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2018年5月

2018/05/30 Wed *時代錯誤 / The Beatles

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時代錯誤。
もう。
流行らない。
用が無い。
そうかもね。

ファッションとか。
スタイルとか。
それだけを。
見れば。
そうかも知れないね。

でも。
存外に。
そんなものは。
外面、表面。
それだけのこと。

本当に。
大事なものは。
実のところ。
それほど。
変わることは無くて。

しかも。
それに気づくのは。
時代に遅れた筈の。
ファッション、スタイル。
それを再び目にした時。

要は。
肝心なことは。
何ひとつとして。
変わっていない。
可能性もあるってことかもね。

『A Collection Of Beatles Oldies』'66年リリース。
ビートルズの活動期間中にリリースされた唯一のベスト・アルバム。
当時英国では一年に二枚アルバムをリリースする契約に縛られていたとかで。
ところが『Revolver』をリリース後にビートルズは休暇に突入してしまい。
そこでレコード会社の意を受けてジョージ・マーティンがこのアルバムを編集したと。
シングルでリリースされていたナンバーの新たなステレオ・マスターを作成して。
米国のみでリリースされていた「Bad Boy」も含む全16曲のアルバムに仕立てたと。
なので。当時はステレオ盤が人気を博したとのことなのですが。時は流れて。
今では、それらのステレオ・マスターによる収録曲は他のアルバムでも聴ける様になって。
このアルバム、ステレオ盤は無用の長物と化して。それ故に未だにCD化されていないと。
そうなのですが。当時の主流であるモノラル・マスターのモノラル盤も存在している訳で。
このモノラル盤が・・・何とも、そのビートルズが礫となって飛んでくる感じでいいのです。
ブリティッシュ・ビート・バンドとしてのビートルズが放ったヒット曲の数々が。
暴力的とも言える音の塊となってぶつかってくる、その衝撃はなかなかのものがあって。
特にジョンのヴォーカルの、そのソウルフルとも言える艶っぽさとか。
ポールのベースの、そのドライヴしてうねる様とか。ビートルズのヒット曲に対する。
その印象を変えられる程のものがあったりもして。いまの基準で言うところのいい音・・・
分離とか、ノイズ低減とか。その点で語れば決していい音では無いのでしょうが。
それがどうしたと。ロックンロールの本質には、いまのいい音なんて何の関係も無いと。
そもそもが、消毒された、無味無臭で無菌の、ツルっとしたビートルズなんて味が無いと。
ロックンロール、ビートルズが何なのか。その本質には何があったのか。
その実、それはこんな時代遅れ、時代錯誤かのアルバムからこそ感じられるかもなのです。

時代錯誤。
もう。
廃れてしまった。
無くてもいい。
そうかもね。

フォーマットとか。
メソッドとか。
それだけで。
語れば。
そうかも知れないね。

でも。
存外に。
そんなものは。
技術、小手先。
それだけのこと。

本当に。
大切なものは。
実のところ。
そこまで。
変わることは無くて。

しかも。
それが分かるのは。
時代に捨てられた筈の。
フォーマット、メソッド。
それを再び手にした時。

肝は。
必要なことは。
何ひとつとして。
変わっていない。
可能性は高いってことかもね。

確かに。
流行ってはいない。
持て囃されはしない。
だけど。
消えてしまったわけではない。

確かに。
廃れてしまっている。
耳目を集めてはいない。
だけど。
失われてしまったわけではない。

今の。
ファッション、スタイル。
そんな。
外面、表面。
それが総てではない。

今の。
フォーマット、メソッド。
そんな。
技術、小手先。
それが絶対ではない。

時代に遅れた筈の。
ファッション、スタイル。
それを再び目にした時に。
気づかされるものの中に。
本当に大事なものが。

時代に捨てられた筈の。
フォーマット、メソッド。
それを再び手にした時に。
分かるものの中に。
本当に大切なものが。

肝心なことは。
必要なことは。
何ひとつとして。
変わっていない。
時代錯誤を貫くのも悪くはないかもね。



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2018/05/29 Tue *視野狭窄 / The Rolling Stones

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視野狭窄。
そいつは。
どうにも。
具合が悪い。
そうらしい。

そうかな。
それが。
どうした。
視野が狭くて。
何が悪い。

少なくとも。
俺にとっては。
何の問題にも。
なりはしない。
不自由もありはしない。

所詮。
何処までいっても。
他人は他人。
俺は俺。
そいつが事実。

俺は。
俺の目で見る。
他人の目で見ることはできない。
ならば。
俺の目を信じる。

曲がっていようが。
歪んでいようが。
俺に見える。
俺が信じる。
世界を生きていくだけだ。

『Big Hits (High Tide And Green Grass)』'66年リリース。
英国におけるローリング・ストーンズの初めてのベスト・アルバム。
当時の英国ではシングルでリリースされたナンバーはオリジナル・アルバムには未収録。
そんな不文律が存在していたので。ファンにとっては待望のアルバムだったのではと。
この時点で英国でのシングルは11曲あったと思われて。そこから10曲を収録。
米国のみでシングルとなった4曲を加えた全14曲と。何とも豪華な編集だったのです。
デッカとしても力が入っていたとみえて。内ジャケは6頁もの見開きブックレットにと。
特徴的な魚眼レンズによる歪んだメンバーのショットを利用したジャケットも含めて。
意匠的にも、あの時代の英国、ロンドンの香りが漂ってくる様な素晴らしいアルバム。
そして内容も、ストーンズのシングル、ヒット曲が満載となれば。もはや言うことなしかな。
オリジナル・アルバムではもっぱらブルースやR&Bに拘りをみせていたストーンズ。
勿論、シングルでもその矜持は保ちつつも。より幅広い表情を見せてもいて。
ロックンロールもあれば、美しいバラード、スウィンギング・ロンドンなナンバーまでもと。
その意外とも思える多彩なところ。そこにはビートルズへの意識も十二分に感じられます。
とは言え、底流に流れるブルース、R&Bへの思いが心地よい重心の低さに繋がっていて。
華やかなヒット曲集なのに、渋味を感じさせる。そこにストーンズの何たるかがあるかなと。
そう。自分達の見ている世界、それに対する絶対的な自信の揺るぎなさを感じるのです。
それを象徴するのがB面の最後、アルバムの最後に置かれた「Little Red Rooster」の存在。
ハウリン・ウルフ自身がスライドを弾いたなどと言うデマまで生んだ必殺のカヴァー。
オリジナルと比較すれば、多少は薄味とは言え。どブルースですからね。
これがチャートの首位に立ったと言う。そこに当時のストーンズ、そして英国のファンの。
そこに。自主独立とでも言うべき、先進的な自由な進取の気質を感じるのですよね。
そう。なにも汎世界的なものだけが、世の中に罷り通るものではない時代が確かに存在していたのです・・・

視野狭窄。
そいつは。
どうにも。
都合が悪い。
そうらしい。

そうかな。
それが。
なんなのだ。
視野を窄めて。
何が悪い。

少なくとも。
俺にとっては。
何の障害にも。
なりはしない。
不都合もありはしない。

所詮。
シナプスのレベルでは。
他人は他人。
俺は俺。
そいつが真実。

俺は。
俺の目しか見えない。
誰かの目で見ることはできない。
ならば。
俺の見ているものを信じる。

曲がっていようが。
歪んでいようが。
俺に見えている。
俺が信じられる。
世界を生きていくだけだ。

折り合いを。
つけて。
波風を。
立てずに。
おもねて。

当たらず。
障らず。
尖らず。
ぶつからず。
曖昧に。

安全第一。
平穏無事。
迎合して。
雷同して。
保つだけ。

誰かと。
皆と。
同じ様にと。
従って。
見もしない、考えもしない。

そんなのは。
真っ平だ。
御免こうむる。
俺には。
見えるものがある、考えるものもある。

そんなのは。
我慢がならない。
従いはしない。
俺には。
俺の目がある、俺の心がある。

視野狭窄。
だとしても。
どうしても。
譲れないもがある、守るべきものもある。
そう言うことだ。



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2018/05/28 Mon *その横顔 / Ann Peebles

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その横顔。
昨夜の横顔。
いつかの横顔。
それを思い。
思いに囚われる。

近い様で。
遠い様で。
目を閉じれば。
瞼の裏に。
鮮明に。

その横顔に。
浮かぶ。
表情。
その思い。
そいつに触れたくて。

胸の内で。
その横顔に。
話しかけてみる。
振り向く。
その表情。

目が輝き。
口元が綻び。
なに?と動く。
その様も。
鮮明に。

その横顔。
昨夜の横顔。
いつかの横顔。
それを思っている。
いつも。いまも。

『Ann Peeble's Greatest Hits』'88年リリース。
メンフィス・ソウル・クイーン、ハイの歌姫。
そんな呼称を、望むままにしていたアン・ピーブルズ。
一時期、第一線から身を引いていたアンが約十年振りに復帰して。
新たなアルバムもリリース。それに合わせて編集、リリースされたベスト・アルバムで。
'69年~'77年にシングルとしてリリースされたナンバーから10曲が選ばれています。
カムバック前のアンのシングルは20曲以上あったので。聴けるのは半分以下なのですが。
そこは初めて聴く人、久し振りに聴く人。それぞれへ軽く自己紹介と言ったところかなと。
「I Can't Stand The Rain」「If This Is Heaven」「99 Pounds」と言ったヒット曲、代表曲。
押さえるべきところは、押さえられていて。手っ取り早くその魅力を知るにはいいかな。
尤も。復帰したのはハイでではないので。そう便乗商法の類ではありますが。
さて。アンです。ハイのアンです。その何と言うか抑制の効いたブルージィーな歌声。
そいつが。何とも魅力的です。男の袖を掴んで引く様な?歌い方が胸に迫ります。
引き算の美学とでも形容したらいいのか。何とも絶妙なフックも効いているのです。
アンもやはりそのルーツはゴスペルにあるので。その歌声の張りの強さは見事なのですが。
どうも。それを目一杯に張る、その寸前で抑えている、引いている様な感じがあって。
それがまた、ハイの独特の粘りのある重いリズムとの相性が何ともいいのですよね。
ハイのリズム、ハイ・サウンドをここまで上手く乗りこなせたのはアンが一番かなと。
「I'm Gonna Tear Your Playhouse Down」なんかはかなり張ってもいて。
それはそれで。その迫力に震えがくるのですが。それでも、どこか引きを感じさせる。
そうだな。熱くなっている男を相手に。掌で転がしてみせる、そんな姉御肌な感じかな。
このジャケットにも描かれている端正で美しい横顔が印象的だったアン。
その横顔を思い出し、魅せらずにはおられない。そんなアンの歌声なのです。

その横顔。
昨夜の横顔。
いつかの横顔。
それを思い。
思いに魅せられる。

傍らに。
いる様で、いない様で。
目を閉じれば。
瞼の裏に。
瞭然に。

その横顔を。
過る。
表情。
その思い。
そいつを知りたくて。

胸の内で。
その横顔に。
指先を伸ばしてみる。
振り向く。
その表情。

首を傾げて。
瞳が動き。
なに?と囁く。
その様も。
瞭然に。

その横顔。
昨夜の横顔。
いつかの横顔。
それに魅せられている。
いつも。いまも。

いつかも。
昨夜も。
ただ。
横にいて。
時折、見つめる。

いつも。
そう。
ただ。
それだけのこと。
それだけで。

胸が。
一杯で。
思いが。
溢れて。
それだけで。

言葉は。
出口を失い。
指先は。
動きを止めて。
立ち尽くす。

出口を。
行き先を。
失った。
思いは。
胸の内そのままで。

持ち帰り。
抱きしめて。
囚われたまま。
魅せられたまま。
いつも。いまも。

その横顔。
昨夜の横顔。
いつかの横顔。
囚われ、魅せられ。
いつも。いまも。いつまでも。



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2018/05/27 Sun *ぼっちとぼっち / Gladys Knight & The Pips

