カテゴリー「002 American Rock」の記事

2018/11/22 Thu *浪漫に / Michelle Phillips

20181122victimofromance


浪漫に。
囚われて。
逃れられずに。
そのままに。
過ごしている。

そいつが。
何かを、総てを。
おかしくしている。
例え、そうだとしても。
どうしようがある。

この浪漫に。
身も心も捧げると。
あの日、あの時。
あの瞬間に。
決めてしまったのだから。

あの笑顔に。
あの佇まいに。
浪漫を抱いて。
それだけに。
過ごしていくのだと。

だから。
浪漫に過ぎるのは。
百も承知で、こうしている。
その結果など。
総て、受け入れる。

そうさ。
独り善がりの。
勝手な妄想の果ての。
そんな浪漫に。
死ねるのなら、それでもいい。

『Victim Of Romance』'77年リリース。
ミシェル・フィリップスの初めての、そして唯一のソロ・アルバム。
あのママス&パパスのママの一人だったミシェル。
ママス&パパスの解散後は女優としての活動がメインとなっていましたが。
この前年くらいから何枚かのシングルをリリース。そしてこのアルバムへと。
まぁ、ママス&パパスの女性ヴォーカルと言えばキャス・エリオット、ママ・キャスだと。
その迫力と貫禄に溢れた歌声の影に、まるで二人の体格を象徴する様に隠れていたかなと。
そう。歌声よりも。そのルックスとプロポーション。特にその美脚で印象を残していて。
恐らくは、そこら辺りはミシェル自身も自覚があって女優を選択したのかな。
それでも。あの「California Dreamin'」の作者でもあったミシェル。再び音楽の世界にと。
それを助けたのがこのアルバムのプロデュースを手掛けたジャック・ニッチェで。
その手腕によって。ミシェルの小悪魔的な甘い歌声の魅力が見事に引き出されています。
どこか甘酸っぱい懐かしさを感じさせる、そのサウンド、その雰囲気。
その中で、甘く、艶やかに、誘う様に、囁きかける様なミシェルの歌声に引き寄せられます。
けして。上手くも、力強くもないのに。その誘引力・・・誘因力の強いことと言ったら。
まさに。アルバム・タイトルのままに。浪漫を掻き立てられ、その虜になってしまうのです。
オリジナルと共に、ビー・ジーズ、そしてホリーズ(ドリス・トロイ)のカヴァーも。
その空気と言うか、味わいと言うか。ミシェルの歌声に見事にマッチしています。
恋多き女性として、数多の浮名を流したミシェルですが、その性質が声質に表れている。
そんな気もしてきます。その歌声は何とも、反則・・・犯罪にすら近いかなとか・・・
ほんの数日間ですが。あのデニス・ホッパーとも結婚していたミシェルですからね。その浪漫に。
男達は誘われ、魅せられ、囚われ、溺れて。虜に、生贄になってもいいと思うのです。馬鹿ですねぇ(笑)。

浪漫に。
溺れて。
逃れようともせず。
そのままに。
送っている。

そいつが。
何かを、総てを。
駄目にしている。
例え、そうだとしても。
どうしようもありはしない。

この浪漫に。
総てを捧げると。
あの日、あの時。
あの瞬間に。
誓ってしまったのだから。

あの声に。
あの振舞いに。
浪漫を抱いて。
それだけに。
送っていくのだと。

だから。
浪漫に過ぎるのは。
覚悟の上で、こうしている。
その帰結など。
総て、受け止める。

そうさ。
思い違いの。
勝手な思い込みの果ての。
そんな浪漫に。
逝けるのなら、それでもいい。

そもそも。
過ぎる浪漫に。
勝るものなど。
この世の中に。
ありはしないだろう。

どうにも。
この浪漫に。
打ち勝つものなど。
このかた。
出逢ったこともない。

退屈な暇潰し。
緩慢な自死。
そんな過ごし方。
そんな送り方。
それしか出来ない。

そんな時間を。
そんな日々を。
少しでも彩ってくれるなら。
少しでも潤してくれるなら。
それだけでいい。

そう思えるなら。
そう思い込めるなら。
何かを、総てを。
失ったとしても。
それだけでいい。

喜んで。
囚われて。
溺れて。
そのままに。
堕ちていければそれでいい。

独り善がりの。
思い違いの。
勝手な妄想の果ての。
勝手な思い込みの果ての。
浪漫に生きると決めている。



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2018/11/21 Wed *集いし者は / Delaney & Bonnie

