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2019/03/02 Sat 咽び泣くもの・・・ / Free

20190302tonsofsobsukorg


溢れるもの。
どうしても。
こうしても。
溢れてしまうもの。
そんなもの。

そいつに。
惹かれて。
引き付けられて。
彷徨いながら。
辿り着いてみれば。

その。
切なさに。
その。
やるせなさに。
どうにも。

胸を。
掻き毟られる。
そんな思いが。
浮かび上がり。
抑えられずに。

そして。
また。
溢れた、そのままに。
更に。
彷徨い続けると。

そうだ。
この胸の内にも。
溢れるものが。
咽び泣くものが。
あるのだと。

『Tons Of Sobs』'68年リリース。
フリーの記念すべき最初の一歩となったアルバム。
米国盤は、この英国盤の内ジャケのメンバー四人の写真を使った別ジャケでしたが。
このアルバムは、やはりこの不気味でありながら哀感が漂う英国盤のジャケでないと。
そう。このジャケが。そのままこのアルバム、そしてフリーと言うバンドのサウンド。
そしてその本質を見事に捉えているかなと思われてならないのです。
深く沈み込む様な、内省的でさえあるかのサウンド。どうにも英国的な匂いと香りを纏い。
そう。音を詰め込んでいるわけではなく、間があるのに。重く引き摺り込むリズム、ビート。
アンディ・フレイザーとサイモン・カークのリズム隊のそんな通奏低音を土台として。
その上で、ポール・ロジャースの歌声とポール・コゾフのギターが空気を震わせると。
それにより描かれるもの、溢れるもの。それにより呼び起こされるもの。
そんなものが、結局のところフリーのサウンドであり、本質であって。それに魅了されたと。
フリーが何者で、フリーが何たるか。それはこの1stアルバムに表わされていたのだと。
あまりに渋いと言えば、あまりに渋いのですが。故に強く惹かれもするのです。
それにしても。この時、メンバーは全員十代だった筈で。十代でこれを創ったと言うのは。
凄い、素晴らしい。それは間違いないものの。あまりに早熟にも過ぎたかなとも思われて。
つまりは。このアルバムの地平をどう離れ、どう飛び立つのか。それを見いだせなかった。
それこそがフリーが短命に終わってしまった大きな要因であったかとも感じてしまいます。
まぁ、短命であったが故に。その遺されたものに、より一層の愛しさが募るのですが。
さて。ロジャースも、フレイザーも、カークも。それぞれに何とも魅力的ではありますが。
このアルバムは、やっぱり。コゾフのギター。その咽び泣く様に尽きるのかなと。
一音、一音に全身全霊を込めて泣かせ、その余韻で空気を震わせている、そんなギター。
どれほどのものが、思念が、情念がその胸の内にあったのか。それを解き放つのには。
ここまでギターを泣かせなければ、咽び泣く者にならなければならなかった。その壮絶な様に震えがきます・・・

溢れるもの。
どうにも。
こうにも。
溢れてしまうもの。
そんなもの。

そいつに。
魅せられて。
引き寄せられて。
彷徨いながら。
辿り着いてみても。

その。
刹那な様に。
その。
虚しい様に。
どうしても。

胸を。
引き裂かれる。
そんな思いが。
湧き上がり。
止められずに。

そして。
そう。
溢れた、そのままに。
尚も。
彷徨い続けると。

そうだ。
この胸の底にも。
溢れるものが。
咽び泣くものが。
あるのだと。

いつから。
溢れていたのか。
いつから。
それは。
始まっていたのか。

いつから。
惹かれ。
引き付けられていたのか。
魅せられ。
引き寄せられていたのか。

いつから。
掻き毟られ。
引き裂かれ。
抑えられず。
止められず。

いつから。
彷徨っているのか。
いつまで。
それは。
続いていくのか。

どうしても。
こうしても。
溢れてしまうもの。
止まないもの。
そんなもの。

どうにも。
こうにも。
溢れてしまうもの。
震わせるもの。
そんなもの。

いつから。
咽び泣くもの。
そいつは、ここにあり。
咽び泣く者。
そんな者になっていたのだろう・・・



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2018/12/16 Sun *つづく / Back Street Crawler

