カテゴリー「001 British Rock」の記事

2017/04/15 Sat *狂気だろうと、中毒だろうと / Joe Cocker

20170416maddogsandenglishmenukorg


狂気だろうと。
中毒だろうと。
言わば、言え。
それがどうした。
それでいいのだ。

面白いから。
楽しいから。
好きだから。
それだけ。
そう、それだけで。

距離も。
時間も。
何の障壁にも。
なりはしない。
そんなものもあるのだ。

何処からか。
何時の間にか。
駆け寄って。
集まって。
このひと時。

騒がしく。
賑やかに。
さぁ、始まるぜ。
さぁ、始めよう。
ぶっ飛んでいこう。

色々な。
様々な。
笑顔がある。
歌声がある。
それが混然と。そして一体に。

『Mad Dogs & Englishmen』'70年リリース。
ジョー・コッカーにとっての初のライヴ・アルバムとなった2枚組アルバム。
米国南部に接近を図ったジョーとレオン・ラッセルが出会って。
ジョーの2ndアルバムをレオンがプロデュース。そして全米ツアーも支援することに。
そこで。デラニー&ボニー&フレンズから引き抜いたメンバーを中心にバンドを結成。
それこそがマッド・ドッグス&イングリッシュメンだったのですね。
ジョー、レオン。そしてグリース・バンドのクリス・ステイトンの3頭体制で。
後のドミノスのメンバーやボビー・キーズ、ジム・プライス、リタ・クーリッジも参加。
総勢15名からなる大所帯が混然とした空気を残しながらも一体となって盛り上がると。
その自由な熱さ。それは時代でもあり、やはり実質的な音楽監督であるレオンの。
その手腕と、その人脈、そのセンスによるところが大きかったのだろうなと改めて感じます。
あくまでも。一座の花形、表看板はジョーであるとして。そのジョーを立てるための。
あの手、この手。カバーを含めた選曲からアレンジ、そしてライヴ全体の構成まで。
レオンがその持てる総てを注ぎ込んだのであろうなと思わされるのです。
それに応えて。堂々の主役を勤め上げるジョーのソウルフルな熱唱も流石の一言です。
この頃のジョーの歌声は、真っ直ぐな直向きさに溢れていて。それが堪らないのですが。
それを引き出して、立派な主役へと仕立て上げているのもレオンの成せるところかなと。
それが。ビジネスライクになり過ぎない。あくまでも自然発生的な一座に感じられるところ。
それがこのアルバムを特別なものにしていて。その空気、匂いに惹かれるのですよね。
リタが歌う「Superstar」が収録されているのも。その空気、匂いの象徴に感じられるし。
おそらくは。ジョーも、レオンを始めとするバンドのメンバーも。そして観客も。
同じ様に面白さを感じ、楽しみ、熱くなっていたのではないかと。そこには垣根もないと。
そんな共同体幻想を抱かせられるところもね。好きなのですね。それはそれでいいのだとね。

狂気だろうと。
中毒だろうと。
文句があるか。
それがどうした。
それでいいのだ。

面白ければ。
楽しければ。
好きならば。
それだけ。
そう、それだけで。

距離も。
時間も。
何の障害にも。
なりはしない。
そんなものもあるのだ。

何処からか。
何時の間にか。
馳せ参じて。
寄り添って。
このひと時。

騒がしく。
賑やかに。
さぁ、叫ぼうぜ。
さぁ、踊ろうぜ。
ぶっ飛んでいこう。

色々な。
様々な。
共鳴が生まれる。
共感も生まれる。
それが混然と。そして一体に。

面白い。
楽しい。
好きだ。
それだけで。
それだけだから。

それだけを。
それだけでも。
共にできる。
そんな顔を。
知っているから。

距離も。
時間も。
障壁にも。
障害にも。
なりはしない。

このひと時。
そいつの為に。
駆け寄って。
馳せ参じて。
集まって。寄り添って。

騒がしく。
賑やかに。
始めよう。
叫ぼう。
踊ろう。

色々な。
様々な。
笑顔がある。歌声がある。
共鳴が生まれる。共感も生まれる。
それが混然と。そして一体に。

狂気だろうと。
中毒だろうと。
言わば、言え。
文句があるか。
それがどうした。それでいいのだ。

狂気だろうと。
中毒だろうと。
そんな集まりが。
そんな一座が。
そんな一夜が。

大好きなのさ。



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2017/04/12 Wed *新たな冒険 / The Who

20170412liveinamsterdam


未だ。
感じる。
その気になれる。
動ける。
いける。

その間に。
動こう。
いこう。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
起こるのか。
そいつは。
わからない。
わからないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを求めて。
驚きを求めて。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えを隠せなくても。
それでも未だ未だと。

感じたのだから。
その気になったのだから。
兎にも角にも。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

