カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2017/11/02 Thu *生きながらに / Champion Jack Dupree

20171102championjacksnaturalandsour


誰にも。
辛いこと。
哀しいこと。
口に出せないこと。
話したくないこと。

そんなことの。
一つや二つ。
三つや四つ。
五つや・・・
あるだろう。

傷つき。
血を流し。
打ちのめされ。
叩き潰され。
膝をつき。

それでも。
唇を噛み締め。
拳を握り締め。
抗って。
闘って。

傷だらけになって。
血だらけになって。
足を引きずりながら。
それでも前へと。
それでも先へと。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
聴こえるのだ。

『Champion Jack's Natural & Soulful Blues』'61年リリース。
ニュー・オーリンズ出身のブルース・ピアニスト、チャンピオン・ジャック・デュプリー。
そのヨーロッパ移住後初めてとなるロンドン録音のアルバム。
ピアノ、ギター、ベースのトリオ編成で。ギターを弾いているのはアレクシス・コーナー。
その貢献を認められてかアレクシスの手によるナンバーも一曲収録されています。
我が道をいく、強烈な個性を放つデュプリーのピアノ、そしてその歌声が染み込んできます。
ニュー・オーリンズ出身らしい弾み、転がる力強いピアノ。しかし派手さはなく。
その渋く、深みのある歌声には。ある種の諦念を感じさせる淡々としたものが過ることも。
KKKに両親を殺され、幼くして孤児になったと言われるデュプリー。
十代からニュー・オーリンズの安酒場や路上で演奏をして小銭を稼ぐようになって。
やがてシカゴへと進出するも。シカゴ・ブルースの主流には加われずに。
インディアナへと流れてプロ・ボクサーに転身。戦歴を重ねライト級のチャンピオンに。
引退して。再びブルースの道へ。初めて録音の機会を得るも。太平洋戦争に従軍。
コックとしても腕を振るうも日本軍の捕虜となって。捕虜生活は二年間に及んだとも。
終戦後、ニュー・ヨークでアトランティックに見出されて再び録音の機会を得て。
そこで生まれたのがあの畢生の名作『Blues From The Gutter』 だったと・・・
波乱万丈と言うには、あまりにも壮絶な半生。生きながらにブルースに囚われたデュプリー。
それが強烈でありながら、どこかもの悲しく、そして逞しい生命力を感じさせる個性にと。
デュプリーのブルースを耳にする度に。人間の、その歩みの厳しさを思うのです。
フェスティヴァル出演の為に初めて渡欧して。(米国と比較して)人種差別が無いこと。
そのことに感銘を受けて即座に移住を決意したと言われるデュプリー。
己が己らしく生きられる新天地での意気込みもまた、このアルバムからは感じられて。
このアルバムに針を落とす度に。人間の、その歩みに訪れる希望を思いもするのです。
やがて白人女性と結婚して。デンマークに移住して。安定した生活を送る様になって。
正直、気の抜けた様な録音も数多く残すことになりますが。誰がそんなデュプリーを責められるでしょうか・・・

誰にも。
耐え難いこと。
悲しいこと。
考えたくもないこと。
思い出したくもないこと。

そんなことの。
六つや七つ。
八つや九つ。
十とか・・・
あるだろう。

抉られ。
血を吐き。
ぶちのめされ。
踏み潰され。
這いつくばり。

それでも。
歯を食いしばり。
手を伸ばして。
屈せず。
諦めず。

満身創痍になって。
血だるまになって。
足を引きずりながら。
それでも何処かへと。
それでもあの場所へと。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
歌えるのだ。

生まれて。
生きて。
生き延びて。
ここまで。
この先へと。

脛に。
頬に。
身にも。
心にも。
傷を負いながら。

一つや二つ。
三つや四つ。
五つや六つ。
七つや八つ。
九つや十・・・

傷つき。
血を流し。
抉られ。
血を吐き。
絶望の淵に。

打ちのめされ。
叩き潰され。
ぶちのめされ。
踏み潰され。
諦念の誘惑に。

それでも。
抗って。
闘って。
屈せず。
諦めず。

傷だらけになっても。
血だらけになっても。
満身創痍になっても。
血だるまになっても。
前へ、先へ、何処かへ、あの場所へ。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
聴こえるのだ。歌えるのだ。



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2017/11/01 Wed *その存在 / Howlin' Wolf

