カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2017/12/29 Fri *切磋琢磨 / Albert Collins, Robert Cray, Johnny Copeland

20171229showdown


切磋琢磨。
何であれ。
舞台に上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

仲良く。
皆で。
楽しく。
それは。
そうなのだけど。

やるからには。
負けたくない。
一番になりたい。
そう。
一番目立ちたいと。

だから。
仲良く。
皆で。
楽しく。
でも、競い合って。

それくらいの。
心持ち。
それくらいの。
緊張感。
そいつは持っていたいなと。

切磋琢磨。
何であれ。
リングに上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

『Showdown !』'85年リリース。
アルバート・コリンズ、ロバート・クレイ、ジョニー・コープランド。
三人のブルース・ギタリストによる共演を収めたアルバム。
当時の状況としては。コリンズはアリゲーターと契約後、絶好調で人気沸騰中。
クレイは前年にデビューしたばかりでブレイク前夜。
コリンズの盟友コープランドは地道な活動を継続していた・・・そんなところかな。
当然、目玉はコリンズだったと思われて。アリゲーターからのリリースで。
バック・バンドもコリンズのアイス・ブレイカーズが全編に渡って務めています。
コリンズの勢いそのままに。このアルバム、グラミー賞を獲得していて。
翌年のクレイのブレイク、ひいてはその後のブルース・ブームの火付け役となったかなと。
さて。コリンズ、クレイ、コープランドと。それぞれにスタイルも個性も異なっていて。
当然のことながら、それらが一挙に聴ける、楽しめると言うのが一番の魅力なのですが。
真正面切って対決(Showdown)して火花を散らすと言うよりは。
お互いが尊重し合いながら。楽しみながらも、静かに切磋琢磨していると言ったところ。
曲ごとに。ギター・ソロもヴォーカルもきれいに分担が割り振られているので。
最初からその様な性格、その様な狙いで企画されたアルバムだったのだと思われます。
火花が激しく散る様なギター・バトルを求めると肩透かしを食らう感はありますが。
その分、三人それぞれのスタイルや個性を比較しながら楽しむには最適かなと。
勿論、そこはそれで。張り合ってもいるでしょうし。俺が主役だと思っているのでしょうが。
コリンズなどは。一曲の中で分担が決まって。その分、集中力が高まったのか。
ギターもヴォーカルも。いつも以上のキレを感じさせる部分があったりもします。
それも含めて。やはりコリンズが頭一つ抜けている、貫禄勝ちってところかな。

切磋琢磨。
何であれ。
舞台に上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

仲良く。
皆で。
楽しく。
それは。
そうなのだけど。

やるからには。
負けたくない。
一番になりたい。
そう。
一番目立ちたいと。

だから。
仲良く。
皆で。
楽しく。
でも、競い合って。

それくらいの。
心持ち。
それくらいの。
緊張感。
そいつは持っていたいなと。

切磋琢磨。
何であれ。
リングに上がるからには。
そこは。
真剣勝負で。

時に。
力が。
入り過ぎて。
気合が。
空回り。

時に。
力が。
抜け過ぎて。
気分が。
空回り。

なかなかに。
力の。
入れ具合。
そいつが。
難しい。

時に。
何で。
燃えない。
ついてこないと。
一人、先走り。

時に。
どうにも。
燃えない。
ついていけないと。
一人、脱落し。

なかなかに。
気持ちの。
保ち様。
そいつも。
難しい。

それでも。
いつでも。
リングに上がるからには。
真剣勝負。
その為に。

いつでも。
切磋琢磨。
そいつを。
忘れずに。
続けられる様にしたいのです。



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2017/12/28 Thu *揺り動かそう / Etta James

