カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2017/05/30 Tue *旧知 / B. B. King & Bobby Bland

20170530togetherforthefirsttime


確かに。
顔見知り。
知り合い。
だから。
初めてではないけれど。

こうして。
お手合せを。
願うのは。
ほぼほぼ。
初めてに近いので。

大胆に。
切り込む。
その前に。
少しばかり。
様子を窺ってみるかなと。

手を出す。
脚を出す。
その前に。
ロックアップして。
手四つの状態から。

その腕の程。
その胸の内。
その実力がどれくらいか。
そいつを。
感じ取ってから。

本格的に。
開戦。
共闘。
どう闘うかを。
組み立てていくこととしますかね。

『Together For The First Time...Live』'74年リリース。
B.B.キング、ボビー・ブランド。2人の共演を収めたライヴ・アルバム。
アルバム・タイトルにある様に、この時が初めての共演とのことなのですが。
この2人、共に20代をメンフィスで活動していた頃からの旧知の間柄なのですよね。
出会った頃はB.B.はラジオのDJで、ボビーは駆け出しのシンガーだったとか。
年齢的にはB.B.が5歳ほど年長になるのかな。世に出たのもB.B.が先だったと思われて。
故に。このアルバムでもB.B.が突っ込んで、ボビーがかわすみたいなMCが交わされます。
そこは、流石に旧知の間柄、そして2人とも大物ならではの余裕と貫禄のやり取りです。
さて。モダン・ブルース・ギターのオリジネイターであるB.B.のギター。
そしてブルースにR&Bの感覚を持ち込んだカリスマ的なシンガーであるボビーの歌声。
そのスクィーズするギターと、そのディープな歌声。それぞれが魅力的なのは確かですが。
そんな2人が一緒に同じステージに立ったら。どんなことになるのかと。
そこには期待と同じくらいに、不安もあったと思うのですが。上手く反応し合えばいいけど。
下手すると。お互いの個性を殺し合う結果になることも無いとは言えなかったと思われて。
流石の2人にも多少の緊張はあったと思われて。序盤は手探りな、感じもあるのです。
しかし。触れ合い、響き合い。共振、共鳴し始めるとあっという間に空気が変わって。
客席を泣き込んで。実に熱く、深く、ご機嫌な空間を作り上げてしまうのです。
これこそがブルース・ライヴの醍醐味ですが。それもB.B.とボビーによるものであると。
決して馴れ合うわけでなく。お互いを刺激し合い、時には挑発しながら。
共通の目的。客席を盛り上げる、楽しませることに全力を尽くすB.B.とボビーの姿、姿勢。
どちらが、より客席を沸かせるかで勝負をしていたのかな、なんて想像も楽しいかな。
B.B.の懐に思いっきり飛び込んだボビーも。受け止めて自由に泳がせているB.B.も。見事かなと。

確かに。
顔は知っている。
会話も交わしている。
だから。
初めてとは言えないけれど。

こうして。
真剣勝負に。
挑むのは。
ほぼほぼ。
初めてとも言えるので。

対面で。
やり合う。
その前に。
少しばかり。
出方を窺ってみるかなと。

殴り合う。
蹴り合う。
その前に。
ロックアップした。
手四つの力具合から。

その技量
その度量。
その程度がどれ程のものか。
そいつを。
推し量ってから。

本格的に。
開演。
競演。
どう競うかを。
組み立てていくこととしますかね。

知っている。
それだけに。
余計な。
先入観。
そいつを取り除き。

知っている。
それだけに。
有効な。
予備知識。
そいつを活用し。

どうしたら。
光れるか。
光らされるか。
盛り上げられるか。
そいつを思考し。

作戦を立て。
戦略を練り。
組んで、離れて。
拳を繰り出し。
蹴りを繰り出し。

そいつが。
想定内なのか。
想定を超えるのか。
そいつを。
確かめながらその先を。

組み立て。
練り直し。
試しながら。
最良の結末を。
導き出せるようにと。

初めてではない。
初めてとは言えない。
旧知。
だからこそ。
馴れ合わずに。

初めてではない。
初めてとは言えない。
旧知。
そいつを生かして。
輝かせなばならない。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/29 Mon *月曜はダメよ / Fatts Domino

