カテゴリー「002 American Rock」の記事

2019/02/28 Thu *信じなくても / Santana

20190228santana


別に。
信じなくても。
寄らなくても。
それでも。
開けると。

そう思わなければ。
そうでなければ。
ここで。
こうしている。
意味がない。

その扉を。
開きたい。
その思いだけ。
その願いだけ。
それしかない。

それは。
確かに不安で。
何かに縋りたい。
そんな誘惑に。
かられもするけれど。

そこを。
断ち切って。
己の熱意だけ。
それだけを武器に。
挑んでみると。

信じる前に。
寄る前に。
明けてみようとする。
それが。
跳躍の切欠になるかもしれない。

『Santana』'71年リリース。
カルロス・サンタナ率いるサンタナの3rdアルバム。
1stアルバムのタイトルも同名なので。こちらは『Santana Ⅲ』とも呼ばれています。
サンタナは、その時々で音楽性が大きく異なるバンドだったりするのですが。
このアルバムまでは割と一貫していて。それが所謂ラテン・ロックのイメージなのかなと。
特に1stの荒々しさと、2ndの県制度の高さ。それを融合して高みに上ったかの。
このアルバムこそが、ラテン・ロック期のサンタナの最高傑作かなとも思われます。
ゲスト参加のタワー・オブ・パワーやコーク・エスコヴェードからの刺激もありながら。
やっぱり、このアルバムでの飛翔の引き金となったのはニール・ショーンの参加なのかなと。
そう、後にジャーニーとか言う面白くもなんともないバンドで売れたあのニールです。
この頃は弱冠十七歳だったのかな。若さ溢れる、溢れすぎるフレーズで切り込んでいて。
こちらも未だ二十代半ばと若かったカルロスも、溌溂と応えていてギターが鬩ぎ合うと。
タイプは異なる二人ですが、異なるからこそ、大いに響き合い、引き出し合うものが合って。
ベース、ドラムス。更に複数のパーカッション奏者を加えた編成ならではの。
情熱的で、更には可能的でもあるラテン・パーカッションの洪水、波状攻撃に乗って。
これでもかとばかりに弾け、迸るエネルギーを吸収して増幅して奏で響かせているかなと。
その実。意味不明なジャケットが象徴する様に。混沌として猥雑で意味不明。
そんな側面もあるのですが。その禍々しくも陽気なエネルギーの総量が半端じゃなくて。
多分に。酒とか薬とかお姉ちゃんとか。そんなものが動力源として大きいのでしょうけど。
何よりも。「Everybody's Everything」の邦題である「新しい世界」ではありませんが。
ラテン・ロック、そしてラテン・ファンクとも言える音楽を創造しようと言う。
そのカルロスの熱意。それだけを頼みとしている潔さがエネルギーに昇華したのかなと。
この後のカルロスは。妙に抹香臭いと言うか・・・何かを信じ始めると、寄り始めると。
まぁ、カルロスに限らずですが。そうなると途端に面白く無くなるのですよね・・・

別に。
信じなくても。
拠らなくても。
それでも。
行けると。

そう思わなければ。
そうでなければ。
ここに。
こうしてある。
意義もない。

その道を。
行きたい。
その思いだけ。
その望みだけ。
それしかない。

それは。
確かに恐ろしくて。
何かを掴みたい。
そんな誘惑に。
襲われもするけれど。

それを。
振り捨てて。
己の情熱だけ。
それだけを武器に。
闘ってみると。

信じる前に。
拠る前に。
行ってみようとする。
それが。
飛翔の切欠になるかもしれない。

新しい。
世界への。
扉を。
開けたいのは。
誰なのだ。

新しい。
世界への。
道を。
行きたいのは。
誰なのだ。

それは。
そう。
他の誰でもない。
己だと。
それならば。

不安でも。
その思いに。
その願いに。
賭けてみる。
それしかない。

恐ろしくても。
その思いを。
その望みを。
頼みにしてみる。
それしかない。

己の熱意だけ。
己の情熱だけ。
それだけを武器に。
挑んでみる。
闘ってみる。

別に。
信じなくても。
開けられると。
行けると。
その思いの強さだけでいい。



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2019/02/27 Wed *変えられるのか / Buddy Miles