20171228rocksthehouse


さぁ。
もう。
兎に角。
有無を言わせず。
揺り動かそう。

ここまで。
きたら。
きてしまったら。
下手な考えは。
休むも同じ。

そう。
ここまで。
きたら。
頼りになるのは。
頭ではない。

そう。
こんな時は。
体が。
感じるもの。
そいつが総て。

震えるなら。
奮うなら。
もう。
そのままに。
任せてしまえばいい。

余計な。
あれも。
これも。
振り払ってしまおう。
揺り動かそう。

『Rocks The House』'63年リリース。
チェスの女帝として君臨していたエタ・ジェイムス。
そんなエタの初めてとなるライヴ・アルバム。
その熱く、迫力満点の歌声、ステージが余すところなく捉えられています。
収録されたのはナッシュビルのクラヴで臨場感もたっぷりで。
エタの煽りも、応える観客の反応も。実に生々しいものがあります。
このアルバムの制作にはチェスも並々ならぬ気合が入っていた様で。
録音機材も、バンド・メンバーも厳選されたものだったと言われています。
チェスでは「At Last」に代表される様なポピュラーなバラードで人気を得ていたエタ。
しかし。その本領はR&B、ブルースでこそ発揮されると。
その路線に舵を切ったのが「Something's Got A Hold On Me」の大ヒットで。
このゴスペルを思わせるジャンプ・ナンバーでエタは新しい時代へと突入。
そのナンバーのド迫力のライヴ・ヴァージョンがこのアルバムの頭に収録されていて。
その勢いのままに一気に沸騰するこのアルバムが。新時代のエタを決定づけたと。
そう。エタの長いキャリアの中でも実は重要な位置にあるアルバムなのです。
「What I Say」「Money」「Ooh Poo Poh Doo」「Wake Up This Morning」と。
ライヴならではの、他のアーティストで著名なナンバーが数多く収録されていますが。
そのいずれをも、自身の歌として、聴かせてしまう。エタの歌の力は実に見事なものです。
まさに火を吹いているかの如くの歌声で。その迫力、そして凄味は尋常ではなくて。
もう胸倉を掴まれて、説教されている様な、殴られているかの様な。
やはり、エタにはこのスタイルこそが合っているのだなと、思わざるを得ません。
アルバム・タイトル通りに。会場を、ハコをロックさせる、揺り動かすエタなのです。

さぁ。
もう。
兎も有れ。
問答無用で。
揺り動かそう。

ここまで。
きたら。
きてしまったら。
三十六計も。
役には立たない。

そう。
ここまで。
きたら。
頼むところは。
理ではない。

そう。
こんな時は。
心が。
感じるもの。
そいつが総て。

振るえるのなら。
昂るのなら。
もう。
そのままに。
任せてしまえばいい。

余分な。
あれも。
これも。
振り落としてしまおう。
揺り動かそう。

もう。
ここまで。
きたのだ。
きてしまったのだ。
そういう事だ。

そう。
ここまで。
きたのだ。
きたしまったのだ。
そういう時だ。

是非も無い。
下手な考えは。
休むも同じ。
頼りになるのは。
頭ではない。

是非に及ばず。
三十六計も。
役には立たない。
頼むところは。
理ではない。

体が。
感じるもの。
心が。
感じるもの。
そいつが総て。

震えるなら。
奮うなら。
振るえるのなら。
昂るのなら。
そのままに。

あれも。
これも。
振り払ってしまおう。
振り落としてしまおう。
揺り動かそう。



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2017/12/27 Wed *師走の街 / T-Bone Walker

20171227funkytown


誰も。
彼もが。
走る。
走らされる。
そんな季節。

だから。
だからこそ。
立ち止まって。
辺りを見回して。
見失わない様に。

この街。
この季節。
心を。
亡くした様に。
駆け抜けるだけ。

それだけでは。
見えてこない。
そんなものもある。
少し。
余裕を持ってみれば。

面白いもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
そう。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊りだしたくなる。
そんな季節でもある。

『Funky Town』'68年リリース。
Tボーン・ウォーカーのブルースウェイでの2枚目のアルバム。
Tボーンと言えば。何と言ってもモダン・ブルースの父であって。
その呼称の大元となった邦題が冠されたアルバムでも紹介された。
'40年代、キャピトル等への録音が先ず、第一に聴かれるべき、評価されるべき。
何と言っても。そこからモダン・ブルースの歴史が始まっているので異論は無いのですが。
それだけでも無いのだよと。その後のTボーンにも聴くべきものは多いのだと。
特にブルーズウェイでの2枚のアルバム。そこでのファンクへの接近。
Tボーン程の大御所がそれを嬉々として、生き生きとやっている。その艶と瑞々しさ。
Tボーンのブルースに喰らいつくなら、ここまでは味わい尽くそうぜと思うのです。
ファンクへの接近。それは時代の、そしてそれを受けてのレコード会社の要請だったかも。
それを既に初録音から約40年と言う大ベテランのTボーンが快諾して。
しかもものの見事に、そのファンクの波を乗りこなしている。その凄さ、その素晴らしさ。
元々ブルースだけでなく、ジャズにも親しみ。幅広い音楽性を有していたTボーン。
その柔軟さと、その懐の深さと。それが故のなせる業だったのかなと。
そして。件のギターを背中で弾いたり、股割をやったりと。パフォーマンスにも長けていて。
芸能としての、ダンス・ミュージックとしてのブルースの役割も熟知していた。
それも、この時代に。最先端の踊れるブルースとしてファンクを躊躇なくやれた所以かなと。
そして。そのB.B.キングをも魅了し、その発想の源泉ともなったギターの響き。
それはこのアルバムでも。実に何とも自由自在で流麗で。唯一無比の存在感を発揮していて。
やはり、心、震わされ、浮き立たされ。そして心、踊らされてしまうのです。

誰も。
彼もが。
走る。
走り出さずにはいられない。
そんな季節。

だから。
だからこそ。
踏み止まって。
辺りを見回して。
見過ごさない様に。

この街。
この季節。
心を。
亡くすままに。
駆け去るだけ。

それだけでは。
見えはしない。
そんなものもある。
少し。
余白を残してみれば。

楽しいもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
そう。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊らずにはいられない。
そんな季節でもある。

