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2018年11月

2018/11/29 Thu *何処へ、何処を / Aswad

20181129aswad


何処へ。
向かって。
歩んでいるのか。
そいつを。
わかっているのか。

そいつを。
わかっていれば。
始まりがどうであれ。
歩み方がどうであれ。
大した話ではありはしない。

向かう先が。
己の信じる処だと。
胸を張れるのなら。
それでいい。
そのままでいい。

顔を上げ。
前を向いて。
冠を戴き。
旗を掲げて。
歩んでいけばいい。

誹謗。
中傷。
そんなものには。
耳も貸さずに。
ただ信じるままに。

その揺るぎのない。
歩みの先にこそ。
求める処がある。
ただ、そこを目指して。
歩んでいけばいい。

「Aswad」'76年リリース。
ブリティシュ・レゲエ・グループ、アスワド。
その記念すべき1stアルバムであり、代表作でもあります。
ジャケットに描かれた、アスワドを象徴するジャー・ライオン。
ラスタ・カラーの王冠を戴き、旗を掲げて歩みを進める。
その向かう処、目指す処はどこだったのか。「Back To Africa」なるナンバーもあり。
英国、そしてジャマイカから遠く離れたアフリカだったのかなと。
ジャマイカからの移民や、その子供達が英国で生きていくのには相当な苦難があったと。
そんな社会で生まれ、そんな社会を背景として。鋭いメッセージを発する。
例え、緩やかなリズム、ビートに乗せて愛を歌いながらでも。その背景を忘れはしない。
そんな骨太なところが。初期のアスワドの魅力であり、それは今も色褪せていないかな。
また、この時期に。そう、ボブ・マーリーが世界的に広く認知された少し後に。
英国で、ここまで本格的なルーツ・レゲエを歌い、奏でるバンドが登場してきたところ。
そこに、ブリティッシュ・レゲエの枠を越えたアスワドの存在の大きさもあったかなと。
ギターの音色とか、ブルース・ハープや、フルートが使用されているナンバーの存在とか。
ジャマイカ産とは異なる、ブリティッシュ・レゲエらしさをそこかしこに感じさせながら。
その背骨はしっかりとしたルーツ・レゲエであるところ。そこにアスワドのみならず。
後に続いた、ブリティッシュ・レゲエ・バンドの向かう処、目指す処が示されていたと。
1stアルバムで。それを可能にしたのはアスワドのメンバーの確かな技量故なのですが。
ただ。スタジオ・ミュージシャンとしても高く評価されたその技量が後には仇ともなって。
器用に過ぎたのか。どんどんと音楽性が広くなって。終にはレゲエとも呼べなくなって。
それに合わせて。ジャー・ライオンも姿を消してしまって・・・
向かう処、目指す処。そいつを道半ばで見失ってしまったかの様に思えるのが残念かな。

何処を。
目指して。
歩んでいるのか。
そいつが。
見えているのか。

そいつが。
見えていれば。
出自がどうとか。
表現がどうとか。
大した意味などありはしない。

向かう先が。
己に誇れる処だと。
胸に刻めているのなら。
それがいい。
そのままでいい。

風に向かい。
脇目を振らずに。
冠を正し。
旗を握り締めて。
歩き続けていけばいい。

障害。
妨害。
そんなものには。
目もくれずに。
ただ思いのままに。

その揺らぐことのない。
歩みの先にこそ。
望む処がある。
ただ、そこへ向かって。
歩き続けていけばいい。

そうだ。
あの日、あの時。
何を感じて。
何を信じて。
歩き始めたのか。

そうだ。
あの日、あの時。
何を感じて。
何を思って。
歩くことを選んだのか。

それが。
変わらないのであれば。
そこに。
揺らぎがないのであれば。
そのままに。

その冠を戴き。
その旗を掲げて。
その姿で。
その心で。
歩き続ければいい。

誹謗も。中傷も。
障害も。妨害も。
なにものをも。
ものともせずに。
歩き続ければいい。

始まりがどうであれ。
歩き方がどうであれ。
出自がどうであれ。
表現がどうであれ。
そんなことは関係ない。

胸を張り。
信じるままに。
胸に刻み込み。
思いのままに。
歩き続けるだけのこと。

何処へ、何処を。そいつが確かなら。



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2018/11/28 Wed *花も実も / Black Uhuru

20181128sinsemilla


花は咲かず。
実もつけず。
何も残りはしない。
そうだとしても。
何も変わりはしない。

その為に。
何かを躊躇うとか。
何かを止めるとか。
それこそ。
本末転倒になってしまう。

いま、この瞬間。
それだけが総てだと。
その刺激を求めて。
それだけに生きている。
そんなところ。

それ以外に。
何もない。
瞬間を、熱く、激しく。
燃え立たせられれば。
それでいい。

そこに。
生の実感が有れば。
それを感じられれば。
そこにこそ。
求めた意味がある。

結果。
燃え尽きて。
花も実も。何もかも。
無くなったとしても。
望むところ。そんなところ。

『Sinsemilla』'80年リリース。
ブラック・ウフルーのワールドワイドでの1stアルバム。
その活動歴は長いブラック・ウフルー。メンバー・チェンジを重ねて。
オリジナル・メンバーのガース・デニスに、マイケル・ローズ、ピューマ・ジョーンズと。
黄金期のメンバー三人が揃って。あのスライ&ロビーとがっぷり組んでと。
そして。ボブ・マーリーに続くスターを探していたアイランドとの契約を獲得して。
このアルバムからブラック・ウフルーの快進撃が幕を開けたのでした。
おそらく、スライ&ロビーの存在を意識したのはこのアルバムだったかも知れなくて。
その強靭にうねるリズムのグルーヴが何とも言えなくて。シンセドラムなどと言うのも。
こいつで初めて耳にしたのかな。そんな強力なリズム・セクションにも支えられて。
マイケルのヴォーカル、ガースとピューマのコーラスが自在に歌い、跳ねる様。
その時に剃刀の様に鋭く、時に鉈の様に厚く。迫ってくる様が何とも心地良いのですよね。
シンプルでストレート。逞しい生命力が剥き出しになった。その自然で激しい刺激。
アルバム・タイトルの様に、即効性のある種の無い強力なガンジャの如しなのです。
存外に素朴なのですけどね。それが故に、その拘りの強さも生々しく感じられて。
レベル・ミュージックに、ルーツ・レゲエに殉じるのだとの覚悟の様なものまでもあるかと。
やがてボブが亡くなって。その後継者として欧米でも人気を博していくブラック・ウフルー。
ローリング・ストーンズのオープニング・アクトも務めるなど。八面六臂の大活躍。
しかし、ジャマイカを離れている間に。ジャマイカではダンスホール・レゲエが主流となり。
皮肉にも。その躍進故に、レゲエ・シーンの潮流の中では傍系へと追いやられ。
特に、ジャマイカでは花も実も咲かせたとは言い難くなっていってしまうのですが。
その、レベル・ミュージックとしてのルーツ・レゲエの拘りと愛情は潔かったなと。
その最初の宣言であったとも言える。このアルバムには今でも、震える思いがするのです。

花は咲かなくても
実もつけなくても。
何も残りはしなくても。
そうだとしても。
何の悔いもありはしない。

その為に。
何かに日よるとか。
何かを諦めるとか。
それこそ。
冠履転倒になってしまう。

いま、この瞬間。
それだけが真実だと。
その刺衝を求めて。
それだけで生きている。
そんなところ。

それ以外に。
何もない。
瞬間を、昂り、沸かし。
踊り狂えれば。
それでいい。

そこに。
生の体感が有れば。
それを抱き締められれば。
そこにこそ。
求めた価値がある。

結果。
枯れ果てて。
花も実も。何もかも。
消え去ったとしても。
望んだところ。そんなところ。

何かを咲かせたくて。
何かを実らせたくて。
それだけに。
いまを、過ごしている。
そんな筈もない。

何かを誇りたくて。
何かを残したくて。
それだけで。
いまを、送っている。
そんな筈もない。

先のことなど。
それこそ。
明日のことさえも。
わかりはしない。
だから、いまを。
その瞬間を、それだけを。

思い、感じ。
抱き締めて。
熱く、激しく。
昂り、沸かして。
生きている。

燃え立たせられれば。
躍り狂えれば。
そこにこそ。
求めるものが。
あるだけのこと。

生の実感が。
生の体感が。
いま、この瞬間に。
この手に、この身に。
この心にあればそれでいい。

刺激。
刺衝。
それだけが総てだと。
それだけが真実だと。
そのままに弾んでいる。
花も実もなく。しかし。それが明日を呼び寄せる。



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2018/11/27 Tue *地下にて / Linton Kwesi Johnson

20181127bassculture


楽しくて。
心地よくて。
そんな時間の。
後だからこそ。
一息ついたら。

下りて。
落ち着いて。
己の根幹。
そんなものと。
向き合ってみる。

そうさ。
何が大切で。
何を守りたくて。
こうしているのか。
そいつを今一度。

己の胸に。
問いかけてみる。
大切に出来ているのか。
守れているのか。
どうなのかと。

別に。
そいつが。
曖昧なままでも。
生きてはいける。
困りはしないだろう。

だが。
それだけでは無いのだ。
忘れてはならない。
そんな思いがあるのだと。
地下にて。今一度、思案してみる。

『Bass Culture』'80年リリース。
リントン・クウェシ・ジョンソンの(恐らく)3枚目となるアルバム。
ダブ・ポエットの始祖として知られるジョンソン。
予め書き上げた詩を、専属のバンドのサウンドに合わせて朗読するスタイル。
それがダブ・ポエットとの一応の定義なのかな。なので、ジョンソンは歌手ではなくて。
詩人と言うことで。実際に数多くの詩集も出版されています。
ジャマイカで生まれて。十代で英国に移住して。過酷な人種差別に苦しめられた経験から。
政治活動も始めて、文学は政治的活動で、詞は文化的武器と公言していて。
人種差別を始めとする、様々な社会的問題や政治的問題を激しく告発し、糾弾する。
そんな詩を、バンドのサウンドに合わせて朗読、語っているのです。
プロデュースも務め、ベースも弾いているデニス・ボーヴェルがバンド・マスターなのかな。
そのデニスを中心とした、その名もダブ・バンドの奏でる存外に聴き易くもあるサウンド。
それに合わせて朗読するジョンソン。当時としてはかなり斬新なスタイルだったのかな。
ただ、言われる程に語っている感じはなくて。十分にグルーヴしているなと。
そう、リズムとビートに乗って。言葉が奏でられている、音楽になっているのですよね。
そこらの感覚、センスが。ただぶつぶつ言っているラップ、がなり立てているヒップホップ。
そんな退屈で、薄っぺらなものとは明らかに一線を画していて、天と地の差があるかなと。
そして、そこにはジョンソンの根幹、根底にある決して折れない強い思いが作用していると。
どうしても、伝えたい、伝えなければならない思い。それが詩を、歌にもしているのです。
辛酸を舐めたジョンソン、そして同胞の胸の奥にあるベース、ルーツ。
ジャケットが象徴する様に、時には地下に潜み、活動を続けざるを得なかったもの。
残念ながら言葉の壁があり、深く理解はできないのですが。ある種の共感を抱きはして。
それは。そう誰にでもある。己の根幹、根底にある思い。その決意や矜持を思い起こさせるからかなと・・・

優しくて。
心、やすらぐ。
そんな時間の。
後だからこそ。
そのままにせず。

下りて。
静かに静めて。
己の根底。
そんなものに。
目を凝らしてみる。

そうさ。
何が愛しくてで。
何は譲れなくて。
こうしてきたのか。
そいつを今一度。

己の胸に。
語りかけてみる。
愛しさを感じているのか。
譲ってはいないか。
どうなのかと。

別に。
そいつが。
ぼやけたままでも。
生きてはいける。
問題はないだろう。

だが。
それだけでは済まないのだ。
忘れることなどありはしない。
そんな思いもあるのだと。
地下にて。今一度、思索してみる。
何故。
こうしている。
こうしてきた。
そこには。
何ものかがあったのだ。

何故。
大切で。
守りたいのか。
明確なものが。
確かにここにあるのだ。

何故。
愛しくて。
譲れないのか。
くっきりとしたものが。
確かにここにあるのだ。

あの。
楽しさも。
心地よさも。
その存在、故なのだ。
その思いがあってこそ。

あの。
優しさも。
安らぎも。
その存在、故なのだ。
その思いがあってこそ。

己の胸の奥の。
己の胸の柔らかいところの。
そこに確かに存在する。
根幹、根底。
そいつに突き動かされているのだ。

そいつは。
そいつだけは。
裏切ってはならないと。
忘れてはならないと。
地下にて。今一度、刻み込む。



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2018/11/22 Thu *浪漫に / Michelle Phillips

