カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2017/08/20 Sun *止めてくれるな、おっかさん / Blind Boy Fuller

20170820trackinmybluesaway


止めてくれるな。
おっかさん。
別に。
背中には。
何も背負ってはいないけど。

それでも。
男には。
やらねばならない時が。
いかねばならない時が。
いかねばならない道がある。

別に。
誰に言われたわけでも。
誰に決められたわけでも。
ありゃしない。
自分が勝手に決めただけ。

そうさ。
きっと、多分に。
自分の思い込み。
自分だけの独り善がり。
そんなものかも知れないが。

この道を。
いかないと。
いきつくところまでいかないと。
倒れるまでは歩いていかないと。
どうにも虫が治まらない。

だから。
そう。
詮無いことだから。
止めてくれるな。
おっかさん。

『Truckin' My Blues Away』'78年リリース。
カロライナ出身のブルース・マン、ブラインド・ボーイ・フラー。
その'35年~'39年の録音を集めて編集されたアルバム。
戦前ブルースの発掘、編纂では定評のあったヤズーからリリースされたアルバムで。
ヤズーのアルバムではお馴染みのロバート・クラムによるジャケットもいい雰囲気です。
芸名の通りに盲目だったフラーですが。生まれつきではないらしく。
何でも20歳の頃に嫉妬した恋人に洗面器に薬品を入れられて気づかずに顔を洗って。
それで失明して。それから生計を立てる為にブルースを弾き始めたのだとか。
何をやらかして、そんな目にあったのか。まぁ、そっち関係のトラブルだったのでしょうが。
レパートリーには、その手の殆ど猥歌なものもあって。懲りないと言うか、好きと言うか。
(勿論、それらのナンバーのうけがいいと言う事情もあったとは思いますが)
フィンガー・ピッキングでギターを奏でながら飄々と歌われる、そのブルース。
そこには、ジャズの、ラグタイムの影響を感じさせるものがあって。その軽妙に踊る感じ。
そいつがフラーの特徴であり、魅力であり。同じ東海岸のブルース・マン達とは異なって。
スローな、語りかける様なブルースもいいのですが。やっぱり弾けているのが魅力かな。
スティール・ギターを弾いているナンバーが多くて。その音色も似合っています。
どこかあか抜けた感じも強くて。凄く纏まりがいい感じなのも特徴かなと。
結構な人気者で。亡くなった後には、二世とか、三世を名乗る輩も現れたのだそうですが。
サニー・ボーイと違って。直ぐに消えたと。それだけフラーは個性的であって。
その歩んだ道は、フラーだけの我が道だったのだなと思わされもします。
前述の様に20歳過ぎてからブルースの世界に身を投じたフラー。亡くなったのが33歳。
その運命を知っていたとは思いませんが。端から逸れることも、立ち止まることも頭には無かったかなと。

止めてくれるな。
おっかさん。
別に。
背中では。
何も泣いてはいないけど。

いつでも。
男には。
やらねばならない事が。
いかねばならない場所が。
いかねばならない道がある。

別に。
誰かが言ったからじゃない。
誰かが決めたからじゃない。
そうじゃない。
自分が一人で決めただけ。

そうさ。
きっと、多分に。
自分の思いだけ。
自分だけの先走り。
そんなものかも知れないが。

この道を。
いくしかない。
いきつくところまでいくしかない。
倒れるまでは歩き続けるしかない。
どうしても腹が治まらない。

だから。
もう。
還らないことだから。
止めてくれるな。
おっかさん。

そうなのだ。
何も。
背中に背負っているのは。
銀杏だけとも。
限らない。

そうなのだ。
何も。
背中で泣いているのは。
唐獅子牡丹だけとも。
限らない。

そうなのだ。
男は。
男なら。
皆、それぞれに。
何かを背負っている。

そうなのだ。
男は。
男なら。
皆、それぞれの背中を。
泣かせるわけにはいきはしない。

誰でもなく。
自分が。
抱いたのだ。
背負ったのだ。
決めたのだ。

誰でもなく。
自分が。
背かないと。
泣かせはしないと。
決めたのだ。

だから。
そう。
馬鹿な奴だと笑って。
止めてくれるな。
おっかさん。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/08/19 Sat *異分子 / Johnny Young

20170819johnnyyoungnndhischiccaagob


異分子。
周りと。
少しだけ。
異なる。
そんな存在。

それが。
浮かび上がらせる。
際立たせる。
そこに。
真実が見て取れる。

そんなものも。
そんな時もある。
染まらない。
染められない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
馴合いに陥らない。
溶け切りはしない。
輪郭は失わずに。