20180527neitheroneofus


ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
たぶん。
そんなところ。

だけど。
そいつに。
気づけなくて。
意地になって。
突っ張って。

もう。
一事が万事。
総てを。
切り捨てようと。
そうしないと。

身動きが取れずに。
繋がれたまま。
朽ち果てていく。
そんな恐ろしさに。
支配されて。

ただ。
此処ではないところ。
ただ。
今ではない時間。
それを求めて。

ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
そう。
そんなものだったのか。

『Neither One Of Us』'73年リリース。
グラディス・ナイト&ザ・ピップスのモータウンでの最後のアルバム。
大歓迎で迎えられた筈のモータウン。しかし居心地はよくなかったいで。
どうにも外様扱いで。ライターや制作陣も一定せずと。ヒット曲は出すものの。
それが続かなくてと。多分にモータウンにグラディス達の魅力を理解できる様な。
そんな人材が不足していたのかなと。このアルバムも前作から一年半程開いていて。
当時のモータウンとしては、言わば冷や飯を食べさせる様な扱いだったのかもと。
業を煮やしたグラディスは、この頃にはもう移籍を考えていたと思われて。
それもあってか。モータウンの干渉?もそれ程強くなくて。ようやく思う様にやれたと。
その結果が、サザン・ソウル・テイストが濃厚で。これこそがグラディスには合っていて。
そう、ジョージア出身で10代の頃からその深い歌声で聴く者を魅了してきたグラディス。
「Neither One Of Us(Wants To Be The First To Say Goodbye)」から始まって。
「It's Gotta Be That Way」「For Once In My Life」と続くA面頭からの三連発。
ミディアム~スローの、この流れにおけるグラディスの歌声の深さと、その艶やかさ。
その迫力、そして情感溢れる表現力。思わず、ため息が零れてしまう素晴らしさなのです。
特に「Neither One Of Us(Wants To Be The First To Say Goodbye)」が絶品で。
ぼっちと、ぼっち。どっちもどっちの男と女の、別れの切り出しを巡る思いの絢。
邦題「さよならは悲しい言葉」、その微妙で、複雑で、繊細で、そして切ない思い。
そんなものを歌わせたら、グラディスのその歌声の表情、表現に敵う人もそうはいないと。
そして。このナンバーを書いた、そのジム・ウェザリーが。実はキー・パーソンで。
このグラディスの魅力を引き出したジム、ブッダ移籍後のグラディス達の躍進を支えて。
あの「Midnight Train To Georgia」もジムの手によるナンバーだったのですよね。
そんな出会いを経て。いよいよグラディス達はモータウンを後にするのです。

ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
おそらく。
その程度、そんなもの。

だけど。
そいつを。
感じながらも。
意固地になって。
受け容れずに。

もう。
坊主と袈裟で。
総てを。
捨て去ってしまおうと。
そうしないと。

一歩も踏み出せぬままに。
囚われたまま。
澱みに沈んでいく。
そんな焦る気持ちに。
突き動かされて。

ただ。
此処とは切り離された。
ただ。
今とは続かない時間。
それを求めて。

ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
そう。
そんなものではあったのに。

それでも。
あの時は。
その思いが。
支えていたのだと。
そこに迷いはなく。

そう。
あの時は。
その行いが。
不可欠だったのだと。
そこに悔いはなく。

ただ。
時の流れ。
それだけでは。
ないにしろ。
ふと立ち止まって。

そう。
心の動き。
それだけでも。
なににしろ。
ふと振り返って。

選んだものは。
間違ってはいなかったと。
でも。総てを。
切り捨てる。
必要はなかった、できもしなかった。

歩んだ道は。
間違ってはいなかったと。
でも。総てを。
捨て去る。
必要もなかった、できもしなかった。

ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
たぶん。
それ故の行き違い、すれ違い。

ぼっちと。
ぼっち。
どっちもどっち。
それを。
共に受け容れられればいいのだろう。



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2018/05/23 Wed *効いているのか / Martha Reeves & The Vandellas

20180523sugarnspice


効いているのか。
それとも。
未だ。
不足しているのか。
どうなのだろう。

それなりに。
刺激は。
あると言うか。
求めているから。
寄っては来るけど。

でも。
それも。
限度があると言うか。
繰り返していると。
馴れてしまって。

物足りなくなって。
他にはないかと。
新しい。
より強い。
刺激を求めてしまって。

おいおい。
これは。
危ない。
スパイラルに。
陥っているのかと。

それでも。
求めたくなると言うことは。
効いてない。
足りない。
そう言うことかとも・・・

『Sugar N' Spice』'69年リリース。
マーサ&ヴァンデラスの(恐らく)6枚目となるアルバム。
リリース前に一旦、解散状態になって。マーサ以外のメンバーを一新。
グループ名もマーサ・リーヴス&ヴァンデラスに改名しています。
マーヴェレッツ、シュープリームスと共にモータウンを代表するガール・グループで。
「Heat Wave」とか「Dancing in the Street」等のヒット曲も放っていましたが。
段々と失速していって。まぁ、モータウン首脳陣によるシュープリームス・・・
ダイアナ・ロスの大プッシュの弊害の被害者である気もしないのではないのですが。
どうやらマーサ、薬物中毒になってしまって。活動に支障をきたす様にもなっていたとか。
従って。収録されているナンバーはお蔵入りになったものを発掘したものとか。
他のアーティスト様に書かれたものの、リリースに至らなかったものもあったりする様で。
どうにも、粗製乱造と言うか。やっつけ仕事的な側面は拭えないのですが。
それでも、マーサの張りのある歌声は(贔屓目もありますが)十分に刺激的なのですけどね。
でも。やっぱり。全盛期に比較すると大人しくはあるのかな。環境を思えば致し方ないけど。
その一方で。一部の制作陣にとっては刺激的な挑戦できる環境であった様で。
(モータウンにしては)インストのパートの比重が高いナンバーがあったりもして。
これは明らかに。例のテンプテーションズのサイケデリックなナンバーの影響で。
それをマーサ達で。言葉は悪いけど実験台にして発展できるか試みたのかなと。
そんなある意味では。そうスリリングと言うか、刺激的なアルバムではあるのです。
そう。くどいけど。マーサの歌声だって。決して悪くはないのですからね。
ただ、そうだな。華やかさ、艶・・・甘さには決定的に欠けてしまっているのかも。
やっぱりモータウンですからね。そこは欠かせない要素であったのだなと。それは感じてしまうかな。

効いているのか。
それとも。
未だ。
不十分なのだろうか。
どうなのだろう。

それなりに。
刺激は。
あると言うか。
欲しているから。
飛び込んではいるけど。

でも。
それも。
限度があると言うか。
繰り返している内に。
飽きてしまって。

物足りなくなって。
他にもあるだろうと。
新しい。
より昂る。
刺激を欲してしまって。

おいおい。
これは。
ヤバい。
スパイラルに。
囚われているのかと。

それでも。
欲してしまうと言うことは。
効いてない。
不十分。
そう言うことかとも・・・

まぁ。
何事も。
万事。
匙加減が。
重要だと。

そう。
何事も。
万事。
塩梅が。
大切だと。

そいつは。
重々。
百も承知。
それは。
そうなのだけれど。

どうにも。
刺激が。
欲しくなる。
求めたくなる。
そいつ無しでは。

ピリッと。
ズキッと。
ドキッと。
効いてくれないと。
生きている気がしない。

それだけじゃ。
そればかりじゃ。
身にも、心にも。
よくはない。
そうだとしても。

より。
激しく、熱くないと。
より。
面白く、楽しくないと。
生の実感などありはしない。

あぁ。
そうだ。
甘いものも。
甘美な刺激も。
無くては困るのだけれど。

効いているのか。
どうにも。
こうにも。
悩ましい。
どうしたものかと・・・スパイラル(笑)。



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2018/05/22 Tue *囀り / Linda Lewis

20180522lark


目には。
見えない。
その空の。
彼方から。
届けられる。

その。
囀り。
そいつに。
耳を。
澄まして。

込められた。
ものを。
その。
思いを。
感じてみる。

刹那。
震えるもの。
響くもの。
その。
存在に。

胸が。
踊り。
温かな。
何ものかが。
歌い始める。

その。
囀り。
それは。
新たな物語の。
序章を告げる。

『Lark』'72年リリース。
UKソウルの歌姫、リンダ・ルイスの2枚目のアルバム。
プロデュースはリンダ自信とジム・クリューガン。
そう、後年あのロッド・スチュワートのバンドに参加したあのギタリスト。
ジムは、リンダの最初の旦那にもなるのですね。この時は未だ恋人同士かな。
その二人のプロデュース、サウンドは基本アコースティックで、そしてシンプルで。
ところどころに、リンダが大好きだったと言うジョニ・ミッチェルへの意識も。
収められているのは総てリンダ自身の手によるオリジナルなのかな。
思い描く世界を、自由に、自在に歌い表現する、その何とも可愛らしい歌声が堪りません。
まさに空を飛びながら、囀るかの様な歌声。歌声が羽ばたいている様が見えるかの如きです。
この頃、未だリンダは二十歳そこそこだったと思うのですが。
その歌の上手さ、その音楽的才能には驚かされます。しかし、それを越えたものがあるかと。
そして。その越えたものこそが、リンダの究極的な魅力なのかもと。
5オクターブの声域とも言われますが、それを有していることが素晴らしいのではなくて。
それを駆使して。何ものにも囚われずに、思い描く世界を表現し、届けることができた。
それが聴く者の胸に、共感を呼び起こし、共有したいとの思いを抱かせたこと。
それこそが素晴らしいのではないかと。そう思わされるのです。
それ程に、この囀り、この歌声は。自由であり、自在であり。その羽ばたきは輝いていると。
その出自故か。時にカリブの風に乗り、時にゴスペルの熱気、その上昇気流に乗り。
そして時にロンドンに立ち込める霧の、その中を切なさと共に飛び去って行く・・・
そんな時間も、空間も。そして人種とか、国境など軽々と越えていくその自由な意思。
まるで。アルバム・タイトル通りに。ひばりの如き。そんなリンダの歌声、存在なのです。

目には。
見えない。
この空の。
向こうから。
届けられる。

その。
囀り。
そいつに。
耳を。
傾けながら。

込められた。
ものを。
その。
思いを。
追い続けている。

暫時。
振るえるもの。
鳴き続けるもの。
その。
存在に。

胸が。
涌き。
温かな。
何ものかが。
歌い続ける。

その。
囀り。
それは。
新たな舞台の。
開演を告げる。

空を。
越えて。
隔たりを。
越えて。
届けられる。

遠く。
遥か。
ものともせずに。
越えて。
届いてくる。

その。
囀り。
そいつに。
耳を。
奪われて。

その。
囀り。
そいつに。
心も。
奪われて。

込められた。
その。
思いに。
震え。
響き。

込められた。
その。
思いに。
振るえ。
鳴き。

胸が。
踊り。涌き。
温かな。
何ものかが。
歌い始める。歌い続ける。

その。
囀りが。
もたらしてくれる。
新たな物語の序章。
新たな舞台の開演。

そいつを待ち侘びている・・・



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2018/05/21 Mon *新たな世界、内なる世界 / Curtis Mayfield

20180521curtismayfield


新たな世界。
それは。
恐らく。
内なる世界。
そこへと。

心を。
静め。
安らかに。
そして。
飛翔させようと。

剥き出しの。
情熱や。
愛情。
外に向かって。
そんな季節は。

もう。
過ぎ去り。
終わりの。
その時を。
迎えようとしている。

少し。
戸惑いながら。
その移ろいを。
受け止め。
吸収し。

新たな世界。
内なる世界。
そんな季節へと。
そんな時へと。
飛翔を試みる。

『Curtis Mayfield』'74年リリース。
日本独自編集によるカーティス・メイフィールドのベスト・アルバム。
当時の日本コロンビアが何組かの所属アーティストのベスト・アルバムを企画。
ユーライア・ヒープとか、シャ・ナ・ナ等と同時リリースのシリーズだった模様です。
カーティスは、ソロとなって以降この段階で6枚のアルバムをリリースしていて。
その6枚から万遍なく選ばれたナンバー、9曲によって構成されています。
2枚のライヴ・アルバムからも選ばれている辺りが意外な感じもしますが。
恐らくこれはインプレッションズ時代のナンバーも収録する為の苦肉の策だったかなと。
この頃の日本でのカーティスの知名度は、それ程でも無かったと思われますし。
まぁ、ではインプレッションズは知られていたのかと言うと。それもまた・・・ですが。
さて。インプレッションズを脱退して。ソロになって。自らのレーベルも興してと。
所謂、ニュー・ソウルの旗手の一人として時代の寵児ともなっていたカーティス。
当然、その流れ、過程においてカーティスの心情や思想の変化があって。
それはサウンドの変化へも繋がっていく、反映されていくことになったのですが。
インプレッションズ時代、公民権運動とも共鳴して熱く、激しく、外へと向かい。
剥き出しの思いをぶつけていた。それが時代、季節の移ろいと共に。
熱さはそのままに、否、更に熱く。ただ、単純に剥き出しのままで、外へ向かうのではなく。
内へと、己が内面へと向いて。その熱さを抑制されたサウンドと共に伝えようとしている。
高らかに叫び、歌い上げるのではなく。穏やかに呼びかけ、共感を呼び起こそうとしている。
その姿勢、佇まいが生み出した、低音の内省的な、クールなファンク。
そのカッコ良さは、まさに「Superfly」と声を掛けたくなるほどカッコいいのです。
そうだな。このクールさ、内へと向いているところ。それがニュー・ソウルの通奏低音かもしれませんね・・・

