カテゴリー「001 British Rock」の記事

2019/03/05 Tue *次の手、二の矢 / Rory Gallagher

20190305deuce


そう。
そうとなれば。
ここは。
次の手を。
二の矢を。

どうやら。
今までの手は。
ここからは。
さほど。
有効ではなさそうだと。

突き刺さっていた。
一の矢は。
心の蔵を貫く。
そこまでは。
至らなかったと。

ならば。
手を変えて。
二の矢を番えて。
今度こそは。
一射でもってと。

未だ。
見せていない。
知られていない。
そんな攻め手で。
展開を変えてみせようと。

どの手を。
次の手、二の矢。
そいつに選ぶかを。
暫し熟考しながら。
機会を窺ってみる。

『Deuce』'71年リリース。
ロリー・ギャラガーの2枚目となるアルバム。
テイストを解散させてソロに転向して。初めてのアルバムをリリース。
同年中に矢継ぎ早にこのアルバムをもリリースしたと。
前作が少しばかり畏まり過ぎていた、あるいはテイストを引き摺っていた。
そんなことを感じていたとも言われて。このアルバムを録音、制作したと。
故に、前作と比較するとライヴ感、生々しさを生かそうとしたラフな手触りがあって。
また、アコースティック・ギターによる演奏も増えていて。
ただ熱く激しいだけではない繊細な面、それをよりダイレクトに伝えたかったのかと。
そう。ロリーと言うと。一心不乱に脇目も振らずにギターを弾いている。
そんなイメージがあったりもしますが。一方で実に繊細で哀愁が漂うギター、フレーズ。
それもまたロリーの魅力であり。その相反し、共存する魅力がよく伝わるアルバムかなと。
その真摯な歌声とも相俟って。ロリーの本質が伝わってくるいいアルバムなのです。
ところが。商業的にはさほど振るわず。またロリー本人もサウンドに不満があったとかで。
結局、その本領をとのことで。次作はあの『Live in Europe』となるのですよね。
それもあってか。内容に反して。あまり語れることもなく。埋もれがちで。
更には長らくCD化されずに。更にCD化の際には曲順が変更されてと。どうにも。
不運な感じがつき纏うのですが。心のこもった温かい、佳作であると思うのですけどね。
派手さには欠けるものの。そのプレイ、フレーズや一音、一音の使い方とか。
豊富な曲調と、それに合わせた音の選び方とか。ロリーのセンスの良さが存分にね。
まぁ、テイストに続く、変わる次の手、二の矢としての己の在り方を模索していた時期。
そんな時期ではあったのだろうけれど。それがこの後に大いに効果を発揮していくのです。

そう。
こうとなれば。
そこは。
次の手を。
二の矢を。

どうにも。
今までの手は。
この先では。
さほど。
効き目はなさそうだと。

突き刺していた。
一の矢は。
心の蔵を貫く。
その前に。
抜かれようとしていると。

ならば。
手を変えて。
二の矢を放って。
今度こそは。
貫いてみせると。

未だ。
匂わせてもいない。
知る由もない。
そんな攻め手で。
戦況を拓いてみせようと。

どの手が。
次の手、二の矢。
そいつに相応しいかを。
暫し熟慮しながら。
機会を狙っている。

そう。
勝負事など。
短期戦に見えて。
実のところ。
そう単純でもない。

そう。
いまの戦いは。
局所的だとしても。
その実は。
次へと繋がっている。

有利だと。
思っていた。
盤面が。
いつの間にか。
塗り替えられても。

不利だと。
思えても。
盤面には。
いつ、いかなる時も。
蠢くものがある。

慌てず。
騒がず。
機を待ちながら。
次の手を。
二の矢を。

演じて。
誑かして。
機を生み出して。
次の手を。
二の矢を。

さぁ。
逃さずに。
先ずは五分に戻そうと。
次の手、二の矢。
そいつを番えて、弓を弾く時を・・・



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2019/03/04 Mon *明けない夜の / Ten Years After