20190227themchange


変わるのか。
本当に。
この流れに沿って。
変わるのか。
変われるのか。

そんな話は。
前にもあった。
それなりに。
期待もして。
参加もして。

でも。
結論としては。
大山鳴動して。
何とやら。
あの話はなんだったのだと。

表紙は。
変わったかもしれないが。
中身に関しては。
そのまま。
旧態依然のままで。

またぞろ。
似た様な話が。
聞こえてきて。
動きだして。
今度も噛めと言うけれど。

変わるのか。
本当に。
この流れのままに。
変わるのか。
変われるのか。

『Them Changes』'70年リリース。
バディ・マイルスの初めてのソロ名義でのアルバム。
若い頃から父親のジャズ・バンドに参加してドラマーとのキャリアをスタートさせて。
その後はウィルソン・ピケットのバンドへの在籍経験もあるらしいバディ。
最初にその名を馳せたのはマイク・ブルームフィールド等とのエレクトリック・フラッグ。
そして、何と言ってもジミ・ヘンドリックスに誘われてのバンド・オブ・ジプシーズでの。
そのジミにとっては初めての全員アフロ・アメリカンでとなったトリオで注目を浴びたと。
何でもジミとはあのモンタレーで出会って意気投合して。数年後に誘われたと。
残念ながらバンド・オブ・ジプシーズではジミとも衝突したらしく短命に終わってしまい。
その直後に録音、制作されたのがこのアルバムでした。シンガーでもあるバディ。
一説ではその歌声や、ジャズやファンクに精通したセンス。その辺りにジミは惹かれたとか。
でも。まぁ、一番はそのドラムのスタイル。タイトでシンプルなところが良かったのかなと。
なに前任?のミッチ・ミッチェルが変幻自在、時に暴走気味のスタイルだったので。
それとは正反対のスタイルを求めたのかと。そう、バディは暴走しないのですよね。
何と言うか、シンガーでもあるからか。バンド全体のグルーヴとかバランスを重視すると。
如何にバンドとして心地よく、演奏して。そして聴く者を乗せるかに徹しているかなと。
なので。このアルバムでも。ファンキーでソウルフルに。そして実に心地良くと。
「Them Change」はバンド・オブ・ジプシーズでも演奏していたバディのオリジナルで。
ジミを意識したギターが随所に聴かれるのはご愛敬ですが。心地よさでは優っているかな。
まぁ、その分、刺激と言うか緊張感では及ばないものの。温かく大らかなグルーヴ。
実はそれこそがバディが求めていたものかと。だからジミとも袂を分かったと。
ニール・ヤングの「Down By The River」のカヴァーのソウルフルな感じもいいのです。
バンド・オブ・ジプシーの、ジミの影を求めることは出来ないものの。ここでのバディの変化、好きなのです。

変わるのか。
本当に。
この風に乗って。
変わるのか。
変われるのか。

こんな話は。
何どもあった。
その度に。
期待もして。
参加もして。

でも。
結果としては。
会議を繰り返して。
踊りつかれて。
この話もなんだったのかと。

化粧は。
上手くなったかもしれないが。
素顔に関しては。
そのまま。
新陳代謝もないままで。

またぞろ。
同じ様な話が。
思い出したかの様に。
動きだして。
今度も絡めと言うけれど。

変わるのか。
本当に。
この風向きのままに。
変わるのか。
変われるのか。

形式とか。
そんなものは。
どうでもよくて。
それだけ変えても。
意味がない。

規則とか。
そんなものも。
どうでもよくて。
それだけ変えるのも。
意味がない。

縄張りとか。
そんなものこそ。
どうでもよくて。
それだけに拘るから。
変わる筈もない。

目指すものは。
目的は。
何なのか。
何の為に。
変わるのか。

求めるものは。
目標は。
何なのか。
何の為に。
変えるのか。

望むところは。
到達点は。
何処なのか。
何の為に。
変えなければいけないのか。

変わるのか。
本当に。本気で。
自分の意思で。
変わるのか。
変われるのか・・・変えられるのか。

それが問題なのだ。



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2019/02/26 Tue *終わらない旅 / Quicksilver Messenger Service

