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2016年8月

2016/08/28 Sun *祭りの後の寂しさは / Various Artists

20160828forkfestivaloftheblues


祭り。
フェスティヴァル。
どうせ。
阿呆なのだから。
乗らなきゃ損だと。

それは。
そうなのだが。
始まる前から。
終わった後を。
考えてしまう。

どうにも。
面倒で。
因果な性分だと。
そいつは。
わかっているのだが。

毎日が。
祭りの様に。
生きてきて。
駆けてきて。
その終わりを知ってしまった。

そうなると。
どうも。
いけない。
その寂しさが思い出されて。
はしゃぐ気など湧いてこない。

祭りの後の。
寂しさは。
そう簡単に。
紛らわせられるものじゃない。
忘れられるものじゃない。

『Folk Festival Of The Blues』'63年リリース。
錚々たる面子が集ったアーゴ(チェス)制作のライヴ・アルバム。
アルバム・タイトルには偽りありで。フォークではなくブルースのアルバム。
尤もここで言うフォークとはフォーク・ブルースのことで。
当時、フオーク・ブルースが再発見とやらで、ブームになっていたのに便乗したと。
実際は。シカゴはサウス・サイドのクラブでのバンド・スタイルのブルース。
バディ・ガイにオーティス・スパン、ジャック・マイヤーズ、フレッド・ビロウ。
そんな強者揃いのバンドを従えてマディ・ウォーターズにハウリン・ウルフ。
果てはサニー・ボーイ・ウィリアスン、ウィリー・ディクソンが歌うと言う。
これをお祭りと呼ばずに何をお祭りと呼ぶのかってくらいの賑やかなアルバムです。
尤も。サニー・ボーイは実際には出演しておらず。疑似ライヴが収録されていると。
よくある手法ですが。ストーンズもこのアルバムを参考にしたのかな・・・なんてね。
疑似ライヴがサニー・ボーイだと言うのも。如何にもで、いい感じですけどね。
さて。お世辞にも音質が良いとは言えず。編集も雑で。粗製濫造なのは間違いないのですが。
それ故に、臨場感もたっぷりで。当時のシカゴのクラブの様子が身近に感じられる。
ステージ上も本気なら、客席も本気。黒い汗と唾が飛び散る本物のブルースです。
貫禄十分ながら精悍さもあるマディ、勝手が違う戸惑いを怒りに変えて叫ぶウルフ。
大御所達を立てながらも、随所で若い蒼白い炎を燃やしてみせるバディ。
それぞれに聴き応えがあるのですが。ウルフの灰汁の強さ、歌声の凄味はやはり際立つかな。
流石にもう、マディとウルフが火花を散らしてぶつかり合うと言う感じではなくて。
程よい緊張感を保ちながら、客席を巻き込んで楽しくやっている。
その様子が、お祭りに相応しいと言えば相応しいかな。本当に楽しそうなのですよね。
もう二度と再現は出来ないのだなと。それを考えると、しんみりともしてしまいますが。

祭り。
フェスティヴァル。
そうさ。
好きなのだから。
楽しまなきゃ損だと。

それは。
そうなのだが。
始まる前から。
終わった後が。
見えてしまう。

どうにも。
厄介で。
邪魔臭い性分だと。
そいつは。
わかっているのだが。

毎日が。
祭りの様な。
日々を、時間を。
過ごしてきて。
その終わりに立ち会ってしまった。

そうなると。
どうにも。
いけない。
その寂しさが身に沁みついていて。
はしゃぐ気になどなれやしない。

祭りの後の。
寂しさは。
そう簡単に。
終わらせられるものじゃない。
消しされるものじゃない。

祭りの後の。
寂しさは。
誰にも。
話せるものじゃない。
わかってもらえるものじゃない。

祭りの後の。
寂しさは。
誰かで。
補えるものじゃない。
救ってもらえるものじゃない。

あの。
熱気。
熱病の如き。
情熱。
それだけ。

それで。
それだけで。
駆けて。
駆け抜けて。
突き抜けられると。

それで。
それだけで。
踊って。
踊り続けて。
手に入れられると。

そんな。
日々は。
時間は。
突然、跡形もなく。
失われてしまったのだ。

もう。
二度と。
祭りになど。
関わりたくは無いのだ。
どんなに血が騒ごうと。

祭りの後の。
寂しさは。
独りで。
引き受けるしかない。
その中で生きるしかない。

喧騒に。
賑わいに。
騒めきに。
熱気に。
背を向けて。

祭りの後の。
寂しさは。
それはそれで。
己が生き続ける。
理由にはなっている。



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2016/08/27 Sat *ここ、いま / Ronnie Lane's Slim Chance

20160827lane


知らない街で。
知らない時間を。
偶には。
そんな日が。
そんな時間が。

あってもいい。
否。
あったほうがいい。
そうでないと。
凝り固まってしまう。

ここが。
いまが。
総てではない。
正しくもない。
それは当然の筈なのに。

日々の。
暮らしに。
時間に。
埋没している内に。
忘れてしまうものだから。

視線を。
歩調を。
変えられる。
そんな機会は。
逃さないほうがいい。

時間など。
あるようで。
無いもの。
それもまた。
当然のことなのだから。

『Ronnie Lane's Slim Chance』'75年リリース。
ロニー・レーンが率いるスリム・チャンスの2ndアルバム。
前作から大幅にメンバーが入れ替わっていて。同じバンドとは言い難い顔触れに。
しかしサウンドには殆ど変化がなくて。ほんわかと、軽やかに、温かく、切なくてと。
まぁ、ロニーの目指すところに共感して、共鳴するメンバーであれば自然とそうなるかな。
アルコール消費量世界一の、千鳥足のロックンロール・バンドから足を洗ったロニー。
実は、そのフェイセスのナンバーをカヴァーしたり、改作したりもしているのですが。
当然のことながら、曲調・・・肌触り、風合いはかなり異なるものとなっています。
どちらも緩いと言えば緩いのですが。肌理がより細かくなっている感じがあって。
そのせいか、ラフではあるものの。ほのぼのと牧歌的ですらあるのですよね。
元々はモッズの顔役で、スモール・フェイセス時代には気性の激しさでも知られていて。
フェイセスの中でも一、二を争う酒豪、陽気で豪快な酔っ払いだったロニーです。
ロックンロール・ライフを謳歌していた筈なのですけどね。何がきっかけだったのか。
そんな放蕩三昧の日々に背を向けて。農村に移り住んで農場の経営を始めて。片手間に(?)。
気が向いたら、気の合うメンバーを集めて。テントと共に気ままにツアーをする生活と。
もう百八十度違う道を歩み始めてしまったと。確かにフェイセス時代から兆候はあって。
ロニーの手によるナンバーは情感に溢れていて。異彩を放ってはいたのですけどね。
ロニーの脱退は大きなショックだったらしく。それはロッド・スチュワートも例外ではなく。
脱退を告げられた夜にロッドや他のメンバーが泥酔している有名な写真が残っています。
それでも。ロニーは己の選択を変えなかったと。相当に頑固そうですからねぇ。
きっと。それまでとは別の風景を見たくなった、別の時間を過ごしたくなった。
そうなったら、もう止まらなかったのでしょうね。そんな芯の強さがあるからこそ。
ただ緩いだけの音楽になっていなくて。深い味わいを感じさせるものがあるのですよね。
偶に。ロニーが辞めていなかったら、フェイセスは、そしてストーンズはどうなったのかと。
そんな思いが過るのですが。ロニーには迷っている時間はなかったのですよね。
生前のロニーは、フェイセスを辞めてから(共作を除き)4枚のアルバムしか遺せなかったのですからね・・・

見知らぬ街で。
異なる時間を。
偶には。
そんな日が。
そんな時間が。

あってもいい。
否。
あったほうがいい。
そうでないと。
見失ってしまう。

ここだけ。
いまだけ。
そこしかない。
それしかない。
それが誤りなのはわかっているのに。

日々の。
営みに。
流れに。
囚われている内に。
勘違いしてしまうものだから。

視界を。
行動範囲を。
変えられる。
そんな機会は。
逃してはならない。

時間など。
あるようで。
無いもの。
それもまた。
忘れてしまいがちなのだから。

ここに。
いまに。
慣れてもいいが。
馴れてはいけない。
惰性で過ごしてはならない。

偶には。
ここを。
いまを。
疑って。
問いただしてみるのがいい。

知らないもの。
異なるもの。
触れられるなら。
身を置けるのなら。
試してみるのがいい。

視線も。
歩調も。
いつも、いつも。
同じである必要などない。
変えてみるのがいい。

視界も。
行動範囲も。
固定しているなと感じたら。
誘いにでも乗って。
揺さぶってみるのがいい。

ここが。
いまが。
総てになって。
揺るぎもしない。
それはおかしいと。
そう思うのがいい。

ここ。
いま。
それだけ。
それは。
勿体ないことなのだ。

時間など。
現在進行形で減っていくのだから。
ここ。
いま。
囚われている暇などないのだ。



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2016/08/26 Fri *時の狭間 / Ten Years After

20160826aspaceintime


時の狭間。
エアー・ポケット。
予期もせず。
不意に。
陥って。

なにも。
考えずに。
何も。
思わずに。
徒に時を過ごす。

我に返って。
暫し。
呆然。
時の流れに。
戻れずにいる。

心の隙間。
そいつを。
見透かされて。
そいつに。
つけ込まれて。

無駄な。
無為な時を。
過ごしてしまったか。
否、そうでもないだろう。
これはこれで。

そう。
時の狭間に。
陥る。
そんな時間も。
必要なのだということだ。

『A Space In Time』'71年リリース。
テン・イア^ズ・アフターの7枚目となるアルバム。
デビューしたのが'66年かだったか、'67年だったかですから。
結構なペースでアルバムを制作していたのですよね。
テン・イヤーズ・アフターと言えばアルヴィン・リーの速弾き。
そしてウッドストックに代表される暑苦しいまでの熱演。
それが強烈なイメージとして浸透していて。それ以外で語られることはほぼないと。
それほどに。ウッドストックでのテン・イヤーズ・アフターは強烈であったと。
そして、それは聴く者にとってだけでなく。メンバー達にとっても同じであったと。
このアルバム・タイトル。そしてジャケットのメンバー達の表情と佇まい。
なんか、気が抜けていると言うか。虚脱状態で目標を見失っていると言うか。
転換点、変化の時期にもあったのでしょうね。サウンドにも変化が見られて。
アルヴィンのギターを中心に熱く、ゴリゴリとブルース・ロックをぶちかますのではなく。
主役はあくまでヴォーカルで。その歌を聴かせよう。バンド全体でそれをサポートしよう。
そんなナンバーが中心で。いきおい穏やかなメロディと落ち着いたサウンドに満ちていて。
これが、あのテン・イヤーズ・アフターかと。一瞬、耳を疑いたくなるのですが。
バックでなっているギター、音量は控えめにミックスされているものの。
そのフレーズ、そこに込められた熱量は間違いなくアルヴィンのものなのですよね。
当然と言えば当然なのですが。アコギでもその技量の素晴らしさは変わらず、聴き惚れます。
ウッドストックの熱狂が去り、レコード会社も移籍して。ふと時の狭間が訪れて。
エアー・ポケットに陥ったかの様に。目標を見失いかけた。そこで新しい展開を模索した。
そんな過渡期のアルバムであるのは間違いないのかな。その新しい展開。
アコースティックなサウンドへの接近と、ヴォーカル中心への体制の変化。
それはそれで。魅力的なのです。ですが、恐らくはメンバー自身がそれに自信を持てなった。
それが致命傷になったかな。せっかくの時の狭間。もう少し、のんびりと構えていたらねとは感じてしまうかな。

時の狭間。
エアー・ポケット。
予感もなく。
気づいたら。
陥っていて。

なにも。
考えられず。
何も。
思うことなく
徒に時を見送る。

我に返っても。
暫し。
虚脱。
時の流れを。
傍から眺めている。

斑な心。
そいつを。
見抜かれて。
そこから。
侵入を許してしまって。

無用な。
無意味な時を。
過ごしてしまったか。
否、そればかりではないだろう。
これはこれで。

そう。
時の狭間に。
陥る。
そんな時間も。
訪れるものだということだ。

絶え間なく。
続く。
流れる。
そう思える。
時間。

しかし。
その。
ところどころに。
狭間が。
穴があって。

気にも。
止めない時には。
無意識に。
避けている。
飛び越えている。

でも。
ふと。
何かの。
きっかけで。
立ち止まった時。

狭間に。
吸い込まれ。
穴の中へ。
そんな。
ものなのだろう。

そう。
今までにも。
何度となく。
繰り返し。
陥ってきた。

元の。
時の流れに。
戻るたびに。
忘れては。
しまうのだけれど。

時の狭間。
エアー・ポケット。
予期もせず。
不意に。
陥って。

そうだな。
今回は。暫し。
この断絶された世界で。
遊んでいこう。
漂っていよう。

時の狭間。
エアー・ポケット。
予感もなく。
気づいたら。
陥っていて。

そう。
今回は。いま暫く。
この隔離された世界から。
眺めていよう。
楽しんでみよう。



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2016/08/25 Thu *一休み、一休み / Foghat

