2017/10/13 Fri *新しい歌が / Donny Hathaway

20171013donnyhathaway


ひょっとしたら。
もしかしたら。
新しい歌が。
聴こえてくるかも。
そんな期待が過る。

今は。
未だ。
微かな。
ざわめきだとしても。
確かに。何かが。

芽を出し。
その息吹が。
風になろうと。
その機を捉えようと。
窺っている。

その。
小さな。
ささやかな。
鼓動に。
期待を寄せてみる。

そっと。
背中を押しながら。
ぐぃっと。
手を引きながら。
語りかける。

焦るなかれ。
騒ぐなかれ。
そうして。
少しずつ。
歌声を高めてごらんと。

『Donny Hathaway』'71年リリース。
ダニー・ハサウェイの2枚目となるアルバム。
その生涯に。ソロとしてのスタジオ・アルバムは僅かに三枚。
その中でも。一際、穏やかで。故に地味な印象を持たれがちなアルバムです。
全8曲の殆どがカヴァーで。ダニーのオリジナルは一曲のみ。
そのことも。このアルバムの印象を薄いものにしているのかもしれません。
あまりにも内省的で。あまりにも静かで。静謐などと言う言葉が浮かびもします。
しかし。それが故にダニーの才能。選曲のセンスや、アレンジャーとしての能力の高さ。
正規な音楽教育を受けて。ジャズやクラッシクの素養もあったダニー。
そのミュージシャン、アーティストとしての才能が如何に素晴らしいものであったかと。
否が応でも、そのことを痛感させられ、痺れてしまう。そんなアルバムです。
柔らかで、優しくて、温かくて、そして力強くて。そしてやはり繊細で。
そんなダニーの個性と言うか、ダニーと言う人間、そのものが滲み出てきていて。
その鍵盤の音色、その歌声。そして寄り添う様なストリングス。その総てに。
ダニーの創造した総てのものに。その懐に深く抱かれている様な感覚が呼び起こされます。
人の思い、意思。それは声高に叫ばなくても。伝わり、届き、共鳴し、広がるものだと。
そう感じさせてくれる。そこにダニーの新しさ、ニュー・ソウルの旗手たる所以があったと。
「Little Girl」はその穏やかな昂揚感でもって作者のビリー・プレストンを驚愕させて。
そして。あの。レオン・ラッセルの「A Song For You」も完全にダニーの歌になっていて。
そのソウルフルな歌声と、ジャージーでクラシカルなアレンジによって。
まるで別の世界へと飛翔したかの様な。そんな新しい歌へと生まれ変わっているのです。
内省的で。繊細で。そんな新しい感覚をソウルに持ち込んだダニーならではの新しい歌。
その歌声があまりにも早く失われてしまったことを、やはり惜しまずにはいられないと強く感じす。

ひょっとしたら。
もしかしたら。
新しい歌が。
歌えるかもしれない。
そんな期待が浮かぶ。

今は。
未だ。
ほんの。
囁きだとしても。
確かに。何かが。

頭を擡げ。
その視線が。
礎になろうと。
その機を逃すまいと。
輝いている。

その。
小さな。
ささやかな。
胎動に。
希望を乗せてみる。

しっかりと。
背中を支えながら。
時には。
道を示しながら。
語りかける。

慌てるなかれ。
逸るなかれ。
そうして。
少しずつ。
歌声を高めていこうと。

その。
瞳の。
その。
笑顔の。
語るもの。

そこにある。
思い。
そこにある。
意志。
その輝き。

それが。
本物ならば。
それが。
真っ当ならば。
迷うことはない。

思いが。
無ければ。
意志が。
無ければ。
何も始まらないのだから。

その。
思いが。
意志が。
新しい歌を。
生むだろう。

だから。
焦るなかれ。
騒ぐなかれ。
慌てるなかれ。
逸るなかれ。

微かな。
ざわめきを。
ほんの。
囁きを。
結実させるため。

少しずつ。
歌声を高めてごらん。
歌声を高めていこう。
ほら。新しい歌が。
聴こえてくる、歌えている。



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2017/10/12 Thu *愛でなくていい / Betty Davis