20190226happytrails


終わらない歌。
そいつを。
口ずさみながら。
終わりのない道。
そいつを歩く。

およそ。
生きるなどと。
それは。
そんなものだと。
思うのだけれど。

そいつは。
誰かが宣う様に。
重い荷物を背負ってなどと。
そんな苦行ではあるまいと。
もっと楽しいもの。

否、そうだな。
楽しいと思わないと。
否、違うな。
本当に。
楽しまないと、と。

そう。
あれも。これも。
終わりなどない。
終わらせてはいけない。
終わったら、終わるのだと。

終わらない歌。
そいつを。
道連れにして。
終わらない喜び。
そいつに投じるのだと。

『Happy Trails』'69年リリース。
クイックシルヴァー・メッセンジャー・サービスの2ndアルバム。
ジェファーソン。エアプレインやグレートフル・デッドと並び称されて。
サンフランシスコのサイケデリック・ロック・シーンで名を馳せていたものの。
薬物関係のトラブルとかでメンバーが安定しないとか、ライヴが評価されていて。
そのライヴでの魅力をレコーディングで発揮できるか疑念をいだいていたりして。
それで、レコード・デビューが遅れて。更には1stも満足のいく出来ではなくてと。
そこで。フィルモア・ウエストとフィルモア・イーストでのライヴ録音に踏み切って。
更にはスタジオでも手を加えて。このサイケデリックでドラッギーな傑作が生まれたと。
当時の邦題は『愛の組曲』なる如何にも日本人がイメージしそうなものでしたが。
これはA面が、あのボ・ディドリーの「Who Do You Love」をベースにした組曲だから。
しかし。B面の頭の「Mona」も含めて。あのボの、あのナンバーなわけですからね。
言ってしまえば『性愛の組曲』のが相応しいだろうと。またそのサウンドが。
ジョン・シポリナとゲイリー・ダンカン。この2人のギターのせめぎ合い、絡み合いが。
それこそ。交歓と歓喜と喜悦に満ちていて、それが延々と繰り返される。その絶倫具合。
殆どが長尺でしかもインストなのですが。その物言わぬから、言葉にならないからこその。
得も言われない快感をもたらす、アドリブを大いに交えたサウンドが何とも堪らないと。
まぁ、まともじゃないと言うか。まともじゃないからこその魅力に溢れているのです。
色々な意味で、色々と飛ぶことのできるサウンド、アルバムでもあって。
そう考えると。アルバム・タイトルとジャケットも。実は一筋縄ではいかなくて。
スラングとしての意味合いも考えると。これがまた何とも、陽気に意味深かなと。
この旺盛で、貪欲な快楽を追求する感覚。それが捉えられたアルバム。危険、故に実に魅力的なのです。

終わらない歌。
そいつを。
道連れにしながら。
終わりのない道。
そいつを続ける。

およそ。
生きるとなれば。
それは。
そこまでしてこそと。
思うのだけれど。

そいつは。
誰かが宣う様に。
我慢、辛抱の連続などと。
そんな禁欲的ではあるまいと。
もっと楽しいもの。

否、そうだな。
楽しいと思えないと。
否、違うな。
心から。
楽しんでこそ、と。

そう。
あれにも。これにも。
終わりなどない。
終わらせてはいけない。
終わらせているのは、自分だと。

終わらない歌。
そいつを。
高らかに歌い上げ。
終わらない喜び。
そいつを求め続けるのだと。

何が。
嬉しくて。
ここにいる。
ここまできた。
そいつは。

何が。
好きで。
ここにいる。
どこまでいく。
そいつは。

何で。
生きている。
ここにいる。
これからも。
そいつは。

音楽。
それもある。
酒。
それもある。
そして、そう。

愛。
それだけだ。
他に。
何があるだろう。
何が代われるだろう。

愛の。
愛することの。
愛されることの。
喜びと歓びと悦び。
それだけだ。

そいつを。
道連れに。
終わらない歌を、歌いながら。
終わらない、終わりのない旅を。
いつまでも、どこまでも。



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2019/02/25 Mon *そんな素振りで / Captain Beefheart And His Magic Band

20190225safeasmilkmono


安心です。
人畜無害です。
何の意図も。
何の問題も。
ありませんと。

そんな素振りで。
近づいて。
棲みついて。
観察しながら。
機を窺うと。

表向きは。
従順に。
従って。
周囲に。
溶け込んでと。

でも。
その実は。
誰にも尻尾を振らず。
何処にも馴れず。
離れたままでと。

そして。
いざとなれば。
いつでも。
反旗を翻す。
準備をしていようと。

さぁ。
思惑が一致したところで。
乾杯でもして。
次なる一手でも。
思案しましょうか。

『Safe As Milk』'67年リリース。
奇才、キャプテン・ビーフハートとそのマジック・バンド。
記念すべき、紆余曲折の果ての初めてのアルバム。
A&Mから数枚のシングル盤をリリースするものの。アルバムのリリースは却下。
難解に過ぎる、過激に過ぎると言うのが理由だったとか。
まぁ、A&Mは。数ある大手の中でもかなりの穏健派、中道路線ですからねぇ。
それで、漸くブッダ・レコードから陽の目を見たこのアルバム。
以降のキャプテンを思うと。かなりの癖はあるものの。難解でも過激でもなくて。
リリースを却下する程でもとは思えるのですが。時代とA&Mの社風が・・・ですか。
さて。マジック・バンドと言っても。実質はキャプテンのワンマン・バンドで。
メンバーの人選も総てキャプテンが行って、その意図を反映させていたとかで。
このアルバムには正式メンバーではないものの、あのライ・クーダーが参加していて。
あの個性的なスライドの魅力がこのアルバムでも発揮されています。
キャプテンはかなりライにご執心だった様ですが。ライはと言うと。そうでもなくて。
参したものの。キャプテン達のアプローチや振る舞いに違和感を覚えていたらしく。
一説ではあるライヴでのキャプテンの意図不明の行動に愛想をつかして脱退したのだとか。
ライは学究肌ですからね。尤もキャプテンもかなりのブルース・マニアで愛情に溢れていて。
その点は共通してもいるかに思えるのですが。お互いの個性、癖が相容れなかったのかな。
愛情が深ければ深い程。譲れないものも多く、大きくなっていくと言うことなのか。
またそれ程の二人が鬩ぎ合っているからこそ、単純なコピーに陥らずに。
ユニークで個性に溢れた、癖が強いが故に癖にもなる。こんなアルバムが創れたのだと。
アルバム・タイトルに騙されて?愛飲すると中毒になり抜き差しならなくなる。そんな怖さのあるアルバムです。