20181122victimofromance


浪漫に。
囚われて。
逃れられずに。
そのままに。
過ごしている。

そいつが。
何かを、総てを。
おかしくしている。
例え、そうだとしても。
どうしようがある。

この浪漫に。
身も心も捧げると。
あの日、あの時。
あの瞬間に。
決めてしまったのだから。

あの笑顔に。
あの佇まいに。
浪漫を抱いて。
それだけに。
過ごしていくのだと。

だから。
浪漫に過ぎるのは。
百も承知で、こうしている。
その結果など。
総て、受け入れる。

そうさ。
独り善がりの。
勝手な妄想の果ての。
そんな浪漫に。
死ねるのなら、それでもいい。

『Victim Of Romance』'77年リリース。
ミシェル・フィリップスの初めての、そして唯一のソロ・アルバム。
あのママス&パパスのママの一人だったミシェル。
ママス&パパスの解散後は女優としての活動がメインとなっていましたが。
この前年くらいから何枚かのシングルをリリース。そしてこのアルバムへと。
まぁ、ママス&パパスの女性ヴォーカルと言えばキャス・エリオット、ママ・キャスだと。
その迫力と貫禄に溢れた歌声の影に、まるで二人の体格を象徴する様に隠れていたかなと。
そう。歌声よりも。そのルックスとプロポーション。特にその美脚で印象を残していて。
恐らくは、そこら辺りはミシェル自身も自覚があって女優を選択したのかな。
それでも。あの「California Dreamin'」の作者でもあったミシェル。再び音楽の世界にと。
それを助けたのがこのアルバムのプロデュースを手掛けたジャック・ニッチェで。
その手腕によって。ミシェルの小悪魔的な甘い歌声の魅力が見事に引き出されています。
どこか甘酸っぱい懐かしさを感じさせる、そのサウンド、その雰囲気。
その中で、甘く、艶やかに、誘う様に、囁きかける様なミシェルの歌声に引き寄せられます。
けして。上手くも、力強くもないのに。その誘引力・・・誘因力の強いことと言ったら。
まさに。アルバム・タイトルのままに。浪漫を掻き立てられ、その虜になってしまうのです。
オリジナルと共に、ビー・ジーズ、そしてホリーズ(ドリス・トロイ)のカヴァーも。
その空気と言うか、味わいと言うか。ミシェルの歌声に見事にマッチしています。
恋多き女性として、数多の浮名を流したミシェルですが、その性質が声質に表れている。
そんな気もしてきます。その歌声は何とも、反則・・・犯罪にすら近いかなとか・・・
ほんの数日間ですが。あのデニス・ホッパーとも結婚していたミシェルですからね。その浪漫に。
男達は誘われ、魅せられ、囚われ、溺れて。虜に、生贄になってもいいと思うのです。馬鹿ですねぇ(笑)。

浪漫に。
溺れて。
逃れようともせず。
そのままに。
送っている。

そいつが。
何かを、総てを。
駄目にしている。
例え、そうだとしても。
どうしようもありはしない。

この浪漫に。
総てを捧げると。
あの日、あの時。
あの瞬間に。
誓ってしまったのだから。

あの声に。
あの振舞いに。
浪漫を抱いて。
それだけに。
送っていくのだと。

だから。
浪漫に過ぎるのは。
覚悟の上で、こうしている。
その帰結など。
総て、受け止める。

そうさ。
思い違いの。
勝手な思い込みの果ての。
そんな浪漫に。
逝けるのなら、それでもいい。

そもそも。
過ぎる浪漫に。
勝るものなど。
この世の中に。
ありはしないだろう。

どうにも。
この浪漫に。
打ち勝つものなど。
このかた。
出逢ったこともない。

退屈な暇潰し。
緩慢な自死。
そんな過ごし方。
そんな送り方。
それしか出来ない。

そんな時間を。
そんな日々を。
少しでも彩ってくれるなら。
少しでも潤してくれるなら。
それだけでいい。

そう思えるなら。
そう思い込めるなら。
何かを、総てを。
失ったとしても。
それだけでいい。

喜んで。
囚われて。
溺れて。
そのままに。
堕ちていければそれでいい。

独り善がりの。
思い違いの。
勝手な妄想の果ての。
勝手な思い込みの果ての。
浪漫に生きると決めている。



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2018/11/21 Wed *集いし者は / Delaney & Bonnie

20181121home


そこに。
その場所に。
集いし者は。
それが。
誰であろうと。

上下もなければ。
分け隔てもない。
ただ。
グラスを傾け。
音楽に身を任せ。

男であろうと。
女であろうと。
そうでなかろうと。
誰も。
気に留めもしない。

一人であろうと。
二人であろうと。
そうでなかろうと。
何の。
変りもありはしない。

ただ。
その空気が。
それが漂わせる。
何ものかに。
惹かれてしまう。

それだけで。
言葉を重ねなくても。
集いし者は。
共にあり。響き合う。
そんな場所。

『Home』'69年リリース。
デラニー&ボニーの2枚目となるアルバム。
その実。エレクトラからリリースされた1枚目の『Accept No Substitute』よりも先に。
スタックスにてこのアルバムを録音、制作されながらも。一度はお蔵入りとなって。
『Accept No Substitute』の成功後に、改めてリリースされることとなったのでした。
スタックスと言うのは。例えばハウス・バンドであるブッカー・T&MGズが象徴する様に。
当時としては珍しく、人種間の壁も低く、分け隔てなく自由な空気があったのですが。
公民権運動の激化や、キング牧師の暗殺等。時代の流れがそれを許さなくなってきてと。
その最中にヒットしたのが「It's Been a Long Time Coming」と言うナンバーで。
そのエモーショナルな歌声は、ラジオ局のDJ、そして聴衆にも黒人が歌っていると。
そう信じられていたと。そして開催されたライヴに現れたのが白人のデュオであったと。
そう、デラニー&ボニーが歌っていたのでした。白人だと分かって。微妙な空気が流れて。
ラジオ局はオン・エアを止めて。スタックス社内でも意見が割れて、発売中止に。
そしてデラニー&ボニーはスタックスを離れざるを得なくなってしまったと。
何とも悲しい話ですが。それが当時の(今も変わらない・・・)米国の現実であったと。
さて。その「It's Been a Long Time Coming」をA面の1曲目に収めたこのアルバム。
ブッカー・T&MGズや、アイザック・ヘイズ、そしてメンフィス・ホーンズ等。
その手練れ達の奏でるサウンドは、そうオーティス・レディングやサム&デイヴのアルバム。
それらと変わることはなく。そしてデラニーとボニーの歌声もまた実にソウルフルで。
如何にデラニーとボニーが、ソウルを消化吸収し、自らの血肉としていたかと思わされます。
特に、あのアイケッツ初の白人メンバーであったボニーの歌声はまさにソウルそのもので。
ジャンルとか、カテゴリーとか。そもそも人種とか。そんなものに意味などないのだと。
そいつを嫌と言う程に体感させてくれるのです。それだけのものがあるのです。だからこそ。
人種を越えて、才能が集っていたスタックスの失われた自由な空気が惜しまれてならないのです。

ここに。
この場所に。
集いし者は。
それが。
誰であろうと。

貴賤もなければ。
分け隔てもない。
ただ。
グラスを重ね。
音楽に心も任せ。

年嵩であろうと。
若輩であろうと。
年齢不詳であろうと。
誰も。
気に掛けもしない。

馴染みであろうと。
初めてであろうと。
その間であろうと。
何の。
違いもありはしない。

ただ。
その空気が。
それが感じさせる。
何ものかに。
魅せられてしまう。

それだけで。
言葉を尽くさなくても。
集いし者は。
共にあり。受け容れる。
そんな場所。

集いし者は。
ただ。
そこに惹かれ。
そこにある。
それだけのこと。

集いし者は。
ただ。
そこに魅せられ。
ここにいる。
それだけのこと。

性別も。
年齢も。
何ものも。
分け隔てる。
壁にはなりはしない。

何かによる。
何かを言い訳にした。
上下もなければ。
貴賤もなければ。
何の差別もない。

その空気が。
その場所が。
好きなだけ。
それだけでいい。
そんな場所。

この空気が。
この場所が。
愛しいだけ。
それだけで許される。
そんな場所。

集いし者は。
ただ。
共にあり。響き合う。
共にあり。受け容れる。
それがいい・・・



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2018/11/20 Tue *収容所 / Kathi McDonald

20181120insaneasylum


歪んでいようが。
曲がっていようが。
否、だからこそ。
収まる場所。
そんなものが必要なのだ。

恐らくは。
好んで。
歪んだわけでも。
曲がったわけでも。
ありはしない。

それどころか。
そもそも。
果して、本当に。
歪んでいるのか。
曲がっているのか。

そいつは。
自分には。
分かりはしない。
否、恐らくは。
誰にも分かりはしないのだ。

でも。
世間とやらとは。
少しばかり。
相性が悪くて。
どうやらはみ出している。

そんな。
心にも。心にこそ。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ。

『Insane Asylum』'74年リリース。
キャシー・マクドナルドの初めてのソロ・アルバム。
当時の邦題は『精神病棟』だったのかな。今だったらどうなのだろう。
まぁ、当時の和訳としては間違いではないのですけれどね。
バック・シンガー、セッション・シンガーとして豊富なキャリアを誇るキャシー。
マッド・ドッグス&イングリッシュメンの一員でもあったし、デラニー&ボニーとか。
フレディ・キングのアルバムにも参加していて。そしてストーンズとも縁があって。
『Exile On Main St.』での「All Down The Line」でのシャウトは強烈な印象があります。
ジャニス・ジョプリンの後任としてビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーも参加。
それだけの魅力的で、迫力のある歌声の持ち主だったのですよね。
デビューのきっかけが面白くて。アイク&ティナ・ターナーのライヴを最前列で観ていて。
歌詞をど忘れしたティナの代わりに客席から歌っていてアイクに見初められたのだとか。
アイケッツに誘われたものの。既にメンバーだった友達の仕事を奪いたくないと辞退して。
バック・シンガー、セッション・シンガーして活動を開始して。たちまち売れっ子に。
業界で如何に評価が高かったかは、ニルス・ロフグレンやらロニー・モントローズらが参加。
ノン・クレジットですが、ポインター・シスターズにタタワー・オブ・パワーもとね。
更にはニール・ヤングがバッファロー・スプリングフィールド時代の未発表曲を提供し。
スライ・ストーンもノン・クレジットで参加してキャシーと掛け合いで歌声を披露していて。
如何にキャシーが、その歌声が評価され、愛されていたかが感じられます。
その歩みから。どしてもジャニスと比較されてしまうキャシーではありますが。
ジャニスよりも、そうだな。よりストレートで、そして高音の伸びに個性があるかなと。
勿論、そのシャウトは迫力十分で。聴く者を惹きつけて止まないだけの魅力に溢れています。
それだけに。例えば。致し方なかったのでしょうが。件のバンドには参加しなくてもねと。
このアルバムでも「To Love Somebody」をカヴァーしていますが。それもどうかと。
比される、似ている。それは武器にもなりますが。折角の個性を目立たなくもするわけで。
スライを圧倒している「Insane Asylum」でのファンキーで、タフで、ドスの効いた歌声。
それをもっと押し出せていたらなと。人と、誰かと異なっていても構わないのですから。
それ故に、素晴らしいのだし。受け容れてくれる、収めてくれる場所は、誰にでもあると思うのですけどね。

尖がっていようが。
捻くれていようが。
否、だからこそ。
収まる場所。
そんなものは必要なのだ。

誰だって。
好んで。
尖がったわけでも。
捻くれたわけでも。
ありはしない。

それどころか。
そもそも。
果して、本当に。
尖っているのか。
捻くれているのか。

そいつは。
自分では。
決められはしない。
否、恐らくは。
誰にも決められはしないのだ。

でも。
社会とやらとは。
少しばかり。
折り合いが悪くて。
どうやら外れてしまっている。

そんな。
身にも。身にこそ。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ。

人と。
誰かと。
違うから。
異なるから。
それだけで。

世間とやら。
社会とやら。
そいつと。
相性が悪くて。
折り合いが悪くて。

それで。
居心地が悪いとか。
苛立ちが募るとか。
疎外感を感じるとか。
そうだとしても。

無理に。
理由も無く。
矯正などされたくない。
強制もされたくない。
そこは譲れない。

己の。
個性とか。
矜持とか。
そんなものを。
捨てるほどの価値はない。

ただ。
時に。
そんな孤独や。
そんな不安に。
揺らがないでもない。

だから。
こんな身でも、心でも。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ・・・収容所があるのだ。



