Ruby's Arms」がB面のラストと。
アルバムの構成そのものでも重要な位置を占めているのです。
この配置が。普通に考えると逆なのではないかとも、思ったりもするのですけどね。
余談ですが。A面を何で終わらせるか。B面を、全体を何で終わらせるか。
そこまでを考えて制作されているアルバムは、やはりアナログ盤で味わいたいものです。
さて。強面の外見とは異なり。恐らくは繊細な人物であろうと思われるトム。
キャスリーンとリッキー。両人への想いが。胸が痛む、胸を刺す作品、歌声となっていて。
このアルバムでのトムの歌声を耳にした後では。スプリングスティーンは役不足かなとか。
改めてトムの表現力の深さ、素晴らしさに感じ入ってしまうのです。
別に力まなくても。胸の内を晒すことや、抉り取ってみせることはできるのですよね。
故に。針を落とすたびに胸を締め付けられるアルバムなのです。敵わないなぁ。

胸が痛い。

震え。
刺され。
鋭く。
奥底まで。
呟きかける。

どうすることができる。
どうすることもできない。
だから。
逃げてはいけない。
逃げてはならない。

痛みを。
散らそうとも。
相殺しようとも。
それは。
偽りに過ぎぬと。

そいつは。
してはならぬと。
それでは。
隠せないと。
告げる。

向き合うのだと。
追及するのだと。
叶おうと。
叶うまいと。
自分から逃れられはしないのだと。

胸が痛い。

囁きが。
呟きが。
微かでも。
細やかでも。
聞こえる限り。

忘れられない。
逸らせない。
逃れられない。
それが。
自分にとっての事実。

抑えても。
散らしても。
何度でも。いつまでも。
疼き。
震える。

侵され。
刺さり。
深く。
奥底まで。
鈍く。鋭く。

誤魔化しも。
偽りも。
効きはしない。
通用しない。
騙せるわけもない。

知ってしまったら。
感じてしまったら。
想ってしまったら。
もう。
対峙するしか、追及するしかない。

胸が痛い。
胸が痛い。
胸が痛い。
胸が痛い。
胸が、痛い・・・



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2016/06/15 Wed *要注意 / The Fabulous Thunderbirds

20160615thefabulousthunderbirds


注意。
注意。
要注意。
見逃し厳禁。
要注意。

そこの。
お兄さんも。
そっちの。
お姉さんも。
老いも若きも。

楽しいことが。
ご機嫌なことが。
好きならば。
大好きならば。
寄っておいで。

半端なく。
楽しく。
最高に。
ご機嫌な。
そんな夜が。

まもなく。
やっと。
ついに。
この街にも。
やってくる。

ちょいと。
お兄さん。
お姉さん。
要注意。
見逃し厳禁だぜ。

『The Fabulous Thunderbirds』'79年リリース。
テキサスのご機嫌な野郎ども、ファビュラス・サンダバーズの1stアルバム。
『Girls Go Wild』なる通称でも知られているアルバム。
そしてジャケットにある様に、総ての人々の注意を、注目を惹きつけるに十分な。
そんな楽しくて、鯔背で、粋で、何と言ってもご機嫌なロッキン・ブルースに溢れた。
まさに、これぞロックンロールな楽しさ、面白さに満ちているアルバムなのです。
そう。ファビュラス・サンダバーズは最初から最高にご機嫌なバンドだったのです。
ジャケットに写る、キム・ウィルソンもジミー・ヴォーンも未だ初々しくて。
特にキムは後年の胡散臭さには欠けますが・・・でも微妙かな(苦笑)。
そのサウンドも初々しくて。ストレートにロックして、ブルースしてと。
何の衒いも無く、生真面目に真っ向勝負な感じが実に好感の持てるところなのですが。
特にブルース・ナンバーにおける、そのサウンド、その演奏。
その真正面からブルースに挑みながらも、軽快に聴かせてみせるところなど。
ファビュラス・サンダバーズならではで。思わず微笑んでしまうのです。ご機嫌だぜと。
長らく商業的成功とは無縁の時代が続くことになるファビュラス・サンダバーズですが。
何のことは無い。世間が、人々が見落としていた、聴き逃していた。それだけのことで。
最初から真っ当にやるべきことをやって。魅力的なロックンロールを奏でていたのです。
真っ当なロックンロール・・・実はそれこそが、簡単な様でいて難しくて。
それをデビュー時からやってのけて。そして今でもやり続けていると言うところが。
如何に大変で、如何に素晴らしくて、如何に信用できることであるか。堪りません。
そう。このアルバムを、このロッキン・ブルースを、このロックンロールを聴いたのなら。
その気にならなくちゃ、いかした女の娘とは言えないよね、などと思うのです。
勿論、ガキも、野郎も、御爺ちゃんも、御婆ちゃんも。その気にならなくてはってとこですけどね!

注目。
注目。
要注目。
見逃し厳禁。
要注目。

そこの。
兄ちゃんも。
そっちの。
姉ちゃんも。
爺ちゃん、婆ちゃんもガキどもも。

楽しくなるぜ。
ご機嫌になれるぜ。
隠しても無駄です。
大好きですよね。
見ておいで。

最高に。
楽しく。
半端なく。
ご機嫌な。
そんな夜が。

もうすぐ。
とうとう。
ここに。
この街にも。
やってくる。

ちょいと。
兄ちゃん。
姉ちゃん。
要注目。
見逃し厳禁だぜ。

要注意。
要注目。
楽しく。
ご機嫌に。
生きたいのなら。

見逃しちゃ。
見過ごしちゃ。
いけない。
そんなものがある。
そんな時がある、

気になるでしょう。
引っ掛かるでしょう。
そんな時は。
格好つけてないで。
素直になることだ。

そいつが。
こいつが。
嫌いじゃないと。
好きなのだと。
大好きなのだと。

少しでも。
感じるのなら。
寄っておいで。
見ておいで。
参加しにおいで。

注意。
注意。
要注意。
見逃し厳禁。
要注意。

その気に。
してくれるぜ。
その気に。
なれるぜ。
そんな夜は逃しちゃならない。

要注意!
見逃し厳禁!
そう言うことだ。
それだけだ。
宜しく頼むぜ。



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2016/06/14 Tue *同じで、いい / J.J. Cale

