« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017/12/29 Fri *切磋琢磨 / Albert Collins, Robert Cray, Johnny Copeland

20171229showdown


切磋琢磨。
何であれ。
舞台に上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

仲良く。
皆で。
楽しく。
それは。
そうなのだけど。

やるからには。
負けたくない。
一番になりたい。
そう。
一番目立ちたいと。

だから。
仲良く。
皆で。
楽しく。
でも、競い合って。

それくらいの。
心持ち。
それくらいの。
緊張感。
そいつは持っていたいなと。

切磋琢磨。
何であれ。
リングに上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

『Showdown !』'85年リリース。
アルバート・コリンズ、ロバート・クレイ、ジョニー・コープランド。
三人のブルース・ギタリストによる共演を収めたアルバム。
当時の状況としては。コリンズはアリゲーターと契約後、絶好調で人気沸騰中。
クレイは前年にデビューしたばかりでブレイク前夜。
コリンズの盟友コープランドは地道な活動を継続していた・・・そんなところかな。
当然、目玉はコリンズだったと思われて。アリゲーターからのリリースで。
バック・バンドもコリンズのアイス・ブレイカーズが全編に渡って務めています。
コリンズの勢いそのままに。このアルバム、グラミー賞を獲得していて。
翌年のクレイのブレイク、ひいてはその後のブルース・ブームの火付け役となったかなと。
さて。コリンズ、クレイ、コープランドと。それぞれにスタイルも個性も異なっていて。
当然のことながら、それらが一挙に聴ける、楽しめると言うのが一番の魅力なのですが。
真正面切って対決(Showdown)して火花を散らすと言うよりは。
お互いが尊重し合いながら。楽しみながらも、静かに切磋琢磨していると言ったところ。
曲ごとに。ギター・ソロもヴォーカルもきれいに分担が割り振られているので。
最初からその様な性格、その様な狙いで企画されたアルバムだったのだと思われます。
火花が激しく散る様なギター・バトルを求めると肩透かしを食らう感はありますが。
その分、三人それぞれのスタイルや個性を比較しながら楽しむには最適かなと。
勿論、そこはそれで。張り合ってもいるでしょうし。俺が主役だと思っているのでしょうが。
コリンズなどは。一曲の中で分担が決まって。その分、集中力が高まったのか。
ギターもヴォーカルも。いつも以上のキレを感じさせる部分があったりもします。
それも含めて。やはりコリンズが頭一つ抜けている、貫禄勝ちってところかな。

切磋琢磨。
何であれ。
舞台に上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

仲良く。
皆で。
楽しく。
それは。
そうなのだけど。

やるからには。
負けたくない。
一番になりたい。
そう。
一番目立ちたいと。

だから。
仲良く。
皆で。
楽しく。
でも、競い合って。

それくらいの。
心持ち。
それくらいの。
緊張感。
そいつは持っていたいなと。

切磋琢磨。
何であれ。
リングに上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

時に。
力が。
入り過ぎて。
気合が。
空回り。

時に。
力が。
抜け過ぎて。
気分が。
空回り。

なかなかに。
力の。
入れ具合。
そいつが。
難しい。

時に。
何で。
燃えない。
ついてこないと。
一人、先走り。

時に。
どうにも。
燃えない。
ついていけないと。
一人、脱落し。

なかなかに。
気持ちの。
保ち様。
そいつも。
難しい。

それでも。
いつでも。
リングに上がるからには。
真剣勝負。
その為に。

いつでも。
切磋琢磨。
そいつを。
忘れずに。
続けられる様にしたいのです。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/28 Thu *揺り動かそう / Etta James

20171228rocksthehouse


さぁ。
もう。
兎に角。
有無を言わせず。
揺り動かそう。

ここまで。
きたら。
きてしまったら。
下手な考えは。
休むも同じ。

そう。
ここまで。
きたら。
頼りになるのは。
頭ではない。

そう。
こんな時は。
体が。
感じるもの。
そいつが総て。

震えるなら。
奮うなら。
もう。
そのままに。
任せてしまえばいい。

余計な。
あれも。
これも。
振り払ってしまおう。
揺り動かそう。

『Rocks The House』'63年リリース。
チェスの女帝として君臨していたエタ・ジェイムス。
そんなエタの初めてとなるライヴ・アルバム。
その熱く、迫力満点の歌声、ステージが余すところなく捉えられています。
収録されたのはナッシュビルのクラヴで臨場感もたっぷりで。
エタの煽りも、応える観客の反応も。実に生々しいものがあります。
このアルバムの制作にはチェスも並々ならぬ気合が入っていた様で。
録音機材も、バンド・メンバーも厳選されたものだったと言われています。
チェスでは「At Last」に代表される様なポピュラーなバラードで人気を得ていたエタ。
しかし。その本領はR&B、ブルースでこそ発揮されると。
その路線に舵を切ったのが「Something's Got A Hold On Me」の大ヒットで。
このゴスペルを思わせるジャンプ・ナンバーでエタは新しい時代へと突入。
そのナンバーのド迫力のライヴ・ヴァージョンがこのアルバムの頭に収録されていて。
その勢いのままに一気に沸騰するこのアルバムが。新時代のエタを決定づけたと。
そう。エタの長いキャリアの中でも実は重要な位置にあるアルバムなのです。
「What I Say」「Money」「Ooh Poo Poh Doo」「Wake Up This Morning」と。
ライヴならではの、他のアーティストで著名なナンバーが数多く収録されていますが。
そのいずれをも、自身の歌として、聴かせてしまう。エタの歌の力は実に見事なものです。
まさに火を吹いているかの如くの歌声で。その迫力、そして凄味は尋常ではなくて。
もう胸倉を掴まれて、説教されている様な、殴られているかの様な。
やはり、エタにはこのスタイルこそが合っているのだなと、思わざるを得ません。
アルバム・タイトル通りに。会場を、ハコをロックさせる、揺り動かすエタなのです。

さぁ。
もう。
兎も有れ。
問答無用で。
揺り動かそう。

ここまで。
きたら。
きてしまったら。
三十六計も。
役には立たない。

そう。
ここまで。
きたら。
頼むところは。
理ではない。

そう。
こんな時は。
心が。
感じるもの。
そいつが総て。

振るえるのなら。
昂るのなら。
もう。
そのままに。
任せてしまえばいい。

余分な。
あれも。
これも。
振り落としてしまおう。
揺り動かそう。

もう。
ここまで。
きたのだ。
きてしまったのだ。
そういう事だ。

そう。
ここまで。
きたのだ。
きたしまったのだ。
そういう時だ。

是非も無い。
下手な考えは。
休むも同じ。
頼りになるのは。
頭ではない。

是非に及ばず。
三十六計も。
役には立たない。
頼むところは。
理ではない。

体が。
感じるもの。
心が。
感じるもの。
そいつが総て。

震えるなら。
奮うなら。
振るえるのなら。
昂るのなら。
そのままに。

あれも。
これも。
振り払ってしまおう。
振り落としてしまおう。
揺り動かそう。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/27 Wed *師走の街 / T-Bone Walker

20171227funkytown


誰も。
彼もが。
走る。
走らされる。
そんな季節。

だから。
だからこそ。
立ち止まって。
辺りを見回して。
見失わない様に。

この街。
この季節。
心を。
亡くした様に。
駆け抜けるだけ。

それだけでは。
見えてこない。
そんなものもある。
少し。
余裕を持ってみれば。

面白いもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
そう。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊りだしたくなる。
そんな季節でもある。

『Funky Town』'68年リリース。
Tボーン・ウォーカーのブルースウェイでの2枚目のアルバム。
Tボーンと言えば。何と言ってもモダン・ブルースの父であって。
その呼称の大元となった邦題が冠されたアルバムでも紹介された。
'40年代、キャピトル等への録音が先ず、第一に聴かれるべき、評価されるべき。
何と言っても。そこからモダン・ブルースの歴史が始まっているので異論は無いのですが。
それだけでも無いのだよと。その後のTボーンにも聴くべきものは多いのだと。
特にブルーズウェイでの2枚のアルバム。そこでのファンクへの接近。
Tボーン程の大御所がそれを嬉々として、生き生きとやっている。その艶と瑞々しさ。
Tボーンのブルースに喰らいつくなら、ここまでは味わい尽くそうぜと思うのです。
ファンクへの接近。それは時代の、そしてそれを受けてのレコード会社の要請だったかも。
それを既に初録音から約40年と言う大ベテランのTボーンが快諾して。
しかもものの見事に、そのファンクの波を乗りこなしている。その凄さ、その素晴らしさ。
元々ブルースだけでなく、ジャズにも親しみ。幅広い音楽性を有していたTボーン。
その柔軟さと、その懐の深さと。それが故のなせる業だったのかなと。
そして。件のギターを背中で弾いたり、股割をやったりと。パフォーマンスにも長けていて。
芸能としての、ダンス・ミュージックとしてのブルースの役割も熟知していた。
それも、この時代に。最先端の踊れるブルースとしてファンクを躊躇なくやれた所以かなと。
そして。そのB.B.キングをも魅了し、その発想の源泉ともなったギターの響き。
それはこのアルバムでも。実に何とも自由自在で流麗で。唯一無比の存在感を発揮していて。
やはり、心、震わされ、浮き立たされ。そして心、踊らされてしまうのです。

誰も。
彼もが。
走る。
走り出さずにはいられない。
そんな季節。

だから。
だからこそ。
踏み止まって。
辺りを見回して。
見過ごさない様に。

この街。
この季節。
心を。
亡くすままに。
駆け去るだけ。

それだけでは。
見えはしない。
そんなものもある。
少し。
余白を残してみれば。

楽しいもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
そう。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊らずにはいられない。
そんな季節でもある。

あの人も。
この人も。
走る。
走らされる。
そんな街。

あの人も。
この人も。
走る。
走り出さずにはいられない。
そんな街。

心を。
亡くした様に。
駆け抜けるだけ。
亡くすままに。
駆け去るだけ。

少し。
余裕を持ってみれば。
余白を残してみれば。
それだけではないと。
見えてくるかもしれないと。

面白いもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
あるのだと。

楽しいもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
あるのだと。

誰も。
彼もが。
走る。
走らされる。
師走の街を。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊らずにはいられない。
師走の街へと・・・ね。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/26 Tue *タフに、ラフに / Junior Wells

20171226youretuffenough


耐えられるか。
頑張れるか。
未だ。
その先へと。
歩めるか。

それだけの。
頑丈さが。
強固さが。
あるか。
漲っているか。

この身に。
この心に。
そいつが。
あるのか。
宿っているのか。

あると。
宿っていると。
そいつを。
そのことを。
信じられるのなら。

迷うことはない。
躊躇うこともない。
そのままでいい。
そのまま。
踊り続ければいい。

弾むままに。
揺れるままに。
いけるところまで。
タフに。ラフに。
いってしまおう。

『You're Tuff Enough』'68年リリース。
ジュニア・ウェルズのブルー・ロック移籍第一弾アルバム。
シカゴ・ブルースのハーピストとして確固たる地位を築いていたウェルズ。
リトル・ウォルターの後任としてマディ・ウォーターズのバンドでも活躍して。
並行して自らのソロ活動も行って。代名詞となる「Messin'With The Kid」など。
ヒット曲も放って。シカゴ・ブルースの新世代の旗手となっていました。
盟友であるバディ・ガイとの元祖ブルース・ブラザースとしても活動していて。
デルマークにかの名盤『Hoo Doo Man Blues』を残すなどもしていました。
そんなウェルズが新境地を拓くことになったのがこのアルバムで。
シカゴのジェームス・ブラウン、JBと呼ばれるファンキーな一面を見せています。
躍動するジャケットの姿そのままの勢いのある「You’re Tuff Enough」のその迫力。
まさにJBも顔負けのタフで、ヘヴィでファンクなブルースが炸裂しています。
否、そのままに展開されるものはもはやブルースの範疇には止まっていないかと。
軽々とジャンルなど飛び越えて、ブルース・ハープを吹きまくり、シャウトする。
そのノリの良さ、跳ね具合、弾け具合。実に何ともご機嫌で。
そんなウェルズの姿は強固な意志を備えた、実にタフなものに感じられます。
「Messin' With The Kid」も見事にファンキーなブルースに生まれ変わっています。
あまりにも。ファンクに、R&Bに接近し過ぎだとして。
一部のブルース・ファンの間では無かったことにされているらしいのですが。
タフに、クールに。そしてファンキーに。グイグイと聴く者を惹きつけてしまうウェルズ。
それを否定してしまうと言うのはあまりに狭量に過ぎる気がするかなと。
ウェルズのタフな様に、ついていけるそれだけのタフさが聴く者にも求められている。
そう考えれば。こいつはある意味。己の覚悟を試される、そんな試金石の様なアルバムでもあるかもです。

踏ん張れるか。
乗切れるか。
未だ。
この先へと。
進めるか。

それだけの。
堅牢さが。
強靭さが。
あるか。
溢れているか。

この身に。
この心に。
それらが。
あるのか。
巣食っているのか。

あると。
巣食っていると。
そいつを。
このことを。
信じられるのなら。

悩むことはない。
逡巡することもない。
そのままでいい。
そのまま。
歌い続ければいい。

跳ねるままに。
震えるままに。
やれるところまで。
タフに。ラフに。
やってしまおう。

未だ。
その先へと。
歩めるか。
その資格が。
あるのか。

未だ。
この先へと。
進めるか。
その権利が。
あるのか。

それだけの。
頑丈さが。
強固さが。
堅牢さが。
強靭さが。

それだけの。
柔軟さが。
寛大さが。
しなやかさが。
おおらかさが。

この身に。
この心に。
あると。
宿っていると。
巣食っていると。

そいつを。
そのことを。
信じられるのなら。
そいつが。
確かだと思えるのなら。

迷うこともない。
躊躇うこともない。
悩むこともない。
逡巡することもない。
踊り続ける、歌い続ける。

弾むままに。
揺れるままに。
跳ねるままに。
震えるままに。
いってしまおう、やってしまおう。

タフに。ラフに。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/25 Mon *パレードが行くよ / Earl King

