カテゴリー「005 Japanese」の記事

2017/05/24 Wed *閉ざされる自由 / カルメン・マキ&OZ

20170524tozasaretamachi


閉じていく。
閉じられていく。
その予感に。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
少し前から。
否。
遥か昔から。
その予感はあったのだが。

夕立前に。
急激に膨らむ。
黒雲の様に。
押しとどめようも無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな光が。
見えているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
焦り。
苛立ち。
そして慄くのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う人々は。
気づいてもいないらしい。それとも。

『閉ざされた町』'76年リリース。
カルメン・マキ&OZの2ndアルバム。
1stアルバムリリース後にカルメン・マキと春日博文以外のメンバーが交代して。
ベースには川上茂幸、ドラムスには久藤賀一、キーボードには川崎雅文と言う布陣に。
但しサウンド的には1stから大きな変化は無く。より深化したのかなと感じます。
よりハードに、よりヘヴィに。そしてより壮大に。そんな超ド級のサウンド。
そして。より繊細さになったかとも思われるメロディを歌い上げるカルメン・マキ。
その歌声の迫力・・・存在感の前には立ち尽くすしかない、震えるしかないと。
「Introduction」と「Epilogue」なる短いインストに挟まれた5曲、全7曲の構成。
当然、1曲、1曲は長尺になるのですが。決して冗長になることはなくて。
更に。その壮大さ、重厚さ、そして存在感は決して曲の長さによるものではなくて。
1曲、1曲の熱量、質量。あるいは密度。そんなものの熱さ、重さ、高さが生んでいるのか。
それ程に。1曲、1曲の。サウンド、歌声、そして歌詞と。その総てが圧し掛かってきます。
このアルバムはロスアンゼルスで録音されているのですが。カリフォルニアの青い空・・・
そんなものは微塵も感じられなくて。米国のスタジオの技術を駆使することによって。
カルメン・マキ&OZの持つ、そのスペックをフルに発揮、表現させようとしたのかなと。
その試みは功を奏して。カルメン・マキ&OZが規格外の存在であることを証明したと。
アルバム・タイトル、そして「閉ざされた町」の歌詞がそのイメージを増幅させるのか。
圧倒的な存在の前に、ひれ伏さざるを得ない様な。そんな重み、その息苦しさ。
しかしそれが、その重みが心に響き、そして臓腑を抉る様に忘れられないものを残していく。
それだけのアルバム、それだけの音楽、歌に出会えたことを感謝したくなるのです。
今も歌い続けているマキさん。その歌声の存在感は変わらぬどころか増すばかりで。
昨年ライヴで聴くことができた「閉ざされた町」は。今のこの時代、この社会だからこそ。
尚更に、その意味合いを増して鳴り響いている様に感じたのでした・・・

閉じられる。
閉じられてしまう。
その予感の。
高まりに。
立ち尽くさずにはいられない。

確かに。
いつからか。
否。
ある日から。
予感は確信に変わりつつあったのだが。

夕暮れ時。
一気に空を染める。
夕焼けの様に。
押しとどめる術もない無い力で。
閉じられていく。

閉じられる。
その扉の隙間から。
微かな希望が。
聞こえているうちに。
何とか止めなければと。

そう。
思い。
震え。
粟立ち。
それでも声にするのだが。

どうやら。
あまりにも。
この街は。この社会は。
群れ集う羊達は。
気づいてもいないらしい。それとも。

気づかない振り。
見ない振り。
聞こえない振り。
そいつが得策だと。
そんな思い違いが蔓延し。

扉を。
閉じようとするものに力を貸し。
扉が。
閉じる速度を加速させる。
その危うさ。その恐ろしさ。

そいつは。
巧みに。
隠されたのか。
愚かに。
隠そうとしているのか。

夕立は。
いつかは止む。
黒雲も。
いつかは消える。
けれども。

夕陽は。
いつかは沈む。
夕焼けも。
いつかは色を失う。
けれども。

閉ざされた扉。
そこからは。
光は二度と見えない。
希望は二度と届かない。
永遠に。

この街が。
この社会が。
崩れる。
壊れる。
その序曲が流れる中。

閉じられる。
街、社会。
そして。
閉じられる。
自由。

それを。
目の当たりにして。
慄き。
立ち尽くさずにはいられない。
閉じられる自由・・・



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/23 Tue *表でも裏でも / 内田裕也

20170523adogruns


表だろうと。
裏だろうと。
看板だろうと。
裏方だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた中でも。
やることをやる。
やれることはやる。

完成図など。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり始める。
走り始める。

そう。
簡単ではない。
上手くいくものでもない。
そいつは。
覚悟の上。

どう考えても。
周囲には。
道程には。
味方は少なく。
敵はうようよ。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
やってしまうだけ。
走ってしまうだけ。