20181216thebandplayson


つづく。
まぁ。
そいつは。
悪くはない。
そんなところだ。

別に。
そこまで。
本気だった。
そんな筈もなく。
言ってみれば。

ほんの冗談。
そいつが。
思わぬ。
弾みがついてと。
そんなところ。

だから。
別に。
続こうが。
続くまいが。
どちらでもいいと。

だけど。
何故か。
思わぬ程に。
楽しくなって。
そのままに。

こうなると。
どんな形でも。
どんな格好でも。
つづく。
そう言えるのがいいのかと。

『The Band Plays On』'75年リリース。
ポール・コゾフ率いる、バック・ストリート・クローラーの1stアルバム。
バンド名は、コゾフの最初のソロ・アルバムと同一で。思い入れを感じると共に。
その頃から、バンドとして活動する構想はあったのだろうなと。ところが。
コゾフは既に薬物中毒の症状が頻発していて。落ち着くのに時間が必要だったかと。
元来が繊細で。更にはフリーのメンバーとして成功を手にするものの。
レコード会社やマネージメントからのプレッシャーとか、メンバーの間の軋轢とか。
そんなものに耐え切れずに薬物に耽溺して。ギターを弾くのにも支障をきたして。
それでも。そんなコゾフに手を差し伸べようと、フリーは再結成したりしているので。
どこか、憎めないと言うか。放ってはおけない。そんな人物だったのかなと。
どうにも線が細かったのか。そう。バック・ストリート・クローラーにおいても。
知名度からリーダーと見做されていますが。実は誰かをサポートするタイプだったかと。
そう。例えば。そうポール・ロジャースの歌があってこその、コゾフのギターだと。
コゾフ自身も。それは分かっていて。だからこそあくまでもバンドに拘ったのかなと。
コゾフ以外は、殆ど無名に近いメンバー。そしてヴォーカルの歌がロジャースに近くて。
そこまでしての、その強い拘りが。コゾフの可能性を狭めてしまっている感もあって。
その啼きのギター、ビブラートやチョーキングを多用したソロ、フレーズは。
まさにコゾフならで。何とも堪らないものがあるのですが。それが総てなのですが。
何だろう。力強く、力づくで、バンドを牽引している感じではなくて。そこがね。
もうロジャースも、アンディ・フレイザーもいないのだから。一枚看板を張っても良かった。
でも。それをしなかった、できなかった。そこにコゾフの限界を感じなくもないかな。
おそらくこの時のコゾフにとっては新しいバンドを続けること、それだけが重要だったと。
そう言うことなのかな。確かにその思いがギターに乗り移っている瞬間は感じられて。
だからこそ、コゾフの物語。その続きを。つづくとのテロップ、クレジットをもっと見たかったかな・・・

つづく。
まぁ。
そいつも。
偶にはいいと。
そんなところだ。

別に。
そこまで。
真剣だった。
そんな筈もなく。
例えてみれば。

ほんの余興。
そいつが。
思わぬ。
転がりをみせてと。
そんなところ。

だから。
いつ。
止まろうが。
止められようが。
それでもいいと。

だけど。
何故か。
思いの外に。
楽しんでしまって。
そのままに。

こうなると。
あんな形でも。
そんな格好でも。
つづく。
そう言い続けてみたいかなと。

別に。
大した。
話でも。
ものでも。
ありはしないが。

そう。
いつかの日に。
夢に見た。
そいつとは。
違いはするけれど。

そう。
あの日、あの時。
辿り着きたいと。
思った場所とは。
異なりもするけれど。

別に。
細やかな。
話でも。
ものでも。
構いはしない。

そう。
それでも。
楽しくて。
止まらなくて。
ならばそれでいいと。

そう。
それなのに。
楽しんで。
笑ってくれる。
ならばそれもいいかと。

つづく。
いける限り。
許される限り。
そして、そう。
楽しい限り、楽しんでくれる限りはね。



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2018/08/15 Wed *這い蹲ってでも / Paul Kossoff

20180815backstreetcrawler


這い蹲れる。
それなら。
それが許されるなら。
喜んで。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進もうと。
少しでも。
前へと。