20171225streetparade


何があっても。
何もなくても。
まぁ、いいかと。
肩の力を抜いて。
笑顔を浮かべて。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなところかなと。
難しく考えず。
固いこと言わず。

口笛でも吹いて。
鼻歌でも歌って。
昨日は昨日。
今日は今日。
明日は明日。

そんなもの。
そんなところ。
何とかなるだろう。
なるようになるだろう。
そう心を決めたら。

書を捨てて。
PCを閉じて。
柵など忘れて。
何もかも。
置いておいて。

扉を開けて。
街へと繰り出そう。
通りを歩こう。
ごらん。
パレードが行くよ。

『Street Parade』'87年リリース。
ニュー・オーリンズのブルース・シンガー、ギタリスト、アール・キング。
その世界初レコード化となる音源も含んだP-VINEによる日本編集アルバム。
基になっているのはその数年前の英国編集のアルバムでそれに更に独自の編集を加えてと。
その、いなたい、魅力が思う存分に堪能できる何とも味わい深いアルバムです。
全16曲の中核となるのはアラン・トゥーサンと、そしてミーターズと組んでの録音で。
これが実に何とも。極上なのですが。録音された'72年当時は何故か殆ど未発表で。
唯一、「Street Parade」のみがシングル盤としてリリースされたのみだったのだとか。
一説ではアトランティックからアルバムがリリースされる筈が何故か見送りになったと。
トゥーサンやミーターズの一連のアルバムにも勝るとも劣らない出来なのですけどね。
本当に、この極上のバイユー・ファンクをボツにする耳を疑いたくなります。
骨太で、腰が強く。それでいて、どこか大らかで緩いところも。その塩梅が絶妙なのです。
アールと言う人は。'50年代から活動していたのですが。決して順風漫歩ではなくて。
最初はギター・スリムの代役として重宝されたに過ぎなくて。やっとレコード契約したら。
本当はキング・アールとしてデビューする筈が、誤植でアール・キングにされてしまい。
そのまま誤った芸名が定着してしまい。その後、ローカル・ヒットを放つも。
騙されたり、レコード会社が倒産したりで。'60年代中頃にはプロデュースとか作曲とか。
すっかり裏方になってしまって。まぁ、そこでかなりの優れた仕事をしているのですが。
普通なら拗ねたり、不貞腐れたりしそうなものを。そうはならなかった様で。
その後の細々とした活動でも。まぁ、いいか。何とかなるさとでも言わんばかりの明るさ。
そいつが特徴的で。故に愛されて。結果的には息の長い活動へと繋がっていったと。
「Street Parade」ではミーターズにブラス・バンドまでも従えて。その剛毅な陽気さ。
陽の当たるニュー・オーリンズの街を意気揚々と、まさにパレードしているが如くで。
何だかね。塞ぎこむのが馬鹿らしく思える。生命力に満ちたアールのファンク、ブルースが堪らないのです。

何があっても。
何もなくても。
まぁ、いいかと。
肩肘張らずに。
口角上げて。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなものだよなと。
堅苦しく考えず。
口煩く言わず。

伸びでもして。
よしっと呟いて。
昨日は昨日。
今日は今日。
明日は明日。

そんなもの。
そんなところ。
何とかできるだろう。
できるようにするだろう。
そう心に決めたら。

テレビを消して。
スマホも閉じて。
垣など忘れて。
何もかも。
置いておいて。

塀を乗り越えて。
街へと出かけよう。
通りを駆けだそう。
ごらん。
パレードが行くよ。

昨日は昨日。
今日は今日。
風が変われば。
流れも変わる。
そんなこともある。

今日は今日。
明日は明日。
流れが変われば。
ツキも変わる。
そんなこともある。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなところ。
その実は。
大したことでもない。

何があっても。
何もなくても。
そんなもの。
実のところ。
大したものでもない。

難しく考えず。
固いこと言わず。
堅苦しく考えず。
口煩く言わず。
頭を楽にして。

肩の力を抜いて。
笑顔を浮かべて。
肩肘張らずに。
口角上げて。
心を開いて。

口笛でも吹いて。
鼻歌でも歌って。
伸びでもして。
よしっと呟いて。
視線を上げて。

開けて。
街へと。
通りへと。
ごらん。
パレードが行くよ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/24 Sun *きれい、であること / The Beatles

20171224liveatthehollywoodbowlnew


考えよう。
では、あるけれど。
きれい、であること。
それだけが。
いいとは思わない。

きれい。
きれい、であること。
そいつは。
確かに。
魅力的ではあるけれど。

その為に。
きれい、である為に。
何もかも。
取り除けばいいと。
そう言うものでも無いだろうと。

どこか。
いびつで。
引っ掛かる。
そうであるとしたら。
そこには意味がある。

そこでこそ。
見えるもの。
感じられるもの。
そんなものもあるだろう。
それを無くしていいものかと。

きれい、であってもいい。
でも。
きれい、であること。
それだけでは。
済まないものもあると言うことだ。

『Live At The Hollywood Bowl』'16年リリース。
アルバム・タイトル通り、ハリウッド・ボウルでのビートルズのライヴ・アルバム。
元々は'77年にリリースされていた同名のアルバムのリマスター&拡張版。
全13曲だったものが、4曲が追加されて全17曲となっています。
録音されたのは'64年と'65年で。当時の機材の性能の限界もあってボツになっていて。
それがハンブルグ時代の録音がリリースされた為に、対抗措置が必要となって。
レコード会社の依頼を受けてジョージ・マーティンが改めて編集、制作したと。
3トラックのマスターをマルチ・トラックに移して。使えるトラックを復元したのだとか。
生前のマーティンがその苦労を語っていましたが。新たに4曲もが復元されたと言うのは。
それだけ、この約30年の間の技術革新が進んだと言うことなのでしょうね。
さて。改めて驚かされるのはビートルズの演奏の素晴らしさ、その技量の高さです。
何せ未だPAも無い時代ですからね。頼りになるのはアンプの出音と、生音のみ。
そして熱狂的な観客の嬌声・・・とてもじゃないですけど。まともに演奏できるとは・・・
ところが。ビートルズ、ピッチもリズムも狂わないし。4人の演奏も見事にあっていると。
リヴァプール、ハンブルグと。ライヴの現場で叩き上げられてきたその実力、その凄味。
そんなものが遺憾なく発揮されています。ロックンロール・バンドとしてのビートルズ。
その姿が見事に捉えられている、クッキリと浮かび上がるそんなアルバムなのです・・・
なのです、が。4曲が新たに聴けるようになったことは嬉しいのですが。
マーティンの息子、ジャイルズも関わったリマスター、リミックスがきれい過ぎるかなと。
考えよう、ではありますが。あまりにもね。歓声をもノイズと考えたのか。
ビートルズの演奏を聴かせようとの意図はわかるのですが、歓声はノイズじゃないよなと。
それぞれ、ではありますが。あまりにもね。きれいに過ぎるかな。
言ってみればお上品な音質、音像がビートルズの野趣を削いで魅力を減じているかなと。
映画の関連で味も素っ気も無くなってしまったジャケットも残念な感じは拭えなくて。
きれい、であること。それだけがいいと、総てでは無いと。そう思わされるのです。

それぞれ。
では、あるけれど。
きれい、であること。
それだけが。
総てとは思わない。

きれい。
きれい、であること。
そいつは。
確かに。
魅惑的ではあるけれど。

その為に。
きれい、である為に。
何もかも。
切り捨てればいいと。
そう言うものでも無いだろうと。

どこか。
奇妙で。
突っかかる。
そうであるとしたら。
そこには意味がある。

そこでこそ。
聞こえるもの。
触れられるもの。
そんなものもあるだろう。
それを無くしていいものかと。

きれい、であってもいい。
でも。
きれい、であること。
それだけでは。
収まらないものもあると言うことだ。

きれい。
きれい、であること。
そいつを。
偶には。
疑ってみるのがいい。

きれい。
きれい、であること。
そいつを。
無暗に。
信じないのがいい。

ものは。
ことは。
そんなに。
そこまで。
単純じゃない。

ものは。
ことは。
意外と。
存外に。
複雑でもある。

いびつで。
引っ掛かる。
奇妙で。
突っかかる。
そいつは捨てられない。

だから、見える。
だから、聞こえる。
だから、感じられる。
だから、触れられる。
そいつも捨てられない。

大きなお世話。
では、あるけれど。
きれい、であること。
それだけが。
正しいとは思わない・・・のがいい。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/23 Sat *何処かへと / John Entwistle

20171223whistlerymes


風に。
その詩に。
誘われて。
此処では無い。
何処かへと。

引き続く。
時間から。
切り離されて。
別の。
時の流れの中に。

見るものも。
聞こえるものも。
異なる。
少し奇妙な。
そんな世界へと。

誘われるままに。
そのままに。
足を進めて。
その扉を開けて。
入ってみたくなる。

風景が。
歪み。
褪色し。
人々も。
何処かへと。

風の。
その詩が。
物語る。
今ではない。
何処かへと。

『Whistle Rymes』'72年リリース。
ジョン・エントウイッスルの2枚目のソロ・アルバム。
当時の邦題は『風の詩』だったとか。
摩訶不思議なアルバム・タイトルは、よく言い間違えられる自らの性を捩ったもの。
不思議な印象を残すジャケットにも拘りがあったらしく。
担当したイラストレーターは何度も書き直しを命じられたのだとか。
さて。ベースのみに限らずに様々な収集癖でも知られていたジョン。
それも、その怪奇趣味と言うか、時には猟奇的とも言える趣味を反映したものだったとか。
このアルバムもそんなジョンの嗜好や趣味が色濃く漂うものとなっているのですが。
様々な蒐集品に囲まれた部屋で、そのコンセプトを練っていたのかもしれません。
ザ・フーのメンバーの中ではいち早く本格的なソロ活動にも手を染めていたジョン。
当然、ザ・フーとしての活動の合間に行っていたものの。片手間などではなくて。
ちゃんとメンバーを集めて。レコーディングして。ツアーにも出たりして。
それだけまた、ジョンの中にも表現欲求と言うものがあったのだろうなと。
このアルバムにはピーター・フランプトンとジミー・マッカロックが参加していて。
特にピーターは、ハンブル・パイを辞めた直後だけに。その思いをぶつける様なギターを。
あの、激しくうねるジョンのベースとの絡みと言うかせめぎ合う様がなかなかです。
トロンボーンに自宅のリフォームに来た大工さんを起用するなど遊び心も忘れていません。
所謂ブラックユーモアに満ちた世界を描いて歌いながらも。存外にポップでもあって。
毒を忍ばせながらも、その若干ひねくれたキャッチーなメロディに魅せられてしまう。
そう、まるで。真夜中。ふと聞こえた風の音、そのメロディ、詩に誘われてしまうかの様に。
それにしても。ピート・タウンゼントの陰にこれだけの才能が存在していたと。
改めて。ザ・フーと言うバンドの特異な個性と類まれな魅力を思わずにはいられません。

風に。
その詩に。
呼ばれて。
此処では無い。
何処かへと。

立ち続けた。
大地から。
切り離されて。
別の。
地平のその上に。

触れるものも。
感じられるものも。
異なる。
少し奇異な。
そんな世界へと。

呼ばれるままに。
そのままに。
足を踏み出して。
その森の中へと。
分け入ってみたくなる。

風景が。
崩れ。
消え去り。
人々も。
姿を消す。

風の。
その詩が。
織り成す。
今ではない。
何処かへと。

この夜。
この闇。
風の中に。
ふと。
聞こえる詩がある。

それは。
妖の。
詩なのか。
何処から。
誘っているのか。

それは。
魔の。
詩なのか。
何処から。
呼んでいるのか。

誘われるままに。
開ける扉の。
その先は。
何処へと。
繋がっているのか。

呼ばれるままに。
分け入る森の。
その奥は。
何処へと。
続くのか。

時間から。
切り離されて。
大地から。
切り離されて。
浮き上がり。

風の。
詩と共に。
此処では無い。
今でもない。
何処かへと。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/22 Fri *夜をブッ飛ばせ / Ian McLagan