『A Dog Runs』'78年リリース。
内田裕也、ソロ名義としては初めてとなるアルバム。
日本ロック界のパイオニア、日本ロック界の首領、様々な二つ名がありますが。
ご本人も認めている様に、キャリアは長くてもヒット曲は無いと。
その実、ヒット曲どころか。ソロ名義のオリジナル・アルバムも2枚だけと。
その作品の少なさが、逆に内田裕也の何たるかを表しているのかもと。
実績も、実態も。何もないなどと揶揄されることも多いのですが。
ザ・タイガース、フラワー・トラベリン・バンド、キャロル、BORO等々。
数多くの人材を発掘し、世に出るきっかけを作った、世に出してきたのも事実です。
ナベプロとかミッキー・カーチスに攫われたりする事があったのも、らしいところで。
このアルバムに作品を提供している、参加している錚々たる顔ぶれの。
その豪華で、渋くて、凄味の効いているところ。そこに内田裕也の魅力があります。
ムッシュかまやつ、沢田研二、桑名正博、ジョニー大倉、内海利勝、近田春夫ときて。
ミッキー吉野、宇崎竜童・・・ジョニーはプロデュースとアレンジも担当しています。
(因みにジャケットやブックレットの写真はボブ・グルーエンの撮影によるものです)
さても豪華な神輿に乗ることのできるのは、乗る権利のあるのは内田裕也だけでしょう。
さて。どうにも歌に力が入ると自然にフラットしてしまうのが個性と言うか、癖と言うか。
決して歌が上手いとは言えない内田裕也。それはこのアルバムでも変わらないのですが。
それがジョニーのプロデュース、アレンジによる言わば、B級なロックンロール。
そいつにピッタリあって。何とも絶妙な乗りになっているのが面白くもご機嫌で。
その一方で「きめてやる今夜」「俺は最低な奴さ」等のバラードでは。その上ずった歌声が。
これまた絶妙な色気と凄味を感じさせて。歌が上手いだけでは決して出せないものがあり。
表でも裏でも。限られた中でも。走り続けてきた内田裕也ならではこそのロックンロールとなっているのです。

表だろうと。
裏だろうと。
神輿だろうと。
担ぎ手だろうと。
変わらない。

求められるのなら。
例え。
限られた道でも。
走るだけ走る。
走れる限り走る。

ゴールなど。
見えてはいなくても。
兎に角。
やり続ける
走り続ける。

そう。
単純ではない。
上手く転がるものでもない。
そいつは。
百も承知。

どう考えても。
前にも。
後ろにも。
味方は数えるほど。
敵は五万と満ちている。

それでも。
求められるのなら。
これを好機と。
やり続けてしまうだけ。
走り続けてしまうだけ。

そうさ。
俺の腕じゃ。
俺の頭じゃ。
やれることなど。
いけるとこなど。

限られている。
表でも。
裏でも。
どんなに。
足掻いたところで。

掌の上。
そこを。
走り回り。
転がされている。
そんなもの。

その上。
どいつも。
こいつも。
鵜の目鷹の目。
足を掬おうと虎視眈々。

それでも。
求められるのなら。
これ幸いと。
これを好機と。
やるだけ。走るだけ。

表でも。
裏でも。
担がれても。
担いでも。
限られた中で。

やれるだけ。
やるだけ。
走れるだけ。
走るだけ。
例え。堂々巡りだとしてもね。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/22 Mon *その境地を / Flower Travellin' Band

20170522satori


そう。
簡単に。
達することが。
出来るのであれば。
苦労はしない。

そもそも。
我欲も。
煩悩も。
人一倍。
否、何倍か。

そのままに。
動くのが。
生きるのが。
楽かと言えば。
それも簡単ではなくて。

規律でも。
あるいは。
目標でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
成し遂げる為に。
律して。
征して。
挑んでみる。

