2017/12/10 Sun *事の始まり / The Zombies

20171210beginhere


そうだ。
そうだった。
かの日。
かの地で。
あの出会いがあって。

あの日から。
あそこから。
総てが。
転がりだして。
繋がっていって。

いま。
ここまで。
やってきて。
こうして。
ここにいるわけだ。

その間に。
浮くこともあれば。
沈むこともあれば。
離れることもあれば。
再び、近づくこともありで。

それで。
そうして。
自然と。
いい感じに。
いま、再び。何かが。

この日。
この地で。
この。
体と心が。
何かを感じ始めているのだ。

『Begin Here』'65年リリース。
ゾンビーズの英国でのデビュー・アルバム。
所謂ブリティッシュ・インベイジョンのバンドの中には。
英国より米国での人気が高かったバンドも結構いるのですが。
ゾンビーズも同様だったようで。米国でのデビュー・アルバムから遅れること数か月。
漸くと言うか、満を持してのリリースとなったと。心境は複雑だったのか。
何故ならば。この初期のゾンビーズのサウンド。そいつはどうにも英国の香りに満ちていて。
逆に、だから米国で受けたのかもですが。それだけに早く英国で聴かせたかったかなと。
このゾンビーズと言い、マンフレッド・マンと言い。知的で技量も高くて。
それでいて熱いものもあるのだけれど。それをクールに表現してみせる。それが堪らないと。
さて、キービードのロッド・アージェントとベースのクリス・ホワイト。
この2人の優秀なライターを擁していたゾンビーズ。早くからオリジナル・ナンバーも多く。
しかし、このアルバムではR&Bやブルースのカヴァーも聴かせてくれているのですが。
その独特の解釈と言うか。凄く黒いのだけれど。それだけではなく哀愁が漂っている・・・
激しく攻め立ててくるのだけれど。冷静に戦況を見つめている様でもある。
その塩梅が絶妙なのか。兎に角。カッコいいとしか言いようが無いのですよね。
「Road Runner」「I Got My Mojo Working」とか。他のバンドも数多やっていますが。
ロッドのキーボードのクールな響きが、何とも英国的で。それが英国の香りを纏わせるのか。
あの「Summertime」のカヴァーなんて。そのアレンジの見事さ。
ワルツを奏でてもブリティッシュ・ビートを感じさせるのはゾンビーズくらいかな。
そして。そして。「She's Not There」の素晴らしさ。ロッドの手によるこのナンバーの。
どうにも印象に残るメロディとフレーズ。そして哀愁ここに極まれり・・・最高なのです。
この後、何故かヒットに恵まれず。レコード会社を移籍して。あの大ヒット曲が。
その頃には解散していて。そうでなくても既に次の段階へと進んでいたゾンビーズですが。
その、事の始まりは。このアルバムに捉えられた姿であったと。そう感じるのです。

そうだ。
そうだった。
かの日。
かの地での。
あの出会いから。

あの日を。
あそこを。
起点として。
転がり続けて。
繋がりを呼び続けて。

いま。
この時まで。
続いてきて。
こうして。
ここにあるわけだ。

その間に。
忘れようとしたこともあれば。
止めようとしたこともあれば。
忘れてしまった時も。
本当に、止めてしまった時も。

それでも。
こうして。
自然と。
いい流れに。
いま、再び。何かが。

この日。
この地で。
この。
身と魂が。
何かに震え始めているのだ。

何故。
かの日。
かの地で。
出会ったのか。
繋がったのか。

偶然が。
偶然を呼び。
いつしか。
必然が。
必然を呼び。

何故。
ここまで。
転がり続けて。
繋がりが繋がりを呼んで。
途切れようとしないのか。

偶然と。
偶然が重なり。
いつしか。
必然と。
呼ばれるものとなり。

かの日。
かの地で。
この。
体と心が。
何かを感じた。

この日。
この地で。
この。
身と魂が。
何かに震えた。

事の始まりは。
かの日。
かの地。
感じて。
震えて。

この日。
この地。
感じて。
震えて。
事の始まりとなる。



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2017/12/09 Sat *やってしまおう / The Rolling Stones

