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2019年2月

2019/02/26 Tue *終わらない旅 / Quicksilver Messenger Service

20190226happytrails


終わらない歌。
そいつを。
口ずさみながら。
終わりのない道。
そいつを歩く。

およそ。
生きるなどと。
それは。
そんなものだと。
思うのだけれど。

そいつは。
誰かが宣う様に。
重い荷物を背負ってなどと。
そんな苦行ではあるまいと。
もっと楽しいもの。

否、そうだな。
楽しいと思わないと。
否、違うな。
本当に。
楽しまないと、と。

そう。
あれも。これも。
終わりなどない。
終わらせてはいけない。
終わったら、終わるのだと。

終わらない歌。
そいつを。
道連れにして。
終わらない喜び。
そいつに投じるのだと。

『Happy Trails』'69年リリース。
クイックシルヴァー・メッセンジャー・サービスの2ndアルバム。
ジェファーソン。エアプレインやグレートフル・デッドと並び称されて。
サンフランシスコのサイケデリック・ロック・シーンで名を馳せていたものの。
薬物関係のトラブルとかでメンバーが安定しないとか、ライヴが評価されていて。
そのライヴでの魅力をレコーディングで発揮できるか疑念をいだいていたりして。
それで、レコード・デビューが遅れて。更には1stも満足のいく出来ではなくてと。
そこで。フィルモア・ウエストとフィルモア・イーストでのライヴ録音に踏み切って。
更にはスタジオでも手を加えて。このサイケデリックでドラッギーな傑作が生まれたと。
当時の邦題は『愛の組曲』なる如何にも日本人がイメージしそうなものでしたが。
これはA面が、あのボ・ディドリーの「Who Do You Love」をベースにした組曲だから。
しかし。B面の頭の「Mona」も含めて。あのボの、あのナンバーなわけですからね。
言ってしまえば『性愛の組曲』のが相応しいだろうと。またそのサウンドが。
ジョン・シポリナとゲイリー・ダンカン。この2人のギターのせめぎ合い、絡み合いが。
それこそ。交歓と歓喜と喜悦に満ちていて、それが延々と繰り返される。その絶倫具合。
殆どが長尺でしかもインストなのですが。その物言わぬから、言葉にならないからこその。
得も言われない快感をもたらす、アドリブを大いに交えたサウンドが何とも堪らないと。
まぁ、まともじゃないと言うか。まともじゃないからこその魅力に溢れているのです。
色々な意味で、色々と飛ぶことのできるサウンド、アルバムでもあって。
そう考えると。アルバム・タイトルとジャケットも。実は一筋縄ではいかなくて。
スラングとしての意味合いも考えると。これがまた何とも、陽気に意味深かなと。
この旺盛で、貪欲な快楽を追求する感覚。それが捉えられたアルバム。危険、故に実に魅力的なのです。

終わらない歌。
そいつを。
道連れにしながら。
終わりのない道。
そいつを続ける。

およそ。
生きるとなれば。
それは。
そこまでしてこそと。
思うのだけれど。

そいつは。
誰かが宣う様に。
我慢、辛抱の連続などと。
そんな禁欲的ではあるまいと。
もっと楽しいもの。

否、そうだな。
楽しいと思えないと。
否、違うな。
心から。
楽しんでこそ、と。

そう。
あれにも。これにも。
終わりなどない。
終わらせてはいけない。
終わらせているのは、自分だと。

終わらない歌。
そいつを。
高らかに歌い上げ。
終わらない喜び。
そいつを求め続けるのだと。

何が。
嬉しくて。
ここにいる。
ここまできた。
そいつは。

何が。
好きで。
ここにいる。
どこまでいく。
そいつは。

何で。
生きている。
ここにいる。
これからも。
そいつは。

音楽。
それもある。
酒。
それもある。
そして、そう。

愛。
それだけだ。
他に。
何があるだろう。
何が代われるだろう。

愛の。
愛することの。
愛されることの。
喜びと歓びと悦び。
それだけだ。

そいつを。
道連れに。
終わらない歌を、歌いながら。
終わらない、終わりのない旅を。
いつまでも、どこまでも。



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2019/02/25 Mon *そんな素振りで / Captain Beefheart And His Magic Band

20190225safeasmilkmono


安心です。
人畜無害です。
何の意図も。
何の問題も。
ありませんと。

そんな素振りで。
近づいて。
棲みついて。
観察しながら。
機を窺うと。

表向きは。
従順に。
従って。
周囲に。
溶け込んでと。

でも。
その実は。
誰にも尻尾を振らず。
何処にも馴れず。
離れたままでと。

そして。
いざとなれば。
いつでも。
反旗を翻す。
準備をしていようと。

さぁ。
思惑が一致したところで。
乾杯でもして。
次なる一手でも。
思案しましょうか。

『Safe As Milk』'67年リリース。
奇才、キャプテン・ビーフハートとそのマジック・バンド。
記念すべき、紆余曲折の果ての初めてのアルバム。
A&Mから数枚のシングル盤をリリースするものの。アルバムのリリースは却下。
難解に過ぎる、過激に過ぎると言うのが理由だったとか。
まぁ、A&Mは。数ある大手の中でもかなりの穏健派、中道路線ですからねぇ。
それで、漸くブッダ・レコードから陽の目を見たこのアルバム。
以降のキャプテンを思うと。かなりの癖はあるものの。難解でも過激でもなくて。
リリースを却下する程でもとは思えるのですが。時代とA&Mの社風が・・・ですか。
さて。マジック・バンドと言っても。実質はキャプテンのワンマン・バンドで。
メンバーの人選も総てキャプテンが行って、その意図を反映させていたとかで。
このアルバムには正式メンバーではないものの、あのライ・クーダーが参加していて。
あの個性的なスライドの魅力がこのアルバムでも発揮されています。
キャプテンはかなりライにご執心だった様ですが。ライはと言うと。そうでもなくて。
参したものの。キャプテン達のアプローチや振る舞いに違和感を覚えていたらしく。
一説ではあるライヴでのキャプテンの意図不明の行動に愛想をつかして脱退したのだとか。
ライは学究肌ですからね。尤もキャプテンもかなりのブルース・マニアで愛情に溢れていて。
その点は共通してもいるかに思えるのですが。お互いの個性、癖が相容れなかったのかな。
愛情が深ければ深い程。譲れないものも多く、大きくなっていくと言うことなのか。
またそれ程の二人が鬩ぎ合っているからこそ、単純なコピーに陥らずに。
ユニークで個性に溢れた、癖が強いが故に癖にもなる。こんなアルバムが創れたのだと。
アルバム・タイトルに騙されて?愛飲すると中毒になり抜き差しならなくなる。そんな怖さのあるアルバムです。

安全です。
毒にも薬にもならず。
何の思惑も。
何の瑕疵も。
ありませんと。

そんな素振りで。
近寄って。
喰い込んで。
潜伏しながら。
機を逃さずと。

表向きは。
素直に。
沿って。
周囲と。
馴染んでと。

でも。
その実は。
誰ともつるまず、群れず。
何処にも依らず。
外れたままでと。

そして。
いざとなれば。
その時は。
謀反を起こす。
用意はしていようと。

さぁ。
胸の内が、心の底が同じことに。
杯を重ねて。
更なる一手でも。
想定しましょうか。

まぁ。
向こうも。
こっちが。
まったくの。
人畜無害とは。

そう。
向こうだって。
こっちが。
何かを。
考えているとは。

それくらいは。
それ程には。
考えているし。
思いを巡らせている。
そんなところ。

でも。
そこはそれで。
それ程に。
深くは及びもしない。
裏も読めない。

そこが狙い目。
そこが付け目。
そして。
そこが物足りない。
そこが面白くない。

だから。
乾杯でもして。
次なる一手を。
杯を重ねて。
更なる一手を。

安心です。
安全です。
そんな素振りで。
棲みつきながら。
喰い込みながら。

そんなところですかね・・・



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2019/02/24 Sun *煮詰めるのか、澄ますのか / The Doors

20190224thesoftparadeukorg


さてと。
この素材を。
どうするか。
どう調理して。
どう仕上げるのか。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
その分岐は。
いつ訪れて。
どう判断するのか。

素材はある。
時間はない。
それがどうした。
諦めるには。
未だ早いだろう。

止める。
棄てる。
そいつは簡単。
いつでもできる。
その前に。

欲張りすぎた。
素材を前に。
その実、呆然と。
それでも。
足掻いてみせるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
どちらへ進むのか。
見えてくるまで。
やり続けるしかないのだ。

『The Soft Parade』'69年リリース。
ザ・ドアーズの4枚目にして、駄作と揶揄されることの多いアルバム。
従来使用してこなかったホーンやストリングスの多用。キャッチーなナンバーが多い。
まぁ、おおむねそう言ったところが低評価の原因なのだろうなとは思われます。
う~ん。別にサウンドが変化しようが、よりキャッチーになろうが。それはいいだろうと。
今までと違うから好きじゃないなどと言う感性の持主にはドアーズは聴けないだろうと。
ただ。ではこのアルバム。ドアーズのアルバムとしてどうなのかと問われれば。
(ジム・モリソン在籍時の)ドアーズの総てのアルバムの中では一段階落ちるかなとは。
何故か。ジムの迷い。それがそのまま出てしまった。ジムの輪郭がぼんやりとしたままかな。
一気にスターダムにのし上がったことへの戸惑い。求められるイメージとの葛藤。
それらのストレスが暴発したかのマイアミ事件に端を発する権力との不毛な闘争などなど。
ジムが相当に疲弊し、消耗していたのは想像に難くなく。その状態で制作に取り組んで。
結果として。以前の様にはアイデアを膨らませることも、展開させることも出来なくなった。
そんなところではなかったかと。素材をどう調理するのか、その苦闘の過程が出てしまった。
そう言ってみれば、調理の過程や、痕跡がそのままに出されてしまったものもあるのです。
どうしたかったのか、どっちへ行きたかったのか、何処へ行きたかったのか。曖昧なまま。
それを目の前に出されてもと。特に長尺の「The Soft Parade」は冗長に過ぎたか。
でも。それでもドアーズで。その苦闘、苦悩の狭間に、聴く者を惹きつけるものがあって。
その煌めきの欠片を追うだけでも。実はそれなりにスリリングだったりはするのです。
そう。安易に諦めず。お茶を濁さず。諦めずにもがき、足掻いたその姿に魅せられるかな。
だからこそロビー・クリューガーのセンスが爆発した、永遠に色褪せない珠玉の一曲が。
そう、一際キャッチーでポップな「Touch Me」が高らかに鳴り響いているのです。