20181121home


そこに。
その場所に。
集いし者は。
それが。
誰であろうと。

上下もなければ。
分け隔てもない。
ただ。
グラスを傾け。
音楽に身を任せ。

男であろうと。
女であろうと。
そうでなかろうと。
誰も。
気に留めもしない。

一人であろうと。
二人であろうと。
そうでなかろうと。
何の。
変りもありはしない。

ただ。
その空気が。
それが漂わせる。
何ものかに。
惹かれてしまう。

それだけで。
言葉を重ねなくても。
集いし者は。
共にあり。響き合う。
そんな場所。

『Home』'69年リリース。
デラニー&ボニーの2枚目となるアルバム。
その実。エレクトラからリリースされた1枚目の『Accept No Substitute』よりも先に。
スタックスにてこのアルバムを録音、制作されながらも。一度はお蔵入りとなって。
『Accept No Substitute』の成功後に、改めてリリースされることとなったのでした。
スタックスと言うのは。例えばハウス・バンドであるブッカー・T&MGズが象徴する様に。
当時としては珍しく、人種間の壁も低く、分け隔てなく自由な空気があったのですが。
公民権運動の激化や、キング牧師の暗殺等。時代の流れがそれを許さなくなってきてと。
その最中にヒットしたのが「It's Been a Long Time Coming」と言うナンバーで。
そのエモーショナルな歌声は、ラジオ局のDJ、そして聴衆にも黒人が歌っていると。
そう信じられていたと。そして開催されたライヴに現れたのが白人のデュオであったと。
そう、デラニー&ボニーが歌っていたのでした。白人だと分かって。微妙な空気が流れて。
ラジオ局はオン・エアを止めて。スタックス社内でも意見が割れて、発売中止に。
そしてデラニー&ボニーはスタックスを離れざるを得なくなってしまったと。
何とも悲しい話ですが。それが当時の(今も変わらない・・・)米国の現実であったと。
さて。その「It's Been a Long Time Coming」をA面の1曲目に収めたこのアルバム。
ブッカー・T&MGズや、アイザック・ヘイズ、そしてメンフィス・ホーンズ等。
その手練れ達の奏でるサウンドは、そうオーティス・レディングやサム&デイヴのアルバム。
それらと変わることはなく。そしてデラニーとボニーの歌声もまた実にソウルフルで。
如何にデラニーとボニーが、ソウルを消化吸収し、自らの血肉としていたかと思わされます。
特に、あのアイケッツ初の白人メンバーであったボニーの歌声はまさにソウルそのもので。
ジャンルとか、カテゴリーとか。そもそも人種とか。そんなものに意味などないのだと。
そいつを嫌と言う程に体感させてくれるのです。それだけのものがあるのです。だからこそ。
人種を越えて、才能が集っていたスタックスの失われた自由な空気が惜しまれてならないのです。

ここに。
この場所に。
集いし者は。
それが。
誰であろうと。

貴賤もなければ。
分け隔てもない。
ただ。
グラスを重ね。
音楽に心も任せ。

年嵩であろうと。
若輩であろうと。
年齢不詳であろうと。
誰も。
気に掛けもしない。

馴染みであろうと。
初めてであろうと。
その間であろうと。
何の。
違いもありはしない。

ただ。
その空気が。
それが感じさせる。
何ものかに。
魅せられてしまう。

それだけで。
言葉を尽くさなくても。
集いし者は。
共にあり。受け容れる。
そんな場所。

集いし者は。
ただ。
そこに惹かれ。
そこにある。
それだけのこと。

集いし者は。
ただ。
そこに魅せられ。
ここにいる。
それだけのこと。

性別も。
年齢も。
何ものも。
分け隔てる。
壁にはなりはしない。

何かによる。
何かを言い訳にした。
上下もなければ。
貴賤もなければ。
何の差別もない。

その空気が。
その場所が。
好きなだけ。
それだけでいい。
そんな場所。

この空気が。
この場所が。
愛しいだけ。
それだけで許される。
そんな場所。

集いし者は。
ただ。
共にあり。響き合う。
共にあり。受け容れる。
それがいい・・・



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2018/11/20 Tue *収容所 / Kathi McDonald

20181120insaneasylum


歪んでいようが。
曲がっていようが。
否、だからこそ。
収まる場所。
そんなものが必要なのだ。

恐らくは。
好んで。
歪んだわけでも。
曲がったわけでも。
ありはしない。

それどころか。
そもそも。
果して、本当に。
歪んでいるのか。
曲がっているのか。

そいつは。
自分には。
分かりはしない。
否、恐らくは。
誰にも分かりはしないのだ。

でも。
世間とやらとは。
少しばかり。
相性が悪くて。
どうやらはみ出している。

そんな。
心にも。心にこそ。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ。

『Insane Asylum』'74年リリース。
キャシー・マクドナルドの初めてのソロ・アルバム。
当時の邦題は『精神病棟』だったのかな。今だったらどうなのだろう。
まぁ、当時の和訳としては間違いではないのですけれどね。
バック・シンガー、セッション・シンガーとして豊富なキャリアを誇るキャシー。
マッド・ドッグス&イングリッシュメンの一員でもあったし、デラニー&ボニーとか。
フレディ・キングのアルバムにも参加していて。そしてストーンズとも縁があって。
『Exile On Main St.』での「All Down The Line」でのシャウトは強烈な印象があります。
ジャニス・ジョプリンの後任としてビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーも参加。
それだけの魅力的で、迫力のある歌声の持ち主だったのですよね。
デビューのきっかけが面白くて。アイク&ティナ・ターナーのライヴを最前列で観ていて。
歌詞をど忘れしたティナの代わりに客席から歌っていてアイクに見初められたのだとか。
アイケッツに誘われたものの。既にメンバーだった友達の仕事を奪いたくないと辞退して。
バック・シンガー、セッション・シンガーして活動を開始して。たちまち売れっ子に。
業界で如何に評価が高かったかは、ニルス・ロフグレンやらロニー・モントローズらが参加。
ノン・クレジットですが、ポインター・シスターズにタタワー・オブ・パワーもとね。
更にはニール・ヤングがバッファロー・スプリングフィールド時代の未発表曲を提供し。
スライ・ストーンもノン・クレジットで参加してキャシーと掛け合いで歌声を披露していて。
如何にキャシーが、その歌声が評価され、愛されていたかが感じられます。
その歩みから。どしてもジャニスと比較されてしまうキャシーではありますが。
ジャニスよりも、そうだな。よりストレートで、そして高音の伸びに個性があるかなと。
勿論、そのシャウトは迫力十分で。聴く者を惹きつけて止まないだけの魅力に溢れています。
それだけに。例えば。致し方なかったのでしょうが。件のバンドには参加しなくてもねと。
このアルバムでも「To Love Somebody」をカヴァーしていますが。それもどうかと。
比される、似ている。それは武器にもなりますが。折角の個性を目立たなくもするわけで。
スライを圧倒している「Insane Asylum」でのファンキーで、タフで、ドスの効いた歌声。
それをもっと押し出せていたらなと。人と、誰かと異なっていても構わないのですから。
それ故に、素晴らしいのだし。受け容れてくれる、収めてくれる場所は、誰にでもあると思うのですけどね。

