カテゴリー「003 Blues,Rhythm & Blues」の記事

2019/03/10 Sun *朝な、夕な / Elmore James, Eddie Taylor & Jimmy Reed

20190310southsideblues


朝な、夕なに。
南でも、北でも。
色々とあって。
色々と起きて。
追われている間に。

あぁ。
また一日が。
また週末が。
急ぎ足で。
去っていくと。

そいつは。
結構。
タフなことで。
それなりに。
草臥れもするのだと。

だから。
ちょいとばかり。
脇に逸れて。
やり過ごそうなどと。
思いもするが。

タフな日々に。
傷つきもするが。
そいつは。
また刺激でもあって。
それはそれで楽しくも。

だから。
そう、しっかりと。
栄養補給をしてでも。
このまま。
朝な、夕なに。乗っていこうと。

『South Side Blues』'71年リリース。
エルモア・ジェイムス、エディ・テイラー、ジミー・リードと。
名だたるブルース・ギタリストの録音を集めた傑作編集アルバム。
A面がエルモアのチーフへの録音、B面がエディのヴィージェイとヴィヴィッドへの録音。
年代的には殆どが'50年代で。エディのヴィヴィッドでの2曲のみ'60年代なのかな。
エディは、エルモアの録音にも参加していて。B面ではいつもとは主客転倒で。
ジミーを従えて主役を張っていると。なので、そうエルモアとエディのアルバムであると。
まぁ、ジミーの名前もクレジットしないとリリースができなかったのか。そこは不明ですが。
さて。先ずはエディが脇を固めているエルモアですが。あの唯一無二のスライドが炸裂。
それだけではなく。エディ以下のメンバーに煽られたか、十八番のブルーム調だけではなく。
何とも、豪快にして重みのあるバンド・ブルースで迫ってくるその迫力が堪りません。
エルモアと言う人は。若くして心臓発作を起こしてから。常に死の恐怖を感じていたらしく。
それもあってか、四十代半ばで亡くなるまでに、かなりの量の録音を残していて。
その総てを聴いたわけではありませんが。ここでのややモダンな感じもある晩年の録音。
その黒く、艶やかに光る様は。エルモアのブルースの中でもかなり、臓腑に沁みるのです。
そして。主役を張ったテイラーの。その、これまた独特な緩くもあるブギーと。
それに乗った、コクのある味わい深い歌声。こいつがまた何ともいい感じで。
脇に回った(回らされた?)ハーポのブルース・ハープがまたいなたく鳴っていたりして。
何とも言えない軽みもあるのに、その味わいは濃厚と言う。これはこれでまた沁みると。
ストーンズがお手本にしたと思われる「Ride 'Em On Down」での乗りなど絶品なのです。
エルモアとテイラー。異なる様で相通ずる、そしてやはり個性的なブルース。
そいつをA面とB面で味わえる。それこそ朝に、夜に摂取、聴きたくなる豊潤なアルバムなのです。

朝な、夕なに。
東でも、西でも。
様々にあって。
様々がやってきて。
やり合っている間に。

あぁ。
また一日が。
また一週間が。
逃げ足で。
遠ざかっていくと。

そいつは。
結構。
ハードなことで。
それなりに。
消耗もするのだと。

だから。
ちょいとばかり。
流れから外れて。
見送っていようかなどと。
思いもするが。

ハードな日々に。
血が滲みもするが。
そいつは。
また刺戟でもあって。
それはそれで面白くも。

だから。
そう、しっかりと。
滋養強壮をしてでも。
このまま。
朝な、夕なに。乗り続けていこうと。

朝は。朝で。
朝から。
タフで。ハードで。
そんなことも。
起きやがる。

夜は。夜で。
夜まで。
タフで。ハードで。
そんなものも。
ありやがる。

その間。
昼は。昼で。
一息などと思ったら。
隙を突かれる。
そんなもの。

そいつは。
何処でも。
何処にても。
南でも、北でも。
変わりはしないだろう。

そいつは。
何処へ。
何処までいっても。
東でも、西でも。
同じ様なものだろう。

そうさ。
隠れる場所など。
逃げる場所など。
いつにも、何処にも。
ありはしないだろう。

だから。
朝な、夕なに。
きっちりと。
影響補給、滋養強壮。
そうして立ち向かうのさ。



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2019/03/09 Sat *故き / John Lee Hooker