20160614okie


同じ。
昨日と。
いつかと。
かの日と。
同じ。

その日も。
あの日も。
同じ。
空気の中。
匂いの中。

今日も。
また。
同じ。
空気の中。
匂いの中。

同じ。
月の下。
レコードに。
針を落として。
ブルースの中に。

それが。
これが。
俺のリズム。
俺のブルース。
同じ足どり。

そいつが。
心地よい。
こいつが。
堪らない。
同じ、でいい。

『Okie』'74年リリース。
オクラホマ出身のJ.J.ケイルの3rdアルバム。
アルバム・タイトルはオクラホマ出身の人間を指す言葉だとか。
ナッシュビルでの録音を中心に、ケイルの自宅スタジオでの録音も含むとか。
ケイルと言うのは。その音楽性からは想像し難いところもあるのですが。
何でも先端の技術とかに興味を強く抱く人で。いち早く自分のスタジオを持って。
最新の機材を取り入れては喜々として操作するタイプの人だったみたいです。
そこから生まれてくる音楽が、実に緩い感じなのが面白いところですけど。
何せ、ギターも歌も。上手いのだか、下手なのだかわからなくて。
もう、ここまで徹底されると。ヘタウマとかじゃなくて。これがケイルなのだと。
そう納得するしかないのですよね。それを好きになれるか、どうか。
そこでケイルに対する嗜好が分かれるのでしょうね。自分は大好きなのですけどね。
何しろ、これほど聴いていて心地よい、堪らない音楽もそうはないですから。
もっと言うと。これほど、何もしなくていいのだと、思わせてくれる音楽はないと。
このアルバムにも、そんな緩い音楽、ギターと歌声がたっぷりと収められていて。
「Cajun Moon」「Rock And Roll Records」「I Got The Same Old Blues」と。
珠玉のケイルならではのナンバーが実になんとも弛緩させてくれるのですよね。
細部まで拘って聴けば異なるのでしょうが。ケイルも言わば金太郎飴の人なので。
どのアルバムを聴いても。基本的には皆同じと言えば同じなのですが。
この金太郎飴は噛めば噛むほど味が出るので。クラプトンを始め、多くの人が魅せられたと。
変化すること、進歩すること、全力疾走するだけが正しいことではない、総てではない。
好きなもの、好きなこと。本当に好きならば同じでもいい、同じで構わない。
そんなことを、決して声高ではなく穏やかに緩く語りかけてくれるケイルなのです。

同じ。
昨日と。
いつかと。
かの日と。
同じ。

その日も。
あの日も。
同じ。
空気の中。
匂いの中。

今日も。
また。
同じ。
空気の中。
匂いの中。

同じ。
月の下。
レコードに。
針を落として。
ブルースの中に。

それが。
これが。
俺のリズム。
俺のブルース。
同じ足どり。

そいつが。
心地よい。
こいつが。
堪らない。
同じ、でいい。

同じ。
月の下を。
歩いて。
同じ。
空気を吸って。

同じ。
レコードに。
針を落として。
同じ。
匂いに包まれて。

同じ。
ブルースに。
纏わりつかれて。
同じ。
憂鬱を友とする。

変わらない。
進みもしない。
慌てて。
駆け出しもしない。
緩く穏やかに。

昨日も。
いつかも。
かの日も。
その日も。
あの日も。

明日も。
いつかも。
かの日も。
その日も。
あの日も。

同じ。
だった。
同じ。
だろう。
それもいい。

同じ。
月の下。
レコード。
ブルース。
同じで、いい。



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2016/06/13 Mon *緩やかに落ちる / Ry Cooder

20160613boptillyoudrop


どう。
考えても。
もう。
既に。
半ばは越えている。

どう。
足掻いても。
もう。
既に。
峠は越えている。

あとは。
緩やかにしろ。
転げ落ちるにしろ。
下って。下って。
終着点まで。

なのに。
未だに。
落ち着かない。
収まらない。
困ったものである。

面白そう。
楽しめそう。
妖しそう。
危なそう。
大好きなのだよね。

落ちるまで。
堕ちるまで。
こうなったら。
緩やかに。
踊り続けてみるしかないかな。

『Bop Till You Drop』'79年リリース。
ライ・クーダーの恐らくは8枚目となるソロ・アルバム。
マニアックな、通好みのアルバムが多いライですが。
その中ではこのアルバムは比較的世間にも受け入れられたのかな。
R&Bのカバーを中心とした選曲の影響でもあるのか。
穏やかで。そしてどこか懐かしい。そんな親しみ易い手触りがあります。
日本でも「Go Home Girl」がテレビのCMに使われたりもして。
この頃から熱心な音楽ファン以外にも聴かれる様になったのかな。
それまでは。かく言う自分も。キースがフレーズを盗んだ相手としてだけ。
そんなロック伝説上の人物としてしか認識していなかったですしね。
だから勝手に妙に年老いた人物を想像していたりもして。
そんなミュージシャンズ・ミュージシャンのままで終わっては勿体ないと。
ライ自身が思ったのか。レコード会社主導だったのかは分かりませんが。
ちょっと勝負をかけてみたと。そんなアルバムだったのかも。
ジム・ケルトナーやデヴィッド・リンドレー、それにチャカ・カーンも参加して。
穏やかながらも、華やかというか、艶やかというか。そんな花が咲いた様なサウンド。
ライのアルバムで、これだけキャッチーなのも珍しいかなと。
未だ未だ、一花も二花も咲かせてやるぜってところだったのかな。
それでも。どこまでも穏やかで、優しく。緩やかに時が流れるのがライならでは、かな。
そうそう。確かリリース当時はロック界初のデジタル録音って触れ込みで。
流石はライ。最先端の技術にも貪欲に挑戦している、なんて持て囃されていましたっけ。
いま、落ち着いて聴くと。ドラムスなんかはシャリシャリ言っていて。如何にも軽くて。
そのサウンドが画竜点睛を欠いているのが、なんとも悔やまれるところかな。

どう。
考えても。
もう。
既に。
半ばは過ぎている。

どう。
足掻いても。
もう。
既に。
峠を下り始めている。

あとは。
安全に留意しようが。
今まで通りに突っ走ろうが。
下って。下って。
終着駅まで。

なのに。
未だに。
尻が着かない。
腰も収まらない。
如何なものかである。

面白いなら。
楽しめるなら。
妖しそうなほど。
危なそうなほど。
大いに誘われるのだよね。

落ちるまで。
陥るまで。
こうなったら。
緩やかに。
踊り続けていくしかないかな。

もはや。
往時を。
頂点を。
遠く離れて。
遥か彼方。

されど。
なんだか。
これで。
上がりだとか。
終わりだとか。

もう。
分かったとか。
悟ったとか。
十分だとか。
満足だとか。

そんなことは。
感じもしないし。
思いもしないし。
確かに。
草臥れてはいるけれど。

それでも。
探している。
求めている。
乾いている。
飢えている。

早くは。
走れない。
高くは。
跳べない。
軽やかには転がれない。

それでも。
穏やかに。
緩やかに。
踊り続けること。
それなら。なんとかなるだろう。

だから。
落ちてみませんか。
堕ちてみませんか。
陥ってみませんか。
緩やかに。そして妖しく(笑)。



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2016/06/12 Sun *そんなことは、どうでもいい / The Paul Butterfield Blues Band

