2017/05/24 Wed *閉ざされる自由 / カルメン・マキ&OZ

20170524tozasaretamachi


閉じていく。
閉じられていく。
その予感に。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
少し前から。
否。
遥か昔から。
その予感はあったのだが。

夕立前に。
急激に膨らむ。
黒雲の様に。
押しとどめようも無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな光が。
見えているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
焦り。
苛立ち。
そして慄くのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う人々は。
気づいてもいないらしい。それとも。

『閉ざされた町』'76年リリース。
カルメン・マキ&OZの2ndアルバム。
1stアルバムリリース後にカルメン・マキと春日博文以外のメンバーが交代して。
ベースには川上茂幸、ドラムスには久藤賀一、キーボードには川崎雅文と言う布陣に。
但しサウンド的には1stから大きな変化は無く。より深化したのかなと感じます。
よりハードに、よりヘヴィに。そしてより壮大に。そんな超ド級のサウンド。
そして。より繊細さになったかとも思われるメロディを歌い上げるカルメン・マキ。
その歌声の迫力・・・存在感の前には立ち尽くすしかない、震えるしかないと。
「Introduction」と「Epilogue」なる短いインストに挟まれた5曲、全7曲の構成。
当然、1曲、1曲は長尺になるのですが。決して冗長になることはなくて。
更に。その壮大さ、重厚さ、そして存在感は決して曲の長さによるものではなくて。
1曲、1曲の熱量、質量。あるいは密度。そんなものの熱さ、重さ、高さが生んでいるのか。
それ程に。1曲、1曲の。サウンド、歌声、そして歌詞と。その総てが圧し掛かってきます。
このアルバムはロスアンゼルスで録音されているのですが。カリフォルニアの青い空・・・
そんなものは微塵も感じられなくて。米国のスタジオの技術を駆使することによって。
カルメン・マキ&OZの持つ、そのスペックをフルに発揮、表現させようとしたのかなと。
その試みは功を奏して。カルメン・マキ&OZが規格外の存在であることを証明したと。
アルバム・タイトル、そして「閉ざされた町」の歌詞がそのイメージを増幅させるのか。
圧倒的な存在の前に、ひれ伏さざるを得ない様な。そんな重み、その息苦しさ。
しかしそれが、その重みが心に響き、そして臓腑を抉る様に忘れられないものを残していく。
それだけのアルバム、それだけの音楽、歌に出会えたことを感謝したくなるのです。
今も歌い続けているマキさん。その歌声の存在感は変わらぬどころか増すばかりで。
昨年ライヴで聴くことができた「閉ざされた町」は。今のこの時代、この社会だからこそ。
尚更に、その意味合いを増して鳴り響いている様に感じたのでした・・・

閉じられる。
閉じられてしまう。
その予感の。
高まりに。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
いつからか。
否。
ある日から。
予感は確信に変わりつつあったのだが。

夕暮れ時。
一気に空を染める。
夕焼けの様に。
押しとどめる術もない無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな希望が。
聞こえているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
震え。
粟立ち。
それでも声にするのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う羊達は。
気づいてもいないらしい。それとも。

気づかない振り。
見ない振り。
聞こえない振り。
そいつが得策だと。
そんな思い違いが蔓延し。

扉を。
閉じようとするものに力を貸し。
扉が。
閉じる速度を加速させる。
その危うさ。その恐ろしさ。

そいつは。
巧みに。
隠されたのか。
愚かに。
隠そうとしているのか。

夕立は。
いつかは止む。
黒雲も。
いつかは消える。
けれども。

夕陽は。
いつかは沈む。
夕焼けも。
いつかは色を失う。
けれども。

閉ざされた扉。
そこからは。
光は二度と見えない。
希望は二度と届かない。
永遠に。

この街が。
この社会が。
崩れる。
壊れる。
その序曲が流れる中。

閉じられる。
街、社会。
そして。
閉じられる。
自由。

それを。
目の当たりにして。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。
閉じられる自由・・・



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2017/05/23 Tue *表でも裏でも / 内田裕也

20170523adogruns


表だろうと。
裏だろうと。
看板だろうと。
裏方だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた中でも。
やることをやる。
やれることはやる。

完成図など。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり始める。
走り始める。

そう。
簡単ではない。
上手くいくものでもない。
そいつは。
覚悟の上。

どう考えても。
周囲には。
道程には。
味方は少なく。
敵はうようよ。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
やってしまうだけ。
走ってしまうだけ。