最も。
苦手とする。
望まない。
それはそうなのだが。
何かが見えてくるかもしれないと。

『Satori』'71年リリース。
フラワー・トラベリン・バンドの2枚目となるアルバム。
1枚目のアルバムをリリース後に活動拠点をカナダに移したフラワー・トラベリン・バンド。
カナダでの地道なライヴ活動が実を結んで。念願のワールド・ワイドな契約を手にして。
このアルバムはアトランティック・レコードからカナダ、そしてアメリカでもリリースに。
ここに至るまでのメンバー、そして首謀者にしてプロデューサーの内田裕也の苦労。
それは筆舌に難いものがあった様で。それだけに相当な気合が入ったアルバムとなったと。
その甲斐もあって。カナダでは見事にチャートにランク・インを果たしています。
ジョー山中、石間秀樹、上月ジュン、和田ジョージの4人のつわもの揃いのメンバー。
その思いの丈が、その超絶的な技量と共に披露されている、炸裂しているアルバムなのです。
しかしながら。はしゃぐでもなく、暴走するでもなく。毅然とした姿勢を貫いているところ。
アルバム・タイトルは悟りのもじりだと思いますが。そう悟りを開いたかの如くの。
全世界を相手にしても些かも慌てない、騒がない、ぶれないところ。
その上で。欧米のバンドと対等以上のサウンドで、堂々と殴り込んでいる、勝負をしている。
フラワー・トラベリン・バンドの凄味を嫌という程に感じさせられるのです。
当時、日本語ロック論争(?)みたいなものがあって。内田裕也は英語に拘っていて。
その為にフラワー・トラベリン・バンドを結成したとか言われていたらしいのですが。
拘っていたのは。英語ではなくて。欧米の、ワールド・ワイドのフィールドでの勝負かなと。
英語と言うのはその勝負の為の有効な武器の一つにしか過ぎなかったのだと。
結果として。ジョー・山中のヴォーカルも含めたサウンドの高い完成度とスケール。
それが世界レベルであり、何ら遜色なく通用することをこのアルバムが証明していると。
変に日本を売りにするでもなく、世界に媚びるでもなく。自然に高いレベルにあり。
そこに絶妙に和のテイストを忍ばせてもいる。その知能犯的なクールさには。
それこそ内田裕也とフラワー・トラベリン・バンドの悟りの境地を見る気すらしてしまうのです。

そう。
安易に。
達することが。
出来るのであれば。
面白くもない。

そもそも。
私意も。
雑念も。
人一倍。
否、どこまでか。

そのままに。
いくのが。
流されるのが。
楽しいかと言えば。
それほど単純ではなくて。

秩序でも。
あるいは。
成果でも。
形式など。
何でもいいのだけれど。

何かを。
手に入れる為に。
守って。
上げて。
挑んでみる。

最も。
不得手とする。
好まない。
それはそうなのだが。
何かが感じられるかもしれないと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

偶には。
枷でも。
はめて。
縛りでも。
かけて。

その上で。
その条件下で。
どれだけ。
どこまで。
挑めるのか。

そんな。
不自由な。
勝負に。
打って出るのも。
悪くは無いかなと。

どこまで。
いけばいいのか。
どこまで。
やればいいのか。
そいつはわからないが。

最も。
苦手とする。
望まない。
不得手とする。
好まない。

そんな。
選択の結果。
道程の執着。
その境地を。
見てみたい、感じてみたいと。

まぁ、いつもの気まぐれではあるけれど。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/21 Sun *よそ者 / RC サクセション

20170521blue


そうさ。
俺は。
よそ者さ。
あの時も。
そうだった。

だから。
そんなに。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
紹介されたから。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
十分だと。
そう。
思っていたのさ。

だから。
そんなに。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っていたのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

『Blue』'81年リリース。
復活し、新編成となったRCサクセションとしては2枚目のスタジオ・アルバム。
前作にあたる『Please』のサウンドに、その仕上がりに満足がいかなかったらしく。
普段から利用していた練習スタジオに16トラックの機材を持ち込んで録音。
プロデュースもこのアルバムから自分達の手で手掛けることとなりました。
この時期のRCはもの凄い勢いで、加速度的に大ブレイクを成し遂げたこともあって。
その超過密なスケジュールの影響もあってか。新たなオリジナルを創る余裕も無くて。
殆どのナンバーが、例の暗黒時代も含めて過去のレパートリーに手を加えたものだったと。
中には古井戸のナンバー「飲んだくれジョニィ」を改作した「Johnny Blue」もあります。
尤も。それだけ精力的に活動していた、そのエネルギーの総てが注がれているので。
総てのナンバーが実に生き生きと輝き、何とも言えない瑞々しさと生々しさに溢れていて。
清志郎の歌も、チャボのギターも。バンドが叩き出すサウンドも。その総てが。
まさしく絶頂を迎えていたRCの、その姿が見事に捉えられているアルバムなのですよね。
「ロックンロール・ショー」から「あの娘のレター」まで。全8曲。そこに凝縮された。
RCのその魅力。その艶やかで、豊かで、尖がって、溢れ出し、滲み出るその魅力。
特に。どうしようもないもどかしさや、憧憬。そこにある切なさ。その胸に染む思い。
そこにこそ、清志郎の、RCの最大の魅力があったのだなと。改めて感じさせられるのです。
どんなに強面を装おうと、どんなに悪ぶろうと。その根底にある温かい優しさ。
それがあるからこそ。本気で怒り、本気で噛みつき、それを洒落てみせることもできると。
清志郎とRCのスケールの大きさ、懐の深さ。実に自然体で、生身のままで。そのままで。
よそ者だろうが。総てを受け容れ、総てを許し、総てに怒り、総てを愛し、総てを慈しむ。
それ故に。その不在が。今更ながらに。如何に重く、大きいかを思い知らされるアルバムでもあるのです。