遅々としていようが。
みっともなかろうが。
進む機会が。
未だ与えられるのなら。
それでいい。

走れなくなった。
歩くのも辛くなった。
膝を折り。
蹲り。
倒れ、伏して。

それでも。
残った力を。
ふり絞ってでも。
這えるのなら。
這ってみろと。

言うのなら。
呼ばれるのなら。
そんな。
好機を逃すわけにいかなない。
這い蹲ってでも。

『Back Street Crawler』'73年リリース。
ポール・コゾフの初めてにして(恐らく)唯一のソロ・アルバム。
フリーと言うのはメンバー全員が恐ろしく早熟なバンドだったけれども。
コゾフもデビューした時は未だ十代。解散した頃で二十一、二歳だったのかな。
若さと言うのは武器でもあるし、魅力でもある。そのことは承知しながらも。
フリー、そしてコゾフの歩みを考えると。その負を思わないでもないかな。
尤も。年齢や経験とやらが。必ずしも、その負を拭えるとも限らないけれど。
さて。あのエリック・クラプトンをして。そのプレイの秘密を尋ねさせたと言う。
早熟の天才だったコゾフ。特にビブラートを効かせた啼きのギター。
その美しさ、その凄まじさ、その儚さ。著名な俳優の息子だったとかで。
経済的には恵まれていて。早くからギターも手にしてはいたのだろうけれど。
やはり天賦の才。その煌めき。それはフリー時代に既に存分に発揮されてはいたと。
しかしながら。例えばこのアルバムのA面を独占する「Tuesday Morning」など。
18分近いインストでありながら。瞬時も飽きさせないその素晴らしさには驚嘆しかない。
どうしたら。ここまで起承転結を見事に弾いて聴かせることができるのかと。
しかも。決して独り善がりのテクニックのひけらかしなどではない。そこが決定的。
これ。B面も同じ路線でやっていたら。とんでもない傑物なアルバムになっていたかな・・・
コゾフと言う人は繊細で、神経過敏な人だった様で。フリーの後期には薬物でボロボロに。
見かねたメンバーが、コゾフを救済する為に一度解散を決めたフリーを再結成するとか。
なんとかして。その才能を生かそう、再起させようとしていて。コゾフも頑張るのだけど。
長くは持たなくて。持久力が無いと言うか、諦めが早いと言うか、甘いとも言うけれど。
凄いギターを弾いて周囲を平伏せさせたと思えば、翌日は抜け殻になって弾けないとかね。
だからなのか。このアルバムも。ナンバーによって参加している面子が異なっていて。
それだけ録音に、コゾフの心身の充実に苦労した、時間を要したと言うことなのかな。
ポール・ロジャース、アンディ・フレイザー、サイモン・カークが揃い踏みのナンバーとか。
いや、それもうフリーだろうと。それをやったら駄目だろうと。凄くいいのだけれど。
それだけに他で勝負しないとねと。それが「Tuesday Morning」に思えてならなくて。
この後、コゾフはこのアルバム・タイトルを冠したバンドを率いて活動を始めるも。
何年もしないうちに心臓発作で逝ってしまって。どうにも惜しまれてならないのだけど。
それこそ。這い蹲ってでも生きる、生き抜く。そんな根性には欠けていたのかな。
だから、この素晴らしい、啼きのギターが弾けたのか。だとしたら、あまりにも切なすぎるよなぁ・・・

這い蹲れる。
それなら。
それが認められるなら。
何度でも。
這い蹲って。

それでも。
そうしてでも。
進むのだと。
少しでも。
先へと。

堂々巡りだろうが。
惨めったらしかろうが。
進む機会が。
再び与えられるのなら。
それでいい。

腕が痺れて力を失い。
身体の重さは増すばかり。
頭を垂れて。
息も。
途切れ、停止寸前。

それでも。
残った思いが。
力を絞り出して。
這えるのなら。
這ってみろと。

言われるのなら。
投げつけられるのなら。
そんな。
好機ならばいつでも歓迎して。
這い蹲ってでも。

美しくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
手放した。

素晴らしくなど。
なくていい。
そんなものは。
とうの昔に。
諦めた。

醜くても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
許されるのなら。

劣っていても。
それがどうした。
それでいい。
それで。
認められるのなら。

未だ。
進んでいいと。
それが。
許されるなら。
甘んじて受け入れよう。

何度でも。
進んでいいと。
それが。
認められるのなら。
喜んで受け容れよう。

刹那と。
切なさと。
そんな武器は。
もう使えはしないのだ。
後は・・・

這い蹲ってでも。それだけである。



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2018/03/22 Thu *悪企み / Bad Company

20180322badcompanyjporg


いつも。
いつでも。
いつまでも。
悪企み。
そいつほど。

胸が。
踊ることは。
無いだろう。
ドキドキ。
ワクワク。

ああしよう。
こうしよう。
思うだけ。
考えるだけ。
それだけで。

笑いが。
こみ上げてきて。
噛み殺すのに。
それは。
一苦労で。

しかも。
一緒に。
企める。
奴等がいれば。
この上ない。

さぁ。
今度は。
何を。
企もうかと。
仕掛けようかと。

『Bad Company』'74年リリース。
バッド・カンパニーの記念すべき1stアルバム。
結果的に米国での成功を手にすることなく解散したフリー。
恐らくははもう少し大人だったら、もう少しまともなプロダクションだったらと。
特にポール・ロジャースは忸怩たる思いを抱いていたはずで。
意地でも成功をその手にするまでは企みを止めないぞ、諦めないぞと。
その為の仲間、共犯者として先ずはフリーの盟友サイモン・カークを引っ張り込んで。
元モット・ザ・フープルもミックラルフス、元キング・クリムゾンのボズ・バレると。
企みを実行に移すには十分な仲間を揃えて、勇躍、再度全世界に打って出たと。
とか言いながら、モット・ザ・フープルの「Ready For Love」のカヴァーが含まれていて。
決して準備万端、満を持しての旗揚げ、船出では無かったのだろうなと。
そこは、それ。面白そうな面子が揃ったのだから、取り敢えずやっちゃおうみたいな。
そんな、勢い重視の乗りもあったのかなと。そして結果的にそれが功を奏したのかなと。
「Can't Get Enough」に代表される英国らしい重心の低さを残しながらも。
米国らしいとも言える大らかさの同居。これはやはり勢い故の産物と言うか。
少なくとも生真面目に考えていたら生まれてこなかった乗りだと思われるのですよね。
本当に、そのバランス、調合の度合いが絶妙なのですよね。奇跡に近いかもしれないなと。
ロジャースの歌声も、カークのドラムスも。その実、絶頂期はフリーの頃かなと思いますが。
こと、その真骨頂の一曲となったら「Can't Get Enough」かなとも。
ロジャースのフェイクを効かせた節回し、カークの溜めに溜めた、いやらしいまでの一叩き。
そこには、様々な経験を経たからこその、過っての悪ガキの悪企み、そんな味わいがあって。
そいつがね、何とも堪らない程に嬉しくあったりするのですよね・・・