20171209outofourheadsusmono


そうさ。
仕組みなど。
枠組みなど。
そんなに。
大したものじゃない。

やりたいと。
思える。
やりたいと。
感じる。
その気持ち。

そいつさえ。
あるのなら。
やってしまえばいい。
やらない手はない。
やってしまおう。

心から。
体から。
頭から。
湧き出でる。
そのままに。

小さなことは。
細かいことは。
おいておけばいい。
放っておけばいい。
やりたいのなら。

そうさ。
このままじゃ。
いまのままじゃ。
納得できないのだから。
満足などできないのだから。

『Out Of Our Heads』'65年リリース。
ローリング・ストーンズの米国での4枚目となるアルバム。
英国での3枚目のアルバムと同一タイトルですが。
ジャケットだけではなく。内容も大きく異なっていて。
基本的にシングルとしてリリースされたナンバーを収録しない英国での方針と異なって。
「The Last Time」そして「(I Can't Get No) Satisfaction」と。2曲のヒット曲を収録。
ここらは、シングル盤のヒットの勢いを逃さずアルバムのセールスにも繋げようと言う。
米国ならではの方針が貫かれているなと。それはそれで狙いとしては悪くないかなと。
(まぁ、ストーンズの意思が強く反映されているのは英国盤だとは思いますが)
結果として編集、選曲が寄せ集め的になってしまって。統一感に欠けるのは致し方ないかな。
米国ではリリースされなかった英国EP盤『Got Live If You Want It !』からも収録されて。
その「I'm Alright」がA面の最後に唐突に飛びだしてくるのにはかなりの違和感が・・・
当時の米国のファンにとっては嬉しいプレゼント、目玉だったかもではありますが。
そんなこと、大したものじゃない、些細なことだと感じさせてくれるのが。
やはり、「(I Can't Get No) Satisfaction」の抜群の存在感なのですよね。凄いのですよね。
今更ですけど。この初めて全米1位を獲得したナンバーのカッコ良さに痺れます。
その昔。一部でオーティス・レディングが作ったナンバーだとのデマが信じられていた。
そんなR&B、ソウルのビートやリズムを拝借して、換骨奪胎してみせて。
ホーン・セクヨンが担う部分を、あのファズ・ギターに担わせた新鮮で大胆な発想と言い。
師匠である、チャック・ベリーの十八番でもある二重否定を用いて訴えかける歌詞と言い。
これはやっぱり。本当に奇跡的なナンバーだなと。こいつがもたらしたものは大きかったと。
よくぞ、ステイプル・シンガーズのパクリに近い「The Last Time」から短期間で飛躍したなと。
そして。デッカ、ロンドン時代のストーンズならではの。やってしまえ感、破天荒さはやっぱりご機嫌だなとね。

そうさ。
ルールなど。
空気など。
そんなもの。
些細なものなのさ。

やりたいと。
思える。
やりたいと。
感じる。
その思い。

そいつさえ。
あるのなら。
やってしまえばいい。
やるしかない。
やってやるしかない。

心から。
体から。
頭から。
溢れだす。
そのままに。

小さなことなど。
細かいことなど。
忘れてしまっていい。
投げ出してしまっていい。
やりたいんだから。

そうさ。
このままじゃ。
いまのままじゃ。
納得なんかできないのだから。
満足などできるわけもないのだから。

やろう。
やるんだ。
やるしかない。
やってしまえ。
やってしまおう。

慣例など。
前例など。
忘れていい。
無くていい。
捨ててしまえばいい。

小さいと。
思えるのなら。
細かいと。
思えるのなら。
出来るはず。

答えなど。
心が。
体が。
頭が。
その反応が教えてくれる。

納得できないまま。
満足できないまま。
そのままで。
悶々として。
過ごすなんて真平御免。

やりたいと。
思える。感じる。
やりたい。
その気持ち。その思い。
そいつだけを武器に。

やろう。
やるんだ。
やるしかない。
やってしまえ。
やってしまおう。

ほら、開けてきたぜ!



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2017/12/08 Fri *天邪鬼にうってつけの日 / The Beatles

20171208beatles


天邪鬼で。
結構だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

みんなして。
同じことばかり。
同じ歌ばかり。
みんなして。
同じ方向を見て。

なんなのだ。
乗り遅れたくない。
仲間外れにされたくない。
だから。
大して知りもしないくせに。

わかった様な。
顔をして。
わかった様な。
口をきいて。
群れているだけなのじゃないか。

そんなに。
単純じゃないのさ。
そんなに。
一面的じゃないのさ。
それが魅力だったのさ。

天邪鬼で。
結構だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

『Beatles Ⅵ』'65年リリース。
ビートルズの米国キャピトルでの6枚目のアルバム。
安直で安易なタイトル。しかも6枚の内にはインタビュー・アルバムとか焼き直しとか。
とにかく。キャピトルの仕事と言うのは儲け優先のやっつけ仕事が多くて。
好きにはなれないし、正統なものではないけれど。ところがどっこい。
天邪鬼なビートルズ・ファンの自分としては、こんなアルバムもそれなりに好きなのだ。
当時の米国では一枚のアルバムに収録できる曲数が11曲まで制限があったらしく。
英国でのオリジナル・アルバム収録曲が米国盤の同名アルバムでは泣き別れになる結果に。
このアルバムには米国盤『For Sale』から漏れた6曲が収録されていて。
そこにシングル盤でのみリリースされていたナンバーとか。更には驚くべきことに。
英国盤『Help!』に収録されることになるナンバーを何曲か先行して収録してしまっていて。
ビートルズが米国の市場を重視していたと言うよりは。キャピトルの圧力に屈したのだと。
この金と力にまかせるやり方と言うのが、まったくもって米国らしいと言えば言えるかな。
さて。ヒット曲や、有名なナンバーが含まれていないのも一因か。全米一位にはなっても。
トータルでは当時の米国ではビートルズのアルバムとしては、セールス的にはいま一つ。
まぁ、そうだろうなと。流行りものとしてのビートルズ・ファンには不向きだろうなと。
でも、悪くは無いのだな。「I Don't Want To Spoil The Party」「Every Little Thing」とか。
「Yes It Is」とか。そして「Bad Boy」に「Dizzy Miss Lizzie」も収録されていて。
あの、若きジョン・レノンのご機嫌な歌声が響き渡り、胸に突き刺さるのだから。
そう、まだビートルズに全身全霊で情熱を注ぎ込んでいたジョンの、あの歌声が聴けるのだ。
特にラリー・ウィリアムスのカヴァーである「Bad Boy」「Dizzy Miss Lizzie」この2曲。
そこでの歌声には、ロックンローラーとしての神髄が表れていると、そう思うのです。
だから鬼っ子の様な、こんなアルバムにも愛しさを感じてしまう。つくづく、天邪鬼なのだなと。構わないけど。