そうさ。
俺は。
よそ者さ。
いまも。
変わりはしない。

だから。基本的には。
いまも。そこまでの。
期待も。
希望も。
抱いてなくて。

ただ。
今夜もまた。いつもの様に。
美味い酒が飲めて。
ご機嫌なロックンロール。
そいつが聴ければ。

それで。
それだけで。
幸せだと。
そう。
思っているのさ。

だから。
そんなさ。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

いいのにと。
本当に。
そう思っているのさ。
なのに。
なのに・・・さぁ。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

目に見えないのに。
繋がっている。
ずっと。
ずっと。
繋がっているのだもの。

あの時の。
あの夜の。
蒼さのまま。
そのままに。
そのままで。

そう。
最初から。
美味い酒と。
ご機嫌なロックンロール。
それだけじゃなかったのだ。

それで。
それだけで。
十分だと。
幸せだと。
思っていたのに。

ぶっきらぼうで。
手荒い。
親切とか。
優しさとか。
温かさとか。

なれなれしくない。
無骨な。
縁とか。
絆とか。
繋がりとか。

駄目だよなぁ。
あの時も。
今も。
あの夜も。
この夜も。

俺は。
よそ者。
それは変わらない。
なのに。
なのに・・・さぁ。

あの旗の下に、一緒にいたくなっちまうのさ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/03 Mon *波動 / ジョー山中&ザ・ウェイラーズ

20170403reggaevibration


目覚めたら。
両手を広げて。
胸いっぱいに。
空気を。
吸い込んで。

漂っているもの。
その中に。
浮かんでいるもの。
震えているもの。
そいつを感じて。

身と。
心が。
共振する。
共鳴する。
その時を待ってみる。

何かが。
響き。
何かが。
伝わり。
新生、再生。

さぁ。
また。
新たな一日を。
新たな生命を。
生きよう。

目覚め。
感じた。
波動が。
新しい世界を。
示してくれるのならば、覗きにいこう。

『Reggae Vibration』'82年リリース。
ジョー山中が初めてレゲエに挑んだアルバム。
名義はジョー山中&ザ・ウェイラーズで。そう、あのウェイラーズです。
あのバレット兄弟も、ジュニア・マーヴィンも参加していて。
あのタフ・ゴング・スタジオで録音されています。豪華と言うか本苦的と言うか。
ジョーのこのアルバムに賭ける意気込み、本気度が窺われます。
本格的にレゲエに取り組んだのはこのアルバムが初めてだったと思われるのですが。
元々、レゲエには関心があったのでしょうね。実に自然な歌声を聴かせてくれています。
そして。それを受け止める、受けて立つのが、ウェイラーズですからね。
臆することのないジョー、当たり前に、ごく自然に受け容れているウェイラーズ。
勿論、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとは異なる、別物なのですけど。
それはどちらが優れているとかではなくて。そんな比較には意味がなくて。
ジョーとウェイラーズの間に生まれた、新たな共振、共鳴・・・波動・・・生命。
そんなものの息吹、生々しく温かい息遣いが感じられる様なアルバムなのです。
因みに全曲、英語で歌われていますが。何の違和感も無くて。リズム感も含めて。
ジョーと言うのは、この時代に、それ以前からか世界スケールだったのだなと。
だからこそ。この時代にジャマイカに飛んで。タフ・ゴングでウェイラーズと。
そんな突飛と言うか、ある意味で無謀とも言える試みにも躊躇は無かったのだろうなと。
そう。35年前ですからね。実現させるに至る障壁は今とは比較にならなかっただろうし。
でも、それを。ものともせずに。気にもかけずに。やってしまう。
そこには。やはり新たな共振、共鳴、波動、生命。そんなものに対する、飽くなき希求。
そして、その希求、欲求を自然のものとして受け容れられる大きさがあったのだろうなと。

眠りにつく前。
両手で抱きしめて。
胸いっぱいの。
空気を。
抱きしめて。

漂っていたもの。
その中に。
浮かんでいたもの。
震えていたもの。
そいつを思い出して。

身と。
心が。
共振した。
共鳴した。
その時を思ってみる。

何かが。
響いた。
何かが。
伝わってきた。
新生し、再生した。

そう。
また。
新たな一日を。
新たな生命を。
生きられた。

目覚め。
感じた。
波動が。
示してくれた。
新しい世界を、覗いたのだ。

漂う空気の中。
浮いている。
震えている。
何ものかを。
感じよう。

恐れずに。
躊躇わずに。
両手を広げて。
吸い込んで。
感じよう。

身も。
心も。
開いて。
共振するもの。
共鳴するもの。

そんなものが。
そうだと感じられるものが。
あるならば。
その中へと。
踏み出して。身を投げて。

響き。
伝わり。
そして。
響かせ。
伝え。

新生、再生。
新たな一日。
新たな生命。
そう。
それを生きよう。

目覚め。
感じた。
波動が。
新しい可能性を。
示してくれるのならば、覗きにいこう。

目覚め。
感じた。
新しい可能性。
それを示してくれた。
波動と共に、生きていこう。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/04/02 Sun *辺土の中 / ザ・ルースターズ