20160612thepaulbutterfieldbluesband


何処で。
生まれようと。
何処で。
育とうと。
そんなことは。どうでもいい。

肌の色が。
何色でも。
瞳が。
何色に輝こうとも。
そんなことは。どうでもいい。

公的な書類とやらに。
記載された。
国籍も。
性別も。
そんなことは。どうでもいい。

国家とか。
市区町村とか。
勤務先とかから。
与えられた。
番号になど何の意味も無い。

例えば。
今夜。
この街角に。
流れている。
ご機嫌な音楽に。

反応するのか、しないのか。
共鳴するのか、しないのか。
熱くなれるのか、なれないのか。
それだけが。
俺達を結びつけているのだ。

『The Paul Butterfield Blues Band』'65年リリース。
歴史的なポール・バターフィールド・ブルース・バンドの1stアルバム。
アルバムとしての完成度は次作、『East-West』が優るかもしれませんが。
このアルバムには。完成度云々とは別の大きな意味、意義があると思えるのです。
シカゴで生まれて。初めはフルートを習っていたと言うバターフィールド。
やがてブルースの虜になって。ブルース・ハープへと転向。
カレッジで同じくブルースの虜になっていたエルヴィン・ビショップと意気投合。
ドロップ・アウトして。ミュージシャンの道を進み始めることになります。
シカゴと言う土地柄か、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフとも親交が出来て。
リトル・ウォルターやオーティス・ラッシュとセッションをしたこともあったとか。
やがて。マイケル・ブルームフィールド等も加わり徐々に陣容が整い。
更にはウルフと一緒にやっていたアフリカ系米国人のリズム・セクションが参加して。
シカゴは言うに及ばず、東海岸のクラブを興奮の坩堝に叩き込んでいったと。
そんな活動を数年間続けて。満を持して制作されたのがこのアルバムだったのです。
そう。人種の壁を越えてブルースに魅せられた者達のバンドであったこと。
そして。その最初のアルバムが’65年にリリースされていたこと。
これらが歴史的なのです。人種差別の色濃い時代にいち早くブルースだけを絆として。
この先駆者達は越境者として世界に打って出ていたのです。
ブルースブレイカーズや、クリームより先んじてブルース・ロックの礎を築いたのです。
ブルースに「Sweet Home Chicago」がある様に。ブルース・ロックにもアンセムが。
このアルバムのA面1曲目を飾る「Born In Chicago」があるのです。
「Born In Chicago」他の熱い演奏がブルースであろうと、ブルース・ロックであろうと。
そんなことは。どうでもいい。共に感じ、震え、熱くなれればそれでいいのです。

生まれが。
異なろうと。
育ちが。
異なろうと。
そんなことは。どうでもいい。

肌の色。
瞳の輝き。
何色だろうが。
何色に見えようが。
そんなことは。どうでもいい。

国籍。
性別。
記号としての。
意味しか持たない。
そんなことは。どうでもいい。

背中に。
番号を。
振られ様とも。
監視され様とも。
管理などされないものを持っている。

例えば。
今夜。
この店で。
奏でられている。
ご機嫌な音楽に。

反応してしまう、せざるを得ない
共鳴してしまう、せざるを得ない。
熱くなってしまう、ならざるを得ない。
それだけで。
俺達は十分に結び付けられるのだ。

故郷や。
出身地。
話の種にはなるし。
食事の好みとか。
応援しているチームとか。

そんな。
違いはあって。
からかいや、競い合い。
そんなことは。
あるけれど。

それだけのこと。
どこで獲れようが。
どこから来ようが。
いま、ここにいる。
それだけでいい。

男同士の話や。
女同士の話や。
地元だけの話もあるけれど。
いま、ここに集っている。
それだけでいい。

番号なんかからは。
分らない。伺えない。
それぞれの思いを胸に。
言葉など必要としていない、
それだけでいい。

ブルースが好きで。
ロックが好きで。
ロックンロールが好きで。
女が大好きで。男が大好きで。
それだけでいい。

何処で。
生まれようと。
何処で。
育とうと。
そんなことは。どうでもいい。

俺たちは。
ブルースの、ロックの、ロックンロールの。
中で生まれて。
中を生きている。
それだけでいい。



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2016/06/11 Sat *ジャンプ / The Rolling Stones

20160611getyeryayasoutukorg


ジャンプ。
今すぐ。
その場で。
地面を蹴って。
跳び上がれ。

背負っている。
引き摺っている。
そんなものは。
一先ずは。
置いておいて。

少しでも。
より高く。
より遠く。
重力に逆らって。
地面から離れよう。

取り敢えず。
離れて。
少し浮いたところで。
現の憂さを。
晴らしてしまおう。

満面の笑みを。
浮かべて。
両手を。
空に突き上げて。
跳んでしまおう。

何か。
いいこと。
何か。
楽しいこと。
この地から離れて探してみよう。

『Get Yer Ya-Ya's Out !』'70年リリース。
ローリング・ストーンズの正統な初めてのライヴ・アルバム。
『Got Live If You Want It !』は英国ではリリースされなかったので。
英国デッカでのアルバムを正統とするならば、そういう位置づけになるのですね。
そして初めてモノラル盤が制作されなかったアルバムであり。
在籍中にデッカよりリリースされた最後のアルバムともなっています。
様々な側面、意味でストーンズの歴史の転換点に位置したアルバムだったのです。
前年の久し振りの全米ツアーからMSG公演を中心に収録されていて。
ミック・テイラーが参加しての初めてのライヴ、ツアーでもあって。
また、数年間のブランクの間にPA等の進歩によりライヴの在り方も変わってしまったと。
そんな、言わば逆風だらけの状況でライヴ活動を再開したストーンズです。
ブートレッグ対策でリリースされたとの説が有名で。確かにその側面もあったでしょうが。
何より、生まれ変わった、新生ストーンズの姿を堂々と披露したかったのではと。
そんなことを感じてしまうのですよね。実際にそれだけの手応えはあったと思うし。
未だ未だ完成されていない、粗削りな部分はあるにせよ。キースとテイラーの2人。
その2本のギターのコンビネーションがグイグイとバンドを引っ張っていて。
新しい時代へと突入するその狭間で。改めてロックンロールバンドとしての底力。
特にライヴにおける凄味を示してみせたのがこのアルバムだったのではないかと思います。
数年前に漸く完全版として陽の目を見ましたが。自信の表れからか。
ストーンズ自体は当初からオープニング・アクトも含む複数枚でのリリースを狙っていて。
デッカが強硬に反対したことによって亀裂が決定的になったとの話もありました。
地面を、地平を蹴って。次の時代へとジャンプしてみせたストーンズ。痛快そのものです。
ところで。何でジャケットがジャンプするチャーリーと驢馬だったのでしょうかね・・・

ジャンプ。
今がその時。
この場で。
地面を蹴って。
跳び上がれ。

重すぎる。
荷物ならば。
そんなものは。
一先ずは。
誰かに押し付けて。

少しでも。
より高く。
より遠く。
引力に逆らって。
地平から離れよう。

取り敢えず。
離れて。
少しの間でも浮かびつつ。
現の嘆きを。
忘れてしまおう。

満面の笑みと。
突き上げた両手と共に。
跳んでしまおう。
その勢いで。
浮かんでしまおう。

何か。
いいこと。
何か。
面白いこと。
この地から離れて探してみよう。

この。
社会。
この。
世界。
おかしくて。危なくて。

この。
世の中。
その。
仕組み。
怪しくて。危うくて。

一日も。
一瞬も。
気を抜けない。
気を許せない。
そんな時だから。

暫し。
蹴って。
跳んで。
離れて。
浮いて。

少しでも。
より高く。
より遠く。
いいこと。
楽しいこと。面白いこと。

観て。
聴いて。
感じて。
やって。
再生しよう。

新たな時には。
新たな自分で。
笑顔と共に。
立ち向かおう。
転がり続けよう。

だから。
高く。
遠く。
思い切り。
ジャンプ!