20170529thisisfattsdomino


月曜は。
どうしたって。
何をしたって。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。

例え。
気持ちのいい朝で。
空も青くて。
風も心地よくても。
思い出したらそれまでで。

そう。
今日は。
何曜日かと考えて。
月曜日だと。
思い出してしまったら。

もう。
それで。
ブルーになって。
憂鬱になって。
何もかも台無しで。

それこそ。
どこか。
長閑な。
丘陵が広がる。
そんなところに逃避したくなる。

まったくもって。
徹底的に。
月曜日と言うやつは。
俺にとっては。
天敵でしかないのである。

『This Is Fatts Domino』'56年リリース。
ニュー・オーリンズ出身のR&Bシンガー、ピアニスト、ファッツ・ドミノ。
数多くのヒットを放ち大人気だったドミノ。その3枚目のアルバム。
一説ではロックンロールの創始者とも言われるドミノ。その人気は凄まじくて。
何でもビルボードの100以内に入ったナンバーは60曲以上もあるのだとか。
全米ではレコードの総売り上げ枚数がエルビス・プレスリー、ビートルズに続いて多くて。
'70年代までは史上3位の地位を保っていたとも言われていて。如何に愛されていたかと。
比較すると。日本での知名度の無さはあまりと言えばあまりだなと。憤慨したくもなるかな。
そんな日本でも。ロック好きなら知っているだろう代表曲が「Blueberry Hill」で。
続いて全米チャートを制した「Blue Monday」の2曲がこのアルバムの目玉なのですが。
他のナンバーも。ファッツならではのニュー・オーリンズなR&B、ブギーとなっていて。
その弾ける様、転がる様は。確かにロックンロールの誕生と言ってもいいかなとも。
(まぁ、ビル・ヘイリーだろうが、チャック・ベリーだろうが。いいのですけれどね)
ブルージーなナンバーもあるのですが。そんなナンバーでもどこか陽気に思えるところ。
それこそが。ファッツの個性であり、魅力なのですよね。本当に楽しいのです。
何しろ芸名がね。ファッツですからね。名は体を表す。そして体は音を表すかなと。
そのファットな体系で、歌い奏でる様、その楽しい様が、目に浮かんでくるのです。
この陽気さ、そして楽しさ。それはやはりニュー・オーリンズ出身だからこそのもので。
やっぱり、そのピアノにはプロフェッサー・ロングヘアやドクター・ジョンと通じるものが。
ただ異なるのは、その2人にある危うさや、妖しさの様なものが無い、あるいは隠していて。
兎に角、そう「Blue Monday」なんてナンバーもとにかく明るく奏で、歌うと。
その徹底しているところがファッツならではのR&Bブギー・・・そしてロックンロールなのですよね。

月曜は。
どうしようにも。
何をしようにも。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。

例え。
気持ちのいい日で。
時間もあって。
気持ちにも余裕があっても。
気づいてしまったらそれまでで。

ふと。
今日は。
何曜日かと自問して。
月曜日だと。
気づいてしまったら。

もう。
それだけで。
ブルーになって。
陰鬱になって。
何もかもお終いで。

それこそ。
どこか。
広大な。
丘陵が広がる。
そんなところへ逃亡したくなる。

まったくもって。
全面的に。
月曜日と言うやつは。
俺にとっては。
仇敵でしかないのである。

火曜日と。
水曜日と。
木曜日と。
金曜日と。
何が違うかって、違うのである。

ましてや。
土曜日とは。
日曜日とは。
徹底的に過ぎるほど。
違うのである、違い過ぎるのである。

考えただけで。
自問しただけで。
そして。
思い出しただけで。
気づいただけで。

ブルーになって。
憂鬱になって。
陰鬱になって。
何もかも台無しで。
何もかもお終いで。

気持ちのいい朝も。
青い空も。
心地よい風も。
敵わないのである。
叶わないのである。

気持ちのいい日も。
あり余る時間も。
気持ちに生まれた余裕も。
敵わないのである。
叶わないのである。

それこそ。
あの。
懐かしい。
丘陵が広がる。
あの頃に逃げ込みたくなるのである。

天敵。
仇敵。
駄目なものは。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/28 Sun *街が呼ぶ、人が呼ぶ / Jimmy Reed

20170528jimmyreedatsoulcity


街が呼ぶのか。
人が呼ぶのか。
それとも。
別の何かが。
呼んでいるのか。

なんとなく。
同じ空気を。
同じ匂いを。
漂わせている。
身に纏っている。

そんな。
輩が。
奴等が。
何処からともなく。
集っている。

そんな街がある。
そんな街の片隅で。
今夜も。
ひといきれ、雑踏。
その中で。

奏でられる。
歌われる。
そんなものに。
耳を傾ける。
身を任せる。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが生み出すもの。
そいつが呼んでいるのか。
そいつに呼ばれているのか。

『Jimmy Reed At Soul City』'64年リリース。
ヴィー・ジェイの看板ブルース・マンだったジミー・リード。
その人気は絶大で。何枚ものアルバムを残していますが。
この印象的なジャケットのアルバムがヴィー・ジェイでのラスト・アルバム。
ジャケットには、ライヴとの文字があり。針を落とすとざわめきや拍手が聴こえますが。
ところが。どっこい。こいつは所謂、疑似ライヴ・アルバムだったりします。
昔はこの手のアルバムが多くて。リードも2枚だか3枚リリースしています。
流石に。この頃には人気にも陰りが射していて。それを憂いての戦略だったのか。
でもねぇ。直ぐにばれちゃうレベルなので。やらなければ良かったのではないかと。
目先を変えたかったのでしょうか。姑息で安易な感じは否めないのですよね。
尤も。リードはそんなレコード会社の思惑などには我、関せずとばかりに。
いつも通りの、リードならではの緩くてご機嫌なブルースを聴かせてくれています。
まぁ、総て同じと言えば同じ金太郎飴状態のリード節ですが。それがご機嫌なのですよね。
リードと(恐らく)エディ・テイラー。2人の絶妙なコンビネーションも相変わらずで。
その、いなたい、本当に他にはない緩く、そして心地よい独特の感覚、感触。
これが、多くの人々の何かを呼んだ、誘った、魅了した。だから人気を博したのでしょうね。
そう。下手な小細工などしなくても。リードは人々に愛され、街と共にあったのですよね。
言ってしまえば、リードのブルース、それはもうライヴ以外の何ものでもなかったと。
この秀逸なジャケットは、そんなリードのブルースの何たるかを捉えているかな。
すり減ってガム(?)が張りついた靴底と、使い古されたトランク。
街から街への旅暮らし。人の集まるとこへ出掛けて行って、歌い奏でるブルース・マン。
ブルースが聴こえてくるジャケット。これだけで手に入れる価値があるアルバム・・・なのかな。