少し離れて。
少し浮いて。
見失わぬ様に。
過たぬ様に。
異彩を放っている。

その存在が。
ぬるま湯になることを。
ふやけてしまうことを。
防いでいるのか。
異分子。

『 Jonny Young And His Chicago Blues Band』'66年リリース。
シカゴ、・ブルースの異分子(?)、ジョニー・ヤングとそのバンドによるアルバム。
オーティス・スパン、ジェームス・コットン等の錚々たるメンバーが顔を揃えています。
'40年代には既に録音を残しているヤング。このアルバムは所謂再発見後のもので。
ストリートで演奏していたところをブルース研究家に発見されて。スタジオに入って。
スパン、コットンと言ったつわもの達と共に録音する機会を与えられたと言うところかと。
尤も。恐らくは古くからの顔なじみであったのではないかと思われますが。
スパン、コットンは言わずと知れたマディ・ウォーターズ・バンドのメンバーで。
シカゴ・ブルースのメイン・ストリート、表通りを歩んでいたわけですが。
何故、ヤングは表通りを外れて裏通り、路上での活動を主とする様になっていたのかと。
まぁ、色々と事情はあるのでしょうが。その一つにはヤングの特異性があったかなと。
ギタリストであり、ヴォーカルもとるヤング。実はマンドリンも弾くのですね。
ブルースとマンドリン。意外な取り合わせですが。楽器としてのマンドリン、歴史は古く。
ブルースの世界でも古くはかなりの奏者がいて。ヤングもその影響で得意にしていたと。
しかし。エレクトリックの波の前では廃れてしまい、ヤングもレコード契約には縁遠くと。
そして。それ故に。ブルース研究家には目新しくて。再発見、再評価に繋がったと。
確かに。凄く新鮮で。オーソドックスなシカゴ・ブルース。そこに切り込むマンドリン。
そう、繊細なイメージのあるマンドリンですが。ヤングが激しくかき鳴らすそれは鮮烈で。
攻撃的ですらあるのです。それがまた絶妙に響くと言うか、見事にはまっていて。
決して色物には陥らずに。巧く融合して、共鳴して。実にいい塩梅だったりします。
そして。マンドリンと言う異分子が加わることで。オーソドックスなシカゴ・ブルースの。
その魅力、その何たるかが、その輪郭をより明確にして、際立って聴こえもするのです。

異分子。
囲いの中で。
少しだけ。
異なってみせる。
そんな存在。

それ故に。
浮かび上がってくる。
際立ってくる。
そんな。
真実が見えてくる。

そんなものも。
そんな時もある。
染まろうとしない。
染められもしない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
輪郭を失うことなく。
溶けても消えずに。
馴合いに陥ることはない。

少し逸れて。
少し逸らして。
見失わぬ様に。
過たぬ様に。
異彩を放ち続ける。

その存在が。
ぬるま湯であることを。
ふやけきってしまうことを。
防いでいるのか。
異分子。

朱に交わっても。
真っ赤には染まらず。
微妙な。
濃淡を。
描いてみせる。

郷に入っても。
盲従することなく。
絶妙な。
距離を。
保ってみせる。

何ものにも。
どんな時でも。
染まらない。
染められない。
そんな存在がある。

馴染んではいても。
溶け合ってはいても。
馴合いを拒むことを。
輪郭を保つことを。
恐れはしない。

ぬるま湯になることを。
ふやけてしまうことを。
良しとせずに。
少し離れている。
少し浮いている。

それ故に。
浮かび上がらせる。
際立たせる。
そんな。
真実が見えてもくる。

異分子。
周りを。
明確にもする。
切り込んでもくる。
そんな存在がある。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/08/18 Fri *魔法の匂い / James Booker

20170818neworleanspiaowizardlive


魔法の。
匂いがする。
確かに。
そこには。
何かがあるのだ。

何も変わらない様で。
何も特別ではない様で。
さり気ない顔をして。
でも。
漂うものには。

何か。
不思議な。
特別な。
そんなものが。
感じられて。

そいつに。
誘われて。
引き寄せられて。
陽の当たる通りを。
夜の街を。

歩いてみたくなる。
彷徨ってみたくなる。
何があるのかと。
何が起きるのかと。
好奇心を刺激される。

そんな。
魔法の匂いが。
そんな匂いを発するものが。
この世界には。
確かに存在するのだ。

『New Orleans Piano Wizard: Live !』'81年リリース。
ニュー・オーリンズの独創的なピアニスト、ジェイムズ・ブルッカー。
その二枚目となるアルバム。そして初めてのライヴ・アルバム。
僕師の息子として生まれ、幼少期からゴスペルに親しむ一方で。
正規の教育を受けたのか、独学なのか。クラシックの技法も身に付けて。
ブラック・ミュージックとクラシック。それを融合させたかの様な特異なスタイル。
十代以降半には既にプロとして頭角を現して。クラシックのピアニストにも絶賛された。
そんなジェイムズですが。薬物関係で服役するなどトラブルも多かったので。
長らく広く一般的な知名度を得るには至らなかったのですが。
かのニュー・オーリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテッジ・フェスティバルで熱演して。
その評判から欧州ツアーへと旅立ち。その際にスイスでのピアノ・コンテストで見事に優勝。
このアルバムはそのコンテストでの演奏を収めたもので。その超絶的なピアノと。
一曲目で魅せられ、引き寄せられて。熱狂が高まっていく客席の様が捉えられています。
アルバム・タイトル通り、まさに魔法使いか魔術師の如く自由自在に鍵盤を操るジェイムズ。
A面頭からの「On The Sunny Side Of The Street」「Black Night」この二曲でやられます。
どんな状況で針を落としても、陽の匂いや、闇の匂いに包まれてしまうのですよね。
奇才、鬼才、天才。否、やはり魔法使いにして魔術師だったのかと思わされます。
その魔法にかけられて、酔いしれることのなんと心地よいことかと。堪りません。
さて。この欧州ツアーで何かがあったのか。この後のジェイムズは迷走し、低迷してしまい。
表舞台から姿を消してしまうのです。薬物に溺れ、酒に溺れ。精神を病んで。
殆どまともな活動も出来ないままに。オーヴァードーズで旅立ってしまうのです。なんとも。
言わば、ジェイムズの魔法が輝いていたその最後の時間がこのアルバムにはあると。
それがなんとも切なく、そして愛しくもあるのですよね。いつまでも魔法の時間の中に、とね。

