カテゴリー「012 The Who」の記事

2017/07/09 Sun *一人十色 / Originalsoundtrack

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十人十色。
それならば。
不思議も無いが。
一人十色。
そこまではいかないが。

何色も。
様々な色が。
胸の内で。
浮かび上がり。
流れ出す。

揺れて。
乱れて。
せめぎ合い。
滲んで。
混じって。

その。
具合が。
塩梅が。
波紋となって。
胸の内で広がり始める。

どの。
色が。
どのくらい。
叫んでいるのか。
呼んでいるのか。

そいつが。
今日の顔を。
今日の心を。
今日の色を。
日替わりの様に変えていく。

『Quadrophenia』'79年リリース。
同名映画の2枚組サウンドトラック・アルバム。
邦題は『さらば青春の光』・・・まぁ、それは置いておくとして。
モッズをテーマにしながら、普遍的な若者の葛藤と苦悩を描いている・・・
言葉にすると陳腐になると言うか、表現する術を持ち合わせていないと言うか。
兎に角。モッズが好きなら必見、そうでなくても必見。そう。
どうしようもない怒りとか、わけのわからない焦燥とか、急き立てられる思いとか。
言い様の無い抑圧感とか、どうにもならない息苦しさとか、拭いきれない恐怖とか。
そして。それでも震える両膝に力を込めて立ち上がり、拳を握りしめて立ち向かう姿。
そんなものが、ものの見事に捉えられている、描かれている映画なのです。
映画の基になっているのが、フーの2枚組アルバム『Quadrophenia』邦題『四重人格』で。
そこに描かれていたピート・タウンゼントの内面を映したとも言われる世界であり。
そしてそれをそれぞれに投影された4人のメンバーによるサウンドだったりします。
このアルバムに収められている原典『Quadrophenia』、『四重人格』からのナンバーは。
ジョン・エントウイッスルによりリミックスされ、ベースは再録音されたナンバーもあり。
更には新曲も3曲収録されていて。それらにより新鮮さと迫力が増しているかな。
(残念ながら、3曲の内キース・ムーンは1曲しか参加できなかったみたいですが)
フーの前身であるハイ・ナンバーズとしてのナンバーも1曲収録されていて。
更には4面にはジェイムス・ブラウンやらブッカー・T&MGズやらと。
モッズが聴いたり、踊ったりしていたと思われるナンバーも収録されていて。
映画が描いた時代の空気、匂い。そんなものを音だけで見事に再現するアルバムで。
あのラスト・シーン、そこで示唆されている様に。物語は今も続いていて。
それぞれがそれぞれの物語を生きている。そのサウンドトラックともなっているのです。

十人十色。
それならば。
戸惑いもしないが。
一人十色。
そいつはなかなかに。

何色も。
様々な色が。
胸の奥で。
生まれては。
動き出す。

上がって。
下って。
競い合い。
侵して。
交わって。

その。
度合が。
加減が。
濁流となって。
胸の内で渦を巻き始める。

どの。
色が。
どのくらい。
求めているのか。
欲しているのか。

そいつが。
今日の顔に。
今日の心に。
今日の色に。
日替わりの様に表れてくる。

怒り。
焦り。
そいつが。
色を成して。
迫りくる。

恐れ。
諦め。
そいつが。
色を失い。
消えようとする。

せめぎ合い。
競い合い。
波紋となり。
濁流となり。
混沌と。

それでも。
立ち向かおうと。
絶ち続けようと。
そんな色が。
蒼白く染め上げる。

様々な色が。
胸の奥で。
生まれては。
胸の内で。
浮かび上がり。

どの色が。
そう、どの人格が。
どのくらい。
叫んでいるのか。呼んでいるのか。
求めているのか。欲しているのか。

十人十色。
ならぬ。
一人十色。
そんなもので。
日々、生々流転と定まらない。



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2017/04/12 Wed *新たな冒険 / The Who

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未だ。
感じる。
その気になれる。
動ける。
いける。

その間に。
動こう。
いこう。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
起こるのか。
そいつは。
わからない。
わからないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを求めて。
驚きを求めて。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えを隠せなくても。
それでも未だ未だと。

感じたのだから。
その気になったのだから。
兎にも角にも。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