20190309vintagejohnleehooker1948195


故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

何が。
得られるのかと。
そんな思いに。
囚われもするが。
実のところ。

もう既に。
振り返ることも。
顧みることも。
少なくなった。
殆どなくなった。

そんなものに。
その中にこそ。
いま、この時。
己が必要としている。
そんなものがある。

時を経て。
苔生して。
色合いも。
手触りも。
朽ちる寸前に思われる。

故き。
そんなものを。
もう一度。
胸に抱いて。
また始めてみるかと。

『Vintage John Lee Hooker 1948-1952』'79年リリース。
アルバム・タイトル通りに'48年~'52年の故き、年代物の味わい深い。
そんなジョン・リー・フッカーの録音から選曲された日本独自の編集アルバム。
元々は『Coast To Coast Blues Band Any Where/Any Time/Any Place』として。
'71年に米国でリリースされたアルバムと同内容で。タイトルを変更したと。
まぁ、ド迫力のジャケットはそのままに。タイトルは分かりやすくしたと言うことかな。
全14曲が収録されていますが。その内の12曲、殆どがジョン・リーの弾き語りで。
その独特な節回し、その反復により、情念が迫ってくる様な迫力が何とも言えません。
生年に諸説があるジョン・リーですが。おおよそ三十歳前後にデトロイトに出てきて。
レコード・ディーラー、バーニー・ベスマンの下で録音を始めて。
それをバーニーが大手のモダンに売ることによって全米に流通、一躍、大スターに。
ただ、モダンに渡らなかった録音も相当数に上っていて。その権利はバーニーにあって。
それが録音から約二十年以上の歳月を経て、様々な形で陽の目を見ることになったと。
モダンとの契約に縛られていたジョン・リーは別名での録音も数多く残しているので。
その時代のジョン・リーが如何に精力的で、そのブルースに、如何に需要があったのかと。
何せ五十年のキャリアを誇ったジョン・リーですので。どの時代、どの録音と言われても。
どれがベスト、どれが一番好きかは即答できないのですが。でも、まぁ。そうですね。
この最初期の、ダウン・ホームな味わいが濃厚なジョン・リー。それは格別かなと。
ジョン・リーと言う人は、その時の気分や感情が歌や演奏に出やすい人だったみたいで。
同じ様な曲調が多く、ワン・パターンと思いきや。微妙にその色合いとか、手触りに。
差異とか、落差もあって。弾き語り故にその辺りも顕わな年代物は楽しめたりするのです。
渋いと言えば渋いので。そう毎日の様に味わう類のものでは無いとは思うのですが。
この故き、ジョン・リーのブルースを温ねることで。見えてくるものも確かにあるのです。

故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

何を。
求めているのかと。
そんな思いに。
襲われもするが。
実のところ。

もう既に。
振り向くことも。
思い返すことも。
少なくなった。
殆どなくなった。

そんなものに。
その中にこそ。
いま、この時。
己が必要としている。
答えを見ている。

時が流れて。
風雪に洗われ。
風合いも。
肌触りも。
消え去る寸前に思われる。

故き。
そんなものを。
いま一度。
噛み締めて。
また始めてみるのだと。

いまが。
何処なのか。
何なのか。
そんなものを。
見失ったら。

この先が。
何処へ向かうのか。
どうなるのか。
そんなものが。
わからなくなったら。

慌てずに。
騒がずに。
来た道を振りかえり。
顧みて。
探してみる。

焦らずに。
苛まずに。
来た方向を振り向き。
思い返して。
求めてみる。

忘れていた。
忘れてしまった。
そんなものの。
その中に。
あるかもしれない。

消した。
消してしまった。
そんなものの。
その中に。
見つかるかもしれない。

故き。
そんなものを。
尋ねて。
訪ねて。
温ね。

また、その感触から始まるものもある・・・



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2019/03/08 Fri *決まりごとなど / Ray Charles

20190308raychalesatnewport


決まりごと。
そんなものに。
囚われて。
縛られて。
身動きもままならず。

それどころか。
自ら好んで。
囚われると。
縛られると。
何で?とも思うが。

楽なのだろう。
やったことがない。
その一言で。
決まりごと。
その中に逃げ込んで。

外とは。
折り合うことも。
織り成すことも。
その努力すら。
放棄してそのままでいられる。

確かに。
そうすることで。
守られるものもあるだろう。
傷つかないものもあるだろう。
居心地はいいだろう。

だけど。
そこから外へと。
踏み出してみる。
踏み出そうとしてみる。
そんな者だけが得られるものもあるのだ。

『Ray Charles At Newport』'58年リリース。
映画、『真夏の夜のジャズ』にも記録された同年のニューポート・ジャズ・フェスティバル。
そのフェスティバルに於いて録音されたレイ・チャールズのライヴ・アルバム。
チャック・ベリーの演奏シーンも収められていた同映画にはレイも出ていたのかな?
残念ながら未見なので、そこはわからないのですが。溌溂としたライヴを展開しています。
ジャズと銘打ちながらも。その顔ぶれからも分かる様に。その決まりごと、垣根は。
取り払われつつあり。ゴスペル、ブルース、R&Bへと門戸が開かれつつあったと。
その意味でも。ゴスペルをルーツに持ち、ジャズも歌いながら。R&Bでヒットを放った。
そんなレイの存在、出演は。その性格を象徴的に表したものなのかなとも思われます。
「I've Got A Woman」、「Talkin' About You」と言う、そのR&Bのヒット曲で盛り上げて。
一方で、何とレイ自らがアルト・サックスを奏でるジャージーなインストもやっていると。
この雑多な、何でもありな。越境していく姿、それこそがパイオニアとしてのレイなのだと。
この時代の洗礼で。R&Bを歌い始めた時には、頭の固い聴き手、世間からは叩かれたと。
それにもめげずに。自らの意思を貫いて歌い続けたレイ。その熱意、その熱い歌唱が。
やがてR&Bを世間に認めさせ、旧弊な音楽界にも変化をもたらしたと。
勿論、その闘いは簡単に終わるモノではなく。この後も長く続いたのだと思われますが。
その闘いの初期の記録としても貴重なアルバムと言えるかな。そして、その主役である。
レイが、ジャケットの姿そのままに。実に楽しそうに、実にご機嫌に演奏していると。
その様が、すぐ目の前で繰り広げられているかの如くに感じられる臨場感も素晴らしくて。
実のところ、どうにもジャズと言うのは閉じている感じがして苦手意識があったりする。
そんな自分にとっても。ごく自然に受け容れ、溶け込んでいけるのです。そう。決まりごと。
そんなものに囚われていてはいけないのだと。そんなことを自然に感じさせてくれるアルバムなのです。

