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2018年8月

2018/08/29 Wed *心、草臥れても / The Isley Brothers

20180829thisoldheartofminemonoorg


そうだな。
もう。
かなり。
たいがい。
心、草臥れて。

そうだな。
疲れて。
萎んで。
そんなに。
元気はないけれど。

それでも。
そう。
この瞬間は。
この時間は。
鼓動も早くなる。

その。
笑顔が。
その。
声が。
力をくれる。

そうなのさ。
もう。
随分と前から。
ここ心は。
あの娘には弱いのだ。

だから。
この瞬間を。
この時間を。
愛しむのだ。
心、草臥れても。

『This Old Heart Of Mine』'66年リリース。
ジャケットも魅力的なアイズレー・ブラザーズのアルバム。
'50年代からの長いキャリアを誇るアイズレー・ブラザーズ。
この時、既に十年選手だった筈で。つくづく息が長いなと。
そんなアイズレー・ブラザーズが兄弟三人のコーラス・グループだった時代に。
あのモータウンに移籍して。そしてモータウンでの初ヒットとなったのが。
かの名曲「This Old Heart Of Mine (Is Week For You)」で。それを受けて。
制作されたのがこのアルバムで、モータウンに遺された二枚の内の一枚ともなります。
「Shout」とか「Twist & Shout」とかヒットを放っていたものの。その後はやや低迷。
活路を求めてのモータウン移籍。しかし、その扱いは思い描いたものではなかった様で。
どんなベテラン、キャリアでも。自社のシステムに当てはめるモータウンですからね。
ホランド=ドジャー=ホランドらお抱え作家のナンバーを歌うこととなり。
なんとシュープリームスのカヴァーまでと。アルバム二枚で退社しているのも当然の流れ。
その黒さ、昂揚感。それが特徴のアイズレー・ブラザーズだけに。モータウンの戦略。
それが従来のR&Bやソウルからすると。如何にソフィスケイテッドされたものだったか。
それがハッキリとわかると言う。皮肉な効果を生んでいたりもします。
その中で。唯一、奇跡的にはまったのが「This Old Heart Of Mine (Is Week For You)」で。
モータウンならではのストリングスやアレンジ、それとアイズレー・ブラザーズの歌声。
その昂揚感と力強さ。そいつが見事に相乗効果を上げていて。稀代の名曲となったと。
少し草臥れた(?)男が、俺はお前に弱いのさ、と歌う。そんな歌詞の甘さも生きていて。
何せこの一曲でアイズレー・ブラザーズは'60年代を生き残ることに成功して。
曲そのものも。ソウル・クラシックとして。今でも様々に歌い継がれているのですからね。
'70年代以降のファンク路線が本領だとは思いますが。この一曲(とこのジャケット)は永遠に輝きを放つかな。

そうだな。
もう。
およそ。
ほぼほぼ。
心、草臥れて。

そうだな。
労して。
縮んで。
そんなに。
活力もないけれど。

それでも。
そう。
今だけは。
今、この時だけは。
鼓動も弾みだす。

その。
思いが。
その。
存在が。
力となってくれる。

そうなのさ。
もう。
随分と昔から。
ここ心は。
あの娘に敵わないのだ。

だから。
今が。
今、この時が。
愛しくて堪らないのだ。
心、草臥れても。

体も。
たいがい。
ボロボロで。
ガタがきて。
そんなもの。

瞬発力も。
持久力も。
そんな言葉の。
意味すら。
わからない程で。

そして。
そう。
心も。
疲れて。
萎んで。

体と同じ。
そう。
心も。
労して。
縮んで。

そうなのだ。
そんなに。
元気はないけれど。
そんなに。
活力もないけれど。

鼓動も早くなる。
力をくれる。
そんな。
存在が。
ある。いてくれる。

鼓動も弾みだす。
力となってくれる。
そんな。
思いが。
ある。感じられる。

だから。
あの娘に。
弱いのだ。敵わないのだ。
恋しているのだ。
心、草臥れても。



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2018/08/28 Tue *やられちまった / Candi Staton

20180828imjustaprisnoer


あぁ。
また。
やられた。
やられちまった。
そう言うこと。

なんだ。
かんだと。
誤魔化そうと。
思えば。
出来なくもないけれど。

まぁ。
そうしたところで。
結局は。
誤魔化し通せるほど。
浅いものでも無い。

そうだな。
間違いなく。
囚われていて。
それが故に。
揺れ動いて。

そいつが。
何とも胸に迫ってきて。
そいつが。
何とも心に波立たせて。
そいつは耐え難く。

そうさ。
でも。
やられちまった。
それは実のところ甘美で。
それは実に心地よくもある。

『I'm Just A Prisoner』'70年リリース。
フェイムの歌姫、キャンディ・ステイトンの1stアルバム。
先ずはこのジャケット。妖艶とも言えそうで。こんな瞳で見つめられたら・・・ねぇ。
裏ジャケでは一転して。あどけなさの残る笑顔を見せるキャンディがいて。
この表と裏だけで。やられてしまう。囚われて、虜になってしまうと言うものです。
幼い頃からゴスペルを歌い、その歌唱力を磨いて。十代でプロを目指すものの。
十七歳で結婚した夫に束縛されて。数年間は教会以外で歌うことさえ禁じられたとか。
見かねた姉がクラヴに連れ出して。歌う機会を与えたところ。オーナーがその実力を認め。
更にはあのクラレンス・カーターもキャンディの歌声に惚れ込んで。
フェイムのオーナー、リック・ホールを紹介し。漸く夢が叶い、プロとしてスタートしたと。
因みに、その縁で最初の夫と離婚後にキャンディとクラレンスは結婚しています。
さて。そのリックはミュージシャン達やアトランティックと揉めて体制を再構築した頃で。
従って。このアルバムが録音されたのはフェイム・スタジオで。録音に参加しているのは。
かの名うてのフェイム・ギャングの面々で。その深みのあるサウンドが何ともいい感じです。
そのサウンドに支えられたキャンディの歌声。アレサ・フランクリンにも通じながらも。
アレサにはないある種の危うさと言うか、何処へ飛び立とうと言う意思が感じられて。
籠の鳥、そんな状態から解き放たれた直後故に。その開放感が漲っているのかも。
そして。深い味わいと同時に。何とも言えない妖艶な可愛らしさを感じさせるその歌声に。
ジャケット同様、否、それ以上に。やられて、囚われて、虜になってしまうのです。
全体的な完成度としては次作である『Stand By Your Man』に分があるかなとも思いつつ。
キャンディと、そしてフェイム・ギャング。その双方の持ち味を見事に引き出して融合した。
そんなリックの手腕も含めて。やっぱりフェイムを、サザン・ソウルを代表する・・・
それは些か大袈裟に過ぎるかも知れませんが。十二分に魅力的なアルバムであることは間違いないかなと。

あぁ。
また。
何度目だか。
やられちまった。
そんなところ。

なんだ。
かんだと。
偽ろうと。
すれば。
出来なくもないけれど。

まぁ。
そうしたところで。
最後は。
真実を認めざるを得ないほど。
浮ついたものでも無い。

そうだな。
完全に。
虜になっていて。
それが故に。
突き動かされて。

そいつが。
何とも胸を締め付けて。
そいつが。
何とも心を震えさせて。
そいつは針の筵で。

そうさ。
でも。
やられちまった。
それは実のところ幸福で。
それは実に浮き立つものでもある。

どうなると。
そうなるか。
やられるか。
やられちまうか。
そんなことなど。
わかりはしない。

自慢にもならないが。
今までも。
何度かは。
やられて。
やられちまって。

その度に。
飛んで。
跳ねて。
その挙句に。
落ち込むことになるものの。

それでも。
今度は。
今度ばかりは。
本当に。
やられて。
やられちまって。

そう。
この先が。
どうなろうと。
無かろうと。
どうしようもなく。
惹かれるのは、止めようもなく。

この社会には。
この世界には。
理屈や理由など必要としない。
そんなものもあるのだと。
誤魔化さずに認めるしかなくて。

だから。
今夜も。
やられちまったと。
呟いて。
甘美な幸福に喜んで囚われ虜になる。

やられちまった・・・



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2018/08/27 Mon *やっちまった / James Carr

20180827yougotmymindmessedup


あぁ。
また。
やらかした。
やっちまった。
そう言うこと。

なんだ。
かんだと。
言いたいことは。
あるには。
あるけれど。

まぁ。
誰のせいでも。
ありゃしない。
結局は。
己が招いたこと。

そうだな。
確かに。
影響は大きくて。
それ次第で。
揺れ動いて。

そいつが。
何とも胸をかきむしって。
そいつが。
何とも心を苛んで。
そいつに耐えられず。

そうさ。
それでも。
やっちまった。
それは他の誰でもない。
己以外の何者でもない。

『You Got My Mind Messed Up』'66年リリース。
サザン・ソウル稀代のシンガー、ジェームス・カー。
ゴールド・ワックスよりリリースされたその初めてのアルバム。
豊潤で温かく。陽気で明るく。そして爆発的な威力もあり。
そしてまた、どうしようもない切なさを感じさせるカーの歌声の魅力。
その総てが捉えられ、収められている。間違いなくカーにとってベストのアルバム。
あのO.V.ライトでさえも。その歌声に嫉妬し、恐れていたと言うカーです。
ゴスペル・グループで歌っているところを見出されて。
スタックスへの売り込みには失敗するも。ゴールド・ワックスとの契約を得て。
「You Got My Mind Messed Up」「The Dark End Of The Street」と傑作をものにし。
中規模なヒットを連発して。このアルバムの制作に漕ぎつけたと。
その歌声に宿る、滲み出る情感は。あのオーティス・レディングをも凌ぐかと思われて。
真のサザン・ソウルはここにありと。そう思わされる歌声には惹かれずにはいられません。
しかしながら。その実力に見合った成功を得ることは叶わなかったカー。何故か。
実はカーは、今で言うところの学習障害で、その為に文字を読むことも、書くことも出来ず。
それ故のコミュニケーション障害もあって。極度の人見知りで緊張症でもあったと。
その為、見出してくれたマネージャーとの関係が疎遠になったカーは活動が不安定となり。
スタジオでの録音にも、他のシンガーの何倍もの時間を有することになってしまったと。
歌詞も音符も読めず。曲の作者が歌うのを聴いて。耳で覚えて。その気になると歌いだす。
そんなカーと作業を共にするスタッフの緊張と疲労も半端なものではなかったと思われて。
そんな不安な空気感が。この沈鬱ともとれるジャケットのカーの表情にも表れているのか。
当然の様にツアーに出ることもままならず。活動は尻つぼみになり。やがて忘れられて・・・
このアルバムが余りにも素晴らしいだけに。その後を思うと胸が潰れる思いになります。
‘70年代後半に奇跡とも言える来日が実現した際には。通常の倍の抗鬱剤を服用して。
意識朦朧とした状態でステージに上がったとも言われ。硬直してしまうこともあったと。
言わば。やらかしてしまった訳でもありますが。それでも歌おうとしたその姿勢。
恐らくはとてもパーソナルな人であったカーの、精一杯の姿を思うと涙が滲んでくるかな。
その耳元で語りかけてくるかの歌声は。自分の様な、やらかし続けている者を温かく抱き留めてくれるのです・・・

あぁ。
また。
何度目だか。
やっちまった。
そんなところ。

なんだ。
かんだと。
思うところも。
ないでは。
ないけれど。

まぁ。
誰かのせいになど
できもしない。
最後は。
己が選んだこと。

そうだな。
間違いなく。
存在は大きくて。
それだけで。
揺さぶられて。

そいつが。
何とも胸をしめつけて。
そいつが。
何とも心を震わせて。
そいつを堪えられずに。

そうさ。
だとしても。
やっちまった。
それは他の誰かではない。
己以外の何者でなどありはしない。

どうなると。
そうなるか。
やらかすか。
やっちまうか。
そんなことなど。
わかっている。

自慢じゃないが。
何度も。
何度でも。
やらかして。
やっちまって。

その度に。
叫んで。
荒れて。
もう御免だと。
誓いはするものの。

それでも。
それが。
そいつが。
やってきたら。
やらかして。
やっちまって。

また。
懲りて。
顧みて。
それなのに。
どうしようも。
ならないものは、ならなくて。

この社会には。
この世界には。
むいていないのだと。
言い訳したところで。
逃れる先などありはしない。

だから。
今夜も。
やっちまったと。
呟いて。
行き止まりの暗がりの中に立ち尽くす。

やっちまった・・・



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2018/08/26 Sun *なるようになるだろうと / Sly And The Family Stone

