2019/03/17 Sun *くたばるまでは / The J.B.'s

20190317doingittothedeath


一時、一時。
一夜、一夜。
一日、一日。
その瞬間に。
近づいていると。

その事実。
それだけは。
変えようがない。
それからは。
逃れようがない。

ならば。
その時まで。
やれるのなら。
やりたいことを。
やるだけのこと。

そう。
その瞬間まで。
やれる間は。
やりたいことを。
やり続けるだけ。

たとえ。
それが。そのことが。
少しばかり。
その時を、その瞬間を。
早めるものだとしても。

やれる。
その事実。
そいつに感謝して。
やるだけ。
やり続けるだけ。それだけ。

『Doing It To Death』'73年リリース。
フレッド・ウェズリーに続きメイシオ・パーカーも復帰したJBズの二枚目のアルバム。
オリジナルのJBズのメンバーだったブーツィ・コリンズ等は脱退した後で。
アルバムの冒頭では12名のメンバーによると紹介されていますが。まぁ、そこらは。
ナンバー毎に、参加メンバーも異なっている様で。多分に流動的なところもあったのかなと。
フレッドがリーダーなのは確かで。メイシオも全面的に参加しているとは思いますが。
さて。クレジットでは8曲収録となっていますが。実質的には5曲収録と言ったところかな。
ジョン”ジャボ”スタークスとフレッド・トーマスのリズム隊によるワン・コードのグルーヴ。
それにフレッドやメイシオのソロとか、勿論、御大JBの叫び声が乗っかってきて。
延々と長尺の黒く、熱く、クールなジャズ・ファンクのジャムが繰り広げられると。
もう。殆ど。垂れ流しとも言えるものなおですが。その尽きることの無い様がなんとも。
心地が良くて。繰り返し針を落としている内に、中毒になって止められなくなる、その快感。
こいつを知ってしまうと。もう真人間には戻れなくなる。その恐れがまた堪らないのです。
3連もあれば、4ビートもあり、スローもありと。何でもありで自在にファンクする。
その黒光りする生命体とも呼べそうな、その全身、生命を操っているのは当然JBで。
その掛け声、号令一家の下で、見事に反応、触発し合う様が何とも見事なのです。
「Doing It To Death, Part1, Part2」では楽しそうにメイシオをこき使うJBがいたりして。
ここらは出戻りに際しての御大からの愛の鞭なのかなとか。応えるメイシオも見事ですが。
JBと演奏する、仕事をすることの楽しさと共に厳しさが窺い知れたりもするのです。
それも、これも極上のファンク、グルーヴを生み出し、この世に蔓延らせる為であって。
それこそ。くたばるまでは。その時、その瞬間までは。このファンク、グルーヴが。
身体に、そして精神に行き渡ってくれるのなら。それほど幸福なことはないかも知れないと。
そんなことすら感じられて。やりたいことをやること、やり続けることの大切さを改めて思うのです。

一時、一時。
一夜、一夜。
一日、一日。
その瞬間に。
近づいていると。

その事実。
それだけは。
変えようがない。
それからは。
逃れようがない。

ならば。
その時まで。
やれるのなら。
やりたいことを。
やるだけのこと。

そう。
その瞬間まで。
やれる間は。
やりたいことを。
やり続けるだけ。

たとえ。
それが。そのことが。
少しばかり。
その時を、その瞬間を。
早めるものだとしても。

やれる。
その事実。
そいつに感謝して。
やるだけ。
やり続けるだけ。それだけ。

労わることも。
勿論。
必要ではあるだろう。
それは。
解ってはいるけれど。

ほどほどと言うのも。
勿論。
大切ではあるだろう。
それも。
解ってはいるけれど。

安全運転。
勿論。
それが好ましいのは。
言を待たない。
そんなことではあるけれど。

それでも。
頑張ってしまう。
そんなもの。
そんな時。
それも必要なのだと。

それでも。
ラインを超えてしまう。
そんなもの。
そんな時。
それも大切なのだと。

暴走。
そいつが。
好ましくはなくても。
言葉にならない。
ものを生む時もあるのだと。

一時、一時。
一夜、一夜。
一日、一日。
くたばるまでは。
やるだけ、やり続けるだけ。それだけ。



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2019/03/14 Thu *みんな、違って、異なって / Betty Davis