幾つでも。
幾つになっても。
いつまでも。
悪企み。
そいつほど。

胸が。
騒ぐことは。
無いだろう。
ザワザワ。
ウズウズ。

ああなるかな。
こうなるかな。
思うだけ。
考えるだけ。
それだけで。

喜びが。
こみ上げてきて。
押し殺すのに。
それは。
一苦労で。

しかも。
一緒に。
乗っていける。
奴等がいれば。
言うことはない。

さぁ。
今度は。
何を。
企もうかと。
仕込もうかと。

ガキの頃。
裏山の。
洞穴に。
自分達だけの。
秘密基地を作って。

親にも。
先公にも。
内緒で。
密かに。
集まっては。

俺達は。
正義の味方なのだと。
いつか。
世界を救うのだと。
壮大な計画をぶち上げて。

そんな。
計画書を。
皆で描いて。
タイムカプセル宜しく。
埋めたりして。

そのくせ。
集まっては。
漫画を回し読みするとか。
下らないゲームに興じるとか。
気になるあの娘の話をするとか。

そのくせ。
日暮れ近くになって。
カレーの匂いが漂うと。
我先にと。
家へと駆けだしてしまって。

それでも。
消える魔球に挑んだのだ。
変身を試みたのだ。
缶蹴りの缶を追って、走り回って。
ガキなりに夢を、自由を追ったのだ。

あの頃から。
遠く離れたのか。
あの頃と。
何か変わったのか。
変わりたいのか。

ヘイ。
相棒、仲間たち。
さぁ、これからも。
今度も。
飛びっきりの悪企みをしようぜ!



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2017/10/25 Wed *心、乱れても、心、破れても / Free

20171025heartbreakerukorg


心、乱れても。
それでも。
ひと時は。
乱れるままに。
あったとしても。

ふと。
吹き抜ける。
一陣の風を。
感じるなら。
感じられるのなら。

乱れた心を。
抱えたままでも。
立ち上がり。
一呼吸おいて。
いってみるかと。

売りものにも。
ならない。
乱れた心。
そいつを共に。
いってみるかと。

新たな。
一歩を踏み出してみる。
足跡が。
新たな道となるか。
それはわからなくても。

未だ。
立てるのだと。
未だ。
歩けるのだと。
それを示せればと、願いを込めて。

『Heartbreaker』'73年リリース。
フリーの通算7枚目にして最後となったアルバム。
その高い評価とは裏腹に。ごたごたの絶えなかったフリー。
音楽性の相違、人間関係の軋轢、そして薬物の問題。
デビューして数年、5枚のアルバムを残して一旦は解散してしまいます。
その後、それぞれの活動が思わしくなかったりもして。
また薬物に苦しむポール・コゾフを再起させる意図もあってか再結成。
ポール・ロジャース、サイモン・カーク、アンディ・フレイザー、そしてコゾフ。
オリジナル・メンバー4人で『At Last』をリリースするも。
やはり軋轢。特にコゾフとの確執に耐えられずフレイザーが早々に離脱して。
フリーもこれまでかと思われたもののロジャースとカークは活動の継続を選択。
新たにラビットと山内テツをメンバーに迎えて。当然の様にコゾフも残したのですが。
薬物に蝕まれたコゾフの状態が悪化。数曲でしかギターを弾くことができず。
結局はクレジット上もメンバーからは外されてゲスト扱いになってしまっています。
(英国オリジナル盤のインナーではコゾフも含めたメンバー・ショットがありますが・・・)
そう。なので。このアルバムをフリーのアルバムと認めていいものかとの声もありますが。
この言わばボロボロの状態を晒しても前進する姿勢、その往生際の悪さもフリーかなと。
ロジャースとラビットを中心に書かれたナンバーの出来の良さもあって。
そして、変わらぬロジャースのソウルフルな歌声。そして閃光の欠片を放つコゾフのギター。
フレイザーの不在故に。真っ直ぐに過ぎる、硬すぎる感があるのは否めないものの。
やはり、このアルバムで聴ける重心の低い、間の活きたサウンドはフリーなのですよね。
大ヒットした「Wishing Well」に溢れる前向きな躍動感、漲る生命力。そこには。
リーボップのコンガも加わり。昂揚するこのナンバー。コゾフに向けて歌われたと言うのは。
今では否定されていますが。コゾフも含め、乱れた、破れた心を抱えた者達を立ち上がらせる力があるのです。