20190304ssssh


明けない夜の。
その先。
その続き。
明けない朝が。
やって来る。

いつか。
陽はまた昇る。
そうだとしても。
その為には。
この闇の中で。

いま暫くは。
闇を照らす。
光明を。
捜し、迷い。
そんな時が続くのか。

澱んで。
溜まった。
行く手を塞ぐもの。
そいつを。
取り除く。

その為の。
突破口を。
求めて闇の中。
見えそうで見えない。
敵に向かい。

時に探り。
時に歯向かい。
明けない夜の。
その先を。
照らすことができればと。

『Ssssh』'69年リリース。
『夜明けのない朝』の邦題で知られるテン・イヤーズ・アフターのアルバム。
通算では4枚目で、スタジオ・アルバムとしては3枚目で代表作とされることも多いと。
テン・イヤーズ・アフターと言えばウッドストックでの強烈なライヴ。
その印象があまりにも鮮烈なのですが。このアルバム、ウッドストック直後のリリースで。
その勢いも駆ってか、英米でヒット・チャートを大いに賑わせたのだとか。
テン・イヤーズ・アフターと言うと、どうしてもアルヴィン・リー、その速弾きがと。
それのみで語られがちだと。まぁ、実際いま聴くとそこまで速いかとも思いますが。
アルヴィンの場合はそのギターに向ける、一音、一音に賭ける熱量も含めての速弾きかなと。
そんなアルヴィンを中心に。前面に立てながらも。バンドが一体、一丸となっている様が。
そのドライヴする様と、アグレッシヴな姿勢にバンドとしての勢い、底力を感じるのです。
アコースティックな小品みたいなナンバーとか、ジャズを思わせる展開をみせるナンバー。
そんな試みもあって変化を持たせようとしていて。それが結果的にいいスパイスとなって。
テン・イヤーズ・アフターならではの王道なブルース・ロック。その魅力を際立たせていて。
それが、このアルバムを代表作にしているのだなと。熱く、高く張り詰めたテンション。
そのままに奏でられ、繰り出される。そんな溢れんばかりのブルースへの愛情。
まぁ、その愛情が強すぎて。またその印象が鮮烈過ぎて。時代に囚われてしまったのかな。
それでも、例えば「Good Morning Little Schoolgirl」や「I Woke Up This Morning」と。
その持てるもの、情熱も技量も総てを叩きつけた様なナンバーはブルース・ロックの白眉で。
ブルース・ロックの新時代の扉を開けたと。ただ時代はハード・ロックへ、みたいな。
その辺りの、微妙な運の悪さ。ボタンの掛け違い。それもテン・イヤーズ・アフターかなと。
結局は新時代の夜明けには乗り損ねた。その間の悪さも含めてどうにも愛しい、テン・イヤーズ・アフターです。

明けない夜の。
その先。
その続き。
明けない朝が。
また、やって来た。

いつか。
陽はまた昇る。
そうかもしれないが。
その為には。
この闇の中を。

いま暫くは。
闇を追い払う。
光源を。
求め、流離う。
そんな時が続くのか。

沈んで。
積もった。
行く手に立ちはだかる。
そいつを。
蹴破る。

その為の。
秘策を。
捜して闇の中。
届きそうで届かない。
敵に向かい。

時に欺き。
時に牙を剥き。
明けない夜の。
その先を。
見出すことができればと。

明けない夜の。
なんと。
長くて。
焦れて。
落ち着かないことか。

明けない朝の。
なんと。
重くて。
苛まれて。
打ちひしがれることか。

これを。
それを。
明けていると。
思えと言われても。
それは意に反する。

これを。
それを。
明けたのだと。
思い込んでしまったら。
それは嘘になる。

いつか上る。
陽を信じているのなら。
それを呼ぶ
光明を、光源を。
捜して、求めて。

迷っても。
流離っても。
その時を待って。
その時を信じて。
明けない夜の、その中で。

息を潜めて棲んでいる・・・



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2019/03/03 Sun *答えなど / The Kinks

20190303muswellhillbillies


どこかの小説に。
こんな一節があったと。
どうしてそんなにお酒を飲むの?と。
その答えなど。
もはや正確に覚えてもいない。

思い出そうとしても。
思い出せない。
それなら読み返すかと。
いやいや。
そう答えなど・・・

正しくなくていい。
そもそも。
そんな問いに。
正解など。
端からある筈もない。

酒を飲むのに。
いちいち理由など。
あるものか。
いやいや。
あるにはあるけれど。

その多く、その殆どが。
考えたくもないもの。
忘れてしまいたいもの。
であれば。それならば。
そう答えなど・・・

いらない。
欲しくない。
どうしてそんなにお酒を飲むの?と。
そいつは。
自分の胸の中にあればいい。

『Muswell Hillbillies』'71年リリース。
キンクスのRCA移籍後、第一弾となったアルバム。
パイの後期からアルバムを通して物語を描くことに固執しだしたレイ・デイヴィス。
なかなか理解を得られず、セールスも落ち込み。パイはヒット曲をと要請を続けて。
かねてからパイのプロモーション能力に疑念を抱いていたレイは決別を判断。
大手であるRCAと契約。RCAもキンクスのネーム・バリューに大いに期待してと。
まぁ、その期待は直ぐに裏切られるのですが。レイは我が道を突き進んでいくことに。
さてと。アルバム・タイトルはレイとデイヴのデイヴィス兄弟が生まれ育った街の名前で。
ジャケットはそこに実在したパブで撮影されていると。そんな市井の生活を背景にして。
そこで暮らす様々な少し奇妙で、大いに愛すべき人々の物語が語られていくと。
勿論、その人々と言うのはレイの分身でもある訳で。レイが己の目を通して見た、感じた。
英国社会や、現代の生活に対する醒めて、捩れて。しかしどこか楽天的にも思える。
そんな皮肉、風刺、そしてどうしようもない愛着、愛情が歌われている・・・のかなと。
思う様にならない、上手くいかない。どうして?と。答えを探しながら馴染みのパブへと。
そうして、昨日も今日も明日も。酒を飲み、酔っぱらって。そんな毎日の繰り返し。
それでも。いつかは、どこかでと。諦めずに夢を見続けてもいると。そんな物語を。
旧き良き、既に失われた米国への憧憬に仮託して。カントリーの香りも色濃く奏でていると。
夢見ているものは、既に失われているもの。とどのつまりはいまの日常しかないのだと。
ここらの螺旋構造がレイならではで。素直になれないが故の愛情の深さが沁みるのです。
まぁ、わかり辛いことは確かで。商業的には成功する筈もないと納得もしてしまいますが。
レイと言う人は。おそらくはデカルトとかに似ていて。実存主義の人なのだろうなと。
だから、その視線、視点は醒めているのだけれど。突き抜けてもいて。それがどうしたと。
現実は現実として受け止めて。それを楽しんでいる。達観、楽観した酔っ払いみたいなね。
答えなど。探さなくていいと、ありはしないと。この境地に近づきたいものです。難しいけれど・・・

