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2018年3月

2018/03/30 Fri *あれたらいいと / Roberta Flack

20180330chaptertwo


そんな。
季節なのか。
新たな。
道とか。
環境とか。

そんな。
選択を。
好むと。
好まざると。
する人達がいて。

それぞれの。
新しい季節が。
新しい章が。
幕を開ける。
その様を目にしながら。

そうだなと。
気づけば。
自分の周りにも。
大小、様々な。
変化の兆しが表れて。

それほど。
極端ではないにしろ。
どうやら。
また新たな。
章の幕が上がるのかなと。

どうせなら。
そうだな。
いい風に乗っていける、
その一人に。そんな者で。
あれたらいいと。

『Chapter Two』'70年リリース。
ロバータ・フラックの2枚目となるアルバム。
丁寧に、端正に、考え、練り上げて、綴られる物語。
そんな手触りにも似た印象を抱かされるロバータのソウル。
熱い思いを、そのままに放出するのではなく静かに物語る様に。
音楽と、己と、そして聴く者と。それぞれと真摯に向き合っている。
その真摯な表現。それこそがロバータの最たる個性、魅力なのかなと。
このアルバムにも参加しているダニー・ハサウェイと共にニュー・ソウル。
その時代を牽引した一人であることは間違いないのですが。その中にあっても。
そのある意味では抑制された表現で、内なる魂の熱さを伝えていこうとするロバータの。
その存在は独特で。確固たる地位を築いていたのだなと思わされるアルバムです。
おそらくはゴスペルではなくて。ジャズ、そしてクラシック、声楽がバックボーンにある。
それがロバータの静かなる熱さ、いたずらにシャウトすることなくとも。
その熱さを伝えられる、その術を生み出したのかなと。艶やかな透明感のある歌声です。
「Do What You Gotta Do」「Just Like a Woman」「Let It Be Me」と並ぶ。
A面などは。圧巻で。その静かなる熱にとりつかれる、微熱が身の内に籠っていく感覚。
それが堪らなく魅力的と言うか、どうにも抗えない程に心地良かったりするのです。
ロバータの歌声、表現、立ち位置は従来の女性ソウル・シンガーとは趣を異にするもので。
例えばニーナ・シモンなどに近いもので。当時はジャズ・シンガーとして見られていたとも。
まぁ、カテゴリーなどどうでもいいのですが。ロバータの存在、その出現が。
アトランティックのレディ・ソウルの新しい章を開いた、その幕を上げたのは確かかなと。
静かな、密かな、新しい季節への決意。そんなものを噛み締めさせてくれるアルバムでもあるのです。

そんな。
季節なのだ。
新たな。
愛とか。
愛情とか。

そんな。
選択を。
進んで。
覚悟を決めて。
する人達がいて。

それぞれの。
新しい季節が。
新しい章が。
語られ始める。
その様を耳にしながら。

そうだなと。
気づけば。
自分の内にも。
大小、様々な。
変化の兆しが蠢いて。

それほど。
大事ではないにしろ。
どうやら。
また新たな。
章を記述し始めるのかなと。

どうせなら。
そうだな。
いい空気に包まれていられる。
その一人に。そんな者で。
あれたらいいと。

そんな。
季節。
そんな。
時期。
そうなのだな。

新たな。
道を。
選んで。
飛び込もうとする。
その勇気。

新たな。
選択を。
強いられて。
引き受けていこうとする。
その覚悟。

そんな。
季節。
そんな。
時期。
そうなのだな。

新たな。
愛を。
得て。
飛び立とうとする。
その決意。

新たな。
愛情を。
抱いて。
守っていこうとする。
その矜持。

自らの。
求めることを。
成すことを。
選んで。
引き受けて。

そんな。
変化を。
呼び起こせる。受け止められる。
自分も。そんな者で。
あれたらいいと。



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2018/03/29 Thu *憧憬とか、敬愛とか、何だとか / ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

20180329gs


憧憬とか。
敬愛とか。
勿論。
それがあるのは。
間違いないけれど。

もっと。
簡単に。
要は。
惹かれると。
好きだなと。

そんな。
ところから。
始まる。
物語も。
あったりする。

理由は。
よく分からないけれど。
惹かれたものに。
近づきたい。
触れてみたい。

それだけで。
やってみて。
それだけで。
頑張れて。
近づけなくても、触れられなくても。

憧憬とか。
敬愛とか。
そいつがきっかけで。
何かが。
見えてくることもある。

『GS』'76年リリース。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(DTBWB)の5枚目のアルバム。
アルバム・タイトル通りにGS、グループ・サウンズのカヴァー・アルバムです。
DTBWBの歴史の中でも異色なアルバム。何故ここで企画ものだったのか。
デビュー以来のイメージの継続、その延長を求めるプロダクション、レコード会社と。
ストレートなロックやブルースへの回帰を図るDTBWB側の軋轢が生じ始めていて。
その妥協の産物と言うか、ガス抜きの為に制作されたのではとの説もあります。
そこで。デビュー前にGS(とか松崎しげる)のマネージャーをしていた宇崎竜童が。
題材として慣れ親しんでいて、大好きだったGSを選んだのだと思われます。
GSのブームが起こってからは約十年、その終焉からは約五年。時期的にも良かったのかな。
スパイダース、カーナビーツ、ジャガーズ、ゴールデン・カップス、テンプターズ・・・
ワイルドワンズ、ブルーコメッツ、タイガース、オックス、パープル・シャドウズ・・・
そしてダイナマイツにズー・ニー・ブーとGSを代表するバンドの代表的なナンバーを。
何の衒いもなく。驚くほどシンプルに、ストレートにカヴァーしているのが新鮮です。
その下手に装飾過多にしていないところにGSへの憧憬や敬愛の念を感じもします。
尤も。メロディはGSでも。サウンドはDTBWBで。そう昭和四十年代と昭和五十年代。
その間に起こったサウンドの変化と言ったものはハッキリと感じとれて。
故に、ただの懐メロ・アルバムには陥っていない。ここらは宇崎の面目躍如かなと思います。
ムッシュかまやつ、デイヴ平尾、井上忠夫、そして瀬川洋、瀬川さんがゲスト参加していて。
華を添える以上の存在感を示している辺りは、特にGSのファンには堪らなかったかなと。
デイヴなんか、曲が「長い髪の少女」だけあって、どうぞ~を繰り返えすだけですが(笑)。
それにしても。実はその終焉から約五年で。既に哀愁が漂ってくるそのメロディです。
GSと言うのは昭和に咲いた徒花だったのだなと。しかし、故に惹かれて止まないのだと。
その思いを唯一のオリジナル「Yesterday’s Yesterday」で語り、歌うDTBWB、粋でカッコいいのですよね・・・

憧憬とか。
敬愛とか。
勿論。
それを抱いているのは。
確かなのだけれど。

もっと。
単純に。
要は。
魅せられると。
好きなのだと。

そんな。
ものから。
転がる。
物語も。
あったりする。

理屈は。
よく分からないけれど。
魅せられたものを。
追っていきたい。
並んでみたい。

それだけで。
やってみて。
それだけで。
頑張れて。
追いつけなくても、並べなくても。

憧憬とか。
敬愛とか。
そいつを梃にして。
何かが。
感じられることもある。

憧れた。
風景が。
光景が。
脳裏に刻まれ。
離れはしない。

敬った。
姿が。
振る舞いが。
胸に焼き付き。
消えはしない。

そして。
それ以上に。
もっと。
簡単に。
単純に。

惹かれるなと。
魅せられるなと。
そう。
好きだと。
好きなのだと。

それだけで。
それだけの。
ことで、もので、
始まって。
転がって。

やってみて。
頑張って。
近づけなくても。触れられなくても。
追いつけなくても。並べなくても。
それでも。

憧憬とか。
敬愛とか。
好きだとか。
そいつだけで。
見えてくることもある。感じられることもある。



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2018/03/28 Wed *その街の、その人の / ザ・ゴールデン・カップス

20180328thehistoryofgokdencups


その街の。
名前を。
初めて。
耳にしたのは。
いつだったか。

恐らくは。
もう。
遥かに。
遠い昔で。
定かでは無いけれど。

その。
響きには。
何故か。
この国の街では無い様な。
不思議な響きがあって。

大いなる。
憧れと。
少しばかりの。
恐れを。
抱いていたのだろう。

それは。
憧憬と。
怖いもの見たさ。
そんなものが。
綯い交ぜになっていて。

いつか。
その街と。
関われたら。
縁が出来たらと。
心の片隅で思っていたのだ。

『History Of The Golden Cups』'74年リリース。
(最初の)解散後にリリースされたゴールデン・カップスの2枚組編集アルバム。
ちょうど前年にデイヴ平尾、ルイズルイス加部、柳ジョージの3人が共に活動していて。
当初はママリンゴ(!)と名乗っていたバンド名をデイヴ平尾&ゴールデン・カップスへと。
そんな(最初の)再結成とも言えそうな動きがあったらしく。それに便乗したのかなと。
尤も。この時はデイヴが俳優活動に専念とかで直ぐに頓挫しているのですけどね。
さて。この2枚組。1枚目にシングル・ナンバーから選ばれた14曲が収められていて。
2枚目に十八番としていたカヴァー曲をライヴ・テイクも交えて10曲が収められていて。
まぁ、手っ取り早くゴールデン・カップスと言うバンドを知るには便利かなと。
尤も。最後のニュー・ロックな二枚のアルバムは無視された格好になっているので。
アルバム・タイトルには若干、違和感が無くはないですかね。まぁ、意図は分かりますが。
ゴールデン・カップスと言えば、GSの中でも実力派として知られていて。
その本領は、その志向と嗜好が遺憾なく発揮されたカヴァー曲にこそあるとも言えて。
特にライヴのカッコ良さ、その凄まじさは。背筋に電流が走る程に痺れるのですが。
実は、嫌々やっていたらしい、ライヴでは殆ど演奏されなかったらしいシングル・ナンバー。
その本格的なロックやソウルと、歌謡曲が絶妙な塩梅で交わっている味わいも大好きで。
どうにも歌謡曲なデイヴや、マモル・マヌーの歌声にも痺れてしまうのですよね。
特に『傷だらけの天使』や『悪魔のようなあいつ』でデイヴには馴染みがあって。
『悪魔のようなあいつ』での同じGSのスターなのに、ジュリーとの扱いの余りの違いも。
飄々と演じていたその姿なんか、どうにも憎めないと言うか、何とも言えない味があって。
横浜と言う地名、街の名前を始めて意識して聴いたのがゴールデン・カップスでもあって。
そんなあれや、これが。綯い交ぜになって。ゴールデン・カップスはやはり自分にとって特別なバンドなのです・・・

その街の。
名前を。
改めて。
意識したのは。
いつだったか。

そいつも。
もう。
幾ばくか。
昔の話でも。
でも忘れることはない。

その。
響きから。
想起した通りの。
不思議な空気が漂っていて。
でも、何故か懐かしくもあって。

大いなる。
憧れと。
少しばかりの。
恐れは。
決して間違いではなかったと。

そうさ。
憧憬と。
怖いもの見たさ。
そんなものに。
魅せられたままに。

自然と。
その街と。
関わり続けて。
縁が繋がっていって。
心の奥底が今でも震えるのだ。

あの日。
あの時。
この駅で降りて。
この道を歩いて。
あの階段を上って。

あの扉を開けて。
あの顔とあの声に。
そいつに迎えられて。
それから。
そこから。

どれだけの。
時間を。
どれだけの。
縁を。
過ごして、得てきたのか。

あの日。
あの時。
この駅で降りなかったら。
この道を歩かなかったら。
あの階段を上らなかったら。

あの笑顔と掌と。
あの笑顔で。
再会を約さなかったら。
そこで。
そこまでで。

どれだけの。
モノを失っていただろう。
どれだけの。
モノと出会っていなかっただろう。
それ程のことだったのだ。

その街の。
片隅で
立ち止まり。
その人の名前を。
声に出さずに口にする。

その街の。
春の真只中で。
その人の不在に。
声に出さずに嗚咽する。
尽きることの無い感謝と共に・・・



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2018/03/27 Tue *神様でも、何様でも / ザ・テンプターズ

20180327thetemptersgoldenalbum


別に。
信じては。
いないし。
これからも。
信じはしないけれど。

そうだな。
いま。
この時の。
この。
鬱屈を。

晴らしてくれるなら。
それが出来るなら。
それをやってみせてくれるなら。
神様でも。何でも。
お願いはしてもいいかな。

どうかな。
出来るかな。
やれるかな。
別に大それたことでもないだろう。
それくらいなら。

神様でも。何様でも。
囃されている。
その力とやらを。
偶には。
俺の為に使ってくれないか。

そうすれば。
そうしてくれれば。
何とか。
かんとか。
今日と言う日を生きられる。

『ゴールデン・アルバム』'70年リリース。
テンプターズの5枚目にして初のベスト・アルバム。
それまでにリリースされていたシングル盤10枚のA面のナンバーを総て収録。
それにB面やアルバム収録のナンバーから4曲を加えての全14曲で構成されています。
このアルバムがリリースされた頃にはGSのブームも終焉を迎えようとしていて。
テンプターズの人気にも陰りが見えだした頃と思われて。このアルバムのリリース後は。
シングル盤を2枚リリース。そして翌年には実にひっそりと解散しています。
萩原健一、ショーケンがアイドル的な人気を博して。どうにもそれだけで語られがちですが。
その実、埼玉のローリング・ストーンズとも称された実力派のグループで。
そのつわもの振りは、ライヴ・アルバムでも確かに証明されています。
更には、シングル盤も含めて。オリジナル・ナンバーが多いことも特筆されるところで。
確か2枚目のスタジオ・アルバムは全曲がオリジナルと言う画期的なものだったと。
そのオリジナルの殆どを手掛けているのが松崎由治、ヨッチンなのですが。
ヨッチン、ギターも個性的で印象に残るのですが。その歌詞がまた、これが、何とも。
実に繊細で、切なく、胸を焦がし、琴線に触れるのですよね。何と言ったいいのか。
そう、日本の青春なのですよ。それをショーケンがあの声で歌のだから・・・堪りません。
「神様お願い」「秘密の合言葉」「忘れ得ぬ君」「愛の終り」とか、いいのですよねぇ。
「エブリバディ・ニーズ・サムバディ」の訳詞も。センスの良さが表れています。
当時のGSはプロダクションやレコード会社の意向で職業作家のナンバーが多いのですが。
ここまでオリジナルが尊重されたのは、テンプターズが所属したプロダクション。
それがスパイダースの田邊さんが設立したものだったと言うのも大きかったのかなと。
タイガースの対抗馬にしようと自らスカウトしたらしく、差別化を狙う意図もあったかな。何にしろ、感謝ですね。

