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2017年3月

2017/03/28 Tue *この夜も、あの夜も / 柳ジョージ&レイニー・ウッド

20170328yokohama


この夜も。

また。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
刻まれて。

その。
喜びに。
楽しさに。
酔いしれて。
忘れられなくなる。

不思議な話で。
何故。
わざわざと。
何故。
何度もと。

訊ねられても。
答えようもない。
そう。
己自身も。
わからないのだから。

ただ。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
染み込んで。

この夜も。

『Y.O.K.O.H.M.A』'79年リリース。
柳ジョージ&レイニー・ウッドの3rdアルバム。
サブ・タイトルが『I Remember The Night』で。レーベルにも記載されています。
横浜出身の柳ジョージ。パワー・ハウスやゴールデン・カップスで活動して。
一時期、音楽から離れていたものの。ロンドンへ渡って現地のシーンに触れて。
活動を再開。広島で活動していたメンバーと共に結成したのがレイニー・ウッドでした。
確か「Weeping In The Rain」がショーケン主演のTVドラマの主題歌になって。
それがブレイクのきっかけだったかなと。ショーケンのツアーに同行していましたっけ。
「Weeping In The Rain」の日本語版「雨に泣いている」はこのアルバム収録されています。
その「雨に泣いている」の印象が強いせいか。このアルバムが1stだと。
かなり長い間、そう思い込んでいたのですけどね。3rdアルバムだったのですね。
他にも「プリズナー」「嘆きのピエロ」「本牧奇談」「FENCEの向うのアメリカ」と。
よく聴いていた、よく口ずさんでいたナンバーが何曲も収録されていて。
恐らくこのアルバムが初めて手に入れたレイニー・ウッドのアルバムだったので。
それだけ馴染み深くて。それで1stアルバムだと勘違いして。そのままだったのですね。
ゴールデン・カップスも。厳密にはキャロルも。リアル・タイムでは間に合っていないので。
田舎のガキにとっては横浜と言えば、そのイメージはレイニー・ウッドだった時期があって。
特に「本牧奇談」と「FENCEの向うのアメリカ」に感じた空気と匂い。
それが強烈に刷り込まれて。行ったこともない横浜に憧れて、好きになっていたかもです。
あまりにもクラプトンに似ていた、クラプトンに擬えられたのが柳ジョージの悲劇で。
レイニー・ウッド解散後には興味を失ってしまいましたが。クラプトンのカバーとかねぇ。
尤も、本人はクラプトンよりもデイヴ・メイソンが好きだったとかで。それならばねぇ。
もう少し異なる道もあったかとは思いますが。人が良すぎたのかもしれませんね。

あの夜も。

そう。
この空気に。
この匂いに。
身が。心が。
震えて。

その。
悦びに。
嬉しさに。
酔いどれ。
忘れられなくなって。

奇妙な話で。
何故。
いまもと。
何故。
いつまでもと。

訊かれても。
答えなど見つからない。
そう。
己自身も。
探してなどいないのだから。

ただ。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
染み込んだのだ。

あの夜も。

その昔。
未だ見ぬ。
その街を。
勝手に思い。
勝手に憧れ。

その空気を。
その匂いを。
そして。
その夜を。
勝手に想像して。

いつかの日。
訪れた。
その街は。
その思いのままに。
その憧れのままに。

いつの間にか。
何度も繰り返し。
訪れる様になった。
その街は。
勝手な想像以上で。

その。
悦びが。喜びが。
嬉しさが。楽しさが。
刻まれて。
染み込んで。

酔いどれ。
酔いしれて。
忘れられなくなって。
今も。
いつまでも。

この夜も。
あの夜も。
不思議な話ではあるけれど。
奇妙な話ではあるけれど。
この街の夜を生きている。



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2017/03/27 Mon *街の喧噪の中で / Julie Driscoll/Brian Auger & The Trinity

20170327streetnoise


静かになんて。
暮らせない。
ざわめきが。
喧騒がないと。
落ち着かない。

今日も。
何かが起きている。
何かが始まり。
何かが終わり。
何かが・・・

動き。
蠢き。
その気配が。
その匂いが。
目を覚ましてくれる。

変わらないものなど。
安定とか。
平静とか。
そんなものの中では。
落ち着いていられない。

優しさと。
冷たさは。
表裏一体。
無関心。
非寛容。

何も。
感じなくならない様に。
何も。
言えなくならない様に。
街の喧噪の中で生きている。

『Streetnoise』'69年リリース。
ジュリー・ドリスコールとブライアン・オーガー。
2人の素晴らしい才能が出会って生まれたトリニティの3rdアルバム。
4面それぞれにタイトルが冠された2枚組の大作となっています。
1stアルバムではドリスコールのヴォーカルをフューチャーしたナンバーと。
オーガーのオルガンをフューチャーしたナンバーと。別物として扱っていて。
その線引きにある種の意味を持たせているのかなと感じましたが。
このアルバムではほぼ全編に渡ってドリスコールのヴォーカルを聴くことができます。
その力強く、そしてソウルフルな歌声。そこに変幻自在に絡みつくオーガー。
ジャージーでありながら、やはりソウルフルであり歌心を感じさせるオルガンの響き。
そう。言わば。ドリスコールとオーガーのデュエットの様な感じを抱かせます。
ジャズ・ロック、ブルース・ロック、プログレッシヴ・ロック・・・
そんなジャンル分けなど無意味だと痛感させられる。自由にして完成度の高いアルバム。
(レコード屋さんでは大抵、プログレのコーナーでお目にかかることが殆どですけどね)
何でも僅か2週間で録音をしてしまったとのことで。その集中力のなせる業なのか。
ドアーズ、ローラ・ニーロ、フィフス・ディメンションからマイルス・デイヴィスまで。
そのあまりにも幅広いカバーと。オリジナルが何の違和感もなく同居、共存していて。
ドリスコールとオーガーによってジャンルを超越したトリニティのナンバーになっている。
その奇妙にして絶妙な、混然としている一体感。それこそがこのアルバムの魅力で。
あの時代ならではの、猥雑で騒然として。そして熱気に包まれた街の音になっています。
そこに感じられるのは、寛容、共感、そして共鳴、共振といった今は失われつつあるもの。
ドリスコールが、オーガーが感じていたものを。その残り香だけでも感じたくなるのです。
「The Flesh Failures」と改題(?)された「Let Sunshine In」など鳥肌もので。
特にドリスコールの歌声の素晴らしさ、その魅力には魅せられて止むことはありません。

大人しくなんて。
過ごせない。
ざわめきが。
騒動がないと。
実感が持てない。

今日も。
何かが生まれている。
何かが生を受け。
何かが生を終え。
何かが・・・

動き。
蠢き。
その空気が。
その流れが。
気を研いてくれる。

変わりようのないものなど。
大樹とか。
長いものとか。
そんなものと一緒では。
悪い夢でも見ている様で。

静けさと。
酷さは。
表裏一体。
無共感。
非共鳴。

何も。
受け容れられなくならない様に。
何も。
考えなくならない様に。
街の喧噪の中で生きている。

何かが起きている。
何かが始まり。
何かが終わり。
それは何なのか。
いつでも感じられる様に。

何かが生まれている。
何かが生を受け。
何かが生を終え。
それは何なのか。
いつでも受け容れられる様に。

安易な。
優しさに。
表層的な。
静けさに。
目を眩まされぬ様に。

大樹に。
依らず。
長いものに。
巻かれず。
独りを恐れずに。

動き。
蠢き。
その気配。その空気。
その匂い。その流れ。
それと共にあろう。

今日も。
寛容で。
共感して。
共鳴して。
共振して。

静かになんて。
暮らせない。
大人しくなんて。
過ごせない。
落ち着かない。実感が持てない。

感じられる様に。
受け容れられる様に。
言葉を。表現を失わぬ様に。
思考を。意思を失わぬ様に。
街の喧噪の中で生きている。



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2017/03/26 Sun *仮初の / The Sensational Alex Harvey Band

20170326thepenthousetapesukorg


仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつに。
憧れる。

そう。
例えば。
崩れそうな。
ビルの屋上の。
塔屋に住み着いて。

街を。
見下ろしながら。
明日は。
この街を。
出ていくのだと思いながら。

昨日も。
今日も。
明日も。
塔屋から出かけて。
塔屋に帰る。

それでも。
いつも。
いつでも。
漂泊の思いを胸に。
未だ見ぬ何かを追い求めて。

昨日も。
今日も。
明日も。
雑踏の中を。
喧騒の中を生きている。

『The Penthouse Tapes』'76年リリース。
センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド(SAHB)の6thアルバム。
'50年代から活動していたグラスゴー出身の才人、アレックス・ハーヴェィ。
そのアレックスが同郷のハード・ロック・バンド、ティア・ガスと意気投合して。
合流して生まれたのがSAHBなのですが。アレックスと他のメンバーの年齢差が大きく。
日本風に言えば一回り以上アレックスが年長なのですね。これが絶妙なところで。
イニシアチブを握り、更には強力なバック・バンドを手に入れたアレックスの才気。
それが開花、爆発して。稀代のトリック・スターとしての存分に暴れ回っています。
このアルバムではその選曲が、アレックスの独特の個性が発揮されていて多彩なもので。
全10曲中、オリジナルは3曲で。残りはカバーとなっているのですが。それが。
トラッド、ブルース、ポップス、ハード・ロック、そして映画主題歌までと。
スキッフル、ブルース、そしてミュージカルにも出演していたアレックスならでは、ですが。
ここまでくると多彩と言うよりも、何でもありの、一見すると支離滅裂にも思えたりします。
なのです、が。その支離滅裂さもアレックスの手にかかると不思議な統一感が生まれてきて。
邦題『ペントハウスの大騒動』ではないですが。何だか陽気で賑やかで楽しそうだなと。
一緒に歌って、踊って、騒いでしまいたいなと思わされるところがSAHBの魅力なのです。
勿論、そんなアレックスのアイデアを具現化する凄腕のメンバーの存在があってこそで。
特にギターのザル・クレミンソンのリフ・メイカーとしての才能は特筆されるかなと。
それにしてもフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが歌ったナンバーを演奏して。
違和感なく聴かせてしまうロック・バンドと言うのもそう滅多にはないと思いますが。
ところで。このアルバムのタイトルですが。ボブ・ディランとザ・バンドの件のアルバム。
それに対抗してと言うか、それを皮肉ってつけたのですかね。地下室に対して屋上の塔屋。
真偽のほどはわかりませんが。如何にもアレックスらしいセンスかなとは思います。

仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつが。
憧れで。

そう。
いつか見た。
崩れそうな。
ビルの屋上の。
塔屋で蠢きながら。

街を。
見下ろす度に。
明日は。
この街を。
破壊してやるのだと思いながら。

昨日も。
今日も。
明日も。
塔屋に閉じこもって。
塔屋で空想にふける。

それでも。
いつも。
いつでも。
流浪の思いを胸に。
未だ知らぬ何かを追い求めて。

昨日も。
今日も。
明日も。
雑踏の中で。
猥雑を好んで生きている。

そうさ。
屋上でも。
地下でも。
ねぐらなど。
何処でもかまわない。

所詮。
そこは。
そいつは。
ひと時の。
仮の宿。

雑踏の中。
喧噪の中。
猥雑を好んで。
大騒ぎしながら。
生きていても。

昨日も。
今日も。
明日も。
漂泊の思い、消えず。
流浪の思い、絶えず。

住み慣れた街も。
この街も。
明日は。
出ていくのだと。
破壊してしまうのだと。

塔屋で。
地下室で。
胎動しながら。
蠢動しながら。
その時を待っている。

そうさ。
屋上でも。
地下でも。
そうでなくても。
何処でもかまわない。

仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつに。
憧れて止まないのだ。



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2017/03/25 Sat *休んでも、苔むしても / Van Morrison