さてと。
この素材は。
どうなるか。
どう味付けして。
どう提供するのか。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
その境界は。
いつ表れて。
どう決断するのか。

素材は豊富。
時間が足りない。
それがどうした。
音を上げるには。
未だ早すぎるだろう。

諦める。
放り出す。
そいつは楽だが。
安易にすぎる。
その前に。

贅沢にすぎた。
素材を前に。
その実、唖然と。
それでも。
藻掻いてみせるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
どちらへ舵を切るのか。
感じられるまで。
やり続けるしかないのだ。

出来上がりは。
いつも。
いつでも。
必ずは。
上等とはいかない。

仕上がりは。
いつも。
いつでも。
間違いなく。
万全ともいかない。

それでも。
それを目指して。
そこを目指して。
素材と。
格闘するのだ。

それでも。
なんとかなると。
なんとかすると。
調理を。
試行錯誤するのだ。

諦めずに。
値を上げずに。
足掻いてこそ。
藻掻いてこそ。
見えてくる、見せられるものもあるのだ。

簡単でないから。
楽でないから。
いつでもと。
安易にはいかないから。
聞こえてくる、聞かせられるものもあるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
この流れが。
この行進が。
どっちへ、何処へ行こうとも、である。



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2019/02/23 Sat *その娘は誰? / The Isley Brothers

20190223threeplusthree


その娘は誰?
誰でしょうね。
今日、今夜。
この胸に宿って。
止まないのは。

そう。
いま、この時。
此処にはいないのに。
その面影が。
消えないのは。

そう。
いま、この時。
此処には現れないのに。
その面影を。
探してしまうのは。

それほどに。
どれほどに。
思いが過り。
思いが募る。
そんな時がある。

何故。
どうして。
そんなことは。
今更に。
問うまでもないけれど。

その娘は誰?
誰でしょうね。
今日、今夜。
この胸を占めて。
離れないのは。

『3+3』'73年リリース。
アイズレー・ブラザーズの新体制での第一弾となったアルバム。
'50年代のデビュー以来、第一線で活躍しながら、そのスタイルも変え続けて。
そんなアイズレー・ブラザーズが一番、時代と呼応していたのは。
やっぱり、ファンキーで、そしてセクシー、エロティックだった’70年代かなと。
その黄金時代のラインナップが、所謂3+3体制で。それが初めて謳われたアルバムだと。
ヴォーカル担当のオリジナル・メンバーでもある長兄3人組に。
ギターのアーニー・アイズレーを始めとする楽器隊、弟や従兄弟3人組が加わったと。
実際は'69年にはこの体制で活動を始めていて。ここでそれを公式にしたのですが。
それによって、アーニーのギターが前面に出て大いに暴れまくることになったと。
ファンキーで、セクシー、エロティック。そうアーニーのギターこそが。
黄金時代のアイズレー・ブラザーズを牽引し、象徴だったと。で、その特徴、魅力は・・・
ジミ・ヘンドリックス由来だと。そのジミがブレイク前にサポート・メンバーだったと言う。
その辺りには何やら運命的なものを感じもしますが。アーニーのギターの飛翔する様に。
ジミを感じる、そのままだなぁと思うと。なにやら嬉しくなってもしまうのです。
「Who’s That Lady」のセルフ・カヴァーである「That Lady, Part. 1 & 2」とか。
あの「Listen to the Music」のカヴァーとか。その堪らなくソウルフルなところは。
流石は歴戦の強者であるロナルド・アイズレーの、あの歌声あってこそのものかとも思われ。
そうフロント3人の看板がロナルド、バック3人の看板がアーニーで。その2人が。
触発し合って、そして寄り添ってと。そのせめぎ合い、絡み合う様が魅力的なのですよね。
だから。コーラスの見事さも艶を深めてはいますが。それでも。このジャケットの扱いはね。
アルバム・タイトルに反して。新加入の3人、特にアーニーなんか小さ過ぎないかと。
後年の分裂劇の萌芽、予兆が既に見えると言うのは少々、穿ち過ぎでしょうか・・・

その娘は誰?
誰でしょうね。
今日、今夜。
この心に棲んで。
去らないのは。

そう。
いま、この時。
此処にはいる筈もないのに。
その残り香が。
薄くならないのは。

そう。
いま、この時。
此処には現れる筈もないのに。
その残り香を。
感じてしまうのは。

それほどに。
どれほどに。
思いが巡り。
思いが焦がれる。
そんな時がある。

何故。
どうして。
そんなことは。
とうの昔に。
隠せるものでもないけれど。

その娘は誰?
誰でしょうね。
今日、今夜。
この心を満たして。
尽きないのは。

今日、今夜。
それも。
そうではあるけれど。
それに。
限ったことでもない。

いま、この時。
それは。
そうではあるけれど。
それに。
限ったことではない。

昨日、一昨日。
彼の日も。
そうであったのだ。
それは。
偽りなどではない。

明日、明後日。
いつの日も。
そうであるのだ。
それは。
変わるものではない。

それほどに。
どれほどに。
思いは。
止まることなく。
溢れ続けている。

それほどに。
どれほどに。
思いは。
惑うことなく。
昂り続けている。

その娘は誰?
誰でしょうね。
その面影が。
その残り香が。
いつも支配しているのはね・・・



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2019/02/22 Fri *望む道を /Betty Wright

20190222ilovethewayyoulove


どうぞ。
遠慮なく。
望む道を。
進んで下さいと。
そんなもの。

どうやら。
俺のとは。
少しばかり。
異なる様で。
そうなのです。

ですから。
共には進めませんが。
適度に。
ついたり離れたり。
そんな感じで。

お邪魔でも。
させてもらえれば。
道中、それなりに。
退屈しのぎには。
なるかもで。

それで。
いいかなと。
そう。
俺は俺で。
望む道があるので。

そうだ。
この際。
あれやこれや。
余計なものは。
もっていって貰えると。

『I Love The Way You Love』'72年リリース。
マイアミ・ソウルの歌姫、ベティ・ライトの2枚目のアルバム。
この時、未だベティは十代後半だったのかな。早熟なシンガーで。
その歌声には若さもあるものの、既に貫禄十分で姉御肌な気風の良さも感じます。
ソウルフルだけど、カラっと風通しの良い。そんなマイアミ・ソウルならではのサウンド。
ベティの歌声とそのサウンドの相性も良くて。何ともご機嫌な気分になるのです。
さて。先ずは「Clean Up Woman」だと。日本で言うと「おそうじオバチャン」かな(笑)。
実際はあれやこれや、何もかもすっぱりと切り捨てて三下り半を突き付けると言った。
そんな女傑ソングらしいですが。これを十代で歌いこなしてしまうベティの素晴らしさ。
それを引き立てているのがバックのサウンド、特にカッティングも印象的なギターで。
何でもサンプリングのネタとして大人気なのだとか。そっち方面は疎いし興味もなくて。
でも、確かにカッコいいものなぁ。軽快でグルーヴもあってファンキーでもあって。
そんなギターと、見事に何と言うか波長が合っているベティの歌声も気持ちが良いし。
そして、「I Love The Way You Love」ではギターが泣いていて、言わばブルージーで。
ベティの歌もしっとりと情感に溢れてと。そんな表現力の幅広さも見事かなと。
好きな、望む道をお行きなさいと。涙をこらえて、立ち去る男を見送る。
若さ故の健気さも感じさせながらも、懐の深さも感じさせる。その成熟感がまたいいと。
全編に、やっぱりその土地柄からくるのか。哀感を漂わせながらもどこか突き抜けている。
そんなマイアミ・ソウルらしさに溢れていて。それはソウルの中でも独特、個性的で。
それこそ、ベティを旗頭として。自分達の望む道を進もう、歩んでいこうとの。
そんなシーンとしての気概を感じることもできるかな。独立独歩、その自立した自由さが好きなのです。

どうぞ。
躊躇なく。
望む道を。
歩んでいって下さいと。
そんなもの。

どうやら。
俺のとは。
些か。
違う様で。
そうなのです。

ですから。
共にはいきませんが。
適度に。
茶々とか示唆とか。
そんな感じで。

お節介でも。
させてもらえれば。
道程、それなりに。
暇つぶしには。
なるかもで。

それで。
充分かなと。
そう。
俺には俺の。
望む道があるので。

そうだ。
この際。
あれもこれも。
余分なものは。
もっていって貰えると。

遠慮も。
躊躇も。
何も。
必要とはしない。
ただそれだけ。

望む道が。
異なる。
違う。
そんなこと。
それだけのこと。

少しばかり。
些か。
確かに。
その程度では。
あるけれど。

その差異を。
生んでいる。
その根底に。
あるものが。
譲れないものである限り。

馴れ合って。
妥協しても。
目指す先で。
辿り着く先で。
ろくなことにはならないと。

だから。
義理もあれば。
恩もあるので。
多少はお役にと。
その程度は関わりますが。

お互いに。
望む道を。
お互いの。
荷物はお互いに背負って。
カラっと、スキっと、それがいいかな。



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2019/02/21 Thu *何がどうでも / Wilson Pickett