別に。
信じたくは。
ないし。
これからも。
変わりはしないけれど。

そうだな。
いま。
この時の。
この。
焦燥を。

治めてくれるなら。
それが出来るなら。
それをやってみせてくれるなら。
神様でも。何でも。
信じてみてもいいかな。

どうかな。
出来るかな。
やれるかな。
別に大袈裟なことでもないだろう。
その程度なら。

神様でも。何様でも。
祀られている。
その術とやらを。
偶には。
俺の為に施してくれないか。

そうすれば。
そうしてくれれば。
何とか。
かんとか。
今日と言う日も生きられる。

そうさ。
こんな俺だって。
俺にだって。
色々と。
あったりはするのさ、

別に。
そうだな。
それ程の。
大事では。
無いとは思うけど。

小さな。
棘が。
刺さって。
どうにも。
抜けない。

そんな。
思いに。
日がな一日。
囚われてしまう。
そんな日もあるのさ。

だから。
いま。
この時に。
この。
鬱屈が。焦燥が。

どうにも。
この身を。
この心を。
苛んで。
辛かったりはするのさ。

だから。
神様でも。何様でも。
いると言うのなら。
あると言うのなら。
今夜だけはお願いしてみよう・・・



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2018/03/26 Mon *空を飛ぶ夢を暫く見ない / サディステイック・ミカ・バンド

20180326kurofune


空を。
飛ぶ夢を。
暫く。
見ていない。
そうなのだ。

何かに。
縛りつけられて。
がんじがらめの。
そんな。
現実が。

夢までも。
侵すのか。
夢の中でも。
地を這って。
空を見上げて。

飛べたらいいなと。
ただ、指を咥えている。
そんな。
飛べない夢ばかりを。
見続けているのだ。

ひとつ飛びで。
塀まで。
その向こうまで。
その先まで。
空の彼方まで。

飛んでいけた。
あの頃は。
もう戻らないのか。
幻なのか。
空を飛ぶ夢を暫く見ない。

『黒船』'74年リリース。
サディスティック・ミカ・バンドの2枚目となるアルバム。
幕末をコンセプトとして制作されたのは英国や米国、海外のマーケットを意識してか。
目論見は見事に当たっていて。見たこともない幕末の、そして空想の世界でしかない幕末の。
景色や空気、匂いまでが感じられそうです。それこそひと飛びで、飛んで行けそうです。
加藤和彦の曲の世界、松山猛の詞の世界。それをくっきりと浮かび上がらせているサウンド。
そこはプロデューサーのクリス・トーマスの手腕によるところも大きかったのかな。
何でも、あのクイーンの誘いを断ってまで、クリス側から売り込んできたのだとか。
それだけ、サディスティック・ミカ・バンドには訴える何ものかがあったと言うことなのか。
当時の日本のロックの枠を軽々と飛び越えている世界水準のサウンドが生み出されたのも。
その素材の良さ、加藤和彦のセンス、メンバー個々の技量の高さは半端なかったと。
故にクリスも、持てる総てを注ぎ込んで。この素晴らしいアルバムの制作に加わったと。
マスター・テープを切り刻んで繋ぎ合わせたとか、ティー・カップやジーンズのジッパー。
そんなものまでも駆使してサウンドに拘ったクリス。恐らくそのセンスとテクニックは。
加藤和彦などを通して日本のロックに多大な影響を与えたと。まさに黒船だったかなと。
さて。どうしても「タイムマシンにおねがい」がキャッチーで、語られやすいのですが。
どのナンバーも、時に夢幻の如く、時にタイトにファンキーにと。実に素晴らしくて。
組曲となっている「黒船」、そして「どんたく」「塀までひとっとび」「颱風歌」と。
軽やかでいて。音楽を作ることへの飽くなき拘り、音楽そのものへの倦むことの無い愛情。
好きなものは好きと。それだけで。空をどこまでも飛んでいきそうな自由さと、情熱と。
もう40年以上前の、あの時代に。これだけのアルバムを創ってしまったと言う。
何だろう。ロックが、音楽が無限の可能性を秘めていると信じられた時代の力強さがあると。
そして。未だに、このアルバムが些かも色褪せていないところに驚嘆すると共に。
飛べなくなった、自由も勢いも失い。可能性を信じられなくなった。
そんな、大袈裟に言えば。この社会、この世界そのものの閉塞を思わずにはいられないのですよね・・・

空を。
飛ぶ夢を。
暫く。
見ていない。
そう言うことだ。

何かに。
囚われて。
身動き取れない。
そんな。
現実が。

夢までも。
冒すのか。
夢の中でも。
地に蹲って。
空を見上げて。

飛べたらいいなと。
ただ、ため息をついている。
そんな。
飛べない夢ばかりが。
繰り返されているのだ。

ひとつ飛びで。
塀を。
乗り越えて。
その果てまで。
空の彼方まで。

飛んでいけた。
あの頃は。
もう帰りはしないのか。
朧なのか。
空を飛ぶ夢を暫く見ない。

現実が。
現が。
力を増して。
縛りつけようと。
閉じ込めようと。

現実が。
現が。
蔓延って。
覆い尽くされる。
塞がれてしまう。

現実に。
現に。
囚われて。
侵されて。
冒されて。

夢の中でも。
地を這って。
空を見上げて。
ただ。
指を咥えている。

夢の中でも。
地に蹲って。
空を見上げて。
ただ。
ため息をついている。

夢の中にも。
自由も。
情熱も。
そして。
可能性をも。

失って。
奪われて。
囚われて。
あの頃へ。
飛んでいくこともできない。

空を飛ぶ夢を暫く見ない。
このまま。
そのまま。
終わりにする。
そうはいかないと思うのだけれど。

空を飛ぶ夢を暫く見ない。



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2018/03/25 Sun *何としてでも / 古井戸

20180325furuidonosekai


まぁ。
大概のことは。
何とかなる。
何とかする。
そんなものだ。

そりゃ。
そう簡単に。
いかないこと。
思い通りに。
いかないこと。

そんなことも。
稀に。
偶に。
否、結構頻繁に。
起きるけれど。

そこはそれ。
こっちだって。
それなりに。
経験値もあるからね。
身についているものもある。

それでも。
稀に。
偶に。
否、結構頻繁に。
そいつが通用しない時も。

でも。
そんな時でも。
腹を決めて。
ある意味、開き直って。
何としてでも、その思いだけで。

『古井戸の世界』'72年リリース。
古井戸の記念すべき初めてのアルバム。
既にエレックのオムニバス・アルバムとかに参加していたものの。
このアルバムで、いよいよ古井戸は本格的に世に打って出たと。
勿論、根底には熱く硬いものがあるのですが。感じられるのですが。
それを声高に叫ぶのではなくて。静かに、穏やかに。でも凛として問うてきたと。
加奈崎芳太郎の豊かな声量と、存在感のある歌声。そして仲井戸麗市、チャボの。
その抒情的とも言える、繊細で切ない世界と、ブルージーなギター。
この絶妙な取り合わせ、その実に何とも息の合ったやりとりが堪らなくて。
その骨太な詩情が、その響き、染み入ってくる様が古井戸の魅力なのですよね。
そして、極限の状況。恐らくは業界とか社会とかとの摩擦、衝突の中で。
実はかなり疲弊して、崩れ落ちそうになりながらも、土壇場で持ち超えて。
半ば開き直りの信条で、腹を決めて、打破するための思い、願い、闘志。
そんなものを歌い上げる「何とかなれ」の。破れかぶれの前向きさが刺さるかなと。
意図しないところで、妙に流行ってしまった故にチャボが好んでいないらしい。
「さなえちゃん」で歌われる憧憬の思いも。その実、かなり好きではあるのですが。
やはり、ここは「何とかなれ」に代表される古井戸の不敵な逞しさがいいかなと。
尤も。内心ではかなりビクビクもしていて、でも、それを意地でも噯にも出さない。
その粋がる、ええカッコしいの、頑固さもね。どうしようもなく好きかなぁ。
素直じゃないな、面倒くさいなと。でも、それがロックなのだよなとも。
そう、古井戸は、チャボは実に何とも骨太なロックだったと思うのです。

まぁ。
大抵のことは。
何とかなる。
何とかする。
そんなところだ。

そりゃ。
そう単純では。
ないこと。
予想の範疇に。
収まらないこと。

そんなことも。
稀に。
偶に。
否、結構頻繁に。
訪れるけれど。

そこはそれ。
こっちだって。
それなりに。
修羅場も潜っているからね。
身になっているものもある。

それでも。
稀に。
偶に。
否、結構頻繁に。
そいつが役に立たない時も。

でも。
そんな時でも。
腹を据えて。
根拠のない自信、それだけで、
何としてでも、その一念だけで。

そうさ、
大概は。
大抵は。
それ程の。
ことでもない。

実のところ。
焦って。
怯えて。
騒ぎ立てる。
ことでもない。

殆どのことは。
何とかなる。
何とかする。
それだけのこと。
そんなもの。

でも。
稀に。偶に。
否、結構頻繁に。
どうにもならない。
そんな思いに囚われる。

そう。
稀に。偶に・
否、結構頻繁に。
こいつは敵わない。
そんな感覚に足が竦む。

そんな時は。
腹を決めて。
腹を据えて。
何としてでも、その思いだけで。
何としてでも、その一念だけで。

何とかなる。
何とかする。
否、何とかなれと。
その思いで、その一念で。
何としてでも。何とかしてしまおう。



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2018/03/22 Thu *悪企み / Bad Company

20180322badcompanyjporg


いつも。
いつでも。
いつまでも。
悪企み。
そいつほど。

胸が。
踊ることは。
無いだろう。
ドキドキ。
ワクワク。

ああしよう。
こうしよう。
思うだけ。
考えるだけ。
それだけで。

笑いが。
こみ上げてきて。
噛み殺すのに。
それは。
一苦労で。

しかも。
一緒に。
企める。
奴等がいれば。
この上ない。

さぁ。
今度は。
何を。
企もうかと。
仕掛けようかと。

『Bad Company』'74年リリース。
バッド・カンパニーの記念すべき1stアルバム。
結果的に米国での成功を手にすることなく解散したフリー。
恐らくははもう少し大人だったら、もう少しまともなプロダクションだったらと。
特にポール・ロジャースは忸怩たる思いを抱いていたはずで。
意地でも成功をその手にするまでは企みを止めないぞ、諦めないぞと。
その為の仲間、共犯者として先ずはフリーの盟友サイモン・カークを引っ張り込んで。
元モット・ザ・フープルもミックラルフス、元キング・クリムゾンのボズ・バレると。
企みを実行に移すには十分な仲間を揃えて、勇躍、再度全世界に打って出たと。
とか言いながら、モット・ザ・フープルの「Ready For Love」のカヴァーが含まれていて。
決して準備万端、満を持しての旗揚げ、船出では無かったのだろうなと。
そこは、それ。面白そうな面子が揃ったのだから、取り敢えずやっちゃおうみたいな。
そんな、勢い重視の乗りもあったのかなと。そして結果的にそれが功を奏したのかなと。
「Can't Get Enough」に代表される英国らしい重心の低さを残しながらも。
米国らしいとも言える大らかさの同居。これはやはり勢い故の産物と言うか。
少なくとも生真面目に考えていたら生まれてこなかった乗りだと思われるのですよね。
本当に、そのバランス、調合の度合いが絶妙なのですよね。奇跡に近いかもしれないなと。
ロジャースの歌声も、カークのドラムスも。その実、絶頂期はフリーの頃かなと思いますが。
こと、その真骨頂の一曲となったら「Can't Get Enough」かなとも。
ロジャースのフェイクを効かせた節回し、カークの溜めに溜めた、いやらしいまでの一叩き。
そこには、様々な経験を経たからこその、過っての悪ガキの悪企み、そんな味わいがあって。
そいつがね、何とも堪らない程に嬉しくあったりするのですよね・・・

幾つでも。
幾つになっても。
いつまでも。
悪企み。
そいつほど。

胸が。
騒ぐことは。
無いだろう。
ザワザワ。
ウズウズ。

ああなるかな。
こうなるかな。
思うだけ。
考えるだけ。
それだけで。

喜びが。
こみ上げてきて。
押し殺すのに。
それは。
一苦労で。

しかも。
一緒に。
乗っていける。
奴等がいれば。
言うことはない。

さぁ。
今度は。
何を。
企もうかと。
仕込もうかと。

ガキの頃。
裏山の。
洞穴に。
自分達だけの。
秘密基地を作って。

親にも。
先公にも。
内緒で。
密かに。
集まっては。

俺達は。
正義の味方なのだと。
いつか。
世界を救うのだと。
壮大な計画をぶち上げて。

そんな。
計画書を。
皆で描いて。
タイムカプセル宜しく。
埋めたりして。

そのくせ。
集まっては。
漫画を回し読みするとか。
下らないゲームに興じるとか。
気になるあの娘の話をするとか。

そのくせ。
日暮れ近くになって。
カレーの匂いが漂うと。
我先にと。
家へと駆けだしてしまって。

それでも。
消える魔球に挑んだのだ。
変身を試みたのだ。
缶蹴りの缶を追って、走り回って。
ガキなりに夢を、自由を追ったのだ。

あの頃から。
遠く離れたのか。
あの頃と。
何か変わったのか。
変わりたいのか。

ヘイ。
相棒、仲間たち。
さぁ、これからも。
今度も。
飛びっきりの悪企みをしようぜ!