決まりごと。
そんなものに。
捕らわれて。
拘って。
思いさえもままならず。

それどころか。
自ら望んで。
捕らわれようと。
拘ろうと。
何で?とも思うが。

安心なのだろう。
経験したことがない。
その一言で。
決まりごと。
その中に立て籠って。

外との。
落としどころも。
共鳴するところも。
探そうともせず。
諦めてそのままを決めこむ。

確かに。
そうすることで。
救われるものもあるだろう。
血の流れないものもあるだろう。
安穏ではあるだろう。

だけど。
そこから外へと。
撃ってでてみる。
闘おうとしてみる。
そんな者だけがその手にできるものもあるのだ。

この世は。
そんなに甘くない。
失敗も、失策も。
ついて回る。
そんなものだろう。

この世は。
そんなに優しくない。
批判も、嘲笑も。
待ち受けている。
そんなものだろう。

だが。
この世はそこまで辛くない。
失敗も、失策も。
取り返す機会は与えられる。
それを信じよう。

そう。
この世はそこまで厳しくない。
批判も、嘲笑も。
見返す機会は与えられる。
そこに賭けてみよう。

自分の。
見えるもの。
触れられるもの。
それだけを。
総てと思い込むのは止めよう。

自分の。
経験したこと。
体験したこと。
それだけを。
拠り所にするのも止めよう。

決まりごと。
それを壊すのも。
それを変えるのも。
それを新たにするのも。
囚われず、捕らわれない越境者の特権なのだ。

そんな者に。
私はなりたい。
そんな者と。
私は歩みたい。
決まりごと。それに隷属する者には心、震えない。



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2019/03/07 Thu *私の彼は / Bo Diddley

20190307bodiddleyisalover


私の彼は。
私の恋人は。
ロックンロール。
そんな娘がいたら。
恋に落ちるな。

なんだかんだで。
この世で。
一番、好きなのは。
一番、ご機嫌なのは。
ロックンロール。

それに限る。
それに尽きる。
そんな人間にとっては。
他のものなど。
小さなもの。

何かに。
迷ったら。
その判断基準は。
ロックンロールか、否か。
そんなもの。

だから。
そう、女の娘も。
ロックンロールしているか、否か。
結局は。
それが総てかもしれないと。

勿論。
ロックンロールと言うのは。
スタイルのこと・・・
なんかではなく。
胸の内に宿っているもののこと。

『Bo Diddley Is A…Lover』'61年リリース。
ワン・アンド・オンリーな、ボ・ディドリーの6枚目のアルバム。
ここでもジャングル・ビート、ボ・ディドリー・ビートが炸裂しています。
デビューして三年強で、このアルバムの枚数。如何にボの人気が高いものであったか。
その証ともいえるかな。流石に粗製乱造気味な感じも拭えなかったりはしますが。
それがどうしたと。いつも通りに我が道を行くボです。それが何ともご機嫌です。
なんだかフラメンコを思わせるナンバーもあって。その食欲旺盛な胃袋の。
その咀嚼、消化力もますます強靭になっているのかなと。その猥雑な迫力が堪りません。
ここで参加しているもう一人のギタリストが初代女性ギタリストのレディ・ボなのかな。
なかなかに、いい感じで弾んで、ボに絡みついて華を添えています。
そんなレディ・ボも参加しているのか、女性コーラスがボに向かって囃し立てるナンバー。
「Bo Diddley Is A Lover」が、何とも賑やかで、姦しくて、楽しくてと。
鼻の下を伸ばしながら、ズンズンズンと突進するボの様が想像できたりもして。
なにせ、延々とボ・ディドリーは私の恋人と。甘い声で語りかけ続けられるわけですから。
それは、ボでなくても。気持ちよく弾いて、歌わない訳はないよなと。
一方で、「Bo's Blues」なんかでブルースを渋く、さり気なく決めていると。そこもいいと。
ボの魅力は。その唯一無二なビートだけではなくて。その懐の深さにもあるかなと。
ブルース、R&B、カリブ、ラテン、勿論ロックンロール。新たな音楽、新たなビート。
それが現れた時に。尻込みなどせずに、積極的に喰いついて、飲み込んで。
貪欲に吸収、消化して。己のものとして堂々と吐き出してみせる。その様に惹かれるのです。
スタイル、ジャンル。そんなものに囚われない、その心意気、意思こそが聴く者を惹きつけるのです。