尖がっていようが。
捻くれていようが。
否、だからこそ。
収まる場所。
そんなものは必要なのだ。

誰だって。
好んで。
尖がったわけでも。
捻くれたわけでも。
ありはしない。

それどころか。
そもそも。
果して、本当に。
尖っているのか。
捻くれているのか。

そいつは。
自分では。
決められはしない。
否、恐らくは。
誰にも決められはしないのだ。

でも。
社会とやらとは。
少しばかり。
折り合いが悪くて。
どうやら外れてしまっている。

そんな。
身にも。身にこそ。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ。

人と。
誰かと。
違うから。
異なるから。
それだけで。

世間とやら。
社会とやら。
そいつと。
相性が悪くて。
折り合いが悪くて。

それで。
居心地が悪いとか。
苛立ちが募るとか。
疎外感を感じるとか。
そうだとしても。

無理に。
理由も無く。
矯正などされたくない。
強制もされたくない。
そこは譲れない。

己の。
個性とか。
矜持とか。
そんなものを。
捨てるほどの価値はない。

ただ。
時に。
そんな孤独や。
そんな不安に。
揺らがないでもない。

だから。
こんな身でも、心でも。
受け容れてくれる。
避難できる。
収容所が必要なのだ・・・収容所があるのだ。



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2018/11/19 Mon *天辺回る頃 / Maria Muldaur

20181119mariamuldaur


天辺を。
回る頃。
今日と明日が。
交差する頃。
漸くと。

緩み。
解れる。
そんなものを。
促してくれる。
ものがある。

それは。
空気だとか。
匂いだとか。
そして、何よりも。
音楽だったりする。

取り敢えず。
終わったのだから。
お疲れ様でしたと、見送って。
宜しくと、迎えよう。
そんな頃合いだよねと。

未だ。
昂っているけれど。
もう肩の力を抜いて。
いいのだと。
そうしようと。

囁き、告げてくれる。
そのものの。
温かい懐に抱かれて。
漸くと。
弛緩へと向かい始める。

『Maria Muldaur』'73年リリース。
マリア・マルダーの初めてのソロ・アルバム。
当時の邦題は『オールド・タイム・レディィ』だったとか。
まぁ、マリアの歌声、音楽性を表現したかったのでしょうが。
そのまま、原題のままでも良かったのではないかと思います。
イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド、そしてジェフ&マリア・マルダーとして。
グッド・タイム・ミュージック、オールド・タイム・ミュージックを追求してきたマリア。
その成果が結実した、何とも心温まる、心安らぐ。そんな素敵なアルバムとなっています。
ライ・クーダーやエイモス・ギャレットを筆頭にした腕利きのメンバーが奏でるサウンド。
その極上の、そして気の置けないサウンドをバックに歌うマリア、その歌声。
マリアと言うのは、とても歌の上手い人だと思うのですが。それ以上に。その歌声が帯びた。
とても艶のある、とても色気のある、官能的とも言える色香が印象に深く残るのです。
それが、けしてわざとらしくも、あざとくもなく。ごく自然に漂い、伝わってきて。
抱きしめられる、包まれる。その時の、その瞬間の温かさ、優しさときたら。
もう、何ものにも代え難い魅力に溢れていて。惹かれる、そのままに、素直にと。
そのまま、抱かれて、包まれて。たゆたっていたいなと、心から思ってしまうのです。
そんなに力むことも、必要以上に熱くなることも。必要ないのだと。それでいいのだと。
そんな弛緩が、弛緩したままの時間が許されるところも、時もあるのだと。
得も言われぬ艶やかさで、促し、誘ってくれるマリアです。逆らう術など知らないのです。
大ヒットした「Midnight At The Oasis」なんてね。もう、本当に蕩けてしまいそうで。
そう。少し疲れた。そんな真夜中。天辺を回る頃。マリアの歌声が聴こえてきたのなら。
それだけで。何もかも忘れて。緩やかに。懐かしい、至福の世界へと時を遡れる気さえする。それ程の歌声です。