魔法の。
匂いがする。
間違いない。
そこには。
何ものかがあるのだ。

いつもと同じ様で。
いつも通りの様でいて。
何でもない顔をして。
でも。
漂わせるものには。

何か。
摩訶不思議な。
特異な。
そんなものが。
感じられて。

そいつに。
呼ばれて。
逆らえなくて。
陽の当たる通りを。
夜の街を。

追っていきたくなる。
探索してみたくなる。
何かがあるぞと。
何かが起きるぞと。
刺激された好奇心が蠢く。

そんな。
魔法の匂いが。
そんな匂いを発するものが。
この世界には。
間違いなく存在するのだ。

不思議なもの。
怪しいもの。
妖しいもの。
そんなものに。
惹かれてしまう。

摩訶不思議なもの。
危ういもの。
脆いもの。
そんなものに。
魅せられてしまう。

陽の当たる通りでも。
夜の街でも。
そんな匂いを。
その匂いを。
感じることができる。

陽の匂いにも。
闇の匂いにも。
刹那で。
切ない。
魔法がかけられている。

誘われたなら。
呼ばれたのなら。
否。
誘われるまでもなく。
呼ばれるまでもなく。

何があるのかと。
何が起きるのかと。
何かがあるぞと。
何かが起きるぞと。
彷徨いながら、追っていく。

魔法の。
匂いがする。
間違いなく、確かに。
そこには。求めているものが。
何かがあるのだ。何ものかがあるのだ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/08/17 Thu *空と大地の間 / Taj Mahal

20170817musicfuhya


あの日の。
空も。
青かったのか。
白い雲が。
浮かんでいたのか。

あの日も。
そう。
きっとこうして。
空を見上げて。
腰を下ろして。

何ともない。
何ともならない。
思いを。
持て余して。
あてどなく。

時の、流れる。
時の、過ぎゆく。
そのままに。
任せて。委ねて。
そのうちに。

思いなど。
何処かへ。
霧散するかの様に。
姿を消したかの様に。
跡形も無くなって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
それだけを感じながら。

『Music Fuh Ya' (Musica Para Tu)』'77年リリース。
今も精力的に活動しているタジ・マハールの代表作として名高いアルバム。
一般的にはブルース・マンとして知られる、語られる事の多いタジですが。
確かに。そのルーツにはブルースがあるものの。早くから幅広い音楽性を感じさせて。
多様と言うか、雑食と言うか。兎に角 。一筋縄ではいかない、食えないところがあって。
そこが。タジのタジたる所以とも思われて。黒いライ・クーダーとも称されたとも。
タジとライは元々、同じバンドにいたので。その嗜好、志向が似ていても不思議は無いかな。
そんなタジの個性、魅力が遺憾なく発揮されているのがこのアルバムなのですよね。
ブルース、ソウル、ジャズ、レゲエ、カリビアン、そしてハワイアンと。実に幅広くて。
まるで、ブラック・ミュージックの見本市かと言うくらいの網羅性の高さ。
タジのやっている、目指しているのは汎用的なブラック・ミュージックなのだと実感します。
その汎用性の高さが、何とも言えない心地良さを生み出していて。酔いしれてしまうのです。
針を落としていると。何も考えずにいられると言うか、何もかも忘れられると言うか。
それはジャンルやカテゴリーの違いなど気にも止めない。囚われもしない。
そんなタジの大らかで自由な音楽性によるものなのだろうなと、思わざるを得ないかなと。
ともすれば。そのアプローチが学究的に過ぎると言われることもあるタジですが。
決して、ただの頭でっかちなものに終始していないのは明らかで。それはタジの姿勢。
音楽に対する真摯な愛情に裏打ちされた学究であることと。その実践が伴っているところ。
ちゃんと魂と、そして肉体の存在を感じさせるところ。それがあるからなのかなと。
そして。多分に。魂と肉体の存在。特に肉体の存在を強く感じさせることができるのは。
やはり、タジの出自にルーツに求められるわけで。ブルースのその先へと向かった。
そのことは必然でもあり、強みでもあったのだろうなと。その強みの生み出す心地良さ。
空を、大地を思わせる存在感の心地良さ。そこに惹かれて止まないのです。

