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2017年5月

2017/05/24 Wed *閉ざされる自由 / カルメン・マキ&OZ

20170524tozasaretamachi


閉じていく。
閉じられていく。
その予感に。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
少し前から。
否。
遥か昔から。
その予感はあったのだが。

夕立前に。
急激に膨らむ。
黒雲の様に。
押しとどめようも無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな光が。
見えているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
焦り。
苛立ち。
そして慄くのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う人々は。
気づいてもいないらしい。それとも。

『閉ざされた町』'76年リリース。
カルメン・マキ&OZの2ndアルバム。
1stアルバムリリース後にカルメン・マキと春日博文以外のメンバーが交代して。
ベースには川上茂幸、ドラムスには久藤賀一、キーボードには川崎雅文と言う布陣に。
但しサウンド的には1stから大きな変化は無く。より深化したのかなと感じます。
よりハードに、よりヘヴィに。そしてより壮大に。そんな超ド級のサウンド。
そして。より繊細さになったかとも思われるメロディを歌い上げるカルメン・マキ。
その歌声の迫力・・・存在感の前には立ち尽くすしかない、震えるしかないと。
「Introduction」と「Epilogue」なる短いインストに挟まれた5曲、全7曲の構成。
当然、1曲、1曲は長尺になるのですが。決して冗長になることはなくて。
更に。その壮大さ、重厚さ、そして存在感は決して曲の長さによるものではなくて。
1曲、1曲の熱量、質量。あるいは密度。そんなものの熱さ、重さ、高さが生んでいるのか。
それ程に。1曲、1曲の。サウンド、歌声、そして歌詞と。その総てが圧し掛かってきます。
このアルバムはロスアンゼルスで録音されているのですが。カリフォルニアの青い空・・・
そんなものは微塵も感じられなくて。米国のスタジオの技術を駆使することによって。
カルメン・マキ&OZの持つ、そのスペックをフルに発揮、表現させようとしたのかなと。
その試みは功を奏して。カルメン・マキ&OZが規格外の存在であることを証明したと。
アルバム・タイトル、そして「閉ざされた町」の歌詞がそのイメージを増幅させるのか。
圧倒的な存在の前に、ひれ伏さざるを得ない様な。そんな重み、その息苦しさ。
しかしそれが、その重みが心に響き、そして臓腑を抉る様に忘れられないものを残していく。
それだけのアルバム、それだけの音楽、歌に出会えたことを感謝したくなるのです。
今も歌い続けているマキさん。その歌声の存在感は変わらぬどころか増すばかりで。
昨年ライヴで聴くことができた「閉ざされた町」は。今のこの時代、この社会だからこそ。
尚更に、その意味合いを増して鳴り響いている様に感じたのでした・・・

閉じられる。
閉じられてしまう。
その予感の。
高まりに。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
いつからか。
否。
ある日から。
予感は確信に変わりつつあったのだが。

夕暮れ時。
一気に空を染める。
夕焼けの様に。
押しとどめる術もない無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな希望が。
聞こえているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
震え。
粟立ち。
それでも声にするのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う羊達は。
気づいてもいないらしい。それとも。

気づかない振り。
見ない振り。
聞こえない振り。
そいつが得策だと。
そんな思い違いが蔓延し。

扉を。
閉じようとするものに力を貸し。
扉が。
閉じる速度を加速させる。
その危うさ。その恐ろしさ。

そいつは。
巧みに。
隠されたのか。
愚かに。
隠そうとしているのか。

夕立は。
いつかは止む。
黒雲も。
いつかは消える。
けれども。

夕陽は。
いつかは沈む。
夕焼けも。
いつかは色を失う。
けれども。

閉ざされた扉。
そこからは。
光は二度と見えない。
希望は二度と届かない。
永遠に。

この街が。
この社会が。
崩れる。
壊れる。
その序曲が流れる中。

閉じられる。
街、社会。
そして。
閉じられる。
自由。

それを。
目の当たりにして。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。
閉じられる自由・・・



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2017/05/23 Tue *表でも裏でも / 内田裕也

20170523adogruns


表だろうと。
裏だろうと。
看板だろうと。
裏方だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた中でも。
やることをやる。
やれることはやる。

完成図など。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり始める。
走り始める。

そう。
簡単ではない。
上手くいくものでもない。
そいつは。
覚悟の上。

どう考えても。
周囲には。
道程には。
味方は少なく。
敵はうようよ。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
やってしまうだけ。
走ってしまうだけ。

『A Dog Runs』'78年リリース。
内田裕也、ソロ名義としては初めてとなるアルバム。
日本ロック界のパイオニア、日本ロック界の首領、様々な二つ名がありますが。
ご本人も認めている様に、キャリアは長くてもヒット曲は無いと。
その実、ヒット曲どころか。ソロ名義のオリジナル・アルバムも2枚だけと。
その作品の少なさが、逆に内田裕也の何たるかを表しているのかもと。
実績も、実態も。何もないなどと揶揄されることも多いのですが。
ザ・タイガース、フラワー・トラベリン・バンド、キャロル、BORO等々。
数多くの人材を発掘し、世に出るきっかけを作った、世に出してきたのも事実です。
ナベプロとかミッキー・カーチスに攫われたりする事があったのも、らしいところで。
このアルバムに作品を提供している、参加している錚々たる顔ぶれの。
その豪華で、渋くて、凄味の効いているところ。そこに内田裕也の魅力があります。
ムッシュかまやつ、沢田研二、桑名正博、ジョニー大倉、内海利勝、近田春夫ときて。
ミッキー吉野、宇崎竜童・・・ジョニーはプロデュースとアレンジも担当しています。
(因みにジャケットやブックレットの写真はボブ・グルーエンの撮影によるものです)
さても豪華な神輿に乗ることのできるのは、乗る権利のあるのは内田裕也だけでしょう。
さて。どうにも歌に力が入ると自然にフラットしてしまうのが個性と言うか、癖と言うか。
決して歌が上手いとは言えない内田裕也。それはこのアルバムでも変わらないのですが。
それがジョニーのプロデュース、アレンジによる言わば、B級なロックンロール。
そいつにピッタリあって。何とも絶妙な乗りになっているのが面白くもご機嫌で。
その一方で「きめてやる今夜」「俺は最低な奴さ」等のバラードでは。その上ずった歌声が。
これまた絶妙な色気と凄味を感じさせて。歌が上手いだけでは決して出せないものがあり。
表でも裏でも。限られた中でも。走り続けてきた内田裕也ならではこそのロックンロールとなっているのです。

表だろうと。
裏だろうと。
神輿だろうと。
担ぎ手だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた道でも。
走るだけ走る。
走れる限り走る。

ゴールなど。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり続ける
走り続ける。

そう。
単純ではない。
上手く転がるものでもない。
そいつは。
百も承知。

どう考えても。
前にも。
後ろにも。
味方は数えるほど。
敵は五万と満ちている。

それでも。
求められるのなら。
これを好機と。
やり続けてしまうだけ。
走り続けてしまうだけ。

そうさ。
俺の腕じゃ。
俺の頭じゃ。
やれることなど。
いけるとこなど。

限られている。
表でも。
裏でも。
どんなに。
足掻いたところで。

掌の上。
そこを。
走り回り。
転がされている。
そんなもの。

その上。
どいつも。
こいつも。
鵜の目鷹の目。
足を掬おうと虎視眈々。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
これを好機と。
やるだけ。走るだけ。

表でも。
裏でも。
担がれても。
担いでも。
限られた中で。

やれるだけ。
やるだけ。
走れるだけ。
走るだけ。
例え。堂々巡りだとしてもね。



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2017/05/22 Mon *その境地を / Flower Travellin' Band

20170522satori


そう。
簡単に。
達することが。
出来るのであれば。
苦労はしない。

そもそも。
我欲も。
煩悩も。
人一倍。
否、何倍か。

そのままに。
動くのが。
生きるのが。
楽かと言えば。
それも簡単ではなくて。

規律でも。
あるいは。
目標でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
成し遂げる為に。
律して。
征して。
挑んでみる。

最も。
苦手とする。
望まない。
それはそうなのだが。
何かが見えてくるかもしれないと。

『Satori』'71年リリース。
フラワー・トラベリン・バンドの2枚目となるアルバム。
1枚目のアルバムをリリース後に活動拠点をカナダに移したフラワー・トラベリン・バンド。
カナダでの地道なライヴ活動が実を結んで。念願のワールド・ワイドな契約を手にして。
このアルバムはアトランティック・レコードからカナダ、そしてアメリカでもリリースに。
ここに至るまでのメンバー、そして首謀者にしてプロデューサーの内田裕也の苦労。
それは筆舌に難いものがあった様で。それだけに相当な気合が入ったアルバムとなったと。
その甲斐もあって。カナダでは見事にチャートにランク・インを果たしています。
ジョー山中、石間秀樹、上月ジュン、和田ジョージの4人のつわもの揃いのメンバー。
その思いの丈が、その超絶的な技量と共に披露されている、炸裂しているアルバムなのです。
しかしながら。はしゃぐでもなく、暴走するでもなく。毅然とした姿勢を貫いているところ。
アルバム・タイトルは悟りのもじりだと思いますが。そう悟りを開いたかの如くの。
全世界を相手にしても些かも慌てない、騒がない、ぶれないところ。
その上で。欧米のバンドと対等以上のサウンドで、堂々と殴り込んでいる、勝負をしている。
フラワー・トラベリン・バンドの凄味を嫌という程に感じさせられるのです。
当時、日本語ロック論争(?)みたいなものがあって。内田裕也は英語に拘っていて。
その為にフラワー・トラベリン・バンドを結成したとか言われていたらしいのですが。
拘っていたのは。英語ではなくて。欧米の、ワールド・ワイドのフィールドでの勝負かなと。
英語と言うのはその勝負の為の有効な武器の一つにしか過ぎなかったのだと。
結果として。ジョー・山中のヴォーカルも含めたサウンドの高い完成度とスケール。
それが世界レベルであり、何ら遜色なく通用することをこのアルバムが証明していると。
変に日本を売りにするでもなく、世界に媚びるでもなく。自然に高いレベルにあり。
そこに絶妙に和のテイストを忍ばせてもいる。その知能犯的なクールさには。
それこそ内田裕也とフラワー・トラベリン・バンドの悟りの境地を見る気すらしてしまうのです。

そう。
安易に。
達することが。
出来るのであれば。
面白くもない。

そもそも。
私意も。
雑念も。
人一倍。
否、どこまでか。

そのままに。
いくのが。
流されるのが。
楽しいかと言えば。
それほど単純ではなくて。

秩序でも。
あるいは。
成果でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
手に入れる為に。
守って。
上げて。
挑んでみる。

最も。
不得手とする。
好まない。
それはそうなのだが。
何かが感じられるかもしれないと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

偶には。
枷でも。
はめて。
縛りでも。
かけて。

その上で。
その条件下で。
どれだけ。
どこまで。
挑めるのか。

そんな。
不自由な。
勝負に。
打って出るのも。
悪くは無いかなと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