街が呼ぶのか。
人が呼ぶのか。
それとも。
己の中の何かが。
求めているのか。

どうにも。
同じ空気を。
同じ匂いを。
好んでいる。
心に宿している。

そんな。
輩が。
奴等が。
互いに呼び合って。
群れている。

そんな街がある。
そんな街の一角で。
今夜も。
ざわめき、熱気。
その中で。

奏でてみる。
歌ってみる。
そんなものも。
受け止められる。
受け流される。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが目覚めさせるもの。
そいつが呼んでいるのか。
そいつを求めているのか。

同じ空気。
同じ匂い。
漂わせ。
身に纏い。
ここにいる。

同じ空気。
同じ匂い。
好んで。
心に宿し。
ここにある。

そんな街で。
そんな街の片隅で。
そんな街の一角で。
ざわついている。
蠢いている。

ひといきれ。
雑踏。
ざわめき。
熱気。
その中で。

奏でられる。
歌われる。
生み出される。
そんなものに。
引き寄せられる。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが目覚めさせるもの。
そいつを感じている。
そいつを求めている。

街が呼ぶ。
人が呼ぶ。
そして。
何よりも、誰よりも。
己が呼んでいる。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/27 Sat *夢の行き先 / Memphis Slim

20170527atthegateofhorn


昨夜の。
あの夢は。
正夢なのか。
逆夢なのか。
どちらなのか。

昨夜の。
あの門は。
角の門なのか。
象牙の門なのか。
どちらなのか。

漆黒の。
森を抜けて。
なだらかな。
丘を越えて。
泉の畔へ。

芳しい。
香りに。
誘われて。
包まれて。
泉の中へ。

浅瀬で遊び。
奥底へと潜り。
惹かれるままに。
そのままに。
沈んでいく・・・

暗く。深く。
そして。
温かく。穏やかな。
あの夢の行き先は。
何処なのか。

『At The Gate Of Horn』'59年リリース。
シカゴ・ブルースを代表するピアニスト、メンフィス・スリム。
膨大な録音を残し、数多くのアルバムがリリースされているスリムですが。
このヴィー・ジェイへの録音、アルバムはその中でも代表的なものです。
シカゴにあったと言う有名なクラブの名前がタイトルに使われています。
ギリシャ神話の角の門と象牙の門の寓話からその名前が付けられたと思われるそのクラブ。
特にスリムとの縁も知られていなければ、ましてやライヴ・アルバムでも無いのですけどね。
どうやらこの録音が初めての最初からアルバムを意識してのものだったらしく。
ヒットすることを夢みて、夢が正夢になる様にとのレコード会社のゲン担ぎだったのかな。
さて。粒立ちのハッキリとした音を叩き出す指さばきと、艶のある歌声が魅力的なスリム。
そんなスリムに絡みつくのが、ソリッドに切り込んでくるマット・マーフィーのギターで。
ウォームでウェットなスリムと、クールでドライなマーフィー。その対照的な個性。
そのぶつかり合い、せめぎ合い。そして溶け合う様が何とも言えない味わいとなっています。
年齢的に言えば、恐らくスリムがマーフィーより一回りほど年長だったと思うのですが。
よほど息が合い、手も合ったのか。ブルース界でも屈指のコンビとして長年活動していたと。
そんな2人にとって。初めてのアルバムを前提としての録音。夢なら正夢であってくれと。
そんな思いもあったかなと。力んだのか。やや突っ込み気味で、走っているマーフィー。
それに対して、いつもの様に落ち着いているスリム。そこは流石に亀の甲より・・・かな。
暗く、深く。しかし独特の艶がある故か。暖かで、穏やかでもあるスリムのブルース。
このアルバムでは3管も従えていて。ジャズやR&Bにも通ずる雰囲気があって。
それがスリムの個性、魅力を引き立てていて。そのシカゴ・ブルースと言われながらも。
例えばマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフとはやや趣を異にしているところ。
そこにまたマーフィーの新鮮な感覚が見事にはまっているのですよね。本当にいいコンビなのです。

