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2019年1月

2019/01/30 Wed *天使は・・・ / Blondie

20190130autoamerican


天国なのか。
地獄なのか。
それとも。
その狭間なのか。
天使は何処に。

扉を。
開けたら。
華やかに。
艶やかに。
夢見心地で。

泉に。
飛び込んだら。
妖しく。
淫らに。
溺れるが如く。

その。
坩堝の。
中心で。
手招きしている。
そのものは。

幸運を招くのか。
不幸を遍くのか。
それは。
見極めたくもあり。
そのままにしておきたくもあり。

空の上か。
地の底か。
それとも。
その狭間なのか。
天使は何処に。

『Auto American』'80年リリース。
ブロンディの5枚目となるオリジナル・アルバム。
このアルバムの前に映画に提供した、件の「Call Me」が大ヒットして。
続けてこのアルバムからも「The Tide Is High」とか「Rapture」も大ヒットと。
既にスターの座にあったブロンディですが。このアルバムで遂に上り詰めたかなとも。
セックス・シンボルとしても人気を博し。その妖艶な唇に保険を掛けてと。
玩具としての自分の役割、その商売道具にも人一倍意識が高かったデボラ・ハリー。
実はブロンディとしてデビューした時には30歳を過ぎていて。この頃は30代半ばかな。
若くしてデビューするも挫折して。辛酸を舐めながらブロンディとして望みを叶えたと。
そのブロンディもデビュー当時は鳴かず飛ばずで。初来日公演は驚異的な不入りで。
不憫に思った、あの大貫憲章がしめていたネクタイを引き千切るほどに孤軍奮闘したとか。
そんなエピソードもあって。その時代を乗り越えてやっと掴んだ成功の果実。
それを、どう享受したのか。それはこのアルバムの雑多、坩堝とも言える音楽性に見えて。
既に我がものとしていたディスコやニュー・ウェイブに止まらずに。
レゲエ、ラップ、更にはジャズまでをも。その掌にして。揚々と歌ってみせるデボラ。
あまりに幅が広すぎて、混乱し、ついていけず、脱落したファンも多かったと言われますが。
漸く天国に辿り着いたデボラにしてみれば。それが何ほどのものかと。
自らの望みのまま、求めるままに。歌い、踊り、演じ、楽しむ。その様を見せるだけだと。
勿論、そこにはその様で魅せる、魅入らせることが出来るとの自負と自信があってこそ。
しかし、例え。その目論見が外れたところで。自らの欲望に忠実であることを選んだと。
そう。キッチュでポップ、セクシーでグラマラス。しかし、その様、その姿は。
恐ろしいまでに壮絶な凄味をも帯びているのです。デボラの立っているのは天国か地獄か。
そのいずれか、あるいは別の何処かだとしても。デボラは、聴く者を魅了して止まない天使ではあるのです。

天国なのか。
地獄なのか。
それとも。
その境界なのか。
天使は何処に。

明かりが。
ついたら。
煌びやかに。
めくるめく。
夢うつつで。

華に。
吸い寄せられたら。
熱く。
蕩けて。
囚われるが如く。

その。
混沌の。
中心で。
微笑みかけている。
そのものは。

至福をもたらすのか。
厄災を呼び起こすのか。
それは。
見定めたくもあり。
そのままに過ごしてしまいたくもあり。

空の果てか。
地の奥か。
それとも。
その境界なのか。
天使は何処に。

理とか。
定めとか。
そんなものから。
離れていたい。
その思いがある限り。

習とか。
法とか。
そんなものとも。
無縁でいたい。
その願いがある限り。

道理も。
倫理も。
超えたところ。
そこが。
何処であろうとも。

常識も。
慣例も。
破られたところ。
そこが。
何処であろうとも。

その。
扉の向こうの。
その。
明かりの中の。
あるものが誘うのならば。

その。
泉の奥の。
その。
華の中の。
あるものが魅せるのならば。

天国であろうと。
地獄であろうと。
この地上であろうと。
そう。
天使は其処に。



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2019/01/29 Tue *俺だって / Pearl Harbour

20190129dontfollowmeimlosttoo


探すなよ。
ついてくるなよ。
面倒だし。
鬱陶しいし。
何よりも・・・

自分の。
行き先なんて。
自分で決めろよ。
行きたいところの。
一つや二つ。

誰にだって。
あるだろうし。
思い当たらないなら。
いまからでも。
遅くはないだろう。

そいつは。
きっと。
他の誰でもない。
あんただけの場所。
そんなものさ。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺のことは。
放っておいてくれないか。

万に一つ。
きっかけにはなっても。
所詮は似て非なるだし。
それに。
何よりも・・・

『Don't Follow Me, I'm Lost Too』'80年リリース。
米国のロックンロール姉ちゃん、パール・ハーバーのアルバム。
米国で、この芸名と言うのが。何とも根性あるなと言うところですが。
しかもカヴァーではあるものの代表作が「Fujiyama Mama」ですからね。
この頃、あのクラッシュのポール・シムノンと付き合っていたか、結婚していたか。
その縁で、クラッシュの来日公演にも同行して「Fujiyama Mama」を歌っていて。
確か、NHKでも放送されていたと記憶しています。凄い姉ちゃんだなと。
で、このアルバムもクレジットされてはいませんがバックはクラッシュだったりもして。
ジョー・ストラマーは不参加なのかな。でもウィルコ・ジョンソンも参加していて。
何曲かで、あの独特のギターが聴けるのは嬉しい限りだったりもします。
さてと。ヴィンテージな感じを意図的に演出したと思われるジャケとからも分かる様に。
ロカビリーとか、あの辺(どの辺?)を意識した軽快なナンバーがなかなかご機嫌で。
バラードなんかも、それこそフレアスカートが広がりそうな感じ?かなとか。
ジャケットはねぇ、ヘレン・メリルとかを思わせもするのですが。まぁ、要は。
あの時代、'50年代へのオマージュをモチーフにしたアルバム、活動だったのですかね。
歌声を聴いていると。結構本格的と言うか、R&Bからの影響も感じるのですが。
このアルバムでの、語尾を上げる歌い方。ヒーカップ唱法と言うのかな。これは明らかに。
ロカビリーを意識して取り入れたのだろうなと。この頃、ネオロカとか流行っていたし。
蓮っ葉で、可愛くて。でもどこかドスが効いてもいてと。小粋でカッコイイなと。
ただ、率いていたバンドがニュー・ウェーブ扱いされて。あっという間に消えたりもして。
なんだか結局は、時代に翻弄されて徒花になってしまった感もあって。パール・ハーバー・・・
本名?パール・E・ゲイツの本当にやりたかった、歌いたかったところは何処だったかなと。