私の彼は。
私の恋人は。
ブルース。
そんな娘がいたら。
恋に堕ちるな。

なんだかんだで。
この世で。
一番、惹かれるのは。
一番、魅入られるのは。
ブルース。

それに限る。
それに尽きる。
そんな人間にとっては。
他のことなど。
些細なこと。

何かに。
悩んだら。
その判断基準は。
ブルースか、否か。
そんなもの。

だから。
そう、女の娘も。
ブルースであるか、否か。
結局は。
それが総てかもしれないと。

勿論。
ブルースと言うのは。
スタイルのこと・・・
なんかではなく。
胸の内に巣食っているもののこと。

なんだ。
かんだと。
煩いのだ。
もっと。
簡単なことだろう。

ああだ。
こうだと。
煩わしいのだ。
もっと。
単純なことだろう。

感じるか。
感じないか。
それだけ。
それだけのこと。
それでいい、

震えるか。
震えないか。
それだけ。
それだけのこと。
それがいい。

面白いと。
感じるのなら。
下らない。
プライなど捨てて。
喰らいつけばいい。

楽しいと。
震えるのなら。
どうでもいい。
拘りなど捨てて。
飲み込んでしまえばいい。

私の彼は。
私の恋人は。
ロックンロール、ブルース。
そんな娘に惹かれるか、否か。
判断基準はそれだけでいい。



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2019/03/06 Wed *その息遣いまで / B.B. King

20190306bluesisking


その体温が。
感じられないと。
そうでもないと。
どうにも。
落ち着かいのだと。

別に。
殊更に。
仲良くしたいとか。
そんな訳ではなく。
ただ命あるものだと。

それを。
相手にしているのだと。
そいつを。
確認しないことには。
どうにも。

調子がでない。
その気になれない。
どうやら。
そう言う体質。
そうであるらしい。

無機物を。
相手に。
芝居を続けられる。
それ程には。
人間が練れてはいないらしい。

だから。
その息遣いまで。
感じさせてくれないか。
そこから。
始めてみたいのだ。

『Blues Is King』'67年リリース。
ABCがブルース専門に設立したレーベルであるブルースウェイ。
その第一弾としてリリースされたB.B.キングのライヴ・アルバム。
録音されたのはシカゴの小さなクラブに於いてだったらしく。バンドも小編成でと。
言わば、余所行きではない。普段の、日常の、生身のB.B.のライヴを捉えていると。
そんな狙いもあったせいなのか。録音が、何と言うか粗くて雑な感じもあって。
そう、まるで隠密録音の海賊盤を聴いているかの如くの臨場感、生々しさがあります。
もう小さなハコの反響もそのまま録音してしまいました、みたいな迫力で。
まぁ、恐らくはわざと反響、エコーを強調して処理をしているのかもしれませんが。
それにしても、B.B.のギターも、歌も何とも生々しいのですよね。
その息遣いまで感じられる、伝わってくる、そんな剥き出しの質感が堪らないのです。
同朋が集まるクラブで、同胞を前にして。余所行きではないブルースを奏で、歌う。
一切の手加減はなく、全身全霊で弾き、歌い、叫ぶB.B.がここにいるのです。
観客の歓声も生しく、身近で。まるで自分もその一人になったかの錯覚を覚える程で。
ともすれば。なにやらスクエアで、上品な、非同朋向けのブルースのイメージもあった。
そんなB.B.が何処から来て、何処で生きていたのか。その事実をも思い知らされます。
粗く、雑で、如何わしくもあって。でもそんなブルースの息遣いが好きなのですよね。
実は一説では。一部にはオーバー・ダビングも施されているとも言われていて。
それどころかスタジオ録音に歓声を被せた疑似ライヴも混ざっているとも。
しかし、その一方で。弦が切れたと思われる瞬間と、それに呼応するかのB.B.の雄叫び。
そのまま力業でエンディングに移行し、終わらせたと思われる模様が捉えられてもいて。
それを残しているところに。このアルバムの狙い。B.B.が思うところ、信ずるところの。
そのブルースの息遣いまでも伝えようと言う意思が感じられて、嬉しくなってくるのです。

その体温に。
触れられないと。
そうでもないと。
どうにも。
腑に落ちないのだと。

別に。
取分けて。
馴れ合いたいとか。
そんな筈もなく。
ただ命あるものだと。

それと。
相対しているのだと。
そいつを。
認識できないことには。
どうにも。

調子に乗れない。
やる気にならない。
どうやら。
そう言う性分。
そうであるらしい。

無機質な。
世界で。
演技を貫ける。
それ程には。
人間が出来てはいないらしい。

だから。
その息遣いまで。
触れさせてくれないか。
そこから。
始まると思うのだ。

無味。
無臭。
その味気無さ。
そいつを。
感じはしないのか。

無音。
無温。
その不気味さ。
そいつも。
感じはしないのか。

均整。
均質。
そこに潜む。
居心地の悪さに。
気づかないのか。

四角四面。
杓子定規。
そこに隠された。
排他的な意図に。
気づかない振りをするのか。

味もない。
匂いもしない。
そんな建前だけの。
話は聞き飽きた。
もう必要ない。

音もない。
温もりもない。
そんな綺麗ごとだけの。
やりとりが何になる。
もう御免だ。

その体温を。
感じたいのだ。
その体温に。
触れたいのだ。
だから。その息遣いまで・・・くれないか。



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2019/02/11 Mon *縄張り / Otis Spann

