カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2017/07/04 Tue *陽気で、猥雑で、意味深な / Koko Taylor

30170704kokotaylor


朝も。
昼も。
夜も。
のべつまくなし。
やる気がしない。

こう。
暑くちゃ。
こう。
蒸しちゃ。
否、そうでなくても。

気だるくて。
眠気が醒めなくて。
それこそ。
一日中でも。
ゴロゴロしていたい。

ゴロゴロと。
ダラダラと。
半分、夢の中。
半分だけ目覚めて。
時間だけが過ぎていく。

欲しいものも。
したいことも。
やりたいことも。
無くもないのだが。
どうにも、こうにも。

その気にさせてくれる。
目覚めさせてくれる。
火をつけてくれる。
そんなものを探して。
夢うつつで彷徨っている。

『Koko Taylor』'69年リリース。
クイーン・オブ・ブルース、ココ・テイラー。
その記念すべき初めてとなるチェスからのアルバム。
ウィリー・ディクソンに見初められてチェスと契約したココ。
陽気で、猥雑で。そして意味深な、「Wang Dang Doodle」を与えられ。
楽しくて、そしていけない大騒ぎのパーティーの様子を艶やかに豪快に歌って大ヒット。
一躍、チェスの、そしてシカゴ・ブルースの人気者の一人となりました。
その後もコンスタントに活動するものの。例によってチェスはなかなかアルバムを作らず。
「Wang Dang Doodle」のヒットから三年経って漸く、このアルバムと。
このアルバムの為に新たに録音されたナンバーも数曲あるみたいですが。
「Wang Dang Doodle」を始めとして既にシングルとしてリリースされたナンバーが中心で。
言わば、ベスト・アルバム的な性格も帯びていて。豪快なココの歌声が堪能できます。
またウィリーを始めとして。バディ・ガイ、マット・マーフィー、ウォルター・ホートンと。
腕利きのメンバーがバック・アップしていて。’60年代中期~後期の。
ソウルにも接近していた時代のチェスのシカゴ・ブルース・サウンドも楽しめます。
ウィリーは余程ココに熱を上げていたとみえて。その歌声まで披露していてくれます。
シカゴ・ブルースを代表する女性ヴォーカリスとにはビッグ・ママ・ソーントンがいますが。
世代の違いもあるか。ド迫力ながらも、可愛らしさも漂うところがココの魅力でしょうか。
また、ソウルの匂いを振りまきながらもあくまでもブルージーなところ。
そこが、ソウルを歌わせたら限りなくソウルフルになるエタ・ジェイムスとの違いかなと。
何にしろ。この本人に似ても似つかぬジャケットは、やり過ぎではありますが。
一晩中、夜通しでも一緒に騒いでいたくなる、そんな艶っぽい可愛らしさがココの歌声にはあるのです。

朝も。
昼も。
夜も。
のんべんだらりと。
やる気にならない。

そう。
暑さのせいも。
そう。
蒸しているせいも。
勿論、ありはするけれど。

気も萎えて。
生気が呼び起こされず。
それこそ。
一日中でも。
グダグダしていたい。

グダグダと。
デレデレと。
半分、死んだ様に。
半分だけで生き長らえて。
時間だけを費やしていく。

欲しいものも。
したいことも。
やりたいことも。
あるにはあるのだが。
どうしても、こうしても。

その気になれる。
目が覚める。
火が燃え上がる。
そんなものを探して。
半死半生で彷徨っている。

そうだ。
こんな。
朝には。
昼には。
夜には。

兎にも角にも。
浮き立たせてくれる。
浮足立させてくれる。
そんな声が必要だ。
そんな誘いが必要だ。

さぁ。
目を覚まして。
心に火をつけて。
体にも火をつけて。
出ておいでと。

さぁ。
生気を呼び起こして。
精器を呼び覚まして。
全身に漲らせて。
出ておいでと。

艶やかで。
婀娜で。
大騒ぎな。
夜を。
一緒に過ごそうと。

そんな。
逆らえない。
豪快で。可愛らしい。
声を。誘いを。
待っている。

陽気で。
猥雑で。
意味深な。
声を。誘いを。
待っている。



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2017/07/03 Mon *愉快指数 / Clifton Chenier