『Live In Amsterdam』'89年リリース。
ザ・フーのライヴを収録した2枚組の海賊盤ライヴ・アルバム。
タイトル通りに’69年9月9日のアムステルダム公演で収録されたものです。
(日付に関しては諸説ある様ではありますが・・・)
昔から有名な音源だった様で。何度も繰り返しリリースされていたのだとか。
所謂サウンドボード音源なので。音質は悪くなく。迫力あるライヴが楽しめます。
ただサウンドボード音源の常ではありますが。歓声が殆ど収録されていないので。
臨場感には欠けるのと。微妙に完全収録でないのが惜しまれるかな。
(今では完全収録のCDもリリースされているみたいですけれど)
一応ステレオとのことですが、限りなくモノラルに近いかな。それは問題ではないけれど。
まぁ、『Live At Leeds』の拡張版とか完全版がリリースされるまでは。
『Tommy』の再現ライヴがほぼ完全な形で聴ける貴重なアルバムだったのです。
あの繊細で緻密な『Tommy』の世界をライヴで再現してしまえる。
しかも繊細で緻密な匂いを残しながら、荒々しい肉体性をも付加してしまっている。
そこにこそ。フーが凡百のロック・バンドでない、その卓越した力量が表れているなと。
50年近く前に、20代後半だった連中が。こんなに凄いライヴをやっていたと。
その事実に改めて驚愕させられるのですね。とてつもないバンドだったのだなと。
『Tommy』が史上初のロック・オペラであったかどうかは、その実、問題ではなくて。
あの時代に、あの『Tommy』を創った、そのこと自体が新たな冒険であったわけで。
更に、そいつをライヴで再現してツアーをやると言うのは驚くべき旅行であったわけで。
ピート、ロジャー、ジョン、キース。この4人の前進する意思と熱量の凄まじさ。
そして。今なお、前進を止めないピートとロジャーの姿には胸を熱くさせられるのです。
限界とか、終焉などと言うものは。自らの意思と熱量でどうにでもなるのだと。
諦めたらそこで終わりなのだと。そんな蒼い思いを抱かせてくれる。そこにフーの魅力があるのですね。

未だ。
感じるなら。
その気になれるなら。
動けると。
いけると。

その意志に。
従って。
突き動かされて。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
待っているのか。
そいつは。
想像できない。
想像もつかないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを望んで。
驚きを望んで。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えはしていても。
それでも終わってはいないと。

感じるのだから。
その気になれるのだから。
躊躇いは振り切って。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

未だ。
未だだと。
そう。
感じる。
思える。

未だ。
未だだと。
そう。
信じられる。
望める。

それならば。
限界も。
終焉も。
決める必要はない。
迎えにいく必要はない。

蒼くても。
その。
意志のままに。
熱量のままに。
そのままに。

新たな。
出逢いを。
驚きを。
求めて。
望んで。

何が。
起きるか。
待っているか。
わからない。
新たな冒険に。
旅立とう。

精神も。
肉体も。
衰えていたとしても。
意思があるなら。
熱量があるなら。

新たな冒険を。



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2016/11/29 Tue *丑三つ時、わが時 / The Who

20161129liveattheisleofwight1970


草木も。
眠る。
そんな。
真夜中。
丑三つ時。

さぁ。
今からが。
ここからが。
俺の時間。
俺の出番。

陽の光。
白日の下。
そこで。
のさばっていた。
奴らは眠りについた。

潜む必要も。
隠れる必要も。
消え去った。
さぁ。
ざわめきのままに。

月の光は。
味方につけて。
その影から。
脱け出そう。
飛び出そう。

魑魅魍魎を。
引き連れて。
跋扈しよう。
わがもの顔で。
支配しよう。

『Live At The Isle Of Wight Festival 1970』'96年リリース。
イギリス南部、ワイト島で'70年に開催されたワイト島フェスティヴァル。
60万人ものの観衆を集めたと言われるそのフェスティヴァルでのフーのライヴ。
あの『Tommy』の再現を含むその模様がアナログ盤3枚組に収録されています。
(因みに数年前に新装版がリリースされているみたいですがそちらは未聴です)
恐らくはモノラルの所謂サウンドボード音源が元になっていると思われて。
音質的には必ずしも良好と呼べるものではないのですが。それがどうしたと。
大いに暴れまくり、観衆を虜にし、支配していく様が見事に捉えられています。
『Live At The Leeds』と同時期のライヴなのですが。大学のホールと野外。
その会場の違いからか。最初から全力で疾走し、暴れまくる感じが一際強いかなと。
リード・ヴォーカルに、リード・ギター。そしてリード・ベースに、リード・ドラムス・・・
ロジャー、ピート、ジョン、キース。三位一体ならぬ四位一体となって。
時に一丸となって攻めかかり、時にお互いに鬩ぎ合い火花を散らして。
観客と勝負して圧倒するのはもとより、メンバー同士も攻め合っている凄まじさ。
更に言えばジミヘンやフリー等の他の出演者とも勝負して。制圧しようとしていたのかな。
兎に角、異様なまでのテンションの高さも感じられて。殆どブチ切れていると。
何でも。進行が遅れに遅れて。フーのライヴが始まったのは午前2時過ぎだったとかで。
まさに。草木も眠る丑三つ時に出番を与えられた魑魅魍魎ってところでしょうかね。
しかもピートが減を切ったために終わったものの。実はまだまだやる気だったとの話も。
確か、ピートもこのライヴをフーのベスト・パフォーマンスに上げていたはずで。
まったくもって。フーと言うバンドの底力、凄まじさ、化け物さ加減。
そんなものが一気に噴出したライヴなのでしょう。この当時に来日していればなぁ・・・