天邪鬼で。
上等だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

みんなして。
同じものばかり。
同じ歌ばかり。
みんなして。
同じ空気を読んで。

なんなのだ。
風物詩だとでも言うのか。
流行に乗り遅れたくないとでも言うのか。
だから。
大して愛情もないくせに。

わかった様な。
振りをして。
いかにもで。
訳知り顔で。
集っているだけなのじゃないか。

そんなに。
安くはないのさ。
そんなに。
優しくもないのさ。
それが魅力だったのさ。

天邪鬼で。
上等だ。
特に。
こんな日は。
天邪鬼でいたいのだ。

愛と平和。
そいつを。
語りたいなら。
誰かの言葉を。
借りるなよ。

愛と平和。
そいつを。
願うのなら。
誰かの口でなく。
自分自身で語れよ。

祭り上げた。
誰かに頼るのでなく。
自分自身で。
その言葉で、口で。
ぶち上げてみろよ。

愛と平和。
そいつを。
語るのは。
口にするのは。
簡単じゃない。

愛と平和。
そいつを。
語るには。
口にするには。
覚悟がいるのさ。

誰かを祭り上げる。
その前に。
自分自身で。
その姿勢で、足で。
立ち上がってみろよ。

天邪鬼で。
結構だ。
特に。
今日という日は。
天邪鬼でいたいのだ。



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2017/12/07 Thu *その気にならないで / キャンディーズ

20171207sonokinisasenaide


その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪いところ。
そうなのだ。

直情径行。
どうにも。
こうにも。
火がつきやすい。
燃え上がりやすい。

直ぐに。
周りが見えなくなって。
ただただ。
一直線。
思いのままに走りだす。

だから。
躓く前に。
転ぶ前に。
気をつけて。
気がついたのなら。

その気に。
ならないで。
その気に。
なる前に。
立ち止まって・・・なのだけど。

『その気にさせないで』'75年リリース。
キャンディーズの5枚目のオリジナル・アルバム。
収録曲が総てオリジナル・ナンバーになった2枚目のアルバムでもあります。
その気にならないで・・・と言われても。このジャケットで言うかと思いますが(笑)。
この写真、大磯海岸で撮影されて。スーちゃんが海に落ちたって話もあったなぁ。
同じ写真をジャケットに利用した先行シングル「その気にさせないで」がA面1曲目に。
当時のオリコンでは17位止まりだったと。もっとヒットしていた印象があるのですが。
未だ完全にはブレイクする前だったのですかね。凄く印象的なナンバーで。
何でも元々の歌詞は世に出たものより際どくて。ナベプロからNGが出たのだとか。
サウンドは、もろフィリー・ソウルと言うか、歌謡ソウルと言うか。
そう、スリー・ディグリーズの「にがい涙」を彷彿とさせ、凌駕する完成度の高さで。
よく言われることですが。キャンディーズについていたスタッフの優秀さが伺えます。
更には、その要求に応えてみせるキャンディーズの3人の才能の輝きも見事です。
総ての作曲は穂口雄右で。作詞は千家和也と竜真知子とキャンディーズを支え続けた面々。
その中で「二人のラブトレイン」では初めてミキちゃんの自作詞が採用されています。
実はキャンディーズの総てのオリジナル・ナンバー中、二番目に作詞作品が多いミキちゃん。
その才能の萌芽ともなった記念すべきアルバムでもあったのですね。
その「二人のラブトレイン」はビートの効いた勢いのあるナンバーで実にご機嫌です。
(タイトルはスリー・ディグリーズの「ミッドナイト・トレイン」の影響下にあるかな)
「その気にさせないで」「二人のラブトレイン」を始めとしてライヴの定番ナンバーも多く。
収録されているナンバー、特に3人のコーラスの素晴らしさはやはり特筆ものだと。
歌謡曲でも。洋楽に互するクオリティを発揮できる、その証となるアルバム、そしてキャンディーズなのです。