20171222bumpinthenight


真夜中。
どこかで。
気配がする。
何やら。
蠢く音がする。

あちら。
こちらに。
ぶつかって。
音を立てて。
闇を揺り動かす。

あぁ。
そうかと。
今夜も。
そうくるのかと。
そうなのだと。

上等だ。
それならば。
こちらも。
その気で。
付き合おうじゃないか。

どうせ。
震えて。
昂って。
眠れない。
夜を過ごしていたのだ。

隠れてないで。
出て来いよ。
一緒に。
賑やかに。
夜をブッ飛ばせ。

『Bump In The Night』'81年リリース。
イアン・“マック”・マクレガンの2枚目となるソロ・アルバム。
ボニー・レイットとも活動を共にしていたバンプ・バンド。
マック自身もメンバーだった、そのバンドを率いてのアルバムです。
ベースは、レイ・オハラ。そうミカ・バンドにもいた小原礼だったりします。
全編、実にご機嫌なロックンロールが鳴り響く、なんとも愉快なアルバムです。
ボビー・キーズが参加している他、ロン・ウッドも一曲だけゲスト参加。
その「Little Girl」なるナンバーはマックとロンの共作で如何にもって感じです。
兎に角。アルバム全編に渡ってギターの響きが実に心地よいアルバムで。
実はギターも弾けちゃうマックです。作曲は殆どギターで行ったのだとかで。
実際の録音でもリズム・ギターを弾いていて。これがいい感じで。
その分、あのマックならではの鍵盤が弾け、転がるプレイが控えめかなと。
何でも。この時期のマックは鍵盤を弾くのに飽きていた、自信喪失していたとか。
あのマックにして、そんなことがあるのかと。ちょっと驚いてしまうのですが。
まぁ、名人、達人には。凡人など及びもしない境地での悩みもあるのかな。
それでも。要所、要所で顔を覗かせるその響きには、流石だなと思わされますが。
それにしても。徹頭徹尾。楽しく、ご機嫌なロックンロールが溢れていて。
マックのメロディメーカーとしての才能に改めて驚かされもします。
この頃って。マックはストーンズのアルバムにもツアーにも参加していたのですよね。
充実していたのだろうし。楽しかったのだろうなと。それこそフェイセスとの日々。
そいつが戻ってきたくらいの感じだったのではないかと。
それこそ真夜中でも。音が、音楽が聴こえてきて。眠れない、眠りたくないみたいな。
そんなマックの姿を想像しながら。真夜中に針を落としたくなるアルバムなのですよね。

真夜中。
どこかで。
息吹がする。
何やら。
兆しがする。

あちら。
こちらと。
転がって。
声を上げて。
闇を目覚ませる。

あぁ。
そうかと。
今夜は。
そう来たかと。
そうなのだなと。

面白い。
それならば。
こちらも。
本気で。
やり合おうじゃないか。

どうせ。
奮えて。
昇って。
眠れない。
夜を過ごしていたのだ。

勿体ぶらないで。
出て来いよ。
一緒に。
派手に。
夜をブッ飛ばせ。

眠れない。
眠りたくない。
そんな夜が。
長いこと。
続いているのだ。

帳が下りて。
闇が広がって。
すると。
どうにも。
止まらなくなるのだ。

震えて。
昂って。
冴えてきて。
蠢く気配に。
反応して。

奮えて。
昇って。
痺れてきて。
息吹の兆しに。
感応して。

闇を。
揺り動かす。
その音に。
合わせて。
動き始める。

闇を。
目覚めさせる。
その声に。
合わせて。
転がり始める。

さぁ。
隠れてないで。
勿体ぶらないで。
弾けて。
飛びだして来いよ。

夜をブッ飛ばせ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/21 Thu *だから今夜も / Queen

20171221queenrocks


もう。
理由も。
理屈も。
そんなものは。
どうでもいい。

そう。
言い訳も。
照れ隠しも。
そんなものは。
止めてしまおう。

あぁ。
素直に。
正直に。
なってしまおう。
認めてしまおう。

これが。
こいつが。
感じたかったのだと。
それだけなのだと。
それしかないのだと。

これを。
こいつを。
求めていたのだと。
それが総てなのだと。
それが唯一なのだと。

だから。
今夜も。
ここで。
こうして立っているのだと。
そう宣言しよう。

『Queen Rocks』'97年リリース。
アルバム・タイトル通りにロックなナンバーを集めたクイーンの2枚組編集アルバム。
ブライアン・メイに言わせると、ドライヴに最適なクイーンのアルバムだとか。
ロックなナンバー・・・と言うことで過半数がブライアンの手によるナンバーになっていて。
この偏りは如何なものかとも思いますが。まぁ、企画が企画ですからね。致し方ないのかな。
結果として。ブライアンのギターを、これでもかと堪能できるアルバムとなっています。
もしフレディ・マーキュリーが存命だったら、異なる性格、異なる結果となっていたかも。
まぁ、フレディが健在だったら。そもそもこの手の企画自体が必要とされなかったかな。
さて。元々、クイーンはブリティッシュ・ハード・ロックの新世代として世に出てきて。
特に3rdアルバム辺りまでは、レッド・ツェッペリンの後継者みたいな感じもあって。
そこまでがクイーンなのだと言う頑なファンも実は結構多かったりもするのですよね。
勿論、その範疇に収まらなかったからこそのクイーンであったとも言えるのですが。
だからこそ、ハードにロックするクイーンの姿を忘れたくないなと言うか。
時に、そんなハードなクイーンを集中して聴きたくなる時もあるのですよね。
そして、また。その実。クイーンの根底、骨格にはそんなロックなナンバーが常にあったと。
そんな姿を再認識する為にも。このアルバムは結構大きな意味があったかなと思うのです。
ブライアンとロジャー・テイラーはハード・ロックが大好きだったわけですしね。
フレディのシャウトも、ハード・ロックの新たな水平線を目指すには相応しかったと。
ガツンとクイーンにロックを、クイーンのロックを注入するには最適なアルバムなのです。
A面頭の「We Will Rock You」「Tie Your Mother Down」「I Want It All」の連発なんて。
もう震えが来るくらいにカッコいいのですよね。直球と言えばあまりに直球ですが。
いやいや。無理もないとは言え。フレディの死後、その姿がやや歪められている感もあって。
だからこそ。こんなクイーンの聴き方もあっていいなとね(一般的な評価は低い様ですが)。

もう。
道理も。
筋合も。
そんなものは。
どうでもいい。

そう。
申し訳も。
自己弁護も。
そんなものは。
止めてしまおう。

あぁ。
率直に。
真直ぐに。
なってしまおう。
認めてしまおう。

これに。
こいつに。
震えたかったのだと。
それだけなのだと。
それしかないのだと。

これは。
こいつは。
逃しはしないと。
それが総てなのだと。
それが唯一なのだと。

だから。
今夜も。
ここで。
こうして踊っているのだと。
そう宣言しよう。

そうさ。
きっと。
どこか。
おかしいのだろう。
それがどうした。

そうさ。
きっと。
どこか。
ずれているのだろう。
それでどうした。

そうさ。
きっと。
どこかが。
間違っているかもしれない。
それがどうした。

そうさ。
きっと。
どこかで。
外れてしまったかもしれない。
それがどうした。

そうさ。
きっと。
だから。
面白くて仕方がないのさ。
それでいい。

そうさ。
きっと。
だから。
楽しくて仕方がないのさ。
それがいい。

そうさ。
ロックが。
そいつが。
好きなんだ。
大好きなんだ。

だから。
今夜も。
ここで。
このままで。
そのままで。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/18 Mon *今年もこの日が / The Rolling Stones

20171218onair


どうも、旦那。
なんでぇ、お前か。
ご無沙汰しまして。
一年振りか。てことは、またあの日か。
へい。お誕生日、おめでとうございます。
おう、ありがとうよ。幾つになっても目出てぇわな。

おいくつになれらましたかは?
おう、その七十と四だろう。
おっ、未だ、呆けてはいやせんね。
馬鹿野郎、俺には呆けなんざ無縁なんだよ。
流石は旦那だ。そうこなくちゃね。
おう、その、なんだよ。見くびるんじゃねぇよ。

いやぁ、でも、その、あれですよ。
あれって、なんなんだよ?
いや、ツアーも終わってお疲れかと思ったんですが。
おう、あんなもんよ、てぇしたことでもねぇよ。
そ、そうでやすね。まぁ、何とかの冷や水ってね・・・
ん?なんだ?なんか言ったか?

いやいや。ところで。あれですよ、旦那。
どれだよ?
待望のBBC音源のオフィシャル・リリースでやすよ。
おう、どうでぃ。まぁ、待たせちまったがな。
まったく、待たせすぎですよ。おかげで、どれだけブートとやらに。
馬鹿野郎、あれだよ。俺はな、いつ出しても良かったんだよ。

そうなんでやすか?それにしては随分と・・・
まぁ、あれだよ。例によってミックの野郎がだなぁ。
へ?またミック社長がなにか?。
ものにはタイミングがあるとか、なんとか、細かいことをよぉ。
そうなんでやすか?でも、そこがミック社長のいいところなんじゃ?
そりゃ、そうだけどよ。音質も向上させるんだとか、なんだとか。
でも、どうなんです?旦那もいい音で聴きたかったんじゃねぇですかい?
おっ、ま、まぁな、そりゃ、いいにこしたことはねぇわな・・・

『On Air』'17年リリース。
ザ・ローリング・ストーンズのBBC音源を編集した2枚組アルバム。
アナログ盤2枚、4面に全32曲。待望の公式リリースです。
まぁ、これまで散々、海賊盤、ビートレッグで耳にできた音源ではありますし。
ビートルズの『Live at the BBC』から遅れること約四半世紀でもありますし。
何故、もっと早く世に出せなかったのかとの疑問、不満はあるのですが。
まぁ、こうして公式に決定版がリリースされたことを喜んで受け容れようかなと。
'63年~'65年の間に放送された、あの時代の空気の中に放たれた。
若き日のストーンズの蒼く熱い姿、その雄姿がクッキリと捉えられているのですから。
胸、踊らないわけがないのですよね。海のものとも山のものともわからなかった頃から。
シーンの最前線へと躍り出て、一気にトップへと駆け上っていった。
その時代を、その熱気、その空気を。こうしてオリジナル・アルバムとは異なる音源で。
また追体験できる。その事は、やはり例えようもない幸せなことだと実感できるのです。
ストーンズに限らず。この時代のBBCに多くの独自の録音が遺されているのは。
英国独自の演奏家組合の力が強くて。放送局でレコードを放送する時間に制限があって。
悪法の類だとは思いますが。結果としてそれが多くの貴重な音源を生むことになったと。
当時は誰もその価値にも気づいてもいなかったのでしょうが。結果的に有難かったなと。
ストーンズにしても、公式に録音が遺されていないナンバーが何曲もありますし。
公式に録音されているナンバーでもアレンジが大幅に異なっているものもあったりして。
そこに窺える試行錯誤する様も含めて。ブルース、R&B、そしてロックンロールに。
真摯に向き合うストーンズの生々しい姿。それに何とも痺れてしまうのです。
特に、キースとブライアンの2本のギターの絡みとか、ブライアンのブルース・ハープとか。
スタジオの空気までも共有できそうで。堪らないものがあるのです。

ところで。旦那。
おう、なんでぃ。
どうせなら、ここはひとつ。あれじゃないですかい。
ひとつ。あれって、なんなんだよ?
へい。久し振りに昔のナンバーもツアーでやってみちゃ?
おう、まぁ、それもありなんだろうけどよ、そうなんだけどよ。

なんです?歯切れが悪いですねぇ、らしくもない。
おう、そこはよ。そのなんだよ。わかるだろ?
いや、なんのことやら・・・
馬鹿野郎、お前ねぇ、すっ惚けてんじゃないよ。
流石は旦那だ。お見通しでやすねぇ。
おう、その、あれだよ。ほら、メンバーにも色々とあるだろうが。

そうでやすねぇ。
今更、かび臭いナンバーなんかやれるかって奴もいるからよぉ。
そこは、あれですよ。旦那がガツンと一発かましてやれば・・・
馬鹿野郎、バンドってのはそんな単純なもんじゃないんだよ。
そうでやすね。しかし旦那、配慮はしても・・・
遠慮はするなってんだろ、わかってるんだよ。そんなことは。

しかし。なんですよ、旦那。
なんだよ?
折角、半世紀振りに思い出したナンバーもあるんじゃ。
おう、そりゃぁよ。懐かしくってなぁ。愛情が蘇ったりなぁ。
じゃぁ、それをツアーでやらねぇって手はないでしょうよ。
馬鹿野郎、だから。あれだよ。俺だけだったら。あれなんだよ。

いいんじゃないですか。偶には「街で闘う男」やらなくても。
おう、そうか。いや、俺もそう思わねぇでもねぇんだが。
そうですぜ。旦那。なんなら「春をひさぐ女たち」も外してもらっても。
お前、そいつは流石に大胆過ぎやしねぇかよ・・・
そうでやすかね、でも「ただのロックンロールさ」はもういいでやしょ。
おう、あの曲は妙な賛歌みたいになっちまってるしなぁ。
ここはあれですよ。「お前を失う」とか「安奈?」は本当にスパッと止めましょう。
おう、そうだな。その辺りは俺も飽き飽きしてるんだよ。

おっ、本音が出てきましたね。そう、こなくっちゃ。
あれだな「悪魔への共感」もいらねぇよな。
えっ、そいつもですかい。そいつは流石にまずいんじゃないですかい。
馬鹿野郎、ライヴではミックの見せ場を作る為にやってるんだろうが。
おっと、失礼しやした。しかし、ミックの社長が怒りませんかね?
いいんだよ。大体、ミックばかりが目立ち過ぎなんだよ・・・

じゃぁ、旦那の見せ場を作る為にですよねぇ。
おう、何でも言ってみねぇ、ここまできたら、何でもありだ。
「幸福」も「向こうへ滑る」も外しちゃいましょう。
馬鹿野郎、俺の数少ない持ち歌を削ってどうすんだよ。
代わりに「貝多芬をぶっとばせ」とか「門非斯、典尼西」とかどうですかい?
お、おう、そいつは、いいな。チャックの野郎に聴かせてやりてぇしなぁ。