20170402insane


深く。
澱んだ。
辺土の中に。
埋もれ。
沈んだ様な。

そんな。
絶望とも。
諦念とも。
言える様な。
言い難い様な。

そんな。
空気に。
囚われて。
閉じ込められて。
ただ見送るだけ。

なんとか。
普段と同じ。
仮面を被って。
装いの中で。
過ごしてはいるけれど。

深く。
静かな。
狂気が。
どんどんと。
浸食して。

景色は。
徐々に。
輝きと色を。
失い。
モノクロームへと姿を変える。

『Insane』'81年リリース。
ザ・ルースターズの3枚目となるアルバム。
初めて総てのナンバーがオリジナルで占められて。
日本語詞のナンバーは2曲だけで。インストも1曲含んで。
全部で7曲。収録時間も短く。それが故か当時定価が2千円だったと言う。
別に曲数とか、収録時間に対価を払うわけではないのですけどね。
時期的に『爆裂都市』への出演とかサントラ盤も録音も行われていた頃の筈で。
そんな中で制作されたので。1stアルバムの没テイクに手を加えたものもあるのかな。
既に。このアルバムで大きな転換期を迎えたのだろうなと感じされられるアルバムで。
A面頭の「Let's Rock (Dan Dan)」こそ、従来通りのロックンロールなナンバーですが。
曲調、サウンドとも幅が広がり多彩になり。キーボードが目立つナンバーも増えてと。
なのに。何故か。急激に褪色が始まって。モノクロームの世界へと向かっている。
そんな印象が強く残るのですよね。特にB面の2曲にはその感が強いかな。
これはやはり。その旺盛な創作意欲や活動の裏側で。大江愼也に訪れていた変化。
それが既に表出してきていたと言うことになるのかな。狂気の一言で片づけたくはなく。
またそれが総てとも思いませんが。「Case Of Insanity」「In Deep Grief」には。
明らかに。どこか異なる世界を覗こうとしている、あるいは覗いてしまった。
そんな空気、そんな匂いを感じてしまうのですよね。どうなのかな。
病んでいると言えば、総ての人間が病んでいると思うのですが。
ある境界、あるライン。その先を見てしまう、感じてしまう人間と。止まる人間はいて。
悲しみ、悲嘆にしろ。絶望にしろ、諦念にしろ。見ないと、感じないといられない。
一時的にしろ、その辺土の中でしか生きられない人間と言うのも存在するのだろうと。
そして。その辺土からの表現故の魅力と言うものも確かにあるのだと思うのです。

深く。
澱んだ。
辺土の中に。
埋もれ。
沈んだ様な。

そんな。
絶望とも。
諦念とも。
言える様な。
言い難い様な。

そんな。
匂いに。
誘われて。
閉じ込められて。
ただ見送るだけ。

なんとか。
普段と同じ。
芝居を続けて。
装いの中で。
過ごしてはいるけれど。

深く。
静かな。
狂気が。
どんどんと。
浸食して。

心象は。
徐々に。
輝きと色を。
失い。
モノクロームへと姿を変える。

おかしいのは。
狂っているのは。
自分なのか。
世界なのか。
それとも、どちらも、か。

受け容れないのは。
撥ねつけているのは。
自分なのか。
世界なのか。
それとも、どちらも、か。

絶望とも。
諦念とも。
言えば言える。
そして言い難い。
その。

空気。
匂い。
それに囚われ。
それに誘われ。
閉じ込められた。

深く。
澱んだ。
辺土の中に。
埋もれ。
沈んだまま。

深く。
静かな。
狂気に。
どんどんと。
浸食されて。

景色も。心象も。
徐々に。
輝きと色を。
失い。
モノクロームへと姿を変えた。

その。
辺土の中から。
何を語ろう。
何を見せよう。
何を発しよう。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/03/30 Thu *その前に / The Mods