軒も。
三寸下がる。
そんな。
真夜中。
丑三つ時。

さぁ。
今こそが。
こここそが。
俺の時間。
俺の出番。

陽の光。
白日の下。
それを。
頼みにしていた。
輩らは眠りについた。

忍ぶ必要も。
隠す必要も。
消え去った。
さぁ。
うごめくままに。

月の光は。
味方につけて。
その影に寄り添って。
這いまわろう。
近づこう。

魑魅魍魎を。
解き放って。
跳梁しよう。
わがもの顔で。
制圧しよう。

真夜中。
丑三つ時。
漸く。
眠気も。
吹き飛んだ。

真夜中。
わが時。
漸く。
覚醒して。
眼も輝いて。

身に。
心に。
活力が。
勢力が。
漲って。

さぁ。
何をしようか。
何を仕掛けようか。
何を楽しもうか。
誰を狙おうか。

さぁ。
何でもこい。
どこからでもこい。
楽しくやろうぜ。
誰の相手にもなるぜ。

真夜中。
丑三つ時。
漸く。
気だるさも。
消え去った。

真夜中。
わが時。
漸く。
血も巡って。
滾るものが湧いてきた。

真夜中。
丑三つ時。
わが時。
今なら支配できる。
今なら制圧できる。



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2016/06/22 Wed *下書き、下絵、素描、デッサン / Pete Townshend

20160622scoopthree


下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
先ずはそこから。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先を急いでしまうと言うか。

頭に浮かぶのは。
頭の中で描けるのは。
完成形。
見せるもの。
聞かせるもの。

そう。
相手がいて。
披露するもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えて。
詰めて。
計算して。
組み立てては不得手で。

演じる。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る道筋とかには。
興味が沸かないらしい。

『Scoop 3』'01年リリース。
ピート・タウンゼントのデモを集めた第三弾となるアルバム。
実にアナログ盤三枚組、全31曲と言うボリュームとなっています。
ザ・フーのレコーディングに際しては実に緻密で完成形に近い。
そんなデモを持参して臨むことで知られているピートですが。
確かに、ソロ・アルバムに録音されたナンバーも含めて。
その完成度の高さはデモの域を超えているかなと感じずにはいられません。
しかも1曲の共作を含んで、当然ながら総て自らの筆によるもので。
更にはギターやシンセサイザーなど総ての楽器をピート一人で奏でていると。
何ともはや、緻密な下書き、下絵、素描、デッサンの集まりなのですね。
ここまで出来ているなら、やれるなら。他のメンバーいらないでしょうと。
そんな感想を抱きもしますが。実際に楽曲の骨組は変えようが無いのでしょうが。
繊細に過ぎると言えば過ぎる、このピートの世界に実体を与える為には。
ロジャー、ジョン、そしてムーニーの圧倒的な技量とその肉体性が不可欠だったのだと。
逆説的にその事実を証明しているアルバムとも言えなくはないかな。
それ程に。ここに収められているピートの世界は繊細、そして緻密に過ぎるのです。
過ぎるからこその線の細さ、それが唯一無二の魅力であることは言うまでもありませんが。
兎に角。これだけのデモを聴いていて。飽きるということが全くないのですからね。
この繊細で緻密な世界、その設計図があってこそのザ・フーだったのですよね。
様々なコンプレックスを抱えているピート。それを克服するが為の緻密さなのかな。
これだけの創作、作業をしていたら。窒息するのではないかとも思われるのですが。
その反動が、あのライヴでの荒々しさとなって表れているのでしょうね。
自分には決して描けない、下書き、下絵、素描、デッサン。故に憧れて止まないのです。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
なにはなくとも。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先だけが見えてしまうと言うか。

心に浮かぶのは。
心の内が描こうとするのは。
未来形。
見せたいもの。
聞かせたいもの。

そう。
相手がいて。
伝えたいもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えたり。
詰めたり。
計算したり。
組み立てたりは不得手で。

伝える。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る過程とかには。
興味が沸かないらしい。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
そいつを飛び越して。

最初から。
書いて。
描いて。
脚色して。
着色して。

そのまま。
それだけで。
直ぐにも。
舞台に上がって。
幕を開けてしまう。

演じて。
伝えて。
兎にも角にも。
やってしまえば。
なんとかなると。

そんな。
舞台度胸。
芝居根性。
備わっている。
それだけを頼りに。

出たとこ勝負の。
一発勝負。
それに賭けている。
それには長けている。
否、それしかできない。

だから。
リスクが高い。
周りが。
あたふたしてしまう。
そうなのだけど。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
どうにも、不得手なのだよね(苦笑)。



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2016/02/29 Mon *あの鐘 / The Who

20190229thewhosingmygeneration


あの鐘を。
鳴らすのは。
誰なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

猫の首に。
鈴をつけるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当に。
鳴らさなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのは。
誰が見ても。
火を見るより明らかで。
見て見ぬふりをして過ごしては。