どこかの小説の。
一節を捩ってみると。
どうして下手な歌を歌っているの?と。
その答えなど。
探したこともありはしない。

考えようとしても。
考えられない。
それならこじつけるかと。
いやいや。
そう答えなど・・・

見つからなくていい。
そもそも。
そんな問いに。
正解など。
端からある訳もない。

歌を歌うのに。
いちいち理由など。
あるものか。
いやいや。
あるにはあるだろうけれど。

その多く、その殆どが。
考えざるを得ないもの。
忘れようにも忘れられないもの。
であれば。それならば。
そう答えなど・・・

いらない。
求めもしない。
どうして下手な歌を歌っているの?と。
そいつは。
自分の腹の底にあればいい。

どうして?
何故?
その答えなど。
思い出せないのなら。
それでいい。

どうして?
何故?
その答えなど。
探せない、見えない。
それでもいい。

そう答えなど。
理由など。
簡単ではない。
単純ではない。
それでいい。

そう答えなど。
正解など。
端からある筈もない。
端からある訳もない。
それでもいい。

どうして。
酒を飲むのか。
その理由など。
その答えなど。
自分の胸の内にあればいい。

どうして。
歌を歌うのか。
その理由など。
その答えなど。
自分の腹の底にあればいい。

だから。
今夜も。
この店で。
飲んで、歌っている。
そう答えなどに、大した意味はない・・・



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2019/03/02 Sat 咽び泣くもの・・・ / Free

20190302tonsofsobsukorg


溢れるもの。
どうしても。
こうしても。
溢れてしまうもの。
そんなもの。

そいつに。
惹かれて。
引き付けられて。
彷徨いながら。
辿り着いてみれば。

その。
切なさに。
その。
やるせなさに。
どうにも。

胸を。
掻き毟られる。
そんな思いが。
浮かび上がり。
抑えられずに。

そして。
また。
溢れた、そのままに。
更に。
彷徨い続けると。

そうだ。
この胸の内にも。
溢れるものが。
咽び泣くものが。
あるのだと。

『Tons Of Sobs』'68年リリース。
フリーの記念すべき最初の一歩となったアルバム。
米国盤は、この英国盤の内ジャケのメンバー四人の写真を使った別ジャケでしたが。
このアルバムは、やはりこの不気味でありながら哀感が漂う英国盤のジャケでないと。
そう。このジャケが。そのままこのアルバム、そしてフリーと言うバンドのサウンド。
そしてその本質を見事に捉えているかなと思われてならないのです。
深く沈み込む様な、内省的でさえあるかのサウンド。どうにも英国的な匂いと香りを纏い。
そう。音を詰め込んでいるわけではなく、間があるのに。重く引き摺り込むリズム、ビート。
アンディ・フレイザーとサイモン・カークのリズム隊のそんな通奏低音を土台として。
その上で、ポール・ロジャースの歌声とポール・コゾフのギターが空気を震わせると。
それにより描かれるもの、溢れるもの。それにより呼び起こされるもの。
そんなものが、結局のところフリーのサウンドであり、本質であって。それに魅了されたと。
フリーが何者で、フリーが何たるか。それはこの1stアルバムに表わされていたのだと。
あまりに渋いと言えば、あまりに渋いのですが。故に強く惹かれもするのです。
それにしても。この時、メンバーは全員十代だった筈で。十代でこれを創ったと言うのは。
凄い、素晴らしい。それは間違いないものの。あまりに早熟にも過ぎたかなとも思われて。
つまりは。このアルバムの地平をどう離れ、どう飛び立つのか。それを見いだせなかった。
それこそがフリーが短命に終わってしまった大きな要因であったかとも感じてしまいます。
まぁ、短命であったが故に。その遺されたものに、より一層の愛しさが募るのですが。
さて。ロジャースも、フレイザーも、カークも。それぞれに何とも魅力的ではありますが。
このアルバムは、やっぱり。コゾフのギター。その咽び泣く様に尽きるのかなと。
一音、一音に全身全霊を込めて泣かせ、その余韻で空気を震わせている、そんなギター。
どれほどのものが、思念が、情念がその胸の内にあったのか。それを解き放つのには。
ここまでギターを泣かせなければ、咽び泣く者にならなければならなかった。その壮絶な様に震えがきます・・・