今夜の。
その夢は。
正夢になるのか。
逆夢になるのか。
どちらなのか。

今夜の。
その門は。
角の門となるのか
象牙の門となるのか。
どちらなのか。

溢れても。
汲めども。
尽きぬ。
底も知れない。
泉の中で。

芳しい。
香りに。
魅せられて。
抱かれて。
泉の奥へ。

洞窟への。
扉を抉じ開け。
導かれるままに。
そのままに。
進んでいく・・・

暗く。深く。
そして。
温かく。穏やかな。
その夢の行き先は。
何処なのか。

誘われて。
魅せられて。
包まれて。
抱かれて。
逃れられない。

芳しい。
香りに。
囚われて。
捕らえられて。
逃れたくない。

惹かれるままに。
そのままに。
導かれるままに。
そのままに。
逃れられない。逃れたくない。

芳しい。
香りに。
誘われた。
包まれた。
泉の中で。

溢れても。
汲めども。
尽きない。
底も知れない。
泉の中で。

見せられている。
暗く。深く。
温かく。穏やかな。
この夢の行き先は。
何処なのか。

魅せられている。
暗く。深く。
温かく。穏やかな。
この夢の行き先には。
何が待っているのか。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/26 Fri *恋も二度目なら / Etta James

20170526thesecondtimearound


恋も二度目なら。

さてと。
もう。
何度目かなんて。
定かではないし。
定かでなくても構わないが。

何事も。
二度目。
三度目。
回るごとに。
重ねるごとに。

進歩と言うか。
進化と言うか。
少しは。
上手くなっても。
良いのではと思うのだが。

どうにも。
同じこと。
同じやり方。
そいつを。
繰り返し。

それどころか。
後退している。
稚拙になっている。
衰えている。
それでは話にならないと。

恋も二度目なら。

『The Second Time Around』'61年リリース。
エタ・ジェイムスのチェス(アーゴ)からの2枚目のアルバム。
迫力のある歌声が印象的なR&B、ブルース・シンガーとして知られるエタですが。
その実。エタ自身はジャズやスタンダードを歌いたいとの志向が強かったらしく。
このアルバムでは選曲からサウンドまでもが、そんなエタの思いに副っているかなと。
まぁ、「At Last」の大ヒットもあったし。二匹目の泥鰌を狙ったのかもしれないですが。
アルバム・タイトルもね。二度目と言うよりは・・・夢よ、もう一度みたいな・・・かなと。
ここらは、商売上手なチェスらしいかなとも思いますが。エタ本人も望むところで。
語りの入るナンバーなんかも、もう情感たっぷりに歌い上げていたりします。
その結果、どうなるかと言うと。エタですからね。それはもう圧倒的な歌声なので。
ジャズとかスタンダードとか。そんなことはどうでもよくなってしまうと言うか。
豪華なオーケストラも、流麗なストリングスも。その歌声の前では形無しと言うか。
もうですね。エタの迫力のある、熱く、そしてどうにも黒く、素晴らしい歌声。
そいつが、鳴り響いた瞬間に、聴こえた瞬間に。どうにもR&B、ブルースなのですよね。
その歌声、その存在。エタはエタでしかなく、エタにしか歌えないものがあると。
そのことを思い知らされるのですね。そして、それは聴く者だけではなくて。
恐らくはエタも思いを新たにするところがあったのだろうなと。そう思われて。
やがて。空気を震わせ、大地を揺るがすド迫力のライヴ・アルバムをきっかけとして。
熱い、熱い、R&B、ブルースへと全身全霊を傾ける様になっていくのですよね。
そうなると。ここでの二度目、二匹目の泥鰌狙いは全くの失敗だったのかと。
決してそんなことはなくて。このアルバムで聴ける、時に鷹揚で、時に繊細な感情表現。
そいつはこの後のエタの歌の表現力、そして説得力が増していく過程で生かされていると。
恋も、歌も、なにも。回るごとに、重ねるごとに。深まっていくものがあるってことでしょうかね。

恋も二度目なら。

さてと。
もう。
何度目かなんて。
覚えてもいないし。
覚えてなくても支障はないが。

何につけ。
二度目。
三度目。
回っただけ。
重ねただけ。

学習と言うか。
成長と言うか。
少しは。
得手になっても。
良いのではと思うのだが。

いつも。
同じところ。
同じしくじり。
そいつの。
繰り返し。

それじゃ結局。
低下している。
劣化している。
衰えが進行している。
これでは話にもならないと。

恋も二度目なら。

前は。
こうだった。
前も。
こうなった。
覚えているのなら。

少しは。
進んでも。
学んでも。
上手くなってもいいはず。
得手になってもいいはず。

この間は。
こうだった。
この間も。
こうなった。
分かっているのなら。

少しは。
進まないと。
学ばないと。
上手くならないと。
得手にならないと。

ところが。
どうにも。
退いている。
下っている。
衰えている。

だったら。
せめて。
味わいとか。
深みとか。
そんなものが出てこないかと。

恋も二度目なら。

同じこと。
同じところ。
重ねている。
回っている。
それでも生かせるものがないのかと。

恋も二度目なら。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/20 Thu *エネルギー、エネルギー / The James Cotton Band