20190211nobodyknowschicagolikeido


誰も知らない。
知る筈もない。
それはそうだ。
他の誰でもない。
自分自身のことなのだから。

気づきの。
そのきっかけは。
貰えても。
それをどう。
受け止めるか。

そして。
どう対応していくか。
そんなことは。
自分自身で。
判断することなのだ。

そうだ。
他の誰よりも。
自分が。自分自身が。
知っている。
そいつを生かさずにどうする。

揺らいでいる。
それならば。
自分自身で振り返って。
もう一度。
立て直すだけのこと。

縄張り。
自分だけが知っている。
その世界を。
もう一度、確立させて。
守っていくのだと。

『Nobody Knows Chicago Like I Do』'83年リリース。
シカゴ・ブルース・ピアノの第一人者の一人、オーティス・スパン。
その'66年のアルバム、『The Blues Is Where It's At』の英国での再発盤です。
シカゴ・ブルースを知り尽くしたスパンに相応しいアルバム・タイトルがいいかなと。
グリニッジ・ビレッジのカフェア・ゴー・ゴーで観客を入れずに録音する予定が。
何処かから噂が漏れたのか。人が集まってきてしまって。結局、観客を入れて録音したと。
まぁ、その辺りは。レコード会社の戦略だったのかも知れませんが。
少人数の観客を前にして。熱くもいい塩梅にリラックスしたブルースを奏でています。
何せ、当時のマディ・ウォーターズのバンドが参加しているので。そこはそれです。
本場の、本物のシカゴ・ブルースを、貫禄たっぷりに余裕をもって披露していると。
スパンの指も、実に何ともいい感じで鍵盤の上を転がり。その歌声も艶があってと。
う~ん、やっぱり。ことシカゴ・ブルースに関してはスパンのピアノが一番かな。
スパンの一節、一声に。即座に対応してみせるメンバーも。それは見事なもので。
そんな面子で「Nobody Knows Chicago Like I Do」と歌われた日には、それはもう・・・
マディ親分も番頭格?のスパンをしっかりサポートしていて。その匂いの濃厚なこと。
自分達の縄張り、シカゴ・ブルースに対する揺るぎのない絶対の自信が心地良いのです。
何でも。あまりにご機嫌で。ジョージ・スミスとルーサー・アリソンは客席のお姉さん達に。
ちょっかいを出して。お姉さん達のお酒を買いに行って演奏していない曲もあるとか。
それだけいい感じのライブ、録音だったと言うことかな。それもまたブルースだと。
マディなんかは苦虫を潰していそうですが。スパンは仕方ないなぁと笑いながら。
煽る様にピアノを奏でているそんな感じで。実に何ともいい指さばきを聴かせていて。
時に力強く弾け、時に華麗に転がりと。その指先には何ものかが宿っているのかなと。
そして。その指先から放たれる匂い、シカゴ・ブルースの縄張りの匂いが堪らないのです。

誰も分からない。
分かる筈もない。
それはそうだ。
他の誰でもない。
自分自身のことなのだから。

解明の。
そのヒントは。
貰えても。
それをどう。
受け入れるか。

そして。
どう処置していくか。
そんなことは。
自分自身で。
決断することなのだ。

そうだ。
他の誰よりも。
自分が。自分自身が。
分かっている。
そいつを生かすしかないのだ。

崩れている。
それならば。
自分自身を振り返って。
もう一度。
引き直すだけのこと。

縄張り。
自分だけが分かっている。
その世界を。
もう一度、屹立させて。
守り抜いていくのだと。

気づいたら。
気づけたら。
さぁ。
そこから。
いま、再びと。

揺らいでいる。
その場所を。
その原因を。
探し当てて。
手を打って。

崩れている。
その場所を。
その原因を。
突き止めて。
手を打って。

自分を。
自分自身を。
知っている。
分かっている。
信じられるなら。

どう。
対応するか。
どう。
留めるか。
判断して。

どう。
処置するか。
どう。
防ぐか。
決断して。

縄張り。
自分だけの世界。
そいつを。
もう一度。
築き上げて、守り抜いて、その繰り返し・・・



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2019/02/10 Sun *タダでは起きるな! / Chuck Berry