20170330jailguns


俯き。
躓き。
膝を折る。
そう。崩れ落ちる。
その前に。

無理矢理。
やせ我慢でも。
カッコつけでも。
構わないから。
拳を握りしめて。

前を向き。
上体を起こし。
膝に力を入れて。
兎にも角にも。
ファイティング・ポーズを。

そいつが。
とれれば。
そいつが。
できるのであれば。
大丈夫。

未だ。
終わりはしない。
未だ。
続けられる。
闘える。

だから。
握りしめた拳が。
両膝が。
震えていても。
立ち続けるのだ。

『Jail Guns』'84年リリース。
モッズの変則的な2枚組アルバム。
各地で収録されたベスト・アルバム的な意味もあるライヴ・アルバムに。
新曲を3曲収録した12インチ・シングルの組合せ。
恐らくはリリース後の全国ツアーに合わせての企画だったのだと思われます。
ライヴ・アルバムは全9曲収録。鹿鳴館から渋公、後楽園スタジアムまで。
会場の大きさも様々なライヴが一度に楽しめる趣向になっています。
「バラッドをお前に」「激しい雨が」と当時のヒット曲も勿論収録されていて。
この2曲のライヴ・テイクが聴けると言うのが売りだったのかもしれません。
ライヴならではの熱いモッズが聴けるのは堪らないものがあります。
どうせならフル・サイズで聴かせてくれよとの欲求不満が募るのと。
意図的なのか歓声が小さく抑えられていて。やや臨場感に欠けるかなとは思うのですが。
逆に、それで。実際のライヴ会場に足を運ばせる意図があったのかな。
時間はあっても、金は無く。体験できるライヴの数も限られていたので。
モッズに関して言えばこのアルバムで。疑似体験して堪えていた時期もありました。
12インチ・シングルの中では何と言っても「Teenage Blue」が最高で。
メロディーも、歌詞も。胸に迫ると言うか、募ると言うか。鷲掴みにされるかな。
極論すれば。切なくなければロックじゃないし。刹那的でなくてもロックじゃないと。
そう思い込んでいるので。そんな人間にとっては。もう堪らないナンバーなのです。
そう。結局ロックなんて、ロックンロールなんて。ボニー&クライドなのだよなと。
こんなアルバム、こんなナンバー、こんなロック・バンドがあるから、いてくれるから。
どんな時も。そんな時も。諦める、敗れ去るその前に。何とかしようと思えるのです。

項垂れ。
震えて。
跪く。
そう。崩れ落ちる。
その前に。

無理矢理。
ハッタリでも。
見栄っ張りでも。
構わないから。
拳を握りしめて。

上を向き。
前のめりに。
膝を奮い立たせて。
兎にも角にも。
ファイティング・ポーズを。

そいつを。
とれれば。
そいつを。
見せられるのであれば。
大丈夫。

未だ。
終わってはいない。
未だ。
続きはある。
闘える。

だから。
握りしめた拳に。
両膝に。
冷汗をかいても。
立ち続けるのだ。

どうにも。
どうしても。
悲しくて。
切なさから。
逃れられないのなら。

どうにも。
どうしても。
虚しくて。
刹那的に。
ならざるを得ないなら。

そうさ。
そいつから。
目を逸らさずに。
向き合って。
立ち続けることさ。

そうさ。
そいつを。
真正面から。
受け止めて。
闘い続けることさ。

握りしめた拳が。
両膝が。
震えていても。
唇が渇いて。
顔が蒼ざめていても。

やせ我慢して。
カッコつけて。
ハッタリかまして。
大見得きって。
ファイティング・ポーズを。

そう。崩れ落ちる。
その前に。
やれることは。
闘えるものは。
まだまだあるってことなのさ。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/03/29 Wed *その残り香、その残照 / 原田芳雄

20170329lastone


そうさ。
俺は。
古い人間さ。
時代遅れの人間さ。
そう言うことだ。

いつの間にか。
昭和は遠くなりにけり。
そうなのだけれど。
その残り香は。
その残照は。

未だ。
濃く香っている。
強く照っている。
その中で。
生き続けているのだ。

どこか。
不便で。
薄汚れて。
厳しくて。
そんな時代。

でも。
楽しくて。
気楽で。
温かった。
そんな時代。

例え。
懐古趣味だと言われようと。
好きなもの。
信じたもの。
その中を生き続けてやるのだ。

『Last One』'76年リリース。
原田芳雄、堂々のファースト・アルバム。
元々は俳優ではなくても歌手を目指していたとの説もあって。
酔っぱらうとよく歌を歌っていたらしいのですが。飽くまでも趣味で。
レコード・デビューするつもりなど無かったとかで。
アルバム・タイトルにもその意思が反映されているのだと思いますが。
その背中を押したのが松田優作だったのだとか。
その優作を始めとして。荒木一郎、桃井かおり、藤田敏八に、クニ河内。
そして宇崎竜童と阿木燿子と。豪華なメンバーが作品を提供しています。
その意思と、アルバム・タイトルに反して音楽活動を継続することになりますが。
このアルバムでは。後年のブルースのイメージは未だ全面には出ていなくて。
上手いのだか、下手なのだか。兎に角、味わい深い歌声を聴かせてくれています。
西岡恭蔵の、かの名曲「プカプカ」も歌われているのですが。これが絶品で。
様々な人の様々なヴァージョンがありますが。その中でも絶品の部類かなと。
オネエ口調で歌っているナンバーもあって。端々に俳優らしさが感じられます。
そのタイトルが「赤坂・一ツ木・どん底周辺」と言う辺りがまた堪らなくて。
赤坂、そして新宿、渋谷の街の匂い、昭和の街の匂いが濃厚で。
そう。さながら。原田芳雄の出演している映画やドラマを観る時と同様に。
いやでも。あの時代。猥雑で混沌で。でも未だ何かを信じられたあの時代だからこそ。
生まれたアルバムなのだろうなと。そう強く感じさせられるのです。
お洒落でも、こぎれいでもなく。時代遅れと言われれば、それまでなのでしょうが。
だからこその。輝きや温かさが宿っているなと。それが愛しくてならないのです。