20180826anthology


どう考えても。
どう動いても。
まぁ、思うようには。
進まない。
ならない。

おおよそ。
世の物事など。
そんなもの。
頑張ろうが。
足掻こうが。

とどのつまりは。
なるようになる。
なるようにしかならない。
そんなもので。
そんなところ。

調子が良い時は。
そんなに長くは続かない。
足下で。
何かが崩れ落ちる。
その気配が漂っている。

明日のことなど。
それこそ一寸先など。
見えるなどと。
思わないに越したことはない。
そんなに上手くは運ばない。

だから。
そう思い極めて。
はしゃぎ過ぎず。
焦り過ぎず。
なるようになるだろうと、で調度いい。

『Anthology』'81年リリース。
スライ&ファミリー・ストーンの2枚組編集アルバム。
何故、この時期に編集、リリースされたのか。
結果的には大して話題にならなかったもののジョージ・クリントンとの共演。
そんな動きが話題になりかけていた時期だったと思われ。それに便乗したのかも。
スライも編集アルバムが何種類もリリースされていますが。アナログ盤としては。
否、総てのスライの編集アルバムの中でも。この2枚組が一番充実しているかな。
選曲されているナンバー。その年代に偏りはあるものの。それでも尚。
スライの何たるかを駆け足で知るには。その魅力に手っ取り早く浸るにはベストかと。
『Dance to the Music』から『Fresh』までのアルバムから選曲されていて。
中でも『Stand!』と『There's a Riot Goin' On』からのナンバーが大半を占めていて。
明るく、陽気に光り輝いていた絶頂期から、様々な葛藤や絶望の果てに。
静かな怒りの中に、穏やかな諦念を抱いてしまい。最前線からの撤退を予感させる。
そんな時代を華やかに彩り、鮮やか光芒を放ちながら駆け抜けていったスライの姿。
それがアルバム2枚に確かに捉えられていると感じさせてくれるアルバムなのです。
「Dance To The Music」「Stand!」「Everyday People」と希望と未来を謳い上げて。
一躍スターへと駆けあがっていくスライ。その航跡は今も眩い光を放っています。
そして。現実と直面し。変革しない社会、共感を生み出さない社会の現実に戸惑い。
更にはレコード会社からのプレッシャー、メンバー間の不和で疲弊していき。
「Family Affair」「Runnin' Away」と言った軽快なナンバーにも陰鬱な影が忍び寄ってと。
有り余る才能を有しながら。時代に、社会に蝕まれ急速に輝きを失ってしまった。
そんなスライの物語が凝縮されているのです。その中で2枚組の締めくくりに配置された。
「Que Sera, Que Sera, (Whatever Will Be, Will Be)」のその穏やかで優しい様。
それが。何かを諦め、失ったしまった姿による残滓だとしても。それもまたスライなのだとほっともするのです。

どんなに思っても。
どんなに考えても。
まぁ、思ったほどには。
返ってこない。
立ち上がらない。

おおよそ。
世の潮流など。
そんなところ。
頑張ってみても。
足掻いてみても。

つまるところは。
なるようになる。
なるようにしかならない。
そんなところで。
そんなもの。

流れに乗っている時は。
それほど長くは続かない。
足下で。
誰かが引っ張ろうと待ち構えている。
その息遣いが聞こえている。

未來のことなど。
それこそ一瞬先など。
手に出来たなどと。
思わないに越したことはない。
そんなに容易くは運ばない。

だから。
そう思い極めて。
はしゃぐのもほどほどで。
焦るのもそこそこで。
なるようになるだろうと、が調度いい。


どんなに。
正しいと思っても。
そいつが。
流れになったと。
そう思っても。

どんなに。
明るく思えても。
そいつが。
目標になったと。
そう思えても。

おおよそ。
世の物事など。
そう簡単に。
動きはしない。
変わりもしない。

おおよそ。
世の潮流など。
いとも簡単に。
曲がってしまう。
止まってしまう。

足下で。
何かが崩れ落ち。
誰かが待ち構えている。
その気配が。その息遣いが。
絶えることはない。

明日のことなど。
未來のことなど。
見えもしない。
手にも出来ない。
それが普遍の世の理。
それでも。
いつかはと。
きっとと思うなら。
なるようになるだろうと。
其を受け入れられるのが調度いい。

己を守るにはそれしかない。



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2018/08/23 Thu *自分を信じよう / The Pointer Sisters

20180823thepointersisters


他人が。
みな。
自分より。
偉く思える。
そんな時もあるだろう。

右も。
左も。
何だか。
出来そうで。
凄そうで。

何だか。
理解できない。
追いつけない。
言葉で。
話しているのではと。

まるで。
異国の地に。
独りで。
放り出されて。
どうしていいかわからない。

そんな時は。
落ち着こう。
先ずは。
深呼吸でもして。
肩の力を抜いて。

自分は自分。
他人は他人。
それだけのこと。
自分にも。
出来ることはあるのだと。

『The Pointer Sisters』'73年リリース。
ポインター・シスターズの記念すべき1stアルバム。
ソウル、ジャズ、カントリー、ファンク、ディスコ、そしてポピュラーまで。
カテゴリーに囚われず活躍を続けたポインター・シスターズ。
その最初の一歩が記されていて。またその最初からその実力が半端ないものであったと。
特に、その芸能の力。訴求するエンターティナーとしての底力の高さに驚かされます。
ルース、アニタ、ボニー、ジューンと言う実の四姉妹だからこそのコーラス・ワーク。
その巧みさ、その魅力を最大限に引き出しているのがデビッド・ルービンソンで。
このタワー・オブ・パワーやタジ・マハールとの仕事でも知られる敏腕プロデューサーが。
アレンジや演奏にも参加して。八面六臂の活躍で四姉妹を支え、牽引しているのです。
バラエティに富む楽曲で縦横無尽な魅力を発揮させつつ。ジャージーでグルーヴィー。
そしてファンキーなコーラスに引き込まれそうになる。そんな魅力は統一して感じられて。
そう。極上の素材と最高の調理師の出会いとでも言いたくなる。そんなアルバムなのです。
その中でも白眉なのがアルバムのトップを飾っている「Yes We Can Can」で。
シングルとしても大ヒットとなったアラン・トゥーサンのカヴァーとなるこのナンバー。
とにかく。徹頭徹尾に前向きなメッセージを四姉妹総攻撃で仕掛けてくるその迫力たるや。
何か迷いごととか、気弱なことを口にした瞬間に総ツッコミみたいな。有無を言わせないと。
これ程に。背中を押す・・・蹴とばされるナンバーもそうは無いかなと。
某国の前大統領では無いですが。まぁ、口ずさめばね。自信回復、元気にはなるかな。
この後、ボニーがソロに転向して脱退。三人組になって。それ以降の活躍。
特にディスコなナンバーのヒットでより知名度が高くなって。その時代もいいのですが。
やはりこのアルバム。特に「Yes We Can Can」はね。忘れてはならないと思うのです。

他人が。
みな。
自分より。
優れて思える。
そんな時もあるだろう。

上も。
下も。
何だか。
優秀そうで。
賢そうで。

何だか。
把握できない。
届かない。
世界で。
生きているのではと。

まるで。
無人の果てに。
独りで。
取り残されて。
何が何だかわからない。

そんな時は。
取り戻そう。
もう一度。
深呼吸でもして。
強張ったものを解して。

自分は自分。
他人は他人。
そんなものだから。
自分にだけ。
出来ることもあるのだと。

今は。
未だ。
少し。
焦りから。
力が入り過ぎているけれど。

今は。
ただ。
どうしても。
急かされる様で。
強張ってしまっているけれど。

落ち着いて。
とき解して。
それから。
改めて。
見回してみれば。

意外と。
右も。
左も。
視界はききそうだし。
聞き取れそうだし。

意外と。
上も。
下も。
風通しは良さそうだし。
手も届きそうだし。

そんなものだと。
気づけるか。
そんなものだと。
思えるか。
それだけのことだと。

自分にも。
自分にだけ。
出来ることはあるのだと。
そうさ。
自分を信じよう。



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2018/08/22 Wed *可能性を / Taj Mahal

20180822evolutionthemostrecent


可能性を。
そいつを。
呼ぶのは。
おそらく。
止まらないこと。

そこで。
いいと。
それ以上は。
無理だと。
思ってしまったら。

その時。
可能性は。
その進路を。
変えて。
去っていってしまう。

未だだと。
ここではないと。
その先までと。
思う心が。
可能性を連れてくる。

だから。
難しいと。
越えられないと。
思ったとしても。
言葉にはしないこと。

いつも。
いまも。
未知への挑戦。
その心は、思いはあるぞと。
そう信じること。

『Evolution (The Most Recent)』'78年リリース。
今も健在でジャンルやカテゴリーを超越した活動を続けるタジ・マハール。
誰が言ったか(言ってないかも)黒いライ・クーダーとも言われるタジ。
そんなタジが今に至る、ワールド・ミュージックを積極的に取り込み始めた。
そんな時期のアルバムで、恐らくは通算では13枚目あたりのアルバムかな。
この頃にはもう、ブルース・マンとは呼べないところまで来ていたのだなと、改めて。
それでいて。通奏低音ではないけれど。根っ子の部分にはブルースを感じもしますが。
レゲエ、カリビアン。それらを貪欲に吸収、咀嚼して。自らのブルースにしたとも。
スティール・パンやマリンバ奏者を迎えての。その演奏は明るい光に溢れたもので。
そこに、常に前進を続けるタジの姿勢そのものが浮かび上がってくるようでもあります。
タジ自身のギターや、ハスキーな歌声。そこには間違いなくブルースがあるのですが。
そこに止まることをよしとせず。恐らくはそれが気持ちよくないのであろうタジ。
アルバム・タイトルの如く、常に進取の精神、姿勢に生きている人なのだろうなと。
それが故に。常にタジの奏でる音楽には、新たな可能性を感じることができるのです。
まぁ、時に。可能性が広がり過ぎて。収集がつかなくなるのはご愛敬ですが。
大学で農業と畜産学を学んだそうで。獣医の資格も持っているとのことらしいのですが。
そんな、言わばインテリでありながら。その音楽が小難しくならないところ。
基本的に。いつでも、明るく、楽しそうで、幸福感に満ちている。それも大きな魅力です。
‘80年代はジャズに接近するもやや低迷し。その後、(タジならではの)ブルースに回帰。
そして並行しながら、ハワイアンやマリの音楽にも接近しと。多彩な活動を続けていて。
常に可能性を追い求める姿勢の原点はこの時期のアルバムに特に色濃く表れているかなと。
ライほど学究的でなく。多分に芸能の匂いを振りまくタジの陽気な挑戦が何とも心地良いのです。

可能性を。
そいつを。
生むのは。
おそらく。
諦めないこと。

ここで。
いいと。
これ以上は。
越えられないと。
思ってしまったら。

その時。
可能性は。
その微笑を。
消して。
背中を向けてしまう。

未だだと。
ここまでではないと。
もっと先までと。
思う心が。
可能性を振り向かせる。

だから。
難しいと。
越えられないと。
思う心があっても。
そいつに挑むこと。

いつも。
いまも。
未踏への挑戦。
その心は、思いはあるぞと。
そう決めること。

いまの。
いままでの。
既知の。
ものが。
総てではないと言うこと。

いまの。
いままでの。
経験が。
それが。
総てではないと言うこと。

行ってみなければ。
触れてみなければ。
感じてみなければ。
どうなるかなど。
わかりはしない。

行く前から。
触れる前から。
感じる前から。
結論ありきで。
わかった振りをしてどうする。

リスクを。
絶対に。
冒さないこと。
それは。
究極のリスクヘッジでも。

リスクを。
とろうとも。
しないところに。
チャンスなど。
生まれもしないと言うこと。

可能性を。
そいつを。
ものにできるのは。
明るく、楽しく、陽気に。
挑むこと・・・だと思うのだ。



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2018/08/21 Tue *やることを、やろう / James Cotton Blues Band