探すなよ。
ついてくるなよ。
ややこしいし。
煩いし。
何よりも・・・

自分の。
求めるものなんて。
自分で決めろよ。
欲しいものの。
一つや二つ。

誰にだって。
あるだろうし。
思い浮かばないなら。
今更だなんて。
言い訳に過ぎないだろう。

そいつは。
きっと。
他の誰でもない。
あんただけの宝物。
そんなものさ。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺のことは。
関わらないでくれないか。

万に一つ。
気づきにはなっても。
所詮は擬きにだし。
それに。
何よりも・・・

そうさ。
行き先なんて。
行きたい処なんて。
一つや二つ。
ある筈さ。

たぶん。
きっと。
あるのだと。
そう思う。
そう信じている。

そうさ。
求めるものなんて。
欲しいものなんて。
一つや二つ。
ある筈さ。

たぶん。
きっと。
あるのだと。
そう思おう。
そう信じよう。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺は俺の。
道を行くのだから。


だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺は俺の。
やり方でやるのだから。

何よりも・・・
俺だけの場所。
俺だけの宝物。
俺だって。
見失ったままなのだから・・・



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2019/01/28 Mon *誰が為に、何の為に / Nick Lowe

20190128laboroflust


誰が為に。
何の為に。
駆け回り。
這いずり回り。
そこまでするのか。

反感。
悪意。
そんなものにも。
めげずに。
続けているのか。

質の悪い。
優しさを装った。
形而上の。
形而下の。
残酷さ。

時に。
そんなものに。
打ちのめされそうに。
なりつつも。
それでも、尚。

笑ってみせるのは。
顔を上げてみせるのは。
そうさ。
そんなものは。
たった一つの目標の為。

この。
満たされない。
癒されない。
己の欲望。
そいつを満たしたいが為。

『Labour Of Lust』'79年リリース。
ニック・ロウの代表作たる、2枚目のソロ・アルバム。
アルバム・タイトルの捻くれた感じ、先ずはこれがニックだなと。
普通はLoveでなくLustですかと。愛の為じゃないぞと。欲望(肉欲)の為だぞと。
その為に馬車馬の様に働いているのだと。本気なのか洒落なのか。まったくもって。
さてと。デイヴ・エドモンズ、テリー・ウィリアムス、ビリー・ブレムナーが参加していて。
そう、あのロックパイルのメンバーによるアルバム。つまりロックパイルのアルバム。
そう捉えて間違いのないアルバムだと思います。『Seconds Of Pleasure』と兄弟なのですね。
ニックが奇才なのは間違いがないのですが。ちょっと器用貧乏かなとも思うのですが。
そんなニックのキャリアの中で一番息が合っていたのはデイヴで。そして。
手が合っていたのは、テリーやビリーを含んだロックパイルだと。そう強く感じられると。
以降も魅力的なアルバムはあるのですが。一番、生き生きしているのはこのアルバムかな。
ニックならではの、ポップなのだけど、少し捻くれたメロディやリズムが弾けていて。
そして、これまた一筋縄ではいかない様々なアイデア、小ネタも詰め込まれていると。
一枚のアルバムの中で、更には一曲の中に。どれほどのものをさり気なく盛り込むのか。
そして、そんなニックのナンバーをロックパイルのメンバーが仕上げると筋が通る・・・
いい塩梅で腰が入って、土性骨が座った感じになって。こうピリッと引き締まるのですね。
そこが、このアルバムの肝かなと。下手に甘くも、気難しくもなっていないと言うね。
やっぱり、ニックにはデイヴが。デイヴにはニックが必要なのですよ。なんだよなぁ。
さて。ニックの捻くれたポップ・センスが最大限に発揮されたのが。そう、あのナンバー。
「Cruel To Be Kind」で。何ともシニカルと言うか、残酷を通り過ぎて滑稽と言うか。
そんな破れた恋の歌を極上のポップ・チューンに仕上げてしまう。そのセンスには。
もう脱帽して、降参するしかありません。したたかに、微笑の裏に欲望を秘めて、軽やかに。
人生の極意かもですね・・・

誰が為に。
何の為に。
がむしゃらに。
血眼になって。
そこまでするのか。

反発。
疎外。
そんなものにも。
めげずに。
足掻いているのか。

手に負えない。
優しさと見紛う。
無意識の。
作為的な。
酷薄さ。

時に。
そんなものに。
押し潰されそうに。
なりつつも。
それでも、尚。

笑おうと思えるのは。
前を向いてみせるのは。
そうさ。
そんなものは。
たった一つの目的の為。

この。
乾いたままの。
飢えきった。
己の欲望。
そいつを満たしたいが為。

重い時も。
果てている時も。
そんな時も。
止められるかと。
問われたならば。

沈んだ時も。
怠っている時も。
そんな時も。
諦めるのかと。
問われたならば。

否。
未だその時ではないと。
そう答えてしまう。
それは。
他の誰かの為でもない。

否。
そんな時など訪れないと。
そう強がってしまう。
それは。
他の何かの為でもない。

微笑には。
例えそれが。
表面だけでも。
微笑で。
返してみせる。

優しさには。
例えそれが。
偽りだとしても。
優しさで。
応じてみせる。

誰が為に。
何の為に。
己の欲望。
その為に。
軽やかに、したたかに、朗らかに(笑)。



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2019/01/27 Sun *おさらばと / Elvis Costello And The Atractions