溢れるもの。
どうにも。
こうにも。
溢れてしまうもの。
そんなもの。

そいつに。
魅せられて。
引き寄せられて。
彷徨いながら。
辿り着いてみても。

その。
刹那な様に。
その。
虚しい様に。
どうしても。

胸を。
引き裂かれる。
そんな思いが。
湧き上がり。
止められずに。

そして。
そう。
溢れた、そのままに。
尚も。
彷徨い続けると。

そうだ。
この胸の底にも。
溢れるものが。
咽び泣くものが。
あるのだと。

いつから。
溢れていたのか。
いつから。
それは。
始まっていたのか。

いつから。
惹かれ。
引き付けられていたのか。
魅せられ。
引き寄せられていたのか。

いつから。
掻き毟られ。
引き裂かれ。
抑えられず。
止められず。

いつから。
彷徨っているのか。
いつまで。
それは。
続いていくのか。

どうしても。
こうしても。
溢れてしまうもの。
止まないもの。
そんなもの。

どうにも。
こうにも。
溢れてしまうもの。
震わせるもの。
そんなもの。

いつから。
咽び泣くもの。
そいつは、ここにあり。
咽び泣く者。
そんな者になっていたのだろう・・・



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2019/03/01 Fri *今日も、明日も / Rod Stewart

20190301gasolinealleyukorg


今日も。
明日も。
歩くこの道は。
恐らくは。
迷い道。

何処へ。
向かうのか。
何処へ。
辿り着くのか。
分からないまま。

それでも。
歩くその足が。
踏みしめる。
その感触を。
確かめながら。

一歩、また一歩。
進んでいるのか。
戻っているのか。
それすらも。
判然としないけれど。

この道の。
その上で。
この街角を。
その空気を。
感じながら。

今日も。
明日も。
迷いながらも。
歩いてみる。
それしかないのだろう。

『Gasoline Alley』'70年リリース。
キーフによるジャケットも深い印象を残す。
そんなロッド・スチュワートの2枚目のソロ・アルバム。
ちょうどフェイセスに参加した頃に録音、制作されたと思われて。
ごく当然の様にフェイセスのメンバーもロン・ウッドを始めとして参加しています。
確か、リリース時期もフェイセスの1stアルバムとほぼ同じだったのかな。
このロッドのソロとフェイセスの区別も曖昧な活動が後にフェイセスの首を絞めたと。
それはそうなのですが。その実、一連の英国時代のロッドのソロ・アルバムは。
実質的にはフェイセスのアルバムとして考えてもいいのではないかと。
そうするとフェイセスのアルバムは、おおよそ二倍の枚数存在することとなって。
それはそれで。素晴らしいことではなかったのかと。まぁ、勝手な思い入れですが。
さてと。いまやその面影の欠片すら残っていないのですが。英国時代のロッドは。
実に真摯に、真正面から歌と向き合っていて。その歌声は実に素晴らしいものがあります。
英国の路地、街角。そこに漂い、染み込んだ。実に何とも切なく滲み出る哀感。
そんなものを歌わせたら、そう、この頃のロッドに並ぶ者はいなかったですよね。
確かに、後の大西洋を渡った後と比較すると。華やかさには欠けて、地味ではあるものの。
故に、そう湿り気の様なものも感じさせて。その中にしかない味わいを醸し出していると。
陽の当たらない裏道、そしてそのキャリアにおいては途上であり、迷い道ではあったのか。
そうだとしても。このアルバムで聴ける、その真摯な歌声は色褪せることはないのです。
カヴァーの名手としても知られるロッド。そのセンスの良さはこの頃から発揮されていて。
「It's All Over Now」も「Cut Across Shorty」も。そして言わば禁じ手とも言える。
スモール・フェイセスの「My Way Of Giving」も実に素晴らしいのですが。
青春の残照を感じさせる「Gasoline Alley」、ロッドとロンによるオリジナルがやっぱり白眉かなと。

今日も。
明日も。
流離うこの道は。
間違いなく。
迷い道。

何処へ。
行きたいのか。
何処を。
目指しているのか。
分からないまま。

それでも。
流離うその足に。
伝わってくる。
その感触に。
導かれる様に。

一歩、また一歩。
前を向いているのか。
振り返っているのか。
それすらも。
漠然としているけれど。

この道の。
その途で。
この街角を。
その匂いを。
吸い込みながら。

今日も。
明日も。
迷いながらも。
歩き続けてみる。
それしかないのだろう。

今日も。
明日も。
そして。
昨日も。
この道を。

踏みしめて。
立って。
そうして。
ここに。
こうしている。

今日も。
明日も。
そして。
明後日も。
この道に。

導かれて。
歩いて。
そうして。
ここで。
こうしている。

恐らくは。
迷い道。
そうだとしても。
この道を。
歩くだけ。

間違いなく。
迷い道。
そうだとしても。
この道を。
行くだけ。

そう。
この道の。
この街角の。
そこにしかいられない。
今日も、明日も。

それでいい、それがいい。



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2019/02/18 Mon *残り火 / Jimi Hendrix