20170703thekingofzydeco_2


暑いし。
蒸すし。
月曜日だし。
もう。
不快指数が上がりっ放し。

こんな日は。
こんな夜は。
何も考えず。
ただただ。
楽しくなる様に。

買い出しをして。
台所に立って。
包丁を片手に。
リズムをとる様に。
刻みながら。

鍋に。
お湯を沸かして。
煮込んで。
油をひいて。
焼いて。

器を。
取り出して。
盛り付けて。
食卓に。
並べる頃には。

鼻歌のひとつも。
口ずさんで。
さぁ。
飲んで。食べて。笑って。
愉快指数を上げてやろう。

『The King Of Zydeco』'81年リリース。
ザディコの王様、クリフトン・シェニエの二つ名を冠したアルバム。
そのキャリアに於いて数多くのライヴ・アルバムを残しているシェニエ。
このモントルーでのライヴ・アルバムはその中でも晩年の姿を捉えたアルバムかな。
どうも。'70年代後半からは体調を崩しがちだった模様で。
それまで精力的に行っていたライヴの回数も減っていたのだとか。
そう考えると。ジャケットのシェニエ。微笑んではいるもののやや疲れてはいるかなと。
確かに。その演奏も幾分テンポを落とした感じで。以前の火を吹く感じでは無いかなと。
でも。そこは王様ですからね。絶妙な味わい、ニュアンスに富んだ演奏で。
A面頭の「Jambalaya」が終わるころには客席から歓声が飛んでいます。
自らのアコーディオンに、ギター、ベース、ドラムス、そしてウォッシュ・ボードと。
ザディコを奏でる、楽しむ、楽しませる最小限の編成で。上々のステージを展開しています。
比較的小規模の会場での収録だったのか。ウォッシュ・ボードの音がよく聴こえるのですが。
その、チープ(失礼)でチャカチャカした音色が、何ともいい味を出していて。
饒舌なシェニエのアコーディオンに巧みに合の手を入れるかの如くで、楽しいのですよね。
元々。フランス系の移民の宴会、パーティーで踊る為の音楽から始まっているザディコです。
その魅力と言うか、求められるところを王様であるシェニエは知り尽くしているのですね。
楽しんでなんぼ、楽しませてなんぼ、躍らせてなんぼ。そんなザディコの本質。
そいつを心憎いまでに、美味しく料理して。さぁ、召し上がれと提供してくれるのです。
MCにフランス語が頻繁に混ざるところから。客席には同胞も多かったのか。
ステージが進むにつれて。どんどんと盛り上がって。愉快指数が上昇していきます。
王様は、その晩年も。聴く者の心をよくわかる、気さくな賢王であったのだと。嬉しくなるのです。

暑いし。
蒸すし。
月曜日だし。
もう。
不快指数が上がりっ放し。

こんな日は。
こんな夜は。
何も考えず。
ただただ。
楽しくなる様に。

買い出しをして。
台所に立って。
包丁を片手に。
リズムをとる様に。
刻みながら。

鍋に。
お湯を沸かして。
煮込んで。
油をひいて。
焼いて。

器を。
取り出して。
盛り付けて。
食卓に。
並べる頃には。

鼻歌のひとつも。
口ずさんで。
さぁ。
飲んで。食べて。笑って。
愉快指数を上げてやろう。

買って。
作って。
歌って。
盛って。
あぁ、愉快だなと。

飲んで。
食べて。
歌って。
笑って。
あぁ、愉快だなと。

気温は。
下げられない。
湿度も。
下げられない。
それがどうした。

暑くても。
蒸しても。
旨ければ。
美味しければ。
それでいい。

暑くても。
蒸しても。
楽しければ。
笑えれば。
それでいい。

だから。
何も。
考えず。
思わず。
惑わされず。

ただ。
ひたすらに。
歌う様に。
踊る様に。
愉快指数を上げてやろう!



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2017/07/02 Sun *見る前に / Snooks Eaglin

20170702outofnowhere


見る前に。
見える前に。
撃て。
とにかく。
撃ってしまえ。

ここが。
何処なのか。
なぜ。
此処なのか。
それはわからなくても。

それが。
いつなのか。
なぜ。
いまなのか。
それはわからなくても。

下手な。
考えなど。
いりはしない。
此処で。いま。
撃ってみるのだ。

何処にもない。
此処にもない。
でも。
だからこそ。
撃ってしまえば。

何処かから。
ひょっとしたら。
此処から。
何かが生まれるかもしれない。
だから。見る前に。

『Out Of Nowhere』'89年リリース。
スヌークス・イーグリンのブラック・トップでの2枚目のアルバム。
ニュー・オーリンズ出身の盲目のギタリスト、スヌークス・イーグリン。
僅か一歳で失明し、五歳の時にはギターを手にしていたと言われるスヌークス。
スヌークスと言うのは悪戯っ子との意味だそうで。陽気な子供だった模様です。
'50年代前半、十代の頃には既にプロとしての活動を始めていて。
様々なバンドに加入したり、様々なアーティストのバックを務めたり。
そして勿論、ソロとしても活動していて。一説ではレパートリーは1,000曲以上とも。
ブルース、ジャズ、そしてニュー・オーリンズ・R&B。そんな枠には収まらない。
幅広いレパートリーを自在に奏で、歌い。活動の場を広げていたと思われますが。
結構、気儘な性格でもあったらしく。なかなかレコーディングの機会には恵まれずに。
アルバムを意識してのレコーディングは、ブラック・トップと契約してからだったかなと。
そして、遂にその超絶的な技巧を思う存分に発揮して、評価も広まることとなったと。
このアルバムでも。その人間ジューク・ボックスとも言われた魅力が全開になっていて。
もろ、ニュー・オーリンズ・R&Bなナンバーもあれば。ジャズのスタンダードもあり。
更にはアイズレー・ブラザーズのカバーもあれば、インストもありで。
そのどれもが、実に生き生きと響いてくるのが堪らないなと。確かに超絶なのですが。
決して頭でっかちの、技巧に走るタイプではなくて。感じるままを奏でる感覚派かなと。
勿論、そこは高い技術があってこそ、なのでしょうが。気の向くまま、赴くまま。
それをギターで余すところなく表現することのできる、その煌めく様が実に見事です。
まるで。そうマシンガンを連射しているかの如くに次から次へ音が飛んいくのです。
歌はね、決して上手くはないのですが。レイ・チャールズを思わせる瞬間もあって。
どうにも温かく、優しく。そして悪戯っ子の面影があってね。また良いかなと。