その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪い癖。
そうなのだ。

猪突猛進。
どうにも。
こうにも。
加速しやすい。
踏み込みやすい。

直ぐに。
周りが消え去って。
ただただ。
一本道。
思いのままに走り続ける。

だから。
怪我する前に。
火傷する前に。
気をつけて。
気がついたのなら。

その気に。
ならないで。
その気に。
なる前に。
歩調を緩めて・・・なのだけど。

これまで。
どれだけ。
どれほど。
躓いて。
転んで。

いままで。
それだけ。
それほど。
怪我して。
火傷して。

直ぐに。
周りを。
見失い。
一直線に。
一本道を。

どうにも。
火がつきやすい。
燃え上がりやすい。
加速しやすい。
踏み込みやすい。

こうにも。
直情径行。
猪突猛進。
思いのままに走りだす。
思いのままに走り続ける。

直ぐに。
その気に。
なるのが。
悪いところ。
悪い癖。

その気に。
させないで。
ではなくて。
その気に。
ならないで。

そいつは。
わかっているけれど。
どうにも。
こうにも。
浪漫の地平を走り続けてみたくなる。

その気にならないで・・・



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2017/12/06 Wed *跨いでいこう / 沢田研二

20171206gsiloveyou


いつのまにか。
別に。
望んだわけでもないのに。
半世紀を。
生き延びてしまって。

あれは。
いつだったか。
世紀の。
代替わりにも。
立ち会って。

そうしたら。
今度は。
どうやら。
元号とやらも。
三つも跨ぐことになりそうで。

まさか。
こんなことになるとは。
こんな目に合わされるとは。
ガキの頃には。
思いもしなかったが。

そうか。
そうだな。
跨がせてくれると。
そう言うのならば。
どうせなら。

今のまま。
今までのまま。
我が儘に。
我が道を。
そのままに。派手に。頑固に。

『G. S. I Love You』'80年リリース。
沢田研二、ジュリーの(たぶん)15枚目のオリジナル・アルバム。
前作『Bad Tuning』から僅か五ヶ月。この頃の勢いを感じさせます。
バンドは前作に引き続きオールウェイズで。このアルバムの後に面子が変わって。
エキゾティックスになったのだと記憶しています。吉田建と柴山和彦が残留したのかな。
さて。アルバム・タイトル通りに。ブームから十数年振りに再びGSに挑むと。
GS、グループ・サウンズへの愛情、オマージュをテーマにしつつ新しい時代と対峙して。
新時代のグループ・サウンズに挑んでいると。それは何かと言うと・・・
当時の言葉で言えば。ストリート・ロックと言うのかな。シンプルなロックンロール。
そいつにジュリーならではの華麗な意匠を施して。派手に、煌びやかに決めてみせると。
歌謡界のトップを疾走していたジュリーですが。その本質はタイガース時代から変わらず。
硬派なロックンローラーであって、ロック・ヴォーカリストとしてもトップであると。
それが時代を超えるものであると、敢えて懐古的ともとられかねないテーマに挑んで。
その存在の大きさ、変わることの無い芯の太さを示したアルバムだと思います。
未だメジャーになる前の佐野元春が3曲ほど提供していて。今ではそれが目玉なのかな。
しかしながら。後にセルフ・カヴァーされるそれらのナンバーですが。
特にヴォーカルに関しては、このアルバムのジュリーの圧勝かなとも思われて。
この当時で、十数年。芸能の世界でトップを張ってきたのは伊達じゃないのだぞと。
その底力を余すところなく伝えてくれているのですよね。流石はジュリーなのです。
たぶん。そのまま懐古的な楽曲、サウンドでアルバムを作っても。成功したと言うか。
寧ろ、その方が世間の受けは良くて、商業的にはより大きな成功を得ていたかもですが。
敢えて、新時代のソリッドなサウンドをバックに歌って見せたと。
そこに、ジュリーの世代や時代を股にかけて。軽々と跨いでいく、そんな頑固な魅力を感じて痺れるのです。

いつのまにか。
特に。
望んだつもりもないのに。
半世紀を。
生きさらばえてしまって。

もはや。
忘れかけているけど。
世紀の。
代替わりにも。
遭遇して。

そのうちに。
今度は。
なんだか。
元号とやらも。
三つ目を跨ぐことになりそうで。

まさか。
こんなところまで来るとは。
こんな目を見ることになるとは。
少し前には。
思いもしなかったが。

そうか。
そうだな。
跨いでくださいと。
そう言うのならば。
どうせだから。

今のまま。
今までのまま。
思う儘に。
我が思いを。
そのままに。派手に。頑固に。

思う間もなく。
いつの間にか。
随分と。
遠くまで。
来た様で。

思いの外。
あっと言う間に。
来てしまった。
それ程に。
近い様で。

時代が。
変わろうと。
世代が。
変わろうと。
世紀を越えようと。

元号が。
移り替わり。
三つ目が。
やってこようと。
跨ぐことになろうと。

昔のまま。
そのまま。
今のまま。
今までのまま。
変わらないものは変わらない。

あの頃も。
いつかの日も。
今も。
今日と言う日も。
変わらないものは変わらない。

今のまま。
今までのまま。
我が道を。
我が思いを。
そのままに。派手に。頑固に。

股にかけて、跨いでいこう。



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2017/12/05 Tue *旧い奴、旧い男 / 萩原健一

