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2017年8月

2017/08/30 Wed *いられない / Linda Lewis

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いられない。
そう。
いつまでも。
昔のままじゃ。
そのままじゃ。

とうの昔に。
幼子でも。
ガキでも。
なくなっている。
そう言うこと。

それどころか。
いい大人どころか。
もう。
中年も、熟年も。
通り越して。

それなのに。
それでも。
未だに。
とどのつまりは。
浪漫の地平に。

そこに。
立ったまま。
止まったまま。
そのままで。
殉じてしまおうと。

いられない。
そんなことは。
厭と言うほど。
わかっている。
でも、それだけじゃないと。

『Not A Little Girl Anymore』'75年リリース。
UKソウルの歌姫、リンダ・ルイスのアリスタ移籍第一弾アルバム。
通算では何枚目のアルバムになるのかな。4枚目だったかな。
その愛らしい歌声が魅力的なリンダ。それこそ妖精の様でと思っていたら。
当時の邦題を『愛の妖精』と言ったのだとか。皆、感じるところは同じなのかも。
さてと。一部では商業的に過ぎると、売れ線に走ったとの批評もある様で。
その要因はバックのサウンドにあるとも言われていますが。それは無いかなと。
このサウンドの素晴らしさ、その絶妙な蕩け具合、弾け具合が感じられないのかと。
あの、ハミングバードのメンバーが全面的に参加していて。その見事なこと。
特にマックス・ミドルトンの奏でるエレクトリック・ピアノの響きは実にご機嫌で。
本当にマックスと言う人はいい仕事をすると言うか、匠だよなと思わされます。
そんなマックス達を統率しているのがリンダの恋人だったジム・クリューガンで。
ロッド・スチュワート・バンドでも知られるジムが、またいい仕事をしていて。
そんな腕達者なメンバーによるソウルフルでメロウなサウンドに支えられて。
リンダの愛らしい歌声が自由に飛翔する様は、まさに夢の様だったりするのです。
基本はハイ・トーン・ヴォイスなのですが。実に変幻自在で。その見事なこと。
それこそ幼子の無邪気さから、成熟した女性の色気まで。そしてその総てが愛しいと。
違和感なくレゲエも歌われているところなどはUKソウルらしいなと思われて。
それも含めて。より幅広い楽曲で、より幅広くリンダの魅力をアピールしようと。
そんな戦略はあったのかな。いつまでも愛らしいだけでは済まない、いられないみたいな。
それでも。やっぱり愛らしく浪漫を掻き立てられるのですけどね。
それでいて成熟した面でも魅せることができる。そこにリンダの素晴らしさがあって。
それをさり気なく引き出してしまうマックスやジムの実力の程と、愛情の深さも感じられるかな。

いられない。
そう。
いつまでも。
昔のままでは。
そのままでは。

遥かな昔に。
幼子とも。
ガキとも。
おさらばしている。
そう言うこと。

それどころか。
いい歳をしてどころか。
もう。
疑い様もなく。
折り返しを過ぎて。

それなのに。
それでも。
いつまでも。
どこまでいっても。
浪漫の地平に。

そこに。
立ったまま。
立ち尽くしたまま。
そのままで。
朽ちてしまおうと。

いられない。
そんなことは。
言われなくても。
沁みている。
でも、それだけじゃないと。

幼子のままでなど。
ガキのままでなど。
いられない。
そう。
それは単なる事実。

あの頃のままでなど。
わかいままでなど。
いられない。
そう。
それも厳然たる事実。

時の流れには。
年月とやらには。
逆らえない。
逆らったところで。
勝ち目などない。

退行するものを。
劣化するものを。
止められない。
弄したところで。
ごまかせない。

それでも。
未だ。
感じるのであれば。
感じられるのであれば。
止まっていたい。

それでも。
未だ。
描けるのであれば。
奏でられるのであれば。
立ち尽くしていたい。

いられない。
それでも。
浪漫の地平が。
見えるのであれば。
感じられるのであれば。

殉じてしまおうと。
朽ち果ててしまおうと。
いられない。
その事実に。
反抗してみたくなるのだ。



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2017/08/29 Tue *全面降伏 / Margie Joseph

20170829sweetsurrender


もう。
本当に。
完全に。
参りましたと。
そう言うこと。

それ以外の。
言葉など。
出てこない。
思いなど。
浮かびはしない。

その姿。
その声。
どこまでも。
いつまでも。
魅せられて。

甘く。
妖しく。
危うく。
もはや。
これまでと。

抗う術など。
ありはしない。
否。
抗うつもりなど。
ありはしない。

もう。
素直に。
認めてしまおう。
従ってしまおう。
全面降伏。

『Sweet Surrender』'74年リリース。
マージー・ジョセフのアトランティックでの2枚目のアルバム。
通算では4枚目となるアルバムとなるのかな。
ミシシッピー出身のマージー。オーケー、スタックスと渡り歩き。
スタックス(の傘下のレーベル)から2枚のアルバムをリリースした後に。
アトランティックと契約。かのアリフ・マーディンのプロデュースで。
そう、アレサ・フランクリンの後継者的な立ち位置で売り出されて。
アル・グリーンの「Let's Stay Together」のカヴァーが大ヒット。
同曲を含む『Margie Joseph』も好評で。その勢いのままにこのアルバムへと。
その『Margie Joseph』はジャケットも素晴らしく。代表作として知られていますが。
このアルバムも勝るとも劣らずで。幾分地味なジャケットの分、損しているのかな。
カヴァーの選曲も秀逸で。ポール・マッカートニー、スティヴィー・ワンダーなど。
特にポールの「My Love」はマージーにとっては最大のヒットになったのかな。
どうにもポールが歌うとあざとい感じがある「My Love」なのですが。
マージーにかかると見事なソウル・バラードに。その実力、魅力の素晴らしさ。
マージーも幼い頃から教会で歌っていたとかで。その底力を十二分に発揮しています。
コーネル・デュプリー、チャック・レイニーら腕利きのメンバーの演奏もすばらしく。
この時代のアトランティック・ソウルの中でも白眉と言える出来だと思われます。
まぁ、あまりにもアレサ、そしてロバータ・フラックを意識し過ぎとも感じますが。
その2人にはない、愛らしさの様なものも漂ってくるマージーの歌声。
その魅力の前には、アルバム・タイトル通りに全面降伏。もう、どうにでもしてと。
そんな思いにさせられるのですね。この歌声にずっと抱かれていたいかな・・・

もう。
本当に。
完璧に。
参りましたと。
そう言うこと。

それ以外の。
言葉など。
要らない。
思いなど。
浮かぶ筈もない。

その一挙手。
その一投足。
どこまでも。
いつまでも。
魅せられて。

甘く。
麗しく。
脆く。
もはや。
これまでと。

抗う術など。
思いつきもしない。
否。
抗うつもりなど。
ある筈もない。

もう。
心のままに。
認めてしまおう。
従ってしまおう。
全面降伏。

あぁ。
そう。
そうさ。
わかっていたさ。
感じていたさ。

あぁ。
そう。
そうさ。
今更どうしたと。
そんなところで。

でも。
そう。
そうさ。
改めて。
思い知らされたのさ。

でも。
そう。
そうさ。
再び。
心に深く刻んだのさ。

その姿。
その声。
甘く。
妖しく。
魅せられて。

その一挙手。
その一投足。
甘く。
麗しく。
目が離せなくて。

もう。
完全に。
完璧に。
全面降伏。
悔いはなし。



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2017/08/28 Mon *初めての / Betty Wright

20170828myfirsttimearound


初めての。
気分。
そいつは。
何とも。
言えなくて。

驚きと。
喜びと。
そいつが。
綯い交ぜに。
訪れる様なもので。

そんな。
気分と言うのは。
幾つになっても。
不思議と。
嬉しくもあって。

未だ。
新鮮な。
気分を。
思いを。
感じられるのだと。

そんな機会が。
残っている。
訪れる。
世界の広さに。
感謝したくもなる。

例え。
そいつが。
他の誰かからしたら。
既知のことで。
些細なことだとしてもね。

『My First Time Around』'68年リリース。
マイアミ・ソウルの女王、ベティ・ライトの1stアルバム。
何と13歳~14歳にかけての録音だとか。女王は早熟だったのですね。
一説では12歳の時にレコード屋さんで歌を口ずさんでいたところをスカウトされたとか。
それで早速レコード契約を得て。ヒットも出て。アルバム制作とトントン拍子に。
その歌声。後年に比べれば勿論若さを感じはさせるものの。既に情感たっぷりで。
とてもじゃないけれど。これが初体験の小娘とは思えないのですよね・・・
どんな育ち方、どんな気分や体験をしてきたらこうなるのかと。興味深いのですが。
まぁ、3歳から教会で歌っていたとの話もあるので。その環境が大きかったのかなと。
後はもう、天賦の才に恵まれていたのだろうなと。勿論、努力もしていると思いますが。
所属していたアルストンなるレーベルがアトコの傘下であったこともあって。
特にこのアルバムではマイアミ・ソウルと言うよりもサザン・ソウルに近い感じかな。
そのディープなサウンドに些かも負けていない、互角以上に渡り合っているところ。
くどいですけど。13歳~14歳の歌声ですからね。凄いな、素晴らしいなと。
歌声に説得力があり、そして存在感があるのですよね。そして何と言うか。
歌うことに対する喜びみたいなものを強く感じるのですよね。実に生き生きとしていて。
そこには年相応の若さを感じもしますが。そうだな、スカウトされて。業界に飛び込んで。
レコーディングを経験してと。そんな初めての体験を喜び、楽しんでいると。
その様が手に取る様に感じられる躍動感も漲っているアルバムなのですね。
ベティは結局10代の内に3枚のアルバムを残しているのかな。そこまでで完成と言うか。
既に貫禄十分で。その後は言わば高め安定みたいな感じもあったりするので。
尚更、このアルバムでの早熟振り、その驚き。そんなところに惹かれたりもするのです。