あの人も。
この人も。
走る。
走らされる。
そんな街。

あの人も。
この人も。
走る。
走り出さずにはいられない。
そんな街。

心を。
亡くした様に。
駆け抜けるだけ。
亡くすままに。
駆け去るだけ。

少し。
余裕を持ってみれば。
余白を残してみれば。
それだけではないと。
見えてくるかもしれないと。

面白いもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
あるのだと。

楽しいもの。
心、踊るもの。
そんなものが。
あそこにも。ここにも。
あるのだと。

誰も。
彼もが。
走る。
走らされる。
師走の街を。

誰も。
彼もが。
踊る。
踊らずにはいられない。
師走の街へと・・・ね。



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2017/12/26 Tue *タフに、ラフに / Junior Wells

20171226youretuffenough


耐えられるか。
頑張れるか。
未だ。
その先へと。
歩めるか。

それだけの。
頑丈さが。
強固さが。
あるか。
漲っているか。

この身に。
この心に。
そいつが。
あるのか。
宿っているのか。

あると。
宿っていると。
そいつを。
そのことを。
信じられるのなら。

迷うことはない。
躊躇うこともない。
そのままでいい。
そのまま。
踊り続ければいい。

弾むままに。
揺れるままに。
いけるところまで。
タフに。ラフに。
いってしまおう。

『You're Tuff Enough』'68年リリース。
ジュニア・ウェルズのブルー・ロック移籍第一弾アルバム。
シカゴ・ブルースのハーピストとして確固たる地位を築いていたウェルズ。
リトル・ウォルターの後任としてマディ・ウォーターズのバンドでも活躍して。
並行して自らのソロ活動も行って。代名詞となる「Messin'With The Kid」など。
ヒット曲も放って。シカゴ・ブルースの新世代の旗手となっていました。
盟友であるバディ・ガイとの元祖ブルース・ブラザースとしても活動していて。
デルマークにかの名盤『Hoo Doo Man Blues』を残すなどもしていました。
そんなウェルズが新境地を拓くことになったのがこのアルバムで。
シカゴのジェームス・ブラウン、JBと呼ばれるファンキーな一面を見せています。
躍動するジャケットの姿そのままの勢いのある「You’re Tuff Enough」のその迫力。
まさにJBも顔負けのタフで、ヘヴィでファンクなブルースが炸裂しています。
否、そのままに展開されるものはもはやブルースの範疇には止まっていないかと。
軽々とジャンルなど飛び越えて、ブルース・ハープを吹きまくり、シャウトする。
そのノリの良さ、跳ね具合、弾け具合。実に何ともご機嫌で。
そんなウェルズの姿は強固な意志を備えた、実にタフなものに感じられます。
「Messin' With The Kid」も見事にファンキーなブルースに生まれ変わっています。
あまりにも。ファンクに、R&Bに接近し過ぎだとして。
一部のブルース・ファンの間では無かったことにされているらしいのですが。
タフに、クールに。そしてファンキーに。グイグイと聴く者を惹きつけてしまうウェルズ。
それを否定してしまうと言うのはあまりに狭量に過ぎる気がするかなと。
ウェルズのタフな様に、ついていけるそれだけのタフさが聴く者にも求められている。
そう考えれば。こいつはある意味。己の覚悟を試される、そんな試金石の様なアルバムでもあるかもです。

踏ん張れるか。
乗切れるか。
未だ。
この先へと。
進めるか。

それだけの。
堅牢さが。
強靭さが。
あるか。
溢れているか。

この身に。
この心に。
それらが。
あるのか。
巣食っているのか。

あると。
巣食っていると。
そいつを。
このことを。
信じられるのなら。

悩むことはない。
逡巡することもない。
そのままでいい。
そのまま。
歌い続ければいい。

跳ねるままに。
震えるままに。
やれるところまで。
タフに。ラフに。
やってしまおう。

未だ。
その先へと。
歩めるか。
その資格が。
あるのか。

未だ。
この先へと。
進めるか。
その権利が。
あるのか。

それだけの。
頑丈さが。
強固さが。
堅牢さが。
強靭さが。

それだけの。
柔軟さが。
寛大さが。
しなやかさが。
おおらかさが。

この身に。
この心に。
あると。
宿っていると。
巣食っていると。

そいつを。
そのことを。
信じられるのなら。
そいつが。
確かだと思えるのなら。

迷うこともない。
躊躇うこともない。
悩むこともない。
逡巡することもない。
踊り続ける、歌い続ける。

弾むままに。
揺れるままに。
跳ねるままに。
震えるままに。
いってしまおう、やってしまおう。

タフに。ラフに。



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2017/12/25 Mon *パレードが行くよ / Earl King