20171012antilove


愛でも。
恋でも。
何でもいい。
否。
どうでもいい。

この気持ち。
そいつは。
確かなのだから。
呼び名など。
どうでもいい。

例え。
愛とは呼べない。
恋とも呼べない。
そうなら。
それでもいい。

身を切られるほど。
切なくて。
心を乱されるほど。
苦しくて。
そして。何よりも。

震えるほどに。
それほどに。
愛しくて。
抱きしめたくて。
堪らない。

愛でも。
恋でも。
何でもいい。
この気持ちに。
忠実でいたいだけ。

『Anti Love The Best Of Betty Davis』'95年リリース。
褐色のファンキー・ディーヴァ、ベティ・デイヴィスのベスト・アルバム。
あのマイルス・デイヴィスと結婚していたこともあり創造のディーヴァでもあったベティ。
元々は今で言うスーパー・モデルで。ジミヘンとかクラプトンとも交流(?)があって。
マイルスとジミヘンを引き合わせたのは他でもないこのベティだったのだとか。
マイルスとはあっさり別れたものの。そのままデイヴィス性を名乗り続けて。
そして。超ド級のファンキーなアルバムを引っ提げて音楽シーンに颯爽とデビューしたと。
活動期間そのものは短くて。'73年にデビューして。'70年代後半にはフェード・アウト。
しかしながら。残された3枚のアルバムは。どれも素晴らしくファンキーな傑作で。
特に、1stアルバムは数多あるファンクのアルバムの中でも最高峰に近いかなと。
そんな3枚のアルバムから12曲が選ばれて収録されているのですが。
まぁ、何とも。実にファンキーで、実にご機嫌で。その迫力、凄味に改めて震えがきます。
ラリー・グラハム、コーネル・デュプリー、グレッグ・エリコ、ニール・ショーンと。
豪華で、腕の確かな面子がこぞって参加して叩き出しているそのサウンドの素晴らしさ。
そして。それを従えて。ある意味では奇声とも言える歌声で迫ってくるベティ。
その咆哮に宿る、タフで、ラフで、セクシーで、エロティックなファンクネス。
傍若無人とさえも言えそうな。その自信に満ち溢れたあり様、存在が痛快なのです。
間違っても上品とは言えないし。お洒落でもなく、お行儀もよくないのですが。
それが。どうしたと。そんなことはどうでもいい。これがいいなら、これが気持ちいいなら。
必要なのは。それに忠実であること。それに素直であること。それだけだと。
それが何と呼ばれようと、それで何を言われようと。構いはしないとの揺るぎなさ。
好きなら、もっと好きに。好きなら、とことん好きに。その潔いまでの愛しさに殉ずる様が堪りません。

愛だろうが。
恋だろうが。
何でも構わない。
否。
どうでもいい。

この気持ち。
そいつは。
揺るがないのだから。
名称など。
どうでもいい。

例え。
愛とは言えなくても。
恋とも言えなくても。
そうなら。
それでもいい。

身が焼けるほど。
甘くて。
心が蠢くほど。
激しくて。
そして。何よりも。

震えるほどに。
それほどに。
愛しさが募って。
抱きとめたくて。
堪らない。

愛でも。
恋でも。
何でもいい。
この気持ちに。
素直でいたいだけ。

こんなのは。
そんなのは。
許されないと。
認められないと。
言うのなら。

愛でなくていい。
恋でなくてもいい。
そんな言葉には。
何の意味も。
何の価値も無い。

こんなのは。
そんなのは。
違うと。
間違いだと。
言うのなら。

愛なんかどうでもいい。
恋なんかどうでもいい。
その定義になど。
何の興味も。
何の力も感じない。

形式も。
結果も。
何でもいい。
否。
どうでもいい。

叶わなくても。
敵わなくても。
何でもいい。
否。
どうでもいい。

そう。
愛でなくていい。
恋でなくていい。
この思いに。
殉じられればそれでいい。



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2017/10/11 Wed *夕暮れ時は / Bobby Womack

20171011womagic


夕暮れ時。
何の。
根拠も無いけれど。
何かが。
起きるのではと。

そんな。
不思議な。
予感が。
胸に浮かび。
過ったりする。

昼と夜の。
その間。
残照。
余熱。
静かな高鳴りを誘う。

そんな。
何ものかが。
空気の中に漂い。
街角で待ち構えている。
その気配。

これからの。
ひと時が。
少しだけ。
特別なものになる。
予感が確信へと。

そう。
真昼でもない。
真夜中でもない。
夕暮れ時は。
魔法の時間かもしれない。

『Womagic』'86年リリース。
ザ・ラスト・ソウルマン、ボビー・ウーマック。
傑作として名高いポエット三部作に続くアルバム。
そして、MCA第一弾となったアルバムでもあります。
そのポエット三部作の評判があまりに高い為に、その陰に隠れている様な。
もっと言えば。割を食った感じもあるアルバムとも言えるかもしれません。
確かにあの三枚が素晴らしいのは確かですが。少しばかり流行り過ぎた感じもあって。
それはボビー自身も意識してはいたのかな。レコード会社の移籍をきっかけにもしたのか。
一曲を除いては。メンフィスの手練れたちとのメンフィス録音となっていて。
原点回帰を目指したのかと思われるふしもあったりします。
旧知であろうアンドリュー・ラヴらが奏でる極上のサウンドをバックに。
これまた極上の歌声で、ソウルフルに迫ってくるボビー。胸に迫るものがあります。
時代が時代だけに。安易なアレンジや、安っぽい音が皆無とは言えないのですが。
それをものともしないボビーの情感のこもった熱い歌声。流石はラスト・ソウル・マンです。
伊達や酔狂でサム・クックに認められたわけではないと。そんな男の矜持を感じさせます。
時に狂おしいほどに官能的で。時に身を切るほどに切なく。男心を歌い上げています。
その歌声には、まさにアルバム・タイトル通りにボビーならではの魔法があるのかなと。
実のところ。この次のアルバムからのボビーは、どうにも物足りなくなってしまうと言うか。
ボビー・ウーマック、ボビー・ウーマックを演じるみたいな技巧に走り過ぎの感があって。
それを思うと。そのキャリアの転機、黄昏、夕暮れ時のアルバムであったとも思われて。
それ故に。黄昏、夕暮れ時ならではの魔法の時間が流れていたアルバムでもあったかなと。
それにしても。「(I Wanna) Make Love To You」の官能。「I Can't Stay Mad」の切なさ。
その両極をさらりと見事に歌いきってしまうボビー。魅せられてしまうのですよね。