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2018/03/21 Wed *独りでお茶を / Led Zeppelin

20180321presenceukorg


無駄に。
長生き。
生き残っていると。
それなりに。
勘働きはするもので。

とっくに。
折り返しを過ぎた。
この人生で。
何度目かの。
そしておそらく最後の。

勝負の時。
いまが、その時。
そいつに。
差し掛かっているのだと。
勘が告げている。

そうだな。
ここ暫くの。
流れ。
匂い。
たぶん間違いないなと。

ならば。
慌てずに。
騒がずに。
どう闘うのか。
どう闘い続けるのか。

独りで。
お茶でも飲みながら。
そいつに。
思案を巡らせる。
そんな時間も悪くはない。

『Presence』'76年リリース。
レッド・ツェッペリンの7枚目のスタジオ・アルバム。
ヒプノシスはツェッペリンに限らずに印象的なジャケットを制作しているけれど。
このオベリスクなるオブジェを用いたジャケットはその中でも特筆される部類かな。
まぁ、あの映画からもインスピレーションを得ているのだろうけれど。
それ以上に、ツェッペリンのサウンド、そしてその存在が大きかったのだろうなと。
そう、ツェッペリンの存在感、プレゼンスをヒプノシスは見事に表したのだなと。
さて。前年の全米ツアーを中止する原因となったロバート・プラントの交通事故と負傷。
それに伴うレコード会社及びファンからのニュー・アルバムへの期待と渇望と。
なかなかの極限状態の中で録音、制作されたことが知られているアルバムですが。
しかも録音していたスタジオでは次にローリング・ストーンズの予定が入っていてと。
そんなこんなで実質三週間程で、ストーンズに二日間待ってもらって録音を終えたらしく。
何とも緊張感に満ちたサウンドで。しかもツアーの中止によってあり余るエネルギー。
そいつを全部叩き込んだ様なサウンドは、もはや異常とも言える迫力と存在感があるなと。
アレンジを練っている時間が不足した為か、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムスと。
必要最低限の編成で臨んでいること。キーボードとかシンセを排除したことも効果的で。
削ぎ落され、磨き抜かれた。そんな強靭なサウンドの刃に貫かれる思いもします。
特に「Achilles Last Stand」「Nobody's Fault But Mine」そして「Tea For One」の3曲は。
息苦しいまでの密度があって。特にプラントが歌う以外に殆ど貢献できない状況下で。
偏執的と言えるまでにギターを重ねて、このサウンドを生み出したペイジの、その執念。
その凄まじさに、そのリフ・メイカー、アレンジャーとしの才能の凄さと共に震えます。
ロックと言う存在を、目に見えるほどにサウンドで表現してみせたのですからね・・・
何処か、まさに最後の戦いに挑む様も感じられて。そこプラントの存在の大きさを感じたりもします。

無為に。
長生き。
生き伸びてきたからには。
それなりに。
勘働きも鋭くなって。

そろそろ。
終わりを意識せざるを得ない。
この人生で。
何度目かの。
そしておそらく最後の。

勝負の時。
いまが、その時。
そいつの。
直中に投げ込まれているのだと。
勘が知らせている。

そうだな。
ここ暫くの。
空気。
雰囲気。
たぶん間違いないなと。

ならば。
焦らずに。
じっくりと。
どう闘うのか。
どう闘い抜くのか。

独りで。
お茶でも飲みながら。
そいつを。
掌で遊ばせてみる
そんな一日も悪くはない。

起きたこと。
起きなかったこと。
そいつは。
そう、最後は。
自分が選んだ結果。

起きていること。
起きていないこと。
そいつも。
そう、つまりは。
自分が選んだ結果。

起きること。
起きないこと。
そいつも。
そう、最後は。
自分が選ぶ、その結果。

今まで。
此処まで。
それなりに。
それなりの。
時を迎えて。

今まで。
此処まで。
それなりに。
それなりの。
勘を働かせて。

今まで。
此処まで。
それなりに。
それなりの。
闘いを潜り抜けてきた。

それも。
そろそろ。
最後かなと。
ならば。
再興に楽しむ為に。

今は、今日は独りでお茶を。



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2018/03/20 Tue *脳天杭打ち / Status Quo

20180320piledriver


好事魔多し。
なるほどね。
よく言ったものだと。
いや。
感心している場合ではないが。

そうか。
こうも。
見事に。
この。
タイミングで。

その。
一撃を。
放ってくるかと。
思わず。
笑ってしまうと言うか。

妙に。
清々しく。
納得さえも。
してしまう。
そんなこともあるのだと。

やられたなと。
まぁ。
考えたら。
あってもおかしくない。
話ではあるけれど。

ガツンと。
一発。
脳天杭打ち。
そいつを。
喰らわされたかな。

『Piledriver』'72年リリース。
ブギー一筋、ステイタス・クォーの5thアルバム。
ヴァーティゴに移籍後は、初めてとなるアルバムでもあります。
実は初期はサイケデリックなバンドで。ヒット曲も放っていたものの。
徐々にハードなブギーへとシフトし始めて。3rd辺りからブギー一筋。
その一本道が本格的に加速し始めて後戻りできなくなったのがこのアルバムからで。
その思い切りの良さ、小気味の良さもあって。全英チャートでも5位まで上がっていると。
今でも英国では国民的なバンドの地位にあるステイタス・クォーですが。
このアルバムから10年くらいが、本当に絶頂期にあったと言えるのかと。
まぁ、その実は。ブギーに心を決めたとか言いながらも。多少の迷いもあった様で。
バラードも数曲収められているのですが。凄いのはそいつが記憶に残らないと言う。
それだけブギーなナンバーが、実に何とも見事なままに心地よかったりするのですよね。
「Don't Waste My Time」「Big Fat Mama」「Paper Plane」「Roadhouse Blues」と。
このラインアップはあまりにも強力だなと。それはメンバーにも手応えとしてあったのか。
いずれもライヴでも定番となるナンバーだったりもするのですよね。
「Roadhouse Blues」なんて。ドアーズのオリジナルを何のひねりもなく、ただカヴァー。
あの歌声が無いので毒気には欠けるものの。そのハマり具合が妙に爽快だったりもします。
アルバム・タイトルは建設機械の杭打機の英語名称を捩ってつけたものと思われて。
ジャケットにもなっている所謂、ヘッド・バンギングの様が杭打機の動作に似ていると。
でもね、どうしても脳天杭打ちとの日本語名称を持つ、あのプロレス技を思い浮かべて。
そうだよな。ステイタス・クォーの一撃、その衝撃はまさに脳天に強烈な一撃、一発。
パイルドライバーを喰らわせられるのに等しいなと。何故か嬉しくて笑ってしまったりもするのです・・・

青天の霹靂。
なるほどね。
うまいこと言ったものだと。
いや。
得心している場合ではないが。

そうか。
ものの。
見事に。
この。
シチュエーションで。

その。
一撃を。
打ち込んでくるかと。
思わず。
頷いてしまうと言うか。

妙に。
素直に。
受容さえも。
してしまう。
そんなこともあるのだと。

やられたなと。
まぁ。
振り返ったら。
起きても不思議ではない。
話ではあるけれど。

ズドンと。
一発。
脳天杭打ち。
そいつを。
見舞われたかな。

練習も。
スパーリングも。
悪くはなく。
いい感じで。
運んで。

リングに。
上がったら。
ゴングと同時に。
コーナーを。
飛びだして。

手四つの。
探り合いから。
リストを極めて。
こちらのペースで。
押し込んで。

と、思ったら。
リストを返されて。
ロックを解かれて。
背中に。
エルボー一発。

思わず。
前屈みに。
なったら。
逆さまに。
持ち上げられて。

抵抗する。
間もなく。
脳天から。
マットに。
叩きつけられてと。

ガツンと。
一発。
ズドンと。
一発。
脳天杭打ち。

まぁ。
咄嗟に。
急所は外して。
KOは免れて。
リング外にエスケープ。

勝負は。
これから。
まだまだ続く。
しかし。
この脳天杭打ち・・少々効くかもなぁ・・・



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2018/03/19 Mon *俺を月に / Van Morrison

20180319moondanceukorg


月の明かり。
月明り。
その下では。
その中では。
素直になり過ぎて。

隠している。
秘めている。
そんな思いを。
思わず。
口にしてしまいそうで。

慌てて。
口を閉ざして。
飲み込んで。
ほっと。
胸を撫で下ろす。

別に。
その思いが。
疑わしいわけでも。
ましてや。
偽りだったりするわけでもない。

そう。
その思いが。
確かだからこそ。
真実であるからこそ。
口にできない、そんなもの。

なのに。
月明り。
そいつは。
とても優しくて。
そして少し意地悪で。

『Moondance』'70年リリース。
ヴァン・モリソンの3枚目のソロ・アルバム。
ワーナーでは『Astral Weeks』に次ぐ2枚目となるアルバムです。
今も精力的な活動を続けているヴァン。そのアルバムも相当な枚数に上り。
中には難解なものや、あまりにも精神世界に寄り過ぎているものも。
それでも一枚として駄作の類が無く。どれもが素晴らしい成果を結実させていて。
そこにヴァンの恐るべき才能と共に、音楽に対する真摯な姿勢と思いも感じるのですが。
その中でも、このアルバムが一番の傑作と呼ぶのに相応しいかなと。
否、傑作などと言う平凡な言葉で表すのが躊躇われる程の素晴らしいアルバムなのです。
収められているナンバーの質が高く、ヴァンの歌声が圧倒的なのは当然のこととして。
それ以上に、その表情と言うか、手触りと言うか。そんなものが凛としていながらも。
温かく、そして柔らかく輝いていて。その明りに身も心も照らされている気がするのです。
初めてヴァン自身がプロデュースも担当し、参加するミュージシャンも自ら選んだらしく。
その事によって。その思い描くところを余すことなく表現できたのが大きかったのか。
間違いなく、このアルバムは愛と希望に溢れていて。そしてその浪漫もまた実に何とも。
とかく気難しいイメージのあるヴァンですが。まぁ、実際にかなり神経質で頑固らしく。
それが時に素晴らしいのだけど、聴く者を近づけさせない孤高なものにもなるのですが。
このアルバムでのヴァンは、とても人懐っこくて。聴く者の心を開いてくれるのです。
恐らくは。ヴァン自身が楽しんでいる。その様、心持ちが伝わってくるからなのか。
胸の柔らかいところに優しい明りが射し込んで、慰撫されている様な感覚に囚われるかな。
特に「Moondance」「Crazy Love」「Caravan」と続くA面は奇跡が呼び起こされていると。
もう、本当に。月明りの下で踊りたくなる程に、それ程に幸福感に包まれるのです・・・

月の明かり。
月明り。
そいつに照らされると。
そいつに包まれると。
仮面を脱ぎ捨てて。

隠している。
秘めている。
そんな思いに。
思わず。
突き動かされてしまいそうで。

慌てて。
伸ばした手を、指を。
引っ込めて。
はっと。
指先を見つめてしまう。

別に。
その思いが。
やましいわけでも。
ましてや。
気の迷いの類などであるわけでもない。

そう。
その思いが。
正しいからこそ。
本物であるからこそ。
触れてはならない、そんなもの。

なのに。
月明り。
そいつは。
とても温かくて。
そして少し気紛れで。

見上げれば。
今夜も。
月が。
輝いて。
微笑んで。

ついつい。
微笑み返して。
胸の内を。
明かして。
しまいそうになる。

振り返れば。
今夜も。
月が。
ついてきて。
囁きかけて。

ついつい。
足を止めて。
囁きに。
耳を傾けて。
しまいそうになる、

立ち止まれば。
今夜も。
月も。
動きを止めて。
包み込んでくる。

ついつい。
甘えて。
思いのままに。
そのままに。
駆け出したくもなる。

月の明かり。
月明り。
その下では。
その中では。
仮面を脱ぎ捨てて。素直になり過ぎて。

そうさ。
月明り。
そいつは。
とても優しくて。温かくて。
そして少し意地悪で。気紛れで。

俺を月に連れてってくれないか。

Fly me to the moon in other words...



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2018/03/18 Sun *ふわふわ / The Kinks

20180318sleepwalker


余韻。
冷めやらず。
その中で。
あっちへ。
ふわふわ。

目覚めても。
動きだしても。
どうにも。
こうにも。
地上から数センチ。

浮かんでいる様で。
足の裏に。
地面を感じられない。
未だ。
昨日の続き。

その。
ある種の躁状態。
その。
熱気の中から。
脱け出せていない。

今日は。
何処かへ。
行くのだっけ。
何かを。
するのだっけ。

どうにも。
こうにも。
尾を引いたまま。
ふわふわ。
ふわふわ。

『Sleepwalker』'77年リリース。
キンクスのアリスタ移籍第一弾となったアルバム。
ここから。このアルバムからロックンロールに心を決めて。
米国市場へと狙いを絞ったキンクスの新たな道程が始まったと。
どうも。古くからのキンクス・ファンの中には。それを好ましく思わないと言うか。
アリスタ時代は真っ直ぐに過ぎるとの意見も多いらしいのですが。
しかし。だからと言って。「You Really Got Me」の時代に逆戻りをした訳ではなくて。
ロック・オペラ偏愛時代?に磨き上げた、手に入れた多彩な色合いはそのままに。
その多彩な様はそのままに。よりシンプルな表現をストレートなサウンドでと。
そして。どんな表現だろうと。どんなサウンドだろうと。変わらないレイ・デイヴィスの。
その生み出す、奇妙で美しく、そして愛しい詞の世界とメロディ。それは健在で。
いや、むしろ様々なものが削ぎ落されただけに。より伝わりやすくなったかもしれなくて。
十二分にロックンロールとしてカッコよく、そして十二分以上にキンクスらしいと。
その魅力が引き出され、輝いていて。故に全米でも実に久し振りにチャート・インしたと。
「Sleep Walker」「Sleepless Night」「Full Moon」と。眠れない夜の物語。
夢遊病だったり、睡眠障害だったり、狼男であったりと。そんな歪みのある世界を歌いつつ。
「Life On The Road」と「Life Goes On」で挟み込み。憧れとか夢が破れても。
それでも人生は続いていくのだと。そんなことをロックンロールに乗せてさらっと示して。
聴く者の肩を軽く叩いて、皮肉な微笑を浮かべながらも背中を押してみせる。
そう、ここにもレイならではの。市井の人々に対する温かな眼差しを感じられるのですよね。
そして。その当人であるレイは。それこそ夢遊病の様に。ふわふわと闇の中を彷徨っている。
ジャケットの真夜中闊歩する者の孤独と悲哀。妖しい魅力。キンクス、レイが何者であるかが表れているなと・・・

余熱。
冷めやらず。
その中を。
あっちへ。
ふわふわ。

目を閉じても。
横になっても。
どうにも。
こうにも。
寝床から数センチ。

浮き上がっている様で。
背の裏に。
布団を感じられない。
未だ。
昨夜の続き。

その。
ある種の躁状態。
その。
熱気の渦に。
囚われたまま、そのまま。

今夜は。
何処にも。
行きもしない。
何も。
しもしない。

それなのに。
どうにも。
燼が燻ったまま。
ふわふわ。
ふわふわ。

ろくなもの。
じゃない。
大した。
ものじゃない。
そんなもの。

いつも。
どこかで。
怠けて。
遊んでと。
そんなもの。

いつも。
どこかで。
サボって。
ふざけてと。
そんなもの。

生まれついての。
根っからの。
夢遊病。
時も選ばず。
そんなところ。

筋金入りの。
治る見込みもない。
夢遊病。
場所も選ばず。
そんなところ。

開き直りの。
愛に飢えている。
夢遊病。
相手を選ばず。
そんなところ。

余韻の中。
余熱の中。
あっちへ。こっちへ。
ふわふわ。
ふわふわ。



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2018/03/17 Sat *なんて日だ / Sonny Boy Wiliamson