20190218jimiplaysmonterey


消えた。
忘れた。
そう思っていた。
そう信じていた。
なのに。

ある日。
ある時。
ある瞬間。
ふと。
思い知らされる。

これは。
この感じは。
そうだ。
あの時に似ている。
あの時と・・・

甘く。
高鳴り。
もしかしたらと。
あの明滅が。
始まる。

いや。
多分。
勘違い。
間違っている。
そうだとしても。

あの火の。
残り火。
そいつが。
未だ身の内に。
眠ってはいるのだ。

『Jimi Plays Monterey』'86年リリース。
'67年のモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル。
米国への凱旋を果たしたジミ・ヘンドリックスのあまりにも鮮烈なステージ。
その模様を見事に捉えて蘇らせた発掘ライヴ・アルバム。映画も公開されて。
先に触れたのはこのアルバムだったか、映画だったか。記憶は定かではなくて。
いや、どちらもあまりにも鮮烈で刺激的だったので記憶が混同してしまったのかな。
兎に角。A面頭の「Killing Floor」にやられたら。もうブツ飛ばされて。そのままと。
その以前からジミには殺られていましたが。止めを刺されたのはこのアルバムで。
何かに憑依されたかの様に。暫くはこのアルバムばかりを繰り返し聴いていて。
故に。数多の発掘ライヴ・アルバムがリリースされた後も。ジミのライヴと言えば。
真っ先にこのアルバムが思い浮かぶし。折に触れて針を落とす機会も多いのではないかな。
『In The West』と双璧なのか。甲乙つけ難い。何にしろ、大好きなアルバムなのです。
このジャケットは。ラストの「Wild Thing」でのあのパフォーマンスを意識しているのか。
ストラトにライター・オイルをかけ、火をつけて炎を燃え上がらせたあのシーン。
ジミの思いとか、情念とか、衝動とか。そんなものを象徴する様でもありましたが。
そこに至るまでも。常にジミの中で燃え盛っていたものが、観る者、聴く者にも火をつけた。
その様がまざまざと、鮮やかに捉えられているこのアルバムを見事に表現しているかなと。
実際のステージ、ライヴから50年以上、このアルバムのリリースからも30年以上。
些かも色褪せることなく鮮明なままで。その紅蓮の炎は未だに燃え上がり続けていて。
観た者、聴いた者に飛び火した。その火種はいまも残り火となって。燃え続けているのだと。
そんな甘い、感傷的に過ぎる思いまでも。いまも、いつも抱かされるアルバムなのです。
そう。その残り火が。いまも、いつも自分を駆り立てて。終わりにはさせてくれないのですよねぇ・・・

消した。
棄てた。
そう思っていた。
そう信じていた。
なのに。

ある日。
ある時。
ある瞬間。
ふと。
振り返らされる。

これは。
この震えは。
そうだ。
あの時と同じかもしれない。
あの時も・・・

妖しく。
共鳴し。
もしかしたらと。
あの波紋が。
寄せる。

いや。
多分。
誤解。
見誤っている。
そうだとしても。

あの火の。
残り火。
そいつが。
未だ心の内に。
燻ってはいるのだ。

そうだ。
あの日の。
あの夜の。
あの時の。
あの瞬間、その瞬間に。

感じて。
触れて。
震えた。
あの思いの。
あの鮮明な、その姿。

そいつは。
身の内に。
心の内に。
深く。鮮やかに。
刻まれたままなのだ。

そいつは。
消しても。
忘れても。
棄てても。
消えはしない、残っているのだ。

そして。
思い出した様に。
ふとした瞬間。
明滅が始まり。
波紋が寄せ来る。

それは、
嘲笑うかの様に。
不意打ちで。
思い出せと、忘れるなと。
迫るのだ。

甘く、妖しく。
しかし。
危険、極まりないもの。
見逃すのが望ましいもの。
されど、残り火。そいつが消えてくれないのだ・・・



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2019/02/17 Sun *品行方正など / Humble Pie