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2016/06/10 Fri *今日に明日の / Cream

20160610goodbyeukorg


今日に。
明日の。
お別れを。
そうさ。
そういう事。

今日は。
今日で。
無事に。
迎えられたけど。
そうそう上手くはいかない。

明日は。
明日で。
上手くいくかどうか。
それどころか。
迎えられるかどうか。

そいつばかりは。
誰にも。
分かりはしない。
そいつばかりは。
どう転ぶか予想もできない。

だから。
今日は。
出会って。
話して。
共にあったけれど。

笑顔の裏で。
心の中で。
さよならを。
口にする。
明日がどうでもいい様に。

『Goodbye』'69年リリース。
クリームの4枚目にしてラスト・アルバム。
そうなのです。クリームのオリジナル・アルバムは僅か4枚なのです。
しかも。このアルバムがリリースされた時には既に解散したいたと。
当初は前作と同じ様にスタジオで1枚、ライヴで1枚の2枚組の構想だったとか。
ところが。既にクリームにはそれだけの精神力も体力も残ってなかったと。
結果、ライヴ録音3曲に、スタジオ録音3曲の1枚ものとなりました。
エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー。
3人が3人とも超絶的なプレイヤーであると同時に、もの凄いエゴの塊でもあって。
それをコントロールしていたのがプロデューサーのフェリックス・パッパラルディですが。
凄腕のパッパラルディをもってしても、もう限界を迎えていたのでしょうね。
「I’m So Glad」「Politician」「Sitting On The Top Of The World」と続くライヴ。
その凄まじさは変わらずに素晴らしいものですが。既に火花を散らすと言った域を超えて。
お互いに相手を本気で潰しにかかっている。隙があれば、なんてものではなくて。
真正面から白刃で切り結んで。力比べをしているかの如き殺気と迫力なのです。
聴いている者でさえ、疲れを感じざるを得ないので。本人達はさぞやと思われます。
「Badge」に代表されるスタジオ録音には吹っ切れた感覚が溢れていますが。
この青空に抜ける感じが。解散が決まったからこそのものであること。
そこに。如何にクリームが煮詰まって限界を迎えていたのかを感じてしまうのです。
3人が3人とも。お互いの技量を認めて、新たな高みを目指して集結して。
切磋琢磨して高みへと上り詰めた。しかし次の瞬間にはお互いに相容れなくなっていた。
やはり。明日のことなど。誰にも分りはしないのだなと。諸行無常の響きありと。
解散後にリリースすることが前提で録音、制作された。明日への遺言状。
されどあまりにも魅力的で。故にパッパラルディは夢をもう一度とマウンテンに向かうのですね・・・

夕暮れに。
明け方の。
お別れを。
そうさ。
そういう事。

今日は。
今日で。
無事に。
暮れそうだけど。
そうそう続くとは限らない。

明日の
明け方に。
続くかどうか。
それどころか。
明けるかどうか。

そいつばかりは。
誰にも。
分かりはしない。
そいつばかりは。
どう動くか予想もできない。

だから。
今宵も。
そ知らぬふりで。
過ごして。
共にあったけれど。

笑顔の裏で。
心の中で。
さよならを。
告げている。
明け方が来なくてもいい様に。

今日は。
今日で。
それだけで。
明日ではない。
明日にはできない。

今日は。
今日で。
意識もせずに。
過ごせたけれど。
それだけのこと。

今日と。
同じ。
明日など保証はない。
今日が。
明日に続くとは限らない。

今日の。
出会いが。
明日へと。
続くものなのか。
知る由もない。

今日の。
笑顔が。
会話が。
明日もあるのか。
どうして知れようか。

だから。
今日に。
明日の。
夕暮れに。
明け方の。

さよならを。
別れを。
口にしよう。
告げておこう。
悔いの残らぬように。

一期は。
夢よ。
今日に。
明日の。
お別れを。



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2016/06/09 Thu *最後の仕事 / Traffic

20160609johnbarleycornmustdie


種を。
蒔けたら。
いつか。
芽が出る様にと。
種を蒔けたら。

そして。
芽が出る可能性を。
あらゆる可能性を孕んだ。
芽が出る様に。
種を蒔けたら。

そこで。
終わり。
そこまでが。
俺の。
最後の仕事。

その為に。
如何に。
萌芽の可能性を高められるか。
様々な種類の萌芽を促せるか。
徹底的に追及して。

そして。
考えうる。
出来うる。
最善の術で。
種を蒔けたら。

その。
萌芽の様を。
見届けたなら。
後は。
去るのみ。それでいい。

『John Barleycorn Must Die』'70年リリース。
トラフィックの3枚目となるアルバム・・・なのですが。
この時、トラフィックは既に解散状態にあって。
ウィンウッドはかのブラインド・フェイスに参加していたのですが。
ご存知の様にそのスーパー・グループはあっさりと空中分解。
スティーヴ・ウィンウッドはソロ・アルバムとして制作を始めたと。
それに際して協力をしたのがクリス・ウッドとジム・キャパルディだったと。
トラフィックのメンバーの絆の強さを感じるのと共に。
おそらくは、ウィンウッドにも、ウッドにも、キャパルディにも。
それぞれにトラフィックとしてやり残したとの思いが強かったのではないかと。
それで確か、このアルバムの制作中にトラフィックとしての活動再開が発表されて。
このアルバムもトラフィックのアルバムとしてリリースされることになったと。
アルバム・タイトルにも引用され、収録されている「John Barleycorn」なるナンバー。
元々は古くから伝わる酒造りの過程に人の一生を仮託したかの古謡なのですが。
このナンバーや続く「Every Mother's Son」なる長尺のナンバー。
そこにはロックもソウルもジャズもそしてトラッドも。その総ての要素が含まれていて。
それらを融合させつつ、新たな音楽が生み出される。その萌芽の瞬間に立会っている様な。
そんな静謐でありながらも劇的な興奮を感じさせられます。
真の意味でのプログレッシブなロック、音楽がそこにあるのです、感じられるのです。
このアルバムを聴くだけでも。トラフィックが如何に素晴らしいバンドだったかと。
そして。その中心となっているのは勿論ウィンウッドで。
制作の経緯も関係しているのでしょうが。ドラムスと管楽器以外は殆どウィンウッド。
キーボードだけでなく、ベースでも、ギターでも。卓越してセンスと技量を発揮しています。
トラフィックのフォロワーが思い浮かばないもの、当然のことかなと感じるのですね。