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2018/11/19 Mon *天辺回る頃 / Maria Muldaur

20181119mariamuldaur


天辺を。
回る頃。
今日と明日が。
交差する頃。
漸くと。

緩み。
解れる。
そんなものを。
促してくれる。
ものがある。

それは。
空気だとか。
匂いだとか。
そして、何よりも。
音楽だったりする。

取り敢えず。
終わったのだから。
お疲れ様でしたと、見送って。
宜しくと、迎えよう。
そんな頃合いだよねと。

未だ。
昂っているけれど。
もう肩の力を抜いて。
いいのだと。
そうしようと。

囁き、告げてくれる。
そのものの。
温かい懐に抱かれて。
漸くと。
弛緩へと向かい始める。

『Maria Muldaur』'73年リリース。
マリア・マルダーの初めてのソロ・アルバム。
当時の邦題は『オールド・タイム・レディィ』だったとか。
まぁ、マリアの歌声、音楽性を表現したかったのでしょうが。
そのまま、原題のままでも良かったのではないかと思います。
イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド、そしてジェフ&マリア・マルダーとして。
グッド・タイム・ミュージック、オールド・タイム・ミュージックを追求してきたマリア。
その成果が結実した、何とも心温まる、心安らぐ。そんな素敵なアルバムとなっています。
ライ・クーダーやエイモス・ギャレットを筆頭にした腕利きのメンバーが奏でるサウンド。
その極上の、そして気の置けないサウンドをバックに歌うマリア、その歌声。
マリアと言うのは、とても歌の上手い人だと思うのですが。それ以上に。その歌声が帯びた。
とても艶のある、とても色気のある、官能的とも言える色香が印象に深く残るのです。
それが、けしてわざとらしくも、あざとくもなく。ごく自然に漂い、伝わってきて。
抱きしめられる、包まれる。その時の、その瞬間の温かさ、優しさときたら。
もう、何ものにも代え難い魅力に溢れていて。惹かれる、そのままに、素直にと。
そのまま、抱かれて、包まれて。たゆたっていたいなと、心から思ってしまうのです。
そんなに力むことも、必要以上に熱くなることも。必要ないのだと。それでいいのだと。
そんな弛緩が、弛緩したままの時間が許されるところも、時もあるのだと。
得も言われぬ艶やかさで、促し、誘ってくれるマリアです。逆らう術など知らないのです。
大ヒットした「Midnight At The Oasis」なんてね。もう、本当に蕩けてしまいそうで。
そう。少し疲れた。そんな真夜中。天辺を回る頃。マリアの歌声が聴こえてきたのなら。
それだけで。何もかも忘れて。緩やかに。懐かしい、至福の世界へと時を遡れる気さえする。それ程の歌声です。

天辺を。
回る頃。
今日があしたに。
繋がる頃。
漸くに。

弛み。
溶けだす。
そんなものを。
誘ってくれる。
ものがある。

それは。
灯りだとか。
香りだとか。
そして、何よりも。
歌声だったりする。

兎にも角にも。
受け渡したのだから。
ありがとうと、受け取って。
どういたしましてと、手渡そう。
そんな時分だよねと。

未だ。
火照っているけれど。
もう心の鍵を開けて。
いいのだと。
そうしなさいと。

囁き、呼んでくれる。
そのものの。
温かい声に包まれて。
漸くと。
弛緩が広がり始める。

あぁ。
こんなにも。
吸い込まれるなんて。
促されるままに。
そのままに、そのままで。

あぁ。
ここまでも。
吸い込むなんて。
誘われるままに。
そのままで、そのままに。

取り敢えず。
終わったのだから。
兎にも角にも。
受け渡したのだから。
もう、そこまででと。

肩の力を抜いて。
心の鍵を開けて。
昂りも静めて。
火照りも冷まして。
そうして、ゆっくりと。

促されるままに。
緩んで。
解して。
そのままに。
抱かれてしまおうと。

誘われるままに。
弛んで。
溶けだして。
そのままに。
包まれてしまおうと。

その空気、その匂い。
その灯り、その香り。
その奏でられるもの。
その歌われるもの。

天辺を。
回る頃。
オアシスの畔に腰かけて。
弛緩していく。
懐かしい、何処かへと、帰っていく。



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2018/11/18 Sun *懺悔の値打ちも / Laura Nyro

20181118eliandtnethirteenthconfessi


色々と。
あるもので。
やらかす度に。
その度に。
反省はするものの。

後悔の。
二文字など。
辞書にもないので。
悔やんだとしても。
やらないよりはましだよと。

やったこと、それ等自体は。
何にせよ。
自分の決断なのだから。
悔いも、謝りも。
するものかと。

それほどのものなので。
やらかしても。
へこんでも。
その内には。
忘れて、立ち上がってと。

まぁ。
だいたいが。
どんなに警戒したところで。
来るものは来るし。
来るものを拒みもしないので。

そう。
後悔などしたところで。
何にもなりはしないので。
懺悔の値打ちもありゃしない。
そうと、決めて生きている。

『 Eli And The Thirteenth Confession』'68年リリース。
美しいながらも、どこか血の匂いも漂ってきそうな雰囲気が漂う。
そんなジャケットも印象的なローラ・ニーロの2枚目となるアルバム。
前作リリース後にヴァーヴとの契約を失って。CBSへ移籍しての第一弾でした。
その才能と、その美貌で早くから注目されていたと言うローラです。
このアルバムを録音、リリースした時点で未だ20歳だったのかな。
ブロンクス生まれのローラ。幼い頃からゴスペルやR&B、ソウルに親しんで。
やがてドゥー・ワップ・グループを結成して活動を始めて。曲作りにも手を染めて。
10代にして、あのピーター、ポール&マリーに楽曲提供してライターとしてデビュー。
その後に、シンガーとしての道も歩むことになったのですね。天は二物も三物も・・・かな。
一見すると清楚にも見えるらしいローラですが。まぁ、そこは人ぞれぞれでしょうが。
実のところは、色々と奔放な面もあって。様々な逸話も残っていたりもして。
実際に、このアルバムでも。歌われている内容はかなり赤裸々で、過激とも取れますし。
その奏でられ、歌われるメロディや構成も。時に奇抜、時に風変り、大変に個性的です。
可愛らしい詩もあるものの。薬物への耽溺や、淫靡とも言える性愛の詩。それが強烈で。
そう。紫煙の向こうから、血と夜の匂いが強く漂ってくる。そんなアルバムとなっていて。
その癖の強さ故に。気軽に針を落とせる性格のものではないのですが。
しかし、それでも惹かれて止まないのは。そんなローラの癖、個性が魅力的だからで。
「Eli's Comin'」で拒みようのないものの来訪を受け止めざるを得ないと、力強く歌い上げ。
一方で「The Confession」で告白し、懺悔している様で。舌を出して笑っている様な強かさ。
その陽と陰、明と暗。その両面を併せ呑んで、受け容れて。生きていく覚悟の程。
その肚の据わり方。それが若く美しい女性であること。そこに参ってしまうのですね。
「Sweet Blindness」「Stoned Soul Picnic」がスリー・ドッグ・ナイトによってカヴァーされ。
ヒットを記録していますが。ローラ自身の歌唱ではヒット曲は生まれていない。
そこに、逆に他人によって薄められないと流通しなかった程の。ローラの強烈な存在があるとも思うのですよね。

様々に。
あるもので。
やらかすと。
その時は。
反省はするものの。

後悔の。
二文字とは。
無縁であって。
悔やむくらいなら。
やらなきゃいいだけで。

やったこと、それ自体は。
何にせよ。
自分の選択なのだから。
悔いも、謝りも。
するものかと。

それほどのものでしかないので。
やらかし続けても。
潰れても。
その度、後に。
消え去って、立ちなおってと。

まぁ。
だいたいが。
どんなに用心したところで。
去るものは去るし。
去るものを追いはしないので。

そう。
後悔など重ねたところで。
何に役にもたちはしないので。
懺悔の値打ちもありゃしない。
そうと、定めて生きている。

悔いて。
悔やんで。
それで。
何かが。
変わるのなら未だしも。

謝って。
乞うて。
それで。
何かが。
生まれるのなら未だしも。

やったこと。
やってきたこと。
そいつが。
今更。
無かったことになりはしない。

やったこと。
やらかしたこと。
そいつが。
今更。
消え去るわけでもない。

そもそもが。
この先も。
決断も選択も。
今までと。
変わるものじゃないし。

それでも。
来るものは来るし。
去るものは去るし。
そいつを受け入れて。
やっていくだけのこと。

懺悔の値打ちもありゃしない。
その覚悟で。
そう腹を括って。
そうと、定めて生きている。
それだけで十分さ。



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2018/11/14 Wed *かっぽじれ / Slade

20181114slayed


耳を。
澄まして。
よく聞きなと。
上品に言えば。
そう言うことだ。

なんでも。
かんでも。
思い込み。
独断専行。
その前に。

周りを。
見回して。
周りが。
何を口にしているか。
聞いてからでも。

それからでも。
遅くはない。
いまのまま。
そのままでは。
上手くはいかない。

敏いから。
周りが。
もどかしくてならない。
ついつい。
軽く見てしまう。

ならば。
尚更。
耳を澄まして。
耳を傾けて。
そいつを忘れないのがいい。

『Slayde ?』'72年リリース。
スレイドとしては3枚目となるアルバム。
前身のアンブローズ・スレイドを入れると4枚目となるアルバム。
あのチャス・チャンドラーの助言を受け手。音楽性とスタイルを変えて。
サイケデリックなバンドから、ハードでブギーなバンドへと。
この辺りの音楽性の変化はステイタス・クオーとも通じるものがあるかなと。
キャッチーでキッチュ、そしてグリッターでハードなサウンドと。
労働者階級の若者に的を絞った様な、分かりやすい歌詞で一気に人気者に。
そこには、あの派手で、馬鹿馬鹿しくもあるコスチュームとキャラも大きく作用したと。
わざと間違った綴りで曲名を表記するなどの戦略も親しみやすさを増したものと。
(このアルバムではバンド名すらも正しく綴れなくなっている様ですが・・・)
兎に角、その人気は凄まじく。次から次へと大ヒットを放って。
その勢いに乗って制作されたこのアルバムも見事に全英チャートを制覇しています。
張りを落とすと、リッスン・ナ~ウとのシャウトから始まる、その怒涛のお祭り騒ぎ。
ひたすら賑やかに、ひたすら陽気に。突っ走り続ける様が何とも痛快なのです。
ノディ・ホルダーの独特な濁声と、ハードでポップに弾け、うねるサウンドの相性の良さ。
中低音が強調されているのが、また実に心地良く。乗らずにはいられなくて。
ついついベタなそのメロディに合わせて歌ってしまうと。シンガロングなアルバムです。
「Gudbye T' Jane」「Mama Weer All Crazee Now」と言った大ヒット曲は勿論。
あの「Move Over」のカヴァーも。実に何とも様になっていて。堪らないのです。
ついつい、音量を上げてしまい。一緒に大声で歌ってしまい。ふと、我に返って。
そのあまりにベタな気持ちの昂揚に恥ずかしさを憶えて。それでも好きなのだよなと。
確かに。金太郎飴的で。頭が良いとは思われないよなと。でも、それがどうしたと。馬鹿で結構。
馬鹿にこそ、馬鹿になってこそ。聞こえる、見える、感じられるものもあるのだぞと・・そんなところかな。

目を。
見開いて。
よく見てみなと。
上品に言えば。
そう言うことだ。

なんでも。
かんでも。
浅はかで。
思慮短慮。
その前に。

周りに。
気を配って。
周りが。
何をやっているか。
見てからでも。

それからでも。
間に合うはず。
いまのまま。
そのままでは。
上手くいくはずもない。

賢いから。
周りが。
かったるくてならない。
ついつい。
侮って見てしまう。

ならば。
尚更。
目を見開いて。
目を皿にして。
そいつを忘れないのがいい。

聞こえている。
つもりになっている。
本当に。
それが総てか、正しいか。
偶には、疑うのもいい。

見えている。
つもりになっている。
本当に。
それが総てか、正しいか。
偶には、疑うのがいい。

敏いのは。
結構だけれど。
それが故に。
聞き逃している。
ものもある。

賢いのは。
理解できるけれど。
それが故に。
見落としている。
ものもある。

その。
思い込み。
独断専行。
そいつが。
墓穴を掘りかねない。

その。
浅はかさ。
思慮短慮。
そいつが。
命取りになりかねない。

気づいたら。
気づいた時には。
裸の王様。
そうならぬ様に。
かっぽじれ。



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2018/11/13 Tue *初手から / Queen