最も。
苦手とする。
望まない。
不得手とする。
好まない。

そんな。
選択の結果。
道程の執着。
その境地を。
見てみたい、感じてみたいと。

まぁ、いつもの気まぐれではあるけれど。



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2017/05/21 Sun *よそ者 / RC サクセション

20170521blue


そうさ。
俺は。
よそ者さ。
あの時も。
そうだった。

だから。
そんなに。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
紹介されたから。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
十分だと。
そう。
思っていたのさ。

だから。
そんなに。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っていたのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

『Blue』'81年リリース。
復活し、新編成となったRCサクセションとしては2枚目のスタジオ・アルバム。
前作にあたる『Please』のサウンドに、その仕上がりに満足がいかなかったらしく。
普段から利用していた練習スタジオに16トラックの機材を持ち込んで録音。
プロデュースもこのアルバムから自分達の手で手掛けることとなりました。
この時期のRCはもの凄い勢いで、加速度的に大ブレイクを成し遂げたこともあって。
その超過密なスケジュールの影響もあってか。新たなオリジナルを創る余裕も無くて。
殆どのナンバーが、例の暗黒時代も含めて過去のレパートリーに手を加えたものだったと。
中には古井戸のナンバー「飲んだくれジョニィ」を改作した「Johnny Blue」もあります。
尤も。それだけ精力的に活動していた、そのエネルギーの総てが注がれているので。
総てのナンバーが実に生き生きと輝き、何とも言えない瑞々しさと生々しさに溢れていて。
清志郎の歌も、チャボのギターも。バンドが叩き出すサウンドも。その総てが。
まさしく絶頂を迎えていたRCの、その姿が見事に捉えられているアルバムなのですよね。
「ロックンロール・ショー」から「あの娘のレター」まで。全8曲。そこに凝縮された。
RCのその魅力。その艶やかで、豊かで、尖がって、溢れ出し、滲み出るその魅力。
特に。どうしようもないもどかしさや、憧憬。そこにある切なさ。その胸に染む思い。
そこにこそ、清志郎の、RCの最大の魅力があったのだなと。改めて感じさせられるのです。
どんなに強面を装おうと、どんなに悪ぶろうと。その根底にある温かい優しさ。
それがあるからこそ。本気で怒り、本気で噛みつき、それを洒落てみせることもできると。
清志郎とRCのスケールの大きさ、懐の深さ。実に自然体で、生身のままで。そのままで。
よそ者だろうが。総てを受け容れ、総てを許し、総てに怒り、総てを愛し、総てを慈しむ。
それ故に。その不在が。今更ながらに。如何に重く、大きいかを思い知らされるアルバムでもあるのです。

そうさ。
俺は。
よそ者さ。
いまも。
変わりはしない。

だから。基本的には。
いまも。そこまでの。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
今夜もまた。いつもの様に。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
幸せだと。
そう。
思っているのさ。

だから。
そんなさ。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っているのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

目に見えないのに。
繋がっている。
ずっと。
ずっと。
繋がっているのだもの。

あの時の。
あの夜の。
蒼さのまま。
そのままに。
そのままで。

そう。
最初から。
美味い酒と。
ご機嫌なロックンロール。
それだけじゃなかったのだ。

それで。
それだけで。
十分だと。
幸せだと。
思っていたのに。

ぶっきらぼうで。
手荒い。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

なれなれしくない。
無骨な。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

俺は。
よそ者。
それは変わらない。
なのに。
なのに・・・さぁ。

あの旗の下に、一緒にいたくなっちまうのさ。



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2017/05/18 Thu *出しなさい / The Kinks

20170518thegreatlostkinksalbum


どうして。
こうも。
出てこないのかと。
思ったら。
そう言うからくりだったのかと。

まったく。
そりゃね。
何も。
一から十まで。
杓子定規にとは言わないが。

やってはいけない。
掟破りと言うか。
それをやったらお終いよとか。
そんなこともあると。
どうして分からないのかな。

欲しいのは。
あなただけじゃない。
困るのも。
あなただけじゃない。
皆、同じなのだから。

公平かどうか。
そいつはともかく。
公正には。
それだけは。
担保しなきゃならないのさ。

だから。
隠しているだろ。
出しなさい。
囲い込みなんて。
下手な手を打つなよと。

『The Great Lost Kinks Album』'73年リリース。
米国のリプリーズから突如リリースされたキンクスの編集アルバム。
パイ時代後期の没になったナンバーやら、TVや映画で使われたナンバーやら。
それまでは公式にリリースされなかったレアなナンバーを集めたアルバムです。
その収められているナンバーの数々が実にキンクスらしい、レイ・デイヴィスらしい。
特にTVや映画で使われたナンバーの出来が良くて。どうにもキンクスなのですね。
なんで。こんなに素敵で、こんなに素晴らしくて、こんなに繊細で、こんなにひねくれて。
これはもう、本当にキンクスの世界以外の何ものでもないのですね。
しかし、リリース直後に突如回収されて。その後は再リリースされることも無く。
何故か・・・ここにもあの男、アレン・クラインが権利に絡んでいたのですね。
ストーンズ、ビートルズだけでなく。キンクスまで食い物にしていたとは・・・
そんなことで。長らくはこのアルバムでしか聴けない14曲はキンクス・ファンの羨望の的。
お陰で、何とか市場に出回ったアルバムには一時はとんでもないプレミアがついていたと。
本当にね。隠すなよ、囲い込むなよ。開放しろよって話なのですけれどね。
この10年くらいで殆どのナンバーは様々なCDのボーナス・トラックとかに収録されて。
漸く、それなりに落ち着いた価格で入手が可能になったのでした。
実は未だこのアルバムでしか聴けないナンバーが2曲はあったりもするし。
そもそもこのアルバムのフォーマットではCD化は実現していないので。
殆どオリジナル・アルバムと言ってもいい様な絶妙な曲順で聴く為に入手する価値はある。
そんな素晴らしいアルバムだったりするのです。本当にいいのですよ、これが。
当時キンクスが所属していたRCAからリリースしていた何枚かのアルバムよりも・・・
まぁ、流石にそれは言わない約束だろうって話だとは思いますけどね。
埋もれた財宝とも言うべきものを発掘し、開放しようとしたリプリーズの姿勢には拍手を送りたくなるのです。

どうして。
こうも。
見つからないのかと。
思ったら。
そう言う企みがあったのかと。

まったく。
そりゃね。
何も。
頭から爪先まで。
謹厳実直にとは言わないが。

やってはいけない。
文化の醸成と言うか。
それをやったら蔑まれるよとか。
そんなこともあると。
どうして気づかないのかな。

求めているのは。
あなただけじゃない。
不安になるのも。
あなただけじゃない。
皆、同じなのだから。

公平かどうか。
そいつは運にもよるけれど。
公正にことを運ぶ。
それだけは。
譲るわけにはいかないのさ。

だから。
隠しているだろ。
出しなさい。
出し渋りなんて。
下手な手はお見通しだよと。

材も。
限られている。
財も。
限られている。
そう資源は潤沢ではないのさ。

でも。
機会は。
落ちている。
広がっている。
そいつを見過ごすわけはいかないのさ。
需要と供給。
供給を待って。
需要に応える。
そんなに甘くはない。
そんなに待ってはくれない。

だから。
材を。
隠すな。
囲い込むな。
包み隠さず出しなさい。

ましてや。
財を。
隠すなど。
囲い込むなど。
言語道断。出しなさい。

探すぞ。
掘るぞ。
抉じ開けるぞ。
鵜呑みにしないぞ。
疑ってかかるぞ。

もっと。
いいのを。
上玉を。
隠しているだろう。
出しなさい。



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2017/05/17 Wed *夜空の向こう / David Bowie

20170517spaceoddity


いま。
この時。
そう。
いま。
いまこそ。

宇宙の。
彼方で。
何か異変でも。
起きないかと。
起きてはくれないかと。

星など。
殆ど見えない。
夜空を見上げながら。
そんな事を。
ふと考えてみる。

宇宙の。
彼方から。
その異変を受けて。
何ものかが。
飛来してはくれないかと。

そんな。
存在でも。
なければ。
意識しなければ。
そうでもしなければ。

この星は。
この地上は。
いつまでも。
まとまりはしないのではと。
夜空の向こうを見つめてみる。

『Space Oddity』'72年リリース。
デヴィッド・ボウイの2枚目となるアルバム。
内容的には事実上のデビュー・アルバムとも呼べるもので。
当初は'69年にフィリップスより『David Bowie』のタイトルでリリースされ。
(米国ではマーキュリーより『Man Of Words / Man Of Music』としてリリース)
その後に、RCAから再発されることとなりジャケットも新装されたのでした。
その際に、「Don't Sit Down」なるナンバーが外されて全9曲ともなりました。
さて。何と言ってもタイトル・ナンバーでもある「Space Oddity」です。
あの『2001年宇宙の旅』そしてアポロ11号の月面着陸によって。
世界中が、宇宙に興味を抱き、宇宙時代の到来とも呼ばれていたあの頃の空気を。
今に伝える、今も瞬時に蘇らせることができるのが「Space Oddity」なのです。
当時BBCのアポロ11号の特番にも使用されたらしく。ボウイにとっては初のヒットに。
尤も。そこで歌われるのは何らかの異変に寄り宇宙を彷徨ことになるトム少佐の物語で。
それが特番の内容に相応しかったのかは些か違和感を抱いたりもするのですけれどね。
それは兎も角。今でも広大な、遥かなる宇宙を想起させるこのナンバーを。
あの時代に創って、世に出してみせた。そこに類まれなるボウイの才能とセンスを感じます。
ボウイの才能とセンス。特にセンスはやはり独特なもので。どうにもロック的では無くて。
どちらかと言えば。演劇に近いものを感じるのですよね。もっと言うと音楽的でも無いと。
まるで台詞を喋るが如く、あるいは詩を朗読するが如く。そうだな、詠唱とでも言うのか。
それがボウイならではのメロディを産み出している気がするのですよね。
広大で、遥かで。そして暗く、深い宇宙空間に永遠に流れるボウイの詠唱。
そんな不思議な感覚が他のナンバーにもあって。故に今も些かも変わることなく響き続け。
そして。このアルバムに針を落とすと夜空の向こうが、宇宙が思われ。
そして。夜空の向こう、宇宙を思うと、彼方からボウイの歌声が聴こえてくるのです。

いま。
この時。
そう。
いま。
いまこそ。

宇宙の。
彼方で。
何か異変でも。
起きないかと。
起きてはくれないかと。

星など。
殆ど見えない。
夜空を見上げながら。
そんな事を。
ふと考えてみる。

宇宙の。
彼方から。
その異変を受けて。
何ものかが。
飛来してはくれないかと。

そんな。
存在でも。
なければ。
意識しなければ。
そうでもしなければ。

この星からは。
この地上からは。
いつまでたっても。
争いなど無くなりはしないのではと。
夜空の向こうに問いかけてみる。

いつかの日。
宇宙の彼方。
そこに。
とり残された。
何ものかが。

いつかの日。
宇宙の彼方。
そこで。
言われなき迫害を受けた。
何ものかが。
そんな。
なにものかが。
ある日。
宇宙の彼方から。
戻って来て。やって来て。

いつまで。
経っても。
変わらない。
変わろうともしない。
この星を変えてくれないか。

いつまで。
経っても。
学ばない。
学ぼうともしない。
この星を目覚めさせてくれないか。

そうでもしなければ。
この星は。
まとまりもせず。
争いを止めもせず。
やがて、否、そんなに遠くない日に。

消えてしまう。
壊れてしまう。
失われてしまう。
そんな思いを胸に。
夜空の向こうに耳を澄ませてみる。



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2017/05/16 Tue *川原乞食の魂 / Taste