20190127goodbyecruelworld


さようなら。
この。
残酷でくだらない。
そんな世界に。
おさらばと。

かなり。
真面目に。
告げてもいいかと。
そんなことを。
思いながら。

未だ。
何とかなる。
何とかできる。
余地がありはしないかと。
逡巡もしてみる。

だが。
そうだ。
分かり切ったことではあるが。
この世界には。
もはや希望の欠片すら。

手を変え。
品を変え。
窮地から脱しようと。
足掻いてもきたが。
そろそろ万策尽きて。

やはり。
ここらで。
別れを告げる。
それもいいかと。
駆られてみたりもする。

『Goodbye Cruel World』'84年リリース。
エルヴィス・コステロの9枚目となるオリジナル・アルバム。
アルバム・タイトルは英国では遺書に書き記す常套句らしくて。
なんでも、このアルバムが盟友アトラクションズとの最後のアルバムになるかも。
そんな危惧をコステロが抱いていたからつけられたのだとか。なるほどねと。
クライヴ・ランガー等、前作を成功に導いたプロデューサーを再度起用するものの。
どうやら、コステロやアトラクションズと意思の疎通に欠けていたらしく。
何をやりたいのか?何処へ向かおうとしているのか?そのベクトルが明確ではない。
そんな、何とも。もやもやとした気分がついて回るアルバムになってしまっているかな。
リリース直後のインタビューでは、前作よりいいアルバムだと答えていたのに。
10年後には最低のアルバムと自ら評し、20年後には曲はいいのに仕上げが最低と。
コステロと言う人は爽快な切れ味がある反面、悩みだすと長い感じもあって。
特に'80年代の前半は。どうにも身の置き所を探して暗中模索だったかなと。
まぁ、その苦悩の過程を曝け出してしまう。成熟しきれないところも魅力ではあって。
後年のやけに物知り顔になってしまった?コステロよりは愛しかったりもしますが。
何と言っても。あの'80年代前半特有のチープなデジタルに寄ったサウンド。
そいつがコステロとアトラクションズの良さを殺してしまっているのですよね。
弾まない、転がらない。本当に、あの時代は最低だったよなと思い知らされます。
後に弾き語りでツアーに出て、このアルバムの曲の良さに気付いたとのことですが。
そう。どんなに素晴らしい試みや、企ても。装飾を誤ると台無しになると言うことですかね。
この頃は私生活でも問題を抱えて苦悩していたコステロ。その苦闘の軌跡として捉えれば。
その痛みや、苦しみ。それを吐露した曲に、共感もするし聴く価値もあるのですが。
いかんせん、そのサウンド、その仕上げ、その装飾。そこからは逃げ出したくなるアルバムかもですね。

さようなら。
この。
非寛容でお粗末な。
そんな世界に。
おさらばと。

かなり。
本気で。
告げようかなと。
そんな思いに。
誘われながら。

未だ。
何かがある。
何かが待っている。
可能性がありはしないかと。
躊躇もしてみる。

だが。
そうだ。
今更過ぎる感はあるが。
この世界には。
もはや希望の生きる場所など。

知恵を絞り。
施策を巡らせ。
絶望から逃れようと。
もがいてもきたが。
そろそろ八方塞で。

やはり。
ここまでと。
別れを告げる。
それがいいかと。
悟りかけもする。

そもそもが。
この世界など。
望んで。
選んだものではない。
ただの偶然。

それでもと。
この世界でもと。
臨んで。
転がりもしたが。
ただの浪費。

それこそが。
この世界こそが。
与えられ。
泳ぎ切るしかない。
それが運命。

偶然に。
放り込まれた。
その気まぐれな。
その遺志に。
どこまでと。

浪費だと。
知りながら。
足掻き続ける。
その無為を。
どこまでもと。

運命と。
思い定めて。
擦り減っていく。
その諦念を。
いつまでと。

さようなら。
この。
退屈で息苦しい。
そんな世界に。
おさらばと。

仕様、装飾。それだけでは済まされぬ・・・



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2019/01/20 Sun *奇襲 / The Clash

20190120pearlharbour79


奇襲。
時には。
そんな手も。
使ってでも。
優位に運ばないと。

正攻法。
そいつが。
望ましいのは。
百も承知だが。
どうにも。

機先を制された。
そんな感じで。
ここらで。
挽回の一手。
そいつを撃ちたいなと。

それならば。
奇を衒ってでも。
予測の外で。
仕掛けてみないと。
話にならないと。

そいつが。
どの程度。
効果があるかは。
撃ってみて。
それからではあるけれど。

先ずは。
少しでも。
挽回の余地があると。
見込めるならば迷わずに。
奇襲でも。

『Pearl Harbour '79』'79年リリース。
クラッシュの日本独自編集となるアルバム。
要は米国版の1stアルバム『The Clash』に全面帯を被せて。
何やら物議を呼ぶと言うか、物騒な邦題をつけてリリースしてしまったと。
当時のエピック・ソニーは結構攻めていたのだなと思わされます。見事な奇襲だなと。
英国版の1stアルバムが既に『白い暴動』の邦題でリリースされていたので。
それとの差別化を図ったと言うところなのかな。7インチのシングル盤も附いていて。
本体と合わせて全部で17曲。英国や米国でリリースされたシングル盤とかが。
いまみたいに簡単に聴ける時代ではなかったので。ある意味でベスト・アルバム的な感じで。
クラッシュの入門編としては最適なアルバムであったとも言えるかなと。
「Complete Control」「White Man In Hammersmith Palais」「I Fought the Law」とか。
このアルバムで初めて聴いたと言う人も多かったと思われて。まぁ、そこらのナンバーは。
既にクラッシュがパンクの枠には収まりきらなくなった様が捉えられてもいて。
純粋なパンク、その意味で言えば英国版の1stアルバムに尽きるのでしょうが。
ジャンルを超越したカッコイイ、ロックンロール・バンドとしてのクラッシュ、その姿。
そいつは、このアルバムなどで。よりその輪郭がハッキリと感じられたと思うのです。
日本では『Give'em Enough Rope』と『London Calling』の間でのリリースでもあって。
そのタイミングもまた絶妙な奇襲であったかなと。『London Calling』の後では今更だし。
『Give'em Enough Rope』と『London Calling』とは微妙に断絶があったりもするので。
いい塩梅にその谷間と言うか、ミッシング・リンクを埋めるアルバムだったなと。
ライナーには詳細な年表も記載されていて。何度も引っ繰り返し、繰り返し聴きながら。
その歩みを頭に刻みつけたりしていて。それ程に愛着のある、思淹れも強い。大好きなアルバムなのです。