『A Dog Runs』'78年リリース。
内田裕也、ソロ名義としては初めてとなるアルバム。
日本ロック界のパイオニア、日本ロック界の首領、様々な二つ名がありますが。
ご本人も認めている様に、キャリアは長くてもヒット曲は無いと。
その実、ヒット曲どころか。ソロ名義のオリジナル・アルバムも2枚だけと。
その作品の少なさが、逆に内田裕也の何たるかを表しているのかもと。
実績も、実態も。何もないなどと揶揄されることも多いのですが。
ザ・タイガース、フラワー・トラベリン・バンド、キャロル、BORO等々。
数多くの人材を発掘し、世に出るきっかけを作った、世に出してきたのも事実です。
ナベプロとかミッキー・カーチスに攫われたりする事があったのも、らしいところで。
このアルバムに作品を提供している、参加している錚々たる顔ぶれの。
その豪華で、渋くて、凄味の効いているところ。そこに内田裕也の魅力があります。
ムッシュかまやつ、沢田研二、桑名正博、ジョニー大倉、内海利勝、近田春夫ときて。
ミッキー吉野、宇崎竜童・・・ジョニーはプロデュースとアレンジも担当しています。
(因みにジャケットやブックレットの写真はボブ・グルーエンの撮影によるものです)
さても豪華な神輿に乗ることのできるのは、乗る権利のあるのは内田裕也だけでしょう。
さて。どうにも歌に力が入ると自然にフラットしてしまうのが個性と言うか、癖と言うか。
決して歌が上手いとは言えない内田裕也。それはこのアルバムでも変わらないのですが。
それがジョニーのプロデュース、アレンジによる言わば、B級なロックンロール。
そいつにピッタリあって。何とも絶妙な乗りになっているのが面白くもご機嫌で。
その一方で「きめてやる今夜」「俺は最低な奴さ」等のバラードでは。その上ずった歌声が。
これまた絶妙な色気と凄味を感じさせて。歌が上手いだけでは決して出せないものがあり。
表でも裏でも。限られた中でも。走り続けてきた内田裕也ならではこそのロックンロールとなっているのです。

表だろうと。
裏だろうと。
神輿だろうと。
担ぎ手だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた道でも。
走るだけ走る。
走れる限り走る。

ゴールなど。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり続ける
走り続ける。

そう。
単純ではない。
上手く転がるものでもない。
そいつは。
百も承知。

どう考えても。
前にも。
後ろにも。
味方は数えるほど。
敵は五万と満ちている。

それでも。
求められるのなら。
これを好機と。
やり続けてしまうだけ。
走り続けてしまうだけ。

そうさ。
俺の腕じゃ。
俺の頭じゃ。
やれることなど。
いけるとこなど。

限られている。
表でも。
裏でも。
どんなに。
足掻いたところで。

掌の上。
そこを。
走り回り。
転がされている。
そんなもの。

その上。
どいつも。
こいつも。
鵜の目鷹の目。
足を掬おうと虎視眈々。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
これを好機と。
やるだけ。走るだけ。

表でも。
裏でも。
担がれても。
担いでも。
限られた中で。

やれるだけ。
やるだけ。
走れるだけ。
走るだけ。
例え。堂々巡りだとしてもね。



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2017/05/22 Mon *その境地を / Flower Travellin' Band

20170522satori


そう。
簡単に。
達することが。
出来るのであれば。
苦労はしない。

そもそも。
我欲も。
煩悩も。
人一倍。
否、何倍か。

そのままに。
動くのが。
生きるのが。
楽かと言えば。
それも簡単ではなくて。

規律でも。
あるいは。
目標でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
成し遂げる為に。
律して。
征して。
挑んでみる。

最も。
苦手とする。
望まない。
それはそうなのだが。
何かが見えてくるかもしれないと。

『Satori』'71年リリース。
フラワー・トラベリン・バンドの2枚目となるアルバム。
1枚目のアルバムをリリース後に活動拠点をカナダに移したフラワー・トラベリン・バンド。
カナダでの地道なライヴ活動が実を結んで。念願のワールド・ワイドな契約を手にして。
このアルバムはアトランティック・レコードからカナダ、そしてアメリカでもリリースに。
ここに至るまでのメンバー、そして首謀者にしてプロデューサーの内田裕也の苦労。
それは筆舌に難いものがあった様で。それだけに相当な気合が入ったアルバムとなったと。
その甲斐もあって。カナダでは見事にチャートにランク・インを果たしています。
ジョー山中、石間秀樹、上月ジュン、和田ジョージの4人のつわもの揃いのメンバー。
その思いの丈が、その超絶的な技量と共に披露されている、炸裂しているアルバムなのです。
しかしながら。はしゃぐでもなく、暴走するでもなく。毅然とした姿勢を貫いているところ。
アルバム・タイトルは悟りのもじりだと思いますが。そう悟りを開いたかの如くの。
全世界を相手にしても些かも慌てない、騒がない、ぶれないところ。
その上で。欧米のバンドと対等以上のサウンドで、堂々と殴り込んでいる、勝負をしている。
フラワー・トラベリン・バンドの凄味を嫌という程に感じさせられるのです。
当時、日本語ロック論争(?)みたいなものがあって。内田裕也は英語に拘っていて。
その為にフラワー・トラベリン・バンドを結成したとか言われていたらしいのですが。
拘っていたのは。英語ではなくて。欧米の、ワールド・ワイドのフィールドでの勝負かなと。
英語と言うのはその勝負の為の有効な武器の一つにしか過ぎなかったのだと。
結果として。ジョー・山中のヴォーカルも含めたサウンドの高い完成度とスケール。
それが世界レベルであり、何ら遜色なく通用することをこのアルバムが証明していると。
変に日本を売りにするでもなく、世界に媚びるでもなく。自然に高いレベルにあり。
そこに絶妙に和のテイストを忍ばせてもいる。その知能犯的なクールさには。
それこそ内田裕也とフラワー・トラベリン・バンドの悟りの境地を見る気すらしてしまうのです。

