« 2018/08/14 Tue *未体験 / The Jimi Hendrix Experience | トップページ | 2018/08/18 Sat *頑固爺になってやろう / Howlin' Wolf »

2018/08/15 Wed *這い蹲ってでも / Paul Kossoff

20180815backstreetcrawler


這い蹲れる。
それなら。
それが許されるなら。
喜んで。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進もうと。
少しでも。
前へと。

遅々としていようが。
みっともなかろうが。
進む機会が。
未だ与えられるのなら。
それでいい。

走れなくなった。
歩くのも辛くなった。
膝を折り。
蹲り。
倒れ、伏して。

それでも。
残った力を。
ふり絞ってでも。
這えるのなら。
這ってみろと。

言うのなら。
呼ばれるのなら。
そんな。
好機を逃すわけにいかなない。
這い蹲ってでも。

『Back Street Crawler』'73年リリース。
ポール・コゾフの初めてにして(恐らく)唯一のソロ・アルバム。
フリーと言うのはメンバー全員が恐ろしく早熟なバンドだったけれども。
コゾフもデビューした時は未だ十代。解散した頃で二十一、二歳だったのかな。
若さと言うのは武器でもあるし、魅力でもある。そのことは承知しながらも。
フリー、そしてコゾフの歩みを考えると。その負を思わないでもないかな。
尤も。年齢や経験とやらが。必ずしも、その負を拭えるとも限らないけれど。
さて。あのエリック・クラプトンをして。そのプレイの秘密を尋ねさせたと言う。
早熟の天才だったコゾフ。特にビブラートを効かせた啼きのギター。
その美しさ、その凄まじさ、その儚さ。著名な俳優の息子だったとかで。
経済的には恵まれていて。早くからギターも手にしてはいたのだろうけれど。
やはり天賦の才。その煌めき。それはフリー時代に既に存分に発揮されてはいたと。
しかしながら。例えばこのアルバムのA面を独占する「Tuesday Morning」など。
18分近いインストでありながら。瞬時も飽きさせないその素晴らしさには驚嘆しかない。
どうしたら。ここまで起承転結を見事に弾いて聴かせることができるのかと。
しかも。決して独り善がりのテクニックのひけらかしなどではない。そこが決定的。
これ。B面も同じ路線でやっていたら。とんでもない傑物なアルバムになっていたかな・・・
コゾフと言う人は繊細で、神経過敏な人だった様で。フリーの後期には薬物でボロボロに。
見かねたメンバーが、コゾフを救済する為に一度解散を決めたフリーを再結成するとか。
なんとかして。その才能を生かそう、再起させようとしていて。コゾフも頑張るのだけど。
長くは持たなくて。持久力が無いと言うか、諦めが早いと言うか、甘いとも言うけれど。
凄いギターを弾いて周囲を平伏せさせたと思えば、翌日は抜け殻になって弾けないとかね。
だからなのか。このアルバムも。ナンバーによって参加している面子が異なっていて。
それだけ録音に、コゾフの心身の充実に苦労した、時間を要したと言うことなのかな。
ポール・ロジャース、アンディ・フレイザー、サイモン・カークが揃い踏みのナンバーとか。
いや、それもうフリーだろうと。それをやったら駄目だろうと。凄くいいのだけれど。
それだけに他で勝負しないとねと。それが「Tuesday Morning」に思えてならなくて。
この後、コゾフはこのアルバム・タイトルを冠したバンドを率いて活動を始めるも。
何年もしないうちに心臓発作で逝ってしまって。どうにも惜しまれてならないのだけど。
それこそ。這い蹲ってでも生きる、生き抜く。そんな根性には欠けていたのかな。
だから、この素晴らしい、啼きのギターが弾けたのか。だとしたら、あまりにも切なすぎるよなぁ・・・

這い蹲れる。
それなら。
それが認められるなら。
何度でも。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進むのだと。
少しでも。
先へと。

堂々巡りだろうが。
惨めったらしかろうが。
進む機会が。
再び与えられるのなら。
それでいい。

腕が痺れて力を失い。
身体の重さは増すばかり。
頭を垂れて。
息も。
途切れ、停止寸前。

それでも。
残った思いが。
力を絞り出して。
這えるのなら。
這ってみろと。

言われるのなら。
投げつけられるのなら。
そんな。
好機ならばいつでも歓迎して。
這い蹲ってでも。

美しくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
手放した。

素晴らしくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
諦めた。

醜くても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
許されるのなら。

劣っていても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
認められるのなら。

未だ。
進んでいいと。
それが。
許されるなら。
甘んじて受け入れよう。

何度でも。
進んでいいと。
それが。
認められるのなら。
喜んで受け容れよう。

刹那と。
切なさと。
そんな武器は。
もう使えはしないのだ。
後は・・・

這い蹲ってでも。それだけである。



web拍手 by FC2

|

« 2018/08/14 Tue *未体験 / The Jimi Hendrix Experience | トップページ | 2018/08/18 Sat *頑固爺になってやろう / Howlin' Wolf »

001 British Rock」カテゴリの記事

011 Free」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2018/08/15 Wed *這い蹲ってでも / Paul Kossoff:

« 2018/08/14 Tue *未体験 / The Jimi Hendrix Experience | トップページ | 2018/08/18 Sat *頑固爺になってやろう / Howlin' Wolf »