奇襲。
稀には。
そんな手を。
使ってでも。
風上に立たないと。

正面突破。
そいつが。
本来なのは。
重々に承知だが。
どうにも。

先手を取られた。
そんな感じで。
ここらで。
逆襲の一手。
そいつを放ちたいなと。

それならば。
道に外れても。
想定の外で。
仕掛けてみないと。
毒にも薬にもと。

そいつが。
どこまでの。
戦果を上げられるかは。
放ってみて。
それからではあるけれど。

そこは。
少しでも。
反撃の余地があると。
見込めるならば躊躇わずに。
奇襲でも。

少しばかり。
甘く見て。
油断して。
でも。
未だ間に合うだろう。

少しばかり。
出遅れて。
失地して。
でも。
未だ致命的ではないだろう。


だから。
少しばかり。
奇を衒った。
手を撃って。
予測の外から攻めてみよう。

だから。
少しばかり。
道を外れた。
手を放って。
想定の外から迫ってみよう。

本来は。
望ましくない。
承知の上で。
敢えて。
仕掛けてみよう。

真っ当には。
背いている。
承知の上で。
それでも。
仕掛けてやろう。

奇襲。
その責も。
その結果も。
引き受ける。
覚悟があるなら、そいつもありなのだ・・・



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2019/01/19 Sat *それもまた / Sham 69

20190119thatslife


なんだかんだと。
慌しく。
想定外で。
なんでまたと。
しかし、あれだ。

それもまた。
人生だと。
大袈裟に言えば。
そんなもの。
そう言うことなのだろう。

足掻こうが。
抗おうが。
避けられない。
そんな時もある。
向き合うしかないと。

つい。
この前までは。
想像もしなかった。
それでも。
訪れる時には訪れる。

別に。
無抵抗で。
甘んじて受け入れる。
つもりもない。
やれることはやる。

そこに。
生じる摩擦も含めて。
それもまた。
人生だと。
腰を据えてみるかなと。

『That's Life』'78年リリース。
ロンドン・パンクの過激派シャム69の2枚目となるアルバム。
当時の邦題が『悪の挑発』だったかな。う~ん、なんだかなぁですが。
ライヴをやる度に、フロアでパンクスとスキン・ヘッズが大乱闘を起こして。
その為か、すっかり扇動的なイメージが強くなってしまったと言うシャム69です。
それを売りにもしていたのでしょうが。たぶんにマイナス面もあったのではないかと。
そこらは、モット・ザ・フープルにも通じるものがある気もします。
ヴォーカルのジミー・パーシィ。一説ではベイ・シティ・ローラーズのファンで。
そもそもはそのカヴァー・バンドから始まったのだとか。それがパンクの中でも過激派に。
人生いろいろと言うか、それもまた人生と言ったところか。まぁ、意外と地続きかも?
さて。常に市井の、街角の、路上の。そこにある、生きる者としてあったシャム69です。
このアルバムでは曲間に語りを挟んだりして。一種のコンセプト・アルバムでもあるかな。
ジミー自身もその一人である、英国の労働者階級の若者の日常を描き出していて。
一部では、あの『Quadrophenia』と比較して語れることもあるのだとか。
ある日、仕事を首になって、パブでやけ酒を煽って、女の娘を口説いて、家に帰って。
明日は新しい仕事を探しに行こうかと思いながら眠りに落ちて、また同じ一日がと。
そんな日々の繰り返し、それでもそいつを引き受けて、明日へと歩みを進める・・・
ピート・タウンゼントの見ていた、生きていた日常はジミーの時代も変わらずに。
そして。それは今も変わらずに。世界潤の至る所にあるものなのだろうなと。
それをわかりやすいい、平易なメロディと言葉で歌い、シンガロングを呼び起こしたと。
オイ・パンクの元祖とも言われたシャム69が主義主張の違いを越えて愛された所以です。
単調に過ぎる瞬間もあるものの。単調なものだけが有する強固な、乗り越えていく力を秘めているのです。

なんだかんだと。
追われて。
予想の外で。
なんでこうだと。
しかし、あれだ。

それもまた。
人生だと。
大仰に捉えれば。
そんなもの。
そう言うことなのだろう。

ジタバタしても。
逃げても。
囚われてしまう。
そんな時もある。
臨んでみるしかないと。

つい。
こほんの前には。
過りもしなかった。
それでも。
襲う時には襲ってくる。

別に。
見逃して。
甘んじて引き下がる。
つもりもない。
やれることはやる。

そこに。
生じる軋轢も含めて。
それもまた。
人生だと。
腹を括ってみるかなと。

まぁ。
そうだ。
想定外の。
変化では。
あるけれど。

それでも。
時は。
日々は。
淡々と。
流れていく。

そう。
あれだ。
予想の外の。
変調では。
あるけれど。

それでも。
喉は乾くし。
腹は減るし。
眠くもなるし。
変わりなく。

想像もしなかった。
夜霧もしなかった。
それでも。
目の前にあるのなら。
向き合うしかない。

摩擦も。
軋轢も。
生じるのなら。
どんなものであれ。
臨んでみるしかない。

腰を据えて。
腹を括って。
それもまた。
人生だと。
鷹揚に構えてみようかな・・・



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2019/01/18 Fri *備えあればとは / 999