安全です。
毒にも薬にもならず。
何の思惑も。
何の瑕疵も。
ありませんと。

そんな素振りで。
近寄って。
喰い込んで。
潜伏しながら。
機を逃さずと。

表向きは。
素直に。
沿って。
周囲と。
馴染んでと。

でも。
その実は。
誰ともつるまず、群れず。
何処にも依らず。
外れたままでと。

そして。
いざとなれば。
その時は。
謀反を起こす。
用意はしていようと。

さぁ。
胸の内が、心の底が同じことに。
杯を重ねて。
更なる一手でも。
想定しましょうか。

まぁ。
向こうも。
こっちが。
まったくの。
人畜無害とは。

そう。
向こうだって。
こっちが。
何かを。
考えているとは。

それくらいは。
それ程には。
考えているし。
思いを巡らせている。
そんなところ。

でも。
そこはそれで。
それ程に。
深くは及びもしない。
裏も読めない。

そこが狙い目。
そこが付け目。
そして。
そこが物足りない。
そこが面白くない。

だから。
乾杯でもして。
次なる一手を。
杯を重ねて。
更なる一手を。

安心です。
安全です。
そんな素振りで。
棲みつきながら。
喰い込みながら。

そんなところですかね・・・



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2019/02/24 Sun *煮詰めるのか、澄ますのか / The Doors

20190224thesoftparadeukorg


さてと。
この素材を。
どうするか。
どう調理して。
どう仕上げるのか。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
その分岐は。
いつ訪れて。
どう判断するのか。

素材はある。
時間はない。
それがどうした。
諦めるには。
未だ早いだろう。

止める。
棄てる。
そいつは簡単。
いつでもできる。
その前に。

欲張りすぎた。
素材を前に。
その実、呆然と。
それでも。
足掻いてみせるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
どちらへ進むのか。
見えてくるまで。
やり続けるしかないのだ。

『The Soft Parade』'69年リリース。
ザ・ドアーズの4枚目にして、駄作と揶揄されることの多いアルバム。
従来使用してこなかったホーンやストリングスの多用。キャッチーなナンバーが多い。
まぁ、おおむねそう言ったところが低評価の原因なのだろうなとは思われます。
う~ん。別にサウンドが変化しようが、よりキャッチーになろうが。それはいいだろうと。
今までと違うから好きじゃないなどと言う感性の持主にはドアーズは聴けないだろうと。
ただ。ではこのアルバム。ドアーズのアルバムとしてどうなのかと問われれば。
(ジム・モリソン在籍時の)ドアーズの総てのアルバムの中では一段階落ちるかなとは。
何故か。ジムの迷い。それがそのまま出てしまった。ジムの輪郭がぼんやりとしたままかな。
一気にスターダムにのし上がったことへの戸惑い。求められるイメージとの葛藤。
それらのストレスが暴発したかのマイアミ事件に端を発する権力との不毛な闘争などなど。
ジムが相当に疲弊し、消耗していたのは想像に難くなく。その状態で制作に取り組んで。
結果として。以前の様にはアイデアを膨らませることも、展開させることも出来なくなった。
そんなところではなかったかと。素材をどう調理するのか、その苦闘の過程が出てしまった。
そう言ってみれば、調理の過程や、痕跡がそのままに出されてしまったものもあるのです。
どうしたかったのか、どっちへ行きたかったのか、何処へ行きたかったのか。曖昧なまま。
それを目の前に出されてもと。特に長尺の「The Soft Parade」は冗長に過ぎたか。
でも。それでもドアーズで。その苦闘、苦悩の狭間に、聴く者を惹きつけるものがあって。
その煌めきの欠片を追うだけでも。実はそれなりにスリリングだったりはするのです。
そう。安易に諦めず。お茶を濁さず。諦めずにもがき、足掻いたその姿に魅せられるかな。
だからこそロビー・クリューガーのセンスが爆発した、永遠に色褪せない珠玉の一曲が。
そう、一際キャッチーでポップな「Touch Me」が高らかに鳴り響いているのです。

さてと。
この素材は。
どうなるか。
どう味付けして。
どう提供するのか。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
その境界は。
いつ表れて。
どう決断するのか。

素材は豊富。
時間が足りない。
それがどうした。
音を上げるには。
未だ早すぎるだろう。

諦める。
放り出す。
そいつは楽だが。
安易にすぎる。
その前に。

贅沢にすぎた。
素材を前に。
その実、唖然と。
それでも。
藻掻いてみせるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
どちらへ舵を切るのか。
感じられるまで。
やり続けるしかないのだ。