20180317bummerroad


なんて日だ。
皮肉って。
毒づいて。
噛みついて。
そんなことで。

何かが。
変わるとも。
動くとも。
思っちゃいない。
思っちゃいないが。

それでも。
一言。
言わないと。
言ってやらないと。
気が済まない。

ふざけるなと。
馬鹿にするなと。
一寸の虫にも。
五分の魂。
そいつを甘く見るなよと。

お前さん達が。
どれだけ偉いか知らないが。
こちとらは。
唯の落伍者かも知れないが。
どっこい生きているのだと。

だから。
遠吠えでも。
構いはしない。
お前さん達に心までは。
渡しはしないぜと叫んでやる。

『Bummer Road』'69年リリース。
サニー・ボーイ・ウィリアムスン二世のチェスでの4枚目となるアルバム。
サニー・ボーイの死後、4年目にして3枚目のアルバム。
それだけサニー・ボーイの人気が高かった証でもあるのかなと思わされます。
収められているのはチェスでの中期、'57年~'60年の音源で。
全10曲の内、シングルとしてリリースされたのは2曲のみと。渋いと言うか。
ロバート・ジュニア・ロックウッドとの絡みが絶妙なナンバーも含まれていますが。
サニー・ボーイのアルバムの中でも一際マニアックな内容と言えるかもしれません。
それを象徴しているのが「Little Village」なる10分を超える長尺のナンバーで。
実は、これが何度もダメ出しを食らって。延々とやり直すセッションの模様を収めていて。
何でダメ出しされているかと言うと。サニー・ボーイがラフなアイデアだけ持ってきて。
録音を始めるも、同席していたレナード・チェスがお気に召さずに止められると。
そうすると、その度にサニー・ボーイは放送禁止用語をレナードに向かって放つと言う。
何とも大胆で不埒なサニー・ボーイの本領発揮で。呆れると言うか笑ってしまいます。
それを、そのままリリースするレナード、チェスも何とも大胆で不敵ではあります。
そして。そこにサニー・ボーイへの愛情をも感じとれてしまうのですよね。
お互いに、その日はなんて日だと思っていたと思うのですけどね。それだけ真剣だったとも。
「Little Village」があまりにも強烈な印象を残すのですが。その他のナンバーも。
サニー・ボーイらしい、伸びやかなハープの音色とか、ドスの効いた歌声とかが魅力的で。
その生々しさ、そして小粋な凄味とでも言うべきものが迫ってくるのです。
アルバム・タイトルはスラングで堕落とか、落伍者とでも訳すのが相応しいのかな。
そんな大胆で、不埒で、不敵なサニー・ボーイのイメージにぴったりなアルバム・タイトル。
やっぱり、サニー・ボーイは愛されていたのだなと感じてしまうのは感傷が過ぎるかな・・・

なんて日だ。
風刺して。
辛辣に。
突っかかって。
そんなことで。

何かを。
変えられるとも。
動かせるとも。
思っちゃいない。
思っちゃいないが。

それでも。
一刺し。
刺さないと。
刺してやらないと。
気が治まらない。

冗談じゃないぞと。
馬鹿にするのも大概にと。
蛞蝓にも。
角はある。
そいつを嘗めてかかるなよと。

お前さん達が。
どれだけご立派か知らないが。
こちとらは。
唯の慮外者かも知れないが。
それでも生きているのだと。

だから。
遠吠えでも。
構いはしない。
お前さん達に魂までは。
売りはしないぜと歌ってやる。

品も。
無ければ。
質も。
良くはない。
そんなもの。

才も。
無ければ。
財も。
ありはしない。
そんなもの。

技も。
劣れば。
量も。
拙い。
そんなもの。

せいぜい。
見得と。
ハッタリが。
少しは効く。
そんなところ。

せいぜい。
勘と。
度胸が。
少しは働く。
そんなところ。

せいぜい。
押しと。
声が。
少しは通る。
そんなところ。

落伍者。
慮外者。
不埒に。
不敵に。
噛みついて、刺して。

少しは伝わったかと・・・なんて日だ(笑)。



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2018/03/16 Fri *居心地が / Big Joe Williams

20180316blueofhigwayfortynine


あぁ。
ここも。
やっぱり。
そうなのかと。
そうなのだと。

別に。
特別に。
何かがある。
そんな訳ではなくて。
そうなのだけど。

特に。
誰が。
どうとか。
そんな訳でもなくて。
それはそうなのだけど。

ここも。
所詮は。
仮の宿。
そんなものに過ぎないと。
そう思い当たり。

少し落胆。
でも。
実のところ。
かなりホッとして。
また転がろうかと。

誰の。
せいでもありゃしない。
居心地が。
悪いのは。
己の持って生まれたもの。

『Blues On Highway 49』'62年リリース。
漂泊の、放浪のブルース・マン、ビッグ・ジョー・ウイリアムズ。
生涯、放浪を続けたと言われるウィリアムズのデルマークでの2枚目のアルバム。
あの「Baby Please Don't Go」のオリジネーターとしても知られるウィリアムズですが。
何と言っても個性的なのはその手作りとも言われる9弦ギターで。
そのギターをマンドリンの様にかき鳴らしながら、野太く逞しい歌声を聴かせています。
何でも。最初は普通のギターを使っていたものの。早くから人気者だったウィリアムズ。
真似をする輩が後を絶たないので、弦を一本増やしたと。そうしたらまた真似をされてと。
それを繰り返している内に、遂には9弦ギターに辿り着いたのだとか。なんとも、まぁ。
さて。ミッシッピー生まれのウィリアムズ。若い日からギターを肩に放浪を続けて。
その行動範囲はテキサスから、フロリダにまで及んだとも言われています。
9弦のギター、それさえあれば。どこでも稼げる、どこでも生きていける。
そんな自負もあったのでしょうか。一説では相当な酒飲みで酒癖が悪かったとも。
元々、一ヶ所に腰を落ち着けられる人では無かったのか。故に初録音も30歳過ぎだったと。
そして第二次世界大戦を挟んで、再発見されてこのアルバムを含む録音の機会を得て。
それでも放浪癖は収まらなかった様で。「Highway 49」「#13 Highway」と言ったナンバー。
それ以外のナンバーも殆どが、その放浪の、旅の路上での思いや、様子を歌っていて。
終生、ひとところに定住すると言うことが無く、録音やツアーの依頼にも苦労したとか。
人は、ウィリアムズは何故に放浪するのか。精神的な何かを求めて。それもあるでしょうが。
やはり、酒とか。そしてお姉ちゃん絡みの何やかや。追われることもあれば、その逆も。
その繰り返し。そして相手は特定の誰かだけではなく、共同体そのものになったりもして。
やがて。放浪そのものの居心地が良くなってしまう。そんな路上のブルースが沁みるのです。
実は、ボブ・ディランにも影響を与えているウィリアムズ。その風に吹かれ続ける様が好きなのかもしれません。

あぁ。
ここも。
やっぱり。
そうだったかと。
そうだったのだと。

別に。
特別な。
何かを。
望んでいた訳ではなくて。
そうなのだけど。

特に。
誰かに。
何かを求めていた。
そんな訳でもなくて。
それはそうなのだけど。

ここでも。
やっぱり。
仮暮らし。
それ以上ではあり得ないと。
そう思い当たり。

少し溜息。
でも。
実のところ。
微笑が浮かびもして。
また転がるだけだと。

誰の。
せいでもありゃしない。
居心地が。
悪いのは。
己が望んではいないから。

優しく。
されれば。
悪い気はしない。
感謝しかない。
なんだけど。

頼りに。
されれば、
悪い気はしない。
応えもする。
なんだけど。

どうにも。
きまりが悪い。
むず痒くなってくる。
続きはしないと。
知っているから。

ここらでと。
受け入れられればと。
思いもするが。
それを許さない。
ものを飼っている。

所詮は。
仮の宿。
やっぱり。
仮暮らし。
誰のせいでもなく。

少し落胆。
でもホッと。
少し溜息。
でも微笑んで。
それが己の性なのか。

漂泊。
放浪。
流離の。
路上、風の中。
居心地がいいんだよ・・・



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2018/03/15 Thu *デヘデヘでも、デロデロでも / Lightnin' Hopkins

20180315mojohand


デヘデへでも。
何でも。
いいのだ。
そう。
この際は。

デヘデヘに。
なろうが。
何だろうが。
そんなことは。
些細なこと。

後ろ指を。
指され様とも。
嘲りを。
受け様とも。
構いはしない。

それで。
そうすることで。
あれが。
手に入るのなら。
手に出来るのなら。

何だって。
するのだ。
何をものも。
拒みはしない。
受け入れるのだ。

だって。
いま、この時。
必要なものは。
あれ。
それだけなのだ。

『Mojo Hand』'62年リリース。
その著名なジャケットも強烈極まりない。
ライトニン・ホプキンスの代表作にして傑物たるアルバム。
所謂、再発見後のライトニン。その魅力の総てがここにあるかなと。
ライトニンのギターに。ベースとドラムス。そのシンプルな編成ながらのド迫力、凄味。
えぐみもたっぷりに、デロデロと迫ってくるライトニン。臓腑を抉られます。
再発見のきっかけが時ならぬフォーク・ブルース・ブームによるものだったので。
再発見後の録音は基本弾き語りで。それはそれで悪くは無いのですが。
どうにももどかしさが残ると言うか。ライトニンも勝手が違うのだろうなと感じられて。
そこへいくと。このファイアのオーナーにして、このアルバムのプロデューサー。
ボビー・ロビンスは、ニューヨークのハーレムでレコード屋を経営していただけあって。
現場を知っていると言うか、聴衆がライトニンに何を求めているかを肌で知っていたと。
それはズバリ。ナニを想像しながら、起ち、濡らし、そして踊れるガツンとくるブルース。
それが集約されたのがA面頭の「Mojo Hand」で。その一撃は見事に狙いを捉えて。
キャッシュボックスのR&Bチャートの30位以内に入るヒットとなったのでした。
その「Mojo Hand」を始めとするアップなブルースは逞しくも下卑た生命力に溢れていて。
またスロー・ブルースは腹の底、地の底から湧き上がり、のたうち回る様に言葉を失うと。
これぞライトニン、まさに本領発揮のアルバム。ボビーの嗅覚、手腕に感謝です。
何でも、ライトニンをその気にさせる為に。わざとスタジオの証明は暗くして。
勿論、アルコールも用意して。更には綺麗なお姉さんまでライトニンの横に侍らせたとか。
そこまでされればね。ライトニンもデヘデへと。デロデロのブルースをかますわなと。
デヘデヘで、デロデロで。そしてズブズブで、ドロドロのブルース。これぞライトニンのブルースなのです。

デロデロでも。
何でも。
いいのだ。
そう。
ここに至っては。

デロデロに。
なろうが。
何だろうが。
そんなことは。
些末なこと。

目くじらを。
立てられよう様とも。
誹りを。
受け様とも。
構いはしない。

それが。
そうすることが。
あれを。
手に入れる。
手に出来る術ならば。

何だって。
やるのだ。
何ものをも。
受け入れるのだ。
拒まないのだ。

そうさ。
いま、この時。
必要なものは。
あれ。
それしかないのだ。

この。
沈んだ。
澱んだ。
気分を。
打ち破るには。

この。
滞った。
遅々とした。
状況を。
切り拓くには。

相応の。
刺激が。
相当な。
打撃が。
必要なのだ。

鳩尾を
臓腑を。
抉る様な。
一撃が。
必要なのだ。

そんな。
あれが。
手に入るのなら。
手に出来るのなら。
構いはしない。

後ろ指も。
嘲りも。
目くじらも。
誹りも。
甘んじてうけるのだ。

デヘデへでも。
デロデロでも。
何でも。
いいのだ。
あれを手に、握りしめて一撃を!



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2018/03/14 Wed *揺れろ、揺れろと / Howlin' Wolf

20180314howlinwolf


揺れろ。
揺れろと。
揺れるのを。
揺れ出すのを。
待っている。

この身が。
自然と。
揺れ動く。
その瞬間を。
待っている。

そいつを。
感じたら。
逃さずに。
捉えたら。
そのままに。

波に。
乗って。
突き動かされる。
蠢く。
そのままに。

身を任せて。
湧き上がる時を。
待ち構えて。
身の内に。
貯えて。

揺れのままに。
総てを。
声にして。
吐き出して。
吠えてみるかと。

『Howlin' Wolf』'62年リリース。
ハウリン・ウルフのチェスでの2枚目のアルバム。
そのジャケットからロッキン・チェアの通称で知られています。
何でも、ウルフが撮影に現れずに。仕方が無いので自宅からウルフが愛用していた。
ギターと、椅子をスタジオに運んで撮影された・・・と言うのは俗説に過ぎませんが。
さてと。メンフィスからウルフがシカゴへ出てきたのが'52年だったのかな。
後を追う様にヒューバート・サムリンもシカゴへ出てきて。
そのコンビが確立して。ウィリー・ディクソンが参謀役に収まってと。
そんなシカゴでのウルフの体制が整った'60年~'61年の録音を中心に。
それ以前の録音からも選ばれた全14曲が収められています。
ラフで、タフで。強面そのもののブルースを唸り、叫ぶのがウルフのブルースで。
そこに、直観的に鋭角に切り込んでくるのがサムリンのギター。その様が実に見事で。
更には、それまではメンフィス、南部に伝わるブルースをレパートリーとしてきたウルフに。
新たな時代の、都市の裏町、裏街道のドス黒い匂いが漂うブルースを提供し歌わせたのが。
他ならぬディクソンで。それがまたウルルの唸りや、叫びを魅力的にしていると。
その巨体を揺らしながら、グイグイと迫ってくるウルフ。その凄味が堪らないのです。
ディクソンの起承転結のあるナンバー、鋭く自由に空間を切り裂くサムリンのギター。
そしてダイナミックな乗りで、空気を揺らせ、震わせるウルフの歌声・・・
そう。もはやこれはロックなのだなと。だからこそマディ・ウォーターズ以上に。
ブリティッシュ・ビート勢にも愛されたのかなと。そう得心がいったりもするのです。
そう考えると。このジャケット、そこから生まれた通称。何とも言い知れぬものがあると。
自ら揺れながら、空気を、周囲を揺らす。これぞブルースの、そしてロック、ロックンロールの極意かなと。

揺れろ。
揺れろと。
揺れるのを。
揺れ出すのを。
待っている。

この心が。
自然と。
揺れ動く。
その瞬間を。
待っている。

そいつに。
触れたら。
放さずに。
離れずに。
そのままに。

波に。
乗って。
揺り動かされる。
震える。
そのままに。

心を任せて。
溢れ出す時を。
待ち構えて。
心の内に。
貯えて。

揺れるままに。
思いを。
声にして。
吐き出して。
吠えてみるかと。

無理に。
動く。
揺れる。
ことはない。
意味はない。

嫌々で。
動く。
揺れる。
くらいなら。
止めればいい。

この身が。
この心が。
自然と。
揺れ動く。
その瞬間。

そいつを。
感じたら。
逃さずに。
触れたら。
放さずに。

捉えたら。
そのままに。
離れずに。
そのままに。
揺れて。

突き動かされ。
蠢く。
揺り動かされ。
震える。
そのままに。

身を、心任せて。
湧き上がる、溢れ出す時を。
待ち構えて。
身の、心の内に。
貯えて。

吐き出して。
吠えて。
揺れろ。
揺れろと。
己を、空気を、周りを揺り動かそう!