20171205nekkyolive


旧い奴である。
旧い男である。
そいつばかりは。
どうしようもなく。
変えようとも思わない。

好きなもの。
愛するもの。
憧れるもの。
そんなものは。
例外なく時代遅れ。

そいつは。
如何ともし難く。
そして。
それでいいのだと。
腹を括っている。

平成すらも。
終わろうかと言う。
この時代になっても。
そう。
昭和の中にいる。

己の。
根っ子は。
規範は。
矜持は。
あの時代に作られた。

いまどき。
流行らなかろうが。
廃れていようが。
いまも。
胸が熱くなるのだからしかたがない。

『熱狂雷舞』'79年リリース。
萩原健一、ショーケンの2枚組ライヴ・アルバム。
テンプターズ、PYGとしてもライヴ・アルバムはありましたが。
ソロとなってからは初めてのライヴ・アルバムで。
'78年~'79年の全国ツアーから、東京、横浜、大阪、名古屋で収録されたと。
バックを務めるのは柳ジョージ&レイニー・ウッド。3管のホーンも加わって。
大野克夫、速水清司がゲストで参加しているナンバーもあります。
さて。ショーケンです。マカロニ、そして小暮修、アニキのショーケンです。
その歌声、溢れ出る、滲み出る空気がどうしようもなくロックであり、昭和なのです。
その演技、その役柄のままに。その生きざまそのものが掟破りでアウトロー。
そんなショーケンの歌声も。また掟破り、アウトローそのもので。
原曲など知ったことではない、決まり事に構うことはないとばかりに。
フェイクしまくる、崩しまくる。恐らくは毎回、毎回異なっていたのではと。
あまりと言えば、あまりなのですが。そのアウトローな突き抜け方こそがロックなのだと。
「大阪で生まれた女」とか「酒と泪と男と女」とか。ベタな歌を歌いながらも。
決してカラオケなどにならないどころか、危うい色気を放ってみせる。
ここに、ロック・シンガー、ショーケンの真骨頂があるのです。この過剰で過激な男振り。
規制されることも、去勢されることも拒み。安易な優しさに逃げることも許さない。
どんなに孤独だとしても。群れる安全よりも、死と隣り合わせの自由を選ぶ。
もはや時代遅れどころか、昭和と共に逝ってしまった絶滅危惧湯の類だろうと思われて。
でも。その歌声、その空気、その匂い。その危なさにこそ焦がれてしまうのです。
何故なら。その危うさ、そしてそれ故の愛しさ、儚さ、切なさこそがロックだろうと。
この妙に小綺麗で、清潔で、表面だけ取り繕った様な世の中、時代だからこそ。
ショーケンの、決して飼い馴らされないロックが一際、胸の奥に突き刺さるのです。
旧い奴で、旧い男で。そんなロック馬鹿でいいのだと背中を蹴とばされるのです。

旧い奴である。
旧い男である。
そいつばかりは。
どうにもならない。
どうしようとも思わない。

惹かれるもの。
魅せられるもの。
焦がれるもの。
そんなものは。
揃いも揃って時代遅れ。

そいつは。
抗い様もない。
そして。
それがどうしたと。
腹を決めている。

平成すらも。
終わることになった。
この時代になっても。
そう。
昭和の中を生きている。

己の。
根源は。
基軸は。
気韻は。
あの時代を生きている。

いまどき。
鼻にもかけられなかろうが。
見向きもされなかろうが。
いまも。
胸が震えるのだからしかたがない。

外れていようが。
逸れていようが。
己が。
信じているのなら。
それだけのこと。

踏み外そうが。
弾き出されようが。
己が。
信じるものがあるなら。
それだけのこと。

安易に。
垂れ流される。
愛とか感動とか。
優しさとかに。
馴染めなくて。

小綺麗で。
清潔で。
表層的な。
社会に。
窒息しそうで。

規制と。
去勢と。
尻尾を振ることと。
引き換えの安全など。
欲しいものかと。

虚勢でも。
孤独でも。
野垂れ死にと。
隣り合わせででも。
自由を選ぶのだと。

旧い奴である。
旧い男である。
流行らなかろうが。
廃れていようが。
そうなのだからしかたがない。



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2017/12/04 Mon *勝手にさせてもらうのさ / Sex Pistols