あの日の。
大地も。
青かったのか。
地平線が。
見えていたのか。

あの日も。
そう。
きっと同じ様に。
空の下で。
足の裏に感じて。

何でもない。
どうにもならない。
思いを。
扱いかねて。
あてもなく。

時の、流れる。
時の、過ぎゆく。
そのままで。
任せる。委ねる。
そのうちに。

思いなど。
何処へともなく。
流浪するかの様に。
形を無くしたかの様に。
消え失せてしまって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
その存在だけを感じながら。

あの日の。
空の青さも。
雲の白さも。
憶えてはいない。
思い出せない。

あの日の。
大地の青さも。
地平線の丸みも。
憶えてはいない。
思い出せない。

持て余していた。
扱いかねていた。
その思いも。
憶えてはいない。
思い出せない。

ただ。
あの日も。
こうして。
空を見上げていた。
腰を下ろしていた。

ただ。
あの日も。
こうして。
空の下にいて。
足の裏に感じていた。

時の、流れるままに。
時の、過ぎゆくままに。
いらぬ思いは。
跡形も無くなって。
消え失せてしまって。

ただ。
空と。
大地と。
自分だけを。
その存在だけを感じていた。

そして。
あの日と同じ。
空と大地の間に。
今日も。
自分を感じている。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/08/15 Tue *図太く、しぶとく / Bo Diddley

20170815bigbadbo


太く。
短く。
駆け抜けてしまう。
そいつが。
カッコいいなと。

その実。
憧れていたのだが。
どうにも。
こうにも。
太くもないし。

何よりも。
もう。
どうにも。
短いとは。
言えなくなって。

そもそも。
夭折とやらとは。
縁が無かったのだと。
そんなタイプでは。
無かったのだと思い知らされ。

今のままじゃ。
このままじゃ。
中途半端だなと。
このまま終わるのも。
あれだよなと。

ならば。
もう。
図太く。
しぶとく。
それしかないかなどと。

『Big Bad Bo』'74年リリース。
ボ・ディドリーの24枚目(?)のアルバム。
チャック・ベリー等と比較しても。
そのアルバムの枚数が多いのは。まぁ、収監されなかったからと言うのもあるし。
それだけ人気があった。ボ・ディドリー・ビートの需要があったと。
そして終始一貫としてチェスと契約していたと言うのも存外に大きいのかも。
単に面倒だったからかもしれないけれど。その律義さは何となくボらしいかな。
さて。ボと言えば。そのワン&オンリーなビート。そいつに尽きると。
そいつは間違ってはいない、大義ではその通りなのだけれど。
それだけで。長い間、生き延びられる、生き残れるわけもなく。そこはしたたかに。
ちゃんと時々で。その時代に合わせた変化も見せているのだなと。
特に'70年代に入ってからは。一部ではボのファンク時代とも言われているらしく。
ビートに敏感であったボらしく、恐らく一番刺激的であったであろうファンク。
そいつに接近して、取り入れて。更には換骨奪胎して。新たなファンクを生んでいると。
その旺盛で貪欲な食欲と。強靭な胃袋。そこにこそボの魅力の何たるかがあるかな。
明らかに以前とは異なるサウンド、リズム、ビート。でも、ボ・ディドリーでしかない。
そう、このアルバムで聴かれるもの。それはボ以外の何ものでもないのですよね。
頑固、頑迷(と言ってしまおう)なファンの中にはこの時代のボを無視するむきも多いとか。
でも。ボにとっては。そんな事はどうでもいいと言うか。ものともしないと言うかね。
誰が何を言おうが、何と言おうが。やりたい様に、やりたい事をやるのだと。
そうすれば。それがボ・ディドリー・ビートに、それがボ・ディドリーになるのだと。
この類まれなタフネスが生み出すファンク。そいつがご機嫌にならないわけがないと。
大きく、悪く・・・図太く、しぶとく。その逞しさに痺れてしまうのです。

細く。
長く。
歩き続けるのが。
そいつが。
勝ちかなと。

その実。
思いもするのだが。
どうにも。
こうにも。
細いとも言えないし。

何よりも。
そう。
どうにも。
長くできるほど。
器用でもなく、巧くもなく。

そもそも。
無事これ名馬やらとは。
縁が無かったのだと。
平穏無事では。
済まないのだと思い知らされ。

今のままじゃ。
このままじゃ。
帯に何とか、襷に何とかだなと。
このまま素知らぬ顔も。
あれだよなと。

ならば。
そう。
図太く。
しぶとく。
それしかないだろうと。

その時。
その一瞬。
熱くなれなきゃ。
燃えられなきゃ。
楽しくない。

そいつを。
その場限りと。
忘れて。
お終いとするのは。
面白くない。

先を。
考えて。
今を。
見送り。見逃すのは。
あり得ない。

先は。
先で。
未だ見ぬ何かに。
出会いたい、触れたい。
いつまでも。

今が。
今日が。
無ければ。
楽しくなければ。
始まらない。

先が。
明日が。
無ければ。
面白くなくては。
仕方がない。

だから。
もう。
今も。先も。
いつでも。
楽しく、面白く。

図太く。
しぶとく。
俺の鼓動を。
刻み続ける。
それしかないのだな(笑)。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/07/04 Tue *陽気で、猥雑で、意味深な / Koko Taylor