廃るよな。
やっぱり。
許せないよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

出番なのだと。
腹を括らざるを得ない。
そう言うことか。
そう言う定めか。
それが使命と言うやつか。

『The Who Sings My Generation』'66年リリース。
契約の関係からか英国より一年遅れでリリースされたザ・フーの米国での1stアルバム。
何と言ってもカッコいい英国での1stアルバム『My Generation』のあのジャケット。
しかしながら。ビッグ・ベンを背景にしたこのアルバムのジャケットもなかなかいいかな。
デビューしてから一貫としてセンスがいいのも、フーの大きな魅力なのですよね。
さてと。このアルバムにはモノラル盤と疑似ステレオ盤が存在していて。
ここに載せている、我家にあるのは疑似ステレオ盤なのですけど。音がね、悪いのですね。
モノラル盤はそうでも無いらしいのですが。なにせ高値が付いていて手も足も出ないし。
それに。まぁ、このアルバムはジャケット勝負。それでよしみたいなところもあるしなと。
それでも。その音の悪さをものともせずに聴かせてしまうフーのサウンドの魅力もあって。
とにかく。よくたったの3人で。このサウンド、この迫力を叩き出しているなと。
何せヴォーカルのロジャー・ダルトリーがあまりの五月蠅さに止めようと思った、なんて。
そんな都市伝説も存在しているくらいですからね。ドタバドタバタと騒がしいだけの様で。
ちゃんと一丸となって飛んでくる、突き刺さってくる。この演奏技術の高さ、底力。
デビューの時点での完成度って意味ではストーンズやビートルズを凌駕しているかなぁ。
そして。既にこのアルバムでカヴァーはジェームス・ブラウンの2曲だけであること。
残りの10曲がオリジナルで、9曲がピート・タウンゼント単独の作品であると。
この早熟とも言えるオリジナル志向、そしてそのクオリティの高さの半端の無さがですね。
その後のフーの歩み道筋を示していたかなと。駄作、駄曲が殆どと言っていい程に無くて。
ピートの描く世界を、他のメンバーが高いレベルで完成させ、大音量で鳴り響かせる。
それこそがフーの歩みであり、フーの魅力であり続けたわけですから。その最初の一歩を。
このアルバムで。ビッグ・ベンの鐘の如くに。鳴り響かせて世に知らしめたってことかなと思うのです。

あの鐘を。
鳴らすのは。
誰の為なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

馬の耳に。
念仏を唱えるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当の。
鐘の意を示さなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのに。
誰もがみな。
火中の栗など拾いたくはないから。
口を閉ざしたままで過ごしていては。

不貞腐れるよな。
やっぱり。
潰れてしまうよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

役目なのだと。
肝を据えざるを得ない。
そう言うことなら。
そう言う定めなら。
それを使命とするしかないか。

誰も。
鳴らさない。
鐘ならば。
誰よりも。
大音量で鳴らしてやろう。

誰も。
語らない。
意志ならば。
誰よりも。
大声で語ってやろう。

それが。
役目ならば。
それが。
定めなら。
それでいい。

使命とやらを。
感じられるのは。
悪いことじゃない。
喜んで。
引き受けることにしますかね。

ハッタリ。
効かせて。
大向うに。
大見得をと。
そうだな。そうなのだな。

エエカッコしいの。
大法螺吹きの。
何処かの誰かさんには。
ぴったりの。
役どころじゃございませんか。

あの鐘が呼んでいる・・・かな。



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2015/12/10 Thu *宝の山 / The Who

20151210oddsandsodsukorg


そうだろうな。
あんたにも。
誰にも。
わかりはしないだろう。
そんなものだろう。

否。
わかろうともしないだろう。
それが。
本当のところかな。
たぶん、そんなところだろう。

そうさね。
ガラクタや。
クズの集まり。
ゴミの山。
そうとしか見えないのだろう。

確かに。
金銭的な価値だとか。
社会的な価値だとか。
そんなものは。
皆無に等しいものばかり。

でも。
そんなことは。
どうでもいい。
俺には関係ない。
俺には俺の価値観がある。

そうさ。
俺にとっては。
こいつらは。
宝の山で。
そして。同志ですらあるのさ。

『Odds & Sods』'74年リリース。
ガラクタとかクズとか、やっつけ仕事とか。
そんな意味を持つタイトルを冠されたフーの編集アルバム。
因みに邦題は『不滅のハードロック』だったとか。なんなのでしょうねぇ・・・
このロック史上に残るカッコ良さを誇るジャケットからの連想だったのかな。
斬り込みからインナーのライヴ写真が透けて見えるアイデアも秀逸なジャケットです。
(日本の某バンドがそのままコピーしていましたねぇ・・・)
さて。映画版『Tommy』の制作等で新作アルバムのレコーディングが捗らずに。
契約枚数を楯にレコード会社から矢の催促を受けていたと言う当時のフー。
手が離せず、また精神的にも追い詰められたピート・タウンゼントに代わって。
ジョン・エントウィッスルが陣頭指揮を執って未発表曲をアルバムに纏め上げたのだとか。
で、特権を行使してA面1曲目にはちゃっかり自作のナンバーを配置していると。
そんなささやかな自己主張をしつつも。後は当然、ピートの作品が中心で。
因縁浅からぬピーター・ミーデンによるハイ・ナンバーズ時代の「I’m The Face」も押さえつつ。
『Tommy』の構想の基になったとされる作品や。幻に終わった『Lifehouse』セッション時の作品とか。
ファン、マニアの心理を擽りつつ。それでもアルバム全編を聴き通すと。
年代とか、背景とかを超えて。1枚のアルバムとしての整合性をきちんと感じさせるところが凄いなと。
改めて。ピートの創造する楽曲の質の高さと。それを表現できる他の3人の力量の高さに敬意を表したいと。
現行のCDでは曲数が倍以上に増えていて。曲順も年代順に整然と並べられ。一般的な価値はそちらが高いと。
でも。このジョンによって選び抜かれた12曲とその曲順。そこにも確かな意志と味わいがあって。
冒頭で意表を突きつつ。途中で大作の舞台裏を覗かせて。若気の至りとも言えるモッドな作品で郷愁を誘い。
そして。最後は「Long Live Rock」で締めくくることで。フーは、ロックは死なないぜと高らかに宣言する。
ガラクタでも、クズでも、やっつけ仕事でも、寄せ集めでも無いぜとの皮肉を込めた心意気が感じられて。
そうだな。資料的な価値は別にして。やっぱりオリジナルのアナログ盤に愛着を感じるアルバムです。