種を。
蒔くこと。
いつか。
芽が出るその日の為に。
種を蒔くこと。

そして。
その日が来る可能性を。
その日、様々な芽が出る可能性を。
少しでも高められる。
種を蒔くこと。

それが。
目的地。
そこまでが。
俺の。
最後の仕事。

その為に。
如何に。
萌芽の為の刺激を与えられるか。
様々な可能性を示せるのか。
徹底的に追及して。

そして。
考えうる。
出来うる。
最善の仕掛けで。
種を蒔けたら。

その。
萌芽の様を。
見届けるだけ。
後は。
消え去るのみ。それでいい。

如何に。
時が流れようと。
時代が変わろうと。
人の営みが。
続くのであれば。

如何に。
頼りなかろうと。
もの足りなかろうと。
理解不能でも。
危なっかしくても。
伝えるべきものは。
伝えて。
盗めるものは。
盗ませて。
やらねばならぬ。

そうして。
気づきの。
変化の。
機会だけは。
与えてやらねばならぬ。

そこまで。
やれたなら。
そこまで。
見届けたなら。
それでいい。

後は。
続く者が。
残る者が。
思うが様に。
すればいい。

できるのは。
種を蒔いて。
水をやり。
栄養を与え。
萌芽させるまで。

そこから先は。
どの様に。
枝を伸ばし、葉を繁らせるのか。
どんな。
花を咲かせるのか、咲かせられないのか。

それは。
これからの。
次の世代。
次の時代の担い手達に。
任せればいい。

種を。
蒔くだけ。
いつか。
芽が出る様にと。
種を蒔くだけ。

最後の仕事に勤しんでいる。



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2016/06/08 Wed *葛藤が/ Robert Palmer

20160608riptide


潮流と。
潮流が。
ぶつかって。
せめぎ合って。
渦を巻いている。

進むのか。
引くのか。
乗るのか。
留まるのか。
その境目。

激しい思い。
止められない思い。
そのままに。
進み。
乗る。

それが。
その結果が。
もたらす。
生々しく。
甘美な悦び。

そいつを。
知っている。
そいつを。
覚えている。
忘れられない。

だから。
このまま。
溺れてもいいと。
溺れてしまいたいと。
誘われもする。

『Riptide』'85年リリース。
ロバート・パーマーの世界的、大ヒット・アルバム。
「Hyperactive」「Discipline Of Love」など魅力的なナンバーが収められたアルバム。
中でも。「Addicted To Love」があの余りにも印象的なプロモと共に流れまくって。
MTVの効果、恩恵を最大に活かし、享受することになりました。
それまで中堅どころの実力派ヴォーカリストだったパーマー。
言わば、知る人ぞ知る存在に過ぎなかったパーマーは一躍大スターになったと。
なんだか。このジャケットのパーマーはそれを予感・・・確信していたのかなと。
この、余裕をかました、気障と言ってもいい程の笑顔がね、憎たらしいなと。
パーマーを敬愛していたデュラン・デュランのメンバーに声を掛けられて。
パワー・ステーションに加わって。その成功で手応えを掴んだのでしょうね。
パワー・ステーションでのツアーの誘いを蹴って。このアルバムの制作に臨んだと。
(代わりにツアーに加わったのがマイケル・デ・バレスだったのですね・・・)
大胆な、パーワー・ファンクとも呼ぶべきサウンドとパーマーのソウルフルな歌声。
その生み出す相乗効果に絶対の自信があったのでしょう。実に見事な歌い振りなのです。
流行のサウンドに乗りながらも。決して、ただの売れ線狙いに陥っていない。
そこにはパーマーの自信と、そしてその揺るぎない、素晴らしい歌声が根底にあったと。
実際、シックのリズム隊を起用して。そのシックのバーナード・エドワーズがプロデュース。
そんな強靭で弾むサウンドに負けずに。ただ対抗するのではなく。
艶っぽく、婀娜っぽく歌ってみせる。そんな芸当が出来るのは相当なものだなと思います。
なにせ。最初のソロ・アルバムをニューオーリンズで録音。バックはミーターズだったと。
その後もレゲエに接近、吸収するなど。実力だけでなく冒険心も持ち合わせているので。
やはりパーマーならではこその。このアルバムだと言えるのではと感じるのですよね。

潮流と。
潮流が。
ぶつかって。
せめぎ合いながら。
渦が次々に生まれる。

いくのか。
止めるのか。
飛び込むのか。
引っ込むのか。
その境目。

激しい思い。
止められない思い。
そのままに。
いき。
飛び込む。

それだけが。
その決意だけが。
生み出せる。
妖しくも。
至福の歓び。

そいつの。
感触を。
そいつの。
肌触りが、手触りが。
甦る。

だから。
このまま。
溺れてもいいと。
溺れてしまえと。
誘われもする。

このまま。
誘われるまま。
溺れてしまえ。
呑み込まれてしまえ。
そう囁く声がする。

ここまでで。
絶つのだと。
溺れる前に。
律するのだと。
そう囁く声がする。

思いと。
思いが。
ぶつかって。
せめぎ合って。
葛藤が渦を巻いている。

生々しく。
甘美な悦び。
妖しくも。
至福の歓び。
忘れられない。蘇る。

生々しく。
乾かない傷口。
流れ続ける。
血の鮮やかさ。
忘れられない。蘇る。

規律など。
倫理など。
悦びや、歓び。
その前では。
意味をなさない。

それは。
知っている。
知っているから。
立ち止まる。
飛び込まずに躊躇う。

思いと。
思いが。
ぶつかって。
せめぎ合い。
葛藤が次々と生まれる。生まれ続けている・・・



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2016/06/07 Tue *これと言って / Status Quo

20160607aintcomplaining


いや。
その。
特に。
これと言って。
理由はないのだけど。

どうも。
その。
なんだろうな。
もうひとつ。
その気にならないと言うか。

こう。
その。
グッと。
くるものが。
沸いてこなくて。

なんだか。
その。
やっても。
やらなくても。
同じかなみたいなね。

だから。
その。
どうにも。
本音とか。
本気とか。

そんなものを。
出すとか。
賭けるとか。
そんなレベルにないなと。
流してしまおうかなとかね。

『Ain't Complaining』'88年リリース。
ステイタス・クォーの通算で19作目(だったかな?)のアルバム。
何でも。このアルバムで連続していた全英TOP10入りの記録が止まったのだとか。
それでも。12位まで上がったらしいので。惜しかったよねと。
それよりも。ぞれまで、14年連続全英TOP10入りしていたって言うのが凄いなと。
しかも。恐らく、そのうちの何枚かは全英首位を獲得している筈で。
改めて。ステイタス・クォーは英国の国民的なバンドだなと思い知らされるのです。
日本や、米国では想像もできないほどに愛されているのですよね。本当に。
英国に行くと。レコード屋さんとか本屋さんとか、その他、色んなところで感じられます。
そんなステイタス・クォーのアルバムが何故、TOP10入りを逃したのか。
(まぁ、言っても12位ですから。その時の運とか巡り合わせだけかも知れませんが)
曲はね、悪くないのですよ。まぁ、ワン・パターンと言えばワン・パターンですけど。
ご機嫌なブギーにキャッチーなメロディは健在で。ついつい鼻歌で口ずさんでしまうと。
ところがですね。サウンドがね。装飾過多で、しかも軽いと言う。
シンセサイザーを使いすぎ。そう、あの暗黒の'80年代サウンドの影響が・・・
使いすぎと言うか、そもそもステイタス・クォーにシンセサイザーなんか必要無いと。
そんな大原則に誰も気付かなかったのかと。本当に時代が悪かったのだろうなぁ。
くどいですけど。曲はね。いいのですよ。いつものステイタス・クォー節でね。
だから。余計なことしなければいいのにと。色気を出しちゃったのかな。
そう言えば、AC/DCも同じ時期にちょっと迷走していた様な記憶があるのですが。
どうにも。あの時代のサウンドって言うのは。本当に。ろくなものではないなと。
それでも。そんな色気を出しちゃうところも可愛いよなとか思ってしまうのですけどね。
だから。嫌いにはなれないし。悪いアルバムとも思いませんが。もうひとつ・・・かな。