30170704kokotaylor


朝も。
昼も。
夜も。
のべつまくなし。
やる気がしない。

こう。
暑くちゃ。
こう。
蒸しちゃ。
否、そうでなくても。

気だるくて。
眠気が醒めなくて。
それこそ。
一日中でも。
ゴロゴロしていたい。

ゴロゴロと。
ダラダラと。
半分、夢の中。
半分だけ目覚めて。
時間だけが過ぎていく。

欲しいものも。
したいことも。
やりたいことも。
無くもないのだが。
どうにも、こうにも。

その気にさせてくれる。
目覚めさせてくれる。
火をつけてくれる。
そんなものを探して。
夢うつつで彷徨っている。

『Koko Taylor』'69年リリース。
クイーン・オブ・ブルース、ココ・テイラー。
その記念すべき初めてとなるチェスからのアルバム。
ウィリー・ディクソンに見初められてチェスと契約したココ。
陽気で、猥雑で。そして意味深な、「Wang Dang Doodle」を与えられ。
楽しくて、そしていけない大騒ぎのパーティーの様子を艶やかに豪快に歌って大ヒット。
一躍、チェスの、そしてシカゴ・ブルースの人気者の一人となりました。
その後もコンスタントに活動するものの。例によってチェスはなかなかアルバムを作らず。
「Wang Dang Doodle」のヒットから三年経って漸く、このアルバムと。
このアルバムの為に新たに録音されたナンバーも数曲あるみたいですが。
「Wang Dang Doodle」を始めとして既にシングルとしてリリースされたナンバーが中心で。
言わば、ベスト・アルバム的な性格も帯びていて。豪快なココの歌声が堪能できます。
またウィリーを始めとして。バディ・ガイ、マット・マーフィー、ウォルター・ホートンと。
腕利きのメンバーがバック・アップしていて。’60年代中期~後期の。
ソウルにも接近していた時代のチェスのシカゴ・ブルース・サウンドも楽しめます。
ウィリーは余程ココに熱を上げていたとみえて。その歌声まで披露していてくれます。
シカゴ・ブルースを代表する女性ヴォーカリスとにはビッグ・ママ・ソーントンがいますが。
世代の違いもあるか。ド迫力ながらも、可愛らしさも漂うところがココの魅力でしょうか。
また、ソウルの匂いを振りまきながらもあくまでもブルージーなところ。
そこが、ソウルを歌わせたら限りなくソウルフルになるエタ・ジェイムスとの違いかなと。
何にしろ。この本人に似ても似つかぬジャケットは、やり過ぎではありますが。
一晩中、夜通しでも一緒に騒いでいたくなる、そんな艶っぽい可愛らしさがココの歌声にはあるのです。

朝も。
昼も。
夜も。
のんべんだらりと。
やる気にならない。

そう。
暑さのせいも。
そう。
蒸しているせいも。
勿論、ありはするけれど。

気も萎えて。
生気が呼び起こされず。
それこそ。
一日中でも。
グダグダしていたい。

グダグダと。
デレデレと。
半分、死んだ様に。
半分だけで生き長らえて。
時間だけを費やしていく。

欲しいものも。
したいことも。
やりたいことも。
あるにはあるのだが。
どうしても、こうしても。

その気になれる。
目が覚める。
火が燃え上がる。
そんなものを探して。
半死半生で彷徨っている。

そうだ。
こんな。
朝には。
昼には。
夜には。

兎にも角にも。
浮き立たせてくれる。
浮足立させてくれる。
そんな声が必要だ。
そんな誘いが必要だ。

さぁ。
目を覚まして。
心に火をつけて。
体にも火をつけて。
出ておいでと。

さぁ。
生気を呼び起こして。
精器を呼び覚まして。
全身に漲らせて。
出ておいでと。

艶やかで。
婀娜で。
大騒ぎな。
夜を。
一緒に過ごそうと。

そんな。
逆らえない。
豪快で。可愛らしい。
声を。誘いを。
待っている。

陽気で。
猥雑で。
意味深な。
声を。誘いを。
待っている。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/07/03 Mon *愉快指数 / Clifton Chenier