20190314theysayimdifferent


みんな、違って。
それでいい。
それがいい。
みんな、違うから。
面白い。

誰かの真似して。
誰かと同じで。
それの。
何処が面白い。
何が面白い。

右を見て。
左を見て。
倣って。
揃えて。
はみ出さずに並んで。

いつのまにか。
いつから。
それを受け入れて。
それを当たり前だと。
飼い慣らされたのか。

それは。
求めたことなのか。
望んだことなのか。
いつから。
疑いを忘れたか。

誰かと違う。
誰もと違う。
それを恐れる。
そんな馬鹿げたことは。
止めにしてみないか。

『They Say I'm Different』'74年リリース。
褐色のファンキー・クイーン(1stアルバムの邦題)、ベティ・ディヴィス。
その強烈な個性全開のジャケットにも魅せられる、2ndアルバム。
モデルとして名を馳せ、あのマイルス・ディヴィスの夫人でもあったベティ。
モデル時代から、その筋(どの筋?)では有名だったらしく。
マイルスにジミ・ヘンドリックスを引き合わせたのは、ほかならぬベティだったとか。
そんなベティ。マイルスと別れた後はヨーロッパに渡っていたのだとか。
そこでジミの訃報に接して、ショックと、そして天啓を受けてアメリカに帰国して。
自作のナンバーを旧知のミュージシャンに聴かせたところ、気に入られてデビューしたと。
その1stアルバムには様々な大物が参加したものの。独立独歩の気風が強いベティ。
プロデュースも含めて自らが制作の指揮を執りたいと。マイルスに頼んで勉強して。
全曲がベティのオリジナル、念願のプロデュースも手掛けてこのアルバムを創り上げたと。
ギターであのコーネル・デュプリーが全面的に参加している以外は。
ベティが自ら選んだメンバーによる、自らのバンドが主体で。そこにもベティの意思が。
何故かバディ・マイルスが一曲だけギターで参加しているのが興味深いところかな。
さて。適度にラフなサウンドで奏でられる、ゴリゴリのヘヴィーなファンク。
この洗練され過ぎていないところがツボで。リズム隊が生み出す、適度な間も素晴らしいと。
その上で、デュプリーのギターがシャキシャキと切れまくり。そしてベティが登場と。
その何とも個性的で。敢えて潰して、敢えて引っ掻いた様な、強烈な歌声。癖になります。
シャウトしながら、何かを引き摺る様に、何かを目の前に突き付ける様に。
目を逸らせるものなら、逸らしてみなと。耳を塞げるものなら、塞いでみなと。
自らを開放することで、聴く者にも開放をせまる。個性とは何か。そんな問いを投げ掛けているのかと。

みんな、異なって。
それでいい。
それがいい。
みんな、異なるから。
楽しい。

誰かの模倣で。
誰かの代用で。
それの。
何処が楽しい。
何が楽しい。

前を見て。
後ろを見て。
倣って。
揃えて。
はみ出さずに紛れて。

いつのまにか。
いつから。
それをやらされて。
それをやり始めて。
従順な羊になってしまったか。

それを。
求めたことはあったのか。
望んだことはあったのか。
いつから。
闘いを止めたのか。

誰かと異なる。
誰もと異なる。
それを怖がる。
そんな下らないことこそ。
止めにしてみないか。

私は私。
誰かとは違う。
それでいい。
それがいい。
それだけのこと。

あなたはあなた。
誰かとは違う。
それでいい。
それがいい。
それだけのこと。

誰かは誰か。
私とも、あなたとも違う。
それでいい。
それがいい。
それだけのこと。

真似して。
倣って。
みんな、同じが。
いいなどと。
馴らされるな。

模倣して。
揃って。
みんな、同じで。
いいなどと。
騙されるな。

前例とか。
慣例とか。
常識とか。
適用されることを。
疑ってみろよ。

みんな、違って、異なって。
それでいい。
それがいい。
みんな、違うから、異なるから。
面白くて、楽しい。それでいい。それがいい。



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2019/03/13 Wed *明日なき / Dobie Gray

20190313driftaway


明日なき。
まぁ。
毎日が。
そんなところ。
そんなもの。

いつから。
そうだな。
たぶん。
あの日から。
あの時から。

そいつに。
出会ってしまった。
あの時に。
決まってしまった。
そう言うことだ。

それは。
偶然の様で。
おそらくは。
必然であったと。
運命ですらあったと。

だから。
もう。
それだけで。
それが総てで。
さすらうだけの日々。

明日なき。
根無し草。
苔生す暇もなく。
それでいい。
それがいい。

『Drift Away』'74年リリース。
テキサス出身のシンガー、ドビー・グレイの代表作とも言えるアルバム。
サム・クックに影響を受けたのかなと思わされるソウルフルな歌声の持主にして。
ポピュラー・シンガーとしての親しみやすさも備えていて。
更には、ブルースやカントリーをも歌いこなす柔軟さもあったと言われるドビー。
その柔軟さ、幅の広さが。その個性をわかりにくくしているきらいはあるのかな。
そんなドビーの名前を一躍知らしめたのが「Drift Away」の大ヒットでした。
「明日なきさすらい」の邦題でもしられるこのナンバー、その人気ぶりを語る伝説として。
サンフランシスコのラジオ局で八時間以上、ぶっつづけでオン・エアされたらしく。
何者かに占拠されたのではと。警察が出動する騒ぎになったのだとか。真偽は兎も角。
音楽、ロックンロールに魅せられ、愛した者の自由を謳い上げたこのナンバー。
アンディ・ウイリアムスの弟、メンター・ウイリアムスの手によるもので。
最初に歌ったのはスワンプ・ロックのシンガーだったとか。それを世に広げたのがドビーで。
その軽やかながらも、揺るぎない意志を感じさせる溌溂とした歌声にあっていたのかな。
後に、ロッド・スチュワートや、ストーンズも取り上げることとなりました。
未聴ですが。ブルース・スプリングスティーンやボン・ジョヴィも歌っているとか。
言わば、ロックンロール賛歌、アンセムになっていると。とても穏やかな曲調なのですが。
それが故に、ロックンロールを、自由を愛し、何ものにも囚われない自由さが感じられると。
正直。全編を通すとやや軽やかに過ぎて。アルバムとしては物足りなくもあるのですが。
「Drift Away」、その一曲だけで十分に価値があるかなと。後は、そうそう。
キース・リチャーズの愛唱歌でもある「We Had It All」もいい感じで歌い上げているかな。
そう。音楽、ロックンロールさえあれば。総てを手にしたと言ってもいい。そんな肯定感が良いのです。