いや。
その。
特に。
これと言って。
文句はないのだけど。

どうも。
その。
なんだろうな。
もうひとつ。
その気にさせられないと言うか。

こう。
その。
ガッと。
くるものに。
火がつかなくて。

なんだか。
その。
やったところで。
やらなくても同じ。
そんな結果が見えているみたいなね。

だから。
その。
どうにも。
熱意とか。
情熱とか。

そんなものを。
傾けるとか。
燃やすとか。
そんなレベルにないなと。
流れのままでいいかなとかね。

いや。
その。
特に。
これと言って。
特定はできないのだけど。

どうも。
その。
なんだろうな。
もうひとつ。
その気にもならないと言うか。

こう。
その。
オオッと。
思わせるものだとは。
感じられなくて。

なんだか。
その。
やったところで。
変わりもしない。
そんな筋書きが読めてしまうみたいなね。

だから。
その。
どうにも。
真摯にとか。
真剣にとか。

そんな姿勢で。
臨むとか。
対峙するとか。
そんなレベルにないなと。
他人事のままでいいかなとかね。

あまりにも。
綺麗ごと。
あまりにも。
絵空事。
うわべだけ飾っている。

そんな話には、乗れないのだよねぇ・・・



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2016/06/03 Fri *腰砕け / The Meters

20160603trickbag


漸く。
何とか。
今日に。
辿り着いて。
一息ついて。

ふと。
気付いたら。
もう。
すっかり。
腰砕け。

暑い日もあれば。
そうでもない日もあるし。
湿気はあるし。
こいつは。
身体がついていかない。

追われる日もあれば。
悩ましい日もあるし。
応えなければならないし。
こいつは。
精神がついていかない。

準備不足。
対応不十分。
総てが。
完璧にはいかない。
そう、分かってはいてもね。

でも。
これからの季節は。
別の意味で。
腰が砕ける様な。
楽しみもあるからね、と。

『Trick Bag』'76年リリース。
ミーターズの7枚目のアルバムにして最大の問題作。
なんでも。ツアー中だったメンバーに無断でマネージャーが画策して。
リハーサル・テープをそのままリリースしようとしたとかで。
慌てて数曲は完成させたものの。中途半端なままで世に出てしまったと。
真偽はわかりませんが。この企みにはアラン・トゥーサンも関与していたとかで。
マネージャーはもとより、トゥーサンとミーターズの関係にも亀裂が入って。
それが後のミーターズ解散の遠因になったのだとも言われています。
尤も。この頃にはメンバーの間でも音楽性、方向性の違いが表面化してきていて。
よく言えば、その音楽に幅が出てきたことで。一つに纏まるには無理が出てきていたのかも。
従って。ミーターズのアルバムの中では統一感とか完成度では一段と劣るかなと。
(そもそもが、リハーサル・テープですしね。無理はありませんけどね)
時代的にディスコやフュージョンを志向し始めたメンバーもいれば。
あくまでもニューオーリンズ・ファンクに拘ったメンバーがいたってことでしょうね。
このアルバムから加わったシリル・ネヴィルの活躍が目立つところも含めて。
ネヴィル・ブラザーズの出発点になったアルバムと言ってもいいかも知れません。
しかし。そこはミーターズ。従来の路線のファンキーなナンバーは腰にきます。
アール・キングの「Trick Bag」、そしてストーンズの「Honky Tonk Women」と。
2曲のカヴァーも。ミーターズらしい消化力の強さが発揮されていて聴きものです。
特に、独特のリズム感に支配された「Honky Tonk Women」は一聴の価値があります。
しかし。まぁ、このアルバムで一番の魅力、腰にくるのは、このジャケットです。
デニムのホット・パンツに包まれたお尻と、美しい脚。耳だけでなく目にもくるのです。

漸く。
何とか。
今日に。
辿り着いて。
一息ついて。

ふと。
気付いたら。
もう。
すっかり。
腰砕け。

暑い日もあれば。
そうでもない日もあるし。
湿気はあるし。
こいつは。
身体がついていかない。

追われる日もあれば。
悩ましい日もあるし。
応えなければならないし。
こいつは。
精神がついていかない。

準備不足。
対応不十分。
総てが。
完璧にはいかない。
そう、分かってはいてもね。

でも。
これからの季節は。
別の意味で。
腰が砕ける様な。
楽しみもあるからね、と。

暑くなるのが。
年を追うごとに。
早くなるのは。
困ったものだと。
そう、思うけれど。

暑いのが。
歳を重ねるほどに。
堪えるのは。
弱ったものだと。
そう、思うけれど。

暑くなるのが。
早くなれば。
早くなるほど。
楽しみも。
早くくるよねと。

暑いのが。
堪えるのは。
兎も角として。
楽しみが。
やってくるよねと。

暑さと。
疲れで。
半ば。
朦朧としていても。
目が覚めるよねと。

もう。
すっかり。
骨抜きで。
腰砕けに。
なる様な。

そんな。
楽しみくらい。
目の保養くらい。
無いと。
これからの季節は耐えられない。

同じ。
腰が砕けるなら。
それは。
もう。
そっちで砕けたい(笑)。



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2016/06/02 Thu *誘惑の前に / Clarence Carter

20160602lonelinessandtemptation


なぜ。
断れないのか。
なぜ。
断ち切れないのか。
らしくもない。

それどころか。
自ら。
声を掛けて。
自ら。
手を差し伸べて。

何を。
望んでいる。
何を。
求めている。
今更、何を。

そもそもが。
群れるのは。
集うのは。
好きじゃない。
向いてない。

なのに。
まとめて。
引っ張って。
いこうなどと。
柄でもない。

認めたくはないが。
認めたくもないが。
やはり。
どこかに。
そいつが潜んでいる、と言うことか。

『Loneliness & Temptation』'75年リリース。
サザン・ソウルを代表するシンガーの一人、クラレンス・カーター。
'60年代はフェイム録音による名盤をアトランティックに残しましたが。
'70年代に入ると徐々に人気も下降気味になって。
レコード会社もABCへと移籍しています。そのABCでの第二弾となるアルバムで。
録音はカーター自らが所有していたと思われるアラバマのスタジオで行われています。
カーターの全盛期と言うと。どうしてもフェイム、アトランティック時代かなと。
まぁ、それは動かしがたい事実で。あまりにも素晴らしい作品が多いのも事実で。
逆に以降のカーターの作品には。明らかに路線が合ってないよなと思うものもありと。
それはそうなのですが。このアルバムはそんなカーターの’70年代以降の傑作かなと。
バックのサウンドにはフェイム時代ほどの味わいは求め難いものの。
カーターの歌声自体は、フェイム時代を思わせるものがあり。如何にもの、仕上がりかなと。
どちらかと言うと。スロー・バラードをじっくり歌い上げるよりは。
ミディアム・テンポのナンバーを飄々としかし味わい深く歌うのを得意とするカーター。
その実。歌われている内容は決して明るいものばかりでは無いのですが。
デヘデヘと笑いながら歌うかの様な(実際に笑い声が入っていたりもします)カーターです。
なんだか。思わず連れられて笑ってしまうと言うか。まぁ、仕方ないか、まぁ、いいかと。
そんな気分になって。ふっと気が軽くなったりもするのですよね。それが魅力であると。
そう。カーターの歌声には陽性で、どこまでも逞しい生命力が満ちているのですよね。
アフリカ系米国人にして、生まれながらの盲目。そんなハンデを跳ね返してきたからか。
人並み以上の苦労もあったと思うのですが。どこまでも前向きなのですよね。
確か五回結婚して、五回離婚して。六人目の奥さんを探している・・・筈なので。
(そのうちの一人が、かのキャンディ・ステイトンなのですよね)
その飽くなきバイタリティ。逆境を好機に変える精神。それが歌声にも表れているのでしょうね。