見る前に。
見えてしまう前に。
撃て。
どうでも。
撃ってしまえ。

ここが。
何処であるのか
なぜ。
此処であるのか。
それはわからなくても。

それが。
いつくるのか。
なぜ。
いまこようとしているのか。
それはわからなくても。

下手に。
考えたところで。
変わりはしない。
此処で。いま。
撃ってみるのだ。

何処にもありはしない。
此処にもありはしない。
でも。
だったら。
撃ってしまえば。

何処かから。
ひょっとしたら。
此処から。
何かが始まるかもしれない。
だから。見る前に。

何処にもない。
此処にもない。
ないのなら。
生めばいい。
変えてしまえばいい。

何処でもない。
此処でもない。
ないのなら。
作ればいい。
変わってしまえばいい。

下手な。
考えとか。
計算とか。
絵図とか。
その前に。

ここが。
何処でも。
此処が。
何処でも。
とにかく。

いまが。
いつでも。
いつが。
いまでも。
とにかく。

撃ってしまえ。
撃ってみるのだ。
撃ってしまえば。
何かが生まれるかもしれない。
何かが始まるかもしれない。

だから。
見る前に。
見える前に。
見えてしまう前に。
撃て。撃ちまくれ。



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2017/07/01 Sat *先達 / Muddy Waters

20170701singsbigbill


先達。
そう。
余程のことで無い限り。
何事にも。
その道の先人がいる。

先に。
行ったから。
歩んだから。
それだけで。
偉いと言うものでも。

その。
生き方。
歩き方。
それが。
総てと言うのでも。

そんなものでは。
無いけれど。
その道を。
最初に歩き始めた。
歩いて切り拓いた。

その。
事実。
その。
一点.
そこに敬意を払いながら。

先達の。
背中を。
轍を。
追いながら。
自分なりの道を、歩き方を思う。

『Sings Big Bill』'60年リリース。
シカゴ・ブルースの先駆者、先達、ビッグ・ビル・ブルーンジー。
そのビッグ・ブルのナンバー、レパートリーを歌ったマディ・ウォーターズのアルバム。
ビッグ・ブルの死後に録音されているので、追悼企画として録音、リリースだったのか。
ジェイムス・コットン、オーティス・スパンも加わったバンド・スタイルで。
当時としては最先端のエレクトリック・シカゴ・ブルースとして聴かせてくれています。
第二次世界大戦前からシカゴで活躍していたビッグ・ブル。後進達の面倒も見ていた様で。
サニーランド・スリムの伝手でシカゴに出てきたマディも、そんな一人だったのでしょう。
公私に渡って、手本であり見本であったビッグ・ブルへの畏敬の念を感じたりもします。
ビッグ・ブルもエレキを手にしていたものの。ファンからはフォーク・ブルースを求められ。
結果、その評価と言うか、知られているスタイルはアコースティックなものだったりします。
そんなビッグ・ブルの無念?を晴らそうとの思いもマディにはあったのかもしれません。
それは、ちょっと感傷に過ぎるのかな。いずれにせよ真摯に丁寧に奏でられています。
どこをどう切っても。どこから聴いても。エレクトリック・シカゴ・ブルースでしかなくて。
マディ・ウォーターズ・バンドのアルバムとしても真っ当なアルバムになっているところ。
実は、そこにこそ。ビッグ・ブルのシカゴ・ブルースに対する功績の大きさの証があって。
下手な小細工をせずに。いつも通りに、真正面からやってみせたマディ。流石だなと。
ロバート・ジョンソンがいて、ビッグ・ブルがいて、そしてマディがいて。
そしてローリング・ストーンズや、エリック・クラプトンや、ジョニー・ウィンターへと。
そんな受け継がれていくもの、受け渡されていくもの。そんなものを感じてしまいます。
新しい音楽、新しく思える音楽。でもそこには先達の影が、脈々と流れているものがあると。
そんな影や、流れているものへの敬意や愛情は、決して忘れてはならないと思うのです。