初めての。
体験。
そいつも。
何とも。
言えなくて。

驚きと。
喜びと。
そいつが。
糾えるが如く。
現れる様なもので。

そんな。
体験と言うのは。
幾つになっても。
不思議と。
楽しくもあって。

未だ。
新鮮な。
体験を。
震えを。
感じられるのだと。

そんな機会が。
顔を出し。
巡ってくる。
世界の深さに。
感謝したくもなる。

例え。
そいつが。
他の誰かにとっては。
やりつくしたことで。
当然のことだとしてもね。

何でも。
何事も。
感じてみなければ。
やってみなければ。
わからない。

何でも。
何事も。
感じるほどに。
やるほどに。
わかってくる。

そんな。
何かが。
何事かが。
未だ。
残っている。

そんな。
何かに。
何事かに。
未だ。
出会える。

そいつは。
不思議と。
否、当たり前に。
嬉しくもあって。
楽しくもあって。

今更だろうが。
遅かろうが。
そんなことは。
そんなこととは。
関係なくて。

初めての。
気分。
体験。
それは幾つになっても。
胸躍るものなのだ。



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2017/08/25 Fri *空気の中へ / Chicken Shack

20170825chickenshackonair


空へ。
闇へ。
空気の中へ。
流れていく。
溶けだしていく。

その。
静かで。
激しい。
熱気が。
身も心も酔わせる。

茹だる様な。
暑気の中。
清廉な熱気が。
吹き抜けて。
身も心も生き返る。

人の。
呼吸が。
吐息が。
込められた思いが。
何かを思い起こさせる。

この夜も。
また。
そんな思い起こされた。
何ものかに。
救われている。

空に。
闇に。
空気の中に。
そんなものが。
流れている、溶けだしている。

『On Air』'91年リリース。
チキン・シャックのBBC音源による編集アルバム。
スタン・ウェッブ率いるブルース・ロック・バンド、チキン・シャック。
フリートウッド・マック、サヴォイ・ブラウンと共にブルース・ロック・ブームを牽引した。
その'60年代後半の全盛期にBBCに遺された貴重な音源から編集されていて。
クリスティン・パーフェクト在籍時代の音源も含まれています。
当時の英国はミュージシャン・ユニオンが強くて。放送で流せるレコードの時間に制約が。
必然的に放送用に新たに録音し直すとか、スタジオ・ライブを行う機会も多くなって。
それが後年になって貴重な録音、記録として陽の目を見ることになったのでした。
当事者にしてみれば、忙しいのに面倒だなとの思いもあったと思うのですけどね。
さて。スタンのB.B.キングからの影響が大きいギターを中心に。
クリスティンのブルージィーな歌声も魅力的なチキン・シャックです。
その、あまりにもストレートと言えばストレートなブルース・ロックをただ直向きにと。
生真面目に録音に臨んでいる。その張り詰めた空気まで伝わってくる様な演奏がいいかな。
ブルースに対する真摯な愛情。それが電波に乗ってそのまま空気の中へと。
こんな演奏が英国中の家庭のラジオから流れたのかと思うと。何故か微笑んでしまいます。
生真面目、真摯。それもある意味では偏執狂に近いほど。そんなスタンのスタンス。
本当に、ただ直向きにブルースと向き合い続けたスタンなのですよね。
そこが、スタンの、チキン・シャックの限界だったとは思うのですが。故に清々しいと言う。
クリスティンなどは、そこに物足りなさを覚えたのも脱退の一因だったのだろうなと。
なので。このアルバムに捉えられたのは。その前の全員がブルース一途だった頃の演奏で。
その純粋な熱い思い。それが電波に乗って。英国の空気の中へ・・・うん、いいよなぁと思うのですね。

空へ。
闇へ。
空気の中へ。
漂っていく。
溢れだしていく。

その。
直向きで。
一途な。
熱気が。
身も心も捕えてしまう。

纏わりつく様な。
湿気の中。
清新な熱気が。
吹き抜けて。
身も心も息を吹き返す。

人の。
眼差しに。
視線に。
込められた思いが。
何かを呼び覚ます。

この夜も。
また。
そんな呼び覚まされた。
何ものかに。
励まされている。

空に。
闇に。
空気の中に。
そんなものが。
漂っている、溢れだしている。

どうしようもなく。
不快に。
思われる。
陥りそうな。
そんな夜でも。

どうにもこうにも。
不安に。
思える。
とりつかれそうな。
そんな夜でも。

暑気を。
湿気を。
ふと忘れさせる。
ふと置き去りにする。
そんなものがある。

静かで、激しい。
そして。
直向きで、一途な。
熱気が。
吹き抜けていく。

呼吸に、吐息に。
そして。
眼差しに、視線に。
込められた思いに。
思い起こされる、呼び覚まされる。

空に。
闇に。
空気の中に。
そんなものが。
流れている、漂っている。

空へ。
闇へ。
空気の中へ。
そんなものが。
溶けだしていく、溢れだしていく。



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2017/08/24 Thu *吟遊詩人 / Donovan

20170824thehurdygudyman


明るくても。
暗くても。
何色でも。
何をどう描いていても。
その-色には関わらず。

溢れるもの。
滲むもの。
そこに。
思いがあれば。
意思があれば。

漂う様に。
浮かぶ様に。
包み込む様に。
そのままに。
任せていれば。

何かが。
点が線となり。
線が繋がり。
画が描かれ。
立ち上がり、像となる。

その像の。
声のする方へと。
呼ばれる方へと。
導かれる方へと。
歩み始める。

吟遊詩人。
その声が。
何色であれ。
その歌声が。
何色であっても。

『The Hurdy Gurdy Man』'68年リリース。
スコットランド出身のドノヴァン、6枚目(?)のオリジナル・アルバム。
デビュー時には英国のディランとも称されて。まさにその様なスタイルでしたが。
徐々に多彩な面を見せ始めて。特にサイケデリックを独自に解釈したかの様な世界へと。
トラッドにも通じるアコースティックなサウンドと香りが根底にはあるものの。
時に、そこを離れて浮遊するかの様な感覚を醸し出し、抱かせる様になったかなと。
地上を離れ、だと言って空高くへと姿を消すわけでもなく。常に視界の端に見え隠れ。
そう、地上数メールのところに浮かんで、漂っている。そんな感じなのです。
そして、手を伸ばせば届きそうなところから優しく、甘い歌声で問わず語りにと。
優しく囁いている様でもあり、冷たく見下している様でもあり。何とも微妙な距離感。
その得体の知れなさ、その捉えどころのなさ。それこそがドノヴァンなのですよね。
そんな世界を描くサウンドは多彩にならざるを得ず。参加する面子も多岐に渡っていて。
このアルバムにはレッド・ツェッペリンやペンタグルのメンバーも参加しています、
尤も。ツェッペリンは結成前で。ジョン・ポール・ジョーンズのみが参加したとの説も。
何でも。ジミヘンにギターを弾いてほしいと願ったナンバーもあったとかで。
ハードでアシッドなフォークとでも言うべき趣が感じられてりもします。
またサイケデリック・ミーツ・インドの様なナンバーもあったりして。多彩にして多才。
ドノヴァンの才能の煌めく様を十二分に感じられるアルバムとなっています。
ただ、あまりに多彩で。少々、焦点が絞り切れずに惚けてしまっているとも言えるかな。
針を落としていると、ふと自分の立ち位置が分からなくなる、連れられて惚けてしまうと。
それすらも。吟遊詩人たるドノヴァンの狙いで。その歌声に、その掌の上で踊らされているだけかもですが。

暖かくても。
寒くても。
何色でも。
何をどう描いていても。
その-色には依らず。

零れるもの。
落ちるもの。
そこに。
願いがあれば。
意志があれば。

漂うままに。
浮かぶままに。
包み込まれるままに。
そのままに。
委ねていれば。

何かが。
点が線を結び。
線が踊り。
画が現れ。
動き出し、像となる。

その像の。
歩む方へと。
進む方へと。
導かれるかの様に。
歩み続ける。

吟遊詩人。
その声が。
何色に思えても。
その歌声が。
何色に感じられても。

今夜も。
この街角で。
あの街角で。
今夜も。
どの街角にも。

その声が。
その歌声が。
溢れ出す。
零れ出す。
どの街角にも。

その声に。
その歌声に。
滲むもの。
落ちるもの。
どの街角にも。

思いが。
願いが。
意思が。
意志が。
どの街角にも。

漂う様に。
浮かぶ様に。
包み込む様に。
任せていれば。
委ねていれば。

何かが。
点が線に。
線が画に。
画が像に。
立ち上がり、動き始める。

その像の。
声のする方へと。
歩む方へと。
導かれる様に。
吟遊詩人と共に。



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2017/08/23 Wed *懐に刃を / John Mayall And The Bluesbreakers

20170823johnmayallolaysjohnmayall


懐に刃を。
短刀でも。
懐剣でも。
匕首でも。
何でも構わない。

刃が厚く。
鈍く光り。
程よい重み。
柄を手にすれば。
汗が滲んでくる。

そんな刃を。
常に呑んでいる。
常に意識している。
その覚悟が。
その迫力を生む。

そんな。
迫力のない。
ものになど。
惹かれない。
動かされない。

いざと言う。
その時に。
何かを見せられる。
そんな表現。
そんな生き方。

そこにこそ。
痺れて止まない。
震えて止まない。
そんな感じたいものがある。
懐に刃を。

『John Mayall Plays John Mayall』'65年リリース。
ジョン・メイオールとブルースブレイカーズの1stアルバム。
そしてメイオールにとってもそのキャリアで初めてのアルバムです。
ブリティッシュ・ブルースの父だとか、メイオール学校だとか。
どうにもメイオール本人よりも在籍していたミュージシャンが語られがちで。
それは次作にあたる、あのアルバムがあまりに凄く、あまりに印象的だったから。
勿論、メイオールのそんな側面、そこでの評価に異論はないのですが。
それだけではなくて。メイオール自身のプレイとかその志向していたものにも目をと。
その点では、このアルバムこそその力量、その志向を窺うのに最適かなと。
サブ・タイトルがライヴ・アット・クルークス・クリークで。
モッズが集まることでも知られたクラヴでの熱く、激しく、そして危うく、粋なライヴ。
メイオールのブルース・ハープ、そしてオルガンが唸りを上げて。
ロジャー・ディーンのギターが鋭く切り込んでくると。そんなタイトなサウンドで。
アップテンポなR&Bの香りが漂うナンバーを次から次へと決めているのです。
そう、意外かもしれませんがドクッター・フィールグッドにも通じる感じがあるのです。
しかも「Night Train~Lucille」をメドレー形式でカヴァーしている以外は。
総てがメイオール自らによるオリジナルで。そのビートに乗って疾走する様は圧巻です。
ロジャーのギターが、またガンガンと突っ込んでいく様も見事で。
メイオールとロジャー。2人の懐に呑んでいる刃としての覚悟、その迫力を感じます。
この時代に。こんなライヴをやっていた。それでそのまま勝負に出た。痺れます。
セールス的には惨敗で契約解除。方向性の違いからロジャーは脱退してしまいますが。
ここでの抜き身が放つ鈍い光、その迫力は忘れることはできないのです。