20170703thekingofzydeco_2


暑いし。
蒸すし。
月曜日だし。
もう。
不快指数が上がりっ放し。

こんな日は。
こんな夜は。
何も考えず。
ただただ。
楽しくなる様に。

買い出しをして。
台所に立って。
包丁を片手に。
リズムをとる様に。
刻みながら。

鍋に。
お湯を沸かして。
煮込んで。
油をひいて。
焼いて。

器を。
取り出して。
盛り付けて。
食卓に。
並べる頃には。

鼻歌のひとつも。
口ずさんで。
さぁ。
飲んで。食べて。笑って。
愉快指数を上げてやろう。

『The King Of Zydeco』'81年リリース。
ザディコの王様、クリフトン・シェニエの二つ名を冠したアルバム。
そのキャリアに於いて数多くのライヴ・アルバムを残しているシェニエ。
このモントルーでのライヴ・アルバムはその中でも晩年の姿を捉えたアルバムかな。
どうも。'70年代後半からは体調を崩しがちだった模様で。
それまで精力的に行っていたライヴの回数も減っていたのだとか。
そう考えると。ジャケットのシェニエ。微笑んではいるもののやや疲れてはいるかなと。
確かに。その演奏も幾分テンポを落とした感じで。以前の火を吹く感じでは無いかなと。
でも。そこは王様ですからね。絶妙な味わい、ニュアンスに富んだ演奏で。
A面頭の「Jambalaya」が終わるころには客席から歓声が飛んでいます。
自らのアコーディオンに、ギター、ベース、ドラムス、そしてウォッシュ・ボードと。
ザディコを奏でる、楽しむ、楽しませる最小限の編成で。上々のステージを展開しています。
比較的小規模の会場での収録だったのか。ウォッシュ・ボードの音がよく聴こえるのですが。
その、チープ(失礼)でチャカチャカした音色が、何ともいい味を出していて。
饒舌なシェニエのアコーディオンに巧みに合の手を入れるかの如くで、楽しいのですよね。
元々。フランス系の移民の宴会、パーティーで踊る為の音楽から始まっているザディコです。
その魅力と言うか、求められるところを王様であるシェニエは知り尽くしているのですね。
楽しんでなんぼ、楽しませてなんぼ、躍らせてなんぼ。そんなザディコの本質。
そいつを心憎いまでに、美味しく料理して。さぁ、召し上がれと提供してくれるのです。
MCにフランス語が頻繁に混ざるところから。客席には同胞も多かったのか。
ステージが進むにつれて。どんどんと盛り上がって。愉快指数が上昇していきます。
王様は、その晩年も。聴く者の心をよくわかる、気さくな賢王であったのだと。嬉しくなるのです。

暑いし。
蒸すし。
月曜日だし。
もう。
不快指数が上がりっ放し。

こんな日は。
こんな夜は。
何も考えず。
ただただ。
楽しくなる様に。

買い出しをして。
台所に立って。
包丁を片手に。
リズムをとる様に。
刻みながら。

鍋に。
お湯を沸かして。
煮込んで。
油をひいて。
焼いて。

器を。
取り出して。
盛り付けて。
食卓に。
並べる頃には。

鼻歌のひとつも。
口ずさんで。
さぁ。
飲んで。食べて。笑って。
愉快指数を上げてやろう。

買って。
作って。
歌って。
盛って。
あぁ、愉快だなと。

飲んで。
食べて。
歌って。
笑って。
あぁ、愉快だなと。

気温は。
下げられない。
湿度も。
下げられない。
それがどうした。

暑くても。
蒸しても。
旨ければ。
美味しければ。
それでいい。

暑くても。
蒸しても。
楽しければ。
笑えれば。
それでいい。

だから。
何も。
考えず。
思わず。
惑わされず。

ただ。
ひたすらに。
歌う様に。
踊る様に。
愉快指数を上げてやろう!



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/07/02 Sun *見る前に / Snooks Eaglin

20170702outofnowhere


見る前に。
見える前に。
撃て。
とにかく。
撃ってしまえ。

ここが。
何処なのか。
なぜ。
此処なのか。
それはわからなくても。

それが。
いつなのか。
なぜ。
いまなのか。
それはわからなくても。

下手な。
考えなど。
いりはしない。
此処で。いま。
撃ってみるのだ。

何処にもない。
此処にもない。
でも。
だからこそ。
撃ってしまえば。

何処かから。
ひょっとしたら。
此処から。
何かが生まれるかもしれない。
だから。見る前に。

『Out Of Nowhere』'89年リリース。
スヌークス・イーグリンのブラック・トップでの2枚目のアルバム。
ニュー・オーリンズ出身の盲目のギタリスト、スヌークス・イーグリン。
僅か一歳で失明し、五歳の時にはギターを手にしていたと言われるスヌークス。
スヌークスと言うのは悪戯っ子との意味だそうで。陽気な子供だった模様です。
'50年代前半、十代の頃には既にプロとしての活動を始めていて。
様々なバンドに加入したり、様々なアーティストのバックを務めたり。
そして勿論、ソロとしても活動していて。一説ではレパートリーは1,000曲以上とも。
ブルース、ジャズ、そしてニュー・オーリンズ・R&B。そんな枠には収まらない。
幅広いレパートリーを自在に奏で、歌い。活動の場を広げていたと思われますが。
結構、気儘な性格でもあったらしく。なかなかレコーディングの機会には恵まれずに。
アルバムを意識してのレコーディングは、ブラック・トップと契約してからだったかなと。
そして、遂にその超絶的な技巧を思う存分に発揮して、評価も広まることとなったと。
このアルバムでも。その人間ジューク・ボックスとも言われた魅力が全開になっていて。
もろ、ニュー・オーリンズ・R&Bなナンバーもあれば。ジャズのスタンダードもあり。
更にはアイズレー・ブラザーズのカバーもあれば、インストもありで。
そのどれもが、実に生き生きと響いてくるのが堪らないなと。確かに超絶なのですが。
決して頭でっかちの、技巧に走るタイプではなくて。感じるままを奏でる感覚派かなと。
勿論、そこは高い技術があってこそ、なのでしょうが。気の向くまま、赴くまま。
それをギターで余すところなく表現することのできる、その煌めく様が実に見事です。
まるで。そうマシンガンを連射しているかの如くに次から次へ音が飛んいくのです。
歌はね、決して上手くはないのですが。レイ・チャールズを思わせる瞬間もあって。
どうにも温かく、優しく。そして悪戯っ子の面影があってね。また良いかなと。