どうです。旦那?
でもよぉ、ミックがなぁ、五月蝿いしなぁ、チャーリーもよぉ・・・
何を言ってるんですか、旦那、旦那あってこそのストーンズでしょうが。
お、おう、そう、そうだな。まぁ、ロニーは俺の言いなりだしなぁ。
でやしょ。こいつは決まりですな旦那。
おう。ところでお前は今度のアルバム、ちょいとやり過ぎなとこがあると思わねぇかい?
嫌ですねぇ、旦那。わかってやすよ。あれでしょう。ちょいとお耳を・・・
おっ、なんでぇ、そうか、それなら俺と一緒じゃねぇか。よし、飲もう。今夜は飲み明かすぞ。

旦那、お誕生日、おめでとうございます。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/17 Sun *冷めやらぬ、醒めやらぬ / The Flying Burrito Brothers

20171217burritpdeluxeusorg


冷めやらぬ。
そんなものがある。
とうの昔に。
消え去った筈なのに。
未だ熱を放っているものがある。

燃え盛るわけでなく。
熱く滾るわけでもなく。
しかし。
確かに。
この身の内で熱を放っている。

ふと。
懐に手を入れて。
その熱を感じて。
我に戻って。
思いを新たにしたりもする。

そう。
一度灯した灯りは。
その熱は。
簡単には。
消えはしない、冷めはしない。

そいつと共に。
歩み。
転がり。
なんとか、かんとか。
ここまで来たのだと。

冷めやらぬ。
そんなものがあるから。
未だに。
諦めきれずに。
もがき続けているのだと。

『Burrito Deluxe』'70年リリース。
フライング・ブリトー・ブラザーズの2ndアルバム。
そしてグラム・パーソンズが参加している最後のアルバム。
バーズの乗っ取り(?)に失敗したグラムと同調したクリス・ヒルマン。
バーズを追われた2人が中心となり結成されたフライング・ブリトー・ブラザーズ。
前作のリリース後にメンバー・チェンジがあって。クリスがベースに転向。
そしてあのバーニー・レドンが新たにギタリストとして加わっています。
肝心のグラムですが。アルコールと薬物への耽溺が一層深まっていたとのことで。
ソングライティングにしろ、そのヴォーカルにしろ。やや精彩を欠いている感もあるかな。
もともと不安定で気まぐれで。その脆さこそが魅力のグラムなのですが。
レコーディングに全面的に参加できない程に。集中力を欠く状態だったとも。
それでも。そう、夢うつつの如きそのメロディと、その歌声には惹かれて止まないのですが。
さて。全編に渡ってそんなグラムの不調をバンドとしてフォローしようとの姿勢があって。
新たに加わったバーニーのギターがバンドを牽引して新風を吹かせてもいるかなと。
後のイーグルス時代よりも、このアルバムでのバーニーが生き生きしている様に思えます。
故に、明るく弾ける様なサウンドが前面に出ていて、それが心地よく響いてくるのです。
その中にあって。あのグラムの。陰り、不安、欠落、諦念・・・そして消せない希望。
世界に絶望して。破滅的な生を選びながらも、冷めない熱の様な希望への希求。
それが、やはりこのアルバムの根底を支える最大の魅力であり個性ではあるかなと。
特に「Wild Horse」における漂泊感、そして諦念を感じさせるヴォーカル、歌声の見事さ。
静かに、しかし確かに深いところから放たれる熱、決して冷めることの無い熱。
それが、聴く者には覚めることの無い夢を見せ続けるのだと思うのです。

覚めやらぬ。
そんなものがある。
いつかの日に。
敗れ去った筈なのに。
未だ彷徨っているものがある。

燃え上がるわけでなく。
声高に叫ぶわけでもなく。
しかし。
確かに。
この身の内で蠢いている。

ふと。
胸に手を当てて。
その動きを感じて。
我に返って。
思いが蘇ったりもする。

そう。
一度見た夢は。
その像は。
簡単には。
消えはしない、醒めはしない。

そいつと共に。
流れ。
流離い。
なんとか、かんとか。
ここに辿り着いたのだと。

醒めやらぬ。
そんなものがあるから。
未だに。
捨てきれずに。
足掻き続けているのだと。

冷めない。
冷めようとしない。
熱が。
この身の内に。
あると言うこと。

醒めない。
醒めようとしない。
夢が。
この身の内に。
あると言うこと。

懐に手を入れて。
その熱を感じて。
胸に手を当てて。
その動きを感じて。
思い蘇り、思い新たに。

一度灯した灯りは。
その熱は。
一度見た夢は。
その像は。
冷めはしない、醒めもしない。

そいつと共に。
歩み。
転がり。
流れ。
流離い。

冷めやらぬ。
そんなものがあるから。
醒めやらぬ。
そんなものもあるから。
だから。

不安。
諦念。
絶望。
それでも消せない。
希望、希求。

もがき続けて。
足掻き続けて。
そう。
冷めやらぬ。
醒めやらぬ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/16 Sat *未来は奴等の手の中 / Canned Heat

20171216futurebluesusorg


認めたくは無いが。
冷静に考えれば。
もう既に。
未来は奴等の手の中。
そう言うことだ。

自分達の。
利益だけ。
それだけが。
守られれば。
それでいいと。

異なるものは。
認めない。
異なるものは。
除いてしまう。
それでいいと。

思想も。
信条も。
同じくするものだけを。
旗の下に集めて。
振りかざす。

そんな奴等が。
この世界の。
未来を手にしている。
未来を握っている。
絶望が頭上に覆いかぶさる。

そんな。
旗の下になど。
集いたくはない。
奴等の思い描く未来になど。
加わりたくはない。

『Future Blues』'70年リリース。
キャンド・ヒートの5枚目となるアルバム。
宇宙空間で上下逆さまになった星条旗を。
あの硫黄島の写真の如きポーズの宇宙服を着たメンバーが掲げようとしている。
このジャケットが問題視され。発売を見送るレコード店もあって商業的には低迷したと。
ベトナム戦争ただ中のあの時代。ブルース・マニア、ブルース一筋。
そんなキャンド・ヒートも時代とは無縁ではいられなかったと言うことか。
否、むしろ。古き良きブルースを愛するキャンド・ヒートだからこそ。
米国が、世界が失おうとしているもの、破壊しようとしているものにもの申せたのかも。
このアルバムが遺作となってしまったアル・ウィルソンはアポロ計画にも危惧を抱いて。
(逝去後にジョン・リー・フッカーとの共演アルバムがリリースされましたが)
米国が月までも破壊してしまうと警告を発していたのだとか。
思えば。ブルースは労働課であり、愛憎の歌であり、そして社会への抵抗の歌であり。
そんなブルースを骨の髄まで愛していたアルやボブ・ハイトです。
自然とその反骨の魂を引き継いでいたとしても何ら不思議では無いのですよね。
さて。ブルースのカヴァーをやりなら。マニアらしく、そのアレンジに個独特の個性が光る。
それこそがキャンド・ヒートなのですが。このアルバムでも随所に唸らされるものがあって。
スロー・ブルースをロックに。逆にオリジナルよりテンポを落としてアーシーにとか。
アルとボブのブルースに対する愛情の強さと、理解の深さが存分に伝わってくるのです。
ストーンズ・ファンにも馴染みヴ回ハーヴィ・マンデルがギターで参加しているのですが。
そのサイケデリックでスペーシーな感覚もあるプレイが新たな魅力を付加してもいます。
どんな時代、どんな世界になろうとも。どんな時代、そんな世界にされようとも。
己の愛するもの、信じるものは変わらない、渡しはしない。そんなキャンド・ヒートの矜持に胸を打たれます。

わかってはいたが。
歴史を振り返れば。
遥か昔から。
未来は奴等の手の中。
そう言うことだ。

自分達の。
権益だけ。
それだけが。
続いていけば。
それでいいと。

異なるものは。
許さない。
異なるものは。
消し去ってしまう。
それでいいと。

主義も。
信念も。
同じくするものだけを。
旗の下に集めて。
駆り立てる。

そんな奴等が。
この世界の。
未来を手にしている。
未来を握っている。
絶念が足下から這い上ってくる。

そんな。
旗の下でなど。
駆り立てられたくはない。
奴等の思惑通りの未来になど。
与するつもりなどない。

変わっていく。
壊れていく。
世界の形が。
失われていく。
崩れ去っていく。

加速する。
暴走する。
時代の流れが。
濁流となって。
総てを飲み込んでいく。

共感も。
共鳴も。
取り残され。
置き去りにされ。
行き場を見失っている。

拒絶と。
排除が。
わがもの顔で。
のし歩き。
席巻しようとしている。

異なるものは。
認められない。
除かれてしまう。
許されない。
消し去られてしまう。

思想も。
信条も。
主義も。
信念も。
同じくするものだけが。
同じ旗の下に集って、そこだけが世界だと言う。

未来は奴等の手の中。
もう既に。
遥か昔から。
そうだとしても。
それだからこそ。

そんな旗の下になど。
集いはしない。
そんな未来になど。
加わりはしない。
ただ、今、この時を生き続ける・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/15 Fri *過ぎる浪漫に / Rickie Lee Jones

20171215rickieleejonesusorg


浪漫。
その地平から。
どうしても。
離れられない。
そつが困りもの。

そうだとしても。
浪漫に過ぎるとしても。
この思いから。
逃れられない。
そうならば。

今宵は。
ここにはいない。
あの娘のことを。
思わずにはいられない。
そう言うことだ。

傍に。
いられないのなら。
この思いだけ。
送ろうと。
届けばいいなと。

この身は。
自由にならなくても。
この心は。
いつも自由と共にある。
そうならば。

恋する心。
この思い。
浪漫にまみれても。
あの娘の下へと。
願いを込めて。

『Rickie Lee Jones』'79年リリース。
思わず見惚れてしまわずにはいられない。ため息をついて。
恋をせずにはいられない。そんなジャケットも魅力的な。
リッキー・リー・ジョーンズの記念すべき1stアルバム。
当時の邦題を『浪漫』と冠されていて。何とも素晴らしい邦題だなと。
リッキーのこの姿、そして歌声は。男の浪漫を掻き立てるのだよなと。
日本盤のライナーに載っているリッキーの写真がまた実に魅力的だったのですよね。
(今回、載せているのは米国盤で。アルバム・タイトルの色も日本盤とは異なっています)
シカゴ出身のリッキー。十代半ばには家出を繰り返して。その後、放浪生活へと。
ロサンゼルスに流れ着いて。トム・ウェイツと恋に落ちて。同棲生活を送って。
その頃から本格的に音楽活動を始めたのかな。ローウェル・ジョージの目に留まって。
ローウェルがソロ・アルバムでリッキーのナンバーを取り上げて。
それがきっかけでワーナー・ブラザースと契約。豪華なバックを従えてデビューしたと。
この時、リッキーは25歳だったのかな。どちらかと言うと遅咲きだったのですが。
それまでの様々な経験が生かされた実に魅力的で素晴らしいアルバムとなっています。
その、物憂げで、気怠くて。でも艶やかで、深く濃い色香の漂う歌声。
そしてジャージーで、ざらつく様で。でもその実、キャッチーでもあるメロディ。
ローウェルが取り上げた「Easy Money」も印象手的ですが。やはり「Chuck E's In Love」。
そう邦題「恋するチャック」が、何とも堪らなく耳に残るのですよね。
トムと同棲している頃に、つるんでいたクラヴの皿洗いをしていた実在の人物がいて。
その彼、チャックが落ちた恋の物語、その実話を下に書かれたと言うこのナンバー。
これ以降も魅力的なアルバムをリリースし続けているリッキーですが。
この一曲と言われたら。デビュー曲である「恋するチャック」かなと。何せ一目(?)惚れだったので。

浪漫。
その地平から。
どうしても。
飛び立てない。
そつが弱りもの。

そうだとしても。
浪漫に溺れているとしても。
この思いから。
遁げられない。
そうならば。

今宵も。
ここにはいない。
あの娘のことを。
思わずにはいられない。
それだけのことだ。

隣に。
いられないのなら。
この思いだけ。
遣わそうと。
届けばいいなと。

この身は。
自由が利かなくても。
この心は。
いつも自由で膨らんでいる。
そうならば。

恋する心。
この思い。
浪漫に囚われても。
あの娘の胸へと。
祈りを込めて。

目を閉じて。
耳を澄ませる。
それでいい。
それだけでいい。
後は思うだけ。

心を落ち着かせ。
感覚を呼び覚ます。
それでいい。
それだけでいい。
後は願うだけ。

手を伸ばして。
想像を羽ばたかせる。
それでいい。
それだけでいい。
後は祈るだけ。

この身に。
自由は無くても。
この心は。
自由の中にある。
そうならば。

浪漫に過ぎるとしても。
浪漫に溺れているとしても。
この思いから。
逃げはしない。
遁げもしない。

浪漫。
その地平から。
離れはしない。
飛び立ちもしない。
殉じても。

浪漫にまみれても。
浪漫に囚われても。
恋する心。
この思い。
あの娘へと。

過ぎる浪漫に溺れていたい・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/14 Thu *その挑戦は / Jackie De Shannon