夕暮れ時。
特に。
理由も無いけれど。
何かが。
変わるのではと。

そんな。
不思議な。
予兆が。
胸に起こり。
ざわめいたりする。

昼から夜へ。
その間。
ほとぼり。
残り香。
静かな昂ぶりを唆す。

そんな。
何ものかが。
空気の中を舞い。
街角で微笑みかけてくる。
その気配。

これからの。
ひと時が。
少しだけ。
一際なものになる。
予兆が現実へと。

そう。
真昼とも違う。
真夜中とも異なる。
夕暮れ時は。
魔法の時間かもしれない。

久し振りの。
この時間が。
いつもと。
少し。
違うのは。

重ねてきた。
この時間が。
いつもと。
少し。
異なるのは。

慣れ親しんだ。
その。
空気が。
動き始めた。
そう思えるのは。

馴染んでしまった。
その。
距離が。
変わり始めた。
そう感じるのは。

空気の中に漂い。
街角で待ち構えていた。
静かな高鳴りを誘った。
そんな。
何ものかのせい。

空気の中を舞い。
街角で微笑みかけてきた。
静かな昂ぶりを唆した。
そんな。
何ものかのおかげ。

そう。
陽の光と。
月の明かりが出会う。
夕暮れ時は。
魔法の時間に決まっている・・・



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2017/10/10 Tue *夢、希望、その自由 / Patti Smith

20171010dreamoflife


夢は。
見られない。
希望は。
抱けない。
そんな時代。

そんな時代だからこそ。
顔を上げよう。
上を向こう。
前を見つめよう。
そう、決めてしまおう。

刀、折れ。
矢、尽き。
翼、もがれようとも。
手が動くなら。
足も動くなら。

拳を握りしめ。
膝に力を入れて。
立ち上がり。
跪かぬ様に。
未だ、終わりではないのだと。

それこそ。
微笑みの一つでも。
口の端に浮かべて。
さぁ、いこうぜと。
誰かに笑いかけて。

夢も。
希望も。
ありゃしない。
ならば。
新しく生みだせばいい。

『Dream Of Life』'88年リリース。
パティ・スミス、5枚目にして長い沈黙を破ったアルバム。
デビュー以来、コンスタントに活動を続けて。
その言霊で、世界に問いを投げかけ、人々を鼓舞し続けていたパティ。
そんなパティが、絶頂期に伝えるべきことは伝えたと言い残して。
フレッド・ソニック・スミスとの結婚生活、そして育児の為に第一線を退いたと。
それは大きな驚きであると同時に。もう戻ってこないだろうなと思っていたのですが。
9年振りに、フレッドの支えもありカムバック。そしてリリースされたこのアルバム。
先ずはこのジャケットに驚かされたかな。強い意志のある眼差しは依然と同じ。
でも。その表情、そしてそこから醸し出される空気の穏やかであること。
あぁ、パティは妻に、そして母になったのだなと。その時に初めて実感したのかも。
アルバム全編を通してのサウンド、そして覆う匂いも以前とは異なっていて。
丸みを帯びて、潤って、豊かになったかなと。その変化にはかなり戸惑ったかな。
何せ。ニューヨーク・パンクの女王だったのですから。その剃刀の様な存在感。
それにやられて、痺れてしまっていた身としては。正直、これが同じパティなのかとも。
ただ。繰り返し聴いていくうちに。ふと気づかされて。そうかこれもパティなのかと。
表情は穏やかで、その歌声には慈愛が満ちて。それを破綻の無いサウンドが包んで。
それでも。パティの歌声は、その言霊は伝わってくると。いきなり鋭く刺さらなくても。
その厳しさと愛に満ちた歌声、言霊が。じわりじわりと胸の内に染み込んでくるのだと。
何故か。パティの眼に映るもの、言葉に、歌にしようと思うもの、伝えたいと言う意思。
それに些かの変化も無いからなのではと。変わらずに怒り、闘い、愛するパティだからだと。
当時も。時代や世界の状況は絶望的だったはずで。それでも。それだからこそ歌うのだと。
A面頭の「People Have the Power」の何と温かく、何と力強く、何と励まされることか。
恐らくジョン・レノンのことが頭にあったのでしょうが。歌い継ぐ決意表明でもあるのかな。
どんな時代でも、どんな世界でも。我々には夢を見る力、自由は残されている。それを忘れてはならないとね。