20170325veedonfleece


考えて。
考えて。
考えて。
混乱して。
ちょっと休もうと。

休んでみたら。
想像以上に。
こんがらがって。
疲れていた様で。
ぐっすりと眠って。

目覚めたら。
何を。
そこまで。
考えていたのか。
忘れていて。

暫くしたら。
思い出したのだけれど。
そこまで。
考えるほどの。
事でもなかったなと。

そうしたら。
ふっと。
軽くもなって。
何とかなるかと。
何とでもなるかと。

下手な考え。
何とやら。
だったら。
本当に休んでしまう。
そいつもありなのだ。

『Veedon Fleece』'74年リリース。
ヴァン・モリソンの8枚目のオリジナル・アルバム。
前作が2枚組ライヴ・アルバム『It’s Too Late To Stop Now』だったので。
そこで一区切りをつけたのか。そして私生活でも離婚を経験して。
色々な思いを抱いて故郷のベルファストへの旅に出たヴァンです。
(尤も。ちゃっかりと新しい恋人を同伴していたりしたのですけどね)
何でもドキュメンタリー番組の撮影とライヴのスケジュール調整と。
一応は仕事の体裁をとってはいたものの。実体としては約一か月間の休暇だったとかで。
そこで新たにした思い、着想を米国へ戻ってから形にしたのがこのアルバムとなります。
サウンド的にはウッド・ベースが核となるアコースティックな音像で。
しかも殆どのナンバーが即興のセッションのワン・テイクで収録されたらしく。
あの『Astral Weeks』と対をなすアルバムとも言われています。
休息を取りながら。故郷、原点を訪ねて。思いを新たにしたと思われるヴァン。
その歌声は時にケルト音楽をも思わせるサウンドの中を伸びやかな風の様に吹き抜けます。
歌われる内容は。神秘的なものもあり難解なのですが。そうですね。
複雑、屈折した故郷、そして自らの過去への思いを歌っているのではとも思われます。
それらがヴァンの歌声、そしてアコースティックな音像によってまるで一幅の絵画。
あるいは一編の映画を観ているかの如くに、聴く者の胸に画を描いていくのです。
考え過ぎるのを止めて。流離の旅からも戻って。新たな思いを歌にしてみせたヴァン。
この後、三年間ほど沈黙の期間に入ってしまい。更には英国へと帰国します。
新たな道を歩き始めた様に思えたのですが。そうは簡単ではなかったと。だとしても。
その再生への転機を捉えたこのアルバムもまた、素晴らしいのが。ヴァンのヴァンたるところかな。

流離って。
流離って。
流離って。
見失って。
ちょっと落ち着こうと。

腰かけてみたら。
想像以上に。
ふらふらし過ぎで。
疲れていた様で。
ちゃっかりと落ち着いて。

気づいたら。
何で。
そこまで。
流離っていたのか。
忘れていて。

暫くしたら。
思い出したのだけれど。
そこまで。
拘って流離う程の。
事でもなかったなと。

そうしたら。
ふっと。
腑に落ちてきて。
何とかなるかと。
何とでもなるかと。

転がる石は。
何とやら。
だったら。
苔むしてしまう。
そいつもありなのだ。

そう。
考えるのは。
いいけれど。
悩んでも。
しかたのないこと。

そう。
流離うのは。
悪くはないけれど。
流浪し続けるのは。
考えもの。

時には。
休み。
時には。
腰かけて。
忘れてみる。

忘れたことも。
忘れるまで。
忘れたら。
ふと。
思い出す。

その時に。
思い浮かぶもの。
描こうと思うもの。
それは。
例えば、郷愁。例えば、原点。

だとすれば。
休みながら。
落ち着きながら。
ゆっくりと。
もう一度。

考えてみる。
流離ってみる。
それまでは。
休んでも。苔むしても。
いいかもしれないね。



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2017/03/24 Fri *トップであること / The Rolling Stones

20170324lonelyatthetop


トップを。
頂上を。
目指すと言うのは。
どんな。
心持なのだろう。

何故。
トップを。
頂上を。
目指すのか。
そこにあるからなのか。

でも。
誰もが。
目指すわけでも。
目指せるわけでも。
ないのだ。

それでも。
その中で。
あくまでも。
トップをと。
頂上をと。

熱く。
激しく。
そして。
しぶとく。
どこまでも。

挑み続ける。
拘り続ける。
その思い。
その願い。
その強さは何処からくるのか。

『Lonely At The Top』'83年リリース。
ローリング・ストーンズのスタジオ・アウトテイクからなる海賊盤。
ミュンヘンとバハマでの録音から収録されているとのことなので。
『It’s Only Rock ‘N Roll』や『Emotional Rescue』の為のセッションでしょうか。
勿論、あくまでもボツ・テイクなので。完成度云々は言いっこなし。
更には如何にもアナログ盤時代の海賊盤らしいこもった音質だったりするので。
(更に言えば。その実、ピッチも遅いのではないかなとも思われるのですけどね)
諸手を挙げて歓迎できるものではないのですけどね。でもそこは蛇の道は蛇と言うか。
ストーンズ好きとしては。避けて通れない魅力のあるものであったりもするのです。
まぁ、ボツにはボツなりの理由がある筈で。仕上げきれなかったとか。
仕上げはしたものの甘かったとか。いずれにせよ。正式に世に出る前の生々しい。
レアなストーンズの姿。スタジオでの試行錯誤する姿が聴けるのですからね。
ストーンズ好きとしては。聴き逃せない。そんな瞬間が切り取られているのです。
例えば「Sweet Home Chicago」なんかでは。キース、どれだけエフェトかけているのとか。
これを聴いていると。キースの旦那にはエフェクターは似合わないなと思い知らされます。
ドビー・グレイで有名な「Drift Away」はミック・テイラー在籍時の録音なのかな。
もともといい曲ですし。ここで聴けるストーンズ・バージョンもなかなかのものですが。
何故ボツにしたのかなと。ロッド・スチュワートも録音していることを知っていたのかな。
そしてアルバム・タイトルにもなっている「Lonely At The Top」です。
ご存知の様に後にミックがソロ・アルバムで正式に世に出しているナンバーですが。
ここで聴かれるストーンズ・バージョンは何故ボツになったのかなと考えるのですが。
ミックのソロ・ヴァージョンと比較するとやや気怠いと言うか、退廃的と言うか。
それが歌詞の内容と合わなかったのか。逆にテンポを上げるとストーンズらしくもないと。
いい加減な様で。この辺りの取捨選択にはシビアである。それがトップに、頂上にい続ける証左かもですね。

トップに。
頂に。
挑むと言うのは。
どんな。
心持なのだろう。

何故。
トップに。
頂上に。
挑むのか。
そこにいるからなのか。

でも。
誰もが。
挑むわけでも。
挑めるわけでも。
ないのだ。

それでも。
その中で。
あくまでも。
トップにと。
頂上にと。

熱さと。
激さと。
そして。
逞しさで。
どこまでも。

目指し続ける。
闘い続ける。
その思い。
その願い。
その大きさは何処からくるのか。

トップを。
頂上を。
目指す。
それは。
孤独の道程。

トップに。
頂上に。
挑む。
それは。
孤独な闘い。

何故。
どうして。
そこまで。
いつまで。
どこまで。

そこに。
あるトップは。
そこに。
いるトップは。
魅力的なのか。

その思い。
その願い。
その総てを。
賭けるほどに。
賭け続けるほどに。

そうして。
辿り着いた先も。
手に入れたものも。
孤独の中かも。
知れないのに。

それでも。
目指せる。
挑める。
強さ。
大きさ。

それこそが。
トップであること。
頂上であること。
例え孤独だとしても。
そうなのかもしれない。



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2017/03/23 Thu *誰かも誰もが / Eric Burdon & The Animals

20170323everyoneofus


誰もが。
自分の。
思いを持ち。
考えを持ち。
誇りを持ち。

誰もが。
自分の。
生を生き。
死を死ぬ。
それでいい。

だが。
忘れてはならない。
その。
誰もとは。
自分だけではないと。

自分も。
誰かも。
誰もが。
その。
誰かであるのだから。

思いも。
考えも。
誇りも。
自分だけではない。
誰にもあるのだ。

それを。
感じよう。
それを。
認めよう。
先ずはそこからなのだ。

『Every One Of Us』'68年リリース。
エリック・バードン&アニマルズとしての3枚目のアルバム。
オリジナルのアニマルズ解散後に米国へと活動の拠点を写したバードン。
当時のフラワー・ムーブメントやヒッピー・ムーブメントに感銘を受けたらしく。
サイケデリック・サウンドにも傾倒を深めながら旺盛に活動していました。
言わば、熱に浮かされたかの如き側面も大いにあったと思われるのですが。
何が契機だったのか。このアルバムでは一転、冷静に過ぎるほどの批判的な視点に立って。
自分もその一員として推し進めようとしたそれらのムーブメントに、冷水を浴びせる様な。
そんな辛辣で内省的とも言える様な、そんな歌を聴かせています。
政治も宗教も。そしてただ愛と平和を唱えるだけのムーブメントも。世界を変えられない。
そんな諦念を伴った静かな怒りを。蒼白い炎と共に訴えるかの様なバードンの歌声です。
あの熱く、黒く、ド迫力な歌声を抑えていると言うか、自分の内側に向けていると言うか。
故に、どうしても地味な印象を、もっと言えば陰鬱な印象を抱かされるのですが。
そこにバードンの怒り、そして自らへの戒めの本気度を強く感じもするのです。
共同幻想か醒め、共同幻想に踊らされていた自らを含めた者達に警鐘を鳴らしながら。
アルバム・タイトルに見られる様に。未だ希望を捨てず。新たな希望を見出そうとする。
その試行錯誤、葛藤の過程をあまりに素直に吐露してしまう。良くも悪くも愚直なバードン。
その歌声には、やはり魅せられてしまうのですよね。何かが共感してしまうのかな。
そうそう。このアルバムからキーボードにズート・マネーが参加していて。
バードンとの共作となるナンバーも収録されているのですが。何故か偽名でのクレジット。
ジャケットにも写っているので正体はバレバレなのですけどね。何で偽名なのだろうと。
契約問題でもあったのでしょうか。些細なことなのですが。気になるのですけどね。

誰もが。
自分の。
思いを信じ。
考えを信じ。
誇りを大切に。

誰もが。
自分の。
生を生きられれば。
死を死ねれば。
それがいい。

だが。
覚えておかねばならない。
その。
誰もとは。
自分だけではないと。

自分は。
誰かは。
誰もが。
その。
誰かであるのだから。

思いも。
考えも。
誇りも。
自分にある様に。
誰にもあるのだ。

それを。
感じよう。
それを。
受け容れよう。
もう一度始めよう。

我々の。
誰もが。
皆の中の。
誰もが。
誰かなのだと言うこと。

自分も。
誰かも。
誰もが。
我々の。皆の中の。
誰かなのだと言うこと。

思いを持ち。
考えを持ち。
誇りを持ち。
生を生き。
死を死ぬ。

そう。
忘れてはならない。
それは。
自分だけではない。
誰かだけでもない。

そう。
覚えておかねばならない。
それは。
自分だけではない。
誰かだけでもない。

自分も。
誰かも。
誰もが。
そう。
誰かであるのだから。

自分も。
誰かも。
誰もが。
生を生きられれば。
死を死ねれば。

それを。
感じよう。
それを。
認めよう。
受け容れよう。

先ずはそこから、そしてもう一度、始めよう。



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2017/03/22 Wed *その瞳の輝き / Linda Ronstadt

20170322dontcrynow


その。
瞳の輝きを。
その。
微笑を。
いかさないのは勿体ない。

確かに。
足りないものも。
あるし。
欠けているものも。
あるけれど。

それを。
差し引いても。
それでも。
人を引き寄せるもの。
そいつがあると。

それは。
今はまだ。
微かな輝き。
僅かな可能性。
そうなのだろう。

それでも。
微かでも。
僅かでも。
輝くもの。
惹かれるもの。

それが。
あると言うことは。
それだけで。
確かな魅力であると。
そう言うことなのだ。

『Don't Cry Now』'73年リリース。
歌姫、リンダ・ロンシュタットの転機となったアルバム。
ストーン・ポニーズでの活動を経てカントリー・ロックを主戦場としていたリンダ。
より幅広いフィールドでの活躍を望んだ結果、ちょっとしたトラブルに見舞われ。
そんな背景もあってか。このアルバムは制作陣の体制が異なる時期の録音が収録され。
旧プロデユーサーによるもの、旧プロデューサーと当時の恋人J.D.サウザーによるもの。
サウザー単独によるもの、サウザーとピーター・アッシャーによるものに大別されます。
要は旧体制を離れ違ったリンダにサウザーが手を貸してアッシャーの下に連れ出したと。
そしてこの後、アッシャーの手によってリンダは世界で愛される歌姫となっていくのです。
さて、そんな背景があるにも関わらずアルバムとしての統一感が保たれているのは。
リンダの魅力、その歌声と。そして稀なるカヴァーの選曲のセンスが大きいかなと。
過渡期ではある故に。カントリー・ロックの香りが濃厚に漂ってはいるのですが。
そこに徐々にではあるものの言わば洗練されたものを感じさせるものが入り込んでいって。
リンダの歌、リンダの世界としか言い様がないものが誕生しようとしているのです。
サウザー、エリック・カズ、イーグルス、ランディ・ニューマン、ニール・ヤング・・・
それらを見事に解釈して。自らのものとして歌ってしまうリンダ。その見事な才能。
そしてやはり、その才能を一層輝かせているのは、その容姿であり、その佇まいかなと。
このジャケットのリンダ。見つめていると、見つめられている様で吸い込まれそうに。
グレン・フライだったかが。あの頃、皆がリンダに恋をしていたのだと語った魅力。
恋多き女とか、魔性の女とかも称されたリンダですが。それらも含めて。
その存在が、それ自体が輝き魅力を放つ様に。己を知り、己を磨き、武器にしたのだと。
与えられたものを最大限に生かした。それこそがリンダが歌姫となれた理由だったのでしょう。