『Live In Amsterdam』'89年リリース。
ザ・フーのライヴを収録した2枚組の海賊盤ライヴ・アルバム。
タイトル通りに’69年9月9日のアムステルダム公演で収録されたものです。
(日付に関しては諸説ある様ではありますが・・・)
昔から有名な音源だった様で。何度も繰り返しリリースされていたのだとか。
所謂サウンドボード音源なので。音質は悪くなく。迫力あるライヴが楽しめます。
ただサウンドボード音源の常ではありますが。歓声が殆ど収録されていないので。
臨場感には欠けるのと。微妙に完全収録でないのが惜しまれるかな。
(今では完全収録のCDもリリースされているみたいですけれど)
一応ステレオとのことですが、限りなくモノラルに近いかな。それは問題ではないけれど。
まぁ、『Live At Leeds』の拡張版とか完全版がリリースされるまでは。
『Tommy』の再現ライヴがほぼ完全な形で聴ける貴重なアルバムだったのです。
あの繊細で緻密な『Tommy』の世界をライヴで再現してしまえる。
しかも繊細で緻密な匂いを残しながら、荒々しい肉体性をも付加してしまっている。
そこにこそ。フーが凡百のロック・バンドでない、その卓越した力量が表れているなと。
50年近く前に、20代後半だった連中が。こんなに凄いライヴをやっていたと。
その事実に改めて驚愕させられるのですね。とてつもないバンドだったのだなと。
『Tommy』が史上初のロック・オペラであったかどうかは、その実、問題ではなくて。
あの時代に、あの『Tommy』を創った、そのこと自体が新たな冒険であったわけで。
更に、そいつをライヴで再現してツアーをやると言うのは驚くべき旅行であったわけで。
ピート、ロジャー、ジョン、キース。この4人の前進する意思と熱量の凄まじさ。
そして。今なお、前進を止めないピートとロジャーの姿には胸を熱くさせられるのです。
限界とか、終焉などと言うものは。自らの意思と熱量でどうにでもなるのだと。
諦めたらそこで終わりなのだと。そんな蒼い思いを抱かせてくれる。そこにフーの魅力があるのですね。

未だ。
感じるなら。
その気になれるなら。
動けると。
いけると。

その意志に。
従って。
突き動かされて。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
待っているのか。
そいつは。
想像できない。
想像もつかないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを望んで。
驚きを望んで。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えはしていても。
それでも終わってはいないと。

感じるのだから。
その気になれるのだから。
躊躇いは振り切って。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

未だ。
未だだと。
そう。
感じる。
思える。

未だ。
未だだと。
そう。
信じられる。
望める。

それならば。
限界も。
終焉も。
決める必要はない。
迎えにいく必要はない。

蒼くても。
その。
意志のままに。
熱量のままに。
そのままに。

新たな。
出逢いを。
驚きを。
求めて。
望んで。

何が。
起きるか。
待っているか。
わからない。
新たな冒険に。
旅立とう。

精神も。
肉体も。
衰えていたとしても。
意思があるなら。
熱量があるなら。

新たな冒険を。



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2017/04/11 Tue *戻るところ、帰るところ / The Rolling Stones

20170411greatesthitsvolone


戻るところ。
帰るところ。
それがある。
それがわかっている。
それが大事なのだろう。

いつまでたっても。
落ち着かずに。
苔生さずに。
転がり続けている。
それはそれでいいのだが。

転がって。
揺れて。
揺さぶられて。
その内に。
ふと気がついてみれば。

ここは。
どこなのだろうと。
どうして。
ここにいるのだろうと。
そんな状況に陥って。

平静を装いながら。
その実。
少し・・・かなり。
焦って。
不安に駆られることもある。

そんな時。
戻るところ。
帰るところ。
初めの一歩を踏み出したところ。
そいつを見つけさえすれば・・・なんとかなる。

『Greatest Hits Vol.1』'77年リリース。
カナダ独自編集のローリング・ストーンズのベスト・アルバム。
デッカ(ロンドン)時代のナンバーから14曲が収められています。
『Greatest Hits Vol.2』なるアルバムも同時期にリリースされていて。
当時、日本では何故かRCAから2枚組で『偉大なる軌跡』なる邦題でリリースされました。
この如何にも廉価盤的なやっつけ仕事を連想させるジャケットも魅力がなければ。
選曲も特に特徴があるわけでもなく。曲順に拘りもなさそうな、そんなアルバム。
しかし。これが自分にとっては初めて買ったストーンズのベスト・アルバムだったのです。
リアル・タイムで『Love You Live』を買ったのがストーンズとの歴史の始まりで。
その次が『Get Yer Ya-Y''s Out!』で。『Let It Bleed』で『Goats Head Soup』ときて。
そして。次に、渋谷にあった輸入レコード屋さんで手に取ったのがこのアルバムだったと。
何故、このアルバムだったのか。もうハッキリとは覚えていないのですけどね。
恐らくは初期のナンバーを纏めて聴きたくて。そして値段も安かったのだと思います。
「Not Fade Away」に始まって「Paint It, Black」で終わるこのアルバム。
オリジナル・アルバムを揃えようにも。月に一枚も買えれば上の字だったガキには宝物で。
何度も何度も繰り返し針を落として。暫くはこのアルバムでしか聴けなかったナンバーも。
やがて。オリジナル・アルバムもそれなりに揃ってきて。正統な(?)ベスト・アルバムも。
そうして徐々に役目を終えたのですが。思い出深くて手放せなくて残っているのです。
「I'm Free」とか「Play With Fire」なんて地味なナンバーが妙に刷り込まれているのも。
このアルバムで出会って。繰り返し聴いていたからなのですよね。妙な感じですけどね。
今、針を落とすと。音質も褒められたものではないのですが。愛着はあるのかな。
ストーンズは、自分の戻るところ、帰るところ、自分の原点だと勝手に思っていますが。
その初めの一歩を踏み出した、刻んだのがこのアルバムなのですからね。