20170516liveattheisleofwightukorg


優劣など。
どうでもいい。
ましてや。
勝負など。
するつもりもない。

ただ。
やるからには。
どうせなら。
誰よりも。
目立ちはしたい。

そう。
やるからには。
楽しみたい。
盛り上げたい。
空気を揺らしたい。

観てくれている。
聴いてくれている。
ならば。
笑顔になってもらいたい。
楽しんでもらいたい。

勝負手は。
技量でも。
器量でも。
知名度でも。
なんでもなくて。

心意気。
度胸。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の一夜舞台。

『Live At The Isle Of Wight』'71年リリース。
ロリー・ギャラガーを擁したテイストのワイト島でのライヴ・アルバム。
ロリーのブルージーなギターを売りものとしていたテイスト。
2枚のスタジオ・アルバムをリリース。英国を中心に精力的にライヴも行い。
このアルバムが収録されたワイト島フェスティヴァルにも出演と。
順調にキャリアを重ねるも。マネジメントとのトラブルが原因で解散してしまって。
ソロに転向したロリーがヒットを放つと。便乗して2枚のライヴ・アルバムがリリース。
このアルバムは、その2枚目にあたるアルバムで。全6曲が収録されています。
伝説となったワイト島フェスティヴァル。運営には様々なトラブルがあったものの。
ザ・フーやフリー、そしてジミ・ヘンドリックスの熱演はよく知られるところですが。
このテイストのライヴも相当に熱くて。一説にはアンコールが5回もかかったとか。
確かに。ロリーの熱く真っ直ぐなギターを中心としたその一丸となったライヴ。
その熱量、その迫力。それは聴く者をどんどんと引き込むが如くの勢いがあります。
既にマネジメントと揉めていて。メンバー間にも亀裂が走り始め。起死回生を狙ったのか。
その緊張感を背景とした度胸一発の勝負。そんな後が無い思いがいい方向に出たのかな。
ソロに転向後もそうですが。ロリーは考え過ぎると駄目なのですよね。迷いが出るから。
兎に角。ギターが大好きで、ブルースが大好きで、ロックが大好きで。もう、それだけと。
そんな開き直った時にこそ。ロリーの真摯で純粋な魅力が伝わってくるのですよね。
そんな時のロリーは本当に魅力的で。このアルバムでも3曲が10分を超える長尺ですが。
些かも弛まないし、飽きるという事が無いのですよね。余計なものが無くタイトでね。
そう考えると。ライヴ向きではあったのかな。ソロの代表作もライヴ・アルバムが多いし。
ギターが弾ければ、ブルースがやれれば、ロックがやれれば。もう、それでいいのだと。
そんな。開き直った川原乞食の魂みたいなもの。それを発揮した時のロリーは最高にご機嫌なのです。

優劣など。
関係ない。
ましてや。
勝負など。
気にもならない。

ただ。
やるからには。
どうせなら。
誰よりも。
沸かせはしたい。

そう。
やるからには。
楽しまなければ。
盛り上げなければ。
空気を震わせたい。

観てくれている。
聴いてくれている。
ならば。
笑顔になってもらわなければ。
楽しんでもらわなければ。

技量でも。
器量でも。
知名度でも。
勝負にはならないのなら。
開き直り。

意気地。
矜持。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の一夜芝居。

別に。
たいしたものじゃない。
大袈裟でもない。
構える必要もない。
ただの遊び。

だからこそ。
真剣に。
真面目に。
誰よりも。
遊んでみせたい。
楽しむから。
笑うから。
それだから。
楽しんでもらえる。
笑ってもらえる。

空気を揺らし。
空気を震わせ。
何かが伝わり。
笑顔が。
笑顔を生んでくれればいい。

技量でも。
器量でも。
知名度でも。
何にもなくても。
勝負は打てる。

心意気。
度胸。
見得とハッタリ。
それだけが武器の。
川原乞食の開き直り。

意気地。
矜持。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の魂。

そいつが面白い、止められない。



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2017/05/15 Mon *実感を / Ron wood

20170515gimmesomeneckukorg


なんでもいい。
否。
なんでもよくはないが。
少しばかりの。
幾つかの。

何かが。
そう。
きっかけになる様な。
何かが。
手に入れられれば。

この。
どうにも。
漠然とした。
浮遊している様な。
現実感を喪失した様な。

そんな。
状態から。
逃れられて。
生々しい。
臨場感が得られて。

生き生きと。
嬉々として。
地面を踏みしめて。
地面を蹴って。
毎日を過ごせるのにと。

今日を。
明日を。
一週間を。
生の実感と共に。
駆け抜けていたいのだ。

『Gimme Some Neck』'79年リリース。
ロン・ウッドの3枚目となるソロ・アルバム。
『Some Girls』とほぼ同時進行で録音されていたとの話もあって。
チャーリー・ワッツはほぼ全曲でドラムスを叩いていたりもします。
キース・リチャーズやミック・ジャガーも参加しているのですが。
この時期のロンはストーンズとは言わばアルバイト契約だったと思われるのですが。
それにしては随分と待遇が良かったのだなと。そう感じたりもするのですよね。
何せ、このアルバムと共にニュー・バーバリアンズとしてツアーにまで出ていますからね。
キースもニュー・バーバリアンズの一員として嬉々としてプレイしていたし。
ミックの時とはえらいちがいだなぁと。まぁ、そこがロンの人柄の成せる業なのかな。
イアン・マクレガン、ボビー・キーズにデイヴ・メイソンなど豪華なゲストを迎えて。
ラフで、タフで、ファンキーな。ロンならではのロックンロールをブチかましていて。
「Come To Realise」なんて何とも生き生きとしていて痛快だったりします。
ボブ・ディランがエリック・クラプトンに贈って断られた「Seven Days」を頂いて。
ものの見事に自らのものとして聴かせている、その味わいのある風情もロンならではで。
後にボブがライヴでセルフ・カヴァーする際にはロンのヴァージョンを手本にしたとか。
昔ロッド・スチュワートのアルバムでよく聴かせていたインストの小品もあって。
その「Delia」におけるロンのドブロが絶品で。それがまた堪らなくもあるのです。
ギターもヴォーカルも。技巧派ではないロン。しかしその味わいは格別なものがあって。
それは、その陽性な生命力。生き生きと、嬉々として、クッキリと足跡を残す歩みなのです。
その歩みが。近頃のストーンズの中では今一つ元気がないかなとも思われて。
このアルバムの様な、臨場感に溢れた、生き生きとしたロンの姿をまた聴きたいなとも思うのです。

なんでもいい。
否。
そうともいかないが。
いくばかりかの。
様々な。

何かが。
そう。
火種になる様な。
何かが。
手に入れられれば。

この。
どうにも。
曖昧とした。
離脱している様な。
現実感が消失した様な。

そんな。
状態から。
脱して。
息苦しいまでの。
臨場感に包まれて。

生き生きと。
嬉々として。
路上を踏みしめて。
路上を蹴って。
毎日を過ごせるのにと。

今日を。
明日を。
一週間を。
生を痛感しながら。
駆け抜けていきたいのだ。

この。
地面の上で。
路上の上で。
息をしている。
生きている。

この。
地面から。
路上から。
離れるのではなく。
浮くのではなく。

漠然と。
曖昧に。
現実感を。
喪失した様な。
焼失した様な。

そんな。
影の薄い。
影も残せない。
死んだ様な。
時間は過ごしたくない。

息苦しいまでに。
生々しい。
そんな。
臨場感の中で。
時を刻んでいたいのだ。

だから。
きっかけになる様な。
導火線に火を付ける様な。
何かを。
手に入れるのだ。

今日を。
明日を。
一週間を。
生の実感と共に。
駆け抜けていたいのだ。

今日を。
明日を。
一週間を。
生を痛感しながら。
駆け抜けていきたいのだ。

実感を、感じていたいのだ。



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2017/05/14 Sun *家族とか / Plastic Ono Band

20170514johnlennon


家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものが。
好きじゃなかった。
好きになれなかった。

家族。
その二文字が。
絶対で。
何にでも勝る。
何にでも優先される。

その。
窮屈さが。
理不尽さが。
どうにも。
我慢がならなかった。

血が繋がっている。
それだけで。
疑いも無く。
総てが同じ。
総てが分かり合える。

その。
傲慢さが。
傍若無人さが。
どうにも。
耐えがたかった。

まぁ。
今も。
根本的には。
たいして。
変わってはいないけれども。

『John Lennon/Plastic Ono Band』'70年リリース。
『ジョンの魂』の邦題でも知られるジョン・レノンの実質上、初めてのソロ・アルバム。
このアルバムの制作前に。ヨーコと共に心理療法を受けていたジョン。
原初療法とも呼ばれるもので。幼少期にまで遡って忘れていた心の苦痛を総て吐き出す。
その経験によって。初めて幼くして母親を亡くした時の痛みなどと向き合ったジョン。
そのあまりにも赤裸々な、剥き出しの。まさにジョンの魂が歌っているかのアルバムです。
ビリー・プレストンとフィル・スペクターがそれぞれ1曲ずつピアノで参加している以外は。
ジョンと、クラウス・フォアマン、それにリンゴ・スターの3人だけによる演奏で。
そのシンプルなサウンドが、ジョンの叫びを際立たせて真っ直ぐに胸に突き刺さります。
「Mother」「God」など。衝撃的とも言える内容をもつ内面を吐露したナンバーもあれば。
「Love」の様なあまりに純粋なラヴ・ソングもあれば。
「Working Class Hero」「Well Well Well」と言った社会的なナンバーもあり。
ありとあらゆる問題に関心を、興味を抱いて表現したジョンの姿がここにも表れています。
それにしても。なんと生々しく、痛々しく、そして刺々しく、弱々しいことかと。
ビートルズとして世界を制した、あのジョンが。こんなアルバムを制作し、リリースした。
その事実こそが。ジョンが何者であるかを証明し、そしてジョンを信用させているのです。
あのジョンは。我々と同じ様に。誰かを憎みもすれば、誰かを愛しもする1人の人間で。
我々と同じ様に。どうしようもない喜怒哀楽の感情に苦しむ1人の人間であったのです。
その事実を隠しもせずに表に出して。しかも超一流の作品に仕上げてしまう。
このアルバムには、ジョンの凄さ、その凄味の何たるかが余すところなく表されています。
そして。痛切に泣き叫び、強烈に牙を剥き毒づきながらも。その根底にあるのは。
あまりにも大きく、深く、そして強い愛なのです。母親を思慕し、神や様々なものを否定し。
社会や世界に噛みつく。そこに。どうしようもなく誰かを愛し、誰かに愛されることを求めるジョンがいるのです。
そんなジョンを前にすると、そんなジョンの歌声を耳にすると。剥き出しの、素の自分に戻ってしまうのです。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものに。
素直じゃなかった。
素直になれなかった。