そう。
安易に。
達することが。
出来るのであれば。
面白くもない。

そもそも。
私意も。
雑念も。
人一倍。
否、どこまでか。

そのままに。
いくのが。
流されるのが。
楽しいかと言えば。
それほど単純ではなくて。

秩序でも。
あるいは。
成果でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
手に入れる為に。
守って。
上げて。
挑んでみる。

最も。
不得手とする。
好まない。
それはそうなのだが。
何かが感じられるかもしれないと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

偶には。
枷でも。
はめて。
縛りでも。
かけて。

その上で。
その条件下で。
どれだけ。
どこまで。
挑めるのか。

そんな。
不自由な。
勝負に。
打って出るのも。
悪くは無いかなと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

最も。
苦手とする。
望まない。
不得手とする。
好まない。

そんな。
選択の結果。
道程の執着。
その境地を。
見てみたい、感じてみたいと。

まぁ、いつもの気まぐれではあるけれど。



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2017/05/21 Sun *よそ者 / RC サクセション

20170521blue


そうさ。
俺は。
よそ者さ。
あの時も。
そうだった。

だから。
そんなに。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
紹介されたから。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
十分だと。
そう。
思っていたのさ。

だから。
そんなに。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っていたのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

『Blue』'81年リリース。
復活し、新編成となったRCサクセションとしては2枚目のスタジオ・アルバム。
前作にあたる『Please』のサウンドに、その仕上がりに満足がいかなかったらしく。
普段から利用していた練習スタジオに16トラックの機材を持ち込んで録音。
プロデュースもこのアルバムから自分達の手で手掛けることとなりました。
この時期のRCはもの凄い勢いで、加速度的に大ブレイクを成し遂げたこともあって。
その超過密なスケジュールの影響もあってか。新たなオリジナルを創る余裕も無くて。
殆どのナンバーが、例の暗黒時代も含めて過去のレパートリーに手を加えたものだったと。
中には古井戸のナンバー「飲んだくれジョニィ」を改作した「Johnny Blue」もあります。
尤も。それだけ精力的に活動していた、そのエネルギーの総てが注がれているので。
総てのナンバーが実に生き生きと輝き、何とも言えない瑞々しさと生々しさに溢れていて。
清志郎の歌も、チャボのギターも。バンドが叩き出すサウンドも。その総てが。
まさしく絶頂を迎えていたRCの、その姿が見事に捉えられているアルバムなのですよね。
「ロックンロール・ショー」から「あの娘のレター」まで。全8曲。そこに凝縮された。
RCのその魅力。その艶やかで、豊かで、尖がって、溢れ出し、滲み出るその魅力。
特に。どうしようもないもどかしさや、憧憬。そこにある切なさ。その胸に染む思い。
そこにこそ、清志郎の、RCの最大の魅力があったのだなと。改めて感じさせられるのです。
どんなに強面を装おうと、どんなに悪ぶろうと。その根底にある温かい優しさ。
それがあるからこそ。本気で怒り、本気で噛みつき、それを洒落てみせることもできると。
清志郎とRCのスケールの大きさ、懐の深さ。実に自然体で、生身のままで。そのままで。
よそ者だろうが。総てを受け容れ、総てを許し、総てに怒り、総てを愛し、総てを慈しむ。
それ故に。その不在が。今更ながらに。如何に重く、大きいかを思い知らされるアルバムでもあるのです。

そうさ。
俺は。
よそ者さ。
いまも。
変わりはしない。

だから。基本的には。
いまも。そこまでの。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
今夜もまた。いつもの様に。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
幸せだと。
そう。
思っているのさ。

だから。
そんなさ。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っているのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

目に見えないのに。
繋がっている。
ずっと。
ずっと。
繋がっているのだもの。

あの時の。
あの夜の。
蒼さのまま。
そのままに。
そのままで。

そう。
最初から。
美味い酒と。
ご機嫌なロックンロール。
それだけじゃなかったのだ。

それで。
それだけで。
十分だと。
幸せだと。
思っていたのに。

ぶっきらぼうで。
手荒い。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

なれなれしくない。
無骨な。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

俺は。
よそ者。
それは変わらない。
なのに。
なのに・・・さぁ。

あの旗の下に、一緒にいたくなっちまうのさ。



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2017/05/18 Thu *出しなさい / The Kinks