それでいいさ。
あんたにも。
誰にも。
わかってほしくもない。
それでいいのだろう。

否。
わかろうともしない。
その時点で。
縁が無いってことかな。
たぶん、そんなところだろう。

そうさね。
ガラクタさ。
クズの集まりさ。
ゴミの山だよ。
そう見るのが正しいのかもね。

だけど。
金銭的な価値だとか。
社会的な価値だとか。
そんなものに。
何か意味でもあるのだろうか。

そう。
そんなことは。
少なくとも。
俺には意味がない。
俺には俺の意志がある。

そうなのさ。
俺にとっては。
こいつらは。
宝の山で。
そして。同胞ですらあるのさ。

何に。
価値を見出すか。
何を。
価値として重んじるか。
そいつくらいは。

勝手に。
させてもらう。
決めさせてもらう。
口を出すな。
手も出すな。

ガラクタには。
ガラクタなりの価値が。
クズには。
クズなりの価値が。
あるのさ。

否。
ガラクタに見えて。
ガラクタじゃない。
クズに見えて。
クズじゃない。

俺には。
俺の価値観が。
俺には。
俺の意志が。
あるのさ。

そして。
俺には。
俺の愛情が。
俺の愛し方が。
あるのさ。

それがある限り。
宝の山で。
同志や同胞に囲まれて。
俺は。
くたばりはしないのさ。



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2015/10/10 Sat *ジャック達の出番 / The Who

20151010happyjack


まぁ。
自分も。
その一員。
あるいは。
その典型。

故に。
仕方がないのだけど。
どうにも。
仲間として。
お互い対等に付き合っている。

そんな。
連中は。
どうにもこうにも。
一癖も二癖もあって。
危なくて、楽しい。そんな匂いがして。

誘われると。
おいおい。
面倒事じゃないだろうなと。
悪態をつきながらも。
浮き浮きして出向いていく自分がいる。

無くて七癖。
そんなレベルじゃないからな。
自分も。連中も。
時に箍が外れると。激情の儘に。
暴走して。まぁ、結果として反省したりもするのだが。

それがいい。
それでいい。
癖のない。
無味乾燥の付き合いなど。
端から求めて生きてはいない。

『Happy Jack』'67年リリース。
ザ・フーの米国での2ndアルバム。
英国での2ndアルバム『A Quick One』と同一ジャケットながら。
アルバム・タイトルと収録曲、曲順を変えて米国独自の色を出していると。
まぁ、当時の米国には1枚のアルバムは12曲までなる制限があったのと。
何と言っても商売優先、売ってなんぼの、米国の業界ですので。
ヒット曲の「Happy Jack」を収録しないなどもっての外であると。
どうせならアルバム・タイトルにして。大体的にアピールしろと。潔いっちゃ潔いけど。
お蔭で。ピート・タウンゼントが既に試みだしていたコンセプト・アルバムとしては。
全く意味をなさないものとなってしまったと。ピート、面白く無かっただろうなと。
だから、ステージであれだけギターを壊しまくったのかな(笑)。
まぁ、あれはマネージャーに煽られてのパフォーマンスでしょうが、ストレスも原因だな。
さて。そこまでして収録された件の「Happy Jack」ですが。
英国では3位まで上昇して大ヒット、米国でも初の30位圏内に入るヒットとなったので。
まぁ、レコード会社(米国デッカ)の思惑はそれなりに当ったってことになるのかな。
「Happy Jack」牧歌的な曲調だったりもしますが。その歌詞はと言うと。
ピートが幼少の頃に父親に連れられて行った旅先で目にした多くの奇人変人を歌ったと。
普通、シングルにするのに、そんな歌詞を書くかねってとこですが。そこがピートだな。
ピートに加えロジャー・ダルトリー、ジョン・エントウィッスルの3人で歌っていますが。
キース・ムーンだけは歌唱力を疑問視されてスタジオから締め出されたものの。
目を盗んで潜入し、何とかマイクに近づこうとし。発見したピートが、見つけたと叫び。
その叫び声が収録されているテイクもあって。何だかなぁ、如何にもフーだなと。
鉄拳ヤンキー兄ちゃんだったロジャーも含めて。4人とも奇人変人であった証であると。
因みにフーの特に3rdアルバムまでの米国盤は音がこもってしまっているので。
まぁ、レコ屋さんで見かけても、無理してまで入手する価値は全く持ってありません(笑)。