家族。
その二文字が。
絶対だとは。
何にでも勝とは。
何にでも優先されるとは。

今でも。
思わないし。
窮屈で。
理不尽だと。
そう思うけれど。

血が繋がっていても。
総てが同じではないし。
総てが分かる筈もない。
そいつは。
疑いようもないのだと。

今でも。
傲慢さや。
傍若無人さには。
どうにも。
耐えがたいけれど。

そう。
今も。
根本的には。
ほとんど。
変わってはいないけれども。

我慢が。
ならなかった。
窮屈さの
理不尽さの。
その裏側に。

忍耐が。
ならなかった。
傲慢さの。
理不尽さの。
その裏側に。

ひょっとして。
思いもよらなかった。
考えもしなかった。
別の思いが。
あったのかもしれないと。

ひょっとして。
言葉とか。
態度とか。
そこには表れないものが。
あったのかもしれないと。

その。
大きく。
深く。
強い。
ものが生まれる源泉に。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものが。
存在していた。
あったのかもしれないと。

だから。
ふと。
思いついて。
柄でもなく。
花など送ってみたりして。

いつになく。
弾んだ声を。
受話器の向こうに聞けば。
そいつも。
悪くはないかとも。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものは。
今でも。
好きにはなれないけれど。



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2017/05/12 Fri *そのままに / Luther Ingram

20170512letsstealawaytothehideaway


さぁ。
もう。
用は無い。
長居は無用。
逃げ出そう。

この胸に。
この手に。
確かな。
感触を。
抱いたのなら。

さっさと。
その手を取って。
連れ出して。
そのままに。
立ち去ろう。

誰も。
気づかぬうちに。
誰も。
目に留めぬうちに。
今のうちに。

抜け駆けだろうと。
何だろうと。
己がものにして。
己だけのものにして。
そうして。

人目を避けて。
人目につかぬ様に。
そのままに。
してしまおう。
そのまま過ごしてしまおう。

『Let's Steal Away To The Hideaway』'76年リリース。
テネシー出身のソウル・シンガー、ルーサー・イングラム。
甘い歌声、そして甘いルックスが魅力のルーサーの3枚目となるアルバム。
マッスル・ショールズのミュージシャンを起用してのニュー・ヨーク録音です。
(マッスル・ショールズでの録音だとの説もあるようですが)
そのキャリアにおいて。5枚のアルバムを残しているルーサーですが。
ラストとなった5枚目を除いてはスタックス傘下のココからのリリースだったとか。
それもあってか。サザン・ソウルのシンガーとして語られることが多いのですが。
その中でも一際、甘い歌声で。甘い匂いを放っているのが特徴的で。
言ってみれば。アル・グリーンを更に甘くしたかの様な個性が魅力的です。
ソウルと言うのは、すべからく不倫の歌だとの名言(?)がありますが。
その中でも、甘く不倫を歌わせたら右に出るものが無いと言われるルーサーです。
最も有名なのが前作の『If Loving You Is Wrong (I Don't Want To Be Right)』の。
そのタイトル・ナンバーですが。このアルバムのタイトル・ナンバーも負けず劣らずで。
何とも。情感たっぷりに、これでもかと道ならぬ恋を歌い上げています。
また、その歌の上手いこと。思わず聴き惚れて、引き込まれてしまうのですよね。
ファンキーなナンバーの乗りこなしの上手さもかなりのもので。それもまたね。
ここまで堂々と、しかも見事に不倫を歌い上げることができるルーサー。
ある意味では、非常に正統派の本格的なソウル・シンガーと言う事になるのでしょうかね。
それは兎も角。夜の四十万の中で。それも、その夜の端っこで。
密かに手に入れたもの、誰の目からも隠したもの。そんなものと共に聴きたいアルバムかな。
まぁ、ソウルと言うのは総じて夜が似合うのですが。その中でも夜の匂いが似合うかなと。

さぁ。
もう。
用は済んだ。
長居など無意味。
逃げ出そう。

この胸が。
この手が。
間違いのない。
反応を。
感じたのなら。

さっさと。
その背を押して。
連れ出して。
そのままに。
消え去ろう。

誰にも。
気づかれぬうちに。
誰の。
目にも留まらぬうちに。
今のうちに。

掟破りだろうと。
何だろうと。
二人のものにして。
二人だけのものにして。
そうして。

人目を避けて。
人目につかぬ様に。
そのままに。
しておこう。
そのまま過ごしていよう。

この胸に。
この手に。
確かな。
感触が。
あるのなら。

この胸に。
この手に。
間違いのない。
反応が。
あるのなら。

抜け駆けだろうと。
何だろうと。
己がものにして。
己だけのものにして。
そのままに。

掟破りだろうと。
何だろうと。
二人のものにして。
二人だけのものにして。
そのままに。

誰も。
気づかぬうちに。
誰も。
目に留めぬうちに。
そのままに。

誰にも。
気づかれぬうちに。
誰の。
目にも留まらぬうちに。
そのままに。

手に手を取って。
互いの背中に腕を回して。
連れだって。
そのままに。
立ち去ろう。消え去ろう。



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2017/05/11 Thu *表現は / Sam Cooke

20170511mrsoul


表現は。
表に。
出るものは。
表れるものは。
様々でも。

出そうとしているもの。
表そうとしているもの。
そいつは。
変わらずに。
同じであること。

そう。
根底に。
あるものは。
変わらずに。
真っ直ぐであること。

そいつが。
そのことが。
産み出すものがある。
創り上げるものがある。
そんなものが大切。

柔軟に。
臨機応変に。
時には。
忖度もしながら。
巧みに泳がせ、泳ぎながらも。

芯には。
肝心要なところには。
一本筋が通っている。
それであれば。
表現は多様で構わない。

『Mr. Soul』'63年リリース。
何とも自信に満ち溢れたタイトルが冠されたサム・クックのアルバム。
RCA移籍後としては6枚目となるアルバムなのかな。
この前作が『Twistin' The Night Away』なので。漸くサム自信が主導権を持って。
ソウルフルなアルバムを制作できる環境も整ってきていたのですが。
このアルバムでは再びスタンダードなナンバーを多く歌っていて。
サウンド的にもストリングスの多用が目立つなど。甘めの仕上がりとなっています。
ここらには。当時の市場、そこにおけるサムのいた位置と言うものが影響しているかなと。
優れたシンガーであるサム。スタンダードを歌うポピュラー・シンガーとしても。
需要があった、多大な人気を誇っていたということの表れでもあるのですよね。
そう。サムはソウル云々の前に。シンガーとしてとても魅力的であったのです。
故に「I Wish You Love」「For Sentimental Reason」の様なナンバーも絶品で。
それこそフランク・シナトラやナット・キング・コールと遜色のないものとなっていると。
それらのナンバーがスタイルとしてソウルと呼べるかと言われると異なると思われますが。
そこで歌われている、表れているもの。それは紛れもなくサムのソウルであって。
その証に「Send Me Some Lovin'」「Nothing Can Change This Love」と言った。
そんなソウルフル、ブルージーなナンバーと並んでいても些かも違和感がないのです。
スタンダードを歌っているサムは、本来のサムではないとの声も根強い様ですが。
その心の奥底に秘めていたものに何ら変わりがなかったのであれば。サムはサムだと。
公民権運動にも深い関心を寄せていたサムです。より広い世界に打ってでる為に。
より幅広い聴衆に自らの歌声を、思いを届ける為に。その高い表現力を用いただけのこと。
だからこそ。サムは大きく世界の扉を開き、後進にも道を示すことができたと。
多様な、多彩な表現、スタイル。しかしその根底には変わらぬ黒く熱いものがある。
アルバム・タイトルにも納得のいく、サムのソウル、魂を感じられるアルバムなのです。

表現は。
表に。
出すものは。
表すものは。
色々でも。

出したいと思うのも。
表そうと願っているもの。
そいつは。
揺るがずに。
同じであること。

そう。
根源に。
あるものは。
揺るがずに。
真っ直ぐであること。

そいつが。
そのことが。
醸し出すものがある。
積み重なっていくものがある。
そんなものが大切。

鷹揚に。
泰然自若で。
時には。
融通もきかせながら。
巧みに操り、操られながらも。

芯には。
肝心要なところには。
太い筋が通っている。
それであれば。
表現は多彩で構わない。

出したい。
表したい。
出そうと。
表そうと。
思うもの。願うもの。

そんなものが。
確かに。
変わらずに。
揺るがずに。
あるのであれば。

如何に。
出していくか。
表していくか。
伝えていくか。
届けていくか。

それだけ。
それだけを。
考えて。
臨むだけ。
挑むだけ。

真っ直ぐな。
太い。
筋が一本通っていれば。
どう出してもいい。
どう表してもいい。

根底が。
根源が。
同じであるならば。
表現は。
多様で。多彩で。それでいい。

伝われば。
届けば。
開ければ。
示せれば。
表現は。何でもいい。



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2017/05/10 Wed *こんなもの / Marvin Gaye

20170510thatsthewayloveis


その。
姿を。
思うだけで。
心が震える。
こんなもの。

その。
声を。
思うだけで。
胸が苦しい。
こんなもの。

その。
名前を。
呟くだけで。
幸せになれる。
こんなもの。

その。
名前を。
目にするだけで。
微笑んでしまう。
こんなもの。

その。
何もかもが。
愛しく思えて。
ならなくなる。
こんなもの。

どうしたものかと。
思うのだけれど。
どうにもならない。
どうしようとも思わない。
こんなもの。

『That's The Way Love Is』'69年リリース。
その邦題を『恋とはこんなもの』と言ったらしいマーヴィン・ゲイのアルバム。
アルバム・タイトルにもなった「That's The Way Love Is」のヒットを受けて制作されたと。
その経緯はマーヴィンに限らずモータウンではよくある話ですが。
実はこの次のアルバムがあの『What's Going On』になるのですね。
つまり。そんなモータウン主導で制作された最後のマーヴィンのアルバムとなるのですね。
言わば。ニュー・ソウルの旗手の一人となる前のマーヴィンの最後の姿がここにあると。
プロデューサーのノーマン・ホイットフィールドの指揮下で。
モータウン所属の他のアーティストのナンバーも含めて多くのカバー・ナンバーを収録。
「That's The Way Love Is」もアイズレー・ブラザーズのナンバーだったりします。
他にも「I Wish It Would Rain」や「Cloud Nine」等、ノーマンのナンバーを歌っています。
こう言った制作体制に不満を募らせたマーヴィン。闘って制作の自由を得るのですが。
自由を得る前の、最後のアルバムでも素晴らしい歌声を聴かせてくれています。
時に、色々と考え過ぎるのか。その歌声に迷いを感じる瞬間もあるマーヴィンなのですが。
このアルバムでのマーヴィンは。歌うことに集中していて、思いがこもっているなと。
その真摯で、艶と深みのある歌声に。思わず酔いしれてしまう程なのです。
特に。あの「Yesterday」のカバー。正直、ビートルズのナンバーの中でも凡庸だと。
そう思われるあのナンバーを素晴らしいソウル・バラードへと生まれ変わらせています。
この一曲だけでもマーヴィンのソウル・シンガーとしての類まれなる才能が窺えます。
この時期、デュエット・パートナーであったタミー・テレルが闘病中で。
やがてその死にマーヴィンは打ちのめされ、心に深い傷を負うことになるのですが。
その病状をどこまで知っていたのか。タミーへの思いがマーヴィンの歌声に何ものかを宿らせたのかと。
あくまでも。ビジネス上のカップルだったとは言え。二人の間の愛情、絆を感じてしまうのです。