20190118incaseofemergency


備えあればとは。
言うものの。
まぁ、実のところ。
そいつには。
ほど遠いのだと。

何が。
あるか。起こるか。
わからない。
そんなことは。
承知していて。

少し。
頭を働かせれば。
その何かの。
姿も。
見えてはいる。

それは、そうでも。
まぁ、そうであっても。
ことが起きるまでは。
意識の片隅に。
追いやってしまっている。

まさかと、までは。
そこまでは言わないが。
気配もないし。
起きないのではと。
根拠もなしに思っていたと。

備えあればとは。
よく言ったもので。
なるほどと。
そうしたら、少しは。
心持ちも違ったか。

『In Case Of Emergency』'86年リリース。
ロンドン・パンクの名脇役?999の編集アルバム。
今でも現役であるらしい999ですが。この時期に一度解散したのかな。
それで区切りとして'77年のデビューから'81年迄の音源から12曲が収録されています。
メンバーにはあのイアン・デューリーが教師だった時代の教え子がいて。
キルバーン&ハイ・ローズにも参加していたのかな。バンド名は英国の緊急用電話番号から。
かのクラッシュの「London's Burning」の歌詞にインスパイアされたと言う説も。
尤も、デビューの時期を考えると、どうだろう。そいつはロック伝説、眉唾かなとも。
さて。ロンドン・パンクと一口に言っても。当然ですが音楽性は多種多様であって。
パワフルに、エネルギッシュにブッ飛ばす様はまさにパンクな999ですが。
例えばクラッシュと比較すると。そこまでシリアスではないと言うか、喧嘩腰ではなくて。
街の気のいい、兄ちゃん達が陽気に、喧しく騒いでいると言ったそんな感じかなと。
そこらは十分にパブ・ロックからの流れを、その系譜にあるバンドだとの個性になっていて。
そのポップでキャッチーなメロディは思わず一緒に口ずさんでしまう親しさが溢れていて。
どちらかと言えば。モノトーンなイメージの強いパンク・バンドの中ではカラフルかなと。
どことなくユーモラスな感じもあって。そこらもパブ・ロックとの共通項があるのです。
まぁ、大体において。厳しい状況に置かれた時、追い込まれた時。そんな時には。
むきになって、肩肘張って、難しい顔をするよりも。しかたないなと、なんとかなるさと。
少し強がって、陽気に装い、笑ってみせる。それが有効な場合もあったりすると思われて。
社会の現状に対して怒り、逆らう。その緊急救助の表現としてありだろうなと。
あれですよ。ピンチの時に誰かに相談したら、自分より深刻な顔をされても困るよなと。
根拠がなくても。大丈夫、なんてことないよと笑い飛ばして元気づけてくれる。999はそんな存在なのかな。

備えあればとは。
言うものの。
まぁ、実際においては。
そいつは。
なかなかに難しいのだ。

何が。
あるか。降ってくるか。
わからない。
そんなことは。
理解していて。

少し。
頭を巡らせれば。
その何かの。
姿も。
捉えられてはいる。

それは、そうでも。
まぁ、そうだとしても。
何かがが降ってくるまでは。
意識の深淵に。
眠らせてしまっている。

晴天の霹靂と、までは。
そこまでは言わないが。
予兆ないし。
降らないのではと。
根拠もなしに信じていたと。

備えあればとは。
よく言ったもので。
なるほどと。
そうしたら、些かは。
気構えも違ったか。

あぁ。
それでも。
あれなのだ。
怯えながら。
過ごしたくはないのだ。

そう。
それでも。
あれなのだ。
窮々として。
送りたくはないのだ。

この日。
この時。
この一瞬を。
鷹揚として。
乗りこなしていたいのだ。

何かが。
起きたなら。
起きた時。
その時に。
なんとかするのだと。

何かが。
振ってきたのなら。
振ってきた時。
その時に。
なんとでもするのだと。

この日。
この時。
この一瞬を。
笑い飛ばす。
それも備えなのだと。

備えあればとは。
言うものの。
その備えの。
想定など及びもつかない。
そんなものでもあるのだから・・・



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2019/01/08 Tue *流れているもの / Curtis Mayfield

20190108roots


流れるもの。
否が応でも。
そいつを。
意識せざるを得ない。
そんな季節だと。

遠ざけても。
遠ざけても。
離れられない。
そんなものが。
確かにあるのだと。

そいつを。
それを。
忘れることなど。
できはしないのだと。
思い知らされる。

確かにこの身には。
拒めない。
受け止めざるを得ない。
そんなものが。
流れているのだろうなと。

そいつは。
いつも。
いまも。
うっすらとではあっても。
感じていたのだ。

ならば。
その上で。
その。流れているもの。
そいつと。
どうつき合っていくか。そう言うこと。

『Roots』'71年リリース。
カーティス・メーフィールドの3枚目となるソロ・アルバム。
数あるカーティスのアルバムの中では比較的地味な印象があるかもですが。
アルバム・タイトルが象徴するかの様に。カーティスが自身のルーツ、根源を。
そう、自身の中に流れているものを強く意識していたかなと思わされて。
なかなかに。重みのある、聴き応え、手応えのあるアルバムでもあるのです。
リリース当時、マーヴィン・ゲイの『What's Going on』を引き合いに出して。
その影響下にあって。そして比べてあまりにも大人しく物足りないとの評価もあったとか。
確かに。特に、このアルバムでのカーティスの表情、表現は穏やかではあるのですが。
その穏やかさ。激しい怒りや、深い悲しみを。あまりに直裁には表そうとしない。
それこそがカーティスの個性であり、大いなる魅力だと思うのですけどね。
たぶん、カーティスはマーヴィンの様にしかめ面をしてみせるのが苦手だったのだろうと。
勿論、正直に顔をしかめてみせるマーヴィンは、マーヴィンで魅力的ではあって。
そう言う伝え方もありなのです。でもカーティスはそうはしなかったと。
怒りも、悲しみも。一旦は呑み込んで咀嚼して。穏やかにそして明るく伝えようとしたと。
笑顔で、陽気に優しく肩を抱く様に励ます。そんな伝え方こそがカーティスだったのです。
確かに直裁的な表現はわかり易く、伝わり易いかも知れない。でも時には刺激に過ぎて。
その場限りで忘れられるとか、場合によっては拒絶されるかもしれないと。だからこそ。
だからこそ。大きな愛で包み込む様な表現、伝え方を選んだのではないかなと。
そこはインプレッションズ時代から深く公民権運動とも関わってきたカーティスならで。
まさに、培ってきたもの、流れているものを見つめて、受け止めて、受け入れて。
そこから導き出した、選択した答えだった様な気がしてならないのですよね。
「Keep On Keeping On」「Beautiful Brother Of Mine」と呼びかける歌声は穏やかで、そして力強いのです。