20160825boogiemotel


後二日。
ここらで。
一息。
一休み。
少し休憩。

ガソリンやら。
何やら。
補給しに。
立ち寄って。
暫しのんびりと時を過ごす。

腹が減っては。
戦は出来ぬ。
無駄に争うつもりは無いが。
日々、それなりに。
闘う身ともなれば。

喉を。
潤し。
腹を。
満たし。
何よりも。

精神を。
解放して。
弛緩させて。
生き返らせる。
そんな時が必要だ。

美味い酒と。
旨い食事と。
ご機嫌な音楽と。
いい・・・
一休み、一休み。

『Boogie Motel』'79年リリース。
フォガットの通算9枚目となるアルバム。
フォガットと言えばハードにドライヴィンするブギー。
それに尽きるわけで。このアルバムでも相変わらずにブギーしています。
ただ。時代が時代。パンクやらニューウェイブやらがチャートを賑わせていて。
ハード・ロックもただ武骨なだけでは無くなってきていた時代です。
流石に、無視を続けて無縁でいつづけるわけにもいかなくなったのか。
サックスやキーボード等を導入して華やかなサウンドに仕上げています。
頑なにライヴそのままのサウンドを保ってきたフォガットとしては覚悟が言ったのではと。
他のバンドだったら驚かない程度なのですけどね。フォガットですからね。
カラフルになったなと。大丈夫かなと。思わず心配したくもなるのですが。
あくまでも。ブギーするバンドが、そのサウンドが主役を張っているので。
ロンサム・デイヴのヴォーカルと、ロッド・プライスのギター。
それが鬩ぎ合いながら一体となって突き進んでいく様にはやはり興奮させられます。
やはり。この2人あってのフォガット、この2人がいればフォガットなのですよね。
多少、装飾を施したくらいで四の五の騒ぐなよと。そう笑顔で肩を叩かれる感じかな。
ただ。何しろデビュー以来、ずっとブギー一筋で走り続けてきたわけですからね。
ここへきて、一呼吸。そんな意味合いがこのアルバムでの変化にはあったのは確かで。
メンバー自身にもいい影響を与えて。新鮮味をもって楽しんでやっていると感じられます。
実は、フォガットがフォガットらしかったのはこのアルバムまでで。
この後、時代の波に呑み込まれて。方向性を見失って。ロッドが脱退して。解散へと。
まぁ、それは時代が悪すぎたのだと。ファンとしてはそう思っていたいかな。

後僅か。
慌てずに。
一息。
一休み。
少し休息。

ガソリンとか。
何とか。
補給しに。
立ち寄って。
暫しのんびりと時を見送る。

食うもの食わないと。
戦も出来ぬ。
好んで争うつもりは無いが。
日々、それなりに。
挑んでいる身ともなれば。

喉を。
潤したら。
腹を。
満たして。
そうして。

精神が。
解放されていく。
弛緩していく。
生き返っていく。
この時が必要なのだ。

美味い酒で。
旨い食事で。
ご機嫌な音楽で。
いい・・・
一休み、一休み。

後二日。
後僅か。
だからこそ。
慌てずに。
立ち止まり。

ここで。
ここらで。
一息。
一休み。
少し休憩。

ガソリンも。
何も。
尽きる前に。
果てる前に。
補給しないと。

だから。
立ち寄って。
息をついて。
暫しのんびりと。
時にもお付き合いを頂いて。

喉に酒を。
腹に食事を。
精神に音楽を。
そして・・・
一休み、一休み。

解放され。
弛緩して。
生き返る。
そんな時が必要だ。
この時が必要なのだ。

闘う日々。
挑む日々。
そんな日々の。
その時間の中で。
一休み、一休み。



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2016/08/24 Wed *ガス欠である / John Mayall

20160824thelatestedition


誤魔化しても。
偽っても。
意味のないこと。
そのまま。
ありのままに。

どうにも。
こうにも。
エネルギー不足。
ガソリンが足りなくて。
動きが悪い。

だから。
どうにも。
こうにも。
騙し騙しで。
転がるしかない。

捗らない。
届かない。
想定通りには。
運ばない。
動けない。

誤魔化しても。
偽っても。
意味のないこと。
そのまま。
ありのままに。

これが。
今の。
俺の。
真の姿。
最新版なのである。

『The Latest Edition』'74年リリース。
ジョン・メイオールのポリドール移籍後10枚目(?)になるアルバム。
ジョン・メイオールと言うと、常にブルースブレイカーズを率いていると。
そんなイメージがありますが。実は’60年代後半に活動拠点を米国に移していて。
ほぼ同時期にブルースブレイカーズを解散させて、ソロ名義で活動を始めています。
後に再びブルースブレイカーズを率いることになるからもわかる様に。
まぁ、バンドにブルースブレイカーズと名乗らせるか、否か、だけの違いとも思われますが。
あまりにも、ミュージシャン養成機関としての側面ばかりを強調されるのに嫌気がさして。
ソロ名義なら、好きなこともできるし、自分に注目も集まると考えたのかもしれません。
事実、ソロになってからは管楽器を大幅に導入してジャズに接近するとか。
ブルースの枠に囚われずに、音楽性の幅を広げていった様なアルバムも制作しています。
また、自らの望むサウンドを追求した結果、メンバー・チェンジも頻繁だった様で。
このアルバムでも、ジョンを含む6人の内、4人がこのアルバムからの参加となっています。
最新版を意味するアルバム・タイトルも。心意気の表れと共に自虐的な意味もあったのかな。
このアルバムでは、ギタリストを新たに2人迎えていることで。
それもあってか2本のギターが絡み合う様な、アップで弾ける様なナンバーが増えていて。
シングル・カットされた「Gasoline Blues」などは、なかなかにキャッチーです。
そうそう。新たに加わったギタリストの1人がハイ・タイド・ハリスで。
この人は後にブルース・シーンで注目されて。頻繁に来日する様になって。
終には日本人女性と結婚して。日本に移住して。日本を活動拠点にしているのですよね。
閑話休題。この時点でのジョンの最新版、最新型を捉えたこのアルバム。
キャッチーで、ブルージーで、スリリング。魅力的なのは間違いないかなと。その上で。
当時としても、やや古臭く感じられるのも事実で。そこにジョンの限界も見て取れるのです。

誤魔化しても。
偽っても。
無意味であれば。
是非もない。
そのままで。

どうにも。
こうにも。
エネルギー枯渇
ガソリンが回らなくて。
反応が鈍い。

だから。
どうやってでも。
兎にも角にも。
騙し続けて。
転がり続けるしかない。

進まない。
辿り着かない。
想定通りとは。
いかない。
ならない。

誤魔化しても。
偽っても。
無意味であれば。
是非もない。
そのままで。

これが。
今の。
俺の。
真の姿。
最新型なのである。

若くはない。
瞬発力とか。
推進力とか。
突破力とか。
期待はできない。

若くはない。
根性とか。
気力とか。
力技とか。
期待はできない。

若くはない。
新鮮味とか。
爽やかさだとか。
流行の進取とか。
期待はできない。

若くはない。
しつこく。
しぶとく。
執念深く。
やるしかない。

若くはない。

根性も。
気力も。
一点集中。
短期勝負に出るしかない。

若くはない。
滲み出る。
味わいで。
温故知新で。
揺り戻しをかけるしかない。

誤魔化しても。
偽っても。
意味のないこと。
そのまま。
ありのままに。

誤魔化しても。
偽っても。
無意味であれば。
是非もない。
そのままで。

これが。
今の。
俺の。
真の姿。
最新型なのである。

ガス欠である。
それでも。
やり方はある。
それでも。
やれることはある。



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2016/08/23 Tue *気だるい午後、思うものは / McGuiness Flint

20160823mcguinessflint_2


気だるい午後。
何とはなしに。
思いが浮かび。
思いが巡る。
そのままに任せて。

浮かぶまま。
巡るまま。
その行き着く先を。
それとはなしに。
追ってみる。

浮かんでは消え。
巡っては立ち止まり。
また浮かび。
また巡り。
そして、見えてくる。

そうか。
やはり。
そうなのだな。
それ以外には。
ないからな。

浮かぶ断片。
巡る断片。
繋ぎ合わせて。
描いてみれば。
眺めてみれば。

気だるい午後。
思うものは。
死。
それ以外に。
ありはしない。

『McGuinness Flint』'70年リリース。
『死』なる邦題が冠せられていたマッギネス・フリントの1stアルバム。
マンフレレッド・マンの解散によって次の道を模索していたトム・マッギネス。
そのトムが近所に住んでいた元ブルースブレイカーズのヒューイ・フリントと合流。
ザ・バンドの登場に影響を受けていた2人ですが。ジャズへの志向もあったらしく。
一時は管楽器を加えるなど試行錯誤を経て最終的に5人編成のバンドに落ち着いて。
ミュージシャンとしての実績があったトムとヒューイのファミリー・ネームがバンド名に。
その中にベニー・ギャラガーとグレアム・ライルのソングライター・コンビがいて。
トムからロバート・ジョンソンのレコードを聴かされたグレアムとライルが書いたのが。
「When I'm Dead And Gone」なるナンバーで、その邦題が「し」と言うもので。
このナンバーが全英チャートを2位まで上り、このアルバムの制作に至ったのでした。
しかし身も蓋もない邦題ですよね。これでは日本では売れなかったのも無理はないかなと。
その「When '’m Dead And Gone」を始めとして「Lazy Afternoon」など。
マンフレッド・マン、キンクス、バッドフィンガー、そしてビートルズとも相通じる様な。
親しみやすいメロディー、そしてどうにも英国の香りが漂ってしまうサウンド。
その融合が何とも不思議な安らぎを与えてくれる、何とも不思議な味わいのあるアルバム。
ザ・バンドに憧れたとしても。どうにも米国の香り、匂いは漂わせることができなかった。
だからこそ、ブリティッシュ・スワンプとも異なる独特の個性を確立できたのかな。
面白いのは、ジャケットや、邦題。そして「When I'm Dead And Gone」の歌詞とは裏腹に。
穏やかな陽光、その陽光に輝く空気。そんな明るさがアルバム全体を支配していることで。
底抜けな明るさではなくて、ある種の諦念を湛えたその明るさに惹かれるのです。
そうだな。気だるい午後。雲の隙間から差す一筋の微かな陽光に誘われて止まないのに似ているかな。

気だるい午後。
何処からとはなしに。
思いが浮かび。
思いが巡る。
そのままに過ごして。

浮かぶまま。
巡るまま。
その落ち着く先を。
それとは知らずに。
追っている。

浮かんでは消え。
巡っては立ち止まり。
また浮かび。また巡り。
その繰り返し。
そして、表れてくる。

そうか。
やはり。
そこなのだな。
それ以外には。
ありえないからな。

浮かぶ断片。
巡る断片。
拾い集めて。
当てはめてみれば。
臨んでみれば。

気だるい午後。
思うものは。
死。
それ以外に。
ないということだ。

午後。
曇り空。
晴れ間が覗き。
一筋の陽光。
空気を照らす。

その。
中で。
輝くもの。
煌くもの。
眼で追いながら。

その。
中で。
息づくもの。
蠢くもの。
肌で感じながら。

その。
中に。
死の。
影を見る。
匂いを感じる。

その。
影に。
匂いに。
抗う気持ちなど。
微塵もなく。

その。
影に。
匂いに。
安らぎをも。
見出している。

午後。
曇り空。
晴れ間が覗き。
一筋の陽光。
諦念を浮かび上がらせる。

気だるい午後。
思うものは。
死。
それでいい。
それでいいのだ。



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2016/08/22 Mon *歌ってよ / Jimmy Cliff

20160822houseofexile


歌ってよ。

いつまでも。
いまも。
落ち着くことを。
知らない。
知ることができない。

この。
身体も。
この。
精神も。
未だに流浪したまま。

別に。
それが。
特別に。
悲しくもなければ。
寂しくもない。

時に。
それでも。
それなりに。
楽しくもあれば。
面白くも過ごしている。

ただ。
自分で。
まいた種とは言え。
未だに流浪したまま。
そのまま。ただなか。

歌ってよ。

『House Of Exile』'74年リリース。
ジミー・クリフのEMI移籍第一弾となったアルバム。
(幾つかの国では『Music Maker』とのタイトルでリリースされていた様です)
‘62年にデビューしたとされるジミー。当時は未だ十代半ばだったと思われるのですが。
‘65年には渡英して。'67年にアルバム・デビューと。早くから才能を見出されてはいて。
特に主演に抜擢された映画、『The Harder They Come』の成功によって。
ジミーも、そしてレゲエそのものもワールド・ワイドなものになったと言えるのではと。
そんな世界を股にかけての活躍を始めた時期のアルバムですからね。実に何と言うか。
決して力んではいないものの。気力、体力とも漲っている感じがヒシヒシと伝わってくると。
ジミーの深く艶のある、男の色気が漂う歌声がソウルフルに迫ってくるのです。
ついつい忘れがちなのですが。レゲエの誕生と発展にはソウルが大きく影響していて。
カリブ海を渡って米国南部から電波に乗って届けられるソウルがレゲエの下地になったと。
そんな事実を、例えばこのアルバムで聴けるジミーの歌声は思い出させてくれるのです。
そう、ジミーの歌声は殆どソウル・シンガーの歌声なのですよね。
あの、レゲエのリズムが無ければ。そのままソウル。だからこそ素晴らしいと言うか。
魅力的な歌声の前ではジャンルとか、カテゴリーなんて無用の長物だと思い知らされます。
早くに英国に渡ったせいか、音楽的に柔軟でシンセサイザー等もいち早く導入したせいか。
(これが一番大きいのだろうけど)ボブ・マーリーの様に政治的でなかったせいか。
どうも。軽く見られがちなジミーなのですが。舐めてもらっちゃこまるよと。
モンティゴ・ベイからキングストンに出てきて。更には遠く英国へと渡って。流離って。
その歌声だけを武器に、流離い続けて世界で評価された。それは半端なことではないのです。
稀代の「Music Maker」にして「House Of Exile」の魂を忘れないジミー。
その優しく、力強い歌声に慰撫され、励まされる。それは、何と幸せなことか。

