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2018年9月

2018/09/28 Fri *表が裏か、裏が表か / 山口百恵

20180928mobiussgame


表が裏か。
裏が表か。
どっちが。
どっちでも。
見分け難い。

どうやら。
そんなことも。
あるらしい。
だから。
ややこしい。

表だと。
思って。
付き合っていたら。
そいつが。
裏で。

何のことはない。
偶々。
裏が表に。
回っていた。
その時に出会っていた。

そのまま。
ひっくり返ったまま。
ねじれたまま。
気づかぬままに。
ここまで来たら。

表が表に。
裏が裏に。
その位置に戻ったと。
そう言うことらしい。
分かった様な、分からない様な。

『メビウス・ゲーム』'80年リリース。
山口百恵の(おそらくは)20枚目のオリジナル・アルバム。
そして、最後から3枚目にあたるオリジナル・アルバムでもあります。
実質の活動期間が7年強だったことを考えるとかなりの量産ペースだったのだなと。
何でも他にもライヴ・アルバムとかベスト・アルバムとかを合わせると。
現役時代にリリースされたアルバムは50枚近くに上るのだとか・・・
さて。このアルバム。その引退が公のものとなってから初めて制作されたアルバムと思われ。
それもあってか。かなり自由と言うか。弾けていると言うか、遊んでいると言うか。
意匠としては流行っていたテクノを纏いながら。その中で伸び伸びと歌っているなと。
そして。阿木燿子を始めとする作家陣、スタッフも吹っ切れたかの様に。
山口百恵と言う、この上ない極上の素材を思うままに扱って楽しんでいるなと。
まぁ、そうだよなと。引退に向けて盛り上がっている最中で。誰も何も言わないよなと。
シングルとは異なる、よりドライヴする「ロックンロール・ウィドウ」で始まって。
様々な詩の世界、サウンド。正直、そこには統一感など無いに等しいのですが。
唯一、山口百恵が歌っている。その事実によりメビウスの輪として繋がり、連なっていると。
山口百恵と言うのは。その歌の上手さは疑いようが無いのだけれど。興味深いのは。
凄い個性の持ち主の様でいて。その実は。まるっきり、白紙の様にも思えるところで。
ある意味。作家が持ち込んだものを完璧に歌いこなし、演じられるのは。白紙故かとも。
それでいて。やはり山口百恵の匂い、それはとてつもなく濃厚で。どちらが表だったのか。
捉えどころが無いかと思って油断して近づくと。すっかり虜にされているみたいな。
そのやりとり、駆け引きが山口百恵と仕事をする楽しさだったのか。そして永遠に続く筈が。
そのメビウスの輪が引き裂かれることになり。それを惜しみながら真剣勝負を楽しんでいた・・・のかもです。

裏が表か。
表が裏か。
どっちが。
どっちなのか。
判然としない。

どうやら。
そんなものも。
あるらしい。
だから。
面倒くさい。

裏だと。
思って。
距離を測っていたら。
そいつが。
表で。

何のことはない。
偶々。
表が裏に。
回っていた。
その時に出くわしていた。

そのまま。
ひっくり返ったまま。
捻ったまま。
疑わぬままに。
ここまで来たら。

裏が裏に。
表が表に。
その位置に返ったと。
そう言うことらしい。
分からない様な、分かった様な。

何が表で。
何が裏で。
どうにも。
そいつが。
難しい。

何が裏で。
何が表で。
どうにも。
そいつが。
判じられない。

その日。
その時。
偶々。
見えたものが。
表の様な。

あの日。
あの時。
偶々。
見逃したものが。
裏の様な。

時々で。
ねじれて。
捻って。
そのまま。
繋がり、連なり。

時々で。
表が裏に。
裏が表に。
見え隠れ。
入れ替わり。

分かった様な。
分からない様な。
だから。
そいつが。
面白いと言えば面白いけれど。

表が裏か、裏が表か・・・



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2018/09/27 Thu *微かな輝きだとしても / Teardrops

20180927teardrops


小さな。
微かな。
輝きだとしても。
その輝きの。
その鋭さ。

その。
一途な。
強さは。
半端な。
そんなものじゃない。

その輝き。
そいつを。
放つために。
どれだけの。
どれほどの。

思いを。
乗り越えてきたのか。
道を。
歩んできたのか。
そう言うことだ。

そいつが。
集まって。
固まって。
尖がって。
輝いてみせる。

小さな。
微かな。
輝きだとしても。
そいつを。
侮ったら火傷するのさ。

『Teardrops』'88年リリース。
山口冨士夫、富士夫ちゃん率いるティアドロップスの1stアルバム。
他のメンバーは青木真一、カズ中島、佐瀬ビッグ・ビート浩平と言う顔ぶれ。
村八分の解散後は、ソロとか、タンブリングスとか、散発的な活動が続いていて。
シーナ&ザ・ロケッツへのゲスト参加辺りから、シーンの前面に帰ってきた富士夫ちゃん。
盟友、旧友を集めて。村八分以来のパーマネントなバンドでの活動を始めたと。
SEXレコードなるインディーからのリリースで。正直、音質も良くはないのですが。
もう、そんなことはどうでもいいと。富士夫ちゃんのギターがレコードで聴けるのだと。
それだけで。ワクワクしながらリリースを待って。レコ屋さんに走ってと。
「いきなりサンシャイン」とかのシングル盤は、このアルバムの後に手に入れたのかな。
そのシングル盤のナンバーが収録されていないとか、やっぱり録音がしょっぱいなとか。
そんな若干の不満は感じつつも。富士夫ちゃんのギターには、それこそ尻を蹴り上げられて。
冨士夫ちゃんのギターが鳴り響けば、うねりを上げれば。それがロックンロールなのだと。
大袈裟ではなくて。震撼するものがあったかな。作りもかなりラフだとは思うのですが。
それが逆に、それ故に。当時の生身の冨士夫ちゃんを感じられるアルバムになっているかな。
ボ・ガンボスのライヴにもよく参加していて。そしてティアドロップスも軌道に乗って。
とにかく。冨士夫ちゃんのギターを聴きたい。冨士夫ちゃんのオーラを浴びたい。
それだけの理由で都内のライヴは、かなりの本数を追っかける様にもなったのでした。
おそらくは。翌年に東芝からメジャー・デビューする以前の方が回数は多く観ているかも。
兎に角。何が起こるか分からないと言うか。一回、一回が真剣勝負と言うか。
本当に。白刃、生身での立ちあい、斬りあいに挑むかの緊張感、凄味が堪らなかったな。
流石に。そこまでの迫力はこのアルバムは捉えきれてはいないと思いますが。
清志郎が参加した「ピッカピカダイヤモンド」「グッ・モーニン」なんてナンバーもあって。
今も、今でも変わらずにダイヤモンドの輝きを放ち続けている傑物なのです。

小さな。
微かな。
輝きだとしても。
その輝きの。
その温かさ。

その。
一途な。
深さは。
半端な。
そんなものじゃない。

その輝き。
そいつを。
放ち続けるために。
どこまでの。
どれほどの。

闘いを。
潜り抜けてきたのか。
志を。
貫いてきたのか。
そう言うことだ。

そいつが。
寄って。
凝って。
磨かれて。
輝き続けている。

小さな。
微かな。
輝きだとしても。
そいつを。
見くびったら大怪我するのさ。

光が。
見えるところ。
輝きが。
放たれているところ。
そこに人は集まる。

明りが。
灯っているところ。
輝きが。
放たれているところ。
そこに思いも集まる。

そんな。
鋭く。
温かい。
輝き。
そいつを支えているのは。

どうにも。
一途で。
半端ない。
強さ、深さ。
そいつを生んだのは。

乗り越えてきた思い。
歩んできた道。
潜り抜けてきた闘い。
貫いてきた志。
そいつが。集まって。固まって。尖って。

小さな。
微かな。
輝きだとしても。
その輝きに秘められたもの。
そいつは大きな力となるのだ。



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2018/09/26 Wed *警報発令 / コンディション・グリーン

20180926lifeofchange


警報発令。
変化が。
その予兆が。
胸に。
湧き上がる。

また。
新たに。
何かが。
大きく。
変わろうとしている。

そいつは。
どうにも。
どうしても。
止められるものでは。
無さそうで。

ひょっとしたら。
何かを。
何もかもを。
根こそぎに。
奪っていくかもしれないなと。

その変化への。
恐れと。
そして。
期待と。
その狭間で揺れながら。

警報発令。
変化の。
その予兆に。
鼓動が。
高鳴っていく。

『Life Of Change』'78年リリース。
沖縄出身のハード・ロック・バンド、コンディション・グリーン。
その恐ろしい程に超ド級の迫力を伝えることとなった1stアルバム。
結成されたのは'70年代初頭だったそうなので。デビューまでに時間がかかっていますが。
その間に米軍基地、キャンプを回りライヴを重ねることでその実力を高めていったと。
そして。当時の日本のバンドとしては破格のスケールを手に入れたのだろうなと。
その超ド級の迫力はまさに緊急警報(コンディション・グリーン)を必要とするものでした。
同時期に台頭、活躍した紫がブリティッシュ・ハード・ロックの影響下にあるのに対して。
コンディション・グリーンはアメリカン・ハード・ロックの影響が色濃いと言えて。
その点に関しては今に至るまで日本のロック・シーンにおいては稀有な存在でもあると。
さて。メンバーの出入りも多かったコンディション・グリーン。全部で十数人に上るとも。
このアルバムでは、カッちゃん、シンキ、エディ、ターケの四人が参加していて。
それぞれにR&Bだったり、ブルースだったり、ファンクだったり、ジャズだったりと。
それぞれに嗜好は結構バラバラだった様ですが。それが集まって一体となって鬩ぎ合うと。
恐怖を覚えるほどの迫力と、そしてどこか神秘的な美しさも感じさせるサウンドが発生。
その渦に巻き込まれ。身も心も任せていると。実に何とも心地良くなるのです。
当時、特に沖縄以外ではロック雑誌等に載ったその破天荒なステージの印象が強くて。
キワモノ扱いされたりもしていましたが。どうしてどうして。正統派のロック・バンドで。
おそらくはワールド・ワイドでも対等に勝負できるだけのものを持っていたと思います。
時代が違っていたら、その魅力はより広い世界に浸透し、警報が鳴り響いていただろうなと。
結局、当時はよりシンプルになった2ndアルバムをリリース後に解散していて。
そのことが惜しまれますが。今でも針を落とすと根こそぎ攫われそうになる、その魅力は輝いているのです。

警報発令。
波乱が。
その予感が。
頭を。
駆け巡る。

また。
新たに。
何かが。
激しく。
揺れ動こうとしている。

そいつは。
どうしても。
どうにも。
抑えられるものでは。
無さそうで。

おそらくは。
何かを。
何もかもを。
根底から。
覆すかもしれないなと。

その波乱への。
旋律と。
そして。
羨望と。
その狭間を彷徨いながら。

警報発令。
波乱の。
その予感に。
興奮が。
高まっていく。

何が。
起きるのか。
何が。
やって来るのか。
その襲来。

何が。
変わるのか。
何が。
覆されるのか。
その崩壊。

何が。
もたらされるのか。
何が。
生み出されるのか。
その誕生。

どうせなら。
そう。
総てが。
無に返ってしまう様な。
そんな変化。

どうせなら。
そう。
総てが。
元から問い直される様な。
そんな波乱。

どうせなら。
そう。
総てが。
想像を絶する様な。
そんな創造を生む変化と波乱。

そいつを。
恐れながらも。
期待と共に。
待ち望んでいる。
そいつは疑いようもない。

警報発令・・・



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2018/09/25 Tue *その声が、その鼓動が / The Dave Edmunds Band