先達。
そう。
余程の大凡のものには。
何事でも。
その筋の先人がいる。

先に。
見つけたから。
やったから。
それだけで。
偉いと言うものでも。

その。
見かた。
やりかた。
それが。
総てと言うのでも。

そんなものでは。
無いけれど。
そいつを。
最初に見つけて。
とにかくやってみた。

その。
事実。
その。
一点.
そこに憧憬を抱きながら。

先達の。
手元を。
技を。
盗みながら。
自分なり見かた、やり方を思う。

歩き続けて。
やり続けて。
ふと。
気づく時が。
ある。

あそこを。
歩いているのは。
あそこに。
いるのは。
誰なのだろうと。

この道を。
その先を。
歩いているのは。
いっているのは。
誰なのだろうと。

既に。
誰かが。
あるいていたのだと。
やっていたのだと。
気づかされ。

軽く。
失望しながらも。
その背中に。
その轍に。
勇気をも与えられ。

いつか。
追いつこうと。
追い抜こうと。
そして。
受け継いでいこうと。

先達。
その存在に。
敬意を払い、抱き。
己は己なりに。
歩んでいこうと思うのだ。



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2017/06/30 Fri *切り捨て御免 / Mickey Baker

20170630wildestguitar


切り捨て御免。

何を。
今更。
ごちゃごちゃ。
言っているのやら。
言わせているのやら。

既に。
決まったこと。
終わったこと。
それも。
筋を通した上でのこと。

それを。
後出しじゃんけんで。
なんやかやと。
そいつは。
ただの我儘でしょうが。

悪いが。
ごね得などは。
認めません。
させません。
ならないことも浮世にはあるもので。

あまりにも。
仁義を欠く様な。
道を外れる様な。
真似をしでかそうと言うのなら。
問答無用で。

切り捨て御免。

『Wildest Guitar』'59年リリース。
ミッキー・ベイカーの全編インストによるアルバム。
この見つめていると右手が動きそうなジャケットが何とも素晴らしいなと。
そもそもはジャズの人で。ピー・ウィー・クレイトンに影響されてブルースに転向。
でもジャンルには囚われずに。様々なセッションで名を馳せて。
ミッキー&シルヴィアなるデュオでR&Bの分野でヒット曲もある多彩なミッキー。
その柔軟性と、凄腕が評価され、そして重宝されたのだろうなと。
さて。このアルバムがどの様な経緯で企画され、実現に至ったのかはわからないのですが。
A面頭がいきなり「Third Man Theme」で驚かされるのですが。
それ以外にも「Night And Day」とか「Autumn Leaves」とかまで演奏していて。
この辺りの選曲からするとレコード会社主導の安易なイージー・リスニング企画課とか。
しかしながら。漸くピンで主役の座を得て張り切っているミッキーのギターが素晴らしく。
ジャンルとか、企画意図とか。そんなものは問答無用の鋭く、切れ味のいいサウンドで。
それこそ、切り捨て御免とばかりに片端から切り倒し、切りまくっている様で痛快です。
とても安易に聞き流せない、ギラギラとして、豪快でもあり。何ともカッコいいギター。
奏でられるリフや、フレーズがまた決まりまくっていて。堪らないのですよね。
恐らく時代的にはヴェンチャーズよりも前ですからね。何と革新的だったことかと。
う~ん、一人デンデケデケデケ、と言ったところで。しかもブルージーでジャージーでと。
いやぁ、こんなギターが弾けたら。本当に爽快で、痛快で。楽しいだろうなと。
なんでも晩年はフランスに移住して。シルヴィ・ヴァルタンやフランソワーズ・アルディ。
そんな方々のバックも務めていたそうなので。本当に才能豊かな、異能のギタリストかな。
このジャケット、そしてアルバム・タイトルに偽り無しの傑作なのです。

切り捨て御免。

何を。
いつまで。
あれやこれやと。
悩んでいるやら。
悩ませているのやら。

既に。
決したこと。
かたのついたこと。
それも。
得心したはずのこと。

それを。
卓袱台を返そうと。
なんだかんだと。
そいつは。
ただの臆病風でしょうが。

悪いが。
朝令暮改などは。
許しません。
させません。
ならぬ堪忍も浮世にはあるもので。

あまりにも。
義理を欠く様な。
理を乱す様な。
真似をしでかそうと言うのなら。
問答無用で。

切り捨て御免。

浮世で。
凌ぎを得て。
世を渡るのなら。
そこには。
決まりがあるもので。

仁義でも。
義理でも。
何でもいいが。
欠いちゃならない。
そいつはお約束。

道は。
外れ過ぎちゃならない。
理は。
乱し過ぎちゃならない。
そいつもお約束。

自明でも。
暗黙でも。
そこのところは。
変わらない。
忘れちゃならない。

一から。
十まで。
語られなくても。
感じられることがある。
知るべきこともある。

融通もしましょう。
折れもしましょう。
だけれども。
やってはならない。
そいつをやろうと言うのなら。

刀を引き寄せ。
鯉口を切って。
抜き身でもって。
真正面から。
問答無用で。

切り捨て御免。

ご用心(笑)。



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2017/05/30 Tue *旧知 / B. B. King & Bobby Bland