歌ってよ。
いつまでも。
いまも。
止まることを。
知らない。
知ることができない。

この。
身体も。
この。
精神も。
未だに流離ったまま。

別に。
それが。
特別に。
哀しくもなければ。
淋しくもない。

時に。
それでも。
それなりに。
悦びもあれば。
気ままに過ごしている。

ただ。
自分で。
まいた種とは言え。
未だに流離ったまま。
そのまま。ただなか。

歌ってよ。

自分で。
纜を解いて。
鎖を断ち切って。
あてもなく。
飛びだして。

そのまま。
漂うままに。
流れるままに。
流浪の民として。
流離いの民として。

身体も。
精神も。
漂白のまま。
そのまま。ただなか。
未だにあて先を知らず。

漂う内に。
流れる内に。
すっかり。
ならず者風情が。
染みついた。

別に。
それが。
特別に。
嫌いでもなければ。
悪いとも思わない。

寧ろ。
ならず者。
だからこそ。
生きている。
ここまでやってきた。

それでも。
ふと。
何かが。
胸を過る時。
胸を掴む時。

そんな時は。
お願いだ。
何でもいいから。
ミュージック・メイカー。
シンガー、バンド・マン。

歌ってよ。

漂う者の。
流れる者の。
流離う者の。
ならず者の。
その歌を。



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2016/08/21 Sun *陽気にいこう / Toots & The Maytals

20160821funkykingston


陽気に。
いこう。
そんなに。
力まず。
肩肘張らず。

時には。
鼻歌でも。
口ずさみ。
足どりも。
軽やかに。

先は。
長くなる。
重くなる。
楽な。
道程ではない。

だから。
途中で。
尽きぬ様に。
果てぬ様に。
柔らかく、しなやかに。

そんな。
歩き方も。
闘い方も。
ありなのだ。
必要なのだ。

陽気に。
口に鼻歌。
腰にリズム。
足にステップ。
胸に闘志を。

『Funky Kingston』'79年リリース。
トゥーツ&メイタルズの日本独自となる編集アルバム。
オリジナルの『Funky Kingston』と『From The Roots』から7曲と5曲を収録。
同名、同ジャケットの米国での編集アルバムも存在する様ですが。勿論、別物です。
年代的には'70年と'73年の録音が混在していると言うことになるのだと思います。
さて、ジャマイカの、レゲエの伝説とも言われるトゥーツ&メイタルズ。
フレデリック・トゥーツ・ ヒバートを中心に結成されたのが'62年のことだったとか。
3人組のコーラス・グループで。ロック・ステディからレゲエと移り変わる中で。
常にジャマイカのシーンの中心にいて。何しろレゲエと言う呼び名、名称。
それを一般的にしたのは「Do The Reggay」なるトゥーツ&メイタルズのナンバーだとか。
それほどに。ボブ・マーレーとはまた異なる道を歩んできた伝説の存在なのですね。
スペシャルズや、そしてイジー・ストラドリンがそのナンバーをカヴァーしていて。
国境を越えて。そして世代を超えて。愛され、尊敬されていることがわかります。
ジャマイカのオーティス・レディングとも呼ばれるトゥーツの歌声の魅力。
そもそもレゲエはソウルの影響を抜きには語れないのですが。トゥーツも多分に漏れずで。
明らかにオーティスの歌声の影響下にあるものの。それを更に野生化させた感じがあって。
オーティスを太く荒々しく、そしてユーモラスにした様な歌声。独特の存在感なのです。
野太く吠え、笑い飛ばしながらも。ただふざけて終わりではなくて。
その中に、皮肉を忍ばせて。権力に対する批判を、抵抗を忘れることなく示してみせる。
そう。それもまた闘いの、抵抗の、そして救済のあり方なのだと。
「Funky Kingston」「Redemption Song」、あくまでも陽気な歌声。陽気なリズム。
しかし。そのしなやかさは強靭さに裏打ちされていて。どんな力にも折れることも、屈することもないのです。

陽気に。
いこう。
そんなに。
凹まず。
悲観的にならず。

偶には。
笑顔で。
歌いながら。
弾む様に。
踊りながら。

先は。
長いから。
重いから。
楽には。
歩めないから。

だから。
途中で。
諦めぬ様に。
投げ出さぬ様に。
柔らかく、しなやかに。

そんな。
歩き方が。
闘い方が。
求められるのだ。
必要とされるのだ。

陽気に。
笑顔に歌声。
腰にビート。
足にダンス。
胸に矜持を。

陽気に。
いこう。
先は。
長い。
重い。

力み過ぎても。
肩肘張り続けても。
ろくな事には。
なりはしない。
気楽にいこう。

凹んでばかりでは。
悲観的に過ぎても。
何一つとして。
変わりはしない。
気楽にいこう。

途中では。
尽きられぬ。
果てられぬ。
諦めてはならぬ。
投げ出してはならぬ。

柔らかく。
しなやかに。
どんな力にも。
折れず。屈せず。
そんな強靭さを持つ為に。

陽気に。
口に鼻歌。
腰にリズム。
足にステップ。
胸に闘志を。

陽気に。
笑顔に歌声。
腰にビート。
足にダンス。
胸に矜持を。

陽気に。
いこう。
そんなに。
頑なにならず。
意固地にならず。

陽気に。
いこう。
笑顔に。
歌声に。
毒を忍ばせて。



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2016/08/18 Thu *いつか、どこかで / The Rascals

20160818onceuponadream


いつか。
どこかで。
こんな。
情景。
会話、そして思い。

あれは。
いつだったのか。
どこだったのか。
漠然としてはいるが。
確かな覚えが。

そうさ。
そうなのだ。
こんな。
情景。
会話、そして思い。

この。
情景が目に入ると。
そう。
こんな会話が続いて。
こんな思いを抱く。

いつか。
どこかで。
同じじゃないか。
憶えているじゃないか。
何故だろう。

こんな。
雨の日だったのだ。
いつかの。
どこかも。
同じだったのだ。

『Once Upon A Dream』'68年リリース。
ラスカルズの4枚目、バンド名からヤングが外れて初のアルバム。
サイケデリックや、フラワー・ムーブメントなど時代の空気。
そしてビートルズの、あのアルバムがもたらした衝撃。
ブルー・アイド・ソウルのバンド、ラスカルズもそれらとは無縁ではいられず。
それを意識したからこそ、バンド名からもヤングを外したのかもとか。
一気に、急速に成熟へと向かい始めた。そんな雰囲気が漂うアルバムかな。
恐らくは。アルバム全体の構成を考えてから、個々のナンバーに取り組んだのだろうと。
そこに時代を意識した意匠を施してと。脱皮の時期、転換点にあったのだろうなと。
そんな今までにない要素が表面に出て、幻想的な情景を想起させながらも。
根底にあるもの、R&Bやソウルへの憧憬、ソウルフルな歌声、それらは変わっておらず。
その新しいものと、従来からものの融合の具合、その様が実にいい塩梅で心地良いのです。
時代の空気の影響は音楽面だけに止まらずに。その姿勢にも及んでいた様で。
出演者の半数以上がアフリカ系米国人で無ければ、ライヴ・イベントには参加しないと宣言。
公民権運動への強い共感も示してみせたラスカルズ。尤も、急に芽生えたものではなくて。
若い頃からR&Bやソウルに親しんできたメンバーにしてみれば自然な感覚だったのかな。
それ程に。見事にそれらを消化して自らのものとしているからこそ。
その歌声、サウンドに作為性は感じられなくて。極上のブルー・アイド・ソウルなのです。
フェリックス・キャヴァリエの歌声が素晴らしいのは言を待たないのですが。
ロマンティックな「Rainy Day」におけるエディ・ブリガリティの歌声も絶品で。
躍動感に溢れるキャヴァリエ、繊細さが零れ落ちるブリガリティと。
この2人の個性的なヴォーカリストを擁してこそのラスカルズだなと改めて思わされます。
幻想的でありながら、血がしっかりと流れている。それでこそのラスカルズなのです。

いつか。
どこかで。
こんな。
情景。
会話、そして思い。

あれは。
いつだったのか。
どこだったのか。
漠然としてはいるが。
確かな覚えが。

そうさ。
そうなのだ。
こんな。
情景。
会話、そして思い。

この。
情景が目に入ると。
そう。
こんな会話が続いて。
こんな思いを抱く。

いつか。
どこかで。
同じじゃないか。
憶えているじゃないか。
何故だろう。

こんな。
雨の日だったのだ。
いつかの。
どこかも。
同じだったのだ。

いつか。
どこかで。
既視感。
デジャヴ。
渦巻いている。

いつか。
どこかで。
時を超えて。
ここに。
この瞬間に来ていたのか。

いつか。
どこかで。
時を超えて。
ここで。
この時間を過ごしていたのか。

いつか。
どこかで。
時を超えて。
ここで。
この情景を眺めていたのか。

いつなのか。
どこなのか。
時の中で。
見失い。
朧になっていたものが。

いつなのか。
どこなのか。
時の中で。
微かにでも。
残っていたものが。

いつなのか。
どこなのか。
時の中で。
それでも確かに。
存在を主張している。

いつなのか。
どこなのか。
既視感。
デジャヴ。
巻き込まれている。

いつなのか。
どこなのか。
時を超えて。
昔は。
夢の中。

いつか。
どこかで。
時を超えて。
今は。
現となって現れる・・・



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2016/08/17 Wed *遥か群れを離れて / Al Kooper

20160817istandalone


遥か群れを離れて。

一人で。
思って。
考えて。
言葉にして。
歩き出す。

物を申すなら。
事を起こすなら。
一人がいい。
一人に限る。
それが己の真実だと。

そう。
信じられるのなら。
尚のこと。
誰にも寄らず。
誰とも群れず。

己のみを。
己一人のみを。
頼みとして。
声を上げる。
一歩を踏み出す。

誰かに。
惑わされるな。
妨げられるな。
誰にも。
甘えるな。

遥か群れを離れて。

『I Stand Alone』'69年リリース。
奇才、アル・クーパーの初めてのソロ・アルバム。
ソングライターとして活動をしていたアル。
ボブ・ディランのレコーディングに参加して名前を上げて。
ブルース・プロジェクトやブラッド・スゥエット&ティアーズを旗揚げして。
どちらも早々と離脱して。マイク・ブルームフィールドらとセッション・ブームを牽引。
時代の寵児として音楽シーンを賑わせて。満を持してのソロ・デビューだったと。
様々な効果音も交えたコラージュの様な構成。華々しいホーンのアレンジ。
オリジナルとカヴァーをバランスよく取り上げた幅広い曲調のナンバー。
多様性と多義性に溢れたアルならではの、如何にもアルらしいアルバムとなっています。
よくもここまでと。流石は多才にして、流行に敏感なアルだなと感心させられます。
やや分裂症的な、狂騒をも感じさせる「Overture」から「I Stand Alone」への流れなど。
何が始まったのかと驚いている内に、ホーンも印象的なサウンドに乗ったアルの歌声。
その都会の夜を思わせる、ソウルフルな歌声の虜にさせられてしまいます。お見事と。
スリー・ドッグ・ナイトで知られるニルソンの「One」での陽性な孤独の表現も素晴らしく。
改めて。その才能の豊かさ、幅の広さを思い知らされる思いがします。
その一方で。余りの幅広さ。それが聴く者によっては雑多に感じられなくもないかなと。
恐らくはアルの中では繋がっているのでしょうが。それはあくまでもアルの中でのこと。
それを同じ様に、同じレベルで皆が感じることは不可能ですからね。
そんなことは、知ったことじゃないって言うのも当然ですが。アルの場合は特に。
サービス精神旺盛なようでいて。我、関せずで。我が道を行っている感じが強いかな。
世間の期待に反して。このアルバムも含めてソロでは商業的成功とは無縁だったのですが。
アルはそんなことには無頓着で。一人で己の信じる道を、独り行くことを楽しんでいたのかなと。

遥か群れを離れて。

独りで。
見詰めて。
感じて。
言葉を紡ぎながら。
歩いていく。

物を申さねばならぬなら。
事を起こさねばならぬなら。
独りがいい。
独りに限る。
それが己の矜持だと。

そう。
信じられるのなら。
自然なこと。
誰にも付かず。
誰とも群れず。

己のみを。
己一人のみを。
頼みとして。
声を上げ続ける。
一歩を踏み出し続ける。

誰かに。
誘われるな。
害されるな。
誰にも。
頼るな。

遥か群れを離れて。

奇人で。
構わない。
目障りで。
上等だ。
烏合の衆にはなりたくない。

変人で。
構わない。
煙たがられて。
上等だ。
長いものに巻かれたくはない。

曲者で。
構わない。
睨まれても。
上等だ。
大樹になんか寄りたくない。

天の邪鬼で。
結構だ。
村八分で。
上等だ。
右向け右などしたくない。

思って。
考えて。
見詰めて。
感じて。
信じられるのなら。

誰にも。
寄らず。
誰にも。
付かず。
誰とも群れず。

誰にも甘えず。
誰にも頼らず。
一人で。
独りで。
声を上げ続ける。一歩を踏み出し続ける。

遥か群れを離れて。



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2016/08/16 Tue *愚かな者 / Dan Penn