20171214jackie


その挑戦は。
なかなか。
理解されないかもしれない。
簡単には。
実を結ばないかもしれない。

何せ。
目立つものでも無いし。
地道なものになるだろうし。
その成果は。
目には見えにくいし。

その上に。
前例も無ければ。
取り除くべき。
障壁は多いし。
根回しも必要だし。

だから。
必要なことだと。
やらなければいけないと。
知りながら。
わかっていながら。

ここまで。
いままで。
誰も挑みもしなかった。
否、挑むことを。
誰も思いもしなかった。

それを。
やろうと。
成し遂げようというのだから。
その挑戦には。
意義があるのだ。

『Jackie』'72年リリース。
窓から差し込む陽光に照らされて横たわる。
そんな美しく、優しいジャケットも印象的な。
ジャッキー・デ・シャノンのアトランティックで初めてのアルバム。
ソングライターとして、シンガーとして長いキャリアを持つジャッキー。
この時点で既にデビューして十年以上の言わばベテランだったのですが。
新たな挑戦として。サザン・ソウルへの接近を試みることになって。
ジェリー・ウェクスラー、アリフ・マーディン、トム・ダウドがプロデュース。
録音はメンフィスのアメリカン・スタジオで手練れの面子を従えてと。
ジャッキー、そしてアトランティックの意気込み、力の入れ様が伺えます。
全12曲中、ジャッキーのナンバーは4曲。後はニール・ヤングやヴァン・モリソンなど。
他人のナンバーをカヴァーしていますが。どのナンバーも等しくジャッキーの色に。
ここらの統一感も、このアルバムに対する並々ならぬ思いが結実したものかと。
ソウル、カントリ、ゴスペル、そしてロック。それらが融合されてグルーヴを生んで。
そのグルーヴに乗って、何ともご機嫌で心地よい歌声を聴かせてくれるジャッキー。
サザン・ソウル、そしてスワンプ・ロックの傑作と呼びたくなる素晴らしさです。
ダスティ・スプリングフィールドや、ルルにも同様な試みのアルバムがあって。
それらと同じ低奏通音が流れていると言うか、相通じる香りがするアルバムでもあります。
残念ながらその内容の素晴らしさにも関わらず、商業的な成功は得られなかったのですが。
偶然レコード屋で耳にしたニールのカヴァーである「Only Love Can Break Your Heart」...
そのジャッキーの歌声に一瞬で恋に落ちてしまった自分としては。
どうにも応援せずにはいられないジャッキーの挑戦であり、愛さずにはいられないアルバムなのです。

その挑戦は。
なかなか。
共感されないかもしれない。
簡単には。
花が開かないかもしれない。

何せ。
華やかなものでも無いし。
地味なものになるだろうし。
その成果は。
定量では測れないし。

その上に。
先例も無ければ。
取っ払うべき。
関門は多いし。
駆け引きも必要だし。

だから。
肝心なことだと。
立ち上げなければいけないと。
知りながら。
わかっていながら。

いまの。
いままで。
誰も試みもしなかった。
否、試みることを。
誰も思いもしなかった。

それを。
やろうと。
やり遂げようというのだから。
その挑戦には。
意味があるのだ。

よく。
手を挙げてくれた。
乗り込んでくれた。
ついてきてくれた。
支えてくれた。

そして。
自ら。
歩き出し。
走り出し。
飛び込んで。

躓いても。
転んでも。
怯まずに。
立ち上がり。
諦めることなく。

笑顔と。
明るさと。
粘りと。
繊細さと。
豪胆さを武器に。

障壁を。
関門を。
一つ、一つ。
切り崩していこうと。
開放していこうと。

何よりも。
大いなる。
愛情、愛を以て。
成し遂げようと。
やり遂げようと。

地道なことを。
地味なことを。
厭いもせず。
歩み続ける。
その姿は。

応援せずにはいられない。
支援せずにはいられない。
共鳴せずにはいられない。
その挑戦は。
それだけの価値があるのだ。

ただ。
一つ。
その愛の強さ。
その愛の深さ。
それ故に傷つかないことを、願ってもいる。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/13 Wed *いろいろ / Judy Collins

20171213inmylife


柔と剛。
それだけではなく。
様々な。
面を。
併せ持っている。

恐らく。
人間なんて。
みんな。
そんなもの。
そんなところ。

その時。
その場所。
それによって。
どの面が出るか。
どの面を出すか。

無意識だろうと。
意識していようと。
いずれにしろ。
そいつを。
使い分け、重ね合わせ。

そうして。
いままでも。
いまも。
これからも。
やっていく。

男も。女も。
誰でも。
人間いろいろ。
そいつが。
面白い。

『In My Life』'66年リリース。
ジュディ・コリンズの6枚目となるアルバム。
ジュディと言うと。「Both Sides Now」とか「Amazing Grace」の印象が強くて。
その「Both Sides Now」はこのアルバムの翌年にヒットを記録していますが。
従前はジョーン・バエズなどと共にフォークの世界の人とのイメージがあったのを。
このアルバムで、より幅広い層にアピールする方向へと向かい。
それが「Both Sides Now」のヒットへと繋がっていったのかなとも思われます。
ボブ・ディラン、レナード・コーエン、ランディ・ニューマン、ドノヴァン、ビートルズ。
更にはクルト・ワイルの作品までも取り上げて。多彩な歌声と表現で魅せてくれます。
どうしても。清楚で穏やかで、と言ったイメージを抱いてしまうのですが。
幅広い層、世界を見据えたかが故か。このアルバムでのジュディの歌声は力強くて。
決してシャウトするとか、声高に迫ると言ったことはないのですが。
その力強さには、芯の太さを感じさせるものがあって。そうなのだなと。
ジュディにも、様々な面があって当然だよなと。そんなことに気づかされもするのです。
そして。やはり包み込む様な温かさ、優しさも併せ持っていて。それがまたいいなと。
そんな様々な面、多彩な歌声と表現。その中でも白眉なのはやはり「In My Life」で。
数多あるこの名曲のカヴァーの中でも。これだけのものは、そうは無いかなと。
アコギとベース。それだけのシンプルなサウンドをバックに歌われていて。
ジュディの歌声の力強さ、温かさ、優しさ。そして美しさ。それらが凝縮されていて。
耳を傾けていると、自然と引き込まれてしまいます。夫々の人生の幾つかの場面。
そんなものを聴く者に想起させる。そんな力もジュディの歌声にはあるのです。

喜と怒。
それだけではなく。
様々な。
面が。
糾い訪れる。

恐らく。
人生なんて。
誰も。
そんなもの。
そんなところ。

その時。
その場所。
それによって。
笑えることもあれば。
昂ぶり震えることもある。

好もうと。
好まざると。
いずれにしろ。
そいつを。
繰り返し、積み重ね。

そうして。
いままでも。
いまも。
これからも。
巡っていく。

老いも。若きも。
誰もが。
人生いろいろ。
そいつが。
面白い。

表と裏。
それだけではなく。
様々な。
面を。
併せ持っている。

哀と楽。
それだけではなく。
様々な。
面が。
糾い訪れる。

恐らく。
人間なんて。
誰も。
そんなもの。
そんなところ。

恐らく。
人生なんて。
みんな。
そんなもの。
そんなところ。

老いも。若きも。
誰もが。
人間いろいろ。
そいつが。
面白い。

男も。女も。
誰でも。
人生いろいろ。
そいつが。
面白い。

人間いろいろ。
人生いろいろ。
それでいい。
そいつがいい。
だから面白い。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/12 Tue *裏返し / The Kinks

20171212somethingelsebythekinksukor


そう。
そいつは。
裏返し。
反対側にこそ。
真実はある。

いま。
この時。
この胸にあるもの。
そいつも。
裏返し。

温かさに。
包まれている。
そう感じる。
その時には。
凍えている。

明るさに。
触れている。
そう感じる。
その時には。
見失っている。

そう思う。
そう感じる。
それは。
そう思いたいだけ。
そう感じたいだけ。

そうさ。
憧憬は。
実のところ。
激しい嫉妬の。
そいつの裏返し。

『Something Else By The Kinks』'67年リリース。
実に何とも、英国の香り漂うキンクスの傑作アルバム。
キンクスにとっては英国での5枚目となるこのアルバム。
このアルバムから、いよいよキンクス、レイ・デイヴィスが本領を発揮したかと。
その実に、アイロニカルで孤高で。そして何とも愛しくも儚い世界。
世界中がフラワー・ムーブメントやサイケデリックに向かっている時代に。
一人、喧騒から離れて。日向ぼっこをしながら、散歩をしながら。
見るとは無しに、人々の姿を目で追いながら、空想の世界で物語を編んでいると。
子供から大人まで。男女問わずに。市井の人々に寄り添いながら。
その様々な物語を皮肉たっぷりに、しかし温かく描いていく、紡いでいくと。
そんな短編の、連作小説集を読んでいる気分にさせられるアルバムなのです。
ロックンロールもあれば、トラッドやボサノヴァを思わせるナンバーもあって。
そして何とも、レイにしか書けないであろう美しいメロディもそこかしこに顔を出して。
そのメロディの美しさと、どこか空回りに聴こえるロックンロールとの取り合わせ。
明らかにキンキーなロックンロール・バンドとは異なる世界へと向かってもいて。
この後、その道を突き進むレイと、違和感を覚えたデイヴの兄弟の確執も生んでいくと。
それにしても。つくづくレイと言う人は。英国の市井の人々、労働者階級の人々。
そのあり様、その生活、その人生をよく見ている、そして愛していたのだなと。
「David Watts」から「Waterloo Sunset」まで。その徹底した愛情は偏執気味でもあって。
そこには強い憧憬と。その裏返しである激しい嫉妬すらも感じてしまうのですよね。
自分が生きられなかった、なれなかった。そんな人生、そんな人間への憧憬と嫉妬。
そこに、労働者階級の人々、総ての思いを代弁しようとする意図を見るのは穿ち過ぎかな。
でも。描かれている物語。その憧憬と嫉妬が多くの人々の共感を得たのは確かだと。
そう思いながら。「David Watts」を、そして「Waterloo Sunset」をこよなく愛している自分もその一人なのだと・・・

そう。
こいつも。
裏返し。
反対側にこそ。
事実はある。

いま。
この時。
この手にあるもの。
こいつも。
裏返し。

優しさを。
手にしたと。
そう感じる。
その時には。
飢えている。

煌めきを。
掌の中にと。
そう感じる。
その時には。
暗闇の中。

そう思う。
そう感じる。
それは。
思い込んでいるだけ。
錯覚しているだけ。

そうさ。
憧憬は。
いつだって。
激しい嫉妬の。
そいつの裏返し。

憧れて。
夢を見て。
それで。
それだけで。
いいのだと。

それで。
夢の欠片でも。
この胸に。
この手に。
できればいいと。

それで。
十分だ。
満足だと。
胡麻化しては。
みたところで。

温かさも。
明るさも。
優しさも。
煌めきも。
何も無いのだと。

総ては。
ただの。
思い込み。
錯覚に。
過ぎないのだと。

それに。
気づく時。
気づかされる時。
憧れは。
妬みであったと。

夢を見る。
それでは。
満足できないのだと。
そして。
満足する日はこないのだと。

真実。
事実。
そいつは。
反対側にある。
裏返し。

夕陽の中で。
その輝きに。
憧れながら。
取って代わりたいと。
妬んでいるのだ・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/11 Mon *叫べ! / Lulu

20171211somethingtoshoutabout


さすがに。
幾ら。
傍若無人の。
自分でも。
控えることもあって。

別に。
総ての。
本音を。
晒している訳もなく。
お茶を濁すことも。

そこは。
それで。
察してもらえれば。
いいのだが。
そうも、いかないらしく。

大声で。
土足で。
ズカズカと。
そいつが。
どうにも、こうにも。

癇に障るのだが。
言ったところで。
わかりはしないだろうと。
呑み込んで。
やり過ごしてはみるのだが。

本当は。
そんなことこそ。
そんな時こそ。
大声で。
叫んでやればいいのだろう。

『Something To Shout About』'65年リリース。
ブリティッシュ・ガール・ポップ随一のシャウター、ルル。
その独特の、ド迫力な歌声が何とも魅力的な英国での1stアルバム。
その名を一躍とどろかせたアイズレー・ブラザーズのカヴァー「Shout」で始まって。
先ずはガツンと一撃を食らわされるのですが。この時は未だ15歳だったとか。
どういう育ち方をしたら、こんな歌声を十代で習得できるのか。恐れ入ってしまいます。
このR&Bシンガー、ソウル・シンガーも顔負けな、シャウト、叫び声こそが最大の魅力で。
決して美声ではないものの。どうにも惹かれると言うか。胸を鷲掴みにされるのですね。
マーサ&ヴァンデラスのカヴァー「Heatwave」なんかも実にご機嫌です。
何と言うか。こぶしが効いていると言うか。独特の節回しも特徴的なのですよね。
これだけ歌えたら、気持ちがいいだろうなと。羨望させられるものがあります。
美声ではないどころか。悪声とも言えるのですけどね。それを逆手に取っている感もあって。
どうだと。開き直って。全開でその歌声をぶつけにきている・・・それが心地よいと。
映像観ると。小柄な身体を震わせながら、まさに全身全霊で歌っていたのがわかります。
それでいて。ただの力任せに終わっていないのは。存外に繊細な表現力も持ち合わせていて。
それを端々に、それとなく感じさせるところがまた心憎いのですよね。
ルルは米国でも人気が出て。後年は米国南部でスワンプ色濃厚なアルバムも制作していて。
その根っ子と言うか。それを可能にしたその歌声の底力は、この頃から十分にあったと。
そんなことも感じさせられます。そう、R&Bやソウルに影響されて、やがて米国南部へ。
それは何も、例えばストーンズやクラプトンとかに限った話では無かったと。
そう考えると。ルルの評価、位置づけと言うのも変わってくる気がするのですけどね。
まぁ、何にしろ。そのシャウトには快哉を叫ばずにはいられないのです。

さすがに。
そこは。
傲慢無礼の。
自分でも。
気を遣うこともあって。

別に。
いつでも。
胸中を。
吐き出している訳もなく。
上辺を繕うことも。

そこは。
それで。
汲んでもらえれば。
いいのだが。
それが、出来ないらしく。

声高に。
遠慮なしに。
ドカドカと。
そいつが。
どうにも、こうにも。

苛立たせるのだが。
言ったところで。
理解の外だろうと。
呑み込んで。
見て見ぬ振りを決め込むのだが。

本音は。
そんなことこそ。
そんな時こそ。
大声で。
叫んでやりたくて堪らない。

どうにも。
こうにも。
ズカズカで。
ドカドカで。
無遠慮で。

どいつも。
こいつも。
チョロチョロと。
チョコチョコと。
猪口才で。

五月蝿くて。
煩わしくて。
耳を塞ぎたくなる。
目を閉じたくなる。
膝を抱え込みたくなる。

粟立ち。
波立ち。
限界ぎりぎり。
鳥肌が立ち。
虫唾が走る。

泥仕合を。
演じたくないから。
泥沼に。
嵌りたくないから。
堪えてきたけれど。

お茶を濁すのも。
上辺を繕うことも。
やり過ごすのも。
見て見ぬ振りも。
そろそろ限界。

だから。
扉を閉じたら。
窓を閉めたら。
腹の底から。
叫べ!