心、破れても。
それでも。
ひと時は。
破れたままで。
あったとしても。

ふと。
射し込む。
一筋の光を。
感じるなら。
感じられるのなら。

破れた心を。
抱えたままでも。
立ち上がり。
伸びの一つでもして。
やってみるかと。

売りものになど。
ならはずもない。
破れた心。
そいつと共に。
やってみるかと。

新たな。
一撃を放ってみる。
軌道が。
新たな標となるか。
それはわからなくても。

未だ。
立てるのだと。
未だ。
闘えるのだと。
それを信じられればと、願いを込めて。

隠さなくて。
覆わなくて。
それで。いい。
ありのまま。
そのまま。

隠し通せない。
覆い尽くせない。
そんなものだから。
ありのまま。
そのまま。

いらないもの。
余分なもの。
重すぎるもの。
脱いで。
脱ぎ捨てて。

ありのまま。
そのまま。
乱れた心も。
破れた心も。
晒したままで。そのままで。

一陣の風を。
一筋の光を。
感じるなら。
感じられるのなら。

未だ。
立てるのだと。
歩けるのだと。
闘えるのだと。
信じられるのなら。

心、乱れても。
心、破れても。
一歩を踏み出してみる。
一撃を放ってみる。
願いを込めて。



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2017/06/01 Thu *燃え上がれるか、火がつけられるか / Bad Company

20170601burninskyukorg


燃えるか。
燃えられるか。
どこまで。
本気で。
燃え上がれるか。

変化の時。
何かが始まる時。
そんな時。
燃えなかったら。
いつ燃えるのかと。

一応は。
そのつもりで。
身構えて。
臨んで。
挑んではいるのだが。

どうも。
何と言うか。
反応が。
手応えが。
物足りないのだと。

否。
悪くはない。
それどころか。
なかなかいいのだけど。
そうなのだけど。

火は。
つかない。
炎は。
上がらない。
燃えてはこない・・・かな。

『Burnin' Sky』'77年リリース。
バッド・カンパニーの4枚目のアルバム。
この頃、ポール・ロジャースは日本人女性と結婚していたので。
それがジャケットの鉢巻と法被姿に繋がったのだと思われるのですが。
この似合っているのか、似合っていないのか。その微妙な感じ。
そいつが内容を表してしまっている様にも思われるところが微妙なアルバム・・・かな。
以前のアルバム。特に最初の2枚と比較すると曲調にも変化が表れていて。
ポールの望みだったのかはわかりませんが、ソウルに接近した様なナンバーが多くて。
それはそれで。ポールですから。そのソウルフルな歌声は素晴らしいのですが。
聴く者が、ファンがバドフィンガーに求めていたものとは若干の齟齬がある様な。
フリーが米国で商業的な成功を収められなかった、その反省からか。
米国制覇を目指して、如何にも大陸的な大らかさを持ち込んだバッド・カンパニーですが。
それでも。消すに消されぬ英国の香りがあって。その絶妙な塩梅が愛されていたのですが。
それが、ソウルに接近することで。その英国の残り香を消してしまったかなと。
そこが何とも惜しまれるかな。いいナンバーもあるのですが歯痒さが残るのですよね。
後、恐らくはこの頃からバンド内での主導権争いと言うか、人間関係にも変化があって。
メンバー4人の共作となっているナンバーもあって。しかもポールが歌っていなくて。
民主的な運営を試みたのでしょうが。残念ながら裏目に出てしまっているかなと。
それでもB面は、これぞバッド・カンパニーと思わせてくれる瞬間も多々あるのですけどね。
アルバム・タイトル、そして内ジャケ、レーベルの燃える様な真紅の色合いとは異なって。
どうにも、燃え切らない、燃え上がらない。燻っている感じは残ってしまうかな。
まぁ、バドカンは1stと2ndに尽きるってことなの・・・かな、結局は。

燃えるか。
燃えられるか。
どこまで。
本気に。
火がつけられるか。

変革の時。
何かを始められる時。
そんな時。
火がつかなかったら。
いつつくのかと。

一応は。
そのつもりで。
心して。
向き合って。
挑んではみるのだが。

どうも。
何と言うか。
触発されるもの。
挑発してくるもの。
感じられないのだと。

否。
易くはない。
それどころか。
なかなか難しくはある。
そうなのだけど。

燃えては。
こない。
炎は。
上がらない。
火はつけられない・・・かな。

変化の時。
変革の時。
この時。
そいつを。
待っていたのだけれど。

確かに。
不安もあり。
けれども。
それを超える。
期待があり。

何かが。
始まる。
何かを。
始められる。
その時だと。

けれども。
今一つ。
否。
今二つ、三つ。
火がつかない。

火種は。
用意した。
火薬庫に。
投げ込んだ。
それなのに。

燻ったまま。
そのまま。
燃えてこない。
燃え上がらない。
爆発しない。

何かが。
足りない。
形は変わった。
姿は変わった。
でも肝心な何かは・・・

燃えるか。
燃えられるか。
炎は。
上がらない。
燃えてはこない・・・かな。


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2016/11/19 Sat *いちばん大事なもの / Free