その。
姿に。
心が震えても。
見つめているだけ。
こんなもの。

その。
声に。
胸が苦しくなっても。
聴いているだけ。
こんなもの。

その。
名前に。
幸せを感じても。
呟くだけ。
こんなもの。

その。
名前に。
微笑んでしまっても。
目にしているだけ。
こんなもの。

その。
何もかもが。
愛しく思えても。
胸に抱いているだけ。
こんなもの。

どうしたものかと。
思うのだけれど。
どうにもならない。
それでいいと言い聞かせる。
こんなもの。

恋は。
異なもの。
味なもの。
そうは言っても。
こんなもの。

その。
姿が。
声が。
名前が。
何もかもが。

心、震わすほど。
胸、苦しませるほど。
幸せになるほど。
微笑んでしまうほど。
愛しくても。

それだけ。
そこまで。
どうにもならない。
どうしようもない。
どうしようとも思わない。

それでいい。
それでもいい。
それがいい。
そのままがいい。
そう言い聞かせる。

恋は。
異なもの。
味なもの。
そうは言っても。
こんなもの。

たかが。
こんなもの。
されど。
こんなもの。
そんな恋もある。



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2017/05/09 Tue *拾い集めて / Average White Band

20170509averagewhitebandukorg


欠片を。
降り注ぐ。
零れ落ちる。
そんなものを。
拾い集めて。

掌に。
広げて。
眺めてみる。
集めた。
一つ一つ。

形も。
重みも。
異なる。
一つ一つが。
動き始める。

回り。
浮き上がり。
流れて。
位置を変え。
居場所を探すかの様に。

一つ一つは。
小さな。
欠片たち。
それぞれの。
居場所に収まって。

一つになって。
一つの形を作って。
新たな。
意味を。意思を。
示し始める。

『Average White Band』'74年リリース。
スコットランド出身の、アヴェレージ・ホワイト・バンド(AWB)。
そのAWBが一躍ブレイクしたアトランティック移籍後初となるアルバム。
自ら平均的な白人バンドと名乗る通りに、全員白人のAWBですが。
そのサウンドは実に何ともファンキーで。そしてソウルフルなのです。
特にそのソウルフル、メロウとも言える感覚はAWBならではの独特のものがあって。
それを引き出したのがプロデューサーのアリフ・マーディンだったと思われます。
アレサ・フランクリンからノラ・ジョーンズまで素晴らしい仕事をしているアリフ。
その中でも。荒々しいだけのファンク・バンドだったらしいAWBを手掛けて。
その新たな魅力を引き出して大きな成功をもたらしたこのアルバムは特筆されるかなと。
アラン・ゴーリーとヘイミッシュ・スチュワート。2人の歌えるメンバーを活かして。
「Person To Person」「Work To Do」と甘い歌声を聴かせるナンバーを産み出しています。
そんな蕩けそうな新しい側面が表れてきたことによって、元来のファンキーさも際立って。
それがあの「Pick Up The Pieces」の大ヒットにも繋がったのではないかと思われます。
まぁ、ハッキリ言うとJBズの影響が濃厚・・・と言うかパクリなのですけれどね。
JBズと比較すると軽快で、ある種の鋭角さを感じさせるところがAWB流のファンクで。
それが、より引き立つことになったのも甘く、メロウなナンバーが増えたから。
その両面を活かして緩急をつけたことにより、このアルバムは快作となったのだろうなと。
言わば、AWBが元来持っていた輝きうる欠片を拾い集めて。再構成して。
そうして大きな輝きを放たせたと。指揮をしたアリフ、それに応えてみせたAWB。
その双方のセンス、力量が高度なレベルで結合、融合された幸せなアルバムと言えるかな。
ロビー・マッキントッシュのファンキーで、グルーヴィーなドラムスが心地よいのですが。
ロビーは薬物が原因で夭折。このアルバムが遺作になってしまったのですよね。

断片を。
溢れ出す。
流れ落ちる。
そんなものを。
拾い集めて。

掌に。
広げて。
見つめてみる。
集められた。
一つ一つ。

色も。
匂いも。
異なる。
一つ一つが。
描き始める。

集い。
浮かび上がり。
色づき。
存在を主張し。
居場所を求めるかの様に。

一つ一つは。
小さな。
断片たち。
それぞれの。
居場所を見つけて。

一つになって。
一つの画を描いて。
新たな。
意味を。意思を。
表し始める。

破片を。
断片を。
一つ一つ。
見落とさぬ様に。
拾い集めて。

降り注ぐもの。
零れ落ちるもの。
溢れ出すもの。
流れ落ちるもの。
拾い集めて。

掌を。
開いて。
広げて。
眺めて。
見つめて。

一つ一つは。
小さな。
破片の。
断片の。
息遣いに耳を澄ませて。

その。
様々な。
個性豊かな。
形や重み。
色や匂い。

それらが。
一つになり。
形を作るのを
画を描くのを。
少しだけ後押ししてみる。

新たな。
意味が。
意思が。
生まれて来る様に。
拾い集めて。



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2017/05/08 Mon *月明り / The Neville Brothers

20170508yellowmoon


月明り。

照らされる。
その微かな輝き。
それさえも。
避けてしまいたい。
そんな気分の夜は。

敢えて。
その微かな輝き。
そいつを。
探して。
追いかけてみる。

夜の散歩。
陽射しを。
熱気を。
逃れて。
街角から街角へ。

歩きながら。
冷ましながら。
覚ましながら。
胸の内の思いにも。
微かな輝きを灯してみる。

昨夜。
今夜。
そして。明日の夜。
どんな思いが。どの様に。
輝くのだろう。

月明り。

『Yellow Moon』'89年リリース。
ネヴィル・ブラザーズの4枚目となるスタジオ・アルバム。
結成されて10年以上経過して。漸く4枚目。ライヴ・アルバムも含めて6枚目。
コンスタントな活動と、高い評価とは裏腹になかなか商業的な成功を得られなくて。
レコード契約も安定せずに。このアルバムはA&Mとの二度目の契約で生まれました。
言わずと知れた。セカンドライン、ニュー・オーリンズ・ファンク。
勿論、このアルバムでも。その個性、その魅力は発揮されていて。根底にあるのですが。
それだけに止まらない。そこだけに収まらない。そんな音楽性を展開している。
そこに。新しいネヴィル・ブラザーズの可能性を感じられるアルバムです。
恐らく。それはプロデューサーのダニエル・ラノアによるところも大きかったと思われて。
良くも悪くも音楽馬鹿と言うか、優秀なプレイヤーの集まりであるところに。
参謀役が加わったことで。その魅力がより多彩に表現できるようになったのだろうなと。
ゴスペルやレゲエ、果てはラップまでと。ファンクを基調としながら柔軟に展開。
ネヴィル・ブラザーズの高い技量に裏打ちされたその魅力が見事に表現されているかなと。
しかも。それを声高に叫ぶのでもなく、ゴリ押しで打ち出すのでもなく。
まるで。月明りの下で奏でられているかの様に、独特な静かな浮遊感と共に鳴っていて。
その静かな力強さが。確かなメッセージとなっているのが感じられるのです。
「A Change Is Gonna Come」も「Sister Rosa」も。故にストレートに伝わってきます。
ネヴィル・ブラザーズ。その底知れない懐の深さがこのアルバムにはあるのです。
特に。アーロン・ネヴィルの。あの歌声が。月明りに輝き、そして浮かび上がる様で。
その素晴らしさ、その響きは。時に神々しいとの表現を用いたくなる程のもので。
その祈りにも似た歌声は。聴く者の胸の中に微かな、しかし確かな輝きを灯すのです。

月明り。

照らされる。
その微かな輝き。
そいつでは。
満たされそうもない。
そんな気分の夜は。

どこまでも。
その微かな輝き。
そいつを。
追い求めて。
彷徨い続けてみる。

夜の散歩。
陽射しも。
熱気も。
必要とせず。
街角から街角へ。

立ち止まり。
冷めていく。
覚めていく。
胸の内の思いにも。
微かな輝きを探してみる。

昨夜。
今夜。
そして。明日の夜。
どんな思いが。どの様に。
灯るのだろう。

月明り。

月よりの使者。
その。
微かな輝き。
微かな呟き。
揺らめき、囁き。

時に。
避けて。
時に。
追い求めて。
その繰り返し。

昨夜。
今夜。
そして。
明日の夜は。
どうしているのだろう。

陽射しから。
熱気から。
逃れた。
必要ともしない。
夜の街角で。

歩きながら。
彷徨いながら。
冷ましながら。
覚ましながら。
胸の内の思いに。

微かな。
しかし。
確かな。
輝きが。
灯るのを感じながら。

月よりの使者。
その。
微かな輝きを。
微かな呟きを。
感じ。受け止める。

月明り。



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2017/05/07 Sun *柄じゃない / Max Romeo

20170507lovingyou


柄じゃない。

そうさ。
こんなことは。
こんなあり方は。
俺の。
柄じゃない。

大体が。
そうさ。
別に。
俺が。
望んでいるわけじゃない。

それでも。
何故か。
不意打ちの様に。
向き合わされるから。
否応なく。

刃を抜き。
牙を剝き。
せざるを得ないと。
そんなもの。
その程度のことなのさ。

そうさ。
だから。
偶には。
少しは。
素顔に戻る時間もあってもいいだろう。

それこそ。柄じゃないかもしれないが。

『Loving You』'83年リリース。
マックス・ロメオの日本独自のアルバム。
海外では『Holding Out My Love To You』のタイトルで'81年にリリースされていて。
そのアルバム・タイトルとジャケットを日本独自のものにしてリリースしたと。
キース・リチャーズが2曲で参加していて。その2曲のプロデュースやミックスもしたとか。
裏ジャケにはメイン・プロデユーサーのジェフリー・チャンとキースの2ショットも。
確かにキースらしいギターも聴けるし、如何にもキースが好きそうなナンバーですが。
キースは商売に利用されただけだなんて発言もしていた記憶がありますが。果して・・・
まぁ、日本ではキースが参加していると言うは大きな目玉になるだろうし。
ちょうど、ストーンズの件の映画も公開されるから、それに乗っかってしまおうみたいな。
どうにも。そんな軽い乗りの便乗企画な感じが強くて。それでかなり割を食っているかなと。
さて。このアルバム。所謂ラヴァーズ・ロックなナンバーが多くて。心地よいのですが。
やや甘口と言えば甘口で。マックスの甘い歌声とマッチしていていいのですけどね。
マックスと言えば。あの「War In Babylon」を歌っていた硬派なイメージが強かったので。
どうにも。それを考えると。座りが悪いと言うか、落ち着かないと言うか。柄じゃないと。
そう感じなくも無いのですよね。まぁ、こっちの勝手な思い込みではあるのですけれど。
どうやら。元々マックスはそれほど政治的な主張をする人では無かった様で。
それが流れで、政党やレコード会社に利用され、担がれとの側面も強かったとの説もあって。
そうすると柄じゃなかったのは「War In Babylon」の方だったのかもしれないのですが。
いずれにせよ。そのシンガーとしての実力は疑うべくも無いので。
このアルバムに針を落としていると。とても穏やかで優しい心持ちになれるのですけどね。
そうだなぁ。そんな心持ちでいつもいられたら幸せだろうけど。退屈もするかな。
それにしても。このジャケットは・・・無いよなと思うのは自分だけでしょうかね。