20190221thesoundofwilsonpickettjp


例えば。
踊り明かしてでも。
何処かへ繰り出してでも。
そう。
何がどうでも。

何かを変える。
空気を。
流れを。
一気に攫って。
掴んでしまう。

そんな。
有無を言わさぬ様な。
力業が。
必要とされる。
そんな時もあるのだからと。

割りきって。
螺子を巻いて。
馬力を上げて。
さぁ、いくぞと。
決めてはみても。

どうにも。
こうにも。
身も心も。
ついてこない。
そこまでの何かが生まれない。

もどかしさ。
スイッチを入れる。
引爪を弾く。
何がどうでも。
そんな何かが聞こえてこないかと。

『The Sound Of Wilson Pickett』'67年リリース。
ウィルソン・ピケット、アトランティックでの4枚目のアルバム。
絶好調だった、乗りに乗ったピケットのソウルが炸裂しています。
このジャケットは日本盤独自のもので。オリジナルの黄色地に青いスーツのピケット。
それとは随分とイメージが異なりますが。この地色の赤もピケットには似合っているかな。
録音はマッスル・ショールズのフェイム・スタジオ。名うての手練れ達がこぞって参加。
そのご機嫌で極上のサウンドを従えて、これでもかと生き生きと歌うピケット。
この人もまた、音楽そして歌を愛して、音楽そして歌に愛された人なのだと感じるのです。
針を落とすと、「Soul Dance Number Three」「Funky Broadway」とたて続けに。
グイ乗りのダンス・ナンバーで迫ってくるピケット。その絶妙な切り込み、強烈なシャウト。
最初から、胸倉を掴まれて。引き寄せられて。そして踊らされてしまうのです。
そして続くのが。ファルコンズ時代のナンバーのセルフ・カヴァー、「I Found A Love」で。
実は2回目となるカヴァー。今回は二部構成で実に熱く甘く胸に募らせるものがあると。
そんなスローに続いては「You Can't Stand Alone」、邦題は「ダンスでゴー・ゴー」で。
軽快なアップ・テンポのナンバーを豪快に歌い飛ばすと。この緩急も実に見事かな。
そしてB面では。盟友となるボビー・ウォマックの手になるナンバーが素晴らしくて。
特に「I Found The One」「I'm Sorry About That」と、この2曲のバラードが絶品で。
語りかける様な、時にはすすり泣く様な。その歌声、その感情表現。堪りません。
豪快なシャウターとのイメージが強いピケットですが。それだけではないのだぞと。
それにしても。ボビーはよほどピケットと相性が良かった。その魅力を熟知していたなと。
最後はラスカルズのカヴァー、「Love Is a Beautiful Thing」を軽快に歌い上げてしめてと。
ここらは同じレーベルのラスカルズがピケットをカヴァーした、それへの返礼かな。
何にしろ。アップ、ミディアム、スローと。バラエティに富んだナンバーを歌いながら。
何がどうでも。己の歌声、己のソウル、その世界として豊潤な果実を実らせてしまう。
30分弱で、その果実を思う存分に堪能させてしまう。その力業、力量には感服するしかないのです。

例えば。
謝罪の言葉を口にしても。
世界への愛を唱えても。
そう。
何がどうでも。

何か惹きつけられる。
空気も。
流れも。
一気にものにして。
納得させてしまう。

そんな。
四の五の言わせぬ様な。
力業が。
必要とされる。
そんな時があるのだからと。

思いきって。
気合を入れて。
浮力を溜めて。
さぁ、いくぞと。
決めてはみても。

どうしても。
こうしても。
身も心も。
踏ん張れない。
そこまでの何かが生まれない。

やるせなさ。
モードを変える。
導火線に火をつける。
何がどうでも。
そんな何かが響いてこないかと。

このまま。
だらだら。
そいつは。
どうにも。
宜しくない。

そのまま。
ずるずる。
そいつも。
それでなどと。
宜しくない。

いまのまま。
澱んだ。
空気や流れ。
厭だなと。
感じられるうちに、

いまのまま。
馴れた。
空気や流れ。
堕ちてもいいと。
そうなる前に。

螺子は切れ。
気合は漏れて。
発条も伸び切り。
力点も擦り減って。
それでも。

スイッチを入れて。
モードを変えて。
引爪を弾いて。
導火線に火をつけて。
何がどうでも。

空気を。
流れを。
一気に味方に。
一気に我がものに。
何がどうでも。



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2019/02/20 Wed *続けられるのなら / Loleatta Holloway

20190220crytome


続くのなら。
その機会が。
挑むことが。
許されるなら。
続けられるなら。

ため息を。
つくのは。
この時までにして。
思いは。
胸にしまって。

機会を。
逃さずに。
挑んで。
続けてみると。
定めて。

しまった。
その思いと共に。
その分もと。
進んでいくしかない。
そんなところか。

そう。
挑める。
続けられる。
それだけで。
大したものなのだと。

いま。
この時を。
無駄にしない。
その為にも。
そんなところだと。

『Cry To Me』'75年リリース。
ソウル・シンガー、ロリータ・ハロウェイの2ndアルバム。
ロリータと言えば一般的には'70年代後半からのディスコ路線での活躍。
更には'90年代以降のハウス・シーンでの再評価等で知られる模様なのですが。
何でも一説では世界で一番サンプリングされたソウル・シンガーとも言われていて。
実際に表舞台に返り咲いて共演したり、訴訟を起こして莫大な印税を得たりとか。
そんなことでも大いに話題を振りまいていた様ではあります。
そんなロリータですが。元はゴスペル出身のディープなソウル・シンガーで。
このアトランタのアウェア・レーベルからリリースされたアルバムには。
そんなロリータの半端ない、ディープな歌声。その真価が余すところなく発揮されていて。
その実、ロリータの真の姿。ロリータが歌いたかったものはここにあるかなと思われます。
時に語りや、シャウトも交えながらのディープで、そして熱い歌声。そこに込められたもの。
時にハードに、時にスローに。思いの丈をぶつけてくる、その破壊力の凄まじさ。
時に感情が昂り過ぎるのか、ややその起伏が過剰にすら感じられるのですが。
それすらも凄味として聴かせてしまう。そこにロリータの実力と魅力があるのかなと。
特にR&BチャートでTOP10に入ったタイトル・ナンバー、「Cry To Me」での。
情感に満ちた熱い歌声。そこにこそロリータの何たるかが表れている気がします。
ところがアウェアがあっけなく倒産。(おそらくは)意図せぬ移籍を余儀なくされて。
フィラデルフィアのゴールド・マインドと契約。そしてディスコへと路線変更。
まぁ、商業的にはそれで成功を得たわけですが。心情的にはどんなものだったかなとも。
まぁ、ディープ・ソウルなロリータに恋するが故の思い入れに過ぎないのでしょうが。
当初の道を歩めなかったロリータを思うとね。それでも歌い続けた。それが答えだとは思うのですけど。

続くのなら。
その時節が。
図ることが。
与えられるなら。
続けられるなら。

愚痴を。
零すのは。
この時までにして。
思いは。
胸に秘めて。

時節を。
捉えて。
図って。
続けてみると。
決めて。

秘めた。
その思いと共に。
その分までもと。
歩んでいくしかない。
そんなところか。

まだ。
図れる。
続けられる。
それだけで。
なかなかのものなだと。

いま。
この時を。
無に帰さない。
その為にも。
そんなところだと。

変わること。
変えなければ。
ならないこと。
それは。
軽くはないけれど。

受け止めること。
受け入れなければ。
ならないこと。
それは。
重たくもあるけれど。

それでも。
それで。
続く。
続けられる。
機会があることを。

それでも。
それが。
続く。
続けられる。
時節となるならば。

悪くはないと。
心を定めて。
心に決めて。
進んでみる。
歩いてみる。

胸にしまった。
胸に秘めた。
その分もと。
その分までもと。
そんなところか。

続けられるのなら。
ならなかった。
こと、思い。
それに涙するのは。
自分だけけでも構わない・・・



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2019/02/19 Tue *気分を変えて / The Temptations

20190219inamellowmood


偶には。
気分を変えて。
まぁ。
そんなことも。
必要だと。

それこそ。
奇策とも。
思われる程の。
変化を。
見せるくらいに。

普段は。
思いもしない。
動き。
やり方。
試みるのもいいかな。

そう。
多分に。
ゆったり。
じっくりと。
熟成とまではいかなくても。

少しは。
落ち着いて。
肩の力を抜いて。
立ち止まって。
辺りを見回す。

その為にも。
気分を変えて。
そんな。
手を打ってみる。
必要もあるのだろう。

『In A Mellow Mood』'67年リリース。
テンプテーションズの通算で8枚目となるアルバム。
オリジナル・アルバムが5枚、ライヴ・アルバムが1枚、ベスト・アルバムが1枚。
そして。このアルバムはテンプテーションズにとっては初のカヴァー・アルバムかな。
モータウンのライターによるナンバーは二曲程で。残りは所謂スタンダード・ナンバー。
ミュージカルや、映画や、ポップスのカヴァーをストリングスも配したサウンドをバックに。
ムーディーに、ジャージーに歌い上げていると言う、かなりの変化球、異色のアルバムです。
多分にベリー・ゴーディの思惑、その戦略が反映されたアルバムでもあって。
既に黒人層には多大な人気を誇っていたテンプテーションズを白人層にも売り込もうと。
そう。例えばコパの様な高級クラヴに集まる様な層を狙っての企画だったと思われます。
メンバー、特にリーダーのポール・ウィリアムスは従来からのファンの反発を恐れて。
及び腰だったとも言われていますが。結果的には商業的にも成功して。
ゴーディの思惑通りに新たな客層への訴求にも成功し、従来のファンも離れなかったと。
「Ol 'Man River」がメルヴィン・フランクリンのライヴでの持ち歌になるなどの副産物も。
それにしても。かなり異色であることは間違いないとは思うのですが。
それでも完璧に歌いこなして見せてしまうテンプテーションズの力量には改めて敬服かな。
鉄の規律で、実に統制された活動。そして厳しい鍛錬をと。その姿が窺えます。
メンバーに対しては歌の力量だけでなく、身長や体重を一定の基準に保つこと課していた。
そんなスタイリストでもあるからこその品格、矜持を感じさせるアルバムでもあるかな。
まぁ、時には気分を変える。その必要性もあり、そして実際にやってみせたと。
この後、カヴァー・アルバムは確か三十年は作られなかったので。あくまでも変化球、異色。
なので。あまり語られることもないアルバムですが。偶に聴くと新鮮なのです。

偶には。
気分を変えて。
そう。
そんなものも。
必要だと。

それこそ。
奇想とも。
思われる程の。
変化を。
感じるくらいに。

普段は。
考えもしない。
試み。
過ごし方。
手を出してみるもいいかな。

そう。
多分に。
のんびり。
たゆたうと。
円熟とまではいかなくても。

少しは。
長閑に。
肩肘張らずに。
腰を下ろして。
辺りを見直す。

その為にも。
気分を変えて。
そんな。
手に出てみる。
必要もあるのだろう。

必要以上に。
落ち着いてしまって。
その中に。
埋もれてしまう。
それはどうかと。

必要以上に。
長閑に馴れてしまって。
その中に。
逃げ込んでしまう。
それもどうかと。

だが。
あくせくと。
追われて。
追って。
そればかりでは。
どうにもならない。

そう。
いらいらと。
尖がって。
噛みついて。
そればかりでも。
どうにもならない。

だから。
奇策とも。
思われる程の。
変化を。
見せる時があってもと。

そうだ。
奇想とも。
思われる程の。
変化を。
感じさせる時があってもと。

偶には。
気分を変えて。
そうなのだ。
そんなことも。
必要なのだろう。



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2019/02/18 Mon *残り火 / Jimi Hendrix