夢も。
見られない。
希望も。
抱けない。
そんな世界。

そんな世界だからこそ。
俯かずに。
空を見上げよう。
前だけを見よう。
そう、決めてしまおう。

刀は折られた。
矢は届かなかった。
翼も力を失っても。
意思は変わらない。
勇気も衰えていない。

息をいっぱい吸い込み。
胸を張って。
眼に力を宿して。
立ち続けよう。
未だ、終わりにはできないのだと。

それこそ。
冗談の一つでも。
口の端に上らせて。
なぁ、いけそうだぜと。
誰かと笑いあって。

夢も。
希望も。
失われた。
ならば。
もう一度生みだせばいい。

走れなくなった。
でも。
まだ。
歩けるだろう。
ならば、それでいい。

怒れなくなった。
でも。
まだ。
口惜しいだろう。
ならば、それでいい。

笑えなくなった。
でも。
まだ。
微笑みは浮かぶだろう。
ならば、それでいい。

泣けなくなった。
でも。
まだ。
涙、こぼれるだろう。
ならば、それでいい。

顔を上げよう。
空を見上げよう。
前だけを見つめよう。
やせ我慢でも。
構わないから。

拳を握りしめよう。
膝に力を入れよう。
胸を張ってみせよう。
震えていても。
構わないから。

夢も。
見られない。
希望も。
抱けない。
そんな時代。そんな世界。

それでも。
俺達には。
夢を見る。
希望を抱く。
力はある。自由はある。

夢も、希望も、まだここにあるのだ。



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2017/10/09 Mon *傷だらけの人生 / Johnny Thunders

20171009hurtme


これでも。
実は。
気が小さくて。
臆病者で。
そんなものだから。

あっちで。
こっちで。
躓いて。
引っ掛かって。
その繰り返しで。

体の。
あちらも。
こちらも。
傷だらけで。
沁みたりする。

それでも。
傷だらけの。
そんな経験から。
感じられることもある。
知ることもある。

ひとつ。
ひとつの傷が。
呼び覚ます。
震わせる。
戒める。

一人。
一人で。
その傷を。
その代償を。
引き受けて、ここにいる。

『Hurt Me』'84年リリース。
ジョニー・サンダースの弾き語りによるアルバム。
全19曲、ただひたすらにアコギで弾き語るジョニーです。
ニューヨーク・ドールズやハートブレイカーズ時代に陽の目を見なかった。
そんなナンバーもあれば。『So Alone』に収録されていたナンバーの再演も。
勿論、新たなジョニーのオリジナル・ナンバーも聴くことができるし。
ボブ・ディラン、P.F.スローン、そしてローリング・ストーンズのカヴァーも。
嘘偽りのない、ジョニーの心象風景のスケッチと言ったところかな。
恐ろしく無垢で純粋な孤独の魂。ジョニーを聴くといつもそんな言葉が浮かぶのですが。
特にこのアルバムに針を落とすと。その思いが強くなるかな。
どうしたら、ここまで。無防備に己と言うものを晒すことを恐れずにできるのか。
どうしたら、その剥き出しの己と言うものをカッコいいロックンロールに昇華できるのか。
憧れ、焦がれ。でも永遠に届かない存在。そんなジョニーがここにいるのです。
シド・ヴィシャスに捧げられたと言うオリジナルの「Sad Vacation」に始まり。
スローンの「Eve Of Destruction」、ディランの「It Ain't Me Babe」ときて。
ストーンズの「I'd Rather Be With The Boys」なんてマニアックなナンバー。
そして「You Can't Put Around Your Memory」に「Lonely Planet Boy」など。
何らかの意図をもって選ばれたのか。それとも思いつくままに爪弾いた中から選んだのか。
恐らくは後者だと思われるのですが。結果としてあるものの姿が浮かんできているかなと。
それこそが。まさに傷つくことを、あるいは傷を晒すことを厭わない、恐れない。
そんなジョニーの姿勢、そして。ジョニーの無垢で純粋な孤独の魂そのものだと思うのです。
あまりに赤裸々でもあり。時に思わず目を背け、耳を塞ぎたくもなるのですが。
そんな姿勢、そんな魂。それをもってしか表現できない、伝えられないものもあるのです。
このアルバムから逃れること、それはロックンロールから逃れることにもなる気がするのです。

これでも。
実は。
神経が細くて。
甘ったれで。
そんなものだから。

あっちで。
こっちで。
転んで。
切りつけられて。
その繰り返しで。

心の。
あちらも。
こちらも。
傷だらけで。
血が流れ続けている。

それでも。
傷だらけの。
そんな経験でのみ。
感じられないものもある。
得られるものもある。

ひとつ。
ひとつの傷が。
思い出させる。
刻みつける。
諫める。

独り。
独りで。
その傷を。
その代償を。
引き受けて、ここにある。

そこまで。
どこまで。
この道を。
その道を。
いこうというのか。

そこまで。
どこまで。
頑なに。
譲らずに。
いこうというのか。

あっちで。
こっちで。
いたるところで。
躓いて。
引っ掛かって。

あそこでも。
ここでも。
いたるところで。
転んで。
切りつけられて。

体も。
心も。
傷だらけ。
沁みている。
血が流れている。

呼び覚まされる。
震わされる。
思い出される。
刻みつけられる。
そのことを。そのものを。

一人で。
独りで。
その傷を。
その代償を。その対価を。
引き受けて、ここにいる、ここにある。

受傷の。
受傷続きの。
傷だらけの人生。
そいつが愛しい。
夜がある。



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2017/10/08 Sun *楽しい! / Flamin Groovies