20161119freeuksecond


いちばん大事なもの。

俺も。
あんたも。
短い。
この。
人生。

命も。
金も。
恋も。
そいつも。
大事だが。

なんと言っても。
自由。
自由であること。
自由を認めること。
共に自由であること。

そいつ以外に。
そいつ以上に。
大事なものなど。
ある筈もないと。
そう心に決めたら。

堂々と。
自由に。
手を伸ばして。
自由へと。
踏み出すだけのこと。

いちばん大事なもの。

『Free』'69年リリース。
ジャケットも印象的なフリーの2ndアルバム。
アレクシス・コーナー等のバックアップを受けて若くしてデビューしたフリー。
(その若さ故、バンド名ハヘヴィ・メタル・キッズになる可能性もあったとか・・・)
このアルバムの段階でも未だ平均年齢は20歳未満だったのですよね。恐ろしい。
ポール・ロジャースとサイモン・カークが20歳になったばかりで。
ポール・コゾフは19歳、アンディ・フレイザーに至っては17歳なのかな。
そして。カバーも含まれ、ブリティッシュ・ブルースの範疇にあった前作から大きく前進。
総てのナンバーがオリジナルで占められ、その可能性を広げて見せたのがこのアルバムで。
つくづくと。早熟・・・ある意味で生き急いだバンドだったのだなと思わされます。
ロジャースは、このアルバムをフリーのソウル・アルバムだと語っている様ですが。
ブルース一辺倒から脱却して。柔らかく、そしてやはり大きくなったとの感が強くて。
特にフレイザーとロジャースのコンビによるソング・ライティングの充実。
真の意味でプログレッシブとも感じられるナンバーなど実に多彩で、魅力的で。
呼応するかの様にフレイザーのベースが艶やかに弾み、ロジャースの歌声も伸びやかにと。
逆に音数を減らして、一音、一音に情念を込めるかの如くになり始めたコゾフのギター。
そして一音、一発、入魂のカークのドラムスと。全体的に間がありながら有機的に作用して。
なんとも深さと、奥行きのある世界を描き出すことに成功しているのです。その素晴らしさ。
間や空間。弾いてないところ、叩いてないところ、歌っていないところを聴かせる。
言わば、行間を想像させることで、際限のない自由を感じさせるものとなっているのですね。
それをジャケットでも表現していて。大空を背景に大きく股を広げて闊歩しているその姿。
そして、その左手の先にはFREE・・・自由の文字があるのです。何ともはや・・・

いちばん大事なもの。

俺も。
あんたも。
一度きりの。
この。
人生。

生も。
精も。
性も。
そいつも。
大事だが。

なんと言っても。
自由。
自由であれること。
自由を認められること。
共に自由であれること。

そのこと以外に。
そのこと以上に。
大事なものなど。
ある訳もないと。
そう心が感じたのなら。

悠然と。
自由に。
手を伸ばして。
自由へと。
渡っていくだけのこと。

いちばん大事なもの。

俺の。
自由。
あんたの。
自由。
皆の自由。

声の大きさ。
数の多さ。
そんなものに。
左右されず。
惑わされず。

世の中の。
流行や廃り。
そんなものは。
目に入れず。
気にも留めず。
喧宣される。
空気や流れ。
そんなものも。
読まない。
乗らない。

支配しようと。
抑圧しようと。
するものになど。
屈せず。
従わず。

己以外の。
なにものも。
盲信せず。
盲従せず。
疑うことを恐れずに。

己の。
思うところ。
信じるところ。
感じるところ。
そいつに手を伸ばす、手に入れる。

俺の。
自由。
あんたの。
自由。
皆の自由。

いちばん大事なもの。



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2016/10/01 Sat *火でも水でも / Free

20161001fireandwateruksecond


急げば。
いいってものではない。
早ければ。
いいってものでもない。
それはわかってはいるけれど。

目に入れば。
耳に入れば。
どうしても。
いたずらに。
走り出したくもなる。

そんな時は。
敢えて。
わざと。
一呼吸おいてみる。
無理にでも止まってみる。

急くな。
早まるな。
その前に。
足元を。
確かなものにしておけよと。

言い聞かせて。
腰を下ろして。
目を閉じて。
深呼吸しながら。
丹田に気を呼び集めてみる。

火でも。
水でも。
持って来いと。
何があったところで。
揺らがないものもあるのだぞと。

『Fire And Water』'70年リリース。
フリーの3rdアルバムにして代表作として知られるアルバム。
腰の落ちた、それこそ丹田に気が集中したかの佇まいが実に見事です。
この時、メンバーの平均年齢は二十歳に達するか達しないかだったはずで。
実に頼もしいと言うか、末恐ろしいと言うか。前途洋々たる若者達だったのですね。
結論から言えば。このアルバムでピークを迎えてしまって。後は下る一方であったと。
そうであったとしても。このアルバムの、それを創り上げたフリーの価値は永遠だと。
そう言わしめるだけの素晴らしいアルバム、素晴らしいサウンドなのです。
大ヒット曲である「All Right Now」そして代表作でもある「Fire And Water」と。
その2曲に象徴されるのですが。決して急がない、早まらない。焦ることを知らない。
その揺るぎの無さ、真っ直ぐで太い芯がきっちりと屹立しているのです。
慌てず、騒がず。恐らくは不安や焦燥と闘いながら、抑えるところはしっかり抑えて。
弾き過ぎない、叩き過ぎない、そして歌い過ぎない。抑制された情熱が昇華された。
その結晶が、この稀代の傑作たるアルバムなのだと感じられるのです。
ついつい不安に駆られて。焦りのあまりに、そのままに弾く、叩く、歌う、叫ぶ。
主張することに捕らわれすぎて、ただ弾きまくる、叩きまくる、叫びまくる。
そんな騒々しく、せせこましいだけの凡百の輩には永遠に創れないアルバムなのです。
ポール・コゾフのギターが咽び泣き、アンディ・フレイザーのベースがうねり。
サイモン・カークの濃厚な愛撫を思わせるドラムスがしっかりとボトムを支えて。
ポール・ロジャースが魂込めて、ソウルフルに歌い上げて聴く者の胸に迫る・・・
決して音数は多くなく。間、隙間だらけ。されどその間も含めての濃度の濃さ、密度の高さ。
寡黙こそが、一番の雄弁であるとすら思える。そんな揺るぎの無い自信が堪らないのです。