その。
瞳の輝きは。
その。
微笑は。
余白を感じさせる。

確かに。
未だ。
定まってはいない。
未だ。
眠ったままのものもある。

それに。
気づいていなくても。
それでも。
人を動かそうとするもの。
そいつがあると。

それは。
今はまだ。
磨かれていない輝き。
目覚めていない可能性。
そうなのだろう。

それでも。
磨けば。
目覚めれば。
輝くもの。
惹かれるもの。

それが。
感じられると言うことは。
それだけで。
魅力的な原石であると。
そう言うことなのだ。

平均的に。
そつなく。
完成された。
そんな才能も。
必要ではあるけれど。

何かが。
足りなくても。
何かが。
欠けていても。
それでもと思わせる。

未だ。
定まっていなくても。
未だ。
眠ったままでも。
それでもと感じさせる。

差し引いてでも。
気づきさえすればと。
人を引き寄せるもの。
人を動かそうとするもの。
そいつを目にすると。

微かな。
僅かな。
磨けば。
目覚めさせればと。
その可能性に賭けてみたくなる。

それだけの。
瞳の輝き。
微笑。
佇まい。
存在感。

それが。
魔性だとしても。
それをいかした時。
余白が埋められた時。
それを想像すると抗えないのだ。



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2017/03/21 Tue *箱庭だとしても / Al Kooper

20170321newyorkcityyoureawoman


冷たく。
そして。
温かい。
雨に。
閉じ込められた。

そんな。
部屋の中で。
街の中で。
漂う。
思いを追いながら。

静かに。
時を。
過ごしている。
他には。
何もない。

いま。
ここに。
あるのは。
もはや。
残像でしかないのか。

この街を愛し。
この街に愛され。
離れられずに。
考えもせずに。
過ごしてきた。

まるで。
胎児の様に。
抱かれて。
その呼吸音に。
安らぎすら覚えて。

『New York City (You're A Woman)』'71年リリース。
『紐育市(お前は女さ)』なる邦題が印象的だったアル・クーパーの4thアルバム。
ボブ・ディランのロックへの転身(?)を支援して参加し名を上げ。
ブルース・プロジェクトや、ブラッド・スウェット・ティアーズを結成し。
スーパ・セッション・ブームの火付け役として多くの才能を世に出し。
後年にはサザン・ロックの隆盛にも一役を買うことになる才人、アル。
あまりに多才で、多岐に渡る活動の故か。その実像が見えにくかったりもするのですが。
その本質は、ソウルに多大な影響を受けたシンガー・ソングライターなのかなと。
決して上手くはないものの。その艶と味のある歌心。
そして聴く者の、胸の柔らかいところを巧みに慰撫する様なソングライティング。
実のところ華やかさとか派手さには欠けるものの。実に何とも愛すべき歌と詩と曲。
それらが織りなす、言わば箱庭的な世界こそがアルの魅力であり、居場所なのかなと。
そう。ファウンダーとして、プロデューサーとして、オブザーバーとして。
ロック・シーンの重要な場面でキーマンとして輝かしい功績を残してきたアルなのですが。
その素顔は。繊細で内向的な愛すべき一人のアーティスト、ミュージシャンなのかなと。
このアルバムでもオリジナルだけでなくカヴァーも含めて。その選曲とアレンジのセンス。
その素晴らしさで見事に統一感のある世界を描いていますが。決して声高ではなくて。
やはり。箱庭的な、自らと自らの愛するものへの視線と思いがその総てなのかなと。
故に。どうしても小品的な、地味な印象が拭えないのですが。それが心地よくもあって。
ロンドンで録音されたと言う「New York City (You're A Woman)」などを聴いていると。
異国の地にありながら。故郷の風景、空気、匂いにまで思いを馳せていたのかなと。
それはもはや恋愛に近い感情なのだろうなと。その表現の見事さにアルへの共感を抱かざるを得ないのです。

温かく。
そして。
冷たい。
雨に。
閉じ込められた。

そんな。
部屋の中で。
街の中で。
巡る。
思いを馳せながら。

穏やかに。
時を。
見送っている。
他には。
何もない。

いま。
ここに。
あるのは。
もはや。
思念でしかないのか。

この街に流れつき。
この街に受け容れられ。
離れられずに。
思いもせずに。
見届けてきた。

まるで。
恋人の様に。
抱いて。
その震える様に。
喜びすら覚えて。

冷たく。
そして。
温かい。
雨の。
降り続く街。

その。
風景。
空気。
匂い。
その中で。

この街に。
漂う。
巡る。
思いを。
追い、馳せている。

静かで。
穏やかな。
時を。
過ごし。
見送り。

もはや。
残像でしかなく。
思念でしかなく。
そうだとしても。
そうだからこそ。

流れつき。
受け容れられ。
愛し。
愛され。
過ごし、見届けてきた。

胎児の様に。
恋人の様に。
抱き合い。
安らぎ。
喜び。

この街で。
この街が。
箱庭だとしても。
離れられない。
考えもいせずに。思いもせずに。



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2017/03/20 Mon *そんな場所が、拠り所が / Cher

201703203614jacksonhighway


遊び疲れた。
身を。
心を。
寄せる、休ませる。
そんな場所が。

いつでも。
どんな時でも。
そこへ。
戻りさえすれば。
落ち着ける。

そんな。
港が。
波止場が。
そんな場所が。
必要なのだ。

楽しいこと。
面白いこと。
出会ったら。
時を忘れて。
笑って。騒いで。

でも。
祭りの後。
そいつは。
必ず。
やってくるから。

定まった。
心、安らげる。
そんな場所が。
必要なのだ。
なくてはならないのだ。

『3614 Jackson Highway』'69年リリース。
マッスルショールズ・スタジオの所在地をタイトルに冠した。
シェールにとっては6枚目となるソロ・アルバムです。
何故、このタイトルなのか。マッスルショールズ・スタジオが設立されて。
その第一弾として録音、制作されたのがこのアルバムだったのですね。
何故、それがシェールだったのか。それは謎と言うか、意外な気もするのですが。
ソニー&シェールとの活動と並行して旺盛にソロ活動を行っていたシェール。
新機軸を探していたシェールと船出したばかりのマッスルショールズ。
新たに船出をしよう、新たな航路を開いていこうとの点で一致していたのかなとも。
当然、力が入っていて。ジェリー・ウェクスラー、トム・ダウド、アリフ・マーディン。
3人がプロデュースを担当して。ダウドはエンジニアも務めています。
そして。エディ・ヒントン、ジミー・ジョンソン、バリー・ベケット。
デヴィッド・フッド、ロジャー・ホーキンスのリズム隊と最強の布陣がバックを務めていて。
もう、それこそ極上の土の香りが漂う、ソウルフルでスワンプなサウンドで。
またシェールが見事な歌声でこれに呼応していて。何とも艶のある味わい深い歌声。
どうしても。ソニー&シェール、そして後年のディスコ時代。そのイメージが強くて。
驚かされるのですが。このリタ・クーリッジにも通じる歌声がシェールの本質かなと。
ボブ・ディラン、アレサ・フランクリン、オーティス・レディングのカヴァー。
「Lay Baby Lay」(「Lay Lady Lay」を改題したもの)の誘う様な歌声も魅力的ですが。
「Do Right Woman, Do Right Man」そして「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」と。
ソウル・ナンバーにおける表現力。正直、ここまで歌える人だったのだと。
故郷の波止場に思いを馳せる「(Sittin' On ) The Dock Of The Bay」における確かな情感。
それが生まれた時、マッスルショールズ・スタジオもまた米国南部音楽の新たな拠り所となったのです。

はしゃぎ過ぎた。
身を。
心を。
寄せる、落ち着かせる。
そんな場所が。

いつでも。
どんな時でも。
そこへ。
戻りさえすれば。
ほっとできる。

そんな。
港へ。
波止場へ。
そんな場所へ。
帰るのだ。

楽しいもの
面白いもの。
出会ったら。
何かを忘れて。
笑って。騒いで。

でも。
祭りの後の。
淋しさは。
必ず。
やってくるから。

定まった。
心、弛ませる。
そんな場所が。
必要なのだ。
なくては困るのだ。

どんなに。
遊び疲れても。
どんなに。
はしゃぎ過ぎても。
大丈夫だと。

そこへ。
戻りさえすれば。
帰りさえすれば。
落ち着ける。
ほっとできる。
そいつを。
そのことを。
知っているから。
わかっているから。
それだから。

祭りの後の。
淋しさ。
そいつが。
必ず。
来るとしても。

楽しいこと。
面白いこと。
出会ったら。
時を忘れて。
笑って。騒いで。

楽しいもの
面白いもの。
出会ったら。
何かを忘れて。
笑って。騒いで。

そんな。
港が。
波止場が。
そんな場所が。
拠り所が。

ここにあるからね。



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2017/03/19 Sun *鷲掴み / Johnny Winter

20170319capturedliveusorg


鷲掴み。
一発で。
一撃で。
持っていかれちまう。
そいつが堪らない。

そこには。
理由も。
理屈も。
ありはしない。
ただ。掴まれるだけ。

感じて。
震えて。
他は兎も角。
そいつだけは。
確かだと。

それならば。
とことん。
乗っかるだけ。
とことん。
ブッ飛ばされるだけ。

訳なんか。
わからなくていい。
余計なことは。
考えなくていい。
そう言うことだ。

鷲掴みにされる。
そんなものがある。
そんな時がある。
そいつは実のところ。
幸せなのだ。

『Captured Live !』'76年リリース。
『狂乱のライヴ』なる邦題が冠されていたジョニー・ウィンターのライヴ・アルバム。
このアルバムに限らずに当時のジョニー関連の邦題は結構なものが多いのですが。
針を落とすと。担当者の気持ちもわからなくはないと言うか、納得できると言うか。
兎に角。全編に渡って弾きまくり、弾き倒すジョニーのギター。
そのまさしく火を吹くが如く、狂えるが如き様に胸を鷲掴みされます。
セカンド・ギタリストに、リズム・セクション。4人編成でのライヴなのですが。
このメンバーがまた、ジョニーを支える、抑えるよりも煽りまくっていますから。
その激しさ、熱さは数あるジョニーのライヴ・アルバムの中でも極上となっています。
ジョニーのライヴ・アルバムと言うとどうしても。ジョニー・ウィンター・アンドでの。
あのアルバムばかりが語られがちですが。勝るとも劣らないアルバムだと思います。
全6曲中。スロー・ブルースはラストの「Sweet Papa John」のみで。
後はひたすらロックンロール。「Bony Moronie」「Roll With Me」「Rock & Roll People」…
この三連発などは。もう、本当に。極上中の極上。純度100%のロックンロールです。
フロイド・ラドフォードなるセカンド・ギタリストが大胆不敵にもジョニーに絡んで。
ジョニーがこれまた正面から容赦なく対抗しているのですよね。いやはやなんとも。
2人で好き勝手に弾きまくり、弾き倒して。それでいて。ちゃんとドライヴしている。
そう、両輪駆動車が最初から最後まで全速力でブッ飛ばしていく壮絶な爽快さ。
これを聴いて、胸を鷲掴みにされなきゃ、何も感じなきゃ、震えなきゃ嘘でしょうと。
そう断言したくなる。そんなジョニーのロックンロール魂が炸裂しているのです。
この後、ジョニーは原点回帰するかの様に。ブルースを前面に出し始めるので。
言わば、ロックンローラーとしてのジョニーの絶頂期、そして総決算。
そんな姿を捉えたアルバムでもあるかなと。是非フル・サイズで再発売してほしいのですけどね。