20170530togetherforthefirsttime


確かに。
顔見知り。
知り合い。
だから。
初めてではないけれど。

こうして。
お手合せを。
願うのは。
ほぼほぼ。
初めてに近いので。

大胆に。
切り込む。
その前に。
少しばかり。
様子を窺ってみるかなと。

手を出す。
脚を出す。
その前に。
ロックアップして。
手四つの状態から。

その腕の程。
その胸の内。
その実力がどれくらいか。
そいつを。
感じ取ってから。

本格的に。
開戦。
共闘。
どう闘うかを。
組み立てていくこととしますかね。

『Together For The First Time...Live』'74年リリース。
B.B.キング、ボビー・ブランド。2人の共演を収めたライヴ・アルバム。
アルバム・タイトルにある様に、この時が初めての共演とのことなのですが。
この2人、共に20代をメンフィスで活動していた頃からの旧知の間柄なのですよね。
出会った頃はB.B.はラジオのDJで、ボビーは駆け出しのシンガーだったとか。
年齢的にはB.B.が5歳ほど年長になるのかな。世に出たのもB.B.が先だったと思われて。
故に。このアルバムでもB.B.が突っ込んで、ボビーがかわすみたいなMCが交わされます。
そこは、流石に旧知の間柄、そして2人とも大物ならではの余裕と貫禄のやり取りです。
さて。モダン・ブルース・ギターのオリジネイターであるB.B.のギター。
そしてブルースにR&Bの感覚を持ち込んだカリスマ的なシンガーであるボビーの歌声。
そのスクィーズするギターと、そのディープな歌声。それぞれが魅力的なのは確かですが。
そんな2人が一緒に同じステージに立ったら。どんなことになるのかと。
そこには期待と同じくらいに、不安もあったと思うのですが。上手く反応し合えばいいけど。
下手すると。お互いの個性を殺し合う結果になることも無いとは言えなかったと思われて。
流石の2人にも多少の緊張はあったと思われて。序盤は手探りな、感じもあるのです。
しかし。触れ合い、響き合い。共振、共鳴し始めるとあっという間に空気が変わって。
客席を泣き込んで。実に熱く、深く、ご機嫌な空間を作り上げてしまうのです。
これこそがブルース・ライヴの醍醐味ですが。それもB.B.とボビーによるものであると。
決して馴れ合うわけでなく。お互いを刺激し合い、時には挑発しながら。
共通の目的。客席を盛り上げる、楽しませることに全力を尽くすB.B.とボビーの姿、姿勢。
どちらが、より客席を沸かせるかで勝負をしていたのかな、なんて想像も楽しいかな。
B.B.の懐に思いっきり飛び込んだボビーも。受け止めて自由に泳がせているB.B.も。見事かなと。

確かに。
顔は知っている。
会話も交わしている。
だから。
初めてとは言えないけれど。

こうして。
真剣勝負に。
挑むのは。
ほぼほぼ。
初めてとも言えるので。

対面で。
やり合う。
その前に。
少しばかり。
出方を窺ってみるかなと。

殴り合う。
蹴り合う。
その前に。
ロックアップした。
手四つの力具合から。

その技量
その度量。
その程度がどれ程のものか。
そいつを。
推し量ってから。

本格的に。
開演。
競演。
どう競うかを。
組み立てていくこととしますかね。

知っている。
それだけに。
余計な。
先入観。
そいつを取り除き。

知っている。
それだけに。
有効な。
予備知識。
そいつを活用し。

どうしたら。
光れるか。
光らされるか。
盛り上げられるか。
そいつを思考し。

作戦を立て。
戦略を練り。
組んで、離れて。
拳を繰り出し。
蹴りを繰り出し。

そいつが。
想定内なのか。
想定を超えるのか。
そいつを。
確かめながらその先を。

組み立て。
練り直し。
試しながら。
最良の結末を。
導き出せるようにと。

初めてではない。
初めてとは言えない。
旧知。
だからこそ。
馴れ合わずに。

初めてではない。
初めてとは言えない。
旧知。
そいつを生かして。
輝かせなばならない。



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2017/05/29 Mon *月曜はダメよ / Fatts Domino