20170420highenergy


エネルギー。
おぅ。
エネルギー。
そいつが。
必要なのだ。

強く。
逞しく。
しぶとく。
しつこく。
どこまでもと。

そうやって。
生きる為には。
生き抜く為には。
源となる。
力がなくてはならない。

ちょっとや。
そっとでは。
枯れない様な。
尽きない様な。
力がなくてはならない。

そうなると。
そいつは。
かなり高く。
かなり豊かで。
そんな力でなくてはならない。

エネルギー。
おぅ。
エネルギー。
そいつを。
補給しよう。

『High Energy』'75年リリース。
マット・マーフィィーを擁するジェームス・コットン・バンド。
その衝撃作『100% Cotton』に続く2ndアルバム。
『100% Cotton』で度肝を抜くファンク・ブルースをぶっ放して。
次はどこへ向かうのかと注目されていましたが。
その答えは南部に、ニュー・オーリンズにあったと言うことで。
現地に赴き、アラン・トゥーサンをプロデューサーに迎えて制作されました。
そのトゥーサンの手による「Hot 'N' Cold」で始まるのですが。
トゥーサンも参加しているこのナンバーが、もうニュー・オーリンズで。
一挙にそのニュー・オーリンズ・ファンクの世界へと引き込まれます。
幾らファンクに目覚めたからと言って。一挙にここまでいっちゃいますかと。
その思い切りの良さに驚かれます。なんか殆どミーターズなナンバーもあって。
コットン、そしてマーフィーのそれまでのキャリアを考えると意外なのですけどね。
それだけ。この時期は二人とも意欲に溢れていたことの証でもあるのかな。
ピアノに、あのジェームス・ブッカーを迎えるほどの熱の入れようですからね。
緩く、レイド・バックした感じがありつつも。柔軟で強靭なばねの存在を感じさせる。
そんなニュー・オーリンズ・ファンク・ブルースのエネルギーに満ちています。
コットンのハーモニカは、その音はオーソドックスなブルースで。
アンマッチにも思えるのですが。それがなかなかいいアクセントになっていて。
控えめながら、要所で切り込んでくるマーフィーのギターが全体を締めています。
『100% Cotton』と2枚組ライヴ・アルバム『Live & On The Move』に挟まれて。
地味な印象を抱かれがちですが。十分にエネルギーを感じられるアルバムなのです。

エネルギー。
あぁ。
エネルギー。
そいつが。
不可欠なのだ。

柔らかく。
しなやかに。
しぶとく。
しつこく。
いつまでもと。

そうやって。
生きていく為には。
生き延びる為には。
源となる。
力がなくてはならない。

ちょっとや。
そっとでは。
上がらない様な。
乾いてしまわない様な。
力がなくてはならない。

そうなると。
そいつは。
かなりの熱量で。
かなり豊潤な。
そんな力でなくてはならない。

エネルギー。
あぁ。
エネルギー。
そいつを。
充填しよう。

今日一日。
その。
勝負所。
逃がさぬ様に。
外さぬ様に。

一週間。
その。
天王山。
奪われぬ様に。
負けぬ様に。

ここから先。
その。
橋頭保。
流されぬ様に。
落ちぬ様に。

強く。
逞しく。
柔らかく。
しなやかに。
しぶとく、しつこく。

そんな。
枯れない様な。
尽きない様な。
上がらない様な。
乾いてしまわない様な。

そんな。
いつまでも。
どこまでも。
生き抜く為の。
生き延びる為の。

高く。
豊かな。
熱量も豊潤な。
力がなくてはならない。
力でなくてはならない。

エネルギー。
おぅ。
エネルギー。
そいつを。
補給しよう。

エネルギー。
あぁ。
エネルギー。
そいつを。
充填しよう。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/19 Wed *生で / Lowell Fulson