懐に刃を。
短刀でも。
懐剣でも。
匕首でも。
この手に馴染めば構わない。

刃が厚く。
鈍く光り。
程よい重み。
柄を握り締めれば。
気迫が漲る。

そんな刃を。
いつでも呑んでいる。
どこでも意識している。
その覚悟が。
その迫力を帯びさせる。

そんな。
迫力のない。
ものでは。
惹きつけられない。
動かせない。

いざと言う。
その時に。
そいつを見せられる。
そんな表現。
そんな生き様。

そこにこそ。
誰かを痺れさせる。
誰かを震わせる。
誰かを感じさせるものがある。
懐に刃を。

形式は。
方法も。
様々でいい。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

カテゴリーも。
ジャンルも。
問題にはならない。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

立ち位置も。
歩き方も。
それぞれでいい。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

目指す相手も。
目指す先も。
誰でもいい、何処でもいい。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

譲ってもいい。
折れてもいい。
大切な思いと。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

躓いてもいい。
蹲ってもいい。
立ち上がる意思と。
ただ一つ。
そいつを忘れなければ。

そんな刃を。
常に呑んでいる。
常に意識している。
その覚悟が。
その迫力を生む。

抜けば。
そいつに。
裂帛の気合が迸る。
懐に刃。
そいつを忘れなければ、それでいい。



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2017/08/22 Tue *値段のつけようが / Alan Price

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値段の。
つけようがない。
わからない。
そもそも。
つけるものなのか。

この。
頭の中から。
出てくるもの。
そいつで。
飯を食っている。

どこまで。
どうして。
果して。
見合っているのか。
それとも。

形がない。
決まりがない。
そいつは面白い。
そいつが面白い。
それはそうなのだけど。

対価としての。
基準がどうにも。
見えづらい。
見えてこない。
そいつは悩ましい。

わけがわからない。
頭の中。
出てくるもの。
そいつに自信がもてれば。
いいのだが。

『A Price On His Head』'67年リリース。
アニマルズのオリジナル・メンバーだったアラン・プライス。
脱退後に結成したアラン・プライス・セットでの2枚目のアルバム。
(名義はアラン・プライスのソロ・アルバムになっています)
そのソウルフルなセンスに溢れた鍵盤の響きで知られるアラン。
このアルバムでも、その指さばきから弾き出されるサウンドが堪りません。
時代的にはスゥイギング・ロンドン~サイケデリックへと向かう辺りで。
その空気にアランも敏感に反応していて。ポップでキッチュな。
不思議な浮遊感に包まれている感じも強いサウンド、アルバムでもあります。
アランの根底にあるR&Bへの傾倒、それは変わらずに通奏低音としてあるのですが。
表に出てきているものはかなりポップに振れてきているかなと思われます。
どう言う敬意かはわからないのですが。あのランディ・ニューマンのナンバーを。
数多く取り上げていて。全14曲中7曲がランディのナンバーと言う偏愛振りで。
一説によればこのアルバムの成功がランディのシンガーとしてのデビューに寄与したとか。
その辺りののめり込み方、好きになったら突っ走ってしまうところには。
袂を分かった筈のエリック・バードンと通ずるものがあるのが興味深かったりもします。
何にしろ。アランの奏でる鍵盤が全編に渡って楽しめる。そこが一番の魅力なのですけどね。
アラン、ジョージィー・フェイム、ズート・マネー、ブライアン・オーガー等々。
ブリティッシュ・ロックの黎明期にその個性を発揮した鍵盤奏者達。好きなのですよね。
そのセンスの良さ、その指さばきの見事さ、そのサウンドの洒脱さ。英国の香り漂っていて。
もっと評価されて、聴かれてしかるべきとも思うのですが。何だかなぁ。
特に日本はギタリスト偏愛の風土?だからなぁ。適正な値付け、評価をしてほしいなと思うことも・・・

価値が。
あるのか、ないのか。
わからない。
そもそも。
あるものなのか。

この。
頭の中から。
湧いてくるもの。
そいつで。
世を渡っている。

そこまで。
どうして。
果して。
相応であるのか。
それとも。

不定形で。
決めごともなくて。
そいつが手応え。
そいつが遣り甲斐。
それはそうなのだけど。

対価としての。
指標がどうにも。
見えづらい。
見えてこない。
そいつは難しい。

わけがわからない。
頭の中。
湧いてくるもの。
そいつに自信を与えられれば。
いいのだが。

形も。
決まりもない。
その。
自由さを。
武器にして。

形が。
決まりがない。
その。
不自由さに。
苦戦して。

見えない。
わからない。
ものに。
価値を、値段を。
つけられると思わせる。

それで。
そうやって。
飯を食っている。
世を渡っている。
それは事実ではあるけれど。

この。
頭の中から。
出てくるもの。
湧いてくるもの。
それだけで勝負している。

その。
出てくるもの。
湧いてくるもの。
その実。
自負も自信もあるけれど。

値段の。
つけようが、あるのか、ないのか。
わからない。
そもそも。
つけるものなのか、どうなのか。

そこは正直・・・わからない・・・かな(苦笑)。



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2017/08/21 Mon *街の灯りの下で / The Rolling Stones

20170821brightlightbigcity


どこで。
生きるか。
どう。
生きるか。
何の下で生きるか。

そいつが。
異なると。
合わないと。
そうなると。
どうにも難しい。

頭から。
否定するつもりも。
排除するつもりも。
さらさら無いが。
さりとても。

どこで。
どう。
そいつは。
そう易くはない。
何の下で生きるか。

例えば。
街の灯り。
その煌めきと。
その影と。
そんなものを愛せるか。

猥雑で。
妖しく。
切なく。
逞しい。
そんな灯りの下で生きていけるのか。

『Bright Lights Big City』'89年リリース。
ローリング・ストーンズのブートレッグ・アルバム。
古くは'70年代半ばから出回っていた音源で。
今でも手を変え、品を変えて。繰り返しリリースされていると思われます。
A面が'63年のIBCスタジオでのデモが、B面が'65年の英国ツアーでのライヴで。
今となっては音源的な価値は殆ど無いと言っても過言では無いかな。
B面に至ってはリリース時でも価値があったかどうか怪しいものですが(苦笑)。
この如何にも初々しいジャケットだけで許せてしまうのは悲しい性質ですかね。
IBCでのデモは総てブルース、R&Bのカヴァーで。
その完コピながらも勢いで突っ走ってしまう様、そこにストーンズの原点を感じます。
「Roadrunner」とか「Bright Lights, Big City」とか。好きだったのだろうなぁと。
好きすぎて意気込みが空回りしている感もあり、拙さが顕わな個所も随所にありと。
でも。その未完成で荒々しい、真摯な情熱が今に繋がるストーンズの原点なのですよね。
ライヴも。若さに溢れるラフで、タフで。パンクなストーンズの魅力が炸裂・・・
実はこれ英国盤EP『Got Live If You Want It !』と同一のテイクなのですよね。
一応、曲順とかは変えていますし。「I’m Alright」のフェード・アウトが遅い気もしますが。
まぁ、かのEPは英国以外では入手困難でしたので・・・流石は無法の世界です。
(日本では悪名高きロンドン・レコードが避妊具?付の12インチ盤で再発していました)
内容は今更語るまでも無いですが。当時のストーンズの熱さ命のライヴが堪りません。
特に「I’m Moving On」「I’m Alright」の生々しい様は特筆されるかな。
そして。デモにもライヴにも。未熟ながらも、蒼いながらも。都会の匂いがあると。
そう、実のところ。その作られたパブリック・イメージでは覆い隠せない。
煌めく街の灯りの下で生きる者だけが発する、洒落た匂い、雰囲気がある。
それもストーンズの原点であり。ストーンズの何たるかを表しているのですよね。

どこで。
生きていくのか。
どう。
生きていくのか。
何の下で生きていくのか。

そいつが。
違うと。
わからないと。
そうなると。
どうにも戸惑ってしまう。

総てを。
拒否するつもりも。
拒絶するつもりも。
毛頭無いが。
さりとても。

どこで。
どう。
そいつは。
そう軽くもない。
何の下で生きていくのか。

例えば。
街の灯り。
その華やかさと。
その闇と。
そんなものを愛せるか。

猥雑で。
怪しくて
危うくて。
優しい。
そんな灯りの下で生き続けていけるのか。

どこで。
生きるか。
どう。
生きるか。
何の下で生きるか。

それを。
美しいと。
誇らしいと。
愛しいと。
感じられるか。
そこが。
それが。
異なると。
違うと。
そいつは難しい。

何の下で。
生きるか。
生きていくのか。
何を見て。
何を信じるのか。

信じるもの。
見えるもの。
それが。
あるから。
その下で生きている。

信じるもの。
見えるもの。
それが。
信じられない、見えない。
そんな世界もあるのだろう。

誰にも信じられなくても。
誰かには見えなくても。
そんな世界があったとしても。
それでも。
その下で生きている。

輝く。
街の灯り。
どうにも愛しい。
その煌めきと影。
その華やかさと闇。

そこで。
生きていく。
そう。
生きていく。
街の灯り。その下で生きていく。



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2017/08/20 Sun *止めてくれるな、おっかさん / Blind Boy Fuller