20190218jimiplaysmonterey


消えた。
忘れた。
そう思っていた。
そう信じていた。
なのに。

ある日。
ある時。
ある瞬間。
ふと。
思い知らされる。

これは。
この感じは。
そうだ。
あの時に似ている。
あの時と・・・

甘く。
高鳴り。
もしかしたらと。
あの明滅が。
始まる。

いや。
多分。
勘違い。
間違っている。
そうだとしても。

あの火の。
残り火。
そいつが。
未だ身の内に。
眠ってはいるのだ。

『Jimi Plays Monterey』'86年リリース。
'67年のモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル。
米国への凱旋を果たしたジミ・ヘンドリックスのあまりにも鮮烈なステージ。
その模様を見事に捉えて蘇らせた発掘ライヴ・アルバム。映画も公開されて。
先に触れたのはこのアルバムだったか、映画だったか。記憶は定かではなくて。
いや、どちらもあまりにも鮮烈で刺激的だったので記憶が混同してしまったのかな。
兎に角。A面頭の「Killing Floor」にやられたら。もうブツ飛ばされて。そのままと。
その以前からジミには殺られていましたが。止めを刺されたのはこのアルバムで。
何かに憑依されたかの様に。暫くはこのアルバムばかりを繰り返し聴いていて。
故に。数多の発掘ライヴ・アルバムがリリースされた後も。ジミのライヴと言えば。
真っ先にこのアルバムが思い浮かぶし。折に触れて針を落とす機会も多いのではないかな。
『In The West』と双璧なのか。甲乙つけ難い。何にしろ、大好きなアルバムなのです。
このジャケットは。ラストの「Wild Thing」でのあのパフォーマンスを意識しているのか。
ストラトにライター・オイルをかけ、火をつけて炎を燃え上がらせたあのシーン。
ジミの思いとか、情念とか、衝動とか。そんなものを象徴する様でもありましたが。
そこに至るまでも。常にジミの中で燃え盛っていたものが、観る者、聴く者にも火をつけた。
その様がまざまざと、鮮やかに捉えられているこのアルバムを見事に表現しているかなと。
実際のステージ、ライヴから50年以上、このアルバムのリリースからも30年以上。
些かも色褪せることなく鮮明なままで。その紅蓮の炎は未だに燃え上がり続けていて。
観た者、聴いた者に飛び火した。その火種はいまも残り火となって。燃え続けているのだと。
そんな甘い、感傷的に過ぎる思いまでも。いまも、いつも抱かされるアルバムなのです。
そう。その残り火が。いまも、いつも自分を駆り立てて。終わりにはさせてくれないのですよねぇ・・・

消した。
棄てた。
そう思っていた。
そう信じていた。
なのに。

ある日。
ある時。
ある瞬間。
ふと。
振り返らされる。

これは。
この震えは。
そうだ。
あの時と同じかもしれない。
あの時も・・・

妖しく。
共鳴し。
もしかしたらと。
あの波紋が。
寄せる。

いや。
多分。
誤解。
見誤っている。
そうだとしても。

あの火の。
残り火。
そいつが。
未だ心の内に。
燻ってはいるのだ。

そうだ。
あの日の。
あの夜の。
あの時の。
あの瞬間、その瞬間に。

感じて。
触れて。
震えた。
あの思いの。
あの鮮明な、その姿。

そいつは。
身の内に。
心の内に。
深く。鮮やかに。
刻まれたままなのだ。

そいつは。
消しても。
忘れても。
棄てても。
消えはしない、残っているのだ。

そして。
思い出した様に。
ふとした瞬間。
明滅が始まり。
波紋が寄せ来る。

それは、
嘲笑うかの様に。
不意打ちで。
思い出せと、忘れるなと。
迫るのだ。

甘く、妖しく。
しかし。
危険、極まりないもの。
見逃すのが望ましいもの。
されど、残り火。そいつが消えてくれないのだ・・・



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2019/02/17 Sun *品行方正など / Humble Pie

20190217smokinukorg


品行方正など。
誰も求めてはいない。
そいつは柄じゃない。
ふらついて。
はみ出して。

それこそ。
千鳥足で。
ふらふらと。
踊る様に。
彷徨いながら。

時に。
荒く。
熱く。
思いの外。
それ程の情熱を。

とんでもない。
角度から。
ぶつけてくる様な。
そんな。
ある意味で不埒なもの。

そうさ。
お行儀よくなど。
していたら。
手に入らない。
体験できない。

そんなものこそ。
求められているのだと。
まぁ、良いように解釈しながらも。
品行方正など。
追い求めてもいない。

『Smokin'』'72年リリース。
ハンブル・パイの6枚目にして、第二期としては初めてとなるアルバム。
前作である『Performance Rockin' the Fillmore』で遂にブレイクを果たしたものの。
リリースされた頃には。スティーヴ・マリオットと並ぶ看板だったピーター・フランプトン。
その姿は既になく。代わるギタリストとしてクレム・クレムソンをコラシアムから迎えて。
マリオットの熱く激しいヴォーカル、そしてマリオットとクレムソンのツイン・ギターと。
ハンブル・パイのキャリアにおける最高の体制が整い。一気に録音、制作されたのでした。
そう。フランプトンのギター。そのマリオットとの絡み、せめぎ合いも悪くはないけれど。
やはり。二枚看板、双頭のバンド。相当に意識しあっていたと思われて。最終的には。
フランプトンが一歩引いた。それが『Performance Rockin' the Fillmore』だったと思われ。
それが故の。脱退の決意があったからこそのあの白眉、白熱のギターであったと。
その代わりを務めるのは覚悟が必要だったと思いますが。そこは腕達者のクレムソン。
しっかりと存在感を発揮して、マリオットのヴォーカルを受け止め、支えていて。
そこに一枚看板となったマリオットが乗っかって。思う存分、気持ちよく歌っていると。
マリオットの比類なきシャウト、それとクレムソンのギターの相性の良さもあってか。
やはり、ハンブル・パイ、そしてマリオットのキャリアを通じて。第二期、このアルバム。
それこそが、その魅力を最大限に引き出す体制、環境にあったと痛感させられるのです。
余計な気を遣わず、意識せず。歌うことにだけ心を寄せた時のマリオットは無敵だなと。
そんな環境が、もう少し長く続けばと。詮無いこととは言いながら、そんな思いも。
「Hot 'N' Nasty」とか「30 Days in the Hole」とか。タイトルに違わず品行方正とは遠く。
荒く、熱く、泥臭く、ソウルフルで。時に如何わしい程の熱量で迫ってくると。
お行儀のよさとは無縁の、故の不埒で無骨な、故の半端じゃない熱量。それに焦がされ、痺れるのです。

品行方正など。
誰も望んではいない。
そいつは相応しくない。
たゆたうと。
溢れ出して。

それこそ。
土俵際で。
蹈鞴を。
踏む様に。
踊りながら。

時に。
粗く。
激しく。
殊の外。
それ程の愛情で。

思いもしない。
角度から。
ぶつかってくる様な。
そんな。
ある意味で慮外なもの。

そうさ。
お行儀よくなど。
していたら。
得難い。
味わえない。

そんなものこそ。
望まれているのだと。
まぁ、都合よく受け取りながらも。
品行方正など。
逐い求めてもいない。

振る舞いが。
行状が。
きちんとしていても。
正しくても。
伝わらなきゃ意味がない。

態度が。
言動が。
礼儀正しくても。
丁寧でも。
伝えられなきゃ意味もない。

時に。
迸る程の。
勢いで。
迫るものが
求められている。

時に。
火傷する程の。
熱さで。
逼るものが。
望まれている。

想定も。
想像も。
及ばない。
そんなものを。
ぶつけてくる。

予定も。
予想も。
意味をなさない。
そんなもので。
ぶつかってくる。

時に。
不埒で。
慮外で。
如何わしくさえある。
情熱、愛情を。

品行方正など。
誰も求めてはいない。
誰も望んではいない。
ならば。
求められる、望まれるままにあれ。



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2019/02/16 Sat *ノイズ、そんなもの / The Who

20190216liveatleedsusorg


歪み。
摩擦。
障るもの。
そんなもの。
ノイズ。

そんなもの。
そいつが。
あってこそ。
感じられる。
ものもある。

綺麗に。
端正に。
一方通行。
それだけでは。
成り立ちはしない。

そう。
この世界は。
そんなに、
単純な。
聞こえの良いことだけではない。

だから。
抑えても。
治しても。
収まらない。
ノイズ。

そいつに。
耳を傾ける。
それで初めて。
動き始めることもある。
そいつを逃さぬ様に。

『Live At Leeds』'70年リリース。
ザ・フーの全盛期の姿を捉えたライヴ・アルバム。
何度か拡張版やら完全版やらがリリースされて。今では全貌が聴けるのですが。
やはりオリジナルの、その魅力を凝縮したかの6曲入りのオリジナル・アルバム。
この形式、このフォーマットで聴くのが一番しっくりくる気がします。
繊細で複雑なピート・タウンゼントの世界。それを圧倒的な演奏力で実存させる。
それこそがフーの魅力だと思うのですが。緻密に構成されたスタジオ・アルバム。
その作業だけでは、あり余る肉体性を存分には発揮できずに持て余してもいたと思われ。
故に『Tommy』の後に。その再現を含む力業なツアーに出たのは当然の帰結だったかなと。
そして。それが高い次元で実現されるであろうことは、ある程度の確度で予想されたと。
だからこそ。完全版となる程の音源が残されて。その中の選りすぐりがこのアルバム。
勿論、時代ならではの制約もあったのでしょうが。だからこそ最高の瞬間だけを抽出した。
それ程の極上の瞬間が、このアルバムにはある。故に針を落とすと震えがくるのです。
特に凄まじいのはその音圧で。ライヴにおけるそれを可能な限りアナログ盤に記録をと。
それが故に針を落とすと。複数ヶ所で轟音に対する悲鳴の如くノイズが発生していて。
レーベルにはわざわざ、そのノイズを修正しない様にとの但し書きがされているのです。
英国オリジナル盤、そしてその教えを忠実に守ったこの米国オリジナル盤の音圧は。
フーのライヴ、その凄まじさを正しく伝えるもので。ノイズにこそ真実ありと。
ところが日本盤では修正して、ノイズは消えたけど、迫力も消えてと。何だかなと。
まぁ、均一いとか均等とかが。異常なほどに好きな国民性がありますからね、日本はね。
実は、フーが長らく日本では不遇をかこっていたのは、その規格外のスケールが。
そんな日本人には馴染まなかったのかなとも邪推したくなったりもします。関係ないか。
ピート、ロジャー・ダルトリー、ジョン・エントウィッスル、そしてキース・ムーン。
その抑止不能で、ノイズをも味方につける迫力、凄味。それこそがフーのライヴの真骨頂、醍醐味なのです。