叫べば。
いいってものではない。
もの申せば。
いいってものでもない。
それはわかってはいるけれど。

目に入れば。
耳に入れば。
どうしても。
いたずらに。
騒ぎ出したくもなる。

そんな時は。
敢えて。
わざと。
無視を決めこんでみる。
無理にでも口を閉じてみる。

叫ぶな。
もの申すな。
その前に。
根源を。
確かなものにしておけよと。

肝に銘じて。
印を結んで。
目を閉じて。
深呼吸しながら。
丹田に気を呼び集めてみる。

火でも。
水でも。
持って来いと。
何が来たところで。
揺らがないものもあるのだぞと。

何もしない。
動かない。
声を出さない。
焦りもする。
不安にもなる。

直ぐにでも。
動き出したい。
叫びたい。
抑えるのに。
苦労もする。

だが。
急いては。
ことを仕損じる。
慌てる。
乞食はもらいが少ない。

何よりも。
自分が。
揺れている。
揺らいでいる。
それでは何も始められない。

腰を据え。
肝を決め。
目を閉じて。
気を集めて。
じっと堪える。

時間が流れる。
秒針の進む音。
砂の落ちる音。
かき乱されずに。
その間を思う。

静かさに。
静寂に。
身も心も任せて。
時の狭間の。
その間に生きる。

火でも。
水でも。
何でも来い。
そう思えたら。
さぁ、動き出そう。



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2016/07/14 Thu *追い続けよう / Paul Kossoff

20160714thehunter


それは。
痛みが。
無いと。
言ったら。
嘘になる。

こう。
見えても。
どう。
見えても。
痛手を負って。

少し。
腐りかけて。
諦めかけて。
もう。
これまでかと。

だけど。
そいつはね。
らしくないし。
第一.
面白くない。

なので。
再び。
爪を砥いで。
牙を磨いて。
鎌首を擡げて。

この手に。
するまで。
手に入れるまで。
狩人の如く。
追い続けよう。

『The Hunter』'81年リリース。
ポール・コゾフの全キャリアを網羅した編集アルバム。
'77年にリリースされた2枚組の『Koss』を1枚に再編集したもので。
当時は未発表だったバック・ストリート・クロウラー時代の3曲が目玉だったのかな。
アルバム・タイトルに冠された「The Hunter」はフリーのレパートリーとして有名ですが。
ここではバック・ストリート・クロウラーでのライヴ・テイクが収録されています。
(後年、そのライヴがフル・サイズでライヴ・アルバムとしてCD化されています)
フリー、ソロ、そしてバック・ストリート・クロウラーと。
彗星の如く。その才能を蒼白く燃焼させて。余りにも早く燃え尽きてしまったコゾフ。
その繊細で、神経質とも言える性格故かの、啼きのギターが心を震わせます。
あのクラプトンが。わざわざ楽屋を訪ねて。ビブラートのかけ方を訪ねたと言う。
その震え、啼くギターのサウンド。まさに一音、一音に全身全霊を込めているかの様で。
コゾフの存在の稀有さを今更ながらに感じずにはいられないのです。
決して速弾きをするわけでもなく。華麗なテクニックをひけらかすわけでもなく。
音数も少ないのに。何とも言えない存在感をハッキリと感じさせるコゾフ。
その存在感故にフリーではポール・ロジャースのあの歌声に対抗できたのだろうと。
そして。その代償として。やはり命を削る思いでギターを奏でていたのではないかと。
どうしても。そんな思いを抱かざるを得ないのですよね。多分に感傷的に過ぎるとしても。
ブルースが大好きで。最後までブルースに固執し続けたらしいコゾフ。
それがアンディ・フレイザーとの確執を生んだりもしたのでしょうが。そこまでしてでも。
ブルースを、そして自らのギター、そのサウンド、その音を追い求めた狩人の如き執念。
その自ら課した厳しき歩みに耐えうるほどの。精神力があったならば、と。惜しまれます。