天辺を。
回る頃。
今日があしたに。
繋がる頃。
漸くに。

弛み。
溶けだす。
そんなものを。
誘ってくれる。
ものがある。

それは。
灯りだとか。
香りだとか。
そして、何よりも。
歌声だったりする。

兎にも角にも。
受け渡したのだから。
ありがとうと、受け取って。
どういたしましてと、手渡そう。
そんな時分だよねと。

未だ。
火照っているけれど。
もう心の鍵を開けて。
いいのだと。
そうしなさいと。

囁き、呼んでくれる。
そのものの。
温かい声に包まれて。
漸くと。
弛緩が広がり始める。

あぁ。
こんなにも。
吸い込まれるなんて。
促されるままに。
そのままに、そのままで。

あぁ。
ここまでも。
吸い込むなんて。
誘われるままに。
そのままで、そのままに。

取り敢えず。
終わったのだから。
兎にも角にも。
受け渡したのだから。
もう、そこまででと。

肩の力を抜いて。
心の鍵を開けて。
昂りも静めて。
火照りも冷まして。
そうして、ゆっくりと。

促されるままに。
緩んで。
解して。
そのままに。
抱かれてしまおうと。

誘われるままに。
弛んで。
溶けだして。
そのままに。
包まれてしまおうと。

その空気、その匂い。
その灯り、その香り。
その奏でられるもの。
その歌われるもの。

天辺を。
回る頃。
オアシスの畔に腰かけて。
弛緩していく。
懐かしい、何処かへと、帰っていく。



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2018/11/18 Sun *懺悔の値打ちも / Laura Nyro

20181118eliandtnethirteenthconfessi


色々と。
あるもので。
やらかす度に。
その度に。
反省はするものの。

後悔の。
二文字など。
辞書にもないので。
悔やんだとしても。
やらないよりはましだよと。

やったこと、それ等自体は。
何にせよ。
自分の決断なのだから。
悔いも、謝りも。
するものかと。

それほどのものなので。
やらかしても。
へこんでも。
その内には。
忘れて、立ち上がってと。

まぁ。
だいたいが。
どんなに警戒したところで。
来るものは来るし。
来るものを拒みもしないので。

そう。
後悔などしたところで。
何にもなりはしないので。
懺悔の値打ちもありゃしない。
そうと、決めて生きている。

『 Eli And The Thirteenth Confession』'68年リリース。
美しいながらも、どこか血の匂いも漂ってきそうな雰囲気が漂う。
そんなジャケットも印象的なローラ・ニーロの2枚目となるアルバム。
前作リリース後にヴァーヴとの契約を失って。CBSへ移籍しての第一弾でした。
その才能と、その美貌で早くから注目されていたと言うローラです。
このアルバムを録音、リリースした時点で未だ20歳だったのかな。
ブロンクス生まれのローラ。幼い頃からゴスペルやR&B、ソウルに親しんで。
やがてドゥー・ワップ・グループを結成して活動を始めて。曲作りにも手を染めて。
10代にして、あのピーター、ポール&マリーに楽曲提供してライターとしてデビュー。
その後に、シンガーとしての道も歩むことになったのですね。天は二物も三物も・・・かな。
一見すると清楚にも見えるらしいローラですが。まぁ、そこは人ぞれぞれでしょうが。
実のところは、色々と奔放な面もあって。様々な逸話も残っていたりもして。
実際に、このアルバムでも。歌われている内容はかなり赤裸々で、過激とも取れますし。
その奏でられ、歌われるメロディや構成も。時に奇抜、時に風変り、大変に個性的です。
可愛らしい詩もあるものの。薬物への耽溺や、淫靡とも言える性愛の詩。それが強烈で。
そう。紫煙の向こうから、血と夜の匂いが強く漂ってくる。そんなアルバムとなっていて。
その癖の強さ故に。気軽に針を落とせる性格のものではないのですが。
しかし、それでも惹かれて止まないのは。そんなローラの癖、個性が魅力的だからで。
「Eli's Comin'」で拒みようのないものの来訪を受け止めざるを得ないと、力強く歌い上げ。
一方で「The Confession」で告白し、懺悔している様で。舌を出して笑っている様な強かさ。
その陽と陰、明と暗。その両面を併せ呑んで、受け容れて。生きていく覚悟の程。
その肚の据わり方。それが若く美しい女性であること。そこに参ってしまうのですね。
「Sweet Blindness」「Stoned Soul Picnic」がスリー・ドッグ・ナイトによってカヴァーされ。
ヒットを記録していますが。ローラ自身の歌唱ではヒット曲は生まれていない。
そこに、逆に他人によって薄められないと流通しなかった程の。ローラの強烈な存在があるとも思うのですよね。