20190217smokinukorg


品行方正など。
誰も求めてはいない。
そいつは柄じゃない。
ふらついて。
はみ出して。

それこそ。
千鳥足で。
ふらふらと。
踊る様に。
彷徨いながら。

時に。
荒く。
熱く。
思いの外。
それ程の情熱を。

とんでもない。
角度から。
ぶつけてくる様な。
そんな。
ある意味で不埒なもの。

そうさ。
お行儀よくなど。
していたら。
手に入らない。
体験できない。

そんなものこそ。
求められているのだと。
まぁ、良いように解釈しながらも。
品行方正など。
追い求めてもいない。

『Smokin'』'72年リリース。
ハンブル・パイの6枚目にして、第二期としては初めてとなるアルバム。
前作である『Performance Rockin' the Fillmore』で遂にブレイクを果たしたものの。
リリースされた頃には。スティーヴ・マリオットと並ぶ看板だったピーター・フランプトン。
その姿は既になく。代わるギタリストとしてクレム・クレムソンをコラシアムから迎えて。
マリオットの熱く激しいヴォーカル、そしてマリオットとクレムソンのツイン・ギターと。
ハンブル・パイのキャリアにおける最高の体制が整い。一気に録音、制作されたのでした。
そう。フランプトンのギター。そのマリオットとの絡み、せめぎ合いも悪くはないけれど。
やはり。二枚看板、双頭のバンド。相当に意識しあっていたと思われて。最終的には。
フランプトンが一歩引いた。それが『Performance Rockin' the Fillmore』だったと思われ。
それが故の。脱退の決意があったからこそのあの白眉、白熱のギターであったと。
その代わりを務めるのは覚悟が必要だったと思いますが。そこは腕達者のクレムソン。
しっかりと存在感を発揮して、マリオットのヴォーカルを受け止め、支えていて。
そこに一枚看板となったマリオットが乗っかって。思う存分、気持ちよく歌っていると。
マリオットの比類なきシャウト、それとクレムソンのギターの相性の良さもあってか。
やはり、ハンブル・パイ、そしてマリオットのキャリアを通じて。第二期、このアルバム。
それこそが、その魅力を最大限に引き出す体制、環境にあったと痛感させられるのです。
余計な気を遣わず、意識せず。歌うことにだけ心を寄せた時のマリオットは無敵だなと。
そんな環境が、もう少し長く続けばと。詮無いこととは言いながら、そんな思いも。
「Hot 'N' Nasty」とか「30 Days in the Hole」とか。タイトルに違わず品行方正とは遠く。
荒く、熱く、泥臭く、ソウルフルで。時に如何わしい程の熱量で迫ってくると。
お行儀のよさとは無縁の、故の不埒で無骨な、故の半端じゃない熱量。それに焦がされ、痺れるのです。

品行方正など。
誰も望んではいない。
そいつは相応しくない。
たゆたうと。
溢れ出して。

それこそ。
土俵際で。
蹈鞴を。
踏む様に。
踊りながら。

時に。
粗く。
激しく。
殊の外。
それ程の愛情で。

思いもしない。
角度から。
ぶつかってくる様な。
そんな。
ある意味で慮外なもの。

そうさ。
お行儀よくなど。
していたら。
得難い。
味わえない。

そんなものこそ。
望まれているのだと。
まぁ、都合よく受け取りながらも。
品行方正など。
逐い求めてもいない。

振る舞いが。
行状が。
きちんとしていても。
正しくても。
伝わらなきゃ意味がない。

態度が。
言動が。
礼儀正しくても。
丁寧でも。
伝えられなきゃ意味もない。

時に。
迸る程の。
勢いで。
迫るものが
求められている。

時に。
火傷する程の。
熱さで。
逼るものが。
望まれている。

想定も。
想像も。
及ばない。
そんなものを。
ぶつけてくる。

予定も。
予想も。
意味をなさない。
そんなもので。
ぶつかってくる。

時に。
不埒で。
慮外で。
如何わしくさえある。
情熱、愛情を。

品行方正など。
誰も求めてはいない。
誰も望んではいない。
ならば。
求められる、望まれるままにあれ。



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2019/02/16 Sat *ノイズ、そんなもの / The Who

20190216liveatleedsusorg


歪み。
摩擦。
障るもの。
そんなもの。
ノイズ。

そんなもの。
そいつが。
あってこそ。
感じられる。
ものもある。

綺麗に。
端正に。
一方通行。
それだけでは。
成り立ちはしない。

そう。
この世界は。
そんなに、
単純な。
聞こえの良いことだけではない。

だから。
抑えても。
治しても。
収まらない。
ノイズ。

そいつに。
耳を傾ける。
それで初めて。
動き始めることもある。
そいつを逃さぬ様に。

『Live At Leeds』'70年リリース。
ザ・フーの全盛期の姿を捉えたライヴ・アルバム。
何度か拡張版やら完全版やらがリリースされて。今では全貌が聴けるのですが。
やはりオリジナルの、その魅力を凝縮したかの6曲入りのオリジナル・アルバム。
この形式、このフォーマットで聴くのが一番しっくりくる気がします。
繊細で複雑なピート・タウンゼントの世界。それを圧倒的な演奏力で実存させる。
それこそがフーの魅力だと思うのですが。緻密に構成されたスタジオ・アルバム。
その作業だけでは、あり余る肉体性を存分には発揮できずに持て余してもいたと思われ。
故に『Tommy』の後に。その再現を含む力業なツアーに出たのは当然の帰結だったかなと。
そして。それが高い次元で実現されるであろうことは、ある程度の確度で予想されたと。
だからこそ。完全版となる程の音源が残されて。その中の選りすぐりがこのアルバム。
勿論、時代ならではの制約もあったのでしょうが。だからこそ最高の瞬間だけを抽出した。
それ程の極上の瞬間が、このアルバムにはある。故に針を落とすと震えがくるのです。
特に凄まじいのはその音圧で。ライヴにおけるそれを可能な限りアナログ盤に記録をと。
それが故に針を落とすと。複数ヶ所で轟音に対する悲鳴の如くノイズが発生していて。
レーベルにはわざわざ、そのノイズを修正しない様にとの但し書きがされているのです。
英国オリジナル盤、そしてその教えを忠実に守ったこの米国オリジナル盤の音圧は。
フーのライヴ、その凄まじさを正しく伝えるもので。ノイズにこそ真実ありと。
ところが日本盤では修正して、ノイズは消えたけど、迫力も消えてと。何だかなと。
まぁ、均一いとか均等とかが。異常なほどに好きな国民性がありますからね、日本はね。
実は、フーが長らく日本では不遇をかこっていたのは、その規格外のスケールが。
そんな日本人には馴染まなかったのかなとも邪推したくなったりもします。関係ないか。
ピート、ロジャー・ダルトリー、ジョン・エントウィッスル、そしてキース・ムーン。
その抑止不能で、ノイズをも味方につける迫力、凄味。それこそがフーのライヴの真骨頂、醍醐味なのです。