20171225streetparade


何があっても。
何もなくても。
まぁ、いいかと。
肩の力を抜いて。
笑顔を浮かべて。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなところかなと。
難しく考えず。
固いこと言わず。

口笛でも吹いて。
鼻歌でも歌って。
昨日は昨日。
今日は今日。
明日は明日。

そんなもの。
そんなところ。
何とかなるだろう。
なるようになるだろう。
そう心を決めたら。

書を捨てて。
PCを閉じて。
柵など忘れて。
何もかも。
置いておいて。

扉を開けて。
街へと繰り出そう。
通りを歩こう。
ごらん。
パレードが行くよ。

『Street Parade』'87年リリース。
ニュー・オーリンズのブルース・シンガー、ギタリスト、アール・キング。
その世界初レコード化となる音源も含んだP-VINEによる日本編集アルバム。
基になっているのはその数年前の英国編集のアルバムでそれに更に独自の編集を加えてと。
その、いなたい、魅力が思う存分に堪能できる何とも味わい深いアルバムです。
全16曲の中核となるのはアラン・トゥーサンと、そしてミーターズと組んでの録音で。
これが実に何とも。極上なのですが。録音された'72年当時は何故か殆ど未発表で。
唯一、「Street Parade」のみがシングル盤としてリリースされたのみだったのだとか。
一説ではアトランティックからアルバムがリリースされる筈が何故か見送りになったと。
トゥーサンやミーターズの一連のアルバムにも勝るとも劣らない出来なのですけどね。
本当に、この極上のバイユー・ファンクをボツにする耳を疑いたくなります。
骨太で、腰が強く。それでいて、どこか大らかで緩いところも。その塩梅が絶妙なのです。
アールと言う人は。'50年代から活動していたのですが。決して順風漫歩ではなくて。
最初はギター・スリムの代役として重宝されたに過ぎなくて。やっとレコード契約したら。
本当はキング・アールとしてデビューする筈が、誤植でアール・キングにされてしまい。
そのまま誤った芸名が定着してしまい。その後、ローカル・ヒットを放つも。
騙されたり、レコード会社が倒産したりで。'60年代中頃にはプロデュースとか作曲とか。
すっかり裏方になってしまって。まぁ、そこでかなりの優れた仕事をしているのですが。
普通なら拗ねたり、不貞腐れたりしそうなものを。そうはならなかった様で。
その後の細々とした活動でも。まぁ、いいか。何とかなるさとでも言わんばかりの明るさ。
そいつが特徴的で。故に愛されて。結果的には息の長い活動へと繋がっていったと。
「Street Parade」ではミーターズにブラス・バンドまでも従えて。その剛毅な陽気さ。
陽の当たるニュー・オーリンズの街を意気揚々と、まさにパレードしているが如くで。
何だかね。塞ぎこむのが馬鹿らしく思える。生命力に満ちたアールのファンク、ブルースが堪らないのです。

何があっても。
何もなくても。
まぁ、いいかと。
肩肘張らずに。
口角上げて。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなものだよなと。
堅苦しく考えず。
口煩く言わず。

伸びでもして。
よしっと呟いて。
昨日は昨日。
今日は今日。
明日は明日。

そんなもの。
そんなところ。
何とかできるだろう。
できるようにするだろう。
そう心に決めたら。

テレビを消して。
スマホも閉じて。
垣など忘れて。
何もかも。
置いておいて。

塀を乗り越えて。
街へと出かけよう。
通りを駆けだそう。
ごらん。
パレードが行くよ。

昨日は昨日。
今日は今日。
風が変われば。
流れも変わる。
そんなこともある。

今日は今日。
明日は明日。
流れが変われば。
ツキも変わる。
そんなこともある。

何かあったなと。
何もなかったなと。
そんなところ。
その実は。
大したことでもない。

何があっても。
何もなくても。
そんなもの。
実のところ。
大したものでもない。

難しく考えず。
固いこと言わず。
堅苦しく考えず。
口煩く言わず。
頭を楽にして。

肩の力を抜いて。
笑顔を浮かべて。
肩肘張らずに。
口角上げて。
心を開いて。

口笛でも吹いて。
鼻歌でも歌って。
伸びでもして。
よしっと呟いて。
視線を上げて。

開けて。
街へと。
通りへと。
ごらん。
パレードが行くよ。



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2017/11/02 Thu *生きながらに / Champion Jack Dupree

20171102championjacksnaturalandsour


誰にも。
辛いこと。
哀しいこと。
口に出せないこと。
話したくないこと。

そんなことの。
一つや二つ。
三つや四つ。
五つや・・・
あるだろう。

傷つき。
血を流し。
打ちのめされ。
叩き潰され。
膝をつき。

それでも。
唇を噛み締め。
拳を握り締め。
抗って。
闘って。

傷だらけになって。
血だらけになって。
足を引きずりながら。
それでも前へと。
それでも先へと。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
聴こえるのだ。