新たな世界。
それは。
間違いなく。
内なる世界。
そこへと。

思いを。
鎮め。
密やかに。
そして。
飛翔させようと。

剥き出しの。
激情や。
愛憎。
外に向かって。
そんな季節は。

もう。
消え去り。
終わりの。
その時が。
訪れようとしている。

少し。
身震いしながら。
その移ろいを。
飲み込み。
咀嚼し。

新たな世界。
内なる世界。
そんな季節へと。
そんな時へと。
飛翔を決める。

外から。
内へと。
動から。
静へと。
変わっていく。

激しさから。
穏やかさへと。
昂揚から。
鎮静へと。
移りゆく。

戸惑いながら。
身震いしながら。
受け止めるのだと。
飲み込むのだと。
それしかないのだと。

迷っても。
苛まれても。
吸収するのだと。
咀嚼するのだと。
それ以外はないのだと。

心を。
静め。
安らかに。
その時を。
迎えようと。

思いを。
鎮め。
密やかに。
その時を。
受け容れようと。

新たな世界。
それは。
内なる世界。
そんな季節へと、そんな時へと。
飛翔を誓う。



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2018/05/20 Sun *俺にもブルースが / Smokey Hogg

20180520smokeyhoggsingstheblues


そうだな。
こんな夜には。
俺にも。
ブルースが。
歌えるかもしれないな。

グラスを。
傾け。
グラスを。
重ね。
呑んだくれ。

胸の内が。
心が。
必要以上に。
饒舌に。
語りだす。

求めるものが。
多すぎて。
そのままに。
迷い出て。
彷徨、溢れ出す。

溺れ。
愛して。
踊るつもりが。
千鳥足。
そのままに。

夜の底へと。
落ちていく。
俺にも。
ブルースが。
歌えるかもしれないな。

『Sings The Blues』'61年リリース。
テキサス・ブルース・マン、スモーキー・ホグ。
一説ではライトニン・ホプキンスの従兄弟であるのだとか。
戦前から録音の機会に恵まれるなど人気が高かった様で。
戦後になるとテキサスと、ロスを往復しながら活動を続けて。
何でも十数度も行ったり来たりしながら。二十以上のレーベルに録音をしたとも。
その中でも相性が良かった、居心地が良かったのがモダンで。
「Good Morning Little School Girl」は大ヒット。残した曲数も一番多いとか。
このアルバムはそのモダンの廉価版レーベルからリリースされたもので。
この思わせぶりな美女のジャケットが名物なシングス・ザ・ブルース・シリーズの一枚です。
今のご時世だと。このジャケットにもクレームがつきそうですし。
本人とは一切関係ないのはどうかんと思いすが。まぁ、それもこれもブルースで。
ライトニンは、これらのジャケットには男特有の別の用途もあると嘯いていたとか。
さて。基本はギター弾き語りのホグですが。小編成のバックがついたものもあり。
ピアノを弾いているのは、才媛ハダ・ブルックスなのだとか。確かによく転がっていますが。
何しろホグと言う人は。我が道を行く人なので。バックがつこうがつくまいが。
野放図に、傍若無人に。弾きたい様に弾いて、歌いたい様に歌っていると。
何でも。相当な呑んだくれだった様で。酩酊状態で録音に及ぶことも日常茶飯事だった様で。
そのぶっきらぼうと言うか、吐き出す、吐き捨てるかの歌声、その殺伐とした感じ。
それこそがホグの魅力かなと。テキサスの荒野の荒涼とした風景が目に浮かぶ如し、かな。
「Good Morning Little School Girl」との出会いはジョニー・ウィンターだったので。
ホグのヴァージョンを聴いた時には、そのあまりの違い、砂埃舞う感じに愕然としましたが。
年月を重ねる毎に。そいつがね。刺さる様に、沁みる様になってくるのですよね・・・

たぶんな。
こんな夜には。
俺にも。
ブルースが。
歌えるかもしれないな。

グラスを。
乾し。
グラスを。
重ね。
酔いしれて。

胸の奥が。
思いが。
必要以上に。
雄弁に。
語りだす。

欲するものが。
多すぎて。
そのままに。
迷い出て。
流離、流れゆく。

耽り
溺れて。
踊るつもりが。
千鳥足。
そのままに。

夜の闇へと。
堕ちていく。
俺にも。
ブルースが。
歌えるかもしれないな。

どうにも。
こうにも。
思うままには。
なりゃしない。
そんな時間の積み重ね。

にっちも。
さっちも。
思いのままには。
なりゃしない。
そんな月日の積み重ね。

もがこうが。
足掻こうが。
脱け出せない。
そいつが。
染みついて。

焦れようが。
抗おうが。
変りもしない。
そいつが。
こびりついて。

後は、
ただ。
退屈しのぎ。
暇つぶし。
それだけのこと。

後は。
ただ。
緩慢で刹那な。
自傷行為。
それだけのこと。

溺れ。
愛して。
耽り
溺れて。
夜の底、夜の闇。

落ちて。
堕ちて。
俺にも。
ブルースが。
歌えるかもしれないな。



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2018/05/19 Sat *思いよ、届け / Freddie King

20180519womanacrosstheriver


届け。
届け。
思いよ、届け。
飛んでいけ。
越えていけ。

どんなに。
離れていても。
遠くても。
ものともしない。
そんな強さをもって。

見えるから。
感じるから。
目を閉じて。
思い浮かべる。
それだけで。

その姿。
その仕草。
風を切り。
空気の中。
翻る様に。

歩いている。
舞っている。
手に取る様に。
瞼の裏を。
過っていく。

手を伸ばし。
声を掛ける。
振り返った微笑が。
消えていく・・・
思いよ、届け。

『Woman Across The River』'73年リリース。
フレディ・キングのシェルターにおける3枚目となるアルバム。
このアルバムをもってフレディはシェルターを去りRSOと契約することとなります。
さて。一般的に大味で、ロックに接近し過ぎとも言われるシェルターのフレディですが。
まぁ、そもそも。大味とも言える豪快さがその持ち味、魅力でもあって。
レオン・ラッセルやドン・ニックスとの邂逅によって。その魅力が更に開かれたかなと。
語弊があるかもしれませんが。閉じられたブルースのサークルの外へ出ることによって。
フレディの枷が解かれ、肩の力が抜けて。伸び伸びと弾き捲っている感じがあります。
一説では時期的にちょうどライト・ゲージ弦が開発、登場した頃で。
フレディも、それを使用することで、そのチョーキングにも一層伸びが生まれたと。
それも含めて、従来よりも饒舌にギターを鳴らせるフレディの暴れ振りはなかなかで。
そのパワフルな様は確かにロックに近いかな。でも、それもいいと。
このアルバムでも、レオンを始めとするシェルター勢がバックを務めていて。
それもあってか。スワンプ・ロックの香りも漂っていたりするのですが。
フレディとシェルターの邂逅が、ブルースとスワンプの融合を生み出して。
言ってみれば。スワンプ・ブルースみたいな。その少し大雑把な味わいも悪くは無いなと。
選曲面でも。レオン提供の2曲を除いては。スタンダードなブルース、R&Bのカヴァーで。
その割合もいい塩梅だったのか。実に何とも居心地の良さそうなフレディがいるのです。
フレディ、豪快で、音も太くて。でも、キレが、そうだな、歯切れがいいのだな。
だから。こう遠くまで届く様な、言わば攻めのギターが何とも気持ちが乗ってくるのです。
この悪趣味なジャケットでかなり損をしていますが。十分に針を落とす価値があるのです。
しかし。いつも思うのですが。クラプトンはこれがやりたかったのだろうなと・・・

届け。
届け。
思いよ、届け。
渡っていけ。
越えていけ。

こんなに。
離れていても。
遠くても。
ものともしない。
そんなしなやかさをもって。

聞こえるから。
感じるから。
耳を澄ませて。
思い浮かべる。
それだけで。

その声。
その音色。
空気を震わせ。
風の中。
羽ばたく様に。

歌っている。
奏でている。
手に取る様に。
胸の中に。
浮かび上がる。

手を伸ばし。
触れようと。
響いていた歌声が。
消えていく・・・
思いよ、届け。

この。
空の下。
あの。向こう。
その。先に。
いる人に。

遠く。
離れて。
隔たれて。
その。先に。
いる人に。

今夜。
風を切り。
空気の中翻る。
その姿。
その仕草。

今夜。
空気を震わせ。
風の中羽ばたく。
その声。
その音色。

歩いている。
舞っている。
見えればと。
感じられればと。
目を閉じて。

歌っている。
奏でている。
聞こえれば。
感じられればと。
耳を澄ませて。

届け。
届け。
思いよ、届け。
飛んでいけ。渡っていけ。
越えていけ。強く、しなやかに。



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2018/05/18 Fri *発掘作業中 / Albert King

20180518thelostsession


あんなもの。
こんなもの。
あるのではと。
ある筈だと。
探しもの。

普通に。
考えれば。
常識で。
考えても。
ない筈はないと。

否。
それどころか。
そいつは。
ないと言うのなら。
それは結構なことで。

およそ。
欠陥どころか。
それこそ。
致命的。
そう思うのだが。

何故か。
成り立っている。
動いてしまっている。
ならば。
その間にでも。

探して。
掘って。
見つけようと。
見つけないと。
発掘作業中。

『The Lost Session』'86年リリース。
アルバート・キングの所謂、発掘音源によるアルバム。
録音されたのは'71年で。共演ならびに制作はジョン・メイオールと。
そう。その頃、ジョンは英国から米国へと移住して活動拠点を移していて。
更には、例えばB.B.キング等もロック・ミュージシャンと共演し始めた頃でもあって。
恐らくはスタックスが、その流れにアルバートも乗せようとして。
相手を探していたら、その網にジョンが引っ掛かったと。そんなところなのかな。
アルバートとジョン以外は。当時のジョンのバンドのメンバーが参加していたりします。
なんで15年もの間、お蔵入りになってしまったのかは分かりませんが。
この時期に発掘、公表されたのは、ロバート・クレイとかスティーヴィー・レイ・ヴォーン。
その登場によって巻き起こったブルース・ブームに今度こそ乗ろうとしたのだろうなと。
この辺り、再興されたスタックスの商魂の逞しさを感じもします。
さて、肝心の内容ですが。仕切りは総てジョンに任されていたとかのことで。
アルバートは総てお膳立てが整ったところに悠然と登場してギターとヴォーカルを録音と。
おおよそ、そんな段取りで順調に進められたのだとか。雰囲気は良かったのだろうなと。
アルバート、実に伸び伸びと奏でて、歌い上げています。ご機嫌な顔が目に浮かびます。
勿論、ジョンのサウンドはブルース・ロックの範疇から飛びだしている訳ではないのですが。
そこにアルバートが、乗ると、溶け込むと。途端にブルースになると。
時代の流れか、ジャズやファンクの香りも漂うブルースを悠然とやってみせるアルバート。
時系列で言うと『Years Gone By』と『Lovejoy』の間に位置する録音で。
『Lovejoy』以降に加速するアルバートのファンク路線。その起点にはジョンがいたのかと。
そんなミッシングリンク的な存在としても。発掘の価値、意義は小さくはなかったと思われるアルバムです。

あんなもの。
こんなもの。
なきゃいけないと。
ある筈だと。
探しもの。

自然に。
考えれば。
道理で。
考えても。
ある筈なのだと。

否。
それどころか。
そいつが。
ありませんと言うのなら。
それは大層なことで。

およそ。
弱点どころか。
それこそ。
致死的。
そう考えるのだが。

何故か。
定義されてしまって。
稼働してしまっている。
ならば。
今からでも。

探して。
掘って。
直さないと。
繋げないと。
発掘作業中。

あんなもの。
こんなもの。
そいつは。
あっていい。
なきゃいけない。

あんなものも。
こんなものも。
そいつは。
ある筈だ。
なくてはならない筈だ。

そうでなきゃ。
なんだかんだで。
まがりなりにも。
こうなっていない。
ここに至っていない。

そうでなきゃ。
なんでもかんでも。
兎にも角にも。
こうしていられない。
ここにいられない。

普通じゃない。
非常識。
致命的な。
欠陥。
だからこそ。

自然じゃない。
道理に適ってない。
致死的な。
弱点。
だからこそ。

見つけようと。
見つけないと。
直さないと。
繋げないと。
発掘作業中。

見つかるといいけどねぇ・・・



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2018/05/17 Thu *転がる者で / Muddy Waters