捩れ。
葛藤。
罹るもの。
そんなもの。
ノイズ。

そんなもの。
そいつも。
あるからこそ。
触れられる。
ものがある。

美麗に。
端整に。
無味無臭。
それだけでは。
立ち行きはしない。

そう。
この世界は。
そんなに、
薄っぺらな。
当りのよいことだけではない。

だから。
抑え込もうと。
消し去ろうと。
鳴り止まない。
ノイズ。

そいつに。
耳を澄ませる。
それで初めて。
頭を擡げることもある。
そいつを逸さぬ様に。

何かが。
何処かが。
疼いている。
そいつは。
間違いないと。

何処かで。
何かが。
蠢いている。
そいつは。
確かだと。

その。
小さな。
微かな。
ノイズが。
見過ごせない程に。

その。
ちょっとした。
僅かな。
ノイズが。
聞き逃せない程に。

歪み。
摩擦。
障るもの。
抑えても。治しても。
収まらない。

捩れ。
葛藤。
罹るもの。
抑え込もうと。消し去ろうと。
鳴り止まない。

ノイズ。
そんなもの。
そこに。
そこにだけ。
探していたものがあるかもしれない・・・



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2019/02/13 Wed *代償 / The Rolling Stones

20190213leiitbleedukorgmono


何を得たのか。
何かを得たのか。
その総てが。
判然としている。
そんな訳でもないが。

確かに。
何某かは。
この手にしたものも。
あるのだろう。
そんなところか。

そう。
満足だなどと。
思いはしない。
思ったことなど。
ありはしないが。

多少なりとも。
手応え。
そんなものがあるから。
いま、ここで。
未だ前を向いているのだろう。

手応え。
それに比して。
随分と。
脛が傷だらけ。
そんな気がしないでもないが。

代償。
そいつを必要としない。
そんなものなど。
端から欲してはいない。
そう言うことだ。

『Let It Bleed』'69年リリース。
言を待たない、ローリング・ストーンズの傑作、傑物。
ブライアン・ジョーンズとミック・テイラー。その軌跡が交差し。
多くのゲストによりもたらされた実り。それを有無をも言わせずに簒奪し。
新たな時代の扉を抉じ開けて、蹴破って前進するその様、その姿。
その力技で突破を図る凄味にこそストーンズの本質を感じるアルバムです。
いつだかのインタビューで、キースはこのアルバムには血の匂いがする。
それこそマスター・テープには血糊が付着していると語っていたと記憶していますが。
あの混乱と騒乱の時代。それに殉じることなく生き延びることを選択した強い意志。
それを貫く為には、生贄が必要であり。自らもその返り血を浴びるに任せ。
また、更には自らの身を切り、血を流す必要があったのだと。そんなことを思わせる程に。
このアルバムに針を落とすと。独特な匂い、まさに血の匂いを感じる時があります。
それは続く『Sticky Fingers』には明らかに隠されている匂いであって。
更に言えば『Beggars Banquet』では未だそこまで濃厚ではなかった匂いでもあって。
平和と希望が打ち砕かれて、混乱と騒乱のうちに絶望が支配し始めたその中で。
真に向かい合い苦闘し。言わば手段を選ばずに生き延びた。その代償として染みついた。
そんな拭い去れないものであり。故にこのアルバムは傑物として永遠の生を得ていると。
些か感傷に過ぎるかも知れませんが。それだけのものを帯びているアルバムなのです。
ストーンズが、ストーンズだけが何故、生き延びられたのか。それは代償を払ったから。
血で血を洗う、それ程の思いで。ロックンロールとブルースから逃げなかったからなのです。
息苦しいまでの生々しい存在感。それを音盤に刻み付けることができたその奇跡。
それは特に英国オリジナルのモノラル盤に針を落とすとまざまざと感じられます。
そこまでの代償、その覚悟。何事かを成す、生き延びると言うのはそれ程のものなのかと震えがきます・・・

何を失ったのか。
何かを失ったのか。
その総てが。
判然としている。
そんな訳でもないが。

確かに。
何某かは。
この手から漏れたものも。
あるのだろう。
そんなところか。

そう。
絶望だなどと。
気休めに。
言葉にすることも。
あるにはあるが。

何かしらの。
不完全さ。
そんなものがあるから。
いま、ここで。
未だ先を見ようとしているのだろう。

疼痛み。
それに比して。
いつの間にか。
手を汚している。
そんな気がしないでもないが。

代償。
そいつが必要とされても。
それだからこそ。
どうしても欲しいものがある。
そう言うことだ。

いつも。
いまも。
不安に。
苛まれて。
きたのだ。

いつも。
いまも。
焦燥に。
追い立てられて。
きたのだ。

立ちはだかる。
覆いかぶさる。
そんなものの。
大きさに。
震えてきたのだ。

蔑む。
阻害する。
そんなものの。
不気味さに。
慄いてきたのだ。

それでも。
この手にしたい。
ものがあるから。
前を向き。
己なりに歩んできたのだ。

それでも。
この胸に抱きたい。
ものがあるから。
先を見て。
己なりに転がり続けてきたのだ。

代償。
傷つき、汚れて。
流れ続け、止まらない血。
その匂いに噎せ返る時こそ。
闘いの、生の実感に微笑みが毀れるのだ。



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2019/02/12 Tue *なすがまま / The Beatles

20190212letitbe


流されるまま。
そのまま。
抗う術もなく。
傍観している。
なすがまま。

別に。
いまの。
目の前の。
その流れを。
望んではいないし。

寧ろ。
どうしたものかと。
懸念を抱いている。
それに。
近いのだけれど。

だからと言って。
明確な。
疑義を唱える。
それ程の。
確証も持てなくて。

故に。
曖昧に。
ただ。
傍らに退いて。
如何なものかと。

なすがまま。
そんな時も。
あるのかも知れないと。
変わらない。
そんなものはあるけれど。

『Let It Be』'70年リリース。
言わずと知れたビートルズのラスト・アルバム。
一時期は『Abbey Road』が実質的なラスト・アルバムと言われていましたが。
どうやらこのアルバム用のセッションが僅かながら『Abbey Road』用のセッションの。
その後に行われていたとの事で。やっぱりこのアルバムがラスト・アルバムだと。
尤も。そのセッションにはリンゴ・スターしか参加していなかった様で。
そもそも、どっちがラスト・アルバムであろうと。別に大した問題ではないかなとも。
要は。このアルバムには。バンドとしてのビートルズの残滓が捉えられていて。
セッションを終えてそうなることに気づいたメンバーが、最後の気力を振り絞った。
それが『Abbey Road』であったと。そしてその残滓を何とか商品にしてみせたのは。
フィル・スペクターであったと言う事実。そう、その事実のみが総てなのではないかと。
まぁ、ポールは大いに不満だったみたいですが。フィルの音の壁が効果を発揮できたのも。
その骨格となる、それぞれのナンバーのクオリティが高かったからこそでもあると。
そのことは。それこそ『Let It Be... Naked』を聴けば明らかになったりするのですが。
アルバムとして魅力的なのは『Let It Be』なんですよね。何と言うかな。意思の有無。
このアルバムは、残滓とは言え。ビートルズとして世に問うたアルバムであって。
対して『Let It Be... Naked』ですね。ポールとヨーコの・・・まぁ、いいか(苦笑)。
フィルに任せた。そのなすがまま。そうではあるものの。少なくともジョンとジョージは。
それを望んで、そして認めていたのだから。残滓でもビートルズな魅力はあるのです。
「Let It Be」も「The Long and Winding Road」もフィルの装飾あればこそ、かなとも。
まぁ、ジョンのやる気、覇気の無さは気になりますが。それでも、そこはジョン。
「Across the Universe」なんて畢生の名曲。その存在だけでこのアルバムを意味のあるものにしているかなと。

流されるまま。
そのまま。
竿さす術もなく。
拱手している。
なすがまま。

別に。
いまの。
取り巻いている。
その流れを。
好んではいないし。

寧ろ。
何故なのだろうと。
疑念を抱いている。
それに。
近いのだけれど。

だからと言って。
明確な。
異議を唱える。
それ程の。
実証も出来なくて。

故に。
漠然と。
ただ。
高みに退いて。
どうしたものかと。

なすがまま。
そんな時が。
あるのかも知れないと。
失いたくない。
そんなものはあるけれど。

何が。
どうなったって。
何も。
どうにもならない。
そんな時もある。

何を。
どうしたって。
何も。
どうしようもない。
そんな時がある。

正しいとか。
正しくないとか。
そんなこととは。
別のところで。
何かが動いて。

理も。
情も。
及びもしない。
そんなところで。
流れが生まれて。

そんな時は。
仕方がない。
少しばかり。
退いて。
眺めてみよう。

そんな時も。
あるのだと。
割り切って。
下がって。
見届けていよう。

ただ。
変わらない。
失いたくない。
譲れない。
ものの羽ばたきを聴きながら・・・



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2019/02/11 Mon *縄張り / Otis Spann