20170820trackinmybluesaway


止めてくれるな。
おっかさん。
別に。
背中には。
何も背負ってはいないけど。

それでも。
男には。
やらねばならない時が。
いかねばならない時が。
いかねばならない道がある。

別に。
誰に言われたわけでも。
誰に決められたわけでも。
ありゃしない。
自分が勝手に決めただけ。

そうさ。
きっと、多分に。
自分の思い込み。
自分だけの独り善がり。
そんなものかも知れないが。

この道を。
いかないと。
いきつくところまでいかないと。
倒れるまでは歩いていかないと。
どうにも虫が治まらない。

だから。
そう。
詮無いことだから。
止めてくれるな。
おっかさん。

『Truckin' My Blues Away』'78年リリース。
カロライナ出身のブルース・マン、ブラインド・ボーイ・フラー。
その'35年~'39年の録音を集めて編集されたアルバム。
戦前ブルースの発掘、編纂では定評のあったヤズーからリリースされたアルバムで。
ヤズーのアルバムではお馴染みのロバート・クラムによるジャケットもいい雰囲気です。
芸名の通りに盲目だったフラーですが。生まれつきではないらしく。
何でも20歳の頃に嫉妬した恋人に洗面器に薬品を入れられて気づかずに顔を洗って。
それで失明して。それから生計を立てる為にブルースを弾き始めたのだとか。
何をやらかして、そんな目にあったのか。まぁ、そっち関係のトラブルだったのでしょうが。
レパートリーには、その手の殆ど猥歌なものもあって。懲りないと言うか、好きと言うか。
(勿論、それらのナンバーのうけがいいと言う事情もあったとは思いますが)
フィンガー・ピッキングでギターを奏でながら飄々と歌われる、そのブルース。
そこには、ジャズの、ラグタイムの影響を感じさせるものがあって。その軽妙に踊る感じ。
そいつがフラーの特徴であり、魅力であり。同じ東海岸のブルース・マン達とは異なって。
スローな、語りかける様なブルースもいいのですが。やっぱり弾けているのが魅力かな。
スティール・ギターを弾いているナンバーが多くて。その音色も似合っています。
どこかあか抜けた感じも強くて。凄く纏まりがいい感じなのも特徴かなと。
結構な人気者で。亡くなった後には、二世とか、三世を名乗る輩も現れたのだそうですが。
サニー・ボーイと違って。直ぐに消えたと。それだけフラーは個性的であって。
その歩んだ道は、フラーだけの我が道だったのだなと思わされもします。
前述の様に20歳過ぎてからブルースの世界に身を投じたフラー。亡くなったのが33歳。
その運命を知っていたとは思いませんが。端から逸れることも、立ち止まることも頭には無かったかなと。

止めてくれるな。
おっかさん。
別に。
背中では。
何も泣いてはいないけど。

いつでも。
男には。
やらねばならない事が。
いかねばならない場所が。
いかねばならない道がある。

別に。
誰かが言ったからじゃない。
誰かが決めたからじゃない。
そうじゃない。
自分が一人で決めただけ。

そうさ。
きっと、多分に。
自分の思いだけ。
自分だけの先走り。
そんなものかも知れないが。

この道を。
いくしかない。
いきつくところまでいくしかない。
倒れるまでは歩き続けるしかない。
どうしても腹が治まらない。

だから。
もう。
還らないことだから。
止めてくれるな。
おっかさん。

そうなのだ。
何も。
背中に背負っているのは。
銀杏だけとも。
限らない。

そうなのだ。
何も。
背中で泣いているのは。
唐獅子牡丹だけとも。
限らない。

そうなのだ。
男は。
男なら。
皆、それぞれに。
何かを背負っている。

そうなのだ。
男は。
男なら。
皆、それぞれの背中を。
泣かせるわけにはいきはしない。

誰でもなく。
自分が。
抱いたのだ。
背負ったのだ。
決めたのだ。

誰でもなく。
自分が。
背かないと。
泣かせはしないと。
決めたのだ。

だから。
そう。
馬鹿な奴だと笑って。
止めてくれるな。
おっかさん。



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2017/08/19 Sat *異分子 / Johnny Young

20170819johnnyyoungnndhischiccaagob


異分子。
周りと。
少しだけ。
異なる。
そんな存在。

それが。
浮かび上がらせる。
際立たせる。
そこに。
真実が見て取れる。

そんなものも。
そんな時もある。
染まらない。
染められない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
馴合いに陥らない。
溶け切りはしない。
輪郭は失わずに。

少し離れて。
少し浮いて。
見失わぬ様に。
過たぬ様に。
異彩を放っている。

その存在が。
ぬるま湯になることを。
ふやけてしまうことを。
防いでいるのか。
異分子。

『 Jonny Young And His Chicago Blues Band』'66年リリース。
シカゴ、・ブルースの異分子(?)、ジョニー・ヤングとそのバンドによるアルバム。
オーティス・スパン、ジェームス・コットン等の錚々たるメンバーが顔を揃えています。
'40年代には既に録音を残しているヤング。このアルバムは所謂再発見後のもので。
ストリートで演奏していたところをブルース研究家に発見されて。スタジオに入って。
スパン、コットンと言ったつわもの達と共に録音する機会を与えられたと言うところかと。
尤も。恐らくは古くからの顔なじみであったのではないかと思われますが。
スパン、コットンは言わずと知れたマディ・ウォーターズ・バンドのメンバーで。
シカゴ・ブルースのメイン・ストリート、表通りを歩んでいたわけですが。
何故、ヤングは表通りを外れて裏通り、路上での活動を主とする様になっていたのかと。
まぁ、色々と事情はあるのでしょうが。その一つにはヤングの特異性があったかなと。
ギタリストであり、ヴォーカルもとるヤング。実はマンドリンも弾くのですね。
ブルースとマンドリン。意外な取り合わせですが。楽器としてのマンドリン、歴史は古く。
ブルースの世界でも古くはかなりの奏者がいて。ヤングもその影響で得意にしていたと。
しかし。エレクトリックの波の前では廃れてしまい、ヤングもレコード契約には縁遠くと。
そして。それ故に。ブルース研究家には目新しくて。再発見、再評価に繋がったと。
確かに。凄く新鮮で。オーソドックスなシカゴ・ブルース。そこに切り込むマンドリン。
そう、繊細なイメージのあるマンドリンですが。ヤングが激しくかき鳴らすそれは鮮烈で。
攻撃的ですらあるのです。それがまた絶妙に響くと言うか、見事にはまっていて。
決して色物には陥らずに。巧く融合して、共鳴して。実にいい塩梅だったりします。
そして。マンドリンと言う異分子が加わることで。オーソドックスなシカゴ・ブルースの。
その魅力、その何たるかが、その輪郭をより明確にして、際立って聴こえもするのです。

異分子。
囲いの中で。
少しだけ。
異なってみせる。
そんな存在。

それ故に。
浮かび上がってくる。
際立ってくる。
そんな。
真実が見えてくる。

そんなものも。
そんな時もある。
染まろうとしない。
染められもしない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
輪郭を失うことなく。
溶けても消えずに。
馴合いに陥ることはない。

少し逸れて。
少し逸らして。
見失わぬ様に。
過たぬ様に。
異彩を放ち続ける。

その存在が。
ぬるま湯であることを。
ふやけきってしまうことを。
防いでいるのか。
異分子。

朱に交わっても。
真っ赤には染まらず。
微妙な。
濃淡を。
描いてみせる。

郷に入っても。
盲従することなく。
絶妙な。
距離を。
保ってみせる。

何ものにも。
どんな時でも。
染まらない。
染められない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
馴合いを拒むことを。
輪郭を保つことを。
恐れはしない。

ぬるま湯になることを。
ふやけてしまうことを。
良しとせずに。
少し離れている。
少し浮いている。

それ故に。
浮かび上がらせる。
際立たせる。
そんな。
真実が見えてもくる。

異分子。
周りを。
明確にもする。
切り込んでもくる。
そんな存在がある。



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2017/08/18 Fri *魔法の匂い / James Booker

20170818neworleanspiaowizardlive


魔法の。
匂いがする。
確かに。
そこには。
何かがあるのだ。

何も変わらない様で。
何も特別ではない様で。
さり気ない顔をして。
でも。
漂うものには。

何か。
不思議な。
特別な。
そんなものが。
感じられて。

そいつに。
誘われて。
引き寄せられて。
陽の当たる通りを。
夜の街を。

歩いてみたくなる。
彷徨ってみたくなる。
何があるのかと。
何が起きるのかと。
好奇心を刺激される。

そんな。
魔法の匂いが。
そんな匂いを発するものが。
この世界には。
確かに存在するのだ。

『New Orleans Piano Wizard: Live !』'81年リリース。
ニュー・オーリンズの独創的なピアニスト、ジェイムズ・ブルッカー。
その二枚目となるアルバム。そして初めてのライヴ・アルバム。
僕師の息子として生まれ、幼少期からゴスペルに親しむ一方で。
正規の教育を受けたのか、独学なのか。クラシックの技法も身に付けて。
ブラック・ミュージックとクラシック。それを融合させたかの様な特異なスタイル。
十代以降半には既にプロとして頭角を現して。クラシックのピアニストにも絶賛された。
そんなジェイムズですが。薬物関係で服役するなどトラブルも多かったので。
長らく広く一般的な知名度を得るには至らなかったのですが。
かのニュー・オーリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテッジ・フェスティバルで熱演して。
その評判から欧州ツアーへと旅立ち。その際にスイスでのピアノ・コンテストで見事に優勝。
このアルバムはそのコンテストでの演奏を収めたもので。その超絶的なピアノと。
一曲目で魅せられ、引き寄せられて。熱狂が高まっていく客席の様が捉えられています。
アルバム・タイトル通り、まさに魔法使いか魔術師の如く自由自在に鍵盤を操るジェイムズ。
A面頭からの「On The Sunny Side Of The Street」「Black Night」この二曲でやられます。
どんな状況で針を落としても、陽の匂いや、闇の匂いに包まれてしまうのですよね。
奇才、鬼才、天才。否、やはり魔法使いにして魔術師だったのかと思わされます。
その魔法にかけられて、酔いしれることのなんと心地よいことかと。堪りません。
さて。この欧州ツアーで何かがあったのか。この後のジェイムズは迷走し、低迷してしまい。
表舞台から姿を消してしまうのです。薬物に溺れ、酒に溺れ。精神を病んで。
殆どまともな活動も出来ないままに。オーヴァードーズで旅立ってしまうのです。なんとも。
言わば、ジェイムズの魔法が輝いていたその最後の時間がこのアルバムにはあると。
それがなんとも切なく、そして愛しくもあるのですよね。いつまでも魔法の時間の中に、とね。