20171101thelondonhowlinwolfsessioms


いつでも。
どんな時でも。
ふと。
感じた時に。
触れてみる。

すると。
その時々で。
微妙に。
表情を変えながら。
伝えてくれる。

そう。
いい時も。
悪い時も。
上がっている時も。
下っている時も。

触れれば。
応じて。
蠢いて。
何らか。
指し示してくれる。

その。
存在の。
尊さが。
ともすれば。
薄らいでしまうのは。

あまりにも。
その存在が。
当たり前すぎるからか。
だから。いま。
触れたいのか。

『The London Howlin' Wolf Sessions』'71年リリース。
ハウリン・ウルフが、英国のミュージシャン達を従えて録音したアルバム。
ウルフが望んだのではなくて。マディの『Fathers And Sons』で味をしめたチェスが。
ウルフを英国に送り込んで、柳の下の泥鰌を狙ったってところなのだと思いますが。
クラプトンや、ウィンウッド、それにビルに、チャーリー辺りは大歓迎だっただろうし。
まぁ、自分を慕っている若い衆を相手にするウルフも悪い気はしなかっただろうなと。
それでも用心棒?としてヒューバート・サムリンは同行させているのも、らしいかな。
純粋にウルフのアルバムと呼んでいいのかは微妙なところもあるし。
クラプトンを始めとする面々の演奏が如何にも蒼くて、硬くてと、言うのもあって。
火花が散る様な激しさ、汗が滴る様な濃厚さ。そんなものに欠けるのは否めないのですが。
孫弟子たちに迎えられたウルフの、誇らしくも、慈愛に満ちた貫禄とか。
大師匠を迎えたクラプトン達の、緊張しつつも、無邪気に楽しんでいる様とか。
そんなスタジオの空気が伝わってくる様で。ブルースとロックの関係と言うか。
ロックにとってブルースがどんな存在であるのかと、そんなことを思わされます。
既に。それなりに名を成している連中が、嬉々としてウルフとの共演を楽しんでいる。
そして。その一方で。まだまだ及ばないことを痛感させられて、学ぼうともしているところ。
ロックにとってのブルース。愛して止まない、昂揚感を掻き立てられるそんな存在で。
そして。手を伸ばしても届かない、遠くに聳え立つ霊峰の様に、畏れ慄く存在でもあり。
そんな愛憎半ばする存在。愛さずにはおれなくて、届かなくても挑み続けざるを得ない。
そんなブルースがあってこそ、ロックは存在するのだと、ロック足りえるのだと。
企画は安易だったかもですが。その実、このアルバムに捉えられているものは大きいかなと。
「The Red rooster」でウルフにギターを弾いてほしいと頼むクラプトンが微笑ましいかな。
ミックは歌っていないのに、スタジオに現れて。ウルフとのツー・ショットで満面の笑みで。
更にはこの英国盤はローリング・ストーンズ・レコードが配給しているとか。
経緯、憧憬、愛情。そんなものは。妙にカッコつけずに。素直に表に出すのが良い時もあるのですよね。

いつでも。
どんな時でも。
ふと。
過った時に。
口にしてみる。

すると。
その時々で。
微妙に。
味わいを変えながら。
伝わってくる。

そう。
いける時も。
駄目な時も。
登っている時も。
沈んでいる時も。

口にすれば。
応えて。
震えて。
何らか。
示し唆してくれる。

その。
存在の。
愛しさを。
ともすれば。
忘れがちになってしまうのは。

あまりにも。
その存在が。
当たり前にすぎるからか。
だから。いま。
口にしたいのか。

その存在。
その関係性。
なくては。
ならなくて。
あり得なくて。

恐らくは。
驚くほどの。
奇跡の。
出会いと。
積み重ね。

恐ろしい程の。
幸福と。
同等の。
苦難と。
その果ての結果。

愛さずには。
いられなくて。
それが故に。
憎しみも。
生み出されて。

その。
せめぎ合い。
その。
繰り返し。
永続して。

いつの間にか。
当たり前に。
自然に。
薄らいで。
忘れたかのようで。

いつでも。
どんな時でも。
断ち切れない。
その存在。
その関係性。

だから。いま。
触れたくなる。
口にしたくなる。
その存在。
素直に向き合ってみる。



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2017/10/30 Mon *風よ、吹け、吹け、風よ、吹け / Big Walter Horton & Alfred Harris

20171030harmonicablueskings


吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

この身に。
この心に。
纏わりつく。
あれや。
これや。

ふわふわと。
もやもやと。
その実体は。
現れない。
見えてこない。

なのに。
どうにも。
気に掛かる。
気に障る。
そいつが耐え難い。

そわそわと。
ざわざわと。
粟立って。
波風立って。
落ち着かない。

そんな。
あれも。
これも。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

『Harmonica Blues Kings』'86年リリース。
ビッグ・ウォルター・ホートンとアルフレッド・ハリス。
二人のハーピストのユナイッテドへの'54年録音を収録したアルバム。
これまたP-VINEの手によるものですが。デルマークが原盤なのかな。
さて先ずはA面に収められているホートン。ミッシシッピー出身で。
'50年代はミッシシッピーとシカゴを行き来しながら活動を続けていたのだとか。
知己だったウィリー・ディクソンの引きもあってシカゴでの様々なセッションに参加。
遂にはチェスで自己名義での録音の機会を得るもお蔵入りになったりして。
このユナイッテドへの録音で初めて自己名義のレコードをリリースに至ったのだとか。
そしてこの時、初めてビッグ・ウォルターを名乗ったと言われています。
それ以前はリトル・ウォルターだったのですね。そう実はホートンが元祖なのですよね。
しかし、二代目?のジェイコブスのリトル・ウォルターが既に大スターになっていた為に。
その長身からディクソンがビッグ・ウォルターを名乗ることを勧めたのだとか。
体躯に見合った豪快に吹きまくる様が魅力的なホートン。スケールの大きさを感じます。
それでいて繊細なブロウもあって。サックスとの絡みなどは実に絶品だったりします。
さて続いてB面に収められているアルフレッド・ハリス。無名と言うか正体不明で。
出身もミシシッピーか、アーカンソーかはっきりせず。何処へ消えたかも不明なのだとか。
何でもブルース・キングと名乗って、ホートンとハープ・デュオを組んでいたとも。
尤もホートンは、ブルース・キングのことを訊かれると不機嫌になって口を閉ざしたと。
そんなハリス。そのハープ、そのブルースはひたすらダウンホームで。
熱く吹きまくる、その熱風が地面を舐める様にあらゆるものを焼き尽くす様な感があって。
何故、これほどのハーピストが無名に終わったのか。それもまたブルースなのか。
故に。ジャケットにはホートンのみがフューチャーされているのですが。
二人のハーピストの、豪快で熱いハープ。その吹きまくる様に痺れるアルバムなのです。

吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

この身に。
この心に。
絡みつく。
あれも。
これも。

ふわふわと。
もやもやと。
その実態は。
表れない。
感じられない。

なのに。
どうにも。
気が晴れない。
気が滅入る。
そいつが耐え難い。

そわそわと。
ざわざわと。
押し寄せて。
締め付けられて。
落ち着かない。

そんな。
あれや。
これや。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

街に。
風が。
吹き。
季節の扉を。
開け放つ。

その。
風が。
あれも。
これも。
吹き飛ばして。

昨日を。
今日に。
今日を。
明日に。
変えていく。

この身にも。
この心にも。
風が。
吹き。
扉を開け放ってくれないかと。

ふわふわと。
もやもやと。
纏わりつくものを。
絡みつくものを。
吹き飛ばしてくれないかと。

昨日の己を。
今日の己に。
今日の己を。
明日の己に変えてくれないかと。

吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

風よ、吹け、吹け、風よ、吹け。



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2017/10/29 Sun *いつでも、どこでも、どれでも、なんでも / Lee Dorsey

20171029doremifunky


いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまおう。

取り敢えず。
なんか。
いいなと。
感じたら。
思えたら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまえれば。

それで。
うまく。
回りだす。
うまく。
転がりだす。

考えるのは。
後でいい。
先ずは笑って。
乗ってしまおう。
踊ってしまおう。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
そいつで先ずは。
何とかなるだろう。

『Do Re Mi Funky』'87年リリース。
リー・ドーシーのP-ViNEによる日本独自編集アルバム。
邦題?は『どれもファンキー』・・・やるなぁ、P-VINE。
ニュー・オーリンズを代表するシンガー、ドーシーの'60年代録音を18曲。
大ヒットを連発して、ミスターTNTとの異名を取っていたドーシー。
その泥臭くて、いなたく。只管にファンキーなドーシーの魅力が満載です。
元々はプロ・ボクサーだったらしく。引退後に自動車修理の職について成功して。
自らの工場を経営するに至って。子宝にも10人以上恵まれて。
そんなある日、鼻歌を口ずさみながら直した車の持ち主がレコード・プロデューサーで。
その場でスカウトされたと言う・・・眉に唾をつけたくなる逸話があるそうで。
まぁ、いずれにせよかなり軽い乗りでの転身、デビューであったことは確からしく。
最初のヒット曲「Ya-Ya」はたまたま近所の子供達が口ずさんでいたメロディ。
それをヒントにスタジオで、即興で録音したのだとか。その乗りの良さがドーシーで。
続く「Do Re Mi」なんかも、とぼけているものの、その乗りの良さは天下一品で。
更には、乗りが良く楽しいのに。どこかしんみりともさせるところが心憎いのです。
これらの作品のアレンジに関わったのが、アラン・トゥーサンで。
プロデュースを担当、演奏にも参加して。ますますドーシーの魅力を引き出したのが。
「Get Out Of My Life Woman」「Working In A Coal Mine」といったところで。
実に絶妙に緩い塩梅の効いた、ファンキーなドーシー節が全開となります。
歌の中で、俺のやることは総てファンキーだぜと豪語するドーシー、絶好調です。
更にはミーターズをバックに迎えたナンバーなどは、もうまごうことないファンクで。
ドーシー、そしてトゥーサンの新たな時代への挑戦、その意気込みが感じられます。
邦題に偽りなし。どれも、そしていつ、どこで針を落としてもファンキーなドーシーなのです。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑い飛ばしてしまおう。

取り敢えず。
なんか。
楽しいなと。
感じたのなら。
思えたのなら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑い飛ばしてしまえれば。

それで。
いい具合に。
回りだす。
いい塩梅に。
転がりだす。

考えるのは。
先でいい。
今は笑って。
乗ってしまおう。
踊ってしまおう。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
そいつで先ずは。
何とかしてしまおう。