捩れ。
葛藤。
罹るもの。
そんなもの。
ノイズ。

そんなもの。
そいつも。
あるからこそ。
触れられる。
ものがある。

美麗に。
端整に。
無味無臭。
それだけでは。
立ち行きはしない。

そう。
この世界は。
そんなに、
薄っぺらな。
当りのよいことだけではない。

だから。
抑え込もうと。
消し去ろうと。
鳴り止まない。
ノイズ。

そいつに。
耳を澄ませる。
それで初めて。
頭を擡げることもある。
そいつを逸さぬ様に。

何かが。
何処かが。
疼いている。
そいつは。
間違いないと。

何処かで。
何かが。
蠢いている。
そいつは。
確かだと。

その。
小さな。
微かな。
ノイズが。
見過ごせない程に。

その。
ちょっとした。
僅かな。
ノイズが。
聞き逃せない程に。

歪み。
摩擦。
障るもの。
抑えても。治しても。
収まらない。

捩れ。
葛藤。
罹るもの。
抑え込もうと。消し去ろうと。
鳴り止まない。

ノイズ。
そんなもの。
そこに。
そこにだけ。
探していたものがあるかもしれない・・・



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2019/02/13 Wed *代償 / The Rolling Stones

20190213leiitbleedukorgmono


何を得たのか。
何かを得たのか。
その総てが。
判然としている。
そんな訳でもないが。

確かに。
何某かは。
この手にしたものも。
あるのだろう。
そんなところか。

そう。
満足だなどと。
思いはしない。
思ったことなど。
ありはしないが。

多少なりとも。
手応え。
そんなものがあるから。
いま、ここで。
未だ前を向いているのだろう。

手応え。
それに比して。
随分と。
脛が傷だらけ。
そんな気がしないでもないが。

代償。
そいつを必要としない。
そんなものなど。
端から欲してはいない。
そう言うことだ。

『Let It Bleed』'69年リリース。
言を待たない、ローリング・ストーンズの傑作、傑物。
ブライアン・ジョーンズとミック・テイラー。その軌跡が交差し。
多くのゲストによりもたらされた実り。それを有無をも言わせずに簒奪し。
新たな時代の扉を抉じ開けて、蹴破って前進するその様、その姿。
その力技で突破を図る凄味にこそストーンズの本質を感じるアルバムです。
いつだかのインタビューで、キースはこのアルバムには血の匂いがする。
それこそマスター・テープには血糊が付着していると語っていたと記憶していますが。
あの混乱と騒乱の時代。それに殉じることなく生き延びることを選択した強い意志。
それを貫く為には、生贄が必要であり。自らもその返り血を浴びるに任せ。
また、更には自らの身を切り、血を流す必要があったのだと。そんなことを思わせる程に。
このアルバムに針を落とすと。独特な匂い、まさに血の匂いを感じる時があります。
それは続く『Sticky Fingers』には明らかに隠されている匂いであって。
更に言えば『Beggars Banquet』では未だそこまで濃厚ではなかった匂いでもあって。
平和と希望が打ち砕かれて、混乱と騒乱のうちに絶望が支配し始めたその中で。
真に向かい合い苦闘し。言わば手段を選ばずに生き延びた。その代償として染みついた。
そんな拭い去れないものであり。故にこのアルバムは傑物として永遠の生を得ていると。
些か感傷に過ぎるかも知れませんが。それだけのものを帯びているアルバムなのです。
ストーンズが、ストーンズだけが何故、生き延びられたのか。それは代償を払ったから。
血で血を洗う、それ程の思いで。ロックンロールとブルースから逃げなかったからなのです。
息苦しいまでの生々しい存在感。それを音盤に刻み付けることができたその奇跡。
それは特に英国オリジナルのモノラル盤に針を落とすとまざまざと感じられます。
そこまでの代償、その覚悟。何事かを成す、生き延びると言うのはそれ程のものなのかと震えがきます・・・