20171204nevermindthebollocksusorg


あぁ。
勝手にするさ。
言われなくても。
勝手にさせてもらうさ。
そんなところさ。

どうせ。
どうしたところで。
誰かの。
お気には召さないのだろう。
そうならば。

誰かの。
目など。
顔色など。
いちいち気にするなんて。
無駄なこと。

そんなこと。
放り出して。
忘れて。
誰の為でもなく。
己の為に。

歩くだけ。
転がるだけ。
駆け抜けていくだけ。
それだけ。
それでいいだろう。

誰が為でなく。
己が為に。
夜通しでも。
いつまででも。
踊り続けてやるだけ。それだけ。

『Never Mind The Bollocks』'77年リリース。
セックス・ピストルズの1stにして唯一のオリジナル・アルバム。
(異なる解釈もあるでしょうが。このアルバム以外はねぇ・・・)
このピンクと緑の配色は米国(とカナダの)オリジナル盤のみのものだとか。
因みに先行した英国オリジナル盤には「Submission」は未収録で。
初版特典シングル盤として封入されていた為にジャケットに記載がなくて。
その版下をそのまま使ったのか。「Submission」を最初から収録しているこのアルバムでは。
わざわざその事を示すステッカーが裏ジャケに貼付されていたりします。
リリースされた当時は。特に日本ではそのセンセーショナルな行動の報道が先行していて。
ピストルズ、ひいてはパンクそのものに対する期待や幻想が膨らみ切っていたので。
それも作用してか。とても刺激的で新鮮なサウンドに感じられて、興奮して。
まぁ、今もその時の刺激や興奮が誤ったものだったとは思いませんが。
その後、色々と遡って様々なものを聴いた、その後でこのアルバムに針を落とすと。
何処かのギタリストみたいに、村八分じゃん!とは言いませんが。
ごくごくシンプルで、ストレートで。ある意味とてもオーソドックスなロックンロール。
それ以上でも、それ以下でもないなと感じたりはして。またその潔さに痺れてしまうのです。
誤解を恐れずに言えば。策士マルコム・マクラレーンが以前に仕掛けた、あのバンド。
そう、ニューヨーク・ドールズと。そのコンセプト、骨格は同一かなとも。
勿論、時代の違いや国の違い。そこは緻密に計算しているでしょうから意匠は異なりますが。
逆に言うと。厚顔にもそんな仕掛けをかます、そして当ててみせたマルコムは凄いなと。
そして。その仕掛け、その脚本を見事に演じてみせたピストルズの凄味がカッコいいなと。
邦題ではありませんが。勝手にしやがれ・・・その魅せる傍若無人振りが見事です。
そして。ジョニー・ロットンは逆手に取って、利用して。自由を、勝手にする権利をまんまと手にしたのですよね。

あぁ。
勝手にするさ。
言われるまでもなく。
勝手にさせてもらうさ。
そんなものさ。

どうせ。
どう転んだところで。
誰かの。
目には敵わないのだろう。
そうならば。

誰かの。
目など。
顔色など。
いちいち窺うなんて。
無意味なこと。

そんなこと。
投げ棄てて。
葬って。
誰の為でもなく。
己の為に。

謳うだけ。
楽しむだけ。
突き抜けていくだけ。
それだけ。
それでいいだろう。

誰が為でなく。
己が為に。
一日中でも。
いつまででも。
奏で続けてやるだけ。それだけ。

大人しく。
していても。
従っていても。
いいことなんか。
ありはしない。

それどころか。
他の誰かの。
勝手を押し付けられて。
勝手を押し通されて。
追い詰められるだけ。

大人しく。
していれば。
つけあがられて。
ろくなことには。
なりはしない。

それどころか。
他の誰かが。
ますます勝手に。
傍若無人に。
罷り通るだけ。

誰かの。
お気になど。
召さなくてもいい。
目になど。
敵わなくてもいい。

誰かの。
顔色など。
気にしなくていい。
窺わなくていい。
無駄なこと。無意味なこと。

誰が為でなく。
己が為に。
勝手にするさ。
勝手にさせてもらうさ。
それでいい。

誰かの。
仕掛けだと言うのなら。
脚本だと言うのなら。
そいつを乗っ取ってでも。
勝手にさせてもらうのさ。



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2017/12/03 Sun *発熱、余熱 / Various Artists