20180925ihearyouknockin


その声が。
聞こえる限り。
その限り。
そいつは。
何も変わるものではない。

もう。
ハッキリとは。
クッキリとは。
そうは。
いかないとしても。

最早。
声にならない。
声だとしても。
それが。
その声が。

聞こえる限り。
聞こえると。
思える限り。
その声を。
感じる限り。

その限り。
終わるものなど。
何一つとしてない。
素知らぬ顔で。
いままでと同じことの繰り返し。

そう。
少なくとも。
俺に。
その声が。
聞こえる限り。

『I Hear You Rockin'』'87年リリース。
ロックンロール番長、デイヴ・エドモンズのライヴ・アルバム。
気心の知れた面子とバンドを組んで変わらずのご機嫌なロックンロールをと。
もう。デイヴの場合は。小難しい理屈抜きに。そのロックンロールを楽しむと。
それだけですし。いつでもその期待を裏切らないのがデイヴです。
キャリア的には。この時期はスワン・ソングとの契約も終了していて。
故郷のウェールズに引っ越して。言ってみれば。最前線からは撤退していたのですが。
たぶん。そんな活動のペースを落として。やりたい時にやりたい様にライヴをやると。
そんなスタイルがデイヴには合っていたものと思われて。実にご機嫌で楽しそうで。
その様が、無理なく自然に聴こえてくる、響いてくる、伝わってくる。
それが何ともですね。聴く者にとってもご機嫌だったりするのですよね。いいなぁと。
デイヴと言う人は。多分に熱血漢で、硬骨漢で。そのストレートさが魅力なのですが。
時々、それが空回りすると言うか。妙に肩に力が入り過ぎかなと思えることがあって。
ご機嫌なのだけど、少し疲れるかなと思わされる時もあったりもして。
盟友だったニック・ロウと袂を分かったのも。ライバル意識が熱くなり過ぎたのかなと。
それだけに。このアルバムの力の抜け具合、いい塩梅での弾み具合は貴重かな。
そう。そんなに力んで。声高にならなくても。ロックンロールの楽しさは伝わりますよと。
まぁ、それだと物足りなく感じる、不安になる。それが番長体質なのでしょうけど。
その観点からすると。そう副番みたいな。参謀的な二番手がいたらなとも思うのですが。
きっと人の言うことなど聞かないし。助言を指図と受け取りそうだしなとも。
そうすると。結局はデイヴの好きな様にやらせるしかないと。それで上手くいけばと。
そんな出たとこ勝負。そいつが上手く嵌った時の快感。そいつがこのアルバムにはあって。
それが、いつ針を落としてもご機嫌になれる要因の一つになっているかな。

その鼓動が。
聞こえる限り。
その限り。
そいつは。
何も変えられるものではない。

もう。
激しくとは。
強くとは。
そうは。
いかないとしても。

最早。
鼓動にならない。
鼓動だとしても。
それが。
その鼓動が。

聞こえる限り。
聞こえると。
思える限り。
その鼓動を。
感じる限り。

その限り。
終おらせられるものなど。
何一つとしてない。
素知らぬ素振りで。
いままでと同じことを繰り返す。

そう。
少なくとも。
俺に。
その鼓動が。
聞こえる限り。

その。
微かな呟きが。
誰かには。
誰にも。
聞こえなくなっても。

そいつが。
俺に。
聞こえれば。
聞こえると。
感じられれば。

その。
僅かな動きが。
誰かには。
誰にも。
響かなくなっても。

そいつが。
俺に。
響けば。
響いていると。
感じられれば。

その。
温かい思いが。
誰かには。
誰にも。
伝わらなくなっても。

そいつが。
俺に。
伝われば。
伝わってくると。
感じられれば。

それでいい。
それだけでいい。
何も変わりはしない。
何も終わりはしない。
その声が、その鼓動が、聞こえる限り。



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2018/09/22 Sat *誰かの / Stiff Little Fingers

20180922nobodyshero


誰かの。
為に。
誰かの。
お陰で。
笑わせるなと。

誰かの。
為になぞと。
そんな気持ちで。
一体。
何ができるのか。

誰かの。
お陰でなどと。
そんな心持ちで。
一体。
何が成し得るのか。

一事が万事。
総ては。
他の誰でもない。
自分の為。
自分のせい。

それ以外に。
引き受け手など。
ある筈もない。
そうでなくて。
どうすると。

この怒りも。
この悲しみも。
そうさ。
総ては。
己が引き受けるだけのこと。

『Nobody's Heroes』'80年リリース。
スティッフ・リトル・フィンガーズの2ndアルバム。
このアルバムからメジャーのクリサリスと契約したのかな。
そして時代も、パンクが勃興し激しく燃え上がってから既に数年。
しかし、そんなことはお構いなしに。そして関係ないとばかりに。
相変わらず、熱く、激しく、牙を剥いて、叫び続けています。微塵も変わりなくて。
一部では北アイルランドのクラッシュとも称されていましたが。
こと、そのサウンド。そのスタイルの一本気さで言えばクラッシュを上回っているかな。
それは。逆に捉えれば。融通が利かない、変化に乏しいとも言えるわけで。
それ故に。クラッシュ程の支持も得られず、知名度も比較にならない程に低いまま。
でも。それがどうしたと。誰かの為でなく、自分達は自分達のやりたい様にやると。
その潔さ。故に蒼白く燃え上がる炎のその熱さ、激しさはいまもって変わりはしないと。
ジェイク・バーンズの潰れかかったかの歌声、そのシャウトが突き刺さります。
およそ数多あるパンク・バンドの中でもその攻撃性、その真っ直ぐであること。
そいつに関してはこの頃のスティッフ・リトル・フィンガーズに勝るものはないかな。
このアルバムからドラマーが交代していて。その影響もあってかリズムは強靭で柔らかく。
その跳ねる様が、全体を更にドライヴさせ、ジェイクの歌声を乗せてもいるかな。
また、叫び、吠え、走りながらも。メロディーが存外にキャッチーで。それがまた魅力的で。
そう。支持される、共感を呼ぶ大きな要素である。シンガロングなナンバーが多いこと。
そして。実に自然にレゲエと融合してみせる、そのリズム、ビートも心地良いかなと。
よく言えばポリスの様なあざとさが無く、悪く言えばポリス程は頭脳派では無かったと。
俺は誰かの英雄じゃない、誰の英雄にもされたくない、俺は俺の生を生きるのだと・・・
それが総てとは思いませんが。蒼臭い思い。それこそがパンク、ロックンロールだと実は今でも思っているかな。

誰かの。
為に。
誰かの。
お陰で。
ふざけるなと。

誰かの。
為になぞと。
そんな腹の括り方で。
一体。
何を手に出来るのか。

誰かの。
お陰でなどと。
そんな腹の据わり方で。
一体。
何を腕に抱けるのか。

一事が万事。
総ては。
他の誰もお呼びでない。
自分の為。
自分のせい。

それ以外に。
引き受ける者など。
いる筈もない。
そうでなくて。
なんとすると。

この悔しさも。
この虚しさも。
そうさ。
総ては。
己が引き受けていくだけのこと。

誰かの。
為に。
そうだな。
そいつは。
美しく、便利だな。

誰かの。
お陰で。
そうだな。
そいつは。
易しく、安易だな。

そうすると。
そうしたいと。
思ったのは。
考えたのは。
どこの誰だ。

そうしてくれと。
そうして欲しいと。
願ったのは。
感じたのは。
どこの誰だ。

何をしても。
何処へ行っても。
自分は自分。
他の誰かが。
代わってくれるわけもない。

何をしようが。
何処へ行こうが。
自分以外の。
他の誰かに。
なれるわけもない。

誰かの。
なんて。そんな。
逃げ道など。
ありはしない。
それだけのことだ。

自分の生を。
そいつを。
噛み締めて。
握りしめて。
生きていくだけ、それだけさ。



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2018/09/21 Fri *暗闇の中 / Tom Robinson Band

20180921powerinthedarkness


ふと。
気づいたら。
暗闇の中。
一人。
膝を抱えている。

少し混乱。
暫し不安。
敢えて。
目を閉じて。
更なる暗闇へと。

その中にも。
震えるものが。
鳴るものが。
あることを。
思い出したら。

一つ。
深呼吸して。
落ち着きを取り戻して。
その震動を。
その共鳴を。

己が。
力へと。
変換して。
暗闇の中から。
浮き上がる。

その時を。
待ち。
見定めて。
やがて。
その力を解き放つ。

『Power In The Darkness』'78年リリース。
握りしめられた拳が強い印象を残すトム・ロビンソン・バンドの1stアルバム。
自らゲイであることを公言していたトム。LGBT、移民、労働者などの。
立場の弱い、虐げられた人達への応援歌をストレートなサウンドに乗せて歌う。
その姿が共感を呼んで。パンクの嵐が吹き荒れる英国でもかなりの支持を読んだと。
四十年前の話ですからね。当時の英国は同性愛が違法だったのですからね。
逮捕される、刑罰を受ける。そんな危険を顧みずに立ち上がり、拳を突き上げたと。
このトムの勇気、男気。そんなものが表れた真っ直ぐで熱い歌声に惹かれます。
どのナンバーも。そんなトムの歌声、そこに込められたメッセージ。
そいつが真っ直ぐに伝わることを意識したのか。思わず一緒に歌いたくなる様な。
所謂、シンガロングなナンバーとなっているのがこのアルバムの特徴、魅力なのですが。
その代表たる「2-4-6-8 Motorway」は。英国盤には収められていなかったのですよね。
これ。シングル・ヒットはアルバムには収めないと言う英国の業界の伝統に則ったのか。
でも、「2-4-6-8 Motorway」がないと。これで気合いを入れないと始まらないので。
なので。A面頭に無理矢理「2-4-6-8 Motorway」をぶち込んだ日本盤で聴きたいかなと。
そして抑制された情念の蒼白い焔を揺らめかせながらあらゆるマイノリティに自由をと。
そう訴える「Power In The Darkness」で締めくくられるこのアルバム。
一貫して揺るがない。あらゆる者へ開かれ、受け容れる。寛容と共感と共闘の精神。
一人だと、独りだと。思い込み、沈み込んでしまっている、そんなあらゆる人々を勇気づけ。
手を取り、背中を押し、立ち上がらせ、浮かび上がらせる。そんな力がここにあるのです。
未だに差別や、排除、抑圧が。大っぴらに、そして巧妙に姿を変えながら蔓延る世界。
だからこそ。暗闇にいると思っても、感じられても。そこから声を上げる事。
その暗闇の中で立ち上がり、拳を握りしめ、そして突き上げる。そのことを忘れてはならないと思うのです。

ふと。
気づいたら。
暗闇の底。
一人。
立ち尽くしている。

少し慟哭。
暫し動悸。
敢えて。
目を瞑り。
一層の暗闇へと。

その中でも。
煌めくものが。
呼ぶものが。
あることが。
感じられたら。

一つ。
気合いを入れて。
勇気を取り返して。
その光跡を。
その言霊を。

己が。
力へと。
奪胎して。
暗闇の底から。
這い上がる。

その時を。
待ち。
見極めて。
やがて。
その力を昇り上がらせる。

何が。
あったから。
ではなく。
何も。
なくても。

ふと。
気づいたら。
暗闇の中。
そんな事。
それだけの事。

何が。
原因か。
そんな事など。
わかる筈もなく。
その必要もなく。

ただ。
いつの間にか。
暗闇の底。
そんな事。
それだけの事。

それを。
ただ。
恐れずに。
必要以上に。
怖がらずに。

少し。
間をとって。
気を落ち着けたら。
一呼吸入れて。
回りを感じて。

暗闇の中。
その中にも。
震動がと。共鳴がと。
光跡がと。言霊がと。
そう思えた時。

暗闇の中。
そこから。
浮き上がる。這い上がる。
解き放つ、昇上がらせる。
力を拳に込めて突き上げよう。



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2018/09/20 Thu *適用外 / Dr. Feelgood