20180517thebestofmuddywaters


転がらぬ者。
そんな者には。
生きる。
意味など。
ありはしないと。

そう。
言い聞かせて。
重い足枷を。
引き摺りながら。
何処かへと。

あてなど。
無い様で。
有る様で。
結局は。
行方、定めずに。

ただ。
只管に。
転がる。
それのみを。
課してみる。

恐れても。
危うくても。
それでも。
苔が蒸すよりはと。
思い定めた日に立ち返り。

最初から。
この手の中になど。
何もなかったでは無いかと。
ならば。今もやれるはずと。
それだけだと。

『The Best Of Muddy Waters』'57年リリース。
この横顔、これこそがブルースだと。そう自信をもって宣言できる。
そんなブルース・アルバムの中でも至宝と言える、マディ・ウォーターズのアルバム。
'48年~'54年の録音から厳選された12曲。シカゴ・バンド・ブルースの確立期。
その立役者であり、歩みを共にした脂の乗り切った、ベストなマディのアルバムです。
チェスとしては3枚目のアルバム、そしてマディにとっては初めてのアルバム。
このアルバムがリリースされていなかったとしたら。その後のブルース、そしてロックは。
恐らくは、否、間違いなく今とは違う道を歩む、転がっていただろうなと。
このアルバムにより、マディ、そしてシカゴ・バンド・ブルースの名声は確立されて。
更に、それはマディの故郷である米国南部、そして活動拠点であったシカゴ。
それらの土地、そこの住民以外にも広くブルースの存在を知らしめることとなったのだと。
ロンドン郊外の街に住んでいたある学生もメール・オーダーでこのアルバムを取り寄せて。
他の数枚と共に抱えてホームに立っていたら、幼馴染みに声を掛けられて再会したとかね。
また、このアルバムは’58年に英国盤がリリースされて。それがきっかけでマディは渡英。
そのライヴ、本場のブルースに多くの若者が触れたことが。どれ程、大事件だったかとかね。
さてと。興味深いのは、やはりシカゴ・バンド・ブルースが確立されていく様。
それが手に取る様に感じられることで。南部時代と同じアーシーな弾き語りから始まって。
ウィリー・ディクソン、ジミー・ロジャース、オーティス・スパン、そして、そう。
リトル・ウォルターも加わったバンドによるエレクトリックでモダンなブルースへと。
その進化、転がる速度の速さには、目が眩む思いがしますし。その速さ、同時代性。
それこそが、ミックやキースをも惹きつけたのだろうなと。そうブルースは最先端の音楽。
クールでヒップな音楽であったと。だからこそストーンズも。それに反応して挑んで。
このアルバムのA面頭に置かれた’54年の「I Just Want To Make Love To You」を。
それを選んでカヴァーして、更にはアップ・テンポにアレンジしてみせたのだと。
マディは転がる者であり。そのバトンは確かにストーンズを始めとする新たな転がる者達へと渡されたのです・・・

転がらぬ者。
そんな者には。
生きる。
資格など。
ありはしないと。

そう。
言い聞かせて。
荊の鞭を。
身に受けながら。
何処かへと。

あてなど。
有る様で。
無い様で。
結局は。
行方、知れずに。

ただ。
一途に。
転がる。
それのみを。
強いてみる。

怖くても。
脆くても。
それでも。
根が腐るよりはと。
思い定めた日に立ち返り。

最初から。
この握りしめた掌には。
何もなかったでは無いかと。
ならば。今もやるしかないと。
それだけだと。

あの日も。
かの日も。
その日も。
満たされなど。
しなかった。

あそこも。
どこも。
そこも。
潤してなど。
くれなかった。

だから。
この身と。
この心と。
ただ。
それだけを。

恃んで。
信じて。
思い込んで。
やるしかないと。
やれるはずと。

生きがって。
強がって。
転がることを。
転がる者になることを。
心に定めたのだ。

欲しいものなど。
それだけだと。
やりたいことなど。
それだけだと。
心にさだめたのだ。

転がらぬ者。
そんな者には。
生きる。
意味も資格も。
ありはしないと。

転がる者であり続けよう・・・



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2018/05/16 Wed *追われているのか / Hound Dog Taylor And The Houserockers

20180516hounddogtaylorandthehousero


何に。
追われているのか。
影も。
姿も。
見えてはいないのに。

でも。
背後に。
確かに。
その気配を。
感じるのだ。

荒々しい。
息遣い。
危うい。
匂い。
そんなものが。

つかず離れず。
一定の距離をとりながら。
しかし。
見失うことなく。
追ってくる。

なんなのだ。
この。
苛立ちは。
この。
慄きは。

地獄の猟犬。
そんなものに。
どうやら。
随分と前から。
親しまれているらしい。

『Hound Dog Taylor And The House Rockers』'71年リリース。
ハウンド・ドッグ・テイラーの、そしてアリゲイター・レーベルの初めてのアルバム。
デルマーク・レコードに勤務していたブルース・イグアロがテイラーを再発見して。
ところが。デルマークは動こうとせず。このままではテイラーのブルースが埋もれると。
そのブルースをシカゴのゲットーの奥深くに眠らせたままにはできないと。
一念発起したイグアロはなんと、テイラーの為だけにレーベルを興してしまったのですね。
自宅をオフィスにして。そこでレコードを梱包して、トラックに積んでラジオ局回りと。
そんな地道な作業によって。このアルバム、テイラーのブルースは世に放たれたのですね。
さてと。二日間で行われたこのアルバムの録音に臨んだ際に既にテイラーは50代半ばで。
そう。実はエルモア・ジェイムスより年長ののですよね。それだけに気合も入っていて。
普段はベース・レスのトリオで演奏していたものの。新たにベースを加えることを願ったと。
しかし。イグアロが却下。ライヴそのままのラフで、タフで、ディープなままにと。
テイラーに、ギターのブルワー・フィリップス、ドラムスのテッド・ハーヴェイのトリオ。
そうハウス・ロッカーズのシカゴのゲットーでのライヴ、そのままの熱気を持ち込ませたと。
これが大正解で。激しく、狂おしく突き進むテイラー。縦横無尽に絡むフィリップス。
そんな2人をこれでもかと煽るハーヴェィ。そいつが一丸、礫となって飛んでくると言う。
ここまで原始的で野生のままの。思いのまま、激情のままのギター、ブルースなんて。
そうは無いだろうと。まさに本能のままの猟犬の如しで。自由奔放なブルースが痛快です。
そして。それだけ聴く者を追い回す様でいながら。実に何とも陽気に突き抜けてもいると。
これこそが、ゲットーで数多の男女を震わせ、そして躍らせてきたその本領なのだろうと。
追われて、追い回されて。それ故の緊張感、昂揚感。それがテイラーのブルースなのだと。
う~ん、実は嗅覚鋭い猟犬と言うのはイグアロだったかもしれなくて。その貢献の大きさ。
パンク・ブルースのオリジネイターがテイラーなら、ファウンダーは間違いなくイグアロなのですよね。

誰に。
追われているのか。
影も。
姿も。
ありはしないと言うのに。

でも。
空気に。
確かに。
その徴表を。
感じるのだ。

潜めた。
息遣い。
隠せない。
匂い。
そんなものが。

どこからか。
一定の距離をとりながら。
しかし。
隙を見せることなく。
囲ってくる。

なんなのだ。
この。
焦燥は。
この。
戦きは。

地獄の猟犬。
そんなものに。
どうやら。
いつの間にか。
馴つかれているらしい。

いつも。
いまも。
追われ。
逃れ。
振り返る。

見えない。
聞こえない。
でも。
確かに。
感じる。
いつでも。
どこでも。
追われ。
逃れ。
見回す。

見えない。
聞こえない。
でも。
確かに。
蠢く。

この。
苛立ちが。
この。
慄きが。
追われている、その証。

この。
焦燥も。
この。
戦きも。
追われている、その証。

ふと。
気づく。
この息遣い。
この匂い。
どこか懐かしくありはしないかと。

何に、誰に、追われているのか・・・



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2018/05/15 Tue *空回り / Steve Winwood

20180515backinthehighlife


別に。
どこが。
どうしたとか。
そんな。
訳ではない。

まぁ。
いつも。
だいたい。
こんなもの。
そんなところ。

いや。
むしろ。
何か。
火照っている。
その気になっている。

だけど。
どうも。
そいつに。
身も心も。
ついていけてない。

そんな気が。
するのは。
それこそ。
唯の気のせい。
それならいいけれど。

空元気。
そんな言葉が。
頭に浮かび。
慌てて。
消してはみるけれど。

『Back In The High Life』'86年リリース。
スティーヴ・ウィンウッドの4枚目となるソロ・アルバム。
意外と寡作なウィンウッド。そしてこのアルバムで大ブレイクしたと。
まぁ、そうは言っても。スペンサー・ディヴィス・グループやブラインド・フェイス。
そしてトラフィックと。その名前と実力の程は十分に知れ渡っていたのですが。
兎に角。このアルバムは売れに売れて。全米では最終的にトリプル・プラチナに輝いたと。
シングル・カットされた「Higher Love」は見事に全米チャートの首位を獲得しています。
そう。この数年前のデヴィッド・ボウイと同様に。ウィンウッドも。
このアルバムで、所謂ロックファン以外にも広く認知されたと言うことになるのです。
ところが。それ程深くは印象に残ることの無かったアルバムだったりもするのですよね。
その歌声の素晴らしさと共に。マルチ・プレイヤーとしても知られるウィンウッドです。
従来のソロ・アルバムでも。殆ど総てを一人で手掛けて。成果を上げてきていたのですが。
前作に今一つ納得がいかなかったのか。そしてレコード会社の要請もあったのか。
このアルバムでは。これでもかと言うくらいに豪華なゲストが参加していて。
チャカ・カーン、ジェイムス・テイラー、ナイル・ロジャース、ジョー・ウオルッシュ・・・
まぁ、あの時代の流行りでもあり。実際にそれが大いに受けたのは確かなのでしょうが。
これまた、あの時代特有のシャリシャリした音像と相俟って。あまりに軽いのですよね。
ウィンウッドの歌声は相変わらず素晴らしいし、その手によるナンバーも魅力的ですが。
いかんせん。何と言うか。無理矢理に似合わない流行りの衣装を着せられている感があって。
どうにも、こうにも。何だか空回りの、空元気。そんなことを思わずにはいられなくて。
時代の流れに乗ってはみたものの。その空虚さに戸惑っているウィンウッドがいる様で。
如何に実力者であっても。時流だけに目を奪われて、己を見失ってはならないのだなと。歯痒いかな。

別に。
なにが。
どうしたとか。
そんな。
訳でもない。

まぁ。
いつもと。
それほど。
変わらない。
そんなところ。

いや。
むしろ。
何だか。
逸っている。
その気になっている。

だけど。
どうも。
そいつだけが。
先走り。
空回りしている。

そんな気に。
囚われるのは。
それこそ。
唯の気の迷い。
それならいいけれど。

空元気。
そんな言葉が。
胸を過り。
慌てて。
振り解いてはみるけれど。

時代。
潮流。
そいつに。
そいつを。
気に掛けることは。

それは。
そいつは。
大切なのだろう。
そうには。
違いないけれど。

徒に。
それを追って。
それに踊らされて。
その気になって。
焦るだけ。

身も心も。
ついていけず。
空吹かし。
空回り。
置いてきぼり。

変化。
変調。
そいつに。
そいつを。
敏感であること。

それは。
そいつは。
重要なのだろう。
そうであるとは。
思うけれど。

空元気。
そんな言葉に。
縛られぬ様にと。
似合わない。
衣装を脱ぎ捨ててみる。



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2018/05/14 Mon *好きなら、好きなだけ / Steve Marriott

20180514packetofthree


好きなら。
好きなだけ。
とことん。
どこまでも。
その日が来るまで。

いま。
何をすべきで。
何を堪えるべきで。
そんなことは。
言われるまでもなく。

分かってはいる。
少なくとも。
感じてはいる。
でも。
考えたくはない。

そうだな。
いつか。
もしかしたら。
近いうちに。
明日にでも。

痛い目を。
見るかもしれないが。
そうだとしても。
それはそれで。
構いはしない。

それよりも。
その日が。
確かに迫っている。
その予感の只中だから。
好きなら、好きなだけ。

『Packet Of Three』'84年リリース。
スモール・フェイセスの再結成も、ハンブル・パイの再結成も。
続けて商業的には失敗に終わった後のスティーヴ・マリオット。
メジャーから陥落。世間的には過去の人にされていて頃のマリオットですが。
ライヴへの、そして何よりも歌への、歌うことへの情熱と愛情だけは冷めることなく。
三人編成のバンド、パケット・オブ・スリーを結成してツアーを続けていたと。
確かなところは分からないのですが。どうやら小さなクラヴやパブが中心だったと思われ。
そう、言ってみればドサ回りの様な状況。そんな一夜の模様を収録したライヴ・アルバム。
インディーからのリリースで、ジャケットやデザインもやっつけ仕事な感は否めず。
音質も極上とは言い難く。そんな環境でマリオット程の人がリリースしていいのかと。
針を落とす前から、切なくなりもするのですが。ところが、どうして、これがいいのですよ。
何がって。マリオットが歌っている。それも昔と何ら変わらずに出力全開で歌っていると。
その歌声の熱さ、激しさ。その熱量のとてつもなく高いこと。それだけで震えがきます。
正直。サウンドは三人編成の限界か。厚みに欠けるし、グルーブも物足りないと。
選曲も。スモール・フェイセスやハンブル・パイの再演に。R&Bやブルースのカヴァーと。
新鮮味に欠ける上に、言ってしまえば昔の名前で出ていますみたいな感じなのですが。
ところが、にもかかわらず。マリオット自身に、その歌声には微塵もそんな卑屈さは無くて。
実に、何と言うか。もう歌うのが、歌えることが楽しくて、楽しくてと。溢れていて。
あぁ、そうかと。売上とか、会場の規模とか、契約とか。そんなことは二の次で。
兎に角、好きで、好きで、大好きな歌を歌えること。それが一番で、それが総てだったと。
この単純に過ぎるところ。セルフ・プロでユース力の無さ。それが惜しまれもするのですが。
好きなら、好きなだけ。それだけを、とことん、どこまでも、いつまでもと。
そんな愚直な純情一直線なマリオットがね、その実、とても愛しくてならないのです・・・