20180821takingcareofbusiness


やることを。
やろう。
やらなきゃいけない。
そんなことを。
やろう。

そうなのだけど。
そいつが。
やることが。
やらなきゃいけない。
そのことが。

なかなかに。
定まらなかったりもする。
これだと。
思っても。
その実、しっくりこないとか。

それで。
これでいいのかなとか。
考えている内に。
余計に混乱して。
手当たり次第になって。

これだ。
違った。
今度こそ。
また違った。
いったいどうしたら。

そんなことに。
ならない様に。
己の意思は。
己の立ち位置は。
固めておかねばいけないのだが。

『Taking Care Of Business』'70年リリース。
ジェイムス・コットンのリーダー作としては5枚目になるアルバム。
前作から2年のブランク。レコード会社も移籍してと。それなりに気合は入っていたと。
ただ、キャピトルとはこの1枚で終わって。移籍したブッダで大成功と。
それがかの『100% Cotton』だけに。その割を食ってか。あまり語られないアルバムかも。
このアルバム。プロデュースがトッド・ラングレンとマーク・クリングマンと言う人選で。
何で、あのユートピアになる人達がと。特にトッド、あなたの守備範囲はどこまで広いのか。
この2人は演奏にもほぼ全面的に参加しているのかな。まぁ、器用と言えば器用だけど。
どうにも。トッド・ラングレンは何にでも触手を動かし過ぎで。やることを探し続けて。
結局、未だに探し続けている気がして。奇才かもしれないけれど器用貧乏でもあるなと。
そんなトッドとマークに加えて。ジョニー・ウィンターやマイケル・ブルームフィールド。
凄腕のギタリスト2人も参加していて。そのサウンドはなかなかにご機嫌なのですが。
何だろう。皆が張り切り過ぎちゃって。ブルースでなく、ブルース・ロックではないかと。
そう思えなくもないかなと。まぁ、カテゴリーなんぞどうでもいい話ではあるのですけどね。
でも。確かにこれがシカゴ・バンド・ブルースかと言われたら違和感はあると言うか。
要は、コットンのやること、やるべきことは。これなのかと。そんな気はしますかね。
しかし。このトッド等のコットンへの敬愛が過ぎるが故の混沌としたアルバム。
実はそこからコットン、そしてパートナーのマット・マーフィーが得たものは大きくて。
ここで。多くの白人、多くの若手と交わってみたことで。次の展開、次のやること。
そいつが朧気ながらに見えてきた。そんな収穫はあったのではないかと思うのですよね。
正直言えば、先達にリトル・ウォルターがいて、ジュニア・ウェルズもいて。
このままいっても三番手みたいな。それなら新機軸で己のやるべきこと、己のブルースをと。
このアルバムでの出逢い、刺激が。やがて『100% Cotton』に結実したとも思えて。トッド貢献している?(笑)。

やることを。
やろう。
やらねばならない。
そんなことを。
やろう。

そうなのだけど。
そいつが。
やることが。
やらねばならない。
そのことが。

なかなかに。
与えられなかったりもする。
これかなと。
思っても。
その実、どうにも合わないとか。

それで。
このままでいいのかなとか。
悩んでいる内に。
余計にはまり込んで。
暗中模索になって。

これも。
違った。
今度も。
また違いそうだ。
いったいどうしたら。

そんなことに。
ならない様に。
己の姿勢は。
己の使える武器は。
揺るがずにおかねばならないのだが。

こいつが。
なかなか。
どうして。
漠然とは見えていても。
その程度。

こいつが。
どうにも。
なかなか。
曖昧にしか表せない。
その程度。

でも。
やること。
やらなきゃならないこと。
やらねばならないこと。
やるべきこと。

そいつは。
己にのみ。
やれるのだと。
そう思うなら。
そう信じるのなら。

現状把握して。
生来を見据えて。
筋道を。
作戦を。
練って、書き起こして。

頭に。
心に。
叩き込んだら。
戦略をもって。
なるように仕向けるしかない。

貪欲に。
吸収して。
狡猾に。
利用して。
そうしてでも、そこまでしてでも。

やらなきゃならない。
やらねばならない。
やるべき。
やることを。
やろう。



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2018/08/20 Mon *再起動 / Bo Diddley

20180820theblackgladiator


起動。
再起動。
暫しの眠り。
そいつから。
目覚めよう。

忘れかけていた。
否、忘れていた。
記憶を呼び覚まし。
己が本分に。
立ち返ろう。

そう。
声が聞こえる。
呼ぶ声が聞こえる。
その力が必要なのだと。
呼んでいる。

眠りから覚めて。
鎖を引きちぎり。
足枷を解いて。
さぁ、その場へと。
闘いの場へと。

本来。
己がいるべき。
その場所へと。
歩を進めよう。
扉を開けよう。

呼ぶ声が。
その期待と。
その渇望が。
目を覚まさせる。
闘士、再起動。

『The Black Gladiator』'70年リリース。
ボ・ディドリーの(恐らく)なんやかやで19枚目となるアルバム。
チェス所属アーティストの中で断トツの枚数だと思われて。その人気の程が窺えます。
さて。ロックの時代、サイケの時代に素早く反応・・・便乗して。
マディやウルフに妙なアルバムを作らせたチェスです。それはそれで面白かったけれど。
で、調子に乗ったチェスが柳の下に泥鰌が三匹と。ボにも作らせてしまったと。
まぁ、おおよそ制作の背景はそんなところだと思われるのですけどね。誤算もあって。
だって、あのボですよ。とてつもなく雑食で、強靭な胃袋と旺盛な消化力を誇っていると。
そこへもってきて。当時の流行りのファンクの元祖、それはボのビートだとも言えるわけで。
マディやウルフとは異なって。企画に対して大いに乗り気と言うか。我、関せずとばかりに。
いつも通りにやっているだけ、いつも通りのボのビートを奏でているだけ。それだけで。
サイケもぶっ飛ぶ、超強力なブラック・ファンクなアルバムが出来上がってしまったと。
この強靭な発条の様な、鋼の様なところ。これこそがボの魅力なのですよね。
求められている、それで皆が楽しんで、喜んで、歓声を上げてくれる。それならば。
堂々と己が武器を携えて。舞台の、闘技場のど真ん中に立つと。その心意気が好きなのです。
バンドの詳細は不明。メタリックとも言えるボのギターと共に特徴的なのが。
うねり、ギターに絡みサウンドを牽引するキーボートと。不気味な感もある女性コーラスで。
サイケな意匠を纏い、ファンクのビートをものにした呪術師ボとその一座みたいな。
時代がなんだ、流行りがどうした。総て俺のビートで支配してやるぜとの意気がいいなと。
高い人気を誇りつつも。ライヴではロックンロール・リヴァイヴァル・ショーみたいな。
そんな座興でお茶を濁す日々が続いていたとも言われていて。鬱憤も溜まっていたかと。
それを晴らすべく、新たな闘いの場で再起動。総てをねじ伏せる、その様が痛快なのです。

起動。
再起動。
暫しの休み。
そいつを。
切り上げよう。

忘れかけていた。
否、忘れようとしていた。
闘志を呼び起こし。
己が本分に。
立ち戻ろう。

そう。
悲鳴が聞こえる。
泣く声が聞こえる。
その知が必要なのだと。
呼んでいる。

休みを切り上げて。
ねぐらから這い出して。
鍵を抉じ開けて。
さぁ、その時へと。
闘いの時へと。

本来。
己がいるべき。
その時間へと。
歩を踏み出そう。
流れに乗ろう。

叫ぶ悲鳴が。
その不安と。
その絶望が。
心を覚まさせる。
闘士、再起動。

別に。
それほどに。
不満がある。
そんなわけではない。
そのままでいい。

別に。
そこまで。
物足りなくもない。
そんなはずもない。
このままでいい。

そのまま。
このまま。
眠ったまま。
休んだまま。
それでもいい。

だけど。
どうやら。
このまま。
そのまま。
それでは済まないらしい。

ふと。
呼ぶ声が。
悲鳴が。
聞こえてしまう。
耳を塞いではいられない。

つい。
口を挟んで。
この力と知が。
少しでも役に立つなら。
出ていかねばと血が騒ぎだす。

己が本分。
それを。
眠らせられないのなら。
休みにつかせておけないのなら。
再起動・・・するしかないのだな。



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2018/08/19 Sun *がっぷりと四つに組んで / Bobby Bland & B.B. King

20180819togetheragainlive


取り口は。
右四つでも。
左四つでも。
そのどちらでも。
がっぷりと四つに組んで。

真正面から。
自分の力を。
総て。
ぶつけてみる。
それがいい。

真正面から。
相手の力を。
総て。
受け止めてみる。
それがいい。

真正面から。
相まみえる。
熱が入った。
申し合い。
そいつを繰り返してこそ。

わかること。
感じられること。
そんなことが。
徐々に。
増えていく。

その手応え。
そいつを。
楽しみながら。
次の舞台への。
思いを高めていく。

『Together Again...Live』'76年リリース。
B.B.キングと、ボビー・ブランドによる共演ライヴ・アルバムの第二弾。
前作は大ヒットとなって。全米でプラチナ・アルバムを獲得。
B.B.とボビーは共にあの『ソウル・トレイン』にも出演し。特別番組も組まれたと。
そこでその勢いのままに、更には柳の下の・・・では無かったとは思いますが・・・
そこは三十年近い親交がありながら共演の機会は限られたまま大物になってしまった二人。
与えられた機会は最大限に生かし、そして大いに楽しもうとの思いがあったものと。
さて。前作がスタジオに観客を入れてのスタジオ・ライヴであったので。
せっかくなので、今回はロサンゼルスで実際にライヴを行ってそこで収録を行ったと。
前作は初めての試み故の緊張感に溢れていましたが。今回は二回目と言うこともあってか。
また、予め練る時間もあったのでしょう。余裕綽々の二人の魅力が堪能できる仕上がりに。
気心知れているだけに、そのやりとりもお互いの魅力を十二分に引き出すものと。
そのギターで、手数も多く弾き捲るB.B.と、歌一本で堂々と歌い上げてみせるボビー。
ベテラン、大物。そんな言葉が似あい過ぎる二人の貫禄たっぷりのやりとりも楽しいと。
尤も。端々で火花を散らしている節もあり、お互いにしっかりと受けて立っていて。
その真正面からがっぷりと四つに組んだかの様なブルース、その濃厚さが良いかな。
支えているバンドは、恐らくはB.B.のバンドなのかな。心得ている感じが絶妙です。
選曲的にはブルース・スタンダードが並んで。最後に「Everyday (I Have The Blues)」と。
そして「The Thrill Is Gone」とB.B.の必殺の二曲が披露されるのですが。
「The Thrill Is Gone」にはメドレーとして「I Ain't Gonna Be The First To Cry」が挟まれ。
ボビーの持ち歌であるそのナンバーではボビーが客席に偶々(?)居合わせた女性歌手。
その彼女をステージに上げてアドリブ(?)で歌わせて盛り上げると言う。
そこれの演出も含めて。ブルース・ライヴならではの楽しさが伝わってくるご機嫌なライヴ・アルバムなのです。

決まり手は。
寄り切りでも。
吊り出しでも。
そのどちらでも。
がっぷりと四つに組んで。

真正面から。
自分の力を。
総て。
ぶつけてみて。
その流れで出るのがいい。

真正面から。
相手の力を。
総て。
受け止めてみて。
その流れで決まるのがいい

真正面から。
ぶつかり合う。
力が入った。
取り組み。
そいつを積み重ねてこそ。

得られるもの。
見えてくるもの。
そんなものが。
段々と。
増えていく。

その手応え。
そいつを。
心地良く感じながら。
次の土俵への。
願いを高めていく。

端から。
考え過ぎず。
悩まず。
自然に。
構えて。

端から。
弄し過ぎず。
溺れず。
泰然と。
構えて。

先ずは。
真正面から。
組んで。
自分の力を。
相手の力を。

重ねて。
真正面から。
組んで。
ぶつかり合って。
受け止め合って。

わかること。
感じられること。
そいつを。
楽しみながら。
思いを高めていく。

得られるもの。
見えてくるもの。
そいつを。
心地良く感じながら。
願いを高めていく。

取り口も。
決まり手も。
真正面から。
がっぷりと四つに組んで。
二度目の宴へと。

いざとなったら。
咄嗟の思いつき。
そいつで。
変化する・・・
かも知れないけれど(笑)。



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2018/08/18 Sat *頑固爺になってやろう / Howlin' Wolf