20180920privatepracticeukorg


適用外で。
構わない。
負担しても。
負担が増えても。
それでいい。

それだけの。
効き目が。
効果が。
あるのなら。
あると言うのなら。

その一服を。
盛ってくれないか。
どれだけ甘くても。
どれほど苦くても。
飲んでしまおう。

それで。
奮い立ち。
そいつで。
心、晴れて。
ご機嫌になれるなら。

そうさ。
もう。
通常の。
お決まりの。
そんな治療では。

この。
身も心も。
反応しないほど。
擦り減っているのさ。
だから特別に。

『Private Practice』'78年リリース。
ドクター・フィールグッドの通算6枚目のアルバム。
そしてジッピー・メイヨーを迎えてから2枚目となるアルバム。
そりゃ、ウィルコ・ジョンソンは別格ではあるけれど。それは不変ではあるけれど。
ジッピーだって頑張っているのだ、ご機嫌なのだ、負けてはいなかったのだ。
特にこのアルバムは。その後のフィールグッズ・スタイル、そいつを確立したとも言える。
それ程に優れたアルバムで、フィールグッズのキャリアの中でも白眉の一枚なのです。
何がいいって。先ずいいナンバー、ご機嫌なナンバーが目白押しと言うところで。
ミッキー・ジャップや、ニック・ロウの手も借りながらジッピーも貢献して。
R&Bをベースにした渋さと臭味はそのままに。どのナンバーもタイトに引き締まって。
更にはキャッチーなメロディもいい塩梅にまぶされていると。その匙加減が絶妙で。
よく聴くと。実は結構、音を重ねたのかと思われるところもあって迫力も十分。
それでいて小気味よく跳ねる、ドライヴする躍動感が全く失せていないところ。
そいて。これまたいい塩梅に重心が低くて、またいい塩梅に胡散臭いところも。
これこそ、R&Bベースのロックンロールの極意だろうと感じさせられたりもするのです。
ジッピーのバリバリと弾き捲るギターが、また実にロックンロールであったりもして。
ウィルコが抜けた後は。何かとメンバー間の揉め事が取り沙汰されたりもしましたが。
このアルバムは。恐らくはメンバーの間も、その関係も良好だったのだろうなと。
リー・ブリローも、その歌声は相変わらず胡散臭いですが。凄く楽しそうなのですよね。
その雰囲気、その楽しさが伝染するのか。いつ針を落としてもご機嫌にしてくれるのです。
ところで。このジャケット。今に続くフィールグッズのトレードマークの大元なのかな。
アルバム・タイトル通りに。保険適用外でも金さえ積めば、何でも処方もしそうな、如何わしさがいいですねぇ・・・

適用外で。
構わない。
危険でも。
危険が増しても。
それでいい。

それだけの。
利き目が。
効能が。
見えるのなら。
期待できると言うのなら。

その一刺しを。
打ってくれないか。
どれだけ痛くても。
どれほど怖くても。
我慢してしまおう。

それで。
湧き上がり。
そいつで。
胸、躍って。
上機嫌になれるなら。

そうさ。
もう。
許容の。
許されている。
そんな処方では。

この。
身も心も。
回復しないほど。
疲れ切っているのさ。
だから特例で。

気休め。
そんなものでは。
意味がない。
そんなものなど。
必要ない。

慰め。
そんなものは。
飽きがきた。
そんなものとは。
縁を切ろう。

本当の。
効き目が。
本物の。
効果が。
欲しいのだ。

本当の。
利き目を。
本物の。
効能を。
感じたいのだ。

その為なら。
範囲外。
負担しても。
負担が増えても。
構いはしない。

その為なら。
想定外。
危険でも。
危険が増しても。
構いはしない。

効いてくれれば。
利いてくれれば。
そう。
この瞬間。このひと時。
適用外。それでもいい。それがいい。



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2018/09/19 Wed *溝鼠みたいに / The Stranglers

20180919rattusnorvegicus


溝鼠みたいに。
薄汚く。
忌み嫌われようとも。
どこまでも。
しぶとく。

そんな。
生命力。
そいつが。
欲しい。
そうなりたい。

他人に。
どう見えるとか。
どう思われるとか。
そんなことは。
どうでもいいから。

自分で。
選んで。
選んだからには。
貫き通す。
そうありたい。

ぶつかろうが。
転ぼうが。
蹴とばされ様が。
何度でも。
何処までも。

しつこく。
しぶとく。
這いずり回ってでも。
やり続ける。
生き続ける。それが大事。

『Rattus Norvegicus』'77年リリース。
ストラングラーズの記念すべき1stアルバム。
今でも現役で。二十枚以上のアルバムをリリースしていますが。
印象が強いのはこのアルバムから初めてのライヴ・アルバムまでの数枚かな。
何とも不安を煽る様な、癪に障る様なサウンドで這い回り、侵入してくる。
一度、針を落とすと。有無を言わせずにその世界へと引き摺り込まれる。
その暴力的なまでの説得力。それがストラングラーズの最大の魅力かなと。
一般にはパンクの範疇で語られはしますが。それはメジャー・デビューが。
そう、このアルバムのリリースが偶々、パンクの勃興期に重なっただけのことで。
その実は、ドアーズの系譜に繋がる様なバンドだったかなと思いもします。
ジャケットに記載されたⅣの文字は。既にそれだけのキャリアがあったとの矜持で。
その誇りの高さと、戦闘的な姿勢故に。クラッシュやピストルズと乱闘騒ぎを繰り広げてと。
まぁ、何とも硬派で武闘派なイメージがあって。それが歌詞やサウンドにも表れていると。
要は融通の利かない一徹さが。重いサウンドと鋭いビートと共に礫となって突き刺さる。
そして。扇動され己の中に眠るどす黒く凶暴なものに気づかされ、目覚めてしまう。
この危うさ、そして感染力の強さ。特に保守的な世界、人々にとっては厄介だったろうなと。
故に当時の閉塞した英国の、特に若者達には熱狂的に受け容れられ商業的にも成功して。
このアルバムも全英チャートのTOP5に入ったのかな。決して聴き易くはなく。
それでも。そこまで浸透、浸食した。そこがストラングラーズの凄味なのですよね。
いや。しかし。本当に危険なのですよね。当時、相当にのめり込んで。
毎日針を落として。その扇動に乗って。その毒に冒されて。かなり危ない状態だったかなと。
否、今でも基本は変わらないのですが。このアルバムとかは自家中毒を呼び起こしそうで。
それで。やがて少し距離を置く様になったのですが。溝鼠の逞しさには未だに憧れて止まないかな・・・

溝鼠みたいに。
溝臭く。
唾棄されようとも。
どこまでも。
図太く。

そんな。
精神力。
そいつが。
欲しい。
そうありたい。

他人に。
どう映るかとか。
どう考えられるとか。
そんなことは。
どうでもいいから。

自分で。
受け容れて。
受け容れたからには。
許し抜く。
そうなりたい。

殴られ様が。
足を掛けられ様が。
爪弾きにされ様が。
何度でも。
何処までも。

何度でも。
懲りることなく。
這いずり回ってでも。
やり続ける。
生き続ける。それが大切。

あの日。
あの時。
始めたのだ。
乗ったのだ。
下りるわけにはいかないのだ。

あの夜。
あの時。
灯ったのだ。
燃え上がったのだ。
消すわけにはいかないのだ。

あの日から。
あの夜から。
侵されて。
保菌者となったのだ。
解くわけにはいかないのだ。

他人ではない。
自分が。
選んだのだ。
貫き通す。
忌み嫌われても。

他人ではない。
自分が。
受け容れたのだ。
許し抜く。
唾棄されても。

そんな。
しぶとく。
図太い。
生命力を。
精神力を。

そいつを。
纏って。
そいつを。
宿って。
溝鼠みたいに。蔓延ってやりたい・・・



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2018/09/18 Tue *無修正 / Aerosmith

20180918livebootlegusorg


修正された。
何かが。
消されて。
何かが。
加えられた。

そいつが。
必要な時も。
あるだろう。
有効な時も。
あるだろう。

だが。
それによって。
隠されてしまう。
見えなくなってしまう。
そんなものもあって。

その中にこそ。
事実が。
知るべきものが。
あると。
そんなこともあるのだと。

だから。
妙に。
綺麗な。
無臭な。
そんなものには気をつけたい。

消さず。
加えず。
何も隠さず。
そいつを見てみたいのだ。
無修正。

『Live ! Bootleg』'78年リリース。
エアロスミスの初めてのライヴ・アルバム。
アルバム・タイトル、そして意匠と明らかに海賊盤を意識した2枚組。
そこに当時のエアロスミスの自分達に対する意識、自負と危機感が感じられるかな。
恐らく、このアルバム。ライヴ・アルバムには珍しく後から手を加えていないのですよね。
ストーンズでもライヴ・アルバムに後からオーヴァー・ダビングを施すのは常なのですが。
そこを敢えて、チューニングのズレも、リズムのもたりも、ミス・トーンもそのままにと。
まさに、海賊盤も顔負けの生、現地直送の姿を晒に出たと。そこが凄いかなと。
特にリリース当時はあまりにも生々し過ぎる、下手だとの批評もかなり受けていましたが。
確かに。どう考えても楽器間の音量のバランスも、ヴォーカルとバックのバランスも。
一切無視している感じだし。曲によって音量もバラバラで。本当に実際のライヴそのまま。
エアロスミスは決して、テクニック的に特段優れているバンドでは無いので、度胸あるなと。
逆に言うと。巧拙に拠らない、グルーヴで勝負しているバンドだとの自負があるからこそ。
この荒っぽさも極まった、生の、無修正の姿を晒す勝負手が打てて、有効だったのだと。
この血沸き肉躍る、何処へ行くかわからない危うさ。これこそがエアロスミスなのだから。
恐らくは前作にあたる『Draw The Line』があまりに完成度高くて。音像は歪んでいても。
エアロスミスのアルバムとしては無臭と言うか、無機質な感じに違和感があったりもして。
それはメンバーも同様で。このアルバムをリリースすることによって原点回帰を図ったと。
まぁ、逆に。思いを吐き出し過ぎてしまって。この後に崩壊へと向かうのですけれどね。
その後、奇跡の復活は遂げましたが・・・修正された、去勢された感は否めないのですよね。
それにしても唐突にデビュー直後の更に音質の劣る音源を途中に挟んでしまうとか。
「Draw The Line」をノー・クレジットにするとか。スティーヴンとジョーのマニア振りにはニヤリとさせられます。

修正された。
何かが。
補われて。
何かが。
正された。

そいつが。
必須な時も。
あるだろう。
有益な時も。
あるだろう。

だが。
それによって。
消されてしまう。
隠されてしまう。
そんなものもあって。

その中にこそ。
真実が。
感じるべきものが。
あると。
そんなこともあるのだと。

だから。
妙に。
端正な。
無機質な。
そんなものは疑ってみたい。

補わず。
正さず。
何も消さず。
そいつを感じてみたいのだ。
無修正。

端から。
ちょっとや。
そっと。
補い。
正す。

その程度で。
どうにか。
なる様な。
される様な。
そんなものではない。

後から。
ちょっとや。
そっと。
消して。
加える。

その程度で。
変わる。
変えられる。
変えられてしまう。
そんなものでもない。

だったら。
消さず。
加えず。
何も隠さず。
ありのまま。

だから。
補わず。
正さず。
何も消さず。
生のまま。

湧き上がり。
踊りだす。
その鼓動。
その波動。
そのままで。

エロも。
ライヴも。
あれも。
これも。
無修正、それがいい。



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2018/09/17 Mon *墓碑銘 / Tommy Bolin