魔法の。
匂いがする。
間違いない。
そこには。
何ものかがあるのだ。

いつもと同じ様で。
いつも通りの様でいて。
何でもない顔をして。
でも。
漂わせるものには。

何か。
摩訶不思議な。
特異な。
そんなものが。
感じられて。

そいつに。
呼ばれて。
逆らえなくて。
陽の当たる通りを。
夜の街を。

追っていきたくなる。
探索してみたくなる。
何かがあるぞと。
何かが起きるぞと。
刺激された好奇心が蠢く。

そんな。
魔法の匂いが。
そんな匂いを発するものが。
この世界には。
間違いなく存在するのだ。

不思議なもの。
怪しいもの。
妖しいもの。
そんなものに。
惹かれてしまう。

摩訶不思議なもの。
危ういもの。
脆いもの。
そんなものに。
魅せられてしまう。

陽の当たる通りでも。
夜の街でも。
そんな匂いを。
その匂いを。
感じることができる。

陽の匂いにも。
闇の匂いにも。
刹那で。
切ない。
魔法がかけられている。

誘われたなら。
呼ばれたのなら。
否。
誘われるまでもなく。
呼ばれるまでもなく。

何があるのかと。
何が起きるのかと。
何かがあるぞと。
何かが起きるぞと。
彷徨いながら、追っていく。

魔法の。
匂いがする。
間違いなく、確かに。
そこには。求めているものが。
何かがあるのだ。何ものかがあるのだ。



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2017/08/17 Thu *空と大地の間 / Taj Mahal

20170817musicfuhya


あの日の。
空も。
青かったのか。
白い雲が。
浮かんでいたのか。

あの日も。
そう。
きっとこうして。
空を見上げて。
腰を下ろして。

何ともない。
何ともならない。
思いを。
持て余して。
あてどなく。

時の、流れる。
時の、過ぎゆく。
そのままに。
任せて。委ねて。
そのうちに。

思いなど。
何処かへ。
霧散するかの様に。
姿を消したかの様に。
跡形も無くなって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
それだけを感じながら。

『Music Fuh Ya' (Musica Para Tu)』'77年リリース。
今も精力的に活動しているタジ・マハールの代表作として名高いアルバム。
一般的にはブルース・マンとして知られる、語られる事の多いタジですが。
確かに。そのルーツにはブルースがあるものの。早くから幅広い音楽性を感じさせて。
多様と言うか、雑食と言うか。兎に角 。一筋縄ではいかない、食えないところがあって。
そこが。タジのタジたる所以とも思われて。黒いライ・クーダーとも称されたとも。
タジとライは元々、同じバンドにいたので。その嗜好、志向が似ていても不思議は無いかな。
そんなタジの個性、魅力が遺憾なく発揮されているのがこのアルバムなのですよね。
ブルース、ソウル、ジャズ、レゲエ、カリビアン、そしてハワイアンと。実に幅広くて。
まるで、ブラック・ミュージックの見本市かと言うくらいの網羅性の高さ。
タジのやっている、目指しているのは汎用的なブラック・ミュージックなのだと実感します。
その汎用性の高さが、何とも言えない心地良さを生み出していて。酔いしれてしまうのです。
針を落としていると。何も考えずにいられると言うか、何もかも忘れられると言うか。
それはジャンルやカテゴリーの違いなど気にも止めない。囚われもしない。
そんなタジの大らかで自由な音楽性によるものなのだろうなと、思わざるを得ないかなと。
ともすれば。そのアプローチが学究的に過ぎると言われることもあるタジですが。
決して、ただの頭でっかちなものに終始していないのは明らかで。それはタジの姿勢。
音楽に対する真摯な愛情に裏打ちされた学究であることと。その実践が伴っているところ。
ちゃんと魂と、そして肉体の存在を感じさせるところ。それがあるからなのかなと。
そして。多分に。魂と肉体の存在。特に肉体の存在を強く感じさせることができるのは。
やはり、タジの出自にルーツに求められるわけで。ブルースのその先へと向かった。
そのことは必然でもあり、強みでもあったのだろうなと。その強みの生み出す心地良さ。
空を、大地を思わせる存在感の心地良さ。そこに惹かれて止まないのです。

あの日の。
大地も。
青かったのか。
地平線が。
見えていたのか。

あの日も。
そう。
きっと同じ様に。
空の下で。
足の裏に感じて。

何でもない。
どうにもならない。
思いを。
扱いかねて。
あてもなく。

時の、流れる。
時の、過ぎゆく。
そのままで。
任せる。委ねる。
そのうちに。

思いなど。
何処へともなく。
流浪するかの様に。
形を無くしたかの様に。
消え失せてしまって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
その存在だけを感じながら。

あの日の。
空の青さも。
雲の白さも。
憶えてはいない。
思い出せない。

あの日の。
大地の青さも。
地平線の丸みも。
憶えてはいない。
思い出せない。

持て余していた。
扱いかねていた。
その思いも。
憶えてはいない。
思い出せない。

ただ。
あの日も。
こうして。
空を見上げていた。
腰を下ろしていた。

ただ。
あの日も。
こうして。
空の下にいて。
足の裏に感じていた。

時の、流れるままに。
時の、過ぎゆくままに。
いらぬ思いは。
跡形も無くなって。
消え失せてしまって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
その存在だけを感じていた。

そして。
あの日と同じ。
空と大地の間に。
今日も。
自分を感じている。



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2017/08/15 Tue *図太く、しぶとく / Bo Diddley

20170815bigbadbo


太く。
短く。
駆け抜けてしまう。
そいつが。
カッコいいなと。

その実。
憧れていたのだが。
どうにも。
こうにも。
太くもないし。

何よりも。
もう。
どうにも。
短いとは。
言えなくなって。

そもそも。
夭折とやらとは。
縁が無かったのだと。
そんなタイプでは。
無かったのだと思い知らされ。

今のままじゃ。
このままじゃ。
中途半端だなと。
このまま終わるのも。
あれだよなと。

ならば。
もう。
図太く。
しぶとく。
それしかないかなどと。

『Big Bad Bo』'74年リリース。
ボ・ディドリーの24枚目(?)のアルバム。
チャック・ベリー等と比較しても。
そのアルバムの枚数が多いのは。まぁ、収監されなかったからと言うのもあるし。
それだけ人気があった。ボ・ディドリー・ビートの需要があったと。
そして終始一貫としてチェスと契約していたと言うのも存外に大きいのかも。
単に面倒だったからかもしれないけれど。その律義さは何となくボらしいかな。
さて。ボと言えば。そのワン&オンリーなビート。そいつに尽きると。
そいつは間違ってはいない、大義ではその通りなのだけれど。
それだけで。長い間、生き延びられる、生き残れるわけもなく。そこはしたたかに。
ちゃんと時々で。その時代に合わせた変化も見せているのだなと。
特に'70年代に入ってからは。一部ではボのファンク時代とも言われているらしく。
ビートに敏感であったボらしく、恐らく一番刺激的であったであろうファンク。
そいつに接近して、取り入れて。更には換骨奪胎して。新たなファンクを生んでいると。
その旺盛で貪欲な食欲と。強靭な胃袋。そこにこそボの魅力の何たるかがあるかな。
明らかに以前とは異なるサウンド、リズム、ビート。でも、ボ・ディドリーでしかない。
そう、このアルバムで聴かれるもの。それはボ以外の何ものでもないのですよね。
頑固、頑迷(と言ってしまおう)なファンの中にはこの時代のボを無視するむきも多いとか。
でも。ボにとっては。そんな事はどうでもいいと言うか。ものともしないと言うかね。
誰が何を言おうが、何と言おうが。やりたい様に、やりたい事をやるのだと。
そうすれば。それがボ・ディドリー・ビートに、それがボ・ディドリーになるのだと。
この類まれなタフネスが生み出すファンク。そいつがご機嫌にならないわけがないと。
大きく、悪く・・・図太く、しぶとく。その逞しさに痺れてしまうのです。

細く。
長く。
歩き続けるのが。
そいつが。
勝ちかなと。

その実。
思いもするのだが。
どうにも。
こうにも。
細いとも言えないし。

何よりも。
そう。
どうにも。
長くできるほど。
器用でもなく、巧くもなく。

そもそも。
無事これ名馬やらとは。
縁が無かったのだと。
平穏無事では。
済まないのだと思い知らされ。

今のままじゃ。
このままじゃ。
帯に何とか、襷に何とかだなと。
このまま素知らぬ顔も。
あれだよなと。

ならば。
そう。
図太く。
しぶとく。
それしかないだろうと。

その時。
その一瞬。
熱くなれなきゃ。
燃えられなきゃ。
楽しくない。

そいつを。
その場限りと。
忘れて。
お終いとするのは。
面白くない。

先を。
考えて。
今を。
見送り。見逃すのは。
あり得ない。

先は。
先で。
未だ見ぬ何かに。
出会いたい、触れたい。
いつまでも。

今が。
今日が。
無ければ。
楽しくなければ。
始まらない。

先が。
明日が。
無ければ。
面白くなくては。
仕方がない。

だから。
もう。
今も。先も。
いつでも。
楽しく、面白く。

図太く。
しぶとく。
俺の鼓動を。
刻み続ける。
それしかないのだな(笑)。



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2017/08/14 Mon *何処から、何処へ / Steve Miller Band