20180818thisishowlinwolfsnewalbum


傍迷惑かも知れないが。
頑固で。
意固地で。
融通が利かない。
そんな爺になってやろう。

人の顔色も。
空気も。
今まで散々に。
まぁ、それなりに。
見てきた、読んできた。

もう。
いいかな。
どうにも。
そいつが。
よいことだったのか。

近頃。
疑問に思えることが。
そんなことが。
多すぎる。
そうなのだ。

結局。
そいつは。
ただ、その場を凌いだ。
それだけのことで。
何にもなりはしなかった。

だったら。
もう、この辺りで。
覚悟を決めて。
一徹な。
頑固爺になってやろう。

『This Is Howlin' Wolf's New Album』'69年リリース。
時代の影響をもろに受けて制作されたハウリン・ウルフの異色、異様なアルバム。
どうやら仕掛け人はマーシャル・チェスだった様で。当時、廃れていたシカゴ・ブルース。
それを何とか、ロック・ファンにも売り込もうとサイケデリックな仕様を施したと。
あまりに異色で異様な内容に。純粋な(?)ブルース・ファンの間では無かったことにと。
そして。ジャケットにも記載されている様に。ウルフ自身がこのアルバム嫌いだったと。
それを売りにしてしまうあたりのチェスの商魂の逞しさには、ある意味で感心もします。
さて。頑固一徹なウルフです。当然、ネタではなくて。本当に嫌っていたみたいで。
スタジオに現れた、マーシャルが用意したギタリストにアフロ・ヘアを切る様に命じて。
持参していたワウワウは捨ててくる様に脅したとの説もあるのだとか。
それに対して。ウルフを尊敬していたメンバー達は、ウルフは今まで通りに歌ってくれと。
後は、自分達が周りで勝手にやって仕上げるからと説得をしたのだとか。
何しろ。「Spoonful」とか「Smokestack Lightning」とか「The Red Rooster」とか。
お馴染みのナンバーが選ばれていますが。サイケ仕様で。アレンジも変えられてしまって。
ワウワウを始めとして。ファズとか。エレキ・フルートとか。五月蝿いもいいところだと。
そんな気分で。不貞腐れている、怖いウルフの顔が思い浮かんだりもします。
しまいには。ウルフのボヤキまでがそのまま曲間に収められていると。念が入っていると。
確かに。この異色、異様な世界。ウルフでなくても。戸惑うと言うか、困ると言うか。
やってきたことを否定されているみたいで。怒りたくもなるなと。気持ちはわかると。
そして。その怒りに任せたウルフ。そのボヤキながらもの凄味、そのド迫力。
それが実のところ何とも心地良いと言うか、小気味良いと言うか。流石はウルフだなと。
最後まで白人相手に歌うことを嫌っていたらしい、そんな頑固一徹のウルフですから。
どんな環境でも。自分のスタイル、その歌い方を変えることはしなかった、拒んだと。
その上で。施された仕様は五月蝿くて、納得なんかしてないと。主張して筋を通したのです。
その頑固爺振りが、何とも頼もしく。そして懐かしくもあり。大好きなのです。

いい迷惑かも知れないが。
頑固で。
意地っ張りで。
面倒くさい。
そんな爺になってやろう。

人の意見も。
流れも。
今まで散々に。
まぁ、それなりに。
聞いてきた、読んできた。

もう。
いいかな。
どうやら。
そいつが。
過ぎたのか。

近頃。
疑念を感じることが。
そんなことが。
目に余る。
そうなのだ。

結局。
そいつは。
ただ、その場を収めた。
それだけのことで。
何もかもが曖昧模糊。

だったら。
もう、終わりにして。
腹を括って。
一途な。
頑固爺になってやろう。

誰かの。
ルールが。
皆の。
ルールが。
おかしいなら、おかしいと。

誰かの。
常識が。
皆の。
常識が。
納得できないなら、できないと。

誰かの。
正論とやらが。
皆の。
正論とやらが。
五月蝿いなら、五月蝿いと。

面倒がらずに。
声にしよう。
伝えよう。
問いかけよう。
続けよう。

融通を。
利かせる前に。
考えよう。
投げかけよう。
続けよう。

意固地だと。
意地っ張りだと。
思われるのを。
恐れるのを。
止めてしまおう。

見るに過ぎず。
聞くに過ぎず。
読むに過ぎず。
闘う時には、闘える。
真っ当な頑固爺になってやろう。



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2018/08/15 Wed *這い蹲ってでも / Paul Kossoff

20180815backstreetcrawler


這い蹲れる。
それなら。
それが許されるなら。
喜んで。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進もうと。
少しでも。
前へと。

遅々としていようが。
みっともなかろうが。
進む機会が。
未だ与えられるのなら。
それでいい。

走れなくなった。
歩くのも辛くなった。
膝を折り。
蹲り。
倒れ、伏して。

それでも。
残った力を。
ふり絞ってでも。
這えるのなら。
這ってみろと。

言うのなら。
呼ばれるのなら。
そんな。
好機を逃すわけにいかなない。
這い蹲ってでも。

『Back Street Crawler』'73年リリース。
ポール・コゾフの初めてにして(恐らく)唯一のソロ・アルバム。
フリーと言うのはメンバー全員が恐ろしく早熟なバンドだったけれども。
コゾフもデビューした時は未だ十代。解散した頃で二十一、二歳だったのかな。
若さと言うのは武器でもあるし、魅力でもある。そのことは承知しながらも。
フリー、そしてコゾフの歩みを考えると。その負を思わないでもないかな。
尤も。年齢や経験とやらが。必ずしも、その負を拭えるとも限らないけれど。
さて。あのエリック・クラプトンをして。そのプレイの秘密を尋ねさせたと言う。
早熟の天才だったコゾフ。特にビブラートを効かせた啼きのギター。
その美しさ、その凄まじさ、その儚さ。著名な俳優の息子だったとかで。
経済的には恵まれていて。早くからギターも手にしてはいたのだろうけれど。
やはり天賦の才。その煌めき。それはフリー時代に既に存分に発揮されてはいたと。
しかしながら。例えばこのアルバムのA面を独占する「Tuesday Morning」など。
18分近いインストでありながら。瞬時も飽きさせないその素晴らしさには驚嘆しかない。
どうしたら。ここまで起承転結を見事に弾いて聴かせることができるのかと。
しかも。決して独り善がりのテクニックのひけらかしなどではない。そこが決定的。
これ。B面も同じ路線でやっていたら。とんでもない傑物なアルバムになっていたかな・・・
コゾフと言う人は繊細で、神経過敏な人だった様で。フリーの後期には薬物でボロボロに。
見かねたメンバーが、コゾフを救済する為に一度解散を決めたフリーを再結成するとか。
なんとかして。その才能を生かそう、再起させようとしていて。コゾフも頑張るのだけど。
長くは持たなくて。持久力が無いと言うか、諦めが早いと言うか、甘いとも言うけれど。
凄いギターを弾いて周囲を平伏せさせたと思えば、翌日は抜け殻になって弾けないとかね。
だからなのか。このアルバムも。ナンバーによって参加している面子が異なっていて。
それだけ録音に、コゾフの心身の充実に苦労した、時間を要したと言うことなのかな。
ポール・ロジャース、アンディ・フレイザー、サイモン・カークが揃い踏みのナンバーとか。
いや、それもうフリーだろうと。それをやったら駄目だろうと。凄くいいのだけれど。
それだけに他で勝負しないとねと。それが「Tuesday Morning」に思えてならなくて。
この後、コゾフはこのアルバム・タイトルを冠したバンドを率いて活動を始めるも。
何年もしないうちに心臓発作で逝ってしまって。どうにも惜しまれてならないのだけど。
それこそ。這い蹲ってでも生きる、生き抜く。そんな根性には欠けていたのかな。
だから、この素晴らしい、啼きのギターが弾けたのか。だとしたら、あまりにも切なすぎるよなぁ・・・

這い蹲れる。
それなら。
それが認められるなら。
何度でも。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進むのだと。
少しでも。
先へと。

堂々巡りだろうが。
惨めったらしかろうが。
進む機会が。
再び与えられるのなら。
それでいい。

腕が痺れて力を失い。
身体の重さは増すばかり。
頭を垂れて。
息も。
途切れ、停止寸前。

それでも。
残った思いが。
力を絞り出して。
這えるのなら。
這ってみろと。

言われるのなら。
投げつけられるのなら。
そんな。
好機ならばいつでも歓迎して。
這い蹲ってでも。

美しくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
手放した。

素晴らしくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
諦めた。

醜くても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
許されるのなら。

劣っていても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
認められるのなら。

未だ。
進んでいいと。
それが。
許されるなら。
甘んじて受け入れよう。

何度でも。
進んでいいと。
それが。
認められるのなら。
喜んで受け容れよう。

刹那と。
切なさと。
そんな武器は。
もう使えはしないのだ。
後は・・・

這い蹲ってでも。それだけである。



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2018/08/14 Tue *未体験 / The Jimi Hendrix Experience

20180814areyouexperiencedmono


昨日は。
知らなかった。
今日も。
未だ知らない。
それはそうだろう。

でも。
知ろうとすれば。
その気になれば。
明日は。
明日には。

新しい。
何かを。
知ることが。
できるかも。
その可能性はある。

勿論。
確実とは。
言えはしないけれども。
賭けてみる。
その価値はあるだろう。

後は。
どこまで。
本気に。
その気に。
なれるかどうか。

未体験。
そいつは。
恥ずべきことでも。
なんでもない。
それだけ可能性があると言うこと。

『Are You Experienced』'67年リリース。
チャス・チャンドラーに連れられて大西洋を渡ったジミ・ヘンドリックス。
オーディションを経てノエル・レディングとミッチ・ミッチェルと出会って。
ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成し本格的に活動を開始して。
ライヴとレコーディングを並行して。そのライヴが評判を高める中で。
「Hey Joe」「The Wind Cries Mary」「Purple Haze」とシングルを連続リリース。
一挙に英国の音楽シーンの中心へと飛びだし。その熱狂の渦中で。
満を持して、その渦の中に投入されたのがこの1stアルバムだったのでした。
米国時代はその才能を生かしきれず、陽の目を見る事が無かったジミ。
その成功には、ノエルとミッチと言う才能。そしてその二人と引き合わせたのを始めとした。
チャスの凄腕があってこそのことだったのだなと。改めて思わされます。
このアルバム。前述のシングルからは一曲も収録されず。全曲がジミによる新曲で。
当時の英国の慣習ではあったものの。そこにもチャスの巧みな戦略が感じられて。
見事に全英チャートの二位にまで上がる大ヒットを記録することになったのでした。
勿論、このアルバムの内容。その衝撃があってこそのこと。五十年前のあの時代に。
このギターと、このサウンド。フィードバックやら何やらを駆使して迫ってくる礫の如しで。
フォーマット的には、ブルース・ロックの枠組内にある様に感じられもするものの。
それを軽やかに、そして有無を言わさずに突破してしまう、とてつもない推進力があって。
既にサイケデリック・サウンド、ハード・ロック、そしてファンクまでと。
時代を超越してしまう、時計の針を進めて無力化してしまう。そんな衝撃波の凄まじさ。
間違いなく。ロックは。ジミの登場以前と以降で。まったくの別物になってしまったのだと。
更に凄いのは。この五十年前の未体験。その衝撃が今でも衰えずに有効であることで。
おいおいとも思いますが。それ程までにジミは革新的であると同時に途轍もなく普遍的な存在だったのです・・・

昨日は。
出会っていなかった。
今日も。
未だ出会っていない。
それはそうだろう。

でも。
出会おうとすれば。
その気になれば。
明日は。
明日には。

新しい。
何かと。
出会うことが。
できるかも。
その可能性はある。

勿論。
確定とは。
言えはしないけれども。
挑んでみる。
その価値はあるだろう。

後は。
どこまで。
真剣に。
その気で。
やれるかどうか。

未体験。
そいつは。
引け目を感じることでも。
なんでもない。
それだけ可能性が残されていると言うこと。

昨日が。
どうであったか。
それは。
もう。
忘れてしまおう。

今日が。
どうなろうとも。
それは。
もう。
考えるのは止めよう。

今は。
明日を。
何か。
新しいことを。
知れるその日を。

今は。
明日を。
何か。
新しいことと。
出会えるその日を。

その。
可能性を。
信じて。
如何に。
高められるか。

何処まで。
真剣で。
本気で。
その気で。
賭けられるか、挑めるか。

未体験。
それが故に。
知れる、出会える。
その衝撃を。
しっかりと受け止めよう。



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2018/08/13 Mon *もどかしさは / Jimmy Page