鷲掴み。
一発で。
一撃で。
撃ちぬかれてしまう。
そいつがご機嫌なのだ。

そこでは。
理由も。
理屈も。
必要などない。
ただ。掴まれるだけ。

感じるのだ。
震えるのだ。
他は置いといても。
そいつだけは。
間違いないと。

それならば。
どこまでも。
乗っかるだけ。
どこまでも。
ブッ飛ばされるだけ。

訳なんか。
どうだっていい。
余計なことは。
考えるまでもない。
それだけのことだ。

鷲掴みにされる。
そんなものがある。
そんな時がある。
そいつは実のところ。
有難いのだ。

その。
一発。
その。
一撃。
そいつがいい。

その。
一発。
その。
一撃。
それでいい。

理屈抜き。
理由はない。
感じた。
震えた。
それだけを信じて。

とことん。
どこまでも。
乗っかって。
ブッ飛ばされて。
いくだけのこと。

訳なんか。
わからなくていい。
考えてもしかたがない。
訳なんか。
端からありはしない。

鷲掴み。
一発で。
一撃で。
持っていかれちまう。
撃ちぬかれてしまう。

鷲掴みにされてしまう。
そんなものがある。
そんな時がある。
その幸せ。有難さ。
そいつを今夜も実感している。



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2017/03/18 Sat *時代遅れだろうが / Neil Young

20170318oldways


時代遅れだろうが。
古かろうが。
遅かろうが。
何だろうが。
この道を行く。

悪いが。
悪いとも思わないが。
こうだと。
これだと。
決めたのなら。

誰にも。
周囲にも。
お構いなしに。
俺は俺の。
選んだ道を歩いていく。

天邪鬼で。
独り善がりで。
お天気屋で。
そうさ。
俺は面倒くさい奴なのさ。

自分の足で。
自分の歩調で。
鼻歌でも歌いながら。
自分の道を。
歩かせてもらうぜ。

それが。
気に障るなら。
癪なのなら。
関わるなよ。
そもそも関係などないのだから。

『Old Ways』'85年リリース。
永遠の反逆児、ニール・ヤングの問題作とされるアルバムの一枚。
まぁ、ニールの場合は総てが問題作とも言えるのでしょうけど。
長年在籍したリプリーズからゲフィンに移籍して。
新たな試みを次々と実行に移し始めたニール。その振れ幅が凄まじくて。
テクノもあれば、ロカビリーもあれば。このアルバムではカントリーと。
その変化の激しさに。流石にファンもついていけなくなったかセールスは低迷。
売れるアルバムを作ってほしいゲフィンと、我が道を行くニールの対立は激化。
ついにはわざと売れないアルバムばかり作ったとゲフィンに訴訟を起こされると言う。
ニールらしいと言えばニールらしい。笑えないエピソードも。
このアルバムでも。兎に角。半端なく真正面からカントリーに取り組んでいますからね。
ウィリー・ネルソンとデュエットまでしていますからね。そこまでやるかと。
でも、その徹底してやるところ。のめり込むところこそがニールのニールたるところで。
カントリーがやりたと思えば。わき目もふらずに突き進む、その姿勢が魅力的かな。
ジャケットとアルバム・タイトルにはゲフィンへのあてつけを感じなくもないけれど。
もともとニールの原点にはカントリーもあった筈で。それを遺憾なく発揮していて。
特に穏やかながらも迷いのない歌声。ニールの歌の上手さがよくわかるアルバムです。
一曲を除いてニールのオリジナルで。そのメロディーの美しさも素晴らしく。
何故このアルバムが売れなかったのだろうと不思議なのですが。時代が悪かったか。
狂騒的にまで浮かれて、安っぽい時代。ニールはそいつとも闘っていたのだろうな。
時代とか、社会とか、権力とか。常にそういったものに安易に寄り添わず、巻き込まれず。
冷静な目で見つめて。そして感じて、考えて。ものを申す。そんなニールが好きなのです。

時代がどうであろうが。
先を行こうが。
急ぎ足だろうが。
何だろうが。
この道を行く。

違おうが。
違うとも思わないが。
そうだと。
そうなのだと。
決めたのなら。

誰であれ。
どんな関係であれ。
遠慮などせずに。
俺は俺に。
見えた道を歩いていく。

頑固で。
協調性に欠けて。
気分屋で。
そうさ。
俺は扱いにくい奴なのさ。

自分の足で。
自分の歩調で。
わき目もふらずに。
自分の道を。
行かせてもらうぜ。

それが。
目障りなら。
気に入らないなら。
絡むなよ。
そもそも興味もないのだから。

時代が。
どうだろうが。
何を求めようが。
必要以上に。
空気なんか読んでたまるか。

社会が。
どうしようが。
どこへ向かおうが。
必要以上に。
気など遣ってたまるか。

権力が。
どう思おうが。
何をさせたかろうが。
必要もなく。
迎合などしてたまるか。

天邪鬼で。
頑固で。
面倒くさい奴で。
扱いにくい奴で。
構いわしない。

安易に。
寄り添うなよ。
巻き込むなよ。
すり寄るなよ。
巻き込まれるなよ。

だから。
自分の足で。
自分の歩調で。
自分で選んだ道を。
歩く。行く。

古かろうが。
遅かろうが。
時代遅れだろうが。
俺は。
俺の道を、俺の足で、俺の歩調で歩くのだ。



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2017/03/15 Wed *You make me feel... / J.B. Lenoir

20170315naturalman


You make me feel like a natural man...

本当の自分。
それが。
どんなものなのか。
そもそも存在するのか。
そいつはわからない。

わからないが。
明らかに。
不自然だと。
自分でも。
感じる時はあるし。

わからないけど。
明らかに。
装っている。
演じている。
そんな時もあるし。

だとすれば。
今夜。
ここで。
こうして。
何も意識することもなく。

身も心も。
力が抜けて。
寛いでいる。
素直になっている。
それが自然に近いのかもしれないなと。

You make me feel like a natural man...

『Natural Man』'70年リリース。
ミシシッピー生まれのブルース・マン、J.B.ルノアー。
その'51年~'57年までの録音から14曲を収録したチェスの編集アルバム。
ニュー・オーリンズでエルモア・ジェイムスやサニー・ボーイ・ウィリアムソンと活動して。
その後、シカゴに出て。ビッグ・ブル・ブルーンジーの知己を得て。
やがてマディ・ウォーターズとも共演する様になり。JOBへの吹き込みを経て。
チェスへの録音の機会を得たと。チェスではウィリー・ディクソンが注力していたとか。
そのキャリアの随所に大物が登場するのもルノアーの才能、個性が光っていたからで。
先ずは、その、時には女性に間違えられたと言う甲高い歌声に驚かされます。
およそ。ブルース界広しとは言っても。ここまで甲高い歌声の持ち主は他にはいないかな。
そのあまりにも個性的な歌声で陽気なアップ・テンポのブルースを聴かせるのですが。
その実。その歌詞は社会に対する批判や皮肉を歌ったものが多くて。
タイトルからして「Korea Blues」「I’m In Korea」そして「Eisenhower Blues」と。
朝鮮戦争を憂い、時の政権、大統領を挑発する。なかなかの硬骨漢にして社会派なのです。
「Eisenhower Blues」は圧力をかけられて発売禁止に追い込まれています。
後年にはベトナム戦争を題材としたブルースも歌っていた様で。筋金入りなのですね。
そして。一面では。あまりに純粋な愛を歌った歌詞が多いことで。
ブルースからイメージされるダブル・ミーニング等は殆ど用いていないのです。
一説には。ブルースを生業としながらも。精神的、信仰的にはブルースから離れようと。
そんなことを模索していたとも言われています。それもまた独特な志向とも思われますが。
恐らくは。そんなあれやこれや総てがルノアーにとっては自然なことだったのかもと。
「Natural Man」ではその心情が。俺は普通の男さ、今にそれを見せてやるさ、と歌われています。

You make me feel like a natural man...

真実の自分。
それが。
どんなものなのか。
そもそも実存するのか。
そいつはわからない。

わからないが。
明らかに。
虚構だと。
自分でも。
感じる時はあるし。

わからないけど。
明らかに。
偽っている。
欺いている。
そんな時もあるし。

だとすれば。
今夜。
ここで。
こうして。
何も構えることもなく。

身も心も。
柔らかく。
解かれている。
素顔になっている。
それが真実に近いのかもしれないなと。

You make me feel like a natural man…

本当の自分。
真実の自分。
そんなものが。
あるのか。
ないのか。

そもそも。
本当の自分。
真実の自分。
そんなものが。
必要なのか。

そもそも。
本当とは。
真実とは。
何なのか。
意味があるのか。

そいつはわからない。
わからないが。
今夜。
ここで。
こうして。

装いもせず。
演じもせず。
偽りもせず。
欺きもせず。
ただこうしていられる。

何も意識することもなく。
何も構えることもなく。
身も心も。
素直になっている。
素顔になっている。

それは。
自然に近く。
否。
それこそが。
自然であるのだと。

本当でも。
真実でも。
無くてもいい。
そう。
自然であれる時の幸せを。

You make me feel like a natural man...



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2017/03/14 Tue *クールでいこう / Albert Collins And The Ice Breakers

20170314dontlooseyourcool


熱くなってもいい。
叫んでもいい。
けれど。
忘れちゃならない。
そんなものがある。

熱く。
燃え滾る。
思い。
そいつがあるのは。
いいことだ。

熱く。
燃え滾る。
思い。
そいつがなければ。
始まらないのだけれど。

そいつは。
そいつで。
熱く。
燃やしながら。
滾らしながら。

いつも。
忘れずに。
胸の内に。
抱いていなくちゃならない。
そんなものもある。

そう。
見失わない様に。
いつでも。
我を。
忘れることのない様に。

『Don't Lose Your Cool』'83年リリース。
テキサス・ブルース・マン、アルバート・コリンズ。
アリゲイターでの4枚目となるアルバム。
このアルバムからオルガン・プレイヤーが参加しています。
何でもコリンズはそもそもオルガンからそのキャリアをスタートさせたらしく。
オルガンには並々ならぬ愛着を抱いていた模様で。
このアルバムでも。たびたびオルガン・ソロがフューチャーされていて。
それに対抗する様にコリンズもバリバリと弾きまくっています。
オルガンが加わったせいか。全体的にファンキー濃度が濃くなっているかな。
さて。コリンズと言えば。凶暴、冷酷。何故かそんなキャッチ・フレーズで。
それはテレキャスの変則チューニングとフィンガー・ピッキングによる。
その独特の奏法から生み出される、独特な音色に起因するのだろうなと。
確かFマイナーなのかな。で、キーが異なる時はカポタストで対応して。
聴いているとかなり硬質な印象を受ける音色で。それが冷たい感じを与えるかなと。
ライヴでは何十メートルもあるシールドを引っ張って客席に乱入するのがお約束で。
その為にストラップを右肩に掛けていると言う徹底ぶりもプロフェッショナルだなと。
ただ。感情のままに弾きまくり、暴れていたかと言うと。恐らくそうではなくて。
例えばオルガンやサックスとのせめぎ合うバランスを絶妙に計算していたと思われて。
乱入するにしても。むやみやたらではなく。ここぞと言うタイミングは見ていたかなと。
そう。熱く・・・コリンズの場合は冷たくかな、燃え滾りながらも。
常に自らを、そしてバンド全体を冷静に捉える視点は失っていなかっただろうなと。
それが故の緩急・・・寒暖の見事さが。コリンズの人気の秘密だったかなと思うのです。

熱くなってもいい。
吠えてもいい。
けれど。
失ってはならない。
そんなものがある。

熱く。
燃え盛る。
思い。
そいつがあるのは。
喜ばしい。

熱く。
燃え盛る。
思い。
そいつがなければ。
何にも始まらない。

そいつは。
そいつで。
熱く。
盛んに。
燃やしながら。

いつも。
忘れずに。
胸の内に。
なくてはならない。
そんなものもある。

そう。
見ていられる様に。
どんな時も。
我を。
冷静に保てる様に。

熱く。
ならなきゃならない。
そんなものもある。
そんな時もある。
そうなのだ。

熱く。
ならずにいられない。
そんなものもある。
そんな時もある。
そうなのだけど。

そんな時も。
どんな時も。
熱い思い。
そいつを。
抱きながらも。

叫んでも。
吠えても。
忘れちゃならない。
失ってはならない。
そんなものがある。

燃え滾る。
燃え盛る。
思い。
そいつがなければ。
始まらない。

燃え滾る。
燃え盛る。
思い。
そいつがなければ。
面白くない。

だからこそ。
我を。
忘れることのない様に。
我を。
冷静に保てる様に。

熱く。
楽しく。
面白く。
そうある為に。
クールでいこう。



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2017/03/13 Mon *なんと言えば、なんと伝えれば / Ray Charles