好きなら。
好きなだけ。
とことん。
いつまでも。
その時が来るまで。

いま。
すべきことは。
他にあるのだと。
そんなことは。
とうの昔から。

分かってはいる。
少なくとも。
意識の内にはある。
でも。
囚われたくはない。

おそららく。
いつか。
それなりの。
確率で。
次の夜明けには。

煮え湯を。
飲まされるかもしれないが。
そうだとしても。
それはそれで。
覚悟の上だ。

それよりも。
その時に。
確かに追い詰められている。
予感が確信に変わりそうだから。
好きなら、好きなだけ。

実は。
雑食で。
あれも。
これもと。
欲張りで。

そうさ。
多情で。
あれも。
これもと。
欲深くて。

でも。
さりとても。
本当に。
真剣に。
夢中になれる。

そう。
とは言っても。
心底。
突き動かされる。
好きになれる。

そんなものなど。
この世の中に。
たった一つだけ。
それだけ。
他にはありはしない。

だから。
愚直に。
一直線に。
その日まで、その時まで。
好きなら、好きなだけ。



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2018/05/13 Sun *満ちてくるもの / Frankie Miller

20180513highlifeukorg


どんな。
ものかと。
少しばかり。
半信半疑で。
臨んでみれば。

最初の。
一歩。
始めの。
一撃。
その瞬間に。

感じるもの。
震えるもの。
そんなものが。
確かにあって。
あぁ、これだと。

この感じを。
この震えを。
待っていたのだと。
そいつに。
気づかされて。

後は。
満ちてくるもの。
そのものの。
そのままに。
任せて。

高く。
強く。
満ちてくるもの。
その反応のままに。
人間へと回復する。

『High Life』'74年リリース。
ブリティッシュ・ブルー・アイド・ソウル・シンガー。
白いオーティス・レディングとも称されたフランキー・ミラー。
そのミラーが、米国南部への憧憬、接近を顕わにした2ndアルバム。
この前後、英国のミュージシャンはこぞって米国南部へと向かって。
それがブリティッシュ・スワンプとして一つの潮流をも生むことになるのですが。
ミラーは、スワンプをも飛び越えて?一挙にニュー・オーリンズへと最接近。
このアルバムではプロデューサーに、かのアラン・トゥーサンを迎えて。
更には全11曲中8曲がトゥーサンの手によるナンバーと言う徹底振りに拘りが伺えます。
同年にロバート・パーマーもミーターズをバックに初めてのソロ・アルバムをリリース。
稀代のブリティッシュ・ブルー・アイド・ソウル・シンガーの2人の同期も興味深いかな。
さて、アルバム全編にニュー・オーリンズの匂いが濃厚に漂うこのアルバム。
ミラーの、深いソウルフルな歌声も味わいを増していて。目隠しをして聴かせたら。
多くの人が、黒人シンガーが歌っていると思うだろうとも評価されるのですが。
確かに、それだけのソウルフルな歌声、それこそがミラーの味わい、魅力ではあるのですが。
聴いていると。どこかに英国の香りもそこはかとなく漂っている様にも思われて。
その繊細な哀愁。切なさが宿っているところ。それもミラーならではの味わい、魅力だと。
それがあるからこそ。熱いホーン・セクションや女性コーラスとの対比も生きてくるのだと。
また、そこに。米国南部へ接近するにしても。それぞれのスタンスがあることを感じます。
それにしても。このミラーの歌声の張りと言うか、艶と言うか、漲る生命力と言うか。
本当に、充実していたのだろうなと。満ちてくるものを感じていたのだろうなと。
それだけに。このジャケットは・・・もう少し何とかならなかったかと。いい表情なのに。
まぁ、ミラー・ビールと掛けたのでしょうが・・・ミラーもどうもプロダクションに恵まれなかった人なのかも・・・

もう。
いいかなと。
少しばかり。
厭戦気分で。
挑んでみれば。

最初の。
一声
始めの。
一発。
その瞬間に。

響くもの。
溢れてくるもの。
そんなものが。
然りとあって。
あぁ、そうだと。

この響きを。
この溢れ出すのを。
待っていたのだと。
そいつが。
明らかになって。

直ぐに。
満ちてくるもの。
そのものの。
そのままを。
受け止めて。

深く。
熱く。
満ちてくるもの。
その醸成するままに。
生命力を回復する。

あぁ。
そうだ。
これだ。
こいつを。
待っていたのだと。

もう。
なにも。
曇らず。
なにも。
疑わずと。
憧れるあまりに。
近づいて。
禁を破って。
手を出して。
報いを恐れて。

故に。
半信半疑だと。
厭戦気分だと。
予防線を。
張ってはみたものの。

踏み出した。
撃った。
放った。
打ち込んだ。
その刹那。

この感じ。
この震え。
この響き。
この溢れ出すもの。
これしかないと。

高く。強く。
深く。熱く。
満ちてくるもの。
その反応のままに。
その醸成するままに。

充実して・・・回復へと。



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2018/05/12 Sat *行き止まりだと / Van Morrison

20180512intothemusic


行き止まりだと。
思っても。
もしかしたら。
ひょっとしたらと。
少しでも、そう思えるなら。

上着を片手に。
扉を開けて。
路上へと。
路の上へと。
再び、踏み出してみる。

ゆっくりと。
でも。
しっかりと。
一歩ずつ。
踏みしめながら。

吹き抜ける。
風を身に受けながら。
その匂いの。
中にあるものに。
導かれるままに。

もう一度。
駆け抜けられる。
突き抜けられる。
その。
可能性を見つけに。

少しずつ。
加速して。
軽やかに・・・
行き止まりだと。
思っても。

『Into The Music』'79年リリース。
ヴァン・モリソンの11枚目となるオリジナル・アルバム。
今も、精力的に活動を続けているヴァン。オリジナル・アルバムも数多に上りますが。
その陽気で開放的な表情、佇まいが一際特徴的なのがこのアルバムです。
実は、このアルバムがヴァンとの出会いだったので。当時は違和感を覚えなかったのですが。
そう。ここまで明るい、楽観的とも思える表現や歌唱と言うのはヴァンとしては異例だと。
後追いで、そしてリアル・タイムで接する内に段々とそのことが分かってきたのでした。
勿論、『Astral Weeks』にしろ『Moon Dance』にしろ、生命力に溢れてはいるのですが。
それを静かに愛でると言った感覚が強い様に感じるのですが。このアルバムでは。
それを積極的に祝っていると言った感覚があり。生身の人間としてのヴァンに。
より親しく、より強く、より深く接し、触れられているのだとの思いを抱かされるのです。
特に、あのソウルの名曲「Dark End Of The Street」の一説を引用して書かれた。
その返答歌にも思える「Bright Side On The Road」から始まるA面の昂揚感は素晴らしく。
録音が行われたサンフランシスコの陽光、そのままの様だとも思わされます。
昂揚感の発露に一役買っているのがJBズに在籍していたピー・ウィー・エリスで。
そのサックスの音色とホーン・アレンジは白眉で。JBズのファンだったヴァンも大喜びで。
ヴァンとエリスの関係はこの後も長く続いていくこととなるのです。
B面は一転して、陽気でありながらも内省的と言うか。愛情を静かに抱きしめている感じで。
その対比と言うか、緩急の見事さもこのアルバムの魅力を高めていると思うのですが。
そこでも、決して閉じ籠ると言うのではなく。あくまでも開かれているところ。
そこに当時のヴァンの充実度を見ても取れるかと。生命力、そして心の自由と言ったもの。
それを強く感じ、抱いたからこそ。ここまで開くことが可能になったのだろうなと。
次のアルバムからは余りにも深く精神世界に入り過ぎて。分かり辛くなってしまうヴァン。
それもあってか。このアルバムの再び路上へと踏み出し、踊り出ているその姿。
陽気に、開放的に、積極的に生命力、心の自由、そして愛を祝い、歌い上げるヴァンに惹かれてしまうのです。

行き止まりだと。
感じていても。
もしかしたら。
ひょっとしたらと。
僅かでも、そう感じるのなら。

靴紐を締め直して。
鍵を開けて。
路上へと。
路の上へと。
再び、踊り出してみる。

ゆっくりと。
でも。
しっかりと。
一歩ずつ。
確かめながら。

降り注ぐ。
灯りを身に受けながら。
その煌めきの。
中にあるものに。
導かれるままに。

もう一度。
走り抜けられる。
乗り越えられる。
その。
可能性を探しに。

少しずつ。
上昇して。
快やかに・・・
行き止まりだと。
思っても。

行き止まりだと。
思っても。
未だ。
何処かに。
何かがと。

少しでも。
僅かでも。
そう思えるなら。
そう感じるのなら。
そう信じられるのなら。

上着を片手に。
靴紐を締め直して。
扉を開けて。
鍵を開けて。
路上へと。

ゆっくりと。
でも。
しっかりと。
一歩ずつ。
踏みしめながら。確かめながら。

吹き抜ける。
風を身に受けながら。
降り注ぐ。
灯りを身に受けながら。
その匂いの中に。その煌めきの中に。

もう一度。
駆け抜けられる。突き抜けられる。
もう一度。
走り抜けられる。乗り越えられる。
その可能性を見つけに、探しに。

少しずつ。
加速して。上昇して。
軽やかに・・・快やかに・・・
行き止まりだと。
思っても。

路上へ。
踏み出そう。
躍り出よう。
行き止まりだと。
思っても。



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2018/05/11 Fri *今宵、この街の、片隅で / Rod Stewart

20180511anightonthetwon


今宵。
この街の。
片隅で。
独りで。
思いと向き合い。

そうさ。
今宵も。
多くの。
会話が。
飛び交い。

そうさ。
今宵も。
多くの。
無意味な。
単語の羅列。

そんな。
もので。
ものでのみ。
世界と。
繋がっている。

そうだね。
皆。
優しくしてくれる。
気遣ってくれる。
でも、それだけ。

響いてこない。
届いてこない。
今宵。
この街の。
片隅で。

『A Night On The Town』'76年リリース。
ロッド・スチュワートの通算7枚目のソロ・アルバム。
大西洋を渡って、アトランティック移籍後は2枚目となるアルバム。
ルノワールの絵画の中に違和感なく紛れ込んでいるロッドの姿が微笑を誘います。
フェイセス時代からジャケに遊びや仕掛けが多いロッドですが。その中でも白眉かなと。
A面がSlow Side、そしてB面がFast Sideと冠されていて。
それぞれにバラード、そしてロックンロールにおけるロッドの魅力が発揮されています。
英国時代の哀感、滲み出るものは後退してはいるものの。新たな環境に身を置いて。
新たな挑戦を始めたロッドの、その真摯な思いは歌声の中に感じとることが出来るかなと。
華やかなロック・シーンへと漕ぎ出すと共に。米国南部へも接近を強めていた時期で。
スティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダン、そしてマッスル・ショールズの手練達。
最強の面子を得て。新たな世界へと挑んでいこうとう意思が感じ取れるのです。
ロッドと言えば、そのカヴァーにおけるセンスが特筆されるのですが。
このアルバムに於いてはロッドの手によるオリジナルのレベルも高くて。
その決意のほどが並々ならぬものであったこととの証かとも。力、入っているのですよね。
特にB面、Fast Side、その頭3曲の連発は実に爽快で。ロックンローラーだなと。
その一方でバラードも素晴らしいのですが。哀感、情緒とはまた異なるものも感じられて。
そう、ふと淋しさと言うか。孤独の影が過りもするのですね。何と言うのかな。
ジャケと同様に新しい環境に馴染んでいる様で。その実、胸の内には複雑なものもあったか。
その影。取り巻く環境からの好意や、愛情。それは十二分に感じながら、信じながらも。
どうしても拭えない孤独感に戸惑っていないでもないのかなと思われもして。
ふと。夜の中。その実馴染めない街の片隅で。巡り、渦巻く思いに対峙している姿が見える気もするのです。

今宵。
この街の。
片隅で。
いつもの様に。
思いと向き合い。

そうさ。
今宵も。
多くの。
駆け引きが。
行き交い。

そうさ。
今宵も。
多くの。
薄っぺらな。
約束の安売り。

そんな。
もので。
ものでだけ。
世界と。
交われない。

そうだね。
皆。
非難はしない。
否定すらしない。
でも、それだけ。

振れられもしない。
震わされもしない。
今宵。
この街の。
片隅で。

そうさ。
別に。
今宵に。
始まった。
ことじゃない。

そうさ。
別に。
この街に。
限ったことじゃない。

いつでも。
いまでも。
多くの。
無意味な。
単語の羅列。

いつでも。
何処でも。
多くの。
薄っぺらな。
約束の安売り。

優しくしてくれる。
気遣ってくれる。
でも、それだけ。
共鳴できない。
受容できない。

非難はされない。
否定すらされない。
でも、それだけ。
共振できない。
胎動もしない。

今宵。
この街の。
片隅で。
いつもの様に。
独りで、思いと向き合っている。



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2018/05/10 Thu *飛翔しよう / Lynyrd Skynyrd