20170529thisisfattsdomino


月曜は。
どうしたって。
何をしたって。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。

例え。
気持ちのいい朝で。
空も青くて。
風も心地よくても。
思い出したらそれまでで。

そう。
今日は。
何曜日かと考えて。
月曜日だと。
思い出してしまったら。

もう。
それで。
ブルーになって。
憂鬱になって。
何もかも台無しで。

それこそ。
どこか。
長閑な。
丘陵が広がる。
そんなところに逃避したくなる。

まったくもって。
徹底的に。
月曜日と言うやつは。
俺にとっては。
天敵でしかないのである。

『This Is Fatts Domino』'56年リリース。
ニュー・オーリンズ出身のR&Bシンガー、ピアニスト、ファッツ・ドミノ。
数多くのヒットを放ち大人気だったドミノ。その3枚目のアルバム。
一説ではロックンロールの創始者とも言われるドミノ。その人気は凄まじくて。
何でもビルボードの100以内に入ったナンバーは60曲以上もあるのだとか。
全米ではレコードの総売り上げ枚数がエルビス・プレスリー、ビートルズに続いて多くて。
'70年代までは史上3位の地位を保っていたとも言われていて。如何に愛されていたかと。
比較すると。日本での知名度の無さはあまりと言えばあまりだなと。憤慨したくもなるかな。
そんな日本でも。ロック好きなら知っているだろう代表曲が「Blueberry Hill」で。
続いて全米チャートを制した「Blue Monday」の2曲がこのアルバムの目玉なのですが。
他のナンバーも。ファッツならではのニュー・オーリンズなR&B、ブギーとなっていて。
その弾ける様、転がる様は。確かにロックンロールの誕生と言ってもいいかなとも。
(まぁ、ビル・ヘイリーだろうが、チャック・ベリーだろうが。いいのですけれどね)
ブルージーなナンバーもあるのですが。そんなナンバーでもどこか陽気に思えるところ。
それこそが。ファッツの個性であり、魅力なのですよね。本当に楽しいのです。
何しろ芸名がね。ファッツですからね。名は体を表す。そして体は音を表すかなと。
そのファットな体系で、歌い奏でる様、その楽しい様が、目に浮かんでくるのです。
この陽気さ、そして楽しさ。それはやはりニュー・オーリンズ出身だからこそのもので。
やっぱり、そのピアノにはプロフェッサー・ロングヘアやドクター・ジョンと通じるものが。
ただ異なるのは、その2人にある危うさや、妖しさの様なものが無い、あるいは隠していて。
兎に角、そう「Blue Monday」なんてナンバーもとにかく明るく奏で、歌うと。
その徹底しているところがファッツならではのR&Bブギー・・・そしてロックンロールなのですよね。

月曜は。
どうしようにも。
何をしようにも。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。

例え。
気持ちのいい日で。
時間もあって。
気持ちにも余裕があっても。
気づいてしまったらそれまでで。

ふと。
今日は。
何曜日かと自問して。
月曜日だと。
気づいてしまったら。

もう。
それだけで。
ブルーになって。
陰鬱になって。
何もかもお終いで。

それこそ。
どこか。
広大な。
丘陵が広がる。
そんなところへ逃亡したくなる。

まったくもって。
全面的に。
月曜日と言うやつは。
俺にとっては。
仇敵でしかないのである。

火曜日と。
水曜日と。
木曜日と。
金曜日と。
何が違うかって、違うのである。

ましてや。
土曜日とは。
日曜日とは。
徹底的に過ぎるほど。
違うのである、違い過ぎるのである。

考えただけで。
自問しただけで。
そして。
思い出しただけで。
気づいただけで。

ブルーになって。
憂鬱になって。
陰鬱になって。
何もかも台無しで。
何もかもお終いで。

気持ちのいい朝も。
青い空も。
心地よい風も。
敵わないのである。
叶わないのである。

気持ちのいい日も。
あり余る時間も。
気持ちに生まれた余裕も。
敵わないのである。
叶わないのである。

それこそ。
あの。
懐かしい。
丘陵が広がる。
あの頃に逃げ込みたくなるのである。

天敵。
仇敵。
駄目なものは。
駄目なのである。
月曜はダメよ、なのである。



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2017/05/28 Sun *街が呼ぶ、人が呼ぶ / Jimmy Reed

20170528jimmyreedatsoulcity


街が呼ぶのか。
人が呼ぶのか。
それとも。
別の何かが。
呼んでいるのか。

なんとなく。
同じ空気を。
同じ匂いを。
漂わせている。
身に纏っている。

そんな。
輩が。
奴等が。
何処からともなく。
集っている。

そんな街がある。
そんな街の片隅で。
今夜も。
ひといきれ、雑踏。
その中で。

奏でられる。
歌われる。
そんなものに。
耳を傾ける。
身を任せる。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが生み出すもの。
そいつが呼んでいるのか。
そいつに呼ばれているのか。

『Jimmy Reed At Soul City』'64年リリース。
ヴィー・ジェイの看板ブルース・マンだったジミー・リード。
その人気は絶大で。何枚ものアルバムを残していますが。
この印象的なジャケットのアルバムがヴィー・ジェイでのラスト・アルバム。
ジャケットには、ライヴとの文字があり。針を落とすとざわめきや拍手が聴こえますが。
ところが。どっこい。こいつは所謂、疑似ライヴ・アルバムだったりします。
昔はこの手のアルバムが多くて。リードも2枚だか3枚リリースしています。
流石に。この頃には人気にも陰りが射していて。それを憂いての戦略だったのか。
でもねぇ。直ぐにばれちゃうレベルなので。やらなければ良かったのではないかと。
目先を変えたかったのでしょうか。姑息で安易な感じは否めないのですよね。
尤も。リードはそんなレコード会社の思惑などには我、関せずとばかりに。
いつも通りの、リードならではの緩くてご機嫌なブルースを聴かせてくれています。
まぁ、総て同じと言えば同じ金太郎飴状態のリード節ですが。それがご機嫌なのですよね。
リードと(恐らく)エディ・テイラー。2人の絶妙なコンビネーションも相変わらずで。
その、いなたい、本当に他にはない緩く、そして心地よい独特の感覚、感触。
これが、多くの人々の何かを呼んだ、誘った、魅了した。だから人気を博したのでしょうね。
そう。下手な小細工などしなくても。リードは人々に愛され、街と共にあったのですよね。
言ってしまえば、リードのブルース、それはもうライヴ以外の何ものでもなかったと。
この秀逸なジャケットは、そんなリードのブルースの何たるかを捉えているかな。
すり減ってガム(?)が張りついた靴底と、使い古されたトランク。
街から街への旅暮らし。人の集まるとこへ出掛けて行って、歌い奏でるブルース・マン。
ブルースが聴こえてくるジャケット。これだけで手に入れる価値があるアルバム・・・なのかな。