流れるもの。
否が応でも。
そいつと。
向き合わざるを得ない。
そんな季節だと。

避けても。
避けても。
逃れられない。
そんなものが。
間違いなくあるのだと。

そいつを。
それを。
消し去ることなど。
ありはしないのだと。
思い知らされる。

確かにこの心には。
拒めない。
受け入れざるを得ない。
そんなものが。
流れているのだろうなと。

そいつは。
いまも。
いつでも。
微かではあっても。
感じていたのだ。

ならば。
その下で。
その。流れているもの。
そいつを。
どう御していくか。そう言うこと。

どんなに。
遠く。
離れたとしても。
変わらないものがある。
確かにあるのだと。

どんなに。
頑なに。
避けたとしても。
変えられないものがある。
確かにあるのだと。

避けても。
逃れても。
結局は。
ついて回るものが。
確かにあるのだと。

いつも。
いまも。
いつでも。
そいつだけは。
確かにあるのならば。

意識して。
向き合って。
付き合って。
御して。
そうするしかないのであれば。

後は。
流れているものを。
どう呑み込んで。
どう消化して、昇華して。
生きてみせるか。それだけ・・・



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2019/01/07 Mon *立て直し / The Meters

20190107cabbagealley


どうやら。
ここらで。
思考を変えて。
リセットして。
立て直し。

そんな。
風向きかなと。
どうにも。
そいつは。
似つかない。

さっさと。
前へ、前へと。
そんなのが。
本来だと。
そうではあるが。

いつの間にか。
存外に。
引き摺ってもいた様で。
ならば。
一息ついて。

見直して。
考え直して。
改めて。
立て直し。
そいつもいいかと。

それに。そう。
立て直し。
そうなれば。
一度は総てを。
更地に出来るしと。

『Cabbage Alley』'72年リリース。
何故、キャベツ?そんなミーターズの4枚目となるアルバム。
ジョシーの倒産によりリプリーズに移籍して初めてのアルバムでもあります。
結果としてメジャーに移籍したからではないとは思いますが。
大きく、その作風を変えて。いよいよロックのフィールドにも打って出たと。
後に正式にメンバーとなるシリル・ネヴィルがゲスト参加して5人編成となり。
アート・ネヴィルがリード・ヴォーカルを務める歌モノの比重が高くなりと。
勿論、基本は従来通りのニューオーリンズ・ファンクではあるものの。
シリルのコンガや、明らかにジミヘンを意識したかのギターが随所に聴かれて。
ファンクやR&Bに、深く馴染みがなくても親しみやすくなっているかなと。
特にA面頭の「You've Got To Change(You've Got To Reform)」「Stay Away」の連打。
この辺りはブラック・ロックとも呼べる様な。ファンカデリックにも通じるし。
例えばレッド・ツェッペリン、特にジョン・ボーナムへの影響もよくわかるかな。
ある種、洗練されて。音も重ねられて。その厚みが何ともカッコ良くて。
変化を試みたミーターズの、その幅が広がった魅力が十分に伝わってくるのです。
一方で、「Do The Dirt」「Gettin' Funkier All The Time」などは。変わらないミーターズ。
音はスカスカなのに、何故か重量級にうねって、跳ねるグルーヴが何ともご機嫌で。
この強靭で柔軟なリズム、ビート。そんな土台あってこそのミーターズなのだと。
そんな当たり前のことを感じさせられもします。そう土台がしっかりしているから。
だからこそ。上物の変化にも対応が出来るのだと。そこが強いところなのですよね。
アートの無骨で男臭い歌声の魅力はやはりこのアルバムから開花したと思われて。
「Birds」などはなかなかのものなのですが。ニール・ヤングのナンバーを選んだのは。
やはりレーベル・メイトになった記念みたいな意味合いもあったのかなと。
余談ですが。ボブ・ディランとはまた違った意味で。ニールのナンバーと言うのも。
他のアーティストが歌うことによって、その良さが伝わるところもあるのですよね。

どうやら。
こいつは。
指向も変えて。
リセットして。
立て直し。

そんな。
潮目かなと。
どうにも。
そいつは。
好きではない。

さっさと。
狙って、定めてと。
そんなのが。
原則だと。
そうではあるが。

いつの間にか。
望外に。
囚われ過ぎてもいた様で。
ならば。
一息ついて。

見直して。
やりなおして。
一から。
立て直し。
そいつもいいかと。

それに。そう。
立て直し。
そうであれば。
一度は総てを。
振り出しに戻せるしと。

そうだよな。
どうしても。
否が応でも。
時の流れとか。
そんなもの。

いくら。
頑張ってみたところで。
微塵も影響を受けない。
そんなわけもない。
そうはいきもしない。

ならば。
肩肘張って。
意固地になり過ぎて。
そんなところは。
変えてもいいだろうと。

それに。
実のところ。
更地にとか。
振り出しにとか。
そんなものが。

意外に。
悪くは無いと言うか。
実のところ。
結構。
好きだったりもするし。

要は。
嗜好に。
志向と。
そんな土台が。
揺らがなければいいだけで。

ここらで。
リセット。
立て直し。
そいつは。
やってみる価値はあるのだろう。



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2019/01/06 Sun *訊いてみよう / Rufus