『Champion Jack's Natural & Soulful Blues』'61年リリース。
ニュー・オーリンズ出身のブルース・ピアニスト、チャンピオン・ジャック・デュプリー。
そのヨーロッパ移住後初めてとなるロンドン録音のアルバム。
ピアノ、ギター、ベースのトリオ編成で。ギターを弾いているのはアレクシス・コーナー。
その貢献を認められてかアレクシスの手によるナンバーも一曲収録されています。
我が道をいく、強烈な個性を放つデュプリーのピアノ、そしてその歌声が染み込んできます。
ニュー・オーリンズ出身らしい弾み、転がる力強いピアノ。しかし派手さはなく。
その渋く、深みのある歌声には。ある種の諦念を感じさせる淡々としたものが過ることも。
KKKに両親を殺され、幼くして孤児になったと言われるデュプリー。
十代からニュー・オーリンズの安酒場や路上で演奏をして小銭を稼ぐようになって。
やがてシカゴへと進出するも。シカゴ・ブルースの主流には加われずに。
インディアナへと流れてプロ・ボクサーに転身。戦歴を重ねライト級のチャンピオンに。
引退して。再びブルースの道へ。初めて録音の機会を得るも。太平洋戦争に従軍。
コックとしても腕を振るうも日本軍の捕虜となって。捕虜生活は二年間に及んだとも。
終戦後、ニュー・ヨークでアトランティックに見出されて再び録音の機会を得て。
そこで生まれたのがあの畢生の名作『Blues From The Gutter』 だったと・・・
波乱万丈と言うには、あまりにも壮絶な半生。生きながらにブルースに囚われたデュプリー。
それが強烈でありながら、どこかもの悲しく、そして逞しい生命力を感じさせる個性にと。
デュプリーのブルースを耳にする度に。人間の、その歩みの厳しさを思うのです。
フェスティヴァル出演の為に初めて渡欧して。(米国と比較して)人種差別が無いこと。
そのことに感銘を受けて即座に移住を決意したと言われるデュプリー。
己が己らしく生きられる新天地での意気込みもまた、このアルバムからは感じられて。
このアルバムに針を落とす度に。人間の、その歩みに訪れる希望を思いもするのです。
やがて白人女性と結婚して。デンマークに移住して。安定した生活を送る様になって。
正直、気の抜けた様な録音も数多く残すことになりますが。誰がそんなデュプリーを責められるでしょうか・・・

誰にも。
耐え難いこと。
悲しいこと。
考えたくもないこと。
思い出したくもないこと。

そんなことの。
六つや七つ。
八つや九つ。
十とか・・・
あるだろう。

抉られ。
血を吐き。
ぶちのめされ。
踏み潰され。
這いつくばり。

それでも。
歯を食いしばり。
手を伸ばして。
屈せず。
諦めず。

満身創痍になって。
血だるまになって。
足を引きずりながら。
それでも何処かへと。
それでもあの場所へと。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
歌えるのだ。

生まれて。
生きて。
生き延びて。
ここまで。
この先へと。

脛に。
頬に。
身にも。
心にも。
傷を負いながら。

一つや二つ。
三つや四つ。
五つや六つ。
七つや八つ。
九つや十・・・

傷つき。
血を流し。
抉られ。
血を吐き。
絶望の淵に。

打ちのめされ。
叩き潰され。
ぶちのめされ。
踏み潰され。
諦念の誘惑に。

それでも。
抗って。
闘って。
屈せず。
諦めず。

傷だらけになっても。
血だらけになっても。
満身創痍になっても。
血だるまになっても。
前へ、先へ、何処かへ、あの場所へ。

そう。
誰でも。
生きながらに。
憂歌が。
聴こえるのだ。歌えるのだ。



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2017/11/01 Wed *その存在 / Howlin' Wolf