戻るところ。
帰るところ。
それがあると。
そのことを感じられる。
それが肝要なのだろう。

いつまでたっても。
腰が据わらずに。
留まらずに。
流離い続けている。
それはそれでいいのだが。

流離って。
流れて。
流されて。
いつの間にか。
ふと気がついてみれば。

ここは。
どこなのだろうと。
はたして。
どこまでいくのだろうと。
そんな状況に陥って。

平穏であると演じながら。
その実。
少し・・・かなり。
怯えて。
不安で堪らないこともある。

そんな時。
戻るところ。
帰るところ。
初めの一歩を踏み出したところ。
そいつを思い出しさえすれば・・・どうにでもなる。

どこだろうと。
どこにいようと。
どこへいこうと。
見つけさえすれば。
思い出しさえすれば。

どこからきたのか。
何者であるのか。
所詮。
それだけのことだと。
それだけの者だと。

それさえ。
わかっていれば。
感じられれば。
なんとかなる。
どうにでもなる。

だから。
いつでも。
落ち着かずに。
苔生さずに。
転がり続けてこられた。

だから。
いつでも。
腰を据えずに。
留まらずに。
流離い続けてこられた。

揺れて。
揺さぶられて。
流れて。
流されて。
そんな時でも。どんな時でも。

戻るところ。
帰るところ。
初めの一歩。
踏み出したところ、刻んだところ。
そいつが信じられれば。それでいいのだ。



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2017/04/10 Mon *残り香の / Georgie Fame

20170410georgiedoeshisthingwithstri


残り香の。
消えぬうちに。
甘い夢に。
浸ってしまおう。
現を抜かしてしまおう。

どうせ。
叶わぬ夢ならば。
せめて。
今日一日は。
夢を見ていよう。

妄想でも。
何でも構わない。
甘美な夢に。
溺れてしまおう。
沈んでしまおう。

未だ。
昨夜の。
香りが。
残っているうちに。
感じられるうちに。

誰かを。
抱く様に。
弦楽器でも。
抱いて。
奏でて。

その。
響きに。
身も心も。
焦がしてしまおう。
現など忘れてしまおう。

『Georgie Does His Things With Strings』'69年リリース。
ジョージー・フェイムの数あるアルバムの中でも異彩を放っているアルバム。
もう、このジャケットだけで。何とも素晴らしいなと思うのですが。
ここでのフェイムはキース・マンスフィールド・オーケストラをバックにして。
そのムーディーなサウンドにも負けない甘い歌声を聴かせています。
モッズのヒーローでもあり、ジャズにも精通していたフェイム。
そのイメージは、いつでもお洒落で、小粋で、伊達で。そんなカッコ良さがあるのですが。
このアルバム、そしてこのジャケットも。そんなフェイムだから成り立ったアルバムかなと。
ひとつ間違えたら。低俗になるか、それとも毒にも薬にもならない凡庸なものになるか。
そこを見事に。筋の通った洒落ものならではの。言わばラウンジ・ミュージックに仕立てて。
実に心地よい、それこそ夢み心地にさせてくれる様な歌声を聴かせてくれています。
あまりにもお洒落過ぎて、はまり過ぎていて。ちょっと嫌味かなと思うくらいですけどね。
ただ、その歌声や、選曲、アレンジにはフェイムならではのセンスがあって。
そのただものではない様、その才能は疑いもなく伝わってくるので。敵わないなぁとも。
ビートルズも、バカラックも。ジャズのスタンダードも。フェイムの手にかかると。
フェイムのナンバー以外のなにものでもない。そのスパイスにオーケストラを利用したと。
それが、この異彩を放っているアルバムの本当のところかなと思ったりもします。
甘美にして、隠微にして、淫靡。それでいてどうにも陽性の明るさを放っていてもいて。
その明るさこそがフェイムの根っ子にある本質で、それは意匠がどうであれ変わらないと。
そして、だからこそ。このアルバムにもモッズの残り香を感じられるのかもしれません。
ところで。このアルバム、制作されてから暫くの間お蔵入りになっていたのだとか。
内容の問題だったのか、それともやっぱりこのジャケットが・・・どうなのでしょうね。