20170313whatidsay


あぁ。
なんと言えば。
いいのだろう。
なんと伝えれば。
いいのだろう。

この。
なんとも。
スッキリしない。
うす曇りの様な。
空気を。

別に。
何が。
どうだとか。
そんなことは。
無いのだが。

目に見えない。
薄い膜に包まれて。
世界と。
一枚、隔てられた様な。
もどかしさ。

言葉も。
思いも。
直接は。
届かない。
響かない。

ものともせずに。
越えてしまえれば。
いいのだろうが。
そいつが。
なかなかに難しい。

『What'd I Say』'59年リリース。
レイ・チャールズの5枚目となるスタジオ・アルバム。
大ヒットした「What'd I Say」をタイトルに冠していて。
アルバムもヒット。レイの名前を一躍広めることとなりました。
「What'd I Say」は日本でもシングル盤としてリリースされていて。
当時の邦題は「なんと言ったら」だったとか。まぁ、なんと言ったらですが。
ゴスペルからジャズ、そしてR&Bへと発展、進化させた立役者の一人である、レイ。
病気、障害、差別・・・様々な逆境と闘わざるを得なかったレイです。
その胸の内などとても推し量れるものではないのですが。それが故に。
R&Bの原型、原点とも言える熱いコール&レスポンスのスタイルを完成させた。
その背景にはその苦闘の歩みが関係していたのであろうなとは思われます。
その結果とし成功を手にするも、ゴスペルへの冒涜だとの激しい非難もあったとかで。
薬物へとのめり込んでいくことになると・・・なんとも言えない気分になりますが。
それだけ。激しい賛否を巻き起こすだけのものをレイが生み出したのですよね。
人種とか、なんだとかの壁を越えて。人間の感情に訴えかけるコール&レスポンス。
レイとレイレッツによる男女の交歓は当然、性的なものも想起させるもので。
人間の本能、野性、欲望に訴えかける、呼び覚ます。それだけのものだったのです。
言わば。ゴスペル、神。そんなものによって隠されていたもの、我慢せざるを得ないもの。
そんなものを白日の下に晒した、解放して自由を与えた一人がレイだったのです。
そして。その背景にはやはり。レイの思い、苦悩や葛藤、その苦闘があったのだと。
それは具体的なものもあったであろうし。なんと言ったらな、漠然としたものもあって。
それを発したい、伝えたい。そんなレイの思いが爆発したからこそ、R&Bは生まれたのかなと思うのです。

あぁ。
なんと言えば。
いいのかな。
なんと伝えれば。
いいのかな。

この。
なんとも。
ハッキリしない。
曇りガラスの様な。
雰囲気を。

別に。
何が。
どうして。
どうなったとかは。
無いのだが。

先が見えない。
薄い繭に阻まれて。
世界と。
一枚、遠ざけられた様な。
胸苦しさ。

言葉は。
思いは。
直接に。
届けられない。
響いてはこない。

ものともせずに。
越えてしまうものを。
手にできればいいのだが。
そいつは。
どうして難しい。

そう。
別に。
現状に。
この世界に。
甘んじてしまえば。

何も。
思わずに。
何も。
考えずに。
済むのだろう。

何も。
思わない、考えない。
そう。
思い込んでしまえば。
決めてしまえれば。

そいつが。
どうにも。
出来はしない。
腑に落ちない。
我慢していられない。

目に見えない。
薄い膜に包まれて。
先が見えない。
薄い繭に阻まれて。
世界が遠ざかる。

スッキリしない。
うす曇りの様な。
ハッキリしない。
曇りガラスの様な。
空間に取り残される。

あぁ。
なんと言えば。
いいのだろう。
なんと伝えれば。
いいのだろう。

一見。
平穏な。
この。
日々に隠された。
苛立ちを。



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2017/03/12 Sun *根無し草 / Sonny Boy Williamson

20170312thebestofsonnywilliamson


根無し草。
浮草。
どうにも。
どうやら。
そんなもの。

別に。
好んで。
安定を。
定住を。
拒んではいない。

なのに。
どうしても。
安らがない。
定まらない。
いつも。いつでも。

落ち着かない。
辿り着かない。
そんな思いが。
拭えずに。
過ごしている。

ここだと。
これだと。
思える時が。
思える場所が。
来るのだろうかと。

いまも。
この時も。
探しているとは。
求めているとは。
思うのだけれど。

『The Best Of Sonny Boy Williamson』'72年リリース。
日本独自編集のサニー・ボーイ・ウィリアムソンのベスト・アルバム。
チェス(チェッカー)に残された、'55年~'63年にかけての録音から。
14曲が選ばれて。ほぼ年代順に収録されています。至極、妥当な選曲、曲順。
特に奇を衒うことは無く。サニー・ボーイの魅力をそのまま伝えようとの。
そんな意図を感じるかな。まだまだ日本ではブルースが広く知られる前ですからね。
さて。見事に雰囲気を捉えているジャケットでおわかりだとは思いますが。
このサニー・ボーイは所謂二世、そう本名ライス・ミラーのサニー・ボーイです。
その生年には諸説あって。定説が無く。若い頃のことは不明で。
ミシシッピ生まれであることはわかっているもの。実は本名にも異説があるのだとか。
その名前が知られる様になったのは40代以降と。遅咲きのブルース・マンで。
アーカンソー州ヘレナでラジオの番組を持ってからのことで。そしてこの時から。
所謂一世が南部には来ないのを利用してサニー・ボーイ・ウィリアムソンを名乗ったと。
初めて録音を経験した時には既に50代になっていたと思われて。
チェスと契約をした時にはもう50代も半ばだったのですよね。長い道程だったなと。
そして。あの独特の。吹き語りとも言える様な、ハーモニカと。胡散臭い歌声。
その何とも言えない味わいと迫力のあるブルースでヒットを飛ばす様になるのですね。
チェス時代のサニー・ボーイはややモダンになったとは言われるものの。
十分に南部の臭味を残していて。それがリトル・ウォルターとは対極とも言えるもので。
その老獪なテキヤの親分的な貫禄と親しみのあるブルースが魅力的なのですよね。
山高帽とトランクをトレード・マークとしていたサニー・ボーイ。根無し草、漂泊の人。
そんなイメージを抱かせる、放浪、流離を感じさせる哀愁が漂うところもね。堪らないのです。

根無し草。
浮草。
どうにも。
どうやら。
そうらしい。

別に。
好んで。
放浪を。
流離を。
選んではいない。

なのに。
どうしても。
浪浪と。
流れるままに。
いつも。いつでも。

落ち着けない。
辿り着けない。
そんな思いを。
抱いたまま。
過ごしている。

ここだと。
これだと。
決める時が。
決める場所が。
来るのだろうかと。

いまも。
この時も。
探しているのは。
求めているのは。
確かな筈なのだけれど。

どうにも。
どうやら。
いつも。
いつでも。
根無し草。

どうにも。
どうやら。
いまも。
これからも。
根無し草。

どうしても。
安らがない。
定まらない。
浪浪と。
流れるままに。

落ち着かない。
辿り着かない。
落ち着けない。
辿り着けない。
その思い。

安定を。
定住を。
拒んではいない。
探している。
求めている。

なのに。
その時が。
その場所が。
見えない。
わからない。

どうにも。
どうやら。
浮草。
根無し草。
そいつが性分であるらしい。



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2017/03/11 Sat *地に足 / Clarence Gatemouth Brown

20170311standingmyground


ふらふらと。
ふわふわと。
漂うように。
そんな。
足どりで。

とてもじゃないが。
そうは見えない。
そうは思われない。
そいつは。
そうかもしれないが。

立つところは。
依るところは。
いつでも。
どこでも。
明らかなのだ。

そう。
誰かとは。
他人とは。
世間様とは。
異なるかもしれないけれど。

俺は俺で。
これでも。
それでも。
地に足。
そいつは着けている。

自分の。
自分だけの大地。
そいつが。
あれば。
見失わなければ。

『Standing My Ground』'89年リリース。
ブルース界きっての鬼才、クラレンス・ゲイトマウス・ブラウン。
'40年代から活躍するも。一時は不遇をかこっていたクラレンス。
'70年代にヨーロッパで再評価され。'80年代に大復活。
その'80年代にリリースされた最後のアルバム。そしてアリゲーターでの1stアルバム。
何しろ。ブルース・マンと呼ばれるのが大嫌いだったらしいクレレンス。
初来日時のインタビューではブルースの話題ばかりでブチ切れたと言う伝説も。
そんなクラレンスですから。ギターだけでなく、フィドル、ピアノ、ドラムスも操って。
(そもそもギターを手に取る前は、ドラマーとして活動していたのだとか)
その音楽性もブルースの枠内に収まらない、幅広いものがあるのですが。
このアルバムは。比較的、ブルース寄りと言うか。ストレートなブルースが多いかなと。
しかし。それはあくまでもクラレンスにしてはとのことわりが付くもので。
そのアレンジは独特で。ギター・プレイもトリッキーで緻密だったりします。
「Got My Mojo Working」、A面頭に置かれたこのあまりに有名なブルース・クラシック。
その何とも切れ味の鋭いクールなアレンジなど。凄くカッコいいのですが。
これがあの「Got My Mojo Working」かと、思わせられるほどに生まれ変わっています。
そして。アコーディオンとラブボードが加わったザディコなナンバーもあるところ。
一般的にはテキサス・ブルース・マンとして語られるクラレンスですが。
生まれたのはルイジアナで。父親はセミプロでケイジャンもレパートリーにしていたとか。
そんなクラレンスのルーツ、立つところ、依るところが表れてもいます。
しかし。本当にギターだけでなくて。フィドルもピアノも素晴らしくて。
決して器用貧乏になっていないのは。クラレンスはクラレンスで。しっかりと己が大地に立っていたからかな。

ゆらゆらと。
さらさらと。
流されるように。
そんな。
佇まいで。

とてもじゃないが。
そうは感じない。
そうは考えられない。
そいつは。
そうかもしれないが。

立つところは。
拠るところは。
いつでも。
どこでも。
迷わないのだ。

そう。
あいつとは。
こいつとは。
世間様とやらは。
異なるのだろうけれど。

俺は俺で。
なんとか。
かんとか。
地に足。
そいつは着けている。

自分の。
自分だけの大地。
そいつを。
思えれば。
忘れさえしなければ。

いつでも。
どこでも。
ふらふらと。
ふわふわと。
彷徨。

いつまでも。
どこまでも。
ゆらゆらと。
さらさらと。
流離。

その。
足どり。
その。
佇まい。
覚束ないようで。

どこにも。
立たずに。
依らずに。
拠らずの。
落ち着きのなさ。

見えない。
思われない。
感じない。
考えられない。
それはそうだろうけど。

俺は俺で。
地に足。
立つところがある。
依るところがある。
拠るところもある。

自分の。
自分だけの大地。
そいつを。
見失わなければ。
忘れさえしなければ。

地に足。



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2017/03/10 Fri *沈んだ陽も / The Jam