見る前に。
見えてしまう前に。
撃て。
どうでも。
撃ってしまえ。

ここが。
何処であるのか
なぜ。
此処であるのか。
それはわからなくても。

それが。
いつくるのか。
なぜ。
いまこようとしているのか。
それはわからなくても。

下手に。
考えたところで。
変わりはしない。
此処で。いま。
撃ってみるのだ。

何処にもありはしない。
此処にもありはしない。
でも。
だったら。
撃ってしまえば。

何処かから。
ひょっとしたら。
此処から。
何かが始まるかもしれない。
だから。見る前に。

何処にもない。
此処にもない。
ないのなら。
生めばいい。
変えてしまえばいい。

何処でもない。
此処でもない。
ないのなら。
作ればいい。
変わってしまえばいい。

下手な。
考えとか。
計算とか。
絵図とか。
その前に。

ここが。
何処でも。
此処が。
何処でも。
とにかく。

いまが。
いつでも。
いつが。
いまでも。
とにかく。

撃ってしまえ。
撃ってみるのだ。
撃ってしまえば。
何かが生まれるかもしれない。
何かが始まるかもしれない。

だから。
見る前に。
見える前に。
見えてしまう前に。
撃て。撃ちまくれ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/07/01 Sat *先達 / Muddy Waters

20170701singsbigbill


先達。
そう。
余程のことで無い限り。
何事にも。
その道の先人がいる。

先に。
行ったから。
歩んだから。
それだけで。
偉いと言うものでも。

その。
生き方。
歩き方。
それが。
総てと言うのでも。

そんなものでは。
無いけれど。
その道を。
最初に歩き始めた。
歩いて切り拓いた。

その。
事実。
その。
一点.
そこに敬意を払いながら。

先達の。
背中を。
轍を。
追いながら。
自分なりの道を、歩き方を思う。

『Sings Big Bill』'60年リリース。
シカゴ・ブルースの先駆者、先達、ビッグ・ビル・ブルーンジー。
そのビッグ・ブルのナンバー、レパートリーを歌ったマディ・ウォーターズのアルバム。
ビッグ・ブルの死後に録音されているので、追悼企画として録音、リリースだったのか。
ジェイムス・コットン、オーティス・スパンも加わったバンド・スタイルで。
当時としては最先端のエレクトリック・シカゴ・ブルースとして聴かせてくれています。
第二次世界大戦前からシカゴで活躍していたビッグ・ブル。後進達の面倒も見ていた様で。
サニーランド・スリムの伝手でシカゴに出てきたマディも、そんな一人だったのでしょう。
公私に渡って、手本であり見本であったビッグ・ブルへの畏敬の念を感じたりもします。
ビッグ・ブルもエレキを手にしていたものの。ファンからはフォーク・ブルースを求められ。
結果、その評価と言うか、知られているスタイルはアコースティックなものだったりします。
そんなビッグ・ブルの無念?を晴らそうとの思いもマディにはあったのかもしれません。
それは、ちょっと感傷に過ぎるのかな。いずれにせよ真摯に丁寧に奏でられています。
どこをどう切っても。どこから聴いても。エレクトリック・シカゴ・ブルースでしかなくて。
マディ・ウォーターズ・バンドのアルバムとしても真っ当なアルバムになっているところ。
実は、そこにこそ。ビッグ・ブルのシカゴ・ブルースに対する功績の大きさの証があって。
下手な小細工をせずに。いつも通りに、真正面からやってみせたマディ。流石だなと。
ロバート・ジョンソンがいて、ビッグ・ブルがいて、そしてマディがいて。
そしてローリング・ストーンズや、エリック・クラプトンや、ジョニー・ウィンターへと。
そんな受け継がれていくもの、受け渡されていくもの。そんなものを感じてしまいます。
新しい音楽、新しく思える音楽。でもそこには先達の影が、脈々と流れているものがあると。
そんな影や、流れているものへの敬意や愛情は、決して忘れてはならないと思うのです。