20171203livestiffliveukorg


発熱。
そう。
その時は。
よくわからなくても。
熱は発していたと。

初めての。
環境で。
現場で。
戸惑って。
わけの分からないまま。

そのまま。
出たとこ勝負で。
舞い上がったまま。
そのままで。
いってしまっても。

いったのだから。
いけたのだから。
それだけの。
それなりの。
熱量は発していたと。

その場。
その時。
わかっていなくても。
気づいていなくても。
そんなもの。

それだけ。
入り込んでいた。
そのまま。
いってしまった。
その発熱は無駄にはならないと。

『Live Stiff Live』'78年リリース。
前年に行われたステッィフのパッケージ・ツアーのライヴ・アルバム。
何でも当初は、エルヴィス・コステロとイアン・デューリー。
この2人の1stアルバムのプロモーション用のツアーとして企画されたものの。
結局はニック・ロウ、レックスレス・エリック、ラリー・ウォリスと。
当時のスティッフの看板アーティスト大集合のツアーへと発展したのだとか。
ダムドが参加していないのは・・・まぁ、カラーが違い過ぎるからですかね。
しかしこの顔ぶれ。パブ・ロック・ファンとしては垂涎ものですね。
コステロのバックはアトラクションズだし、デューリーのバックはブロックヘッズだし。
ニックとラリーのバックにはデイヴ・エドマンズも参加しているし。
ニックとラリーはお互いのバックに参加しているしと。夢の様な共演もあったりして。
で、どうにも個性派ぞろいと言うか、我の強い面子なので。対抗意識バリバリで。
トップ・バッターのニックも珍しくストレートにハードにブッ飛ばしていて。
いきなりグッと発熱させていて。続くエリックが独特の濁声でうねりを大きくして。
実はモーターヘッドの初代ギタリストでもあるラリーが暴走して燃え上がると。
ここまでのA面で。もう十分に火傷しそうな程に熱く、そして濃厚なのですが。
B面に移ってのコステロとデューリー。何でもトリを巡っての熾烈な争いもあったとかで。
結果的にツアー中は交互に務めたらしいのですが。このアルバムではデューリーがトリで。
その前のコステロの蒼白い炎を燃やすかの様な、怜悧な熱さが突き刺さってきて。
そしてデューリー、鉄壁のファンクネス、ブロックヘッズのビートに飛び乗って。
下世話に、太々しく。そして愛嬌たっぷりに歌う様はもう、圧巻の一言に尽きるのです。
ラストは総出でデューリーの「Sex & Drugs & Rock & Roll & Chaos」を。
勿論、主役はデューリー。しかしそれを奪おうと虎視眈々のコステロ達。凄いのですよね。
その発熱量ではデューリーが一番かな、でももう兎に角、全員熱くて。
その余熱を帯びたままに、その後の各自のライヴ、活動に繋がっていったのだろうなと。
スティッフが何故時代の寵児足りえたのか。このアルバムに針を落とせば一聴瞭然でわかるのですよね。

余熱。
そう。
今になって。
よくわかるのは。
あの熱は残っていると。

初めての。
環境に。
現場に。
戸惑いながらも。
わけの分からないままながら。

そのまま。
出たとこ勝負で。
舞い上がったままで。
そのままで。
いってしまったこと。

いったことで。
いかせたことで。
それだけの。
それなりの。
余熱は残せたのだと。

その場。
その時。
わかってなかったけれど。
気に留める余裕もなかったけれど。
それでも。

それだけ。
入り込んでいた。
そのまま。
やりきってしまった。
その意義の証が余熱だと。

無我夢中。
五里霧中。
何が何だか。
勢いと。
度胸だけ。

わけ分からず。
余裕はなく。
されども。
余力は残さず。
その結果だと。

出たとこ勝負。
舞い上がったまま。
入り込んで。
いききった。
その結果だと。

見得とハッタリ。
舞台度胸。
それだけで。
やりきった。
その結果だと。

あの日。
あの夜。
あの瞬間。
熱く。
発熱。

この日。
この夜。
この瞬間。
熱く。
余熱。

この。
余熱を。
更に熱く。
更に激しく。
発熱させてみたいのだ。



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2017/12/02 Sat *黒が白でも、白が黒でも / XTC

20171202whitemusic


黒が白でも。
それが。
どうした。
それの。
何が問題だと。

そもそも。
何が黒で。
何が白で。
そんなこと。
誰が決めるのだ。

誰かにとっての。
黒は。
誰かにとっては。
白で。
そんなもの。

黒でも。
白でも。
その見た目で。
その概念だけで。
何を決められるのだ。

黒だと思えば。
白で。
白だと思えば。
黒で。
そいつを楽しめばいい。

黒と白。
その境界を。
軽快に超えて。
黒が白でも。
楽しめればそれでいい。

『White Music』'78年リリース。
XTCの記念すべき1stアルバム。
パンクとニュー・ウェーブの狭間にあって。
当時はパンク・バンドとして紹介されていた様な。
実はニュー・ウェーブの先頭ランナーだったのかな。
アルバム・タイトルは黒い音楽を白人である自分達がやる。
その事に対する世間の視線、評価へのアンディ・パートリッジの挑戦だったとか。
そのリズムやビートには。レゲエやスカの影響が顕著で。2トーン勢との共通項も。
それでいて。やっぱりロックなのはその尖がった、そして混沌としたサウンド。
ここらはアンディと共にバリー・アンドリュースの個性でもあるのかな。
一筋縄ではいかないものの。基本的には尖がった疾走感が支配的であること。
そこには、やはりパンク・シーンから出てきたバンドであったのだと思わされますし。
ただそれが一直線の全力疾走ではないところがニュー・ウェーブの発芽なのかな。
おそらくは尖がって、走り抜けようとしていたのがバリーで。
アクセントと言うか、癖のある走り方を試みていたのがアンディだったのかなと。
その二つの個性が鬩ぎ合っているのが、このアルバムを魅力的なものにしているのだと。
どちらが欠けても。一方に寄り過ぎてしまう。黒は黒、白は白。単純な世界に陥っていたと。
そんなことを感じもするのですけどね。どちらにもより過ぎない混沌とした部分。
黒と白が。時に混ざり合い、時に入れ替わってしまう。そんな揺らぎがいいなと思います。
しかし。残念ながら。両雄並び立たず。バリーはこのアルバムと次作までで脱退。
そこからはアンディの言わば独壇場で。そのひねくれたカラフルな世界もいいのですが。
このアルバムにある、言わば未分化なXTC。それがどうにも好きなのですよね。