何を失ったのか。
何かを失ったのか。
その総てが。
判然としている。
そんな訳でもないが。

確かに。
何某かは。
この手から漏れたものも。
あるのだろう。
そんなところか。

そう。
絶望だなどと。
気休めに。
言葉にすることも。
あるにはあるが。

何かしらの。
不完全さ。
そんなものがあるから。
いま、ここで。
未だ先を見ようとしているのだろう。

疼痛み。
それに比して。
いつの間にか。
手を汚している。
そんな気がしないでもないが。

代償。
そいつが必要とされても。
それだからこそ。
どうしても欲しいものがある。
そう言うことだ。

いつも。
いまも。
不安に。
苛まれて。
きたのだ。

いつも。
いまも。
焦燥に。
追い立てられて。
きたのだ。

立ちはだかる。
覆いかぶさる。
そんなものの。
大きさに。
震えてきたのだ。

蔑む。
阻害する。
そんなものの。
不気味さに。
慄いてきたのだ。

それでも。
この手にしたい。
ものがあるから。
前を向き。
己なりに歩んできたのだ。

それでも。
この胸に抱きたい。
ものがあるから。
先を見て。
己なりに転がり続けてきたのだ。

代償。
傷つき、汚れて。
流れ続け、止まらない血。
その匂いに噎せ返る時こそ。
闘いの、生の実感に微笑みが毀れるのだ。



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2019/02/12 Tue *なすがまま / The Beatles

20190212letitbe


流されるまま。
そのまま。
抗う術もなく。
傍観している。
なすがまま。

別に。
いまの。
目の前の。
その流れを。
望んではいないし。

寧ろ。
どうしたものかと。
懸念を抱いている。
それに。
近いのだけれど。

だからと言って。
明確な。
疑義を唱える。
それ程の。
確証も持てなくて。

故に。
曖昧に。
ただ。
傍らに退いて。
如何なものかと。

なすがまま。
そんな時も。
あるのかも知れないと。
変わらない。
そんなものはあるけれど。

『Let It Be』'70年リリース。
言わずと知れたビートルズのラスト・アルバム。
一時期は『Abbey Road』が実質的なラスト・アルバムと言われていましたが。
どうやらこのアルバム用のセッションが僅かながら『Abbey Road』用のセッションの。
その後に行われていたとの事で。やっぱりこのアルバムがラスト・アルバムだと。
尤も。そのセッションにはリンゴ・スターしか参加していなかった様で。
そもそも、どっちがラスト・アルバムであろうと。別に大した問題ではないかなとも。
要は。このアルバムには。バンドとしてのビートルズの残滓が捉えられていて。
セッションを終えてそうなることに気づいたメンバーが、最後の気力を振り絞った。
それが『Abbey Road』であったと。そしてその残滓を何とか商品にしてみせたのは。
フィル・スペクターであったと言う事実。そう、その事実のみが総てなのではないかと。
まぁ、ポールは大いに不満だったみたいですが。フィルの音の壁が効果を発揮できたのも。
その骨格となる、それぞれのナンバーのクオリティが高かったからこそでもあると。
そのことは。それこそ『Let It Be... Naked』を聴けば明らかになったりするのですが。
アルバムとして魅力的なのは『Let It Be』なんですよね。何と言うかな。意思の有無。
このアルバムは、残滓とは言え。ビートルズとして世に問うたアルバムであって。
対して『Let It Be... Naked』ですね。ポールとヨーコの・・・まぁ、いいか(苦笑)。
フィルに任せた。そのなすがまま。そうではあるものの。少なくともジョンとジョージは。
それを望んで、そして認めていたのだから。残滓でもビートルズな魅力はあるのです。
「Let It Be」も「The Long and Winding Road」もフィルの装飾あればこそ、かなとも。
まぁ、ジョンのやる気、覇気の無さは気になりますが。それでも、そこはジョン。
「Across the Universe」なんて畢生の名曲。その存在だけでこのアルバムを意味のあるものにしているかなと。

流されるまま。
そのまま。
竿さす術もなく。
拱手している。
なすがまま。

別に。
いまの。
取り巻いている。
その流れを。
好んではいないし。

寧ろ。
何故なのだろうと。
疑念を抱いている。
それに。
近いのだけれど。

だからと言って。
明確な。
異議を唱える。
それ程の。
実証も出来なくて。

故に。
漠然と。
ただ。
高みに退いて。
どうしたものかと。

なすがまま。
そんな時が。
あるのかも知れないと。
失いたくない。
そんなものはあるけれど。

何が。
どうなったって。
何も。
どうにもならない。
そんな時もある。

何を。
どうしたって。
何も。
どうしようもない。
そんな時がある。

正しいとか。
正しくないとか。
そんなこととは。
別のところで。
何かが動いて。

理も。
情も。
及びもしない。
そんなところで。
流れが生まれて。

そんな時は。
仕方がない。
少しばかり。
退いて。
眺めてみよう。

そんな時も。
あるのだと。
割り切って。
下がって。
見届けていよう。

ただ。
変わらない。
失いたくない。
譲れない。
ものの羽ばたきを聴きながら・・・



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