20180813outrider


何かを。
それなりには。
やり遂げたかなと。
そんな思いに。
ふととりつかれて。

ちょっと。
半分、三分の一。
その程度は。
気楽にやっても。
構いはしないかと。

本当は。
知っている。
それは。
単なる予防線だと。
それが必要なのだと。

知りながら。
知らない振りを。
そいつを装って。
ある筈もない余裕を。
見せながら。

やってみせる。
やれてしまう。
それなりに。
そこで、そこに。
止まったら。

そこまでと。
知りながら。
そこまでで。
いいんじゃないかと。
納得させて。

『Outrider』'88年リリース。
ジミー・ペイジの実質的な1stソロ・アルバム。
レッド・ツェッペリンの解散以後。言ってみれば鳴りを潜めていたペイジ。
映画のサウンドトラックを手掛けたり、ポール・ロジャースとバンドを組んだり。
しかし。そのいずれもが。どうにも主体性に欠けると言うか。
ペイジよりも、周囲が。そろそろ何かやらないとまずいのではないかと。
勝手に気を揉んで。そうしてお膳立てされたレールに乗っかってみましたと。
どうにも。そんな乗り気じゃないけど。皆が、あれやこれや言うからさみたいな感じ。
ハッキリもしなければ、スッキリもしないみたいな。そんなもやもや感があったのですが。
遂に、ペイジも重い腰を上げて。本格的にソロ活動に乗り出すと。
一曲を除いてはペイジのオリジナルらしいし、プロデュースも本気でやっているらしい。
リリース前からそんな情報が飛び交っていて。かなり期待値が上がっていたアルバムで。
それが最高潮になったのが。ロバート・プラントが参加していると言うやつで。
まぁ、一曲だけの参加と言うことが判明して。肩透かしを食らいつつも。今度こそと。
ヴォーカリストとしてはあのクリス・ファーロウも参加。更にはジョン・マイルスなる人も。
三人の個性の異なるヴォーカリストを迎え、インスト・ナンバーも含みつつ。
そのサウンド、そのメロディ。その、そこかしこにペイジ節が発揮されていて。
流石はペイジ。稀代のサウンド・メイカーにしてリフ・メイカー。衰えていなかったと。
胸を撫で下ろしつつ。喜んで何回も針を落とすうちに。あれ?あれ?あれ?と。
どうにも、こうにも。何と言うか。その物足りなさと不完全燃焼感がと。どうしてだと。
そうかと。サウンドが、そしてマイルスとやらの歌声が産業ロックなのだと。
しょうがないな。時代が悪かったよなと。当時はそう思うことで折り合いをつけましたが。
否、プラントが歌っているナンバーも。完全燃焼には至らないよなと。やっぱり、そうかと。
知らない振りはできないなと。このもどかしさは。その要因はペイジ本人にあるのだなと。
本人は否定するだろう、認めないだろうけど。ペイジが、本気になれていないのですよね。
やり切ったつもりかもですが。かってを知る者からすると。こんなものかと。至ってないと。
やっぱり。ボンゾの死と共に、鉛の飛行船の墜落と共に。燃えるものを失っていたのです。
そのもどかしさは。ペイジ本人が一番感じてはいたのだろうなと。そこが、どうにもなアルバムかな・・・

何かを。
それなりには。
なし遂げたかなと。
そんな思いに。
ふと囚われて。

ちょっと。
八分目、五分目
その程度で。
軽く流しても。
許されるかなと。

本当は。
知っている。
それは。
単なる言い訳だと。
それが必須なのだと。

知りながら。
知らない顔をを。
そいつを決め込んで。
ある筈もない余力を。
見せながら。

流してみせる。
流してしまう。
それなりで。
そこで、そこに。
留まったら。

先はないと。
知りながら。
ここまでで。
十分じゃないかと。
得心させて。

そうだな。
それは。
それなりだけど。
それなりでしかない。
そこまでのもの。

そうだな。
それは。
そこそこ、だけど。
そこそこ、でしかない。
それだけのもの。

その先は。
見なくても。
見せなくても。
それでもいいと。
言い聞かせて。

その先へは。
行かなくても。
連れていけなくても。
それでもいいと。
独り呟いて

違うのだ。
見たくても。
見られないのだ。
そこまでのものが。
出てこないのだ。

違うのだ。
行きたくても。
行けないのだ。
それだけのものが。
湧いてこないのだ。

それなりで。
そこそこで。
それでも。
誰かの、何かは。
射られるらしい、捉えられるらしい。

でも。
そこじゃない。
そんなもんじゃない。
もどかしさは、それだけは。
未だ失ってはいないけれど…



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2018/08/12 Sun *その痕跡 / Eric Clapton

20180812ecwashereukorg


その人が。
いた。
確かに。
いた。
その痕跡は。

様々に。
刻まれて。
そして。
ふとした時に。
思い出されて。

その。
声に。
呼ばれるままに。
訪れて。
会話を交わして。

その。
声は。
風の中、胸の中。
遠く。
そして近くに。

思い出すこと。
忘れないでいること。
その痕跡に。
触れて。
思い、新たに。

繋がっている。
紡がれている。
その痕跡から。
新たに始まる。
そんなものもある。

『E.C. Was Here』'75年リリース。
エリック・クラプトン、ソロとしては2枚目となるライヴ・アルバム。
『461 Ocean Boulevard』でシーンに復帰してきたクラプトン。
そのツアーでの、3か所ほどのライヴの音源から6曲が選ばれ、収録されています。
アナログ盤の時代とは言え。6曲とは如何にも少ないなと思われますが。
その一曲、一曲の密度、濃度は。想像以上に高く。クラプトンのギター。
その凄まじさと、その素晴らしさは十分に堪能できるのではと思います。
「Presence of the Lord」と「Can't Find My Way Home」以外はブルースで。
「Can't Find My Way Home」以外では。熱く、激しいクラプトンのギターが聴けます。
レイドバック期に入ったクラプトン。しかしライヴでは別の一面も見せていたのかと。
ブルースブレイカーズでの蒼い炎、クリームでの狂気、デレク&ドミノスでの気張り様。
そのいずれとも異なる。熱く、激しくも。どこか何かを思い定めたかの様な。
そんなクラプトンのプレイ、ギターの音色に。新たなクラプトンのブルースがあるかなと。
そう。まるで。思い極めて。何かを遺しておこう、刻んでおこうとしていたのかと。
この後、クラプトンは長くブルースから離れると言うか。あのアルバム・・・
『From the Cradle』まで。ブルースと向き合うのを避け続けていたと思われて。
更に言えば。その後も。B.B.とやろうが。ロバジョンに取り組もうが。
どうにも。真正面からは向き合えていない。あるいはその為に大仰にしている。
そんな風に感じられなくもなくて。つくづく、クラプトンにとってブルースは因果だなと。
肌が黒くない、ブルースが弾けない、皆が先に逝ってしまう、友達の奥さんと・・・
その度に。思い悩み、何かに依存し。そして誰かに救われてきたクラプトンです。
復帰に際して。自分の、自分なりのブルースを奏でて、その痕跡を記録して。
そして封印してしまおうとしたのかもと。クラプトンならやりそうなのですよね。
また、そんな吹っ切ったクラプトンのブルースだからこそ聴く者の胸にも刻まれたと。
このアルバムで聴けるクラプトンのブルースは。今も多くのホワイト・ブルースに繋がっているかなとも・・・

その人が。
生きた。
確かに。
生きた。
その痕跡は。

所々に。
刻まれて。
そして。
ふとした時に。
まざまざと蘇って。

その。
気配に。
誘われるままに。
話しかけ。
聞き、受け止めてもらい。

その。
存在は。
空の上、心の奥。
高く。
そして深くに。

蘇ると言うこと。
消え去らないと言うこと。
その痕跡に。
刻まれた。
思い、新たに。

続いている。
伝えられている。
その痕跡から。
新たに生まれる。
そんなものもある。

不意に。
不省に。
陥り。
帰り道が。
分からなくなっても。

無性に。
不安に。
襲われ。
帰り道すら。
見えなくなっても。

風の中。
胸の内。
呼ぶ声が。
ある。
聞こえる。

空の上。
心の奥。
懐かしい気配が。
する。
感じる。

様々に。
刻まれて。
思い出す。
忘れない。
その痕跡。

所々に。
刻まれて。
蘇る。
消え去らない。
その痕跡。

繋がっている。
紡がれている。
続いている。
伝えられている。
その痕跡に生かされている。



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2018/08/11 Sat *斬れ / Jeff Beck

20180811withthejanhammergrouplive


斬れ。
斬れ。
斬りまくれ。
問答無用で。
ぶった斬れ。

あれも。
これも。
何もかも。
まとめて。
斬ってしまえ。

ああだ。
こうだと。
五月蝿い輩を。
真正面から。
斬ってしまえ。

なんだ。
かんだと。
絡みつく。
柵など。
叩き斬れ。

止まりたくないのなら。
先へと進みたいのなら。
遠慮はいらない。
思い切って。
ぶった斬れ。

大丈夫。
本当に必要な。
本当に大切な。
そんなものは。
斬れないから。

『With The Jan Hammer Group Live』'77年リリース。
『ライヴ・ワイアー』の邦題で知られるジェフ・ベックのライヴ・アルバム。
『Wired』リリースに伴うツアーの内、米国公演で収録されたのだとか。
尤もこのツアー。ベックの名前を冠しながらも実態はヤン・ハマー・グループに。
ジェフが参加していると言った方が、より実態に近くもあった様で。
アルバム・タイトルはその辺りを意識してのものだったかとも思われます。
選曲的にも全7曲の内、3曲がヤンのナンバーだったりしますし。
しかし。ジェフは本当にヤンと演奏するのが好きだったのだろうな。生き生きしていて。
個人的にはマックス・ミドルトンとの方が、手が合っている気もするのですけどね。
しかし、客演扱いにならすに。しっかり溶け込んでグループの一員みたいになりながら。
ビッシ、ビッシと。斬りまくり。ヤンと真剣勝負を繰り広げる辺りはベックの本領発揮かな。
流石に。ライヴなので。『Wired』程の完成度は無いものの。それを補って余りある。
そんな粗っぽくも、凄まじい斬り様で。白刃を煌めかせて血煙の中に凛として立っている。
そんなジェフの姿が思い浮かんだりするのですよね。侍の凄味があるのですよね。
A面頭の「Freeway Jam」の冒頭の自動車のクラクション。そのSEは流石に古いけど。
それ以外は、いま聴いても。些かも古さを感じさせないのが流石はジェフだよなと。
そこには予定調和を好まないジェフの。いい意味でのジェフの自由奔放なギター。
そいつが、時に空間からはみ出して、時に空間をぶった斬りにしているからで。
ある意味で予定調和でしかないフュージョンなヤン達のサウンドをこの上なく尖らせて。
その尖がった、ギザギザの肌触りが。凡百のフュージョンを軽く超えているのですよね。
本人が意識しているかどうかはしりませんが。熱しやすく冷めやすいと思われるジェフ。
その瞬間、その瞬間に本気で全力投球。しかし自然と先を見据えて斬ることは止められない。
そして。それも本能のなせる技か。次への礎になるものはちゃんと繋いでいたりもするのですよね・・・

斬れ。
斬れ。
斬りまくれ。
情け無用で。
ぶった斬れ。

あいつも。
こいつも。
誰もかも。
まとめて。
斬ってしまえ。

嫌だ。
駄目だと。
煩わしい縁を。
真正直に。
斬ってしまえ。

なんでも。
かんでも。
纏わりつく。
垣根など。
叩き斬れ。

澱みたくないのなら。
先を見てみたいのなら。
深慮はいらない。
思い切って。
ぶった斬れ。

大丈夫。
本当に大事で。
本当に意味がある。
そんなものは。
斬れないから。

斬れ。
斬れ。
斬りまくれ。
考える前に。
斬れ。

斬れ。
斬れ。
斬りまくれ。
感じるままに。
斬れ。

なんだ。
かんだと。
そんなもの。
実のところ。
関係ないのだ。

なんでも。
かんでも。
そんなもの。
実のところ。
必要ないのだ。

止まりたくない。
先へと進みたい。
それでいい。
それだけでいい。
斬ってしまおう。

澱みたくない。
先を見てみたい。
それがいい。
それだけがいい。
斬ってしまおう。

斬れ。
斬れ。
遠慮はいらない。
思い切って。
ぶった斬れ。

斬れ。
斬れ。
深慮はいらない。
思い切って。
ぶった斬れ。

大丈夫。
どうにも。
どうしても。
斬れない。
繋がるものはあるのだから。



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2018/08/10 Fri *破壊無くして / Kiss