様々に。
あるもので。
やらかすと。
その時は。
反省はするものの。

後悔の。
二文字とは。
無縁であって。
悔やむくらいなら。
やらなきゃいいだけで。

やったこと、それ自体は。
何にせよ。
自分の選択なのだから。
悔いも、謝りも。
するものかと。

それほどのものでしかないので。
やらかし続けても。
潰れても。
その度、後に。
消え去って、立ちなおってと。

まぁ。
だいたいが。
どんなに用心したところで。
去るものは去るし。
去るものを追いはしないので。

そう。
後悔など重ねたところで。
何に役にもたちはしないので。
懺悔の値打ちもありゃしない。
そうと、定めて生きている。

悔いて。
悔やんで。
それで。
何かが。
変わるのなら未だしも。

謝って。
乞うて。
それで。
何かが。
生まれるのなら未だしも。

やったこと。
やってきたこと。
そいつが。
今更。
無かったことになりはしない。

やったこと。
やらかしたこと。
そいつが。
今更。
消え去るわけでもない。

そもそもが。
この先も。
決断も選択も。
今までと。
変わるものじゃないし。

それでも。
来るものは来るし。
去るものは去るし。
そいつを受け入れて。
やっていくだけのこと。

懺悔の値打ちもありゃしない。
その覚悟で。
そう腹を括って。
そうと、定めて生きている。
それだけで十分さ。



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2018/10/25 Thu *凪も嵐も / Neil Young

20181025americanstarsnbarsusorg


凪である。
そう言っても。
だから。
心が穏やか。
そう言うものでも無い。

風が。
止んで。
空も。
澄んで。
明るい陽光の中。

その。
あまりの。
静けさに。
明るさに。
心が騒ぐ。

そんな筈は無い。
このまま。
何事も無く。
終わるなど。
あり得はしないと。

そんな。
空の端に。
湧き上がる。
黒雲を探す様な。
気持ちになって。

凪の中。
一人で。
拳を握りしめて。
唇を固く結んで。
そんなところ。

『American Stars N' Bars』'77年リリース。
ニール・ヤングの(クレイジー・ホース等との連名含む)ソロで10枚目のアルバム。
この時期のニールの活動はやや混乱期にあって。まぁ、安定期があるのかって話もですが。
CSN&Yの再結成に参加して、スティルス・ヤング・バンドなんかもやっていて。
なかなか腰を落ち着けてソロ・アルバムの録音に臨めないと言う結論に至って。
一旦はあの三枚組ベスト・アルバム、『Decade』の編集に取り掛かり完成させたと。
ところが。ここからが気紛れで、天邪鬼なニールの本領発揮で。閃いたとかで。
『Decade』のリリースを延期して、新曲の録音に着手してしまったと。面目躍如ですね。
尤も。その新曲の録音も数曲を終えたところでコンセプトに混乱を来して中断と。
結局、従前に録音されていた未発表曲と合わせて強引に一枚のアルバムに仕立てたと。
この混乱したジャケットが。アルバムの録音、制作過程、内容を代弁しているのですね。
さて。リンダ・ロンシュタットとかニコレット・ラーソンを迎えた新録がA面を占めていて。
かなりラフな音質で。ルーズなカントリー・ロックをやっていて。表情は穏やかながらも。
どうにも刺々しさを呑んでいる感じがあって。米国の歴史を描こうとしていたコンセプト。
頓挫してしまったそのコンセプトが描こうとしていたものが、只ならぬものであったと。
その証左になっているかなと。カントリー・ロックでそれをやれるのがニールの真骨頂。
そしてB面には'74年~'76年にかけての様々なシチュエーションでの録音が収録され。
それぞれに異なる魅力を放っていますが、白眉はやはり「Like A Hurricane」の凄味で。
基本的には恋愛の歌だとは思いますが。そのまさに嵐の様な激しい思いを歌いながらも。
どこか突き放した様な冷徹とも言えそうな視線を感じさせもするのですよね。
だからこそ。その荒れ狂うばかりの凄まじいギターの音が尚更、突き刺さる様でもあります。
アルバムとしては成立過程もあり、纏まりに欠け、統一感も薄いと言わざるを得ませんが。
そんなことは些末なことだと。そう感じさせる静と動、その落差と内包する綯交ぜな、何か。
実は、多くの人間が内包しているその何かをそのままに出してしまう。そんなニールだから信頼できるのです。

嵐である。
そう言っても。
だから。
心が騒ぐ。
そう言うものでも無い。

風が。
吹いて。
空も。
黒く立ち込めて。
荒んだ空気の中。

その。
あまりの。
荒々しさに。
禍々しさに。
心が穏やかに。

こんなものでは無い。
このまま。
総てが攫われ。
消えてしまうなど。
あり得はしないと。

そんな。
空の端に。
ポカっと広がる。
台風の目を探す様な。
気持ちになって。

嵐の中。
一人で。
両手を突き上げて。
目を見開いてと。
そんなところ。

凪には。
静けさだけでなく。
凪には。
凪の。
厳しさがある。

ただ。
心を穏やかに。
過ごせる筈も無く。
やり過ごし。
踏み越えなければならない。

嵐には。
荒々しさだけではなく。
嵐には。
嵐の。
虚しさがある。

ただ。
心が騒ぐままに。
過ごせる筈も無く。
やり過ごし。
踏み越えなければならない。

凪の。
静けさ。
明るさ。
そこに隠された。
狂気がある。

嵐の。
荒々しさ。
禍々しさ。
そいつが覆う。
諦念がある。

凪も。
嵐も。
踏み越えた。
その先にだけ。
あるものを感じていたい。



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2018/10/24 Wed *翼ある者に / Steve Miller Band