20190211nobodyknowschicagolikeido


誰も知らない。
知る筈もない。
それはそうだ。
他の誰でもない。
自分自身のことなのだから。

気づきの。
そのきっかけは。
貰えても。
それをどう。
受け止めるか。

そして。
どう対応していくか。
そんなことは。
自分自身で。
判断することなのだ。

そうだ。
他の誰よりも。
自分が。自分自身が。
知っている。
そいつを生かさずにどうする。

揺らいでいる。
それならば。
自分自身で振り返って。
もう一度。
立て直すだけのこと。

縄張り。
自分だけが知っている。
その世界を。
もう一度、確立させて。
守っていくのだと。

『Nobody Knows Chicago Like I Do』'83年リリース。
シカゴ・ブルース・ピアノの第一人者の一人、オーティス・スパン。
その'66年のアルバム、『The Blues Is Where It's At』の英国での再発盤です。
シカゴ・ブルースを知り尽くしたスパンに相応しいアルバム・タイトルがいいかなと。
グリニッジ・ビレッジのカフェア・ゴー・ゴーで観客を入れずに録音する予定が。
何処かから噂が漏れたのか。人が集まってきてしまって。結局、観客を入れて録音したと。
まぁ、その辺りは。レコード会社の戦略だったのかも知れませんが。
少人数の観客を前にして。熱くもいい塩梅にリラックスしたブルースを奏でています。
何せ、当時のマディ・ウォーターズのバンドが参加しているので。そこはそれです。
本場の、本物のシカゴ・ブルースを、貫禄たっぷりに余裕をもって披露していると。
スパンの指も、実に何ともいい感じで鍵盤の上を転がり。その歌声も艶があってと。
う~ん、やっぱり。ことシカゴ・ブルースに関してはスパンのピアノが一番かな。
スパンの一節、一声に。即座に対応してみせるメンバーも。それは見事なもので。
そんな面子で「Nobody Knows Chicago Like I Do」と歌われた日には、それはもう・・・
マディ親分も番頭格?のスパンをしっかりサポートしていて。その匂いの濃厚なこと。
自分達の縄張り、シカゴ・ブルースに対する揺るぎのない絶対の自信が心地良いのです。
何でも。あまりにご機嫌で。ジョージ・スミスとルーサー・アリソンは客席のお姉さん達に。
ちょっかいを出して。お姉さん達のお酒を買いに行って演奏していない曲もあるとか。
それだけいい感じのライブ、録音だったと言うことかな。それもまたブルースだと。
マディなんかは苦虫を潰していそうですが。スパンは仕方ないなぁと笑いながら。
煽る様にピアノを奏でているそんな感じで。実に何ともいい指さばきを聴かせていて。
時に力強く弾け、時に華麗に転がりと。その指先には何ものかが宿っているのかなと。
そして。その指先から放たれる匂い、シカゴ・ブルースの縄張りの匂いが堪らないのです。

誰も分からない。
分かる筈もない。
それはそうだ。
他の誰でもない。
自分自身のことなのだから。

解明の。
そのヒントは。
貰えても。
それをどう。
受け入れるか。

そして。
どう処置していくか。
そんなことは。
自分自身で。
決断することなのだ。

そうだ。
他の誰よりも。
自分が。自分自身が。
分かっている。
そいつを生かすしかないのだ。

崩れている。
それならば。
自分自身を振り返って。
もう一度。
引き直すだけのこと。

縄張り。
自分だけが分かっている。
その世界を。
もう一度、屹立させて。
守り抜いていくのだと。

気づいたら。
気づけたら。
さぁ。
そこから。
いま、再びと。

揺らいでいる。
その場所を。
その原因を。
探し当てて。
手を打って。

崩れている。
その場所を。
その原因を。
突き止めて。
手を打って。

自分を。
自分自身を。
知っている。
分かっている。
信じられるなら。

どう。
対応するか。
どう。
留めるか。
判断して。

どう。
処置するか。
どう。
防ぐか。
決断して。

縄張り。
自分だけの世界。
そいつを。
もう一度。
築き上げて、守り抜いて、その繰り返し・・・



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2019/02/10 Sun *タダでは起きるな! / Chuck Berry

20190210stlouistoliverpool


転んで。
這い蹲って。
その。
悔しい気持ち。
噛み締めて。

そいつが。
理不尽だと。
思えるのなら。
そいつも。
噛み締めて。

再び。
立ち上がる。
その時には。
拳を。
グッと握り締めて。

転んでいた。
這い蹲っていた。
その時の。
気持ち、思い。
そいつを糧にして。

新たに。
手に入れた。
その力を。
拳に溜め込んで。
解き放つ時を待って。

そう。
転んだくらいで。
挫けはしないと。
タダでは起きないと。
そいつが肝心なのだ。

『St. Louis To Liverpool』'64年リリース。
チャック・ベリーの通算8枚目となるアルバムで。
例の冤罪とも言われる逮捕による収監からの釈放後初の本格的なアルバム。
殆ど人種差別の標的、見せしめで服役させられたチャックです。
腸が煮えくり返るなどと言うレベルでは済まなかったものと思われますが。
刑務所の中でしっかりと税務の勉強をして、詩作に関しても造詣を深めたとか。
そう。転んでもタダでは起きない。この逞しさこそチャックかなと。
そして収監されている間に。チャックのロックンロール。そいつを取り巻く環境。
そいつも大きな変化を遂げていたと。それが所謂、ブリティッシュ・インベンジョンで。
ビートルズやストーンズ達の登場によって。一躍レジェンドとして再注目を浴びてと。
浦島太郎でもあったチャック。さぞ驚いたとも思われますが。そこはチャックです。
アルバム・タイトルからしてその波に乗る気満々で。何ともご機嫌なロックンロール。
そいつをよりモダンに、ギラギラとラフとも言えるサウンドで決めています。
ここには明らかにブリティッシュ勢からのフィードバックがあって。それを吸収している。
この柔軟さもまたチャックなのですよね。変な話、殆ど初期ストーンズですからね。
再評価を受けて、そしてその不在に飢えていたファンに受け入れられたのは当然で。
全米TOP100に数曲を送り込む大ヒット・アルバムとなったのでした。
獄中で溜まりに溜まったエネルギーをそのままスタジオに持ち込んで一気に爆発させてと。
そのチャックの怒りと勢いが、見事に時流に乗った、いや、乗せたと言うことかな。
かなりビートルズやビーチ・ボーイズを聴き込んだと思われる節もあって。
俺のアイデア、発明で商売しやがってと。獄中で怒りながら。そうか。こんな手もあるかと。
しっかり学んで、盗み返して?と。そのあっけらかんとしたしたたかさが好きかな。
チャックと言うと。どうしても逮捕前のヒット曲ばかりが取り上げられますが。
ロックンロールが好きならば。少なくても。このアルバムは聴いておかないと、かな。

転んで。
這い蹲って。
その。
哀しい気持ち。
噛み締めて。

そいつが。
非合理だと。
思えるのなら。
そいつも。
噛み締めて。

再び。
歩き出す。
その時には。
拳を。
グッと握り締めて。

転んでいた。
這い蹲っていた。
その間の。
感情、心理。
そいつを糧にして。

新たに。
手に入れた。
その念を。
拳に溜め込んで。
炸裂させる時を待って。

そう。
転んだくらいで。
諦めはしないと。
タダでは起きないと。
そいつが必要なのだ。

ある日。
ある時。
突然に。
躓いて。
転んでしまうとか。

ある日。
ある時。
不意に。
引っ掛けられて。
転んでしまうとか。

およそ。
想定外に。
躓いてしまう。
そんなことも。
ままあって。

しかも。
想定外に。
繰り返される。
そんなことも。
あったりもして。

その度に。
打ちひしがれて。
哀しくて。
もうそのままでと。
思いもするが。

繰り返し。
打ちのめされて。
悔しくて。
もうここまでかと。
思いもするが。

その哀しさを。
その悔しさを。
糧として。
発条として。
反発しよう。倍返ししよう。

タダでは起きるな!



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2019/02/09 Sat *囚われて、繋がれて / Josh White

20190209chaingangsongsspiritualsand


囚われて。
繋がれて。
この身の自由。
そんなものを。
奪われてと。

およそ。
それに等しい。
そんなもの。
どうにもこうにも。
身動きがとれやしない。

何故。
ここまでと。
何故。
こんなにもと。
わかれば苦労はしない。

そうだな。
思い当たる節が。
ないでもないが。
それが。
こいつを呼んでいるのか。

より深くは。
より重くと。
どうやらそんなところ。
囚われて。
繋がれて。

足枷が。
苛立たしい。
面倒だ。
千切れるものなら・・・
どうなのだろう。

『Chain Gang Songs, Songs Spirituals and Blues』'58年リリース。
フォーク・ブルース・シンガー、ジョシュ・ホワイトの代表作とされるアルバム。
先ずは何と言ってもこのジャケットが強く印象に残りますが。
南部で生まれ、南部で育ったジョシュ。若い頃からブルース、ゴスペル。
そしてプロテスタント・ソングを歌い。かなり早い段階から成功を収めていたらしく。
音楽の世界だけでなく。映画でも俳優として大いに活躍をしていたのだとか。
人種差別や社会の抑圧に抗議する歌を歌いながらも、その端正な容姿と歌声が功を奏し。
何でも、ルーズベルト大統領の就任式で歌うまでになったのだとか。
時代を考えると驚異的なことで。故にその影響力も人種の壁を軽く超えていたと。
気骨に溢れた人だったみたいで。その姿勢は変わることなく反骨の姿勢を貫いていて。
友情は友情。でも主張すべきことは主張する。そんな筋の通った人物だった模様です。
それが災いして。赤狩りの波に飲まれて、それを口実に迫害、弾圧を受けるようになり。
活動の場をヨーロッパへと移すことになります。そこでも姿勢は変わらずに活動を続け。
やがて、米国の心ある人達の助力もあって帰国。言わば再発見の形で活動を再開したと。
その口火を切り、代表作ともなったこのアルバム。ジャケット、アルバム・タイトル共々。
強烈な皮肉と、強力な個性と。そして飛びぬけたユーモアも感じるのですよね。
権力との闘い方をよく心得ているなと。そうならざるを得なかったとも言えますが。
穏やかで温かく優しい歌声、丹念に爪弾かれるギター。フォークへの影響も大きくて。
ボブ・ディランとかピーター・ポール&マリーとか。更に言ってしまえば。
そのギターのスタイルはライ・クーダーの中にもその影響を感じとることができるかもで。
そう。ブルースの枠など飛び越えたところで米国音楽に大きな足跡を遺していると。
復権した後にはあのケネディともTVで共演したとか。政治に利用された側面もあり。
しかし。どこか、そんな囚われの身である自分が逃げないことで、何かを伝えようとしたとも思えるのです・・・