20181113queenukorg


初手から。
攻めこむ。
怯まずに。
必要とあれば。
強行と思われても。

先ずは。
橋頭堡を。
築くこと。
遅れをとらずに。
狙い通りに。

そう簡単には。
引き下がらないと。
侵攻してくると。
そう思わせて。
存在を認識させること。

軽く見ていた。
そんな輩に。
そう易くはないかもと。
少しでも。
思わせたらしめたもの。

それを。
きっかけに。
一刺しでも食らわせて。
この先に繋ぐ。
そいつができればと。

その為に。
油断せずに。
策を巡らせて。
その先も見据えて。
初手からやらねばならないのだ。

『Queen』'73年リリース。
クイーンの初手、記念すべき1stアルバム。
特に、小説などでは処女作にその総てがある、秘められているなどと。
言われることがあるのですが。それはロックンロールの世界でもあるかなと。
今ではよく知られる様に。デモの制作に着手してからリリースに至るまでの。
その期間の長さもあったからか。クイーンの何たるかのほぼ総てと言うか。
その全体像を想像し、その魅力の全貌に興味を抱かせるに十二分な抽斗は揃っていて。
その抽斗を絶妙な具合に引き出してみせて、只者では無いことを垣間見せていると。
それでいて。手の内を総て曝け出す様な愚は犯していなくて。先へ、その先へと。
聴く者の興味を掻き立てることに成功していると。そう最初から戦略的な策士であったと。
クイーンと言うのは、世に出るまでに時間がかかって。メンバーの年齢もそれなりでと。
その分、シーン、業界、ファンに舐められない為の手立ては綿密に講じていたのだなと。
フレディ・マーキュリーの多彩な歌唱、ブライアン・メイのギターの斬新な音色。
そして華麗なるコーラスと。それまでの。どのバンドとも比較し得ない、直に繋がらない。
クイーンはクイーンでしかない。それをことの初めに高らかに宣言しているのですよね。
シンセサイザーは一切使っていませんとのクレジットとか。狙っているよなと。
B面の終わりに「Seven Seas Of Rhye…」をフェードアウトするインストで収めているのも。
何とも確信犯かな。それだけ自分達に、その存在感に自信を抱いていたとも。
ただ、それが当時としては理解不能なものでもあったらしく。ツェッペリンの亜流とか。
はたまた、徹底的にコケ下ろされたりした訳ですが。それも、まぁ、思う壺だったかなと。
それだけ話題になると言うのは、否定的な見解も含めてそれだけの衆目を集めた結果で。
少なくとも橋頭保は確保し、旗は掲げられたと。後はそれを足掛かりに侵攻するだけで。
その二の矢、『Queen Ⅱ』の構想は既にメンバーの頭の中にあり。着々と準備を進めていたのですよね・・・

初手から。
攻め続ける。
臆さずに。
必要とあれば。
強引と思われても。

先ずは。
旗を高々と。
掲げること。
遠慮などせずに。
譲ることはないと。

そう安易には。
和睦などしないと。
闘い続けると。
そう思わせて。
存在を警戒させること。

甘く見ていた。
そんな輩に。
そう軽くはないかもと。
少しでも。
感じさせたらしめたもの。

それを。
突破口に。
一隅でも占めてみせて。
この先を思わせる。
そいつができればと。

その為に。
手を抜かずに。
策を駆使して。
先の先も見通して。
初手からやってみせるしかないのだ。

周辺の。
単なる異端の者だと。
侮っているならば。
その隙を突いてくる。
そう思わせるだけ。

末端の。
単なる異形の者だと。
見下しているならば。
その油断を利用される。
そう感じさせるだけ。

それだけで。
その先が。
少しは優位に。
運べる様になる。
そんなこともある。

それだけで。
先の先が。
大きく変わってくる。
流れがやって来る。
そんなこともある。

だから。
初手から。
怯まずに。
臆さずに。
攻めこむのだ。

だから。
初手から。
策を巡らせて。
策を駆使して。
攻め続けるのだ。

そうして。
築いた橋頭堡を。掲げた旗を。
足掛かりに。更に大胆に仕掛けて見せるのだ。
勝利をこの手にする為に。
手の内は小出しにしながらね…



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2018/11/12 Mon *拒否権を / Badfinger

20181112nodiceusorg


拒否権を。
行使させて貰います。
そうです。
そこは。
譲れないのです。

何故。
それを、そいつを。
やらねばならないのか。
それも。
今なのか。

その。
納得のいく説明がないままに。
惰性のままに。
やるってことは。
どうにも、腑に落ちないので。

どうしてもと。
言うのならば。
納得がいく、説得できるだけの。
説明をしてほしい。
それだけのことなのです。

別に。
過度に理で動こうとは。
そうは思わないけれど。
情だけでは、どうにもならない。
そんなものもあるのだと。

何か大切なものを。
失いたくはないので。
譲れないものに関しては。
明確になるまでは。
拒否することも厭いたくはないのです。

『No Dice』'70年リリース。
バッドフィンガーとしては2枚目となるアルバム。
前身のアイヴィーズ時代からの通算では3枚目となりますが。
前作、バッドフィンガーとしての1枚目、『Magic Christian Music』は。
半分がアイヴィーズとしての『Maybe Tomorrow』からの流用であったので。
このアルバムがバッドフィンガーとしての実質的な1枚目のアルバムとも言えるのかもで。
ジョーイ・モーランドが加入、全盛期のメンバー4人が揃った初めてのアルバムでもあると。
さてと。バッドフィンガーと言うと。未だにどうしてもビートルズの弟分で。
そして、その悲劇ばかりが語られがちなのですが。もう、そろそろ。それはいいかなと。
確かに、マル・エヴァンズに見出されて。アップルと契約した関係上。
ビートルズへの意識はあったとは思われますが。その魅力の本質は異なるものであったと。
特に、その実力を遺憾なく発揮したと思われるこのアルバムに針を落としていると。
こと、漂う哀感。その切なさと言う一点においてはビートルズを凌ぐかとも思われて。
そして、その弾ける。力感のあるポップさはビートルズが解散した、経験できなかった。
その時代、よりキャッチーに、よりハードになっていく新しい時代のサウンドであったかと。
前者を代表するのが「Without You」で。後者を代表するのが「No Matter What」かなと。
この2曲だけでも。このアルバムは十分に魅力的で、価値のあるものだと言えるのですが。
アルバム全体に小気味よく、歯切れのいいビートが牽引するサウンドが何とも素晴らしく。
その上に、絶妙なコーラスワークが、時に切なく、時にポップに。心を揺さぶって。
基本、シンプルなロックンロール・アルバムなので。下手をすると凡庸になるところを。
そのサウンドと、そのコーラス。それらが醸し出すどうにも英国的な風情が阻止していると。
そこに、やはり非凡でない卓越した才能を感じる・・・と言うのは贔屓に過ぎるのかな。
だからこそ。それ程のものだったからこそ。もっと強く自己主張を、意思を表せればと。
時には、アルバム・タイトルのままに。否だと、拒むこともできていたのなら。
後の悲劇も無かったかなと、それが惜しまれる・・・あぁ、結局どうしても。それを思わずにはいられないのかな・・・

拒否権を。
発動させて貰います。
そうです。
そこは。
譲りたくないのです。

何故。
それを、そいつを。
諦めねばならないのか。
それも。
今更なのか。

その。
納得のいく説明ができないままに。
諦念のままに。
やめるってことは。
どうにも、心が収まらないので。

どうしてもと。
言うのでならば。
納得できる、説得されるだけの。
説明がされなければならない。
それだけのことなのです。

別に。
過度に情に流されようとは。
そうは思わないけれど。
理だけでは、どうにもできない。
そんなものもあるのだと。

この大切なものを。
喪いたくはないので。
譲りたくないものに関しては。
納得のいくまでは。
拒否することも怠みたくはないのです。

勿論。
いつでも。
思うようになるとは。
思いが通るとは。
思ってはいない。

そう。
総てが。
思うようにいくとは。
思いが通じるとは。
思ってもいない。

それでも。
だからこそ。
己がやることには。
矜持と責任を持っていたい。
そこは譲れない。

そう。
だからこそ。
己がやり始めたことは。
熱意を持って貫き通したい。
そこは譲ってはならない。

己が。
何者なのかなど。
わかりもしないが。
何者かではあって。
その何者かは己でしかなくて。

やるにしろ。
止めるにしろ。
そいつは。
己が納得のいくものでないと。
何もかも、失われ、喪われるのです。

だから。
拒否権を行使してでも、発動してでも。
貴女が望むのなら、何でも、と。
貴女がいてくれるのなら、何としても、と。
やるにしろ、止めるにしろ。そこに通じないものは拒みたいのです。



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2018/11/11 Sun *奴等の波動が / Mott The Hoople

20181111alltheyoungdudesukorg


まったく。
何の因果で。
集まったのか。
集められたのか。
知る由もないけれど。

何処かで。
何かが。
転がり始めて。
転がりながら。
繋がっていって。

あれでもない。
これでもないと。
試行錯誤しながらも。
何とかここまで。
転がって、繋がって。

何となく。
それらしく。
弾みだしたりもして。
そいつを楽しめるように。
そうなったら、止まらなくて。

ならばと。
もう暫くは。
共にやってみるのも。
悪くはないかななどと。
思ってしまうのだから。

まったく。
可笑しな話だが。
奴等の波動が。
心地よく響いてくるのだから。
世の中ってやつは面白い。

『All The Young Dudes』'72年リリース。
モット・ザ・フープル、起死回生となった記念すべきアルバム。
特に、そのライヴが早くから評判を呼んで。その名を轟かせていたものの。
何故かレコードは売れなくて。商業的成功とは縁が無くて。
終には解散を決意。ベーシストのオヴァレンド・ワッツは仕事を探して。
デヴィッド・ボウイへ相談しに行ったところ。ボウイに翻意を促されて。
そのボウイがタイトル曲である「All The Young Dudes」を提供、アルバムもプロデュース。
レコード会社も心機一転、CBSに移籍して。「All The Young Dudes」は全英5位になり。
アルバムも全英で初めてTOP50位内に入り、全米でも初めてチャートに登場と。
ものの見事に、モット・ザ・フープルは蘇生して、栄光の航路に乗ったのでした。
一説では当初ボウイは、「Suffragette City」を提供しようと提案したものの。
イアン・ハンター達が拒否して。「All The Young Dudes」を選んだのだとか。
その理由は分かりませんが。今となっては正解だったとしか言いようが無いので。
その辺りのセンスに関してはやはり優れていたのだろうなと思われます。
それまでは、どちらかと言えば粗野なロックンロール・バンドとのイメージが強かったのが。
「All The Young Dudes」、一曲で。若者達、野郎どもの代弁者ともなったのだろうなと。
そしてA面の頭にヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァー、「Sweet Jane」を配し。
B面にはミック・ラルフスの歌う詞的な「Ready For Love」も収めることで。
このアルバムも、モット・ザ・フープルのある種の深味、存在感を前面に表現していて。
そのことが、それまで見向きもしなかった層を振り向かせるのに成功した要因かなとも。
元々、イアン・ハンターはボブ・ディランを敬愛するシンガーで。
マネージメントによってモット・ザ・フープルに加入させられたものの。
ロックンロール一辺倒な路線には疑問を抱いていたとも。そんな寄り合い所帯だったのが。
ボウイと出会い、何かが生まれ。野郎どもが一体となって奇跡を起こす。ロックンロールは面白いのです。