なぜ。
断らないのか。
なぜ。
断ち切らないのか。
おかしいな。

そればかりか。
自ら。
加わって。
自ら。
交わろうとしている。

何が。
望みなのか。
何が。
求めるものなのか。
未だ、懲りないのか。

そもそもが。
集団行動も。
団体行動も。
好きになれない。
離れていたい。

なのに。
見かねて。
何かを。
盗ませようなどと。
柄でもない。

認めたくはないが。
認めたくもないが。
やはり。
どこかに。
あいつが棲みついた、と言うことか。

一人でいるのも。
独りでいるのも。
慣れたもの。
気楽でいいし。
自由の責任さえ負えばいい。

群れの中で。
集っていようが。
いつも。
心は。
そこにあらず。

集団に属していようが。
団体で動いていようが。
いつでも。
心は。
蚊帳の外で遊んでいる。

それで良かった。
それが良かった。
それ自体は。
今も。これからも。
変わりはしないだろう。

だけど。
群れの中。
集う中。
集団に。
団体に。

暫くの間。
身を置いていれば。
感じるものもあれば。
誘われるものもでてくる。
そういう事なのか。

だから。
らしくもなく。
柄でもなく。
そんな。
動きをしてしまう。

少しばかり。
長居をしすぎた。
少しばかり。
先を考えてしまった。
そういう事だろう。

孤独が。
孤高が。
誘惑の前に。
崩れ去る。
さてと。どうしたものだろね・・・



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2016/06/01 Wed *みんなの物語、一人一人の物語 / Otis Redding

20160601thehistoryofotisredding


努力しても。
報われないこととか。
乗り越えられない。
壁とか。
結果としての苦悩とか。

それでも。
なんとか。
道を探して。
手を講じて。
生きている。

不公平な。
扱い。
謂れのない。
誹謗。
それでも。負けずに。

努力して。
工夫して。
踏み出して。
よじ登って。
生きている。

そうだよな。
そうだったよな。
あの道を通ってきたのだ。
あの思いを乗り越えてきたのだ。
覚えがあるから。

それを。
感じる。
それに。
震える。
みんなの物語。

『The History Of Otis Redding』'68年リリース。
日本独自編集によるオーティス・レディングの追悼アルバム。
『オーティス・レディングよ、永遠に』との邦題が冠されています。
前年の12月に自家用機の事故で僅か26歳にして夭折してしまったオーティス。
このアルバムは1月(もしくは2月)にリリースされた様なので。
当時の日本でもオーティスの存在が特別だったことの証とも言えるかなと思います。
何しろあの、「(Sittin' on) The Dock of the Bay」が収録されていないくらいです。
そう。「(Sittin' on) The Dock of the Bay」のヒットより早くリリースされたのですね。
それ程に。やはりオーティスの死は衝撃をもって受け止められたのでしょう。
A面が「Pain In My Heart」で始まり、「That’s How Strong My Love Is」で終わって。
B面が「I’ve Been Loving You Too Long」で始まり、「Try A Little Tenderness」で終わる。
ほぼ年代順に選ばれ収められた名曲、代表曲14曲。その総てがソウルの至宝だと。
改めて。そう感じざるを得ないアルバム、そしてオーティスの歌声なのです。
今更、ここで。オーティスの歌声の素晴らしさや、魅力を語っても意味は無いかなと。
その素晴らしさ、その魅力は。もう十二分に知れ渡っているのですからね。
ただ。最近思うのは。オーティスの素晴らしさ、魅力が一際に普遍的であるのは。
ある面で、その歌声も普遍的である、もっと言うと大衆的で受け入れられ易いからかなと。
例えば。サム・クックも素晴らしいけど。少し高尚過ぎる、神々しくすらある。
例えば。ジェイムス・カーやO.V.ライトは時に、いなたさが過ぎる。
でも。オーティスは。とんでもなく凄いのだけど。いつも隣にいてくれる。
いつも、自分達と同じ視線で、自分達と同じ世界で歌っていてくれる。
そう。オーティスの歌う物語は、みんなの物語でもあると。そのごく自然な身近さ。
それこそが。オーティスが今でも、いつまでも。世界中の人々に愛される理由かなと思うのです。

努力しても。
報われない時に。
乗り越えられない時に。
壁にぶち当たった時に。
苦悩に陥った時に。

そんな時に。
どうやって。どんな。
道を探して。
手を講じて。
生きていくのか。

不公平な。
扱いをされて。
謂れのない。
誹謗を受けて。
それでも。屈せずに。

どう努力して。
何を工夫して。
どう踏み出して。
如何によじ登って。
生きていくのか。

そうだよな。
そうだったよな。
似た道を通ってきたのだ。
似た思いを乗り越えてきたのだ。
覚えはあるけれど。

本当に。
感じて。
本当に。
震えて。
それは。一人一人の物語。

努力は。
必ずしも。
報われない。
乗り越えられない。
壁もある。

求めた。
成果や。
結果が。
どうしても。
出ない時もある。
公正ではあっても。
不公平に扱われる。
真摯であるが故に。
誹謗を受ける。
そんなことも多々ある。

それは。
みんなの物語。
だから。
感じる。
震える。

でも。
どんな道を探して。
どんな手を講じて。
どう。生きていくか。
それは一人一人の物語。

そう。
努力の仕方も。
工夫の方法も。
踏み出し方も。よじ登り方も。
それは一人一人の物語。

だけど。
一人一人の物語は。
みんなの物語。
似た体験、似た苦悩、似た感情、似た勇気。
共感して。共振して。共に語り、共に刻めれば。

みんなの物語は。
一人一人の物語。
みんなの歴史は。
一人一人の歴史。
そうなるといいね。



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2016/05/31 Tue *もう一度 / Staple Singers