それは。
迷いが。
無いと。
言ったら。
嘘になる。

こう。
見えても。
どう。
見えようとも。
痛みを感じれば。

少し。
俯いて。
跪きかけて。
もう。
いいかなと。

だけど。
そいつはね。
らしくもないし。
第一.
楽しくない。

なので。
再び。
爪を出して。
牙を剥き出して。
鎌首を傾げて。

この手に。
するまで。
手に入れるまで。
狩人の如く。
求め続けよう。

他人から。
したら。
他人から。
見れば。
価値が無くても。

自分が。
己の。
心が。
魂が。
求めるのであれば。

自分の。
己の。
体を。
命を。
賭けて。打ち込んで。

追い続けよう。
この手に。
するまで。
手に入れるまで。
狩人の如く。

他人から。
したら。
他人から。
見れば。
意味が無くても。

自分が。
己の。
心が。
魂が。
求めるのであれば。

己の。
体を。
命を。
賭けて。打ち込んで。

タフに。
ラフに。
どこまでも。
いつまでも。
追い続けよう。



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2016/03/20 Sun *風の中 / Paul Kossoff

20160320leavesinthewind


風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
そう。
自分の存在なんて。

所詮。
その程度のもの。
風が吹けば。
宙に舞い。
あてもなくフラフラと。

色々と。
拘りとか。
譲れないものとか。
あるのは。
確かだが。

一旦。
風が吹けば。
風に晒されれば。
フラフラと。
彷徨ってしまう。

そんなもの。
その程度。
それが。
歯がゆくもあり。
当然の様でもあり。

風の中に。
この身を晒し。
風の中を。
舞いながら。
己が居場所を探しているのか。

『Leaves In The Wind』'82年リリース。
ポール・コゾフの死後に編集された数多くのアルバムの中の一枚。
コゾフ名義にはなっていますが。コゾフ最後のバンド、バック・ストリート・クロウラー。
そのコゾフ在籍時の2枚のアルバムからのナンバーと。そして。
後に『Live At Croydon Fairfield Halls 15/6/75』としてまとめられることになる。
そのバック・ストリート・クロウラーとしてのライヴからの4曲が収められていると。
当然、リリース時にはこのライヴの4曲が目玉だったのでしょうね。
コゾフと言えば。その啼きのギター、その繊細で哀愁を帯びたビブラート。
有名な逸話ですが。あのクラプトンが。感嘆して。その奏法を尋ねにきたという。
唯一無二の、その啼きのギター。それに尽きるのかなと思うのですが。
このアルバムでも。兎に角。ギターを啼かせています、ビブラートで空気を震わせています。
決して手数が多いわけでなく。速弾きをするわけでもなく。器用なタイプでもなく。
当然、ギターの音数も多くはなく。言わば、間と啼きだけで聴かせてしまうのがコゾフです。
間が多いと言えば。フリーそのものが間で聴かせるバンドだったので。
その点でも。コゾフはフリーに欠かせない、フリーのギタリストはコゾフしか考えられない。
それは間違いなかったと。しかしフリーはメンバー間の確執であっさり解散。
自らにもその一因があったとは言え。繊細なコゾフは薬物に耽溺してしまい。
見かねた他のメンバーがコゾフの為にフリーを再結成。しかしコゾフの不調で長続きせず。
それでも。ソロ、バック・ストリート・クロウラーと。不安定な自らと付き合いつつも。
その繊細で哀愁、哀感漂うギターを聴かせていたコゾフ。着実に復帰への道を歩んでと・・・
しかし、米国ツアーに向かう飛行機の機中で薬物中毒による心臓麻痺により25歳で夭逝。
言わば、コゾフの最後の輝き、羽ばたきを捉えたアルバムの中の一枚であるのです。
「Leaves In The Wind」…風に舞い、風に翻弄されたコゾフを象徴するかのナンバー。
そのギターの啼きを聴くたびに。その人生、生き様に思いを馳せざるを得ないのです。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
そう。
自分のそんざい道程なんて。

所詮。
その程度のもの。
風が吹けば。
吹かれるままに。
あてもなくフラフラと。

それなりに。
目的とか。
辿り着きたいところとか。
あるのは。
確かだが。

一旦。
風が吹けば。
風向きが変われば。
フラフラと。
流離ってしまう。

そんなもの。
その程度。
それが。
口惜しくもあり。
自然の様でもあり。

風の中に。
この身を晒し。
風の中を。
漂いながら。
己が進む道を探しているのか。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
それが。
自分の存在。

その根源。
その根本。
我、関せずと。
大樹に寄って。
しがみついてと。
それは。
それで。
安心出来るのだろうが。
それを。
望まなくもないが。

その為に。
拘りや。
譲れないもの。
それを。
曲げなければならないのであれば。

風の中で。
風に舞ってしまう。
それでいいと。
思ってしまう。
感じてしまう。

目的や。
辿り着きたいところ。
明確ではなくても。
強制されるのなら。
いっそのこと。

風の中。
風に吹かれてしまう。
それでいいと。
思ってしまう。
感じてしまう。

風の中の。
風に舞う。
木の葉の様なもの。
実はそれを。
望んでいるのだろう。



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