20171008supernazz


ロックンロールは。
楽しい!
そう。
楽しいのだ。
聴くのも、観るのも。

別に。
難しいことじゃない。
大袈裟に構えることもない。
ただただ。
素直に反応して。

そのままに。
心の赴くままに。
揺れて、揺られて。
弾んで、跳んで。
それでいい。

有名だとか。
無名だとか。
売れているとか。
売れていないとか。
どうでもいい。

感じるか。
動くか。
反応するか。
その一点勝負。
ロックがロールしていればいい。

ロックンロールは。
楽しい!
それだけ。
意外と難しくもあるけれど。
楽しいと感じるなら、それがいい。

『Supernazz』'69年リリース。
ジャケットも楽しいフレイミン・グルーヴィーズの1stアルバム。
この正体不明のキャラクター、ネズミー・ランドのあれのパロディかな。
サンフランシスコ出身のフレイミン・グルーヴィーズ。実にご機嫌で正体不明。
キャッチーでポップなロックンロール。でもサイケで、ガレージで、パンキッシュでもあり。
国籍も不明で。この軽快なビートは、ブリティッシュ・ビートのそれだろうと。
なのに。そのサイケはアメリカ西海岸の香りがプンプン漂ってもいて。面白いなと。
まぁ、あの時のシスコですからね。サイケデリックとかフラワー・ムーブメントの影響下で。
でもやっている本人達は、ブリティッシュ・ビート勢に憧れていたと。
それが混じって、合わさって。その結果として自然と独自な世界に辿り着いたのかな。
思えば。ブリティッシュ・ビートの源流は、その実はアメリカのR&B、ロックンロールで。
そいつが一周して帰ってきて。こんなご機嫌なバンド、アルバムを生み出したと言うのが。
その因果応報と言うか、輪廻転生と言うか。音楽と言うのは面白い生き物なのだなと。
やっていることは。本当にシンプルで。大上段に構えるでもないし、大言壮語もしないと。
そんなに凄いテクニックもないし、明らかにチープなB級な匂いが漂っていると。
でも。理屈抜きに楽しいと。滲み出るアメリカならでは突き抜ける明るさ、陽性なメロディ。
支えているのはブリティッシュなビートである。雑種な感じも楽しさを倍加させていると。
カヴァーも、オリジナルも。同等に血肉と化している。その無差別なところも素晴らしく。
「The Girl Can't Help It」における消化力、換骨奪胎している様は痛快の一言です。
メンバー・チェンジを繰り返しながら活動を続けて。パワー・ポップなサウンドに接近。
更にはイギリスに渡って。それこそパブ・ロックとも言えるアルバムをリリースするし。
どこまでも、どこか捉えどころのない正体不明さを貫き続けたフレイミン・グルーヴィーズ。
でも。ロックンロールは楽しいのだと。そう感じさせてくれる。その一点に関しては。
このアルバムから、終始一貫として変わることはなかったのですよね。

ロックンロールは。
楽しい!
そう。
楽しいのだ。
歌うのも、弾くのも。

別に。
難しいことはできない。
大袈裟ななど構えられない。
ただただ。
素直な反応の。

そのままに。
心の赴くままに。
声にして、口ずさんで。
弾いて、刻んで、叩いて。
それでいい。

ずれていようが。
上ずろうが。
走っても、もたっても。
どさくさになっても。
それでもいい。

感じたまま。
動かされたまま。
反応したまま。
その一点勝負。
ロックがロールしていればいい。

ロックンロールは。
楽しい!
それだけ。
存外に難しくはあるけれど。
楽しいと感じるなら、それでいい。

軽快で。
浮く様に。
そして。
明るく。
輝いて。

この胸に。
届いて。
響いて。
この腰が。
揺れ始める。

簡単で。
真っ直ぐに。
そして。
力強く。
訴えて。

この胸を。
掴んで。
捕えて。
この足が。
駆けだしたくなる。

そのままに。
心の赴くままに。
体の感じるままに。
その反応のそのままに。
一点勝負。

難しいことじゃない。
大袈裟に構えることでもない。
声高に叫ぶ様なことでもない。
大言壮語も必要ない。
そのままでいい。

ロックンロールは。
楽しい!
それだけ。
意外と難しくもあるけれど。
楽しくあれるなら、楽しくやれるなら、それでいい。



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2017/10/07 Sat *より深く愛した者は / Southside Johnny & The Asbury Jukes