20180917privateeyes


墓碑銘。
そんなものなど。
何が刻まれようと。
何も刻まれなくても。
どうでもいい。

大したことなど。
何一つ。
遺せるものも。
何一つとして。
持ち合せてはいない。

路傍の。
石ころ一つ。
どんなに頑張っても。
せいぜいが。
そんなところ。

誉められたくも。
称えられたくも。
ありはしない。
そんな者ではない。
そんな者になどなりたくもない。

ただ。
そうだな。
胸の片隅でいい。
偶さかでいい。
ありのままに。

そんな。
馬鹿もいたなと。
刻んで貰えたら嬉しいなと。
ふと、そんな思いが浮かぶのは。
その時が、そこまで来ていると分かっているからか・・・

『Private Eyes』'76年リリース。
トミー・ボーリンの2枚目のソロ・アルバム。
そして遺作となってしまった因縁の深いアルバムでもあると。
ディープ・パープルは解散。このアルバムをリリースして。
ジェフ・ベックのオープニング・アクトとして全米ツアー中に急逝。
薬物の過剰摂取によるもので。未だ25歳の若さだったと。
その余りにも惜しまれる夭折後に雨後の筍の様に様々な音源が発掘されましたが。
このアルバムこそが墓碑銘になってしまったと。それにしても。
このジャケットのどこか虚ろな表情、そして、富墓林の三文字。誰の発案だったのか。
リリース当時から不吉だとか一部では言われていて。それは的中してしまったと。
トミーのソロ・アルバムと言えば1枚目の『Teaser』での溌溂と跳び回るその様。
そこでの、ジェフ・ベックをも凌駕するかの、縦横無尽なギターが強い印象を残していて。
このアルバムでも。その路線でいくのかと思いきや。そんな枠には収まらないと。
ここでのトミーはヴォーカリストとしての可能性を広げようとしているかで。
相変わらず多彩に跳ねながらも。優しさを増したかにも思えるそのギターに寄り添う様な。
その柔らかい歌声には、従来にない魅力、そしてその未来の匂いが漂っているのですが・・・
『Teaser』、そしてビリー・コブハムのアルバムへの客演で見せたクロス・オーヴァーな。
その新たなロック・ギターの地平を拓いた功績はジェフ・ベックに冠を奪われて。
ディープ・パープルではリッチー・ブラックモアの残影に不当に悩まされてと。
どうにも不運、悲運につき纏われた感もあったトミー。そいつを振り切ろうとしたのか。
このアルバムでの、歌への傾倒はグレン・ヒューズやデヴィッド・カヴァーデイル。
その二人からのインスパイアもあったのか。だとするとそこには様々な可能性があったと。
このアルバムの。そのソウルフルなギター、そして歌声。その先を聴きたかったなと。
とかく。不当な評価に甘んじてきたトミー。その短くも輝かしい光跡。そのありのままを憶えておきたいかな・・・

墓碑銘。
そんなものなど。
何を刻まれようと。
何が刻まれなくても。
知ったことではない。

微々たるものの。
一つか二つ。
遺せたとしても。
何一つとして。
持って行けるわけでもない。

路傍の。
石ころ一つ。
その轍など。
直ぐに消えてしまう。
そんなところ。

毀誉褒貶。
そんなものが。
あったとしても。
そんなものなどどうでもいい。
そんなものなど関わりたくもない。

ただ。
そうだな。
記憶の片隅でいい。
ふとした時でいい。
ありのままに。

そんな。
阿呆もいたなと。
刻んで貰えるなら悪くは無いかと。
ふと、そんな思いが過るのは。
その時が、そんなに遠くは無いと感じているからか・・・

たぶん。
そうさ。
本当は。
刻みたいものが。
あったりするのさ。

たぶん。
そうだな。
実のところ。
爪痕を遺したいものが。
あったりもするのさ。

そうさ。
そうなのだ。
刻みつけたい。
爪痕を遺したい。
誰かがいるのさ。

分かっているさ。
大したことは。
遺せるものも。
何一つ。
無いであろうってことは。

知っているさ。
路傍の。
石ころ一つ。
その程度の存在。
そんなものに過ぎないってことは。

百も承知さ。
誉められることに。
称えられることにも。
何の意味も。
ありはしないってことも。

ただ。
そうなのだ。
ありのまま。そのまま。
その姿が。
誰かの胸に、心に微かにでもと。

墓碑銘。そいつに囚われそうだ・・・



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2018/09/13 Thu *プロトタイプ / Montrose

20180913montrose


かなりのものかも。
それなりに。
いい線と言うか。
意外と。
いけてもいるらしい。

だが。
どうも。
諸手を上げては。
否、上げてはいるけど。
何かが。

引っ掛かりもする。
これで。
よしと。
完成とは言えない。
何かがある。

その。
存在が。
喉に。
引っ掛かった。
小骨の様で。

まぁ。
そんなものなど。
勢いで。
ブッ飛ばしてしまえば。
それでいいのかも知れないが。

時なのか。
場所なのか。
道具なのか。
それとも…
やはり。完成形ではないのかと。

『Montrose』'73年リリース。
『ハード ✭ シヨック !』なる些か大袈裟とも言える邦題。
それが、その衝撃、その期待の大きさを表していたモントローズの1stアルバム。
尤も。日本では2ndアルバムが先にリリースされていたのですけれどね。
ヴァン・モリソンやエドガー・ウィンターとの活動で名を上げたロニー・モントローズ。
その敏腕ギタリストであるロニーが満を持して自らのバンドを結成することになり。
あのサミー・ヘイガー等をメンバーに迎えて結成されたのがモントローズでした。
一説ではロニーは、モット・ザ・フープルからの誘いを断ったとも言われています。
そんな気合十分のロニーがプロデューサーとして迎えたのがテッド・テンプルマンで。
既に、あのドゥービー・ブラザーズをスターにすることに成功していたその手腕が。
このアルバムでも大いに発揮されて。ロニーのギターがうなり、サミーのシャウトが炸裂。
何とも豪快で爽快な。疾走感極まりないアメリカン・ハード・ロックとなっています。
アルバム全編を通して隙の無い、カッコイイアルバムなのですが。牽引し、象徴している。
そんなA面頭の「Rock The Nation」のカッコ良さときたら。もう実に何とも快哉なのです。
ロック史上でも。デビュー・アルバム、1stアルバムとしては有数の出来で。
それだけのショック、衝撃を聴く者に与えるには十二分に過ぎると言えるものなのです。
それどころか。アメリカン・ハード・ロックのアルバムとしては白眉の一枚かなと。
ところが。これが売れなかったのですよね。全米100にも入らなかったのかな。
不思議で仕方がないのですけれどね。何故、これ程のアルバムが受け入れられなかったのか。
それで。元々職人気質で器用なロニーに迷いが生じて、音楽性がぶれ始めて。
また下手に器用なだけに何でもできてしまって。そして、何故かそっちが売れてと。
組合せ、噛み合わせ。そんなものは一度狂い始めると止まらないのですよね・・・
やがてサミーは脱退。ほどなくモントローズ自体もその活動を終えることになったと。
時代が早かったのか。ロニーとサミーの相性に問題があったのか。惜しいことをしたなと。
そう思ったのは。テッドも同じだった様で。モントローズを言わばプロトタイプとして。
完成形へと導いたのがあのヴァン・ヘイレンだったりするのですよね・・・
デヴィッド・リー・ロスに代わってサミーが参加した途端に面白く無くなったのは皮肉でしたけどね。

かなりのものだと。
それなりの。
ラインとやらは。
意外と。
越えてはいるらしい。

だが。
どうも。
鵜呑みにするには。
元々、呑めないけれど。
何かに。

届いていない気もする。
これで。
いいと。
完了とは言えない。
何かがある。

その。
存在に。
背中に。
手が届かない。
むず痒さが残る様で。

まぁ。
そんなものなど。
気のせいだと。
笑い飛ばしてしまえば。
それでいいのかも知れないが。

時が満ちていないのか。
場所がそぐわないのか。
道具が手に馴染まないのか。
それとも…
やはり。完了形ではないのかと。

そうなのだ。
たぶん。
意外と。
いい線はいっている。
そうなのだろう。

そうなのだ。
おそらく。
意外と。
それなりのラインは越えている。
そうなのだろう。

だが。
諸手を上げられない。
何かが。
引っ掛かる小骨が。
ありもするのだ。

だが。
鵜呑みに出来ない。
何かが。
むず痒い場所が。
ありもするのだ。

勢いだけでは。
ブッ飛ばせない。
気のせいだと。
笑い飛ばせない。
何ものかが残っているのだ。

原因は。
時にあるのか。
場所にあるのか。
道具にあるのか。
それとも…やはり要である人にあるのか。

プロトタイプ。
そう。
いまの、この状態。
それは未だ、完成ではない。
それは未だ、完了もしていない。

だから、面白い・・・かな。



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2018/09/12 Wed *この世は / Alice Cooper

20180912billiondollarbabies


この世は。
この世界は。
金だ。
金だ。
金が総てだ。

綺麗ごとを。
並べようと。
どうしようと。
そいつは。
変りはしない。

確かに。
金で買えない。
そんなものも。
稀には。
あるかもしれないが。

確実に。
金さえ積めば。
手に入る。
そんなもののが。
多いのだ。

だから。
金、ねぇか?
金、ねぇか?
あれば。
あるほど素晴らしい。

金、金、金。
札入れが膨らむほどの。
札入れに入りきらないほどの。
金庫から溢れるほどの。
金が欲しい。

『Billion Dollar Babies』'73年リリース。
アリス・クーパーの通算6枚目となるアルバム。
ボブ・エズリンと組んでは3枚目か、4枚目か、その辺り。
いまも尚、現役で頑張っているらしいアリスですが。
その全盛期、頂点は間違いなくこの時点だったなと。それ程に。
その勢い、その完成度共に。このアルバムは極めに極められていたなと。
大蛇とか、断頭台とか。そんな奇抜な演出が効いたライヴが評判を呼んだこともあって。
ショック・ロックとか呼ばれていたのですが。その骨格を成すサウンドは。
シンプルでストレートな。言ってしまえばただのハード・ロック。
それを偏執的とも言えるエズリンのプロデュースと、アリスの外連味たっぷりのギミック。
それによって奇抜に、奇怪に、妖しく煌めくものへと深化させていったのですよね。
その極めつけが。ここまでの成功で得たであろう資金と権力を惜しみなく注ぎ込んだ。
そんなこのアルバムで。そのサウンドの厚さ、ケバケバシさ、煌めき度合いが極まったと。
そのことを誇示するかの蛇革の札入れを模したジャケット、10億ドル札?が封入と。
世間が抱き始めていたと思われるイメージを逆手にとってのこの洒落の効いた戦略。
ここらの頭の回転の速さと、センスの良さ。ただ者では無いアリスなのです。
「Elected」「Billion Dollar Babies」「No More Mr. Nice Guy」等々と。
収められているナンバーも実にキャッチーで。シングルも4曲カットされたのかな。
アルバムは当然の様に、全米でも全英でも首位を獲得しているのですよね。
どうしても日本人には毒気が強すぎたのか、色物のイメージが着いてしまったからか。
その人気も寂しい限りですが。どうして、どうして金の使い方も心得た傑物なのです。
そして。何故、キッスが件のアルバムでエズリンを頼ったかは。このアルバムに針を落とせば一耳瞭然なのです。