明日なき。
そう。
毎日が。
そんなもので。
その連続で。

いつまで。
そうだな。
たぶん。
その日まで。
その時まで。

そいつと。
別れざるを得ない。
その時まで。
こちとらがくたばる時まで。
そう言うことだ。

それは。
腐れ縁の様で。
ここまできたら。
悪縁であっても。
運命共同体であると。

だから。
もう。
それだけで。
それが総てで。
さすらい続けるだけの日々。

明日なき。
はぐれ者。
落ち着く暇もなく。
それでいい。
それがいい。

明日。
何があるのか。
何が起きるか。
考えてところで。
わからない。

明日。
どうなるのか。
どうなってしまうのか。
思い煩っても。
しかたがない。

明日。
どうしようか。
どうしたらいいのか。
答えを探しても。
見つからない。

ただ。
明日も。
そいつと共に。
あるだけ。
それだけのこと。

ただ。
明日も。
そいつと共に。
転がるだけ。
それだけのこと。

ただ。
明日も。
そいつと共に。
さすらう。
それだけのこと。

明日なき。
さすらい。
それだけを。
愛し続けるだけのこと。
それでいい、それがいい。



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2019/03/12 Tue *外れた貴方 / Bootsy's Rubber Band

20190312thisbootismadeforfonkn


外れた貴方。
好奇心と。
妙に楽天的な何か。
それだけを武器に。
ずんずんずんと。

色々と。
考えてみるとか。
試行錯誤とか。
それなりに。
あるのだろうけれど。

最後は。
やってみて。
後は。
それから考える。
何とかなる。

そんな感じで。
先へと。
新しい何かをと。
そこを目指して。
歩いていく。

どうしたら。
そんな歩き方が。
できるのか。
そもそも。
思いつくのか。

何か。
特別な。
装備でも備えているのか。
そんなことすら・・・
外れた貴方。

『This Boot Is Made For Fonk-N』'79年リリース。
ブーツィー・コリンズ率いるブーツィーズ・ラバー・バンド。
その4枚目にして同名義では最後のアルバム・・・この時点では。
名義の使用を巡って訴訟になって。使用できなくなったとのことでしたが。
その後に復活させていたりもしたので。その辺りの事情には不明なところも。
さてと。このアルバム・タイトルは、恐らくはあのナンシー・シナトラのナンバーである。
「These Boots Are Made For Walkin'」、邦題「にくい貴方」の捩りなのだろうなと。
ここらの遊び心も如何にもブーツィーかなと。そのぶっ飛び具合が増しているアルバムで。
一節では。この頃のブーツィーは薬物やら、何やらで。相当に疲弊してもいた様で。
何と言うか、何かをやり遂げる、纏め上げる、その手の集中力には欠けていて。
アメコミ好きのブーツィーらしく封入されたブックレットのコミックスも未完であるとか。
その辺りにも破綻、綻びが見て取れるかなと。ただその纏まりに欠けるが故に。
箍が外れて、あのブーツィーの超絶的なベースが只管に唸り、鳴り響いていて。
それが、アルバム全編を覆っていて。そのグルーヴが何とも心地良かったりするのです。
おそらく、ブーツィーと言う人はグルーヴ命の人なので。そのグルーヴの波の中に。
身を置いていられれば、それで総て良しみたいな。まぁ、垂れ流しでもあるのですけど。
アップでも、ミドルでも、スローでも。曲調とか、テンポとかは大きな問題でなくて。
とにかく、そのグルーヴを持続させること。それに乗り、乗せていくことこそ命題だと。
そんな、破天荒な求道者みたいな。そんなグルーヴ・マスター振りが堪らないなと。
たいがい、やる方が飽きるか、聴く方が呆れるか。そんなことになりかねない。
そんなところを軽々とクリア、跳び越えていってしまうのがブーツィーならではで。
やっぱり。どこか外れているのでしょうが。それもにくいよなぁと思えてしまうのです。