そうさ。
俺は。
古い人間で。
時代遅れの人間で。
だからどうしたと言うことだ。

とうの昔に。
昭和は遠くなりにけり。
それは抗えないけれど。
その残り香は。
その残照は。

未だ。
濃く香り続けている。
強く照り続けている。
その中でこそ。
生き続けていけるのだ。

とても。
煩くて。
賑やかで。
煩わしくて。
そんな時代。

でも。
穏やかで。
優しくて。
笑ってしまえた。
そんな時代。

例え。
懐古趣味が過ぎるとしても。
愛しいもの。
感じたもの。
その中で生き続けてやるのだ。

味ない。
匂いもしない。
無味無臭。
そんな空気。
そんな時代。

お洒落で。
小ぎれいで。
でも。よそよそしい。
そんな空気。
そんな時代。

好き好きだけど。
堅苦しい。
息苦しい。
何よりも。
面白くない。

不便で。
薄汚れて。
厳しくて。
でも。
何かを信じていた。

煩くて。
賑やかで。
煩わしくて。
でも。
色々なものを感じられた。

いつの間にか。
とうの昔に。
そんな時代は。
遠くになりにけりで。
そうなのだけれど。

その残り香と共に。
その残照と共に。
生き続ける。
古い人間だと言われても。
時代遅れの人間だと言われようとも。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/03/28 Tue *この夜も、あの夜も / 柳ジョージ&レイニー・ウッド

20170328yokohama


この夜も。

また。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
刻まれて。

その。
喜びに。
楽しさに。
酔いしれて。
忘れられなくなる。

不思議な話で。
何故。
わざわざと。
何故。
何度もと。

訊ねられても。
答えようもない。
そう。
己自身も。
わからないのだから。

ただ。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
染み込んで。

この夜も。

『Y.O.K.O.H.M.A』'79年リリース。
柳ジョージ&レイニー・ウッドの3rdアルバム。
サブ・タイトルが『I Remember The Night』で。レーベルにも記載されています。
横浜出身の柳ジョージ。パワー・ハウスやゴールデン・カップスで活動して。
一時期、音楽から離れていたものの。ロンドンへ渡って現地のシーンに触れて。
活動を再開。広島で活動していたメンバーと共に結成したのがレイニー・ウッドでした。
確か「Weeping In The Rain」がショーケン主演のTVドラマの主題歌になって。
それがブレイクのきっかけだったかなと。ショーケンのツアーに同行していましたっけ。
「Weeping In The Rain」の日本語版「雨に泣いている」はこのアルバム収録されています。
その「雨に泣いている」の印象が強いせいか。このアルバムが1stだと。
かなり長い間、そう思い込んでいたのですけどね。3rdアルバムだったのですね。
他にも「プリズナー」「嘆きのピエロ」「本牧奇談」「FENCEの向うのアメリカ」と。
よく聴いていた、よく口ずさんでいたナンバーが何曲も収録されていて。
恐らくこのアルバムが初めて手に入れたレイニー・ウッドのアルバムだったので。
それだけ馴染み深くて。それで1stアルバムだと勘違いして。そのままだったのですね。
ゴールデン・カップスも。厳密にはキャロルも。リアル・タイムでは間に合っていないので。
田舎のガキにとっては横浜と言えば、そのイメージはレイニー・ウッドだった時期があって。
特に「本牧奇談」と「FENCEの向うのアメリカ」に感じた空気と匂い。
それが強烈に刷り込まれて。行ったこともない横浜に憧れて、好きになっていたかもです。
あまりにもクラプトンに似ていた、クラプトンに擬えられたのが柳ジョージの悲劇で。
レイニー・ウッド解散後には興味を失ってしまいましたが。クラプトンのカバーとかねぇ。
尤も、本人はクラプトンよりもデイヴ・メイソンが好きだったとかで。それならばねぇ。
もう少し異なる道もあったかとは思いますが。人が良すぎたのかもしれませんね。