出来上がりは。
いつも。
いつでも。
必ずは。
上等とはいかない。

仕上がりは。
いつも。
いつでも。
間違いなく。
万全ともいかない。

それでも。
それを目指して。
そこを目指して。
素材と。
格闘するのだ。

それでも。
なんとかなると。
なんとかすると。
調理を。
試行錯誤するのだ。

諦めずに。
値を上げずに。
足掻いてこそ。
藻掻いてこそ。
見えてくる、見せられるものもあるのだ。

簡単でないから。
楽でないから。
いつでもと。
安易にはいかないから。
聞こえてくる、聞かせられるものもあるのだ。

煮詰めるのか。
澄ますのか。
この流れが。
この行進が。
どっちへ、何処へ行こうとも、である。



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2019/02/03 Sun *与えられたのなら / Richard Hell And The Voidoids

20190203destinystreet_2


そう。
この場所が。
ここが。
そこに。
あることが。

与えられた。
そんなもので。
あるのなら。
それはそれで。
構いはしない。

ならばと。
向き合って。
みるだけ。
それだけのこと。
そんなもの。

何故。
ここなのか。
他ではない。
何処でもない。
ここなのか。

自ら。
選んだものだと。
そればかりと。
思いもしたが。
そうでもないらしい。

それが。
運命とやらの。
仕業なら。
面白いと、向き合おう。
与えられたのなら。

『Destiny Street.』'82年リリース。
リチャード・ヘル&ザ・ボイドイズの2ndアルバム。
衝撃の1stアルバム、『Blank Generation』から5年が経過していて。
パンク・ロックの炎もすっかり下火になってしまっていて。まぁ、それよりも。
なにより『Blank Generation』があまりに衝撃的だった故になのか。
このアルバムについては殆ど語られないと言うか、無視されている感じもありますが。
そして。その気持ちがわからないでもないのですが。無視は勿体ないかなと。
確かに。『Blank Generation』程の強烈な毒は無いものの。その尖がり歪んだ個性。
それがサウンドとして突き刺さり捻じ曲げる。その破壊力は健在であって。
いや、なまじ聴き易くなっている部分もあって。その実、効果はこのアルバムの方が。
より大きいかなとすら思わされるものもあるかなと。そうだな、毒薬に例えるならば。
即効性ではなくて、遅効性の毒薬ならではの効果、快楽、中速性があるのですよね。
一撃ではなく、じわじわと止めを刺されたい。そんな時?に相応しいかなと。
ヘルの、棘だらけ、そして捻くりまくった歌声。音程も何もない破壊力は健在で。
ヘルの場合はヘタウマとか言った領域を凌駕しているし。それでいてベースはファンキー。
そして。ロバート・クワインとノークス・メイシェルのギターがまたなんとも。
クワインはメタリックでエキセントリック。そこにメイシェルが絡みついてと。
そう。やっぱり基調にあるのは変態的な虚無。なのに、妙にファンキーに弾んでいて。
存外にキャッチーなメロディやフレーズもあると。その奇妙さが心地良いのかな。
ヘルと言う人は。元来が詩人志向だったのか。暫くは細々と活動を続けていたりもして。
数年前にはこのアルバムを再録音はしたものの。ロック、音楽は本筋ではなかったのかな。
それでも。『Blank Generation』とこのアルバムを遺し、言わばクワインも世に出した。
それだけで。運命、与えられたものを楽しみ、やり尽くしていったのかなとは思うかな・・・

そう。
この通りに。
ここに。
そこに。
あることが。

与えられた。
そんなもので。
あるのなら。
それはそれで。
上等ではないかと。

ならばと。
受け容れて。
しまうだけ。
それだけのこと。
そんなもの。

何故。
ここだったのか。
他ではない。
何処でもない。
ここだったのか。

自ら。
手にしたものだと。
それだけだと。
思ってきたが。
そうではないらしい。

それが。
運命とやらの。
悪戯なら。
面白いと、受け容れよう。
与えられたのなら。

与えられたのなら。
それならば。
選ばれたのだと。
向き合って。
楽しむだけのこと。

与えられたのなら。
それならば。
幸運だったのだと。
受け容れて。
面白がるだけのこと。

この。
退屈な世界。
そいつを。
やり過ごす。
その為の刺激が。

この。
空虚な時間。
そいつを。
塗り潰す。
その為の媚薬が。

気紛れな。
運命とやらの。
出来心で。
もたらされた。
そうであるならば。

運命とやらの。
気紛れに。
出来心に。
感謝して。
そうしてしまって。

ここで。
この通りで。
楽しむだけ。
面白がるだけ。
やり尽くすだけ。

与えられたのなら・・・



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2019/02/02 Sat *飛んでいけばいい / Ramones