外れた貴方。
スケベ心と。
妙に前向きな何か。
それだけを拠り所に。
ずんずんずんと。

色々と。
巡らせてみるとか。
暗中模索とか。
それなりに。
ありはしたとしても。

詰まりは。
やるしかない。
後は。
その時に巡らせる。
何とかする。

そんな感じで。
先だけ。
新しい何かだけ。
それだけを見ながら。
飛び込んでいく。

どうしたら。
そんな跳ね方が。
できるのか。
そもそも。
思い至るのか。

何か。
重大な。
欠陥でも抱えているのか。
そんなことすら・・・
外れた貴方。

それなりに。
嫌な思いも。
してきたろうし。
痛い目にも。
あってきたろうし。

その度に。
それなりに。
否、かなり。
凹みもしたろうし。
落ちもしたろうし。

反省とか。
学習とかも。
その都度に。
積み重ねてきたろうし。
染みついてもいるだろうし。

なのに。
どうにも。
楽しそうだと。
感じてしまうと。
忘れてしまうらしい。

そうさ。
どうやら。
面白そうだと。
感じてしまうと。
消し去ってしまうらしい。

気づけば。
身も心も。
自然と反応して。
やってしまえと。
跳び越えている。

好奇心と。
スケベ心と。
根拠のない。
楽天的な何か。
そいつが箍を外してしまう。

外れた貴方・・・そう、俺のことさ(笑)。



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2019/03/11 Mon *押し戻せ / Nina Simone

20190311singstheblues


揺すり。
戻せ。
今なら。
未だ間に合うかも。
押し戻せ。

確かに。
風向きは。
逆風で。
逆らうのにも。
疲れてもきたが。

その。
目を背けたくもなる。
先に、向こうに。
その背中が。
未だ見え隠れしている。

今なら。
諦めずに。
その背中に。
呼びかければ。
何とか繋ぎとめられる。

微かな。
可能性だとしても。
諦めきれない。
そんな気持ちが。
少しでもあるのなら。

行くなと。
声にして。
この風向きに逆らって。
流れを変えよう。
押し戻せ。

『Sings The Blues』'67年リリース。
その凛とした力強い眼差しも印象的なニーナ・シモンのアルバム。
RCA移籍第一弾となり、通算では(恐らくは)二十枚目くらいのアルバムになるのかな。
ジャンルを超越し、幅広く精力的な活動を続けていたニーナです。
公民権運動へ積極的に関与した市民活動家でもあって。メッセージを歌に込めることも。
このアルバムでも、「Backlash Blues」で公民権運動の拡がりに対する白人の反発を。
それにより激化する差別、弾圧を歌い。その流れを揺すり、戻そうと語りかけているのです。
ニーナの深く、そして真っ直ぐな歌声は聴く者の胸に波紋を起こすもので。
時に、思わず。その波立つものから目を逸らしたくなるのですが。それを許さない力。
そんなものがニーナの歌声には宿っていて。それがニーナの魅力となっているのです。
さて。アルバム・タイトルから察するに。ニーナがブルースを歌うと言う企画盤にも思われ。
エリック・ゲイルやバーナード・パーディ等の演奏は明らかにその意図のもとにあり。
ニーナの歌声、唱法もそれを意識しているのですが。やっぱり根っ子はジャズなのだなと。
それはけしてニーナがブルースを歌えてないとか、ジャズの枠に囚われているとかでなく。
ブルースに染まらない、ブルースにも囚われない。そんなニーナの歌声、その存在感。
そこにニーナの、ニーナならではのジャズを感じると。そしてその力強さは外に向いていて。
その開かれている、開いていく様こそがニーナのメッセージを伝えてくれるのだと。
何だろうな。敢えて自らに枷を課しながら。それをものともしない奔放さで溢れ出ていく。
そうまでして、歌いたい、伝えたい。そんな意思の強さが真正面から向かってくるのです。
例えば「My Man's Gone Now」の胸に迫る、募る情感。そんなものと向き合わされるもの。
そんな有無をも言わせないものが、それこそがニーナのブルースだとするならば。
企画、意図は達成されていたとも言えるかな。そしてその有無をも言わせないもので。
諦めずに、揺すり、戻そうと。流れを変えよう、押し戻そうと同胞に有形無形の力を与えているのです。

揺すり。
戻せ。
今なら。
未だ手遅れではないかも。
押し戻せ。

確かに。
黒雲が。
立ち込めて。
一筋の光明を探すのも。
疲れてもきたが。

その。
蹲ってしまいたくなる。
前に、向こうに。
その兆しが。
未だ感じられるのなら。

今なら。
諦めずに。
その兆しに。
触れられれば。
何とか脱け出せる。

僅かな。
希望に過ぎないとしても。
棄ててはならない。
そんな思いが。
少しでも残っているのなら。

晴れろと。
声にして。
この黒雲を払って。
流れを変えよう。
押し戻せ。

どんなに。
状況が。
悪くても。
そのままに。
流されてしまいそうでも。

どんなに。
環境が。
酷くても。
そのままで。
潰されてしまいそうでも。

微かでいい。
諦められない。
そんな。
気持ちがあるのなら。
声にしよう。立ち上がろう。

僅かでいい。
棄てられない。
そんな。
思いがあるのなら。
声にしよう。立ち向かおう。

目を背けず。
諦めず。
風向きに逆らって。
流れを変えよう。
押し戻せ。

蹲らず。
諦めず。
黒雲を払って。
流れを変えよう。
押し戻せ。

揺すり。
戻せ。
間に合う筈だ。
手遅れなどではない。
押しも戻せ。



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2019/03/10 Sun *朝な、夕な / Elmore James, Eddie Taylor & Jimmy Reed