20160816nobodysfool


カーテンを開けて。
降り始めた雨を。
雨に濡れた街を眺めながら。
自問自答する。
苦笑いが浮かぶ。

どう考えても。
どこから考えてみても。
出る答えは。
その行きつく先は。
同じところ。

この世に。
この世界に。
愚かな者が。
いるとしたら。
ここにいる者しかいない。

そう。
恐らく。
愚かな者など。
誰もいはしない。
ここにいる者をのぞけば。

何故。
ここまで。
変わらずに。
いつまでも。
愚かなのか。

振り続ける雨。
黒く濡れた街。
その片隅で。
変わらぬ想いに。
己の愚かさを思い知る。
『Nobody's Fool』'73年リリース。
サザン・ソウルを語る際に欠かせない男、ダン・ペン。
数多の名曲を書いてきたソングライターとして知られるダンの初のソロ・アルバム。
アラバマで生まれ。ゴスペルに親しんで育ち。やがてフェイム・スタジオに出入を始め。
'60年代半ばには専属のソングライター、スタジオ・ミュージシャンとなっていたと。
そんなダンが、何故この時期になって自らのアルバムを世に問おうとしたのか。
あくまでも推測ですが。恐らくはシンガー・ソングライターのブーム。
特にキャロル・キングなどダンと同じ様にソングライターを生業としていた人間の成功。
それを見て、聞いて。刺激されて奮い立ったのかと思われます。
シンガーとしての出発に賭ける意気込みの強さは収録されているナンバー10曲の構成。
CCRのカヴァー、「Lodi」を除く全9曲が共作も含み総てオリジナル・ナンバーで。
しかも総てが新曲、既発のナンバーのセルフ・カヴァーが無いところに表れているかなと。
そんな気合の入ったペンの下に駆け付けたのは盟友のスプーナー・オールダム。
そしてデキシー・フライヤーズの面々、更にはマッスル・ショールズの鉄壁のリズム隊・・・
デヴィッド・フッドとロジャー・ホーキンスの両名と知る人ぞ知る強者達ですから。
ダン入魂の名曲を極上の南部サウンドで味わうことが出来る、極上のアルバムなのです。
スワンプ・ロックな「Nobody's Fool」、そしてやはりダンのペンが一際冴えるバラード・・・
「Raining In Memphis」「I Hate You」の味わい深さ。ダンの歌声も甘く、そして深く。
人種を超えて、肌の色の違いを超えて。サザン・ソウルを知り尽くした男であるダン。
そんなダンだからこそ辿り着けた、ブルー・アイド・ソウルの最高峰なのです。
残念ながらこのアルバムは商業的には成功せず。ダン自身の薬物の問題もあって。
2枚目のソロ・アルバムまでには二十年以上のブランクが空いてしまうのですが。
それが故に、かえってこのアルバムの魅力がいぶし銀の光を放ち続けているかなとも感じるのです。

カーテンを閉めて。
降り続ける雨の。
街を濡らす音を聞きながら。
念の為、もう一度。
思わず、声に出して笑う。

どう考えても。
どの理論で考えてみても。
出る答えは。
その導かれる先は。
同じところ。

この世で。
この世界で。
愚かな者を。
名乗れるのは。
ここにいる者しかいない。

そう。
およそ。
愚かな者など。
名乗ることはできない。
ここにいる者をのぞけば。

何故。
いまも。
変わらずに。
どこまでも。
愚かなのか。

振り止まない雨。
黒く沈んだ街。
その片隅で。
変えられぬ想いに。
己の愚かさを思い知らされる。

愚かな者。
いつまでも。
どこまでも。
変わらずに。
変われずに。

愚かな者。
いまも。
これからも。
変わらずに。
変われずに。
愚かな者。
過去を振り返らず。
過去に学ばず。
いたずらに。
繰り返す。

愚かな者。
未来が見えず。
現在だけを見つめ。
ひたすらに。
突き進む。

愚かな者。
一喜一憂。
浮き沈み。
繰り返しては。
同じところ。

愚かな者。
喜怒哀楽。
隠し切れず。
底を見せては。
同じこと。

愚かな者。
激情、奔流。
抑えきれず。
流されては。
逆戻り。

この世に。
この世界に。
たった独り。
それでも。
愚かな者でしかいられない、いたくない。



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2016/08/15 Mon *夏に、街に、家に / Lovin' Spoonful

20160815humsofthelovinspoonful


夏に。
街に。
家に。
閉じ込められて。
身動きならない。

熱気。
湿気。
立ち込めて。
総ては。
靄の中。

陽炎。
逃げ水。
蜃気楼。
頭の中に。
浮かんでは消えていく。

あぁ。
この夏から。
この街から。
この家から。
逃げ出したい。

カッコいい。
可愛い。
あの娘に。
会いたい。
会いに行きたい。

なのに。
頭だけでなく。
尻にも。
火がついて。
どうにも。こうにも。

『Hums Of The Lovin' Spoonful』'66年リリース。
大ヒット曲「Summer In The City」を含むラヴィン・スプーンフルの3rdアルバム。
元々はマグワンプスなる大所帯のフォーク・グループが母体となっていて。
分裂して4人がラヴィン・スプーンフルに。残りの4人はママス&パパスになったのだとか。
その来歴からして本質はフォークで。そこにブリティッシュ・インベンジョンの影響を受け。
フォークとロックをブレンドして、ポップなエッセンスを振りかけたとでも言う様な。
そんなラヴィン・スプーンフルのサウンドが出来上がったのではないかと思うのですが。
その中でも一番ロックに接近している、ロック濃度が高いアルバム。
そうは言っても、そのメロディもビートも決して激しいものではなく、どこか長閑で。
そうだな、ノスタルジーを感じさせるもので。これは50年という時の経過によるのでなく。
もうリリース当時からノスタルジックなサウンド、バンドだったのではないかと。
古今東西、恐らく人間はノスタルジーを求める、ノスタルジックなものに共感する生き物で。
いつの時代にも、洋の東西を問わず。そのニーズに応えるサウンド、バンドがあったと。
当時の米国でその役割を先頭に立って担っていたのがラヴィン・スプーンフルだったと。
その面目躍如たるのがこのアルバムで。兎に角、収録されているナンバーが粒揃いで。
極端な言い方をすれば。どのナンバーもシングル・カットできたのではないかと。
そしてどのナンバーをカットしていても大ヒットしたのではないかと感じられるのですね。
そんな中で、一番ビートの効いたロックなナンバー「Summer In The City」をカットして。
より強力に、いつかの夏の、いつかの街の情景を想起させて全米チャートを制覇させたと。
メンバーの意思なのか、レコード会社の戦略なのか。いずれにしても見事だなと。
あの夏も、いつかの夏も、そしてこの夏も。ふと「Summer In The City」を口ずさんでしまう。
そして。誰かが口ずさんでいるのではないかと耳を澄ませてしまう自分がいるのです。

夏に。
街に。
家に。
缶詰めにされて。
身動きもならない。

熱気に。
湿気に。
中てられて。
総ては。
靄の向こう。

陽炎。
逃げ水。
蜃気楼。
頭の中で。
揺らめいては去っていく。

あぁ。
この夏から。
この街から。
この家から。
脱け出したい。

ハッピーで。
フェミニンな。
あの娘に。
会いたい。
会いに行きたい。

なのに。
尻だけでなく。
頭にも。
火がついて。
どうにも。こうにも。

この夏。
この街。
この家。
ひょっとして。
それは、そいつは。

唯の。
陽炎。
蜃気楼。
幻なのではないかと。
ふと、そう思う。

逃げ水の様に。
追えば。
追いかければ。
消えてしまうのではないかと。
ふと、そう思う。

そうさ。
この夏。
この街。
この家。
総ては幻覚のなせるもの。

よし。
ならば。
逃げ出せる。
脱け出せる。
心を決めて・・・

そうさ。
尻だけでなく。
頭にも。
火がついて。
どうにも。こうにも。

この夏。
この街。
この家。
閉じ込められている。
缶詰めにされている。

その事実。
その現実。
それすらも。
あまりの暑さに。
認識出来なくなりそうなのさ。



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2016/08/14 Sun *白日夢 / Karen Dalton

20160814inmyowndream


宴の後。
その翌朝。
目覚めながらも。
半ば。
微睡の中。

特に。
何がある訳でもなく。
何をする必要もなく。
そんな時間。
そんな一日。

余熱を。
余韻を。
楽しんでいるのか。
倦んでいるのか。
漠然としたままに。

一人。
独り。
自分だけの。
ゆったりとした。
時間の中で。

一人。
独り。
自分だけの。
誰も入ってこない。
夢の中で。

漂う時間。
過ごす一日。
夢か現か。
白日夢。
そこに籠っている。

『In My Own Time』'71年リリース。
オクラホマ出身の女性シンガー、カレン・ダルトン。
一部では伝説ともなっているカレンの2枚目にして最後のオリジナル・アルバム。
'60年代にはグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンで活動を始めていて。
その頃にはボブ・ディラン等とも親交を深めていたらしく。
ビリー・ホリディの様に歌い、ジミー・リードの様にギターを弾くと評していたとか。
そう。まさしくビリーの如くカレンの歌声も非常に個性的なもので。
老婆が歌っている様に聴こえる時もあれば、少女が歌っている様に聴こえる時もあり。
地の底から湧いてくる様でありながら、どこか地面を離れ浮遊している様でもあり。
そんな捉えどころのない歌声でありながら、聴く者の心をしっかりと捕らえてしまう。
実に魅力的、そしてある意味では非常に危険な歌声の持ち主だと言えるのかな。
ソング・ライティングをする人ではなかった様で。総てがカヴァーなのですが。
そのどれもがカレンの歌としか聴こえない。その辺りもビリーと共通しているかもです。
「When A Man Loves A Woman」も独特で。こんな解釈もあるのだなと。
アルバム全体を支配している、アルバム全体に共通しているのは深い孤独。
しかし、その孤独に絶望するのではなく、まるで孤独に寄り添っている様な感覚で。
それが「When A Man Loves A Woman」までにも及んでいると。そんな感じでしょうか。
枯淡と表現すると、枯れ過ぎてしまうのかな。でも水墨画を目にした時の感じに近いなと。
カレンはネイティヴ・アメリカンの血を引いていて。母親はチェロキー一族だったとか。
その出自が。住むべき地を追われた記憶が、前述の浮遊した様な歌声の根幹にあるのかなと。
無理矢理に大地から引き剥がされ、根無し草にならざるを得なかったその記憶。
それが孤独に寄り添い、まるで白日夢の中を生きているかの歌声を生んだのではとね。
カレンの奏でるロング・バンジョーの、これまた独特で物悲しいサウンドとも相まって。
漂う様に、しかしはっきりと胸の奥底に刻み込まれてしまうアルバムなのです。

祭の後。
その翌日。
目覚めた後も。
ひがな。
微睡の中。

特に。
何がある訳でもない。
無理に何かをすることもない。
そんな時間。
そんな一日。

余熱を。
余韻を。
惜しんでいるのか。
飽いているのか。
判然としないままに。

一人。
独り。
自分だけの。
ゆっくりと流れる。
時間の中で。

一人。
独り。
自分だけの。
誰にも立ち入れない。
夢の中で。

流離う時間。
ひがな、一日。
夢か現か。
白日夢。
そこに棲んでいる。

半ば。
ひがな。
一日。
微睡の中。
何もかも遠く離れて。

半ば。
ひがな。
一日。
一人。独り。
誰も彼も遠く離れて。
半ば。
ひがな。
一日。
夢か現か。
いずれともつかなくて。

宴の後。
祭の後。
色濃くなる。
深くなる。
孤独に。

漂う。
流離う。
時間の中で。
寄り添いながら。
籠っている。棲んでいる。

地の底から。
沸くものを。
感じながら。
大地は。
足下遥か。

白日夢。
宴の後。
祭の後。
一人。独り。
微睡の中。



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2016/08/13 Sat *発しよう、届くまで、それだけさ / The Clash

20160813londoncalling


さぁ。
いまから。
ここから。
発しよう。
届けよう。

さぁ。
いまこそ。
ここから。
発しよう。
届くまで。

楽しいこと。
面白いこと。
未だ。
やっているのだ。
始まっているのだ。

何があっても。
何が起きても。
誰かが。
邪魔をしても。
潰そうとしても。

そんなもの。
屁とも思わない。
かえって。
尻をまくって。
挑発してやるぜ。

終わりはしない。
倒れはしない。
もし、そんな目にあっても。
始めるだけ。
立ち上がるだけ。それだけさ。

『London Calling』'79年リリース。
ペニー・スミス撮影のジャケットが強烈な印象を残すクラッシュの2枚組アルバム。
デビューから3年、3作目にして一気にクラッシュがその真価を発揮したアルバム。
当時、英国では通常の1枚もののアルバムと同じ価格でリリースされて。
レコード会社からの圧力を頑なに跳ねつけて、意志を貫いたその姿勢も素晴らしかったと。
その姿勢こそが。まさにパンクとは何であるかを語っていたなと今でも思うのですが。
音楽的には、このアルバムによってパンクの枠には収まらないところへと達しています。
従来からあったスカ、レゲエに止まらず。ストレートでオーソドックスなロックンロール。
そしてソウルやロカビリー、更にはジャズまでを取り込んでしまうその強靭な胃袋。
取り込んだものを換骨奪胎してクラッシュの音楽そのものにしてしまう驚異の消化力。
その胃袋の大きさや、消化の速度についていけずに。戸惑うパンクスも多かったのですが。
モット・ザ・フープルの大ファンで、ガイ・スティーヴンスにプロデュースを依頼して。
前述のジャケットもエルヴィス・プレスリーへのオマージュとなっているなど。
恐らくは本来の嗜好や資質。それにクラッシュの四人が素直に向き合った当然の帰結だと。
リリースから三十五年以上、針を落とし続けてきて。だからこそ感じられるものもあるなと。
ただ叫ぶだけ。ただ駆け抜けるだけ。それでは、そこには限界があると。
だからと言って。そこで発信すること、届けることを止めるわけにはいかない。
ならば。より深く、より広く。様々な表現の術を身に付けて、駆使すればいいのだと。
例え。それで一時的に誹りを受けようとも。やがて伝わる、やがて届く。それでいいのだと。
兎に角。止めないこと、倒れないこと。止めても始めること、倒れても立ち上がること。
それこそが本当に必要なことだと、それこそが本当にパンクであることだと。
当時はそこまでは感じらなかったのですけど。今なら、そうだよねと素直に頷けるのです。
「London Calling」から「Guns Of Brixton」「Death Of Glory」「Four Horsemen」…
「I'm Not Down」ときて、そしてシークレットになってしまった「Train in Vain 」まで。
その雑多・・・美は乱調にあり故の生命力はストーンズの『Exile In Main St.』に並ぶものがあるのです。