囚われて。
繋がれて。
この心の自由。
そんなものを。
奪われてと。

およそ。
それに近しい。
そんなもの。
どうしてもこうしても。
身動きがとれやしない。

何故。
これほどにと。
何故。
こんなになるまでと。
わかれば悩みもしない。

そうだな。
思い当たる節は。
おおいにあるけれど。
それが。
こいつを招いているのか。

より深くは。
より重くと。
どうにもそんなところ。
囚われて。
繋がれて。

足枷が。
忌々しい。
苦痛だ。
千切れるものなら・・・
どうなのだろう。

そう。
囚われて。
繋がれて。
自由を奪われて。
ではあるけれど。

そう。
何処へも行けず。
よそ見も出来ず。
自由にならない。
ではあるけれど。

何故。
囚われた。
繋がれた。
それを。
望みはしなかったか。

誰が。
その足に。
足枷を填めた。
それは。
己の手ではなかったか。

どうにもこうにも。
どうしてもこうしても。
身動きが取れやしない。
それは覚悟して。
それを望んで。

より重く。
罰せられることも承知で。
より深く。
愛することを決めたと。
そんなこと。

囚われて。
繋がれて。
その足枷を。
千切ることなど・・・
思いもしないのだ。



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2019/02/07 Thu その中でこそ / Screamin' Jay Hawkins

20190207athomewithjayintheweeweehou


猥雑。
混沌。
その中。
それが。
どうにも。

心地がいい。
きちんと。
ちゃんと。
そんなものとは。
無縁である。

そんな。
無規則な。
そんな。
時間の。
その中。

そこが。
どうやら。
一番。
しっくりとくる。
落ち着く。

どうにも。
そう言うこと。
そうでないと。
調子が出ない。
しかたがない。

その中でこそ。
生きられる。
そんな性分なのは。
もう。
変わる筈もない。

『At Home With Jay In The Wee Wee Hours』'88年リリース。
怪人、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの(恐らく)2枚目のライヴ・アルバム。
録音されたのは'84年で。たぶんそれ程大きくはないクラブでのライヴかなと。
時期的にジム・ジャームッシュが起用したことによって再び陽の目を見た頃で。
それに便乗・・・勢いに乗ってのライヴであり、アルバムとしてのリリースだったかなと。
'50年代にあの「I Put A Spell On You」をヒットさせて一躍スターとなって。
その後はあまり録音の機会には恵まれなかった様ですが。精力的にライヴは行っていて。
特に、ヨーロッパではそれなりの人気を得ていたのだとか。
そしてジャームッシュのお陰で再び本国、米国でも人気が沸騰したのでした。
それこそ咳払いや息遣いまで収録されている生々しいこのアルバムでも、客席の熱気が。
そう、怖いもの見たさで?固唾を飲んで見守り、一気に爆発する様が捉えられています。
天下のエンターテイナーであるホーキンスです。観客を掌に乗せて沸かせるのは朝飯前。
随所で笑い声、そして悲鳴?が聞かれて。如何に盛り上がったかが想像されます。
エンターテイナー振り、芸能魂においてはブルース界においても一、二を争うかなと。
その姿、佇まいはそれこそ昭和の怪奇派レスラーに通じる・・・そのものだったりしますが。
それを徹底、極めると。ユーモアに通じる、転じると言うことをよく心得ていたのだと。
その点においては、例えばアリス・クーパーやキッスの先駆者とも言えるかもです。
「Constipation Blues」での唸り声など笑いを通り越して感動的であったりすらします。
大仰に迫ってくる「I Put A Spell On You」なども。ホーキンスここにありと喝采もので。
その生み出す、創り出す猥雑で雑多な時間、空間。それが何とも心地良かったりするのです。
ブルースの一つの本質である旺盛な生命力故の、陽気な突き抜けたユーモア。その五月蝿さが堪らないかなと。

雑多。
坩堝。
その中。
それが。
こうにも。

馴染んでいる。
しっかりと。
はっきりと。
そんなものなど。
無意味である。

そんな。
無規律な。
そんな。
時間の。
その中。

そこが。
どうにも。
一番。
ぴったりとくる。
心、安らぐ。

どうにも。
そう言うこと。
そうでなければ。
調子が狂う。
どうにもならない。

その中でこそ。
生きていられる。
そんな性分なのは。
もう。
変えることもない。

静謐。
清潔。
それは。
それで。
否定はしないが。

整理。
整頓。
それも。
それで。
拒みもしないが。

きちんと。
ちゃんと。
そいつの。
度が過ぎると。
むず痒い。

しっかりと。
はっきりと。
そいつが。
行き過ぎると。
息苦しい。

遠く。
無縁で。
無規則な。
そいつが。
恋しくなる。

離れて。
無意味で。
無規律な。
そいつが。
愛しくなる。

猥雑。混沌。
雑多。坩堝。
その中でこそ。
生きられる。
生きていられる。

厄介ではあるけれど。



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2019/02/06 Wed *ルーツは / Taj Mahal

20190206moroots


ルーツは。
根っ子は。
ひとつではない。
そう。
そんなに単純ではない。

そんなことに。
気づくのに。
随分と。
時間が掛かったと。
そんなところ。

そうだな。
頑なに。
認めようとしなかった。
そんなものが。
実はそれなりに大きいと。

だからこそ。
そいつも。
ルーツだと。
根っ子だと。
そう直ぐにはね。

それでも。
まぁ。
何事も。
遅すぎると言うことは。
無いのかもと。

色々と。
様々に。
入り組んで。
混じり合って。
ルーツはそんなもの。

『Mo' Roots』'74年リリース。
タジ・マハールの(恐らく)7枚目か8枚目のオリジナル・アルバム。
ブルースの枠に囚われずに、幅広い音楽性で聴かせるタジ。
その個性は『Music Fuh Ya'』とか『Evolution』とか。その辺りから顕著にと。
そうなのですが。先立つ数年前に。既にこのアルバムでカリブ海に大きく接近していて。
特にこのアルバムではレゲエへの接近と、吸収、咀嚼が目立っているかなと。
何でもタジの父親はカリブ海からの移民で。タジもジャマイカン・コミュニティー育ちとか。
それが故に、自然の流れでもあり。また一方ではこの当時にレゲエへ接近と言うのが。
所謂ブラック・コミュニティーの外側にある、タジの特異な立ち位置を表しているかな。
大学で獣医学と農業を学んでいたと言うインテリでもある為か、音楽においても。
そのアプローチが学究的に過ぎると批評されたりもするタジだったりします。
しかし、そうだな。その両足は突っ込みながらも、頭では冷静に客観的にも判断できる。
そんなタジだからこそ、幅広い、雑多で豊潤な音楽を奏でることが可能になったかなと。
カリブ海、レゲエに惹かれる自分、その外側にいる自分。そういった自分の根っ子を。
そんなルーツを感じながら、分け隔てなく取り入れ、混ぜ合わせ、己のものにしていく。
ただ熱くのめり込むだけではないからこそ、見えてくる、生み出されるものもあるのです。
さて。このアルバムでのレゲエへの接近はかなり本格的で。カヴァーも数曲あり。
あのウェイラーズの「Slave Driver」ではボブ・マーリーとアストン・バレットが。
そうウェイラーズの二人にリミックスを担当してもらう程の本気の取り組みがいいなと。
ボブ・アンディの「Desperate Lover」共々。アイ・スリーズ参加後のウェイラーズに近く。
タジのマーリーへの意識の強さを感じて。その鋭敏さと貪欲さもタジの武器なのだなと。
いまも、精力的に活動を続けるタジの根っ子、ルーツの一端を強く感じられるアルバムなのです。

ルーツは。
根っ子は。
単一ではない。
そう。
そんなに簡単ではない。

そんなことを。
受け容れるのに。
随分と。
回り道をしたなと。
そんなところ。

そうだな。
徒に。
遠ざけ続けていた。
そんなものが。
実はそれなりに深いと。

だからこそ。
そいつも。
ルーツだと。
根っ子だと。
そうた易くはね。

それでも。
まぁ。
何事も。
難いままと言うことも。
無いのかもと。

多種に。
多様に。
溶け出して。
組み合わさって。
ルーツはそんなもの。

あの時も。
この時も。
そんな。
総てが。
そうなのだろう。

あれも。
これも。
そんな。
総ても。
そうなのだろう。

それぞれに。
それぞれの。
濃淡は。
あったとしても。
欠けてはならなない。

それぞれに。
それぞれの。
愛憎も。
ありはしても。
なくてはならない。

あの時。
この時。
どこかで。
繋がって。
手を取り合って。

あれも。
これも。
どこかで。
触れて。
混ざり合って。

ルーツは。
根っ子は。
そんなに単純ではない。
そんなに簡単ではない。
それがいい・・・



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2019/02/03 Sun *与えられたのなら / Richard Hell And The Voidoids