20190202rockettorussia


飛んでいけばいい。
そう。
もう、総てを。
振り払って。
解き放って。

何処まで。
なんて言うのは。
口にしないで。
決めないで。
何処までもと。

それでいい。
それがいい。
弛緩できる。
そんな時は。
弛緩しきってしまえばいい。

そうして、
心配とか。
柵とか。
そんなものは。
飛び越えてしまえばいい。

そうと決めたら。
スイッチを。
切り替えて。
入れて。
その時を待って。

さぁ。
何処までもと。
心に定めて。
心、開いて。
飛んでいけばいい。

『Rocket To Russia』'77年リリース。
ラモーンズの3枚目、そしてオリジナル・メンバーでの最後のアルバム。
う~ん。この後のラモーンズもいいけれど、ご機嫌だけれど。
やっぱり。最初の3枚までの、オリジナル・メンバーのラモーンズ。
そいつは別格と言うか、特別な存在かなとも思わされるのです。そうなのです。
特にこのアルバム。全14曲、全曲3分未満、全編で30分強。そこに凝縮された。
痛快で、爽快。そしてポップでキャッチー。そんなロックンロールの魅力。
それこそ、ロケットの様に何処までも飛んでいきそうなその勢い、吹っ切れ方。
それこそがラモーンズで。それこそがロックンロールを蘇生させたのだと。
そう。ラモーンズと言うのはパンクではあるけれども。それよりも何よりも。
ロックンロールであったのだと。それこそが実のところ重要だったと思うのです。
パティ・スミスやテレビジョンの文学性。リチャード・ヘルやデッド・ボーイズの虚無感。
それとは異なる手法で。澱んでいたシーンに一撃を食らわしたラモーンズ。
その姿は、何処までもあっけらかんと突き抜けていたのだと。それが良かったのだと。
勿論、己が抱える虚無と向き合い、それを詩的に表現する。そんな内向的な攻撃性。
そんなものもロックンロールには必要なのですが。それだけでも駄目なわけで。
先ずはやっちまえ、いっちまえ。ガツンと、陽気に先制パンチ。そしてそのままにと。
それこそが、そのフォーマットこそが。ラモーンズの大発明だったのです。
そして、そいつが無かったら。きっと数多の後進は道に迷い、何ものかに囚われてしまって。
ロックンロールは息の根を止められていたのではと思うのですよね。
まぁ、あまりに素晴らしい発明で。何処までも飛んでいけそうなラモーンズ。
それを乗り越えるのが至難の業になってしまったのもまた事実の様な気もしますが。
ところで。このアルバム・タイトル。洒落にしてもキツイなと。まぁ、それくらいの毒も無くてはですかね。

飛んでいけばいい。
そう。
もう、何もかも。
振り捨てて。
放り投げて。

何処まで。
なんて言うのは。
思いに浮かべず。
限らないで。
何処までもと。

それでいい。
それがいい。
解放できる。
そんな時は。
解放しきってしまえばいい。

そうして、
不安とか。
澱とか。
そんなものは。
飛び越えてしまえばいい。

そうと決めたら。
カウントを。
数えて。
点火して。
その時を待って。

さぁ。
何処までもと。
心に決めて。
心、放って。
飛んでいけばいい。

見つめるのは。
考えるのは。
ひと時。
止めにして。
置いておいて。

問いかけるのは。
巡らすのは。
ひと時。
封じて。
閉まっておいて。

脱ぎ捨てて。
洗い流して。
ひと時。
弛めて。
伸ばしてみよう。

浸かって。
耽って。
ひと時。
緩めて。
延ばしてみよう。

いま。
ひと時。
離れてしまおう。
さぁ。
カウントを数えて。

いま。
この時。
放ってしまおう。
さぁ。
点火して。

さぁ。
何処までもと。
心の赴くままに。
心、安らかに。
飛んでいけばいい。



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2019/01/31 Thu *跳んでみる / Joan Jett And The Blackhearts

20190131album


ちょっと。
思い切って。
その場で。
少しばかり。
跳んでみる。

それで。
そんなことで。
何かが変わる。
そんな。
単純なことじゃない。

そいつは。
そうだが。
ここらで。
ひとつ。
跳んでみて。

ほんの。
微かにでも。
何かの兆し。
そんなものが。
感じられれば。

そんなことで。
開ける。
そんな機が無いとは。
言い切れない。
そんな気がして。

馬鹿馬鹿しいなと。
思いながらも。
咳払いでもひとつして。
えいっと。
跳んでみる。

『Album』'83年リリース。
ジョーン・ジェット・アンド・ブラックハーツの4枚目となるアルバム。
尤もソロ名義のアルバムをブラックハーツとして再リリースしたアルバムもあるので。
実質的には3枚目、そしてあの『I Love Rock 'N Roll』に続くアルバムでもあります。
さてと。数多いる女性ロックンローラーの中でも男気に溢れると言ったら。
英国代表のクリッシー・ハインドに対して米国を代表するのはジョーンかなと。
そう。何と言うか。小股の切れ上がった、凛としたいい女との印象が強いのですよね。
ランナウエィズ時代から、そのロックンロール命、一筋な、潔さがカッコ良くて。
複雑にも、難しくもならず。そして大仰に、大袈裟になることもせずに。
シンプルに、ストレートに。それこそ一の二の三で、前へと向かっていく様なところ。
このギターを構えて、ジャンプ、跳んでいるジャケット。そのままと言うか。
アーティスト名も、アルバム・タイトルも記載が無く。その姿だけで挑んでいると。
そのアルバム・タイトルからしてアルバムですからね。そのまんまじゃないかと。
いや、大ヒットを飛ばして。ブレイクした後ですからね。力が入ると言うか。
力んでしまいそうなところだと思うのですが。軽やかに決めてみせてしまうところがね。
何とも言えない魅力的なところで。ロックンロールの本質みたいなところかなとさえ。
そして。そのカヴァーのセンスの良さにも。ジョーンのロックンロールへの愛情。
その本気度と深さがあるなと。「Everyday People」も「Tossin' & Turnin'」も。
ソウルフルな原曲の良さを生かしつつご機嫌なロックンロールに生まれ変わらせていると。
後にはカヴァー・アルバムもリリースするジョーン。好きなものは好きなのだと。
言えてしまう、歌ってしまえる。その衒いの無い強さがまた堪らないのです。
(カセット版にはストーンズの「Star Star」のカヴァーも入っていたのですよね・・・)
ギター一本あれば、いつでもどこでもロックンロールできる。その飛び跳ねる様が痛快なのですね。