20170310settingsons


成長すれば。
衰退もする。
停滞もする。
その繰り返し。
その流れ。

昇る様な。
日々もあれば。
沈む様な。
日々もある。
そんなもの。

人も。
物事も。
その関係も。
そんな流れの中。
そんな日々の中。

無縁では。
いられない。
輝くこともあれば。
陰りを帯びることもある。
そんなもの。

それでも。
その中に立ち。
その中を歩み。
自然のままに。
向き合っていれば。

終わったのだと。
諦めていたはずのものが。
再び。
生まれ変わって。
始まる、そんなこともある。

『Setting Sons』'79年リリース。
ジャケットも印象的なジャムの4thアルバム。
そのジャケットやアルバム・タイトルから考えると。
戦争と、それを通した若者の成長を描いたコンセプト・アルバムなのかな。
アルバム・タイトルは日没にもかけられていると思われて。
そうすると単なる成長物語ではなく。光と影みたいなことも意識していたのか。
勿論、そこにはポール・ウェラーの自分自身、そしてジャムへの視点もあったのだろうと。
やれ、パンクだ。やれ、モッズだ。それはそうなのだけど。
もはや、それだけでは語れないところまでジャムは来てしまっていて。
それを音楽的な成長と捉えるのか。それとも初期衝動の衰退と捉えるのか。
そんなポールの自問自答、葛藤がアルバム全体のトーンを決定している感が強いなと。
ストリングスを導入したナンバーとか、ソウルへの接近が顕著なナンバーとか。
既にポールは次の段階を意識、見据え始めていたのだろうけれど。
一方で。ジャムとして、この3人でやること、やれることへの拘りも強く感じられて。
その複雑さがアルバムに陰影を与えて。深みを与えているのは間違いがないかな。
ただ、それが勢いを削いでいると感じさせてしまう時もあるのですよね。
だから、そうだな。初めて針を落とした10代の頃よりも。
10代を遥か遠く離れてしまった今、針を落とした時のが、沁みてくるものがあるかな。
成長と衰退、光と影。葛藤。その繰り返し。そうした日々、時間。その物語。
その最後が。「Heat Wave」のカヴァーと言うのは。些か安易ではないかと思うけれど。
その溌溂として勢いのある演奏を聴いていると。そこに再出発、再生を賭けたのかなとも。
あまりに、その「Heat Wave」の印象が強すぎる感は否めないけれどね。

成長すれば。
衰退もする。
停滞もする。
その繰り返し。
その流れ。

昇る様な。
日々もあれば。
沈む様な。
日々もある。
そんなもの。

人も。
物事も。
その関係も。
そんな流れの中。
そんな日々の中。

無縁では。
いられない。
輝くこともあれば。
陰りを帯びることもある。
そんなもの。

それでも。
その中に立ち。
その中を歩み。
自然のままに。
向き合っていれば。

終わったのだと。
諦めていたはずのものが。
再び。
生まれ変わって。
始まる、そんなこともある。

陽が落ちた。
夕闇の街で。
再会して。
静かに。
ぎこちなく語りだし。

すっかり暮れた。
帳の下りた街で。
肩を並べて。
ゆっくりと。
思いを胸に歩き出し。

更け行く。
深夜の街で。
ふざけ合い。
笑い合いながら。
思いを曝け出し。

眠らない。
不夜の街で。
語り合い。
確かめながら。
再生への思いを確かにする。

成長。
衰退。
停滞。
繰り返し。
流れ。

昇り。
沈み。
共に。
離れて。
葛藤を経て。

それでも。
沈んだ陽も。
再び昇るのだと。
開け行く街の片隅で。
信じられる。

それがいい。それでいい。



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2017/03/09 Thu *最前列に / Various Artists

20170309hopeandanchor


街も。
人も。
知りたければ。
座ってないで。
立ち上がって。

現場に。
出かけて。
直に。
感じて。
触れ合って。

そうさ。
書を捨てよ。
ではないけれど。
その場で。
向き合おう。

そいつも。
どうせなら。
臨場感たっぷりに。
感じられる。
触れられる。

一番前に。
砂被りに。
桟敷に。
最前列に。
陣取って。

何が起きるのか。
何が起きているのか。
自分の目で。
自分の耳で。
確かめてやろう。

『Hope & Anchor Front Row Festival』'78年リリース。
パブ・ロックの登龍門として知られるロンドンのパブ、ホープ&アンカー。
そこで'77年11月~12月に行われたフェスティヴァルから。
17組のアーティストによる全26曲を収録した2枚組ライヴ・アルバム。
時代的にパンクの勃興期にも当たるので。パブ・ロックからパンクまで。
更にはブリティッシュ・レゲエまでと。多彩なメンバーのライヴが楽しめます。
その統一感の無さ、寄せ鍋みたいな、なんでもあり、な感じがまたいいのです。
当時のロンドン、その街角、そこで繰り広げられていた音楽シーンの動き。
その匂いまでも蘇ってきそうな生々しさに溢れたアルバムです。
何と言っても。パブで収録されてしますからね。その狭さを味方にして。
アルバム・タイトル通りに、それこそ最前列で被りつきで観ている様な臨場感。
それこそが、このアルバムの魅力、醍醐味だと断言できてしまいます。
そう、まさに現場で録音された、現場でないと作りえなかったアルバムなのです。
パイレーツもいれば、XTCも、999も、オンリー・ワンズも。
そしてダイアー・ストレイツに、スティール・パルスと。素晴らしい面子ですが。
中でもウィルコ・ジョンソン・バンドとストラングラーズが頭一つ抜けているかな。
ウィルコのギターは一聴すればすぐそれとわかる個性で刻んでいますし。
ストラングラーズのある種異様な存在感は他とは明らかに一線を画しています。
でも。他のアーティスト、バンドのライヴも熱気を帯びていて。
そのある種、独特な熱気が、やはり当時のロンドンを、英国を想起させるのですよね。
また、このジャケットがね。その思いを増幅させる素晴らしさだなと。
ロックは現場で、ライヴで味わってこそなんぼだよなと痛感させられるアルバムでもあります。

街も。
人も。
知りたいと思うなら。
腰を上げて。
足を延ばして。

現場に。
出向いて。
直に。
感じること。
触れ合うこと。

そうさ。
書は捨てなくても。
構わないけれど。
その場に。
立ち合おう。

そいつも。
どうせなら。
生々しい限りを。
感じさせてくれる
触れさせてくれる。

一番前で。
砂被りで。
桟敷で。
最前列に。
被りつきで。

何が起きるのか。
何が起きているのか。
自分の身で。
自分の心で。
確かめてやろう。

現場第一。
現場百回。
現場に勝るものなど。
ありはしない。
どこにもない。

知識も。
知見も。
知恵も。
参考になっても。
決め手にはならない。

書は。
小脇にでも。
抱えて。
取り敢えず。
街へ出よう。

そこで。
自分の目で見よう。
自分の耳で聞こう。
自分の身で触れよう。
自分の心で感じよう。

一番前に。
砂被りに。
桟敷に。
最前列に。
陣取って。

生々しい。
臨場感。
そこで。
その時。
何を感じるか。

何が起きるのか。
何が起きているのか。
そいつを。
逃さぬ様に。
最前列に陣取ろう。



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2017/03/08 Wed *二心 / Bill Hurley

20170308doubleagent


二心。
表と裏。
そいつは。
誰にでも。
あるもので。

かく言う。
自分も。
二つの心。
表と裏。
使い分け。

巧く。
泳げれば。
渡れれば。
それでいいかと。
思ってはいるけれど。

そうそう。
いつも。
巧く立ち回れる。
そんな時ばかりじゃなく。
そうなると。

ついつい。
本音が。
表・・・裏の顔が。
覗いてしまう。
出てしまう。

まぁ。
そいつで。
ハッキリして。
清々して。
楽になることもあるけれど。

『Double Agent』'85年リリース。
インメイツのヴォーカリストだったビル・ハーレー。
副題にある様にジョニー・ギターを迎えてのソロ・アルバム。
ジョニーもビショップス~ドクター・フィールグッドのギタリストですから。
その2人が組めば、もうそれはパブ・ロック以外の何物でもなくて。
この頃、ビルはインメイツを一時的に脱退していたのかな。
ジョニーはフィールグッズに参加する前ってことになるのですね。
インメイツと言うのはビート・バンドではあるけれど。
切れ味の鋭さよりも、むしろ鈍さと言うか。微妙に引きずる、いなたさ。
そこに魅力があって。それを象徴していたのがビルの濁声のヴォーカルで。
このアルバムでも、そのリー・ブリローとはまた一味違う濁声は健在で。
インメイツよりも更に、ルーツ、R&Bやソウルを感じさせるナンバーを聴かせてくれます。
ジョニーのギターがまた、いなたく。それもいい味を発揮しています。
何と言うか。燻し銀と言うか。ゆったりとしたビートで渋く決めてくれています。
これでサウンドがね。この時代特有の、あの安っぽいサウンドでなかったなら。
もっといいアルバムになっていたと思われますが。こればっかりはなぁ。
そんなサウンドでも。俺は俺だと。些かも揺るがずに好きな音楽をやっている。
その頑固なブレのなさ。揺るがないところがビル(とジョニー)のいいところなのですね。
ルーツ、根っ子に絶対の自信、信念があるのだろうなと。そう感じられます。
アルバム・タイトルではないけど。自信、信念があれば二心ある二重スパイすらやるぜと。
是非は兎も角。そんな強さを感じます。故にラストのロックンロールも響くかな。
自身がない輩、弱い輩の吠えるだけの薄っぺらなロックンロールとは異なるのです。

二心。
表と裏。
そいつは。
普通に。
あるもので。

かく言う。
自分も。
二つの心。
表と裏。
使い分けながら。

巧く。
逸らせれば。
外れていられれば。
それでいいさと。
思ってはいるけれど。

そうそう。
いつも。
巧く逃れられる。
そんな時ばかりじゃなく。
そうなると。

ついつい。
本音が。
表・・・裏の顔が。
現れる。
しゃしゃり出てしまう。

まぁ。
そいつで。
スッキリして。
清々と。
笑い飛ばせることもあるけれど。

二心。
表と裏。
誰にでもある。
自分にもある。
そいつを使い分けながら。

その。
根底にある。
二つに。
ならないものを。
いつも意識している。

表には出なくても。
二つの仮面を被っていても。
変わらない。
一つのものが。
いつもここにある。

それさえあれば。
そこに。
揺るがない。
自信とか信念とかが。
ありさえすれば。

二心も。
表と裏も。
気にもならない。
苦にもならない。
そんなもの。

いざとなれば。
裏・・・表の顔を。
覗かせて。
しゃしゃり出させて。
ハッキリ、スッキリさせればいい。

それだけ。
それだけの。
強さがあれば。
いいだけ。
それだけのこと。

そういうことではあるけれど。



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2017/03/07 Tue *にもかかわらず / Brinsley Schwarz

20170307despiteitall


空は青い。
空気も澄んでいる。
それだけで。
それなりに。
幸せにはなれる。

ご飯は旨い。
珈琲も美味かった。
それだけで。
まぁ、いいかと。
そうは思える。

そうなのだ。
そうなのだけれど。
にもかかわらず。
いつものことではあるけれど。
馴染めない。

何なのだろう。
この苛立ちは。
この刺々しい気分は。
何が。何かが。
刺さったまま。

何故なのだろう。
素直に。
感じられない。
受け止められない。
認められない。

刺さったものを。
抜くのでもなく。
ただ。
苛々と。
時を過ごしている。

『Despite It All』'70年リリース。
ブリンズリー・シュウォーツの2ndアルバム。
このアルバムまでは4人編成でイアン・ゴムは参加していません。
元々はサイケデリックな音楽をやっていたらしいニック・ロウ達ですが。
徐々に米国音楽、CSNとか、ザ・バンドに影響を受けて。
音楽性が変化していき、方向性が固まったところでレコード会社と契約。
デビューに際してプロモーションとしてフィルモア・イーストでライヴを行ったと。
ところが様々なトラブルが重なって。プレスには酷評され、莫大な借金も背負って。
そんな逆風の真っただ中で、ひっそりとリリースされたのがこのアルバムでした。
全8曲中、7曲がニックの手による作品ですが。未だ発展途上と言うか。
後年の様な、英国の香り漂うポップ・センスは全開にはなっていなくて。
そう。CSNとかザ・バンドにも通じる、そんなナンバーとなっています。
サウンドも。青空の様に爽やかであったり、土の匂いがする様なものであったりと。
影響を受けた音楽への憧憬がそのまま表に出てしまっている感じは否めないかな。
ジャケットはイッツ・ア・ビューティフル・デイのアルバムを思わせるし。
勿論、腕達者のメンバーの演奏は素晴らしいし。ハーモニーも美しいのだけれど。
アルバム・タイトルの如しで、にもかかわらず、何かが足りないのですよね。
恐らくは。憧憬を咀嚼して、消化して、自分達のものにする一歩手前で止まっていて。
そこを乗り越えるには、何らかの新たな刺激が必要だったのかなと。
それが結果的にはゴムの参加だったと。そして刺激を受けたニックの才能が開花して。
次作である『Silver Pistol』からブリンズリー・シュウォーツの本領発揮となるのです。
それが故に。長閑とも感じられる、このアルバムの素朴さも愛しいのですけどね。