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2018/03/13 Tue *現在、過去、未来 / Benny Spellman

20181013lipsticktraces


占いなど。
その類など。
信じてはいないが。
偶さかには。
ふと。

この先。
そうだな。
この道を。
行ったならば。
どうなるのかと。

この先。
どうだな。
誰かと。
運命の出会いなど。
果たすのだろうかと。

そんなことが。
漠然とでも。
見えたらいいかもと。
そんなことを。
思わないでもない。

でもな。
占い師とやらが。
何を。
語ったところで。
見せたところで。

そいつを。
手にするのも。
手にしないのも。
結局は。
自分次第ではあるけれど。

『Lipstick Traces』'87年リリース。
ニューオーリンズのシンガー、ベニー・スペルマン。
そのミニット、アーロンに残された'60年代の音源から選曲されたアルバム。
例によって、これまたP-VINEのお仕事、日本独自の編集アルバムです。
さて。ベニーと言う穂とはフロリダの生まれで。クラヴ等で歌っている時に。
かのヒューイ・スミスと意気投合してヒューイのクラウンズに加入して。
そのままニューオーリンズにまでついてきてしまったと言う、そんな経歴のもち主で。
その後、クラウンズを止めて。ソロになるものの。暫くは芽が出なかった様で。
バック・シンガーとして糊口を凌いで。アーニ・K・ドゥーの「Mother-In-Law」の。
あの低音の印象的な合の手もベニーによるものだったりします。
そして。恐らくはそこでアラン・トゥーサンの目に適ったものだと思われて。
そのトゥーサンの「Fortune Teller」と「Lipstick Traces (On A Cigarette)」のヒットで。
そう実はシングル盤のA面とB面にカップリングされていたこの二曲によって。
一躍、世間にその名前を知られる様になって。その陽気な歌声で親しまれる様になったと。
ちょっとボ・ディドリーをも思わせるビートも印象的な「Fortune Teller」と。
ちょっとゆったりとノベルティな「Lipstick Traces (On A Cigarette)」と。
ベニー自身は「Lipstick Traces (On A Cigarette)」のスタイルがお得意だった様ですが。
ローリング・ストーンズ、そしてフーもカヴァーした「Fortune Teller」が。
このニューオーリンズなR&Bスタイルこそがブリティッシュ・ビート勢を魅了したと。
このアルバムには当時はお蔵入りになったナンバーも含まれていて。なかなかのもので。
アランの兵役による活動中断の影響もあってか。'70年代にはセミ・リタイア状態に。
何でも、アルコールとか自動車の販売業者に転じたのだとか。人の運命とは分からないものですねぇ・・・

想い出など。
その類など。
顧みはしないが。
偶さかには。
ふと。

あの時。
そうだな。
あの道を。
選んだのならば。
どうなっていたのかと。

あの時。
そうだな。
あの娘をあのまま。
行かせなかったら。
どうなっていたかと。

そんなことを。
漠然とでも。
考えたことが。
無いかと言われたら。
そうでもない。

でもな。
想い出とやらが。
何を。
思わせたところで。
見せたところで。

そいつを。
手にしなかったのも。
手に出来なかったのも。
結局は。
自分次第ではあるけれど。

未来。
そいつが。
見えるのなら。
楽にはなるかもしれないが。
面白くはないだろう。

未来。
そいつが。
決まっているのならば。
苛立ちはなくなるかもしれないが。
味気も何もないだろう。

過去。
そいつに。
学べるのならば。
危うくはなくなるかもしれないが。
楽しめないだろうな。

過去。
そいつが。
変えられるのならば。
得られるものもあるかもしれないが。
失うものもあるだろう。

そう。
占い師には。
用はない。
吸い殻の口紅も。
褪せて構わない。

現在。
過去。
未来。
結局は。
自分次第、それでしかない・・・



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2018/03/12 Mon *切り裂いて / Black Uhuru

20180312tearitup


苛々も。
もやもやも。
そんなものに。
悶々として。
涙が滲むくらいなら。

いっそのこと。
切り裂いてしまえばいい。
切り裂き。
破り。
捨て去ってしまえばいい。

苛立つのは。
苛立つのには。
それなりも。
理由がある。
そんなところ。

そんなものを。
探る。
そんな手間など。
結局は。
無駄に終わるもの。

関わっている。
時間が。
もったいない。
その時間があれば。
前を向くのがいい。

切り裂き。
破き。
捨て去って。
止まらず。
新たな地平へと。

『Tear It Up』'82年リリース。
ブラック・ウフルーの初めてとなるライヴ・アルバム。
詳細なデータは不明ながら、前年の英国ツアーでの録音だとか。
余談ですが。その翌年、このアルバムがリリースされたその年には。
ローリング・ストーンズのオープニング・アクトとして欧州ツアーを行っています。
この頃、レゲエは特に英国や欧州で大きなうねりと共に広がりを見せていて。
そのトップ・ランナーの一組であったブラック。ウフルーのライヴですから。
観客の盛り上がりも、それに相応しいもので。実にいい空気の中で行われたのだなと。
リズム隊は勿論、スライ&ロビーで。その強靭なビートとリズム。
その上で自在に、それぞれの個性を発揮する三人のシンガーの姿がクールで、スリリングで。
ライヴでは殊更、その威力を発揮するスライ&ロビーも凄まじいのですが。
それと対等に渡り合って。全体を支配してみせるマイケル・ローズの力量には。
改めて感服させられるかな。それとピューマ・ジョーンズ。
紅一点であるその個性も得難いものだったのだなと思わされるのですね。
何でも一部ではシンセ・ドラムの使用と、マイケルの硬質な歌声によって。
ロック・ファンにも受け入れられ、高い支持を得たことがレゲエとしては如何なものかと。
そんな世迷言を口にする輩もいるようですが。何を言っているのかなと。
そんな狭量な村社会の慣習など、切り裂いて、破いていくパワーがここにはあります。
そして。それを支えているスライ&ロビー。この二人は・・・本当にねぇ。
アルバムのラストは2人のベース・ソロとドラム・ソロが聴けるのですが。
弾む重戦車?そのまま、そのビート、そのリズム、そのグルーヴに酔いしれていたくなると。
マイケルも、ピューマも。酔いしれながら歌っていたのではないかと思ったりもしてね。

腹立ちも。
やるせなさも。
そんなものに。
煩悶として。
涙が零れるくらいなら。

いっそのこと。
切り裂いてしまえばいい。
切り裂き。
破り。
脱ぎ捨ててしまえばいい。

気鬱なのは。
気鬱になるのには。
それなりも。
理由がある。
そんなところ。

そんなものに。
関わる。
そんな手間など。
結局は。
徒労に終わるもの。

手間取っている。
時間が。
もったいない。
その時間があれば。
前に進むのがいい。

切り裂き。
破き。
脱ぎ捨てて。
振り返らず。
新たな地平へと。

いつまでも。
埒が明かない。
そんな事柄に。
関わっていられるほど。
暇でもない。

どこまでも。
交わらない。
そんな輩に。
構っていられるほど。
お人好しでもない。

苛立ちが。
凶器となって。
自分に向かう。
その前に。
捨て去ろう。

気鬱が。
狂気となって。
自分を襲う。
その前に。
脱ぎ捨てよう。

何もかもが。
手に入る。
そんな訳もない。
見極めよう。
切り裂こう。

何もかもを。
望んでいる。
そんな訳もない。
取り戻そう。
切り裂こう。

切り裂いて。
破いて。
捨て去り。
脱ぎ去り。
荒野を目指そう・・・



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2018/03/11 Sun *今ここにある危機 / Steel Pulse

20180311earthcrisis


どこでもない。
そこでもない。
それは。
そいつは。
ここにある。

対岸ではない。
彼岸でもない。
それは。
そいつは。
ここにある。

見栄えの良い。
光景に。
目を眩まされている。
その内に。
ここまできている。

耳触りの良い。
言葉に。
耳を塞がれている。
その内に。
ここまできている。

気づいたら。
逃げる場所など。
どこにも。
そこにも。
ここにもありはしない。

目を覚ませ。
耳を澄ませ。
今からでも。
遅くはない。
現実から逃避するなかれ。

『Earth Crisis』'84年リリース。
そのジャケットも印象的なスティール・パルスのアルバム。
英国はバーミンガム出身のスティール・パルス。
常に、社会と向き合い合ってきたブリティッシュ・レゲエ・バンドですが。
このアルバムでは当時の東西冷戦を背景とした世界の危機に警鐘を鳴らしています。
米国の大統領、ソ連の書記長、ローマ法王、ベトナム戦争、アフリカの飢餓、KKK。
様々な差別や、格差、抑圧。その果てに行われ続ける愚かな戦争。
犠牲になるのは常に弱者ばかり・・・そんな世界を告発し続けるスティール・パルスです。
今では東西冷戦など忘れ去られた昔の話になっているのでしょうが。
実のところは現代と地続きで。世界の構造が複雑になって見え難くなっただけのことで。
差別、格差、抑圧。憎悪、偏見、暴力。そして戦争やテロの蔓延と。
何も変わっていないどころか。状況は悪化の一途で。危機はますます増大していて。
故に。このアルバムは、その訴えは今も、未だに有効であり続けているのです。
強靭で、乾いた感覚もあるリズム隊、そして鋭く刻まれるギター。それらに支えられて。
何とも柔らかい歌声と、ハーモニーするコーラスの美しさが何とも印象的で。
鋭いメッセージを伝えるものは、何もハードなサウンドと、声高なシャウトだけではないと。
そんなことを感じさせてくれるその姿に、強大な敵との闘い方を教えられる気もするかな。
全8曲。総てがオリジナルで。総ての曲が4分以上、6分を超えるナンバーもあって。
メッセージを丁寧に伝えようとするその考えの表れかなとも思わされます。
それにしても。本当にメロディの素晴らしいナンバーが多くて。実に起伏に富んでいて。
聴いていて飽きると言うことが無くて。より広く、より多くに伝播していく力があると。
武器として優れている刃は、芸術品としても美しく優れているのだと。そんなことも思わされるのです。

いつでもない。
いつかでもない。
それは。
そいつは。
ここにある。

対岸にもある。
彼岸にもある。
それは。
そいつは。
ここにもある。

口当たりの良い。
良薬に。
身を蝕まれている。
その内に。
ここまできている。

射し障りのない。
事物に。
心を囲まれている。
その内に。
ここまできている。

気づいたら。
隠れる場所など。
どこにも。
そこにも。
ここにもありはしない。

身を守れ。
心を放て。
今からでも。
遅くはない。
事実から逃散するなかれ。

本当は。
見えている。
そうだろう。
見えない振りは。
もう止めよう。

本当は。
聞こえている。
そうだろう。
聞こえない振りは。
もう止めよう。

見栄えの良い。
光景。
耳触りの良い。
言葉。
それだけではない筈だと。

本当は。
見えている。
傷口から。
流れる赤い血が。
そうだろう。

本当は。
聞こえている。
精神が。
上げる悲鳴が。
そうだろう。

口当たりの良い。
良薬。
射し障りのない。
事物。
それだけではない筈だと。

事実から逃散するなかれ。
現実から逃避するなかれ。
どこでもない。
そこでもない。
ここにあるものから。

今ここにある危機から。



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2018/03/10 Sat *契約 / UB40

20180310signingoff


契約。
誰と。
何を。
契るのか。
そいつが問題だ。

簡単に。
考えて。
署名する。
その前に。
立ち止まって。

問いかけよう。
投げかけよう。
本当に。
信頼できるのか。
問題ないのか。

隠されている。
そんなものはないか。
見えている。
そのものは。
真実なのか。

残念だけど。
この世界には。
薄汚い。
不誠実な。
そんなものが蔓延っている。

自らの身は。
他の誰でもない。
自らが闘って。
自らが守るしかない。
だから。誰と。何を。

『Singing Off』'80年リリース。
ブリティッシュ・レゲエ・バンド、UB40の1stアルバム。
ブリティッシュ・レゲエの中でも新世代に属していたUB40です。
メンバーは黒人と白人の混合編成で。スカやダブの影響も大きく。
そう。同時期のスペシャルズなどツー・トーン勢にも通じるものがあったかなと。
後年は、随分とロマンティックと言うか柔らかいナンバーが大ヒットしたせいもあって。
そのイメージは薄らいでしまったものの。実はかなり硬派なバンドでした。
何しろそのバンド名からして、英国の失業給付の申請書の様式番号そのものであって。
このアルバムのジャケットは、そのものずばりのその申請書を模したものだったりします。
失業給付と言う契約を国と結ばないと生きていけない。それもいつ打ち切られるか。
当時の英国の、特に若者達の逼迫した状況を背景に出てきたバンドだったのですよね。
米国での黒人に対する冤罪を歌ったとされる「Tyler」で始まり。
キング牧師に関して歌った「King」と続くA面頭からの2曲でその立ち位置を明確にして。
A面最後の「Burden Of Shame」でその舌鋒は痛烈さを極めます。
北アイルランド問題などを背景に、英国人であることが恥ずかしいと告発しています。
保守化、右傾化が際立ち始めた当時の社会、世界に対する危機感と、対決する姿勢。
その告発と問いかけが今でも有効であること、今こそ必要とされることには慄然と・・・
それだけの覚悟をもった歌を支えるのが、実に緩やかなリズムであるのも特徴的ですが。
その緩やかな、浮遊感を支えているのが、単調な様で緊張感に溢れたベースだったりもして。
単に感情に任せて怒りをぶちまけるだけではなくて。冷静に見極めて、計算をして。
平易な歌詞と、心地よいリズムによって。目を逸らしてはならない物事の本質。
それを聴く者に突き付けている。そこにこの頃のUB40の志しの高さを感じるのです。