まったく。
何の因縁に。
呼ばれたのか。
呼びあったのか。
知る由もないけれど。

何処かで。
誰かが。
賽を振って。
転がしている内に。
飛んで火に入る様に。

そうじゃないだろう。
こうでもないだろうと。
紆余曲折を経ながらも。
何とかここまで。
転がり続けて、繋ぎ止めて。

何とはなく。
それなりに。
応じだしたりもして。
そいつを面白がれるように。
そうなったら、止められなくなって。

素直にと。
続く限りは。
共に遊んでみるのも。
いいのでは、ないかななどと。
思ってしまうのだから。

まったく。
笑ってしまう話だが。
奴等の波動が。
心地よく鳴っているのだから。
世の中ってやつは面白い。

もはや。
何が始まりだったのか。
何が契機だったのか。
定かでもないけれど。
それでもいいかと。

いつ。
どこで。
こうなったのかも。
定かではないけれど。
それでいいかと。

事の起こりとは。
その時とは。
異なっているかも知れないが。
目指すものが、ところが。
朧気ながら見えてきてもいる。

ならば。
集められた。
呼ばれた。
奴等で。
寄り集まって。
もう暫くは。続く限りは。

共に。
鳴らして。
響いて。
弾んで。
応じたりしながら。

可笑しいなと。
笑ってしまうなと。
思いながらも。
乗って、転がって。
そいつが続けられたら面白いかなと。

奴等の波動が。
鳴り続けるのならば。
響き続けるのならば。
その一人として。
面白、可笑しく、楽しんでみるのも悪くはない。



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2018/11/10 Sat *包まれて眠れ / The Who

20181110thekidsarealright


包まれて眠れ。
その旗に。
その空気に。
その匂いに。
今は、その時だ。

今日。
今夜。
何があっても。
何かが起きていても。
今は、忘れよう。

帰ってきたのだ。
その旗の下に。
その空気の中に。
その匂いの中に。
今は、それだけでいい。

止めどなく。
巡り出しそうな。
そんな思いも止めて。
何もかも止めて。
ただ、ここにいること。

そのことだけを。
胸に止めて。
他のことは忘れてしまおう。
今は、その時。
そう言うことなのだ。

偶さか。
そんな時が訪れたのだ。
何もかも忘れて。
包まれて眠れ。
それでも世界は動くのだから。

『The Kids Are Alright』'79年リリース。
同名映画のオリジナル・サウンドトラック・アルバムとなるフーの二枚組アルバム。
その映画は今もって、フーとは何なのかを知るには最も重要な作品で。
何は置いておいても。その映画、映像を観ないことには話にならないと言うもので。
それこそ数多あるロック映画、ドキュメンタリーの類の中でも三指には入るだろうと。
なので、もし万が一、観てないと言う不届きな方がいれば先ずはそちらをお勧めするかな。
一方で。このアルバムそのものも。実に素晴らしい作品で、やはり外せないなと。
各種のTVやら、ライヴやら。またスタジオでの別テイクやらも収録されていて。
中には映画本編では使われていない音源も収録されている等、実に侮り難い内容であって。
(一方で、映画本編にしか収められていないものもあるのですけどね)
選曲的にも。キース・ムーン、ムーニー在籍時代のヒット曲、代表曲がほぼ網羅されていて。
ベスト・アルバムとして聴いても、十二分に価値のあるアルバムとなっています。
映画の為に撮影された'78年のシェパートン・フィルム・スタジオでのライヴ。
これが結果的にはムーニー生前最後のライヴとなって。そこからも2曲が収録されていて。
ムーニーの、最後のプレイが聴けると言うだけでも意味があるなとも思えます。
当時は未だお蔵入り状態だった『The Rolling Stones Rock and Roll Circus』出演時の。
あのストーンズを食ったと言われた、「A Quick One, While He's Away」の収録も。
大きな衝撃を与えたものだったのですよね。ウッドストックのライヴはやはり凄まじいし。
何せ。日本ではフーのアルバムが入手困難な時期も長くあったりしたので。
自分もそうですが。このアルバムでフーに出会って、ブッ飛ばされたガキも多かったかなと。
豪華な20頁に及ぶブックレットもついていて。今ほど映像どころか画像の情報も乏しい。
そんな時代において、フーの何たるかを知らしめるに大いに貢献したアルバムだったと。
そして。このジャケット。結果的にムーニー在籍時代の最後を締めくくるアルバムとなって。
ユニオンジャックに包まれて眠る4人の姿。そこにムーニーへの弔意と愛情。
更にはムーニーを失ったことで。一区切り、小休止をとのメンバーの思いが透けて見える様な気もするのです・・・

包まれて眠れ。
その旗に。
その空気に。
その匂いに。
今は、そう言う時なのだ。

今日。
今夜。
何もなくても。
何も起こせなくても。
今は、忘れよう。

戻ってきたのだ。
その旗の下へと。
その空気の中へと。
その匂いの中へと。
今は、それだけがいい。

止まることを知らない。
溢れ出しそうな。
そんな思いは放って。
何もかも放り出して。
ただ、ここにあること。

そのことだけを。
胸に刻んで。
他のことは追い出してしまおう。
今は、そう言う時。
それだけのことなのだ。

偶さか。
そんな時に恵まれたのだ
何もかも追い出して。
包まれて眠れ。
それでも歴史は止まらないのだから。


そう。
もう。
ここまで来たのだ。
一区切り。
そう言うことなのだろう。

そう。
もう。
そんなに長くはないのだ。
小休止。
そう言うことなのだろう。

競って。
争って。
そいつも。
今は、今夜は。
忘れてしまおう。

焦れて。
慌てて。
そいつも。
今は、今夜は。
放っておこう。

あんなことも。
そんなことも。
忘れてしまおう。
追い出してしまおう。
今が、その時。

偶さか。
訪れたこの時を。
心、ゆくまで。
心、おきなく。
漂うままに、それだけでいい。

安らぎ。
穏やかに。
世界からも、歴史からも、遠く離れて。
ただ、ここにいる、ここにある。
それだけでいいのだと思える幸せに。

包まれて眠れ。



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2018/11/09 Fri *冷却するその前に / Martha And The Vandellas

20181109live


冷まさないと。
冷静にならないと。
それは。
そうなのだが。
その前に。

何故。
熱くなっているのか。
興奮しているのか。
そいつは。
しっかりと感じておいたほうがいい。

熱くなった。
興奮してしまった。
そこには。
それなりの。原因があった。
それは間違いがなくて。

ならば。
忘れないように。
熱くなるだけ、熱く。
奮えるだけ、奮わせて。
そうしておいて。

感じられるものは。
感じられるだけ。
感じておく。
そいつが大切なのだと。
それが必要なのだと。

冷却するその前に。
曖昧にならないように。
忘れてしまわないように。
沸点を。
感じておこう。

『Live !』'67年リリース。
マーサ&ヴァンデラスの5枚目にして初のライヴ・アルバム。
収録されたのはデトロイトのクラヴとのことで。それ故の臨場感。
ライヴの場におけるマーサ&ヴァンデラスの魅力が十分に堪能できます。
テンプテーションズや、フォー・トップスにも同様のライヴ・アルバムがあって。
恐らくはリリースも同時期と思われて。ここらはモータウンの戦略的な展開だったかなと。
さて。バンド・メンバーの詳細はクレジットが無いので分からないのですが。
あのファンク・ブラザースのメンバーも参加していたのかな。
実に、何とも熱く、そしてうねり、弾むサウンドで。それだけでも聴き応えがあります。
そして。マーサ&ヴァンデラス、マーサ・リーヴスの歌声の何とも生き生きとしていること。
熱く、激しく。そして優美でもあって。ある種の貫禄すら感じられるのです。
選曲的には自分達の数あるヒット曲と、カヴァーが織り交ぜられていて。
如何にも当時のソウル・ショー、そして終始テンションは高く、飛ばし続けると。
まぁ、全曲は収録されてはいないでしょうし。曲順とかも変えられているかもですが。
それでも、その場に居合わせているかの様に昂揚させられるのは、そのテンションの高さ故。
A面は、大ヒット曲「Heat Wave」もまさに熱波に見舞われるかの勢いで歌われていて。
B面でも、バラードを交えながらもエネルギッシュな熱唱のままにクライマックスへと。
「Dancing In The Street」も含まれるラストのメドレーの客席を巻き込んでの盛り上がり。
そしてアレサ・フランクリンのカヴァー、特に「Respect」におけるマーサの歌声。
その見事な様、入れ込み具合。そこにはアレサへの対抗心すら感じることができて。
その実、モータウンの路線とは。微妙にすれ違っていたとも思えるマーサの志向と。
それを志すだけの実力があったこと。その証の様にも感じられてしまうのです。
何にしろ。これだけの熱く、燃え上がって。熱波を発する様なライヴが味わえることには感謝しかないのです。

冷まさないと。
落ち着かないと。
それも。
そうなのだが。
その前に。

何故。
燃え上がったのか。
昂揚しているのか。
そいつは。
しっかりと刻んでおいたほうがいい。

燃えてしまった。
昂揚してしまった。
そこには。
それなりの。要因があった。
それは間違いがなくて。

ならば。
消えないように。
燃えるだけ、燃やして。
昂るだけ、昂らせて。
そうしておいて。

刻めるものは。
刻めるだけ。
刻んでおく。
そいつが大切なのだと。
それが肝要なのだと。

冷却するその前に。
あやふやにならないように。
消えてしまわないように。
到達点を。
刻んでおこう。

頭を冷やさないと。
そうしないと。
判断を誤るかも。
それは。
そうかもしれないが。

心を落ち着けないと。
そうしないと。
落とし穴にはまるかも。
それは。
そうかもしれないが。

熱くなった。
興奮した。
その事実は。
その原因、その理由。
そいつは感じたままでいい。

燃え上がった。
昂揚した。
その現実は。
その要因、その理由。
そいつは。
刻んだままでいい。

どうにも。
忘れることのないように。
熱くなれるだけ、熱く。
奮わせられるだけ、奮わせて。
達するところまで。

消えることのないように。
燃え上がれるだけ、燃えて。
昂るだけ、昂らせて。
極まるところまで。

冷却するその前に。
沸点。
到達点。
そこまで。
上り詰めてからでいい。それでいい。



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2018/11/08 Thu *琴線 / Linda Lewis

20181108heartstrings


琴線。
そこに。
何かが。
触れると。
零れてしまう。

そんな。
思いがある。
そんな。
思いを呼び起こす。
そんなものがある。

それは。
微かな響きの様であり。
でも。
確かに。
琴線を震わせて。

零れだした。
何かが。
止まらなくなり。
思いが。
広がっていく。

そこには。
普段。
隠れている。
その思いが。
晒される恐ろしさもあるけれど。

その思いを。
確かめられる。
その喜びが優りもする。
そんなもの、その響きだけが。
琴線に触れられる。

『Heart Strings』'74年リリース。
UKソウルの妖精、リンダ・ルイスの初めてのベスト・アルバム。
3枚のアルバムと、何枚かのシングルをリプリーズからリリースして。
アリスタへの移籍が決まったリンダ。その置き土産と言うのか。
契約の関係もあったのか。リプリーズからの最後のアルバムとして編集、リリースされたと。
そして(恐らくは)このアルバムが日本での初めてのアルバムとなりました。
来日記念盤でもあって。どうやらキャット・スティーヴンスのバック・シンガーとして。
初めて日本の土を踏むことになって。それに際して漸く日本でも紹介されたと。
そう。リンダは。その可愛らしく、そして澄んだ歌声の魅力を大いに買われて。
数多のミュージシャン、バンドの録音やツアーにも参加していたのですよね。
どうも。それがソロとしての商業的な成功を得られなかった一つの原因にも思われて。
それは惜しまれるのですが。その歌声は、愛されるのが自然な魅力に溢れているので。
それはそれで。喜ぶべきことだったのかな。それ程に愛しさが止まない歌声なのですよね。
5オクターブとも言われる。広い声域を自在に操り生かしたその歌声。
時に穏やかに、時に優しく。時に力強く、時に温かく。聴く者の耳を、心を奪って。
時に童女の、時に成熟した大人の女性の。そんな多彩な表情を見せて翻弄してしまうのです。
シンプルでいて、ファンキーなサウンドにも乗って。何処までも飛んで行ってしまいそうで。
捕えようと、慌てて手を伸ばすものの。その指先をひらりと躱して微笑んでみせる。
そんな、悪戯が好きな娘の様な、そんな思いを抱かせもするのもリンダならではの魅力かな。
そして。それでいて。肩を落としていると。背後から優しく抱き留められそうでもあって。
まさに。アルバム・タイトルでは無いですが。聴く者の琴線に触れる、琴線を撫でる。
そんな、胸の奥、胸の柔らかいところまで自然体で届いてくる。そんなリンダの魅力。
それを簡単に、そして確かに感じることのできる、そんなアルバムになっているのです。

琴線。
そこに。
何かが。
触れると。
溢れてしまう。

そんな。
思いがある。
そんな。
思いを呼び覚ます。
そんなものがある。

それは。
微かな歌声の様であり。
でも。
確かに。
琴線を鳴かせて。

溢れだした。
何かが。
止めどなくなり。
思いが。
溶けていく。

そこには。
普段。
忘れようとしている。
その思いが。
目を覚ます恐ろしさもあるけれど。

その思いを。
抱き締められる。
その喜びには勝てなくて。
そんなもの、その歌声だけが。
琴線を撫でられる。

短い。
一言。
時には。
言葉にもならない。
そのものが。

響く時。
歌う時。
微かに。
でも。
確かに。

琴線が。
震えだし。
鳴きだし。
止められず。
止めどなく。

隠していた。
忘れようとしていた。
思いが。
晒される。
目を覚ます。

ひと時。
そのことに。
恐れを感じ。
言葉を。
噛み殺して。

しかし。
確かめられる。
抱き締められる。
その喜びが。
なにものにも優る。

琴線に。
触れられる。
撫でられる。
その響き、その歌声。
そんなものを持つその者だけに。
己が琴線は反応している…



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2018/11/07 Wed *ブッ飛んで / Funkadelic

20181107freeyourmindandyourasswillf


どうせなら。
いくなら。
やるなら。
とことん。
ブッ飛んでと。

いき過ぎれば。
やり過ぎれば。
何だかんだと。
叩かれる。
それを恐れて。

いく前に。
やる前に。
自ら抑えてしまう。
そいつは。
何とも勿体ない。

いけば。
やれば。
どうなるものか。
そいつは。
自分にもわかりはしない。

混沌。
混乱。
そんな坩堝。
待っているのはそんなもの。
だとしても。

その中に。
飛び込んで。
解き放って。
それでこそ、見えてくるものもある。
ブッ飛んでみないか?