20171007loveisasacrifice


より深く。
愛した者は。
より深く。
罰せられる。
そんなところ。

理由など。
ありもしない。
理屈など。
通りもしない。
そんなもの。

ただ。
愛してしまった。
それだけ。
それだけ故に。
罪となる。

止められなかった。
落ちてしまった。
それは。
耐え難くも。
甘くもあるもの。

それを。
知りながら。
その実を。
手にしてしまった。
その代償と言うこと。

まぁ。
いいだろう。
どれだけの。
犠牲を払ったとしても。
止まりはしないのだから。

『Love Is A Sacrifice』'80年リリース。
サウスサイド・ジョニー&アズベリー・ジュークス。
世界一のバー・バンドとも称されるジョニーとジュークス。
その通算5枚目にして、マーキュリーでは2枚目となるアルバム。
ニュージャージーはアズベリー、そうブルース・スプリングスティーンと同郷で。
ブルースの盟友、そんな文脈で語られることが殆どのジョニーです。
実際、その縁もあってか注目されて。エピックとの契約を獲得して。
ブルースのナンバーを含み、同じく盟友のマイアミ・スティーヴンも深く関わった。
そんなエピック時代の3枚のアルバムがそのキャリアに於いても注目されがちですが。
逆に言うと。あまりにもブルースの影が濃すぎて。そこから抜け切れていないと。
そんなジョニーにとって。移籍してスプリングスティーン達と距離を置くのは必然だった。
そう思えるほどに。このアルバムでのジョニーの歌声は実に生き生きと輝いています。
ブルースに深く傾倒して。ブルースばかり歌っていたからサウスサイドとの渾名を得た。
そんなジョニーにはブルースとは異なる魅力があって。それを生かさない手は無いと。
そう。その歌声に宿る黒っぽさ。ブルー・アイド・ソウル・シンガーとしての魅力。
それはこのマーキュリー時代により発揮されることになったと感じられるのです。
前作ではマッスル・ショールズに乗り込み、バリー・バケットにプロデュースを委ねて。
このアルバムではその成果をニュージャーニーに持ち帰り、自らプロデュースを手掛けて。
自らの魅力を自らの手で引き出すことに成功した。それがこのアルバムかなと。
「Why Is Love Such A Sacrifice」での女性コーラスとの掛け合いなど実に絶品なのです。
マーキュリーでのレーベル・メイト、グラハム・パーカー&ルーモアにも通じる。
パブ、そしてバーが似合う。そんな酒と煙草の匂いのソウルフルなロックンロールなのです。
結局。そんなバー・バンドに、その世界に殉じてしまった感もあるジョニーですが。
それだけ深く、自らの信じるところを愛してしまった故なのだろうなと。感傷的に過ぎるかもですが。

より深く。
愛した者は。
より重い。
罰を受ける。
そんなところ。

理性など。
利きもしない。
倫理など。
通じもしない。
そんなもの。

そう。
愛してしまった。
それだけが。
それだけだから。
罪となる。

抑えられなかった。
溢れてしまった。
それは。
苦しくも。
狂おしくもあるもの。

それを。
知りながら。
その実を。
口にしてしまった。
その生贄と言うこと。

まぁ。
いいだろう。
どれほどの。
犠牲を払ったとしても。
抑えられはしないのだから。

耐え難いのだと。
苦しいのだと。
そんなことは。
知りながら。
知りぬきながら。

それでも。
尚。
それ故の。
甘さが。
狂おしさが。

理由も。
理屈も。
理性も。
倫理も。
存在を失わせる。

止められなかったのも。
落ちたのも。
抑えられなかったのも。
溢れてしまったのも。
確信犯。

そう。
総てを。
知りながら。
その実に手を伸ばし。
その実に唇を寄せ。

代償。
生贄。
どれだけの。
どれほどの。
犠牲も厭いはしない。

愛してしまった。
ただ。
深く。
愛してしまった。
それが罪となる。

より深く。
愛した者は。
より深く。より重く。
罰せられる。
それならば。

その罪を受けるだけ。



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2017/10/05 Thu *一人だとしても / George Thorogood And The Destroyers

20171005maverick


忘れて。
流されて。
組して。
あぁ。
そうなのだろうな。

こんなはずじゃと。
そう思いながら。
その居心地の良さに。
埋没してしまえば。
楽なのだろうな。

考えなくていい。
感じなくていい。
昂揚を手放せば。
失望も手放せるのだ。
安らぐのだろうな。

目を閉じて。
耳を塞いで。
否。
見えない振りをして。
聞こえない振りをして。

あれも。
これも。
総て忘れてしまったのだと。
総て流されてしまったのだと。
そういうことにしてしまう。

楽なのだろうな。
安らぐのだろうな。
だとしても。
冗談じゃない。
全力で逆らってやろう。

『Maverick』'85年リリース。
ジョージ・サラグッド&デストロイヤーズ。
もう40年程は。愚直にロックンロールとブルースをやり続けている。
そんないかした奴等の何枚目かのスタジオ・アルバム。
商業的には一度も大ブレイクしたことは無いのだけれど。一度も立ち止まらず。
故にそのアルバムの枚数も結構な数に上るのだけれど。
正直、いい意味で変わらないので。どれがどれだかで。枚数も判然とせず。
否、調べればわかるのだろうけど。そんなことは意味が無いかなと。
その中でもこの頃は比較的、その名前や音をよく耳にした記憶があるのだけれど。
恐らくは。下らない、箸にも棒にも掛からない。そんな音、音楽が氾濫していた時代に。
真っ当なロックンロールやブルースを必要とする。そんな天邪鬼、反逆者達が結構いたと。
そんなことの証なのかも。どんな時代にも良心と言うのは死に絶えないと。
大袈裟に言えばそんな感じで。その良心のオアシスの一つではあったのだろうな。
何の衒いも、ハッタリも無い。一本気で、無骨で、本当に骨太で。
その正面突破を図るかの如きの、ゴリゴリな力技が何とも言えずにご機嫌なのです。
その潔さ。わき目も振らず、徒に振り返りもせず。前だけを見つめて進み続けて。
寄らない、群れない、組みしない。忘れず、流されず、屈せず。折れずに貫く。
頑固と言えば頑固。頑なと言えば頑な。それもここまでやれば立派なものだと。
軽佻で、浮薄で、華美で。どんなに持て囃され様と。そんな風潮には目もくれなかったと。
アルバム・タイトル通りの、異端者、反逆者、一匹狼。その佇まいには痺れざるを得ない。
世の中には素晴らしいロックンロールやブルースがある。オリジナルなんて必要ないと。
確かそう嘯いていたジョージ。このアルバムにはオリジナル・ナンバーも含まれていますが。
カヴァーであろうと、オリジナルであろうと。総てジョージのロックンロール、ブルース。
その血の通った様、血となり肉となっている様。それが堪らなく好きなのだな。