まぁ。
自分が。
その一員の中でも。
先頭に立って。
しかも煽りもしているから。

故に。
仕方がないのだけど。
どうにも。
仲間として。
お互い信頼して付き合っている。

そんな。
連中は。
どうにもこうにも。
曲者で。奇人で。
如何わしくて、胡散臭くて。それも相当で。

声が掛ると。
おいおい。
面倒なのは簡便だぜと。
口ではそう言いながらも。
浮き浮きする気持ちを抑えられない自分がいる。

間違ったら危ない。
そんなレベルじゃないからな。
自分も。連中も。
時に自ら箍を外して。感情の儘に。
自滅して。まぁ、結果として反省したりもするのだが。

それがいい。
それでいい。
危なくない。
安全第一の付き合いなど。
端から求めて生きてはいない。

癖が強くて。
如何わしくて。
胡散臭くて。
危うくて。
危なくて。

曲者で。
一筋縄じゃいかなくて。
激情の儘に。
感情剥き出しで。
幾つになっても尖ったままで。

反省はするけど。
後悔とは縁が無くて。
切なさや痛みには敏感だけど。
結局は。
笑いに変えて。楽しむぞと。

脆さも。
崩れやすさも。
胸に秘めて。
笑い飛ばして。
楽しむぞと。

時には。
クールに決めようと。
カッコつけても。
どこか。
螺子が足りないのか。

調子は外すし。
道からは逸れるし。
階段からは落ちるし。
時には。
人生から堕ちかかっても。

震える膝も心も。
隠してみせる。
隠しきれなくても。
気付かぬ振りで。
遊びに、楽しむことに。とことん真剣になる。

そんな。
世間様からは。
相手にされない。
されても。後ろ指を指される。
そんな仲間と。

面白い事、楽しめる事。
新しくやれそうだなと。
始められる予感がするぞと。
それだけで。興奮して来るのだ。
さぁ、ジャック達の出番だぜ!



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2015/08/29 Sat *唯一の回答 / The Who

20150829tommyukfirstpress


目を閉じて。
耳を塞いで。
口も開かず。
ただひたすら。
独りの世界に。

その。
深淵へと。
向って。
潜っていく。
潜り続けている。

光は届かず。
音も無く。
漆黒の。
その世界の底の。
淵に腰掛けて。

ただひたすらに。
思索に。
思案に。
妄想に。
耽溺する。

世界をこの手にできたなら。
誰にも邪魔されない世界を創れたなら。
誰かを跪かせられたら。
誰もかもを支配できたら。
どんなにか。気持ちが良いだろうかと。

そう。
それは。
難しい様で簡単だ。
世界から。
自分以外の存在を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

『Tommy』'69年リリース。
ザ・フーの初の2枚組オリジナル・アルバム。
一般的に世界初のロック・オペラとして認識されている様ですが。
異論もあり。プリティ・シングスの『P.F. Sorrow』こそ、その名に相応しいとも。
またキンクスのレイ・デイヴィスはとっくの昔にキンクスがやっていたことと。
その皮肉の意もあって。ロック・オペラなる言葉が大嫌いなのだとか・・・
アナログ盤4面に渡って展開される物語。ピート・タウンゼンドによる物語は。
ピートが傾倒していた導師ミート・ババの影響も色濃く出たもので。
人間の内面と精神世界。人間の尊大と醜さ。宗教による救いと欺瞞など。
様々な要素が散りばめられ、入り乱れ。他のメンバーさえ理解不明だったとも。
ケン・ラッセルによる、かなりストーリーが改変され物議をかもした映画が製作され。
その映画によって。多くの人達がストーリーの大筋を把握し理解したのは確かかと。
目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない。三重苦の青年トミーを主役として。
ピート自身、あるいは当時の若者達の苦悩を投影していたとも言われていて。
どこまでがピートの実体験であったのかは不明ですが。かなり不安定な状態のピートが。
必死に救いを求めて彷徨っている様をそのまま描いている気がしないでもないかな。
精神的苦悩から解放されても。現実社会の醜さや矛盾とは無縁でいられず、翻弄され。
結局は、答えを、救いを得ることは出来ない。それがこの段階でのピートの回答かなと。
そして。それは。今も、多くの若者(に限らないな)が置かれている状況でもあると。
この複雑な内容のアルバムを傑作とし得たのは。ピート自身も含めたバンドの力で。
リリース直後のライヴから。このアルバムの殆ど総てを再現してみせたと言う凄さ。
ロジャー・ダルトリー、キース・ムーン、ジョン・エントウィッスル。
この3人はピートの描く世界に実態を与えられる、選ばれたメンバーだったのだなと。
改めて思い知らされ。故に。ムーンの死と共に。やはり終わってしまったのだなと・・・
因みに。英国盤の初回プレスは音圧が凄まじく。一度は体験してほしいなと思います。