20190106askrufus


訊いてみよう。
わからない。
調べるにも。
限度がある。
どうにもこうにも。

かれこれ。
何分。
何十分。
何時間。
これ以上は。

時間の無駄。
悩んでいるのが。
勿体ない。
悩んだところで。
どうにもならない。

真夜中。
やや遅きに失した。
それでも。
手遅れではない。
いまのうちに。

間に合う様に。
しっかりと。
ちゃんと。
毅然と。
問いただそう。

そこのところ。
どうなっているの。
どうしたら。
どうにかなるの。
訊いてみよう。

『Ask Rufus』'77年リリース。
ルーファスの5枚目のアルバムにして初のプラチナ・アルバム。
ルーファス・フューチャリング・チャカ・カーンとなってからは3枚目で。
遂にジャケットでもチャカとその他のメンバーの扱いに大きな差が。
米国初回盤には同じデザインの大きなポスターまで封入されていますからね。
レコード会社としては、兎に角チャカを前面に押し立ててその魅力で売りたかったと。
まぁ、チャカの歌声の魅力、威力は絶大ですからね。わからなくもないですが。
その一方で。このアルバム・タイトル、実はルーファスに改名する前のバンド名でもあって。
そこに。チャカを含むメンバーの細やかな反抗と言うか、意思を感じるのは穿ち過ぎかな。
途中加入のメンバーもいますからね。でも一つのバンドなのだ、一体なのだと。
そんな思いはあったかなと。チャカはソロ・アルバムが成功した後でも。
何度もルーファスに戻っていて。最後も共にその幕を下ろしていますからね。
さてと。このアルバム。ファンクよりも、メロウなナンバーが多くなっていて。
そのサウンドも、フュージョンに近く。新たなチャカの歌声の魅力も引き出していますが。
そう。チャカはファンクの枠を飛び越えて聴く者を魅了する歌声の持ち主なのですが。
やっぱり、「At Midnight (My Love Will Lift You Up)」の様なアッパーなファンクこそ。
タワー・オブ・パワーのホーン・セクションをも従えるが如くのその迫力。
それこそがチャカ、そしてルーファスの本領、真骨頂だなと思ってしまうのですけどね。
何せド迫力のチャカの歌声ですから。それを支えて、拮抗するのは並大抵ではないと。
そして。自分達ならそれが可能なのだとのメンバーの自負、それに対するチャカの信頼。
そんなものは、ファンク・ナンバーでこそ存分に発揮されるのだと感じるのです。
どうにも。そこら辺りをチャカ、そしてメンバー達に訊いてみたくなったりもするのです。

訊いてみよう。
見当たらない。
探すにも。
限度がある。
にっちもさっちも。

なんだかんだ。
何分。
何十分。
何時間。
これ以上は。

時間の浪費。
迷っているのが。
勿体ない。
脱け出さないことには。
どうにもならない。

真夜中。
やや後手に回った。
それでも。
致命的ではない。
いまのうちに。

追いつける様に。
はっきりと。
きちんと。
整然と。
問いただそう。

そこのところ。
どうするつもりなの。
どうすれば。
どうにかできるの。
訊いてみよう。

下手な考え。
休むになんとか。
そんなところだ。
真夜中。
もう頃合いだ。

知ったかぶり。
火傷をする前に。
それがいい。
真夜中。
もう潮時だ。

不明は。
素直に認める。
それでいい。
真夜中。
もう終わりにしよう。

これ以上。
時間を。
費やすのは。
止めにして。
動き始めよう。

これ以上。
頭を。
絞るのは。
止めにして。
白紙に戻そう。

これ以上。
心を。
悩ますのは。
止めにして。
素直になろう。

わからない。
見当たらない。
そうだな。
それしかない。
訊いてみよう。



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2019/01/05 Sat *遊び心が / Sly & The Family Stone

20190105awholenewthing


遊び心が。
遊び心こそが。
その扉を。
開ける鍵となる。
そんなもの。

明確な。
方法論も。
具体的な。
手段も。
無いけれど。

取り敢えず。
軽く。
あまり深くは。
考えずに。
始めてみる。

覚束なくても。
いいかげんでも。
歩み始めれば。
その一歩、一歩が。
知らず、知らずの内に。

今までとは。
異なる。
何処かへと。
繋がる扉の前へと。
連れて行ってくれる。

そして。
気づかぬままに。
そのままに。
鍵を開けて。
向こう側へと。

『A Whole New Thing』'67年リリース。
スライ&ザ・ファミリー・ストーンの記念すべき1stアルバム。
スライ・ストーンとシンシア・ロビンソンが、スライの弟フレディのバンドに合流して。
当時の邦題は『新しい世界』だったとかで。如何にも新たな世界へ意気揚々とみたいな。
しかしながら。このアルバムでのスライは。そう、溢れるアイデアはあるものの。
未だそれを具現化する手法を模索中と言ったところで。試行錯誤していると。
そう。時代も時代で。ファンクやニュー・ソウルが芽生え、育ち。何とか新しい時代へと。
その扉を開けようともがき始めた。その頃ですからね。スライとしても端緒についたばかり。
サウンドや、メロディには明らかにスタックスやモータウンの影が感じられます。
それでも。既にスライの目は来るべき時代、世界を見ていたのは明らかで。
総てがスライの手によるオリジナルなのですが。そこにこれでもかと詰め込まれたもの。
例えば、どうにも楽しそうなコーラスとか、陽気に踊りまくるホーン・セクションとか。
更にはバラエティに富むその曲調、その一曲一曲の中での振れ幅の大きさとか。
後に、世界中を席巻するスライのファンクの原点となる要素はあらかた見て取れるかなと。
それらが雑然と詰め込まれた玩具箱みたいなアルバムで。整合性や統一感には欠ける。
しかし、その雑然とした玩具箱ならではの。何が出てくるかわからない楽しさがあって。
それを誰よりもスライが純粋に楽しんでいる。そんなところが堪らないかなと。
明確には見えない、見えてこない。そんな一抹の不安も感じ、抱えながらも前へと。
あれも、これも。思いついた、感じたことはやってしまおうと言う遊び心、それこそが。
スライの真骨頂であり。新しい時代、新しい世界への扉の鍵を開ける鍵となったのだと。
その萌芽があちこちに感じられるこのアルバム。実に心を踊らされるものがあるのです。
やがて。その純粋な遊び心故に。大きな挫折を味わって。追い詰められてしまって。
その末路を知っているからこそ。このアルバムに溢れる遊び心が愛しくて仕方ないのです。