『Free Your Mind... And Your Ass Will Follow』'70年リリース。
タイトルもジャケットもブッ飛んでいる、ファンカデリックの2ndアルバム。
まぁ、基本的にファンカデリックのアルバムとはそう言うものだとも。
しかし、その中でも少しばかり頭抜けている、あるいは沈み込んでいるアルバムかなと。
元々は、パーラメントのバック・バンドだったものをジョージ・クリントンが独立させて。
パーラメントの別働舞台としてスタートしたのがファンカデリックですが。
そのバンド名は一説ではファンクとサイケデリックを融合させた造語だったとも言われて。
ジョージが刺激を受け、指標としていたのはスライ・ストーンとジミヘンだったのだろうと。
そしてやるからには、超えようとするのは自明の理で。そうとなれば。
より強い刺激を放ち魅了する為に、自らにもより強い刺激を欲する様になると・・・
そう。端的に言えば。全編から濃厚なアシッドの香りが漂うドラッギーなアルバムなのです。
特に初代ギタリスト、エディ・ヘイゼルのこれでもかとヘヴィーにのたうつギター。
そのギラギラと、そしてヌメヌメと妖しい輝きを放つ様は何とも隠微で妖艶ですらあって。
そいつに囚われたら、金縛りにあった様に逃れる様など無いと思わされるのです。
のたうち、ぬめり、そして絡みつき。じわじわと獲物から精気を吸い取ってしまう如きの。
これほど、その恐ろしいまでの妖しさが魅力的に思えるファンクもそうは無いかなと。
エディのギターを筆頭に。ベースも、ドラムも、キーボードも歪みまくっていて。
それこそ異界から響いてくる、そして異界へと誘うサウンドは刺激が強すぎて。
そして恐らくは、中毒性も強くて。そう気軽には針を落とそうとは思えないのですが。
ひとたび、針を落としてしまったら。その余韻がどこまでも追ってきて。離れなくなって。
何回も、何度でもと針を落とし続けてしまうと。そして身も心も、高く、遠くどこまでも。
ブッ飛んだ奴等にブッ飛ばされて。解き放たれ、開け放たれる。危うく抗えない魅力に満ちているのです。

どうせなら。
臨むなら。
挑むなら。
とことん。
ブッ飛んでと。

臨もうとすれば。
挑もうとすれば。
何だかんだと。
横槍が入る。
それを倦んで。

臨む前に。
挑む前に。
自ら棄ててしまう。
そいつは。
何とも意気地がない。

臨めば。
挑めば。
どうなるものか。
そいつは。
自分でもわかる筈もない。

混線。
混濁。
そんな坩堝。
現れるのはそんなもの。
だとしても。

その中に。
飛び込んで。
開け放って。
それでこそ、感じられるものもある。
ブッ飛んでみないか?

いま以上。
それ以上。
それを望むのなら。
いまのままでは。
始まらない。

ここ以外。
これ以外。
それを求めるのなら。
止まっていては。
変えられない。

待っているものが。
混沌。
混乱。
そうだとしても。
恐れを捨てて。

現れるものが。
混線。
混濁。
そうだとしても。
諦めずに。

飛び込んで。
見て。
感じて。
体験して。
潜り抜けて。

その時に。
解き放たれる。
開け放たれる。
そのなにものかに。
乗って。どこまでもと。

思い定めて。
腹を括って。
身も心も。
高く、遠く、どこまでもと。
ブッ飛んでみないか?



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2018/11/06 Tue *広げていこう、強めていこう / Isaac Hayes

20181106theisaachayesmovement


時には。
じっくりと。
焦らずに。
その波紋を。
広げていこう。

じっくりと。
己のペースで。
動きだし。
徐々に。
少しずつでも。

最初は。
小さな。
何も起こせそうにない。
そんな。
波でもいい。

その。
小さな波が。
いつか。
何処かへと。
届く様に。

粘り強く。
しぶとく。
深く。
やり続けよう。
広げていこう。

やがて。
その。
小さな波が。
思いもしない。
事を引き起こすかもしれない。

『The Isaac Hayes Movement』'70年リリース。
アイザック・ヘイズの3枚目となるソロ・アルバム。
アルバム・タイトルは後にヘイズのバンド名称となりました。
元々は主にライター、アレンジャー、プロデユーサーとしてスタックスを支えていたヘイズ。
特にサム&デイヴへの貢献は大きなものがあって。その大ブレイクの立役者だったと。
そんなヘイズがアーティストとしての活動を本格化させたのはスタックスが独立してから。
そう、アトランティックがスタックスと袂を分かってからのこと。
要はサム&デイヴがアトランティックに連れ去られたのが一つの契機にはなったのかなと。
その特徴は、長尺なナンバーを組曲の様に配し。カヴァーにも新たな息吹を吹き込んで。
静かに、ゆっくりと。しかしハッキリと。深いところから響いてくる様な歌声にあって。
それこそ。地の底、海の底から。何ものかが誘っているとの錯覚を生むほどかと。
ジャケットにも写る、そのスキンヘッドも特徴的な独特の風貌とも相俟って。
何とも特異な個性、世界。それがじわじわと迫ってくる。その様に魅入られてしまうと。
面白いのは選曲が。特にオリジナルや、ソウルのカヴァーに拘っている訳でもなくて。
このアルバムでも、バカラック、そしてビートルズのナンバーを見事に換骨奪胎して。
長尺な、エロティックで、そして強いメッセージを放ちながらグルーヴするナンバーへと。
生まれ変わらせて。あたかも端から自分の歌でしたと言わんばかりのものにしていること。
それも声高に迫るのではなく。ゆっくりと、徐々に迫ってきて、やがて浸食してしまうと。
ここらは。スタックスを支えてきたその絶大な自信が根底にあったかな。
兎に角、何だろう。その歌声と、グルーヴするサウンドの説得力が半端ないのですよね。
前作のヒットを受けての余裕もあったのでしょうが。このアルバムでの波紋、波動。
その巻き起こしたものが。やがて『Shaft』での大化け、大ヒット、新たな潮流の発生へと繋がったのです。

時には。
ゆっくりと。
慌てずに。
その波動を。
強めていこう。

ゆっくりと。
己のペースで。
動き始め。
徐々に。
僅かずつでも。

最初は。
微かな。
何も変えられそうにない。
そんな。
波でもいい。

その。
微かな波が。
いつか。
誰かへと。
届く様に。

我慢強く。
したたかに。
深く。
やり続けよう。
強めていこう。

やがて。
その。
微かな波が。
思いもしない。
ものを呼び起こすかもしれない。

小さな。
小石を一つ。
拾い上げて。
握り締めて。
願いを込めて。

水面に。
静かに。
力強く。
投げ込んで。
投げ落として。

生じる。
小さな。
波紋。
揺れながら。
徐々に。

生まれる。
微かな。
波動。
震えながら。
徐々に。

そして。
その波紋が。
いつか。
何処かへと。
届く様に。

そして。
その波動が。
いつか。
誰かへと。
届く様に。

時には。
やり続けよう。
広めていこう。
強めていこう。
何かを起こせる様に、何かを変えられる様に・・・



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2018/11/05 Mon *根源を / Ike & Tina Turner

20181105inperson


安っぽい。
励まし。
応援歌。
そんなもの。
聴きたくもない。

あっちも。
こっちも。
感動とやらの。
大安売り。
辟易とさせられる。

そんなに。
簡単に。
励まされる。
その程度の。
苦悩など苦悩じゃない。

そんなに。
安易に。
震わされる。
その程度の。
魂など持ち合せていない。

どうせなら。
思いっ切り。
激しく。
厳しい。
一撃をぶち込んでくれ。

どうせなら。
重く。
深く。
根源を揺さぶるやつ。
そいつをぶち込んでくれ。

『In Person』'69年リリース。
アイク&ティナ・ターナーのミニット移籍第一弾となるライヴ・アルバム。
ライヴでこそ本領を発揮していたアイク&ティナ・ターナーです。
このアルバムが、通算では5枚目のライヴ・アルバムで。その後も何枚もと。
実際、それほどスタジオ・アルバムやシングルのヒットは多くないのですが。
それでもライヴ・アルバムを含め、切れ目なく数多くのアルバムをリリースして。
そいつを挨拶代わりにして。ツアーに明け暮れて。稀代のソウル・レビューにと。
このアルバムのリリース直後にはストーンズのツアーに参加して。
いよいよ、ロック・フィールドにもその名を響かせようとしていたその上り調子の。
熱く、激しいライヴの様が見事に捉えられ、凝縮されたなかかかのアルバムなのです。
録音されたのはサンフランシスコのジャズ・クラブとのことで。
恐らくは数百人程の観客を前にした臨場感に溢れたライヴ。アルバム・タイトル通りに。
まさにその聴衆の中へと分け入っていく様な、その生々しい迫力が堪りません。
MCが煽って、アイケッツが空気を温めて。クールなインストに乗ってティナが登場して。
一気に、その歌声(とアクション)で昂揚させ、興奮の坩堝に叩き込むと言う。
JB等もそうですが。お約束と言えばお約束。ワン・パターンと言えばワン・パターン。
しかし。有無をも言わさぬ破壊力で。その場にいる者総てを虜にして、持っていく。
その力業、それこそが芸能の力で。アイク&ティナ・ターナーはそこが半端ないのだと。
ライヴで、ロードで鍛え抜かれ、そしてアイクに統率されたバンドの演奏も強力で。
そこにティナのあの歌声ですからね。これで興奮するなと言うのは、無理と言うものです。
このアルバムにはティナの語りも収められていますが。その激しさは。
ゴスペルと言うティナの出自を思わせるものがあり、そのそれこそ胸倉を掴まれそうな。
激しさ、重さ、深さ。厳しい世界を真剣に生きているからこそ。根源を揺さぶる様な思いを感じられるのだと。

安っぽい。
慰め。
応援歌。
そんなもの。
聴かされたくもない。

あいつも。
こいつも。
感動とやらが。
大好きで。
鬱陶しくてどうにもならない。

そんなに。
簡単に。
慰められる。
その程度の。
苦痛など苦痛じゃない。

そんなに。
安易に。
奮えてしまう。
その程度の。
心など持ち合せていない。

どうせなら。
とことん。
激しく。
厳しい。
一撃をぶちかましてくれ。

どうせなら。
重く。
深く。
根源を抉るやつ。
そいつをぶちかましてくれ。

人の中。
そこに。
落とされて。
生きていくのは。
大変なのだ。

人の間。
そこに。
入れられて。
生き延びるのは。
半端じゃないのだ。

だから。
安っぽい。
励まし。
慰め。
そんなものなど欲しくない。

そうさ。
感動とやらを。
押し付けられるのも。
売りつけられるのも、
迷惑千万極まりない。

この苦悩を。
この苦痛を。
根こそぎ。
取り払う。
そんな一撃が欲しいのだ。

この魂を震わせる。
この心を奮わせる。
根っ子から。
沸き立たせる。
そんな一撃を待っているのだ。

根源を揺さぶるやつ。
そいつをぶち込んでくれ。
そいつをぶちかましてくれ。
そいつが、そいつだけが。
必要なのだ・・・



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2018/11/04 Sun *遊ぶなら / Johnny Guitar Watson