20180510lynyrdskynyrd


朽ち果てる。
その前に。
此処から。
去ろう。
出ていこう。

もう。
残された。
時間は。
そんなに。
長くはない。

ならば。
ここで。
このまま。
崩れ落ちる。
その前に。

この扉を。
開けて。
此処では無い。
何処かへと。
歩き出そう。

目に見えない。
幕に覆われて。
真綿で。
喉を締めつけられる。
抗う気持ちもない。

このまま。
受け容れて。
鷹揚と。
その時を待っている。
それも構いはしないけど。

『Lynrd Skynyrd(Pronounced 'Lĕh-'nérd 'Skin-'nérd)』'73年リリース。
サザン・ロック・バンド、レーナード・スキナードの記念すべき1stアルバム。
バンド名の発音を丁寧に解説している人を食った様なアルバム・タイトル。
この陽性なユーモア、そしてブリティッシュ・ロックの影響も濃厚なキャッチーなセンス。
この辺りが先達のオールマン・ブラザーズ・バンド等と異なる個性であり魅力であって。
それはあの突然の悲劇に襲われるまで変わることは無かったかなと。
そんなレーナード・スキナードの個性と魅力を引き出したのがアル・クーパーで。
見出したレーナード・スキナードの為に自らのレーベルまで設立している熱の入れ様で。
南部の泥臭いバンドだったレーナード・スキナードを磨き、輝かせたその手腕。
アルの存在亡くしてはレーナード・スキナードが世に出ることも無かったかも知れないと。
尤も。それに応えるだけのものがレーナード・スキナードにあったからで。
その、いい塩梅に腰の落ちた重心の低いサウンド。そして空、高く飛翔するかの感覚。
それらを併せ持っていた。それが、類稀なる存在となれた一番の要因だったかなと。
その鍵となっていたトリプル・ギター。実はその編成になったのは偶然の産物で。
レコーディングの途中でベースのレオン・ウィルクソンが脱退してしまって。
代わりにエド・キングが加入。しかし元々ギタリストであったので。ギターも弾いてと。
こうしてゲイリー・ロッシントン、アレン・コリンズとのトリプル・ギターになったと。
(それもあってか、レコーディング終了時にレオンは復帰をしています)
その魅力が最大限に発揮されているのが言わずと知れたあの「Free Bird」で。
レーナード・スキナードの代表作にして、サザン・ロックのアンセムともなっていると。
ビリー・パウエルのピアノ、アルのオルガンに導かれ。ロニー・ヴァン・ザントが歌いだす。
その哀感極まりない歌声の余韻が残る中、ゲイリー、アレン、エドのギターが鳴り始めて。
やがて激しく熱いギター・バトルが繰り広げられ、そして昂揚感と切なさの内に空へと。
そう空の高みへ、空の果てへと飛び去って行く。その様が何とも胸を打ち、震わすのです。堪らないのです。

沈みゆく。
その前に。
此処から。
去ろう。
飛んでいこう。

もう。
やり残した。
ものなど。
それほど。
ありもしない。

ならば。
ここで。
このまま。
滅び去る。
その前に。

この窓を。
開けて。
此処では無い。
何処かへと。
飛び立とう。

目に見えない。
雲に圧し掛かられて。
粘綿で。
首を絞めつけられる。
抗う気力もない。

このまま。
致し方なしと。
磊落に。
その時を待っている。
それが出来ればよいのだが。

既に。
何かは。
何かを。
失ってしまった。
戻りはしない。

既に。
何かが。
何もかが。
失われてしまった。
返りはしない。

目に見えない。
幕に覆われて。
雲に圧し掛かられて。
絞めつけられ。
抗いもしない。

崩れ落ちる。
そのままに。
滅び去る。
そのままに。
座して待つのか。

受け容れて。
鷹揚と。
致し方なしと。
磊落に。
そのままに過ごすのか。

残された。
時間も。
やり残した。
ものも。
ありはしないが。

だから。
ならば。
朽ち果てる。沈みゆく。
その前に。
飛び立とう。飛翔しよう。



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2018/05/09 Wed *未だ早い / Edgar Winter

20180509entrance


はい。
そこまで。
その先は。
そうだな。
未だ早い。

どこまで。
開いて。
いいものか。
そいつを。
計りかねている。

まぁ。
多分に。
信頼は。
している。
それに違いはないけれど。

腹の。
その底は。
お互いに。
見えていないし。
それに、まぁ。

今までに。
様々に。
それとなく。
窺わせる様な。
素振りは見せているし。

まぁ。
あれや。
これやと。
抽斗はありそうだと。
その程度でいいかなと。

『Entrance』'70年リリース。
エドガー・ウィンターの初めてのソロ・アルバム。
実兄であるジョニー・ウィンターの2枚のアルバムに参加して。
遂に自らもソロとしてデビューすることを果たしたエドガー。
何でもその際に、自分のレコードは売れないよと言い放ったのだとか。
言う方も言う方なら、それでもアルバムを創らせる方も作らせる方と言うか。
エドガーとしては自分の音楽的志向を素直に口にしただけなのかもしれませんが。
ジョニーがブルース一筋であったのに対して。エドガーは実に幅広い嗜好の持ち主で。
勿論、ロックンロールやブルースも好きなものの。ソウルも好きならばジャズも好き。
更にはカントリーもクラッシックも好きで。コマーシャルな音楽には興味が無くて。
そんな自らの嗜好に合った音楽を、ジャンルの枠を越えて融合させる志向があったと。
現に。このアルバムには、そんなエドガーならではの世界が早くも展開されていて。
それでいながらも。どこか余力を残していると言うか。隠し持っている感もあって。
まさにアルバム・タイトル通りの、エドガーの自己紹介を兼ねたアルバムだったかなと。
そんなアルバムに於いて、A面をまるまる使って「Winter's Dream」なんて組曲をやると。
この何でもありで、しかも我が道を行くと言うのがエドガーの基本的なスタンスで。
故に、その自我の見本市みたいなこのアルバムは宣言通りに商業的には失敗しながらも。
その頑固さも含めて。後のエドガーの総てはやはり、既にここに萌芽していたのだなとも。
それでいて。プレイヤーとしての嗅覚や吸収力にも優れていて。兄のサポートをしながら。
ブルースへの理解も深めて。「Tabacco Road」なんかを独自の解釈で聴かせていて。
その何とも言えない、曲者らしさもあって。決して己の世界に閉じ籠ってはいない辺りに。
そのセンスに、兄の影に隠れたままにならずに、生き残ってみせただけのモノはあったのだと思わされます。

はい。
ここまで。
この先は。
そうだな。
未だ早い。

どこまで。
割って。
いいものか。
そいつを。
思いあぐねている。

まぁ。
大概に。
信用は。
している。
それに違いはないけれど。

胸の。
その内は。
お互いに。
振れていないし。
それに、まぁ。

今までに。
様々に。
それとなく。
感じさせる様な。
仕掛けはうっているし。

まぁ。
なんや。
かやと。
余地もありそうだと。
その程度でいいかなと。

今は。
その程度。
それくらいで。
止めておくのが。
調度いい。

今は。
この程度。
その辺りで。
留めておくのが。
加減がいい。

まぁ。
ここまでの。
付き合いで。
その中で。
感じるものもあって。

まぁ。
それなりに。
信頼も。
信用も。
置いてはいるけれど。

どうぞ。
中へと。
招き入れるには。
未だ。
何かが足りない。

どうぞ。
奥へと。
その手を引くには。
未だ。
何かが浅い。

未だ見せない。
抽斗が。
未だ計れない。
余地が。
あるのがいい。

そう。
今は。
見本市。
それでいい。
未だ早い・・・



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2018/05/08 Tue *これしかない、それでいい / Johnny Winter

20180508nothinbuttheblues


これしかない。
それでいい。
そう、思い切れば。
それだけのこと。
それで臨むだけのこと。

時が。
流れようと。
場が。
変わろうと。
慌てはしない。

所詮。
やれることは。
やるべきことは。
実のところ。
ひとつだけ。

多少。
動こうが。
揺れようが。
必要以上に。
振り回されず。

腰を。
下ろして。
いままでの様に。
やってきた様に。
立ち向かう。

これしかない。
その。
これが。
他にはない。
ならば、それでいい。

『Nothin' But the Blues』'77年リリース。
ジョニー・ウィンター、自らのブルー・スカイ・レコードでの3枚目のアルバム。
同年にはマディ・ウォーターズの『Hard Again』も同レコードからリリースされていて。
この2枚のアルバムは。ほぼ同じメンバーで録音、制作された兄弟(親子?)アルバムかと。
このナショナルのドブロ・ギターを手にミキサー卓を前に一服するジョニーの佇まい。
このジャケットだけで、その内容の素晴らしさは保証されたのも同然と。
そう感じてしまうのは贔屓が過ぎるか、いやいや、実際に素晴らしいアルバムなのです。
敬愛するマディを迎えて。アルバムを共に創り上げて。ジョニーの魂に火がついたと。
そう、暫くはロックンロールに心を決めていたジョニー。そのジョニーの魂に。
再び、ブルースへの熱い思いが燃え上がったのがこのアルバムだったと。
それが故の、このアルバム・タイトル、そしてこの内容、ただひたすらブルースをと。
いや、勿論。ジョニーのロックンロールも大好きなのですが。このアルバムに針を落とすと。
そうだよな、そうだよねと。ジョニーはブルース・マンなのだよと。その思いがね。
何しろ、そのブルースも多彩で。もろマディを思わせるシカゴ・ブルースもあれば。
ドブロ一本で弾き語るカントリー・ブルースもあれば。モダン・ブルースを思わせるものも。
その総てが、何とも絶品であること。その気合の入り方が異なるのだよなと。
しかも全9曲の内、1曲を除いては総てジョニーの手によるオリジナルのブルースで。
この深き愛情。自分にはこれしかない。それでいいと。そんなジョニーの覚悟がいいなと。
聴いている感じ、その肌触りからすると。スタジオでの一発録音かなとも思われて。
そのラフでいながらも、息が合った、手が合った。その絶妙な塩梅が堪りません。
ラストを飾る「Walking Thru The Park」だけはマディの手によるナンバーで。
マディもヴォーカルで参加。ジェームス・コットンも本領発揮。ジョニーの影が薄いかなと。
でも。それを自ら望んで。楽しくやっている。やっぱりジョニーはブルース・マン。それでいいのだと思わされます。

これしかない。
それでいい。
そう、思い定めれば。
それだけのこと。
それで挑むだけのこと。

気が。
震えようと。
人が。
変わろうと。
焦りはしない。

結局。
やれることなど。
やるべきことなど。
実のところ。
変わりもしない。

多少。
煽られようが。
乱されようが。
必要以上に。
掻き乱されず。

腹を。
据えて。
いままでの様に。
やってきた様に。
斬り込む。

これしかない。
その。
これが。
他でもない。
ならば、それでいい。

他が。
どうしようと。
どうなろうと。
どうであろうと。
構いはしない。

誰かが。
どうしようと。
どうなろうと。
どうであろうと。
関わりは無い。

己が。
どうするのか。
どうなるのか。
どうあるのか。
要はそこにある。

己は。
何を信じて。
何を武器にして。
臨むのか。
挑むのか。

腰を。
下ろして。
腹を。
据えて。
立ち向かう。斬り込む。

いままでの様に。
やってきた様に。
それが間違いないと。
それで悔いはないと。
そう信じられるのなら。

これしかない。
その。
これが。
他にある筈もない。
ならば、それでいい。



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2018/05/07 Mon *不定愁訴 / Rick Derringer