さぁ。
今夜から。
この場所から。
発しよう。
届けよう。

さぁ。
今夜こそ。
いまこそ。
発しよう。
届くまで。

楽しいこと。
面白いこと。
未だ。
やっているのだ。
続いているのだ。

何かあるかな。
何か起きるかな。
誰かが。
邪魔をしようと。
潰そうと仕掛けてこようと。

そんなもの。
屁とも思わない。
かえって。
火に油を注ぐだけだと。
思い知らせてやるぜ。

終わりはない。
倒れもしない。
もし、そんな日がきても。
再び。始めるだけ。
立ち上がるだけ。それだけさ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
探すことができるのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
求めることができるのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
手にすることができるのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
自分でやることができるのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
続けなければいけないのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
発信しなければいけないのだ。

面白いこと。
面白いと感じるもの。
楽しいこと。
楽しいと感じるもの。
届けなければいけないのだ。

さぁ。
いまから。
ここから。
発しよう。
届けよう。

どう感じるか。
どう受け止めるか。
それは。
皆がそれぞれ。
自分で決めればいい。それだけさ。



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2016/08/12 Fri *そんなカッコいいものじゃない / Sham 69

20160812angelswithdirtyfaces


思いは。
あの頃のまま。
この胸の内は。
変わりはしない。
何と言われようと。

でも。
だからこそ。
甘いことなど。
言ってはいられない。
何を言われようとも。

狡かろうが。
汚かろうが。
卑怯だろうが。
勝たなければならない。
何を言われても構わない。

顔を汚そうが。
顔を潰され様が。
手を汚そうが。
汚い手を使おうが。
勝ちにいく。

きれいごとを。
貫きたいなら。
きれいなことだけを。
やっていても駄目だ。
何でもやるのだ。

傷だらけの。
汚れた顔の。
天使・・・
そんなカッコいいものじゃない。
それでもいい。それでいいのだ。

『Angels With Dirty Faces』'86年リリース。
代表曲のひとつをタイトルに冠したシャム69のベスト・アルバム。
'76年に結成されたパンク・バンドだったシャム69の再結成前の音源。
'80年に解散するまでのナンバーから12曲が選ばれて収録されています。
「Angels With Dirty Faces」を始めとして「If The Kids Are United」「Hersham Boys」・・・
ヒット曲、代表曲が網羅されていて。遅れてきたファンにとっては有り難かったかな。
当時、パンクの再評価が進んでいたのかな。'88年には再結成されて。
今でも活動を続けているのだと思いますが。そちらの音源には心が動かされなかったなと。
何故か。シャム69の最大の魅力、熱さとか熱量が薄くなっている気がしたのですね。
ジミー・パーシーのひたすら熱い歌声、それに呼応するバンドのサウンド。
一体となって突き進み、駆け抜けようとするその姿こそがシャム69なのです。
何かの衝動に突き動かされて、急かされて。請求に刹那に歌い上げ、奏でるシャム69。
常にその気持ち、思いは路上にあり。労働者階級の若者達の代弁者として。
怒りの声を上げ続けて。その姿勢故に熱狂的な支持を得ることになって。
このアルバムにも収められているライヴ・テイクを聴くと客席の熱さが半端じゃなくて。
如何にシャム69が愛されていたのかが感じられるのですが。熱くなりすぎて。
ライヴでは暴動騒ぎが頻発して。活動の場が狭められて失速していったと。残念無念かな。
オイ・パンクの元祖ともされる程に。その会場一体となるシンガロング・スタイル。
そのパワーを暴動ではなく別な方向へ導く手立て、方策は考えられなかったものかと。
まぁ、そう言った。策を弄する様なことが出来ない、小細工の利かない不器用さ。
それが熱さと言う魅力を生んでいたのだから。致し方はないのでしょうが。少し残念かな。
「If The Kids Are United」、そいつが実現できていたらなと。思ってしまうかな。

思いは。
あの頃のまま。
この胸の内は。
変えてたまるか。
何と言われようと。

でも。
だからこそ。
甘いことばかり。
口にするつもりは無い。
何を言われようとも。

狡かろうが。
汚かろうが。
卑怯だろうが。
勝つ為には何でもする。
何を言われても構わない。

顔を汚そうが。
顔を潰され様が。
手を汚そうが。
汚い手を使おうが。
生き抜いてみせる。

きれいごとを。
貫きたいから。
きれいなことだけを。
やるつもりは無いのだ。
何でもやってやるのだ。

傷だらけの。
汚れた顔の。
天使・・・
そんなカッコいいものじゃない。
それでもいい。それがいいのだ。

あの日の。
思いは。
怒りも。
悔しさも。
憶えている。変わりはしない。

あの日の。
想いは。
愛しさも。
切なさも。
憶えている。変えられない。

例え。
青臭くても。
そいつを。
信じている。
いまも。いつも。

だから。
そいつを。
守る為に。
貫く為に。
闘い続けているのだ。

顔も。
手も。
身体も。
汚れたって。
構わない。厭わない。

顔を汚して。
手も汚して。
身体も汚して。
傷だらけになっても。
構わない。厭わない。

狡いと言われようが。
卑怯だと言われようが。
守らなくてはならない。
貫かなくてはならない。
そんな闘いを生きているのだ。

傷だらけの。
汚れた顔の。
天使・・・
そんなカッコいいものじゃない。
それでいいのだ。それがいいのだ。



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2016/08/11 Thu *素敵だと、特別だと、愛しいと / Pretenders

20160811pritenders


素敵だと。
思ったものは。
素敵だと。
感じたものは。
そこにあった。

そう。
これを。
観たかった。
聴きたかった。
そうだったのだ。

この。
時を。
この。
瞬間を。
待っていたのだ。

その。
佇まいも。
その。
思いも。
素敵の一言なのだ。

決まっているか。
いかしているか。
カッコいいか。
そして。
華があるか。

それで。
それだけで。
総てが決まるのさ。
結果。
素敵だと、思ったら。感じたら。それでいい。

『Pretenders』'80年リリース。
クリッシー・ハインド率いるプリテンダーズの1stアルバム。
ジャケットに写る、深紅の革ジャンもよく似合う凛としたクリッシーのカッコ良さ。
もう。それだけで。針を落とす前から勝負有りって感じなのですけどね。
米国から英国に渡ってNMEで記者をやっていたクリッシー。
当時勃興していたパンク・ムーブメントの取材を続ける内に刺激を受けて。
元々、表現欲求のあったクリッシー、一念発起してプリテンダーズを結成。
ニック・ロウに懇願してプロデュースしてもらった「Stop Your Sobbing」でデビューと。
(因みにキンクスのカヴァー。レイ・デイヴィスとクリッシーは後年結婚しています)
本来なら、そのままアルバムのプロデュースもニックが担当するところでしょうが。
ニックが多忙を極めて、クリス・トーマスに交代してアルバムは制作されています。
実はこれが意外に大きかったかなと。ブリティッシュ・ロックの黄金時代を知る。
そんなクリスが持ち込んだ’70年代中頃の空気、それを身に纏うことによって。
クリッシーの凛とした、真っすぐなロックンロール姉御な魅力が花開いているかなと。
(ニックもいいプロデユーサーですが己の個性が出やすいタイプでもありますからね)
A面1曲目の「Precious」から、その魅力が全開の素敵な、特別なアルバムになったと。
「Kid」「Brass In Pocket」と弾けるナンバーの心地良さが何とも堪らないかな。
クリッシーの中には元々’60年代ブリティッシュ・ビートへの憧憬もあった筈で。
そこにパンクからの刺激が加わって。男前ながらも華のあるロックンロールになったと。
クリッシーの声質を考えると。もっとパンクな荒っぽいサウンドにもなるところ。
そこを、そうはさせなかったクリスのセンスと手腕はやはり評価されてしかるべき、かな。
オリジナル・メンバーでのアルバムは、このアルバムとセカンド・アルバムの2枚だけ。
それもあってか。プリテンダーズのアルバムの中でも一際、愛しいアルバムなのです。

特別だと。
思ったものは。
特別だと。
感じた人は。
そこにいた。

そう。
その姿を。
感じたかった。
確かめたかった。
そうだったのだ。

この。
匂いを。
この。
空気を。
待っていたのだ。

その。
振舞いも。
その。
意思も。
特別の一言なのだ。

決まっている。
いかしている。
カッコいい。
何も変わってはいない。
華がある。

それで。
それだけで。
総てが決まるのさ。
結果。
特別だと、思ったら。感じたら。それでいい。

その。
姿が。
佇まいが。
動きが。
総てが。

その。
音が。
歌が。
弾けるものが。
総てが。

佇まいにも。
振舞いにも。
思いにも。
意思にも。
総てに。

あの。
匂いが。
あの。
空気が。
漂っている。纏っている。

決まっている。
いかしている。
カッコいい。
華がある。
それがいい。それでいい。

凛として。
真っすぐで。
幸福感に。
溢れていて。
生き生きとしていて。

それで。
それだけで。
総てが決まるのさ。
結果。
愛しいと、思ったら。感じたら。それでいい。

お帰り。待っていたよ。



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2016/08/10 Wed *英雄なんか / The Stranglers

20160810nomoreheroes


不安定な時。
乱れる時。
わけもわからずに。
怯えて。
慌てて。

兎に角。
安定をと。
落ち着かせてくれと。
そんな気持ちだけに。
急かされて。

拙速に。
ちゃんと。
見ないで。
聞かないで。
選んでしまう。

そんな。
習性を。
そんな。
ものだと。
見透かされている。

だから。
甘い。
言葉に。
誘いに。
乗る、その前に。

立ち止まれ。
一息つけ。
そして考えるのだ。
そして問いかけるのだ。
本当に、英雄の登場を望んでいるのかと。

『No More Heroes』'77年リリース。
ストラングラーズの2枚目となるアルバム。
ブリティッシュ・パンク勢の中でも一際異彩を放っていたストラングラーズ。
そのサウンドはドアーズの影響を強く感じさせるものであり。
その姿勢はひたすら尖がって、一切の妥協がない先鋭的なものであり。
クラッシュと揉めたり、果てはストーンズの楽屋に殴り込んだりと騒動を引き起こし。
政治的な発言を巡って右翼に付け狙われて襲撃を受けたとか。
常にセンセーショナルな話題共に語れることの多かったストラングラーズ。
ヒュー・コーンウェル、ジャン・ジャック・バーネル、デイヴ・グリーンフィールド。
そして実はチャーリー・ワッツより年長のジェット・ブラックと。
他のパンク・バンドと比較して平均年齢も高く、しかもインテリでもあったりして。
それでも高い評価と大きな支持を得たのは偏にその攻撃的な姿勢が反映したサウンドで。
現状への疑問や不満。蔓延する欺瞞への怒り。変化を強く求める改革、革命の意識。
ジャン・ジャックとジェットが刻む強靭で確かなビートを基調に。
グリーンフィールドの幻想的なオルガンとヒューの甲高い歌声が縦横無尽に這い回る。
その実、奇怪極まりないと言うか、なんとも妙に神経に触るものがあるのですが。
その不快とも感じられるサウンドが、胸の内に入り込んで、染み込んで。
なにかを刺激されるのか、気づいた時には虜になっていて。中毒の様に聴き続ける。
その危うさ、危険極まりないところ。それこそがストラングラーズの魅力なのです。
それが結実しているのがタイトル・トラックの「No More Heroes」で。
こんな世界にはもう英雄なんかいらない。世界を救えるのは英雄ではないと。
そんな強烈なメッセージが否応なしに突き刺さり、抜けなくなるのです。
あまりにガチンコで、どこまでも硬派なサウンドとメッセージ。その真実味と凄味。
社会に、世界に真剣勝負を挑んだ。その点において真にパンクなバンドのパンクなアルバムなのです。

不穏な時。
崩れる時。
わけがわからなくて。
恐れて。
焦って。

なんでもいい。
安寧をと。
静かにしてくれと。
そんな雰囲気だけに。
流されて。

稚拙に。
殆ど。
見ないで。
聞かないで。
受け容れてしまう。

そんな。
怠惰を。
そう。
その程度だと。
舐められている。

だから。
耳ざわりのいい。
言葉を。
誘いを。
信じる、その前に。

立ち止まれ。
一息つけ。
そして考えるのだ。
そして問いかけるのだ。
本当に、英雄などが必要なのかと。

不安定。
乱れている。
不穏。
崩れている。
それは誰が仕掛けた。

怯える。
慌てる。
恐れる。
焦る。
それは誰が始めた。

安定すれば。
落ち着けば。
安寧であれば。
静かであれば。
なんでもいいのか。

拙速に。
稚拙に。
見てもいない。
聞いてもいない。
それで。なにを選べる、なにを受け容れられる。

甘い。
耳ざわりのいい。
言葉。
誘い。
そいつに乗っていいのか、信じていいのか。

見透かされてはいないか。
舐められてはいないか。
隠している。
隠されている。
顔が、手が見えはしないか。

その誰かは。
真に英雄なのか。
そもそも。
英雄なぞが。
世界を、我々を救ってくれるのか。

英雄なんか。
いらない。
英雄なんか。
いない。
虚像に踊らさるのはもう止めよう。

英雄なんか。
いらない。
英雄なんか。
そもそもいない。
一人一人が自分自身の英雄であればいい。



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2016/08/09 Tue *仕組みなどに / The Jam