先達。
そう。
余程の大凡のものには。
何事でも。
その筋の先人がいる。

先に。
見つけたから。
やったから。
それだけで。
偉いと言うものでも。

その。
見かた。
やりかた。
それが。
総てと言うのでも。

そんなものでは。
無いけれど。
そいつを。
最初に見つけて。
とにかくやってみた。

その。
事実。
その。
一点.
そこに憧憬を抱きながら。

先達の。
手元を。
技を。
盗みながら。
自分なり見かた、やり方を思う。

歩き続けて。
やり続けて。
ふと。
気づく時が。
ある。

あそこを。
歩いているのは。
あそこに。
いるのは。
誰なのだろうと。

この道を。
その先を。
歩いているのは。
いっているのは。
誰なのだろうと。

既に。
誰かが。
あるいていたのだと。
やっていたのだと。
気づかされ。

軽く。
失望しながらも。
その背中に。
その轍に。
勇気をも与えられ。

いつか。
追いつこうと。
追い抜こうと。
そして。
受け継いでいこうと。

先達。
その存在に。
敬意を払い、抱き。
己は己なりに。
歩んでいこうと思うのだ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/06/30 Fri *切り捨て御免 / Mickey Baker

20170630wildestguitar


切り捨て御免。

何を。
今更。
ごちゃごちゃ。
言っているのやら。
言わせているのやら。

既に。
決まったこと。
終わったこと。
それも。
筋を通した上でのこと。

それを。
後出しじゃんけんで。
なんやかやと。
そいつは。
ただの我儘でしょうが。

悪いが。
ごね得などは。
認めません。
させません。
ならないことも浮世にはあるもので。

あまりにも。
仁義を欠く様な。
道を外れる様な。
真似をしでかそうと言うのなら。
問答無用で。

切り捨て御免。

『Wildest Guitar』'59年リリース。
ミッキー・ベイカーの全編インストによるアルバム。
この見つめていると右手が動きそうなジャケットが何とも素晴らしいなと。
そもそもはジャズの人で。ピー・ウィー・クレイトンに影響されてブルースに転向。
でもジャンルには囚われずに。様々なセッションで名を馳せて。
ミッキー&シルヴィアなるデュオでR&Bの分野でヒット曲もある多彩なミッキー。
その柔軟性と、凄腕が評価され、そして重宝されたのだろうなと。
さて。このアルバムがどの様な経緯で企画され、実現に至ったのかはわからないのですが。
A面頭がいきなり「Third Man Theme」で驚かされるのですが。
それ以外にも「Night And Day」とか「Autumn Leaves」とかまで演奏していて。
この辺りの選曲からするとレコード会社主導の安易なイージー・リスニング企画課とか。
しかしながら。漸くピンで主役の座を得て張り切っているミッキーのギターが素晴らしく。
ジャンルとか、企画意図とか。そんなものは問答無用の鋭く、切れ味のいいサウンドで。
それこそ、切り捨て御免とばかりに片端から切り倒し、切りまくっている様で痛快です。
とても安易に聞き流せない、ギラギラとして、豪快でもあり。何ともカッコいいギター。
奏でられるリフや、フレーズがまた決まりまくっていて。堪らないのですよね。
恐らく時代的にはヴェンチャーズよりも前ですからね。何と革新的だったことかと。
う~ん、一人デンデケデケデケ、と言ったところで。しかもブルージーでジャージーでと。
いやぁ、こんなギターが弾けたら。本当に爽快で、痛快で。楽しいだろうなと。
なんでも晩年はフランスに移住して。シルヴィ・ヴァルタンやフランソワーズ・アルディ。
そんな方々のバックも務めていたそうなので。本当に才能豊かな、異能のギタリストかな。
このジャケット、そしてアルバム・タイトルに偽り無しの傑作なのです。

切り捨て御免。

何を。
いつまで。
あれやこれやと。
悩んでいるやら。
悩ませているのやら。

既に。
決したこと。
かたのついたこと。
それも。
得心したはずのこと。

それを。
卓袱台を返そうと。
なんだかんだと。
そいつは。
ただの臆病風でしょうが。

悪いが。
朝令暮改などは。
許しません。
させません。
ならぬ堪忍も浮世にはあるもので。

あまりにも。
義理を欠く様な。
理を乱す様な。
真似をしでかそうと言うのなら。
問答無用で。

切り捨て御免。

浮世で。
凌ぎを得て。
世を渡るのなら。
そこには。
決まりがあるもので。

仁義でも。
義理でも。
何でもいいが。
欠いちゃならない。
そいつはお約束。

道は。
外れ過ぎちゃならない。
理は。
乱し過ぎちゃならない。
そいつもお約束。

自明でも。
暗黙でも。
そこのところは。
変わらない。
忘れちゃならない。

一から。
十まで。
語られなくても。
感じられることがある。
知るべきこともある。

融通もしましょう。
折れもしましょう。
だけれども。
やってはならない。
そいつをやろうと言うのなら。

刀を引き寄せ。
鯉口を切って。
抜き身でもって。
真正面から。
問答無用で。

切り捨て御免。

ご用心(笑)。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