20180507springfever


季節だから。
変わり目だから。
気候の変動。
そいつが。
激しいから。

そんな。
なんやかや、に。
ついていけないから。
それはそれで。
あるのだけれど。

思うに。
いつでも。
どんな時でも。
おかしくなる時は。
おかしくなると。

そもそもが。
一定に。
安定して。
何かを続ける。
そんなことは苦手で。

好不調。
その波が。
交互に。
それも。
激しくてと。

どうにも。
不定愁訴。
そいつとは。
慢性的に付き合う。
その覚悟が必要だと五月の夜の中。

『Spring Fever』'75年リリース。
リック・デリンジャーの2枚目となるソロ・アルバム。
それにしても、このジャケット。何ともまぁ、アイドル並みだよなと。
リックと言うのは、本当に美少年、美青年だったのだなと改めてね。
さて、マッコイズの一員として「Hang On Sloopy」の大ヒットを放って。
その後はジョニー・ウィンター・アンドやエドガー・ウィンター・グループに参加。
言わば、ウィンター・ファミリーの若き参謀役として八面六臂の大活躍だったリック。
その合間を縫って、こうしてソロ・アルバムまでもと。乗りに乗っていたのだなと。
その手応え、その充実感がこのアルバムにはそのままに反映されていて。
アルバム・タイトルに反しているのではと。まぁ、さかりがついていると言う意味では・・・
多才で、乗りまくるリック。その飛び跳ねる様が痛快なこのアルバム。
あまりに跳ねすぎて、少々軽すぎるのではとも思われますが。それがリックの持ち味で。
その軽さ故に。ポップでキャッチーなナンバーも自然体で受け止められるのかなと。
「Still Alive And Well」や「Roll With Me」と言ったナンバーのセルフ・カヴァー。
ジョニーのそれと比較すると。その解釈、その個性の違いに少々驚きもしますが。
それが故に、参謀役としては最適だったかもですね。ジョニーのロックンロール。
そいつを浮上させるには、このリックの驚異の跳躍力が必要不可欠だったのだろうと。
ただ、そう多才に過ぎるのか。このアルバム、アレンジとか、少々やり過ぎて。
全体的な整合性と言うか、纏まりに欠ける面があるのは否めなくて。器用貧乏と言うか。
そうか、さかりがついてはしゃぎ過ぎたのか。若干、情緒不安定な感じもするかな。
しかし。それらも含めてのリックの跳躍力。それこそがやはり魅力的なのですよね。
浮こうが、沈もうが。お構いなしに飛び跳ねてこそのリックのロックンロール、そいつに惹かれるのです。

時期だから。
変わり目だから。
環境の変化。
そいつが。
激しいから。

そんな。
あれやこれや、に。
とまどってしまうから。
それはそれで。
あるのだけれど。

思うに。
どこでも。
どんな処でも。
おかしくなる時は。
おかしくなると。

そもそもが。
定率に。
平衡を保って。
何かを続ける。
そんなことは不得手で。

浮き沈み。
その揺れが。
交互に。
それも。
大きくてと。

どうにも。
不定愁訴。
そいつとは。
生涯に渡って付き合う。
その覚悟を今更ながらに五月の夜の中。

昨日は。
あんなに。
絶好調。
振れば当たるで。
四打席連発で。

その勢い。
そのままに。
このままにと。
期待を込めて。
打席に送れば。

今日は。
どうにも。
絶不調。
振っても掠らず。
四打席空振りで。

振れるだけ。
振っただけ。
ましだよと。
慰めても。
切り替えられず。

何故。
当たったのか。
何故。
掠りもしないのか。
わかりもせず。

明日は。
明日で。
出たとこ勝負。
やってみないことには。
当たるか、外れるか。浮くか、沈むか。

どうにも。
不定愁訴。
そいつとも。
共に飛び跳ねてみるかと。
その覚悟を決める五月の夜の中。



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2018/05/06 Sun *変えてみるのも / Grand Funk

20180506weareanamericanband


景気づけに。
一発。
そいつは。
いいけれど。
それだけではと。

なんだ。
かんだで。
仕切り直し。
そんなところでも。
ありはするので。

ここは。
少しばかり。
文法や。
文脈を。
変えてみるのも。

そんな。
手も。
ありだろうなと。
そうして。
新鮮な気持ちで。

堂々と。
正面から。
一発。
打ち込みに出る。
そいつがいいかなと。

後は。
その手が。
はまるか。
はまらないか。
そこに懸かっているかもね。

『We're An American Band』'73年リリース。
グランド・ファンクとしては2枚目、通算では7枚目となるアルバム。
このアルバムからキーボードの、クレイグ・フロストが正式に加入して4人組に。
そしてプロデュースを担当しているのがあのトッド・ラングレンと。
グランド・ファンクとしては転機にあたる、心機一転のアルバムであったかなと。
デビュー時からのマネージャー、そして元々はバンド・リーダーであった。
そんなテリー・ナイトと喧嘩別れして。方向性を見失いかけてと言う時期だったからこそ。
やり方を変えてみる必要性に迫られていたからこその、挑戦だったのかなとも思われます。
トッドと言う人は。合う、合わないが比較的極端に表れると言うか。
多分に自らのやり方、方法論、文脈に対象を従わせようとする傾向が強いかなと感じますが。
それが、まさかグランド・ファンクにはそのトッドのやり方が合ってしまったのですね。
ゴリゴリの王道なアメリカン・ハード・ロック・バンドだったグランド・ファンク。
そこへ、ポップで、キャッチーなトッドの魔法?が振りかかったらものの見事に化けたと。
そんなアルバムを象徴しているのがA面頭の「We're An American Band」で。
この一大傑作は見事に全米チャートの首位に輝いて。グランド・ファンクのみならず。
アメリカン・ハード・ロック全体のアンセムとなったのですよね。実にお見事と言うか。
快哉を叫びたくなる程に、痛快極まりなかったりするのですよね。素晴らしいなと。
尤も。ゴリゴリだけの、暴走列車時代のグランド・ファンク・レイルロードも大好きですが。
さて。もう一つのこのアルバムでの変化の要因としては、ドラムスのドン・ブリュワー。
その人の躍進もあって。「We're An American Band」のプレイと、そしてヴォーカル。
更にはソング・ライティングと八面六臂の大活躍。それまでのグランド・ファンクは。
マーク・ファーナーが一枚看板との感もあったのが。ここで本当にバンドになったかなとも。
そして。ここからグランド・ファンクの新たな進撃が始まったのです。

士気を高める。
一撃。
そいつは。
いいけれど。
それだけではと。

なんだ。
かんだで。
停滞気味。
そんなところでも。
ありはするので。

ここは。
少しばかり。
表情や。
表現を。
変えてみるのも。

そんな。
札も。
悪くはないなと。
そうして。
清新な気持ちで。

堂々と。
正対して。
一撃。
打ち込みに出る。
そいつがいいかなと。

後は。
その札が。
効くのか。
効かないのか。
そこに懸かっているかもね。

今のまま。
そのまま。
それでも。
いけないことは。
ないだろう。

今までと。
同じまま。
それでも。
やれないことは。
ないだろう。

でも。
仕切り直し。
停滞気味。
そいつを。
そのままで、そのままに。

そいつは。
どうにも。
能がない。
味がない。
面白くない。

だから。
少しばかり。
文法や。文脈を。
表情や。表現を。
変えてみるのも。

そんな。
手も。札も。
ありだろうなと。
悪くはないなと。
そんな気持ちで。

後は。
その手が。その札が。
はまるのか。はまらないのか。
効くのか。効かないのか。
そこに賭けてみるだけかもね。



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2018/05/05 Sat *夢だと、夢に過ぎないと / Patti La Belle & The Bluebelles

20180505dreamer


それは。
そんなことは。
夢だと。
夢に過ぎないと。
そう言われても。

それを。
思わなければ。
夢、見なければ。
何も。
何、ひとつも。

始まりはしない。
それは。
それだけは。
確かだと。
今なら言える。

この人生を。
やり直したいかと。
問われたら。
頷きはしないけれど。
だけれども。

あの日。
あの時の。
自分に。
夢だけは。
見続けるのだと。

その。
一言だけは。
告げてやりたいかなと。
そんなことを。
思わないでもない。

『Dreamer』'67年リリース。
パティ・ラ・ベルとブルーベルズのアトランティックでの2枚目のアルバム。
そして四人組としては最後となったアルバムでもあります。
A面がスタジオ録音、B面がフィラデルフィアでのライヴと言う変則的な構成で。
ラベルの魅力を、その両面から味わってもらいたいとの意向があったのかな。
アトランティックとしても、売り込みに力が入っていたものと思われます。
実のところ、アトランティック時代はその実力に見合った成功は手に出来ずに。
ブレイクしたのはラベルと改名後にファンク、ディスコに接近した’70年代以降ですが。
ゴスペルに根差したコーラス・グループとしての魅力は。このアトランティック時代。
特にこのアルバムでこそ、発揮されているかなと感じるのですけどね。
パティ、ノナ・ヘンドリックス、サラ・ダッシュ、シンディ・バードソングのコーラス。
特にA面、スタジオ録音は楽曲が粒揃いなこともあって。その実力の程が遺憾なく発揮され。
パティのソウルフルな歌声、そしてノナ達のコーラスの美しさも絶品なのです。
特に、夢を見ること、夢を見続けることの大切さを歌った「Dream」は白眉かなと。
このナンバーは、あのダン・ペンとスプーナー・オールダムの手によるもので。
確か(このナンバーだけ)バックはマッスル・ショールズの面々が務めていて。
そのツボを心得たサウンドを背景に、水を得た様に実に生き生きとしているのですよね。
サザン・ソウルとしては大人向け、端正に過ぎたのかも知れないのですが。
パティ、そしてブルーベルズの実力、魅力、可能性に胸が躍る思いにさせられるのです。
比較してB面、ライヴも素晴らしいものの。方向性に迷いが感じられて・・・
スウィート・インスピレーションズほど深くなく、シュープリームスを意識しているかと。
実際に、この後にシンディはシュープリームスに引き抜かれているのですが。
そうだなぁ、アトランティックと言う会社の中では限界にあったのかとも思います。
それでも夢見ることを諦めなかったから、パティ、そしてラベルは雌伏の時を経て成功を手に出来たのでしょう・・・

それは。
そんなことは。
夢だと。
夢を見過ぎだと。
そう言われても。

それを。
追わなければ。
夢、見なければ。
何も。
何、ひとつとして。

成し得はしない。
それは。
それだけは。
間違いないと。
今なら言える。

昔に、過去に。
戻りたいかと。
問われたら。
肯定はしないけれど。
だけれども。

あの日。
あの時の。
自分に。
夢だけは。
忘れてはならないと。

その。
一言だけは。
囁いてやりたいかなと。
そんなことは。
過らないでもない。

荒唐無稽。
絵空事。
それが。
どうした。
それで構わない。

理想が過ぎる。
希望的に過ぎる。
それが。
どうした。
それでこそ。

思いが。
見たい絵が。
描きたい絵が。
無ければ。
始まりはしない。

望みが。
求めるものが。
手にしたいものが。
無ければ。
成し得もしない。

夢見がちだと。
夢想家だと。
笑いたければ。
笑っていればいい。
その間にも夢は膨らむ。

夢など無いと。
夢など叶いはしないと。
諦めたければ。
好きにすればいい。
その間にも夢は進化する。

それは。
そんなことは。
夢だと。
夢に過ぎないと。
そう言われても。

子供達よ。
その夢が。
やがて。
君達の掌に、胸に。
光を灯すのだ・・・



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2018/05/04 Fri *触れないでと / James Brown And The Famous Flames

20180504icantstandmyselfwhenyoutouc


触れないでと。
そう。
僅かでも。
触れられでもしたのなら。
その瞬間。

抑えている。
そんなものが。
溢れてしまう。
そんな気がして。
ならないのだ。

こうして。
触れずに。
過ごしているから。
だから。
抑えられているのだと。

だから。
それが。
その戒めが。
解かれてしまったら。
その時には。

止まらない。
止められない。
そうしたら。
何もかもを。
放り出してでも。

その思いの。
命ずる。
そのまま。
それだけで。
突っ走ってしまうから。

『I Can't Stand Myself When You Touch Me』'68年リリース。
ジェームス・ブラウンの(恐らく)23枚目となるオリジナル・アルバム。
この年だけでも5枚アルバムをリリースする、その最初のアルバムでもあります。
まさに世界のショー・ビジネス界で最も働く男の面目躍如ではありますが。
それにしても。このパワー、このタフさ。恐るべき、ジェームス・ブラウンです。
ちょうどこの時期。そのファンクが一つの完成形に向かっていたとも思われて。
それもあっての。驚異のハイ・ペースでの怒涛のリリースだったのか。
それとも売れている内に、売れるものは何でも売ってしまおうだったのかは不明ですが。
このアルバムだけでも3曲のヒット曲が含まれていて。その勢いに圧倒されます。
基本的に同じコードで延々と刻み続けるバック、それこそループしているかのサウンド。
そいつを従えてシャウトするジェームス・ブラウン。そのホットで、実にクールなこと。
何とも痺れてしまうのです。その完成形、その頂点はこの数年後の。
ブーツィー・コリンズ等が参加した時代だとは思うのですが。その原型はまさにこの時代で。
未だ試行錯誤の跡を残しながらも、振り切ろうとするその姿が、実にカッコいいのですよね。
特にA面頭と、B面頭に分割されて収録されている、ミディアム・ファンクなナンバー。
「I Can't Stand Myself (When You Touch Me)」のカッコ良さは白眉かなと。
俺に触れるな、火傷をするぜ・・・みたいな。そんな極め台詞をクールにシャウトする。
そんなジェームス・ブラウンの背後で延々と刻まれる、特にドラムスが堪らなくて。
惜しむらくはPART1とPART2に分割されずに繋がっていたらもっと良かったかと。
意図的に分割したのか、当時の技術的に何らかの制約があったのかは分かりませんが。
何にしろ。マイケル・ジャクソンとかプリンスへの影響の多大さも改めて感じられるかな。
ところで。このジャケットはカッコいいのか、ダサいのか。意見は分かれると思いますが。
裏ジャケットは何と、あのVOXの楽器の広告になっていて・・・広告塔になって宣伝費でも貰っていたのかな?