ちょっと。
踏ん張って。
その場で。
少しでもと。
跳んでみる。

それで。
そんなことで。
何かが進む。
そんな。
簡単なことじゃない。

そいつは。
そうでも。
ここあたりで。
ひとつ。
跳んでみて。

ほんの。
僅かにでも。
何かが動く。
そんなものに。
触れられれば。

そんなことで。
転がり始める。
そんな気にならないとは。
言い切れない。
そんな機もあるだろうと。

面倒くさいなと。
思いながらも。
深呼吸でもひとつして。
えいっと。
跳んでみる。

ほんの少し。
それだけでも。
地面を離れて。
浮いてみれば。
それだけで。

ほんの少し。
それだけでも。
重力を解かれて。
浮き上がれれば。
それだけで。

微かにでも。
何かが。
震える。
その様が。
感じられれば。

僅かにでも。
何かが。
振れる。
その様に。
触れられれば。

何かが。
開ける。
その兆しが。
何かを。
変えるかもしれない。

何かが。
転がり始める。
その動きが。
何かを。
進ませるかもしれない。

だから。
単純に。簡単に。
その機を逃さずに。
その気になって。
跳んでみる。



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2019/01/30 Wed *天使は・・・ / Blondie

20190130autoamerican


天国なのか。
地獄なのか。
それとも。
その狭間なのか。
天使は何処に。

扉を。
開けたら。
華やかに。
艶やかに。
夢見心地で。

泉に。
飛び込んだら。
妖しく。
淫らに。
溺れるが如く。

その。
坩堝の。
中心で。
手招きしている。
そのものは。

幸運を招くのか。
不幸を遍くのか。
それは。
見極めたくもあり。
そのままにしておきたくもあり。

空の上か。
地の底か。
それとも。
その狭間なのか。
天使は何処に。

『Auto American』'80年リリース。
ブロンディの5枚目となるオリジナル・アルバム。
このアルバムの前に映画に提供した、件の「Call Me」が大ヒットして。
続けてこのアルバムからも「The Tide Is High」とか「Rapture」も大ヒットと。
既にスターの座にあったブロンディですが。このアルバムで遂に上り詰めたかなとも。
セックス・シンボルとしても人気を博し。その妖艶な唇に保険を掛けてと。
玩具としての自分の役割、その商売道具にも人一倍意識が高かったデボラ・ハリー。
実はブロンディとしてデビューした時には30歳を過ぎていて。この頃は30代半ばかな。
若くしてデビューするも挫折して。辛酸を舐めながらブロンディとして望みを叶えたと。
そのブロンディもデビュー当時は鳴かず飛ばずで。初来日公演は驚異的な不入りで。
不憫に思った、あの大貫憲章がしめていたネクタイを引き千切るほどに孤軍奮闘したとか。
そんなエピソードもあって。その時代を乗り越えてやっと掴んだ成功の果実。
それを、どう享受したのか。それはこのアルバムの雑多、坩堝とも言える音楽性に見えて。
既に我がものとしていたディスコやニュー・ウェイブに止まらずに。
レゲエ、ラップ、更にはジャズまでをも。その掌にして。揚々と歌ってみせるデボラ。
あまりに幅が広すぎて、混乱し、ついていけず、脱落したファンも多かったと言われますが。
漸く天国に辿り着いたデボラにしてみれば。それが何ほどのものかと。
自らの望みのまま、求めるままに。歌い、踊り、演じ、楽しむ。その様を見せるだけだと。
勿論、そこにはその様で魅せる、魅入らせることが出来るとの自負と自信があってこそ。
しかし、例え。その目論見が外れたところで。自らの欲望に忠実であることを選んだと。
そう。キッチュでポップ、セクシーでグラマラス。しかし、その様、その姿は。
恐ろしいまでに壮絶な凄味をも帯びているのです。デボラの立っているのは天国か地獄か。
そのいずれか、あるいは別の何処かだとしても。デボラは、聴く者を魅了して止まない天使ではあるのです。