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/10 Sun *事の始まり / The Zombies

20171210beginhere


そうだ。
そうだった。
かの日。
かの地で。
あの出会いがあって。

あの日から。
あそこから。
総てが。
転がりだして。
繋がっていって。

いま。
ここまで。
やってきて。
こうして。
ここにいるわけだ。

その間に。
浮くこともあれば。
沈むこともあれば。
離れることもあれば。
再び、近づくこともありで。

それで。
そうして。
自然と。
いい感じに。
いま、再び。何かが。

この日。
この地で。
この。
体と心が。
何かを感じ始めているのだ。

『Begin Here』'65年リリース。
ゾンビーズの英国でのデビュー・アルバム。
所謂ブリティッシュ・インベイジョンのバンドの中には。
英国より米国での人気が高かったバンドも結構いるのですが。
ゾンビーズも同様だったようで。米国でのデビュー・アルバムから遅れること数か月。
漸くと言うか、満を持してのリリースとなったと。心境は複雑だったのか。
何故ならば。この初期のゾンビーズのサウンド。そいつはどうにも英国の香りに満ちていて。
逆に、だから米国で受けたのかもですが。それだけに早く英国で聴かせたかったかなと。
このゾンビーズと言い、マンフレッド・マンと言い。知的で技量も高くて。
それでいて熱いものもあるのだけれど。それをクールに表現してみせる。それが堪らないと。
さて、キービードのロッド・アージェントとベースのクリス・ホワイト。
この2人の優秀なライターを擁していたゾンビーズ。早くからオリジナル・ナンバーも多く。
しかし、このアルバムではR&Bやブルースのカヴァーも聴かせてくれているのですが。
その独特の解釈と言うか。凄く黒いのだけれど。それだけではなく哀愁が漂っている・・・
激しく攻め立ててくるのだけれど。冷静に戦況を見つめている様でもある。
その塩梅が絶妙なのか。兎に角。カッコいいとしか言いようが無いのですよね。
「Road Runner」「I Got My Mojo Working」とか。他のバンドも数多やっていますが。
ロッドのキーボードのクールな響きが、何とも英国的で。それが英国の香りを纏わせるのか。
あの「Summertime」のカヴァーなんて。そのアレンジの見事さ。
ワルツを奏でてもブリティッシュ・ビートを感じさせるのはゾンビーズくらいかな。
そして。そして。「She's Not There」の素晴らしさ。ロッドの手によるこのナンバーの。
どうにも印象に残るメロディとフレーズ。そして哀愁ここに極まれり・・・最高なのです。
この後、何故かヒットに恵まれず。レコード会社を移籍して。あの大ヒット曲が。
その頃には解散していて。そうでなくても既に次の段階へと進んでいたゾンビーズですが。
その、事の始まりは。このアルバムに捉えられた姿であったと。そう感じるのです。

そうだ。
そうだった。
かの日。
かの地での。
あの出会いから。

あの日を。
あそこを。
起点として。
転がり続けて。
繋がりを呼び続けて。

いま。
この時まで。
続いてきて。
こうして。
ここにあるわけだ。

その間に。
忘れようとしたこともあれば。
止めようとしたこともあれば。
忘れてしまった時も。
本当に、止めてしまった時も。

それでも。
こうして。
自然と。
いい流れに。
いま、再び。何かが。

この日。
この地で。
この。
身と魂が。
何かに震え始めているのだ。

何故。
かの日。
かの地で。
出会ったのか。
繋がったのか。

偶然が。
偶然を呼び。
いつしか。
必然が。
必然を呼び。

何故。
ここまで。
転がり続けて。
繋がりが繋がりを呼んで。
途切れようとしないのか。

偶然と。
偶然が重なり。
いつしか。
必然と。
呼ばれるものとなり。

かの日。
かの地で。
この。
体と心が。
何かを感じた。

この日。
この地で。
この。
身と魂が。
何かに震えた。

事の始まりは。
かの日。
かの地。
感じて。
震えて。

この日。
この地。
感じて。
震えて。
事の始まりとなる。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/09 Sat *やってしまおう / The Rolling Stones

20171209outofourheadsusmono


そうさ。
仕組みなど。
枠組みなど。
そんなに。
大したものじゃない。

やりたいと。
思える。
やりたいと。
感じる。
その気持ち。

そいつさえ。
あるのなら。
やってしまえばいい。
やらない手はない。
やってしまおう。

心から。
体から。
頭から。
湧き出でる。
そのままに。

小さなことは。
細かいことは。
おいておけばいい。
放っておけばいい。
やりたいのなら。

そうさ。
このままじゃ。
いまのままじゃ。
納得できないのだから。
満足などできないのだから。

『Out Of Our Heads』'65年リリース。
ローリング・ストーンズの米国での4枚目となるアルバム。
英国での3枚目のアルバムと同一タイトルですが。
ジャケットだけではなく。内容も大きく異なっていて。
基本的にシングルとしてリリースされたナンバーを収録しない英国での方針と異なって。
「The Last Time」そして「(I Can't Get No) Satisfaction」と。2曲のヒット曲を収録。
ここらは、シングル盤のヒットの勢いを逃さずアルバムのセールスにも繋げようと言う。
米国ならではの方針が貫かれているなと。それはそれで狙いとしては悪くないかなと。
(まぁ、ストーンズの意思が強く反映されているのは英国盤だとは思いますが)
結果として編集、選曲が寄せ集め的になってしまって。統一感に欠けるのは致し方ないかな。
米国ではリリースされなかった英国EP盤『Got Live If You Want It !』からも収録されて。
その「I'm Alright」がA面の最後に唐突に飛びだしてくるのにはかなりの違和感が・・・
当時の米国のファンにとっては嬉しいプレゼント、目玉だったかもではありますが。
そんなこと、大したものじゃない、些細なことだと感じさせてくれるのが。
やはり、「(I Can't Get No) Satisfaction」の抜群の存在感なのですよね。凄いのですよね。
今更ですけど。この初めて全米1位を獲得したナンバーのカッコ良さに痺れます。
その昔。一部でオーティス・レディングが作ったナンバーだとのデマが信じられていた。
そんなR&B、ソウルのビートやリズムを拝借して、換骨奪胎してみせて。
ホーン・セクヨンが担う部分を、あのファズ・ギターに担わせた新鮮で大胆な発想と言い。
師匠である、チャック・ベリーの十八番でもある二重否定を用いて訴えかける歌詞と言い。
これはやっぱり。本当に奇跡的なナンバーだなと。こいつがもたらしたものは大きかったと。
よくぞ、ステイプル・シンガーズのパクリに近い「The Last Time」から短期間で飛躍したなと。
そして。デッカ、ロンドン時代のストーンズならではの。やってしまえ感、破天荒さはやっぱりご機嫌だなとね。

そうさ。
ルールなど。
空気など。
そんなもの。
些細なものなのさ。

やりたいと。
思える。
やりたいと。
感じる。
その思い。

そいつさえ。
あるのなら。
やってしまえばいい。
やるしかない。
やってやるしかない。

心から。
体から。
頭から。
溢れだす。
そのままに。

小さなことなど。
細かいことなど。
忘れてしまっていい。
投げ出してしまっていい。
やりたいんだから。

そうさ。
このままじゃ。
いまのままじゃ。
納得なんかできないのだから。
満足などできるわけもないのだから。

やろう。
やるんだ。
やるしかない。
やってしまえ。
やってしまおう。

慣例など。
前例など。
忘れていい。
無くていい。
捨ててしまえばいい。

小さいと。
思えるのなら。
細かいと。
思えるのなら。
出来るはず。

答えなど。
心が。
体が。
頭が。
その反応が教えてくれる。

納得できないまま。
満足できないまま。
そのままで。
悶々として。
過ごすなんて真平御免。

やりたいと。
思える。感じる。
やりたい。
その気持ち。その思い。
そいつだけを武器に。

やろう。
やるんだ。
やるしかない。
やってしまえ。
やってしまおう。

ほら、開けてきたぜ!



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/08 Fri *天邪鬼にうってつけの日 / The Beatles

20171208beatles


天邪鬼で。
結構だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

みんなして。
同じことばかり。
同じ歌ばかり。
みんなして。
同じ方向を見て。

なんなのだ。
乗り遅れたくない。
仲間外れにされたくない。
だから。
大して知りもしないくせに。

わかった様な。
顔をして。
わかった様な。
口をきいて。
群れているだけなのじゃないか。

そんなに。
単純じゃないのさ。
そんなに。
一面的じゃないのさ。
それが魅力だったのさ。

天邪鬼で。
結構だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

『Beatles Ⅵ』'65年リリース。
ビートルズの米国キャピトルでの6枚目のアルバム。
安直で安易なタイトル。しかも6枚の内にはインタビュー・アルバムとか焼き直しとか。
とにかく。キャピトルの仕事と言うのは儲け優先のやっつけ仕事が多くて。
好きにはなれないし、正統なものではないけれど。ところがどっこい。
天邪鬼なビートルズ・ファンの自分としては、こんなアルバムもそれなりに好きなのだ。
当時の米国では一枚のアルバムに収録できる曲数が11曲まで制限があったらしく。
英国でのオリジナル・アルバム収録曲が米国盤の同名アルバムでは泣き別れになる結果に。
このアルバムには米国盤『For Sale』から漏れた6曲が収録されていて。
そこにシングル盤でのみリリースされていたナンバーとか。更には驚くべきことに。
英国盤『Help!』に収録されることになるナンバーを何曲か先行して収録してしまっていて。
ビートルズが米国の市場を重視していたと言うよりは。キャピトルの圧力に屈したのだと。
この金と力にまかせるやり方と言うのが、まったくもって米国らしいと言えば言えるかな。
さて。ヒット曲や、有名なナンバーが含まれていないのも一因か。全米一位にはなっても。
トータルでは当時の米国ではビートルズのアルバムとしては、セールス的にはいま一つ。
まぁ、そうだろうなと。流行りものとしてのビートルズ・ファンには不向きだろうなと。
でも、悪くは無いのだな。「I Don't Want To Spoil The Party」「Every Little Thing」とか。
「Yes It Is」とか。そして「Bad Boy」に「Dizzy Miss Lizzie」も収録されていて。
あの、若きジョン・レノンのご機嫌な歌声が響き渡り、胸に突き刺さるのだから。
そう、まだビートルズに全身全霊で情熱を注ぎ込んでいたジョンの、あの歌声が聴けるのだ。
特にラリー・ウィリアムスのカヴァーである「Bad Boy」「Dizzy Miss Lizzie」この2曲。
そこでの歌声には、ロックンローラーとしての神髄が表れていると、そう思うのです。
だから鬼っ子の様な、こんなアルバムにも愛しさを感じてしまう。つくづく、天邪鬼なのだなと。構わないけど。

天邪鬼で。
上等だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

みんなして。
同じものばかり。
同じ歌ばかり。
みんなして。
同じ空気を読んで。

なんなのだ。
風物詩だとでも言うのか。
流行に乗り遅れたくないとでも言うのか。
だから。
大して愛情もないくせに。

わかった様な。
振りをして。
いかにもで。
訳知り顔で。
集っているだけなのじゃないか。

そんなに。
安くはないのさ。
そんなに。
優しくもないのさ。
それが魅力だったのさ。

天邪鬼で。
上等だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

愛と平和。
そいつを。
語りたいなら。
誰かの言葉を。
借りるなよ。

愛と平和。
そいつを。
願うのなら。
誰かの口でなく。
自分自身で語れよ。

祭り上げた。
誰かに頼るのでなく。
自分自身で。
その言葉で、口で。
ぶち上げてみろよ。

愛と平和。
そいつを。
語るのは。
口にするのは。
簡単じゃない。

愛と平和。
そいつを。
語るには。
口にするには。
覚悟がいるのさ。

誰かを祭り上げる。
その前に。
自分自身で。
その姿勢で、足で。
立ち上がってみろよ。

天邪鬼で。
結構だ。
特に。
今日という日は。
天邪鬼でいたいのだ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/07 Thu *その気にならないで / キャンディーズ