柄じゃない。

そうさ。
こんなことも。
こんなやり方は。
俺の。
柄じゃない。

大概が。
そうさ。
別に。
俺から。
仕掛けたわけじゃない。

それでも。
何故か。
辻斬りの様に。
突っかかってくるから。
否応なく。

緒を切り。
鞘を捨て。
せざるを得ないと。
そんなところ。
その程度のことなのさ。

そうさ。
だから。
やっぱり。
いつもの様に。
素直にぶった切っちまえばいいだろう。

それもまた。柄じゃないかもしれないが。

イメージなんか。
気にしない。
どう見られようが。
どう思われようが。
好きにすればいい。

そうは。
思いはするものの。
座りが悪い。
落ち着かない。
居心地が悪い。

激しくもあれば。
穏やかでもあり。
向き合いもすれば。
逸らしもする。
それでいいのだろうけれど。

どうにも。
こうにも。
どっちにしても。
どうにも、らしくはない。
柄じゃない。

そんな。
感覚が。
思いが。
拭えずに。
そいつが気に障る。

甘い。
恋の歌でも囁いて。
甘い。
恋の夢でも見ながら。
それだけで済ませたいけれど。

激しく。
闘志を滾らせて。
激しく。
拳を突き上げて。
そのままに突っ走ってしまいたくもなる。

どちらも。柄じゃないかもしれないが。



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2017/05/06 Sat *この胸のときめきを / Bob Marley & The Wailers

20170506rastamanvibration


振動。
波動。
震えるもの。
伝わるもの。
ときめき。

振れて。
揺れて。
ワクワクと。
ドキドキと。
そんなもの。

別に。
大袈裟なことでなくても。
細やかなことでもいい。
兎にも角にも。
この胸が波打つ。

そんなものの。
一つや二つ。
なくては。
面白くも無い。
無くてどうする。

本気で。
真摯に。
立っていれば。
生きていれば。
胸を打たれる。

そんなものの。
そう。
ときめきの。
無いわけがない。
あるに決まっている。

『Rastaman Vibration』'76年リリース。
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ名義での3枚目のアルバム。
ザ・ウェイラーズ時代から通算するとアイランドで5枚目のアルバムかな。
あの傑作『Live!』に続くアルバムで。世界的に認知されてから初のスタジオ・アルバム。
それだけにボブも、そしてレコード会社も力が入っていたと思われて。
初めて全米チャートのTOP10以内にランクインして。100万枚を超える売上を記録。
ここからボブの世界的な躍進が始まったと言えるアルバムと言えるのかな。
日本盤にはライナーとは別に20頁にも及ぶブックレットが封入されていたのですが。
これは他の国でも同じだったのか。日本だけの特別仕様だったのか。
いずれにせよ。日本でレコード会社(当時は東芝EMI)が本腰を入れたのはここからかと。
まぁ、実際には次作となる『Exodus』から音楽雑誌でも露出が増えた感じでしたが。
さて。力が入っていると言うのは、ボブにとってはあくまでも姿勢の問題で。
サウンド的には、特に力むでも、尖がるのでもなくて。飽くまでも自然体で。
それこそ、緩やかに、穏やかに揺れていて。その振動、波動、鼓動が実に心地よいかな。
この心地よさをして。あまりにも綺麗すぎる、レゲエとは呼べないと言う声もあったとか。
それは、もう上辺しか、表層しか見られない。そんな意見にしか過ぎないなと。
実際、その緩やかで、穏やかなサウンド、そしてビートに乗せて歌われているのは。
変わらぬ、社会や世界への鋭いメッセージで。それはより激しさを増しているのです。
当時、ジャマイカでは二大政党の激突が激しくて、政情不安はピークに達していて。
そんな中でも、些かも己が姿勢を変えることなくメッセージを発していたボブです。
この年にはついに狙撃されて負傷される事態に直面することにもなります。
それでも。己を、己の思うところ、己の信じるところを、ぶれることなく貫いたボブ。
だからこそ。その鼓動が、振動となり、波動となり世界中に響いていったのですよね。
そんな。振動、波動に共鳴できる鼓動を持ち続けていたいと思うのです。

鼓動。
共鳴。
響くもの。
伝わるもの。
ときめき。

昂って。
高鳴って。
ワクワクと。
ドキドキと。
そんなもの。

別に。
特別なことでなくても。
普通のことだからいい。
訳もわからずに。
この胸が波打つ。

そんなものの。
三つや四つ。
なくては。
味わいも無い
無くてどうする。

真面目に。
真剣に。
歩んでいれば。
生きていれば。
胸を打たれる。

そんなものの。
そう。
ときめきが。
起きないわけがない。
起きるに決まっている。

今日も。
今夜も。
今も。
この時も。
この瞬間も。

世界の。
何処かで。
誰かの胸に。
ときめきが。
生まれる。

その。
ときめきが。
振動が。
波動が。
震える。

その。
ときめきが。
鼓動が。
共鳴が。
響く。

大袈裟でもなく。
細やかで。
特別ではなくて。
普通で。
それでも。それだから。

振れて。
揺れて。
昂って。
高鳴って。
この胸が波打つ。

本気だから。
真摯だから。
真面目だから。
真剣だから。
胸を打たれる。

そんなものの。
一つや二つ。
そんなことの。
三つや四つ。
無くてどうする。あるだろう。
振動。
波動。
鼓動。
共鳴。
この胸のときめきを。



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2017/05/05 Fri *自由とはなんだ / Steel Pulse

20170505truedemocracy


本当か。
本当に。
ここに。
あるのか。
存在しているのか。

規則とか。
規範とか。
制度とか。
そんな。
形式だけではなくて。

実体として。
実感として。
自分達のものとして。
一人、一人のものとして。
存在しているのか。

思うことを。
考えたことを。
自由に。
口にできているか。
表現できているか。

そこに。
遠慮とか。
躊躇いとか。
ましてや。
疎外感などを。

感じていないか。
もしかして。
感じているのであれば。
本当は。ここには。
存在していないことになりはしないか。

『True Democracy』'82年リリース。
ブリティッシュ・レゲエを代表するスティール・パルス。
そのスティール・パルスの、自らのレーベルからの初めてのアルバム。
アイランド時代から通算すると4枚目のアルバムとなるのかな。
ロック・アゲインスト・レイシズム運動を牽引もしていたスティール・パルス。
レーベル名は賢者の教義を意味する名前となり、そしてこのアルバム・タイトル。
デビュー以来変わることの無い、社会問題に鋭く切り込む姿勢の潔さが気持ちよいのです。
そう言えば当時の邦題は『デモクラシーとはなんだ!』なるものだったのですが。
今の世にこそ、この邦題を問いたい様な気分にさせられたりもします。
さてと。何故かデンマークのスタジオで録音されたらしいこのアルバム。
素晴らしいコーラスと、強靭なビート。まさにスティール・パルスの本領発揮との感じで。
力強く発せられるメッセージが、素直に聴く者の胸に突き刺さってくるかなと。
一部では、あまりに洗練され過ぎているとの評価もあった様ですが。
それこそが。ジャマイカではなくて、英国で生まれ活動していたスティール・パルス。
その特異性があって。ルーツ・レゲエがジャマイカ土着なら、ことらは英国土着とも言えて。
おそらくは、そのサウンドの質感、肌触りはロックに近いものがあるのだろうなと。
多彩で、優しさ、温かさを感じさせるメロディも。ロックのそれと似通っているかも知れず。
そこには。英国で生まれながら。異邦人として扱われ、辛酸を舐めてきたであろう。
スティール・パルスの面々が社会と対峙し、メッセージを発する為の創意でもあったのかと。
そう考えると。強靭で、そして粘り強いビートに。生半可ではない覚悟を感じもするのです。
ロンドン・パンクとも共鳴、共闘していただけに。常にその視点は身近な社会に向けられて。
ここにある問題を、強靭なビート、豊かなメロディ。そう極上のレゲエとして問いかける。
その真摯な姿勢が、スティール・パルスと言う存在を特別なものとしているのです。

本当か。
ここに。
あるのは。
本物なのか。
存在しているのか。

常識とか。
慣習とか。
仕来りとか
そんな。
お約束だけではなくて。

実体として。
実感として。
自分達のものとして。
あなたの、自分の、誰ものものとして。
存在しているのか。

自由に。
思っているか。
感じているか。
一歩を踏み出せているか。
拳を突き上げているか。

そこに。
規制とか。
抑圧とか。
ましてや。
恐怖などを。

感じていないか。
もしかして。
感じているのであれば。
本物は。ここには。
存在していないことになりはしないか。

名称など。
呼称など。
そんなものは。
なんでもいい。
どうでもいい。

ただ。
ここに。
本当に。
あるのか。
存在しているのか。

主義など。
信条など。
そんなものは。
なんでもいい。
どうでもいい。

ただ。
ここに。
あるものは。
本物なのか。
存在しているのか。

遠慮も。
躊躇いも。
疎外感も。
気にしないでいい。
そんな空気。

規制も。
抑圧も。
恐怖も。
気にすることもない。
そんな社会。

本当に。
本物なのか。
存在しているのか。
自由とはなんだ。
なんなのだろう。



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2017/05/04 Thu *何歩でも / Hanoi Rocks