目を開けてくれ。
耳を開いてくれ。
口を開かせてくれ。
独りの世界から。
救い出してくれ。

あの。
深淵から。
離れるのだ。
浮上するのだ。

ロープを、手を差し出してくれ。

光を目にしたい。
音を聞きたい。
漆黒の。
その世界の底の。
淵から這い上がるのだ。

ただひたすらに。
誰かのもたらす光に。
誰かの響かせる音に。
目を奪われ。耳を奪われ。
覚醒する。

世界は誰のものでもない。
誰とでも触れ合える世界にいたい。
誰も誰かに跪かず。
誰も誰かに支配されない。
どんなにか。素晴らしいことだろうかと。

そう。それは。
難しい様で簡単な筈だ。
世界から。
他人と言う概念を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

それだけのこと。
それが。
叶わない。
今も。この先も。
叶うことはない。

自分は自分。
他人は他人。
そこに。
差異が生まれ。
やがて差別になる。格差になる。

誰かが誰かを跪かせようとする。
誰かが誰かを支配しようとする。
誰かが世界を我がものにしようとする。
その為に。それだけの為に。
多くのものが失われていく。

これが。
世界なら。
これが。
現実なら。
これだけが。回答なら。

目を閉じて。
耳を塞いで。
口も開かず。
ただひたすら。
独りの世界に。

ただひたする。
思索に。
思案に。
妄想に。
耽溺する。

そう。
それは。
難しい様で簡単だ。
世界から。
自分以外の存在を無くしてしまえばいい。それだけのことだ。

独りの世界の。
その深淵に。
腰掛けて。
耽溺し続ける。
唯一の幸福への回答だと、道だと。思える時がある。それだけのことだ。



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2015/01/28 Wed *誰を出すか、誰でいくのか / The Who

20150128whosbetterwhosbest


今日は。
今朝は。
誰を出すのか。
誰でいくのか。
そこが結構ね。

難しく。
悩みどころでも。
あるわけで。
起きだす前に。
目を閉じたまま。

暫く。
考えてみる。
今日起きうること。
今朝しなきゃいけないこと。
ならば。こいつかなと。

自分の中に。
幾つもの顔がある。
幾つもの人格がある。
その日、その朝。
誰を出すか、誰でいくのか。

何人も。
抱えてると。
便利な様で。
結構。
面倒でもあるんだな。

『Who's Better, Who's Best』'88年リリース。
結成25周年を記念されたザ・フーのベスト・アルバム。
この日本盤のジャケットは英国盤に準拠していますが。
米国盤はジャケ違いだった様な。更にはCDは収録曲が多いのかな。
このアルバムには基本的に年代順に全18曲が収録されていて。
その総てが英国でのシングルA面だったナンバーなのかな(1曲違うのかな)。
当時、フーが25周年を迎えたってのはバンドが不在、解散状態だったせいもあってか。
結構英国では盛り上ったらしくて「My Generation」が再リリースされたそこそこヒットして。
このアルバムも全英10位まで上がったそうですから。やっぱりフーの人気は根強いなと。
これ以降、何かにつけてベスト・アルバムが編集される様になるフーですが。
’80年代以降のベスト・アルバムとしてはこいつが一番かな。ジャケットもカッコいいしね。
当時の日本では、このアルバムからフーに入ったって人達も多かったんじゃないかな。
まぁ、とにかくフーだけでなく。ストーンズだってキンクスだって日本じゃ売れて無かったんだからね。
フーのアルバムに針を落としていつも思い知らされるのはその楽曲の素晴らしさで。
これほど駄曲って言葉と無縁なバンドも珍しいと思うのですが。それもベスト・アルバムですからね。
聴いているとピート・タウンゼンントの恐るべき才能と、それを再現して構築する他の3人の力量。
恐らくピートなんてのは四重人格どころじゃ無い複雑な人物だと思うんですけど。
キース・ムーンもジョン・エントウィッスルも奇人でしたしね。ロジャー・ダルトリーは・・・まぁ、いいか(笑)。
自分としてはキースが逝っちゃった時点でフーは別のバンドになってしまったと思ってるんですけど。
ケニー・ジョーンズ加入後の「You Better You Bet」も遜色なく聴かせてしまうのはピートの才だよなぁ。
兎にも角にも。フーの凄さのほんの一端、様々な表情のほんの一部を手っ取り早く理解するには便利かな。