街が呼ぶのか。
人が呼ぶのか。
それとも。
己の中の何かが。
求めているのか。

どうにも。
同じ空気を。
同じ匂いを。
好んでいる。
心に宿している。

そんな。
輩が。
奴等が。
互いに呼び合って。
群れている。

そんな街がある。
そんな街の一角で。
今夜も。
ざわめき、熱気。
その中で。

奏でてみる。
歌ってみる。
そんなものも。
受け止められる。
受け流される。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが目覚めさせるもの。
そいつが呼んでいるのか。
そいつを求めているのか。

同じ空気。
同じ匂い。
漂わせ。
身に纏い。
ここにいる。

同じ空気。
同じ匂い。
好んで。
心に宿し。
ここにある。

そんな街で。
そんな街の片隅で。
そんな街の一角で。
ざわついている。
蠢いている。

ひといきれ。
雑踏。
ざわめき。
熱気。
その中で。

奏でられる。
歌われる。
生み出される。
そんなものに。
引き寄せられる。

街の鼓動。
人の鼓動。
それが目覚めさせるもの。
そいつを感じている。
そいつを求めている。

街が呼ぶ。
人が呼ぶ。
そして。
何よりも、誰よりも。
己が呼んでいる。



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2017/05/27 Sat *夢の行き先 / Memphis Slim

20170527atthegateofhorn


昨夜の。
あの夢は。
正夢なのか。
逆夢なのか。
どちらなのか。

昨夜の。
あの門は。
角の門なのか。
象牙の門なのか。
どちらなのか。

漆黒の。
森を抜けて。
なだらかな。
丘を越えて。
泉の畔へ。

芳しい。
香りに。
誘われて。
包まれて。
泉の中へ。

浅瀬で遊び。
奥底へと潜り。
惹かれるままに。
そのままに。
沈んでいく・・・

暗く。深く。
そして。
温かく。穏やかな。
あの夢の行き先は。
何処なのか。

『At The Gate Of Horn』'59年リリース。
シカゴ・ブルースを代表するピアニスト、メンフィス・スリム。
膨大な録音を残し、数多くのアルバムがリリースされているスリムですが。
このヴィー・ジェイへの録音、アルバムはその中でも代表的なものです。
シカゴにあったと言う有名なクラブの名前がタイトルに使われています。
ギリシャ神話の角の門と象牙の門の寓話からその名前が付けられたと思われるそのクラブ。
特にスリムとの縁も知られていなければ、ましてやライヴ・アルバムでも無いのですけどね。
どうやらこの録音が初めての最初からアルバムを意識してのものだったらしく。
ヒットすることを夢みて、夢が正夢になる様にとのレコード会社のゲン担ぎだったのかな。
さて。粒立ちのハッキリとした音を叩き出す指さばきと、艶のある歌声が魅力的なスリム。
そんなスリムに絡みつくのが、ソリッドに切り込んでくるマット・マーフィーのギターで。
ウォームでウェットなスリムと、クールでドライなマーフィー。その対照的な個性。
そのぶつかり合い、せめぎ合い。そして溶け合う様が何とも言えない味わいとなっています。
年齢的に言えば、恐らくスリムがマーフィーより一回りほど年長だったと思うのですが。
よほど息が合い、手も合ったのか。ブルース界でも屈指のコンビとして長年活動していたと。
そんな2人にとって。初めてのアルバムを前提としての録音。夢なら正夢であってくれと。
そんな思いもあったかなと。力んだのか。やや突っ込み気味で、走っているマーフィー。
それに対して、いつもの様に落ち着いているスリム。そこは流石に亀の甲より・・・かな。
暗く、深く。しかし独特の艶がある故か。暖かで、穏やかでもあるスリムのブルース。
このアルバムでは3管も従えていて。ジャズやR&Bにも通ずる雰囲気があって。
それがスリムの個性、魅力を引き立てていて。そのシカゴ・ブルースと言われながらも。
例えばマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフとはやや趣を異にしているところ。
そこにまたマーフィーの新鮮な感覚が見事にはまっているのですよね。本当にいいコンビなのです。