残り香の。
消えぬうちは。
甘い夢に。
浸っていよう。
現を抜かしていよう。

そうさ。
叶わぬ夢ならば。
せめて。
今日一日は。
夢の中で過ごしてしまおう。

妄想なら。
妄想でも構わない。
淫靡な夢に。
溺れていよう。
沈んでいよう。

未だ。
昨夜の。
香りが。
残っている間は。
感じられる間は。

誰かを。
愛でる様に。
弦楽器でも。
愛でて。
奏でて。

その。
響きに。
身も心も。
焦がしたままに。
現など忘れていよう。

残り香の。
消えぬうちに。
甘い夢に。
浸ってしまうのだ。
現を抜かしてしまうのだ。

どうせ。
叶わぬ夢だから。
そうさ。
今日一日は。
夢を見て過ごしてしまおう。

妄想でも。
何でも構わない。
甘美で淫靡な夢に。
溺れてしまおう。
沈んでしまおう。

未だ。
昨夜の。
香りが。
残っているうち、その間は。
感じられるうち、その間は。

誰かを。
思いながら。
弦楽器でも。
思いのままに。
奏でて。

その。
響きに。
身も心も。
焦がしてしまうのだ。
現など忘れてしまうのだ。

残り香の。
消えぬうちは。
甘い夢に。
浸っていたいのだ。
現を抜かしていたいのだ。

せめて。今日一日は。



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2017/04/09 Sun *会う時にはいつでも / Dusty Springfield

20170409abrandnewme


会う時には。
いつでも。
他人・・・じゃないけれど。
新たな顔で。
新鮮で。

ふと。
今まで。
見えなかった。
気づかなかった。
そんな顔。

あぁ。
こんな顔が。
こんな表情が。
あったのだ。
見せるのだと。

新たに魅せられて。
ワクワクして。
ドキドキして。
今まで以上に。
魅入られていく。

会えば会う程。
知れば知る程。
豊かになる。
その顔、その表情。
それが愛しくて堪らない。

光の。
照明の。
悪戯。
それはきっかけでしかなく。
新たな出会いが確かにあったのだ。

『A Brand New Me』'70年リリース。
ダスティ・スプリングフィールドがソウルに挑んだアルバム。
前作のメンフィス録音による『Dusty In Memphis』に続く試みで。
そちらがサザン・ソウルへの接近を図ったものだったのに比して。
このアルバムはフィラデルフィア録音で。フィリー・ソウルに接近しています。
ギャンブル&ハフ、そしてトム・ベルと。錚々たる面々が名を連ねています。
尤も。フィリー・ソウルが世の中に知られる、世の中を席巻するのは後のことで。
それを考えると。如何にダスティ(とそのスタッフ)が敏感であったかと。
そして新しいサウンドを追及していたのかと。そのことに驚かされもします。
商業的には苦戦を強いられだした頃で。その危機感の表れともとれますが。
旧態依然としたスタイルに拘るのでなく。新たな挑戦を続けることを選んだのだと。
そして。その挑戦が実に素晴らしい実りをもたらしていて。
アルバム・タイトル通りに。新しい、真新しいダスティが生まれているのです。
元祖ブルー・アイド・ソウル・シンガーとも言えるダスティのその歌声と。
本場のソウル・サウンドがとの相性が良かったと言うことなのか。実に生き生きとしていて。
ダスティの歌声がシンプルに、そしてダイレクトに胸に迫ってくる様で。
その迫力と、芳醇な表現力に。改めて驚かされて、魅せられる思いがするのです。
何故か『Dusty In Memphis』もこのアルバムも商業的には全く振るわずに。
この後、長いことダスティは不遇の時代を過ごすことになるのですけれどね。
更に言えば。『Dusty In Memphis』と異なり、このアルバムは再評価もされていないと。
実に勿体ないと思うのですけれどね。ダスティのアルバムとしては勿論のことですが。
ブルー・アイド・ソウル、そしてフィリー・ソウルのアルバムとしても傑作だと思うのですけどね。

会う時には。
いつでも。
他人・・・じゃないけれど。
新たな姿で。
新鮮で。

ふと。
今まで。
見えなかった。
感じられなかった。
そんな姿。

あぁ。
こんな姿が。
こんな佇まいが。
あったのだ。
見せるのだと。

新たに魅せられて。
フワフワして。
ソワソワして。
今まで以上に。
魅入られていく。

会えば会う程。
知れば知る程。
豊かになる。
その姿、その佇まい。
それが愛しくて堪らない。

光の。
照明の。
悪戯。
それは引き金でしかなく。
新たな邂逅が確かにあったのだ。

会う時には。
いつでも。
新たな。
顔があり。
姿があり。

その。
真新しい。
新鮮な。
表情に。
佇まいに。

魅せられる。
魅入られる。
その。
驚きに。
喜びに。

ワクワク。
ドキドキ。
フワフワ。
ソワソワ。
胸に届く、胸が高鳴る。

今まで。
見えなかった。
気づかなかった。
感じられなかった。
そんなものが。
未だあるのだと。

新しい。
真新しい。
新鮮な。
そんなものに。
未だ会えるのだと。

会う時には。
いつでも。
新たな。
出会いがあり。
邂逅があり。

それが愛しくて堪らないのだ。



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2017/03/27 Mon *街の喧噪の中で / Julie Driscoll/Brian Auger & The Trinity