天国なのか。
地獄なのか。
それとも。
その境界なのか。
天使は何処に。

明かりが。
ついたら。
煌びやかに。
めくるめく。
夢うつつで。

華に。
吸い寄せられたら。
熱く。
蕩けて。
囚われるが如く。

その。
混沌の。
中心で。
微笑みかけている。
そのものは。

至福をもたらすのか。
厄災を呼び起こすのか。
それは。
見定めたくもあり。
そのままに過ごしてしまいたくもあり。

空の果てか。
地の奥か。
それとも。
その境界なのか。
天使は何処に。

理とか。
定めとか。
そんなものから。
離れていたい。
その思いがある限り。

習とか。
法とか。
そんなものとも。
無縁でいたい。
その願いがある限り。

道理も。
倫理も。
超えたところ。
そこが。
何処であろうとも。

常識も。
慣例も。
破られたところ。
そこが。
何処であろうとも。

その。
扉の向こうの。
その。
明かりの中の。
あるものが誘うのならば。

その。
泉の奥の。
その。
華の中の。
あるものが魅せるのならば。

天国であろうと。
地獄であろうと。
この地上であろうと。
そう。
天使は其処に。



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2019/01/29 Tue *俺だって / Pearl Harbour

20190129dontfollowmeimlosttoo


探すなよ。
ついてくるなよ。
面倒だし。
鬱陶しいし。
何よりも・・・

自分の。
行き先なんて。
自分で決めろよ。
行きたいところの。
一つや二つ。

誰にだって。
あるだろうし。
思い当たらないなら。
いまからでも。
遅くはないだろう。

そいつは。
きっと。
他の誰でもない。
あんただけの場所。
そんなものさ。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺のことは。
放っておいてくれないか。

万に一つ。
きっかけにはなっても。
所詮は似て非なるだし。
それに。
何よりも・・・

『Don't Follow Me, I'm Lost Too』'80年リリース。
米国のロックンロール姉ちゃん、パール・ハーバーのアルバム。
米国で、この芸名と言うのが。何とも根性あるなと言うところですが。
しかもカヴァーではあるものの代表作が「Fujiyama Mama」ですからね。
この頃、あのクラッシュのポール・シムノンと付き合っていたか、結婚していたか。
その縁で、クラッシュの来日公演にも同行して「Fujiyama Mama」を歌っていて。
確か、NHKでも放送されていたと記憶しています。凄い姉ちゃんだなと。
で、このアルバムもクレジットされてはいませんがバックはクラッシュだったりもして。
ジョー・ストラマーは不参加なのかな。でもウィルコ・ジョンソンも参加していて。
何曲かで、あの独特のギターが聴けるのは嬉しい限りだったりもします。
さてと。ヴィンテージな感じを意図的に演出したと思われるジャケとからも分かる様に。
ロカビリーとか、あの辺(どの辺?)を意識した軽快なナンバーがなかなかご機嫌で。
バラードなんかも、それこそフレアスカートが広がりそうな感じ?かなとか。
ジャケットはねぇ、ヘレン・メリルとかを思わせもするのですが。まぁ、要は。
あの時代、'50年代へのオマージュをモチーフにしたアルバム、活動だったのですかね。
歌声を聴いていると。結構本格的と言うか、R&Bからの影響も感じるのですが。
このアルバムでの、語尾を上げる歌い方。ヒーカップ唱法と言うのかな。これは明らかに。
ロカビリーを意識して取り入れたのだろうなと。この頃、ネオロカとか流行っていたし。
蓮っ葉で、可愛くて。でもどこかドスが効いてもいてと。小粋でカッコイイなと。
ただ、率いていたバンドがニュー・ウェーブ扱いされて。あっという間に消えたりもして。
なんだか結局は、時代に翻弄されて徒花になってしまった感もあって。パール・ハーバー・・・
本名?パール・E・ゲイツの本当にやりたかった、歌いたかったところは何処だったかなと。

探すなよ。
ついてくるなよ。
ややこしいし。
煩いし。
何よりも・・・

自分の。
求めるものなんて。
自分で決めろよ。
欲しいものの。
一つや二つ。

誰にだって。
あるだろうし。
思い浮かばないなら。
今更だなんて。
言い訳に過ぎないだろう。

そいつは。
きっと。
他の誰でもない。
あんただけの宝物。
そんなものさ。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺のことは。
関わらないでくれないか。

万に一つ。
気づきにはなっても。
所詮は擬きにだし。
それに。
何よりも・・・

そうさ。
行き先なんて。
行きたい処なんて。
一つや二つ。
ある筈さ。

たぶん。
きっと。
あるのだと。
そう思う。
そう信じている。

そうさ。
求めるものなんて。
欲しいものなんて。
一つや二つ。
ある筈さ。

たぶん。
きっと。
あるのだと。
そう思おう。
そう信じよう。

だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺は俺の。
道を行くのだから。


だから。
探すなよ。
ついてくるなよ。
俺は俺の。
やり方でやるのだから。

何よりも・・・
俺だけの場所。
俺だけの宝物。
俺だって。
見失ったままなのだから・・・



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