20160531doitagain


あれ。
なに。
これじゃ。
このままじゃ。
ダメだよね。

それで。
誰も。
手を上げないの。
仕切らないの。
引き受けないの。

そう。
そうか。
それじゃ。
俺も。
黙っておこうかな。

なに。
なんですか。
なに。
この空気は。
そういうことですか。

いいよ。
わかったよ。
それじゃ。
俺がしゃしゃりでても。
文句は無いよね。

義理も。
あるしな。
面白くなるなら。
もう一度。
やってみますかね。

『Let’s Do It Again』'75年リリース。
カーティス・メイフィールドのカートムヘ移籍したステイプル・シンガーズ。
その第一弾となったアルバム。実は同名映画のサウンドトラック・アルバムなのですが。
ステイプル・シンガーズの魅力が十分に発揮されていて。
オリジナル・アルバムと考えても何の問題も無いかなと思います。
スタックスの看板アーティストだったステイプル・シンガーズですが。
スタックスが経営不振に陥って。他のアイーティストと同様に移籍を余儀なくされて。
選んだのがカーティスのカートムだったと。個性も異なるし、接点も見いだせない二組。
どんな仕上がりになるのかと。うまくいくのかと。不安視する声もあったようですが。
そこは。流石に百戦錬磨の二組です。実に見事にお互いの魅力、個性が生きていて。
ステイプル・シンガーズの歌声、特にメイヴィス・ステイプルズの歌声は素晴らしくて。
何とも、ソウルフル、何とも、ファンキー。艶やかに弾けるその歌声。
その味わいの深さ、漲る躍動感。あの名盤『Be Altitude: Respect Yourself』にも匹敵して。
現にアルバム・タイトル・ナンバー「Let's Do It Again」は全米チャートの首位を獲得。
『Be Altitude: Respect Yourself』からの「I'll Take You There」以来の快挙となったと。
またコーラスも見事なもので。ゴスペル・グループとしての凄味も感じられます。
一方、殆どのナンバーを書き、そしてプロデュースも務めているカーティス。
ヴォーカル・ナンバーではステイプル・シンガーズを生かすことだけを考えていたのか。
カーティスの個性は感じられないのですが。3曲収録されているインスト・ナンバー。
これが。何とも、スリリング、何とも、ファンキー。背筋がゾクゾクするカッコ良さ。
当時、ブラック・ムービーのサウンド・トラックを次々と手がけていたカーティス。
そのセンスの良さが。この3曲に凝縮されていて。アルバム全体を引き締めています。
こうして。カーティスの力も借りて。見事にステイプル・シンガーズは最前線に返り咲いたのです。

あれ。
なに。
これ。
このまま。
決まりなのね。

他には。
誰も。
手を上げないの。
最初から。
そのつもりだったの。

そう。
そうか。
それじゃ。
俺も・・・
今更、引き下がれないし。

はい。
なんですか。
はい。
この空気に。
乗ってしまいますよ。

いいよ。
わかったから。
そのかわり。
俺のやり方でやるけど。
文句は無しね。

恩義も。
あるしな。
楽しくできるなら。
もう一度。
やってみますかね。

一旦は。
手を上げたものの。
なんやかやと。
五月蠅いし。
面倒だし。

手を引いて。
見送って。
様子見を。
決め込んで。
そのままに。
それで。
もう。
いいだろうと。
終わりだろうと。
思っていたのだけれど。

せっかく。
生まれかけた。
育ちかけた。
そんなものが。
ダメになりそうなのを。

指を加えて。
そのままに。
そいつは。
少しばかり。
納得がいかないかなと。

だったら。
もう一度。
手を上げて。
仕切って。
引き受けてと。

どうにも。
仕組まれた。
乗せられた。
感じもあるけれど。
それも悪くは無いか。

もう一度。



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2016/05/30 Mon *俺の総てを / O.V. Wright

20160530allaboutme


同じこと。
繰り返し。
工夫にも。
創意にも欠ける。
馬鹿の一つ覚え。

そんなもの。
そんなところ。
そうだとしても。
それが。
今の俺の総て。

届くのか。
伝わるのか。
分らないけれど。
総てを。
この思いの総てを。

ただ。
正直に。
愚直に。
繰り返し。
発するしかない。

不器用ですから・・・
そんなカッコのいいものでは無い。
この愚か者は。
単に他の術を知らない。
それだけのことなのだ。

せめて。
触れられたなら。
囁きかけられたなら。
見つめられたなら。
そう、願いはするけれど。

『All About Me』'78年リリース。
O.V.ライトの日本独自編集によるアルバム。
今でこそ決定版とも言えるCDボックスがリリースされていますが。
当時は、O.V.の全盛期、'60年代のバック・ビートとABCからのナンバー。
それを網羅しようとすれば。レアなシングル盤を探さなければならなかったと。
そのシングル盤、全19曲の中でオリジナル・アルバムに未収録だった13曲を収録と。
米国でも、英国でも成し得なかった快挙が、この日本で成されていた。
先ずはその快挙と、その為に尽力された方々に素直に拍手を送りたいなと思うのです。
何せ、全盛期のO.V.ですからね。その素晴らしさはまさにサザン・ソウルの至宝で。
ゴールド・ワックスに籍を置いていたジェイムス・カーと同様に。
レコード会社にもっと力があれば、あのオーティス・レディングと王座を争ったかなと。
それだけの、実力者、魅力に溢れたサザン・ソウル・シンガーだったのですからね。
このアルバムと、オリジナル・アルバムを揃えれば、その全貌に。
O.V.の総てに気軽に接することが出来る様になった。やっぱり快挙だったのですよね。
その歌声、その歌唱法の特徴、魅力としてはオーティスほどには力技で攻めることはなく。
渋く、甘く、優しげで。しかし、ここぞと言うところで一気に勝負にでると。
ハイ・トーンを駆使して、ファルセット気味に畳み掛ける、言い寄る様。
それが、何と言うか。実にスリリングでもあって。それがですねぇ、堪らないのですね。
このアルバムでは「What About You」なってその最たるナンバーかな。
O.V.は未だ二十代半ばから後半だった筈で。その成熟さ加減に驚かされますが。
その一方で若さゆえの精力も感じられて。より伸びていく余地はあったのだろうなと。
その後、ハイに移籍した後も素晴らしい作品をリリースし続けたO.V.ですが。
やがて病にとりつかれ。やや精彩を欠き。そして僅か41歳で夭折してしまいます。
実に惜しいと。このアルバムに遺された若きO.V.の総てを感じながら、そう思うのです。

同じことを。
繰り返す。
工夫も。
創意も無しに。
馬鹿みたいだが。

そんなもの。
そんなところ。
そうなのだ。
それが。
今の俺の総て。

届こうが。
伝わろうが。
分らなくても。
総てで。
この思いの総てで。

ただ。
正直に。
愚直に。
繰り返し。
ぶつかるしかない。

正直だけが取り柄・・・
そんな真面なものでは無い。
この痴れ者は。
単に他の術を思いつかない。
それだけのことなのだ。

少しでも。
触れられれば。
囁きかければ。
見つめられれば。
機会さえあればと願いはするが。

愚直に。
正直に。
繰り返し。
発し。
ぶつかる。

届くのか。
伝わるのか。
分らなくても。
総てを。
この思いの総てを。

そう。
この思い。
届けたい。
伝えたい。
それが総て。

それだけ。
それしかない。
それ以外には。
何もない。
隠しようもない。

工夫も。
創意も。
小細工に過ぎない。
そう思えるから。
馬鹿正直に。

同じことの。
繰り返しだと。
思われようが。
思いの総てを。
俺の総てをぶつけるだけ。

ところで。
君は。
あなたは。
そこのところ。
どうなのだろう・・・



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