20180810destroyerusorg


何かを。
変えたいのなら。
本気で。
そう。
思うのなら。

慣習。
そんなものなどに。
囚われずに。
進めなければ。
始まらない。

現状。
そいつを。
維持していては。
何も。
打開できない。

本当に。
その覚悟が。
あるのなら。
実行して。
示すしかない。

もう。
後戻りなど。
する気は。
無いのだと。
それ程なのだと。

一から。
変える。
考え出す。
破壊無くして。
想像無しと。

『Destroyer』'76年リリース。
キッスの4枚目にして代表作とも言えるアルバム。
当時の邦題が『地獄の軍団』だったことでも知られているかな。
特に日本では。このアルバムでキッスを知ったと言う人も多いと思われて。
ヒット曲や、その後のライヴの定番となるナンバーも多数含まれていて。
代表作であり、傑作であることは言を待たないのですが。
しかし。これがキッスの本流、キッス・サウンドの王道かと言われると。
そいつは少々違うと言うか。かえってキッスのアルバムの中では異色作かなと思われて。
そう。ヘヴィ・メタルなビートルズを標榜していたキッスにしては凝り過ぎと言うか。
様々な仕掛けを駆使した、あまりにもシアトリカルで重厚なサウンド。
それは実は(特に’70年代の)キッスにしては例外中の例外だったりするのです。
そこには。当然それなりの理由があって。当時のキッスの置かれていた状況。
ライヴは高い評判を呼んで。ライヴ・アルバムも高いセールスを上げたものの。
肝心のオリジナル・アルバムが。どうにも今一つセールスが伸びないと。
そこで悩んだ挙句。一大決心。それまでのサウンドを大きく変えてみようと試みたと。
その為にアリス・クーパーとの仕事でしられるボブ・エズリンをプロデューサーニ迎えて。
ボブの指揮の下で、壮大なサウンド作りに挑んだと。その結果のアルバムだったのです。
そうして従来の3枚のアルバムとは比較にならない壮大で重層なサウンドになったと。
そのサウンドで奏でられるキッスならではのキャッチーなナンバーの数々。
その変化に合わせて。ステージ衣装も、ステージ装置も重量感を持たせたのも功を奏して。
一気に、このアルバムにて。初めてスタジオ・アルバムでの大成功をも手にしたのでした。
出来上がっていたスタイルを変えること、壊すこと。そこには相当な勇気も必要だったかと。
ジーン・シモンズとポール・スタンレイの覚悟。破壊無くして、創造無し。
偉大なるマンネリとも言われるキッスですが。それに徹することが出来る様になったのも。
このアルバムでの賭けに勝ったからこそ。その覚悟と度胸の良さがキッスを支える本質かなと思います。

何かを。
作りたいのなら。
本気で。
そう。
願うのなら。

前例。
そんなものなどに。
縛られずに。
闘わなければ。
始まらない。

現状。
そいつを。
打破しなくては。
何処へも。
到達できない。

本当に。
その度胸が。
あるのなら。
挑戦して。
示すしかない。

もう。
繰り返しを。
続ける気は。
無いのだと。
そこ迄なのだと。

一から。
作る。
生み出す。
破壊無くして。
創造無しと。

今の。
そのまま。
それでも。
そこそこ。
いけるかも。

否。
ひょっとしたら。
それなりに。
いい線まで。
いけるかも。

それでも。
何かが。
足りないから。
満たされないから。
やってみようと。

新しく。
変えるのだと。
作るのだと。
決めたのなら。
誓ったのなら。

後へは。
退けない。
元へは。
戻れない。
そう言うこと。

習慣も。
前例も。
そんな。
現状は。
打破するのだと。

一から。
考える。
作る。
破壊無くして。
それを恐れるな。



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2018/08/09 Thu *無条件降伏 / Cheap Trick

20180809heaventonightusorg


もう。
何も。
口にすることは。
言葉にすることは。
ない。

もう。
何も。
求めるところも。
お願いするところも。
ありはしない。

ただ。
その意のままに。
そのままに。
従うのみ。
ついていくのみ。

それでいい。
それがいい。
それで。
許されるなら。
保証されるなら。

その。
一隅に。
身を置くこと。
そこに。
あること。

それで。
今夜も。
天にも昇る。
思いでいられるのなら。
無条件降伏。

『Heaven Tonight』'78年リリース。
チープ・トリックの3枚目となるアルバム。
日本では前作の『In Color』で人気が出始めていたものの。
本国、米国では未だ前座クラス。で、日本へ来てみたら空港から大歓迎。
移動する車は、ファンの乗ったタクシーの大群に追いかけられてと。
そして。米国では考えられないサイズのアリーナ、武道館でライヴを行ったと。
その後、その模様を収録したライヴ・アルバムによって米国でもブレイクしたのですが。
それだけ日本のファンには先見の明があった、洋楽雑誌のプッシュが功を奏した。
ロビン・ザンダーとトム・ピーターソンのルックスに・・・まぁ、何にしろ。
今に至るまで。日本ほどチープ・トリックと言うバンドを愛した国は無いかなと思います。
その日本が愛したチープ・トリックの魅力。ハードさとポップさ。キャッチーとキッチュ。
そして。真っ直ぐさと、ひねくれたところ。その相反の絶妙なバランスにあったかなと。
このアルバムのプロデュースは前作に続いてトム・ワーマンで。その音の軽さ。
リック・ニールセンを始めとするメンバーはトムの音作りに不満があった様で。
一説では。このアルバムの録音は不承不承であったとも言われますが。結果としては。
本人達の意向は別にして。その軽さがあってこそ、チープ・トリックの魅力が光るかなとも。
おそらくリックは1stを担当したジャック・ダグラスの音を理想としていたのかもで。
確かに。あの1stはアメリカン・ハード・ロックとしてはカッコいいのですが。
その路線でチープ・トリックが成功したか。その魅力は十二分には発揮できなかったかな。
A面頭の「Surrender」に顕著な様に。重厚さと軽妙さの融合にこそ。聴く者が敵わない。
これだよな、これでいいのだよなと。抵抗を諦めて降伏してしまう魅力があるのだと。
そう。邦題である『天国の罠』の如くで。甘い二人に惹かれていったら・・・実は裏には・・・
そのギャップを見せつけ、魅せる。それこそがチープ・トリックの神髄でもあるとも思うのですよね。

もう。
何も。
記すことは。
文字にすることは。
ない。

もう。
何も。
望むところも。
お祈りするところも。
ありはしない。

ただ。
その志のままを。
そのままを。
追うのみ。
縋っていくのみ。

それでいい。
それがいい。
それで。
認められるなら。
受容されるなら。

その。
片隅に。
身を置くこと。
そこに。
いること。

それで。
今夜も。
天にも届く。
思いでいられるのなら。
無条件降伏。

そう。
その心。
その世界。
その一隅。
それだけでも。

そう。
その思い。
その世界。
その片隅。
そこだけでも。

そう。
ほんのひと時。
ほんの一瞬。
過ること。
それだけでも。

そう。
ただの気まぐれ。
ほんの一瞬。
占めること。
それだけでも。

それが、
許されるなら。
保証されるなら。
天にも昇れる。
そこが天国。

それが。
認められるなら。
受容されるなら。
天にも届く。
そこが天国。

だから。
あの娘には。
あの娘だけには。
もう。
無条件降伏・・・なのである・・・



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2018/08/08 Wed *奇想天外 / Sparks

20180808kimonomyhouse


奇想。
天外より。
落ちてくる。
そいつを。
歓迎しよう。

変わっていても。
おかしくても。
いいではないか。
誰も思いつきもしない。
そんなものが。

ふと。
ある日。
ある時。
思い浮かんだのだ。
落ちてきたのだ。

そいつを。
生かさない。
そんな手など。
ありはしない。
勿体ない。

あんたが。
そいつを。
面倒だと。
疎ましいと。
放棄するのなら。

喜んで。
そいつを。
頂きましょう。
奇想天外。
いと、面白いかな。

『Kimono My House』'74年リリース。
スパークスの通算3枚目のアルバムにして、実質的には1stアルバム。
米国はロサンゼルス出身のスパークス。かのトッド・ラングレンの目に留まり。
ハーフ・ネルソンとしてデビューして。アルバムを1枚制作(後にスパークス名義に)。
その後、レコード会社を移籍して。スパークスと改名して更にアルバムを1枚制作。
しかしながら商業的には惨敗に終わり。比較的に反応の良かった英国へと拠点を移して。
新たにアイランドと契約。マフ・ウィンウッドをプロデューサに迎えて再出発。
それが、このアルバム・タイトルもジャケットも奇想天外なこのアルバムでした。
このセンス。これはあれですね。モンティ・パイソンとかにも近いものがあって。
どう考えても英国的だよなと。それだけでも英国に拠点を移すのは自然の成り行きかなと。
内容も。これまた。何ともキッチュで、キャッチーで、グリッターで。
明らかに英国のグラム・ロックと、それこそクイーンを繋ぐミッシングリンクみたいな。
一聴すると女性ヴォーカルと思えてならない、ラッセル・メイルのハイ・トーンな歌声。
ファルセットを駆使して。まるで無駄に豪華に仕立てたオペラみたいで。
それを支えるバンドのサウンドは。こちらも無駄に豪華で、無駄にハードみたいな。
その間を何だか、無機質と言うか無気力でチープなキーボードが塗っていくと。
これだけでも。十分に、ひねくれていて。ある意味、珍妙で。故に魅力的なのですが。
美形のラッセルと、チョビ髭で無表情なロン・メイル。そのビジュアルの対比も絶妙で。
だけど。その奏でるサウンドは基本的には煌めくほどにポップなのですからねぇ。
この奇想天外さ。ひねくれ者好きな英国人が放っておくわけがないだろうと。そう言うこと。
自分達の嗜好とセンス、英国ならではの嗜好とセンス。それを奇抜なスタイルで結びつける。
この着想が浮かんだ時。落ちて、訪ねて来た時。流石のロンも少しは微笑んだかなと想像するのも楽しいかと。

奇想。
天外より。
訊ね来る。
そいつを。
受容しよう。

捻じ曲がっていても。
妙だとしても。
いいではないか。
誰も考えが及ばない。
そんなものが。

ふと。
ある夜。
ある時。
考えついたのだ。
やって来たのだ。

そいつを。
活かさない。
そんな愚など。
犯しはしない。
勿体ない。

誰もがが。
そいつを。
奇妙だと。
煩わしいと。
放棄するのなら。

喜んで。
そいつを。
引き受けましょう。
奇想天外。
いと、楽しいかな。

同じであること。
はみ出さないこと。
そいつを。
生まれた時から。
刷り込まれ。

並ぶこと。
逸れないこと。
そいつを。
ガキの頃から。
押し付けられ。

従順な羊の群れに。
烏合の衆に。
そんなものに。
いつのまに。
品種改良され。

盲信、盲従。
統一規格の廉価品。
そんなものに。
自ら。
堕ちていき。

でも。
ちょっと。
待てよと。
そいつは。
違うだろうよと。

変わっていても。
おかしくても。
捻じ曲がっていても。
妙だとしても。
それもいいのだと。

だから。
奇想。
天外より。
こんな美味しいものを。
逃すなんて愚かしい。

奇想天外。いと、幸せかな。



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2018/08/07 Tue *強襲 / Blue Öyster Cult