いつでも。
どこでも。
多かれ。
少なかれ。
不安はある。

どれでも。
なんでも。
多かれ。
少なかれ。
不満はある。

そいつは。
変わらない。
ならば、いいなと。
感じたら。
思えたら。

そいつは。
変えられない。
ならば、楽しいなと。
感じたのなら。
思えたのなら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまえれば、笑い飛ばしてしまえれば。

それで。
うまく、いい具合に。
回りだす。
うまく、いい塩梅に。
転がりだす。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
いつでも、どこでも、どれでも、なんでも。
何とかなるだろう、何とかしてしまおう。



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2017/10/28 Sat *泥んこ道のダンス / Various Artists

20171028bayoudrive


秋の長雨。
それにしても。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気が纏わりついて。

ぬかるみに。
足を取られそうで。
どうにも。
スッキリしない。
何もかもが不順になりそうで。

もう。
この国からは。
温暖で。
穏やかで平準な。
気候など失われてしまったかと。

雨期ではなくて。
雨季ができてしまったかと。
あぁ。
それならそれで。
やりようもあるかと。

振り続く。
雨に合わせて。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみればいいだろうと。

光る。
水溜りに飛び込んで。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみればいいだろうと。

『Bayou Drive』'85年リリース。
P-VINEによるチェス音源の発掘編集アルバム。
アルバム・タイトルからをわかる様にルイジアナ・ブルースに焦点をあてて。
クリフトン・シェニエ、ライトニン・スリム等、4人の'50年代録音から選曲しています。
シェニエと言えばスペシャルティかアーフリー、スリムと言えばエクセロ。
そんな印象が強いのですが。流石はチェス。多方面に網を張っていたのだなと言うか。
やはり、チェスへの録音と言うのはある種のステータスだったのかなとも。
シングル盤としてリリースされていたものもあれば。完全にお蔵入りになっていたものも。
シェニエのザディコも、スリムの無骨なブルースも。後年に比べると荒々しくて。
言わば、原石の魅力があって。何でこれがお蔵入りと首を傾げたくなるほどのものです。
雨の多い、湿地帯の広がるルイジアナ。そこでの日常がどの様なものか。
ジメジメとして、スッキリしなくて、何もかも不順になりそうで。そんな日々も多いかと。
そんな時は。シェニエのザディコに合わせてステップを踏んで、ダンスを踊って。
スリムの洗練とは無縁の、緩くも渋いブルースに合わせて軽くリズムを刻んでやり過ごす。
泥臭くも愛らしいルイジアナのバイユーで生まれたブルースの誕生経緯を感じもします。
しかし、本当にシェニエは踊っているし。スリムはひたすらに激渋なのですよね。
ジャケットにも、その2人の写真しかなくて。他の2人はどうしたのだと言うところですが。
ブギー・ジェイクとヘンリー・タルバート。写真も残っていないほど無名なのでしょう。
でも、この2人がまた。いい味を出していて。線が細かったり、個性には乏しかったり。
しかし、明らかにルイジアナなブルースをやっていて。無名が故の生々しさを感じるかな。
振り続ける雨も、纏わりつく湿気もものともしない、水溜りを、泥んこ道もお構いなし。
そんな、笑い飛ばす、我が道を貫き通す。ルイジアナ・ブルースの逞しさが堪りません。

ススキ梅雨。
それにしても。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気に纏わりつかれて。

ぬかるみに。
搦めとられそうで。
どうにも。
スッキリしない。
何もかもが不純になりそうで。

もう。
この国からは。
温暖で。
優しくて安らかな。
気候など失われてしまったかと。

雨期ではなくて。
雨季だと認めてしまおうと。
まぁ。
それならそれで。
やりようもあるぞと。

振り続く。
雨の中に飛びだして。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみればいいだろうと。

ぬかるんだ。
水溜りを踏みつぶして。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみればいいだろうと。

秋の長雨。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気が纏わりついて。
どうにもならない。

ススキ梅雨。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気に纏わりつかれて。
どうしようもない。

雨期ではなくて。
雨季ができてしまったかと。
雨期ではなくて。
雨季だと認めてしまおうと。
覚悟を決めようと。

ぬかるみに。
足を取られて。
搦めとられて。
何もかもが不順になりそうで。
何もかもが不純になりそうで。

振り続く。
雨の中に飛びだして。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみるしかないだろうと。

ぬかるんだ。
水溜りを踏みつぶして。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみるしかないだろうと。

そう。
不順で。
不純な。
リズムで、ステップで。
泥んこ道のダンスを踊ろう。



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2017/09/28 Thu *夜ごとの美女 / Lightning Hopkins