契約。
誰と。
何を。
約するのか。
そいつが問題だ。

安易に。
考えて。
署名する。
その前に。
思い止まって。

問いかけよう。
投げかけよう。
本当に。
望んでいるのか。
納得できるのか。

隠されている。
そんなことはないか。
見せられている。
そのことは。
真実なのか。

残念だけど。
この世界には。
薄ら笑いの。
詐欺師たち。
そんな輩が罷り通っている。

自らの心は。
他の誰でもない。
自らが闘って。
自らで守るしかない。
だから。誰と。何を。

目の前に。
ぶら下げられた。
ものに。
飛びつく。
その前に。

目に見えない。
煽られた。
熱病の様な。
流行り廃りに。
踊らされずに。

見え見えの・
作為的な。
落とし穴にさえ。
気づかぬほどに。
流されずに。

その目を。
見開いて。
見逃さずに。
真実を。
確認しよう。

その耳を。
澄ませて。
聞き逃さずに。
真実を。
捕捉しよう。

その心を。
研ぎ澄ませて。
自分にとっての。
真実を。
感じとろう。

契約。
誰と。
何の。
契約をするのか。
そいつが問題だ。

皆殺しのバラードを耳にする前に・・・



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2018/03/09 Fri *より激しく、より明るく / Original Soundtrack

20180309thehardertheycomeostjm


より激しく。
より明るく。
それこそが。
生き伸びる。
コツなのだろうかと。

どっちを見ても。
どう考えても。
どうにも。
こうにも。
八方塞がりに思われて。

見せかけの。
美しさや。
優しさや。
そんなものに。
惑わされている内に。

どんどん。
狭くなり。
どんどん。
許されなくなり。
がんじがらめで。

寛容も。
許容も。
否定されるのが。
当たり前の。
そんな世界で。

奴等が。
薄ら笑いを浮かべて。
迫ってくる。
だからこそ。
より激しく、より明るくと。

『The Harder They Come』'72年リリース。
ジミー・クリフが初めて主演した映画のオリジナル・サウンドトラック・アルバム。
ジミーを始めとしてメイタルズやデスモンド・デッカーのナンバーも収められていて。
ロック・ステディからルーツ・レゲエへと時代が変わって。
レゲエがいよいよジャマイカから世界へと出ていく瞬間のその空気を捉えた。
そんなオムニバス・アルバムとして聴くこともできるのかなと思います。
映画は、ジャマイカ版イージー・ライダーとかも称されていたと記憶していますが。
確かに、描かれている物語、漂うものには似通ったものもあって。
言わば、ジャマイカン・ニュー・シネマの様な存在だったのかとも思いますが。
ジミー演じるシンガー志望の青年のギラギラした目つきが印象的で。裏切られ、抑圧されて。
それでも諦めすに希望を掴みかけたと思ったら・・・無常で無残な死が待っていて。
その死の瞬間まで。ひたすらに走り続けていたりして。その姿が何とも無常で。
しかし。特にこのアルバムを聴いていると。悲愴とかとは異なると感じられるのは。
奏でられる、歌われる。そこにある、溢れている陽光の様な明るさの故だったりすると。
特にジミーの歌声は。そこには底抜けの陽性の、光り輝く温かい明るさを感じるのです。
「The Harder They Come」にしろ「You Can't Get It If You Really Want」にしろ。
そして「Many Rivers To Cross」にしても、「Siting In Limbo」にしても。
大まかに言えば、厳しく、辛い現実から目を逸らすことなく。立ち向かう歌であるのですが。
悲壮な決意が感じられたりしますが。あくまでも上を、前を向いているのですよね。
自由でいることの難しさと、それでもそれを希求する意志の強さを明るく歌っていて。
勿論、深い絶望や、相応の覚悟があってこそですが。陽性であることの強さ。
そんなものが、特にジミーの歌声には宿っているのだなと、だから惹かれるのだなと思わされるのです。

より激しく。
より明るく。
それこそが。
生き残る。
コツなのだろうかと。

視野は狭められ。
思考の余地も奪われて。
どうにも。
こうにも。
袋小路に思われて。

薄っぺらな。
感動やら。
共感やら。
そんなものに。
眩まされている内に。

どんどん。
追い詰められて。
どんどん。
逃げ場も失われて。
行き止まりで。

感動も。
共感も。
利用されるのが。
当たり前の。
そんな世界で。

奴等が。
笑いを噛み殺して。
高みの見物を決め込む。
だからこそ。
より激しく、より明るくと。

どうにも。
こうにも。
八方塞がり。
袋小路。
間違いなくて。

見せかけの。
美しさや。
優しさや。
そんなものだけが。
持て囃されて。

薄っぺらな。
感動やら。
共感やら。
そんなものだけを。
押し付けられて。

どんどん。
許されなくなり。
がんじがらめで。
逃げ場も失われて。
行き止まりで。

寛容も。
許容も。
否定されて。
分断され。
孤立させられ。

そんな世界の。
片隅で。
辺土で。
激しくなるばかりの。
奴等の横暴に。

そんな世界の。
片隅から。
辺土から。
潰されずに。
闘い抜く為に。

より激しく。
より明るく。
寛容を貫いて。
許容を忘れずに。
やっていこう。

より激しく。
より明るく。
そうして。
生き延びてやろう。
生き残ってやろう。



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2018/03/08 Thu *恩讐の彼方へ / Burning Spear

20180308live


いま。
ここに。
あること。
いられること。
こうしていること。

その事に。
その事実に。
そこへ。
至るまでの。
様々に。

抱く。
思いは。
あまりにも。
複雑で。
説明などしようもない。

それどころか。
もはや。
何を、どう。
思ってきたのか。
感じてきたのか。

輪郭を失って。
曖昧になって。
形を成さず。
画も描けず。
そんなところかもしれない。

ただ。
一つ。
一つだけ。
貫くだけ、通すだけ。
それだけはあるけれど。

『Live』'77年リリース。
バーニング・スピアの初めてのライヴ・アルバム。
録音されたのは初の英国ツアー中のレインボー・シアターだったとか。
因みにこの年には欧州ツアー、そして来日公演も行われているとか。
時期的にその名前が世界に知れ渡ろうとしていた頃でもあって。
恐らくアイランド・レコードとしてはこのアルバムを。
かのボブ・マーリーとウェイラーズのライヴ・アルバムと同様に捉えていたのかなと。
つまりは、このアルバムを契機に世界的なスターへ飛躍させようとしたのかなと。
結果としては。商業的にはそこまでの成功は収めなかったものの。
内容としてはとても充実したもので。バーニング・スピアが何者かを知らしめたかなと。
ところで。バーニング・スピアと言うのは。当初は3人組の名前だった様ですが。
やがてリーダーであったウィンストン・ロドニーのソロへと移行して。
その後はウィンストンがバーニング・スピアを名乗る様になったのだとか。
そのバーニング・スピアと言うのはケニアの初代大統領の渾名から採られただとかで。
その通りに、燃える槍の様に信条を、信念を貫き通すのがスピアなのですが。
このアルバムでも「Marcus Garvey」「Slavery Days」などメッセージ性の強いナンバーを。
感情のこもった印象的なヴォーカルで聴かせてくれています。
英国でのライヴと言うこともあってかアスワドのメンバーもバンドに参加していて。
多少ラフに過ぎる感はありながらも、重低音の響く力強く弾むサウンドを叩き出していて。
スピアのヴォーカルと一体となって、総てを乗り越えていく様が圧倒的です。
根底にある激しい怒りと、聴く者を昂揚させる大きな愛と。そんなものも感じさせられるアルバムなのです。

いま。
ここに。
あること。
いられること。
こうしていること。

その事に。
その事実に。
そこへ。
至るまでの。
様々に。

抱く。
思いは。
あまりにも。
複雑で。
説明などしようもない。

それどころか。
もはや。
何を、どう。
思ってきたのか。
感じてきたのか。

輪郭を失って。
曖昧になって。
形を成さず。
画も描けず。
そんなところかもしれない。

ただ。
一つ。
一つだけ。
貫くだけ、通すだけ。
それだけはあるけれど。

恵まれていた。
助けられた。
それは確かで。
その事には。
感謝をしようと。

踏み外していた。
落ちていた。
その可能性も。
あったのだから。
感謝をしようと。

でも。
そう。
そうなのだ。
それだけでは。
ないのだと。

抑圧されて。
疎外されて。
それも確かで。
その事は。
忘れはしないと。

もっと遠くまで。
もっと高く。
その可能性を。
奪われた事も。
忘れはしないと。

抱く。
思いは。
あまりにも。
複雑で。
答えなどありはしない。

ただ。
一つ。
一つだけ。
貫くもの、通すもの。
それだけは変わらずに。

どの思いも。
どんな思いも。
総て乗り越えて。
総て呑み込んで。
何があっても歩み続けるのだと。

恩讐の彼方へ。



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2018/03/07 Wed *見え隠れ / Mott The Hoople

20180307mottrevolution


見え隠れ。
本音が。
思惑が。
顔を覗かせ。
また隠れて。

そう。
表情の。
微かな動きに。
何気ない。
言葉の端くれに。

隠そうと。
伏せておこうと。
しているものが。
透けている。
潜んでいる。

お互いに。
手の内。
腹の内。
探らせずに。
探り合い。

思いを。
遂げる為に。
果たす為に。
敢えて。
隠してみせるのか。

それとも。
敢えて。
覗かせてみせるのか。
様々に。
見え隠れ。

『Mott』'73年リリース。
胸像の半透明なフィルムから内ジャケットが透けて見える。
そんな特殊ジャケットも印象的なモット・ザ・フープルの6枚目のアルバム。
CBS移籍後2枚目となるアルバムで。『All The Young Dudes』の次作にあたると。
そう、ライヴでこそ評判をとるも。商業的な成功とは縁遠くて。
一度は解散を決意したものの。デヴィッド・ボウイの支援を受けて起死回生した。
その次の一手がこのアルバムだったのですが。早々とボウイとは手を切っています。
恐らくは。イアン・ハンターも相当に強烈な個性の持ち主ですから。
そもそもが。目指すところもあったでしょうし。きっかけさえ得られれば。後は我が道と。
感謝はしつつも。これ以上は一緒にやらないと宣言して。そんなナンバーも収録していて。
この辺りの、筋は通しつつも、ふてぶてしいところ。これこそがモット・ザ・フープル・・・
イアンかなと。巻かれない、寄らない、群れない。孤高を貫き、主流には背を向ける。
この反逆者と言うか、まぁ、天邪鬼なイアンの性質がモット・ザ・フープルの個性かなと。
元々、ライヴで評判が高かったのは。そのあまりに煽情的な様が客席にも伝わって。
暴動騒ぎが頻発したからだとか。そこには当然、計算や演出もあったでしょうが。
デカダンスとバイオレンス。その退廃的な危うさ、そして抑えようの無い苛立ちの様なもの。
誰もが心の内に隠し持っているものを煌びやかで荒々しいロックンロールにしてみせる。
そのカッコ良さに、皆、やられたのだろうなと。思う壺だったのだろうなと。
当時の邦題が『革命』で。それは裏ジャケットに印刷された一編の詩から採られていて。
その詩があのD・H・ローレンスの「正気革命」であるところ。そんなところに。
半透明なフィルムの向こうで、薄ら笑いを浮かべているイアンの表情が見え隠れしていて。
その文学青年崩れ的なイアンの本質が、癪に障るのですが・・・好きなのですよねぇ。

見え隠れ。
本質が。
性質が。
顔を覗かせ。
また隠れて。

そう。
表情からは。
読み取れない様でも。
言葉からも。
窺い知れない様でも。

隠そうと。
伏せておこうと。
しているものが。
滲んでくる。
漂ってくる。

お互いに。
思考。
思惑。
気取らせずに。
駆け引き。

思いを。
通す為に。
貫く為に。
敢えて。
隠してみせるのか。

それとも。
敢えて。
匂わせてみせるのか。
様々に。
見え隠れ。

隠して。
伏せて。
探りながら。
どう。
導こうかと。

隠して。
伏せて。
駆け引き。
どう。
誘おうかと。

表情の。
微かな動きに。
何気ない。
言葉の端くれに。
漂わせるのか、匂わせるのか。

表情からは。
読み取れない様に。
言葉からも。
窺い知れない様に。
隠してみせるのか、覗かせるのか。

手の内。
腹の内。
思考。
思惑。
見せるのか、見せないのか。

思いを。
遂げる為に。
果たす為に。
通す為に。
貫く為に。

本音が。
思惑が。
本質が。
性質が。
見え隠れ。

薄ら笑いを浮かべながら。



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2018/03/06 Tue *素敵な朝に / Badfinger