20170814recallthebeginningajourneyf


何処から来て。
何処へ行くのか。
そいつは。
もはや。
知る由もない。

よしんば。
知ったところで。
そのことに。
何の意味が。
あると言うのか。

例え。
それが。
楽園を追われた。
その道行だとして。
今更引き返す術もない。

所詮。
無から始まった。
塵芥の如きもの。
道があるだけでも。
有難い。

向う脛にも。
この心にも。
数多の傷を受けながら。
元々、気楽なもの。
それを思えば。

何処から来て。
何処へ行くのか。
そいつは。
もはや。
どうでも構いはしない。

『Recall The Beginning…A Journey From Eden』'72年リリース。
スティーヴ・ミラー・バンドの7枚目(?)となるアルバム。
出自はブルース。その名もスティーヴ・ミラー・ブルース・バンドであって。
バディ・ガイのオープニング・アクトを務めたこともあったとか。
初期のメンバーにはボズ・スキャッグスもいて。オーソドックスなブルース・ロックを。
やがて。時代の影響を受けて。グレイトフル・デッド等とも共演をしていくうちに。
サイケデリックに接近したり、セッション色が色濃くなったりと。
よく言えば自由気ままに、悪く言えば掴みどころの無いのが個性とも見なされて。
精力的にツアーを行うも、商業的な成功とは縁がなく。メンバー・チェンジも激しくて。
このアルバムでは遂にパーマネントなドラマー不在のトリオ編成となっていたりもして。
収められているナンバーもよく言えば多彩、悪く言えば節操がないと言ったところ。
で、面白いのは。ミラーのヴォーカルを聴いていると。まるでそんなことは些細なことと。
気にも留めていないかの不思議な浮遊感があって。実に何とも自由な空気を感じるところ。
腹が座っていたのか。実際は忸怩たるものがあっても、それを表に出さなかったのか。
自由な空気は、その手によるナンバーの伸びやかでキャッチーなところにも感じられて。
どこか微妙に奇妙なではあるものの。突き抜けた何かがあって。それが魅力的。
次作にあたる、『Joker』での大ブレイクの萌芽は既にこのアルバムにあったかなと。
「Heal Your Heart」ではあのジェシ・エド・デイヴィスがギターを弾いていますが。
何でもレコーディング中にも関わらずスティーヴ・ミラー・バンドはツアーに出てしまって。
それでミラーが弾き残したのを代役としてジェシが弾いたのだとも言われていて。
拘りが無いと言うか、自由と言うか。やはり何とも浮遊する、漂泊の人なのかなと。
その道が見えていたのか、それとも意にも介していなかったのか。その捉えどころの無さに惹かれたりします。

何処から来て。
何処へ行くのか。
そいつが。
どうであれ。
変わりはしない。

どうであっても。
こうであっても。
そのことに。
意味など。
ありはしない。

例え。
それが。
楽園を追われた。
その結果だとしても。
今更戻る意思もない。

所詮。
零から始まった。
一滴の如きもの。
流れがあるだけでも。
有難い。

身にも。
この心にも。
数多の矢を受けながら。
元々、気軽なもの。
それを思えば。

何処から来て。
何処へ行くのか。
そいつが。
どうであれ。
何も変わりはしない。

傷を負う。
そんな日もあれば。
癒される。
そんな日もある。
そんな繰り返し。

表に出たと。
喜べば。
裏に出て。
臍を噛む。
そんな繰り返し。

陽の光が。
心地よい日もあれば。
月の明かりが。
懐かしい日もある。
そんな繰り返し。

勝った。
負けたと。
一喜一憂したところで。
結果は五分と五分。
そんな繰り返し。

流れる雲を追いながら。
糾える縄の如しと。
嘯いて。
昨日から今日へ。
今日から明日へ。

気楽に。
気軽に。
浮かんで。
漂って。
終わりの訪れるまでは。

何処から来て。
何処へ行くのか。
そいつに。
答えなど。
必要ない、ありはしない。そんなもの。



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2017/08/13 Sun *熱病の如く / Hot Tuna

20170813yellowfever


好きなものは。
どこまでも。
いつまでも。
好きで。
大好きで。

それこそ。
寝ても。
醒めても。
それだけが。
頭の中に。

浮かんで。
巡って。
延々と。
変わることなく。
絶えることなく。

時に。
僅かな。
変化が訪れることも。
程度の。
差が浮かび上がることも。

それでも。
夢の中でも。
現でも。
それだけを。
追い求めて。

それこそ。
熱病の如く。
とりつかれ。
魘され。
甘美の渦の中へと。

『Yellow Fever』'75年リリース。
ホット・ツナの6枚目(?)となるアルバム。
ジェファーソン・エアプレインの別動隊としてスタートしたホット・ツナ。
ギター&ヴォーカルのヨーマ・コウコネンとベースのジャック・キャサディ。
この頃には既にホット・ツナの活動に専念していたのだと思います。
ドラムスを加えたトリオ編成でパーマネントに活動し始めた後のアルバムです。
兎に角。コウコネンの何とも下世話で変態的ですらあるギター、そしてヴォーカル。
一聴すれば、すぐにそれとわかる強烈な個性が何とも堪りません。
ワン・パターンと言えばワン・パターンなのですがこれほど癖になるのもそうはないかな。
基本的にはオーソドックスなブルース、ブルース・ロックなのですが。
どうにもコウコネンの手に掛かると、どこか妙だったりもするのですよね。
ここらはやはり、サンフランシスコのドラッグ・カルチャーから出てきたところなのかな。
ワン・パターンではありますが、それなりに時代の影響は受けていて。
このアルバムに収めらえているナンバーは形式としてはブルースをはみ出ているのですが。
もう形式云々ではなくて。その魂と言うか佇まいがどうにもブルースなのです。
結構エレキが唸りを上げていてハードだったりするのですが。
その勢いだけを恃まない、その勢いに流されない。骨格であるブルースが息づいていると。
そのしつこさ、しぶとさに。下世話なまでの矜持を感じてしまったりして。
その矜持の熱さに中てられて熱病にとりつかれたかの如くのめり込んでしまうのです。
シンセを使ったナンバーもあって。それがまた下世話で如何にもなんですよねぇ。
この何とも下世話なジャケットがまたね、内容を見事に表現しています。
バナナとツナでフィーバーですからねぇ・・・何の隠喩であるかはねぇ・・・いいなぁ、ホット・ツナ。

好きなものは。
どこまででも。
いつまででも。
好きで。
大好きで。

それこそ。
寝ていても。
醒めていても。
それだけが。
胸の中に。

染みついて。
棲んで。
延々と。
変わりはしない。
絶えもしない。

時に。
僅かに。
揺さぶられることも。
濃淡が。
陰影を描き出すことも。

それでも。
夢の中にあっても。
現にあっても。
それだけを。
追い続けて。

それこそ。
熱病の如く。
とりつかれ。
魘され。
狂気の渦の中へと。

熱く。
ただ。
ひたすらに。
熱く。
その中に。

身を置いて。
心も置いて。
熱病の如く。
とりつかれ。
渦のただ中へと。

巻き込まれ。
引き込まれ。
回りながら。
落ちていく。
堕ちていく。

好きなものは。
いつまでも。
どこまでも。
好きなだけ。
大好きなだけ。

寝ても。
醒めても。
それだけが。
頭の中。
胸の中。

それだけが。
浮かんで。
巡って。
染みついて。
棲んで。

甘美の。
狂気の。
渦の中で。
追い求めて。
追い続けて。

変わらない。
矜持と共に。
熱病の如く。
とりつかれ。
魘され。

それが心地よい・・・



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2017/08/10 Thu *仲間に / Johnny Winter

20170810letmein


そこに。
意思が。
あるのなら。
そうならば。
そうであるのなら。

そこに。
矜持が。
あるのなら。
そうならば。
そうであるのなら。

そこに。
共感が。
あるのならば。
そうならば。
そうであるのなら。

そこには。
そこでは。
何か。
いいことが。
ある、起きるかもしれない。

そこには。
そこでは。
どこか。
面白い奴等が。
いるかも、集まるかもしれない。

そうならば。
そうであるのなら。
仲間に。
入りたい。
入れてもらいたい、かもしれない。

『Let Me In』'91年リリース。
ジョニー・ウィンターのポイントブランク移籍第一弾アルバム。
メジャーであるMCAと契約していたジョニーでしたが。
エリック・クラプトンの二番煎じの様なことを要求されて。決別して。
言わばインディーであるポイントブランクと契約して。
これでもかとばかりに。ジョニーによるジョニーらしいジョニーの為のアルバムをと。
ドクター・ジョンやビリー・ブランチをゲストに迎えて。
ブルース・クラッシックも、そしてオリジナルも。遠慮会釈なしに弾きまくっています。
売れるとか、売れないとか。誰それの路線だとか、誰それに倣うとか。
そんな下らない事から解き放されて。自由奔放、縦横無尽に弾きまくるジョニー。
やっぱり。ジョニーはこうでないといけないのです。弾き過ぎる、熱過ぎる。
そうだとしても。それがジョニー、それがジョニーのブルースなのです。
そこに意思があれば、そこに矜持があれば。そこに共感が呼び起こされるのです。
ジョニーのアルバムに針を落とす時、聴きたいのはジョニーでしかないのですから。
ポイントブランクなる会社はそこのところがよくわかっていたのだろうなと。
恐らくは余計な口出しはしないで。ジョニーのやりたいままに任せたのだろうなと。
だからこそ、ジョニーも楽しそうで、面白そうで。もう乗りに乗っていて。
どこまでいくのだよって程に。弾きまくり、飛ばしまくっているのです。
そして心地よくなって。余裕綽々のスロー・ブルースも聴かせてくれると。こうでなきゃ。
テンション高く、故に渋くはなく。でもくどいけど。それがジョニー、ジョニーのブルース。
その意気、その粋。そいつに共鳴して。ジョニーについていきたい、仲間になりたい。
そんな思いに駆られる。そんな紛れもないジョニーによるジョニーのアルバムなのです。

それが。
意気で。
あるのなら。
そうならば。
そうであるのなら。

それが。
粋で。
あるのなら。
そうならば。
そうであるのなら。

そこに。
共鳴が。
あるのならば。
そうならば。
そうであるのなら。

そこには。
そこでは。
何か。
嬉しいことが。
ある、起きるかもしれない。

そこには。
そこでは。
どこか。
楽しい奴等が。
いるかも、集まるかもしれない。

そうならば。
そうであるのなら。
仲間に。
入れたい。
入れてしまいたい、かもしれない。

意思が。
あるか。
感じられるか。
そいつが。
問題で。

矜持が。
あるか。
感じられるか。
そいつも。
問題で。

あれば。
感じられれば。
そこに。
共感が。
生まれる。

意気で。
あるか。
感じられるか。
そいつが。
問題で。

粋で。
あるか。
感じられるか。
そいつも。
問題で。

あれば。
感じられれば。
そこに。
共鳴が。
生まれる。

いいことが。
嬉しいことが。
ある。
起きる。
それならば。

面白い。
楽しい。
奴等がいる。
集まる。
それならば。

仲間に。
入りたい。
入れたい。
なりたい。
そんなところ、かもしれない(笑)。



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2017/08/09 Wed *見てみよう、見ていよう / The Rascals