20170518thegreatlostkinksalbum


どうして。
こうも。
出てこないのかと。
思ったら。
そう言うからくりだったのかと。

まったく。
そりゃね。
何も。
一から十まで。
杓子定規にとは言わないが。

やってはいけない。
掟破りと言うか。
それをやったらお終いよとか。
そんなこともあると。
どうして分からないのかな。

欲しいのは。
あなただけじゃない。
困るのも。
あなただけじゃない。
皆、同じなのだから。

公平かどうか。
そいつはともかく。
公正には。
それだけは。
担保しなきゃならないのさ。

だから。
隠しているだろ。
出しなさい。
囲い込みなんて。
下手な手を打つなよと。

『The Great Lost Kinks Album』'73年リリース。
米国のリプリーズから突如リリースされたキンクスの編集アルバム。
パイ時代後期の没になったナンバーやら、TVや映画で使われたナンバーやら。
それまでは公式にリリースされなかったレアなナンバーを集めたアルバムです。
その収められているナンバーの数々が実にキンクスらしい、レイ・デイヴィスらしい。
特にTVや映画で使われたナンバーの出来が良くて。どうにもキンクスなのですね。
なんで。こんなに素敵で、こんなに素晴らしくて、こんなに繊細で、こんなにひねくれて。
これはもう、本当にキンクスの世界以外の何ものでもないのですね。
しかし、リリース直後に突如回収されて。その後は再リリースされることも無く。
何故か・・・ここにもあの男、アレン・クラインが権利に絡んでいたのですね。
ストーンズ、ビートルズだけでなく。キンクスまで食い物にしていたとは・・・
そんなことで。長らくはこのアルバムでしか聴けない14曲はキンクス・ファンの羨望の的。
お陰で、何とか市場に出回ったアルバムには一時はとんでもないプレミアがついていたと。
本当にね。隠すなよ、囲い込むなよ。開放しろよって話なのですけれどね。
この10年くらいで殆どのナンバーは様々なCDのボーナス・トラックとかに収録されて。
漸く、それなりに落ち着いた価格で入手が可能になったのでした。
実は未だこのアルバムでしか聴けないナンバーが2曲はあったりもするし。
そもそもこのアルバムのフォーマットではCD化は実現していないので。
殆どオリジナル・アルバムと言ってもいい様な絶妙な曲順で聴く為に入手する価値はある。
そんな素晴らしいアルバムだったりするのです。本当にいいのですよ、これが。
当時キンクスが所属していたRCAからリリースしていた何枚かのアルバムよりも・・・
まぁ、流石にそれは言わない約束だろうって話だとは思いますけどね。
埋もれた財宝とも言うべきものを発掘し、開放しようとしたリプリーズの姿勢には拍手を送りたくなるのです。

どうして。
こうも。
見つからないのかと。
思ったら。
そう言う企みがあったのかと。

まったく。
そりゃね。
何も。
頭から爪先まで。
謹厳実直にとは言わないが。

やってはいけない。
文化の醸成と言うか。
それをやったら蔑まれるよとか。
そんなこともあると。
どうして気づかないのかな。

求めているのは。
あなただけじゃない。
不安になるのも。
あなただけじゃない。
皆、同じなのだから。

公平かどうか。
そいつは運にもよるけれど。
公正にことを運ぶ。
それだけは。
譲るわけにはいかないのさ。

だから。
隠しているだろ。
出しなさい。
出し渋りなんて。
下手な手はお見通しだよと。

材も。
限られている。
財も。
限られている。
そう資源は潤沢ではないのさ。

でも。
機会は。
落ちている。
広がっている。
そいつを見過ごすわけはいかないのさ。
需要と供給。
供給を待って。
需要に応える。
そんなに甘くはない。
そんなに待ってはくれない。

だから。
材を。
隠すな。
囲い込むな。
包み隠さず出しなさい。

ましてや。
財を。
隠すなど。
囲い込むなど。
言語道断。出しなさい。

探すぞ。
掘るぞ。
抉じ開けるぞ。
鵜呑みにしないぞ。
疑ってかかるぞ。

もっと。
いいのを。
上玉を。
隠しているだろう。
出しなさい。



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2017/05/17 Wed *夜空の向こう / David Bowie