遊び心が。
遊び心だけが。
その扉を。
開ける鍵となる。
そんなところ。

明確な。
戦術論も。
具体的な。
手立ても。
無いけれど。

取り敢えず。
軽く。
あまり重くは。
受け止めずに。
始めてみる。

心許なくても。
あやふやでも。
跳び越えれば。
その一跳び、一跳びが。
気づかずに、いつの間に。

今までとは
思いもよらぬ。
何処かへと。
開かれる扉の前へと。
導いてくれる。

そして。
知らぬままに。
そのままに。
鍵を開けて。
その先へと。

楽しいと。
思えるのなら。
感じるのなら。
そいつは。
やってみるのがいい。

面白いと。
思えるのなら。
感じるのなら。
そいつも。
やってみるのがいい。

賭けたいと。
思えるのなら。
感じるのなら。
そいつに。
乗ってみるのもいい。

方法論とか。
手段とか。
そいつは。
やってみれば。
見えてくるだろう。

戦術論とか。
手立てとか。
そいつも。
やってみれば。
わかってくるだろう。

理屈とか。
理論とか。
そいつも。
やってしまえば。
後からついてくるだろう。

取り敢えず。
楽しそうなら。
面白そうなら。
遊び心が。
騒ぐのなら・・・

賭けてしまおう、乗ってしまおう!



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2019/01/04 Fri *どうですか、お客さん / James Brown

20190104igotyouifeelgood


どうですか。
笑っていますか。
乗っていますか。
そして。
楽しんでいますか。

まぁ。
色々と。
あるでしょう。
否、ない方が。
おかしいでしょうが。

このひと時。
ほんの一瞬。
その間だけでも。
それだけでも。
忘れてしまって。

共に。
笑って。
楽しんで頂ければ。
それに勝る。
喜びはないのです。

そうです。
誰かが。
貴方が。
共にいてくれる。
共鳴してくれる。

それだから。
こっちも。
この身も。
楽しくなると言うもので。
どうですか、お客さん。

『I Got You (I Feel Good)』'66年リリース。
「Papa's Got A Brand New Bag)」に引き続き、更に上回るヒットとなって。
ジェームス・ブラウン、JBのファンクを発火させ、揺るぎなきものとした。
そんな「I Got You (I Feel Good)」をフュチャーした極上の編集アルバム。
「I Got You (I Feel Good)」はR&Bチャートでは6週連続で首位に輝いて。
全米チャートでも3位まで上がったのかな。JBとしては最高のチャート・アクションで。
それは、JBもレコード会社もその機を見逃すわけがないよなと。その商魂の逞しさ。
それもまたファンク、ソウルの魅力ではあるので。その生命力にも惹かれたりします。
まぁ、JBクラスであっても。'60年代中期まではアルバムを意識した録音は殆どない。
そこに当時の、黒人(に限らないけれど)ミュージシャンの置かれていた状況があって。
それと向き合い、闘いながら。やがて揺るぎない地位を手に入れることになるのですね。
さて。「I Got You (I Feel Good)」とB面だった「I Can’t Help It」以外は既発曲の寄せ集め。
そうではあるのですが。「Night Train」など。リズムに乗ったナンバーが収録されていて。
クールなインストもあったりして。それなりの統一感を感じさせる辺りはなかなかかなと。
正直、JBのアルバムと言うのは玉石混合で。中には首を傾げざるをえないものの。
それを考えると。このアルバムは。ちゃんと考えられていると言うか、力が入っていて。
JBのファンクが燃え広がる、その端緒を体感できる、その一点で十二分に価値があるかな。
この当時、一説では一年間の内で51週間はツアーをしていたらしいJBとメンバー。
その夜のライヴを終えて、その勢いのまま(疲れたまま)スタジオに入って録音する環境。
その中で。自らの歌も含めて。総ての楽器をドラムの様に感じ、聴いていたのだとも。
その感覚をそのまま持ち込んで。リズムとしての歌とでも言うべきスタイルを作ったと。
そして。それは連夜のライヴでの客席とのコラボレーション、一体感から生まれてきたもの。
どうですか、お客さんと。お客さんがいて自分がいて。共にある喜びから生まれたと。
JBのファンクが時代を越えて。我々の身と心を揺さぶり続けるのは、その発火、誕生の過程によるかもです。

どうですか。
笑えていますか。
乗れていますか。
そして。
楽しめていますか。

まぁ。
そうは。
単純ではないでしょう。
否、ない方が。
当然なのでしょうが。

このひと時。
ほんの一瞬。
その間だけでも。
それだけでも。
単純に、そうストレートに、シンプルに。

共に。
笑えて。
楽しめて頂けたのなら。
それに勝る。
幸せはないのです。

そうです。
誰かが。
貴女が。
共にいてくれる。
共感してくれる。

それだから。
こっちも。
この心も。
楽しくなると言うもので。
どうですか、お客さん。

そうさ。
やりたいのは。
独り善がりの。
自己満足。
そんなものではない。

そうさ。
閉じた。
閉じ籠った。
独りの世界。
そんなものでもない。

そうさ。
自慰。
マスターベーション。
そんなものなど。
見せるものではない。

貴方と。
貴女と。
皆と。
共に。
あってこそのもの。

貴方が。
貴女が。
皆が。
笑ってこそ。
乗ってこそ。

貴方が。
貴女が。
皆が。
楽しんでこそ。
楽しめてこそ。

それでこそ。
この身にも。
この心にも。
喜びがある。
幸せがある。

だから。
その為には。
労を惜しまず。
励むのです。
どうですか、お客さん(笑)。



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