立ち寄った。
本屋さんでいい出逢いがあった。
それだけで。
それなりに。
幸せにはなれる。

裏稼業?金の為だと言いながら。
それなりに、楽しめる時もある。
それだけで。
まぁ、いいかと。
そうは思える。

そうなのだ。
そうなのだけれど。
にもかかわらず。
いつものことではあるけれど。
落ち着かない。

何なのだろう。
この虚しさは。
この寒々しい気分は。
何が。何かが。
欠けたまま。

何故なのだろう。
実感として。
感じられない。
受け止められない。
認められない。

欠けたままのものを。
探すのでもなく。
ただ。
虚ろに。
時を過ごしている。

まぁ、いいかと。
思える。
それは。
それで。
幸せではあるのだろう。

気づくと。
今日があることを。
明日が来ることを。
疑いもなく。
信じてしまっている。

空の青さも。
空気が澄んでいることも。
ご飯の旨さも。
珈琲の美味しさも。
感じられる。

本屋さんでの。
出逢いも。
裏稼業?での。
あれとか、これとかも。
楽しめる。

にもかかわらず。
馴染めない。
落ち着かない。
刺さったまま。
欠けたまま。

にもかかわらず。
苛立ち。
刺々しい気分。
虚しさ。
寒々しい気分。

刺さったまま。
欠けたまま。
苛々と。
虚ろなまま。
時を過ごし続ける。

にもかかわらず。
そこから抜け出す。
その為には。
刺激が足りない。
そうなのかも知れないな。

長閑なままでも、まぁ、いいかではあるけれど・・・



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2017/03/06 Mon *世界の終わりを / Elvis Costello

20170306liveattheelmocambo


素知らぬ顔で。
われ関せずと。
そんな素振りで。
気取られぬ様に。
そうしてやり過ごしながら。

この。
最低な。
否。
それよりも。
酷い世界の片隅で。

熱く。
激しい。
思いで。
待っている。
待ち望んでいる。

何を?
決まっているじゃないか。
この世界の終わりを。
この世界が崩壊するのを。
待ち望んでいるのだ。

もう。
どれだけの。
時間を。
我慢してきた。
耐えてきた。

燃え尽きる前に。
押し潰される前に。
焦燥が。
限界点を超える前に。
さぁ、早く終わってくれないか。

『Live At The El Mocambo』'78年リリース。
2回目の全米ツアーの際に収録されたエルヴィス・コステロのライヴ・アルバム。
アルバム・タイトルにもある様に、あのエル・モカンボでのライヴです。
アナログ盤はプロモーション用にのみ制作され流通したもので。
20年(30年だったかな?)経てからCDで正式にリリースされたのかな。
エル・モカンボと言うのは本当に小さなクラブの様で。観客の反応も生々しく。
そんなハコならではのコステロとアトラクションズのライヴです。
『This Years Model』から組み始めたばかりの両者の間の緊張感も感じられる。
そんな、何とも勢いと臨場感に満ちたライヴで。いつ針を落としても興奮します。
今では想像もできない、今では再現不可能な。そんな尖がった歌声とサウンド。
「Less Than Zero」でゼロ以下の、最低の世の中じゃないかと叫んで。
世の中に嚙みついてデビューした怒れる若者だったコステロのライヴなのです。
その「Less Than Zero」を始めとして。「Waiting For The End Of The World」とか。
「( I Don't Want To Go) Chelsea」とか「Watching The Detectives」とか。
熱く、激しく、怒れる思いを吐き出し、ぶつけるコステロ。実にカッコいいのです。
敢えて「Alison」なんかはセットから外しているのだろうとも思われます。
既にこの頃から、独特のシニカルなセンスも感じられはしますが。
それだけが肥大化することは無く、あくまでもストレートに切り込んで噛みついていく。
やっぱり。コステロは、このパンクな姿勢が感じられる時代がカッコいいのです。
勿論、シンプルなロックンロールだけではなく。レゲエのリズムを取り入れてみるとか。
そのサウンドの柔軟性、サウンドに対するセンスの鋭さ。それも魅力的で。
コステロが既にただのパンク・ロッカーでないことも確かに感じられるのです。

醒めた目で。
興味ないねと。
そんな装いで。
見抜かれぬ様に。
そうして群衆を避けながら。

この。
最低な。
否。
それよりも。
醜い世界の片隅で。

強く。
尖った。
思いで。
待っている。
待ち侘びている。

何を?
決まっているじゃないか。
この世界の終わりを。
この世界が消滅するのを。
待ち侘びているのだ。

もう。
どれだけの。
時間を。
浪費してきた。
忍んできた。

枯れ果てる前に。
絞め殺される前に。
渇望が。
限界点を超える前に。
さぁ、早く終わってくれないか。

最低な。
否。
最低以下の。
世界の片隅で。
息をひそめて。

棲んで。
静かに。
蠢きながら。
待っているのだ。
待ってきたのだ。

この。
酷く。
醜く。
愚かな。
世界が終るのを。

どれだけ。
耐えてきたのだ。
どれだけ。
忍んできたのだ。
もういいだろう。

このままでは。
燃え尽きてしまう。
押し潰されてしまう。
枯れ果ててしまう。
絞め殺されてしまう。

焦燥が。
渇望が。
限界点を越えていく。
その前に。
終わってくれないか。

素知らぬ顔で。
そんな素振りで。
醒めた目で。
そんな装いで。
欺きながら。

熱く。激しく。
強く。尖った。
そんな思いで。
待ち望んでいる。
待ち侘びている。

世界の終わりを。



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2017/03/05 Sun *さぁ、行こう / Smokey Robinson & The Miracles

20170305awayweagogo


さぁ、行こう。
よし、行こう。
さぁ、さぁ、さぁ。
行ってみよう。
やってみよう。

考えるのは。
後でいい。
悩むのは。
いつでもできる。
いまは、忘れて。

兎に角。
行こう。
どこでもいい。
思いのままに。
そのままに。

空が呼ぶのか。
風が呼ぶのか。
それとも。
その中に。
誰かの声を聞いたのか。

そこに。
例えば。
胸のときめきを。
感じたのならば。
そのままに。

その。
甘い。
囁きに。
誘われてしまえばいい。
乗ってしまえばいい。

『Away We A Go Go』'66年リリース。
スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの2枚目のアルバム。
ミラクルズ時代からの通算では6枚目になるのかな。
優れたソングライターであり、プロデューサーでもあるスモーキー。
その才能を買われてモータウンの副社長も務めていたほどですが。
魅力的なシンガーであることも忘れてはならなくて。
特にこの頃'60年代中頃のスモーキーは総ての面で絶頂期だったかなと。
スモーキー・ヴォイスとも称される、そのファルセットを駆使した甘い歌声。
甘く、優しく、温かく。夢みる様な心地にさせてくれるその歌声。
まさにモータウン・サウンド、そのイメージを象徴する歌声だったのですね。
このアルバムでは珍しくスモーキー自作のナンバーが少なくて。
カヴァーが多いせいもあってか。スモーキーの歌声を楽しむ為のアルバムかなとも。
まぁ、多忙を極めていたでしょうから。曲を書いている時間が無かったのかな。
だから。アルバム・タイトル通りに、さぁ、行こうぜ。さぁ、やろうぜと。
そんな感じでね。あまり難しく考えずに楽しむのが相応しいと思うのですね。
それにしても「You Don't Have To Say You Love Me」とか。
「Beauty Is Only Skin Deep」とか「Walk On By」とかまでカヴァーしていて。
またスモーキーの歌の上手いことと。シンガーとしても一流なのですよね。
ダスティ・スプリングフィルード、テンプテーションズ、ディオンヌ・ワーウィック。
それら、オリジナルのシンガーとはまた異なる魅力を与えているのですから。
例え、儚い夢だったとしても。その歌声に魅せられて夢を見るのも悪くは無いかな。

さぁ、行くか。
よし、行くか。
さぁ、さぁ、さぁ。
行ってみるか。
やってみるか。

悩むのは
後でいい。
考えるのは。
いつでもできる。
いまは、置いておいて。

兎に角。
行ってしまおう。
どこでもいい。
思い浮かぶままに。
そのままに。

空も呼んでいる。
風も呼んでいる。
それとも。
その中の。
誰かの声が呼んでいるのか。

そこに。
例えば。
胸を引き裂くものを。
見たのならば。
そのままに。

その。
甘い。
微笑に。
誘われてしまえばいい。
乗ってしまえばいい。

さぁ、行こう。
よし、行こう。
さぁ、さぁ、さぁ。
行ってみよう。
やってみよう。

誰でもない。
自分に。
そう。
言い聞かせて。
歩き始める。

空の向こう。
風の彼方。
呼んでいるのなら。
呼ばれるままに。
そのままに。

考える。
その前に。
悩む。
その前に。
そのままで。

兎に角。
行こう。
行ってしまおう。
思いのままに。
思い浮かぶままに。

そこに。
胸のときめきを。
胸を引き裂くものを。
感じたのならば。
見たのならば。

その。
甘い。
囁きに。微笑に。
誘われてしまえばいい。
乗ってしまえばいい。

さぁ、行こう。
よし、行こう。
さぁ、さぁ、さぁ。
行ってみよう。
やってみよう。



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2017/03/04 Sat *人にやさしく / Otis Redding

20170304liveineuropeusorg


人にやさしく。
心、開いて。
心、寄せて。
歩み寄って。
触れ合って。

それぞれで。
おのおのだから。
そう簡単ではない。
そいつは。
そうなのだけれど。

いま少し。
いま一歩。
近づいて。
お互いに。
お互いが。

異なっていても。
違っていても。
きっと。
どこかに。
突破口はあるはずだ。

少しだけ。
見方を。
考え方を。
変えてみる。
譲ってみる。

それだけで。
もしかしたら。
上手くいく。
転がり始まる。
そんなこともあるはずだ。

『Live In Europe』'67年リリース。
オーティス・レディングの生前唯一のライヴ・アルバム。
そして。その生前、最後にリリースされたアルバム。
圧倒的な歌声と存在感で。あっという間にソウル界の頂点に上り詰め。
モントレーへの出演などでロック・ファンにもその存在を知らしめて。
さぁ、これから更に広い世界へ・・・その矢先に悲劇に見舞われたオーティス。
僅か26年の生涯。僅か6年ほどの活動期間。しかし永遠に色褪せることはなく。
このアルバムは、スタックス・レコードの欧州ツアーで収録されてもので。
サム&デイヴ、エディ・フロイド、カーラ・トーマス等とのパッケージ・ショー。
その中のパリとロンドンでのオーティスのステージから抜粋され収録されています。
ツアーに同行したブッカーT&MGズ、そしてメンフィス・ホーンズと共に。
まさに絶頂期のオーティスが、これでもかと熱く歌い迫ってくる様は圧巻です。
モントレーの噂、そして渡欧後のTV出演の効果もあってか。観客も熱く応えていて。
終始、オーティスと客席の間に魂の交感とでも言うべき空気があったのだと。
そんなことすらも伝わってくる様な実に何とも素晴らしいアルバムなのです。
アップ・テンポのナンバーでは、ガッタ、ガッタと観客を高みへと上らせて。
バラードでは、圧倒的な表現力でその胸の内を鷲掴みにして共に連れていってしまう。
「These Arms Of Mine」などは明らかに観客の魂を救済しているのではないかとさえ。
そして極めつけは。ラストに収録されている「Try A Little Tenderness」で。
サム・クックが歌っているのを聴いて、自らもレパートリーにしたと言うこのナンバー。
静かに、優しく歌い始めて。徐々にテンポ・アップして熱く語りかける様に。
もう少し、もう少しだけやさしくなろう、やさしくしてみようと観客に歌いかけます。
モントレーのライヴ映像ではこのナンバーで、多くのカップルの抱擁する姿が映し出され。
最後には子猫がじゃれ合っている姿も。それが凄く印象に残っているのですが。
勿論、偶然ではあるのですが。オーティスの最後のアルバムのラスト・ナンバーが。
この感動的な「Try A Little Tenderness」であったことに。心が震えてしまうのです。