20181024flylikeaneagleukorg


翼あるものに。
なりたくて。
なろうとして。
此処へ来た。
それは間違いない。

ならば。
その翼を。
得る為に。
出来る限りのことは。
しなければならない。

そもそも。
それくらいの。
意志が無いのであれば。
翼ある者に。
なろうなどと。

そんな事は。
考えない方がいい。
そんな事は。
夢に過ぎないと。
諦めた方がいい。

そうでないのなら。
指し示された。
その滑走の手順を。
身につけるべく。
挑まなければ意味がない。

さぁ。
どうする。
もう一度。
己が胸に訊いてみるか。
翼あるものになりたいのか。

『Fly Like An Eagle』'76年リリース。
スティーヴ・ミラー・バンドの9枚目となるアルバム。
欧米での人気と比較して日本での人気はあまりに寂しいものがありますが。
その一因としては、その姿が見え辛いと言うか。変化に富んでいて掴みづらいと言うか。
ブルースをベースとした音楽性も、アルバム毎に様々な表情を見せるし。
スティーヴ以外のメンバー・チェンジも激しくて顔ぶれも一定しないしと。
ジャンルとか、カテゴライズとかが明確で無いものが日本人は苦手だったりしますからね。
このアルバムも前作である『The Joker』の後に契約上の訴訟に巻き込まれた関係か。
三年程のブランクもあり。またもやメンバーが一新されて。基本はトリオ編成となっていて。
曲によって。ジェームス・コットン等のゲストを迎えて録音、制作されています。
さて。音楽性の変化がアルバム毎にとは記しましたが。とは言え、そのベースにあるものは。
やはりブルースであり、骨太なロックンロールであることには間違いは無くて。
要は、その上でどう飛翔させるかを常に考え続け、挑み、実践しつづけていた結果なのだと。
その一点に関してはスティーヴと言う人はかなり頑固で、故にメンバーの変遷も多かった。
その実は、そんなところだったのではないかとも想像してしまうのですけどね。
このアルバムでも、シンセサイザーの多用が意表を突いたとも言われていますが。
「Fly Like An Eagle」にしても「Rock'n Me」にしても。その意匠の力を借りながらも。
骨太でキャッチーなロックンロールであると言うベース、骨格が揺らいでいないからこそ。
スペーシーに飛翔する様な爽快なナンバーに、その翼を得ることが出来たのではないかと。
特に「Fly Like An Eagle」の天高く舞い上がり、自由に飛び回る様は何とも痛快です。
そしてそれを支えているのが柔軟で腰の強いリズムで。そのファンキーな様も見事です。
何としてでも飛翔する、その翼を得る。その意思と覚悟の強さが気持ちのいいアルバムだと言えると思います。

翼あるものに。
なりたくて。
なれると信じて。
此処へ来た。
それは揺るがない。

ならば。
その翼を。
得る為に。
必要とされることは。
乗り越えなければならない。

そもそも。
それくらいの。
覚悟が無いのであれば。
翼ある者に。
なれるなどと。

そんな事は。
思わない方がいい。
そんな事は。
儚い夢だったと。
尻尾を巻いた方がいい。

そうでないのなら。
差し出された。
その滑空への課題を。
クリアすべく。
闘わなければ意味がない。

さぁ。
どうする。
もう一度。
己が心に訊いてみるか。
翼あるものになりたいのか。

人は人。
己は己。
それは。
それでいい。
それがいい。

武器も。
欠点も。
それは。
それぞれで。
それがいい。

多様性も。
多義性も。
それは。
守り抜く。
それがいい。

ただ。
この空へと。
羽ばたきたいのなら。
その翼を。
得たいのなら。

ただ。
この空を。
飛び回りたいのなら。
その翼を。
得たいのなら。

限りを尽くして。
乗り越えて。
挑んで。
闘う。
意志がいる、覚悟がいる。

翼あるものに。
なりたいのなら。
憧れや夢や。
根拠のない自信。
それだけでは足りないと言う事だ・・・



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2018/10/23 Tue *馬鹿になろう / Little Feat