20170327streetnoise


静かになんて。
暮らせない。
ざわめきが。
喧騒がないと。
落ち着かない。

今日も。
何かが起きている。
何かが始まり。
何かが終わり。
何かが・・・

動き。
蠢き。
その気配が。
その匂いが。
目を覚ましてくれる。

変わらないものなど。
安定とか。
平静とか。
そんなものの中では。
落ち着いていられない。

優しさと。
冷たさは。
表裏一体。
無関心。
非寛容。

何も。
感じなくならない様に。
何も。
言えなくならない様に。
街の喧噪の中で生きている。

『Streetnoise』'69年リリース。
ジュリー・ドリスコールとブライアン・オーガー。
2人の素晴らしい才能が出会って生まれたトリニティの3rdアルバム。
4面それぞれにタイトルが冠された2枚組の大作となっています。
1stアルバムではドリスコールのヴォーカルをフューチャーしたナンバーと。
オーガーのオルガンをフューチャーしたナンバーと。別物として扱っていて。
その線引きにある種の意味を持たせているのかなと感じましたが。
このアルバムではほぼ全編に渡ってドリスコールのヴォーカルを聴くことができます。
その力強く、そしてソウルフルな歌声。そこに変幻自在に絡みつくオーガー。
ジャージーでありながら、やはりソウルフルであり歌心を感じさせるオルガンの響き。
そう。言わば。ドリスコールとオーガーのデュエットの様な感じを抱かせます。
ジャズ・ロック、ブルース・ロック、プログレッシヴ・ロック・・・
そんなジャンル分けなど無意味だと痛感させられる。自由にして完成度の高いアルバム。
(レコード屋さんでは大抵、プログレのコーナーでお目にかかることが殆どですけどね)
何でも僅か2週間で録音をしてしまったとのことで。その集中力のなせる業なのか。
ドアーズ、ローラ・ニーロ、フィフス・ディメンションからマイルス・デイヴィスまで。
そのあまりにも幅広いカバーと。オリジナルが何の違和感もなく同居、共存していて。
ドリスコールとオーガーによってジャンルを超越したトリニティのナンバーになっている。
その奇妙にして絶妙な、混然としている一体感。それこそがこのアルバムの魅力で。
あの時代ならではの、猥雑で騒然として。そして熱気に包まれた街の音になっています。
そこに感じられるのは、寛容、共感、そして共鳴、共振といった今は失われつつあるもの。
ドリスコールが、オーガーが感じていたものを。その残り香だけでも感じたくなるのです。
「The Flesh Failures」と改題(?)された「Let Sunshine In」など鳥肌もので。
特にドリスコールの歌声の素晴らしさ、その魅力には魅せられて止むことはありません。

大人しくなんて。
過ごせない。
ざわめきが。
騒動がないと。
実感が持てない。

今日も。
何かが生まれている。
何かが生を受け。
何かが生を終え。
何かが・・・

動き。
蠢き。
その空気が。
その流れが。
気を研いてくれる。

変わりようのないものなど。
大樹とか。
長いものとか。
そんなものと一緒では。
悪い夢でも見ている様で。

静けさと。
酷さは。
表裏一体。
無共感。
非共鳴。

何も。
受け容れられなくならない様に。
何も。
考えなくならない様に。
街の喧噪の中で生きている。

何かが起きている。
何かが始まり。
何かが終わり。
それは何なのか。
いつでも感じられる様に。

何かが生まれている。
何かが生を受け。
何かが生を終え。
それは何なのか。
いつでも受け容れられる様に。

安易な。
優しさに。
表層的な。
静けさに。
目を眩まされぬ様に。

大樹に。
依らず。
長いものに。
巻かれず。
独りを恐れずに。

動き。
蠢き。
その気配。その空気。
その匂い。その流れ。
それと共にあろう。

今日も。
寛容で。
共感して。
共鳴して。
共振して。

静かになんて。
暮らせない。
大人しくなんて。
過ごせない。
落ち着かない。実感が持てない。

感じられる様に。
受け容れられる様に。
言葉を。表現を失わぬ様に。
思考を。意思を失わぬ様に。
街の喧噪の中で生きている。



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2017/03/26 Sun *仮初の / The Sensational Alex Harvey Band