20170517spaceoddity


いま。
この時。
そう。
いま。
いまこそ。

宇宙の。
彼方で。
何か異変でも。
起きないかと。
起きてはくれないかと。

星など。
殆ど見えない。
夜空を見上げながら。
そんな事を。
ふと考えてみる。

宇宙の。
彼方から。
その異変を受けて。
何ものかが。
飛来してはくれないかと。

そんな。
存在でも。
なければ。
意識しなければ。
そうでもしなければ。

この星は。
この地上は。
いつまでも。
まとまりはしないのではと。
夜空の向こうを見つめてみる。

『Space Oddity』'72年リリース。
デヴィッド・ボウイの2枚目となるアルバム。
内容的には事実上のデビュー・アルバムとも呼べるもので。
当初は'69年にフィリップスより『David Bowie』のタイトルでリリースされ。
(米国ではマーキュリーより『Man Of Words / Man Of Music』としてリリース)
その後に、RCAから再発されることとなりジャケットも新装されたのでした。
その際に、「Don't Sit Down」なるナンバーが外されて全9曲ともなりました。
さて。何と言ってもタイトル・ナンバーでもある「Space Oddity」です。
あの『2001年宇宙の旅』そしてアポロ11号の月面着陸によって。
世界中が、宇宙に興味を抱き、宇宙時代の到来とも呼ばれていたあの頃の空気を。
今に伝える、今も瞬時に蘇らせることができるのが「Space Oddity」なのです。
当時BBCのアポロ11号の特番にも使用されたらしく。ボウイにとっては初のヒットに。
尤も。そこで歌われるのは何らかの異変に寄り宇宙を彷徨ことになるトム少佐の物語で。
それが特番の内容に相応しかったのかは些か違和感を抱いたりもするのですけれどね。
それは兎も角。今でも広大な、遥かなる宇宙を想起させるこのナンバーを。
あの時代に創って、世に出してみせた。そこに類まれなるボウイの才能とセンスを感じます。
ボウイの才能とセンス。特にセンスはやはり独特なもので。どうにもロック的では無くて。
どちらかと言えば。演劇に近いものを感じるのですよね。もっと言うと音楽的でも無いと。
まるで台詞を喋るが如く、あるいは詩を朗読するが如く。そうだな、詠唱とでも言うのか。
それがボウイならではのメロディを産み出している気がするのですよね。
広大で、遥かで。そして暗く、深い宇宙空間に永遠に流れるボウイの詠唱。
そんな不思議な感覚が他のナンバーにもあって。故に今も些かも変わることなく響き続け。
そして。このアルバムに針を落とすと夜空の向こうが、宇宙が思われ。
そして。夜空の向こう、宇宙を思うと、彼方からボウイの歌声が聴こえてくるのです。

いま。
この時。
そう。
いま。
いまこそ。

宇宙の。
彼方で。
何か異変でも。
起きないかと。
起きてはくれないかと。

星など。
殆ど見えない。
夜空を見上げながら。
そんな事を。
ふと考えてみる。

宇宙の。
彼方から。
その異変を受けて。
何ものかが。
飛来してはくれないかと。

そんな。
存在でも。
なければ。
意識しなければ。
そうでもしなければ。

この星からは。
この地上からは。
いつまでたっても。
争いなど無くなりはしないのではと。
夜空の向こうに問いかけてみる。

いつかの日。
宇宙の彼方。
そこに。
とり残された。
何ものかが。

いつかの日。
宇宙の彼方。
そこで。
言われなき迫害を受けた。
何ものかが。
そんな。
なにものかが。
ある日。
宇宙の彼方から。
戻って来て。やって来て。

いつまで。
経っても。
変わらない。
変わろうともしない。
この星を変えてくれないか。

いつまで。
経っても。
学ばない。
学ぼうともしない。
この星を目覚めさせてくれないか。

そうでもしなければ。
この星は。
まとまりもせず。
争いを止めもせず。
やがて、否、そんなに遠くない日に。

消えてしまう。
壊れてしまう。
失われてしまう。
そんな思いを胸に。
夜空の向こうに耳を澄ませてみる。



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2017/05/16 Tue *川原乞食の魂 / Taste