20190310southsideblues


朝な、夕なに。
南でも、北でも。
色々とあって。
色々と起きて。
追われている間に。

あぁ。
また一日が。
また週末が。
急ぎ足で。
去っていくと。

そいつは。
結構。
タフなことで。
それなりに。
草臥れもするのだと。

だから。
ちょいとばかり。
脇に逸れて。
やり過ごそうなどと。
思いもするが。

タフな日々に。
傷つきもするが。
そいつは。
また刺激でもあって。
それはそれで楽しくも。

だから。
そう、しっかりと。
栄養補給をしてでも。
このまま。
朝な、夕なに。乗っていこうと。

『South Side Blues』'71年リリース。
エルモア・ジェイムス、エディ・テイラー、ジミー・リードと。
名だたるブルース・ギタリストの録音を集めた傑作編集アルバム。
A面がエルモアのチーフへの録音、B面がエディのヴィージェイとヴィヴィッドへの録音。
年代的には殆どが'50年代で。エディのヴィヴィッドでの2曲のみ'60年代なのかな。
エディは、エルモアの録音にも参加していて。B面ではいつもとは主客転倒で。
ジミーを従えて主役を張っていると。なので、そうエルモアとエディのアルバムであると。
まぁ、ジミーの名前もクレジットしないとリリースができなかったのか。そこは不明ですが。
さて。先ずはエディが脇を固めているエルモアですが。あの唯一無二のスライドが炸裂。
それだけではなく。エディ以下のメンバーに煽られたか、十八番のブルーム調だけではなく。
何とも、豪快にして重みのあるバンド・ブルースで迫ってくるその迫力が堪りません。
エルモアと言う人は。若くして心臓発作を起こしてから。常に死の恐怖を感じていたらしく。
それもあってか、四十代半ばで亡くなるまでに、かなりの量の録音を残していて。
その総てを聴いたわけではありませんが。ここでのややモダンな感じもある晩年の録音。
その黒く、艶やかに光る様は。エルモアのブルースの中でもかなり、臓腑に沁みるのです。
そして。主役を張ったテイラーの。その、これまた独特な緩くもあるブギーと。
それに乗った、コクのある味わい深い歌声。こいつがまた何ともいい感じで。
脇に回った(回らされた?)ハーポのブルース・ハープがまたいなたく鳴っていたりして。
何とも言えない軽みもあるのに、その味わいは濃厚と言う。これはこれでまた沁みると。
ストーンズがお手本にしたと思われる「Ride 'Em On Down」での乗りなど絶品なのです。
エルモアとテイラー。異なる様で相通ずる、そしてやはり個性的なブルース。
そいつをA面とB面で味わえる。それこそ朝に、夜に摂取、聴きたくなる豊潤なアルバムなのです。

朝な、夕なに。
東でも、西でも。
様々にあって。
様々がやってきて。
やり合っている間に。

あぁ。
また一日が。
また一週間が。
逃げ足で。
遠ざかっていくと。

そいつは。
結構。
ハードなことで。
それなりに。
消耗もするのだと。

だから。
ちょいとばかり。
流れから外れて。
見送っていようかなどと。
思いもするが。

ハードな日々に。
血が滲みもするが。
そいつは。
また刺戟でもあって。
それはそれで面白くも。

だから。
そう、しっかりと。
滋養強壮をしてでも。
このまま。
朝な、夕なに。乗り続けていこうと。

朝は。朝で。
朝から。
タフで。ハードで。
そんなことも。
起きやがる。

夜は。夜で。
夜まで。
タフで。ハードで。
そんなものも。
ありやがる。

その間。
昼は。昼で。
一息などと思ったら。
隙を突かれる。
そんなもの。

そいつは。
何処でも。
何処にても。
南でも、北でも。
変わりはしないだろう。

そいつは。
何処へ。
何処までいっても。
東でも、西でも。
同じ様なものだろう。

そうさ。
隠れる場所など。
逃げる場所など。
いつにも、何処にも。
ありはしないだろう。

だから。
朝な、夕なに。
きっちりと。
影響補給、滋養強壮。
そうして立ち向かうのさ。



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2019/03/09 Sat *故き / John Lee Hooker