20190210stlouistoliverpool


転んで。
這い蹲って。
その。
悔しい気持ち。
噛み締めて。

そいつが。
理不尽だと。
思えるのなら。
そいつも。
噛み締めて。

再び。
立ち上がる。
その時には。
拳を。
グッと握り締めて。

転んでいた。
這い蹲っていた。
その時の。
気持ち、思い。
そいつを糧にして。

新たに。
手に入れた。
その力を。
拳に溜め込んで。
解き放つ時を待って。

そう。
転んだくらいで。
挫けはしないと。
タダでは起きないと。
そいつが肝心なのだ。

『St. Louis To Liverpool』'64年リリース。
チャック・ベリーの通算8枚目となるアルバムで。
例の冤罪とも言われる逮捕による収監からの釈放後初の本格的なアルバム。
殆ど人種差別の標的、見せしめで服役させられたチャックです。
腸が煮えくり返るなどと言うレベルでは済まなかったものと思われますが。
刑務所の中でしっかりと税務の勉強をして、詩作に関しても造詣を深めたとか。
そう。転んでもタダでは起きない。この逞しさこそチャックかなと。
そして収監されている間に。チャックのロックンロール。そいつを取り巻く環境。
そいつも大きな変化を遂げていたと。それが所謂、ブリティッシュ・インベンジョンで。
ビートルズやストーンズ達の登場によって。一躍レジェンドとして再注目を浴びてと。
浦島太郎でもあったチャック。さぞ驚いたとも思われますが。そこはチャックです。
アルバム・タイトルからしてその波に乗る気満々で。何ともご機嫌なロックンロール。
そいつをよりモダンに、ギラギラとラフとも言えるサウンドで決めています。
ここには明らかにブリティッシュ勢からのフィードバックがあって。それを吸収している。
この柔軟さもまたチャックなのですよね。変な話、殆ど初期ストーンズですからね。
再評価を受けて、そしてその不在に飢えていたファンに受け入れられたのは当然で。
全米TOP100に数曲を送り込む大ヒット・アルバムとなったのでした。
獄中で溜まりに溜まったエネルギーをそのままスタジオに持ち込んで一気に爆発させてと。
そのチャックの怒りと勢いが、見事に時流に乗った、いや、乗せたと言うことかな。
かなりビートルズやビーチ・ボーイズを聴き込んだと思われる節もあって。
俺のアイデア、発明で商売しやがってと。獄中で怒りながら。そうか。こんな手もあるかと。
しっかり学んで、盗み返して?と。そのあっけらかんとしたしたたかさが好きかな。
チャックと言うと。どうしても逮捕前のヒット曲ばかりが取り上げられますが。
ロックンロールが好きならば。少なくても。このアルバムは聴いておかないと、かな。

転んで。
這い蹲って。
その。
哀しい気持ち。
噛み締めて。

そいつが。
非合理だと。
思えるのなら。
そいつも。
噛み締めて。

再び。
歩き出す。
その時には。
拳を。
グッと握り締めて。

転んでいた。
這い蹲っていた。
その間の。
感情、心理。
そいつを糧にして。

新たに。
手に入れた。
その念を。
拳に溜め込んで。
炸裂させる時を待って。

そう。
転んだくらいで。
諦めはしないと。
タダでは起きないと。
そいつが必要なのだ。

ある日。
ある時。
突然に。
躓いて。
転んでしまうとか。

ある日。
ある時。
不意に。
引っ掛けられて。
転んでしまうとか。

およそ。
想定外に。
躓いてしまう。
そんなことも。
ままあって。

しかも。
想定外に。
繰り返される。
そんなことも。
あったりもして。

その度に。
打ちひしがれて。
哀しくて。
もうそのままでと。
思いもするが。

繰り返し。
打ちのめされて。
悔しくて。
もうここまでかと。
思いもするが。

その哀しさを。
その悔しさを。
糧として。
発条として。
反発しよう。倍返ししよう。

タダでは起きるな!



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2019/02/09 Sat *囚われて、繋がれて / Josh White