寄って。
群れて。
烏合して。
あぁ。
そうなのだろうな。

これはおかしいと。
そう思いながら。
その程よいぬるま湯に。
耽溺してしまえば。
楽なのだろうな。

考えることを放棄して。
感じることも投げ棄てて。
希望を手放せば。
絶望も手放せるのだ。
安らぐのだろうな。

頭を止めて。
心を閉じて。
否。
愚者の振りをして。
不感症の振りをして。

あれも。
これも。
誰かの言うとおりなのだと。
皆と同じでいいのだと。
そういうことにしてしまう。

楽なのだろうな。
安らぐのだろうな。
だからこそ。
我慢できない。
全力で背いてやろう。

忘れてたまるか。
流されてたまるか。
組してたまるか。
そう簡単に。
諦めはしない、できない。

寄ってたまるか。
群れてたまるか。
烏合の衆になれるか。
そう簡単に。
納得はしない、できない。

居心地の良さ。
そいつを。
疑うのだ。
そいつに。
埋没する前に。

ぬるま湯から。
そこから。
上がるのだ。
そいつに。
耽溺する前に。

見えている。
聞こえている。
それが事実。
目を閉じるな。
耳を塞ぐな。

考えている。
感じている。
それも事実。
頭を止めるな。
心を閉ざすな。

昂揚があれば。
失望もある。
希望もあれば。
絶望もある。
そいつを恐れるな。

楽だとしても。
安らぐとしても。
それは。
欲していたものではない。
求めていたものではない。

頑固に。
頑なに。
風潮などに目もくれず。
異端者でいよう。
一人だとしても。

それに。
実のところ。
一人じゃない。
そのことは。
知っているしね(笑)。



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2017/10/04 Wed *走り抜けなくちゃ / The Motors

20171004one


戦場では。
走れなくなったら。
最後だ。
そんな。
台詞があったけど。

戦場だけじゃなくて。
いつだって。
どこだって。
走れなくなったら。
そこで終わりだと。

退屈で、
平凡に思える。
そんな日常でも。
走らなくちゃ。
走れなくちゃ。

それでも。
息をするだけなら。
それだけなら。
それだけでいいなら。
生きていることにはなる。

でも。
楽しみたいなら。
面白おかしく。
それでこそ生きている。
そう思いたいのなら。

モーターを。
エンジンを。
フルに稼働させて。
全速力で。
走り抜けなくちゃいけないのだ。

『1』'77年リリース。
愛すべきB級パワー・ポップ・バンド、モーターズ。
そのあまりと言えばあまりな、ジャケットに先ずは惹かれます。
お揃いの?ダサいTシャツとデニムに身を包んで気勢を上げる四人の男。
とりたててルックスも良くないし、それほど若くも無いかなと。
一体、どんなサウンドなのか。そもそも、これで売れる気があるのかと。
それが針を落とすと。鳴り響くのは実にラウドで痛快なロックンロールであると。
しかもそれがどこかあか抜けていなくて、どこか時代遅れな空気を身に纏っていると。
なのに、その疾走する感覚と。妙にキャッチーなメロディに心を鷲掴みにされると。
もう、B級パワー・ポップとしての必要十分条件を余さず満たしているのですね。
好きなのですよね。この無性に走りだしたくなる、叫びだしたくなる、そんなロックンロールが。
邦題の『暴動野郎』ってのは。恐らくはパンクを意識した担当者がやっちゃったのかな。
でも、その実は言いえて妙だったりもして。隠れた名邦題かもしれないなと。
「Dancing The Night Away」「Dancing In The Morning Light」「Whiskey And Wine」…
そして「Summertime (Is Calling)」と。各ナンバーのタイトルも如何にもで。
そう。大人になれない、精神は高校生のままの、そんな男達がやっているのだなと。
パンクと呼ぶには、あるいはニュー・ウェイヴと呼ぶには微妙に達者すぎる感もあって。
それもそのはずで。元ダックス・デラックスのメンバー2人が中心となって結成されたと。
その中途半端な?キャリアに裏打ちされた安定感が実は重要でもあって。
その土台がある故のタフな足腰が、このラウドで痛快な疾走感を支えているのだろうなと。
そう考えると。実はステイタス・クォーの系譜に繋がるバンドとも言えるのかなと。
もし長続きしていたら英国の国民的バンドに・・・なってはいないよな(笑)。
でも。走ること、走り抜けること。それが大事なのだ、必要なのだと感じさせてくれるいいバンドなのです。