あの夜も。

そう。
この空気に。
この匂いに。
身が。心が。
震えて。

その。
悦びに。
嬉しさに。
酔いどれ。
忘れられなくなって。

奇妙な話で。
何故。
いまもと。
何故。
いつまでもと。

訊かれても。
答えなど見つからない。
そう。
己自身も。
探してなどいないのだから。

ただ。
この空気が。
この匂いが。
身に。心に。
染み込んだのだ。

あの夜も。

その昔。
未だ見ぬ。
その街を。
勝手に思い。
勝手に憧れ。

その空気を。
その匂いを。
そして。
その夜を。
勝手に想像して。

いつかの日。
訪れた。
その街は。
その思いのままに。
その憧れのままに。

いつの間にか。
何度も繰り返し。
訪れる様になった。
その街は。
勝手な想像以上で。

その。
悦びが。喜びが。
嬉しさが。楽しさが。
刻まれて。
染み込んで。

酔いどれ。
酔いしれて。
忘れられなくなって。
今も。
いつまでも。

この夜も。
あの夜も。
不思議な話ではあるけれど。
奇妙な話ではあるけれど。
この街の夜を生きている。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/02/15 Wed *空の向こう、海の向こう / ウオッカ・コリンズ

20170215tokyonewyork


空の向こう。
海の向こう。
何があるのか。
何かがあるのか。
そんな思い。

不意に。
ふと。
胸を過り。
胸に浮かび。
その思いの中。

陽光の中。
揺らぐ街を。
歩きながら。
何ものかの。
気配を感じて。

その姿。
その後ろ姿。
そいつを。
探し求めて。
後を追ってみる。

角を曲げると。
路上に姿はなく。
見上げる視線の先。
空へと舞い上がりながら。
手招きをしている。

東京から。
何処へ。
空の向こう。
海の向こう。
何かを追って。

『Tokyo New York』'73年リリース。
アラン・メリルと大口ヒロシの双頭バンド、ウォッカ・コリンズ。
その初めての、そして唯一となったアルバム。
(’90年代後半に再結成されて、その時期にアルバムもリリースされましたが)
大口がドラムス、横内タケがベース、それ以外はマルチ・プレイヤーのアランが担当。
ナベプロと契約して、GS唯一?の外国人スターとして活躍していたアランですが。
それに飽き足らずに。新たな道を模索している頃に大口と意気投合。
ムッシュ・かまやつのバックなどで活動していて。当時は竹中正義もメンバーだったとか。
そして独立する話になった時に竹中はサディスティック・ミカ・バンドに加わったのだとか。
その縁か。このアルバムではムッシュと加藤和彦が1曲ずつコーラスで参加しています。
トリオではあるものの。アランとしては大口とのデュオとの意識が強かった模様で。
ビジュアル的にも外国人のアランと日本人の大口が並び立つのが面白いと感じていたとか。
そこには、多分に。ティラノザウルス・レックスを意識していたのかなとも。
バンド名はキース・リチャーズ・フリークの大口がキースの好きなカクテルから命名したと。
後に「I Love Rock ‘N’ Roll」の作者として名を馳せるアランによるキャッチーなメロディ。
ティラノザウルス・レックスや、サンダークラップ・ニューマンを思わせる浮遊感。
そしてストーンズやフェイセスの影響を窺わせる、いい塩梅に間のあるサウンド。
それらが融合して。実に魅力的なアルバムとなっています。
これは、もはやGSとかニュー・ロックではなくて。完全に欧米のロック、洋楽なのですね。
実は、ナベプロと金銭問題で揉めたアランはウォッカ・コリンズを離れて渡英して。
このアルバムがリリースされた時には既に日本にはいなくて。一部はデモ・トラックだとか。
確かによく聴くと。ラフに過ぎるかもと感じる部分もあるのですけど。それも魅力的かと。
そして。金銭問題はきっかけにすぎず。アランはいずれ世界へと羽ばたく運命にあったと感じるのです。

空の向こう。
海の向こう。
何が待っているのか。
何かが待っているのか。
そんな思い。

不意に。
ふと。
胸を掴まれ。
胸に宿り。
その思いの中。

風の中。
翳む街を。
歩きながら。
何ものかの。
気配を感じて。

その姿。
その追ってくる姿。
そいつを。
確かめたくて。
立ち止まってみる。

振り返ると。
背後に姿はなく。
見上げる視線の先。
空へと浮かび上がりながら。
指し示している。

東京から。
何処へ。
空の向こう。
海の向こう。
何かを求めて。

何も。
なくても。
何も。
待ってなくても。
それでもいい。

此処から。
何処かへ。
飛び上がってみる。
浮かび上がってみる。
そんな思い。

不意に。
ふと。
胸を過り。
胸を掴まれ。
そのままに。

不意に。
ふと。
胸に浮かび。
胸に宿り。
その思いの中。

未だに。
追っているもの。
求めているもの。
空の向こう。
海の向こう。

そこに。
あるのではないかと。
陽光の中。
風の中。
街の中。

目には見えない。
何ものかを。
その幻影を。
見せられて。
創り上げて。

東京から。
何処へ。
空の向こう。
海の向こう。
そんなものに囚われている。



web拍手 by FC2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