20170326thepenthousetapesukorg


仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつに。
憧れる。

そう。
例えば。
崩れそうな。
ビルの屋上の。
塔屋に住み着いて。

街を。
見下ろしながら。
明日は。
この街を。
出ていくのだと思いながら。

昨日も。
今日も。
明日も。
塔屋から出かけて。
塔屋に帰る。

それでも。
いつも。
いつでも。
漂泊の思いを胸に。
未だ見ぬ何かを追い求めて。

昨日も。
今日も。
明日も。
雑踏の中を。
喧騒の中を生きている。

『The Penthouse Tapes』'76年リリース。
センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド(SAHB)の6thアルバム。
'50年代から活動していたグラスゴー出身の才人、アレックス・ハーヴェィ。
そのアレックスが同郷のハード・ロック・バンド、ティア・ガスと意気投合して。
合流して生まれたのがSAHBなのですが。アレックスと他のメンバーの年齢差が大きく。
日本風に言えば一回り以上アレックスが年長なのですね。これが絶妙なところで。
イニシアチブを握り、更には強力なバック・バンドを手に入れたアレックスの才気。
それが開花、爆発して。稀代のトリック・スターとしての存分に暴れ回っています。
このアルバムではその選曲が、アレックスの独特の個性が発揮されていて多彩なもので。
全10曲中、オリジナルは3曲で。残りはカバーとなっているのですが。それが。
トラッド、ブルース、ポップス、ハード・ロック、そして映画主題歌までと。
スキッフル、ブルース、そしてミュージカルにも出演していたアレックスならでは、ですが。
ここまでくると多彩と言うよりも、何でもありの、一見すると支離滅裂にも思えたりします。
なのです、が。その支離滅裂さもアレックスの手にかかると不思議な統一感が生まれてきて。
邦題『ペントハウスの大騒動』ではないですが。何だか陽気で賑やかで楽しそうだなと。
一緒に歌って、踊って、騒いでしまいたいなと思わされるところがSAHBの魅力なのです。
勿論、そんなアレックスのアイデアを具現化する凄腕のメンバーの存在があってこそで。
特にギターのザル・クレミンソンのリフ・メイカーとしての才能は特筆されるかなと。
それにしてもフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが歌ったナンバーを演奏して。
違和感なく聴かせてしまうロック・バンドと言うのもそう滅多にはないと思いますが。
ところで。このアルバムのタイトルですが。ボブ・ディランとザ・バンドの件のアルバム。
それに対抗してと言うか、それを皮肉ってつけたのですかね。地下室に対して屋上の塔屋。
真偽のほどはわかりませんが。如何にもアレックスらしいセンスかなとは思います。

仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつが。
憧れで。

そう。
いつか見た。
崩れそうな。
ビルの屋上の。
塔屋で蠢きながら。

街を。
見下ろす度に。
明日は。
この街を。
破壊してやるのだと思いながら。

昨日も。
今日も。
明日も。
塔屋に閉じこもって。
塔屋で空想にふける。

それでも。
いつも。
いつでも。
流浪の思いを胸に。
未だ知らぬ何かを追い求めて。

昨日も。
今日も。
明日も。
雑踏の中で。
猥雑を好んで生きている。

そうさ。
屋上でも。
地下でも。
ねぐらなど。
何処でもかまわない。

所詮。
そこは。
そいつは。
ひと時の。
仮の宿。

雑踏の中。
喧噪の中。
猥雑を好んで。
大騒ぎしながら。
生きていても。

昨日も。
今日も。
明日も。
漂泊の思い、消えず。
流浪の思い、絶えず。

住み慣れた街も。
この街も。
明日は。
出ていくのだと。
破壊してしまうのだと。

塔屋で。
地下室で。
胎動しながら。
蠢動しながら。
その時を待っている。

そうさ。
屋上でも。
地下でも。
そうでなくても。
何処でもかまわない。

仮初の。
仮暮らし。
どうにも。
そいつに。
憧れて止まないのだ。



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2017/03/25 Sat *休んでも、苔むしても / Van Morrison

20170325veedonfleece


考えて。
考えて。
考えて。
混乱して。
ちょっと休もうと。

休んでみたら。
想像以上に。
こんがらがって。
疲れていた様で。
ぐっすりと眠って。

目覚めたら。
何を。
そこまで。
考えていたのか。
忘れていて。

暫くしたら。
思い出したのだけれど。
そこまで。
考えるほどの。
事でもなかったなと。

そうしたら。
ふっと。
軽くもなって。
何とかなるかと。
何とでもなるかと。

下手な考え。
何とやら。
だったら。
本当に休んでしまう。
そいつもありなのだ。

『Veedon Fleece』'74年リリース。
ヴァン・モリソンの8枚目のオリジナル・アルバム。
前作が2枚組ライヴ・アルバム『It’s Too Late To Stop Now』だったので。
そこで一区切りをつけたのか。そして私生活でも離婚を経験して。
色々な思いを抱いて故郷のベルファストへの旅に出たヴァンです。
(尤も。ちゃっかりと新しい恋人を同伴していたりしたのですけどね)
何でもドキュメンタリー番組の撮影とライヴのスケジュール調整と。
一応は仕事の体裁をとってはいたものの。実体としては約一か月間の休暇だったとかで。
そこで新たにした思い、着想を米国へ戻ってから形にしたのがこのアルバムとなります。
サウンド的にはウッド・ベースが核となるアコースティックな音像で。
しかも殆どのナンバーが即興のセッションのワン・テイクで収録されたらしく。
あの『Astral Weeks』と対をなすアルバムとも言われています。
休息を取りながら。故郷、原点を訪ねて。思いを新たにしたと思われるヴァン。
その歌声は時にケルト音楽をも思わせるサウンドの中を伸びやかな風の様に吹き抜けます。
歌われる内容は。神秘的なものもあり難解なのですが。そうですね。
複雑、屈折した故郷、そして自らの過去への思いを歌っているのではとも思われます。
それらがヴァンの歌声、そしてアコースティックな音像によってまるで一幅の絵画。
あるいは一編の映画を観ているかの如くに、聴く者の胸に画を描いていくのです。
考え過ぎるのを止めて。流離の旅からも戻って。新たな思いを歌にしてみせたヴァン。
この後、三年間ほど沈黙の期間に入ってしまい。更には英国へと帰国します。
新たな道を歩き始めた様に思えたのですが。そうは簡単ではなかったと。だとしても。
その再生への転機を捉えたこのアルバムもまた、素晴らしいのが。ヴァンのヴァンたるところかな。