20170419thebluesshowliveatpitinn


生で。
いけなきゃ。
何で。
いけるのか。
そう言うことさ。

生。
ぶっつけ本番。
出たとこ勝負。
誤魔化しも。逃げも隠れも。
出来やしない。

そいつは。
危ういけど。
怖いけれど。
だからと言って。
引くわけにはいかない。

危ういから。
怖いから。
退路がないから。
楽しいのだと。
面白いのだと。

そう。
腹を決めてしまえば。
それまで。
後は、もう。
生でやるだけ。

経験豊富で。
技巧派で、力業もいけるぜと。
そう嘯いて。
いなたく、如何わしく
やるだけ。はめるだけ。

『The Blues Show ! Live At Pit Inn』'81年リリース。
オクラホマ出身のテキサス・ブルース・マン、ローウェル・フルスン。
盟友であるリー・アレンと共に初めて日本の土を踏んだローウェル。
その初来日時に、今は無き六本木ピット・インで収録されたライヴ・アルバムです。
恐らくはこの来日が唯一の来日だった記憶しています。その意味でも貴重なアルバムで。
内容的にもB.B.キングや、ロバート・ジュニア・ロックウッドのそれと同様に。
日本で記録された、世界に誇るべきライヴ・アルバムと呼べるものになっています。
この時、ローウェルは60歳近かったのかな。日本ではそれこそ知る人ぞ知る存在で。
かの日暮泰文さんがどうしてもと呼び屋を説得して来日公演を実現させたのだとか。
アメリカでは活動していたのでしょうが。「Tramp」で一世を風靡してから既に20年近く。
どこまで現役感があるのか。不安視するむきも多かったと思われるのですが。
これが凄かったと。バンドの前奏に乗って出てきたローウェルがギターを手にして。
最初の音を出したら・・・本物だと。その一音で会場の空気が変わってしまったと。
チューニングがずれている感じもするのですが。ものともせずと言うか。
その音の存在感で周囲を圧倒してしまって。観る者、聴く者の心を鷲掴みにしてしまったと。
流石は百戦錬磨と言うか。その惚けた様なルックスに秘められた、いなたさ、如何わしさ。
テキサスから西海岸へと流れて。ゴツゴツしたブルースから、ファンクなブルースまで。
まさしく「Tramp」を地で行く感じで。どこか掴みどころの無いのが魅力なのですが。
その実、その地金、その骨格。そんなものが剥き出しとなるライヴでは、そう生では。
そのギターも、そしてその歌声も。実に真っ直ぐで、何とも黒光りのする傑物であること。
それを嫌と言う程、知らしめることになったのですね。これでいかなきゃ嘘だろうと。
やはり、ライヴだからこそ、生だからこそと言うべきものがあるのですよね。

生で。
いかせられなきゃ。
何で。
いかせられるのか。
そう言うことさ。

生。
ぶっつけ本番。
出たとこ勝負。
誤魔化しも。逃げ隠れも。
許されない。

そいつは。
脆くもあって。
恐ろしくもあるけれど。
だからと言って。
誤って済むものでもない。

脆いから。
恐ろしいから。
背水の陣だから。
楽しいのだと。
面白いのだと。

そう。
腹を括ってしまえば。
それまで。
後は、もう。
生でやるだけ。

あの手この手で。
四十八手で、何発でもいけるぜと。
そう嘯いて。
いなたく、如何わしく
やるだけ。はめるだけ。

好きこそ。
ものの上手なれ。
そう。
生こそ。
ものの上手なれ。

なんだかんだで。
生が。
その臨場感が。
その生々しさが。
好きなのだ。

だったら。
胡麻化さず。
逃げ隠れもせず。
退路を断って。
背水の陣で。

臨むだけ。
挑むだけ。
やるだけ。
はめるだけ。
いくだけ。いかせるだけ。

危うくて。
怖くて。
脆くて。
恐ろしくて。
だからこそ。

楽しいのだと。
面白いのだと。
腹を決めて。
腹を括って。
さぁ、一芝居、大芝居。

経験豊富。
四十八手もお手のもの。
技巧派で。
力業もいけるぜと。
嘯いて。

生で。
いなたく、如何わしく
やるだけ。はめるだけ。
いくだけ。いかせるだけ。
それだけさ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/18 Tue *蒼白い炎 / John Lee Hooker

20170418playsandsingstheblues


蒼白い炎。
それを。
胸に抱いて。
そのままに。
そのままで。

あの日。
あの時。
感じた思い。
それを。
忘れずに。

あの日。
あの時。
その。
蒼いまま。
そのままに。

何も。
変わらない。
何も。
変えられていない。
だから。

悲しみも。
怒りも。
あの日の。
あの時の。
そのまま。蒼いまま。

蒼くて。
何が悪い。
蒼さだけが。
叫ばせる、闘わせる。
そんなものもあるのだ。

『Plays & Sings The Blues』'61年リリース。
チェスへの録音から編集されたジョン・リー・フッカーのアルバム。
先ずはこのジャケットが素晴らしいなと。蒼白い炎を放つジョン・リーのブルース。
その何たるかを見事に捉え、表しているなと感じるのです。
尤も。ジャケットに写っているのはジョン・リー本人では無いでしょうが。
さて。'51年~'52年にかけて録音された12曲が収録されているこのアルバム。
1曲だけベースが入っているだけで。後はエレキギターでの弾き語りとなっています。
あまりにも売れっ子だった為に。様々な変名を使って様々なレコード会社に録音していて。
チェスへの録音はどの名義だったのかなとか考えてしまいますが。それは兎も角。
やっているのは、録音されたのはジョン・リーのブルース。それ以外の何ものでもなくて。
何故か。チェスのジョン・リーはあまり語られないのですが。悪いわけもなくて。
夏には聴けないとまで言われた。暑さ極まりないワン・アンド・オンリーのブルース。
それが、これでもかとばかりに。身と心を焦がそうと、燃やそうと迫ってくるのです。
唸り、呻き、叫び。己とも闘いながら。ブギーで、スロー・ブルースで煽ってくるのです。
そのどこかぶっ飛んだ感もある鬼気迫る様。そいつに魅入られずにはいられないのです。
ドクター・フィールグッドもカバーした「Mad Man Blues」なんて。もう実になんとも。
延々と、悶々とブギーを、スロー・ブルースをブチかまし続けるジョン・リー。
そのしつこさ、諦めるとか、忘れるとか、止めるとか。そんなこととは無縁のブルース。
ある意味で。とてつもなく蒼臭くもあるけれど。その蒼臭さこそが魅力なのです。
蒼臭くて、蒼くて何が悪いと。蒼いからこそ、やり続けられる、成し遂げられることもある。
そんなことを感じさせてくれる、教えてくれるジョン・リー。流石だよなと。
こうでなきゃ、70歳を超えて。20人以上のガール・フレンドとは付き合えないよねと思うのです。