20181104arealmotherforya


遊ぶなら。
そいつは。
楽しく。
やらないと。
やれないと。

面白くも。
何ともない。
ついつい。
吹き出しちゃう様な。
それ程に。

楽しくと。
そいつを。
求めて。
徹底的に。
遊びのめそう。

誰かが。
嗤おうとも。
誰かが。
呆れようとも。
関係ない。

こっちは。
遊びをせんと。
生まれてきたのだ。
そいつを。
貫くのみ。

嗤っている。
呆れている。
その顔に。
少しでも羨望が。
浮かびでもすれば、どんなものだいと。

『A Real Mother For Ya』'77年リリース。
ヒューストン出身のブルース界の奇人、ジョニー・ギター・ワトソン。
クラレンス・"ゲイトマウス"・ブラウン、T-ボーン・ウォーカーの影響を受けて。
テキサス・ブルースの新進ギタリストとして'50年代から大活躍するも。
徐々にその活動は尻すぼみとなっていって。特に'60年代後半からはレコード契約も無く。
暫くは表舞台から消えていたジョニー。そのジョニーが復活したのが'70年代半ばで。
それも、ただ復活したのではなくて。聴く者のド肝を抜く様な、そのスタイル。
唯一無比の、淫靡とも言えるファンク&メロウなブルースを引っ提げて現れたのでした。
そのDJM時代こそがジョニーの絶頂期だったと。ここまでやるかの振り切れが痛快で。
それは、DJMでの3枚目となるこのアルバムでも、ますます調子に乗っていると。
もう、このジャケットを見るだけで。そのバカバカしさが、それだけでご機嫌なのですが。
デヘデヘで、ワウワウで、フワフワで、エロエロな、そのファンクなブルース。
そう、実はダーティでクールな顔も存分に覗かせている、盛りだくさんのこれでもかの世界。
その徹底的に楽しみ、同時に徹底的に攻めてもいるところ。それこそがジョニーだなと。
ジョニー・ギター・ワトソンと言うのは勿論、芸名で。その響きのカッコ良さが気に入って。
映画から頂いたのだとか。しかもそのキャリアは実はピアニストとしてスタートしていて。
芸名に反して、ギタリストと呼ばれることを嫌っていたとも。その辺もいいなと。
何でもピアノ、キーボードこそが自身の本質で、創造意欲も刺激されると語っていたとかで。
このアルバムでもキーボード含めて、ドラムスとホーン以外は総てジョニーが奏でていて。
この旺盛な遊び心と、そしてそれを形に出来る多彩な才能と。その両輪あってこそだと。
それを微塵も惜しまず、小出しにもせず。全開で楽しんで、全開で攻めている。
だからこそ。DJM時代のジョニーの遊びは、実に面白いと感じられるのですよね。

遊ぶなら。
そいつは。
真剣に。
やらないと。
やれないと。

面白くも。
何ともない。
思わず。
嫌な汗が滲む様な。
それ程に。

真剣にと。
そいつを。
極めて。
徹底的に。
遊びのめそう。

誰かが。
顔を顰めようと。
誰かが。
止めようとしても。
関係ない。

こっちは。
遊びをせんと。
転がっているのだ。
そいつを。
通すのみ。

顰めている。
止めようとしている。
その顔に。
少しでも微笑が。
浮かびでもすれば、ほらみたことかと。

遊ぶなら。
そう。
やるなら。
そいつは。
とことん。

楽しく。
楽しるだけ。
楽しむ。
その為には。
手は抜かない。

真剣に。
やれるだけ。
やる。
その為には。
労は惜しまない。

ついつい。
吹き出しちゃう様な。
そんなものを求めて。
徹底的に。
遊びのめそう。

思わず。
嫌な汗が滲む様な。
そんなものを極めて。
徹底的に。
遊びのめそう。

自分の。誰かの。
皆の。その顔に。
少しでも羨望が。
少しでも微笑が。
そうなれば、願ったり叶ったり。

遊ぶなら。
楽しく。
真面目に。
貫くのみ。
通すのみ。



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2018/11/03 Sat *内に向かうもの / Junior Wells' Chicago Blues Band

20181103hoodoomanblues


内に。
向かうもの。
内に。
向かって。
弾むもの。

そいつが。
揺り動かす。
突き動かす。
そんなものが。
ある限り。

そこへ。
その場所へ。
呼ばれるがまま。
そのまま。
臨むだけ。

何かを。
何ものかを。
動かす力。
それは。
外に向かうもの。

それだけとは。
限らない。
内に向かうもの。
その力こそが。
より大きく作用する。

それが。
泥臭く。
内省的な。
そんなものだとしても。
その力は侮れない。

『Hoodoo Man Blues』'66年リリース。
マディ・ウォーターズのバンドの二代目ハーピストとして。
そのキャリアをスタートさせ、様々なレーベルを渡り歩いたジュニア・ウェルズ。
その間に代名詞ともなるナンバー、「Messin' With The Kid」等のヒットを放って。
遂に初のアルバムを想定した録音が行われ、リリースされるに至ったアルバムです。
それまでカントリー・ブルースを中心としていたデルマークにとっても。
初のエレクトリック・ブルースのアルバムとなって。その分、力も入っていた様で。
ジュニア・ウェルズ・シカゴ・ブルース・バンド名義のアルバムとして。
世の中に堂々とシカゴ・ブルースを問いかけ、そのスタイルを代表させようと標榜したと。
ジュニアの下に集められたのは、ジャック・マイヤーズ、バディ・ウォレンのリズム隊。
そして、勿論ジュニアの盟友であるバディ・ガイ。バディはチェスとの契約の関連で。
当初は変名でクレジットされていたものの。アルバムの成功を受けて正式にクレジットと。
そんな四人が奏でる、ダーティでロウダウン。泥臭く、そして陰鬱とも言える程にクール。
そんな緊張感が漂うスタジオの空気までも感じさせるブルースが堪りません。
尖がって突き進むスタイルを封印して、内へ内へと向かうバディのぶっきらぼうなギター。
不気味に蠢くマイヤーズのベース、シンプルなウォレンのドラム。その空間の間を。
不機嫌なのかと思わせるほどに不遜なジュニアの歌声とハープが響き渡ると。
ジュニアと言う人は、例えばアンプ・リファイド・ハープをそれほど重要視していない。
そんな節があるなど、リトル・ウォルターとはまた異なる異端児なところがあって。
何とも、そのチンピラ風情が。歌声にもハープにも漂っていて。その尖った刃が。
己の内側に向かっている様な不気味さも個性になっていて。その追い込まれたが故の反発。
それがブルース界のJBとも称されるファンキーさを生んだのかなと。
どうにもクールな空気を、ファンキーに切り裂くジュニアのブルースの蒼白い炎が揺らめく至極のブルースです。

内に。
向かうもの。
内に。
向かって。
刺さるもの。

そいつが。
呼び覚ます。
呼び起こす。
そんなものが。
ある限り。

そこへ。
その空間へ。
動かされるがまま。
そのまま。
挑むだけ。

何かを。
何ものかを。
転がす力。
それは。
外に向かうもの。

それだけとは。
限らない。
内に向かうもの。
その力こそが。
より激しく作用する。

それが。
陰鬱で。
鎮静的な。
そんなものだとしても。
その力は測りしれない。

内に。
向かって。
弾むものが。
その力が。
ある限り。

内に。
向かって。
刺さるものが。
その力が。
ある限り。

そいつに。
揺り動かされる。
突き動かされる。
そんなものが。
ある限り。

そいつに。
呼び覚まされる。
呼び起こされる。
そんなものが。
ある限り。

その。
泥臭く。
内省的な。
力のままに。
臨むだけ。

その。
陰鬱で。
鎮静的な。
力のままに。
挑むだけ。

内に。
向かうもの。
そいつからは。
逃れられない。
ならば、そのままに・・・



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2018/11/02 Fri *流浪、浮浪 / Lowell Fulsom

20181102tramp


放浪。
浮浪。
その思いは。
未だに止まず。
胸を揺さぶる。

別に。
ここでいい。
ここでもいい。
その筈なのに。
いつも。いつまでも。

ここではない。
どこかへの。
思い。
そいつが。
消えることはなく。

宛もないのに。
フラフラと。
探しに。
求めに。
出ていきたくなる。

何も。
背負い込んだこの身で。
傷ついたこの身で。
そんな思いなど。
忘れてしまえばいいものを。

どうにも。
そうは。
いかないらしい。
そいつが。
生まれついての性分らしい。

『Tramp』'67年リリース。
オクラホマ生まれ、テキサス育ちのローウェル・フルソン。
あのB.B.キングをして、眠れる巨人と言わしめたローウェル。
'50年代にはチェスで数々のヒットを放っていたローウェルですが。
時代の流れと共に他のブルース・マン同様に、雌伏の時を過ごすことを余儀なくされ。
しかし。進取の気質に富んでいたローウェル。その間も虎視眈々と機会を窺い。
いち早くファンクのリズムとコード進行を取り入れた「Tramp」のヒットによって。
再びチャート・バスターとしての地位に返り咲き、このアルバムの録音、制作に至ったと。
兎に角。ブルースなど過去の遺物として葬り去られようとしていた時期に。
何とも痛快なナンバーをR&BチャートのTOP5に叩き込んでみせたわけで。
言わばファンク・ブルースの先駆けでもあり、あっという間に多くのカヴァーを生み出して。
そのまま、ブルースのスタンダードとして定着させてと。その存在を改めて知らしめたと。
実は、その後もヒップホップの世界でもサンプリングとして頻繁に取り入れられていて。
「Tramp」はブルースのみならず、ブラック・ミュージックを代表するナンバーなったと。
それをやってのけたのが。当時四十代後半、戦前から活躍していたローウェルだった。
この事実が、また何とも痛快で。確かな力量に裏打ちされた新たな挑戦。
それこそファンクだろうと、ロックンロールだろうと呑み込んで、咀嚼して、消化して。
新たなものとして再生してしまう。その度量の大きさ、懐の深さは只者ではない証で。
それこそ歴戦の強者ならではのなせる技。巨人、未だ健在なりと唸らざるを得ないのです。
ジャケットで、Tramp、浮浪者に扮して何とも言えないいい表情を見せているローウェル。
浮浪者が美女二人を侍らせてにやけてみせる、その洒落っ気も貫禄のなせるところかなと。
流浪、浮浪しながら。常に挑み続けたその姿勢こそ、ブルースそのものかなと思ったりもするのです。

放浪。
浮浪。
その思いは。
止むことを知らず。
胸を締め付ける。

別に。
これでいい。
これでもいい。
そう決めたのに。
いつも。いつまでも。

これではない。
なにかへの。
思い。
そいつが。
失せることはなく。

宛もないのに。
フラフラと。
捜しに。
見つけに。
立ちたくなる。

何も。
抱え込んだこの心で。
傷だらけのこの心で。
そんな思いなど。
消してしまえばいいものを。

どうにも。
それでは。
済まないらしい。
そいつが。
生まれ落ちての性分らしい。

放浪する者。
その心を。
忘れること。
そいつが。
できたのなら。

浮浪する者。
その心を。
消すこと。
そいつが。
でみたのなら。

少しは。
落ち着いて。
腰も据わって。
穏やかに。
過ごせるのかもしれない。

少しは。
冷静に。
原も括れて。
安穏と。
生きられるのかもしれない。

されど。
何かを。
探しに。
求めに。
その思いは分かち難い。

なれど。
何かを。
捜しに。
見つけに。
その思いも別れ難い。

放浪。
浮浪。
その中でこそ。
その路上でこそ。
輝くものが己の糧である限り。



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2018/11/01 Thu *拾う者、捨てる者 / Etta James