この世は。
この世界は。
金だ。
金だ。
金で動くのだ。

御託を。
並べようと。
どうしようと。
そいつは。
変わるはずもない。

確かに。
金で動かない。
そんなものも。
中には。
いるかもしれないが。

眼前に。
金さえ積めば。
手の平を返す。
そんなものが。
殆どなのだ。

だから。
金、ねぇか?
金、ねぇか?
どれだけ。
あっても困りはしない。

金、金、金。
札入れが破れるほどの。
札入れから零れ落ちるほどの。
金庫が幾つも必要なほどの。
金が欲しい。

この世は。
この世界は。
金だ。
悔しいが。
そう言うことだ。

下手したら。
あの世も。
あの世界も。
金だ。
そんなものなのだ。

だから。
金、ねぇか?
金、ねぇか?
あるなら。
恵んでくれないか。

だから。
金、ねぇか?
金、ねぇか?
余っているなら。
回してくれないか。

この世を。
この世界を。
動かす仕組み。
そいつも。
金次第なのだろう。

この世を。
この世界を。
牛耳る権力。
そいつも。
金次第なのだろう。

だから。
金だ。金だ。
金が。金が。
欲しい。
有り余るほどの金が。

馬鹿と鋏と同様に。
金だって使い様。
無駄な争いに、バカ騒ぎに。
使い切る、その前に。
俺に金をくれないか。

いま、買わなきゃ。
いま、動かさなきゃ。
たすけられないものがある。
救われないものもある。
だから・・・金、ねぇか?・・・



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2018/09/11 Tue *萎えても / Cactus

20180911cactus


萎えても。
それでも。
何かを。
ふり絞って。
立つのだと。

それ以外に。
見せられる。
証となる。
ものなど。
ありはしないと。

で、あれば。
四の五の言わずに。
立って。
立ち向かって。
突き進むしかない。

迷いも。
弱気も。
振り切って。
奮い立たせて。
突っ込んでいくしかない。

誰が。
何と言おうとも。
他に取り柄が。
あるでもなし。
この一事に。

そいつに。
賭けて。
萎えても。
何でも。
立たせるのだと。

『Cactus』'70年リリース。
屹立するサボテンも印象的なカクタス(サボテン)の1stアルバム。
ご存知の様に。このアルバムの結成にはジェフ・ベックが。
その動向が大いに関わっていて。ティム・ボガートとカーマイン・アピス。
ヴァニラ・ファッジのリズム隊だった二人にベックが惚れ込んで意気投合して。
ロッド・スチュワートと四人でバンドを結成しようと計画するものの。
肝心要のベックが自動車運転中に犬を避けて電柱に衝突して大怪我を負って。
ロッドはロン・ウッドと共にフェイセスへと。途方に暮れたのはボガートとアピスで。
致し方なく?ギタリストのジム・マッカーティを誘い。そのジムがラスティ・デイを誘い。
四人揃ったところで。通りかかったドライヴ・インの名前からカクタスと名乗ったとか。
う~ん。どう考えても。自分達のサウンドを象徴するあるものをイメージして。
その隠喩としてカクタスをバンド名として、サボテンをシンボルにした様な気がしますが。
さて、最強にして最恐なボガートとアピスのリズム隊に、鋭く切り込むマッカーティと。
そんなまさにドカドカうるさいサウンドを従えて叫び、吠えるのがデイなのですが。
まぁ、その歌声、そのヴォーカルがそれこそ何と言うかロック史上最も下品と言うか。
その猥雑な迫力が、何とも凶暴なアメリカン・ハード・ロックを謳い上げていると。
そう。荒涼とした砂塵舞う荒野に、何ものをも、ものともせずに屹立するサボテンの如しで。
その突っ込み具合、暴走の具合は。唯我独尊の極みとも言えるほどなのです。
大概のバンドには一人は、退くと言うか。後ろから支えるタイプがいると思うのですが。
カクタスは、もう徹頭徹尾。最初から最後まで四人とも煩いと言う。類稀なバンドで。
スローでブルージーなナンバーですら、どこかドタバタしているのだから凄いよなと。
少しは落ち着けよと思いもしますが。この傍若無人な落ち着きの無さが魅力ですからね。
およそ、枯れるとか、萎えるとか。そんなものとは無縁だったカクタス。その精力が堪らないかな。

萎えても。
それでも。
何が何でも。
ふり絞って。
立たせるのだと。

それ以外に。
立てられる。
明かせる。
ものなど。
ないのだからと。

で、あれば。
言い訳をする前に。
立たせて。
立ち上がって。
突き進む以外にはない。

悩みも。
躊躇いも。
振り捨てて。
勇み立って。
突っ込んでいく以外にはない。

誰に。
何を言われても。
他に武器が。
あるでもなし。
この一物に。

そいつに。
託して。
萎えても。
何が何でも。
立たせるのだと。

この。
どうにも。
ならない。
渇きを。
潤したいのなら。

この。
どうにも。
ならない。
疼きを。
収めたいのなら。

この。
どうにも。
ならない。
痛みを。
癒したいのなら。

迷いも。
弱気も。
振り切って。
四の五の言わずに。
立つしかない。

悩みも。
躊躇いも。
振り捨てて。
言い訳をする前に。
立つしかない。

それ以外に。
見せられる。
証となる。
明かせる。
ものなどありはしない。

この一事に。この一物に。
賭けて。委ねて。
萎えても。
何が何でも。
立つのだと。立たせるのだと。

この渇き。
その苦しみ。
その地獄。
そこから逃れるには。
それしかないのだ・・・



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2018/09/10 Mon *生きているうちが / Steel Pulse

20180910tributetothemartyrs


死んでしまえば。
そこまで。
そこでおしまい。
そうだな。
そうなのだろうな。

だが。
ただ生きている。
それでいいのかと。
そいつも。
また思わないでもない。

別に。
生きることに。
特段の。
意味も意義も。
欲しいとも思わないが。

それにしても。
あまりにも。
表層的で。
欺瞞と偽善に満ちていて。
何よりも。そいつを許容してしまっている。

ならば。
あのあまりにも。
濃密だった時間に。
殉じてしまうのも。
ありなのではないかと。

そんな声に。
耳を傾けて。
その言葉のままに。
終わらせるのも悪くはないと。
思わないでもない。

『Tribute To The Martyrs』'79年リリース。
UKレゲエ・グループ、スティール・パルス。
その2枚目となるアルバム。当時の邦題は『殉教者に捧ぐ』だったかな。
ジャケットのデザインの関連性からしても。1stアルバムの成功、その勢い。
それに乗って制作、リリースされたアルバムかなとも思われます。
結成されたのは'75年だったかな。ロック・アゲインスト・レイシズムでの活動。
その姿勢を評価されて、バーニング・スピアの紹介でアイランドと契約したと。
その逸話からもわかる通りに。一貫して社会的なメッセージを発信していて。
そこらは、同じ時代のパンク・ムーブメントとの関連性も強いなと。
レゲエならではの明るさ、陽気さはそのままで。リズム、ビートに生硬さもあり。
そしてヴォーカルが時に息をつかせぬ様に迫る辺りはUKレゲエならでは。
その成立、その発展の過程においてパンクと同じ土壌、社会背景があったと言うことが。
この独自のスタイルを生んだのだろうなと。故に例によってロックに寄り過ぎと。
そんな批評もある様ですが。恐らくは生まれた時からレゲエもロックも等しく聴いていた。
その結果として生まれたものだとしたら。それは素晴らしい共感、共鳴だと思いますが。
「Jah Pickney - R. A. R.」では。白人主義のナショナリズムを激しく非難し。
「Tribute To The Martyrs」では黒人の先達、英雄や殉教者を称えて、意思を継ぐのだと。
その強い決意を表明しています。対象の中にはかのマーカス・ガーヴェィも含まれていて。
その影響の大きさを改めて知ることもできます。死者を必要以上に崇め、奉る。
そんなことには懐疑的なのですが。遺された意思を継いで、そして生きていくと言う。
その並大抵ではない行為への決意を表明し、実践したその姿勢には共感を覚えるかな。
また、それをあくまでも。レゲエならではの生命力に溢れたリズム、ビートに乗せていると。
そこがね、闘い続けると同時に。生きる事への強い肯定にも通じている気がして。
そんな闘いの日々と同時に、生を謳歌しようと言う強さを感じさせるスティール・パルス・・・焦がれてしまうかな。

死んでしまえば。
そこまで。
その先などありはしない。
そうかもしれない。
そうなのだろうな。

だが。
いま生きている。
この先に何があるのかと。
そいつも。
また思わないではいられない。

別に。
生きることに。
特別な。
価値も値打ちも。
必要とも思わないが。

それにしても。
相も変わらず。
画一的でで。
抑圧と諦念に満ちていて。
何よりも。そいつを受容してしまっている。

ならば。
あのあまりにも。
濃厚だった時間に。
殉じてしまうのも。
悪くはないのではないかと。

そんな囁きに。
耳を奪われて。
その言葉のままに。
終わらせてもいいのではないかと。
思わないでもない。

諦めたら。
そこで。
終わり。
笛が鳴らされて。
そこまでだと。

もういいと思ったら。
そこで。
終わり。
エンド・ロールが流れて。
そこまでだと。

そこまで。
そこでおしまい。
それは分かっている。
それは承知している。
それでも。

生きている。
ただ。
それだけのことに。
そこまで拘って。
何があると言うのかと。

それは。
表層的で。
欺瞞と偽善に満ちた。
この世界を。
許容してまでのものなのか。

それは。
画一的で。
抑圧と諦念に満ちた。
この世界を。
受容してまでのものなのか。

生きているうちが花なのよ。
死んだらそれまでよと。
逝ってしまった連中を。
美化する気も、特別視する気も無いけれど。
ふと揺らぎを感じたりもする。

生きているうちが、
花であるとは。知りつつも。
死んだら。
それまでとは。知りつつも。
それでも。

花の散り際。
それにふと誘われる。
それを思わずにはいられない。
己が弱さと。
向き合う、それさえも楽しめればな・・・



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2018/09/09 Sun *形など、形式など / Burning Spear

20180909marcusgarvey


形なんて。
形式なんて。
そんなものに。
何の意味がある。
意味などない。

そんなものに。
拘る。
そんな暇があるのなら。
その時間を。
別なところへ。

例えば。
何を。
言いたいのか。
伝えたいのか。
そいつに。

ゆっくりと。
じっくりと。
時間を掛けて。
思いを巡らす。
それがいい。

例えば。
自分達は。
何処から来て。
何処へ行こうとしているのか。
そんなことに。

思いを巡らせて。
その時。
何を感じるのか。
何を言葉にしたくなるのか。
そんなことを。

『Marcus Garvey』'75年リリース。
バーニング・スピアの記念すべきメジャー・デビュー・アルバム。
今回、載せているのはそのアルバムのジャケット違いのジャマイカ盤です。
バーニング・スピアとはウィンストン・ロドニーと言うシンガーの渾名で。
その渾名をそのまま芸名として使い続けている・・・のですが。
このメジャー・デビュー・アルバムの時だけは三人組のコーラス・グループ。
ウィンストン、ルパート・ウェリントン、デルロイ・ハインズによるグループとしての。
そのグループとしての名前としてバーニング・スピアが使われていたのですね。
既に二枚のアルバムをウィンストンがバーニング・スピア名義でリリースしていたのに。
世界進出に辺り何らかの思惑があったのか。恐らくはウェイラーズを意識したのかなとも。
さて。その渾名、芸名の通りに。燃える様に熱く、槍の如く真っ直ぐなバーニング・スピア。
無骨なルーツ・レゲエのリズム、ビートに乗って。強いメッセージを歌うそのスタイル。
見事なまでに徹底してラヴ・ソングは無く。あくまでも社会や宗教に関しての。
己の信念に従ったメッセージを、熱く鋭く、そして温かく優しい歌声に乗せて届けると。
今でも第一線で活動を続け。何でもグラミー賞を十数回受賞しているらしいのですが。
その過程において。勿論、若干の変化や進化はあるものの。基本は、根底は変わらないと。
それこそ。グループがソロになろうが。そんな形、形式の違いなど問題としないのです。
アルバム・タイトルであり、「Marcus Garvey」「Old Marcus Garvey」の主題でもある。
黒人民族主義運動の主導者であり、ジャマイカの英雄の一人でもあるマーカス・ガーヴェィ。
アメリカの公民権運動にも影響を与えたと言われるマーカスの思想に多大な影響を受けて。
今も黒人の権利や自由に関して歌い続けているバーニング・スピア。
そうです。時は流れ。時代は変わっても。支配や抑圧や隷属は形を変えて続いている。
ならば。こちらも。形などに、形式などに囚われずに。闘い方を変えていくだけ。
根底にある思い、志。そんなものが変わらなければ。それでいいのだと思うのです。