20170928lhsingstheblues


夜ごとの美女。

まったくもって。
何と言うか。
何を言っても。
どうにもこうにもで。
にっちもさっちもで。

ろくな事は。
起きないし。
ろくな事には。
なりゃしない。
いい加減にしてくれと。

嫌気がさして。
厭世的になったとしても。
いったい誰に。
責められる。
謂れがあると言うものか。

ちっぽけな。
この身の周りも。
それを取り巻く。
社会とやらも、世界とやらも。
どん詰まり。

可哀そうに。
あの娘にも会えないし。
ならば。
現実など放り出して。
夢の中へ。夢の中へと。

夜ごとの美女。

『Sings The Blues』'61年リリース。
ライトニン・ホプキンスのモダン録音を集めたアルバム。
ライトニンはそのレコーディング経歴において。大きく二期に分類されて。
最初の録音から絶頂期を経て、ロックンロールの隆盛と共に姿を消すまでが第一期。
その後、ブルース研究家に再発見されて再び脚光を浴びる様になったのが第二期と。
このアルバムに収録されているモダンへの録音はその内の第一期を代表するもので。
年代的にはほぼ'50年頃に録音されたものだと言うのが定説になっています。
地元であるヒューストンで録音されたせいもあってか。実にご機嫌なライトニンです。
実はゴールド・スターなるレーベルと契約して。ヒットも飛ばしていたライトニン。
それなりの厚遇を受けていて。ギャラも良かったのだとか。でも、散在して前借を繰り返し。
あげくの果てには勝手に他のレーベルへも録音して。怒ったゴールド・スターに切られて。
そこを拾ったと言うか、巧い具合に引き抜いたのがモダンだったりするのですね。
(尤も、ゴールド・スターを全米に配給していたのがモダンだったりもしますが)
そんな言わば、如何にもライトニンが最もライトニンらしい(?)時期の録音ですからね。
油が乗った、その弾き語りにはグイグイと引きずり込まれてしまうのです。
再発見後、第二期の『Mojo Hand』と比較すると十年程の年代の違いがあるのですが。
既にライトニンはライトニン。デヘデへで、デロデロなライトニン節が堪能できます。
その『Mojo Hand』の録音時にはスタジオに酒と美女が用意されて、ご機嫌だったとか。
このアルバムに収められている音源の録音時も同じ様な環境だったのかもしれません。
さて。クラウン(モダンの廉価盤レーベル)の美女が寝そべって見つめているジャケット。
他にもジョン・リー・フッカーとか、スモーキー・ホグ等のアルバムもあって。
クラウンの名物シリーズだったとか。誘われて手にして、釣られるままに買ってしまうと。
まったくもって。いつの時代も男って言うのはしょうがないと言うか、馬鹿と言うか。
まぁ、辛い日常を忘れるには夢の様な美女と、強烈なブルースが必要だと。
そいつも。いつの時代も変わらないかな。それはそれでしょうがないと言うか、わかるかな。
因みにライトニン、このジャケットには別の使い道があると嘯いていたとか。いいなぁ、ライトニン。

夜ごとの美女。

まったくもって。
何がどうなっても。
何をどうしても。
どうにもこうにもが。
にっちもさっちもが。

ろくでもない事ばかり。
起きるし。
ろくでもない事にばかり。
なりやがる。
いい加減にはならなくて。

嫌気が増すばかり。
厭世的な気分に支配されても。
いったい誰に。
眉を顰められる。
筋があると言うものか。

ささやかな。
この身の置き場も。
それを取り囲む。
社会ばかりか、世界までもが。
行き止まり。

残念ながら。
手紙を書く様な時代でもなし。
ならば。
現実など捨て去って。
夢の中へ。夢の中へと。

夜毎の美女。

夢ならば。
夢の中ならば。
どうにもこうにも、も。
にっちもさっちも、も。
どうにでもなる。

夢ならば。
夢の中ならば。
ろくでもない事など。
起きないし。
起こさせないし。

夢ならば。
夢の中ならば。
嫌気などささないし。
厭世的にもならないし。
そもそもその気にならないし。

夢ならば。
夢の中ならば。
誰にも責められないし。
誰にも眉を顰められないし。
そもそもそんな誰かに会わないし。

夢ならば。
夢の中ならば。
この身にも。
この社会にも、この世界にも。
出口も、逃げ道もあるし。

夢ならば。
夢の中ならば。
寝そべった。
美女が。
見つめてくれるし。

夜ごとの美女。

でも。
会いたいのは。
顔を見たいのは。
声を聞きたいのは。
あの娘だけなのさ。



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2017/09/27 Wed *必殺技の一つや二つ / Chuck Berry