20180807someenchantedevening


強襲。
有無を言わさず。
強引に。
襲い来る。
その力。

畏怖し。
逃れようと。
しかし。
そう。
心の何処かで。

何故か。
どうにも。
憧憬。
惹かれて止まない。
思い。

理屈など。
通じもしない。
その。
不条理な。
恐ろしさ。

目の当たりに。
立ち竦み。
微動も出来ず。
なすがまま。
されるがまま。

その力を。
この手に。
我がものに。
出来ればと。
願いもする。

『Some Enchanted Evening』'78年リリース。
ブルー・オイスター・カルトの7枚目にして2枚目のライヴ・アルバム。
収録時間の短さや選曲など。若干の物足りなさを感じさせはするものの。
その人気が全盛を極めていたこともあって。商業的には一番成功したアルバムで。
その脂の乗った、圧倒的なパフォーマンスはなかなかに素晴らしいかなと。
4枚目にして初のライヴ・アルバムである『On Your Feet or on Your Knees』が。
2枚組の大作で。初期の代表的なナンバーを収めていて。重複を避けたこと。
それが。物足りなさを生んでいる要因かな。一方で、その思い切りの良さが。
この時期ならではのブルー・オイスター・カルトの魅力を凝縮して伝えることに成功した。
そう言える程に。アルバム1枚、40分弱のライヴの濃密な様は何とも堪らないかなと。
ドナルド・ローザーが、自分達は常にニュー・ヨークでトップを張ってきたのだと。
そう豪語していた。そのアメリカン・ハード・ロックの主流としてのプライドが炸裂して。
特にドナルド、エリック・ブルーム、アラン・レーニヤの3人が奏でる。
トリプル・リード・ギターのメタリックな旋律の響きは。何とも痛快と言わざるを得ません。
ある意味。暴力的とも感じられるそのサウンドに飲み込まれるのが心地良いのです。
ジャケットも含めて。自分達に求められているものを正しく理解しているところ。
そこも含めてのプロ意識の高さも。その姿勢。その有無を言わせない様に惹かれます。
MC5の「Kick Out The Jams」、アニマルズ等の「We Gotta Get Out Of This Place」と。
そんなカヴァーもルーツが見え隠れしつつ。完全にブルー・オイスター・カルトの世界です。
一方で、かの「Godzilla」に顕著となる存外にキャッチーな側面や。
その「Godzilla」でのエリックの妙に達者な日本語による台詞など。ユーモアな面もあって。
圧倒的なサウンドで強襲しつつ。どこか突き抜けている感があるのも魅力なのです。

強襲。
問答無用で。
強引に。
襲い来る。
その姿。

畏懼し。
避けようと。
しかし。
そう。
心の内の何かが。

何故か。
どうにも。
景仰。
受け容れてしまう。
思い。

理由など。
必要としない。
その。
理不尽な。
恐ろしさ。

目の当たりに。
崩れ落ち。
抗いも出来ず。
なすがまま。
されるがまま。

その力が。
この身に。
我がものに。
なればと。
望みもする。

そう。
誰にも。
何者にも。
有無を言わさずに。
そのままに。

そう。
誰にも。
何者にも。
問答無用で。
そのままに。

意のままに。
望むままに。
理屈など。
捻じ曲げて。
進められたらと。

志のままに。
信じるままに。
理由など。
必要なしに。
通せたらと。

不条理も。
己が。
側に。
ありさえすれば。
それでいいと。

理不尽も。
己が。
傍らに。
立ちさえすれば。
それがいいと。

強襲。
強引に。
襲い来る。
その力。
我がものに。
したくなりもするのだ・・・



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2018/08/06 Mon *漂流、遭難 / Mountain

20180806nantuketsleighrideukorg


漂流。
遭難。
その兆し。
風の中。
空気の中。

錨が上がり。
友綱が解かれ。
潮流の。
そのままに。
何処へと。

靄の向こうに。
浮かぶのは。
見えてくるのは。
微かな希望か。
確かな絶望か。

漂う。
血の匂い。
そこに。
感じるのは。
生か、死か。

果てしない。
航海の。
その先に。
待ち受ける。
何ものか。

そいつを。
受け容れる。
その覚悟を。
問いながら。
その地へと向かっている。

『Nantucket Sleighride』'71年リリース。
レスリー・ウェストとフェリックス・パパラルディの双頭バンドマウンテン。
その2枚目となるアルバム。その前のウェストのソロ・アルバム。
そいつも、実質はマウンテンのアルバムと考えれば3枚目と言えなくも無いかな。
ロック界のアンドレ・ザ・ジャイアント、巨漢にして剛腕ギタリストのウェストと。
クリームの仕掛け人でもあった稀代の策士のパパラルディと。その組み合わせの妙。
どうにも。己の力、技量。その吐き出し口がハッキリしていなかったウェスト。
そのウェストに。クリームで達成できなかった己の世界の可能性を賭けたパパラルディ。
陳腐な言い方になりますが。その出会いは運命的で奇跡に近いものだったかなと。
豪快な様で。繊細でもあるウェストのギター。それがパパラルディのセンスによって。
その魅力が最大限に引き出されて生かされていて。何とも堪らないものになっています。
そして。それを支え、先導し。ある意味で操っているのがパパラルディで。
その手によるナンバーの完成度の高さと、歌う様なベースがこれまた堪らなくて。
クリームにおけるその影響力と言うか、貢献の高さも窺い知れて。なるほどと。
それは自分で夢の続きを描いてみたくなったとしても。何の不思議も無いなと思うのです。
アルバム全体の完成度も高く。それはプロデューサーとしてのパパラルディの手腕かなと。
特に、「Nantucket Sleighride (For Owen Coffin)」「Travellin' in the Dark (For E.M.P.)」・・・
パパラルディと夫人であるゲイル・コリンズの手によるこれらのナンバーは素晴らしく。
19世紀に起きた捕鯨船の遭難に想を得た「Nantucket Sleighride (For Owen Coffin)」の。
その。何とも言い難い。幻想的で幽玄とさえも感じられる世界、空気は白眉かなと。
ウェストのギターとパパラルディのベースの絡み合いの具合も最高なのですが。
どうやらウェストは、その難解さに手を焼いていた様で。それがやがて亀裂を生んで。袂を分かち。
その後、再び組むものの。このアルバム程の輝きを生めなかったのは何とも惜しまれてなりません・・・

漂流。
遭難。
その萌し。
風の囁き。
空気の震え。

帆が煽られ。
舵を失い。
荒波の。
そのままに。
何処へと。

霧の向こうに。
透けるのは。
現れるのは。
儚い希望か。
逃れられない絶望か。

濃厚な。
血の匂い。
そこに。
感じるのは。
聖か、俗か。

当てのない。
航海の。
その末に。
手に入れる。
何ものか。

そいつを。
併せ呑む。
その現実と。
向き合いながら。
その時へと向かっている。

風の中。
空気の中。
風の囁き。
空気の震え。
そこに確かに。

その兆し。
その萌し。
確かに。
間違いなく。
それは確かに。

浮かぶのが。
見えてくるのが。
微かな希望であろうと。
確かな絶望であろうと。
受け容れる。

透けるのが。
現れるのが。
儚い希望であろうと。
逃れられない絶望であろうと。
併せ呑む。

血の匂い。
そこに。
感じたものが。
生であれ。死であれ。
逃れられない。

血の匂い。
そこに。
感じたものが。
聖であれ。俗であれ。
囚われて。

漂流。
遭難。
その地へと。
その時へと。
向かっている。



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2018/08/02 Thu *彼女の瞳は恋してる / Cold Blood

20180802lydia


何も。
言わなくても。
何も。
語らなくても。
問題はない。

その。
素振り。
その。
仕草。
何よりも。

その目を。
その瞳を。
見れば。
それこそ。
一目瞭然。

彼女が。
その女が。
何を。
考えているか。
思っているか。

その目は。
その瞳は。
あまりにも。
雄弁で。
止まるところを知らない。

隠せない。
隠しておけない。
そもそも。
その気など。
無いのかもしれない。

『Lydia』'74年リリース。
タワー・オブ・パワーと並ぶベイ・エリア・ファンク・バンド、コールド・ブラッド。
その看板である紅一点、リディア・ペンスを大々的にフューチャーした5thアルバム。
その美しさ、特に強い意志、思いを感じさせるリディアの視線、瞳が印象的です・
ファンクに根差した根本は変わらないものの。結構、アルバム毎に試行錯誤していて。
遂に、ここへきて。リディアを一枚看板として売り出すことで腹を括ったのか。
プロデュースとアレンジにスティーヴ・クロッパーを迎えて勝負に出た感が強いです。
3rdアルバムをプロデュースしたダニー・ハサウェイとも好相性でしたが。
スティーヴさんとも、いい感じで。コールド・ブラッドの新生面が引き出されているかな。
ファンキーながらも。いい按配の落ち着きもあって。その引き算の仕方なんかは。
流石はスティーヴさんと言いたくなる様な、実に何とも言えない味わいを感じさせます。
録音はメンフィスとロス行われていて。スティーヴさんやメンフィス・ホーンズも参加と。
今までにないゲストの多さは。言ってみればリディアのソロとしての性格も感じさせて。
邦題も『燃えるファンキー・クイーン・リディア』と。他のメンバーは影が薄いと言うか。
記載されているクレジットだけを見ていると。誰が正式メンバーかも曖昧にも思えて。
その中でマイケル佐々木なる日系人のギタリストがなかなかのギターを聴かせてくれます。
そうは言っても。やはりその売りは、魅力はリディアの、その情熱的な歌声にあって。
ジャニス・ジョプリンにも比された、その熱く、迫力のある歌声に痺れてしまいます。
小柄な身体のどこから出ているのだと言う程の、その歌声が運んでくる熱風。
その色気と爽やかさ。その緩急の見事さ。そして真正面から歌に向かう姿勢がいいかな。
商業的には大きな成功を得られなかったリディアとコールド・ブラッド。不思議だなと。
もう10年も前かな。初来日したリディアのライヴに連日通いましたが。
その素晴らしさ、その歌声。今でもまざまざと思い出せるほどのものがありました。
その時にこのアルバムにサインを貰ったのですが。ジャケットを見るなり感慨深げに。
オー・スティーヴと囁かれたのが忘れられません。リディア自身も印象深かったのか。
今でも美しく、可愛らしいリディア。恋に落ちずにはいられませんでした・・・

何も。
言わせなくても。
何も。
語らせなくても。
問題はない。

その。
佇まい。
その。
表情。
何よりも。

その目を。
その瞳を。
覗けば。
それこそ。
明明自白。

彼女が。
その女が。
何に。
焦がれているか。
恋しているか。

その目は。
その瞳は。
あまりにも。
能弁で。
黙するところを知らない。

秘せない。
秘しておけない。
そもそも。
その気など。
無いに違いない。

何も。
言わずとも。
何も。
語らずとも。
それでいい。

何も。
聞かなくとも。
何も。
訊けなくとも。
構わない。

その。
素振りも。
その。
仕草も。
そのままに。

その。
佇まいも。
その。
表情も。
そのままに。

その目を。
その瞳を。
見れば。
雄弁で。
止まるところを知らない。

その目を。
その瞳を。
覗けば。
能弁で。
黙するところを知らない。

そう。
その目が。
その瞳が。
何よりも物語る。
彼女の瞳は恋してる・・・



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2018/08/01 Wed *彼の瞳は恋してる / Carla Thomas

20180801geewhiz


何も。
言わなくても。
何も。
語らなくても。
問題はない。

その。
素振り。
その。
仕草。
何よりも。

その目を。
その瞳を。
見れば。
それこそ。
一目瞭然。

彼が。
その男が。
何を。
考えているか。
思っているか。

その目は。
その瞳は。
あまりにも。
雄弁で。
止まるところを知らない。

隠せない。
隠しておけない。
そもそも。
その気など。
無いのかもしれない。

『Gee Whiz』'61年リリース。
カーラ・トーマスの記念すべき1stアルバム。
かのルーファス・トーマスの娘として生まれたカーラ。
十代の頃からその才能を発揮してスタックス(の前身)に共に入社。
ルーファスとのデュエットでデビューして。ハイ・スクールで曲作りも始めて。
その一曲「Gee Whiz, Look At His Eyes」がアトランティックの目に留まり。
シングルとして発売されヒットして。そしてこのアルバムの制作に繋がったと。
才媛でもあったカーラは。ナッシュビルの大学に進学していて。
勉学と両立しながらの音楽活動となり。このアルバムはナッシュビルで録音されたとも。
いずれにしろR&B、ブルース。そのド真ん中にいたルーファスとは異なる個性。
その軽やかに、越境していく感覚と、それを実践する身のこなし。それがカーラです。
後にはワシントンD.C.の大学院でダニー・ハサウェイやロバータ・フラックとも出会うと。
メンフィス、南部だけに止まらない嗜好と志向を持っていたその歩みの第一歩です。
このアルバムに針を落とすと。いつも感じるのはいい意味での軽さと洗練で。
サウンドそのものはどっぷりと南部だったり、R&Bそのものだったりするのですが。
カーラの可憐で愛らしい歌声もあってか。とてもキュートでポップだなと言うことで。
手触り、肌触りとしてはブリティッシュ・ガール・ポップのアルバムに通じるものがあって。
まぁ、そこが一部ではディープさに欠けるとしてソウル・ファンからは不評な様ですが。
言わば、ずば抜けて垢抜けていたカーラだからこそ。その魅力は幅広く訴求したと。
それが後に全米、そして全世界へと進出を狙うスタックスにとっては必要だったのです。
才媛らしい生真面目さ、生硬さを残しつつ。「Gee Whiz, Look At His Eyes」に代表される。
何とも言えない純朴な可愛らしさが漂うカーラ。恋に落ちずにはいられないかな・・・