流離って。
流離って。
流離って。
見失って。
ちょっと落ち着こうと。

腰かけてみたら。
想像以上に。
ふらふらし過ぎで。
疲れていた様で。
ちゃっかりと落ち着いて。

気づいたら。
何で。
そこまで。
流離っていたのか。
忘れていて。

暫くしたら。
思い出したのだけれど。
そこまで。
拘って流離う程の。
事でもなかったなと。

そうしたら。
ふっと。
腑に落ちてきて。
何とかなるかと。
何とでもなるかと。

転がる石は。
何とやら。
だったら。
苔むしてしまう。
そいつもありなのだ。

そう。
考えるのは。
いいけれど。
悩んでも。
しかたのないこと。

そう。
流離うのは。
悪くはないけれど。
流浪し続けるのは。
考えもの。

時には。
休み。
時には。
腰かけて。
忘れてみる。

忘れたことも。
忘れるまで。
忘れたら。
ふと。
思い出す。

その時に。
思い浮かぶもの。
描こうと思うもの。
それは。
例えば、郷愁。例えば、原点。

だとすれば。
休みながら。
落ち着きながら。
ゆっくりと。
もう一度。

考えてみる。
流離ってみる。
それまでは。
休んでも。苔むしても。
いいかもしれないね。



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2017/03/24 Fri *トップであること / The Rolling Stones

20170324lonelyatthetop


トップを。
頂上を。
目指すと言うのは。
どんな。
心持なのだろう。

何故。
トップを。
頂上を。
目指すのか。
そこにあるからなのか。

でも。
誰もが。
目指すわけでも。
目指せるわけでも。
ないのだ。

それでも。
その中で。
あくまでも。
トップをと。
頂上をと。

熱く。
激しく。
そして。
しぶとく。
どこまでも。

挑み続ける。
拘り続ける。
その思い。
その願い。
その強さは何処からくるのか。

『Lonely At The Top』'83年リリース。
ローリング・ストーンズのスタジオ・アウトテイクからなる海賊盤。
ミュンヘンとバハマでの録音から収録されているとのことなので。
『It’s Only Rock ‘N Roll』や『Emotional Rescue』の為のセッションでしょうか。
勿論、あくまでもボツ・テイクなので。完成度云々は言いっこなし。
更には如何にもアナログ盤時代の海賊盤らしいこもった音質だったりするので。
(更に言えば。その実、ピッチも遅いのではないかなとも思われるのですけどね)
諸手を挙げて歓迎できるものではないのですけどね。でもそこは蛇の道は蛇と言うか。
ストーンズ好きとしては。避けて通れない魅力のあるものであったりもするのです。
まぁ、ボツにはボツなりの理由がある筈で。仕上げきれなかったとか。
仕上げはしたものの甘かったとか。いずれにせよ。正式に世に出る前の生々しい。
レアなストーンズの姿。スタジオでの試行錯誤する姿が聴けるのですからね。
ストーンズ好きとしては。聴き逃せない。そんな瞬間が切り取られているのです。
例えば「Sweet Home Chicago」なんかでは。キース、どれだけエフェトかけているのとか。
これを聴いていると。キースの旦那にはエフェクターは似合わないなと思い知らされます。
ドビー・グレイで有名な「Drift Away」はミック・テイラー在籍時の録音なのかな。
もともといい曲ですし。ここで聴けるストーンズ・バージョンもなかなかのものですが。
何故ボツにしたのかなと。ロッド・スチュワートも録音していることを知っていたのかな。
そしてアルバム・タイトルにもなっている「Lonely At The Top」です。
ご存知の様に後にミックがソロ・アルバムで正式に世に出しているナンバーですが。
ここで聴かれるストーンズ・バージョンは何故ボツになったのかなと考えるのですが。
ミックのソロ・ヴァージョンと比較するとやや気怠いと言うか、退廃的と言うか。
それが歌詞の内容と合わなかったのか。逆にテンポを上げるとストーンズらしくもないと。
いい加減な様で。この辺りの取捨選択にはシビアである。それがトップに、頂上にい続ける証左かもですね。