20170927chuckberrysgreatesthuts


別に。
必要のない。
争いは好まないし。
他人は他人。
自分は自分。

そうして。
大概は。
やり過ごして。
それで。
回ればそれでいい。

それでも。
謂れのない。
喧嘩を売られたら。
不当な。
扱いを受けたなら。

それ相応に。
やり返す。
それだけの。
武器と覚悟は。
秘めている。

それはそうだ。
まさか。
無防備で。
ただのお人好しで。
生きている筈もない。

他人には。
そう誰にも。
真似などできない。
必殺技の一つや二つ。
覚悟と共に持っている。

『Chuck Berry's Greatest Hits』'64年リリース。
チャック・ベリーの米国における初めてのベスト・アルバム。
恐らくは世界でも(公式には)初めてのベスト・アルバムだと思われます。
何故、この時期にベスト・アルバムが編集されリリースされたのか。
勿論、チャックがヒット曲を連発し快進撃を続けていたのでその勢いを逃すなと。
そんな如何にもチェスらしい招魂の逞しさ故の戦略もあったのでしょうが。
実はチャックの不在により新譜がリリース出来ないでいたと言う深刻な事情もあったかと。
悪法との名も高いマン法とやらに触れたかどでチャックは収監されていて。出所したばかり。
一説では州をまたいで活動するミュージシャンを狙って制定されたと言うマン法。
更には当然、人種差別も大きな要因となって。チャックがスケープ・ゴートにされたのです。
要は、肌が黒いチャックが、肌の白い若者にも大人気なのが許せないと言う。
そんな輩が当時の米国の大勢を占めていたと。まったくもって呆れ返る話なのですが。
まぁ、米国に限らず。今もそんな世界のあり様はあまり変わっていないかなとも思いますが。
チャックは結局三年間塀の中にいることとなり。精神的にかなりダメージを負いましたが。
その間もチャックの人気は衰えることなく。若者達の支持を集め続けて。
出所した、その同時期にはストーンズやビートルズがそのナンバーをカヴァーしていた事もあり。
その人気は更に燃え上がり、以前にもましてヒーローとして迎えられたと。
これもひとえにチャックの、そのロックンロールの魅力によるものだと思うのですが。
獄中で作った新曲「Nadine」も大ヒット。その「Nadine」を目玉とした黄金のラインナップ。
「Roll Over Beethoven」「Rock And Roll Music」「Johnny B. Goode」「Maybelline」
「Memphis」「Sweet Little Sixteen」「Thirty Days」…もう、どんな問題と。
これだけの強力な必殺技を携えていたチャックに喧嘩を売るなんて。何と馬鹿げたことか。
抹殺を目論んだものの。そんな理不尽で不当な扱いに黙って屈する筈もないと。
チャックのロックンロールは自由の響きと言う必殺の性質を持っていたのだと。
その事を感じる時、思わず、快哉を叫びたくなるのです。ヘイル・ヘイル・ロックンロールなのです。

何で。
必要のない。
争いを生もうとするのか。
他人は他人。
自分は自分。

そこに。
敬意と理解。
それがあって。
それで。
共にあれればいい。

それなのに。
理不尽な。
喧嘩を売ってくる。
不当な。
扱いを押し付ける。

そいつに。
屈しない。
それだけの。
武器と覚悟は。
呑んでいる。

あたりまえだ。
まさか。
丸腰で。
ただ善良なだけで。
転がっている筈もない。

いざともなれば。
そう誰にでも。
一泡吹かせる。
必殺技の一つや二つ。
覚悟と共に忍ばせている。

別に。
大したことじゃない。
何ものかに。
なりたくもない。
されたくもない。

別に。
大したことじゃやない。
何ごとかに。
関わりたくもない。
関わらせられたくもない。

自分の。
荷物は。
自分で。
持ってくれ。
誰かに持たせようとしないでくれ。

自分の。
足跡は。
自分で。
残してくれ。
誰かに歩かせようとしないでくれ。

自分の。
世界を。
了見を。
御説とやらを。
誰かに押し付けないでくれ。

そうすれば。
大概は。
回っていく。
上手くいく。
共にあれる。

それなのに。
謂れのない。
理不尽で。不当な。
そいつを。
通すと言うのなら。

自由を枕に。
輩を道連れに。
必殺技の一つや二つ。
放って。
野垂れ死ぬ覚悟はできている。



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2017/09/26 Tue 男の心、男の魂 / Bobby Bland

20170926thesouloftheman


男の心。
男の魂。
いまどき。
流行りもしない。
そんなもの。

いい加減で。
頼りなくて。
揺れ動く。
そんなもの。
その程度のもの。

そのくせ。
頑固で。
融通が利かない。
そんなものが。
嫌いではない。

否。
そんなもの。
そんなものだから。
そいつを。
拠り所にしている。

図々しく。
大胆で。
意外に。
純情で。
繊細なところもある。

男の心。
男の魂。
流行ろうが。
廃れようが。
そいつが息づいている。

『The Soul Of The Man』'66年リリース。
ボビー・ブランドのデュークでの5枚目のアルバム。
男の心、男の純情・・・男の魂を歌わせたら右に出るものはいない。
ボビーの歌声には、そう思わされる何とも言えない魅力がある。
その深く甘い歌声で数多の女性を泣かせたと思われるボビーですが。
実のところ、その歌声に心を強く動かされたのは数多の男達ではなかったかと。
ボビーほど、男の何たるかをよくわかっていた、それを歌にできた。
そんなブルース・マンは他にいなかったのではないかと思えるのですよね。
それも強い、雄々しい面だけではなくて。弱い、情けない面も歌える。
そして共感を呼び起こす、その表現力の強さ、深さは断トツかなと。
とかくブルースと言うと。ギタリストばかりが注目されるきらいがあるので。
特に日本ではなかなかに正当な評価がされないし。確かにそのスタイル。
そのR&Bやソウルにも楽々と接近してみせるところは独自のもので。
故に、比較しうる存在やフォロワーが見当たらないのも、その孤高さを際立たせていると。
その孤高な佇まいが。また男達の共感を呼ぶところだと思うのですけどね。
いずれにしろ。B.B.キングらと共に。モダン・ブルースの始祖、開拓者として。
ブルースを広くこの世界に知らしめた存在であることは間違いがなくて。
その道程、そこに込められた男の魂は安くはないぞと思うのです。
このアルバム。サウンド的にはかなり新しいと言うか。当時のブルースとしては斬新で。
ブルースかと言われればソウルフルで。ソウルと言われればブルージィーで。
ブルースとか、ソウルとか。その定義の仕方によってはどちらからも零れてしまうと。
でも。だからこそ。カテゴリーなど無視して。ボビーの歌として楽しめばいいのだと。
ボビーの、男の魂に咽び泣けばいいのだと。そう言い切ってしまおうかと。それでいいのだとね。