20170809seeukorg


翼があれば。
羽ばたければ。
この空を.
この空気を。
その中を飛んで。

あの海へ。
あの海原へと。
その時。
何が見えるのだろう。
何を感じるのだろう。

目を閉じて。
思い浮かべて。
空想の翼を。
そいつを羽ばたかせて。
飛び立とう。

この身は。
ここに残して。
そのままで。
この心を。
飛翔させて。

空の彼方へ。
広がる海原へ。
雲と波の。
空と海の。
その狭間で。

何を。
見るのだろう。
何が。
見えるのだろう。
見ていよう。

『See』'69年リリース。
ラスカルズとしては3枚目のオリジナル・アルバム。
ヤング・ラスカルズ時代から通算では6枚目となるのかな。
ブルー・アイド・ソウルを代表するバンドだったヤング・ラスカルズ。
徐々にその音楽性に変化が表れて。バンド名からヤングがとれて。
ソウルフルではあるものの、よりハードに、そしてサイケデリックに。
同じところに止まることは好まずに、新たな世界へと飛び続けたと。
そこにはフラワー・ムーブメントや、ビートルズら英国勢の影響もあったかなと。
特にリーダーであったフェリックス・キャヴァリエは進取の気質に飛んでいた様で。
積極的に新たな時代に反応し、それを単に真似るのではなく自らのものにしようと。
消化しながら、元来のソウルフルな持ち味との融合を図っていたのかなと。
この頃にはヒンズー教に傾倒していたりもしたらしく。シタールを導入したナンバーも。
それがかなりラーガ・ロックな雰囲気を醸し出していて。世界の広がりを感じさせます。
面白い取り組みだなと思うのですが。結果的に他のメンバーとの溝を生んだとも。
決して抹香臭くは無くて。十分にキャッチーでもありロックとして、ポップスとして。
十分に成り立っているのですけどね。まぁ、変化は好まれないことが多いからなぁ・・・
それはそれとして。キャヴァリエの歌声の素晴らしいこと。何とソウルフルなことか。
どんなサウンドでも、どんなメロディでも。キャヴァリエが歌うことで。
総て一級のブルー・アイド・ソウルとして成立してしまうのですね。稀有な歌声であると。
それが変化の足枷になっていると感じられもするのは皮肉なものですが。
ジャケットに用いられている印象的なルネ・マグリットの絵画。何故マグリットだったのか。
ラスカルズ、キャヴァリエが見ていた、に見えていた、世界。それを観たいなと思わされるのです。

翼があれば。
羽ばたければ。
この空を.
この空気を。
その中を飛んで。

あの海へ。
あの海原へと。
その時。
何が見えるのだろう。
何を感じるのだろう。

目を閉じて。
思い浮かべて。
空想の翼を。
そいつを羽ばたかせて。
飛び立とう。

この身は。
ここに残して。
そのままで。
この心を。
飛翔させて。

空の彼方へ。
広がる海原へ。
雲と波の。
空と海の。
その狭間で。

何を。
見るのだろう。
何が。
見えるのだろう。
見ていよう。

見てみよう。
見ていよう。
心は閉ざさず。
心に翼を。
そいつを羽ばたかせて。

覆いかぶさる。
この空。
この空気。
そんなものに。
負けることなく。

目を閉じて。
思い浮かべて。
この空の中へ。
この空気の中へ。
飛び立とう。

空の彼方へ。
広がる海原へ。
そこまで。
どこまで。
飛翔しよう。

空と海。雲と波。
その狭間に。
何があるのか。
その狭間で。
何が起きるのか。

そこで。
その時。
何を感じるのか。
何を思うのか。
何が変わるのか。

見てみよう。
見ていよう。
心を縛らず。
心の翼を。
そいつを羽ばたかせて。



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2017/08/08 Tue *耽ってしまおう / The Lovin' Spoonful

20170808daydream


耽ってしまおう。
なにもかも。
忘れて。
なにもかも。
投げ出して。

夢の中へ。
夢の中へと。
その中に。
もぐりこんで。
隠れて。

あれとか。
これとか。
色々な。
物事は。
どうでもいいこととして。

だって。
こんな気候で。
こんな季節で。
他にどうしようが。
あると言うのだろう。

こんな好機を。
逃す手はない。
見送るなんて。
そんな勿体ないことなど。
できはしない。

白日夢。
なんと心地よい。
なんと罪深い。
なんと甘美な。
耽ってしまおう。

『Daydream』'66年リリース。
ラヴィン・スプーンフルの2ndアルバム。
かの名曲「Do You Believe in Magic」が大ヒットして。
一躍人気者となったラヴィン・スプーンフル。同曲を擁した1stアルバムも大ヒット。
その勢いのままに制作されたのがこのアルバムと、タイトル・ナンバー「Daydream」で。
これらもまたもや大ヒット。その地位を揺るぎないものとしたのでした。
カヴァーも多かった1stアルバムと比べてオリジナルの割合が高くなったアルバムで。
その独特の、何とも言えないふわふわと浮かんで揺れる様な個性が明確になっています。
元々はとあるフォーク・グループが分裂して結成されたラヴィン・スプーンフルですが。
(因みに。分裂した片割れが、あのママス&パパスになったのだとか)
中心メンバーのジョン・セバスチャンとザル・ヤノフスキーの嗜好とセンスの表れなのか。
単なるフォークでもなく、単なるロックでもなく、そしてフォーク・ロックでもなく。
様々な音楽のエッセンスを実に巧みに取り入れた独特のサウンドが心地よくて。
これはもう、ラヴィン・スプーンフル・ミュージックとしか言いようが無いかなと。
結構、泥臭くなりそうなナンバーもあるのですが。それすらも都会的でもあって。
その絶妙な塩梅に、ジョンとザルの豊かな才能の煌めきを感じることができるのです。
軽妙で、洒脱で。そして皮肉が効いていると言うか、毒を含んでいるところ。
そう、単なる心地よい音楽、単なる懐かしい音楽に陥らないところも流石と思わされて。
「Daydream」に顕著なまさに白日夢みたいな不思議な浮遊感と。
実は結構、際どい感じもある歌詞など。何とも妖しい魅力に満ちていたりするのですよね。
そいつに囚われて。そいつの虜になって。耽ってしまうのは危険だなとも思うのですが。
その危うさにこそ、惹かれるので。ここは何もかも忘れて、聴き惚れて、耽るのが正解かなとね。

耽ってしまおう。
なにもかも。
忘れて。
なにもかも。
放り出して。

夢の中へ。
夢の中へと。
その中に。
潜んで。
棲んで。

あれとか。
これとか。
様々な。
事象は。
どうでもいいことにして。

だって。
こんな気候で。
こんな季節で。
他にどうしろと。
言えるのだろう。

こんな好機を。
逸するなど。
見逃すなど。
そんな贅沢なことなど。
許されない。

白日夢。
どこまで心地よい。
どこまで罪深い。
どこまで甘美な。
耽ってしまおう。

この気候。
この季節。
こんな好機。
願ってもない。
おあつらえ。

あれとか。
これとか。
何もかも。
忘れて。
消して。

色々な。
物事も。
様々な。
事象も。
総てまとめて。

その。
理由も。
事情も。
投げ出して。
放り出して。

ただ只管に。
この好機を。
それだけは。
逃すことなく。
逸することなく。

夢の中へ。
夢の中へと。
その中に。
逃げ込んで。
閉じこもって。

白日夢。
なんと心地よい。
なんと罪深い。
なんと甘美な。
耽ってしまおう。

白日夢。
どこまで心地よい。
どこまで罪深い。
どこまで甘美な。
耽ってしまおう。



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2017/08/07 Mon *ヒーローに憧れて / Marc Bolan & T.Rex

20170807zincalloyandthhiddenriderso


ヒーローに憧れて。

幼い頃。
ガキの頃。
世界は。
単純で。
掌の中で。

ポーズをとって。
掛け声をかけて。
変身できれば。
ヒーローになれれば。
それで大丈夫だと。

悪い奴等は。
ブッ飛ばせるし。
奴等の企みなんて。
叩き潰せると。
そう信じていた。

友達も。
あの娘も。
俺が守ってやるのだと。
俺にも守れるのだと。
そう思っていた。

世界とやらが。
単純ではないと。
誰が悪いのか。
わからなくなった。
そんな今でも。

ヒーローに憧れて。

『Zinc Alloy And The Hidden Riders Of Tomorrow』'74年リリース。
『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』なる邦題が冠されていた。
T.レックスとしては5枚目、マーク・ボラン&T.レックスとしては初のアルバム。
何でも来日時に『仮面ライダー』を観たボランがいたく感動したとかで。
そこからズィンク・アロイなるヒーロー、キャラクターを思いついたのだとか。
この着想の段階で。既にデヴィッド・ボウイの後塵を拝していると言うか。
それまで迷いなくボラン・ブギーをかき鳴らして踊り続けてきたボランだったのですが。
新たなコンセプトを探し始めて、足下が怪しくなってきたと言うか。そうなのですよね。
T.レクスタシーと言われた熱狂的なブームも去りつつあり。退潮期に入っていたと。
そしてボランの試行錯誤が始まったアルバムなのかなと。そう感じざるを得なくて。
もうグラム・アイコンとしてのT.レックス、ボランではいられなくなって。
それで、大胆にブラック・ミュージック、ソウルに接近していたりするのですよね。
あのグロリア・ジョーンズも参加していますが。女性コーラスを初めて導入もしていて。
相変わらずキャッチーで、バラエティに富むナンバーに新たな色を着けようとしていると。
その意気やよし、なのですが。ちょっと力が入り過ぎて空回りしてしまっているかな。
そのせいか。このアルバムを最後にトニー・ヴィスコンティがプロデュースから退いて。
メンバーとの関係も修復不可能となって。やがて一人、また一人と脱退してしまうと。
魔女と取引してまで(?)手に入れた成功のヴィジョンが音を立てて崩れ始めて。
こんな筈じゃなかったと言うボランの焦りが顕わで。それが興を削いでしまっているのか。
その中にあって白眉なのが「Teenage Dream」で。十代の見果てぬ夢を歌い上げた。
そのナンバーが纏う純粋で、そして白日夢の如き儚さ、それ故の美しさ。
そこには紛れもなく。ボランならではの美学、魅力が光り輝いているのです。
ヒーロー、ロック・スターに憧れて。最後までヒーロー、ロック・スターたらんと足掻いたボラン・・・好きなのです。