人にやさしく。
心、開こう。
心、寄せよう。
歩み寄ってみよう。
触れ合ってみよう。

それぞれで。
おのおのだから。
言うほど簡単ではない。
そいつは。
そうではあるけれど。

いまよりも少し。
いまよりも一歩。
近づいて。
お互いを。
お互いが。

異なっているから。
違っているから。
きっと。
どこかに。
光は、出口はあるはずだ。

少しだけ。
見方を。
感じ方を。
広げてみる。
幅を持たせてみる。

それだけで。
もしかしたら。
案外と。
簡単じゃないかと。
そんなこともあるはずだ。

異なるから。
違うから。
拒絶する。
受け容れない。
端から相手にしない。

そいつは。
少しばかり。
否、大いに。
悲しくないかい。
淋しくないかい。

異なるだけ。
違うだけ。
それだけで。
理解も共感も。
端から諦めてしまう。

そいつは。
少しばかり。
否、大いに。
みっともなくないかい。
情けなくないかい。

俺は俺で。
あなたはあなたで。
誰かは誰かで。
それは。
そうでしかないけれど。

俺とあなた。
あなたと俺。
俺とあなたと誰か。
誰かとあなたと俺。
どこか似てもいないかい。

異なるから。
違うから。
いま少し。
いま一歩。
やさしくできないかい。

いまよりも少し。
いまよりも一歩。
心、開いて。
心、寄せて。
人にやさしく。そうしてみないかい。



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2017/03/03 Fri *その存在だけが / Marva Whitney

20170303liveandlowdown


生きている。
呼吸をして。
食事をして。
睡眠もとって。
生きてはいる。

笑いもするし。
涙もするし。
怒ることもあれば。
喜ぶこともあって。
生きてはいる。

美味い酒を飲んで。
旨い飯を食って。
話をすれば。
触れ合いもして。
生きてはいる。

映画も観るし。
絵画も観るし。
レコードも聴くし。
ライヴにも行くし。
生きてはいる。

恋もすれば。
愛しもするし。
愛されもすれば。
哀しい思いもするけれど。
生きてはいる。

でも。
それだけでは。
物足りない。
満足できない。
震える様な何かが欲しい。

『Live And Lowdown At The Apollo』'70年リリース。
ジェームス・ブラウン一座の花形シンガーだったマーヴァ・ホイットニー。
JB御大の指揮下での2枚目のアルバムにして初めてのライヴ・アルバム。
時に、ヒステリックとさえ呼びたくなる様なド迫力のシャウト。
そんなマーヴァの魅力が堪能できます。まぁ、JBと互角に渡り合おうと思えばね。
メイシオ・パーカーを始めとするバンドのファンキー極まりないサウンドもご機嫌です。
そのサウンドを見事に乗りこなしながら歌うマーヴァ。実に魅力的です。
伸びやかなハイ・トーンの歌声に自然と耳を、心を奪われます。
アルバム・タイトル通りに、まさに生きている、そして魂を揺さぶる歌声なのです。
ライヴ・アルバムですが、一部のナンバーはスタジオ録音に歓声を被せたものと思われて。
(ひょっとしたら。アルバムそのものが疑似ライヴではとも感じなくもないかな・・・)
しかし。それすらも些末な事と。問題にならないほど生き生きとしている、生々しいのです。
やはりヒットした「It's My Thing」とかが聴きものではあるのですが。
「A Talk With James Brown」などと言う。JB御大とのただの会話ですらも。
何ともファンキーで、生々しくて。マーヴァ、JB、バンドが会話して、触れ合って。
そのまま次のナンバーへとなだれ込む瞬間なんて、もう実にスリリングで堪りません。
オーティスの・・・アレサの「Respect」も歌っているのですが。
アレサ・ヴァージョンに忠実な様でいて。後半になるほどにどんどんファンキーに。
語る様なマーヴァの歌声に、メイシオのサックスが絡んで。そしてシャウトするマーヴァ。
ソウル・シンガーとしてのマーヴァの実力の程はこのナンバーに一番よく表れているかな。
何せ、JB御大に2枚もアルバムを制作させてしまったわけですからね。
マーヴァがJBにとって。特別な、それこそ魂を揺さぶる存在であったことは確かかな。

生きている。
意識もしないで。
呼吸して、食事して。
睡眠もとって。
生きてはいる。

笑いも涙も。
怒れることも。
喜べることも。
当然の様にして。
生きてはいる。

美味い酒と。
旨い飯があって。
話せる、触れ合える。
そんな仲間もいて。
生きてはいる。

映画も絵画も。
レコードもライヴも。
大概は。
望みのままにして。
生きてはいる。

恋もすれば。
愛しもして。
こいつばかりは。
思いのままではないけれど。
生きてはいる。

でも。
それだけでは。
物足りない。
満足できない。
揺さぶられる様な何かが欲しい。

そうなのだ。
この胸の内。
この胸の奥。
その柔らかい処。
そこに響いてくる様な。

それなのだ。
この胸の内。
この胸の奥。
その柔らかい処。
そこを鷲掴みにする様な。

そうして。
震えるような。
揺さぶられる様な。
そんな何かを。
感じさせてくれる。
ものが欲しいのだ。

別に。
刺激的でなくても。
扇動的でなくても。
扇情的でなくても。
構わないのだ。

ただ。
そこにあるだけで。
そこにいるだけで。
包み込む様に。
突き刺さる様に。

そんな。
何ものこそが。
そんな。
存在こそが。
生きていると実感させてくれるのだ。

笑顔。
歌声。
仕草。
会話。
それだけのことで。

魂が。
震える。
揺さぶられる。
その存在だけが。
生きていることを祝福してくれるのだ。



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2017/03/02 Thu *魂を見せてくれないか / Ben E. King

20170302whatissouljp


人それぞれ。
そいつはそうだ。
考えも。
表現も。
それぞれでいい。

だから。
精一杯。
考えて。
表現して。
ぶつけてくれればいい。

考えて。
整理して。
考えて。
構成して。
描いてくれればいい。

信じるものを。
思うところを。
頑張って。
情熱を込めて。
語ってくれればいい。

ところで。
表現したいのを。
語りたいのは。
伝えたいのは。
それは何なのだろう。

心を。
魂を。
揺さぶられたものは。
そいつは。
一体、何なのだろう。

『What Is Soul』'81年リリース。
ベン.E・キングの日本独自編集アルバム。
同名の米国盤アルバムとタイトルもジャケットも同一ですが。
内容は選曲を変えて'65年~'68年のシングル・コレクションとなっています。
どうしても「Stand By Me」で。その時代のみで語られがちなベンですが。
実のところは非常に息の長いソウル・シンガーで。
特に、'60年代後半~'70年代にかけては精力的に活動をしていたのですね。
同名の米国盤アルバムがアトコ・レコードでの最後となったアルバムで。
このアルバムに収められているのも総てアトコ・レコードへの録音となっています。
A面には主にバート・バーンズ制作のニュー・ヨーク録音のナンバー。
B面にはバートの下を離れた後の米国南部録音のナンバーが収められています。
年齢的には27歳~30歳頃だと思われるのですが。その脂の乗った歌声の輝き。
ソロモン・バークとの仕事で知られるバートによって新たな魅力が開花したかなと。
「Stand By Me」の頃はR&Bシンガーとしての色合いが濃かったのですが。
このアルバムで聴けるベンの歌声、そしてスタイルはソウル・シンガーのそれです。
バラードでのディープな味わい、アップ・テンポでのグイグイ乗っていく感じ。
アメリカン・スタジオ、マッスルショールズ・スタジオと南部での録音になると。
サザン・ソウルの風味も加わってくるのですが。それもまたいい感じなのですね。
言わば、ディープ・ソウル・シンガーとしてのベン。それもまた素晴らしいのだなと。
アルバム・タイトルにもなっている「What Is Soul」、アルバムを締めくくるナンバー。
ベン自身の手によるそのナンバーで、ソウルとは何だ?何がソウルなのだ?
そう問いかけてくるベン。恐らくはその答えを見つけたからの自信に満ち溢れているのを感じたりもします。

人それぞれ。
それで当たり前。
考えも。
表現も。
それぞれで当然のこと。

だから。
一生懸命。
考えて。
表現して。
ぶつかってくれればいい。

力の限り。
考えて。
頭の回る限り。
唸って。
描き上げてくれればいい。

信じたものを。
思ったころを。
頑張って。
熱意を漲らせて。
語ってくれればいい。

ところで。
表現したいのを。
語りたいのは。
伝えたいのは。
それは何だと思うかい。

心を。
魂を。
震わされたものは。
そいつは。
一体、何なのだろう。

何を。
感じた。
信じた。
思った。
それを、そいつを。

表現してくれないか。
語ってくれないか。
伝えてくれないか。
それぞれで。
構わないから。

それぞれの。
感じたもの。
信じたもの。
思ったもの。
それぞれの言葉で。

精一杯。
頑張って。
一生懸命。
力の限り。
それぞれの表現で。

情熱込めて。
熱意漲らせて。
語ってくれないか。
表現してくれないか。
伝えてくれないか。

心を。
魂を。
揺さぶられた。
震わされた。
その何ものかを。

それを。
そいつを。
それだけを。
教えてくれないか。
見せてくれないか。

魂を見せてくれないか。



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2017/03/01 Wed *心の旅、想像の旅 / Gladys Knight & The Pips

20170301imaginationukorg


揺れる。
心、抱えて。
胸の内を。
見つめて。
旅路を思う。

何処へ。
行こう。
何処を。
目指そう。
それとも。

あても無しに。
何も定めずに。
ふらりと。
出かけてみようか。
それもいい。

思わぬ。
心の動き。
改めて知った思い。
何処へ向かうのか。
どう落ち着くのか。

想像できない。
想像もつかない。
だから。
心の中ででも。
旅路へと。

乱れる。
思い。
胸の内。
そいつと。
想像の内で向き合ってみる。

『Imagination』'73年リリース。
グラディス・ナイト&ザ・ピップスの10枚目(?)のアルバム。
モータウンからブッダへ移籍して初めてのアルバムでもあります。
ヒットを飛ばしながらもあくまでもモータウンでは外様扱いだったらしく。
そのことに不満を抱いて移籍を決意したとも言われていますが。
その決断は見事に吉と出て。内容的にも商業的にも最高の成果を上げることになります。
このアルバムからは4枚のシングルが生まれ。その総てがヒットしていますが。
中でもアルバム冒頭から続く、A面1曲目と2曲目に配された。
「 Midnight Train To Georgia」「I've Got To Use My Imagination」の2曲。
そのソウルフルで、ダイナミックで、ファンキーな様。その圧倒的な様。
モータウンでの鬱憤を晴らすが如くグラディスがその真骨頂を遺憾なく発揮しています。
特に全米チャートの首位に輝いた「 Midnight Train To Georgia」は素晴らしくて。
グラディスの代表曲となると共に、ソウル・クラッシクとして今も光り輝いています。
大都会ロサンザルスへ出てきた人間が、故郷であるジョージアを思い。
故郷へ向かう夜行列車にその思いを託す。その歌詞が多くの同胞の共感を呼んだのだとか。
「I've Got To Use My Imagination」と共にこの2曲におけるグラディスの歌声。
結構、高音を張り上げているようでいて、しっかりと包み込む様な温かさ、深さ。
そして聴く者の背を押す様な熱さ。グラディス・ナイト、その魅力の総てがここにあります。
例えば。いまいる場所がロサンゼルスではなくても。故郷がジョージアではなくても。
聴く者の胸の内にある思い、希望であったり、戸惑いであったり、郷愁であったり。
そんなものを想起させる、その優しさと力強さ。グラディスならではなのですよね。
アルバムとしては素晴らしいA面と比較するとB面はやや落ちるかもと。
ピップスだけのナンバーが2曲。グループとしての一体感を強調したかったのかもですが。

震える。
心、抱えて。
胸の奥を。
見つめて。
旅路を思う。

何処へ。
行けばいい。
何処を。
目指せばいい。
それとも。

あてなど無いままに。
何も定まらぬままに。
ふらりと。
飛び乗ってしまおうか。
それもいい。

思わぬ。
心の動き。
諦めきれぬ思い。
何処を目指すのか。
どう落とそうと言うのか。

想像はできた。
でも想像を超えて。
だから。
心の中ででも。
旅路へと。

波打つ。
思い。
胸の奥。
そいつを。
想像しながら探ってみる。

揺れる。
震える。
それは。
嘘じゃない。
否定しようもない。

胸の内。
胸の奥。
見つめれば。
いつでも。
そこにあるもの。

ただ。
思わぬ。
その動き。
そいつに。
戸惑って。

想像できなかった。
想像もつかなかった。
否。
想像はできた。
それを越えていた。

乱れる。
波打つ。
思い。
その向かう先。
その落ち着く先。

それを。
いま。
見定めようと。
あてもなく。
何も定めず。

心の中で。
旅路に。
想像しながら。
向き合い。
探ってみる。

心の旅。
想像の旅。
その。
列車に乗って。
心の置き場を探すだけ。



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