20190209chaingangsongsspiritualsand


囚われて。
繋がれて。
この身の自由。
そんなものを。
奪われてと。

およそ。
それに等しい。
そんなもの。
どうにもこうにも。
身動きがとれやしない。

何故。
ここまでと。
何故。
こんなにもと。
わかれば苦労はしない。

そうだな。
思い当たる節が。
ないでもないが。
それが。
こいつを呼んでいるのか。

より深くは。
より重くと。
どうやらそんなところ。
囚われて。
繋がれて。

足枷が。
苛立たしい。
面倒だ。
千切れるものなら・・・
どうなのだろう。

『Chain Gang Songs, Songs Spirituals and Blues』'58年リリース。
フォーク・ブルース・シンガー、ジョシュ・ホワイトの代表作とされるアルバム。
先ずは何と言ってもこのジャケットが強く印象に残りますが。
南部で生まれ、南部で育ったジョシュ。若い頃からブルース、ゴスペル。
そしてプロテスタント・ソングを歌い。かなり早い段階から成功を収めていたらしく。
音楽の世界だけでなく。映画でも俳優として大いに活躍をしていたのだとか。
人種差別や社会の抑圧に抗議する歌を歌いながらも、その端正な容姿と歌声が功を奏し。
何でも、ルーズベルト大統領の就任式で歌うまでになったのだとか。
時代を考えると驚異的なことで。故にその影響力も人種の壁を軽く超えていたと。
気骨に溢れた人だったみたいで。その姿勢は変わることなく反骨の姿勢を貫いていて。
友情は友情。でも主張すべきことは主張する。そんな筋の通った人物だった模様です。
それが災いして。赤狩りの波に飲まれて、それを口実に迫害、弾圧を受けるようになり。
活動の場をヨーロッパへと移すことになります。そこでも姿勢は変わらずに活動を続け。
やがて、米国の心ある人達の助力もあって帰国。言わば再発見の形で活動を再開したと。
その口火を切り、代表作ともなったこのアルバム。ジャケット、アルバム・タイトル共々。
強烈な皮肉と、強力な個性と。そして飛びぬけたユーモアも感じるのですよね。
権力との闘い方をよく心得ているなと。そうならざるを得なかったとも言えますが。
穏やかで温かく優しい歌声、丹念に爪弾かれるギター。フォークへの影響も大きくて。
ボブ・ディランとかピーター・ポール&マリーとか。更に言ってしまえば。
そのギターのスタイルはライ・クーダーの中にもその影響を感じとることができるかもで。
そう。ブルースの枠など飛び越えたところで米国音楽に大きな足跡を遺していると。
復権した後にはあのケネディともTVで共演したとか。政治に利用された側面もあり。
しかし。どこか、そんな囚われの身である自分が逃げないことで、何かを伝えようとしたとも思えるのです・・・

囚われて。
繋がれて。
この心の自由。
そんなものを。
奪われてと。

およそ。
それに近しい。
そんなもの。
どうしてもこうしても。
身動きがとれやしない。

何故。
これほどにと。
何故。
こんなになるまでと。
わかれば悩みもしない。

そうだな。
思い当たる節は。
おおいにあるけれど。
それが。
こいつを招いているのか。

より深くは。
より重くと。
どうにもそんなところ。
囚われて。
繋がれて。

足枷が。
忌々しい。
苦痛だ。
千切れるものなら・・・
どうなのだろう。

そう。
囚われて。
繋がれて。
自由を奪われて。
ではあるけれど。

そう。
何処へも行けず。
よそ見も出来ず。
自由にならない。
ではあるけれど。

何故。
囚われた。
繋がれた。
それを。
望みはしなかったか。

誰が。
その足に。
足枷を填めた。
それは。
己の手ではなかったか。

どうにもこうにも。
どうしてもこうしても。
身動きが取れやしない。
それは覚悟して。
それを望んで。

より重く。
罰せられることも承知で。
より深く。
愛することを決めたと。
そんなこと。

囚われて。
繋がれて。
その足枷を。
千切ることなど・・・
思いもしないのだ。



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2019/02/07 Thu その中でこそ / Screamin' Jay Hawkins

20190207athomewithjayintheweeweehou


猥雑。
混沌。
その中。
それが。
どうにも。

心地がいい。
きちんと。
ちゃんと。
そんなものとは。
無縁である。

そんな。
無規則な。
そんな。
時間の。
その中。

そこが。
どうやら。
一番。
しっくりとくる。
落ち着く。

どうにも。
そう言うこと。
そうでないと。
調子が出ない。
しかたがない。

その中でこそ。
生きられる。
そんな性分なのは。
もう。
変わる筈もない。

『At Home With Jay In The Wee Wee Hours』'88年リリース。
怪人、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの(恐らく)2枚目のライヴ・アルバム。
録音されたのは'84年で。たぶんそれ程大きくはないクラブでのライヴかなと。
時期的にジム・ジャームッシュが起用したことによって再び陽の目を見た頃で。
それに便乗・・・勢いに乗ってのライヴであり、アルバムとしてのリリースだったかなと。
'50年代にあの「I Put A Spell On You」をヒットさせて一躍スターとなって。
その後はあまり録音の機会には恵まれなかった様ですが。精力的にライヴは行っていて。
特に、ヨーロッパではそれなりの人気を得ていたのだとか。
そしてジャームッシュのお陰で再び本国、米国でも人気が沸騰したのでした。
それこそ咳払いや息遣いまで収録されている生々しいこのアルバムでも、客席の熱気が。
そう、怖いもの見たさで?固唾を飲んで見守り、一気に爆発する様が捉えられています。
天下のエンターテイナーであるホーキンスです。観客を掌に乗せて沸かせるのは朝飯前。
随所で笑い声、そして悲鳴?が聞かれて。如何に盛り上がったかが想像されます。
エンターテイナー振り、芸能魂においてはブルース界においても一、二を争うかなと。
その姿、佇まいはそれこそ昭和の怪奇派レスラーに通じる・・・そのものだったりしますが。
それを徹底、極めると。ユーモアに通じる、転じると言うことをよく心得ていたのだと。
その点においては、例えばアリス・クーパーやキッスの先駆者とも言えるかもです。
「Constipation Blues」での唸り声など笑いを通り越して感動的であったりすらします。
大仰に迫ってくる「I Put A Spell On You」なども。ホーキンスここにありと喝采もので。
その生み出す、創り出す猥雑で雑多な時間、空間。それが何とも心地良かったりするのです。
ブルースの一つの本質である旺盛な生命力故の、陽気な突き抜けたユーモア。その五月蝿さが堪らないかなと。