20171101thelondonhowlinwolfsessioms


いつでも。
どんな時でも。
ふと。
感じた時に。
触れてみる。

すると。
その時々で。
微妙に。
表情を変えながら。
伝えてくれる。

そう。
いい時も。
悪い時も。
上がっている時も。
下っている時も。

触れれば。
応じて。
蠢いて。
何らか。
指し示してくれる。

その。
存在の。
尊さが。
ともすれば。
薄らいでしまうのは。

あまりにも。
その存在が。
当たり前すぎるからか。
だから。いま。
触れたいのか。

『The London Howlin' Wolf Sessions』'71年リリース。
ハウリン・ウルフが、英国のミュージシャン達を従えて録音したアルバム。
ウルフが望んだのではなくて。マディの『Fathers And Sons』で味をしめたチェスが。
ウルフを英国に送り込んで、柳の下の泥鰌を狙ったってところなのだと思いますが。
クラプトンや、ウィンウッド、それにビルに、チャーリー辺りは大歓迎だっただろうし。
まぁ、自分を慕っている若い衆を相手にするウルフも悪い気はしなかっただろうなと。
それでも用心棒?としてヒューバート・サムリンは同行させているのも、らしいかな。
純粋にウルフのアルバムと呼んでいいのかは微妙なところもあるし。
クラプトンを始めとする面々の演奏が如何にも蒼くて、硬くてと、言うのもあって。
火花が散る様な激しさ、汗が滴る様な濃厚さ。そんなものに欠けるのは否めないのですが。
孫弟子たちに迎えられたウルフの、誇らしくも、慈愛に満ちた貫禄とか。
大師匠を迎えたクラプトン達の、緊張しつつも、無邪気に楽しんでいる様とか。
そんなスタジオの空気が伝わってくる様で。ブルースとロックの関係と言うか。
ロックにとってブルースがどんな存在であるのかと、そんなことを思わされます。
既に。それなりに名を成している連中が、嬉々としてウルフとの共演を楽しんでいる。
そして。その一方で。まだまだ及ばないことを痛感させられて、学ぼうともしているところ。
ロックにとってのブルース。愛して止まない、昂揚感を掻き立てられるそんな存在で。
そして。手を伸ばしても届かない、遠くに聳え立つ霊峰の様に、畏れ慄く存在でもあり。
そんな愛憎半ばする存在。愛さずにはおれなくて、届かなくても挑み続けざるを得ない。
そんなブルースがあってこそ、ロックは存在するのだと、ロック足りえるのだと。
企画は安易だったかもですが。その実、このアルバムに捉えられているものは大きいかなと。
「The Red rooster」でウルフにギターを弾いてほしいと頼むクラプトンが微笑ましいかな。
ミックは歌っていないのに、スタジオに現れて。ウルフとのツー・ショットで満面の笑みで。
更にはこの英国盤はローリング・ストーンズ・レコードが配給しているとか。
経緯、憧憬、愛情。そんなものは。妙にカッコつけずに。素直に表に出すのが良い時もあるのですよね。

いつでも。
どんな時でも。
ふと。
過った時に。
口にしてみる。

すると。
その時々で。
微妙に。
味わいを変えながら。
伝わってくる。

そう。
いける時も。
駄目な時も。
登っている時も。
沈んでいる時も。

口にすれば。
応えて。
震えて。
何らか。
示し唆してくれる。

その。
存在の。
愛しさを。
ともすれば。
忘れがちになってしまうのは。

あまりにも。
その存在が。
当たり前にすぎるからか。
だから。いま。
口にしたいのか。

その存在。
その関係性。
なくては。
ならなくて。
あり得なくて。

恐らくは。
驚くほどの。
奇跡の。
出会いと。
積み重ね。

恐ろしい程の。
幸福と。
同等の。
苦難と。
その果ての結果。

愛さずには。
いられなくて。
それが故に。
憎しみも。
生み出されて。

その。
せめぎ合い。
その。
繰り返し。
永続して。

いつの間にか。
当たり前に。
自然に。
薄らいで。
忘れたかのようで。

いつでも。
どんな時でも。
断ち切れない。
その存在。
その関係性。

だから。いま。
触れたくなる。
口にしたくなる。
その存在。
素直に向き合ってみる。



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2017/10/30 Mon *風よ、吹け、吹け、風よ、吹け / Big Walter Horton & Alfred Harris

20171030harmonicablueskings


吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

この身に。
この心に。
纏わりつく。
あれや。
これや。

ふわふわと。
もやもやと。
その実体は。
現れない。
見えてこない。

なのに。
どうにも。
気に掛かる。
気に障る。
そいつが耐え難い。

そわそわと。
ざわざわと。
粟立って。
波風立って。
落ち着かない。

そんな。
あれも。
これも。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

『Harmonica Blues Kings』'86年リリース。
ビッグ・ウォルター・ホートンとアルフレッド・ハリス。
二人のハーピストのユナイッテドへの'54年録音を収録したアルバム。
これまたP-VINEの手によるものですが。デルマークが原盤なのかな。
さて先ずはA面に収められているホートン。ミッシシッピー出身で。
'50年代はミッシシッピーとシカゴを行き来しながら活動を続けていたのだとか。
知己だったウィリー・ディクソンの引きもあってシカゴでの様々なセッションに参加。
遂にはチェスで自己名義での録音の機会を得るもお蔵入りになったりして。
このユナイッテドへの録音で初めて自己名義のレコードをリリースに至ったのだとか。
そしてこの時、初めてビッグ・ウォルターを名乗ったと言われています。
それ以前はリトル・ウォルターだったのですね。そう実はホートンが元祖なのですよね。
しかし、二代目?のジェイコブスのリトル・ウォルターが既に大スターになっていた為に。
その長身からディクソンがビッグ・ウォルターを名乗ることを勧めたのだとか。
体躯に見合った豪快に吹きまくる様が魅力的なホートン。スケールの大きさを感じます。
それでいて繊細なブロウもあって。サックスとの絡みなどは実に絶品だったりします。
さて続いてB面に収められているアルフレッド・ハリス。無名と言うか正体不明で。
出身もミシシッピーか、アーカンソーかはっきりせず。何処へ消えたかも不明なのだとか。
何でもブルース・キングと名乗って、ホートンとハープ・デュオを組んでいたとも。
尤もホートンは、ブルース・キングのことを訊かれると不機嫌になって口を閉ざしたと。
そんなハリス。そのハープ、そのブルースはひたすらダウンホームで。
熱く吹きまくる、その熱風が地面を舐める様にあらゆるものを焼き尽くす様な感があって。
何故、これほどのハーピストが無名に終わったのか。それもまたブルースなのか。
故に。ジャケットにはホートンのみがフューチャーされているのですが。
二人のハーピストの、豪快で熱いハープ。その吹きまくる様に痺れるアルバムなのです。

吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

この身に。
この心に。
絡みつく。
あれも。
これも。

ふわふわと。
もやもやと。
その実態は。
表れない。
感じられない。

なのに。
どうにも。
気が晴れない。
気が滅入る。
そいつが耐え難い。

そわそわと。
ざわざわと。
押し寄せて。
締め付けられて。
落ち着かない。

そんな。
あれや。
これや。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

街に。
風が。
吹き。
季節の扉を。
開け放つ。

その。
風が。
あれも。
これも。
吹き飛ばして。

昨日を。
今日に。
今日を。
明日に。
変えていく。

この身にも。
この心にも。
風が。
吹き。
扉を開け放ってくれないかと。

ふわふわと。
もやもやと。
纏わりつくものを。
絡みつくものを。
吹き飛ばしてくれないかと。

昨日の己を。
今日の己に。
今日の己を。
明日の己に変えてくれないかと。

吹け。
吹いて。
吹いて。
吹きまくって。
吹き飛ばせ。

風よ、吹け、吹け、風よ、吹け。



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2017/10/29 Sun *いつでも、どこでも、どれでも、なんでも / Lee Dorsey

20171029doremifunky


いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまおう。

取り敢えず。
なんか。
いいなと。
感じたら。
思えたら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまえれば。

それで。
うまく。
回りだす。
うまく。
転がりだす。

考えるのは。
後でいい。
先ずは笑って。
乗ってしまおう。
踊ってしまおう。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
そいつで先ずは。
何とかなるだろう。

『Do Re Mi Funky』'87年リリース。
リー・ドーシーのP-ViNEによる日本独自編集アルバム。
邦題?は『どれもファンキー』・・・やるなぁ、P-VINE。
ニュー・オーリンズを代表するシンガー、ドーシーの'60年代録音を18曲。
大ヒットを連発して、ミスターTNTとの異名を取っていたドーシー。
その泥臭くて、いなたく。只管にファンキーなドーシーの魅力が満載です。
元々はプロ・ボクサーだったらしく。引退後に自動車修理の職について成功して。
自らの工場を経営するに至って。子宝にも10人以上恵まれて。
そんなある日、鼻歌を口ずさみながら直した車の持ち主がレコード・プロデューサーで。
その場でスカウトされたと言う・・・眉に唾をつけたくなる逸話があるそうで。
まぁ、いずれにせよかなり軽い乗りでの転身、デビューであったことは確からしく。
最初のヒット曲「Ya-Ya」はたまたま近所の子供達が口ずさんでいたメロディ。
それをヒントにスタジオで、即興で録音したのだとか。その乗りの良さがドーシーで。
続く「Do Re Mi」なんかも、とぼけているものの、その乗りの良さは天下一品で。
更には、乗りが良く楽しいのに。どこかしんみりともさせるところが心憎いのです。
これらの作品のアレンジに関わったのが、アラン・トゥーサンで。
プロデュースを担当、演奏にも参加して。ますますドーシーの魅力を引き出したのが。
「Get Out Of My Life Woman」「Working In A Coal Mine」といったところで。
実に絶妙に緩い塩梅の効いた、ファンキーなドーシー節が全開となります。
歌の中で、俺のやることは総てファンキーだぜと豪語するドーシー、絶好調です。
更にはミーターズをバックに迎えたナンバーなどは、もうまごうことないファンクで。
ドーシー、そしてトゥーサンの新たな時代への挑戦、その意気込みが感じられます。
邦題に偽りなし。どれも、そしていつ、どこで針を落としてもファンキーなドーシーなのです。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑い飛ばしてしまおう。

取り敢えず。
なんか。
楽しいなと。
感じたのなら。
思えたのなら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑い飛ばしてしまえれば。

それで。
いい具合に。
回りだす。
いい塩梅に。
転がりだす。

考えるのは。
先でいい。
今は笑って。
乗ってしまおう。
踊ってしまおう。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
そいつで先ずは。
何とかしてしまおう。