20190203destinystreet_2


そう。
この場所が。
ここが。
そこに。
あることが。

与えられた。
そんなもので。
あるのなら。
それはそれで。
構いはしない。

ならばと。
向き合って。
みるだけ。
それだけのこと。
そんなもの。

何故。
ここなのか。
他ではない。
何処でもない。
ここなのか。

自ら。
選んだものだと。
そればかりと。
思いもしたが。
そうでもないらしい。

それが。
運命とやらの。
仕業なら。
面白いと、向き合おう。
与えられたのなら。

『Destiny Street.』'82年リリース。
リチャード・ヘル&ザ・ボイドイズの2ndアルバム。
衝撃の1stアルバム、『Blank Generation』から5年が経過していて。
パンク・ロックの炎もすっかり下火になってしまっていて。まぁ、それよりも。
なにより『Blank Generation』があまりに衝撃的だった故になのか。
このアルバムについては殆ど語られないと言うか、無視されている感じもありますが。
そして。その気持ちがわからないでもないのですが。無視は勿体ないかなと。
確かに。『Blank Generation』程の強烈な毒は無いものの。その尖がり歪んだ個性。
それがサウンドとして突き刺さり捻じ曲げる。その破壊力は健在であって。
いや、なまじ聴き易くなっている部分もあって。その実、効果はこのアルバムの方が。
より大きいかなとすら思わされるものもあるかなと。そうだな、毒薬に例えるならば。
即効性ではなくて、遅効性の毒薬ならではの効果、快楽、中速性があるのですよね。
一撃ではなく、じわじわと止めを刺されたい。そんな時?に相応しいかなと。
ヘルの、棘だらけ、そして捻くりまくった歌声。音程も何もない破壊力は健在で。
ヘルの場合はヘタウマとか言った領域を凌駕しているし。それでいてベースはファンキー。
そして。ロバート・クワインとノークス・メイシェルのギターがまたなんとも。
クワインはメタリックでエキセントリック。そこにメイシェルが絡みついてと。
そう。やっぱり基調にあるのは変態的な虚無。なのに、妙にファンキーに弾んでいて。
存外にキャッチーなメロディやフレーズもあると。その奇妙さが心地良いのかな。
ヘルと言う人は。元来が詩人志向だったのか。暫くは細々と活動を続けていたりもして。
数年前にはこのアルバムを再録音はしたものの。ロック、音楽は本筋ではなかったのかな。
それでも。『Blank Generation』とこのアルバムを遺し、言わばクワインも世に出した。
それだけで。運命、与えられたものを楽しみ、やり尽くしていったのかなとは思うかな・・・

そう。
この通りに。
ここに。
そこに。
あることが。

与えられた。
そんなもので。
あるのなら。
それはそれで。
上等ではないかと。

ならばと。
受け容れて。
しまうだけ。
それだけのこと。
そんなもの。

何故。
ここだったのか。
他ではない。
何処でもない。
ここだったのか。

自ら。
手にしたものだと。
それだけだと。
思ってきたが。
そうではないらしい。

それが。
運命とやらの。
悪戯なら。
面白いと、受け容れよう。
与えられたのなら。

与えられたのなら。
それならば。
選ばれたのだと。
向き合って。
楽しむだけのこと。

与えられたのなら。
それならば。
幸運だったのだと。
受け容れて。
面白がるだけのこと。

この。
退屈な世界。
そいつを。
やり過ごす。
その為の刺激が。

この。
空虚な時間。
そいつを。
塗り潰す。
その為の媚薬が。

気紛れな。
運命とやらの。
出来心で。
もたらされた。
そうであるならば。

運命とやらの。
気紛れに。
出来心に。
感謝して。
そうしてしまって。

ここで。
この通りで。
楽しむだけ。
面白がるだけ。
やり尽くすだけ。

与えられたのなら・・・



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2019/02/02 Sat *飛んでいけばいい / Ramones

20190202rockettorussia


飛んでいけばいい。
そう。
もう、総てを。
振り払って。
解き放って。

何処まで。
なんて言うのは。
口にしないで。
決めないで。
何処までもと。

それでいい。
それがいい。
弛緩できる。
そんな時は。
弛緩しきってしまえばいい。

そうして、
心配とか。
柵とか。
そんなものは。
飛び越えてしまえばいい。

そうと決めたら。
スイッチを。
切り替えて。
入れて。
その時を待って。

さぁ。
何処までもと。
心に定めて。
心、開いて。
飛んでいけばいい。

『Rocket To Russia』'77年リリース。
ラモーンズの3枚目、そしてオリジナル・メンバーでの最後のアルバム。
う~ん。この後のラモーンズもいいけれど、ご機嫌だけれど。
やっぱり。最初の3枚までの、オリジナル・メンバーのラモーンズ。
そいつは別格と言うか、特別な存在かなとも思わされるのです。そうなのです。
特にこのアルバム。全14曲、全曲3分未満、全編で30分強。そこに凝縮された。
痛快で、爽快。そしてポップでキャッチー。そんなロックンロールの魅力。
それこそ、ロケットの様に何処までも飛んでいきそうなその勢い、吹っ切れ方。
それこそがラモーンズで。それこそがロックンロールを蘇生させたのだと。
そう。ラモーンズと言うのはパンクではあるけれども。それよりも何よりも。
ロックンロールであったのだと。それこそが実のところ重要だったと思うのです。
パティ・スミスやテレビジョンの文学性。リチャード・ヘルやデッド・ボーイズの虚無感。
それとは異なる手法で。澱んでいたシーンに一撃を食らわしたラモーンズ。
その姿は、何処までもあっけらかんと突き抜けていたのだと。それが良かったのだと。
勿論、己が抱える虚無と向き合い、それを詩的に表現する。そんな内向的な攻撃性。
そんなものもロックンロールには必要なのですが。それだけでも駄目なわけで。
先ずはやっちまえ、いっちまえ。ガツンと、陽気に先制パンチ。そしてそのままにと。
それこそが、そのフォーマットこそが。ラモーンズの大発明だったのです。
そして、そいつが無かったら。きっと数多の後進は道に迷い、何ものかに囚われてしまって。
ロックンロールは息の根を止められていたのではと思うのですよね。
まぁ、あまりに素晴らしい発明で。何処までも飛んでいけそうなラモーンズ。
それを乗り越えるのが至難の業になってしまったのもまた事実の様な気もしますが。
ところで。このアルバム・タイトル。洒落にしてもキツイなと。まぁ、それくらいの毒も無くてはですかね。

飛んでいけばいい。
そう。
もう、何もかも。
振り捨てて。
放り投げて。

何処まで。
なんて言うのは。
思いに浮かべず。
限らないで。
何処までもと。

それでいい。
それがいい。
解放できる。
そんな時は。
解放しきってしまえばいい。

そうして、
不安とか。
澱とか。
そんなものは。
飛び越えてしまえばいい。

そうと決めたら。
カウントを。
数えて。
点火して。
その時を待って。

さぁ。
何処までもと。
心に決めて。
心、放って。
飛んでいけばいい。

見つめるのは。
考えるのは。
ひと時。
止めにして。
置いておいて。

問いかけるのは。
巡らすのは。
ひと時。
封じて。
閉まっておいて。

脱ぎ捨てて。
洗い流して。
ひと時。
弛めて。
伸ばしてみよう。

浸かって。
耽って。
ひと時。
緩めて。
延ばしてみよう。

いま。
ひと時。
離れてしまおう。
さぁ。
カウントを数えて。

いま。
この時。
放ってしまおう。
さぁ。
点火して。

さぁ。
何処までもと。
心の赴くままに。
心、安らかに。
飛んでいけばいい。



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2019/01/31 Thu *跳んでみる / Joan Jett And The Blackhearts

20190131album


ちょっと。
思い切って。
その場で。
少しばかり。
跳んでみる。

それで。
そんなことで。
何かが変わる。
そんな。
単純なことじゃない。

そいつは。
そうだが。
ここらで。
ひとつ。
跳んでみて。

ほんの。
微かにでも。
何かの兆し。
そんなものが。
感じられれば。

そんなことで。
開ける。
そんな機が無いとは。
言い切れない。
そんな気がして。

馬鹿馬鹿しいなと。
思いながらも。
咳払いでもひとつして。
えいっと。
跳んでみる。

『Album』'83年リリース。
ジョーン・ジェット・アンド・ブラックハーツの4枚目となるアルバム。
尤もソロ名義のアルバムをブラックハーツとして再リリースしたアルバムもあるので。
実質的には3枚目、そしてあの『I Love Rock 'N Roll』に続くアルバムでもあります。
さてと。数多いる女性ロックンローラーの中でも男気に溢れると言ったら。
英国代表のクリッシー・ハインドに対して米国を代表するのはジョーンかなと。
そう。何と言うか。小股の切れ上がった、凛としたいい女との印象が強いのですよね。
ランナウエィズ時代から、そのロックンロール命、一筋な、潔さがカッコ良くて。
複雑にも、難しくもならず。そして大仰に、大袈裟になることもせずに。
シンプルに、ストレートに。それこそ一の二の三で、前へと向かっていく様なところ。
このギターを構えて、ジャンプ、跳んでいるジャケット。そのままと言うか。
アーティスト名も、アルバム・タイトルも記載が無く。その姿だけで挑んでいると。
そのアルバム・タイトルからしてアルバムですからね。そのまんまじゃないかと。
いや、大ヒットを飛ばして。ブレイクした後ですからね。力が入ると言うか。
力んでしまいそうなところだと思うのですが。軽やかに決めてみせてしまうところがね。
何とも言えない魅力的なところで。ロックンロールの本質みたいなところかなとさえ。
そして。そのカヴァーのセンスの良さにも。ジョーンのロックンロールへの愛情。
その本気度と深さがあるなと。「Everyday People」も「Tossin' & Turnin'」も。
ソウルフルな原曲の良さを生かしつつご機嫌なロックンロールに生まれ変わらせていると。
後にはカヴァー・アルバムもリリースするジョーン。好きなものは好きなのだと。
言えてしまう、歌ってしまえる。その衒いの無い強さがまた堪らないのです。
(カセット版にはストーンズの「Star Star」のカヴァーも入っていたのですよね・・・)
ギター一本あれば、いつでもどこでもロックンロールできる。その飛び跳ねる様が痛快なのですね。

ちょっと。
踏ん張って。
その場で。
少しでもと。
跳んでみる。

それで。
そんなことで。
何かが進む。
そんな。
簡単なことじゃない。

そいつは。
そうでも。
ここあたりで。
ひとつ。
跳んでみて。

ほんの。
僅かにでも。
何かが動く。
そんなものに。
触れられれば。

そんなことで。
転がり始める。
そんな気にならないとは。
言い切れない。
そんな機もあるだろうと。

面倒くさいなと。
思いながらも。
深呼吸でもひとつして。
えいっと。
跳んでみる。

ほんの少し。
それだけでも。
地面を離れて。
浮いてみれば。
それだけで。

ほんの少し。
それだけでも。
重力を解かれて。
浮き上がれれば。
それだけで。

微かにでも。
何かが。
震える。
その様が。
感じられれば。

僅かにでも。
何かが。
振れる。
その様に。
触れられれば。

何かが。
開ける。
その兆しが。
何かを。
変えるかもしれない。

何かが。
転がり始める。
その動きが。
何かを。
進ませるかもしれない。

だから。
単純に。簡単に。
その機を逃さずに。
その気になって。
跳んでみる。



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