20170516liveattheisleofwightukorg


優劣など。
どうでもいい。
ましてや。
勝負など。
するつもりもない。

ただ。
やるからには。
どうせなら。
誰よりも。
目立ちはしたい。

そう。
やるからには。
楽しみたい。
盛り上げたい。
空気を揺らしたい。

観てくれている。
聴いてくれている。
ならば。
笑顔になってもらいたい。
楽しんでもらいたい。

勝負手は。
技量でも。
器量でも。
知名度でも。
なんでもなくて。

心意気。
度胸。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の一夜舞台。

『Live At The Isle Of Wight』'71年リリース。
ロリー・ギャラガーを擁したテイストのワイト島でのライヴ・アルバム。
ロリーのブルージーなギターを売りものとしていたテイスト。
2枚のスタジオ・アルバムをリリース。英国を中心に精力的にライヴも行い。
このアルバムが収録されたワイト島フェスティヴァルにも出演と。
順調にキャリアを重ねるも。マネジメントとのトラブルが原因で解散してしまって。
ソロに転向したロリーがヒットを放つと。便乗して2枚のライヴ・アルバムがリリース。
このアルバムは、その2枚目にあたるアルバムで。全6曲が収録されています。
伝説となったワイト島フェスティヴァル。運営には様々なトラブルがあったものの。
ザ・フーやフリー、そしてジミ・ヘンドリックスの熱演はよく知られるところですが。
このテイストのライヴも相当に熱くて。一説にはアンコールが5回もかかったとか。
確かに。ロリーの熱く真っ直ぐなギターを中心としたその一丸となったライヴ。
その熱量、その迫力。それは聴く者をどんどんと引き込むが如くの勢いがあります。
既にマネジメントと揉めていて。メンバー間にも亀裂が走り始め。起死回生を狙ったのか。
その緊張感を背景とした度胸一発の勝負。そんな後が無い思いがいい方向に出たのかな。
ソロに転向後もそうですが。ロリーは考え過ぎると駄目なのですよね。迷いが出るから。
兎に角。ギターが大好きで、ブルースが大好きで、ロックが大好きで。もう、それだけと。
そんな開き直った時にこそ。ロリーの真摯で純粋な魅力が伝わってくるのですよね。
そんな時のロリーは本当に魅力的で。このアルバムでも3曲が10分を超える長尺ですが。
些かも弛まないし、飽きるという事が無いのですよね。余計なものが無くタイトでね。
そう考えると。ライヴ向きではあったのかな。ソロの代表作もライヴ・アルバムが多いし。
ギターが弾ければ、ブルースがやれれば、ロックがやれれば。もう、それでいいのだと。
そんな。開き直った川原乞食の魂みたいなもの。それを発揮した時のロリーは最高にご機嫌なのです。

優劣など。
関係ない。
ましてや。
勝負など。
気にもならない。

ただ。
やるからには。
どうせなら。
誰よりも。
沸かせはしたい。

そう。
やるからには。
楽しまなければ。
盛り上げなければ。
空気を震わせたい。

観てくれている。
聴いてくれている。
ならば。
笑顔になってもらわなければ。
楽しんでもらわなければ。

技量でも。
器量でも。
知名度でも。
勝負にはならないのなら。
開き直り。

意気地。
矜持。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の一夜芝居。

別に。
たいしたものじゃない。
大袈裟でもない。
構える必要もない。
ただの遊び。

だからこそ。
真剣に。
真面目に。
誰よりも。
遊んでみせたい。
楽しむから。
笑うから。
それだから。
楽しんでもらえる。
笑ってもらえる。

空気を揺らし。
空気を震わせ。
何かが伝わり。
笑顔が。
笑顔を生んでくれればいい。

技量でも。
器量でも。
知名度でも。
何にもなくても。
勝負は打てる。

心意気。
度胸。
見得とハッタリ。
それだけが武器の。
川原乞食の開き直り。

意気地。
矜持。
見得とハッタリ。
それだけを武器の。
川原乞食の魂。

そいつが面白い、止められない。



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2017/05/15 Mon *実感を / Ron wood

20170515gimmesomeneckukorg


なんでもいい。
否。
なんでもよくはないが。
少しばかりの。
幾つかの。

何かが。
そう。
きっかけになる様な。
何かが。
手に入れられれば。

この。
どうにも。
漠然とした。
浮遊している様な。
現実感を喪失した様な。

そんな。
状態から。
逃れられて。
生々しい。
臨場感が得られて。

生き生きと。
嬉々として。
地面を踏みしめて。
地面を蹴って。
毎日を過ごせるのにと。

今日を。
明日を。
一週間を。
生の実感と共に。
駆け抜けていたいのだ。

『Gimme Some Neck』'79年リリース。
ロン・ウッドの3枚目となるソロ・アルバム。
『Some Girls』とほぼ同時進行で録音されていたとの話もあって。
チャーリー・ワッツはほぼ全曲でドラムスを叩いていたりもします。
キース・リチャーズやミック・ジャガーも参加しているのですが。
この時期のロンはストーンズとは言わばアルバイト契約だったと思われるのですが。
それにしては随分と待遇が良かったのだなと。そう感じたりもするのですよね。
何せ、このアルバムと共にニュー・バーバリアンズとしてツアーにまで出ていますからね。
キースもニュー・バーバリアンズの一員として嬉々としてプレイしていたし。
ミックの時とはえらいちがいだなぁと。まぁ、そこがロンの人柄の成せる業なのかな。
イアン・マクレガン、ボビー・キーズにデイヴ・メイソンなど豪華なゲストを迎えて。
ラフで、タフで、ファンキーな。ロンならではのロックンロールをブチかましていて。
「Come To Realise」なんて何とも生き生きとしていて痛快だったりします。
ボブ・ディランがエリック・クラプトンに贈って断られた「Seven Days」を頂いて。
ものの見事に自らのものとして聴かせている、その味わいのある風情もロンならではで。
後にボブがライヴでセルフ・カヴァーする際にはロンのヴァージョンを手本にしたとか。
昔ロッド・スチュワートのアルバムでよく聴かせていたインストの小品もあって。
その「Delia」におけるロンのドブロが絶品で。それがまた堪らなくもあるのです。
ギターもヴォーカルも。技巧派ではないロン。しかしその味わいは格別なものがあって。
それは、その陽性な生命力。生き生きと、嬉々として、クッキリと足跡を残す歩みなのです。
その歩みが。近頃のストーンズの中では今一つ元気がないかなとも思われて。
このアルバムの様な、臨場感に溢れた、生き生きとしたロンの姿をまた聴きたいなとも思うのです。