何も。
言わせなくても。
何も。
語らせなくても。
問題はない。

その。
佇まい。
その。
表情。
何よりも。

その目を。
その瞳を。
覗けば。
それこそ。
明明自白。

彼が。
その男が。
誰に。
焦がれているか。
恋しているか。

その目は。
その瞳は。
あまりにも。
能弁で。
黙するところを知らない。

秘せない。
秘しておけない。
そもそも。
その気など。
無いに違いない。

何も。
言わずとも。
何も。
語らずとも。
それでいい。

何も。
聞かなくとも。
何も。
訊けなくとも。
構わない。

その。
素振りも。
その。
仕草も。
そのままに。

その。
佇まいも。
その。
表情も。
そのままに。

その目を。
その瞳を。
見れば。
雄弁で。
止まるところを知らない。

その目を。
その瞳を。
覗けば。
能弁で。
黙するところを知らない。

そう。
その目が。
その瞳が。
何よりも物語る。
彼の瞳は恋してる・・・



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2018/07/31 Tue *出来ること、やれること / Booker T. & The M.G.'s

20180731doinourthingukorg


出来ること。
やれること。
それを。
やること。
それしかないと。

それすらも。
実のところ。
難しくて。
なかなかに。
思うようにはと。

ついつい。
甘えて。
緩めて。
まぁ。
この程度かと。

勿論。
余裕も。
必要ではあるけれど。
倦怠感に。
流されて。

出来ること。
やれること。
それすらも。
やれていない。
そのことに。

ふと。
気づいて。
漠然と。
呆然と。
ため息をつく。

『Doin' Our Thing』'68年リリース。
ブッカー・T&MGズの6枚目となるオリジナル・アルバム。
アトランティックと提携していた時代のスタックスでの最後のアルバムでもあります。
この見慣れないジャケットは英国盤独自のものだったりします。
'60年代後半ともなると。ソウル・ミュージックも変化を遂げつつあって。
徐々に。ソフィスティケートされて、ポップになってと。その冷害に漏れず。
このアルバムも、かなり洗練されて、リラックスしてと、言った印象を与えもします。
まだまだ人種差別は根強い時代。しかし。ソウルは白人聴衆にも浸透していって。
少なくとも。そのリスナー間では障壁はかなり低くなっていたのかとも思われます。
元々、メンバー間、そしてスタックスのスタッフ間では人種の意識は無かったと。
そう言われているMGズですが。公民権運動の激化等を経て。その空気も変わったと。
そんな時代背景を考えると、MGズの面々がどの様な思いで録音に臨んだのか。
その胸の内を窺ってみたくもなったりはします。色々と過渡期ではあったのだろうなと。
それでも。それだからこそか。MGズのセンス、そのサウンドの骨格は変わっていないと。
ドラッグ・カルチャーの影響を思わせるカヴァーがあったりもしますし。
そもそもアルバム・タイトルが当時の流行りのフレーズだったりするのですが。
そのタイトルを逆手に取るかの様に。自分達のスタイル、やり方を貫いていて。
スタックス・サウンドを、サザン・ソウルを支えてきた立ち位置、スタンスは変わらずに。
時代に沿った進化を遂げながらも、それを自分達のサウンドの深化に繋げてみせたと。
この筋の通し方、そしてそれを通せる確かな技量。これこそがMGズの真骨頂であると。
その自分達の出来ること、やれることをきっちりと、しなやかにやってしまう姿勢。
何よりもそのサウンドが。何ともクールでカッコいいのです・・・言葉にすると安いけど。
得も言われぬ深みと色気が漂っていて。本当に堪らないのです・・・凄いよなぁ・・・

出来ること。
やれること。
それを。
やったところで。
それでどうなると。

そんなもの。
実のところ。
意味があるのかと。
なかなかに。
本気になれなくて。

ついつい。
諦めて。
言い訳して。
まぁ。
どうでもいいかと。

勿論。
抵抗も。
必要ではあるけれど。
無力感に。
流されて。

出来ること。
やれること。
それすらも。
やろうとしていない。
そのことに。

ふと。
気づいて。
漠然と。
悄然と。
立ち尽くす。

どんな時も。
どんな処でも。
出来ること。
やれること。
ある筈で。

いまこの時も。
いま此処でも。
出来ること。
やれること。
わかってもいて。

何が。
どうであろうと。
何が。
どうなろうと。
やるしかないと。

何が。
どうなるか。
それが。
わからないから。
やるしかないと。

そう。
思ってはいても。
そう。
誓ってはみても。
ついつい。

甘えて。緩めて。
倦怠感に流されて。
諦めて。言い訳して。
無力感に流されて。
ため息ついて、立ち尽くし。

出来ること。
やれること。
それを。
やること。
そこからしかないと。

それでも。思い直してみる・・・



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2018/07/30 Mon *その言葉、そのフレーズ / The Delfonics

20180730lalameansiloveyou_2


毎夜。
毎晩。
囁く。
その言葉。
そのフレーズ。

それは。
そいつは。
そう。
言い換えれば。
愛している。

そう。
それは。
そいつは。
それだけの。
意味。

届き。
開かれ。
目にしている。
それを。
思うだけで。

そう。
それだけで。
胸が高鳴る。
そんな。
切ないこの思い。

毎夜。
毎晩。
綴る。
その言葉。
そのフレーズ。

『La La Means I Love You』'68年リリース。
フィリー・ソウル、甘茶ソウルの先駆けとなったデルフォニックス。
一躍その名を広めた「La La Means I Love You(邦題「ララは愛の言葉」)」。
そのR&Bチャート2位、全米チャートでも4位にあがる大ヒットを受けて制作され。
更には3枚のシングルもカットされてと。1stにして出世作となったアルバムです。
兎に角。スイートで、グルーヴィーで。甘く、甘く、愛の世界へ、夢の世界へ誘うと言う。
後に隆盛を極めるフィリー・ソウル、甘茶ソウル。その開花のきざはしとなっています。
男性三人によるファルセットのコーラスが何とも言われぬ魅力を醸し出しています。
ここは。後に大きな成功を手にするトム・ベルのプロデュース、アレンジの絶妙なところ。
このアルバムでの成功は、デルフォニックスだけでなく。トムにとっても大きかったと。
スタイリティックスも、スピナーズも。このアルバムがあってこその存在だったかもです。
更に言えば。メンバーの一人、ランディ・ケインが後にブルー・マジックを結成していて。
ますます。このアルバムのフィリー・ソウル、甘茶ソウルに於ける重要性がわかるかと。
さて。そのファルセットが最大限に魅力を発揮するのはスローなナンバーなのですが。
アップなナンバーでも、その歌声の跳ねる感じはいい案配で。なかなかのものがあって。
アルバム全体を通しての緩急の様も。実に何とも夢見心地にさせてくれるのです。
制作に十分に時間が取れなかったのか。バカラック・ナンバー等のカヴァーもありますが。
それらも何の違和感もなく聴かせてしまうところ。トムの手腕の唯ならなさの所以かなと。
それにしても。やっぱり。「La La Means I Love You」の素晴らしさかな。
大ヒットはしていますが。むしろチャートの首位に輝かなかったのが不思議かなと思えて。
これほどに。甘く、明るく、そして切なく愛を、恋心を歌ったナンバーもそうは無いかと。
ジャクソン5を始めとして。数多のカヴァーがありますが。オリジナルが一番ですかね。

真夜中。
この時。
呟く。
その言葉。
そのフレーズ。

それは。
そいつは。
そう。
言いたいことは。
愛している。

そう。
そこは。
それには。
それだけの。
意味。

届き。
開かれ。
読まれている。
それを。
思うだけで。

そう。
それだけで。
微笑みが浮かぶ。
そんな。
儚いこの思い。

真夜中。
この時。
語る。
その言葉。
そのフレーズ。

否。
きっと。
たぶん。
毎夜、毎晩。
それだけでない。

そう。
たぶん。
きっと。
真夜中、この時。
それだけでもない。

いつも。
いつでも。
思い、囁く。
その言葉。
そのフレーズ。

いつも。
どこでも。
思い、呟く。
その言葉。
そのフレーズ。

それは。
いつでも。
どこでも。
言い換えれば。
愛している。

それは。
いつも。
どんな時も。
言いたいことは。
愛している。

その言葉。
そのフレーズ。
それだけ。
それだけを。
届けたい、伝えたい・・・



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2018/07/29 Sun *ただ感傷に / Otis Redding

20180729itsnotjustsentimental


ただ。
懐かしく。
惜しむ。
それだけでなく。
そうではなく。

本当に。
いま。
ここに。
あってくれれば。
そいつは。

大きな。
支えとなって。
何かを。
動かしていたと。
そう思うから。

その。
不在が。
どうにも。
こうにも。
身を切られる程に。

辛く。
苦しく。
どうしてなのだと。
何故なのだと。
呟いてしまう。

そうなのだ。
ただ感傷に。
囚われている。
そんな単純な。
思いではないのだ。

『It's Not Just Sentimental』'92年リリース。
ビッグ・オー、オーティス・レディングの未発表曲を集めたアルバム。
その死後。玉石混合、雨後の筍の様に多くの同様なアルバムがリリースされましたが。
それからおよそ二十数年を経て久し振りに新たな音源が陽の目を見たと。
しかも。再興されたスタックスによるものだからか。選曲、編集共にきちんとしていて。
アルバム・タイトルにもオーティスへの敬意や愛情が感じられるものでした。
録音された年代はスタックス入社直後から、死の寸前、’67年の大量録音期までと。
短いながらも充実していたスタックスでのオーティス。その新たな軌跡を追えるのです。
勿論。未発表になったと言うことは。それなりの事情があった筈で。
出来に満足しなかったとか。もっと手を加える予定が未完に終わったとか。
そうなのですが。そのオーティス、場合によってはスタッフの判断が必ず正しいとは言えず。
そう。聴く者と一致するかどうかは。それは別物だったりするので。
兎にも角にも。オーティスの遺してくれた音源、歌声が聴けると言うのはあり難くて。
そして。やはり。新たな発見や驚き、感動もあったりするのです。それが堪らなくて。
そこには。感傷が無いかと言えば嘘にはまりますが。決してそれだけではなくて。
一人のソウル・シンガー。その新曲として聴いても。十分に震えるものがあるのですよね。
そうか、ヘイズ=ポーターと組んでも新たな魅力を発揮していただろうなとか。
少し肩の抜けた歌唱によるスロー・バラードもいいなとか。サム・クックのカヴァーは・・・
やっぱり、他の誰よりもオーティスだなとか。いや、本当にね。素晴らしくて。
ついつい純粋なニュー・アルバムとして接してしまったりするのです。そして。
ふと。その不在を思い出して。あぁ、オーティスがいてくれたなら、歌っていてくれたなら。
それこそ。この退屈な世界が少しは潤うのではないかと。感傷だけでなくそう思わずにはいられないのです。

ただ。
切なく。
焦がれる。
それだけでなく。
そうではなく。

本当に。
いま。
ここに。
いてくれれば。
それだけで。

大きな。
力となって。
何かを。
生み出していたと。
そう思うから。

その。
欠落が。
どうにも。
こうにも。
胸を抉られる程に。

痛く。
悔しく。
どうしてなのだと。
何故なのだと。
溢れてしまう。

そうなのだ。
ただ感傷に。
浸っている。
そんな簡単な。
思いではないのだ。

過ごした時は。
長かったのに。
振り返れば。
短かったあの時。
だからこそ。

過ごしているのは。
長いのに。
実感できるのは。
あっと言う間のこの時。
だからこそ。

ただ。
懐かしい。
それだけではなく。
振り返り。
そこにあったものを。

ただ。
切なく。
それだけではなく。
問いかける。
そこで出会ったものを。

思い出し。
いまに。
いまこの時に。
生かせないかと。
力に出来ないかと。

呼び起こし。
いまに。
いまこの時に。
生かしたいと。
支えになってくれないかと。

ただ感傷に。
出来る。
してしまえる。
そんな安易な。
思いではないからこそ。



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