20181023dixiechicken


この。
歪んだ。
そんな。
世の中を。
生きているのだ。

真っ当にと。
そう思えば。
思うほど。
絡め捕られて。
ままならず。

折角。
見つけた。
一筋の明かりさえも。
見失いそうで。
そんな時は。

無理に。
抗わず。
ここは。
一旦。
退いてみるのもありかなと。

見ずに。
聞かずに。
触らずに。
何も分からないと。
何も知りはしないと。

そう。
愚か者に。
馬鹿になろう。
そいつが。
歪んだ世界では有効だ。

『Dixie Chicken』'73年リリース。
リトル・フィートの3枚目となるアルバム。
ローウェル・ジョージを中心とした4人編成だったリトル・フィート。
このバンドの録音前にメンバー・チェンジがあって6人編成に。
ベースが交代し、二人目のギタリストと、パーカショニストが参加して。
ここからが、いよいよ稀代の変態バンド、リトル・フィートの本領発揮と。
そう、何を隠そう。隠してもいないか。リトル・フィートと言うのは変態ですからね。
あのフランク・ザッパのバンドを、薬物中毒を口実に追い出されたローウェル。
推測ですが。それは飽くまで口実で。ザッパはローウェルを扱いかねたのかなと。
さてと。基本は米国南部に根差したサウンドなのですが。一筋縄ではいかなくて。
ニュー・オーリンズ・ファンクを始めとした、様々なうねりを取り入れて。
引っ掛かり、引っ掛かりしながら。何ともご機嫌で心地良いサウンドを聴かせてくれていて。
聴いていると、ごく自然に横揺れしてしまうのですが。どうにもそれだけではなくて。
妙なスパイスと言うか、灰汁が効いていると言うか。不思議な痺れが残るのですよね。
相当に濃厚なコクがあるのですが。一方で微妙な浮遊感を漂わせてもいて。
そう。その辺りって。実はかなり特殊で、捉えようによっては気持ち悪いのですけど。
それを絶妙に混合してしまえるのはローウェルを始めとするメンバーの凄腕が故かな。
でも、やっぱりどこか奇妙で。そこはローウェルの薬物から得たものも作用しているのかな。
それが例えば「Dixie Chicken」にしろ「Fool Yourself」にしても爽やかさえ感じさせていて。
歌詞の内容もかなり奇妙なことも考え合わせると、やっぱり変態だよなと。
でも。そうですね。当時から世の中そのものが相当に歪んでいたとも思われもするので。
生き延びるには、変態、愚か者となって。奇妙な世界を偏愛するしかない。そんな先見性?もあったのかな・・・

この。
捻じれた。
そんな。
世の中で。
生きているのだ。

正気でと。
そう思えば。
思うほど。
追い詰められて。
ままならず。

漸く。
出会った。
希望の灯火さえも。
消えてしまいそうで。
そんな時は。

無理に。
逆らわず。
そこは。
一旦。
流されてみるのもありかなと。

見ないと。
聞かないと。
触れもしないと。
何も分からないと。
何も知りはしないと。

そう。
愚か者に。
馬鹿になろう。
そいつが。
捻じれた世界には有効だ。

この。
世の中が。
まともだと。
そう思えるなら。
苦労はない。

この。
世界が。
真っ当だと。
感じるのなら。
自分を疑ったほうがいい。

歪んで。
平衡を。
失って。
崩れ去る。
その寸前。

捻じれて。
共感も。
失われて。
消え去るのも。
時間の問題。

そいつに。
気づいてしまったのなら。
焦っても。
慌てても。
どうにもならない。

ここは。
気づかぬ振りをして。
愚か者に。
馬鹿になろう。
時を待とう。

歪んだ世界で。
捻じれた世界で。
一筋の明かりを守る為に。
希望の灯火を絶やさぬ様に。
馬鹿になろう。



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2018/10/22 Mon *充血させて / The J. Geils Band

20181022bloodshotusredvynal


充血させて。
真っ赤にして、
そこまでして。
そんなになるまで。
何を考えて。

追って。
追って。
追われて。
追って。
駆けずり回っているのか。

そこまでしなくても。
そんなになるまで。
頑張らなくても。
程々でも良いのではと。
言われもするが。

追いたいのだ。
追われたいのだ。
そうさ。
ただの遊びかも知れないが。
だからこそ。

真剣に。
追い回して。
本気で。
追い回されて。
そうでなければ楽しくない。

だから。
目を真っ赤にして。
充血させて。
血を滾らせて。
駆け回っているのだ。

『Bloodshot』'73年リリース。
J.ガイルズ・バンドの通算4枚目となるアルバム。
前作があの傑作『"Live" Full House』で。その勢いを受けてと言うか。
定評のあったライヴの魅力を、スタジオに遂に持ち込むことに成功したアルバムかな。
いい塩梅に腰の落ちた、重心の低いロックンロール。ブルースやR&Bの香りも濃厚な。
その発条の効いた、深く強い弾力性も心地良いサウンド、そのリズム。
そして。泥だらけになるのが嫌でウッドストックのオファーを断ったとされる。
その粋で伊達なダンディズムが、何とも小気味よく黒光りしているのが堪らないのです。
A面の頭に「(Ain't Nothin' But A) Houseparty」、B面の頭に「Southside Shuffle」と。
必殺のナンバーを配している辺りからして。力の入れ様もわかるし、こなれてもきたかと。
ラジオ局のDJをやっていたと言うピーター・ウルフの巻き舌もご機嫌なヴォーカル。
そして、まさに魔法の如きフレーズが飛びだすマジック・ディックのブルース・ハープと。
この2人がやはり花形で。その絡みのカッコ良さにはもう痺れるしかないのですが。
更にJ.ガイルズのギター、セス・ジャストマンのキーボード、リズム隊も一体となって。
粋で伊達で。そして実にタイトでブルージィーなロックンロールをブチかますと。
これが痛快にならない訳が無いと言うか、これを聴いたら腰が震えるよなと。
後にEMIに移籍。「Centerfold」の大ヒットで大ブレイクしたJ.ガイルズ・バンドですが。
その本質、その本来の魅力はこのアルバムも含むアトランティック時代にこそあったと。
強がりや、ハッタリの部分も含めて。男の心意気がビンビンに感じられる。
そんなロックンロールを、それこそ充血する程にシャカリキになってやりながらも。
大したことないぜと。嘯いて余裕を見せようとすらする、そのええカッコしいの部分も含め。
あぁ、ロックンロール・バンドと言うのは、男と言うのは。こうでなくっちゃなと。
そう感じ、そう思わされるのです。そう男が惚れるロックンロール・バンドのご機嫌なアルバムなのです。