20170504twostepsfromthemove


そこから。
ここから。
脱け出せ。
飛びだせ。
一歩でも、二歩でも。

そこは。
ここは。
目指す場所ではない。
立ち止まるわけにはいかない。
終着点は未だ先にある。

交わって。
赤くなってはいけない。
染まる。
染められる。
その前に。

沼地を。
抜けて。
荒野を。
渡って。
先んじてしまうのだ。

目指す場所が。
あるのなら。
目指す場所が。
見えているのなら。
群れている暇はない。

そこから。
ここから。
脱け出せ。
飛びだせ。
一歩でも、二歩でも、何歩でも。

『Two Steps From The Move』'84年リリース。
ハノイ・ロックスの4枚目のスタジオ・アルバムにしてラスト・アルバム。
(後に再結成されて。何枚かアルバムを残していますが)
フィンランド出身のハノイ・ロックス。自国で人気を博した後に。
英国に活動拠点を移して。レディング・フェスティヴァル等にも出演して。
日本でもマイケル・モンローがアイドル的な人気を博していたと記憶していますが。
そんな状況下で。いよいよ本格的な米国進出を狙って制作されたのがこのアルバムで。
その為にプロデューサーにあのボブ・エズリンを起用して。
A面の1曲目にはCCRの「Up Around The Bend」のカバーを持ってきています。
この戦略にどこまでマイケル達の意思が反映されていたかは実は微妙だった模様で。
大半の曲作りにまで参加しているボブとの間にはかなりの軋轢があったとも。
まぁ、このアルバム以前のハノイ・ロックスはハッキリ言って上手いバンドではなくて。
殆ど勢いと、ハッタリだけで押し切っている様なバンドだったわけで。
プロフェッショナルなボブとしては、そのままでは駄目だろうと厳しく指導したと。
なにせ、あのキッスでさえも。『Destroyer』でみっちりとしごいたボブですからね。
その甲斐あって。確実に階段を上って。スケール・アップしています。結果は吉だったと。
それでも凡百の産業ロックや、ヘヴィ・メタルに成り下がっていないところ。
それこそがハノイ・ロックスの魅力で。それはもう、持って生まれたチンピラ体質によると。
どこかで。カッコ良ければそれで良しみたいな。開き直りがあるところが最高だなと。
そんなチンピラ感を残しつつも。明らかに一歩も、二歩も先に進んだハノイ・ロックス。
しかし、ドラマーのラズルが件の自動車事故で他界して。解散してしまうのですよね。
これからという時の悲劇。そして決断。何とも悔やまれるところではあるのですが。
実は米国においてもかなりの影響力を持っていたことはガンズ・アンド・ローゼズ等が証明したのでした。

今から。
今日から。
脱け出せ。
飛びだせ。
一歩でも、二歩でも。

今は。
今日は。
通過点に過ぎない。
いつまでも立ち止まってはいられない。
終着点は未だ見えていない。

麻の中の。
蓬であったとしても。
寄って。
寄られる。
その前に。

湖水を
泳いで。
大地を。
駆けて。
先んじてしまうのだ。

目指す姿が。
あるのなら。
目指す姿が。
感じられるのなら。
甘んじている暇はない。

今から。
今日から。
脱け出せ。
飛びだせ。
一歩でも、二歩でも、何歩でも。

来たところ。
拠るもの。
そいつを。
忘れていないのなら。
見失っていないのなら。

そいつが。
そいつだけは。
確かだと。
思えるなら。
信じられるなら。

そこから。
ここから。
今から。
今日から。
脱け出せ。飛びだせ。

通過点は。
どこまでも。
通過点。
躊躇わずに。
恐れずに。

目指す場所へ。
目指す姿へ。
群れずに。
甘んじずに。
先んじる為に。

朱に。
染まらず。
蓬に。
安んじず。
さぁ。

脱け出せ。
飛びだせ。
そこから。ここから。
今から。今日から。
一歩でも、二歩でも、何歩でも。



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2017/05/03 Wed *己の聖杯 / AC/DC

20170503flicoftheswitch


人が。
誰が。
何を言おうと。
何と言おうと。
構いわしない。

己が。
そう。
感じるのであれば。
信じるのであれば。
それでいい。

この世界に。
公正とか。
公平とか。
客観とか。
そんなものは存在しない。

総ては。
誰かの主観。
もしくは。
その鵜呑み。
そんなものだろう。

ならば。
己の主観。
そいつに。
従うまで。
突き動かされるまで。

そうさ。
己は己の。
聖杯。
そいつを。
手にできれば、それでいい。

『Flick Of The Switch』'83年リリース。
AC/DC、インターナショナルでの8枚目となるスタジオ・アルバム。
ブライアン・ジョンストンを迎えて3枚目、そして初のセルフ・プロデュースのアルバム。
『Back In Black』『For Those About To Rock』と超ド級のアルバムを連発した後なので。
新たな取り組みが必要だと感じたのか、それともそれだけの自信を得たのか。
遂にヤング兄弟を中心にプロデュースまでも試みたある意味での冒険作ってところかな。
で、想像するに。最初はあれやこれやと新機軸を練っていたのだとは思うのですが。
曲を作って、スタジオに入って、音を出してみたら。いつものAC/DCでしかなかったと。
結局、出てきたものは金太郎飴のAC/DCのロックンロールでしかなかったと。
それでいい、それがいい。それでこそAC/DCのAC/DCたるところなのですからね。
針を落とした瞬間から、引っ繰り返して、針が上がるまで。徹頭徹尾のロックンロールです。
これ以上の、これ以外の何をAC/DCに求めるのか、求めようと言うのかです。
アンガスのギターとブライアンのヴォーカルが暴れまわり。マルコムとリズム隊が支える。
そして一体となって迷いの無いロックンロールをブチかます、それだけのことなのです。
ところが。このアルバム。セールスも評価も芳しくなくて。その後、暫く迷走すると言う。
芳しくないと言っても。全米で100万枚以上は売れているのですけどね。
ただ『Back In Black』『For Those About To Rock』は何百万枚も売れていますからねぇ。
当時はAC/DCが時代の音に寄りすぎたなんて話でしたが。それは違うのだろうなと。
逆に時代に些かも媚びを売らずに、自らの道を行ったが故に時代遅れだと見做されて。
それで。ファンだけでなく。アンガス始めメンバーまでもが疑心暗鬼に駆られてしまったと。
未だにライヴではこのアルバムからのナンバーはやらないみたいで。言わば黒歴史だと。
あの何があっても揺るぎそうもないAC/DCにも、アンガスにもそんなところがね。
ジャケットにあるみたいに。ロックンロールの聖杯?それだけを信じてればいるものだと。
そう思っていたのですが。まぁ、その数年間の低迷を経て。見事に復活を遂げて。
自らのロックンロールへの自信、忠誠はより強固になったので。失敗作と見做されたこのアルバム。
そこにも意義はあったのだと思います。でもいいアルバムなのですよ。100万枚以上売れているのだしねぇ。

人が。
誰が。
何を思おうと。
何と思おうと。
構いわしない。

己が。
そう。
思えるのであれば。
思い込めるのであれば。
それでいい。

この世界に。
絶対とか。
真理とか。
客観とか。
そんなものは存在しない。

総ては。
誰かの主観。
もしくは。
その盲信。
そんなものだろう。

ならば。
己の主観。
そいつの。
命ずるままに。
突っ走るまで。

そうさ。
己は己の。
聖杯。
そいつを。
掲げられれば、それでいい。

誰でもない。
誰かでもない。
己は。
己自身は。
どうなのかという事。

誰でもない。
誰かでもない。
己は。
己自身は。
どうしたいのかという事。

己が。
感じるのであれば。
信じるのであれば。
思えるのであれば。
思い込めるのであれば。

それでいい。
それがいい。
それこそが。
己にとっての。
聖杯。

公正も。
公平も。
絶対も。
真理も。
ありはしない。

客観と言う名の。
誰かの主観。
鵜呑みにして。
盲信して。
安穏となどしていたくない。

そうさ。
己は己の。
聖杯。
そいつに。
口づけできれば、それでいい。



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2017/05/02 Tue *予知夢、覚醒夢 / Kate Bush

20170502thedreaming


夢。
そう。
ただの夢。
たかが夢。
されど夢。

夢の中。
起きている事。
追っているもの。
追われているもの。
その生々しさ。

そいつが。
張りついて。
纏わりついて。
何かを呼び覚ます。
何かを掘り起こす。

夢。
夢の中。
それ故に。
無自覚で。
無防備で。

隠していた。
忘れていた。
不安や。
恐怖が。
顔を出す。

そいつが。
夢の中。
それだけで。
済むのであれば。
いいのだけれど。

『The Dreaming』'82年リリース。
ケイト・ブッシュの4枚目となるアルバム。
当時最新鋭だった72トラックを駆使して録音されたと話題を呼んで。
更には2回に渡って録音をやり直して3度目の正直で完成させたとかで。
もともと、その気はあったと思われるケイトの偏執狂的な制作への姿勢が顕わにと。
美しくも、妖しくそして恐ろしくすらあるジャケットもそれを象徴しているかな。
アルバム・タイトル、そしてタイトル・ナンバーである「The Dreaming」は。
所謂、予知夢、覚醒夢を主題にしているとかで。その摩訶不思議な感覚が。
アルバム全体に渡って漂っている・・・貫かれていて。何とも言えない世界になっていて。
それについていけるかどうかが、好みの別れるところなのでしょうが。
ケイトの。その美貌、あの歌声。それに魅せられた、魅入られた者としては抗い様が無いと。
誘われるままに、手招きされるままに、夢の中へと堕ちていくことになるのですね。
元々、現と夢。生々しさと虚しさ。血に匂いと清らかさ。そんな相反するものの鬩ぎ合い。
そんなものがケイトの表現の根本にはあったと思うのですが。
そんな表現を極限まで突き詰めるそんな技術的環境が整ったことによる進化と深化。
それがこのアルバムの最大の特徴で。多重録音で幾重にも重ねられた歌とサウンド。
重ねれば重ねるほど純化されて、住んでいく様でもありながら。
その狂気の重層化がより生々しく迫ってくる様でもあり。あまりに禍々しく魅惑的かなと。
そして。恐らくはケイト自身にとっても魅惑的であった筈で。深く夢みてしまったのか。
このアルバムを世に出した後、精神が衰弱して入院したとも言われたのでした。
その真偽は兎も角として。この後、その創作ペースは段々と落ちていくので。
ケイトの中で何かが一区切りついたアルバムだったのかもしれません。
ケイトが見せてくれる夢の生々しさ、禍々しく魅惑的な甘美さ。精神を擦り減らしても見る価値があるかな・・・

夢。
そう。
ただの夢。
それは夢。
それも夢。

夢の中。
繰り広げられる事。
求めているもの。
求められているもの。
その禍々しさ。

そいつが。
こびりついて。
絡みついて。
何かを誘い出す。
何かを招き寄せる。

夢。
夢の中。
それ故に。
無遠慮で。
無作法で。

隠そうとした。
忘れた振りをした。
邪念や。
我欲が。
顔を出す。

そいつが。
夢の中。
そこだけで。
終わるのであれば。
いいのだけれど。

夢。
そう。
ただの夢。
たかが夢。
されど夢。

夢の中。
その。
生々しさ。
その。
禍々しさ。

追って。
追われて。
求めて。
求められて。
夢の中。

走り。
駆けずり回り。
もがき。
のたうち回り。
夢の中。

伸ばす手は。
虚空を掴み。
延ばされた手に。
襟を掴まれ。
夢の中。

夢の中。
その。
魅惑的な。
その。
甘美さ。

夢。
そう。
ただの夢。
たかが夢。
されど夢。

予知夢。
覚醒夢。
目覚めても。
纏わりつく。
絡みつく。



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2017/05/01 Mon *公報とさせて / Dire Straits