20180306straightupjp


朝は。
どうにも。
弱いから。
だから。
実のところ。

朝。
目に映ったもの。
耳に入ったもの。
それで。
そいつで。

その日が。
一日が。
どうなるか。
そいつが。
決まってしまう。

だから。
朝、起きた。
その時に。
朝、一番で。
目にしたくて、耳にしたくて。

だから。
毎晩。
眠る前に。
願いを込めて。
送るのだ。

毎日。
毎日が。
朝次第。
甘い朝を。
素敵な朝をと。

『Straight Up』'71年リリース。
バッドフィンガーの3枚目となるアルバム。
まぁ、1枚目はアイビーズとしての録音が半分をしめていたので。
2枚目半となるアルバムとも言えるのかなとも。
このはぐれの悪さと言うか、中途半端さがどうにもつきまとう。
それがバッドフィンガーと言うバンドの運命を象徴している様でもあって。
このアルバムも。当初はジョージ・ハリスンがプロデュースを担当していたものの。
ジョージがバングラディッシュのプロジェクトにのめり込んでしまって。
急遽トッド・ラングレンに交代。結果、半分ずつプロデュースしていると。
トッドとの関係は良好で無かったとの事ですが。経緯を考えると無理もないかなと。
う~ん。やっぱりどうにもツキに恵まれないと言うか、運が悪いと言うか。
それでも。何とも繊細で、切なくて。そして明るさを感じさせるメロディ。
そんなナンバーがいっぱいで。実に何とも素晴らしく、そして愛しいアルバムなのですよね。
「Take It All」「Baby Blue」…そして「Sweet Tuesday Morning」「Day After Day」と。
もうタイトルを書き連ねているだけで。端の奥が、ツンとなってくるのです・・・
そう。ことその切なさと言う点においてはビートルズさえも凌いでいるのではないかと。
ピート・ハム、トム・エヴァンス、ジョーイ・モランドと3人が曲を作れて。
本来であれば、もっと評価され、もっと成功を収めても不思議はなかった筈なのです。
ビートルズとの出会いがなければ、デビューに至っていなかったかもではありますが。
余りにビートルズの影に囚われてしまった。それは不幸なことだったのだと思うのです。
このアルバムに針を落とせば。バッドフィンガーはバッドフィンガーでしかないと。
その魅力は、そう。例えば美しい朝の、朝陽や朝露に例えられる輝きがあるのです。
決してビートルズの弟分でもないし、パワー・ポップの元祖云々だけでは語れないものが確かにあるのです。

朝は。
どうにも。
苦手だから。
故に。
実のところ。

朝。
頭に浮かんだもの。
心が感じたもの。
それで。
そいつで。

その日が。
一日が。
どんな日か。
そいつが。
定まってしまう。

だから。
朝、起きた。
その時に。
朝、一番で。
浮かべたくて、感じたくて。

だから。
毎朝。
起きる前に。
思いを込めて。
思い起こすのだ。

毎日。
毎日が。
朝次第。
甘い朝に。
素敵な朝にと。

そもそもが。
本当は。
叶うものなら。
朝など。
来なければいいと。

そうなのだ。
本当は。
叶うものなら。
ずっと夜が。
続けばいいと。

勿論。
叶う筈もなく。
容赦なく。
朝はやってくる。
それならば。

朝。
目に映るもの。
耳に入るもの。
そいつを。
甘く、素敵にと。

朝。
頭に浮かぶもの。
心に感じるもの。
そいつを。
甘く、素敵にと。

毎晩。
眠る前に。願いを込めて。
毎朝。
起きる前に。思いを込めて。
そうして。

毎日。
毎日が。
朝次第。
甘い朝に。
素敵な朝になる様に・・・

そうでも。
しなければ。
朝なんて。
迎えられない。
乗り越えられない・・・かな。



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2018/03/05 Mon *嘘でも、冗談でも / Sweet

20180305giveusawink


嘘じゃない。
冗談でもない。
本気なのだ。
そう。
至って真剣なのだ。

そりゃ。
直ぐには。
信じられない。
その気持ちも。
わからないでも無いけれど。

いつも。
いつでも。
言を弄して。
方便で。
躱してきたからな。

でも。
そいつは。
そうでも。
しないことには。
潰れそうで。

そう考えると。
何もかもを。
そのままに。
吐き出してしまいそうで。
それは不味いなと。

だから。
嘘も。
冗談も。
でも。
もうその必要も無いのだし。

『Give Us A Wink』'76年リリース。
スウィートが初めて自ら主導権を握ったアルバム。
グラム・ロック、ハード・ロックとして語られがちですが。
実は長いキャリアがあって。'60年代後半には活動を始めていたとか。
しかしながら。なかなか芽が出ることはなくて。下積み生活が続いて。
マイク・チャップマンの手によってようやくヒットを飛ばす様になったと。
その頃はバブル・ガムと言うか、ティニー・ポッパー的な立ち位置で。
そう、ベイ・シティ・ローラーズとか、バスターとかに近いバンドだったのですよね。
しかしそれに満足できなかったメンバーは徐々に自立を図って、
オリジナル・ナンバーを書く様にもなって。遂に「Fox On The Run」が大ヒットして。
制作の自由を勝ち得て。全曲がメンバーのオリジナルで。プロデュースも手掛けてと。
まぁ、大袈裟に言えば。ここからがメンバー自身が思い描いたスウィートだったのかなと。
その存外に煌びやかでハードなサウンドとか。目くるめくコーラスとか。
クイーンとの共通点も多いのかな。そしてクイーンほどアカデミックで無いと言うか。
いや、クイーンも十分に芸能を感じさせるのですが。もっと下世話と言うか・・・
駄菓子の人工甘味料的な、少しべたつく様な甘さがあるところが舌・・・耳に残ると。
ハードにカッコよく決めようとしながら、どうにも照れがあるのか、少し外すと。
まぁ、本気でカッコよく決めようとしていて。その過剰さが外しているのかもですが。
メロディにも、歌詞にも(そしてコスチュームにも)本気とも冗談ともつかない部分。
そこが魅力なのですよね。実はウィンクだけでなく、舌も出しているみたいなね。
そんな冗談とか虚構も、ロックンロールの魅力の一つではあるので。
それに大真面目に取り組んでいるかの、スウィートが何とも愛しいのです。「Action」なんて、最高だなとね。

冗談じゃない。
嘘でもない。
本気なのだ。
そう。
誓って真剣なのだ。

そりゃ。
今更だよと。
信じられない。
その気持ちも。
痛い程にわかるけど。

いつも。
いつでも。
的を逸らして。
捷径で。
逃げてきたからな。

でも。
そいつは。
そうでも。
しないことには。
溢れそうで。

そう考えると。
何もかもを。
そのままに。
ぶつけてしまいそうで。
それは不味いなと。

だから。
冗談も。
嘘も。
でも。
もうその必要など無いのだし。

そう。
今も。
今でも。
顔も。言葉も。
冗談みたいで。

そう。
今も。
いつも。
冗談の。
生き作りみたいで。

そう。
今でも。
ついつい。
冗談に。
紛らせてしまうけど。

もう。
そろそろ。
真面目に。
真剣に。
そうしないと。

もう。
いい加減に。
真面目に。
本気で。
そうしないと。

本当に。
潰れそうで。
溢れそうで。
吐き出さず、ぶつけず。
ちゃんと伝えようと。

嘘でもない。
冗談でもない。
本気なのだ。
真剣なのだ。
芝居じみているかもだけど。

今は。
いつでも。
いつまでも。
嘘でもないのだ。
冗談でもないのだ。



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2018/03/04 Sun *換骨奪胎 / Slade

20180304sladealiveukorg


ただ。
真似ても。
どんなに。
頑張っても。
及びはしないし。

どう。
丁寧に。
真似ても。
本物には。
敵いわしないし。

兎に角。
一字一句。
違わぬ様にと。
そこにのみ。
拘っていては。

楽しくないし。
面白くもないし。
それは。
そう。
本意ではありはしない。

ならばと。
お手本には。
させてもらいつつ。
勿論。
敬意も払いつつ。

やりたい様に。
やれる様に。
頂いて。
手を加えてと。
換骨奪胎。

『Slade Alive !』'72年リリース。
スレイドの3枚目にして初のライヴ・アルバム。
グラム・ロック、ハード・ロック・・・スレイドはスレイドで。
もう一つのジャンルとも言えるかなとも。それ程に他には無い個性、灰汁の強さ。
シングル・ヒットを連発して。英国の国民的なバンドともなったスレイド。
その魅力は、そのラウドでキャッチーなサウンドとメロディーで。
確かに一聴すると、途端に憑依されて。癖になること間違いなしと言うか。
ついつい一緒に口ずさんでしまう、その親しみやすさ。シンガロング・ロックだなと。
恐るべきことに全英首位に輝いたナンバーを6曲(かな?)も持っていると言う。
その一方で。そのライヴにおける客席を巻き込んでの熱狂振りでも名を馳せていたと。
その様子が、ほぼ余すところなく捉えられているのがこのアルバムなのですね。
針を落としたら最後。もう一気にもっていかれて。最後まで燃え上がりっ放しで。
ラウドで、パワフルで。そして、どうにも、何と言うか人懐っこくて。
故に直ぐに熱狂の渦に巻き込まれて。昂ったままに突撃させられると言う。
ロックに、ライヴに。皆が求めるもの。その最大公約数がここにはあるのだろうなと。
溜まって、燻って。はけ口を求めている。そんなものを煽って、爆発させると。
流れる血潮に火をつけて、血を一気に巡らせて。生の実感を、希望を感じさせると。
有無をも言わせず。そこまで、その高みまで。聴く者を連れて行ってくれるのです。
面白いのは。ライヴでも披露していた筈のヒット曲の類が収録されていないことで。
そこのところは。戦略的に考えられていたのかな。このアルバムは飽くまでもライヴの。
そのものの魅力を伝えることに特化したのかと。その狙いは見事に当たったなと。
何曲か収録されているカヴァー曲が。もう本当にオリジナルと同化していて。
原曲の魅力を生かしつつも。スレイド以外の何ものでもないと。見事な換骨奪胎振りで。
その衒いのない、思いっきりの良さこそがスレイドが愛された最大の理由でもあったと。
かの「Born To Be Wild」の馬鹿馬鹿しい程の賑やかさ、騒がしさは無条件でご機嫌になれるのです。

ただ。
倣っても
どんなに。
追っかけても。
追いつけはしないし。

どう。
縋って
追っても。
背中だけを。
見続けることになるし。

兎に角。
寸分も。
ずれぬ様にと。
そこにのみ。
固執していても。

楽しめないし。
面白くもないし。
それは。
それこそ。
本末転倒でしかない。

ならばと。
参考には。
させてもらいつつ。
勿論。
憧憬も抱きつつ。

やりたい様に。
やれる様に。
取り入れて。
意匠をこらして。
換骨奪胎。

ただ。
真似るのなら。
誰でも。
やれる。
やりたがる。

ただ。
倣うのなら。
だれでも。
やれる。
やりたがる。

真似るだけなら。
その。
技巧だけなら。
優れたものは。
他にある。

倣うだけなら。
その。
姿勢だけなら。
大したものは。
既にある。

そいつは。
どうにも。
こうにも。
楽しくない。
面白くない。

そいつは。
どうにも。
こうにも。
本意ではない。
目指すところでもない。

ならば。
奪って。
取り去らって。
生まれ変わらせて。
換骨奪胎。

そいつを極めたい。



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2018/03/03 Sat *ハートに風穴 / Queen

20180303sheerheartattackukorg


胸を。
心を。
撃てないのなら。
その気も無いのなら。
なんなのだと。

何故。
そこにいる。
息をしている。
生きている。
語れるのかと。

漠然と。
漫然と。
それも。
いいだろう。
そんな時もあるだろう。

でも。
いつでも。
のべつ幕なし。
のんべん。
だらりん、と。

悪いが。
そんな澱みに。
そんな馴合いに。
構っている。
暇などありはしない。

ハートに風穴。
その心意気。
そこ覚悟。
細やかでいい。
抱いていたいのだ。

『Sheer Heart Attack』'74年リリース。
クイーンのターニング・ポイントとなった3rdアルバム。
前作で一つの極みに達したとも言えるクイーン。
特にサイド・ブラックにおけるフレディ・マーキュリーの才能の覚醒。
それは見事と言えば、あまりにも見事なものだったと今にして痛感するのですが。
商業的成功と言う観点からすると満足のいくものではなかったのかなとも。
確かに難解と言えば難解。変態的と言えば変態的に過ぎたのかもですが。
そこで。達した極みから下りることなく。よりキャッチーにわかりやすくと。
そう。理想は理想。でも。表現は表現。そして芸能は芸能であると。
クイーンが英国の国民的バンドとなり、そして更には世界中で愛されたその要因は。
それが総てだとは言いませんが。芸能としての完成度の高さ、親しみやすさがあったかなと。
その境地を切り拓いた、思い切ったのがこのアルバムだったのかと思うのです。
その象徴が「Now I’m Here」であり。そして何と言っても「Killer Queen」だったと。
ブライアン・メイによる「Now I'm Here」必殺のブリティッシュ・ハード・ロックですし。
フレディによる「Killer Queen」がセンチメンタルでメランコリック、そしてキャッチーで。
誰もの胸に迫り、残り、そして口ずさませてしまう。そのメロディ、その構成。
実際のところ、「Killer Queen」でクイーンを意識したと言う人はかなりの数でしょうし。
それほど熱心なクイーンのファンでなくても「Killer Queen」は知っているかなと。
かなりバラエティに富んだナンバーが収録されていて。懐の深さを感じさせつつ。
「Killer Queen」を始めとしてロックと言えないナンバーを一気に聴かせてしまう。
そこにこの時期のクイーンの勢いと力量を感じます。まさに胸に風穴を空けられるなと。
そうそう。疾走感に溢れたロジャー・テイラーの「Sheer Heart Attack」が。
この時点ではボツになったのは。激し過ぎて穴が大きくなり過ぎると危惧されたのかな・・・

胸を。
心を。
貫けないのなら。
その気にもなれないのなら。
なんなのだと。

何故。
ここにいる。
立っていられる。
笑っていられる。
語れるのかと。

曖昧に。
模糊に。
それも。
悪くはない。
必要な時もあるだろう。

でも。
いつでも。
どんな時でも。
止め処無く 。
だらだら、と。

悪いが。
共に沈んで。
傷の舐め合いを。
している。
遑などありはしない。

ハートに風穴。
その心意気。
そこ矜持。
一握りでいい。
抱いていたいのだ。

何も。
伝えないのか。
伝えたくないのか。
それで。
構わないのか。

何も。
しないのか。
流されるままなのか。
そこに。
安住してしまうのか。

誰かを。
待つだけ。
頼るだけで。
そのまま。
無為に時を過ごすのか。

漠然も。
漫然も。
破れるのは。
己の思い。
それでしかない。

曖昧も。
模糊も。
崩せるのは。
己の望み。
それでしかない。

澱みに。
沈み込み。
馴れ合いに。
癒されてしまう。
その前に。

胸を。
心を。
撃て。
貫け。
ハートに風穴。

空けてみせろ。



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2018/03/02 Fri *意志を持て / Patti Smith Group