戦場では。
走れなくなったら。
最後なのだろう。
たぶん。
台詞通りなのだろう。

戦場じゃなくても。
いつだって。
いままでだって。
走れなくなっていたら。
そこで終わるのだろう。

凡庸で、
平坦に思える。
そんな日常だから。
走らなくちゃ。
走れなくちゃ、なのだろう。

そう。
息をするだけとか。
それだけとか。
それでは。
生きているとは思えないから。

そうさ。
楽しくないと。
面白おかしくないと。
生きていることを。
感じられないから。

モーターを。
エンジンを。
フルに駆動させて。
全出力で。
走り抜けなくちゃいけないのだ。

だいぶ。
随分と。
ガタはきている。
油は切れかけて。
部品も欠けて。

もう。
かなりの。
旧式で。
最新の機能など。
何ひとつ無いけれど。

ここまで。
いままで。
走ってきた。
走行距離。
経験値だけは持っている。

いまも。
これからも。
走ってやろうと。
アクセルを踏み込む。
意欲だけは衰えていない。

何よりも。
タイヤの一つや二つ。
外れたところで。
それでも走る。
しつこさだけは頭抜けている。

そう。
モーターが。
エンジンが。
心臓が。
止まるまでは。

その瞬間までは。
面白おかしく。
楽しもう。
生きてやろう。
そのしぶとさだけは自信がある。

だから。
モーターを。エンジンを。
フルに駆動させて。
全速力で。全出力で。
走り抜けなくちゃいけないのだ。



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2017/10/03 Tue *踊り場 / Graham Parker And The Rumour

20171003theupescalator


上がる時も。
あるし。
下がる時も。
あるし。
その繰り返し。

上がるのが。
その方が。
いいかなと。
そう。
思いもするが。

ひたすらに。
上がり続ける。
それは。
それで。
どんなものだろうと。

ふと。
踊り場で。
立ち止まって。
少し外れて。
考えたりもする。

上りと。
下りと。
交差する。
その様を。
眺めながら。

偶には。
下がってみるかと。
それで。
そう。
上りと下りの繰り返し。

『The Up Escalator』'80年リリース。
グラハム・パーカーがルーモアと組んだ最後のアルバム。
(数年前に三十数年ぶりに再び組んでアルバムをリリースしましたが)
これがライヴ・アルバムを含むと6枚目のアルバムだったかな。
それまでのヴァーティゴからスティッフへ移籍してのアルバムでもありました。
ルーモアのキーボード、ボブ・アンドリュースは既に脱退していて。
ニッキー・ホプキンスがキーボードを弾いているナンバーもあったりして。
グラハムとニッキー。なんか意外な顔合わせかなとも思うのですが。
そこはニッキー。実に見事にグラハムとルーモアの世界に溶け込んでいます。
そして目玉はブルース・スプリングスティーンの参加と言うことになるのかな。
何でもグラハムはブルースのファンだったと言う説もあって。嬉々としていたとか。
確かに。同時期のブルースのアルバムとの似通ったところもあるのかな。
その溌溂とした様が、少しばかり強すぎて違和感がないこともないのですが。
ただ。ルーモアと一体となった疾走感は相変わらずで。結局、そこが魅力なのだと。
またグラハムの手によるナンバーが粒ぞろいで。いい塩梅に引っかかるのですよね。
この一直線に、ただの力技に陥らないところ。そこがグラハムらしいなと。
だからこそ、グラハムの力強い歌声がより深く聴く者の胸に響くのですよね。
実のところ。商業的にはこのアルバムまでが上り坂で。その後は下り坂に。
かなり長い雌伏の期間に突入してしまうので。ちょうど踊り場に位置するアルバムかな。
上りも、下りも味わって。そもそもが、酸いも甘いも噛みわけていたグラハム。
その歌声にはますます陰影や、濃淡が濃くなっていって。何とも味わい深くなるのです。
その点でも。このアルバムでのやり切った感は、必要だったのかもしれません。

下がる時も。
あるし。
上がる時も。
あるし。
その繰り返し。

下がるのが。
その方が。
気楽かなと。
そう。
思いもするが。

ひたすらに。
下がり続ける。
それは。
それで。
如何なものだろうと。

ふと。
踊り場で。
立ち止まって。
少し逸れて。
考えたりもする。

下りと。
上りと。
交差する。
その様を。
眺めながら。

偶には。
上がってみるかと。
それで。
そう。
下りと上りの繰り返し。

上がれる時に。
上がれるところまで。
上がってしまおうと。
限界など。
考えずに。上を見て。

それはそれで。
その時は。
楽しいし。
昂ぶりもするのだが。
疲れもするよなと。

下がれる時に。
下がれるとこまで。
下がっておこうと。
限界だと。
感じたら。下を見て。

それはそれで。
その時は。
気楽だし。
安らぎもするのだが。
物足りなくもあるよなと。

だから。
時々。
立ち止まって。
列を外れて。
列から逸れて。

上りと。
下りと。
交差する。
その様を。
踊り場から眺めながら。

上がるか。
下がるか。
どちらかと。
その選択を。
踊り場で考える。

今日は。
どちらへ。
向かおうか。
踊り場から。
上りと下りの繰り返し。



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