なんでもいい。
否。
そうともいかないが。
いくばかりかの。
様々な。

何かが。
そう。
火種になる様な。
何かが。
手に入れられれば。

この。
どうにも。
曖昧とした。
離脱している様な。
現実感が消失した様な。

そんな。
状態から。
脱して。
息苦しいまでの。
臨場感に包まれて。

生き生きと。
嬉々として。
路上を踏みしめて。
路上を蹴って。
毎日を過ごせるのにと。

今日を。
明日を。
一週間を。
生を痛感しながら。
駆け抜けていきたいのだ。

この。
地面の上で。
路上の上で。
息をしている。
生きている。

この。
地面から。
路上から。
離れるのではなく。
浮くのではなく。

漠然と。
曖昧に。
現実感を。
喪失した様な。
焼失した様な。

そんな。
影の薄い。
影も残せない。
死んだ様な。
時間は過ごしたくない。

息苦しいまでに。
生々しい。
そんな。
臨場感の中で。
時を刻んでいたいのだ。

だから。
きっかけになる様な。
導火線に火を付ける様な。
何かを。
手に入れるのだ。

今日を。
明日を。
一週間を。
生の実感と共に。
駆け抜けていたいのだ。

今日を。
明日を。
一週間を。
生を痛感しながら。
駆け抜けていきたいのだ。

実感を、感じていたいのだ。



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2017/05/14 Sun *家族とか / Plastic Ono Band

20170514johnlennon


家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものが。
好きじゃなかった。
好きになれなかった。

家族。
その二文字が。
絶対で。
何にでも勝る。
何にでも優先される。

その。
窮屈さが。
理不尽さが。
どうにも。
我慢がならなかった。

血が繋がっている。
それだけで。
疑いも無く。
総てが同じ。
総てが分かり合える。

その。
傲慢さが。
傍若無人さが。
どうにも。
耐えがたかった。

まぁ。
今も。
根本的には。
たいして。
変わってはいないけれども。

『John Lennon/Plastic Ono Band』'70年リリース。
『ジョンの魂』の邦題でも知られるジョン・レノンの実質上、初めてのソロ・アルバム。
このアルバムの制作前に。ヨーコと共に心理療法を受けていたジョン。
原初療法とも呼ばれるもので。幼少期にまで遡って忘れていた心の苦痛を総て吐き出す。
その経験によって。初めて幼くして母親を亡くした時の痛みなどと向き合ったジョン。
そのあまりにも赤裸々な、剥き出しの。まさにジョンの魂が歌っているかのアルバムです。
ビリー・プレストンとフィル・スペクターがそれぞれ1曲ずつピアノで参加している以外は。
ジョンと、クラウス・フォアマン、それにリンゴ・スターの3人だけによる演奏で。
そのシンプルなサウンドが、ジョンの叫びを際立たせて真っ直ぐに胸に突き刺さります。
「Mother」「God」など。衝撃的とも言える内容をもつ内面を吐露したナンバーもあれば。
「Love」の様なあまりに純粋なラヴ・ソングもあれば。
「Working Class Hero」「Well Well Well」と言った社会的なナンバーもあり。
ありとあらゆる問題に関心を、興味を抱いて表現したジョンの姿がここにも表れています。
それにしても。なんと生々しく、痛々しく、そして刺々しく、弱々しいことかと。
ビートルズとして世界を制した、あのジョンが。こんなアルバムを制作し、リリースした。
その事実こそが。ジョンが何者であるかを証明し、そしてジョンを信用させているのです。
あのジョンは。我々と同じ様に。誰かを憎みもすれば、誰かを愛しもする1人の人間で。
我々と同じ様に。どうしようもない喜怒哀楽の感情に苦しむ1人の人間であったのです。
その事実を隠しもせずに表に出して。しかも超一流の作品に仕上げてしまう。
このアルバムには、ジョンの凄さ、その凄味の何たるかが余すところなく表されています。
そして。痛切に泣き叫び、強烈に牙を剥き毒づきながらも。その根底にあるのは。
あまりにも大きく、深く、そして強い愛なのです。母親を思慕し、神や様々なものを否定し。
社会や世界に噛みつく。そこに。どうしようもなく誰かを愛し、誰かに愛されることを求めるジョンがいるのです。
そんなジョンを前にすると、そんなジョンの歌声を耳にすると。剥き出しの、素の自分に戻ってしまうのです。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものに。
素直じゃなかった。
素直になれなかった。