今夜の。
その夢は。
正夢になるのか。
逆夢になるのか。
どちらなのか。

今夜の。
その門は。
角の門となるのか
象牙の門となるのか。
どちらなのか。

溢れても。
汲めども。
尽きぬ。
底も知れない。
泉の中で。

芳しい。
香りに。
魅せられて。
抱かれて。
泉の奥へ。

洞窟への。
扉を抉じ開け。
導かれるままに。
そのままに。
進んでいく・・・

暗く。深く。
そして。
温かく。穏やかな。
その夢の行き先は。
何処なのか。

誘われて。
魅せられて。
包まれて。
抱かれて。
逃れられない。

芳しい。
香りに。
囚われて。
捕らえられて。
逃れたくない。

惹かれるままに。
そのままに。
導かれるままに。
そのままに。
逃れられない。逃れたくない。

芳しい。
香りに。
誘われた。
包まれた。
泉の中で。

溢れても。
汲めども。
尽きない。
底も知れない。
泉の中で。

見せられている。
暗く。深く。
温かく。穏やかな。
この夢の行き先は。
何処なのか。

魅せられている。
暗く。深く。
温かく。穏やかな。
この夢の行き先には。
何が待っているのか。



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2017/05/26 Fri *恋も二度目なら / Etta James

20170526thesecondtimearound


恋も二度目なら。

さてと。
もう。
何度目かなんて。
定かではないし。
定かでなくても構わないが。

何事も。
二度目。
三度目。
回るごとに。
重ねるごとに。

進歩と言うか。
進化と言うか。
少しは。
上手くなっても。
良いのではと思うのだが。

どうにも。
同じこと。
同じやり方。
そいつを。
繰り返し。

それどころか。
後退している。
稚拙になっている。
衰えている。
それでは話にならないと。

恋も二度目なら。

『The Second Time Around』'61年リリース。
エタ・ジェイムスのチェス(アーゴ)からの2枚目のアルバム。
迫力のある歌声が印象的なR&B、ブルース・シンガーとして知られるエタですが。
その実。エタ自身はジャズやスタンダードを歌いたいとの志向が強かったらしく。
このアルバムでは選曲からサウンドまでもが、そんなエタの思いに副っているかなと。
まぁ、「At Last」の大ヒットもあったし。二匹目の泥鰌を狙ったのかもしれないですが。
アルバム・タイトルもね。二度目と言うよりは・・・夢よ、もう一度みたいな・・・かなと。
ここらは、商売上手なチェスらしいかなとも思いますが。エタ本人も望むところで。
語りの入るナンバーなんかも、もう情感たっぷりに歌い上げていたりします。
その結果、どうなるかと言うと。エタですからね。それはもう圧倒的な歌声なので。
ジャズとかスタンダードとか。そんなことはどうでもよくなってしまうと言うか。
豪華なオーケストラも、流麗なストリングスも。その歌声の前では形無しと言うか。
もうですね。エタの迫力のある、熱く、そしてどうにも黒く、素晴らしい歌声。
そいつが、鳴り響いた瞬間に、聴こえた瞬間に。どうにもR&B、ブルースなのですよね。
その歌声、その存在。エタはエタでしかなく、エタにしか歌えないものがあると。
そのことを思い知らされるのですね。そして、それは聴く者だけではなくて。
恐らくはエタも思いを新たにするところがあったのだろうなと。そう思われて。
やがて。空気を震わせ、大地を揺るがすド迫力のライヴ・アルバムをきっかけとして。
熱い、熱い、R&B、ブルースへと全身全霊を傾ける様になっていくのですよね。
そうなると。ここでの二度目、二匹目の泥鰌狙いは全くの失敗だったのかと。
決してそんなことはなくて。このアルバムで聴ける、時に鷹揚で、時に繊細な感情表現。
そいつはこの後のエタの歌の表現力、そして説得力が増していく過程で生かされていると。
恋も、歌も、なにも。回るごとに、重ねるごとに。深まっていくものがあるってことでしょうかね。

恋も二度目なら。

さてと。
もう。
何度目かなんて。
覚えてもいないし。
覚えてなくても支障はないが。

何につけ。
二度目。
三度目。
回っただけ。
重ねただけ。

学習と言うか。
成長と言うか。
少しは。
得手になっても。
良いのではと思うのだが。

いつも。
同じところ。
同じしくじり。
そいつの。
繰り返し。

それじゃ結局。
低下している。
劣化している。
衰えが進行している。
これでは話にもならないと。

恋も二度目なら。

前は。
こうだった。
前も。
こうなった。
覚えているのなら。

少しは。
進んでも。
学んでも。
上手くなってもいいはず。
得手になってもいいはず。

この間は。
こうだった。
この間も。
こうなった。
分かっているのなら。

少しは。
進まないと。
学ばないと。
上手くならないと。
得手にならないと。

ところが。
どうにも。
退いている。
下っている。
衰えている。

だったら。
せめて。
味わいとか。
深みとか。
そんなものが出てこないかと。

恋も二度目なら。

同じこと。
同じところ。
重ねている。
回っている。
それでも生かせるものがないのかと。

恋も二度目なら。



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