触れないでと。
そう。
少しでも。
触れられでもしたのなら。
その刹那。

隠している。
そんなものが。
顕わになってしまう。
そんな気がして。
ならないのだ。

こうして。
触れずに。
間をおいているから。
だから。
隠していられるのだと。

だから。
それが。
その禁めが。
破られてしまったら。
その時には。

戻らない。
戻れる筈もない。
そうしたら。
何もかもを。
うち捨てでも。

この思いの。
命ずる。
そのまま。
それだけに。
殉じてしまうから。

いまも。
いまでも。
理性を。
保つのは。
難しい。

いまも。
いまでも。
正気を。
失わないのは。
奇跡に近い。

限界の。
その。
瀬戸際。
その。
頂点。

そんなところで。
なんとか。
かんとか。
持ちこたえている。
そんなもの。

だから。
僅かでも。
少しでも。
触れられたら。
触れられでもしたのなら。

決壊する。
露呈する。
そして。
崩壊と言う名の。
結実へと向かってしまう。

だから。
そう。
あの時の。
あの指先の。
その余熱だけでいい。

いまは。
それだけを。
抱きしめて。
触れないでと。
心にも無い言葉を呟こう・・・



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2018/05/03 Thu *忘れないでと / Percy Sladge

20180503illyoureverything


忘れないでと。
そう。
この頃。
少しばかり。
距離がある様で。

勿論。
そう。
感じるのは。
自分勝手で。
仕方なくもあって。

色々と。
忙しくて。
頑張っていてと。
それは。
承知してはいるけれど。

どうしても。
そいつが。
淋しさを。
募らせる。
そんな夜もあって。

そして。
そう。
無理しているのではと。
大丈夫なのかと。
心配にもなって。

だから。
忘れないでと。
いつも。
いまも。
ここにいるからねと。

『I'll Be Your Everything』'74年リリース。
パーシー・スレッジのカプリコーン移籍第一弾アルバム。
パーシーと言えば何と言っても「When A Man Loves A Woman」の大ヒット。
一世一代の名唱によってその名前を記録に、記憶に遺していますが。
その後もそれなりにヒット曲もあって順調に活動を続けていたのですね。
しかしながら’60年代後半には徐々に失速して。終にはアトランティックとの契約も切れ。
その後、数年間はレコーディングの機会にも恵まれない不遇の時代を過ごしていたと。
そんなパーシーに救いの手を差し伸べたのがカプリコーンだったのですね。
カプリコーンと言えばオールマン・ブラザーズと条件反射的に応えてしまう程に。
サザン・ロックのイメージが強いレコード会社なのですが。その設立者は、そう。
あのオーティス・レディングのエージェントだったフィル・ウォルデンで。
更に、共同出資者はアトランティックの副社長だったジェリー・ウェクスラーで。
その山羊座(カプリコーン)の2人が旧知であったであろうパーシーにチャンスを与えたと。
そして。録音はマッスル・ショールズでスワンパーズをバックに行われたと。
そう。フェイム・スタジオで「When A Man Loves A Woman」の録音にも参加していた。
ドラムスのロジャー・ホーキンスも含むサザン・ソウルを知り尽くした面子が揃ったと。
この配慮、この期待に対して。パーシーもその持ち味である温かく柔らかい歌声で応えて。
全編がミディアムからスローなのですが。スワンパーズの軽快で引き締まったサウンドと。
パーシーの人柄が滲み出た様な歌声との相性も良くて。なかなかに聴き応えがあるのです。
特に「I'll Be Your Everything」は素晴らしい名曲、名バラードとなっています。
「You've Got A Friend」にも通じる様な歌詞を歌い上げるパーシー、これも名唱なのです。
実際にR&Bチャートでは10位台に入るヒットとなって。その存在を知らしめたと。
「When A Man Loves A Woman」から十年弱。忘れないでと。そんなパーシーの意地も感じられるのです。

忘れないでと。
そう。
この頃。
少しばかり。
懸隔がある様で。

勿論。
そう。
感じるのが。
単なる錯覚。
思い込みであればと。

色々と。
慌しくて。
闘っていてと。
それは。
諾了してはいるけれど。

どうしても。
そいつが。
侘しさを。
溢れさす。
そんな夜もあって。

そして。
そう。
無茶しているのではと。
心丈夫なのかと。
不安にもなって。

だから。
忘れないでと。
いつでも。
いつまでも。
ここにいるからねと。

あの日。
あの時。
あの瞬間。
そこから。
何も変わっていないと。

変わる筈も。
変われる筈も。
ありはしないのだと。
この思い。
この願い。

何か。
あれば。
いつでも。
どこからでも。
駆けつける。

何か。
無ければ。
何でも。
届けよう。
贈ろう。

そう。
この身も。
この心も。
総ては。
その為に。

そう。
この思いも。
この願いも。
総ては。
その為に。

いつも。
いまも。
いつでも。
いつまでも。
ここにいるからねと。

忘れないでと・・・



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2018/05/02 Wed *お帰りなさいと / Bo Dollis & The Wild Magnolias

20180502imbackatcarnivaltime


なんだ。
帰ってきている。
ここにいる。
そうなのだ。
そうなのだな。

この場の。
片隅に。
現れて。
佇んで。
笑っている。

相変わらず。
皆、馬鹿だなと。
ニコニコしている。
皆、気づいていないと。
油断している。

いやいや。
目には見えなくても。
皆、感じているから。
だから。
こんなことになっているのだから。

今日は。
この国の。
いたるところに。
現れて。
さぞや忙しかろうと。

だから。
お帰りなさいと。
大騒ぎして。
はしゃいで。
お出迎えするのが筋ってものだ。

『I'm Back…At Carnival Time !』'88年リリース。
ボ・ドリス&ザ・ワイルド・マグノリアスの3枚目となるアルバム。
ニュー・オーリンズのマルディグラ・インディアン。
そのサウンドを初めてレコードとして記録したのが、ワイルド・マグノリアスで。
そのチーフであるボ・ドリスとゴールデン・イーグルスのチーフであるモンク・ブードロー。
この二人を中心とした、弾ける、陽気な歌声とパーカッション、ブラス・セクション。
そこにスヌークス・イーグリンら達人を集めたバンドも加わってお祭りが繰り広げられる。
その様が、何とも圧巻で、また何とも楽しくて、一緒に騒ぎたくなってしまうと言う。
このアルバム・タイトルは、実に十数年ぶりの録音、リリースだったこともあって。
帰ってきたぜとの、堂々の帰還宣言とも受け止めたらいいのかな。
尤も。毎年の様に。マルディグラのパレード、行進は行われていたのだろうし。
時には、そうあのジャズ&ヘリテッジ・フェスティヴァルにも参加していた筈なので。
まぁ、あくまでも。レコードとしてはご無沙汰でした、とのことではあるのでしょうが。
本来は、現地で、生で聴いてこそ、感じてこそ、そして踊ってこそだと思いますが。
このアルバムに捉えられた。そのリズム、そのビート。それだけでも十分に昂揚させられて。
「Iko, Iko」とか「Tipitina」なんてお馴染みのナンバーもあるので。
ついつい。一緒にリズムをとってしまう、踊りだしてしまう。何ともご機嫌なのです。
こんな陽気なパレード、行進に加わらないなんて、それは何とも勿体ないなと思うのです。
ここ最近はまた録音、リリースからは遠ざかっている様でもありますが。
変わらずに。活動を続けていると思われて。一度は生で退官したいかなと。
そうだ。モンクは脱退したらしいけど。今はあの山岸潤史もバンドに加わっているかと。
その日が来るまでは。このアルバムに針を落として、歌い、踊り、騒ぐこととしますかね。

そうさ。
帰ってきている。
ここにいる。
そうなのだ。
そうに、違いないのだ。

この場を。
片隅から。
見つめながら。
はにかんで。
笑っている。

相変わらず。
皆、最高だなと。
ニコニコしている。
皆、愛しあっているなと。
嬉しそうにしている。

そうさ。
耳には聴こえなくても。
皆に、届いているから。
だから。
こんなことになっているのだから。

今日は。
この国の。
いたるところで。
呼ばれて。
さぞや忙しかろうと。

だから。
お帰りなさいと。
歌って、踊って。
涙、溢れて。
お帰ししないのが筋ってものだ。

本当に。
必要なもの。
それって。
何だろう。
ふと。そう思う。

本当に。
大切なもの。
それって。
何だろう。
ふと。そう思う。

きっと。
そいつは。
目には見えなくて。
耳にも聴こえなくて。
そうなのだけど。

ふと。
感じるもの。
届くもの。
そう。
降ってくるもの。

そう。
そいつを。
素直に。
真摯に。
受け止めること。

そうすると。
ほら。
魔法の様な。
奇跡の様な。
時がやってくるのだと。

だから。
それを教えてくれた。
それを感じさせてくれた。
あの人に。
お帰りなさいと。

さぁ、もう一丁、祭りを続けよう・・・



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2018/05/01 Tue *コトコトと、グツグツと / Dr. John

20180501drjohnsgumbo


コトコトと。
音を立てて。
何かが。
ゆっくりと。
じっくりと。

刻まれ。
仕込まれた。
何かが。
目覚める。
その時を。

待ちながら。
ゆっくりと。
じっくりと。
揃っていく。
整えられていく。

目覚める。
その。
何かは。
どんな味わいで。
どんな変化を。

もたらすのか。
与えるのか。
そいつは。
どうやら。
未だわからない。

ただ。
コトコトと。
その。
音だけが。
耳に残る。

『Dr. John's Gumbo』'72年リリース。
ドクター・ジョンの5枚目のアルバムにして代表作。
ドクター・ジョンと言うのは19世紀に実在したブゥードゥー教の司祭らしく。
勿論のことながら芸名で、本名?はマック・レベナックで。
元来はギタリストだったものが、喧嘩に巻き込まれて指を負傷してピアニストに転向。
尤も。ネヴィル・ブラザーズのライヴで代役としてギターを弾いていたりもするので。
きっかけにはなったものの。そもそも、ピアニストを目指していたのかなとか。
更に。元々ドクター・ジョンのギミックは友人でもあるロニー・バロンが演じる筈が。
譲られたのだか、奪ったのだかで。最終的にマックが演じることで落ち着いたのだとか。
件の喧嘩での負傷はそのロニーを庇ってのものだとの説もあり。どうにも何と言うか。
プロレスにも近い様な、妖しい匂いがしないでもないところが、実に何とも堪らないなと。
当初はその妖しさを前面に怪奇派?で売っていたものの。徐々にルーツへと回帰し始めて。
ついにこのアルバムでは故郷ニュー・オーリンズの音楽を世に広く知らしめようと。
多彩なニュー・オーリンズ産のブルースやらR&Bやらジャズやらをカヴァーしてみせて。
しかも。その調理の仕方が、味付けから、煮込み具合から。何とも絶品で。
深く濃厚な味わいながらも、何とも舌触りも喉越しも軽やかで。一度、食したら。
もう虜になって。何度もおかわりして。更に深い味の世界を知りたくなってしまうと言う。
恐らく、このアルバムでニュー・オーリンズの音楽への扉を開かれた人間は世界中にいて。
このアルバムが存在しなかったら。ニュー・オーリンズの音楽がこれほどまでに。
世界中に広まり、その影響を受けた数多の素晴らしい音楽も生まれてこなかったと。
それほどに。何とも、それこそ世界遺産級の素晴らしいアルバムであると思われます。
そして。それを飄々と奏で、歌う。ドクター・ジョンの佇まいが、それがいいのですね。
そう。豊潤で美味で、懐かしくて、温かくて、ちょっと如何わしい。そんなドクター・ジョンのガンボは絶品なのです。

グツグツと。
音を立てて。
何かが。
そろそろと。
ざわざわと。

煮込まれ。
染み込んだ。
何かが。
溢れだす。
その時を。

待ちながら。
そろそろと。
ざわざわと。
立ち上がっていく。
蠢いていく。

溢れでる。
その。
何かは。
どんな味わいで。
どんな刺激を。

もたらすのか。
くれるのか。
そいつは。
どうにも。
未だ見えてこない。

ただ。
グツグツと。
その。
音だけが。
胸を騒がせる。

季節が。
巡る。
色が。
匂いが。
変わりゆく。

光が。
風が。
色彩が。
空気が。
変わりゆく。

その中で。
ゆっくりと。
じっくりと。
刻まれ。
仕込まれた。
何かが。

その中で。
そろそろと。
ざわざわと。
煮込まれ。
染み込んだ。
何かが。

目覚める。
その時を。
待っている。
待ち侘びている。
そんな音がする。

溢れだす。
その時を。
待っている。
待ち構えている。
そんな音がする。

コトコトと。
グツグツと。
耳に残り。
胸を騒がせ。
仕上がるその時が迫っている・・・



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