20171207sonokinisasenaide


その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪いところ。
そうなのだ。

直情径行。
どうにも。
こうにも。
火がつきやすい。
燃え上がりやすい。

直ぐに。
周りが見えなくなって。
ただただ。
一直線。
思いのままに走りだす。

だから。
躓く前に。
転ぶ前に。
気をつけて。
気がついたのなら。

その気に。
ならないで。
その気に。
なる前に。
立ち止まって・・・なのだけど。

『その気にさせないで』'75年リリース。
キャンディーズの5枚目のオリジナル・アルバム。
収録曲が総てオリジナル・ナンバーになった2枚目のアルバムでもあります。
その気にならないで・・・と言われても。このジャケットで言うかと思いますが(笑)。
この写真、大磯海岸で撮影されて。スーちゃんが海に落ちたって話もあったなぁ。
同じ写真をジャケットに利用した先行シングル「その気にさせないで」がA面1曲目に。
当時のオリコンでは17位止まりだったと。もっとヒットしていた印象があるのですが。
未だ完全にはブレイクする前だったのですかね。凄く印象的なナンバーで。
何でも元々の歌詞は世に出たものより際どくて。ナベプロからNGが出たのだとか。
サウンドは、もろフィリー・ソウルと言うか、歌謡ソウルと言うか。
そう、スリー・ディグリーズの「にがい涙」を彷彿とさせ、凌駕する完成度の高さで。
よく言われることですが。キャンディーズについていたスタッフの優秀さが伺えます。
更には、その要求に応えてみせるキャンディーズの3人の才能の輝きも見事です。
総ての作曲は穂口雄右で。作詞は千家和也と竜真知子とキャンディーズを支え続けた面々。
その中で「二人のラブトレイン」では初めてミキちゃんの自作詞が採用されています。
実はキャンディーズの総てのオリジナル・ナンバー中、二番目に作詞作品が多いミキちゃん。
その才能の萌芽ともなった記念すべきアルバムでもあったのですね。
その「二人のラブトレイン」はビートの効いた勢いのあるナンバーで実にご機嫌です。
(タイトルはスリー・ディグリーズの「ミッドナイト・トレイン」の影響下にあるかな)
「その気にさせないで」「二人のラブトレイン」を始めとしてライヴの定番ナンバーも多く。
収録されているナンバー、特に3人のコーラスの素晴らしさはやはり特筆ものだと。
歌謡曲でも。洋楽に互するクオリティを発揮できる、その証となるアルバム、そしてキャンディーズなのです。

その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪い癖。
そうなのだ。

猪突猛進。
どうにも。
こうにも。
加速しやすい。
踏み込みやすい。

直ぐに。
周りが消え去って。
ただただ。
一本道。
思いのままに走り続ける。

だから。
怪我する前に。
火傷する前に。
気をつけて。
気がついたのなら。

その気に。
ならないで。
その気に。
なる前に。
歩調を緩めて・・・なのだけど。

これまで。
どれだけ。
どれほど。
躓いて。
転んで。

いままで。
それだけ。
それほど。
怪我して。
火傷して。

直ぐに。
周りを。
見失い。
一直線に。
一本道を。

どうにも。
火がつきやすい。
燃え上がりやすい。
加速しやすい。
踏み込みやすい。

こうにも。
直情径行。
猪突猛進。
思いのままに走りだす。
思いのままに走り続ける。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪いところ。
悪い癖。

その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

そいつは。
わかっているけれど。
どうにも。
こうにも。
浪漫の地平を走り続けてみたくなる。

その気にならないで・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/06 Wed *跨いでいこう / 沢田研二

20171206gsiloveyou


いつのまにか。
別に。
望んだわけでもないのに。
半世紀を。
生き延びてしまって。

あれは。
いつだったか。
世紀の。
代替わりにも。
立ち会って。

そうしたら。
今度は。
どうやら。
元号とやらも。
三つも跨ぐことになりそうで。

まさか。
こんなことになるとは。
こんな目に合わされるとは。
ガキの頃には。
思いもしなかったが。

そうか。
そうだな。
跨がせてくれると。
そう言うのならば。
どうせなら。

今のまま。
今までのまま。
我が儘に。
我が道を。
そのままに。派手に。頑固に。

『G. S. I Love You』'80年リリース。
沢田研二、ジュリーの(たぶん)15枚目のオリジナル・アルバム。
前作『Bad Tuning』から僅か五ヶ月。この頃の勢いを感じさせます。
バンドは前作に引き続きオールウェイズで。このアルバムの後に面子が変わって。
エキゾティックスになったのだと記憶しています。吉田建と柴山和彦が残留したのかな。
さて。アルバム・タイトル通りに。ブームから十数年振りに再びGSに挑むと。
GS、グループ・サウンズへの愛情、オマージュをテーマにしつつ新しい時代と対峙して。
新時代のグループ・サウンズに挑んでいると。それは何かと言うと・・・
当時の言葉で言えば。ストリート・ロックと言うのかな。シンプルなロックンロール。
そいつにジュリーならではの華麗な意匠を施して。派手に、煌びやかに決めてみせると。
歌謡界のトップを疾走していたジュリーですが。その本質はタイガース時代から変わらず。
硬派なロックンローラーであって、ロック・ヴォーカリストとしてもトップであると。
それが時代を超えるものであると、敢えて懐古的ともとられかねないテーマに挑んで。
その存在の大きさ、変わることの無い芯の太さを示したアルバムだと思います。
未だメジャーになる前の佐野元春が3曲ほど提供していて。今ではそれが目玉なのかな。
しかしながら。後にセルフ・カヴァーされるそれらのナンバーですが。
特にヴォーカルに関しては、このアルバムのジュリーの圧勝かなとも思われて。
この当時で、十数年。芸能の世界でトップを張ってきたのは伊達じゃないのだぞと。
その底力を余すところなく伝えてくれているのですよね。流石はジュリーなのです。
たぶん。そのまま懐古的な楽曲、サウンドでアルバムを作っても。成功したと言うか。
寧ろ、その方が世間の受けは良くて、商業的にはより大きな成功を得ていたかもですが。
敢えて、新時代のソリッドなサウンドをバックに歌って見せたと。
そこに、ジュリーの世代や時代を股にかけて。軽々と跨いでいく、そんな頑固な魅力を感じて痺れるのです。

いつのまにか。
特に。
望んだつもりもないのに。
半世紀を。
生きさらばえてしまって。

もはや。
忘れかけているけど。
世紀の。
代替わりにも。
遭遇して。

そのうちに。
今度は。
なんだか。
元号とやらも。
三つ目を跨ぐことになりそうで。

まさか。
こんなところまで来るとは。
こんな目を見ることになるとは。
少し前には。
思いもしなかったが。

そうか。
そうだな。
跨いでくださいと。
そう言うのならば。
どうせだから。

今のまま。
今までのまま。
思う儘に。
我が思いを。
そのままに。派手に。頑固に。

思う間もなく。
いつの間にか。
随分と。
遠くまで。
来た様で。

思いの外。
あっと言う間に。
来てしまった。
それ程に。
近い様で。

時代が。
変わろうと。
世代が。
変わろうと。
世紀を越えようと。

元号が。
移り替わり。
三つ目が。
やってこようと。
跨ぐことになろうと。

昔のまま。
そのまま。
今のまま。
今までのまま。
変わらないものは変わらない。

あの頃も。
いつかの日も。
今も。
今日と言う日も。
変わらないものは変わらない。

今のまま。
今までのまま。
我が道を。
我が思いを。
そのままに。派手に。頑固に。

股にかけて、跨いでいこう。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/05 Tue *旧い奴、旧い男 / 萩原健一

20171205nekkyolive


旧い奴である。
旧い男である。
そいつばかりは。
どうしようもなく。
変えようとも思わない。

好きなもの。
愛するもの。
憧れるもの。
そんなものは。
例外なく時代遅れ。

そいつは。
如何ともし難く。
そして。
それでいいのだと。
腹を括っている。

平成すらも。
終わろうかと言う。
この時代になっても。
そう。
昭和の中にいる。

己の。
根っ子は。
規範は。
矜持は。
あの時代に作られた。

いまどき。
流行らなかろうが。
廃れていようが。
いまも。
胸が熱くなるのだからしかたがない。

『熱狂雷舞』'79年リリース。
萩原健一、ショーケンの2枚組ライヴ・アルバム。
テンプターズ、PYGとしてもライヴ・アルバムはありましたが。
ソロとなってからは初めてのライヴ・アルバムで。
'78年~'79年の全国ツアーから、東京、横浜、大阪、名古屋で収録されたと。
バックを務めるのは柳ジョージ&レイニー・ウッド。3管のホーンも加わって。
大野克夫、速水清司がゲストで参加しているナンバーもあります。
さて。ショーケンです。マカロニ、そして小暮修、アニキのショーケンです。
その歌声、溢れ出る、滲み出る空気がどうしようもなくロックであり、昭和なのです。
その演技、その役柄のままに。その生きざまそのものが掟破りでアウトロー。
そんなショーケンの歌声も。また掟破り、アウトローそのもので。
原曲など知ったことではない、決まり事に構うことはないとばかりに。
フェイクしまくる、崩しまくる。恐らくは毎回、毎回異なっていたのではと。
あまりと言えば、あまりなのですが。そのアウトローな突き抜け方こそがロックなのだと。
「大阪で生まれた女」とか「酒と泪と男と女」とか。ベタな歌を歌いながらも。
決してカラオケなどにならないどころか、危うい色気を放ってみせる。
ここに、ロック・シンガー、ショーケンの真骨頂があるのです。この過剰で過激な男振り。
規制されることも、去勢されることも拒み。安易な優しさに逃げることも許さない。
どんなに孤独だとしても。群れる安全よりも、死と隣り合わせの自由を選ぶ。
もはや時代遅れどころか、昭和と共に逝ってしまった絶滅危惧湯の類だろうと思われて。
でも。その歌声、その空気、その匂い。その危なさにこそ焦がれてしまうのです。
何故なら。その危うさ、そしてそれ故の愛しさ、儚さ、切なさこそがロックだろうと。
この妙に小綺麗で、清潔で、表面だけ取り繕った様な世の中、時代だからこそ。
ショーケンの、決して飼い馴らされないロックが一際、胸の奥に突き刺さるのです。
旧い奴で、旧い男で。そんなロック馬鹿でいいのだと背中を蹴とばされるのです。

旧い奴である。
旧い男である。
そいつばかりは。
どうにもならない。
どうしようとも思わない。

惹かれるもの。
魅せられるもの。
焦がれるもの。
そんなものは。
揃いも揃って時代遅れ。

そいつは。
抗い様もない。
そして。
それがどうしたと。
腹を決めている。

平成すらも。
終わることになった。
この時代になっても。
そう。
昭和の中を生きている。

己の。
根源は。
基軸は。
気韻は。
あの時代を生きている。

いまどき。
鼻にもかけられなかろうが。
見向きもされなかろうが。
いまも。
胸が震えるのだからしかたがない。

外れていようが。
逸れていようが。
己が。
信じているのなら。
それだけのこと。

踏み外そうが。
弾き出されようが。
己が。
信じるものがあるなら。
それだけのこと。

安易に。
垂れ流される。
愛とか感動とか。
優しさとかに。
馴染めなくて。

小綺麗で。
清潔で。
表層的な。
社会に。
窒息しそうで。

規制と。
去勢と。
尻尾を振ることと。
引き換えの安全など。
欲しいものかと。

虚勢でも。
孤独でも。
野垂れ死にと。
隣り合わせででも。
自由を選ぶのだと。

旧い奴である。
旧い男である。
流行らなかろうが。
廃れていようが。
そうなのだからしかたがない。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/04 Mon *勝手にさせてもらうのさ / Sex Pistols

20171204nevermindthebollocksusorg


あぁ。
勝手にするさ。
言われなくても。
勝手にさせてもらうさ。
そんなところさ。

どうせ。
どうしたところで。
誰かの。
お気には召さないのだろう。
そうならば。

誰かの。
目など。
顔色など。
いちいち気にするなんて。
無駄なこと。

そんなこと。
放り出して。
忘れて。
誰の為でもなく。
己の為に。

歩くだけ。
転がるだけ。
駆け抜けていくだけ。
それだけ。
それでいいだろう。

誰が為でなく。
己が為に。
夜通しでも。
いつまででも。
踊り続けてやるだけ。それだけ。

『Never Mind The Bollocks』'77年リリース。
セックス・ピストルズの1stにして唯一のオリジナル・アルバム。
(異なる解釈もあるでしょうが。このアルバム以外はねぇ・・・)
このピンクと緑の配色は米国(とカナダの)オリジナル盤のみのものだとか。
因みに先行した英国オリジナル盤には「Submission」は未収録で。
初版特典シングル盤として封入されていた為にジャケットに記載がなくて。
その版下をそのまま使ったのか。「Submission」を最初から収録しているこのアルバムでは。
わざわざその事を示すステッカーが裏ジャケに貼付されていたりします。
リリースされた当時は。特に日本ではそのセンセーショナルな行動の報道が先行していて。
ピストルズ、ひいてはパンクそのものに対する期待や幻想が膨らみ切っていたので。
それも作用してか。とても刺激的で新鮮なサウンドに感じられて、興奮して。
まぁ、今もその時の刺激や興奮が誤ったものだったとは思いませんが。
その後、色々と遡って様々なものを聴いた、その後でこのアルバムに針を落とすと。
何処かのギタリストみたいに、村八分じゃん!とは言いませんが。
ごくごくシンプルで、ストレートで。ある意味とてもオーソドックスなロックンロール。
それ以上でも、それ以下でもないなと感じたりはして。またその潔さに痺れてしまうのです。
誤解を恐れずに言えば。策士マルコム・マクラレーンが以前に仕掛けた、あのバンド。
そう、ニューヨーク・ドールズと。そのコンセプト、骨格は同一かなとも。
勿論、時代の違いや国の違い。そこは緻密に計算しているでしょうから意匠は異なりますが。
逆に言うと。厚顔にもそんな仕掛けをかます、そして当ててみせたマルコムは凄いなと。
そして。その仕掛け、その脚本を見事に演じてみせたピストルズの凄味がカッコいいなと。
邦題ではありませんが。勝手にしやがれ・・・その魅せる傍若無人振りが見事です。
そして。ジョニー・ロットンは逆手に取って、利用して。自由を、勝手にする権利をまんまと手にしたのですよね。