20180302radioethiopia


萎えても。
めげても。
何でも。
兎に角。
意志を持て。

そうさ。
例えば。
どんなに。
忙しくても。
心は亡くさずに。

そうさ。
例えば。
どんなに。
辛くても。
膝を折らずに。

震える。
拳を。
握りしめて。
振り上げて。
意志を持て。

伝えたい。
何かが。
触れ合いたい。
何かが。
未だあるのなら。

泣き言を。
口にする。
その前に。
自分だけの。
意志を持て。

『Radio Ethiopia』'76年リリース。
パティ・スミスの2枚目となるアルバム。
パティ・スミス・グループ名義では初めてのアルバムかな。
当時の邦題が『ストリートパンクの女王』だったと記憶していますが。
今から思うと。おかしいと言うか、変な話と言うか。
そもそも年代的にもパンク以前なのではないかと。そして根本的なところで。
パティは、パンク云々だけで語れないし。パンク村から出てきたわけでもないしと。
クレジットはありませんが盟友ロバート・メイプルソープによる凛としたパティの姿。
そのジャケットが他の何よりも雄弁にパティの何たるかを語っている気がしますが。
どんな時でも、どんな状況でも。凛としてぶれることのないその姿勢。
そして。どんな時でも、どんな表現でも。凛として揺るがないその意思。
それがあるからこその、それでこそのパティなのだと思うのですよね。
このアルバム。ポップでもなければ。キャッチーでもない。そしてラディカルでもない。
決して媚びは売らないのは当然としても。声高に叫ぶこともしない。
ただただ真摯に。ロックに、歌に、詩に。表現に対峙しているパティがいるだけ。
そのパティの存在と表現。そのぶれなさと揺るぎのなさ、それこそがロックであると。
そう。諦めず、馴れ合わず。思ったこと、感じたことを伝えようとする強靭な意思。
意志を持っていること、持ち続けていること。それがパティの存在証明であり。
それを感じるからこそ。パティを信じられる、パティがいてくれればと思えるのです。
そんな言わば剥き出しのパティを支えているのが硬質でヒリヒリとするサウンドで。
ここらはプロデューサーにジャック・ダグラスを起用したのが功を奏しているかなと。
そんなバンドとプロデューサーを得てのパティの歌の説得力の強さに震えが来るのです。

萎びても。
へこんでも。
どんな時でも。
兎に角。
意志を持て。

そうさ。
例えば。
どんなに。
追われても。
魂は忘れずに。

そうさ。
例えば。
どんなに。
厳しくても。
蹲ったままでなく。

震える。
膝に。
力を込めて。
立ち上がる。
意志を持て。

伝えたい。
何かが。
感じ合いたい。
何かを。
未だ信じられるなら。

甘えを。
顕わにする。
その前に。
自分ならの。
意志を持て。

自分の。
弱さを。
そいつを。
自覚している。
だからこそ。

自分の。
甘さを。
そいつを。
承知している。
だからこそ。

総てを。
引き受ける。
受け入れる。
その。
覚悟と共に。

震える。
拳を。
握りしめて。
膝に。
力を込めて。

泣き言を。
口にする。
甘えを。
顕わにする。
その前に。

萎えても。
めげても。
萎びても。
へこんでも。
意志を持て。

自分だけの。
自分ならの。
ぶれない。
揺るがない。
意志を持て。



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2018/03/01 Thu *行脚でも、徘徊でも / Blondie

20180301plasticletters


行脚か。
徘徊か。
どうにも。
区別が。
難しい。

使命感。
からなのか。
それとも。
心が赴く。
そのままなのか。

浮世の。
浮草の。
そんな。
便りを携えて。
街から街へ。

その夜が。
楽しくなる様に。
その為にと。
そんなことを。
口にしながら。

その実は。
この夜を。
楽しく過ごしたくて。
それで。
動き回っている。

ペラペラの。
安っぽい。
便りを小脇に。
浮ついた足どりで。
街から街へ。

『Plastic Letters』'77年リリース。
未だパンクだったブロンディの2枚目となるアルバム。
まぁ、その志向と体質(?)を考えると。
次作以降の、ニュー・ウェーブな路線が本領なのかとも思いますが。
このアルバムでも既に十分にその兆しは感じられるかな。
その要因はシンセサイザーの使い方で。わざと安っぽくしている感じも。
攻撃的なパンクのイメージを、巧いこと人工的な意匠を施して。
妖しさや、毒気を表に出さずに。内包して潜ませてしまおうかと言う。
ここら、デボラ・ハリーとクリス・ステインと言うのはかなりの策士だなと。
その下手したら、本当にペラペラの上辺だけのポップに陥りそうなところを。
その内側にある、パワフルでスピーディーなバンドの切れ味と。
そして存外に野太さも感じさせるデビーの歌声がぎりぎりのところで支えていると。
この絶妙な、危ういバランスを保ってみせるところに強者らしさが感じられます。
で、この時点では。意匠はあくまで意匠、装飾に過ぎなくて。
パワフルで、スピーディーで野太くて・・・が本線だったのだとは思うのですが。
あの伝説となるほど観客が入らなかった初来日公演が象徴する様に。
(不入りに嘆き、怒った大貫憲章がネクタイを切り裂いて一人盛り上がっていたとか・・・)
日本でも、そして本国である米国でも大きなセールスには結びつかなくて。
そして。デビーの。あの人工的なエロティシズムを前面に押し出すことによって。
それによってニュー・ウェーブの旗手と言うか、先駆けとなって大ブレイクを果たすと。
本意では無かったかもですが。浮世、浮草。そんなものが似合い過ぎる。
自らのイメージを見事に強調し、利用してみせたデビーの根性に痺れるかな。
言わば、このアルバムはその前触れで。デビーの虎視眈々とした意思が感じられもします。

行脚か。
徘徊か。
どちらでも。
大差は。
ありはしない。

使命感。
ある様で。
とは言え。
心の声に。
従ってもいて。

浮世の。
浮草の。
ならではである。
便りを携えて。
店から店へ。

その夜に。
弾けられる様に。
その為にと。
そんなことを。
口実にしながら。

その実は。
この夜も。
弾けて過ごしていたくて。
それで。
蠢き回っている。

ペラペラの。
吹けば飛ぶ様な。
便りを片手に。
浮ついた心もちで。
店から店へ。

浮世が。
浮草が。
その。
匂いが。
好きなのだ。

浮世が。
浮草が。
その。
空気がないと。
生きていけないのだ。

使命感。
などと言うものは。
要は。
そう。
口実に過ぎなくて。

心の声。
などと言うものも
要は。
そう。
言い訳に過ぎなくて。

その夜も。
この夜も。
楽しくなれば。
それで。
それだけでいい。

その夜も。
この夜も。
弾けられれば。
それで。
それだけで構わない。

浮世の。
浮草の。
ならではである。
便りを携えて。
街から街へ、店から店へ。

行脚か。
徘徊か。
どちらでも。
好きでやっている。
それだけのことなのだ。



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2018/02/28 Wed *今宵の月は / Television

20180228marqueemoon


今宵の月は。
静かで。
冷たくて。
でも。
凛と輝いて。

その。
明りは。
見ていない様で。
ちゃんと。
見ているのだろうな。

そう。
こんな夜も。
どんな夜も。
変わらずに。
月は空にあって。

そう。
こんな夜も。
どんな夜も。
変わらずに。
輝いていて。

でも。
今夜。
その月の下で。
ちょっと。
特別な思いで。

その明りを。
見上げている。
その胸の内を。
今宵の月は。
知っている・・・

『Marquee Moon』'77年リリース。
テレヴィジョンの歴史的な1stアルバム。
ニューヨーク・パンクの象徴と言えばパティ・スミスとテレヴィジョン。
特にこのアルバムの唯一無比の鉱物的な冷たさ。
そう無機質な質感は何とも孤高であり、そして何とも魅力的だなと。
もはや偏執的も言えるその冷たさに未だ見ぬニューヨークの空気を感じて。
そして。どうにも難解と言うか、いかようにでも解釈できる文学的な歌詞に。
やはり、ニューヨークの匂いをいやがおうにも想起させられてしまうかなと。
しかし。どうやったら、何を聴いてきたら、どう解釈して、咀嚼したら。
このサウンドになるかが未だに理解不能で。故に今でも惹かれ続けているのかなと。
う~ん。少なくともこの時点でのトム・ヴァーレインはあまりにも特異に思えて。
当時はパティと付き合っていたのかな。パティには理解できていたのだろうかと。
そんな余計なお世話、下種の勘繰りを思わずしてしまわずにはおれない様な。
特に「Marquee Moon」は傑作であることは間違いないけれど。本当によくわからなくて。
どうしたら、こんなナンバーが生まれてくるのかと。完成度が高い様でありながら。
結構、行き当たりばったりの脆さも孕んでいるのが、本当に理解の範疇を越えていて。
未だに針を落とす度に。違った音色、違った質感を伝えてくるのはどうしたものかと。
それでいて、明滅するネオンサインか、夜空で密かに輝く月なのか。
もの悲しくも、妙に温かい感触もあるのが何とも厄介で、惹かれて止まないと。
本当に、これは一度きりの奇跡に近いものかも知れなくて。
その「Marquee Moon」で締めくくられるA面とB面とで既にテンションが異なる様な。
2ndアルバムの『Adventure』も悪くは無いと言うか、あれはあれで好きなのですが。
このアルバムしか受け容れられないと。そんな大多数のファンの思いもわかるかな。
硬く、冷たく、物言わぬ明りにこそ。逆らいようの無い引力、優しさを感じてしまうのかな。

今宵の月も。
静かで。
冷たくて。
でも。
凛と輝いて。

その。
明りは。
感じていない様で。
ちゃんと。
感じているのだろうな。

そう。
いつかの夜も。
この夜も。
変わらずに。
月は空にあって。

そう。
いつかの夜も。
この夜も。
変わらずに。
輝いていて。

でも。
今夜。
その月の下を。
少しだけ。
特別な思いで。

その明りの下を。
歩いている。
その胸の奥を。
今宵の月は。
包んでくれる・・・

そう。
こんな夜も。
どんな夜も。
変わらずに。
月は空にあるけれど。

そう。
こんな夜も。
どんな夜も。
変わらずに。
輝いていているけれど。

でも。
今夜。
その月の下で。
抱いている。
思いは特別だと。

でも。
今夜。
その月の下で。
特別な思いで。
いるのだと。

月は。
見ていない様で。
見ているのだろうな。
感じていない様で。
感じているのだろうな。

見上げている。
その胸の内を。
歩いている。
その胸の奥を。
知っている、包んでくれる。

今宵の月は。
静かで。
冷たくて。
でも。
凛と輝いて。

そう。
何年後も。
何十年後も。
この思いと共に。
今宵の月を思い出すだろう・・・



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2018/02/27 Tue それだけ / Dead Boys

20180227youngloudandsnotty


若いだけ。
元気なだけ。
子供なだけ。
そう。
それだけ。

それが。
どうした。
誰でも。
そんなもの。
それだけ。

そんな。
季節を。
時代を。
過ごして。
通り過ぎてきたのだ。

若さと。
無尽蔵と思えた。
元気と。
子供だけの。
特権と。

そいつだけ。
それだけ。
そんなものを手に。
そんなものを武器に。
立ち向かった。

あの季節。
あの時代。
そいつを。
忘れてしまったのでは。
あるまいしと。

『Young Loud And Snotty』'77年リリース。
ニューヨーク・パンク・バンド、デッド・ボーイズの1stアルバム。
確か、その活動中には(再結成?後はわからないけど)二枚のアルバムを遺していて。
でも。まぁ、デッド・ボーイズと言ったらこのアルバムに尽きると言うか。
アルバム・タイトルも、ジャケットもご機嫌なこのアルバムにこそ。
デッド・ボーイズの何たるか、何者かが総て捉えられていると言ってもいいかなと。
ニューヨーク・パンクと言うと。テレヴィジョン、トーキング・ヘッズ、パティ・スミスと。
インテリジェンスを感じさせるバンドが多かったのだけれど。このデッド・ボーイズは・・・
ハッキリ言って知性の欠片も感じさせない(失礼)。そこが何とも個性的で魅力的。
更にはラモーンズの様なユーモアのセンスも感じさせない。とことん不愛想だったりして。
ここらはイギー・ポップが大好きだったと言うボーカリスト、スティーヴ・ベイダーズ。
そのポリシーも大きく反映したものだったのかなとも思われます。
まぁ、なので。ハッキリ言ってしまえば。そのままイギーとストゥージーズだなとも。
そう。よくセックス・ピストルズとの類似性を指摘されるデッド・ボーイズ。
確かにロンドン・パンクに相通じるラフでハイなエネルギーをぶちまけていますが。
それって。そのルーツはイギーとストゥージーズへの強い憧憬と崇拝だったかなと、ですね。
故に。剃刀の様なヤバイ匂いを巻き散らしていて。しかもスパッときれいには切れなくて。
ひっかかり、ひっかかり。ギザギザの塞がらない傷跡を自他ともに残してしまう様な。
剃刀の切れ味は鋭いのに。どうにも器用に扱えなくて。ただ力任せに切り付けている様な。
アルバム・タイトル通りの。若さに任せて。うるさくて、野蛮に、駆け抜けるだけで。
スティーヴのヴォーカルも、バンドの演奏も決して上手くはなく・・・下手くそで。
しかし。それだからこそ感じらえる、伝わってくるものがあるのは確かなのですよね。
成熟とか、進化とは無縁。従って。このアルバムにしか無い一瞬の奇跡とでも言えるのかな。
誰にでもある。忘れてしまいたい季節。その記録。でも。忘れてはいけないのだと思いもします・・・

若さだけ。
うるさいだけ。
野蛮なだけ。
そう。
それだけ。

それが。
どうした。
誰もが。
そんなところ。
それだけ。

そんな。
季節と。
時代と。
闘って。
駆け抜けてきたのだ。

若さと。
正義だと信じた。
叫びと。
子供ならではの。
熱量と。

そいつだけ。
それだけ。
そんなものを胸に。
そんなものを武器に。
蹴りを入れた。

あの季節。
あの時代。
そいつを。
黒歴史と断じてしまって。
いいものかと。

若いだけ。
元気なだけ。
子供なだけ。
そう。
それだけ。

それが。
どうした。
あんたも。
俺も。
そんなもの。

あんたも。
俺も。
そんな。
季節を。時代を。
過ごして。通り過ぎてきたのだ。

若さは。
無尽蔵ではなく。
元気も。
特権も。
失ってしまった。

そんな。
今だから。
そんなものを武器に。
立ち向かった。
季節を。時代を。

そいつを。
忘れてしまったでは。
黒歴史と断じてしまっては。
ならないと。
すまないと。

熱意だけ。
理想だけ。
正論だけ。
正攻法だけ。
不格好なだけ。

そう。
それだけ。
それが。
どうした。
もう一度。

今こそ。
今だから。
それだけを手に。
それだけを胸に。
挑んでみないか・・・



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