いつでも。
どこでも。
多かれ。
少なかれ。
不安はある。

どれでも。
なんでも。
多かれ。
少なかれ。
不満はある。

そいつは。
変わらない。
ならば、いいなと。
感じたら。
思えたら。

そいつは。
変えられない。
ならば、楽しいなと。
感じたのなら。
思えたのなら。

いつでも。
どこでも。
どれでも。
なんでも。
笑ってしまえれば、笑い飛ばしてしまえれば。

それで。
うまく、いい具合に。
回りだす。
うまく、いい塩梅に。
転がりだす。

雨が降ろうが。
槍が降ろうが。
嵐が来ようが。
いつでも、どこでも、どれでも、なんでも。
何とかなるだろう、何とかしてしまおう。



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2017/10/28 Sat *泥んこ道のダンス / Various Artists

20171028bayoudrive


秋の長雨。
それにしても。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気が纏わりついて。

ぬかるみに。
足を取られそうで。
どうにも。
スッキリしない。
何もかもが不順になりそうで。

もう。
この国からは。
温暖で。
穏やかで平準な。
気候など失われてしまったかと。

雨期ではなくて。
雨季ができてしまったかと。
あぁ。
それならそれで。
やりようもあるかと。

振り続く。
雨に合わせて。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみればいいだろうと。

光る。
水溜りに飛び込んで。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみればいいだろうと。

『Bayou Drive』'85年リリース。
P-VINEによるチェス音源の発掘編集アルバム。
アルバム・タイトルからをわかる様にルイジアナ・ブルースに焦点をあてて。
クリフトン・シェニエ、ライトニン・スリム等、4人の'50年代録音から選曲しています。
シェニエと言えばスペシャルティかアーフリー、スリムと言えばエクセロ。
そんな印象が強いのですが。流石はチェス。多方面に網を張っていたのだなと言うか。
やはり、チェスへの録音と言うのはある種のステータスだったのかなとも。
シングル盤としてリリースされていたものもあれば。完全にお蔵入りになっていたものも。
シェニエのザディコも、スリムの無骨なブルースも。後年に比べると荒々しくて。
言わば、原石の魅力があって。何でこれがお蔵入りと首を傾げたくなるほどのものです。
雨の多い、湿地帯の広がるルイジアナ。そこでの日常がどの様なものか。
ジメジメとして、スッキリしなくて、何もかも不順になりそうで。そんな日々も多いかと。
そんな時は。シェニエのザディコに合わせてステップを踏んで、ダンスを踊って。
スリムの洗練とは無縁の、緩くも渋いブルースに合わせて軽くリズムを刻んでやり過ごす。
泥臭くも愛らしいルイジアナのバイユーで生まれたブルースの誕生経緯を感じもします。
しかし、本当にシェニエは踊っているし。スリムはひたすらに激渋なのですよね。
ジャケットにも、その2人の写真しかなくて。他の2人はどうしたのだと言うところですが。
ブギー・ジェイクとヘンリー・タルバート。写真も残っていないほど無名なのでしょう。
でも、この2人がまた。いい味を出していて。線が細かったり、個性には乏しかったり。
しかし、明らかにルイジアナなブルースをやっていて。無名が故の生々しさを感じるかな。
振り続ける雨も、纏わりつく湿気もものともしない、水溜りを、泥んこ道もお構いなし。
そんな、笑い飛ばす、我が道を貫き通す。ルイジアナ・ブルースの逞しさが堪りません。

ススキ梅雨。
それにしても。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気に纏わりつかれて。

ぬかるみに。
搦めとられそうで。
どうにも。
スッキリしない。
何もかもが不純になりそうで。

もう。
この国からは。
温暖で。
優しくて安らかな。
気候など失われてしまったかと。

雨期ではなくて。
雨季だと認めてしまおうと。
まぁ。
それならそれで。
やりようもあるぞと。

振り続く。
雨の中に飛びだして。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみればいいだろうと。

ぬかるんだ。
水溜りを踏みつぶして。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみればいいだろうと。

秋の長雨。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気が纏わりついて。
どうにもならない。

ススキ梅雨。
降り過ぎだろう。
続き過ぎだろう。
湿気に纏わりつかれて。
どうしようもない。

雨期ではなくて。
雨季ができてしまったかと。
雨期ではなくて。
雨季だと認めてしまおうと。
覚悟を決めようと。

ぬかるみに。
足を取られて。
搦めとられて。
何もかもが不順になりそうで。
何もかもが不純になりそうで。

振り続く。
雨の中に飛びだして。
リズムを刻んで。
ステップでも。
踏んでみるしかないだろうと。

ぬかるんだ。
水溜りを踏みつぶして。
飛沫を上げて。
ダンスでも。
踊ってみるしかないだろうと。

そう。
不順で。
不純な。
リズムで、ステップで。
泥んこ道のダンスを踊ろう。



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