雑多。
坩堝。
その中。
それが。
こうにも。

馴染んでいる。
しっかりと。
はっきりと。
そんなものなど。
無意味である。

そんな。
無規律な。
そんな。
時間の。
その中。

そこが。
どうにも。
一番。
ぴったりとくる。
心、安らぐ。

どうにも。
そう言うこと。
そうでなければ。
調子が狂う。
どうにもならない。

その中でこそ。
生きていられる。
そんな性分なのは。
もう。
変えることもない。

静謐。
清潔。
それは。
それで。
否定はしないが。

整理。
整頓。
それも。
それで。
拒みもしないが。

きちんと。
ちゃんと。
そいつの。
度が過ぎると。
むず痒い。

しっかりと。
はっきりと。
そいつが。
行き過ぎると。
息苦しい。

遠く。
無縁で。
無規則な。
そいつが。
恋しくなる。

離れて。
無意味で。
無規律な。
そいつが。
愛しくなる。

猥雑。混沌。
雑多。坩堝。
その中でこそ。
生きられる。
生きていられる。

厄介ではあるけれど。



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2019/02/06 Wed *ルーツは / Taj Mahal

20190206moroots


ルーツは。
根っ子は。
ひとつではない。
そう。
そんなに単純ではない。

そんなことに。
気づくのに。
随分と。
時間が掛かったと。
そんなところ。

そうだな。
頑なに。
認めようとしなかった。
そんなものが。
実はそれなりに大きいと。

だからこそ。
そいつも。
ルーツだと。
根っ子だと。
そう直ぐにはね。

それでも。
まぁ。
何事も。
遅すぎると言うことは。
無いのかもと。

色々と。
様々に。
入り組んで。
混じり合って。
ルーツはそんなもの。

『Mo' Roots』'74年リリース。
タジ・マハールの(恐らく)7枚目か8枚目のオリジナル・アルバム。
ブルースの枠に囚われずに、幅広い音楽性で聴かせるタジ。
その個性は『Music Fuh Ya'』とか『Evolution』とか。その辺りから顕著にと。
そうなのですが。先立つ数年前に。既にこのアルバムでカリブ海に大きく接近していて。
特にこのアルバムではレゲエへの接近と、吸収、咀嚼が目立っているかなと。
何でもタジの父親はカリブ海からの移民で。タジもジャマイカン・コミュニティー育ちとか。
それが故に、自然の流れでもあり。また一方ではこの当時にレゲエへ接近と言うのが。
所謂ブラック・コミュニティーの外側にある、タジの特異な立ち位置を表しているかな。
大学で獣医学と農業を学んでいたと言うインテリでもある為か、音楽においても。
そのアプローチが学究的に過ぎると批評されたりもするタジだったりします。
しかし、そうだな。その両足は突っ込みながらも、頭では冷静に客観的にも判断できる。
そんなタジだからこそ、幅広い、雑多で豊潤な音楽を奏でることが可能になったかなと。
カリブ海、レゲエに惹かれる自分、その外側にいる自分。そういった自分の根っ子を。
そんなルーツを感じながら、分け隔てなく取り入れ、混ぜ合わせ、己のものにしていく。
ただ熱くのめり込むだけではないからこそ、見えてくる、生み出されるものもあるのです。
さて。このアルバムでのレゲエへの接近はかなり本格的で。カヴァーも数曲あり。
あのウェイラーズの「Slave Driver」ではボブ・マーリーとアストン・バレットが。
そうウェイラーズの二人にリミックスを担当してもらう程の本気の取り組みがいいなと。
ボブ・アンディの「Desperate Lover」共々。アイ・スリーズ参加後のウェイラーズに近く。
タジのマーリーへの意識の強さを感じて。その鋭敏さと貪欲さもタジの武器なのだなと。
いまも、精力的に活動を続けるタジの根っ子、ルーツの一端を強く感じられるアルバムなのです。

ルーツは。
根っ子は。
単一ではない。
そう。
そんなに簡単ではない。

そんなことを。
受け容れるのに。
随分と。
回り道をしたなと。
そんなところ。

そうだな。
徒に。
遠ざけ続けていた。
そんなものが。
実はそれなりに深いと。

だからこそ。
そいつも。
ルーツだと。
根っ子だと。
そうた易くはね。

それでも。
まぁ。
何事も。
難いままと言うことも。
無いのかもと。

多種に。
多様に。
溶け出して。
組み合わさって。
ルーツはそんなもの。

あの時も。
この時も。
そんな。
総てが。
そうなのだろう。

あれも。
これも。
そんな。
総ても。
そうなのだろう。

それぞれに。
それぞれの。
濃淡は。
あったとしても。
欠けてはならなない。

それぞれに。
それぞれの。
愛憎も。
ありはしても。
なくてはならない。

あの時。
この時。
どこかで。
繋がって。
手を取り合って。

あれも。
これも。
どこかで。
触れて。
混ざり合って。

ルーツは。
根っ子は。
そんなに単純ではない。
そんなに簡単ではない。
それがいい・・・



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