20181101losersweepers


何を。
拾い。
何を。
捨てるか。
それが問題だ。

何かが。
落ちていれば。
落ちてくれば。
労せずして。
手に入るのなら。

みすみす。
見逃す手は無い。
拾い。
手に取り。
我がものとする。

その期を。
捉えて。
生かせるか。
そいつは。
結構な。分かれ道にもなる。

ただ。
落ちている。
そのものが。
拾い。手にした。
そのものが。

本当に。
己にとって。
必要なのか、否か。
そいつを。
見極められるなら、でもある。

『Losers Weepers』'71年リリース。
エタ・ジェイムスの10枚目となるスタジオ・アルバム。
この後に、深刻な酒と薬物中毒に陥ることになるエタです。
この頃には既に症状は表れていたと思うのですが。その影響を微塵も感じさせない。
その迫力、特にバラードにおける重量級の迫力に背筋が震える思いがします。
まぁ、その迫力の裏には進む中毒症状への恐れもあったのかもしれませんが。
さて。エタと言えば件の映画でも描かれていた出生の問題もあって。
幼くして養父母に育てられる様になり、教会で歌って早くから名を上げるも。
養母が亡くなった十代前半にはかなり荒んだ生活を送るなど起伏に富んだ道を歩んで。
その後、ガールズ・グループを結成して活動。そしてソロとして歌い始めて。
やがて、チェスとの契約を得て。成功への階段を駆け上がっていくことになると。
エタを見出してチェスに紹介したのはムーングロウズのハーヴィ・クーファだったとか。
ハーヴィは後にモータウンでマーヴィン・ゲイやスピナーズも発掘していますから。
その慧眼には恐れ入りますが。エタの歌には若くしてそれだけのものがあったのだなとも。
さて。エタと言うと怒涛とも言える直情径行な、攻めては寄せる歌声にその真骨頂があると。
その攻撃に身も心も晒してこそエタならではの醍醐味が味わえるのですが。
このアルバムのエタ。その思い、感情をひと時、グッと溜め込んで、そして吐露する。
そんなスローな、バラードを中心とした攻め手を展開していて。これがまた何とも。
溜め込んだ分だけ、その思い、感情の前には。もう平伏すしかないかなと思わされて。
Finders keepers, losers weepersと言う諺から着想を得たと思われる「Losers Weepers」と。
その続編とされる「Weepers」の二曲が続くA面の終わりなどもう放心ものなのです。
題材は勿論、色恋沙汰だと思われ。エタを相手にするのは相当な覚悟がいるだろうなと。
そしてやがて中毒症状との壮絶な闘い。チェスとの契約切れ。長いブランクと再起と言った。
その後のエタの波乱万丈な生き様と、その度の分かれ道を思ったりもするのです。

何を。
捨て。
何を。
拾うか。
それが問題だ。

何かが。
増えれば。
増え続けて。
どうにも。
手に余るのなら。

むざむざ。
放置してはおいけない。
捨てる。
手から放し。
我と縁を切る。

その期を。
誤らず。
生かせるか。
そいつは。
存外な。分かれ道にもなる。

ただ。
捨て去る。
そのものが。
捨てた。手放した。
そのものが。

本当に。
己にとって。
不要なのか、否か。
そいつを。
見極められるなら、でもある。

拾うもの。
そいつが。
何であるのか。
何になるのか。
そいつを信じられるか。

拾う時。
その時。
何が起きるか。
何を起こせるか。
そいつに賭けられるか。

捨てるもの。
そいつが。
何であったのか。
何に変わるのか。
そいつを断じられるか。

捨てる時。
その時。
何が起きるか。
何を起こさずに済むのか。
そいつに託せるのか。

落ちている。
落ちてくる。
そのものを。
拾わない手は無い。
だが、それが総てでも無い。

落とさずに。
落とさぬ様に。
そのものは。
落とさずに、捨てること。
だが、それが総てでも無い。

拾う者。
捨てる者。
要は。
その覚悟、その信念。
そいつが、道を決めるのだ。



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2018/10/31 Wed *緩~く / Jimmy Reed

20181031rockinwithreed


緩~く。
揺れが来ているなと。
まぁ、そろそろ。
そいつに。
乗ってみるかなと。

いや、飽くまでも。
緩く、ゆっくりとね。
その揺れに身を任せて。
揺られるが、ままに。
動き始めるかなと。

そうそう。
自分の調子が崩れない。
その範囲で。
乗ってみて。
乗り続けてみて。

それで。
案配が良ければ。
そのままに、その揺れを。
取り込んで。
自分の鼓動にしてしまえれば。

何となく。
浮き上がって。
軽くなって。
それが連なっていけば。
それが呼び起こせば。

緩~く。
来ている揺れを。
そいつを捉えて。
そいつを背負って。
転がり始めようかとね。

『Rockin' With Reed』'59年リリース。
緩~い、歌声とギターとブルース・ハープ。その何とも独特な個性。
シカゴ・ブルース・マンとしては相当に異色だったと思われるジミー・リード。
何ともレイジーなのに、ダンサンブルでもあるそのブルースは大いに人気を博して。
'50年代半ば~終わりにかけてヒットを連発。ヴィー・ジェイの看板スターにと。
このアルバムは、そんなヒット曲を含む録音から編集されたヴィー・ジェイでの2枚目で。
そのジャケットのセンスもなかなかのもので。スターは扱いが違うなと。
尤も。この時代ならではで。この後ろ姿がジミー本人かは大いに疑わしいですけどね。
さて。ストーンズ等がカヴァーした著名なナンバーは1枚目に殆ど収録されているので。
曲目だけを見ると地味な印象もありますが。ところがどっこい未だあるヒット曲も含まれ。
そして。何より、あのジミー・リード節の冴えには些かも陰り無しと。これまた名盤です。
基本的な編成はジミーに、サイド・ギターのエディ・テイラーに、ドラムスのトリオで。
一説によれば、ドラマー時代のアルバート・キングが叩いているナンバーもあるのだとか。
ジミーと言う人は、兎に角、大酒飲みだったらしくて。それは持病の発作を抑える為・・・
そんな説もあるそうですが。四六時中、年がら年中、酩酊状態に近かったらしく。
何でも録音の前夜には、周囲が飲まない様にわざと留置所に入れていたって伝説もあって。
さもありなんと思える、緩く揺れる歌声とギター。そして少し外れ気味のブルース・ハープ。
そいつが、もう、何と言うか。妙に身も心も弛緩させてくれるのが堪らなくて。
そんなレイジー極まりないジミーを、エディがステディに支える。その対比が何と言うか。
ベースレスの編成と相俟って。これまた独自なお洒落な感覚があって。そうだな。
そこら辺りの、重くなり過ぎず、深くなり過ぎずと言うのが英国の若者にも受けたのかな。
アルバム・タイトルにもなっている「Rockin' With Reed」、インストの軽快なブギーで。
アルバムが締めくくられるのですが。爽快とすら言える、緩い、いなたい、感覚が実にご機嫌だったりします。

緩~く。
揺れが訪れてきているなと。
まぁ、そろそろ。
そいつを。
迎えてみるかなと。

いや、飽くまでも。
緩く、急かしはせずにね。
その揺れに心も任せて。
揺られるが、ままに。
動き始めるかなと。

そうそう。
自分の調子が乱されない。
その範囲で。
迎えてみて。
迎え入れてみて。

それで。
具合が良ければ。
そのままに、その揺れを。
吸い込んで。
自分の波動にしてしまえれば。

何となく。
浮かび上がって。
枷が外れて。
それが連なっていけば。
それが呼び覚ませば。

緩~く。
訪れている揺れを。
そいつを逃さず。
そいつを担いで。
転がり始めようかとね。

元々が。
早いのは。
柄じゃない。
似合いもしない。
そう言うこと。

そもそもが。
速いのは。
得てじゃない。
好きでもない。
そう言うこと。

ならば。
別に。
誰かと一緒に。
皆と一緒に。
走らなくてもいい。

そうさ。
何も。
誰かを気にして。
皆と合わせて。
競わなくてもいい。

自分に。
塩梅のいい。
自分の。
調子が崩れない。
それだけを思って。

自分に。
具合のいい。
自分の。
調子が崩されない。
それだけを銘じて。

緩~く。
揺れて。
揺られて。
転がっていければ。
それだけでいい。

緩~く。そいつが肝心要かな。



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2018/10/30 Tue *踊る阿呆になる為に / Status Quo

20181030blueforyou


踊る阿呆。
そいつに。
なる為には。
阿呆であればいい。
そいつが第一。

そうでは。
あるけれど。
踊る阿呆は。
見る阿呆が。
いてくれてこそ。

そこを。
間違えると。
唯の阿呆。
そこだけは。
分かっておいた方がいい。

そう。
見てもらえる。
そんな阿呆になりたけりゃ。
それなりに。
頭を使うってこと。

何を出す。
何を使う。
どう声を掛けて。
どう引っ張り出す。
どうしたら効果が生まれる。

踊る阿呆。
そいつは。
ただ楽しんでいれば。
いいってものでもない。
そいつが面白い。

『Blue For You』'76年リリース。
ステイタス・クォーの通算9枚目となるアルバム。
前作に引き続いて全英チャートでは首位に輝いていて。まさに絶頂期。
このアルバムを伴って初来日して。日本限定のライヴ・アルバムも録音、リリースして。
翌年も来日と。この頃は日本でもそれなりに盛り上がりを見せていたのかな。
兎に角。日本、そして米国では悲しい程に人気の無いステイタス・クォーなのですが。
英国では今でも国民的な人気を誇るバンドで。その根強さには驚かされます。
何と言っても。ビートルズとかクイーンとかと並び称されているのですからね。
スレイドもそうですが。ビートルズやクイーンには無い。また別の英国人を引き付ける何か。
そんなものが。ステイタス・クォーの代名詞とも言えるブギーの中にあるのでしょうね。
ブレイクした後は。正直、どのアルバムも似ていると言うか。金太郎飴状態で。
要は、何も考えなくてもいい様な。ご機嫌なビートが軽快に延々と鳴り続けていると言う。
それでいて。決して尖がり過ぎないし、攻撃的にも過ぎなくて。ご機嫌に尽きると。
その秘密は、そのキャッチーなメロディ。その親しみやすさにあるのだろうなと。
ついつい一緒に口ずさんでしまう、シンガロングなメロディが何とも魅力的なのです。
尤も。それだけで何十年もその地位を保てる筈も無く。金太郎飴の様でいて工夫もあって。
実はこのアルバム。英国史上初めてバンドとブランドのタイアップを実現させていて。
アルバム・タイトル、そしてジャケットのメンバーの出で立ちからも分かる様に。
あのリーバイスと組んで、その店舗でも宣伝されて大いに売り上げを伸ばしたのだとか。
そしてステイタス・クォーがデニムを愛用することで。リーバイスの売り上げもと。
ヒット曲にして代表曲となる「Rain」を始めとするステイタス・クォーならではのメロディ。
それらを口ずさみながらレコード屋に、デニム屋にと。多くのファンが足を運んだと。
単純で安直な仕掛けではありますが。分かっていても乗ってしまう、踊ってしまう。そう。
乗せてしまう、躍らせてしまう仕掛けを常に怠らなかったからこそのステイタス・クォー。
自分達も面白がってのことでしょうが。その芸能根性。そこはクイーンにも通じるものがあるかもです。

踊る阿呆。
そいつに。
なりたければ。
阿呆であればいい。
そいつが必須。

そうでは。
あるけれど。
踊る阿呆は。
笑ってくれる阿呆が。
いてくれてこそ。

そこを。
履き違えると。
唯の阿呆。
そこだけは。
知っておいた方がいい。

そう。
笑ってもらえる。
そんな阿呆になりたけりゃ。
それなりに。
策を巡らすこと。

何をやる。
何を見せる。
どう誘いをかけて。
どう落としてみせる。
どうしたら効果が大きくなる。

踊る阿呆。
そいつは。
ただ面白がっていれば。
いいってものでもない。
そいつが楽しい。

踊る阿呆。
同じ阿呆なら。
楽しいのが。
面白いのが。
いいに決まっている。

踊る阿呆。
そいつは。
見る阿呆。
笑ってくれる阿呆。
いてくれてこその者。

演じてなんぼ。
奏でてなんぼ。
歌ってなんぼ。
歌舞いてなんぼ。
そんな者。

そう。
見てもらえる。
そんな阿呆にならなければ。
阿呆になぞ。
ならない方がいい。

そう。
笑ってもらえる。
そんな阿呆になれなければ。
阿呆になぞ。
ならなくていい。

そこを。
間違えずに。
履き違えずに。
勘違いした。
唯の阿呆にならぬ様に。

踊る阿呆に。
なる為に。
頭を使う、策を巡らす。
楽しく。
面白くね。



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