男の心。
男の魂。
いまさら。
見向きもされない。
そんなもの。

曖昧模糊で。
浮草の様で。
流れゆく。
そんなもの。
その程度のもの。

そのくせ。
頑なで。
筋を通そうともする。
そんなものが。
嫌いではない。

否。
そんなもの。
そんなものだから。
そいつに。
信を置いている。

あけすけで。
太々しく。
意外に。
照れ屋で。
晩稲なところもある。

男の心。
男の魂。
見向きされようが。
されまいが。
そいつが棲みついている。

俺は男だ。
俺も男だ。
こいつばかりは。
変えようもない。
逃れられもしない。

流行ろうが。
廃れようが。
見向きされようが。
されまいが。
関係ない。

この胸に。
その奥に。
柔らかいところに。
息づいているのだ。
棲みついているのだ。

いい加減で。
頼りなくて。
曖昧模糊で。
浮草の様で。
そんなものだとしても。

頑固で。
融通が利かない。
頑なで。
筋を通そうともする。
そんなものだから。

図々しく。
大胆で。
あけすけで。
太々しく。
そんなものだとしても。

純情で。
繊細なところもある。
照れ屋で。
晩稲なところもある。
そんなものだから。

男の心。
男の魂。
いつも。
いつでも。
そいつと共にある。



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2017/09/25 Mon *鰻上り / Son Seals

20170925thesonsealsbluesband


もう。
鰻上りで。
ビシッと。
決めたいな。
行きたいな。

そんな。
気分になるなど。
実は。
滅多にないのだが。
偶にはねと。

恐らくは。
否、間違いなく。
本当に。
偶然に偶然が。
重なっただけのこと。

偶々。
良い風が。
追い風が。
吹いただけのこと。
思い込んだだけのこと。

それでも。
そうだとしても。
それでいい。
乗れるものには。
乗ってしまえばいい。

都合が良いのなら。
調子が良くても。
良いままに。
放さずに。落ちずに。
このまま鰻上りで。

『The Son Seals Blues Band』'73年リリース。
アーカンソー出身のブルース・マン、サン・シールズ。
自らのバンドを率いた自身名義の初めてのアルバムです。
このネックが天にも届かんほどの迫力のあるジャケットに。
掴んだチャンスを逃さずに。一気に鰻上りで駆け上がろうと。
そんな意気込みも感じられて。また実にその通りの内容となっています。
何でも。元は著名なバンドマンにしてジューク・ジョイントの経営者。
そんな父親の下に生まれたとかで。幼少期から自然とブルースに親しみ。
更には、ギターだけでなく、ドラムも習得してしまったと言う。
ブルース・マンになるべくしてなったとも言える環境を見事に生かしたのですね。
早くからプロとして活動を始め。アール・フッカーやアルバート・キングに雇われて。
アルバートのバンドではドラムを叩いていたのだそうです。
アルバート親分はドラマーには厳しかったらしいので。仕込まれたのだろうなと。
やがて。シカゴへ出て。ジュニア・ウェルズやバディ・ガイとも仕事をして。
更にはあのロバート・ナイトホークのバンドでもドラムを叩いていたとも。
そんなシールズに殊更目をかけていたのがハウンドドッグ・テイラーだった様で。
共演の機会を作って、シールズに自らのバンドで演奏する場を与えていたのだとか。
更にはあの、テイラーの為に設立されたアリゲーター・レコードの。
その設立者であるブルース・イグロアに、あいつはなかなか凄いぜと推薦までして。
そこでアリゲーターの3枚目のアルバムとしてこのアルバムがリリースされたと。
父親、テイラー、イグロア。その環境、その出会い、必然と偶然。そのチャンス。
勿論シールズ自身の才能や努力もあったのでしょうが。見事に風に乗ってみせたと。
その風を捉えた、掴んだ。伸びやかなギター。そのファンキーなブルースが堪りません。