あぁ。
勝手にするさ。
言われるまでもなく。
勝手にさせてもらうさ。
そんなものさ。

どうせ。
どう転んだところで。
誰かの。
目には敵わないのだろう。
そうならば。

誰かの。
目など。
顔色など。
いちいち窺うなんて。
無意味なこと。

そんなこと。
投げ棄てて。
葬って。
誰の為でもなく。
己の為に。

謳うだけ。
楽しむだけ。
突き抜けていくだけ。
それだけ。
それでいいだろう。

誰が為でなく。
己が為に。
一日中でも。
いつまででも。
奏で続けてやるだけ。それだけ。

大人しく。
していても。
従っていても。
いいことなんか。
ありはしない。

それどころか。
他の誰かの。
勝手を押し付けられて。
勝手を押し通されて。
追い詰められるだけ。

大人しく。
していれば。
つけあがられて。
ろくなことには。
なりはしない。

それどころか。
他の誰かが。
ますます勝手に。
傍若無人に。
罷り通るだけ。

誰かの。
お気になど。
召さなくてもいい。
目になど。
敵わなくてもいい。

誰かの。
顔色など。
気にしなくていい。
窺わなくていい。
無駄なこと。無意味なこと。

誰が為でなく。
己が為に。
勝手にするさ。
勝手にさせてもらうさ。
それでいい。

誰かの。
仕掛けだと言うのなら。
脚本だと言うのなら。
そいつを乗っ取ってでも。
勝手にさせてもらうのさ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/03 Sun *発熱、余熱 / Various Artists

20171203livestiffliveukorg


発熱。
そう。
その時は。
よくわからなくても。
熱は発していたと。

初めての。
環境で。
現場で。
戸惑って。
わけの分からないまま。

そのまま。
出たとこ勝負で。
舞い上がったまま。
そのままで。
いってしまっても。

いったのだから。
いけたのだから。
それだけの。
それなりの。
熱量は発していたと。

その場。
その時。
わかっていなくても。
気づいていなくても。
そんなもの。

それだけ。
入り込んでいた。
そのまま。
いってしまった。
その発熱は無駄にはならないと。

『Live Stiff Live』'78年リリース。
前年に行われたステッィフのパッケージ・ツアーのライヴ・アルバム。
何でも当初は、エルヴィス・コステロとイアン・デューリー。
この2人の1stアルバムのプロモーション用のツアーとして企画されたものの。
結局はニック・ロウ、レックスレス・エリック、ラリー・ウォリスと。
当時のスティッフの看板アーティスト大集合のツアーへと発展したのだとか。
ダムドが参加していないのは・・・まぁ、カラーが違い過ぎるからですかね。
しかしこの顔ぶれ。パブ・ロック・ファンとしては垂涎ものですね。
コステロのバックはアトラクションズだし、デューリーのバックはブロックヘッズだし。
ニックとラリーのバックにはデイヴ・エドマンズも参加しているし。
ニックとラリーはお互いのバックに参加しているしと。夢の様な共演もあったりして。
で、どうにも個性派ぞろいと言うか、我の強い面子なので。対抗意識バリバリで。
トップ・バッターのニックも珍しくストレートにハードにブッ飛ばしていて。
いきなりグッと発熱させていて。続くエリックが独特の濁声でうねりを大きくして。
実はモーターヘッドの初代ギタリストでもあるラリーが暴走して燃え上がると。
ここまでのA面で。もう十分に火傷しそうな程に熱く、そして濃厚なのですが。
B面に移ってのコステロとデューリー。何でもトリを巡っての熾烈な争いもあったとかで。
結果的にツアー中は交互に務めたらしいのですが。このアルバムではデューリーがトリで。
その前のコステロの蒼白い炎を燃やすかの様な、怜悧な熱さが突き刺さってきて。
そしてデューリー、鉄壁のファンクネス、ブロックヘッズのビートに飛び乗って。
下世話に、太々しく。そして愛嬌たっぷりに歌う様はもう、圧巻の一言に尽きるのです。
ラストは総出でデューリーの「Sex & Drugs & Rock & Roll & Chaos」を。
勿論、主役はデューリー。しかしそれを奪おうと虎視眈々のコステロ達。凄いのですよね。
その発熱量ではデューリーが一番かな、でももう兎に角、全員熱くて。
その余熱を帯びたままに、その後の各自のライヴ、活動に繋がっていったのだろうなと。
スティッフが何故時代の寵児足りえたのか。このアルバムに針を落とせば一聴瞭然でわかるのですよね。

余熱。
そう。
今になって。
よくわかるのは。
あの熱は残っていると。

初めての。
環境に。
現場に。
戸惑いながらも。
わけの分からないままながら。

そのまま。
出たとこ勝負で。
舞い上がったままで。
そのままで。
いってしまったこと。

いったことで。
いかせたことで。
それだけの。
それなりの。
余熱は残せたのだと。

その場。
その時。
わかってなかったけれど。
気に留める余裕もなかったけれど。
それでも。

それだけ。
入り込んでいた。
そのまま。
やりきってしまった。
その意義の証が余熱だと。

無我夢中。
五里霧中。
何が何だか。
勢いと。
度胸だけ。

わけ分からず。
余裕はなく。
されども。
余力は残さず。
その結果だと。

出たとこ勝負。
舞い上がったまま。
入り込んで。
いききった。
その結果だと。

見得とハッタリ。
舞台度胸。
それだけで。
やりきった。
その結果だと。

あの日。
あの夜。
あの瞬間。
熱く。
発熱。

この日。
この夜。
この瞬間。
熱く。
余熱。

この。
余熱を。
更に熱く。
更に激しく。
発熱させてみたいのだ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/02 Sat *黒が白でも、白が黒でも / XTC

20171202whitemusic


黒が白でも。
それが。
どうした。
それの。
何が問題だと。

そもそも。
何が黒で。
何が白で。
そんなこと。
誰が決めるのだ。

誰かにとっての。
黒は。
誰かにとっては。
白で。
そんなもの。

黒でも。
白でも。
その見た目で。
その概念だけで。
何を決められるのだ。

黒だと思えば。
白で。
白だと思えば。
黒で。
そいつを楽しめばいい。

黒と白。
その境界を。
軽快に超えて。
黒が白でも。
楽しめればそれでいい。

『White Music』'78年リリース。
XTCの記念すべき1stアルバム。
パンクとニュー・ウェーブの狭間にあって。
当時はパンク・バンドとして紹介されていた様な。
実はニュー・ウェーブの先頭ランナーだったのかな。
アルバム・タイトルは黒い音楽を白人である自分達がやる。
その事に対する世間の視線、評価へのアンディ・パートリッジの挑戦だったとか。
そのリズムやビートには。レゲエやスカの影響が顕著で。2トーン勢との共通項も。
それでいて。やっぱりロックなのはその尖がった、そして混沌としたサウンド。
ここらはアンディと共にバリー・アンドリュースの個性でもあるのかな。
一筋縄ではいかないものの。基本的には尖がった疾走感が支配的であること。
そこには、やはりパンク・シーンから出てきたバンドであったのだと思わされますし。
ただそれが一直線の全力疾走ではないところがニュー・ウェーブの発芽なのかな。
おそらくは尖がって、走り抜けようとしていたのがバリーで。
アクセントと言うか、癖のある走り方を試みていたのがアンディだったのかなと。
その二つの個性が鬩ぎ合っているのが、このアルバムを魅力的なものにしているのだと。
どちらが欠けても。一方に寄り過ぎてしまう。黒は黒、白は白。単純な世界に陥っていたと。
そんなことを感じもするのですけどね。どちらにもより過ぎない混沌とした部分。
黒と白が。時に混ざり合い、時に入れ替わってしまう。そんな揺らぎがいいなと思います。
しかし。残念ながら。両雄並び立たず。バリーはこのアルバムと次作までで脱退。
そこからはアンディの言わば独壇場で。そのひねくれたカラフルな世界もいいのですが。
このアルバムにある、言わば未分化なXTC。それがどうにも好きなのですよね。

白が黒でも。
それが。
どうした。
それの。
何が問題だと。

そもそも。
何が白で。
何が黒で。
そんなこと。
誰が決めるのだ。

誰かにとっての。
白は。
誰かにとっては。
黒で。
そんなもの。

白でも。
黒でも。
その見た目で。
その概念だけで。
何を決められるのだ。

白だと思えば。
黒で。
黒だと思えば。
白で。
そいつを楽しめばいい。

白と黒。
その境界を。
軽快に超えて。
白が黒でも。
楽しめればそれでいい。

黒だと。
黒の領分だと。
思われていても。
その実は。
白かもしれない。

白だと。
白の分野だと。
語られていても。
その実は。
黒かもしれない。

黒と白。
その境界は。
明確な様で。
その実は。
曖昧かもしれない。

白と黒。
お互いに。
相反する様で。
その実は。
融合しやすいかもしれない。

黒は黒。
その概念に。
頑なになることが。
大きな。
落とし穴。

白は白。
そんな観念に。
囚われることが。
大きな。
損失を生んでいる。

黒が白でも。
白が黒でも。
それが。
どうしたと。
楽しんでしまえばいい。それだけのこと。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/12/01 Fri *宿るものが / Kate Bush

20171201thekickinside


その瞳に。
宿るものが。
正であろうと。
邪であろうと。
意味はない。

ただ。
その瞳に。
魅せられて。
虜になった。
それだけのこと。

その。
代償として。
例えば。
石になったとしても。
構いはしない。

この。
風、吹き荒ぶ。
嵐、荒れ狂う。
荒涼とした世界で。
その片隅で。

鬱屈とした。
この日々に。
光が差し込んだ。
光に導かれた。
それだけのこと。

宿るものが。
何者であろうとも。
魅せられたまま。
導かれたまま。
殉じるだけの事。

『The Kick Inside』'78年リリース。
『天使と小悪魔』なる邦題でも知られるケイト・ブッシュの1stアルバム。
その瞳が印象的なジャケットですが。これ日本盤独自のものだったのですね。
いま、一般に知られているのは英国盤のジャケットなのかな。
米国盤も独自のジャケットで。一説では国によって異なるジャケットが6種類あるとか。
出会いがこのジャケット、この瞳だったので。どうも他のジャケットはピンとこないかな。
さて。針を落とすと。A面頭からあの印象的な歌声で。一聴したら耳から離れなくて。
ケイトならではの個性、その独特の魅力が満ち溢れ、展開される世界に。
もう、一気に魅せられて、虜になってと。好き嫌いは分かれるのだとは思いますが。
それにしてもこのアルバムのリリース時で未だ19歳。録音時は17歳から18歳かな。
それで、この完成度。確かに天使か、悪魔のなせる業かと思わされるものがあります。
さて。ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアにその才能を見出された故か。
プログレッシヴ・ロックの文脈で語れることも多かったケイトだったりします。
実際、そのサウンドも良く聞くと正統的な(?)プログレッシヴ・ロックに近くもあって。
しかし、そこに止まらせていないのは、やはりその歌声と表現力によるところなのかな。
ケイトの場合、歌っていると言うよりも、演じていると言う表現が相応しい気もして。
単なるシンガーではなく、パフォーマー、アーティストとしてあろうとしているのだなと。
1stアルバム、10代にして。既成のジャンル、カテゴリーを超えていたのだなとね。
ただ。当時はそれがマネージメントにさえ正しく理解されていたかは疑問で。
なんか英国の新しいアイドル(?)として東京音楽祭に出演させられていたりもして。
如何にも場違いで。明らかに困惑しているその様を今でも鮮明に覚えていたりしますが。
あれが最初にして最後の来日なのかな。その後は評価を確かなものとして。
悠々と独自の世界を築き続けていますが。その根底にあるものはこのアルバムの頃から変わらないかなと。

その声に。
宿るものが。
聖であろうと。
俗であろうと。
意味はない。

ただ。
その声に。
奪われて。
囚になった。
それだけのこと。

その。
報償として。
例えば。
難破したとしても。
構いはしない。

この。
雨、降りしきる。
嵐、猛り狂う。
殺伐とした世界で。
その片隅で。

鬱積とした。
この日々に。
明りが灯された。
明りに導かれた。
それだけのこと。

宿るものが。
何者であろうとも。
奪われたまま。
導かれたまま。
殉じるだけの事。

その瞳に。
宿るものが。
善であろうと。
悪であろうと。
意味はない。

その声に。
宿るものが。
神であろうと。
魔であろうと。
意味はない。
ただ。
その瞳に。
魅せられて。
虜になった。
それだけのこと。

ただ。
その声に。
奪われて。
囚になった。
それだけのこと。

その。
代償として。
例えば。
この身を滅ぼしても。
構いはしない。

その。
報償として。
例えば。
この心を失ったとしても。
構いはしない。

宿るものが。
何者であろうとも。
魅せられたまま。
導かれたまま。奪われたまま。
殉じるだけの事。

魅惑され。
蟲惑され。
虜になった。
宿るものが。
何者であろうとも。構いはしない。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »