カテゴリー「012 The Who」の記事

2018/02/17 Sat *出しもの、売りもの / The Who

20180217selloutukorgmono


出しものは。
何で行くのか。
売りものは。
何で行くのか。
それが面白い。

何でも。
いいのじゃ。
能がない。
それならば。
誰でもできる。

ちょいとばかり。
窮屈にならない程度に。
縛りを設けて。
その中で。
何ができるのか。

そいつを。
思い浮かべて。
そいつを。
考えて。
頭の中に描いたら。

そいつを。
どう匂わせるか。
どう見せるか。
何かが。
あるぞと思わせられるか。

そこが。
そいつが。
頭の使いどころ。
腕の見せどころ。
それこそが面白い。

『Sell Out』'67年リリース。
架空のラジオ局の放送の姿を借りたトータル・アルバム。
そんな意匠を施して読み問われたザ・フーの英国での3rdアルバム。
実在の商品の架空のCMソングを架空のラジオ局のジングルで繋ぐと。
そんな凝った手法の、その狙いは。取締りにより壊滅状態にあった海賊ラジオ局へのエール。
そして、ポップ・アートの商品として、またアート作品として両立するロックの確立。
更には。その商品からの広告収入も狙っていたのだとか。目論見は外れたみたいですが。
当時、ライヴで楽器を破壊するのがお約束になっていて。その支払いに追われていたとかで。
窮余の策として、このコンセプトを思いついた・・・なんて側面もあったのかも。
さて。コンセプト・アルバム、トータル・アルバムとしての完成度は高く。
キャッチーで、メロディアスで、ビートが弾けて、ハードに鳴り響き渡ると言う。
フーならではの個性、魅力が凝縮されて、光り輝き、煌いているなと。
そのキャリアを通じて捨て曲、埋め草的な曲が殆ど存在しないフーですが。
このアルバムも全13曲外れなしですからね。綺羅星の如く、その陳列棚は充実していると。
次のアルバムが、あの『Tommy』ですからね。その意味ではモッズ・バンドとしての。
そしてブリティッシュ・ビート・バンドとしての。フーの最後の雄姿がここにあるかな。
それにしても。何を表現したいのか、何を聴かせたいのか、何を売りものにしたいのか。
それをどう匂わせるのか、どう見せるのか、どんな衣装で期待を抱かせるのか。
ピート・タウンゼンドと言う人は、ギタリスト、ソングライターとしてだけではなく。
コピー・ライター、コマーシャル・ディレクターとしての才能にも溢れていたのですよね。
そして。そんなピートの才能を共に表現、実現できる他の3人が揃っていたこと。
やっぱりフーと言うバンドも一つの奇跡なのだとしみじみと感じさせられるのです。

出しものは。
何がいいのか。
売りものは。
何がいいのか。
それが楽しい。

何でも。
ありじゃ。
味がない。
それならば。
誰かでもできる。

ちょいとばかり。
杓子定規にならない程度に。
拘りを設けて。
その内で。
何ができるのか。

そいつに。
思いを馳せて。
そいつを。
案じて。
頭の中で組み立てたら。

そいつを。
どう仄めかすか。
どう唆すか。
何かが。
起きるぞと思わせられるか。

そこが。
そいつが。
頭の働かせどころ。
腕の利かせどころ。
それこそが楽しい。

何を。
出すのか。
何を。
売るのか。
それが問題だ。

どう。
出すのか。
どう。
売るのか。
それも問題だ。

どう。
匂わせるか。
仄めかすか。
何かが。
あるぞと思ってもらえるか。

どう。
見せるか。
唆すか。
何かが。
起きるぞと思わせられるか。

窮屈にならない程度の。
縛りの中での。
杓子定規にならない程度の。
拘りの内での。
創意工夫と戦略立案。

何でも。
よしでなく。
ありでもなく。
誰にでもなく。
誰かでもなく。

自分ならではの。
自分達ならではの。
出しもの。
売りもの。
そいつを生み出すこと。

そいつを。
面白がること。楽しむこと。
その過程もまた。
出しものに。
売りものになっていくかもね。



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2017/12/23 Sat *何処かへと / John Entwistle

20171223whistlerymes


風に。
その詩に。
誘われて。
此処では無い。
何処かへと。

引き続く。
時間から。
切り離されて。
別の。
時の流れの中に。

見るものも。
聞こえるものも。
異なる。
少し奇妙な。
そんな世界へと。

誘われるままに。
そのままに。
足を進めて。
その扉を開けて。
入ってみたくなる。

風景が。
歪み。
褪色し。
人々も。
何処かへと。

風の。
その詩が。
物語る。
今ではない。
何処かへと。

『Whistle Rymes』'72年リリース。
ジョン・エントウイッスルの2枚目のソロ・アルバム。
当時の邦題は『風の詩』だったとか。
摩訶不思議なアルバム・タイトルは、よく言い間違えられる自らの性を捩ったもの。
不思議な印象を残すジャケットにも拘りがあったらしく。
担当したイラストレーターは何度も書き直しを命じられたのだとか。
さて。ベースのみに限らずに様々な収集癖でも知られていたジョン。
それも、その怪奇趣味と言うか、時には猟奇的とも言える趣味を反映したものだったとか。
このアルバムもそんなジョンの嗜好や趣味が色濃く漂うものとなっているのですが。
様々な蒐集品に囲まれた部屋で、そのコンセプトを練っていたのかもしれません。
ザ・フーのメンバーの中ではいち早く本格的なソロ活動にも手を染めていたジョン。
当然、ザ・フーとしての活動の合間に行っていたものの。片手間などではなくて。
ちゃんとメンバーを集めて。レコーディングして。ツアーにも出たりして。
それだけまた、ジョンの中にも表現欲求と言うものがあったのだろうなと。
このアルバムにはピーター・フランプトンとジミー・マッカロックが参加していて。
特にピーターは、ハンブル・パイを辞めた直後だけに。その思いをぶつける様なギターを。
あの、激しくうねるジョンのベースとの絡みと言うかせめぎ合う様がなかなかです。
トロンボーンに自宅のリフォームに来た大工さんを起用するなど遊び心も忘れていません。
所謂ブラックユーモアに満ちた世界を描いて歌いながらも。存外にポップでもあって。
毒を忍ばせながらも、その若干ひねくれたキャッチーなメロディに魅せられてしまう。
そう、まるで。真夜中。ふと聞こえた風の音、そのメロディ、詩に誘われてしまうかの様に。
それにしても。ピート・タウンゼントの陰にこれだけの才能が存在していたと。
改めて。ザ・フーと言うバンドの特異な個性と類まれな魅力を思わずにはいられません。

風に。
その詩に。
呼ばれて。
此処では無い。
何処かへと。

立ち続けた。
大地から。
切り離されて。
別の。
地平のその上に。

触れるものも。
感じられるものも。
異なる。
少し奇異な。
そんな世界へと。

呼ばれるままに。
そのままに。
足を踏み出して。
その森の中へと。
分け入ってみたくなる。

風景が。
崩れ。
消え去り。
人々も。
姿を消す。

風の。
その詩が。
織り成す。
今ではない。
何処かへと。

この夜。
この闇。
風の中に。
ふと。
聞こえる詩がある。

それは。
妖の。
詩なのか。
何処から。
誘っているのか。

それは。
魔の。
詩なのか。
何処から。
呼んでいるのか。

誘われるままに。
開ける扉の。
その先は。
何処へと。
繋がっているのか。

呼ばれるままに。
分け入る森の。
その奥は。
何処へと。
続くのか。

時間から。
切り離されて。
大地から。
切り離されて。
浮き上がり。

風の。
詩と共に。
此処では無い。
今でもない。
何処かへと。



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2017/10/24 Tue *その次 / The Who

20171024whosnextukorg


それが。
革命なのか。
ただの暴動なのか。
それは。
わからないにしても。

何かが。
変わり。
何かが。
消え去る。
その後にくるもの。

その次が。
それが。
革命だったのか。
暴動だったのか。
それを決する。

その次を。
どう捉えて。
その次に。
何を描き。
何を築いていくのか。

それが。
その権利が。
その可能性が。
我らの手の中にあるならば。
掌を握りしめて。

暴動の後の。
再興を果たしてしまえば。
それは革命となる。
体制とやらの前に。
跪くのは未だ早すぎる。

『Who's Next』'71年リリース。
ザ・フーの6枚目、スタジオ録音としては5枚目となるアルバム。
寡作だったのだなと改めて思わされますが。
その一枚、一枚の内容が濃密で。駄作と言う言葉とは無縁なだけに。
その一枚、一枚の産みの苦しみは想像以上のものがあったのだろうなとも。
特に。ピート・タウンゼントの創造における苦悩は尋常なものではなかったと。
『Tommy』における華麗で壮大で。そしてとてつもなく繊細な世界の構築。
史上初のロック・オペラかどうかはともかく。その完成度の高さと、相次ぐ称賛の声。
そこから生じた重圧に押し潰されること、枠にはめられることへの拒絶を体現する様に。
圧倒的な肉体性を以て怒涛の迫力で迫りくる『Live At Leeds』をリリースして。
その次が、このアルバムだったので。ピートの苦悩も極限まで高まっていたのだろうなと。
故に『Tommy』をも凌駕する、あまりにも壮大過ぎる『Lifehouse』構想にのめり込み。
底なし沼に足を取られた様に、どうにもこうにも身動きが取れなくなってしまい。
その一方で『Tommy』の映画化を推し進めるマネージメントの意向にも振り回されてと。
もう。にっちも、さっちも。恐らくはピート自身も進退窮まって。混乱したいたと。
救ったのはロデューサーのグリン・ジョーンズで。『Lifehouse』の放棄を迫って決断させて。
楽曲を絞り、構成を変えて。アルバム一枚に集約させることで贅肉を削ぎ落してみせたと。
結果、フーならではの高い演奏技術も相まって。素晴らしい、次の世界を構築したと。
「Baba O' Riley」「Behind Blue Eyes」そして「Won't Get Fooled Again」と。
一際粒ぞろいのピートによる楽曲、それを更なる工事へと押し上げるバンドとしての底力。
それがこのアルバムでは特に威力を発揮している様に感じられるのですが。背景として。
言ってみれば半ばやけくそ、自暴自棄でグリンの助言を受け容れたが故の開き直りと。
その上で。跪かず、諦めず。新たな地平を切り拓こうとした姿勢。それがあっての稀代の傑作かと思うのです。

それが。
革命なのか。
ただの破壊なのか。
それは。
判断が難しいとしても。

何かが。
始まり。
何かが。
消えゆく。
その後にくるもの。

その次が。
それが。
革命となるのか。
破壊で終わるのか。
それを決する。

その次を。
どう感じて。
その次に。
何を思い。
何を築いていくのか。

それが。
その義務が。
その蓋然性が。
我らの手の中にあるならば。
拳を握り締めて。

破壊の後の。
再生を果たしてしまえば。
それは革命となる。
体制とやらの前に。
諦めるのは未だ早すぎる。

その手に。
その掌に。
僅かでも。
微かにでも。
可能性を感じる限り。

跪いて。
諦めて。
体制とやらの前に。
屈して。
拳を解いてしまわない限り。

何を。
感じても。
思っても。
結局は同じことだと。
終止符を打たない限り。

次は。
ある。
次は。
くる。
その次を。

再興に。
再生に。
結べれば。
繋げられれば。
暴動に、破壊に終わりはしない。

その次の。
権利と義務。
可能性と蓋然性。
手の中にあるならば。
胸の内にあるならば。

その次を。
どうしたいのか。
その次に。
何を求めるのか。
革命となるか否かはそこにある。



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2017/09/11 Mon *直撃 / The Who

20170911thebestofthewho


心に。
直撃。
一撃。
真っ直ぐに。
そのままに。

なんてことはない。
やりとりの。
その。
一言が。フレーズが。
飛び込んでくる。

特別でも。
何でもないであろう。
その。
一言が。フレーズが。
突き刺さる。

ただの。
普通の。
その。
一言も。フレーズも。
特別なものになる。

その。
欠片が。断片が。
特別な輝きを放ち。
特別な意味を持ち。
飛び込んでくる。

真っ直ぐで。
そのままで。
心に。
直撃。
一撃。

『The Best Of The Who』'68年リリース。
ザ・フーの英国で初めての編集アルバム『Direct Hits』と同内容のオランダ盤。
収録されているナンバーを表現しようとして狙いすぎで外してしまった。
そんな英国盤のジャケットを変更したくなる気持ちもわからなくはないのですが。
あれはあれで味があったかなと。アルバム・タイトルは変えなくてもよかったよな。
まぁ、色使いも目に鮮やかな、このコーティング・ジャケットもオランダ盤らしいかな。
さて。ご存知の様に。当時はデビュー当時の契約関係の揉め事が尾を引いていて。
ブランズウィック時代の音源は収録できずに。リアクションそしてトラックと。
デビュー当時のマネージメントから離れて設立したレーベルからリリースした音源。
シングル盤とEP盤から全12曲が選ばれて収録されています。
前述の経緯からして。完璧なものとは言えないのですが、そこはザ・フーですからね。
兎に角、駄曲や捨て曲の類がありませんので。現代通りにダイレクトに響いてくるその魅力。
「I’m A Boy」「Pictures Of Lily」「I Can See For Miles」「Substitute」「Happy Jack」と。
そのヒット曲の、カッコいいこと、弾けていること、煌めいていることと言ったら。
改めてザ・フーの、ピート・タウンゼントのヒット・メイカー振りには痺れてしまいます。
そう。『Tommy』『Quadrophenia』と言ったコンセプト・アルバムの完成度の高さ。
それを実現してみせる貫禄と凄味と同等に、キャッチーに疾走するヒット曲を連発した。
その直接的な身の軽さもザ・フーの魅力で。それが後のパンクの連中にも愛された所以かな。
ストーンズを支援する為に急遽録音してリリースした「The Last Time」も収録されていて。
その完成度の低さにはガクッとなりながら、だからこその心意気を感じたりもします。
更にはA面の一曲目にキース・ムーンが歌う「Bucket "T"」が収録されていたりもして。
敢えて。そんなナンバーを収録しているところにユーモアと懐の深さも感じられるかな。
そして。その演奏力の高さ。その迫力。やはりただものでは無いなと。直撃され、震えてしまうのです。

心に。
直撃。
一撃。
ど真ん中に。
勢いのままに。

なんてことはない。
やりとりの。
その。
響きが。メロディが。
飛び込んでくる。

特別でも。
何でもないであろう。
その。
響きが。メロディが。
突き刺さる。

ただの。
普通の。
その。
響きも。メロディも。
特別なものになる。

その。
破片が。断編が。
特別な輝きを放ち。
特別な意味を持ち。
飛び込んでくる。

ど真ん中で。
勢いのままで。
心に。
直撃。
一撃。

一字。
一字が。
その。
姿が。
飛び込んでくる。

一説。
一説が。
その。
様が。
飛び込んでくる。

一編。
一編が。
その。
佇まいが。
飛び込んでくる。

なんてことはない。
特別でも。
何でもない。
普通の。
やりとりが特別になる。

その。
欠片が。断片が。
破片が。断編が。
特別な輝きを放つ。
特別な意味を持つ。

その。
一言が。フレーズが。
響きが。メロディが。
特別なものになり。
飛び込んでくる。

心に。
直撃。
一撃。
真っ直ぐに。
そのままに。

撃たれたまま、夢みていたい。



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2017/07/09 Sun *一人十色 / Originalsoundtrack

20170709quadropheniaostrsd


十人十色。
それならば。
不思議も無いが。
一人十色。
そこまではいかないが。

何色も。
様々な色が。
胸の内で。
浮かび上がり。
流れ出す。

揺れて。
乱れて。
せめぎ合い。
滲んで。
混じって。

その。
具合が。
塩梅が。
波紋となって。
胸の内で広がり始める。

どの。
色が。
どのくらい。
叫んでいるのか。
呼んでいるのか。

そいつが。
今日の顔を。
今日の心を。
今日の色を。
日替わりの様に変えていく。

『Quadrophenia』'79年リリース。
同名映画の2枚組サウンドトラック・アルバム。
邦題は『さらば青春の光』・・・まぁ、それは置いておくとして。
モッズをテーマにしながら、普遍的な若者の葛藤と苦悩を描いている・・・
言葉にすると陳腐になると言うか、表現する術を持ち合わせていないと言うか。
兎に角。モッズが好きなら必見、そうでなくても必見。そう。
どうしようもない怒りとか、わけのわからない焦燥とか、急き立てられる思いとか。
言い様の無い抑圧感とか、どうにもならない息苦しさとか、拭いきれない恐怖とか。
そして。それでも震える両膝に力を込めて立ち上がり、拳を握りしめて立ち向かう姿。
そんなものが、ものの見事に捉えられている、描かれている映画なのです。
映画の基になっているのが、フーの2枚組アルバム『Quadrophenia』邦題『四重人格』で。
そこに描かれていたピート・タウンゼントの内面を映したとも言われる世界であり。
そしてそれをそれぞれに投影された4人のメンバーによるサウンドだったりします。
このアルバムに収められている原典『Quadrophenia』、『四重人格』からのナンバーは。
ジョン・エントウイッスルによりリミックスされ、ベースは再録音されたナンバーもあり。
更には新曲も3曲収録されていて。それらにより新鮮さと迫力が増しているかな。
(残念ながら、3曲の内キース・ムーンは1曲しか参加できなかったみたいですが)
フーの前身であるハイ・ナンバーズとしてのナンバーも1曲収録されていて。
更には4面にはジェイムス・ブラウンやらブッカー・T&MGズやらと。
モッズが聴いたり、踊ったりしていたと思われるナンバーも収録されていて。
映画が描いた時代の空気、匂い。そんなものを音だけで見事に再現するアルバムで。
あのラスト・シーン、そこで示唆されている様に。物語は今も続いていて。
それぞれがそれぞれの物語を生きている。そのサウンドトラックともなっているのです。

十人十色。
それならば。
戸惑いもしないが。
一人十色。
そいつはなかなかに。

何色も。
様々な色が。
胸の奥で。
生まれては。
動き出す。

上がって。
下って。
競い合い。
侵して。
交わって。

その。
度合が。
加減が。
濁流となって。
胸の内で渦を巻き始める。

どの。
色が。
どのくらい。
求めているのか。
欲しているのか。

そいつが。
今日の顔に。
今日の心に。
今日の色に。
日替わりの様に表れてくる。

怒り。
焦り。
そいつが。
色を成して。
迫りくる。

恐れ。
諦め。
そいつが。
色を失い。
消えようとする。

せめぎ合い。
競い合い。
波紋となり。
濁流となり。
混沌と。

それでも。
立ち向かおうと。
絶ち続けようと。
そんな色が。
蒼白く染め上げる。

様々な色が。
胸の奥で。
生まれては。
胸の内で。
浮かび上がり。

どの色が。
そう、どの人格が。
どのくらい。
叫んでいるのか。呼んでいるのか。
求めているのか。欲しているのか。

十人十色。
ならぬ。
一人十色。
そんなもので。
日々、生々流転と定まらない。



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2017/04/12 Wed *新たな冒険 / The Who

20170412liveinamsterdam


未だ。
感じる。
その気になれる。
動ける。
いける。

その間に。
動こう。
いこう。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
起こるのか。
そいつは。
わからない。
わからないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを求めて。
驚きを求めて。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えを隠せなくても。
それでも未だ未だと。

感じたのだから。
その気になったのだから。
兎にも角にも。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

『Live In Amsterdam』'89年リリース。
ザ・フーのライヴを収録した2枚組の海賊盤ライヴ・アルバム。
タイトル通りに’69年9月9日のアムステルダム公演で収録されたものです。
(日付に関しては諸説ある様ではありますが・・・)
昔から有名な音源だった様で。何度も繰り返しリリースされていたのだとか。
所謂サウンドボード音源なので。音質は悪くなく。迫力あるライヴが楽しめます。
ただサウンドボード音源の常ではありますが。歓声が殆ど収録されていないので。
臨場感には欠けるのと。微妙に完全収録でないのが惜しまれるかな。
(今では完全収録のCDもリリースされているみたいですけれど)
一応ステレオとのことですが、限りなくモノラルに近いかな。それは問題ではないけれど。
まぁ、『Live At Leeds』の拡張版とか完全版がリリースされるまでは。
『Tommy』の再現ライヴがほぼ完全な形で聴ける貴重なアルバムだったのです。
あの繊細で緻密な『Tommy』の世界をライヴで再現してしまえる。
しかも繊細で緻密な匂いを残しながら、荒々しい肉体性をも付加してしまっている。
そこにこそ。フーが凡百のロック・バンドでない、その卓越した力量が表れているなと。
50年近く前に、20代後半だった連中が。こんなに凄いライヴをやっていたと。
その事実に改めて驚愕させられるのですね。とてつもないバンドだったのだなと。
『Tommy』が史上初のロック・オペラであったかどうかは、その実、問題ではなくて。
あの時代に、あの『Tommy』を創った、そのこと自体が新たな冒険であったわけで。
更に、そいつをライヴで再現してツアーをやると言うのは驚くべき旅行であったわけで。
ピート、ロジャー、ジョン、キース。この4人の前進する意思と熱量の凄まじさ。
そして。今なお、前進を止めないピートとロジャーの姿には胸を熱くさせられるのです。
限界とか、終焉などと言うものは。自らの意思と熱量でどうにでもなるのだと。
諦めたらそこで終わりなのだと。そんな蒼い思いを抱かせてくれる。そこにフーの魅力があるのですね。

未だ。
感じるなら。
その気になれるなら。
動けると。
いけると。

その意志に。
従って。
突き動かされて。
新たな冒険に。
旅立とう。

何が。
待っているのか。
そいつは。
想像できない。
想像もつかないけれど。

だからこそ。
新たな。
出逢いを望んで。
驚きを望んで。
動き出そう。

そう。
精神も。
肉体も。
衰えはしていても。
それでも終わってはいないと。

感じるのだから。
その気になれるのだから。
躊躇いは振り切って。
動き出そう。いってみよう。
新たな旅に出てみよう。

未だ。
未だだと。
そう。
感じる。
思える。

未だ。
未だだと。
そう。
信じられる。
望める。

それならば。
限界も。
終焉も。
決める必要はない。
迎えにいく必要はない。

蒼くても。
その。
意志のままに。
熱量のままに。
そのままに。

新たな。
出逢いを。
驚きを。
求めて。
望んで。

何が。
起きるか。
待っているか。
わからない。
新たな冒険に。
旅立とう。

精神も。
肉体も。
衰えていたとしても。
意思があるなら。
熱量があるなら。

新たな冒険を。



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2016/11/29 Tue *丑三つ時、わが時 / The Who

20161129liveattheisleofwight1970


草木も。
眠る。
そんな。
真夜中。
丑三つ時。

さぁ。
今からが。
ここからが。
俺の時間。
俺の出番。

陽の光。
白日の下。
そこで。
のさばっていた。
奴らは眠りについた。

潜む必要も。
隠れる必要も。
消え去った。
さぁ。
ざわめきのままに。

月の光は。
味方につけて。
その影から。
脱け出そう。
飛び出そう。

魑魅魍魎を。
引き連れて。
跋扈しよう。
わがもの顔で。
支配しよう。

『Live At The Isle Of Wight Festival 1970』'96年リリース。
イギリス南部、ワイト島で'70年に開催されたワイト島フェスティヴァル。
60万人ものの観衆を集めたと言われるそのフェスティヴァルでのフーのライヴ。
あの『Tommy』の再現を含むその模様がアナログ盤3枚組に収録されています。
(因みに数年前に新装版がリリースされているみたいですがそちらは未聴です)
恐らくはモノラルの所謂サウンドボード音源が元になっていると思われて。
音質的には必ずしも良好と呼べるものではないのですが。それがどうしたと。
大いに暴れまくり、観衆を虜にし、支配していく様が見事に捉えられています。
『Live At The Leeds』と同時期のライヴなのですが。大学のホールと野外。
その会場の違いからか。最初から全力で疾走し、暴れまくる感じが一際強いかなと。
リード・ヴォーカルに、リード・ギター。そしてリード・ベースに、リード・ドラムス・・・
ロジャー、ピート、ジョン、キース。三位一体ならぬ四位一体となって。
時に一丸となって攻めかかり、時にお互いに鬩ぎ合い火花を散らして。
観客と勝負して圧倒するのはもとより、メンバー同士も攻め合っている凄まじさ。
更に言えばジミヘンやフリー等の他の出演者とも勝負して。制圧しようとしていたのかな。
兎に角、異様なまでのテンションの高さも感じられて。殆どブチ切れていると。
何でも。進行が遅れに遅れて。フーのライヴが始まったのは午前2時過ぎだったとかで。
まさに。草木も眠る丑三つ時に出番を与えられた魑魅魍魎ってところでしょうかね。
しかもピートが減を切ったために終わったものの。実はまだまだやる気だったとの話も。
確か、ピートもこのライヴをフーのベスト・パフォーマンスに上げていたはずで。
まったくもって。フーと言うバンドの底力、凄まじさ、化け物さ加減。
そんなものが一気に噴出したライヴなのでしょう。この当時に来日していればなぁ・・・

軒も。
三寸下がる。
そんな。
真夜中。
丑三つ時。

さぁ。
今こそが。
こここそが。
俺の時間。
俺の出番。

陽の光。
白日の下。
それを。
頼みにしていた。
輩らは眠りについた。

忍ぶ必要も。
隠す必要も。
消え去った。
さぁ。
うごめくままに。

月の光は。
味方につけて。
その影に寄り添って。
這いまわろう。
近づこう。

魑魅魍魎を。
解き放って。
跳梁しよう。
わがもの顔で。
制圧しよう。

真夜中。
丑三つ時。
漸く。
眠気も。
吹き飛んだ。

真夜中。
わが時。
漸く。
覚醒して。
眼も輝いて。

身に。
心に。
活力が。
勢力が。
漲って。

さぁ。
何をしようか。
何を仕掛けようか。
何を楽しもうか。
誰を狙おうか。

さぁ。
何でもこい。
どこからでもこい。
楽しくやろうぜ。
誰の相手にもなるぜ。

真夜中。
丑三つ時。
漸く。
気だるさも。
消え去った。

真夜中。
わが時。
漸く。
血も巡って。
滾るものが湧いてきた。

真夜中。
丑三つ時。
わが時。
今なら支配できる。
今なら制圧できる。



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2016/06/22 Wed *下書き、下絵、素描、デッサン / Pete Townshend

20160622scoopthree


下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
先ずはそこから。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先を急いでしまうと言うか。

頭に浮かぶのは。
頭の中で描けるのは。
完成形。
見せるもの。
聞かせるもの。

そう。
相手がいて。
披露するもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えて。
詰めて。
計算して。
組み立てては不得手で。

演じる。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る道筋とかには。
興味が沸かないらしい。

『Scoop 3』'01年リリース。
ピート・タウンゼントのデモを集めた第三弾となるアルバム。
実にアナログ盤三枚組、全31曲と言うボリュームとなっています。
ザ・フーのレコーディングに際しては実に緻密で完成形に近い。
そんなデモを持参して臨むことで知られているピートですが。
確かに、ソロ・アルバムに録音されたナンバーも含めて。
その完成度の高さはデモの域を超えているかなと感じずにはいられません。
しかも1曲の共作を含んで、当然ながら総て自らの筆によるもので。
更にはギターやシンセサイザーなど総ての楽器をピート一人で奏でていると。
何ともはや、緻密な下書き、下絵、素描、デッサンの集まりなのですね。
ここまで出来ているなら、やれるなら。他のメンバーいらないでしょうと。
そんな感想を抱きもしますが。実際に楽曲の骨組は変えようが無いのでしょうが。
繊細に過ぎると言えば過ぎる、このピートの世界に実体を与える為には。
ロジャー、ジョン、そしてムーニーの圧倒的な技量とその肉体性が不可欠だったのだと。
逆説的にその事実を証明しているアルバムとも言えなくはないかな。
それ程に。ここに収められているピートの世界は繊細、そして緻密に過ぎるのです。
過ぎるからこその線の細さ、それが唯一無二の魅力であることは言うまでもありませんが。
兎に角。これだけのデモを聴いていて。飽きるということが全くないのですからね。
この繊細で緻密な世界、その設計図があってこそのザ・フーだったのですよね。
様々なコンプレックスを抱えているピート。それを克服するが為の緻密さなのかな。
これだけの創作、作業をしていたら。窒息するのではないかとも思われるのですが。
その反動が、あのライヴでの荒々しさとなって表れているのでしょうね。
自分には決して描けない、下書き、下絵、素描、デッサン。故に憧れて止まないのです。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
なにはなくとも。

そうなのだろうと。
頭では。
理解しているのだが。
どうにも。
先だけが見えてしまうと言うか。

心に浮かぶのは。
心の内が描こうとするのは。
未来形。
見せたいもの。
聞かせたいもの。

そう。
相手がいて。
伝えたいもの。
その様なもの。
そいつが、そいつしか出てこない。

どうも。
考えたり。
詰めたり。
計算したり。
組み立てたりは不得手で。

伝える。
そのイメージは。
それだけは幾らでも沸くのだが。
そこへ至る過程とかには。
興味が沸かないらしい。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
そいつを飛び越して。

最初から。
書いて。
描いて。
脚色して。
着色して。

そのまま。
それだけで。
直ぐにも。
舞台に上がって。
幕を開けてしまう。

演じて。
伝えて。
兎にも角にも。
やってしまえば。
なんとかなると。

そんな。
舞台度胸。
芝居根性。
備わっている。
それだけを頼りに。

出たとこ勝負の。
一発勝負。
それに賭けている。
それには長けている。
否、それしかできない。

だから。
リスクが高い。
周りが。
あたふたしてしまう。
そうなのだけど。

下書き。
下絵。
素描。
デッサン。
どうにも、不得手なのだよね(苦笑)。



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2016/02/29 Mon *あの鐘 / The Who

20190229thewhosingmygeneration


あの鐘を。
鳴らすのは。
誰なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

猫の首に。
鈴をつけるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当に。
鳴らさなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのは。
誰が見ても。
火を見るより明らかで。
見て見ぬふりをして過ごしては。

廃るよな。
やっぱり。
許せないよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

出番なのだと。
腹を括らざるを得ない。
そう言うことか。
そう言う定めか。
それが使命と言うやつか。

『The Who Sings My Generation』'66年リリース。
契約の関係からか英国より一年遅れでリリースされたザ・フーの米国での1stアルバム。
何と言ってもカッコいい英国での1stアルバム『My Generation』のあのジャケット。
しかしながら。ビッグ・ベンを背景にしたこのアルバムのジャケットもなかなかいいかな。
デビューしてから一貫としてセンスがいいのも、フーの大きな魅力なのですよね。
さてと。このアルバムにはモノラル盤と疑似ステレオ盤が存在していて。
ここに載せている、我家にあるのは疑似ステレオ盤なのですけど。音がね、悪いのですね。
モノラル盤はそうでも無いらしいのですが。なにせ高値が付いていて手も足も出ないし。
それに。まぁ、このアルバムはジャケット勝負。それでよしみたいなところもあるしなと。
それでも。その音の悪さをものともせずに聴かせてしまうフーのサウンドの魅力もあって。
とにかく。よくたったの3人で。このサウンド、この迫力を叩き出しているなと。
何せヴォーカルのロジャー・ダルトリーがあまりの五月蠅さに止めようと思った、なんて。
そんな都市伝説も存在しているくらいですからね。ドタバドタバタと騒がしいだけの様で。
ちゃんと一丸となって飛んでくる、突き刺さってくる。この演奏技術の高さ、底力。
デビューの時点での完成度って意味ではストーンズやビートルズを凌駕しているかなぁ。
そして。既にこのアルバムでカヴァーはジェームス・ブラウンの2曲だけであること。
残りの10曲がオリジナルで、9曲がピート・タウンゼント単独の作品であると。
この早熟とも言えるオリジナル志向、そしてそのクオリティの高さの半端の無さがですね。
その後のフーの歩み道筋を示していたかなと。駄作、駄曲が殆どと言っていい程に無くて。
ピートの描く世界を、他のメンバーが高いレベルで完成させ、大音量で鳴り響かせる。
それこそがフーの歩みであり、フーの魅力であり続けたわけですから。その最初の一歩を。
このアルバムで。ビッグ・ベンの鐘の如くに。鳴り響かせて世に知らしめたってことかなと思うのです。

あの鐘を。
鳴らすのは。
誰の為なのか。
そいつが。
実のところ問題で。

馬の耳に。
念仏を唱えるより。
そうだな。
重要だし。
実のところ厄介で。

それでも。
もう。
誰かが。
本当の。
鐘の意を示さなきゃ。どうにもならない。

そんなところまで。
来てしまっているのに。
誰もがみな。
火中の栗など拾いたくはないから。
口を閉ざしたままで過ごしていては。

不貞腐れるよな。
やっぱり。
潰れてしまうよな。
やっぱり。
そうなると。もう。ここは。

役目なのだと。
肝を据えざるを得ない。
そう言うことなら。
そう言う定めなら。
それを使命とするしかないか。

誰も。
鳴らさない。
鐘ならば。
誰よりも。
大音量で鳴らしてやろう。

誰も。
語らない。
意志ならば。
誰よりも。
大声で語ってやろう。

それが。
役目ならば。
それが。
定めなら。
それでいい。

使命とやらを。
感じられるのは。
悪いことじゃない。
喜んで。
引き受けることにしますかね。

ハッタリ。
効かせて。
大向うに。
大見得をと。
そうだな。そうなのだな。

エエカッコしいの。
大法螺吹きの。
何処かの誰かさんには。
ぴったりの。
役どころじゃございませんか。

あの鐘が呼んでいる・・・かな。



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2015/12/10 Thu *宝の山 / The Who

20151210oddsandsodsukorg


そうだろうな。
あんたにも。
誰にも。
わかりはしないだろう。
そんなものだろう。

否。
わかろうともしないだろう。
それが。
本当のところかな。
たぶん、そんなところだろう。

そうさね。
ガラクタや。
クズの集まり。
ゴミの山。
そうとしか見えないのだろう。

確かに。
金銭的な価値だとか。
社会的な価値だとか。
そんなものは。
皆無に等しいものばかり。

でも。
そんなことは。
どうでもいい。
俺には関係ない。
俺には俺の価値観がある。

そうさ。
俺にとっては。
こいつらは。
宝の山で。
そして。同志ですらあるのさ。

『Odds & Sods』'74年リリース。
ガラクタとかクズとか、やっつけ仕事とか。
そんな意味を持つタイトルを冠されたフーの編集アルバム。
因みに邦題は『不滅のハードロック』だったとか。なんなのでしょうねぇ・・・
このロック史上に残るカッコ良さを誇るジャケットからの連想だったのかな。
斬り込みからインナーのライヴ写真が透けて見えるアイデアも秀逸なジャケットです。
(日本の某バンドがそのままコピーしていましたねぇ・・・)
さて。映画版『Tommy』の制作等で新作アルバムのレコーディングが捗らずに。
契約枚数を楯にレコード会社から矢の催促を受けていたと言う当時のフー。
手が離せず、また精神的にも追い詰められたピート・タウンゼントに代わって。
ジョン・エントウィッスルが陣頭指揮を執って未発表曲をアルバムに纏め上げたのだとか。
で、特権を行使してA面1曲目にはちゃっかり自作のナンバーを配置していると。
そんなささやかな自己主張をしつつも。後は当然、ピートの作品が中心で。
因縁浅からぬピーター・ミーデンによるハイ・ナンバーズ時代の「I’m The Face」も押さえつつ。
『Tommy』の構想の基になったとされる作品や。幻に終わった『Lifehouse』セッション時の作品とか。
ファン、マニアの心理を擽りつつ。それでもアルバム全編を聴き通すと。
年代とか、背景とかを超えて。1枚のアルバムとしての整合性をきちんと感じさせるところが凄いなと。
改めて。ピートの創造する楽曲の質の高さと。それを表現できる他の3人の力量の高さに敬意を表したいと。
現行のCDでは曲数が倍以上に増えていて。曲順も年代順に整然と並べられ。一般的な価値はそちらが高いと。
でも。このジョンによって選び抜かれた12曲とその曲順。そこにも確かな意志と味わいがあって。
冒頭で意表を突きつつ。途中で大作の舞台裏を覗かせて。若気の至りとも言えるモッドな作品で郷愁を誘い。
そして。最後は「Long Live Rock」で締めくくることで。フーは、ロックは死なないぜと高らかに宣言する。
ガラクタでも、クズでも、やっつけ仕事でも、寄せ集めでも無いぜとの皮肉を込めた心意気が感じられて。
そうだな。資料的な価値は別にして。やっぱりオリジナルのアナログ盤に愛着を感じるアルバムです。

それでいいさ。
あんたにも。
誰にも。
わかってほしくもない。
それでいいのだろう。

否。
わかろうともしない。
その時点で。
縁が無いってことかな。
たぶん、そんなところだろう。

そうさね。
ガラクタさ。
クズの集まりさ。
ゴミの山だよ。
そう見るのが正しいのかもね。

だけど。
金銭的な価値だとか。
社会的な価値だとか。
そんなものに。
何か意味でもあるのだろうか。

そう。
そんなことは。
少なくとも。
俺には意味がない。
俺には俺の意志がある。

そうなのさ。
俺にとっては。
こいつらは。
宝の山で。
そして。同胞ですらあるのさ。

何に。
価値を見出すか。
何を。
価値として重んじるか。
そいつくらいは。

勝手に。
させてもらう。
決めさせてもらう。
口を出すな。
手も出すな。

ガラクタには。
ガラクタなりの価値が。
クズには。
クズなりの価値が。
あるのさ。

否。
ガラクタに見えて。
ガラクタじゃない。
クズに見えて。
クズじゃない。

俺には。
俺の価値観が。
俺には。
俺の意志が。
あるのさ。

そして。
俺には。
俺の愛情が。
俺の愛し方が。
あるのさ。

それがある限り。
宝の山で。
同志や同胞に囲まれて。
俺は。
くたばりはしないのさ。



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