今日は。
午後は。
誰を出すのか。
誰で過ごすのか。
そこが結構ね。

難しく。
悩みどころでも。
あるわけで。
動きだす前に。
目を閉じてみて。

暫く。
考えてみる。
これから起きうること。
午後しなきゃいけないこと。
ならば。あいつかなと。

自分の中に。
幾つもの顔がある。
幾つもの人格がある。
その日、その午後。
誰を出すか、誰でいくのか。

何人も。
抱えてると。
便利ではあるけど。
結構。
面倒なこともあるんだな。

夜は。
夜で。
誰を出すのか。
誰で過ごすのか。
それも結構ね。

時。
場所。
相手。
応じて。
より良く、最善の。

顔を選んで。
人格を選んで。
出して、いかせて。
対応してみせる。
それを見つめてる。
誰かもいるし。

一体。
何人抱えてるのか。
何人潜んでいるのか。
その中から。
より良く、最善の・・・

敢えて。真逆を選ぶこともあるんだよな。



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2014/12/09 Tue *まだ早すぎる / The Who

20141209quadropheniaukorg


こんなに。
長生きなど。
する筈じゃなかった。
とっくに。
召されるものと思ってた。

なのに。
未だに。
くたばらずに。
くたばれずに。
生きさらばえている。

とっくに。
若さなど失い。
そこら中にガタがきて。
ぎしぎしと音を立てやがる。
改修するにもパーツも欠品だ。

時代遅れ。
波にも乗れず。
先頭にも立てず。
彷徨い続けて。
這い蹲って。

なんとか。
かんとか。
生き延びてきただけ。
それだけ。
それでも心の臓とやらは止まらない。

それならば。

『Quadrophenia』'73年リリース。
ザ・フーのライヴを含めるとオリジナルとしては7枚目になる2枚組アルバム。
作詞作曲は総てピート・タウンゼンドで。ある少年の成長期をモッズの時代を背景に描いたアルバム。
四人のメンバーの性格が邦題でもある四重人格として描かれていると言われてきましたが。
一説には総てピートの内面を反映したものであるとも言われており。真相は藪の中。
とにかく一から十までピートが構想し、作業も主導し。ピートの頭の中にのみ完成図があったらしく。
他のメンバーは途中までは訳が解らずに。完成して初めて。こういうことだったのと解かったんだとか。
(確かにここ数年リリースされたピートによるデモを聴いてるとかなり完成度が高いんですよね)
ピートってのは繊細な面と破壊的な面が両極端に表に出てくるアーティストだと思うのですが。
このアルバムではその詩に繊細な面が、サウンドに破壊的な面が昇華されているのかな。
ところが。またその詩が難解で。なかなか手強くて。恐らく未だに理解はできてないなぁ。
手助けとなるのはこのアルバムを基に制作された映画『さらば青春の光』なんだけど。当然のことながら。
映像には映像の描き方がありますからね。当然異なってくる部分もあるんだろうし。
もう。そうなると。後はひたすらカッコいい破壊的なサウンド。圧倒的な疾走感と美しさも備た。
これこそがザ・フーなんだってサウンドに没頭することになると。これが素晴らしいんですよね。泣きたいくらい。
ピートと言う紙一重の精神的な天才がいて。それを現実のものにできるこれまた天才的な3人のメンバー。
やはり。この4人の邂逅も。ロックの神様による天の配材としか思えないかな。あり得ないもんな。
一部では有名な様に。ザ・フーってのは“作られた”モッズ・バンドだったので。特にピートには葛藤があって。
モッズからの卒業、少年期の終り、青年期の終り、終わらせ方。そして終わった後に何が待っているのかと。
そこに強い拘りを持ってこのアルバムを制作したんだと思われます。ピートが見つけた答えは何だったのか。
人、それぞれの解釈があると思いますが。『さらば青春の光』のラスト、そしてエンド・クレジットが近いのかな。
このアルバムにはストーリーの粗筋を描いた40頁以上のブックレットがついていて。それも素晴らしく。
これはアナログ盤で持ってないと。その意味が半分以上は損なわれるアルバムかな・・・

ここまで。
生きるなんて。
想像だにもしなかった。
三十歳までに。
死ぬのが当たり前だと思ってた。

なのに。
未だに。
死なずに。
死ぬことも出来ずに。
生き恥を晒してる。

とっくに。
情熱など失い。
そこら中にガタがきて。
身も心も風穴だらけだ。
塞ごうにも時が立ちはだかりやがる。

時代は過ぎて。
何処へも行けず。
何者にもなれず。
漂い続けて。
しがみついて。

なんとか。
かんとか。
生き延びてきちまった。
それだけ。
それでも完全に停止はしやしない。

それならば。

まだ。
何か。
やることが。
やり残したことが。
あるというのか。

まだ。
何か。
語ることが。
伝えなければならないことが。
あるというのか。

まだ。
誰かが。
待っている。
逢わなければならない人が。
いるというのか。

まだ早すぎる。

そう。
言うならば。
ボロボロになって。
穴だらけになって。
這いずりながらでも。

生きるしかない。
生き恥を晒してでも。
立ち向かうしかない。
闘うしかない。
その証を遺すしかない。

恐くても。
震えても。
汗一杯の。
拳を握りしめて。
最後まで闘う姿勢をとるのだと。

諦めるのには。
まだ早すぎる。
そう言うのなら。
いいさ。
とことんこの目で見届けてやるさ。

まだ早すぎる・・・んだろうな。



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