充血させて。
真っ赤にして、
そこまでして。
そんなになるまで。
何も考えずに。

求めて。
求めて。
求められて。
求めて。
飛び回っているのか。

そこまでしなくても。
そんなになるまで。
無理しなくても。
その程度でも良いのではと。
言われもするが。

求めたいのだ。
求められたいのだ。
そうさ。
ただの遊びなのは百も承知。
だからこそ。

真剣に。
求め続けて。
本気で。
求め続けられて。
そうでなければ面白くない。

だから。
目を真っ赤にして。
充血させて。
血を滾らせて。
飛び回っているのだ。

実のところ。
そんな。
大層な。
自信など。
ありはしない。

実のところ。
そんな。
大した。
実力なども。
あろうはずもない。

だから。
背一杯。
強がって。
ハッタリかまして。
粋がって。

そうさ。
目一杯。
血を滾らせて。
充血させて。
全力で。

真剣に。
追って。
追われて。
追って。
追い回すのだ。

本気で。
求めて。
求められて。
求めて。
求め続けるのだ。

ただの遊び。
だからこそ。
真剣に、本気に。
そうでなければ楽しくない。
そうでなければ面白くない。

だから。
目も、なにも。
真っ赤にして。
充血させて。
血を滾らせて。立ち向かうのだ。



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2018/10/21 Sun *制御など / The Doobie Brothers

20181021thecaptainandmeusorg


どこまで。
走るのか。
駆けていくのか。
そいつが。
どうにも。こうにも。

判然としない。
それも。
その筈で。
そんなことなど。
決めもせずに。

走り始めてしまって。
気づいたら。
未だに。
駆け続けていると。
そんなところ。

面白く。
可笑しく。
そのままで。
走り続けられるのならば。
それでいいと。

それだけ。
それで。
どうにか。こうにか。
未だ走っているのだから。
それでいいかと。

元来が。
制御など。
考えて走れるほど。
器用ではない。
そう言う事だ。

『The Captain And Me』'73年リリース。
ドゥービー・ブラザーズの3枚目にして代表作となったアルバム。
今も現役らしいドゥービー・ブラザーズ。息の長いバンドとなりましたが。
その活動の途中で大きく音楽性を変えていて。一時期は別のバンドみたいになって。
要はトム・ジョンストンが抜けて、マイケル・マクドナルドが加わったら。
それまでの豪快さとか、痛快さが消えて。腑抜けたバンドになってしまったと。
世間的にはその時期も人気があり、評価もされている様ですが。どこがいいのだか。
トムが薬物中毒になったのが悪いのですが。バンド名がバンド名で。身をもってかと・・・
さて。その剛毅なトムと、もう一人の主要メンバー、繊細なパット・シモンズ。
その二人のギタリストが中心となって。ツイン・ドラムスを擁して勇壮に駆け抜ける。
それこそがドゥービー・ブラザーズの最大の魅力だと。それを痛感させてくれる。
そんな傑作が、このアルバムで。何と言っても必殺の二曲、そうあの二曲が収録されていて。
「Long Train Runnin'」「China Grove」が連発されるのですから。もう堪りません。
豪快なうねりを上げて、痛快に走り、駆け抜けていく。これぞドゥービー・ブラザーズです。
トムのギターのカッティングと、リズム隊の跳ね具合も最高で。能天気と言えば能天気。
それがどうした。何が悪い。考えなくてもいいことは考えなくていいのだと。
そう言いきれてしまいそうな。そのノリの良さ。その一直線な無軌道さがいいのです。
一方で。パットによる「Clear As The Driven Snow」「South City Midnight Lady」と言った。
凛とした美しさのある繊細なナンバーも強い印象を残して。トムとパットと。
その対照的な二人が両輪となって疾走する、その心地良さが素晴らしいのです。
おそらくは自分達自身も。楽しむことが優先で。どこまでとか、どうやってとか。
その辺りは後回しだった、制御とは無縁とも思われた時代のドゥービー・ブラザーズは魅力的なのです。

どうやって。
走るのか。
駆けていくのか。
そいつも。
どうにも。こうにも。

整然としない。
それも。
その筈で。
そんなことなど。
考えもせずに。

走り始めてしまって。
気づかぬうちに。
ここまで。
駆けてきてしまったと。
そんなところ。

楽しく。
弾んで。
そのままで。
走り続けていられるのならば。
それでいいと。

それだけ。
それで。
どうにも。こうにも。
ここまで走ってきているのだから。
それでいいかと。

生来が。
制御など。
考えて走れる様な。
小器用さはない。
そう言う事だ。

ゴールとか。
目標とか。
あるにこしたことはない。
それは。
そうかもしれないが。

そいつに。
囚われて。
拘って。
柔軟さが失われては。
元も子もない。

スタイルとか。
流儀とか。
あればやり易い。
それは。
そうかもしれないが。

そいつに。
縛られて。
譲れなくなって。
臨機に挑めなければ。
本末転倒。

どこまで。
走るのか。
駆けていくのか。
そいつは。
やってみるしかない。

どうやって。
走るのか。
駆けていくのか。
そいつも。
やってみてのこと。

面白く。可笑しく。
楽しく。弾んで。
それでいい。
それがいい。
制御など、出来ない方がいい。

言い訳に過ぎないけれど(笑)。



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