20190309vintagejohnleehooker1948195


故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

何が。
得られるのかと。
そんな思いに。
囚われもするが。
実のところ。

もう既に。
振り返ることも。
顧みることも。
少なくなった。
殆どなくなった。

そんなものに。
その中にこそ。
いま、この時。
己が必要としている。
そんなものがある。

時を経て。
苔生して。
色合いも。
手触りも。
朽ちる寸前に思われる。

故き。
そんなものを。
もう一度。
胸に抱いて。
また始めてみるかと。

『Vintage John Lee Hooker 1948-1952』'79年リリース。
アルバム・タイトル通りに'48年~'52年の故き、年代物の味わい深い。
そんなジョン・リー・フッカーの録音から選曲された日本独自の編集アルバム。
元々は『Coast To Coast Blues Band Any Where/Any Time/Any Place』として。
'71年に米国でリリースされたアルバムと同内容で。タイトルを変更したと。
まぁ、ド迫力のジャケットはそのままに。タイトルは分かりやすくしたと言うことかな。
全14曲が収録されていますが。その内の12曲、殆どがジョン・リーの弾き語りで。
その独特な節回し、その反復により、情念が迫ってくる様な迫力が何とも言えません。
生年に諸説があるジョン・リーですが。おおよそ三十歳前後にデトロイトに出てきて。
レコード・ディーラー、バーニー・ベスマンの下で録音を始めて。
それをバーニーが大手のモダンに売ることによって全米に流通、一躍、大スターに。
ただ、モダンに渡らなかった録音も相当数に上っていて。その権利はバーニーにあって。
それが録音から約二十年以上の歳月を経て、様々な形で陽の目を見ることになったと。
モダンとの契約に縛られていたジョン・リーは別名での録音も数多く残しているので。
その時代のジョン・リーが如何に精力的で、そのブルースに、如何に需要があったのかと。
何せ五十年のキャリアを誇ったジョン・リーですので。どの時代、どの録音と言われても。
どれがベスト、どれが一番好きかは即答できないのですが。でも、まぁ。そうですね。
この最初期の、ダウン・ホームな味わいが濃厚なジョン・リー。それは格別かなと。
ジョン・リーと言う人は、その時の気分や感情が歌や演奏に出やすい人だったみたいで。
同じ様な曲調が多く、ワン・パターンと思いきや。微妙にその色合いとか、手触りに。
差異とか、落差もあって。弾き語り故にその辺りも顕わな年代物は楽しめたりするのです。
渋いと言えば渋いので。そう毎日の様に味わう類のものでは無いとは思うのですが。
この故き、ジョン・リーのブルースを温ねることで。見えてくるものも確かにあるのです。

故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

何を。
求めているのかと。
そんな思いに。
襲われもするが。
実のところ。

もう既に。
振り向くことも。
思い返すことも。
少なくなった。
殆どなくなった。

そんなものに。
その中にこそ。
いま、この時。
己が必要としている。
答えを見ている。

時が流れて。
風雪に洗われ。
風合いも。
肌触りも。
消え去る寸前に思われる。

故き。
そんなものを。
いま一度。
噛み締めて。
また始めてみるのだと。

いまが。
何処なのか。
何なのか。
そんなものを。
見失ったら。

この先が。
何処へ向かうのか。
どうなるのか。
そんなものが。
わからなくなったら。

慌てずに。
騒がずに。
来た道を振りかえり。
顧みて。
探してみる。

焦らずに。
苛まずに。
来た方向を振り向き。
思い返して。
求めてみる。

忘れていた。
忘れてしまった。
そんなものの。
その中に。
あるかもしれない。

消した。
消してしまった。
そんなものの。
その中に。
見つかるかもしれない。

故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

また、その感触から始まるものもある・・・



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2019/03/08 Fri *決まりごとなど / Ray Charles

20190308raychalesatnewport


決まりごと。
そんなものに。
囚われて。
縛られて。
身動きもままならず。

それどころか。
自ら好んで。
囚われると。
縛られると。
何で?とも思うが。

楽なのだろう。
やったことがない。
その一言で。
決まりごと。
その中に逃げ込んで。

外とは。
折り合うことも。
織り成すことも。
その努力すら。
放棄してそのままでいられる。

確かに。
そうすることで。
守られるものもあるだろう。
傷つかないものもあるだろう。
居心地はいいだろう。

だけど。
そこから外へと。
踏み出してみる。
踏み出そうとしてみる。
そんな者だけが得られるものもあるのだ。

『Ray Charles At Newport』'58年リリース。
映画、『真夏の夜のジャズ』にも記録された同年のニューポート・ジャズ・フェスティバル。
そのフェスティバルに於いて録音されたレイ・チャールズのライヴ・アルバム。
チャック・ベリーの演奏シーンも収められていた同映画にはレイも出ていたのかな?
残念ながら未見なので、そこはわからないのですが。溌溂としたライヴを展開しています。
ジャズと銘打ちながらも。その顔ぶれからも分かる様に。その決まりごと、垣根は。
取り払われつつあり。ゴスペル、ブルース、R&Bへと門戸が開かれつつあったと。
その意味でも。ゴスペルをルーツに持ち、ジャズも歌いながら。R&Bでヒットを放った。
そんなレイの存在、出演は。その性格を象徴的に表したものなのかなとも思われます。
「I've Got A Woman」、「Talkin' About You」と言う、そのR&Bのヒット曲で盛り上げて。
一方で、何とレイ自らがアルト・サックスを奏でるジャージーなインストもやっていると。
この雑多な、何でもありな。越境していく姿、それこそがパイオニアとしてのレイなのだと。
この時代の洗礼で。R&Bを歌い始めた時には、頭の固い聴き手、世間からは叩かれたと。
それにもめげずに。自らの意思を貫いて歌い続けたレイ。その熱意、その熱い歌唱が。
やがてR&Bを世間に認めさせ、旧弊な音楽界にも変化をもたらしたと。
勿論、その闘いは簡単に終わるモノではなく。この後も長く続いたのだと思われますが。
その闘いの初期の記録としても貴重なアルバムと言えるかな。そして、その主役である。
レイが、ジャケットの姿そのままに。実に楽しそうに、実にご機嫌に演奏していると。
その様が、すぐ目の前で繰り広げられているかの如くに感じられる臨場感も素晴らしくて。
実のところ、どうにもジャズと言うのは閉じている感じがして苦手意識があったりする。
そんな自分にとっても。ごく自然に受け容れ、溶け込んでいけるのです。そう。決まりごと。
そんなものに囚われていてはいけないのだと。そんなことを自然に感じさせてくれるアルバムなのです。