20160809allmodcons


メソドロジーとか。
システムとか。
枠組みや仕組み。
そいつが整いさえすれば。
総てが上手くいくか。

そう。
思っているとしたら。
そうだな。
そいつは相当におめでたい。
そうとしか言い様がないな。

世の中。
そんなに甘くない。
そんなに優しくない。
メソドロジーも。システムも。
所詮はただのツール。

誰もが。
自分と同じツールを。
自分と同じ思考で。
自分と同じ様に使う。
そんなに単純なものではない。

だから。
メソドロジーでも。
システムでも。
枠組みや仕組みを。
臨機応変に使える。

そんな。
思考の深さ。
思考の柔軟性。
そいつを表現して実行に移して。
人を動かす力が必要なのさ。

『All Mod Cons』'78年リリース。
ジャムがその音楽性を一気に広げた3rdアルバム。
(因みに米国での発売は翌年で1曲差し替えられていました)
『In The City』でセンセーショナルなデビューを飾るも。
続く『This Is The Modern World』のセールスが伸び悩み。プレスにも叩かれたと。
ポール・ウェラー自身も。一度も聴き返していないと発言しているらしいですが。
恐らく、それはポールのプライドの裏返しで。実のところ自信はあったのだろうと。
それが受け入れられないのなら。もっと思い切る必要がある。そう腹を括って。
そして。パンクだけでなく、モッズやソウルの影響を素直に取り込んだ上で。
そこに、その時代を生きるバンドとしてのセンスやスピード感を融合させた。
結果として、ジャムにとってのみならず。英国の音楽シーンにとっても。
大きな意味を持つ、歴史的なアルバムとなったと。ポールとしては、どんなもんだいと。
そんな気持ちだったのではないかと。ここからネオ・モッズが始まったのですからね。
アルバム・タイトルは住宅の広告に使われる言葉All Modern Conveniencesの略語で。
最新設備完備みたいな意味らしく。エアコンもシステム・キッチンもあります、みたいな。
タイトル・チューンの「All Mod Cons」では商業広告と大衆を皮肉っていて。
広告(やマスコミ)が美辞麗句を並べれば我も我もと寄ってくるのに。
広告に取り上げられなくなると、誰も寄り付かなくなると。皮肉と怒りに溢れていて。
余程『This Is The Modern World』が受け入られなかったことを根に持っていたのだなと。
その凄まじいエネルギーを注ぎ込んだのだから、それは凄いアルバムになるわなと。
要は世の中の仕組みと同じで。それが生きるか死ぬかは人間自身の問題なのだと。
そんな真実を痛烈に鮮烈に、世の中に叩きつけているのですね。男気だなぁ。
キンクスのカバー「David Watts」にしてもオリジナルよりビートが強調されていて。
デヴィッド・ワッッになれたらなぁじゃなくて、デヴィッド・ワッッになってやると。
そんな気概に溢れています。憧れて、真似をして、やがて乗り越えてやるのだ、みたいなね。

メソドロジーとか。
システムとか。
枠組みや仕組み。
そいつを知ってさえいれば。
総てに対応できる。

そう。
思っているとしたら。
そうだな。
そいつはかなりの見当違い。
そうとしか言い様がないな。

世の中。
そんなに緩くない。
そんなに易しくない。
メソドロジーも。システムも。
それ自体はただのツール。

誰もが。
同じツールを知っている。
同じツールを認めている
同じツールを信じている。
そんな状況は奇跡に近い。

だから。
メソドロジーでも。
システムでも。
優位性や効果を。
相手に納得させられる。

そんな。
思想の説得力。
思想の独創性。
そいつを明示して行動に移して。
人を魅了する力が必要なのさ。

だから。
整っていれば。
それでいいとか。
知っていれば。
それでいいとか。

そう。
思っているとしたら。
その段階で。
先はない。
勝負にならない。

メソドロジーを。
システムを。
整えるのは当たり前。
知っているのも当たり前。
その先が勝負の鍵を握っている。

ただのツール。
所詮はツール。
そいつをどう使うか。
そいつはどう使えるか。
そいつをどう納得させられるか。

いつも。
いまも。
いつまでも。
何度でも。
考え抜くしかない。

考えて。
考えぬいて。
思考を深めて。
思考を柔らかくして。
対応できるように。

思って。
思いぬいて。
思想に重みを持たせて。
思想に個性を与えて。
対処できるように。

気概をもって。
臨め。挑め。
最初は誰かの真似でいい。
最初は誰かから盗めばいい。
最後に乗り越えていけばいい。

ツールに。
仕組みなどに。
使われるな。
支配されるな。
使いこなせ。

そいつを肝に銘じよう!



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2016/08/08 Mon *もはや戦後ではない / Max Romeo & The Upsetters

20160808warinababylon


もはや。
戦後ではない。
ましてや。
戦前でもない。
そう言うことだ。

この。
空を覆う。
黒い雲。
放たれる。
稲光と雷鳴。

身を。
隠す場所も。
無ければ。
身を。
竦めても保証はない。

黒雲は。
厚さを増し。
稲妻と雷鳴は。
止まることを知らない。
そんな社会なのだ。

そうさ。
もはや。
否応なしに。
我々は。
戦いの中に放り込まれた。

もはや。
戦中なのだ。
黒雲を追い払う為。
稲妻と雷鳴を止める為。
戦うしか道はないのだ。

『War In A Babylon』'76年リリース。
マックス・ロメオとアップセッターズによるアルバム。
ロメオと言うと。どうにもエロティック・・・シモ系のシンガーと思われがちで。
キース・リチャーズにアルバムに参加してもらった際にも勝手にツー・ショットを載せて。
キースの旦那の顰蹙を買うとか。どうにも軽い、軽薄なイメージがついて回るのですが。
ジャマイカの政情悪化に懸念を抱いて、切迫した思いを歌ったこのアルバム。
アップセッターズを従えて、リー・スクラッチ・ペリーがプロデュースしたこのアルバム。
そこでの素晴らしい歌声と、込められたメッセージにこそ、その真価が表れていたかなと。
当時の政情、政党同士の抗争はボブ・マーレーが銃撃されるほど激しいものだったので。
それまでは。お気楽なシモネタを歌っていたロメオとしても感じるもの湧き上がってきて。
ベッドからストリートに出て。レベル・ミュージックを歌わざるを得なかったと。
恐らくそれはロメオに限らず。当時のレゲエ・シンガー達には共通していた思いなのかな。
日々繰り返される抗争、血の惨劇が日常となっていく。そんな光景を目の当たりにしたらね。
そんなレベル・ミュージックを届ける上においてはペリー所有のスタジオ。
ブラック・アーク特有のシンプルさを極めたクールなサウンドは最適だったと思われて。
改めてペリーのセンスの鋭さを感じる・・・ペリーのアルバムとも呼べるかもですね。
そしてロメオ。その歌声の素晴らしさ。それは変わらなさにあって。
レベル・ミュージックだからと言って、殊更に声高にシャウトするのでもなく。
落ち着いて、淡々と。しかしそれは決して諦念の表れではなく、草の根の強さを表すもの。
踏まれても、薙ぎ倒されても。それでも。しぶとくしなやかに何度でも立ち上がる姿。
それが、その歌声のあり様が。長く厳しい戦いでも。決して諦めはしないと。
淡々と歌われるからこそ伝わる、届けられるものもあるのです。その強さを感じさせられるアルバムなのです。

もはや。
戦後は終わってしまった。
ましてや。
戦前すらも終わってしまった。
そう言うことだ。

この。
社会にたちこめる。
重い空気。
満ちている。
不寛容と悪意。

身を。
隠す必要など。
無い筈なのに。
身を。
晒していれば明日の保証が無い。

空気は。
重さを増し。
不寛容と悪意は。
ひたすら増幅していく。
そんな社会なのだ。

そうさ。
もはや。
否応なしに。
我々は。
戦いの場に立たされている。

もはや。
戦中なのだ。
重い空気を追い払う為。
不寛容と悪意を止める為。
戦うしか道はないのだ。

戦中だ。
闘いの真只中だ。
そうさ。
先ずは。
それを認識しよう。

戦中だ。
闘いの真只中だ。
そうだ。
そこからは。
目を逸らしてはならない。

現実に。
いま。
そこにある。
危機。危険。
それと対峙しなければならない。

見えない。
聞こえない。
そんな人達にも。
伝えて。届けて。
対峙させなくてはならない。

悲観したくなる。
悲嘆に暮れたくなる。
耐えられず。
追われる思いで。
大声で叫び出したくなる。

そこで。
堪えて。
唇を噛んで。
拳を握りしめて。
一呼吸おいて。

それから。
いつもの様に。
普段と同じ調子で。
声を上げ始めよう。
一歩を踏み出そう。

いつもと。
同じリズムで。
同じビートで。
同じメロディで。
戦いの歌を口ずさもう。

もはや。
戦中である。
でも。
必要以上に恐れることはない。
俺達には、俺たちの戦い方が、歌い方があるのだから。



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2016/08/07 Sun *壁などいらない / Sly And Robbie

20160807languagebarrier


壁など。
作らなければいい。
それでも。
作られてしまったら。
壊してしまえばいい。

壁など。
必要ない。
それでも。
そびえ立っているのなら。
崩してしまえばいい。

そもそも。
いらないものが。
余計なものが。
多すぎる。
溢れている。

過剰な。
情報。
欲望。
消費。
そんなものが壁を生み出している。

ならば。
問答無用。
言葉など。
いらない。
有無を言わさずに。

壊してしまえばいい。
崩してしまえばいい。
いらないもの。
余計なもの。
消し去ってしまえばいい。

『Language Barrier』'85年リリース。
レゲエ界最強のリズム・セクション、スライ&ロビー。
最恐とも呼べそうな強面のジャケットも印象的なこのアルバム。
(この奇妙なサングラスはイッセイ・ミヤケのデザインだとか)
ビル・ラズウェルが制作に関わったこのアルバムで世界的にブレイクしました。
尤も。それ以前からその名前はレゲエの枠を超えて全世界に鳴り響いていたと。
'70年代半ばから活動を始めて。録音に関わったナンバーが20万曲を超えるとかで。
このアルバムでもハービー・ハンコック、アフリカン・パンバータ。
そしてあのボブ・ディランも参加している程に、その凄腕は知れ渡り、信頼されていたと。
このアルバムの録音前には上田正樹のアルバムとツアーにも参加していて。
渋谷公会堂(だったかな)に鳴り響くその超ド級のリズムにブッ飛ばされた記憶があります。
さて。ラズウェルと言えば。この時代は最先端を行く寵児だったので。
当然のことながら、当時としては最新の技術を駆使した電子音が鳴り響いたりしていて。
それが。今となっては時代を感じさせる、時代に囚われることにもなっているのですが。
スライ&ロビーの二人の叩き出す強力なリズムは時の流れなど些かも問題にしていません。
電子楽器の響きが寧ろ原始的に聴こえるのに対し、本来原始的であるリズム・セクション。
そのベースとドラムスが普遍的に聴こえる、鳴り響いている。そこに凄味があるかなと。
元々、最強のリズム隊ですからね。語弊を恐れずに言えば上に乗るのはなんでもいいと。
要は土台がしっかりしていれば上物はどうにでもなると。それがスライ&ロビーの強さ。
その比類なき強さがあるから、それが比類なき魅力となっているから。
どんな壁も。そうジャンルも、言語も、そして時代も問題にせずに乗り越えてしまえる。
もっと言ってしまえば。どんな壁でも問答無用でぶっ壊してしまえるのだと思うのです。

壁など。
作らせなければいい。
それでも。
作られているのなら。
壊してしまえばいい。

壁など。
無用の長物。
それでも。
そびえ立ってしまっているのなら。
崩してしまえばいい。

そもそも。
いらないものばかり。
余計なものばかり。
多すぎる。
押し付けられている。

供給され続ける。
情報。
欲望。
消費。
それらが壁を生み出し続ける。

ならば。
問答無用。
言葉など。
発するまでもない。
有無を言わさずに。

壊してしまえばいい。
崩してしまえばいい。
いらないもの。
余計なもの。
葬り去ってしまえばいい。

そうさ。
壁など。
いらないのなら。
必要ないのなら。
そう感じるのなら。

遠慮など。
無用で。
どかどかと。
ずかずかと。
乗り込んで。

壊してしまえばいい。
崩してしまえばいい。
跡形もなく。
消し去ってしまえばいい。
葬り去ってしまえばいい。

情報を。
欲望を。
消費を。
より求める。
そんな世界の壁など。

肌の色や。
眼の色や。
言葉の違いが。
生み出している。
そんな世界の壁など。

人種とか。
国境とか。
宗教とか。
それが壁であるならば。
それが世界だと言うのならば。

壊してしまえばいい。
崩してしまえばいい。
跡形もなく。
消し去ってしまえばいい。
葬り去ってしまえばいい。

壁などいらない。
それこそが。
それだけが。
普遍の真実として。
世界中に鳴り響けばいい。



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2016/08/06 Sat *八月の週末がやって来た / RC サクセション