形なんて。
形式なんて。
そんなものに。
意味などない。
忘れてしまえ。

そんなものに。
囚われる。
そんな隙があるのなら。
その時間を。
別なものへ。

例えば。
何を。
語りたいのか。
遺したいのか。
そいつに。

ゆっくりと。
じっくりと。
時間を割いて。
思いを馳せる。
それがいい。

例えば。
自分達は。
何を探して。
何を求めて彷徨っているのか。
そんなことに。

思いを馳せて。
その時。
何が湧き上がってきて。
何を歌にしたくなるのか。
そんなことを。

形は。
見える。
見えるから。
分かりやすい。
それは良くも悪くも。

形式は。
成っている。
成っているから。
組みやすい。
それは良くも悪くも。

形に。
形式に。
拘って。
落とし穴に嵌る。
その前に。

形に。
形式に。
囚われて。
身動きできなくなる。
その前に。

何を。
言いたいのか。
伝えたいのか。
そいつを。
ゆっくりと。
じっくりと。

何を。
語りたいのか。
遺したいのか。
そいつを。
ゆっくりと。
じっくりと。

何処から来て。
何処へ行こうとしているのか。
何を探して。
何を求めて彷徨っているのか。
そいつに力を与えたいのなら。

形なんて、形式なんて・・・どうでもいい。


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2018/09/08 Sat *徒然なるままに / Jimmy Cliff

20180908followmymind


何だ。
かんだと。
少しばかり。
追われ気味の。
そんな日々の中で。

ふっと。
凪が訪れたかの様に。
忙中閑ありと。
その隙間に。
ふっと湧き上がる。

あんな思い。
こんな思い。
胸の内を。
頭の中を。
漂い始める。

追うとはなしに。
追いながら。
思いが巡っては。
また消えていく。
その後をフラフラと。

徒然なるままに。
時を。
日を。
ただ。
過ごしている。

こんな時間が。
こんな一日が。
心を亡くすのを妨げて。
いつかの。いつかの日の。
可能性へと変わる。

『Follow My Mind』'75年リリース。
ジミー・クリフのリプリーズ移籍第一弾となったアルバム。
この辺りから活動の拠点を米国へと移したことになるのかな。
この次のアルバムがかの『In Concert – The Best Of Jimmy Cliff』だったかと。
このアルバムはジャマイカ録音と、ロスアンゼルス録音からなっていて。
この構成が暫くジミーのスタジオ・アルバムの基本路線となった筈で。
それだけ、このアルバムの録音と制作が自信になった、心地よかったのかなと。
そう言いつつも。基本的に従来と大きく変わってはいあにのですけどね。
実に。こう、その飄々とした風で。弾む様に、囁く様に歌っていて。
そして。その中に。決して変わることの無い、揺らがない闘争精神みたいなものがあると。
その軸になるもののブレの無さ。それこそがジミーの本質であるのですよね。
そこを見失ったり、見損なったり、そこに触れようとしなくなると。
どうにもジミーのレゲエは、歌は軽すぎる、ポップにすぎる。もはやレゲエじゃないと。
勘違いも、見当違いも甚だしい批評が出てくるのですよね。まぁ、どこにも原理主義者。
そんな輩はいるので。ジミー自身も気にはしていないのでしょうけどね。
ルーツ・レゲエに根差した部分と、ソウルの影響を顕わにした部分と。そのバランスの良さ。
その片方、一方だけに寄りすぎない。その泰然自若とした身のこなし、それ故のしなやかさ。
だからこそ、その歌声に宿る何ものにも屈しない、属しない強さ。それがジミーの魅力です。
徒然なるままにではないですけれど。そんな柳に風な姿勢こそが。その実のところは。
大木よりも強く、倒れないのだと。そんなことを自然に教えてくれるジミーなのです。
ロスアンゼルス録音にはジェシ・エド・ディヴィスやジム・ケルトナーも参加していて。
そのレゲエ、ソウル、そしてロックまでもが自然に交わっていく様を耳にしていると。
これこそが。本当の意味でのクロス・オーヴァーな音楽かなとも思わされます。
「No Woman No Cry」のカヴァーの開かれた感じ。その飄々として、徒然な様に。
同じメッセージでも。伝え方は一つではないのだと。当たり前の事に改めて気づかされもするのです。

何だ。
かんだと。
思う以上に。
煽られ気味の。
そんな日々の中で。

ふっと。
目に飛び込んだかの様に。
忙中閑ありと。
その間隙に。
ふっと流れ来る。

あんな思い。
こんな思い。
胸の底で。
頭の奥で。
さ迷い始める。

つかずとも。
離れずに。
思いが回っては。
また帰ってくる。
その背をフラフラと。

徒然なるままに。
時を。
夜を。
ただ。
過ごしている。

こんな時間が。
こんな一夜が。
心が滅すのを妨げて。
いつかの。
いつの夜かの。可能性を再生する。

いま。
この時は。
誰かのことは。
忘れてしまおう。
思いの外に置いておこう。

いま。
この時は。
誰かのことも。
忘れてしまおう。
思いの外に置いていこう。

ただ。
凪の中で。
胸の内を。
頭の中を。
その思いを、その後を。

ただ。
目の中で。
胸の底の。
頭の奥の。
その思いの、その背を。

そうして。
ただ。
徒然なるままに。
時を。
日を過ごしてしまおう。

そうして。
ただ。
徒然なるままに。
時を。
夜を過ごしてしまおう。

心を亡くさずに。
心を滅ぼさずに。
いつかの。
いつかの日、いつかの夜の。
可能性に賭けるために。

徒然なるままに。



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2018/09/07 Fri *根っ子 / The Mighty Diamonds

20180907therootsisthere


根っ子。
そいつが。
何で。
何処にあるか。
それさえ。

そのことさえ。
忘れなければ。
感じることが出来れば。
たいがいの日は。
どんな日でも。

なんとか。
やれる。
やり過ごせる。
そして。
なんとか、かんとか。

跳ねてでも。
転がってでも。
這い蹲ってでも。
次へと。
明日へと。

進める。
辿り着ける。
まぁ。
そいつの繰り返しで。
ここまで来たのさ。

だから。
根っ子。
そいつだけは。
心の片隅でもいい。
常に感じていたいのだ。

『The Roots Is There』'82年リリース。
ジャマイカのヴォーカル・トリオ、マイティ・ダイアモンズ。
その9枚目くらいのアルバムかな。ダヴも含めるともう少し増えるかと。
何か。このアルバム。リリースの背景が複雑と言うか。戦略的なものなのか。
どうやら別々のレコード会社から、同タイトルで二種類リリースされたみたいで。
収録されているナンバーも半数近く異なれば、曲順もまるっきり異なっていると。
恐らくはジャマイカ向けと、それ以外で売り方を変えてきたのだろうなと。
それで。今回載せているのがどうやら、それ以外向けのアルバムだと思われます。
残念ながら。ジャマイカ向けは聴いたことが無いので。何とも言い難いのですが。
選曲的には。かなりマイルドなナンバーを多く収録しているらしいです。
爽やかなコーラス、ハーモニーが魅力のマイティ・ダイアモンズ。それもありかなと。
あのレゲエのリズム、ビートに乗った三人の歌声は実に心地良いものがあるのです。
愛を謳い上げる一方、激しいラスタファリズムの主張も歌っているマイティ・ダイアモンズ。
コアな?レゲエ・ファンがこちらのアルバムを評価しない一番の理由。
それは間違いなく、あの「Ebony And Ivory」のカヴァーが収録されていることだろうと。
確かに。流石にこれは甘さに過ぎると言うか。流石にこれは無いかなとも思いますが。
まぁ、元々が大したナンバーでも無いので。魔が差したのだと言うことで勘弁してあげても。
「The Roots Is There」などでは、まさしくルーツなレゲエを聴かせてくれているので。
この頃、結成以来十数年を経ても。そのルーツ、その根っ子を忘れてはいなかったのだと。
その足下の確かさ、立ち返るべき場所を見失っていないこと。そこが強みであり。
だから息の長い活動を続けられたのだろうなと思いもするのです。
何をやろうと、何が起きようと、何処へ行こうと。忘れずに感じられるものがある。それが大切なことなのです。

根っ子。
そいつが。
如何に。
大切であるか。
それさえ。

そのことさえ。
覚えておけば。
呼び起こすことが出来れば。
たいがいの事は。
どんな事でも。

なんとか。
出来る。
してみせる。
そして。
なんとか、かんとか。

拳を握りしめて。
唇を噛み締めて。
目を真っ赤にしながらも。
先へと。
明日へと。

行ける。
扉を開けられる。
そう。
そいつを繰り返しながら。
ここまで来たのさ。

だから。
根っ子。
そいつだけは。
心の奥底でもいい。
常に触れていたいのだ。

ちょっと。
調子に乗って。
策を弄したら。
策に溺れてしまった。
そんな日もある。

よしと。
気合を入れたら。
肩透かしを食らって。
腰が砕けそうになった。
そんな日もある。

まさかの。
悲しい知らせに。
思わず涙が溢れそうになって。
グラスを傾けて誤魔化した。
そんな日もある。

そんな日が。
そんな事が。
あっても。
重なっても。
それでも、まだ。

なんとか。
やれる。
出来る。
してみせる。
とにもかくにも。
どうしても、こうしても。

次へと。
明日へと。
先へと。
明日へと。
扉を蹴破る。

だから。
根っ子。
そいつだけは。
心の片隅に、奥底に。
常に感じて、触れていたいのだ。

それが例え、甘さに過ぎたとしてもね。



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2018/09/06 Thu *昇らせるのは / Third World

20180906thirdworld


沈んでも。
それで終わりではない。
再び。
そして、何度でも。
昇るだろう。

ただ。
そう、恐らくは。
再び。
昇らせるのは。
それが出来るのは。

他の誰でもない。
自分達。
それ以外には。
ありはしない。
そんなところ。

勿論。
一人じゃない。
共にある。
共にあろうとする。
そんな人達。

その。
思いが。
寄り添って。
集まって。
漲り始める。

そんな。
熱い力みたいなもの。
それが。
それだけが。
再び、昇らせるのだろう。

『Third World』'76年リリース。
サード・ワールドのメジャーからのアルバム。
このアルバム以前にジャマイカでは数枚のシングルをリリースしていて。
その後、ボブ・マーリー&ウェイラーズのワールド・ツアーに際して。
その中の英国ツアーでオープニング・アクトを務めることとなって。
その際にアイランド・レコードに見初められてこのアルバムの制作に至ったのだとか。
さて。以前に他のアルバムを載せた際にも書きましたが。いつの頃からか。
その姿勢も、サウンドも随分と柔軟・・・軟弱になってしまって。
結果として商業的な成功を得たのとは裏腹に評価を下げてしまったサード・ワールド。
自分も、サード・ワールドに興味を失ってしまってから随分と長い時間が経つのですが。
少なくとも。このアルバムを含む初期のサード・ワールドの骨太な姿勢、そしてサウンド。
そこには灼熱の太陽、そして陽気な海風の如き魅力があったなと思っています。
既にこの頃からポップに過ぎる。ソウルに接近し過ぎとの批評もある様ですが。
それを言ったら。ボブだって。十分にポップだし。ロックに接近していたかなと。
要は貫く姿勢とか、守る矜持はそのままに。それを伝える、広めていく過程においては。
ポップであることが、ソウルやロックに接近することが有効であればやっていいのだと。
それをやることで。より広い世界に、より多くの人にレゲエが伝わればいいかなと。
その点において。ボブのツアーに同行した。そこにサード・ワールドの道があったのだとね。
色分けすることに意味はありませんが。バーニー・ウェイラーやピーター・トッシュでなく。
ボブの側こそがサード・ワールドの立ち位置であり。そこで輝いていたのですよね。
メジャーになる前のヒット曲らしい、「Sun Won't Shine」をこのアルバムでもやっていて。
この曲におけるコーラスとか、リズムとか。その辺りの構成はファンクにも通じていて。
自らを、その信じるところを、その輝きを。それを昇らせようと言う強い意志を感じるのです。歌詞とは裏腹に・・・