決まりごと。
そんなものに。
捕らわれて。
拘って。
思いさえもままならず。

それどころか。
自ら望んで。
捕らわれようと。
拘ろうと。
何で?とも思うが。

安心なのだろう。
経験したことがない。
その一言で。
決まりごと。
その中に立て籠って。

外との。
落としどころも。
共鳴するところも。
探そうともせず。
諦めてそのままを決めこむ。

確かに。
そうすることで。
救われるものもあるだろう。
血の流れないものもあるだろう。
安穏ではあるだろう。

だけど。
そこから外へと。
撃ってでてみる。
闘おうとしてみる。
そんな者だけがその手にできるものもあるのだ。

この世は。
そんなに甘くない。
失敗も、失策も。
ついて回る。
そんなものだろう。

この世は。
そんなに優しくない。
批判も、嘲笑も。
待ち受けている。
そんなものだろう。

だが。
この世はそこまで辛くない。
失敗も、失策も。
取り返す機会は与えられる。
それを信じよう。

そう。
この世はそこまで厳しくない。
批判も、嘲笑も。
見返す機会は与えられる。
そこに賭けてみよう。

自分の。
見えるもの。
触れられるもの。
それだけを。
総てと思い込むのは止めよう。

自分の。
経験したこと。
体験したこと。
それだけを。
拠り所にするのも止めよう。

決まりごと。
それを壊すのも。
それを変えるのも。
それを新たにするのも。
囚われず、捕らわれない越境者の特権なのだ。

そんな者に。
私はなりたい。
そんな者と。
私は歩みたい。
決まりごと。それに隷属する者には心、震えない。



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2019/03/07 Thu *私の彼は / Bo Diddley

20190307bodiddleyisalover


私の彼は。
私の恋人は。
ロックンロール。
そんな娘がいたら。
恋に落ちるな。

なんだかんだで。
この世で。
一番、好きなのは。
一番、ご機嫌なのは。
ロックンロール。

それに限る。
それに尽きる。
そんな人間にとっては。
他のものなど。
小さなもの。

何かに。
迷ったら。
その判断基準は。
ロックンロールか、否か。
そんなもの。

だから。
そう、女の娘も。
ロックンロールしているか、否か。
結局は。
それが総てかもしれないと。

勿論。
ロックンロールと言うのは。
スタイルのこと・・・
なんかではなく。
胸の内に宿っているもののこと。

『Bo Diddley Is A…Lover』'61年リリース。
ワン・アンド・オンリーな、ボ・ディドリーの6枚目のアルバム。
ここでもジャングル・ビート、ボ・ディドリー・ビートが炸裂しています。
デビューして三年強で、このアルバムの枚数。如何にボの人気が高いものであったか。
その証ともいえるかな。流石に粗製乱造気味な感じも拭えなかったりはしますが。
それがどうしたと。いつも通りに我が道を行くボです。それが何ともご機嫌です。
なんだかフラメンコを思わせるナンバーもあって。その食欲旺盛な胃袋の。
その咀嚼、消化力もますます強靭になっているのかなと。その猥雑な迫力が堪りません。
ここで参加しているもう一人のギタリストが初代女性ギタリストのレディ・ボなのかな。
なかなかに、いい感じで弾んで、ボに絡みついて華を添えています。
そんなレディ・ボも参加しているのか、女性コーラスがボに向かって囃し立てるナンバー。
「Bo Diddley Is A Lover」が、何とも賑やかで、姦しくて、楽しくてと。
鼻の下を伸ばしながら、ズンズンズンと突進するボの様が想像できたりもして。
なにせ、延々とボ・ディドリーは私の恋人と。甘い声で語りかけ続けられるわけですから。
それは、ボでなくても。気持ちよく弾いて、歌わない訳はないよなと。
一方で、「Bo's Blues」なんかでブルースを渋く、さり気なく決めていると。そこもいいと。
ボの魅力は。その唯一無二なビートだけではなくて。その懐の深さにもあるかなと。
ブルース、R&B、カリブ、ラテン、勿論ロックンロール。新たな音楽、新たなビート。
それが現れた時に。尻込みなどせずに、積極的に喰いついて、飲み込んで。
貪欲に吸収、消化して。己のものとして堂々と吐き出してみせる。その様に惹かれるのです。
スタイル、ジャンル。そんなものに囚われない、その心意気、意思こそが聴く者を惹きつけるのです。