家族。
その二文字が。
絶対だとは。
何にでも勝とは。
何にでも優先されるとは。

今でも。
思わないし。
窮屈で。
理不尽だと。
そう思うけれど。

血が繋がっていても。
総てが同じではないし。
総てが分かる筈もない。
そいつは。
疑いようもないのだと。

今でも。
傲慢さや。
傍若無人さには。
どうにも。
耐えがたいけれど。

そう。
今も。
根本的には。
ほとんど。
変わってはいないけれども。

我慢が。
ならなかった。
窮屈さの
理不尽さの。
その裏側に。

忍耐が。
ならなかった。
傲慢さの。
理不尽さの。
その裏側に。

ひょっとして。
思いもよらなかった。
考えもしなかった。
別の思いが。
あったのかもしれないと。

ひょっとして。
言葉とか。
態度とか。
そこには表れないものが。
あったのかもしれないと。

その。
大きく。
深く。
強い。
ものが生まれる源泉に。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものが。
存在していた。
あったのかもしれないと。

だから。
ふと。
思いついて。
柄でもなく。
花など送ってみたりして。

いつになく。
弾んだ声を。
受話器の向こうに聞けば。
そいつも。
悪くはないかとも。

家族とか。
血の繋がりとか。
そんなものは。
今でも。
好きにはなれないけれど。



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2017/05/12 Fri *そのままに / Luther Ingram

20170512letsstealawaytothehideaway


さぁ。
もう。
用は無い。
長居は無用。
逃げ出そう。

この胸に。
この手に。
確かな。
感触を。
抱いたのなら。

さっさと。
その手を取って。
連れ出して。
そのままに。
立ち去ろう。

誰も。
気づかぬうちに。
誰も。
目に留めぬうちに。
今のうちに。

抜け駆けだろうと。
何だろうと。
己がものにして。
己だけのものにして。
そうして。

人目を避けて。
人目につかぬ様に。
そのままに。
してしまおう。
そのまま過ごしてしまおう。

『Let's Steal Away To The Hideaway』'76年リリース。
テネシー出身のソウル・シンガー、ルーサー・イングラム。
甘い歌声、そして甘いルックスが魅力のルーサーの3枚目となるアルバム。
マッスル・ショールズのミュージシャンを起用してのニュー・ヨーク録音です。
(マッスル・ショールズでの録音だとの説もあるようですが)
そのキャリアにおいて。5枚のアルバムを残しているルーサーですが。
ラストとなった5枚目を除いてはスタックス傘下のココからのリリースだったとか。
それもあってか。サザン・ソウルのシンガーとして語られることが多いのですが。
その中でも一際、甘い歌声で。甘い匂いを放っているのが特徴的で。
言ってみれば。アル・グリーンを更に甘くしたかの様な個性が魅力的です。
ソウルと言うのは、すべからく不倫の歌だとの名言(?)がありますが。
その中でも、甘く不倫を歌わせたら右に出るものが無いと言われるルーサーです。
最も有名なのが前作の『If Loving You Is Wrong (I Don't Want To Be Right)』の。
そのタイトル・ナンバーですが。このアルバムのタイトル・ナンバーも負けず劣らずで。
何とも。情感たっぷりに、これでもかと道ならぬ恋を歌い上げています。
また、その歌の上手いこと。思わず聴き惚れて、引き込まれてしまうのですよね。
ファンキーなナンバーの乗りこなしの上手さもかなりのもので。それもまたね。
ここまで堂々と、しかも見事に不倫を歌い上げることができるルーサー。
ある意味では、非常に正統派の本格的なソウル・シンガーと言う事になるのでしょうかね。
それは兎も角。夜の四十万の中で。それも、その夜の端っこで。
密かに手に入れたもの、誰の目からも隠したもの。そんなものと共に聴きたいアルバムかな。
まぁ、ソウルと言うのは総じて夜が似合うのですが。その中でも夜の匂いが似合うかなと。

さぁ。
もう。
用は済んだ。
長居など無意味。
逃げ出そう。

この胸が。
この手が。
間違いのない。
反応を。
感じたのなら。

さっさと。
その背を押して。
連れ出して。
そのままに。
消え去ろう。

誰にも。
気づかれぬうちに。
誰の。
目にも留まらぬうちに。
今のうちに。

掟破りだろうと。
何だろうと。
二人のものにして。
二人だけのものにして。
そうして。

人目を避けて。
人目につかぬ様に。
そのままに。
しておこう。
そのまま過ごしていよう。

この胸に。
この手に。
確かな。
感触が。
あるのなら。

この胸に。
この手に。
間違いのない。
反応が。
あるのなら。

抜け駆けだろうと。
何だろうと。
己がものにして。
己だけのものにして。
そのままに。

掟破りだろうと。
何だろうと。
二人のものにして。
二人だけのものにして。
そのままに。

誰も。
気づかぬうちに。
誰も。
目に留めぬうちに。
そのままに。

誰にも。
気づかれぬうちに。
誰の。
目にも留まらぬうちに。
そのままに。

手に手を取って。
互いの背中に腕を回して。
連れだって。
そのままに。
立ち去ろう。消え去ろう。



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«2017/05/11 Thu *表現は / Sam Cooke