20170501communique


ここに。
公式に。
表明します。
今日も。
明日も。

営業は。
致しません。
活動も。
致しません。
何も致しません。

ただ。
5月の。
初夏の。
風の中。
空気の中。

その中に。
身を置いて。
その中に。
心を委ねて。
そのままで。

そうだな。
憧れの土地でも。
夢想しながら。
のんびりと。
ゆっくりと。

細やかな。
贅沢な。
そんな時間を。
過ごすことを。
公報とさせて頂きます。

『Communiquē』'79年リリース。
ダイアー・ストレイツの2枚目となるアルバム。
ミュージシャンを目指すもなかなか芽の出なかったマーク・ノップラー。
様々な職業を転々としながら機会を待って。これが最後と結成したのが。
ダイアー・ストレイツで。断崖絶壁との意味があるのだとか。
「Sultans Of Swing」の大ヒットもあって起死回生。一躍トップ・バンドとなって。
その勢いを駆って前作から僅か半年のインターバルでこのアルバムをリリース。
所属していたワーナー・ブラザーズ・レコードも相当に力が入っていたと思われて。
ジェリー・ウェクスラーとバリー・ベケットが共同でプロデュースに当たり。
バハマのコンパス・ポイント・スタジオで録音されて。
マッスル・ショールズで最終的なミキシングが行われています。破格の条件と思われて。
ダイアー・ストレイツもさぞかし力が入っていたのかと思われるのですが。
それが。それを感じさせない。自然体のスタイル、サウンドを貫いているところ。
それこそがダイアー・ストレイツ、マーク・ノップラーらしいところかなと。
穏やかで、静かな空気。その中を滑らかに、伸びやかに鳴り響くマークのギター。
このギター、その響き。その乾いた中にも色気を感じさせる音色、トーンがいい塩梅で。
これがある限り。ダイアー・ストレイツはダイアー・ストレイツなのですよね。
地味と言えば、あまりにも地味で。そのゆったりと流れる時間を思わせるところ。
前作の大ヒットで生まれた余裕。それを徒に力んで、大袈裟にとか、豪華にするのではなく。
その余裕のままに、広がった余裕の中をスタンスは変えずに自由に過ごすのを楽しむ。
何があっても。自分たちのスタンス、過ごし方。そんなものは変わらないとの表明。
それが共感を呼んだからこそ。この地味なアルバムもまた大ヒットを記録したのだろうと。
そんな中でキャッチーな「Lady Writer」が一際心地よく響いてくるのですよね。

ここに。
公式に。
表明します。
今日も。
明日も。

営業は。
致しません。
活動も。
致しません。
何も致しません。

ただ。
5月の。
初夏の。
風の中。
空気の中。

その中に。
身を置いて。
その中に。
心を委ねて。
そのままで。

そうだな。
憧れの土地でも。
夢想しながら。
のんびりと。
ゆっくりと。

細やかな。
贅沢な。
そんな時間を。
過ごすことを。
公報とさせて頂きます。

世間が。
どうであろうと。
世界が。
どうであろうと。
そいつに関わらず。

世間の。
流れとか。
世界の。
動きとか。
そいつにも関わらず。

自分は。
自分の。
歩き方。
立ち位置。
そいつは変わらない。

自分は。
自分の。
スタイルで。
スタンスで。
そいつは変えられない。

その。
風の中。
空気の中。
いつもの様に。
鳴り響くものがある。

そいつに。
耳を傾けて。
身を置いて。
心を委ねて。
そのままで。

細やかな。
贅沢な。
そんな時間を。
過ごすことを。
公報とさせて頂きます。



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2017/04/30 Sun *斜め後ろ辺り / Nick Lowe

20170430jesusofcool


斜めから。
そう。
何事も。
どんな事も。
少し距離を置いて。

斜めから。
そう。
斜め後ろ辺りから。
見てみると。
本質が見えてくる。

徒に。
熱くならずに。
無暗に。
巻き込まれずに。
その愚は避けて。

さりとて。
醒め過ぎない様に。
離れ過ぎない様に。
ちょうどいい塩梅の。
距離を保って。

それとなく。
囃すことも。
茶化すことも。
出来る様な。
そんな位置から見てみる。

そんな。
斜めからの。
斜め後ろからの。
視線みたいなものを。
忘れずにいたい。

『Jesus Of Cool』'78年リリース。
ニック・ロウの英国でのソロとしてのデビュー・アルバム。
米国ではタイトルに問題有りとされて。
タイトルと、収録曲の一部を変更してリリースされました。
まったく。米国と言うのは。どうにも融通とか愛嬌に欠ける時があるなと。
さて。ブリンズリー・シュオーツ時代から、その才気を遺憾なく発揮していたニック。
レコーディング契約の関係からか。解散後直ぐにソロ・デビューとはいかずに。
変名でベイ・シティ・ローラーズの応援歌をリリースするなどしながら。
プロデューサーとしてドクター・フィールグッズやダムド、グラハム・パーカー。
更にはエルヴィス・コステロ、そして盟友であるデイヴ・エドマンズ等を手掛けて。
そして。満を持して。このアルバムで待望のソロ・デビューとなったのでした。
極上のポップ・センスと、独特の軽妙にして皮肉の効いたユーモア。
米国音楽への強い憧憬を抱きながらも、どうにも英国的なものから逃れられないその世界。
ブリンズリー時代から変わらぬ、そしてこの後のソロとしての活動でも変わらなかった。
そんなニックの根底にあるもの。その総てがこのアルバムにはぎっしりと詰まっています。
英国を代表するポップの才人であるニックです。決して小難しいことをするでもなく。
さりとて声高に叫ぶでもなく。なのに。聴く者の胸の内にするりと忍び込んでしまう。
この絶妙な距離感と言うか、立ち位置の取り方はもはや芸術的な職人技とも言うべきか。
どうしようもなく聴く者の胸の内を揺さぶり、震わせながら。その様を眺めて笑っている。
そうだろう。そうなのだよと。少し離れたところで、しめしめと笑っている。
そんなニックの、斜めからの視線を感じながらも。それが愛しくて堪らなくなってしまうと。
もう。その立ち位置、世界の虜になってしまって。ニックのポップ無しでは生きられないのです。

斜めから。
そう。
いつでも。
どんな時も。
少し距離を置いて。

斜めから。
そう。
斜め後ろ辺りに。
立ってみると。
本質が感じられる。

徒に。
従わずに。
無暗に。
踊らされずに。
その愚は避けて。

さりとて。
見失ってしまわない様に。
置き去りにされてしまわない様に。
ちょうどいい塩梅の。
距離を保って。

それとなく。
戒めることも。
知らしめることも。
出来る様な。
そんな位置に立ってみる。

そんな。
斜めからの。
斜め後ろからの。
感覚みたいなものを。
無くさずにいたい。

潮流だとか。
潮目だとか。
そいつに。
囚われ過ぎて。
読んでいるつもりが。

気づいたら。
巻き込まれて。
流されて。
意思とは関係無しに。
もう戻れない。

そんな。
憂き目に。
会いたくないのなら。
熱くならずに。
騒がずに。

従う。
踊らされる。
その前に。
自分の立ち位置。
そいつを確認して。

一歩でも。
半歩でも。
離れて。
人の振りを見てみる。
人の揺れを感じてみる。

右向け右、なら。
左を、見てみる。
前へ倣え、なら。
後ろを、見てみる。
そんな一呼吸、余裕が持てる。

斜めから。
そう。
斜め後ろ辺り。
その辺りの。
立ち位置に立っていたいのだ。



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2017/04/29 Sat *猥雑な幸福 / Kilburn & High Roads

20170429wotabunch


猥雑な幸福。

幸せは。
喜びは。
畏まった。
静寂の中になんか。
ありはしない。

煩くて。
ごちゃごちゃで。
わちゃわちゃで。
兎に角。
訳もわからないけれど。

賑やかで。
滅茶苦茶で。
支離滅裂で。
それでも。
底抜けに陽気な。

そんな。
空気の中にこそ。
あるのだと。
そんなものだと。
だからいいのだと。

酒と煙草の。
匂いが立ち込めて。
笑い声が絶えなくて。
躁状態だとすら思える。
その坩堝にこそ幸福はあるのだと。

猥雑な幸福。

『Wotabunch!』'78年リリース
イアン・デュリーが在籍していたキルバーン&ザ・ハイローズ。
イアンがブレイクしたのをきっかけに発掘された1stアルバム。
元々は'74年に録音されたもののレコード会社が倒産してお蔵入りになって。
その後、移籍してリリースされたものの。殆どが再録音されていて。
それがオーバー・プロデュースで評判が芳しくなかったらしく。
オリジナルの音源が。漸く、待望のリリースで陽の目を見ることになったと。
イアンを始めとする後のブロックヘッズのメンバーに後の999のメンバーもいて。
何とも煩く、如何わしく。そして緩さもあるファンキーなサウンドが聴けます。
イアンもブレイク後程には毒々しくは無くて。どちらかと言うとほのぼのしているかな。
そうは言うもののイアンですからね。十分に胡散臭さは発揮していますが。
その胡散臭さの中から立ち上る温かさ、そして親しみやすさ、人懐っこさ。
そんなものが独特の賑やかさを醸し出していて。それがとても、何とも幸せなのですね。
鋭さや、強靭さには欠けるものの。ファンキーだと感じさせるのはその幸福感故かな。
既にレゲエやラテンへの接近も試みていて。この進取の気質を感じさせる雑食性。
その旺盛な食欲故の、雑多で猥雑な世界。その生命力が魅力的なのですね。
兎に角。何は無くても。煩く、賑やかで、陽気で。そこにこそ幸せがあるのだなと。
アルバムとして考えれば。滅茶苦茶で、支離滅裂で。整合性など微塵もありませんが。
それがどうした。それが何だと言うのだと。そんなイアン達の心意気、鼻息を感じます。
見せかけではない。本物の逞しさ。そんなものがあるから真にファンキーであれると。
そのファンキーさの中に、そこに飛び込んで、そこで生きる。その覚悟さえあれば。
大概のことは何とかなる、何とでもなる。そう思わせてくれる出会い。それはやはり幸福なのです。

猥雑な幸福。

幸せは。
喜びは。
気どった。
様式の中になんか。
ありはしない。

煩くて。
ごったごったで。
わやも、いいところで。
兎に角。
訳なんてありはしなくて。

賑やかで。
無茶苦茶で。
不規則で。
それでも。
底抜けに陽気な。

そんな。
風景の中にこそ。
あるのだと。
そんなものだと。
だからいいのだと。

酒と煙草の。
匂いが消えなくて。
嬌声が絶えなくて。
躁状態としか思えない。
その坩堝にこそ幸福はあるのだと。

猥雑な幸福。

混沌。
混乱。
乱雑。
そして。
猥雑。

そんな。
空気。
そんな。
風景。
その中にこそ。

酒と煙草と。
涙と汗と。
笑いと叫びと。
そんなものが。
飛び交うところ。

煩くて。
賑やかで。
滅茶苦茶で。
支離滅裂で。
底抜けに陽気で。

煩くて。
賑やかで。
無茶苦茶で。
不規則で。
どこまでも陽気で。

そんな。
ごちゃごちゃで。
わちゃわちゃで。
ごったごったで。
わやも、いいところ。

そんな坩堝にこそ。
そんなところにこそ。
何とも言えない。
何ものにも代え難い。
幸福はあるのだと。

猥雑な幸福。



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