もう。
鰻上りに。
ビシッと。
極めたいな。
生きたいな。

そんな。
気分になるなど。
実に。
稀なことなのだが。
偶にはねと。

恐らくは。
否、間違いなく。
本当に。
偶然が偶然を。
呼んでいるだけのこと。

偶々。
良い目が。
上り目が。
出ているだけのこと。
思い込んだだけのこと。

それだから。
それだからこそ。
それでいい。
乗っかれるものには。
乗っかってしまえばいい。

具合が良いのなら。
調子が良いのなら。
良いままに。
離れずに。緩めずに。
このまま鰻上りに。

そうさ。
偶々さ。
必然でも。
偶然でも。
運が良いだけ。

そうさ。
偶々さ。
風向きが。
変わっただけ。
良くなっただけ。

そうさ。
偶々さ。
出目が。
変わっただけ。
上手く転がっているだけ。

そうさ。
それすらも。
実のところ。
思い込んでいるだけ。
少し錯覚しているだけ。

それが。
そうした。
そんなことは。
百も承知で。
乗っているのさ。

楽しいのなら。
面白いのなら。
そう感じるのなら。
乗れるだけ。
乗ってしまうのさ。

何を。
グダグダと。
起きる前から。
不安になって。
心配になって。

放すのか。
緩めるのか。
自ら。
下りようと。
しているのか。

もう。
鰻上りで。
鰻上りに。
決めるだけ。極めるだけ。
行くだけ。生きるだけ。



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2017/09/24 Sun *やってみなくちゃ / Otis Rush

20170924bluesliveotisrushwithposter


丁が出るか。
半が出るか。
どう転ぶか。
どうなるのか。
そいつは。結局は。

出してみなくちゃ。
やってみなくちゃ。
わからない。
そうでもないと。
始まらない。

考えて。
迷って。
悩んで。
無為に時を過ごすなら。
その前に。

やると。
その一点だけ決めて。
あとは。
最低限の準備で。
おっとり刀で。

駆けつけて。
抜き放って。
刃を交えて。
火花を散らして。
先ずはそこから。

出たとこ勝負。
そいつで結構。
どうでも。
こうでも。
やってみなくちゃ。

『Blues Live!』'75年リリース。
同年の第三回ブルース・フェスティヴァルで初来日したオーティス・ラッシュ。
その際の日比谷野音での二回のステージで収録されたライヴ・アルバム。
今では様々な音源が発掘されて。かなりの数のライヴ・アルバムがありますが。
当時としては、ラッシュ単体のライヴ・アルバムとしては世界初だったのかな。
しかも。そいつが日本で収録されて。日本独自のアルバムだったのですよね。
(後になって、タイトルを替えて欧米でもリリースされましたが)
もう。その歴史的価値だけで。それだけで。許してしまいたくなるアルバムではあります。
さて。ラッシュと言えば。出たとこ勝負。丁と出るか半と出るか。吉と出るか凶と出るか。
特にライヴにおいては。会場だったり、バックだったり。何よりも本人の精神状態。
そいつに、その出来が大きく左右されることは有名で。その振れ幅は凄まじくて。
自分も何回か観ていますが。ブッ飛ばされたこともあれば。延々と苦しめられたことも・・・
言わば、ホームランか三振かで。しかも結構な割合で三振してしまうと言う。
なんですけど。当たると、とてつもない場外ホームランを放つので。虜になるしかないと。
このライヴ、このアルバム。バックとの相性がいまひとつである感じは否めなくて。
更には初来日の緊張もあってか。特に前半は手探り状態で不完全燃焼ではあるのですが。
進むにつれて。徐々にではありますがラッシュのギターも歌もかなり乗ってきて。
特にスローの「So Many Roads」なんかは。そうですね。左中間は抜けていっているかな。
そう。なので。決してこれがラッシュのベストだとは間違っても言えないけれど。
それでも。ブルースのライヴ・アルバムとしては十分に魅力的で湧かせてくれる瞬間もと。
そもそも。これほど。その出来不出来が語られると言うことは。それだけライヴをやって。
それだけ期待されてきたことの証でもあって。そこにこそ価値があるかなと。
兎に角。やってみる。やらずにはいられない。そんなラッシュのブルースへの思いがね、好きなのですよね。

丁が出ようが。
半が出ようが。
どう転がろうが。
どうなろうが。
そいつは。とどのつまりは。

出してみたから。
やってみたから。
わかること。
そうじゃないと。
始まらない。

考えても。
迷っても。
悩んでも。
無駄に時が過ぎるだけ。
それならば。

やると。
その一点だけ決めて。
あとは。
丹田に気を込めて。
とるものもとらず。

その場に臨んで。
鯉口を切って。
撃ち合って。
切り結んで。
先ずはその手応え。

出たとこ勝負。
そいつがとどのつまり。
どうも。
こうも。
やってみたから。

一人で。
こもって。
閉じこもって。
内を向いて。
どうにもこうにも。

一人で。
興に乗って。
悦に入って。
満足して、
どうにもこうにも。

一人で。
考えて。
迷って。
悩んで。
どうにもこうにも。

それよりも。
おっとり刀で。
とるものもとらず。
駆けつけて。
臨んで。

そう。
やってみる。
その一点だけ。
それだけ決めて。
そこに気を込めて。

出たとこ勝負。
そいつが。
できるか。
そいつに。
臨めるか。

そう、
やってみなくちゃ。
わからない。
先ずはそこから。
やらずにはいられない。

そう。
振りにいかなくちゃ。
当たるか、当たらないか。
そいつは。
やってみなくちゃ、ね。



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