20160806thetearsofaclown


今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏の。
週末がやって来た。

暑く。
熱く。
切なく。
寂しい。
週末がやって来た。

今でも。
未だ。
嘘だろうと。
そうだよなと。
信じられないのだ。

あの。
わけもなく。
楽しくて。
熱かった。
週末は続いている。

あの。
どうしようもなく。
昂って。
大声で叫んでいた。
夏の週末は続いているのだ。

青い空の下での。
あの熱狂と興奮は。
いまも。
いつも。
この胸の中に息づいているのだ。

『The Tears Of A Clown』'86年リリース。
日比谷野音で収録されたRCサクセションの2枚組ライヴ・アルバム。
同年に4日間行われたライヴから選ばれたナンバーが14曲収められています。
夏の、真夏の、8月のRCの野音って12月の武道館と共に恒例だった。
そう思っていたのですけどね。この年が久し振りの開催だったそうです。
なんだかね。毎年、毎夏、野音でRCを観ていた様な記憶があるのですけどね。
全部で何回ぐらい、野音でやったのかな?そのうちの何回ぐらい客席にいたのかな?
夏の、真夏の、8月の、週末の、野音のRC。あまりにも自然な光景になっていたので。
どうもね。この季節に野音に行かないと言うのが。その事実に馴染めないのですよね。
そんな時は。このアルバムに針を落として。「In The Midnight Hour」で一挙に昂って。
「Sweet Soul Music~Strawberry Fields Forever」でもうタイム・スリップしてね。
あの野音の光景、空気、匂い・・・それがまざまざと蘇ってくるのです。
そうなのだよな。日本の夏には、真夏には、8月の、週末にはRCがいないと駄目なのです。
この年の野音、このアルバムでは「君はそのうち死ぬだろう」と「ヒッピーに捧ぐ」がね。
意表を突いたというか、度肝を抜いたというか。客席を唖然とさせたのですよね。
あまりに客席が静まりかえったからか。「君はそのうち死ぬだろう」は一旦外されて。
多少アレンジをポップに変えて再登場。それでも十分にヘビーでしたけどね。
この2曲を敢えて演奏したのは。RCの、清志郎の思い、メッセージがあったと思われて。
安易に死を選ぶ若者達への痛烈な一撃だったのかなと。甘えるなよと。そして、それは。
ただ馬鹿騒ぎをする為だけにライヴにやってきていた一部のファンにも向けられていたと。
そう感じるのですけどね。たかがロックンロール、されどロックンロール。
その、されどに。拘った、拘り続けていたのが清志郎だったのだと。それがあったからこそ。
RCは特別な存在であり続けて。野音のRCはその象徴だった気がしてならないのです。
『Covers』発売中止騒動時の野音のRCだけがメッセージを放っていたわけではないと。
そして。いまこの時、この国に。RCの野音が、RCが、清志郎がいないこと。
この季節。その重みを今更ながらに思い知らされて。だから、諦めるには早いなと思うのです。

今年も。
また。
あの季節が来た。
苛まれる夏の。
週末がやって来た。

暑く。
熱く。
切なさと。
寂しさを隠し切れない。
週末がやって来た。

今でも。
未だ。
嘘だろうと。
そうに、決まっていると。
信じたくないのだ。

あの。
わけもなく。
楽しくて。
そして、切ない。
週末は続いている。

あの。
どうしようもなく。
胸が詰まり。
涙を流しながら歌っていた。
夏の週末は続いているのだ。

青い空の下での。
切なさと刹那さは。
いまも。
いつも。
この胸の中で渦巻いているのだ。

八月の。
週末が。
来れば。
思い出すのは。
それは。

二度と。
戻らない。
手にできない。
感じられない。
純度100%の高揚感。

年々。
強くなる。
強烈になる。
その高揚感への。
憧憬。

未だに。
消えないどころか。
強まる。
一方の。
重苦しい感じ。

年々。
暗くなり。
圧し掛かる。
低く垂れこめる空への。
焦り。

青い空の下。
熱い空気の中。
振り上げた拳は。
叫んだ言葉は。
行き先を見失ったまま。

だから。
この季節。
この夏。
八月の週末。
陽光の下、陽炎の向こう。

あの頃の様に。
あの歌声に。
胸をときめかせるのだ。
憧憬を抱くのだ。
切なくて、儚くて、刹那に終わったとしても。

今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月の週末がやって来た。



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2016/08/05 Fri *八月がやって来た / 仲井戸麗市

20160805thenakaidoreichibook


今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月がやって来た。

暑く。
蒼く。
苦しく。
切ない。
八月がやって来た。

今でも。
未だ。
苦しいのだ。
怒れるのだ。
悲しいのだ。

あの。
わけもなく。
楽しみで。
楽しかった。
夏休みは続いている。

あの。
どうしようもなく。
苦しくて。
ナイフを忍ばせた。
夏の日々も続いているのだ。

青い空の下での。
蒼い日々の思いは。
いまも。
いつも。
この胸の中に息づいているのだ。

『The Nkaido Reichi Book』'85年リリース。
仲井戸麗市、チャボの初めてとなるソロ・アルバム。
暑い夏に。八月に。そう8月31日にリリースされたのですね。
永遠の少年のイメージがある、少年の日々、そこでの出会い。
そんなものを慈しみ、愛しているチャボらしいなと感じた記憶があります。
この頃、RCは明らかに煮詰まった状態になって。その打開策って意味もあったのかな。
チャボとしてはRCに対する苛立ちもあっただろうし、複雑な気持ちもあっただろうし。
リリース直前に行われたオール・ナイトのイベントでのチャボのライヴ。
その怒りのエネルギーは凄まじく。でも同時にとても痛々しかったのですよね。
そのライヴには清志郎も飛び入りで参加して。一挙に会場のボルテージを上げていたけど。
このアルバム。その世界、その完成度。そいつは清志郎にとってはショックだった筈で。
そこからまたRCの新しい物語が始まったのかなと思っているのですけどね。
この時チャボって三十代半ばかな。そうか。そこまでいっても怒れるし、苦しいのかなと。
若造だった自分は疑問にも感じたのだけれど。今となってはよくわかると言うか。
幾つになろうが。怒りも、息苦しさも、悲しさも、切なさも消えてはくれないし。
逆に言えば。その様なものを感じられなくなったら。そこで終わりなのだな、だと。
勿論、それだけではなくて。ワクワクする楽しさとか、どうしようもない愛しさとか。
そんなものも。どこまでいっても。かわりはしないのだとも教えられて。
そう。結局。ティーエイジャーの頃と、あの夏と。何も変わりはしないのだと。
ただ。問題はより複雑になるし。状況はより悪くなるし。だから怒りを忘れちゃいけないし。
そして。だからこそ。愛するもの、愛する人への思いはより強くなりもするのだと。
そうやって。僕らは永遠に続くあの夏の続きを駆け抜けて、生き抜いていくしかないのだと。
あまりにも切なくて、時に痛々しくて。でも優しくて。だからチャボは信頼できるのです。

今年も。
また。
あの季節が来た。
苛まれる夏が。
八月がやって来た。

暑く。
蒼く。
息苦しく。
汗で涙を隠す。
八月がやって来た。

今でも。
未だ。
重苦しいのだ。
怒りは消えていないのだ。
胸は切り裂かれたままなのだ。

あの。
楽しみだけ。
それだけが。
感じられた。
夏休みは続いている。

あの。
いつからか。
息が詰まり。
拳を血だらけにした。
夏の日々も続いているのだ。

青い空の下での。
蒼い日々の思いは。
いまも。
いつも。
この胸の中で渦巻いているのだ。

夏が。
八月が。
やって来れば。
思い出すのは。
それは。

二度と。
戻らない。
手にできない。
感じられない。
純度100%の幸福感。

年々。
強くなる。
強烈になる。
その幸福感への。
憧憬。

未だに。
消えないどころか。
強まる。
一方の。
息苦しさ。

年々。
重くなる。
圧し掛かる。
その閉塞感への。
怒り。

青い空の下。
蒼い日々の中。
ぶん殴った拳は。
抜き放ったナイフは。
収める機会を失ったまま。

だから。
この季節。
この夏。
八月の。
陽光の下、陽炎の向こう。

あの頃の様に。
あの娘に。
胸をときめかせるのだ。
憧憬を抱くのだ。
切なく、儚い、幻だなどと承知の上で。

今年も。
また。
この季節が来た。
暑い夏が。
八月がやって来た。



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2016/08/04 Thu *今夜、ベイ・サイドで / Otis Redding

20160804thedockoftnebaymono


そうか。
そう言うことか。
そうだな。
それも。
あるのかも知れないな。

それほど。
長くはないけれど。
海辺の街に。
港がある街に。
住んでいた。

いい思い出よりも。
嫌な思い出が多いけど。
脱出したくてしかたがなくて。
逃げる様に後にした。
そんな街だけど。

その街で。
友に出会い。
あの娘に出会い。
そして。
ロックンロールに出会ったのだ。

そこには。
海風が吹き。
潮の香りが漂い。
沖を大型船が進み。
堤防に腰かけて海を見ていた日もあった。

だから。
この街が。
海辺の街が。
港のある街が好きなのだな。
今夜、ベイ・サイドで。

『The Dock Of The Bay』'68年リリース。
ビッグ・オー、オーティス・レディングの死後初めて発売されたアルバム。
オリジナル・アルバムと勘違いされていることも多いみたいですが。
アルバム未収録のシングル曲や、未発表曲を中心とした編集アルバムです。
「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」の爆発的なヒットにも牽引されて。
オーティスのアルバムとしては初の全米5位以内にまで駆け上がり。
全英では見事に1位を獲得しています。それだけオーティスが愛されていた。
そして。オーティスの死がどれだけの人々に喪失感を与えたかが窺われます。
収録されているナンバーの録音時期や、その質にもばらつきがある為に。
アルバムとしての完成度、統一感には当然ながら欠けるものがあり。
決してオーティスの最高傑作とは呼べないのですが。それでも特別なアルバムであると。
それは。その理由は。そう、「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」が収録されていること。
今でこそ、様々なベスト・アルバムに収録されていますが。このアルバムこそが。
「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」が初めて収録されたアルバムだったのですよね。
喉の手術をして。その声質が変化したこともあってか。従来のナンバーとは色合いが違い。
スタックスのスタッフも、そしてMGズのメンバーも戸惑ったとも言われていますが。
オーティスは自信満々で、生涯で一番のナンバー、必ず大ヒットするよと。
そう言い残してスタジオを後にしたのが、あの忌まわしい飛行機事故の三日前だったと。
悲しみに打ちひしがれながらもオーティスの遺志を尊重し、引き継いで。
スティーヴ・クロッパーが最後の仕上げをした「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」です。
結果はR&Bチャート、ポップス・チャート共に制覇して、永遠の名曲となったのです。
カリフォルニアの海を見ながら故郷ジョージアを想いながら書かれたとも言われていて。
盟友クロッパーと語り合いながら形にしていくオーティスの姿が瞼に浮かぶ様でもあり。
その温かくも切ないメロディと歌声に。いつも、いまも。胸を深く打たれるのです。

そうか。
そう言うことか。
そうなのだな。
それが。
奥底にあるのだろうな。

ほんの。
短い間と感じはするが。
海辺の街に。
港がある街に。
住んでいた。

いい思い出を数えるよりも。
嫌な思い出を数えるのが早いけど。
取り込まれるのが嫌で、大嫌いで。
後ろ足で砂を掛ける様に後にした。
そんな街だけど。

その街にも。
生涯の友がいて。
あの娘の残り香があり。
そして。
自分にとってのロックンロールが作られたのだ。

そこには。
海風が吹いていて。
潮の香りが漂っていて。
沖を進む大型船を目にしながら。
堤防に腰かけて未来を夢見ていた日もあった。

だから。
この街が。
海辺の街が。
港のある街に惹かれるのだな。
今夜、ベイ・サイドで。

この街にも。
海がある。
港がある。
ふと。
海風を、潮の香りを感じる。

この街には。
港町ならではの。
気骨があり。
気風の良さがあり。
風通しの良さがある。

この街には。
そんな港町ならではの。
気骨を示す。
気風の良さを体現する。
風通しの良さを感じさせる人達がいる。

この街には。
甘くも。
べたべたもしない。
何かを強要しない。
粋な優しさがある。

この街には。
流れ者でも。
よそ者でも。
認めれば、受け容れてくれる。
海の様な懐の深さがある。

あの日。
海風に吹かれて。
潮の香りに包まれて。
沖を進む大型船を目にしながら。
堤防に腰かけて見ていた海は。

そう。
堤防に腰かけて。
夢見ていた未来は。
この街にも。
繋がっていたのかもしれないな。

今夜、ベイ・サイドで。



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2016/08/03 Wed *的中するその時まで / Rufus With Chaka Khan

20160803theverybestofrufus


数を。
撃てば。
それで。
いいとは。
そうは思わないが。

先ずは。
撃て。
撃たなければ。
撃ってみなければ。
何も始まらない。

的を。
外しても。
的に。
届かなくても。
それでいい。

外したのなら。
なんで。
どうして。
外れたのか。
それを考えればいい。

届かなかったのなら。
なんで。
どうして。
届かなかったのか。
それを考えればいい。

その為には。
撃ってみるしかない。
そう言うことだ。
さぁ。思い切って。
撃ってみよう。

『The Very Best Of Rufus With Chaka Khan』'82年リリース。
ルーファス・ウィズ・チャカ・カーンの(恐らく)初めてのベスト・アルバム。
そして同年に解散したルーファスにとっては最後のアルバムでもあります。
今やソロ・シンガーとしての名声を揺るぎないものとしているチャカですが。
その原点、スタート・ラインはこのルーファスとの活動だったのですよね。
元々は白人と黒人の混合編成のロック・バンドだったらしいルーファス。
そこに超ド級の歌唱力と迫力を兼ね備えたチャカが加わって化学反応が起きたと。
何せ、その口の大きさ?と迫力ではティナ・ターナーとタメを張るチャカですからね。
それまでは試行錯誤を繰り返して、方向性も定まらずに右往左往していたと思われる。
そんなルーファスが、チャカの加入によってファンクに狙いを定めたと。
そして投じてみた、撃ってみたところ。見事に的に的中したのですね。やってみるものだと。
スティーヴィー・ワンダーの「Tell Me Something Good」のヒットをきっかけに。
ルーファスの快進撃は止まるところを知らず。チャカの濃厚で溌剌とした歌声。
それを支えるルーファスの軽快に弾むサウンド。その相乗効果が実に何とも心地良くて。
刻むギター、唸るベースに導かれてチャカが歌いだす瞬間の、なんとぞくぞくすることか。
ルーファスとチャカ、その共同体と呼んでもよさそうな一体感も感じられて。
とても。そう聴いていると高揚と幸福が聴いている者の中にも湧き上がってくる。
そんなルーファスとチャカのベスト・アルバムですからね。その効果は絶大です。
(尤も。ルーファスとチャカの一体感はかなりの部分、薬物によるものでもあった様ですが)
アリフ・マーディンに声を掛けられてルーファス在籍中からチャカはソロとしても活動。
それが大きな成功を収めて。自然な流れとしてルーファスは解散へと至るのですが。
ソロとしてのチャカも大好きなのですが。どこか八方破れ、ハチャメチャな楽しさもある。
ルーファス・ウィズ・チャカ・カーンの、その魅力もね、捨て難いのですよね。