陰っても。
それで終わりではない。
再び。
そして、何度でも。
輝くだろう。

ただ。
そう、恐らくは。
再び。
輝かせるのは。
それが出来るのは。

他の誰でもない。
自分達。
それ以外には。
ある筈もない。
そんなところ。

勿論。
独りじゃない。
響き合う。
響き合おうとする。
そんな人達。

その。
思いが。
積み重なって。
集って。
放ち始める。

そんな。
強い力みたいなもの。
それが。
それだけが。
再び、輝かせるのだろう。

難しいことは。
考えなくていい。
そんなに。
特別なこと。
そんなものでもない。

難しいことを。
やろうとしなくていい。
そんなに。
複雑なこと。
そんなものでもない。

ただ。
また。
未だ。
輝かせたいと。
そう願うだけ。

ただ。
また。
未だ。
昇らせたいと。
そう祈るだけ。

そんな。
願いを。
伝えて。
皆を。
寄り添わせるだけ。

そんな。
祈りを。
広めて。
皆を。
集わせるだけ。

その。
簡単で。単純な。
願いを。祈りを。
諦めないと。
誓うだけ。

再び。
輝かせるのは。
昇らせるのは。
そんな陽気でしぶとい。
自分達だけなのさ。



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2018/09/05 Wed *屈折ゆえに / 10cc

20180905deceptivebends


真っ直ぐ。
じゃないから。
なれないから。
面白い。
そんな事もある。

真正面から。
そのまま。
伝えれば。
ぶつかれば。
それが。

もしかしたら。
早いのかも。
分かりやすいのかも。
知れないが。
それはそれで。

芸がない。
面白味に欠ける。
そう思うと。
どうにも。
直球勝負。

そいつだけは。
避けてみようかと。
ちょっとした仕掛けの。
一つや二つ。
あってもいいかなと。

屈折ゆえに。
その愛着が。
そう愛が。
面白く。
そして深くなる事もある。

『Deceptive Bends』'77年リリース。
ヒプノシスによるジャケットも強い印象を残す。
そんな10CCの5枚目となるオリジナル・アルバム。
分岐点となったと言うか。言わば第二期10CCのスタートとなったアルバム。
ケヴィン・ゴドレイとロル・クレームが録音の初期に離脱して。
エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンはサポート・メンバーを迎えながら。
実質的にはエリックとグレアムの二人組として10CCを存続させる道を選んだと。
元々がポップなセンスに溢れたメロディを重視するエリックグレアム。
そしてオタク的とも言える実験的なサウンド創りを好むケヴィンとロルとでは。
嗜好も異なれば、思考回路も異なっていて。故に結成当初から溝はあった模様で。
このアルバムの録音の緒についた途端に。お互いの持ち寄ったデモを非難し合って。
その溝は決定的になって。ケヴィンとロルはスタジオを後にしてしまったと。
嗅ぎつけたマスコミから10CCが5CCになったと揶揄されたこともあって。
エリックとグレアムはかなりの危機感と意欲をもって録音、制作に臨んだ様で。
1stシングルとなった「The Things We Do for Love」とこのアルバムの大ヒットに。
胸を撫で下ろして。大いに留飲を下げたのだとか。まぁ、意地ってやつですかね。
さて。一般的に第二期10CCは実験的な側面が無くなって。ただのポップ・グループにと。
そんな評価が大勢を占める様ですが。ところが、これがなかなかの曲者で。
ポップなセンスに秀でていて。そしてそれを生かす仕掛け作りに優れているとは言え。
それを明らかな売れ線狙いと思われる様な安い使い方をしないことにかけての矜持。
そんなものを守り続けることに関しても拘りが強かったと思われるエリックとグレアム。
メロディアスでありながら、少し屈折したユーモアとウィットが忍ばされていたりもして。
アルバム・タイトル(欺瞞の屈折みたいな意)も含め、その引っ掛かりゆえの10CCだと思わされます。
何せ。バンド名の由来が由来ですからね。一筋縄ではいかないのです。まぁ、その由来はロック伝説かな・・・

真っ正直。
じゃないから。
なれないから。
楽しい。
そんな事もある。

正攻法で。
そのまま。
表せば。
立ち向かえば。
それが。

もしかしたら。
た易いのかも。
効き目があるのかも。
知れないが。
それはそれで。

味がない。
諧謔味に欠ける。
そう思うと。
どうにも。
正面突破。

そいつだけは。
冒さないでおこうかと。
ちょっとした策や術の。
一つや二つ。
なきゃ駄目だろうと。

屈折ゆえに。
その愛情が。
そう愛が。
楽しく。
そして激しくなる事もある。

些かも。
曲がっていない。
そんなものに。
何の。
面白味があるものか。

寸分の。
陰りもない。
そんなものに。
何の。
楽しさがあるものか。

どこか。
何か。
曲がっている。
だから。
面白くもなると言う事。

どことなく。
何となく。
陰りがある。
だから。
楽しくもなると言う事。

早さだけを。
分かりやすさだけを。
それだけを。
求める。
そんな愚は避けよう。

た易さを。
効き目だけを。
それだけを。
追う。
そんな味気無さは御免だ。

その愛着も。
その愛情も。
その愛も。
輝きを増すのは。
その屈折ゆえに。そんな事もある・・・



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2018/09/04 Tue *ダンスは / The Rolling Stones

20180904emotionalrescue


ダンスは。
上手く踊れない。
踊りたくもない。
そうさ。
だから、このまま。

一人。
外れて。
喧噪を。
見送りたい。
それがいい。

何処へ。
向かうのか。
行くのか。
知らないが。
知りたくもないが。

声を。
掛けないでくれ。
腕を。
取らないでくれ。
このままでいい。

穴の中に。
隠れ家に。
身を潜めた。
あてやこれやと。
思いを巡らせながら。

独りの。
狭い世界の中で。
狂騒の。
その行方を。
見るとはなしに、見送れればいい。

『Emotional Rescue』'80年リリース。
当時はイモレスとも揶揄されたりもしていながらも。
実は英国でも米国でもチャートの首位に立っているローリング・ストーンズのアルバム。
キースの例の裁判の結果を待ちながらだか、判決が出例のライヴをやるまえだかの。
要は先が見えない。もやもやとした時間の中でバハマ、パリ、ニューヨークを転々として。
その間に一説では80を超えるナンバーが録音されていたとも言われていて。
レゲエ、ニュー・ウエィヴ、ディスコ、カリブ、ブラジルと様々な要素を貪欲に吸収・・・
まぁ、もやもやとした時間の中で。当てもなく録音を繰り返していただけとも。
何せ、バンドとして出来ることなど他に無く。時間は十分にあったのですからね。
今だったら間違いなく皆、キースをほったらかして。ソロ活動しているでしょうが。
意欲的な取り組みが随所にありながらも。微妙な倦怠感がアルバム全編を覆っている。
魂の救済を歌いながら、そのダンスのステップがいま一つ弾んでいない。
そんな怠さが感じられるのも。制作、録音の背景を考えればやむを得ないと言えるのかな。
その怠さは心地よくもあるし。救って欲しかったのは演っている側だったかも。
「Let Me Go」「Where The Boys Go」「She's So Cold」と十八番のロックンロール。
そいつで攻め立てながらも。少しばかり力み過ぎて空回りしているかなとも。
常に時代の先頭で、そいつと対峙して。その自負と厭戦と。その狭間で揺れていると。
そう。ストーンズにしては珍しく内省的なアルバム。それもまた愛しいかと。
そんな中で。ストレートに響いてくるのが「Down In The Hole」や「All About You」で。
距離を置いた視線、姿勢を失わず。心情を素直に吐露する。これがやれる、やれてしまう。
どんな状況、どんな状態でも。自分達の立ち位置を違わず、自分達の思いに迷いはない。
これがあるから、それができるから。ストーンズは凡百の輩とは光年を隔てていると。
密室。隔てられ、閉じ込められ。それでも。世界を狙撃することが可能だと思わされる。他にはいないかな。

ダンスは。
上手く踊れない。
踊らされたくもない。
そうさ。
だから、このまま。

一人。
離れて。
群衆を。
見ていたい。
それがいい。

何処へ。
集って。
連れられていくのか。
知らないが。
知りたくもないが。

誘いを。
掛けないでくれ。
背中を。
押さないでくれ。
このままでいい。

穴の中で。
隠れ家で。
身を潜めて。
あてやこれやと。
思いに耽溺していく。

独りの。
狭い世界の中で。
羊達の。
その行方を。
感じるとはなしに、感じとれればいい。

ダンスは。
ふと。
身体が。
精神が。
感応した、その時に。

ダンスは。
そう。
一人で。
独りで。
湧き上がった、その時に。

ダンスは。
あぁ。
上手くなくていい。
目立たず。
誘われず。
気が向いたら、自由に。

声を掛け合い。
手を取り合い。
駆けていく。
喧噪など。
見送ってしまうのだ。

誘い合い。
背中を押し合い。
飛び込んでいく。
群衆など。
関わりたくないのだ。

その。
行き先など。
行き着く先など。
知らない。
知りたくもない。

ダンスは。
上手く踊れない。
踊りたくもない。
踊らされたくもない。
だから。このまま。

独り、穴の中・・・それがいい。



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2018/09/03 Mon *混乱、混沌 / The Kinks