白が黒でも。
それが。
どうした。
それの。
何が問題だと。

そもそも。
何が白で。
何が黒で。
そんなこと。
誰が決めるのだ。

誰かにとっての。
白は。
誰かにとっては。
黒で。
そんなもの。

白でも。
黒でも。
その見た目で。
その概念だけで。
何を決められるのだ。

白だと思えば。
黒で。
黒だと思えば。
白で。
そいつを楽しめばいい。

白と黒。
その境界を。
軽快に超えて。
白が黒でも。
楽しめればそれでいい。

黒だと。
黒の領分だと。
思われていても。
その実は。
白かもしれない。

白だと。
白の分野だと。
語られていても。
その実は。
黒かもしれない。

黒と白。
その境界は。
明確な様で。
その実は。
曖昧かもしれない。

白と黒。
お互いに。
相反する様で。
その実は。
融合しやすいかもしれない。

黒は黒。
その概念に。
頑なになることが。
大きな。
落とし穴。

白は白。
そんな観念に。
囚われることが。
大きな。
損失を生んでいる。

黒が白でも。
白が黒でも。
それが。
どうしたと。
楽しんでしまえばいい。それだけのこと。



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2017/12/01 Fri *宿るものが / Kate Bush

20171201thekickinside


その瞳に。
宿るものが。
正であろうと。
邪であろうと。
意味はない。

ただ。
その瞳に。
魅せられて。
虜になった。
それだけのこと。

その。
代償として。
例えば。
石になったとしても。
構いはしない。

この。
風、吹き荒ぶ。
嵐、荒れ狂う。
荒涼とした世界で。
その片隅で。

鬱屈とした。
この日々に。
光が差し込んだ。
光に導かれた。
それだけのこと。

宿るものが。
何者であろうとも。
魅せられたまま。
導かれたまま。
殉じるだけの事。

『The Kick Inside』'78年リリース。
『天使と小悪魔』なる邦題でも知られるケイト・ブッシュの1stアルバム。
その瞳が印象的なジャケットですが。これ日本盤独自のものだったのですね。
いま、一般に知られているのは英国盤のジャケットなのかな。
米国盤も独自のジャケットで。一説では国によって異なるジャケットが6種類あるとか。
出会いがこのジャケット、この瞳だったので。どうも他のジャケットはピンとこないかな。
さて。針を落とすと。A面頭からあの印象的な歌声で。一聴したら耳から離れなくて。
ケイトならではの個性、その独特の魅力が満ち溢れ、展開される世界に。
もう、一気に魅せられて、虜になってと。好き嫌いは分かれるのだとは思いますが。
それにしてもこのアルバムのリリース時で未だ19歳。録音時は17歳から18歳かな。
それで、この完成度。確かに天使か、悪魔のなせる業かと思わされるものがあります。
さて。ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアにその才能を見出された故か。
プログレッシヴ・ロックの文脈で語れることも多かったケイトだったりします。
実際、そのサウンドも良く聞くと正統的な(?)プログレッシヴ・ロックに近くもあって。
しかし、そこに止まらせていないのは、やはりその歌声と表現力によるところなのかな。
ケイトの場合、歌っていると言うよりも、演じていると言う表現が相応しい気もして。
単なるシンガーではなく、パフォーマー、アーティストとしてあろうとしているのだなと。
1stアルバム、10代にして。既成のジャンル、カテゴリーを超えていたのだなとね。
ただ。当時はそれがマネージメントにさえ正しく理解されていたかは疑問で。
なんか英国の新しいアイドル(?)として東京音楽祭に出演させられていたりもして。
如何にも場違いで。明らかに困惑しているその様を今でも鮮明に覚えていたりしますが。
あれが最初にして最後の来日なのかな。その後は評価を確かなものとして。
悠々と独自の世界を築き続けていますが。その根底にあるものはこのアルバムの頃から変わらないかなと。

その声に。
宿るものが。
聖であろうと。
俗であろうと。
意味はない。

ただ。
その声に。
奪われて。
囚になった。
それだけのこと。

その。
報償として。
例えば。
難破したとしても。
構いはしない。

この。
雨、降りしきる。
嵐、猛り狂う。
殺伐とした世界で。
その片隅で。

鬱積とした。
この日々に。
明りが灯された。
明りに導かれた。
それだけのこと。

宿るものが。
何者であろうとも。
奪われたまま。
導かれたまま。
殉じるだけの事。

その瞳に。
宿るものが。
善であろうと。
悪であろうと。
意味はない。

その声に。
宿るものが。
神であろうと。
魔であろうと。
意味はない。
ただ。
その瞳に。
魅せられて。
虜になった。
それだけのこと。

ただ。
その声に。
奪われて。
囚になった。
それだけのこと。

その。
代償として。
例えば。
この身を滅ぼしても。
構いはしない。

その。
報償として。
例えば。
この心を失ったとしても。
構いはしない。

宿るものが。
何者であろうとも。
魅せられたまま。
導かれたまま。奪われたまま。
殉じるだけの事。

魅惑され。
蟲惑され。
虜になった。
宿るものが。
何者であろうとも。構いはしない。



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«2017/11/29 Wed *頭の外、頭の他 / The Pirates