トップに。
頂に。
挑むと言うのは。
どんな。
心持なのだろう。

何故。
トップに。
頂上に。
挑むのか。
そこにいるからなのか。

でも。
誰もが。
挑むわけでも。
挑めるわけでも。
ないのだ。

それでも。
その中で。
あくまでも。
トップにと。
頂上にと。

熱さと。
激さと。
そして。
逞しさで。
どこまでも。

目指し続ける。
闘い続ける。
その思い。
その願い。
その大きさは何処からくるのか。

トップを。
頂上を。
目指す。
それは。
孤独の道程。

トップに。
頂上に。
挑む。
それは。
孤独な闘い。

何故。
どうして。
そこまで。
いつまで。
どこまで。

そこに。
あるトップは。
そこに。
いるトップは。
魅力的なのか。

その思い。
その願い。
その総てを。
賭けるほどに。
賭け続けるほどに。

そうして。
辿り着いた先も。
手に入れたものも。
孤独の中かも。
知れないのに。

それでも。
目指せる。
挑める。
強さ。
大きさ。

それこそが。
トップであること。
頂上であること。
例え孤独だとしても。
そうなのかもしれない。



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2017/03/23 Thu *誰かも誰もが / Eric Burdon & The Animals

20170323everyoneofus


誰もが。
自分の。
思いを持ち。
考えを持ち。
誇りを持ち。

誰もが。
自分の。
生を生き。
死を死ぬ。
それでいい。

だが。
忘れてはならない。
その。
誰もとは。
自分だけではないと。

自分も。
誰かも。
誰もが。
その。
誰かであるのだから。

思いも。
考えも。
誇りも。
自分だけではない。
誰にもあるのだ。

それを。
感じよう。
それを。
認めよう。
先ずはそこからなのだ。

『Every One Of Us』'68年リリース。
エリック・バードン&アニマルズとしての3枚目のアルバム。
オリジナルのアニマルズ解散後に米国へと活動の拠点を写したバードン。
当時のフラワー・ムーブメントやヒッピー・ムーブメントに感銘を受けたらしく。
サイケデリック・サウンドにも傾倒を深めながら旺盛に活動していました。
言わば、熱に浮かされたかの如き側面も大いにあったと思われるのですが。
何が契機だったのか。このアルバムでは一転、冷静に過ぎるほどの批判的な視点に立って。
自分もその一員として推し進めようとしたそれらのムーブメントに、冷水を浴びせる様な。
そんな辛辣で内省的とも言える様な、そんな歌を聴かせています。
政治も宗教も。そしてただ愛と平和を唱えるだけのムーブメントも。世界を変えられない。
そんな諦念を伴った静かな怒りを。蒼白い炎と共に訴えるかの様なバードンの歌声です。
あの熱く、黒く、ド迫力な歌声を抑えていると言うか、自分の内側に向けていると言うか。
故に、どうしても地味な印象を、もっと言えば陰鬱な印象を抱かされるのですが。
そこにバードンの怒り、そして自らへの戒めの本気度を強く感じもするのです。
共同幻想か醒め、共同幻想に踊らされていた自らを含めた者達に警鐘を鳴らしながら。
アルバム・タイトルに見られる様に。未だ希望を捨てず。新たな希望を見出そうとする。
その試行錯誤、葛藤の過程をあまりに素直に吐露してしまう。良くも悪くも愚直なバードン。
その歌声には、やはり魅せられてしまうのですよね。何かが共感してしまうのかな。
そうそう。このアルバムからキーボードにズート・マネーが参加していて。
バードンとの共作となるナンバーも収録されているのですが。何故か偽名でのクレジット。
ジャケットにも写っているので正体はバレバレなのですけどね。何で偽名なのだろうと。
契約問題でもあったのでしょうか。些細なことなのですが。気になるのですけどね。

誰もが。
自分の。
思いを信じ。
考えを信じ。
誇りを大切に。

誰もが。
自分の。
生を生きられれば。
死を死ねれば。
それがいい。

だが。
覚えておかねばならない。
その。
誰もとは。
自分だけではないと。

自分は。
誰かは。
誰もが。
その。
誰かであるのだから。

思いも。
考えも。
誇りも。
自分にある様に。
誰にもあるのだ。

それを。
感じよう。
それを。
受け容れよう。
もう一度始めよう。

我々の。
誰もが。
皆の中の。
誰もが。
誰かなのだと言うこと。

自分も。
誰かも。
誰もが。
我々の。皆の中の。
誰かなのだと言うこと。

思いを持ち。
考えを持ち。
誇りを持ち。
生を生き。
死を死ぬ。

そう。
忘れてはならない。
それは。
自分だけではない。
誰かだけでもない。

そう。
覚えておかねばならない。
それは。
自分だけではない。
誰かだけでもない。

自分も。
誰かも。
誰もが。
そう。
誰かであるのだから。

自分も。
誰かも。
誰もが。
生を生きられれば。
死を死ねれば。

それを。
感じよう。
それを。
認めよう。
受け容れよう。

先ずはそこから、そしてもう一度、始めよう。



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