私の彼は。
私の恋人は。
ブルース。
そんな娘がいたら。
恋に堕ちるな。

なんだかんだで。
この世で。
一番、惹かれるのは。
一番、魅入られるのは。
ブルース。

それに限る。
それに尽きる。
そんな人間にとっては。
他のことなど。
些細なこと。

何かに。
悩んだら。
その判断基準は。
ブルースか、否か。
そんなもの。

だから。
そう、女の娘も。
ブルースであるか、否か。
結局は。
それが総てかもしれないと。

勿論。
ブルースと言うのは。
スタイルのこと・・・
なんかではなく。
胸の内に巣食っているもののこと。

なんだ。
かんだと。
煩いのだ。
もっと。
簡単なことだろう。

ああだ。
こうだと。
煩わしいのだ。
もっと。
単純なことだろう。

感じるか。
感じないか。
それだけ。
それだけのこと。
それでいい、

震えるか。
震えないか。
それだけ。
それだけのこと。
それがいい。

面白いと。
感じるのなら。
下らない。
プライなど捨てて。
喰らいつけばいい。

楽しいと。
震えるのなら。
どうでもいい。
拘りなど捨てて。
飲み込んでしまえばいい。

私の彼は。
私の恋人は。
ロックンロール、ブルース。
そんな娘に惹かれるか、否か。
判断基準はそれだけでいい。



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2019/03/06 Wed *その息遣いまで / B.B. King

20190306bluesisking


その体温が。
感じられないと。
そうでもないと。
どうにも。
落ち着かいのだと。

別に。
殊更に。
仲良くしたいとか。
そんな訳ではなく。
ただ命あるものだと。

それを。
相手にしているのだと。
そいつを。
確認しないことには。
どうにも。

調子がでない。
その気になれない。
どうやら。
そう言う体質。
そうであるらしい。

無機物を。
相手に。
芝居を続けられる。
それ程には。
人間が練れてはいないらしい。

だから。
その息遣いまで。
感じさせてくれないか。
そこから。
始めてみたいのだ。

『Blues Is King』'67年リリース。
ABCがブルース専門に設立したレーベルであるブルースウェイ。
その第一弾としてリリースされたB.B.キングのライヴ・アルバム。
録音されたのはシカゴの小さなクラブに於いてだったらしく。バンドも小編成でと。
言わば、余所行きではない。普段の、日常の、生身のB.B.のライヴを捉えていると。
そんな狙いもあったせいなのか。録音が、何と言うか粗くて雑な感じもあって。
そう、まるで隠密録音の海賊盤を聴いているかの如くの臨場感、生々しさがあります。
もう小さなハコの反響もそのまま録音してしまいました、みたいな迫力で。
まぁ、恐らくはわざと反響、エコーを強調して処理をしているのかもしれませんが。
それにしても、B.B.のギターも、歌も何とも生々しいのですよね。
その息遣いまで感じられる、伝わってくる、そんな剥き出しの質感が堪らないのです。
同朋が集まるクラブで、同胞を前にして。余所行きではないブルースを奏で、歌う。
一切の手加減はなく、全身全霊で弾き、歌い、叫ぶB.B.がここにいるのです。
観客の歓声も生しく、身近で。まるで自分もその一人になったかの錯覚を覚える程で。
ともすれば。なにやらスクエアで、上品な、非同朋向けのブルースのイメージもあった。
そんなB.B.が何処から来て、何処で生きていたのか。その事実をも思い知らされます。
粗く、雑で、如何わしくもあって。でもそんなブルースの息遣いが好きなのですよね。
実は一説では。一部にはオーバー・ダビングも施されているとも言われていて。
それどころかスタジオ録音に歓声を被せた疑似ライヴも混ざっているとも。
しかし、その一方で。弦が切れたと思われる瞬間と、それに呼応するかのB.B.の雄叫び。
そのまま力業でエンディングに移行し、終わらせたと思われる模様が捉えられてもいて。
それを残しているところに。このアルバムの狙い。B.B.が思うところ、信ずるところの。
そのブルースの息遣いまでも伝えようと言う意思が感じられて、嬉しくなってくるのです。

その体温に。
触れられないと。
そうでもないと。
どうにも。
腑に落ちないのだと。

別に。
取分けて。
馴れ合いたいとか。
そんな筈もなく。
ただ命あるものだと。

それと。
相対しているのだと。
そいつを。
認識できないことには。
どうにも。

調子に乗れない。
やる気にならない。
どうやら。
そう言う性分。
そうであるらしい。

無機質な。
世界で。
演技を貫ける。
それ程には。
人間が出来てはいないらしい。

だから。
その息遣いまで。
触れさせてくれないか。
そこから。
始まると思うのだ。

無味。
無臭。
その味気無さ。
そいつを。
感じはしないのか。

無音。
無温。
その不気味さ。
そいつも。
感じはしないのか。

均整。
均質。
そこに潜む。
居心地の悪さに。
気づかないのか。

四角四面。
杓子定規。
そこに隠された。
排他的な意図に。
気づかない振りをするのか。

味もない。
匂いもしない。
そんな建前だけの。
話は聞き飽きた。
もう必要ない。

音もない。
温もりもない。
そんな綺麗ごとだけの。
やりとりが何になる。
もう御免だ。

その体温を。
感じたいのだ。
その体温に。
触れたいのだ。
だから。その息遣いまで・・・くれないか。



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