何でも。
撃てば。
それで。
いいとは。
そうは思わないが。

先ずは。
撃て。
撃たなければ。
撃ってみなければ。
何もわからない。

的を。
外してしまう。
的に。
届かず落ちてしまう。
それがいい。

外したから。
なんで。
どうして。
外れたのか。
それを考えられる。

届かなかったから。
なんで。
どうして。
届かなかったのか。
それを考えられる。

その為には。
撃ってみるしかない。
そう言うことだ。
さぁ。兎にも角にも。
撃ってみよう。

結果など。
気にしない。
結果など。
わかりはしない。
それでいい。

的が。
うっすらとでも。
見えるなら。
例え。
見えていなくても。

撃て。
撃ってみろ。
撃ってこい。
外れても。届かなくても。
撃ち返してやる。拾ってやる。

撃て。
撃ち続けろ。
撃ってこい。
逸れても。飛び過ぎても。
撃ち返すぞ。拾うぞ。

少しでも。
僅かでも。
的に。
その真ん中に。
確信に。

近づける様に。
撃ち返す。
パスを返す。
トスを上げる。
ヒントを見つけろ。

撃て。
撃ってみろ。
撃ってこい。
撃ち続けろ。
的中するその時まで。



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2016/08/02 Tue *もう恋など / Betty Davis

20160802bettydavis


もう恋などしない。

夏である。
それも。
真っ盛りである。
陽射しが。
この目に眩しすぎる。

眩しいのは。
輝いているのは。
陽射しばかりではない。
この季節。
街をそぞろ歩けば。

行き交う。
すれ違う。
女性達の。
何とも。
魅惑的なことか。

露出の。
多めになった。
その肌に。
うっすらと浮かぶ。
汗さえも生き生きとしている。

ついつい。
視線を奪われ。
心も奪われ。
あっちへ、ふらふら。
こっちへ、ふらふら。

もう恋など・・・しないはずなのに(笑)。

『Betty Davis』'73年リリース。
『褐色のファンキー・クイーン』なる邦題も印象的なベティ・デイビスの1stアルバム。
邦題以上に、このジャケットの、脚線美が強烈な印象を残す、目に焼き付くかな。
正規に音楽教育を受けることも無く、独学でその才能を開花させたらしいベティ。
若くしてソング・ライターとしてのデビューを果たしています。
その後、その美貌を生かしてファッション・モデルとしてトップの座に上り詰めて。
ジミ・ヘンドリックスや、エリック・クラプトン等とも親交を深めて。
そして。あのマイルス・デイビスに見初められて結婚。マイルスはぞっこんだった様で。
曲を捧げたり、アルバムのジャケットに起用したりしています。
ベティはベティで、マイルスにジミを引き合わせる等、創作意欲を刺激するなど。
お似合いの夫婦だったと思われたのですが。そこはお互いに強烈な個性の持ち主ですから。
やがて衝突することも多くなり。離婚に至ると。マイルスは未練があった様ですけど。
さて。以前にはクラプトンに声を掛けられても音楽活動を本格させなかったベティ。
マイルスとの暮らしで得たものも多かったのか。遂にソロ・シンガーとしてデビュー。
その才能に惚れ込んだラリー・グラハムを始めとする錚々たるメンバーを従えて。
実に、豪快で迫力に満ちた。そして何とも形容し難い婀娜っぽさを漂わせた歌声で。
ファンキー・クイーンの名に恥じない、腰を直撃するナンバーを連発しています。
別に美声でもなく、歌が上手いわけでもなく。でも、耳にしたら虜にならずにはいられない。
そうだな。褐色で、蓮っ葉で、艶やかで、したたかなセイレーンと言ったところかな。
この魅力。歌声だけでも堪らないのですから。実際に身近に接しでもしたならねぇ。
一説ではジミとも関係があったとも言われる恋多き女性だったらしいベティです。
それが艶やかに、しかしドスを利かせて「Anti Love Song」なんて歌を歌うのですから。
しかも総てのナンバーがベティのオリジナル。素晴らしいと言うか、恐ろしいと言うか。
魅惑されても。決して恋には落ちたくないなぁ・・・否、堕ちるのだろうなぁ・・・

もう恋などしない。

夏である。
今年も。
真っ盛にである。
陽射しが。
この目が眩みそうだ。

眩みそうなのは。
輝きに惑わされそうなのは。
陽射しにばかりではない。
この季節。
街をそぞろ歩いている。

通り過ぎる。
立ち止まっている。
女性達の。
何とも。
魅惑的なことか。

露出の。
多めになった。
その肌を。
ひそやかに流れる。
汗さえも生き生きとしている。

ついつい。
視線を誘われ。
心も誘われ。
あっちへ、ふらふら。
こっちへ、ふらふら。

もう恋など・・・しないはずなのに(笑)。

どんなに。
眩しくても。
輝いていても。
魅惑されても。
どうにもならない。

どんなに。
眩んでも。
惑わされても。
魅了されても。
どうしようもない。

夏の。
輝き。
その。
眩しさ。
それは。

夏の。
盛りの。
陽射しの。
それ故の。
まぼろし。

夏の。
盛りの。
陽射しが。
見せる。
陽炎。

夏の。
盛りの。
陽射しが。
追わせる。
逃げ水。

微笑も。
手招きも。
誘うような。
後姿も。
総ては妄想。

愛の歌なんて。
聴こえない。
歌わない。
聴きたくない。
歌いたくない。

もう恋など・・・しないと思うけどね(笑)。



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2016/08/01 Mon *ヒーロー、ヒーローになる時・・・ / Bootsy's Rubber Band

20160801bootsyplayeroftheyear


これも。
それも。
あれも。
はぁ。
そうですか。

誰も。
できない。
やらない。
手が回らない。
やる気がない。

だったら。
このままに。
そのままに。
あのままに。
しておきますか。

それは。
それで。
困ると言うか。
それでは。
済まないのですか。そうですか。

ニッチと言うか。
こぼれ球を拾うと言うか。
誰かが。
やらねば。
俺がやるしかないと。そうですか。

あまり。
カッコ良くはないけれど。
誰もやらない。
それをやるのも。
悪くはないか。

『Bootsy ? Player Of The Year』'78年リリース。
怪人、ブーツィー・コリンズ率いるブーツィーズ・ラバー・バンド。
その3枚目にして、R&Bチャートで首位を獲得した大ヒット・アルバム。
ファンカデリック、パーラメントと所謂P-ファンク一派が隆盛を極めていて。
その勢いに乗って、分派であるブーツィーズ・ラバー・バンドも大躍進したと。
まぁ、そんなところではあるとは言え。何せブーツィーですからね。
その才能、強靭なファンクネスと躁状態とも言える飛びっきりの陽気さ。
そいつはジョージ・クリントンの下で発散、消費尽くされるわけもなくて。
ファンカデリック、パーラメントに並ぶ3大勢力と言っても過言ではないと。
そう思えるのですね。プロデューサーにはクリントンの名前もクレジットされていますが。
実体としてブーツィーが一人でプロデュースして。思うが侭にやっている。
どうにもそんな気がしてならないのですけどね。クリントンの匂いはしないものなぁ。
さて兄、キャットフィッシュ・コリンズやフレッド・ウェズリー等を従えて。
自らの帝国を築き上げ、王位に鎮座して・・・いや王権を振りかざして弾みまくると。
その最たるものが架空のスーパー・ヒーロー、ブーツィラに扮した「Bootzilla」で。
その綴りからもゴジラに影響を受けたのかと思われるブーツィーの分身だそうで。
なんとも怪獣並みの重量感を漂わせながら迫りくる様は迫力に満ちていて。
その一方で、無邪気な子供を思わせる陽気さも漂わせていて。
その弾み、跳び、叫び、煽る様は。何とも愉快極まりないキャラクター、ヒーローなのです。
哀愁漂う様なバラードも収められてはいるのですが。それもどこかキッチュだったりして。
やっぱり、とことん陽気で能天気なブーツィー、憂鬱など笑い飛ばすスーパー・ヒーロー振りが堪りません。

ここも。
そこも。
あそこも。
はぁ。
そうですか。

誰も。
いかない。
いけない。
足を運ばない。
やる気もない。

だったら。
このままでも。
そのままでも。
あのままでも。
いいじゃないですか。

それは。
それで。
まいると言うか。
それでは。
済まされないのですか。そうですか。

マニアックと言うか。
溢れたものを掬うと言うか。
誰もが。
やらないのなら。
俺がやるしかないと。そうですか。

なんか。
カッコよくはないけれど。
誰もいかない。
とこへ行くのも。
悪くはないか。

人と。
同じことしても。
仕方がないし。
目立ちも。
しないだろうし。

人と。
同じところに行っても。
仕方がないし。
目立つのにも。
苦労しそうだし。

要は。
これも。
それも。
あれも。
手垢にまみれている。

そう。
ここも。
そこも。
あそこも。
踏み荒らされている。

ならば。
ニッチだろうが。
マニアックだろうが。
誰もやらないこと。
誰もいかないところ。

こぼれ球。
拾って。
溢れたもの。
掬って。
そいつも。
悪くはないか。

地味なら。
派手に。
陰気なら。
陽気に。
変えてしまえばいい。

とことん。
能天気な。
ヒーロー。
そいつに。
なるのも。悪くはないか。

ヒーロー、ヒーロになる時、それは・・・いまかな(笑)。



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2016/07/31 Sun *闘おう、愛そう / The Isley Brothers

20160731heatison


闘おう。
それしかない。
そりゃ。
もう。
結末は見えている。

冷静に。
考えると。
どう計算しても。
答えは。
既に出ている。

それは。
そうなのだが。
身も。
心も。
納得していない。

ならば。
それこそ。
諦念や。
絶望とも。
闘おう。

そして。
最後の。
最後まで。
見届けられる様に。
立ち会える様に。

屈せず。
俯かず。
跪かず。
顔を上げて。
闘おう。

『The Heat Is On』'75年リリース。
数あるソウル・グループの中でも長く華やかな経歴を誇るアイズレー・ブラザーズ。
元々は兄弟三人のコーラス・グループとしてスタートしていて。
あの「Shout」や「Twist & Shout」のヒットを放って人気を獲得。
その後のモータウン時代にも「This Old Heart Of Mine」の大ヒットを放っています。
それらの時代のアイズレー・ブラザーズも素晴らしいのですが。
更なる進化を遂げるアイズレー・ブラザーズ。新たに兄弟や従弟をメンバーに迎えて。
ヴォーカルの3人に、ギター、ベース、ドラムスの3人。所謂3+3体制として再出発。
その体制での3枚目、そして最高傑作とも言えるのがこのアルバムなのです。
アイズレー・ブラザーズならではのしなやかにして強靭なファンク・ナンバー。
そしてこれまたアイズレー・ブラザーズならではのエロティックなバラード。
その両面が、その双方の魅力が実に高いレベルでせめぎあい、共存しているのですね。
針を落とした瞬間、「Fight The Power」の有無を言わせぬ迫力にまずブッ飛ばされます。
時代としては。ベトナム戦争も終結。公民権運動も落ち着いた頃だったと思うのですが。
そんな時代だからこそ闘いを忘れてはいけないのだと訴えかけるが如くに。
ドス黒くさえ感じられるヘヴィーでファンキーなサウンド、そしてドスの利いたシャウト。
抑圧するものに、横暴を極めるものに、権力に屈するなと。闘おうと鼓舞するこのナンバー。
それがR&Bチャートで1位、ポップ・チャートでも4位を獲得したところに。
アイズレー・ブラザーズの、そして音楽の力を感じると共に。闘いの永さをも感じます。
それだけ。権力との闘いとは甘くはなく、厳しいものなだと覚悟を促されもするのです。
となれば。厳しいだけ、闘い続けるだけでは限界もあるわけで。そこには愛も必要だろうと。
「For The Love Of You」で極上のメロウなサウンドに乗せて愛を謳い上げるのです。
切なく、そして甘美に愛を囁く。それもまた闘いには必要、否、それもまた闘いであると。
そんなことをも感じさせてくれるアイズレー・ブラザーズ。堪らないものがあるのです。

愛そう。
それしかない。
そりゃ。
もう。
結末は見えている。

冷静に。
考えると。
どう計算しても。
答えは。
既に出ている。

それは。
そうなのだが。
身も。
心も。
納得していない。

ならば。
それこそ。
諦念や。
絶望をも。
愛そう。

そして。
最後の。
最後まで。
見届けられる様に。
立ち会える様に。

屈せず。
俯かず。
跪かず。
顔を上げて。
愛そう。

闘おう。
時には。
激しく。
猛々しく。
荒々しく。

闘おう。
諦めずに。
絶望せずに。
最後まで。
その時まで。
愛そう。
時には。
優しく。
切なく。
甘く。
いやらしく。

愛そう。
諦めずに。
絶望せずに。
最後まで。
その時まで。

結末が。
見えていても。
答えが。
出ていても。
それでも。

納得が。
いかないのだと。
身が訴えるのなら。
心が震えるのなら。
それに従おう。

屈せず。
俯かず。
跪かず。
顔を上げて。
闘おう。愛そう。

抑圧にも。
横暴にも。
権力にも。
抗って。
闘い続けよう。愛し続けよう。



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