ヒーローに憧れて。

幼い頃。
ガキの頃。
道程は。
真っ直ぐで。
掌の上で。

空高くジャンプして。
相手をめがけて。
キックできれば。
ヒーローになれれば。
それで大丈夫だと。

悪い奴等を。
倒しさえすれば。
世界の平和は。
実現できるのだと。
そう信じていた。

友達も。
あの娘も。
俺を待っているのだと。
俺も待っているのだと。
そう思っていた。

道程とやらが。
真っ直ぐではないと。
何処へ行けばいいのか。
わからなくなった。
そんな今でも。

ヒーローに憧れて。

ヒーローに。
なりたかった。
変身したかった。
変身できるのだと。
そう信じていた。

ヒーローに。
なりたかった。
悪を倒したかった。
悪を倒せるのだと。
そう思っていた。

世界は単純で。
道程は真っ直ぐで。
掌の中で。
掌の上で。
友達も、あの娘も。

ヒーローに。
なれなかった。
変身できなかった。
できるわけもなかった。
世界は崩れた。

ヒーローに。
なれなかった。
悪を倒せなかった。
悪を見失った。
道程は閉ざされた。

幼い頃の。
ガキの頃の。
馬鹿げた夢は。
儚くも。
砕け散った。

夢は消えて。
複雑で。
無味乾燥な。
世界だけが広がり。
道程だけが続き。

それでも。
未だ。
馬鹿げていようとも。
心の片隅では。
いつの日かと、夢みているのだ。

ヒーローに憧れて。



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2017/08/06 Sun *心の港 / Rod Stewart

20170806vagabondheart


浮いて。
沈んで。
揉まれて。
そんな。
揺れる心。

そいつが。
ふと。
何気なく。
気軽に。
寄れるところ。

そんなものが。
あるのと。
ないのでは。
まったくもって。
大違いで。

どんなに。
浮かぼうが。
沈もうが。
揉まれようが。
揺れようが。

何かで。
何処かで。
ふと。
思い出して。
気づいて。

寄ってみれば。
そいつで。
それだけで。
見失っていたものを。
もう一度、この手にと。

『Vagabond Heart』'91年リリース。
ロッド・スチュワートの17枚目(?)となるソロ・アルバム。
'80年代以降のロッドのアルバムとしては数少ない聴く価値のあるアルバム。
『Unplugged』等の企画ものを除けば、あの『Foot loose & Fancy Free』以降としては。
唯一、ロッドの真摯な歌心を感じられるアルバムと言っても過言ではないかなと。
そう、中途半端なフランク・シナトラ擬きではないロッドがここにはいます。
ロッドの魅力は。何と言ってもあの歌声と、そしてカヴァーのセンスにあるのですが。
どうにも一時期から、何を勘違いしたのかすっかりスーパー・スター気取りで。
否、スーパー・スターであることは疑う余地もないのですが。それはそれとして。
やたら大袈裟と言うか、装飾過多な生き方がそのまま歌い方にも伝播してしまって。
歌心が微塵も感じられない、駄作を連発し続けていたロッド。迷走もいいところでしたが。
前年に亡くなった父親に捧げられたこのアルバムでは。思うところもあったのか。
サウンドこそ、まだ多分に余計なものが削ぎ落されてはいないなと感じられますが。
その歌声は、その対象である楽曲に真摯に向き合い、真摯に表現するものとなっています。
ここまで迷いの無い、ここまで真っ直ぐなロッドの歌声。そう、その気になれば。
凡百のヴォーカリストなどは寄せ付けない、それだけの傑物であるのです。
「Broken Arrow」「It Takes Two」「Have I Told You Lately」「Downtown Train」と。
そのカヴァーの選曲、そしてその解釈、見事に自らのものにしてしまうその咀嚼力。
その底力が遺憾なく発揮されているのも、真摯な姿勢、思いがあってこそのことで。
それが故に、ティナ・ターナー、テンプテーションズと言ったゲストを迎えたナンバーも。
ただの顔見世に終わらない、魅力的な出会いとなっているのです。
揺れる、流離う。そんな心、思い。それがあるべきところ、あるべき港に戻ったのだと。
そんなことを感じさせるアルバムなのです。まぁ、また直ぐに迷走しだすのですけれどねぇ・・・

浮いて。
沈んで。
揉まれて。
そんな。
流離う心。

そいつが。
ふと。
無意識に。
気を置かず。
拠れるところ。

そんなものを。
知っているのと。
ないのでは。
まったくもって。
大違いで。

どんなに。
浮かぼうが。
沈もうが。
揉まれようが。
流離おうが。

何かで。
何処かで。
ふと。
誘われる様に。
感じるままに。

拠ってみれば。
そいつで。
それだけで。
見失っていたものを。
もう一度、この胸にと。

また。
襲われて。
また。
繰り返して。
何回目になるのか。

何回。
何十回。
何百回。
襲われるままに。
繰り返すままに。

浮いて。
沈んで。
揉まれて。
そんな。
揺れる心。

浮いて。
沈んで。
揉まれて。
そんな。
流離う心。

どんなに。
どれだけ。
浮かんでも。
沈んでも。
揉まれても。

そう。
どんなに。
どれだけ。
揺れても。
流離っても。

寄れる。
拠れる。
そんな。
ところがある。
港がある。

それを。
知っているから。
見失っても。
いつでも、この手にと。
いつでも、この胸にと。

心の港がある限りはね。



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2017/08/05 Sat *撃鉄上げて、銃把握って / Savoy Brown

20170805jackthetoad


誰にも。
何にも。
それなりの。
存在意義は。
あるのだと。

そう。
思わなければ。
信じなければ。
どうにも。
やりきれないと。

例え。
己が。
とるに足らない。
ものだと思っても。
それならそれで。

そいつを。
売りにして。
二つ名にするくらいに。
腹を据えて。
撃鉄を上げて。

臨んでしまえば。
なんとかなる。
なんとかせざるを得ない。
そうすれば。
道が開けることもある。

そんな。
ぎりぎりの。
土壇場の。
悪あがき。
生き残るコツはそんなもの。

『Jack The Toad』'73年リリース。
サヴォイ・ブラウンの10枚目となるアルバム。
ブリティッシュ3大ブルース・バンドの一つサヴォイ・ブラウン。
他の二つ、フリートウッド・マックやチキン・シャックと同様に。
メンバー・チェンジの激しかったサヴォイ・ブラウン。
なんたって。2枚目の段階でキム・シモンズ以外は全員が新メンバーだったと。
その後は殆どアルバム毎にメンバーの一部、あるいは全員が替わって。
ヴォーカルはクリス・ユールデン、ロッド・プライス、デヴィッド・ウォーカーと。
地味ながらも実力者揃いだったのですが、前作でデヴィッドも脱退。
このアルバムからはジャッキー・リントンが新たに参加しています。
早速、楽曲を提供したり、キムと共作したりと前面に出て活躍しています。
前述の3人と比較するとソウルフルでもブルージィーでもないジャッキーですが。
その声質に合わせのかの様な、ラフで、タフで。そしてキャッチーなナンバー。
ブルース・ロックはブルース・ロックなのですが。スワンプ・ロックの風味もあるかな。
そう。ちょっと地味なロッド・スチュワートがブリティッシュ・スワンプをやっている様な。
その軽やかとも言える乗りの良さは、サヴォイ・ブラウンらしくはないものの。
なかなかにご機嫌で、なかなかに魅力的でもあるのです。まぁ、B級なのですけどね。
でも、そのB級ならではの臭味もね、それはそれで味わいがあるのです。
それでもって。変わらずにブルージイーに弾きまくるキム。その我が道をいく様がまた。
決して巧くもなく、ワン・パターンと言えばワン・パターン。でもそこに意義があると。
泥臭く、足掻きながらも。撃鉄上げて、銃把握って、決闘に挑む。美学とも言えない美学。
今でも独りでサヴォイ・ブラウンの看板を背負っているキム。こんな男がいてもいいかなと。

誰でも。
何でも。
それなりの。
存在理由は。
あるのだと。

そう。
思わないことには。
信じないことには。
どうでも。
やっていられないと。

例え。
己が。
一寸程度の。
存在だと思っても。
それならそれで。

そいつを。
逆手にとって。
悪名とするくらいに。
腹を決めて。
銃把を握りしめて。

臨んでしまえば。
なんとでもなる。
なんとでもなってしまう。
そうすれば。
底を打てることもある。

そんな。
ぎりぎりの。
往生際の。
悪いところ。
生き延びるコツはそんなもの。

生き残りたいなら。
生き延びたいのなら。
意義も。
理由も。
生み出すしかない。

生き残るため。
生き延びるために。
意義も。
理由も。
認めさせるしかない。

世界に。
社会に。
誰かに。
誰よりも。
自分に。

売りものなど。
不格好で構わない。
武器など。
不出来でも構わない。
信じられればそれでいい。

どう見られるかなど。
どう思われるかなど。
そんなことは。
振り切って。
打ち捨てて。

悪名だろうと。
何だろうと。
売りにできる。
二つ名を。
手に入れられれば。

切り裂きでも。
早撃ちでも。
無くてもいい。
鈍く、しぶとく。
悪あがきしながら。

往生際は。
とことん悪く。
底を打つ、そのために。
道を開く、そのために。
撃鉄上げて、銃把握って。



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