蒼白い炎。
それを。
胸に秘めて。
そのままに。
そのままで。

あの日。
あの時。
刻まれた思い。
それを。
忘れずに。

あの日。
あの時。
その。
蒼さのまま。
そのままに。

何も。
変わらなかった。
何も。
変えられないかもしれない。
だから。

切なさも。
悔しさも。
あの日の。
あの時の。
そのまま。蒼いまま。

蒼くて。
何が悪い。
蒼さだけが。
支える、突き上げる。
そんなものもあるのだ。

あの日。
あの時。
思ったのだ。
感じたのだ。
だから。

唸りながら。
呻きながら。
叫んで。
拳を突き上げて。
闘ってきたのだ。

なのに。
あの日。
あの時と。
何も。
変わってはいない。

だから。
ここで。
諦めてはならない。
忘れてはならない。
止めてはならない。

あの日。
あの時の。
悲しみを、怒りを。
切なさを、悔しさを。
胸に抱いて、胸に秘めて。

蒼いまま。
そのまま。
蒼くて。
何が悪い。
悪いことなどあるものか。

蒼白い炎。
それだけを。
支えに。
それだけを。
拠り所に。

闘い続けるのだ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/17 Mon この嵐 / T-Bone Walker

20170417stormymondayblues


沈む思い。
昇る思い。
その。鬩ぎ合い。
その。葛藤。
その。乱高下。

そいつが。
身に。
心に。
嵐を呼ぶ。
嵐に襲われる。

今日、一日。
否、朝だけでも。
やり過ごせれば。
乗り切れれば。
そう思ったところで。

知っている。
分かっている。
そう。
今日だけではないと。
明日も同じだろうと。

身が。
心が。
軋み。
呻き。
悲鳴を上げる。

この嵐は。
今日も。
明日も。
明後日も。
ここにあるのだと。

『Stormy Monday Blues』'67年リリース。
安直なのか、秀逸なのか。趣味がいいのか、悪いのか。
そんな微妙、絶妙なジャケットも印象的なT・ボーン・ウォーカーのアルバム。
録音場所とか、ウォーカー以外の参加メンバーとか。
クレジットが無いので正確なところは分かりかねるところもあるのですが。
そのファンキーなギターと歌声。'60年代後半のウォーカーのブルースです。
このファンクと言うか、ソウルへの接近が評価の別れるところで。
モダン・ブルースの父としてのウォーカーに固執すると、選外になるのかな。
まぁ、正直。あまり語られることのない時期のアルバムではあります。
ところが。これが悪くないのですよね。いや、かなりいいのではないかなと。
アルバム冒頭の「Stormy Monday Blues」のカッコ良さときたら、何とも言えなくて。
ファンキーなベースと女性コーラスに導かれて始まる大胆なアレンジが堪らなくて。
そうか。ストマンと言うのは。こんな風にも表現できるのかと。
これなら憂鬱な嵐の月曜日も、ご機嫌にやり過ごせる、乗り切れるなと感じられるのです。
ストマンの、そしてウォーカーの懐の深さ、咀嚼力の強さ。それを思い知らされます。
その乗りのまま、勢いのまま。あっという間に最後まで聴けてしまうアルバムです。
同時代のアルバート・キング、そして後のジェイムス・コットン・バンド。
そんな名前が脳裏に浮かぶ。そんなファンク・ブルースが堪能できるのです。
「T-Bone's Way」「Louisiana Bayou Drive」と言ったインストでの。
ウォーカーのギターと、オルガンの絡みなんかはMGズを思わされるところもあって。
その目配り、そのセンス。そこにもウォーカーの底力を感じたりもするかな。
その鋭さ故に、常に先端に、最前線にいることが出来たのだろうなと思わざるを得ないのですよね。