20180903stateofconfusion


混乱。
混沌。
その中から。
どうやって。
脱け出すのか。

いや。
そもそもが。
混乱。
混沌。
そんな中にいなければ。

それで。
それが。
好ましいのは承知していて。
招いているつもりも。
ありはしないのだが。

どうも。
混乱。
混沌。
そいつのほうから。
会いにやって来て。

気づいたら。
すっかり取り囲まれて。
混乱。
混沌。
如何ともし難くて。

取り敢えずは。
目についた。
その方向へ。
駆け出して。
脱け出そうとは思うのだが。

『State Of Confusion』'83年リリース。
キンクスのアリスタでの5枚目となるオリジナル・アルバム。
通算では20枚目あたりに当たるのかな。米国での人気は復活した一方で。
あまりにストレートに過ぎると英国を中心とした古くからのファンには背かれてと。
そんな時にMTVの恩恵もあって。このアルバムが大ヒットして。
世界的にキンクスの認知度、人気が一気に広まったと言うのがよく知られるストーリーで。
まぁ、表向きにはそう言うところで問題ないと言うか。正しい理解で。
勿論、多少のひねくれ度合いは遺しつつ。切れ味も鋭いロックンロールを鳴り響かせる。
こんなキンクスもいいなと。やっぱりキンクスはロックンロールだよと快哉を。
そんなアルバムなのですが。制作の背景はキンクスらしく混乱、混沌としていた様で。
結果的に先行シングルとなった「Come Dancing」「Don't Forget to Dance」が共に不調で。
一旦はアルバムの制作は暗礁に乗り上げて。当てもなく欧州ツアーを開始したと。
その頃になって「Come Dancing」がMTVでヘビロテになって。全米TOP10入りして。
急遽、このアルバムをリリースしたら英国でも評判を呼んで大ヒットとなったのだとか。
「Come Dancing」「Don't Forget to Dance」もヒット・チャートを急上昇して。
あのキンクスのアルバムから二曲ものヒットが生まれて。完全に息を吹き返したと。
スカからヒントを得た「Come Dancing」ノスタルジックな「Don't Forget to Dance」とも。
当時の日本でもMTVからよく流れていて。キンクスなんて知らない層も耳にしたのでは。
その勢いのままに。一気に世界制覇を果たしていれば。今頃は、そうだなぁ。
ストーンズとかフーと肩を並べていたかもですが。改めて全米を含むツアーに出たけれど。
後半に入る頃にデイヴ・デイヴィスが脱退すると言いだして。ツアーは途中でキャンセルと。
この、波に乗りかけると何かが起きる・・・この混乱、混沌こそがキンクスの歴史なのかと。
で、結局デイヴは出戻ったものの。今度はレイ・デイヴィスが映画製作とかにのめり込んで。
結成当初からの兄弟の不仲、全米ツーでの不行状による数年間の米国への出入り禁止とか。
キンクスらしいけれど。その混乱、混沌からこのジャケットの様に駆け出し、脱け出せてと。
そうしたら。その後の歴史も変わっていたかも・・・変わらないか。あの兄弟だからな・・・

混乱。
混沌。
その渦から。
どうやって。
逃げ切るのか。

いや。
そもそもが。
混乱。
混沌。
そんな渦になど入らなければ。

それで。
それが。
尤もであるのは承知していて。
飛び込んでいるつもりも。
ありはしないのだが。

どうも。
混乱。
混沌。
そいつのほうから。
不意にやって来て。

気づいたら。
すっかり囚われの身にあって。
混乱。
混沌。
如何ともし辛くて。

取り敢えずは。
当たりをつけた。
その方向へ。
駆け出して。
逃げ切ろうとは思うのだが。

どうして。
やって来るのか。
始まるのか。
何なのか。
この混乱は。この混沌は。

どこまで。
続くのだろうか。
終わりはあるのか。
何故なのか。
この混乱に。この混沌に。

なんとか。
出会わずに。
取り囲まれずに。
済まないものだろうか。
この混乱と。この混沌と。

どうにか。
出くわさずに。
囚われずに。
済まされないものだろうか。
この混乱が。この混沌が。

何処を。
紐解いて。
何処を。
目指して。
脱け出そうか。

何処に。
目星をつけて。
何処に。
明りを見つけて。
逃げ出そうか。

そして。
どうしたら。
抑えられるのか。
止められるのか。
この混乱に。この混沌に。
踊り出したい程に、惹かれて止まない身と心を・・・



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2018/09/02 Sun *行ったり来たり / Keith Moon

20180902twosidesofthemoon


双極。
あちらと思えば。
もうこちら。
その振れ幅の大きさ。
そいつが、どうにも。

極端で。
あちらの端から。
こちらの端まで。
その余りの。
落差に。

眩暈を。
起こさないものかと。
そう思いもするが。
これが。
存外に普通で。

傍目には。
どう見えているか。
そいつは。
知らないが。
知るつもりもないが。

あちらも。
こちらも。
己が領分。
おそらくは。
それだけのこと。

行ったり来たり。
そいつは。
別に。
どうってこともない。
自然のことだと。

『Two Sides Of The Moon』'75年リリース。
ザ・フーのドラマー、キース・ムーンの初の、そして唯一のソロ・アルバム。
ロック界広し、そしてその歴史もそれなりに長くはなっても。
その奇人、変人振りにおいて他の追随を許さない、それがムーン・ザ・ルーンとも称された。
キース、その人であり。その極端な性格と行動を象徴するかのアルバム・タイトル。
名付けたのはリンゴ・スターだそうですが。それがこのアルバムを的確に言い表していると。
何せ。ザ・フーに加入した時には既に、酒と薬物の中毒に悩まされていたとかで。
それにも関わらずと言うのか、それ故にと言うのか。生み出された唯一無二のスタイル。
その破天荒なプレイ、そして奇行の数々。しかしどこか憎めない愛嬌もあって。
特に、酒飲み仲間のリンゴや、ジョン・レノン、ニルソンらからは愛されたキースです。
その人柄を慕って(?)集まってきた面々と共に、好き放題にやりたいことをやってみたと。
そんな、何とも纏まりなどは全くもってないものの、楽しさに溢れたアルバムなのです。
ジョンやニルソンが曲を提供し。リンゴを始めとして。ジェシ・エド・デイヴィスも。
そして、ジョー・ウオルッシュ、ジム・ケルトナーにクラウス・ヴーアマンときて。
ボビー・キーズ、ジョン・セバスチャン、スペンサー・デイヴィス等々と豪華な面子が参加。
まぁ、楽しくも。恐らくは収拾のつく様な状態では無かったのだろうなと。
ザ・フーでは歌唱力に問題ありとして。コーラスの録音から外されることも多かったとかで。
鬱憤晴らしか。このアルバムでは全編に渡ってその拙い歌声を嬉々として披露していて。
一方で。ドラムは二曲でしか叩いていないと言う。その自由さがキースならではだと。
大好きなビーチ・ボーイズやビートルズ。そしてザ・フーのカヴァーをやっていて。
何せ、ビーチ・ボーイズやビートルズに押し掛けで参加しようとした前科もあるキース。
それもザ・フー加入後のことで。ザ・フーに対しては常に脱退願望を抱いていてとの説も。
しかしそれでいて。ザ・フーに対する愛情もインタビューで大いに語ってもいて。
その双極で複雑なキースの性質が。選曲にも表れているのかなと感じたりもします。そして。
「In My Life」での。哀歓と言ったレベルを超えたボロボロな悲哀のこもった歌声に。
どうしてもこの僅か数年後に逝ってしまったキース、ムーニーを思うと涙が滲むのです。
愛すべき奇人変人、ムーニー。その素顔が感じ取れる愛すべき、そして哀しいアルバムでもあるのです・・・

双極。
こちらと思えば。
またあちら。
その振れ方の速さ。
そいつが、どうにも。

極端で。
こちらの端から。
あちらの端まで。
その余りの。
速度に。

悪心を。
起こさないものかと。
そう思いもするが。
これが。
存外に平気で。

傍にいたら。
いい迷惑だろうと。
そいつは。
わかるが。
だからどうしたと。

こちらも。
あちらも。
己が疆域。
おそらくは。
それだけのこと。

行ったり来たり。
そいつは。
特に。
騒ぐこともない。
自然のなりわいだと。

あちらにも。
こちらにも。
惹かれる。
そんなものがある。
理由など。
それで十分だ。

あちらでも。
こちらでも。
楽しそうな。
そんなことがある。
理由など。
他にはいらない。

あちらも。
こちらも。
隔てる。
そんなものなどありはしない。
理由など。
考えるまでもない。

あちらの端から。
こちらの端まで。
楽しめるものなら。
その落差など。
関わりはない。

こちらの端から。
あちらの端まで。
遊べるものなら。
その速度には。
拘っていたい。

悪いけれど。
傍目など。
傍らにいう者など。
気に留めている。
暇もない。

行ったり来たり。
そいつは。
己には。
どうしても必要な。
摂理にすぎないのだ。

逝ったり来たりになる迄はね・・・



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2018/08/30 Thu *言っておくれ / Joe Cocker

20180830jamaicasayyouwill


さぁ。
言葉にしておくれ。
言っておくれ。
そう。
その言葉を。

きっと。
上手くいく。
いい風が吹いてる。
未だ微かだけど。
希望の匂いがすると。

いま、何処にいて。
いま、何をしているのか。
それすら。
曖昧で。
自信など無いけれど。

でも。
この風を掴めれば。
この風に乗れれば。
たぶん。
上手くいく。見えてくる。

根拠など。
無くていい。
可能性を。
数値化などしなくていい。
そんなことじゃない。

ただ。
言葉にしておくれ。
言っておくれ。
そう。
その言葉を朗らかに。

『Jamaica Say You Will』'75年リリース。
ジョー・コッカーの5枚目となるソロ・アルバム。
そのキャリアから考えると少なくも思えたりしますが。
まぁ、この人も色々あると言うか。色々と起きちゃう人なので。
もう既にこの頃は拠点を米国に移して数年は立っていた頃かと思われて。
すっかりスワンプの、その湿地帯にズブズブと嵌っていて。
また、あのジョーのしわがれた歌声は。そう言った米国南部風味にぴったりで。
これほどマッチしているなら。もっと商業的に成功していても不思議はないのだけれど。
あまりにも。激情的に、暑苦しさに過ぎると言うことなのかな。そこが魅力なのだけど。
録音はロスで行われていて。バックは二組の異なる編成が務めていて。
英国以来のつきあい。クリス・ステイトン率いるグリース・バンド中心の面子と。
コーネル・デュプリー、バーナード・パーディーら名うてのソウル系の面子と。
後者が次のアルバムへの流れとなるのですが。前者の英国スワンプ風味もなかなかで。
まぁ、ボビー・キーズも参加していれば。プロデュースがジム・プライスですからね。
あの、'70年代前半のストーンズを支えたホーンズなわけで。悪くはないなと。
ジョーと言う人は。ロッド・スチュワートと同じで。カヴァーの名手だと思うのですが。
それだけに。その歌声だけで勝負できるか否かの選曲が重要になるのですが。
このアルバムでもジェシ・エド・デイヴィスの「Where Am I Now」とか。
ジャクソン・ブラウンの「Jamaica Say You Will」とかいい線をついてきています。
なんで、ジェシを録音に参加させなかったのかと、そんな恨み言も言いたくはなりますが。
兎に角。ジョーにかかると。いずれのナンバーも。濃縮されたソウル・バラードとなって。
その渋く、苦み走った。そして豊潤な味わいに酔いしれるしかないのは流石だなと。
因みに。ジャマイカと言うのはあの国ではなくて、女性の名前だそうで。あの国を意識はしていたかもですが。

さぁ。
言葉にしておくれ。
言っておくれ。
そう。
あの言葉を。

きっと。
上手くいく。
いい波が来ている。
未だ穏やかだけど。
再生のの香りがすると。

いまが、何処であって。
いまが、何をする時なのか。
それすら。
漠然と。
確信など無いけれど。

でも。
この波を捕らえられれば。
この波を乗りこなせれば。
たぶん。
上手くいく。開けてくる。

確証など。
無くていい。
予見性を。
数値化などしなくていい。
そんなことじゃない。

ただ。
言葉にしておくれ。
言っておくれ。
そう。
その言葉を力強く。

何処からかやってきて。
何故かここにいて。
その理由など。
未だにわかりはしない。
この先もわからないだろう。

何処からか流れてきて。
何故かここに止まって。
その理屈など。
はなからわかりはしない。
この先もわからないだろう。

ただ。
未だ微かだけど。
希望の匂いがする。
この風を掴めれば。
この風に乗れれば。

ただ。
未だ穏やかだけど。
再生の香りが
この波を捕らえられれば。
この波を乗りこなせれば。

きっとと。
たぶん。
上手くいく。
見えてくる。
開けてくる。

そいつに賭けるには。
根拠など。
無くていい。
可能性なんか。
見えなくていい。

そいつに生きるには。
確証など。
無くていい。
予見性なんか。
見えてこなくていい。

朗らかに。
力強く。
その言葉を。
言っておくれ。
そう。大丈夫だよ、上手くいくよと。それだけさ。



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