堕ちる思い。
浮かびの思い。
その。凌ぎ合い。
その。混沌。
その。目まぐるしさ。

そいつが。
身に。
心に。
嵐を引き起こす。
嵐を呼び起こす。

今日、一日。
否、朝だけでも。
やり過ごしてしまえば。
乗り切ってしまえば。
そう願ったところで。

知らされている。
つまされている。
そう。
今日だけでは終わらないと。
明日も続くのだと。

身が。
心が。
痛み。
疼き。
嗚咽が漏れる。

この嵐は。
今日も。
明日も。
明後日も。
去りはしないのだと。

そうさ。
何も。
月曜日だから。
その朝だから。
そんなわけはない。

そうさ。
月曜日の。
その朝の。
せいなのだと。
そう思いたいだけなのだ。

でも。
そんなことはないと。
そんなはずはないと。
知っている。
分かっている。

それだけ。
知らされてきた。
つまされてきた。
それを。
繰り返してきた。

身が、心が。
軋み、呻き。
悲鳴を上げる。
痛み、疼き。
嗚咽が漏れる。

この嵐は。
今日も。
明日も。
明後日も。
ここにあり。去りはしないのだ。

身が、心が。
嵐を呼ぶ、嵐に襲われる。
嵐を引き起こす、嵐を呼び起こす。
それならば。

この嵐と。
今日も。
明日も。
明後日も。
共に生きていく、それだけのこと・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/16 Sun *反動 / Magic Sam

20170416magicsam19371969


反動。
そいつは。
ちょいとばかり。
否、かなり。
厄介で。

喜びとか。
楽しみとか。
そんなものが。
大きければ。
大きいほど。

その。
後は。
そう。
祭りの後は。
どうにもいけない。

どうしたって。
なにをしたって。
下ってしまう。
沈んでしまう。
抗い様もなく。

それでも。
出来る限りの。
抵抗をと。
その総てをと。
一晩中でもと。

欲して。
求めて。
殊更、陽気に。
振る舞ってしまって。
また、反動。

『1937-1969』'70年リリース。
マジック・サムのコブラ録音による編集アルバム。
このアルバム・タイトルにこのジャケット。'69年に32歳で夭折したサム。
その追悼盤として、あのマイク・ヴァーノンのブルー・ホライゾンが編集したもので。
コブラのサムがまとめて聴けるようになった、世界で初めてのアルバムです。
ブルー・ホライゾンはコブラのオーティス・ラッシュのアルバムでも世界に先駆けていて。
その『This One's Good 'Un』が日本ではジャケットからコブラの赤盤と呼ばれていて。
それに対して、対を成す形でこのアルバムはコブラの黒盤と呼ばれていたのだとか。
この憂いを含んだかのサムのポートレイト。そこに制作者のサムに対する愛情を感じます。
「All Your Love」や「All Night Long」などコブラからリリースされた4枚のシングル盤。
そこに収録されていた8曲に、未発表となっていたナンバーを2曲加えて。
更には叔父であるシェイキー・ジェイクの録音に参加した2曲を加えた全12曲を収録し。
この時点でのコブラのサム。その全貌を、その魅力の総てを届けようとしています。
録音されたのは'57年~'58年。サムが20歳~21歳の頃のもので。
後のデルマークでの姿に比べると、当然の如く若くて、未完で。しかしその中にも既に。
サムならではの個性が芽生えている、生まれているのが感じ取れるのですが。
その繊細で、表現力豊かで。そして何よりもどこか温かさのある歌声とギターが素晴らしく。
なんでもサムは、ブルース一辺倒ではなくて。R&Bやジャズにも親しんでいて。
シカゴに出てきた当初はゴスペル・グループで歌ったりもしていたのだとか。
そんな柔軟さが。他人のレパートリーをやっても総て自らの個性に染められて要因かな。
中には他人のコピーばかりだと非難する声もあったそうですが。それは違うだろうと。
オリジナル云々が問題ではなく。その解釈、表現が如何にオリジナルかが問題だろうと。
思わず気色ばんで反論したくなる。それほどのものなのですよね、サムのブルースはね。
落ちて、沈んで、堕ちて。でも陽気さを失わない。そんなサムのブルースが愛しくてならないのです。

反動。
そいつは。
時によっては。
否、殆どの場合。
不可避で。

嬉しいとか。
楽しいとか。
そんな時間が。
長ければ。
長いほど。

その。
後は。
そう。
宴の後は。
どうにもならない。

どうしたって。
なにをしたって。
落ちてしまう。
堕ちてしまう。
そのままに。

それでも。
無抵抗では。
癪に障るので。
その総てをと。
一晩中でもと。

欲して。
求めて。
只管、陽気に。
装ってしまって。
また、反動。

反動。
そいつが。
来ることは。
そいつに。
襲われることは。

反動。
そいつには。
抗えないことは。
そいつからは。
逃れられないことは。

初めから。
わかっていて。
とうの昔に。
承知していて。
身に染みていて。

祭りの後は。
宴の後は。
厄介で。
不可避で。
心に刻まれていて。

それでも。
喜びとか。
楽しみとか。
嬉しいとか。
楽しいとか。

そいつは。
見逃せない。
そいつを。
見過ごせはしない。
あり得ない。

反動。
下っても。
沈んでも。
落ちても。
堕ちても。

反動。
出来る限りの。
抵抗を。
その総てをと。
一晩中でもと。

反動。
欲して。
求めて。
陽気に。
無駄な足掻きだとしても。

反動。それさえも。楽しんでいるのかもしれないね。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